SDG

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


第13章
裁判所に対する「技術説明会」

     昨年2005年2月から11月に亘り、裁判所では準備弁論と称して、原告、被告が各々自らの主張を書類にまとめて裁判所に提出する儀式が延々と続いていた。この当りで準備段階は終わるのかな、と思っていたら、11月15日の準備弁論法廷で、急に、裁判長が言い出した。
「裁判所としては、原告の説明内容が技術的な意味でわからないことが多いので、原告の技術説明会を今後、開らきたいと思います。沢山、質問したいことがあるので、次の日程でお願いします。
2005年12月19日 原告第1回技術説明会
2006年1月30日 原告第2回技術説明会
2006年2月13日 原告第3回技術説明会
2006年2月27日 原告第4回技術説明会
2006年3月13日 落下デッキ保管倉庫見学会 」

で、その説明会が順次、開催されたのだが、原告の説明は、訴状の棒読みで何を言ってるのかまるで意味不明なので、この間に被告にも技術説明をさせろという意見が出て、結局、3月以降に被告の技術説明会が開催された。
2006年3月27日 SDG第1回技術説明会
2006年4月24日 SDG第2回技術説明会
2006年5月15日 第一建設技術説明会
2006年6月5日 黒沢建設技術説明会

これで終わりかなと思ったら、裁判長が6月5日の最後に発言。「原告は、訴状に変更ありませんか。いままでの説明会を参考にして原告の主張に変更点があれば、申し出て下さい。」
原告弁護士「・・・いますぐ、返事できません。次回にご返事します。」
裁判長「それでは、次回7月3日にお願いします。」

そして、7月3日の円卓準備弁論で、冒頭に、
裁判長「原告の訴状に変更点はありますか。」
原告弁護士「いいえ、変更はございません。」
裁判長「前のままですか。」
原告弁護士「はい、そうです。」
裁判長「それではお聞きしますが、・・・・」と始まって、8項目にわたる訴状中の不明点を指摘し始めた。
原告弁護士は裁判長の質問に対して1項目も返答できず、そのまま次回持越しとなった。

本章では、SDGが裁判所に対して、この事故の技術説明を行った内容を記載する。内容は、いままでのSDGの準備書面とラップした部分が多いが、追加説明した部分もある。



SDGの第一回技術説明会(2006年3月27日)

1. SDGのこの事件に対する考え方について

技術説明を行う前に、簡単にSDGのこの事件に対する考え方を、申し上げます。
裁判長が、この裁判が始まった当初に言われたように、原因は自然落下ですから、設計か施工のいずれか、あるいは両方に、どこかに致命的な欠陥があったことは事実だと、私も確信しております。
また、この事故はこのデッキ以外に物的被害や人身事故を併発しておりませんから、この事故の被害者は、新潟県民、新潟県の納税者です。ですから、私は、まず、最初に新潟県民に正しい落下原因を説明する義務があると考えております。
その究明された事故原因にもとづいて、誰に、どれだけの責任があるかを当事者間で率直に話し合い、この連絡デッキを復旧する努力を当事者の全員が行えば、事故処理が終わったはずでした。難しいことは、何もなかったのです。
それにも拘わらず、状況がこれだけ混乱している理由は、新潟県が、事故原因調査をいい加減に終わらせ、調査を打ち切ってしまったことにあります。事故原因について、当事者の全員に丁寧に説明し、全員に「なるほど、その通りですね」と納得させ、合意を得た上で、次の責任問題に移ることを怠ったことに起因しているのです。丸山先生が委員長となって作成された甲第1号証の調査報告書は、「推測」と「推定」で事故原因を特定しているのであり、何も、実証していません。丸山先生も新潟県も、時間的にも技術的にも、実証できないと、はじめから諦めていた節があります。

丸山先生の言う事故原因は、専門家でなくとも「おかしいな」、「変だな」ということが明らかです。
調査報告書は、最初に破壊したのは、入江側R21のロッド定着部だとしており、その証明として3点を挙げています。
第一に、入江側R21の斜材ロッド定着部の座金、平成18年3月13日に新潟県の指定した保管倉庫で裁判長も見られましたが、R21の座金が他の座金に較べて曲がっていない、曲がっていないということは大きな力を受けていない、だからここから壊れたのだ、と言っています。
他よりも小さな力しかそこになければ、そこからは壊れないというのが常識でしょう。「小さい力だから、そこから壊れた」というのは論理的にあり得ない考え方です。
第二に、調査報告書は、第一回ジャッキダウンのときに、ここは大きな損傷を受けていて、もう既に耐力ぎりぎりまで壊れていたのだ、と説明しています。この根拠として40ton程度の引張力で定着部には亀裂が発生する、という第一建設の実験結果を採用しています。この実験では、40tonで定着部に外側から観察できる亀裂が走ったそうです。
しかし、第一回ジャッキダウンのときも、その後の竣工後も、ここには亀裂は存在しません。調査報告書も、外側から亀裂が観察されていないことを認めて、定着部の内部が壊れていたので外から見えないのだ、と主張しています。しかし、外から見えない内部だけの破壊、そういうものは物理的にあり得ません。
第三に、調査報告書は、R21が破断したのだが、駐車場からのブリッジで1時間の間、支えていた、と主張しています。しかし、1時間も支えることができれば、そこからは壊れるはずがありません。他の構造で支えられているところから、最初に壊れる訳がないのです。
いま申し上げた3点の理解に、専門的な工学の知識など一切、必要ありません。調査報告書の主張は、逆に3点とも入江側R21が崩壊起点でないことを証明しているだけです。

何故、調査委員会は、このような非工学的な原因説を唱えたのでしょうか。私は、これについて以下のように推測します。
多くの優れた学者には、そんなことは全く無いのですが、一般の学者は、こういった公的な事故が起こった場合、その事故原因を究明する調査委員に指名されることを大変な名誉だと考えておられるようです。ですから、新潟県当局が作成した調査スケジュール、何時何時までに中間報告を出し、事故原因の骨子を何時までに、調査報告書は何時までに完成させなさい、というスケジュールは、絶対的に従うことになるでしょう。学術的に真相が解明できていなくても、スケジュール通りに調査を運ばなければ、本人が無能者扱いされることを知っているからでしょう。
そして、もっと厳しい状況は、委員会が開催されるたびに、県庁内にある記者クラブで「記者会見」を行うことを義務付けられていたことです。新潟県記者クラブは、県内35社の報道機関で構成されています。全部で10回の記者会見と記者質問に応えています。経験のある方はわかりますが、マスコミに対して、前回の記者会見と違うことを言えば、マスコミは徹底的に批判に転じます。ですから、前言を翻すことは難しく、結局、事故現場から得た、第一印象の続きでしか報告書は書けないのです。

私は、丸山委員長はじめ各委員が無能な方だとはまったく思っておりません。単に、役人の描くスケジュールではなく、自分自身が自信のある実行可能な「予定表」を持たず、調査途上の記者会見を拒否する「勇気」を持っていなかっただけだと思います。
その結果、新潟県は遮二無二、この裁判を起こしてしまい、裁判では、事故の真相究明がなされていない状態で、責任の議論のみが先行するという異常事態に陥り、裁判所におかれましては非常に混乱されていることと思います。

