SDG

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


第15章
終わりのない裁判
−事故発生から丸4年、裁判開始から丸3年を経過して−
2007年8月26日  

民事裁判は、裁判所がその訴訟の内容を把握するために、本格的な裁判をはじめる前に「準備段階」を設定する。この準備段階は非公開で、円卓テーブルを裁判官と原告、被告の全員が囲んで、準備書面(原告、被告の言い分を書面、文字にしたもの)の手続き(単に、裁判所はそれを受け取りましたというだけの儀式)をする場所で、特に、何かを議論する場ではなく、毎回、裁判長が次回までに何々についての書面を出して下さいとか言って閉会になる。
この儀式に原告も被告も付き合うというルールになっているらしく、もし欠席すると裁判長の心証を悪くするそうだ。そんな儀式は時間の無駄なので、僕は、この円卓テーブルで毎回、意見を申し上げるが、裁判所は、議事録をとり記録するのではないから、意見を言うこと自体が無駄なことで、ただひたすら、儀式に付き合うしかない。

平均して2ヶ月に1回、この準備弁論が開催されるが、僕が途中で裁判の迅速化は、いまや社会的な要請事項だと申出たら、毎月開かれるようになり、現在までに通算23回開かれてきた。
23回も同じメンバーが顔を揃えるのだから、その内、出席者の意思の交流が促進して各々の弁護士が考えていることがわかると思うのが常識だが、裁判所ではこういった常識はまったく当てはまらない不思議な世界であることがわかった。
原告、被告の弁護士は能面のようなポーカーフェースで、毎回、時間とおりに席につき儀式が終わればサッサと帰ってしまう。完全に感情の起伏を捨てたロボットであることが弁護士の必要条件であるようだ。
僕は、いつもの設計の打合せや現場での会議で、なにかどうにもならないトラブルがあるときは、できるだけ出席者の気持ちをリラックスさせ、本音の話し合いに持ち込むことを得意技としてきたから、裁判でも面倒な話しを笑いながら意見を交換するよう、その場の雰囲気づくりに努力してきた。しかし、まったく無駄であった。

いまの裁判長の解説によると、この準備段階で、原告・被告が各々の主張を盛り込んだ準備書面を提出し、それらにもとづき裁判所が、@事件の「事実経過」を明確にした上で、A原告および被告の「主張の整理」を行い、B最後に原告と被告の「争点の絞り込み」を行う、これで準備段階は終わるそうだ。
最後の争点整理が出来上がれば、誰を証人として呼べばよいかが明らかになるし、どのような鑑定が必要であるかも明確になるから、その後は、証拠調べ、すなわち、公開の法廷で口頭弁論が開始され本格的な裁判が開始されることになる。そして証言や鑑定が出揃えば、裁判所は法にもとづき判決を出します、とは明確には言わないが、どうやらそうらしい。

そうらしいというのは、僕の想像だが、民事裁判で最後の判決までいく例が少なく、この裁判長は、「判決を出したことがない」と疑いたくなる。大抵の場合は、裁判所の仲介で「和解」させるからだ。
本質的に裁判所の役割は、争いの内容を十分に理解して、どう「和解」させるかがメインテーマであるようだ。

裁判長が原告新潟県に、「何で入江側R21の定着部が最初に破断したのですか」と聞いても、原告新潟県は「クリープ現象でせん断破断したと推測されます」としか答えない。
実証されてない推論で、裁判長は「ああ、そうですか」とは言えないから、一番、困っているのは裁判長だ。一般の、原告も民間人、被告も民間人の民事裁判であれば、裁判長はこういった場合、即座に、原告に対して「実証されてない推論で裁判を起こすのは無理です。あなたの訴訟を取り下げるか、推論を前提にした和解を斡旋しましょう」と結論を出す。
でも、この裁判は、民事裁判ではあるが、原告が新潟県知事だし提訴を承認したのは新潟県議会だから、行政府の汚点を避けなければ、立法・行政・司法の三権の権威を維持できなくなる。
裁判長の悩みはそこにある。それにSDGは、この裁判の当初から、真の落下原因を究明しない限り、あらゆる「和解」に応じないという態度を鮮明にしてきたから、裁判長は普通の「和解」はできないことを承知している。

しかも、この裁判では既に丸三年も経っているが、@の事実経過の明確化にも至っていない。原告新潟県は、この裁判を可能な限り引き伸ばして、県庁内の事故関係者全員が定年退職するのを待っているようだ。
既に、23回、開かれた準備弁論で、そのほとんどは裁判所が原告新潟県に説明を求めることで終始している。しかし、原告新潟県は裁判所に対して丁寧に説明しようとしない、あるいは出来ないのかも知れない。

原告新潟県が新潟地方裁判所に提訴したのが、2004年9月7日であるが、第1回準備弁論が開かれたのは翌年の2005年2月8日。原告新潟県の訴状に対して、その内容を左側に書いて右側に僕の考えを併記するという答弁書を僕は裁判所に送っていたから、2月18日になって裁判所から「事務連絡」というのが来た。
そこには(SDGのように)原告の主張に対して被告の方々は、その項目ごとに各々の主張を併記して下さい。それを裁判所が整理して、原告と被告の主張整理を行い、次回期日までに皆さんに配布します、という連絡。
これなら多くの会議をしないでも済むし、合理的な裁判の進め方だと僕は感心していたのだが、その後、この件については裁判長も被告弁護士も何も触れずに、遂に、立ち消えとなってしまった。

