SDG

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


第20章
突然、裁判終了!

前章を掲載したのが、2010年初頭だから、もう1年近く経ってしまった。 この年は前章で紹介した証人尋問が続き、12月17日に黒沢建設の黒沢社長が証人として出廷したのが最後であった。年が明けて2011年3月12日に準備弁論が開かれて、裁判長が事故直後に行われた第一建設の定着部の実大実験の当事者を証人として呼ぼうということになり、佐藤勇樹氏(第一建設の実験担当社員)が6月13日に証人台にたつことが決まった。 。

ところが、当人が出廷する前の4月に裁判長が変わってしまった。それでも予定通り6月13日には佐藤勇樹氏が出廷し、この実大実験は第一建設だけで行ったのではなく、JR東日本の技術陣や東京建築研究所からのアドバイスを受けて行ったこと、自分たちの実験結果を調査委員会は正確に評価していないこと、などを証言してくれた。
佐藤証人が退席した後、この新任の裁判長は、9月末までに原告も被告も全員、7人の証人尋問を踏まえて自分の主張をまとめて裁判所に提出するよう求めた。次回の口頭弁論は10月28日ということも決めた。

この新裁判長が、今後、どう裁判を進めるのかまったく僕には予測がつかない。SDGが、この裁判で終始一貫して主張してきたのは、事故原因調査委員会の報告書は推論の塊で、工学的な観点ではまったくの出鱈目だから、「真の落下原因を確定した上で賠償責任を問うべきである」に尽きる。被告は6社もいるからSDGのこの主張が鮮明に裁判長に伝わっているとは思えないので、8月25日に「口頭弁論分離申立書」を裁判所に送った。被告6社からSDGを切り離して単独で原告と相対したいというお願いである。しかし、いつものように裁判所からは何の反応も無く、10月28日の当日を迎えることになった。

2011年10月28日、午後1時15分開廷。裁判長と裁判官2人の3人が入廷して着席。
裁判長が、「原告、被告の最終準備書面を受け取りました。当法定は、平成24年3月26日午後4時に判決を宣します。今後はいかなる書面も当裁判所は受付けません。もう一度、繰り返します。平成24年3月26日午後4時です。」と言って、さっさと退廷。
この間、ほんの10〜15秒のできごとで、法定にいた全員が唖然としていた。 そして7年以上に及んだこの裁判はおしまい! らしい。

あとは、来年の3月26日を待つばかりである。そのときに裁判所の結論を聞けば、「裁判」とはこういうことなのかと総括できると思う。とても楽しみではあるが、一方でSDGが主張してきた「鉄骨破断説」を立証するための鉄骨溶接部の鑑定がどうなるのか心配でもある。原告新潟県がヤケを起こして鉄骨部材を捨てないことを祈るばかりである。





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Updated 12.NOV.2011