私は、このような状況において、事故の真相を新潟県民に伝えることが、私に課せられた仕事であると、今でも考えている次第です。このような立場から、この構造の技術工学的な説明をしたいと思います。

 
2. 本構造物の力の伝達と、基本構成、特徴、部分詳細について

現在までのSDGの準備書面およびCD-ROMによる主張は、基本的に原告訴状および原告調査報告書に記述の技術内容に対する、反論と間違いの指摘であり、SDGは、いままで本件構造物の設計内容についてはどこにも記述もしておりません。また、本件構造物の構法的、力学的、材料的、工法的説明を裁判所に対して、関係者は、誰もどの書面でも行っていません。強いて言えば、原告が断片的に不正確な紹介を行っているだけです。
ですから、私の今回の技術説明では、この構造物の基本的構成および特徴、ならびに部分詳細について、力の伝達機構を中心にして、その全体像を判り易く説明いたします。

まず、R19-R27間を対象にして、ご説明します。この柱間隔、スパンは48mです。


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  一般的に橋、特に歩道橋の場合は、鉄筋コンクリート造ならスパンの1/10程度の梁高さ、鉄骨造なら1/20程度の梁の高さが必要になります。スパンが48mですから、鉄筋コンクリートなら梁の高さ4.8m、鉄骨造なら2.4mということになります。このデッキの場合は、鉄骨とコンクリートとの合成構造ですから、約3mの梁高さにしています。スパンにたいして約1/15ということになります。従って、スパンと梁の高さという意味では、無理のない構造のプロポーションであるといえます。
そして、上弦材は基本的に圧縮力を受け、下弦材は引張りになります。橋全体が下に曲げられることを想像すればお分かり頂けると思います。
ところが、R19とR27の柱の上では、その関係が逆転します。上弦材が引張りに、下弦材が圧縮になります。一方、常に、垂直材は圧縮、斜めの斜材ロッドは引張りとなっています。上弦材や下弦材の応力が逆転する位置を「反曲点」と言います。この反曲点では軸力が零となっており、ここを境界として、圧縮力と引張り力が「反曲点」から遠ざかるに従い大きくなっていきます。最大の応力はR19とR27の柱の頂部で発生します。
こういった力学的な環境で、上弦材は鉄骨、下弦材はPCを使っています。信濃川からの塩分を含んだ海風を考え、このデッキの耐久性を向上させるためです。
PCは工場で制作したしっかりしたコンクリートであり、鉄骨は溶融亜鉛メッキした錆びない仕様にしています。これらのすべての部材は、工場で製作したものなので、現場では部材を接合する必要があります。それに対し、下弦材のPCは6mごとの部材をポストテンション工法で圧着する工法、圧着工法を採用し、上弦材は同じように6mごとの鉄骨を現場で溶接するという工法となっています。下弦材の圧着工法は安定した工法ですが、上弦材の溶接工法は天候に左右されます。
原告説明会のときに、原告は応力には3種類があり、曲げ、せん断、軸力であるとの説明を行っていましたが、それだけでは正確とは言えません。
さらに少し専門的に言えば、同じ曲げにも軸方向の曲げと捩れ曲げというまったく異なる性状の力があり、せん断力にしても面外せん断と面内せん断とでは力の性質が違います。また、軸力はそれが圧縮なのか引張りなのかで雲泥の差があります。一般的に、鉄骨は引張りに強く、圧縮には弱いという性質があり、引張耐力に較べて圧縮耐力は数分の一しかありません。
コンクリートはまったく逆で、圧縮には強いのですが引張には1/10程度しか耐力がありません。ですから、力の種類を論ずるときは、6種類という言い方が正確です。
しかし、逆に、単純化して考えれば、曲げは部材の上面が引張なら、下面は圧縮ですし、せん断といってもずれる力ですから、圧縮と引張の関係で決まることです。このように、力の種類は、「圧縮」と「引張」に集約できるとも言えます。
現在の力学は、こういった3次元空間での力の種類に加えて、時間軸を導入した4次元の力学に成長してきました。力は時間とともに変化するもので、一番、簡単な例が、(力)=(加速度)x(物体の質量)の定義であり、この中で加速度は時間軸を導入しなければなりません。


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  いま、このデッキの事故を考えるとき、常時は地球の引力によって下向きの力が働き、加速度でいえば980galですが、これは時間的には常に一定の加速度です。地震や風で落下したのではないのですから、何か、時間とともに変化する力が働いたに違いありません。
私は、温度変化も考える必要があると思います。毎日の日中と夜間の気温差、冬と夏との気温差、それがこの構造にどういう影響を与えるかという問題で、まさに時間とともに変化する力です。
原告の力学に関する説明を聞いていて、私は、原告が力を2次元的にしか理解していないと思いました。ですから、調査報告書は変化する温度荷重について考察していないのです。

次に、この構造は、ロッドに初期張力を導入して安定させる工法を採用しておりますが、その初期張力について説明します。
デッキ全体が自分の重量で下に撓みますが、この撓みは主にロッドの伸びによって産まれます。であれば、ロッドに最初から人為的に張力を与えて縮めておけば、その撓む量を少なくすることができます。「変形制御」のための張力導入工法です。




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  変形をコントロールするだけでなく、これと付随した効果ではあるのですが、下弦材に発生する曲げモーメントの分布を均等に滑らかにすることができます。さらに、このデッキの局部的に人が集中したり積雪が局部的に溜まった場合など、引張力を受け持つロッドに僅かでも圧縮力が働くことがあります。一旦、圧縮に転じてしまうとロッドは座屈を起こしますから構造の安定系を壊してしまいます。このような状況に対する対策として、どのような場合でもロッドが圧縮にならないように、先に引張力を導入しておく必要があります。
ですから、初期張力導入の目的は、単に、デッキ全体の「変形制御」だけでなく、「下弦材曲げモーメントの減少」、「ロッド引張場の確保」の計三つです。

ロッドに導入する初期張力の役割 @変形制御
                A下弦材曲げの減少
                Bロッド引張場の確保

もっとも、初期張力導入の利点は以上のように3点がありますが、デメリットもあります。張力の導入に釣り合うための反力が、上弦材鉄骨には圧縮力となり、下弦材PC部材には引張力となって作用するからです。これは、先にご説明した通り、どちらの部材にとっても材料の性質上、不利な力の作用ということであり、メリットとデメリットの双方を勘案して初期張力量を決定する必要があります。
第一回ジャッキダウンのときに第一建設は、初期張力を導入しないままにジャッキダウンを行ってしまいましたが、これに関しては、SDGは誰からもその工程を通知されていませんでした。タイムラグともいえる、作業の行き違いがあったようです。

第一回ジャッキダウンの失敗は、初期張力導入だけでなく、もっとこの構造の本質にかかわる問題に起因しています。実際に、ジャッキダウンが行われたのは、まだ朱鷺メッセ側の1スパンが完成する前です。この状態では、力の配分は図のようになり、前の図Aと較べてもわかる通り、朱鷺メッセ側では上弦材が引張りにならず、下弦材は圧縮にならないで引張りになってしまいます。ここでは「反曲点」が存在しません。