その後、6回の準備弁論が開催され、僕はもう準備段階は終わりかなと思っていたら、この年、2005年12月16日になって、裁判長が、この事件の技術的内容が理解できないので、原告からこの連絡デッキの技術的説明をして下さいと、言い出した。これには僕も唖然としたが、裁判長は平然としている。
そして裁判所から出てきた原告新潟県に対する質問が、要約すれば以下の3点であった。

     本件連絡デッキの基本的構造、各部材の製作過程、組立過程について説明して下さい。
     PC床版の構造、配筋の状況について説明して下さい。
     斜材ロッド定着部に作用している力の種類、クリープ破壊とせん断破壊の関係について説明して下さい。
このための説明会で、原告新潟県は、「説明」する意思がなく、ただ「訴状」に記述してあることを棒読みするだけで、裁判長の理解を促進したとは思えない。

で、翌年の2006年1月24日に再度、裁判所から原告新潟県に質問。

     PC床版の構造、配筋の状況について再度、説明して下さい。
     定着部に作用している力の種類、クリープ破壊とせん断破壊の関係を再度、説明して下さい。
     せん断力、せん断応力度、せん断耐力およびせん断許容応力度の関係について説明して下さい。
     せん断破壊したという原告の主張の根拠について説明して下さい。
こういった裁判所に対する説明のチャンスがあっても、原告新潟県は説明しようという態度は全く無く、「訴状」に記述の関連事項の棒読みで終わる。あたかも、事件の全貌を裁判所には教えない、という態度である。

2006年1月30日の第8回準備弁論で裁判長が原告新潟県に質問。

     原告の主張する(SDGの)責任原因は、長期荷重により生ずるせん断力に関するものだけですか。
     本件におけるせん断応力度についてその計算過程を示して下さい。
4月20日になって原告新潟県はこの回答書を送っている。回答書の内容は延々と文字を並べ立てていて、僕が見ても理解することは不可能。

いらいらした裁判長は、少し角度を変えて、2006年2月8日に再度、原告新潟県に質問。

     せん断破壊のメカニズムについて説明されたい。
     崩壊過程と損傷部材の関係について説明されたい。
原告新潟県は一向に動じない。相変わらず「調査報告書」に書いてある文章を読みあげるだけ。

2006年2月13日に、裁判長は、今度は易しい質問を原告新潟県に行う。

     都道府県が建築する場合、建築基準法上、経なければならない手続きについて説明して下さい。
     設計から施工に至るまでの過程について説明して下さい。
原告新潟県は、こういった手続きの説明はなんとかできたが、後日になって「計画通知」そのものが出鱈目であったこと、「確認済書」の交付以前の事前着工などがバレて、問題が増えるばかりである。

2006年2月27日の第10回準備弁論で、裁判長が原告新潟県に再々度、質問。

     本件連絡デッキの崩壊起点が入江側R21定着部であるとの主張と、せん断耐力が不足しているとの主張の関係について説明されたい。
このような場面でも原告新潟県は、調査報告書に記述の繰り返し。@設計ミスがあり、A補強筋の配筋不具合で耐力が低下し、B第一回ジャッキダウンの悪影響で耐力が低下しており、C「クリープ破壊現象」で破壊に至ったのである、と返答した。
裁判長への説明になっていない。この説明では、「入江側R21の定着部が最初に崩壊した」ということとが結びつかないのである。

肝心の技術的説明が原告新潟県はできない。
やむを得ず、僕は裁判長に申出て、3月27日と4月24日の二回にわたって本件連絡デッキに関する技術説明を行った(SDGのホームページの第13章に掲載のもの)。僕の説明会が終わったときに、裁判長は、大部分のことがよく判りました、と言った。

これで準備段階は終わると思っていたところ、裁判所は2006年7月11日に再び、原告新潟県に質問書を送った。

     固定荷重(自重)のみのとき、訴状で落下起点としている入江側R21の定着部における引張力が38tfであるとする根拠(解析の過程)を示せ。
     定着部のせん断耐力が65tf、ひび割れ耐力が40tfとした根拠を示せ。
     被告第一建設の実験結果と、原告の主張との関連を示せ。
     第一回ジャッキダウン時に42tfを超えるせん断力が働いていたとする根拠を示せ。
     第一回ジャッキダウン時に定着部にひび割れか、内部に損傷を生じていたと主張するが、その根拠を示せ。
     入江側R21の定着部にクリープ破壊の痕跡があったという根拠を示せ。
     長期荷重時、短期荷重時の耐力不足を間接事実と位置づける場合には、その推認力(主要事実との関連性)について示せ。
     特殊な構造であることと原告の主張する過失(設計について)の関連性を示せ。
     特殊な構造であるとする根拠を示せ。
     設計自体に過失があると主張しながら、工事監理者および施工者にも過失があるとする理由を示せ。
これらの項目は、既にSDGが説明し尽くしている事項で、また、蒸し返して原告新潟県に問い直すのは、上手に返答すれば「裁判所は原告新潟県の言い分を取り上げてあげます」というサインであるが、これらの項目に対する原告新潟県の回答書の内容は全てピント外れであった。
裁判所は早く終わらせたいのに、終わらせまいとする原告新潟県の態度が露骨。

