SDG

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


序章
今頃になって、ホームページに掲載する事情

0_01b.jpg 朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故現場

自然落下という前代未聞の事故が発生したのは、2003年8月26日だから満2年以上が経ってしまった。

SDGは、技術工学的な視点での「落下原因」さえ明らかになれば、この事故の全貌をこのホームページでも紹介し、二度とこのような事故が起こらないようにするための本質的な問題点を整理する予定であった。それがこの連絡デッキの設計当事者の一員としての責務であると考えていたからである。

しかし、落下原因の特定は未だに出来ていない。その理由は以下である。

技術工学的な意味で、真の「落下原因」を知りたい人が、ごく限られたほんの僅かの構造専門家以外に、誰も居ないのである。新潟県当局を中心にした事故関係者は、自分には責任がないことを主張することに終始し、構造工学上の「何故、落ちたのか」には興味がないし、その解明には努力を払わない。

この事故の最大の特徴は、この落下した連絡デッキそのもの以外に器物破損は無いし、人身事故も併発していない。人身事故が起きなかったことがもっとも不幸中の幸いであった、確率的にはきわめて僅かの可能性が奇跡的に起きたことになる。

だから、この事故の被害者は、連絡デッキを設置した納税者の新潟県民だけであった。一方、この事故の加害者(責任を果たすべき者)は、この連絡デッキの設置者(発注者)、許認可者、管理者、設計者、監理者と施工者のいずれか、あるいはこの中の複数であることは、自然落下であるから間違いない。

設置者(発注者)である新潟県当局は、いち早く行動を起こした。新潟県当局は納税者である新潟県民の代理人であるから、新潟県当局も被害者である、と都合よく定義したのである。そして新潟県民に代わって(発注当事者であることを忘れて)新潟県当局が、加害者を特定し、新潟県民が受けた損害を弁償させる、と事故発生直後に宣言した。だから、新潟県当局にとっての事故処理の目標は、事故原因解明ではなく、誰かを相手取って損害賠償請求を成立させることにある。

新潟県当局にとって、事故原因解明は建前であり、損害賠償請求が本音である。損害賠償請求を早期に進めるためには、事故原因解明調査は、何でもいいから終わったことにしなければならない。そのために御用学者が動員された。

新潟県内に設置された「事故原因調査委員会」がそれである。この委員会は、2003年9月から12月の4ヶ月間で10回の委員会を開催して、「調査報告書」を県知事に提出し、既に解散してしまった。その間の委員会議事録要旨を読むと、技術工学的な内容の「なるほど」という議論の片鱗もなく、推定と推論の繰り返しで、実証、検証という行為や議論は何もしていない。だから、調査委員は「調査報告書」に報告書作成の責任を示す署名捺印をしていない。

新潟県の「事故調査委員会」が本格的に原因究明に取り組んで居なかった証拠がある。この連絡デッキは5スパンの連続桁構造で、落下したのはその内の1スパンだけである。他の4スパンはそのまま無傷で残っていた。全く同じ発注者、許認可者、管理者、設計者、監理者と施工者の手による4スパンの連絡デッキである。だから、この残った4スパンの構造を徹底的に調べれば、「落下原因」は容易に判明する筈である。「調査委員会」はそれを一切しなかった。すぐ隣に巨大な残存デッキがあるのに見向きもしないのである。そればかりか「調査報告書」の中で、残った4スパンは早期に解体撤去するべきであるとした。

これではキチンとした原因調査になっていないから、SDGは新潟県当局に、残った4スパンの調査は必要不可欠だ、と提言したら、県当局は「調査報告書」を信用しているので、その必要性を認めない、と返答してきた。県当局と「調査委員会」は一体のものであることが、このときに明らかになった。

そして、新潟県当局は昨年2004年9月に、設計、監理、施工者の一部を相手に損害(約9億円)賠償請求訴訟を新潟地方裁判所に提訴した。その訴えの原因、根拠を「調査委員会」の「調査報告書」に置いてである。しかも提訴は民法にいう「不法共同行為」であり誰にどれだけの責任があるかを特定せず、誰でもいいから賠償せよ、という乱暴な訴訟である。落下原因が明確に特定できなかった証拠ともいえる。

新潟県当局は、「真の落下原因の解明」は行わず、むしろ、それに真摯に取り組む者を敵対者としたのである。

一方で、新潟県当局の思惑通り、事故は風化消滅しつつある。この事故に対しての多くの人々の関心がなくなり、忘れてしまえば、少なくとも新潟県当局は事故処理を完了したことになる。

しかし、僕たちのような構造工学を専門にする者にとっては、「何故、落ちたのか」を明らかにしなければ、いつでも、どこでも同じ事故が発生することを知っているから、事故原因が明白になるまでは、決して「事故を風化させてはならない」のである。

それが、当初に考えていた原因究明ができていなくても、いま、このホームページに掲載することにした理由である。ここでは、事故そのものとその後の事故処理の経過を記録することに主眼をおいた。事故原因が明らかになるまでここに掲載する。

SDGにとっては、自分が産み落とした子供が生後間もなく死亡したと同じ、深い悲しみを憶え、それだけに死因、すなわち落下原因の解明は、最後までやり遂げなければならない産みの親としての義務でもある。

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完成時の写真 新潟の厳しい冬の連絡デッキ
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立体駐車場と連絡デッキをつなぐ 連絡デッキの歩行面、ゆるやかにカーブしている

このホームページに掲載した本件に関する各章の写真や図版は、事故当時のものをそのまま掲載しているので事実の掲載だが、記事(文章)にはできる限りの客観性を意図したものの、それでも執筆者の判断や価値観が入らざるを得ない。ここでの全編の執筆は、SDG代表・渡辺邦夫がおこなっており、「文責」はすべて渡辺邦夫にあることをお断りしておきます。

また、本掲載記事は、近いうちに、英語、韓国語、中国語でも掲載します。これをお読みになった方々のご感想、ご意見をお寄せ下さい。ここに直接、書き込むことはできません。e-mailでお寄せ頂ければ、匿名以外は、そのご意見をこのホームページでご紹介することができます。

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Updated September 24, 2005