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  完成系と第一回ジャッキダウンの時とは、デッキの変形が大きく異なるだけでなく応力の性質と量が大幅に違ってしまい、しかも何も対策を講じなければ、それを元に戻すことはできないのです。ですから、この状態で1年後の全体完成を待つのであれば、R26に仮設の支保工を置くことが必要不可欠だったのです。
ここに仮設支柱を建てておけば、完成系と応力配分も変形も合致させることが可能だったのですが、仮設支柱は第一回ジャッキダウン時において、新潟県担当者により不要とされ、建てられなかったのです。

次に、この構造の短手方向の説明をいたします。



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  いま、この図のように、上弦材と下弦材が図と直角方向にあり、その構面から10cm外側にロッドがあり、定着部で固定されています。
両側の定着部は桁梁で連結されており、両側のロッドに張力が働いたとき、この桁梁を上に引張りあげます。これと先ほどの上弦材、下弦材、垂直材はバランスを保ち、全体系を安定したものとします。原告説明は、このように全体としての定着部の安定性を説明せず、定着部が引張られるということは、人の耳を引きちぎるようなものだとして、局部的な説明を行っていましたが、これは単に誤解を与えるだけです。
引きちぎるような力はどこにも存在しません。この下の桁梁全体を持ち上げている力だけです。そして左右のロッドが対称に引張られれば桁梁は並行移動するだけですが、左右にアンバランスがあれば、単に、この断面全体が微妙に回転するだけです。人の耳を引張ったら首のところで回転するだけであるのと同じです。構造の全体系をキチンと理解しないとこういう間違えた理解になります。
左右のバランスがとれていなければ、そのアンバランス分は長手方向の構造で吸収して安定性を産み出すのです。短手方向のこの断面のねじれ抵抗で成立しているのではなく、構面(長手方向の構造)で力を伝達してくれるのです。だから、この架構は各々の断面位置で微小に回転をしていますが、中心軸は真直ぐにそろっており、入江側、信濃川の構面が主構造になっているのです。



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  調査報告書では、入江側R21定着部が破壊した後、信濃川R21定着部が応力の増大で、次に破断したとしていますが、この構造では、そういう力学は成立しません。もし、入江側R21定着部が破断しても、その後は、同じ入江側のR20とかR22の両脇の応力しか増大し得ないのです。この構造の特徴とも言えます。

次に、ロッドの定着部の力学的な説明をします。
ロッドの先端にはネジが切られていて、ロッドに発生した引張力はナットを媒体にして支圧版に、その力が伝達されます。その力は、支圧版に接する面でコンクリートに圧縮力となって働き、局部的にコンクリートに大きな圧縮力が働くので、これを「支圧応力」といい、この力でコンクリートが圧壊しないように支圧版の大きさが決められます。
その支圧応力は、コンクリートの断面全体に広がって抵抗することになり、その圧縮力が広がるときに、直角方向に引張力が併発します。この引張力がコンクリートの塊を割ろうとする力を「割裂応力」と呼んでいます。
そして、このコンクリートの直角面に「せん断応力」と「偏心曲げ応力」が発生し、先ほどの桁梁に力が伝達されます。
このように、この定着部には4つの応力が発生し、順序からいえば、先ず「支圧応力」、それに伴う「割裂応力」、それらが十分に伝達されたとき、「せん断応力」と「偏心曲げ応力」が発生します。



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  定着部に発生する4つの局部応力 @支圧応力
                A割裂応力
                Bせん断応力
                C偏心曲げ応力

この各々に対して安全性の検討が必要になります。
一般の鉄筋コンクリートでは、この内Bのせん断とCの曲げについてしか検討しません。しかし、実際に発生する応力は、@からCまでの4種類ありますから、これらを扱っているのは、プレストレストコンクリート、すなわち、PC構造基準ということになります。
いま、原告は、この定着部の安全性を評価する上で、建築基準法の中の鉄筋コンクリートに関する条項だけを問題にしているので、@とAを見落としているのです。同じ基準法の中のPC構造基準にのっとれば、この4つの応力に対する安全性を計算することができます。私の計算では、この定着部の耐力が、最も不利になるのはBのせん断応力にたいしてではなく、Aの割裂応力に対してです。実際の試験でもそれは証明されています。

 
3. 「クリープ現象」について

最後に、コンクリートの「クリープ現象」についてご説明します。
裁判所から、先般、原告にたいして「せん断破壊」と「クリープ破壊」の意味についてご質問がありましたが、原告は、クリープ破壊の説明をしていません。私の方でご説明します。
鋼は、炭素や鉄、マンガン、クロムなどの分子結合で強くて硬い製品になりますが、コンクリートの固さや強さはまったく違う原理にもとづいています。
コンクリートは、砂利と砂、セメントと水を混ぜ合わせるだけです。この内、砂利と砂は変質することなく、そのままの状態で自分の強度を発揮するだけで、セメントと水が化学反応を起こし固まり、砂利と砂の間を埋めて結合します。このセメントと水との化学反応を「水和反応」といいます。
この水和反応にコンクリートの材料的な宿命があります。微粉末のセメントの体積が水和反応を起こすとき、縮小してしまうのです。ですから、普通の柱と梁に打ち込まれたコンクリートは、硬化と共に体積が縮小し、梁は柱で拘束されているので両側に引張られて梁の中央部に微小な亀裂となって外からでも観察することができます。
PCの場合は、ブロックとしてコンクリートが打ち込まれ、そのまま養生されますから、全体の体積が微小に縮むだけで、亀裂という現象にはなりません。こういった場合を「乾燥収縮ひずみ」といいます。
一方、コンクリートに荷重がかかり内部応力が発生したときに、コンクリートが縮む現象を「クリープひずみ」といいます。「乾燥収縮ひずみ」も「クリープひずみ」もセメントの水和反応による体積縮小が原因という意味では同一の現象ですが、外力の有無で、便宜的に二つの用語で説明されています。
クリープは、ある荷重のもとにひずみが増大する現象をいい、一般的にはそれを「クリープ現象」と呼んでいます。クリープによって「ひずみ」は増大しますが、何かの「力」が増えるわけではありません。ですから、「クリープ破壊」という言葉も概念も技術界には存在しません。調査報告書にある「クリープ破壊」という用語は、架空のものです。
クリープの性質をもう少し詳しく説明します。
生コンクリートを打設してから、コンクリートの硬化が始まり1ヶ月程度で必要な強度を発揮します。しかし、その間で、コンクリートの硬化ひずみが全て終わるのではなく、部材の大きさにもよりますが、一般的には打設後、3年ぐらい、大きなものでは5年程度ひずみが継続的に発生しますが、ひずみ量は徐々に小さくなり、最後には完全に硬化し「ひずみ」は終焉します。打設後の初期期間で大きくひずみ、後半のひずみ量は少なくなります。