原告新潟県が裁判を終わらせない作戦なのは明らかだが、SDGは被告だから、原告に文句をいえない。それで裁判所に「裁判の迅速化を求める」という上申書を9月1日に提出した(SDGホームページの第14章に掲載のもの)。
これについて9月25日の第17回準備弁論のときに、裁判長から僕の提出した裁判の迅速化について理解した、の発言があったので、僕は、裁判所から原告新潟県に指示するよう頼んだのだが、裁判長は明確に応えなかった。
雰囲気的には、新潟地方裁判所と新潟県庁とは、「お友達」なのだから、そう簡単には訴訟の取り下げ勧告は言えない、という感じである。
僕は、この裁判は終わらないことを実感した。

その後もダラダラと進行していたが、年が明けた今年の2007年3月27日に、再び裁判所から原告新潟県に質問書を送付。

     万代島再開発事業の全体像を示せ。
     U工区(落下デッキの工区)を担当した県職員の氏名を明らかにされたい。
     構造的に一体の本件工事をT、U、V工区に分割した理由を示せ。
     被告SDGが登場した経緯を示せ。
     調査委員会が第三者機関であるとする根拠を示せ。
     せん断力と割裂力の関係を明らかにされたい。
     被告第一建設の実験報告書で、被告第一建設はせん断破壊ではなく支圧破壊であるとしていることに反論されたい。
     建築基準法と原告が主張する内容(SDGの設計ミス)の関連性について明らかにされたい。
     V工区の工事と本件落下事故との関係を明らかにされたい。
     被告第一建設に対して瑕疵担保責任を追求するのか。
     被告槙事務所に対して、契約上の責任と信義則上の責任、不法行為責任を別個に追求するのか。
裁判所は再度、最低限、これだけはうまく返答しろよと、原告新潟県に質問してあげているのだが、原告新潟県はこの場に至っても、ご都合主義の回答しかしない。その回答書を5月28日に原告新潟県は裁判所に提出した。

6月になって、僕は、原告新潟県を徹底的に叩く作戦に転じた。
これまでは、僕は終始一貫して「何故、落ちたのか」の技術論以外は言ってこなかった。「何故、落ちたのか」に対する原告新潟県の見解は間違いであり、SDGの上弦材鉄骨破断説を見直すべきであり、「何故、落ちたのか」の真実を特定した後に責任論に移行すべきで、先に責任論を云々するのは根本的に不合理だと主張してきたのである。
しかし、原告新潟県の姿勢があまりにも責任回避のための裁判技術に偏っているので、彼らの土俵に上がって戦うことにしたのである。
6月21日に裁判所に提出したSDGの準備書面(17)は、主として以下の2点をターゲットにしたものであった。

     もともと本件工事発注者である新潟県と受注者である第一建設とは特殊な関係にあり、本件連絡デッキの工事発注に当り、「官製談合」の事実があった疑いがある。これを、既に裁判所に提出された膨大な書類をもとに分析して実証した。
     調査報告書を調査委員会が作成したという証拠がない。これも書類の山から証明できた。調査報告書は新潟県の調査班が作成し、それに基いて訴訟を起こしている。自作自演の裁判劇だ。こういった茶番劇を裁判所で採り上げること自体がナンセンスだ。
の2点で揺さぶりを掛けてみた。7月6日の第23回準備弁論のときに、この2点は、珍しく議論の対象となり、裁判長がこれに関していろいろと原告の弁護士に聞くのだが、まったく要領を得ない返事。裁判長も本当に困り果てた表情。
しかし、彼も裁判のプロだから、こういった「きわどい議論」は適当に打ち切ってしまった。

その後、驚嘆すべきことだが、裁判長が以下の発言をした。
裁判所で本件について「事実経過」をまとめていたのですが、あまりにも関係事項が多すぎ裁判所では分らないので、時系列で整理した「事実経過一覧表」を原告に作成して貰いました。この表に、被告もおのおの事実経過を併記して、原告に送って下さい。その集まったものを裁判所でまとめ直して、「事実経過」とします。
内容の分らない者が、まとめ直して「事実経過」とします、ではまったく意味をなさない。そのことを裁判長に申し上げたら、いや、皆さんの意見も十分に入れます、と答えた。
要は、裁判長は、裁判を3年前の振り出しに戻すことを宣言しているのである。

いま(2007年8月26日)、僕もようやく裁判の馬鹿馬鹿しいが面白い実態が理解できてきた。だから、その実態にもとづいた上で、実効性のある断固とした戦術と作戦を立案中である。
双六ゲームの振り出しに戻るコマを外してしまえば、原告新潟県と裁判所がいくら抵抗しても、「出口」に向うしかないはずだ。

以上





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Updated 03.September.2007