SDG

朱鷺メッセ連絡デッキ落下事故の真相解明に挑む


終章
結局、この事件は官学産民が仕組んだ「事故原因調査偽装事件」だった!


2013年12月26日、東京高裁が和解で裁判が終了したことを宣して、この事件が終焉を迎えた。新潟県の全面的敗訴でありこれをもって事故が発生した事実も完全に消えてなくなった。

2014年3月3日、SDGは新潟県知事と新潟県議会議長に「要望書」を送付した。その要旨は、
「和解判決とともに本件訴訟が終焉したが、事故原因は確定しないまま終わってしまった。・・・本件事故の被害者は新潟県民で、彼らに真の事故原因を正確に説明する義務が新潟県にあります。と同時に、前代未聞の本件事故はわが国だけでなく、“何故、落ちたのか?”を世界の建築界に技術工学的に正確に説明する義務がSDGにはあります。・・・新潟県保管の落下および残存の鉄骨部材を用いて必要な試験を行う能力がSDGにはあるので、これら部材を新潟県は破棄することなくSDGに引き渡すことを要望します。・・・」

2014年3月31日、県知事から拒否の回答
「・・・貴社に引き渡す義務はない・・・しかるべき時期に処分する」

僕は4月になってこの事件は一体、何だったのか?を根本的に考え直してみた。この10年間、僕は「何故、落ちたのか?」だけをテーマにしてきたが、僕のテーマ設定が実は間違えていたことにようやく気が付いた。

この事件の本質は、官学産民をあげての「事故原因調査偽装事件」だったのだ!

「事故原因調査偽装事件」の偽装の軌跡をテーマにして2014年5月23日、日大理工学部1号館CSTホールでASDO主催の約150人の参加者に僕は講演を行った。以下にその偽装の軌跡を記録する。

2003年8月27日 事故発生の翌日、国土交通省の上之園隆志研究官が事故現場に現れる。
事故発生は前日の午後8時半ごろ。
東京に連絡があったときはすでに新幹線の終電が出たあと。
翌朝、始発の新幹線で事故現場に行ったが午前中は警察の現場検証で、午後は新潟県担当者との会合で忙殺されていた。
その混乱の中で上之園研究官が独りで現場視察しているのを目撃した。
何故、国土交通省の役人がここにいるのか?

2003年8月27日 東京電機大学・今川憲英教授が「朝日新聞」で発言。
設計上のミスが考えられる。そうでなければ施工上のミスで接合部が耐力不足になった・・・」
現場も見てないで何故コメントできるのか?

2003年8月28日 新潟県庁内に「事故調査班」を設置。
   班 長 森川 雅行(港湾空港局副局長)
   副班長 高倉 信幸(土木部技術管理課工事検査室長)
       奥野  賢(港湾空港局振興課企画主幹)
       小島 松俊(土木部都市局建築住宅課参事)
       成田 澄夫(土木部監理課建設業室長)
       野水 祥一(土木部都市局営繕課課長補佐)
知事から班長に指名されたのは森川副局長で、このときたまたま国土交通省から出向していた官僚。何故、県庁内の官僚を選ばなかったのか?

森川副局長は班長に選任された直後から3〜4日間で新潟県のための事故処理基本方針を策定する。
@事故原因究明より事故賠償責任追及を優先する。そのためのマスコミ対策、議会対策を重点的に考える。
A類似例(前例)のない事故原因を選ぶ。PC構造関連をターゲットにすれば新潟県内には前例がない。
Bいずれ賠償請求訴訟にもちこむが、事故原因が明白にならくても民法の「共同不法行為」にすれば訴訟が成立する。最初から県の弁護士と相談しながら進める。

2003年8月31日 東京電機大学・今川憲英教授が「朝日新聞」で再度発言。
「側面の設計にミスか」の大見出しでかなり長文。
誰の差し金で未調査の記事を書くのか不明?

2003年9月1日 新潟県庁内に「事故原因調査委員会」を設置。
   調査委員会メンバーは森川班長が選定。
   委員長 丸山 久一(長岡科学技術大学教授)
       上之園隆志(国土交通省建築災害対策研究官)
       清宮  理(早稲田大学理工学部教授)
       長井 正嗣(長岡科学技術大学教授)
       森谷 俊美(本州四国連絡橋公団上席調査役)
   そのほか森川班長が別途発注して調査委員会に編入。
       構造解析業務 長大
       鉄骨溶接検査 日鐵テクノリサーチ

2013年9月12日 JSCAがタスクフォースを設立。
   委員長 青木  繁(前JSCA会長)
       村田 義男(JSCA構造レビュー委員長)
       野村  進(構造レビュー委員・三菱地所設計)
       寺本 隆幸(東京理科大学教授)
       中田 捷夫(中田捷夫研究室)
       山崎 真司(東京都立大学教授)
タスクフォース立ち上げの主旨説明で、JSCAは建築の構造設計を専門とする職能者の団体として、再びこのような事故を起こさないよう、事故の原因を技術的に解明することが必要不可欠であると考え・・・このタスクフォースを立ち上げたとしている。
国土交通省の要請があったかどうかは不明?