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  この図の、クリープに関する曲線は、理論的に求められたものではなく、ドイツの大学で大量の試験体による実験によって、しかも、3年、5年と長期間の測定で描かれた曲線です。日本では京都大学で同様な研究が行われてきました。
これらの実験で、重要な法則が導き出されています。図の右側ですが、コンクリート打設直後に荷重がかけられた状態でクリープひずみが発生し出しますが、実際に荷重がかかり出すのが遅くなれば、その時点からクリープは始まりますがそのひずみ量の増え方は、もとの曲線からその時点に移した曲線になるということです。荷重をかけるのが遅ければ遅いほど、クリープ量は極端に少なくなるということです。
この原理を生かしたのがPC部材です。工場でコンクリートを打設し、長期間養生し、現場に持ち込んで支保工にセットし、全体の構造が完成してからジャッキダウンし、このときからようやく荷重が加わり、クリープひずみが発生し出します。一般のコンクリート構造物に較べて、6ヶ月程度は載荷が遅れます。その分、クリープひずみは最小限に押さえることができるのです。これはPC部材の構造的に優れた性質の一つです。

裁判所に、私は以下をお願いいたします。
調査報告書では、せん断破壊し、さらにクリープ破壊によって入江側R21定着部が最初に破断したとしています。そもそも「クリープ破壊」とは工学的にあり得ない現象なのですから、この現象の説明は、新潟県の指定代理人では無理でしょう。丸山委員長自身が説明するべきであります。ですから、私は、この技術説明会に丸山委員長の出席を求め、説明いただくのが一番であると考えます。もし、丸山委員長が「クリープ破壊」を理論的にも実験的にも証明できるのであれば、それは多分、ノーベル賞受賞級の快挙であります。

クリープによって「ひずみ」は増えますが、「力」が増大するのではない、ということを再度申し上げて、私の構造および技術面についての説明と致します。

                                                         以上

 

SDGの第二回技術説明会(2006年4月24日)

1. 調査報告書(甲第1号証)における落下原因の特定について

(1) 落下起点として定着部破断の根拠

図Aの左側の図は、定着部の設計における通常の安全性に関する考え方を示しています。通常、構造設計では、継続的な荷重が30程度働いている定着部に対し、約3倍以上の100の耐力があるように設計します。SDGもこのような考え方で本件定着部を設計しました。
それに対し、図Aの右側の@〜Cの各項目が、調査委員会の、崩壊原因に対する結論の考え方です。

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図A 調査委員会の定着部破断説の根拠

  調査報告書では、定着部が最初に破断した理由は、
@ 定着部の設計ミス
A 定着部の配筋の不具合
B 第一回ジャッキダウン時の定着部の損傷
C 定着部のクリープ破壊
の4点であるとしています。すなわち、100あるべき耐力が、設計上にミスがあり、定着部の耐力は最初から80程度しかなかった、さらに、せん断補強筋の不足で耐力は60程度まで低下していた。それらに加えて第一回ジャッキダウンの時に定着部に損傷を与えており、既に耐力が40程度に低下していた。しかし、平成15年の竣工時に落下しなかったのはわずかに耐力が、存在荷重よりも上廻っていたからである、半年以上の時間の経過で、コンクリート特有のクリープ現象が進み、最後にクリープ破壊したのだ、という説明になっています。
この内、@とAおよびBは、事故直後に行われた第一建設工業の実大実験の結果を根拠としています。この実験以外に理論的根拠はありません。Cは前回のSDGの説明会でご説明した通り、全く工学的根拠のない論理です。
したがって、第一建設工業が実施した実大実験のみが、定着部破断が事故の起点だとする判断する唯一の証拠であると言えます。

(2) 第一建設工業の行った実大実験の疑問

@ 実験目的について
第一建設のHP(03/10/27)から引用すると、最初に実験目的として、次のように書かれています。
「朱鷺メッセ連絡通路の落橋原因は現在のところ特定できていないが、斜材の定着部が先行破壊した結果、全体系の破壊に至った可能性が高いと考えられる。そこで、この定着部に着目し、タイロッドに引張力をかけることによって、定着部の耐力を確認することとした。」
事故発生が、03/8/26ですから、実験に必要な準備期間を考慮すると、第一建設は、その数日後には上記の見解に到達していたということになります。ようやく調査委員会が発足した時期に、です。
SDGは、このホームページを拝見して、次のように考えました。
一般的に、こういった事故が発生すると、基本的には施工に問題があったとして、一方的にゼネコンの責任だけが追究される傾向が、長い間、建設界の風潮としてありました。第一建設もこの風潮を熟知していますから、自分には事故責任はなく、設計上の問題であることを早期に、対外的に表明する必要があります。そのための、設計耐力が異常に小さいことを示すための実験であったと思います。
実験内容に関するHPの記述を見た限り、明らかに耐力を極めて小さくみせるための意図的な実験であることが明白ですから、SDGは、技術工学上の実験ではないので、その実験結果については誰も評価しないだろうと考えていました。むしろ、第一建設のこういった姿勢はいままでのゼネコンには無かったものであり、その意欲に敬意を感じておりました。ですから、SDGは、今日まで、このHPについてはまったくコメントをしておりませでした。
しかし、信じ難いことに、公明中立であるべき調査委員会は、この事故の一当事者が行った実大実験結果を採用し、事故原因の調査の根幹に据えてしまいました。公明性、中立性の観点からも、一体何が問題なのか、明らかです。

A 実験内容について
実験は図Bのような試験体で行われたとしています。
図Bの上の図が、現地にあった状況で、定着部廻りを切り出した試験体であることを説明しています。図Bの下欄の左側の図では定着部が桁梁から20cm出ていることが記入してあり、これは実物の寸法通りです。その後ろにある大きなブロックが反力台です。ところが、下の図の中央の図には、反力台から定着部の高さが35cmと記入されており、実際にあった姿より、15cmほど大きく偏心させています。そして、右側の図のように反力台に、横に倒した試験体の床面をほぼ全面的に押し付けてロッドに加力しています。この二点により、全く現地を再現した実験でないことは、明らかです。

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図B 実験内容についての疑問(第一建設工業HPから転載)

 
  これは、偏心を大きくし、無理矢理に定着部を破壊しようという実験です。この構造の本来持つ能力を無視し、無理矢理に定着部を「引きちぎろう」とする強引な実験であったと考えられます。

B 実験実施工程と実験結果について
まず、実験実施工程上の疑問を説明します。
図Cの上段の表が、第一建設の行った実大実験の日程です。落下事故発生が8月26日、第一建設HPによれば破壊実験実施が9月21日から26日の間ですから、最短の準備期間でも9月2日には実験企画が具体化する必要があります。通常、こういった実験には。試験方法の設計、試験体の製作など、準備期間として2ヶ月は必要なので、9月21日実験実施であれば7月20日には実験準備を始めたことになります。しかし、それでは第一建設は事故発生以前に事故を予測していたことになります。実際は事故後に企画したと思われますが、それにしても相当に無理なスケジュールとなっており、それはコンクリート試験体の養生期間にしわ寄せされています。すなわち、正常なコンクリートを生成させるために最低4週間と定められている養生期間を、わずか4、5日しか確保していない試験体では、仮に強度を発現することができたとしても、物性は、正常に養生させたものと等価なものと評価することはできません。
また、第一建設の実験日程と調査委員会開催期日との関係から、不可思議に呼応しあう両者の関係が浮かび上がります。
調査委員会の記録によれば、第1回委員会は9月1日に開催され、その後、6日に第2回、13日に第3回、21日に第4回と精力的に開催されていますが、この1〜4回の委員会を受けた9月30日の委員会の「中間報告」では、事故原因はまったく特定できていないと記述されています。

