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朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


第23章
新潟県は控訴、裁判の場が「東京高等裁判所」に移る

第22章で記載のように2012年3月26日に新潟地方裁判所の判決が出たが、この判決を不服として新潟県は「控訴状」を2012年4月9日に東京高等裁判所に提出。
損害賠償請求額は原審と同じ約9億円、何が不服なのか「控訴の理由」は追って提出するとあり、今度は、原告、被告と呼ばず、
 控訴人 :新潟県
 被控訴人:新潟県建築設計協同組合
      槇綜合計画事務所
      第一建設工業  の三者。
どういう訳か、SDG、福地事務所、黒沢建設の原審での被告は姿を消された。

2012年7月17日に新潟県が「控訴理由書」を東京高裁に提出。これを要約すると、「事故原因が特定できなくとも落下事故が発生した事実については、被控訴人に、債務不履行責任と不法行為責任が存在し賠償責任を負うべきだ」ということで技術論を外して、法的責任論だけを主張したものだ。こういった乱暴な論理が法的に通用するのであれば、はじめから原審において、そうすればいいものをどうして切り替えたのかは説明していない。明らかに事故原因の特定に失敗したから、まったく別の角度から決着つけようということだと思うが、僕のような裁判の素人からみると、これでは控訴ではなく新たな裁判を起こしているように見えるが、東京高裁は特段の疑問を挟んでいないように見受けられる。

僕のテーマは依然として、「何故、落ちたのか」を明らかにすることだから、この控訴審にどう取り組むべきかを考えていた。

2012年10月4日に槇事務所から東京高裁経由で「訴訟告知書」が郵送されてきた。これは、僕にとってはこの控訴審にもぐりこむキッカケになると歓迎し、早速、東京高裁に出向いて相談にのってもらった。
そしたら、民事裁判法の第42条に「補助参加」という項があり、その裁判に関して全くの第三者であってもその裁判内容について深く関与するものであれば、控訴人でもない被控訴人でもない「補助参加人」として裁判に出席し自由に主張を展開できる、ということがわかった。ただ、当事者の一方を勝訴させることで自己の利益を守るという側面もあり、当事者としてではなく、いわば応援団として訴訟に参加するのだから当事者の誰を応援するのかを裁判所に届け出なけばならない。槇事務所ならピッタリではないか。

2012年10月18日、僕は「補助参加の申出書」を東京高裁に提出した。そしたら2012年10月23日に新潟県はこの参加申出書に対して「異議申立書」を送ってきた。僕は10月25日にこの異議に対して反論した「申立書」を提出。で、11月8日新潟県が「異議申立の取下書」を東京高裁に送り、SDGはこの裁判に「補助参加人」として参加することが決定となった。

昨年2012年11月以来、僕は妙な肩書き「補助参加人」としてこの裁判に参加しているが、いま、2013年1月7日になっても何だか争点がはっきりせず戸惑っているのが実情だ。曖昧模糊としたいつもの新潟県の姿勢とペースにはまり込まないよう気を使っているが、自分のペースをまだつくり出していない。




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Updated 12.NOV.2011