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図C 実験実施工程と実験結果の疑問

 
  ところが、「中間報告」後初の10月5日第5回調査委員会で、丸山委員長が、「この委員会は、できるだけオープンにやっていた方がいいかと思う。委員会に対する資料提供に対しては、委員会として検討して、使えるものは使っていくこととした。第一建設が定着部の実験をして、定着部のデータを提供すると言っている。」と突然、発言しました。他の委員が「今の実験は第三者に出して行ったものか。自分の会社の中で行ったものか。」と質問したところ、丸山委員長は。「第三者です。」と答えています。この「第三者です。」という答えの根拠は、いまだに明らかにされていません。(新潟県ホームページに掲載・第5回調査委員会要旨より)
翌6日に、第一建設は自社のホームページに実大実験を行ったという簡単な記事を掲載、詳細は10月27日に掲載しています。その前々日の、10月25日の第6回調査委員会で、委員会は、この実験結果の耐力数値を採用することを決定しています。

次に、この実験結果に関する疑問をご説明します。
図Cの下欄の表です。第一建設の実験では、試験体にコンクリート強度が40N/mm2のものと60N/mm2の2種類で行っています。表の「試験ケース名」の40Nと60Nがそれを示しています。40Nとは約400kg/cm2の強度のもので、60Nとは約600kg/cm2のコンクリート強度ということになります。これらのコンクリート強度差はちょうど、1.5倍です。表の「破壊荷重」の欄を見ると、40Nで約108tf、60Nで約120tfと記載されています。破壊の原因が、支圧破壊や割裂破壊、あるいは、せん断破壊の場合は、破壊荷重がコンクリート強度と比例関係になるはずですから、調査報告書にあるせん断破壊が正しいならば、この実験結果は完全に矛盾します。せん断破壊であるなら、40Nで108tfなら60Nでは162tfでなければなりませんし、60Nで120tfなら40Nでは80tfで破壊しなければ辻褄が合いません。すなわち、第一建設の実験結果は、この試験体が、支圧破壊でも割裂破壊でもせん断破壊でもなく、曲げ破壊が主たる破壊要因であったことを、明らかに示しています。
曲げ破壊であれば、コンクリート強度には左右されずに鉄筋量だけが大きく影響します。同じ配筋量であれば、40Nの場合も60Nの試験体も100から120tfで破壊に至っている理由が理解できます。U字補強筋の有無で2倍近い破壊荷重である理由も、鉄筋量に左右されるという事実の上では理解することが可能です。
また、「ひび割れ発生荷重」も、概ね40tfから50tfの範囲に入っていることも、曲げひび割れですから理解できます。要は、第一建設は試験体の偏心寸法を大きくして、実際にはあり得ない、曲げ破壊が卓越する実験を行ったのです。調査委員会が、明らかに「曲げ破壊」であるべきものを、どのような根拠のもとに「せん断破壊」と判断するに至ったのかは、まったく明らかになっていません。
調査委員会は、この第一建設の実験結果を採用して、定着部のせん断破壊耐力は65tfであり、ひび割れ耐力は40tfとしました。これが最初の図Aの定着部耐力低下の@、A、Bの根拠です。これらの数値は、誤った解釈による根拠のないものですから、甲第1号証そのものが意味をなさないことになります。

第三に、調査委員会は、この実験結果と建築基準法を、どう位置付けていたのか、という疑問について説明します。
図Cの表の最下段に記しておきましたが、調査委員会は、「建築基準法に従って計算すれば、この定着部のせん断耐力は81tfである。」と自ら計算しています。建築基準法は最低基準を定めたものですから、普通は、実験をすれば基準法にもとづく計算結果より大きな値がでることが常識です。にも拘わらず、調査委員会は第一建設の実験結果の65tfを採用しています。
調査報告書では、基準法計算値の81tfと第一建設実験値の65tfの関係についての説明は一切、行なわれていません。基準法では許容せん断応力度の規定はありますが、せん断破壊面の面積算定規定はありません。(せん断破壊耐力)=(せん断破壊応力度)x(せん断破壊面積)であるため前者のみが規定されており、後者を小さく評価すれば、結果は小さい値になります。すなわち、調査委員会が過小に評価した面積で計算しても81tfという結果になるのであって、委員会は、SDGが算定した面積の約半分でしか算定していませんでした。つまり、基準法の算定根拠の議論になれば、本来は委員会算出の81tfの2倍近い値になるのであり、定着部が落下起点でないことの証明になってしまうことにほかなりません。ですから、調査委員会は建築基準法を無視して、第一建設の実験結果65tfを採用したのだと思われます。さらに、もし正規の実験結果が基準法による算定値よりも小さいものであれば、建築基準法全体の信頼性を失ってしまいます。言い換えれば、第一建設の実験は、建築基準法の観点からも、正規のせん断破壊実験ではなかったと言えます。
結果として、調査委員会は、建築基準法をも否定した報告書を作成したのです。

C 実験と調査委員会・調査班との関係について
落下事故発生直後の、第一建設による実験への迅速な対応と、調査委員会のこれに呼応する動きとを、図Dの関係者の相関関係の中で検証すると、更なる疑問が生まれます。
図Dのピンクで着色したのが現在の被告6社です。そして図の下方の黄色で着色したのが、原告新潟県の事故調査に関係する組織です。第一建設が行ったブルーの「PC定着部実大実験」は、ピンクの被告各社と黄色の原告新潟県の事故調査に関係する組織のちょうど中間に位置しています。
さらに、図Dの右下において、調査委員会が全く崩壊原因として取り上げなかった「鉄骨部材」調査に関し、微妙な相関関係が浮かび上がります。すなわち、原告の「落下事故調査班」の委託を受けて「鋼材調査」を行ったのは「日鐵テクノリサーチ」ですが、この会社は、「新日本製鐵」を頂点とする「新日鐵グループ」に属する企業です。そして、本件連絡デッキの鉄骨部材を供給したのは、この「新日本製鐵」の「君津工場」であり、この鉄骨部材を同工場に発注したのは、第一建設の下請けである「大川トランスティル」であり、同社は「新日本製鐵」と非常に関係が強い企業であることが知られています。すなわち、鋼材調査においても、原告新潟県および調査委員会は、調査を、事故当事者と非常に関係のあるものに任せるという、非倫理的な行動をとっていたのです。
第一建設の行った実験の実施には、通常、2千万から3千万円はかかるものですが、同社は、自社の名誉を守るために、敢えて実験を行ったと思われます。その実験結果を、調査委員会は、採用し、第一建設に対して無償で使用し、調査の根幹に据えてしまいました。
さらに、原告新潟県は、その重要な実験の実施者すらも被告の一員とし、損害賠償責任を求めてしまいました。このことが、問題を更に複雑にしています。この実験は、調査報告書にとって成立基盤とも言える重要な実験に位置付けられてしまいました。ですから、第一建設が、この実験は意図的なものであり工学的には信憑性がないと主張すれば、その瞬間に、調査報告書は全面的に根拠を失いますし、あるいは、この実験は正しいものであったと主張した場合でも、後日、鑑定人によって意図的な実験であると鑑定された場合は、調査委員会も、第一建設も一挙に信用を失う事になります。
この問題は、調査委員会が、第一建設の実験の正当性をきちんと検証しなかったことに起因しているのです。

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図D 調査委員会との関係についての疑問

 
D 実験の工学的信憑性について
現在では工学的実験を行うときには、いかなる実験であれ、実験を実施する前にコンピュータを使った解析を行います。解析結果と実験結果の両者を比較検討することで実験の正当性を、唯一、評価できるからです。ただ単純に引張ってみたら何トンでした、という実験はまったく工学的意味をなしません。この最低限の検証をも行っていない実験結果には、信憑性はないのです。
また、実験という行為は、実験者の目的に合わせて意図的に結果を産み出すことが出来ます。このため、実験は常に第三者性が重要です。実験実施機関と実施者が不明な実験は、それだけで実験結果について信憑性を失ってしまうものです。
第一建設のホームページでは、実験結果の数値だけを記載してあるだけで、実験体制および実験の工学的条件と実験結果の数値の評価法が全く表明されていません。他者に都合よく利用されてしまう素地があった実験であったと言えるのです。


(3) 定着部に関するSDGが行った試験との比較

落下したのは5スパン連続構造の1スパンだけであり、事故発生後も4スパンのデッキはそのまま残っていました。
事故発生直後の10月末に、調査委員会が、第一建設の実験結果を採用したというニュースを聞き、SDGは困惑していましたが、黒沢建設は残存デッキの定着部にジャッキを当てて、本当に65tfで壊れるか実物で調査するべきだと新潟県に提案していました。新潟県に調査技術も調査費用もないのであれば、黒沢建設が無償で行いますという提案もしていました。SDGは、残存する4スパンは適切な補強をして、当然、再利用するものと考えていたので、黒沢建設の提案には同調しませんでした。一方、新潟県は黒沢建設の提案を無視していました。
翌年2月の県議会で知事が、残存デッキ4スパンも取り壊すことを表明してしまいました。このため、SDGは、壊して捨てるのであれば、現地で試験を行い、65tfで破壊するかどうかの確認をするべきでないかと新潟県に書簡を送ったのです。実際に65tfで壊れれば、第一建設の実験も正しいし、調査報告書も間違いないものであることが明らかになりますから、是非、試験を実施するべきであると新潟県に要請しました。しかし、新潟県からの回答は、調査報告書を既に受け取っており、調査は終焉したとして、試験の実施を拒否するというものでした。
SDGは、落下事故真相究明が自分の責務であるという信念から、自費でこの現地試験を行うことを決意し、計画を立案し、実施しました。この間、SDGは黒沢建設に試験の共同実施を依頼しました。しかし、既に新潟県が黒沢建設を含む賠償請求訴訟を起こすことを表明していた後であり、黒沢建設からは、立証責任は新潟県にあり、現地試験を自費で行うことは道理に合わないとして、SDGとの共同実施拒否の回答がありました。しかし、黒沢建設は、SDGが真実解明のための試験を行うのであれば必要な協力は惜しみません、という回答もあり、以下の試験に全面的な協力を受けました。
本来行うべき新潟県に代わり、SDGが実施した定着部試験は、以下の二項目です。


@ 平成16年6月10日に行った現地試験

この試験はきわめて単純明快なもので、残存する定着部にジャッキをセットし、斜材ロッドを引張るというものです。このとき、引張った反力がフレーム全体にかかってしまうと、定着部だけの耐力を測定できないので、フレームを鉄骨で補強して試験を実施しました。
調査委員会の設定した破壊耐力65tfを対象にした試験ですから、100tfジャッキを用意してこの試験に臨みました。しかし、結果として、65tfでは全く問題なく、ジャッキ能力の安全限界である95tfを加力しても問題がありませんでした。
この現地試験の実施にあたり、SDGは、新潟県に約560万円を支払っています。この金銭の支払いが試験を行う絶対的条件だと新潟県から強要されたからです。SDGは、何故、この金銭の支払いが実施条件とされたのか、いまだに理解できません。新潟県に、この理由を明らかにして頂きたいと思っています。
この試験は2ヶ所のみで行われました。この2ヶ所だけではデッキ全体の証明にはなりませんから、SDGは、同様な試験を現地で20ヶ所程度行うことを計画しましたが、新潟県が条件とした金銭の確保ができず、これを断念しました。このため、現地から定着部を切り出し、実験室でその耐力を測定するという方法に切り替えました。図Fのように、現地から切り出した試験体は、建設当時に黒沢建設の北海道の工場で製作し現地で組み立てられた部材です。落下した部分と全く同一の条件下、状況下にあったことを重視したものです。


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図E 現地試験の結果、定着部に95tonの張力を導入するも亀裂さえ発生しなかった。

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図F 残存デッキから定着部の切り出し(全部で26体)

 
  図Fの試験体は、現地から切り出し、日大の習志野実験場にトラック輸送しました。

A 平成16年8月13日〜21日に日大実験場で、(財)建材試験センターが行った実験室試験

図Gと図Hが、日大実験室で組み立てた加力装置を組み込んだ試験台です。この試験台の設計だけでも2ヶ月を要しています。

図Hのピンクに着色したのが現地から切り出した試験体です。その試験体に現地にあったときと全く同様な状況をつくりだすために、ブルーの鉄骨で、試験体にプレストレスを導入します。同様に、試験体の下にあるグリーンの加力台で上方に押し上げ試験体に曲げとせん断が発生するようにしています。さらに、試験体の上部には赤く着色した鉄骨柱を建てます。これで現地が再現されました。ロッドに徐々に張力を加えて定着部の耐力を調べるのですが、ロッドに掛けた張力の反力のうち、垂直反力は鉄骨柱へ、水平反力は試験体周辺の鉄骨架台で釣り合い、この試験台が完全に「自己釣合い」を形成するよう設計しています。
この鉄骨試験台の設計に当り、最も苦慮したのが製作費用の問題でした。ロッドを引張る力の大きさで架台に必要な鉄骨量がほぼ比例関係になるからです。私は、200tfまで引張ることのできる架台の実現を望んだのですが、100tfの場合、150tf、200tfの場合を検討し、結局150tfで制作費、約1500万円で妥協せざるを得ませんでした。
また、この試験では定着部耐力の真実を知ることが目的ですから、試験の実施と測定および観察記録のすべてを第三者機関である、(財)建材試験センターに依頼しました。試験場の管理は、日大の安達・中西研究室に全面的に依頼しました。
さらに、試験を秘密裏に行うのではなく、最初から最後まで一般公開試験としました。連日、試験見学者は約250名の専門家が見学しました。新潟県職員も熱心に見学されていました。

この実験室試験での結果は、詳細は省略しますが、図Iの通りでした。
結論的には、調査委員会が定着部の破壊耐力としていた、65tfの2倍程度以上の耐力があり、調査委員会による定着部の耐力不足と第一回ジャッキダウンの損傷が落下起点であるという論拠は、完全に否定されたのです。


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図G 日大実験場での現地を再現した定着部試験

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図H 試験台設計説明図

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図I 日大実験室での試験結果


(4) 入江側R21が落下起点とした根拠について

@ 連絡デッキ全体の中での位置づけが不明

いままで説明してきましたように、定着部の破壊から落下が始まったという根拠はありません。さらに、仮に何らかの原因で定着部から崩壊が始まったとしても、入江側R21が崩壊の起点であるとする主張の証明を、調査委員会は報告書(甲第1号証)で行っていません。

入江側R21定着部に発生していた常時の張力は、32tonです。ここ以外で、既に竣工していたデッキ定着部で32ton以上の張力が発生していた箇所が、図Jのブルーで白抜きした31箇所もあります。
調査委員会は、この定着部のひび割れ耐力を40tonとしていましたが、図Jのマークした箇所で40tfを超えてる16箇所があります。
第一回ジャッキダウンの損傷が無くても、すでにひび割れ耐力を超過している定着部が16箇所あったということです。調査委員会の論理によれば、そこでは既に損傷が発生しなければなりません。
このような連絡デッキの力学的全体像の中で、何故入江側R21だけが最初に壊れたのかの証明を、報告書は工学的に一切行っていません。すなわち、調査委員会は、本件デッキの全体像の分析すら行わず、先入観と思い込みで方針をつくり上げ、かつこれに対する詳細な証明検討も行わないまま報告書を作成したということが明らかであります。


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図J 連絡デッキ全体の中でロッド張力が32ton以上のヶ所


 
A シミュレーション解析と合致していない

崩壊シミュレーション解析は、新潟県の調査班が、独自に土木コンサルタントの(株)長大に依頼しました。その解析結果を図Kに記載します。調査報告書では崩壊の過程を次のように記載しています。
■マークの記述は、長大の解析に関するものです。

ステップ 1 自重のみが作用している状態で、R21入江側の斜材ロッド定着部が破断。

■ 図Kでは、表の上から2段目のR20-R21が37.771tfで破断したため、それ以降の横欄はピンクの0.000になる、すなわち、ここでは力の伝達は無いという表示です。

ステップ 2 R21信濃川側の斜材ロッド定着部が、応力の増大により1時間後に破壊に至る。

■ 図Kでは、信濃川側R21が56.597tfで破断して以降0.000になる。

ステップ 3 R20斜材ロッドが両側とも破壊する。

■ 図Kでは、ステップ3で入江側R20、ステップ4で信濃川側R20が破断で、以降0.000となる。

ステップ 4〜5 R20-21間のPCa床版接合部が、曲げと引張力により破断する。R21のPCa床版は朱鷺メッセ側に移動しながら落下する。

■ 図Kでは、下段の床版のグリーンの部分。破断していない。

ステップ 6〜崩壊 R26斜材ロッド定着部が両側とも破断する。
R26の床版が落下し始める。
R27側上弦材端部が破断する。
R21より朱鷺メッセ側のPCa床版が朱鷺メッセ側に移動しながら落下し、上弦材はR27で破断したため佐渡汽船側に移動しながら落下する。

■ 図Kでは、対応する項目がない。



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図K (株)長大のシミュレーション解析結果表

 
   長大が実施した崩壊シミュレーション解析と調査委員会が報告書に記述している崩壊順序とは、どこも一致していません。すなわち、解析上も入江側R21が崩壊起点であることを証明されていません。
そのことを端的に表しているのが、図Kにおいてグリーンで示したステップ4〜5であり、調査委員会は、R20-R21間のPC床版が破断と記述しているにもかかわらず、解析の方では、まだ床版は破断せずに力を伝達しています。
すなわち、委員会報告書の崩壊ステップとは、委員会の工学的検証の伴わない一方的な先入観によるシナリオなのであり、その工学的根拠のなさのため、コンピュータシミュレーションでは証明できない、ということが言えます。


ここまでご説明したように、調査報告書(甲第1号証)では、落下原因を特定する証明が全くなされていません。
要約すると、
@ 調査委員会は、定着部耐力を、ひび割れ耐力40tf、破壊耐力65tfとしましたが、その根拠は第一建設の行った事故発生直後の実大実験に基づくものです。
A その第一建設の実験は、まったく現地デッキを再現したものではなく、意図的に耐力を小さく出すための実験でした。
B 現地をそのまま利用したSDGの現地試験や実験室試験で、破壊耐力は65tfではないことが実証されました。
C さらに、入江側R21が何故、最初に破断したのかの証明が全くなされていません。
D 仮に、入江側R21が最初に破断したとしても、崩壊シミュレーション解析ですら崩壊状態を証明できておりません。

このように、全てが工学的に信憑性の疑わしい報告書にもとづいて、私たちが、なぜ損害賠償責任を問われなければならないのか、SDGは全く理解できません。


しかし、落下事故が発生したのは事実ですから、それを工学的に解明する必要があります。SDGは事故発生以来、その落下原因の真相究明に約2ヶ月間を費やして行いました。
次に、そのSDGの調査結果をご説明します。

 
2. 落下起点に関するSDGの調査結果

(1) SDGの調査プロセス

SDGは、平成15年8月27日(事故翌日)から現地調査を開始しました。現地の落下状況を観察した印象では、SDGも、第一建設や調査委員会と同様に、最初に定着部が何らかの原因で破断し、それも佐渡汽船側から破断して、PC床版が朱鷺メッセ側に移動したのではないかと想像しておりました。また、5スパンのうち、落下したのはこの1スパンだけなので、この1スパンだけに何か特殊なことが起こっており、その一つに第一回ジャッキダウンの失敗があり、その際、何らかの損傷を定着部が受けたのではないか、これが起因となって落下事故が生じたのではないか、そういう考え方が素直ではないか、という印象を持ちました。そこで、施工当時のわずかな手持ちの資料にもとづき、さまざまな仮定を設定しながら、第一回ジャッキダウンのときの定着部の力学的環境をコンピュータを利用して算定したのですが、いずれも定着部に損傷を与える結果を導き出すことができませんでした。この作業に2週間を費やしました結果、このように「原因を先に想定した調査方法」では真実に到達できないという結論に至り、全く、別の調査方法に切り替えました。
すなわち、現在のコンピュータ解析技術を駆使して、純粋に、力学的、物理学的に崩壊シミュレーションを行うという手法です。

(2) 崩壊シミュレーション解析について

@ 破壊起点から解析をはじめて、解析結果と崩落現象との合致する結果を見つけ出す。

落下現場で観察できた実際に破壊している箇所は、図Lにマークした位置です。赤○は、定着部が破壊している位置、赤●はPC床版が切れているヶ所、青●は鉄骨が完全に切断している箇所です。
このうち、最初にある点が破断したと仮定すると、力の移動があって次にどこが破断するかを調べます。順次、そうやって力学的に追跡していくと最後に崩壊した姿を想定することができます。その最後の姿が落下したものと同一であれば、最初の破断位置を特定できたことになります。この方法では、最初の破断が何故生じたのかを説明することはできませんが、その位置が最初の破断でなければ、実際の崩壊した姿になり得ないということを証明できます。そこを最初に発見しておいて、後で、最初の破断がそこに起こった理由を、当該箇所の現物を詳細に調査するという手法です。


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図L 落下直後の破壊現象が観察できた箇所

  
A 力学的シミュレーションと幾何学的シミュレーションの併用

当初、定着部の破断を落下起点として想定したので、赤○の位置を各々起点として解析を進めましたが、赤○のどの位置でも最後に落下した姿になりませんでした。
最後に、R27の鉄骨を起点として解析を行ったところ、はじめて落下した姿になりました。常識的には、鉄骨が自然に破断するということはあり得ませんから、この解析は数週間におよび何度も繰り返し行うことになりました。しかし、落下した姿はこの鉄骨破断が起点でない限り再現できないことが判明したのです。
この発見による研究成果を、SDGは「鉄骨破断起点説」として、新潟県および調査委員会に、この年の11月15日に送りました。この時点では、何故、鉄骨が破断したのかの理由はわかっていません。R27の鉄骨から破断が始まらなければ、落下した姿にはならないということだけが確実に明らかになっただけです。
このときの崩壊シミュレーション結果が、図Mです。
SDGの崩壊シミュレーションは、力学的解析と幾何学的解析を併用していることに特徴があります。ある箇所が破断すると架構は変形します。その変形量を元のプログラムに戻して、再び解析を続けていくという一種の大変形解析です。たとえば、STEP4ではデッキは3m近く降下しています。このときはPC床版はカテナリー状になって、トラスの状態ではなく軸力系の吊り橋のようになってきます。力の種類と大きさが大きく変化する状況を捉えているためです。



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図M 上弦鉄骨溶接部の入江側R27が最初の破断の
シミュレーション解析結果を図示したもの

(3) 溶接欠陥の存在について

上記の崩壊シミュレーションで入江側R27鉄骨破断が、崩壊起点であることを発見しましたが、この時点では、R27が何故、破断したのかはわかりませんでした。調査報告書が平成16年1月に発表されて、その添付資料に図Nの写真が掲載されましたが、この写眞により鉄骨破断説が間違いないものであるこが判明しました。
先日の保管倉庫での観察でもわかりますが、図Nは正面からの写真ですが、実際には、平面的な欠陥ではなく凹凸のある立体的な溶接欠陥であり、常識でいう溶接欠陥というよりも溶接していないと考えた方がよいというような状態です。
図Nの最上段のフランジ以外は、耐力的に評価できるような溶接ではありません。

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図N 調査報告書・添付資料から複写

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図O 顕微鏡拡大写真 一辺が5cm、厚み1.2cmの切断面
(写真の番号は図Nの番号と対応している)

   このような溶接では、切れても当然です。それを証明するために新潟県にこの鉄骨片の精密調査をするよう、SDGは何度も依頼しましたが、現在に至るまで精密調査は全く行われていません。

(4) 溶接欠陥が産まれる必然性について

図Nの溶接を行った日付の記録があります。このときの新潟気象台の記録から抽出し整理したものが図Pです。

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図P R27現場溶接当時の気象

   一般に、溶接欠陥が発生する要因は、溶接工の技量のいかんにかかわらず、気温が5℃以下の低温、風速が10m/s以上、湿度が90%以上、雨または雪の場合、このいずれかの気象のときとされています。
ですから、こういった気象にあるときは、溶接環境を整えるために、溶接部位の周辺を、溶接工が作業できるスペースを確保した上で、上下を含む六面すべてをシートで覆って、シート内の温度を20℃程度までには上げて、風の進入、雨、雪が入らず、湿度も65%程度に抑えた状態の中で溶接作業を行えば、屋外での溶接でも問題ありません。こういった、どこでもやっている溶接環境管理を正しく行えば、このような極端な溶接欠陥は産まれるものではありません。
本件の場合、溶接箇所は地上10mぐらいのところにあり、信濃川からの風の吹上が強かったと、想像できます。図Pからもわかるように、2月23日を除く3日間は、全く溶接に適した気象条件ではありませんでした。

では、これだけ酷い溶接欠陥があったにもかかわらず、最後のジャッキダウンの完了直後に落下せずに、半年以上も落下せずにいたのは何故か、をご説明します。以下は、この溶接部の精密調査ができていないので、SDGの推測によっています。
本件連絡デッキの構造的竣工は、事故発生前年の11月ごろです。この状態でR27上弦鉄骨には、常時、30tf程度の引張力が働いていました。
新潟の冬場の毎日の昼夜の気温差は、5〜6℃程度ですが、夏場の気温差は、約2倍の10℃程度になります。
もし、10℃の気温差があるとしたとき、この鉄骨に微小な伸縮が発生し、その引張、圧縮の大きさは11tf程度と計算できます。冬場はその半分程度でしたが夏場を向かえて、もともと30tfの軸力に耐えていた溶接部に、毎日11tf程度の追加軸力が、7月、8月にかけて繰り返されていて、最後の8月26日に、耐え切れずにR27入江側のフランジが破断しました。そうであれば、竣工後、はじめて迎える夏場の終わりに落下事故が発生したと説明できます。
入江側R27鉄骨が破断したとき、衝撃力を3倍としても、入江側だけの破断であれば、連絡デッキは落下しないことは解析上証明されています。しかし、このとき信濃川側の鉄骨の軸力が増加しますが、1時間後にここが破断した時間差を証明することはできていません。1時間後という時系列上の証明は、現在の解析技術では困難であり、これも溶接部の精密調査が必要になります。


(5) 落下デッキおよび残存デッキの鉄骨溶接部の調査が必要不可欠であることについて。

信濃川側R27上弦鉄骨が破断したとき、あとは連続的に落下を引き起こしていきます。落下の順番は、力学的にも幾何学的にも証明することをできました。
今後は、鉄骨溶接部の再現調査と精密調査を行って、現有していた溶接部の耐力と欠陥発生理由、その欠陥の性質を解明すれば、すべての証明が完了します。

SDGは新潟県に対し、新潟県に実行の意思がないのであれば代わりに試験を自費ででも実施したいとして、落下デッキ残材鉄骨部材の提供を、この裁判が始まる前から何度も依頼してまいりましたが、その都度拒否されてきました。
しかし、今からでも遅くはないのです。新潟県は、裁判と関係なく、真の原因解明のために、早期に鉄骨の精密調査を行うべきです。

                                                         以上




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