2013年10月16日 第一建設工業が定着部の実大実験を実施。
この実験はJR東日本の技術陣および東京建築研究所の指示で行われたことがのちに判明する。
実験結果を新潟県調査班に提出
ひび割れ耐力 40 ton
破壊耐力   65 ton
この数値を丸山久一委員長は採用して森川班長の同意のもとに調査報告書の筋書を捏造する。

事故発生以来約1ヶ月後、この時点で二十数名の自称専門家たちが森川雅行班長のもとに「事故原因偽装」に走ってしまう。偽装の目的は、賠償請求訴訟に一刻も早くもちこみ裁判中に和解が成立すれば一件落着(事故処理完了)するからである。

2004年1月16日 調査委員会が「事故原因調査結果報告書」を知事に提出。
   事故原因は、
    @ PC定着部の設計ミス
    A 定着部の配筋不足
    B 第一回ジャッキダウン時の施工不具合
の三点があり、入江側R21定着部のコンクリートがクリープ破壊したのが崩壊起点である。・・と偽装した。

2004年1月20日 調査結果が大々的にマスコミ報道された。
特に「朝日新聞」は、事故の「主因は設計ミス」の大見出しで報道。

2004年1月26日 新潟県議会・建設公安委員会を開催。
県議員の長津委員「設計者の責任、施工者の責任について」
丸山久一委員長「設計者が一番責任が重い」
長津委員「SDGの責任はどうか」
丸山委員長「構造設計者の責任は重いでしょう」
青木委員「R26にサポートを建ててほしいという申し出があったが」
丸山委員長「たとえジャッキダウンがうまくいっても、定着部の耐力は足りていないからいずれ壊れることになっただろう」
塚野委員「崩壊の主因は設計が悪かったのか」
丸山委員長「定着部の配筋への配慮が足りなかった」

2004年2月10日 JSCAが「事故調査報告書」を公表。
「正確な落下原因は特定できない」
「第一回ジャッキダウンによって構造体に生じた損傷が落下事故に大きく関わっていることは疑う余地がない」
「構造設計の内容は通常の建築構造物が保有している長期荷重に対する安全性を有しているとはいえない」

2004年2月13日 JSCA大越俊男会長が談話を発表。
「構造設計者が当協会の会員であり理事であることは、誠に遺憾なことです」
「新潟県の事故調査委員会の報告書は、事故の主因を確定すると同時に連絡橋の崩壊メカニズムの検証を大変丁寧に紹介するものでした。その膨大な調査には敬意を表する次第です」

2004年9月7日 新潟県は賠償請求事件として新潟地方裁判所に提訴。
   原告:新潟県
   被告:新潟県建築設計協同組合
      福地建築設計事務所
      槇綜合計画事務所
      構造設計集団(SDG)
      第一建設工業
      黒沢建設
   賠償:9億円+その他
   訴因:事故原因調査報告書(甲第1号証)
   形式:共同不法行為

提訴から5年後に偽装首謀者の陳述書(証人として出廷する前に裁判所に提出する意見書)が裁判所に提出された。

2009年8月31日 丸山久一「陳述書」
「第一建設の実験では最終的な破壊状況が実際の定着部の破壊状況と類似して、せん断破壊の様相を呈していました」
「なお。SDGの実験装置は束材に見立てて装置に設置した鉄骨柱が、定着部の耐力向上に寄与する構造となっているので、定着部耐力を知る上で妥当でないものと考えています」
この陳述は偽装を自ら告白するようなもので、上段の記述は甲1号証にないもので下段はSDGが現地を再現した実験を行ったことを認めており、第一建設の実験装置の不合理さを自白している。

2009年8月31日 上之園隆志「陳述書」
      @ 上弦鉄骨材破断が起点の棄却。
      A 入江側R21の定着部の破壊が起点の選択。
「今回の定着部に関しては、曲げ、せん断、支圧、割裂、付着と複雑な応力状態、さらに無筋状態のコンクリートの存在、梁軸と直交方向のプレストレス、鉄骨柱からの鉛直方向圧縮力の有無などがあり、建築基準法に規定している一般的な設計方法や耐力式では直接、実際の耐力を推定することが困難と考えられます。」
彼はそれまで「建築基準法の条項に適合していない⇒だからSDGの設計ミスだ⇒ミスがあったから落橋したのだ」で徹底していたが、裁判の終わりごろにはそれを変えている。偽装がバレることを予知したのか?

2009年11月26日 森川雅行「陳述書」
「事業実施上、@複雑な発注形態、A不適切な工事発注時期の設定、について発注者としての本来あるべき役割に照らして責任がある・・・」
「関係者の行為とデッキの落下事故との因果関係に基づく責任を明らかにしたもでは無い」
だから、早く和解を成立させろ!と裁判所に命令している・・・らしい。エリート官僚らしい態度だ。原告も落ち度があるのだから過失相殺を勘案して早く和解しろ・・・自分が描いたストーリー通り裁判が進行していないのでかなりイライラしている。

2011年5月31日 佐藤勇樹(第一建設の部長で事故直後の実物実験実施の責任者で初登場の人)「陳述書」
「2003年8月28日には事故調査のため、JR東日本のJRE、JRCおよび東京建築研究所から専門家が派遣され当社と共同して事故現場の調査を実施しました。
これら専門家から定着部の強度を計算にて確実に評価することは難しいから、試験が一番有効だ、とのアドバイスを受けた。
そして急遽、実大実験を行い設計に問題があったことを確認するために行った。
10月23日に新潟県調査班に試験結果報告書を提出した。
丸山委員長も上之園委員も実験には立ち会っていない。」

2012年3月26日 新潟地方裁判所が「判決」
「原告(新潟県)の本訴請求をいずれも棄却する」

2012年4月 9日 新潟県は東京高等裁判所に「控訴」
2012年7月17日 「控訴理由書」を提出
    控訴人:新潟県
   被控訴人:新潟県建築設計協同組合
        槇綜合計画事務所
        第一建設工業
  補助参加人:構造設計集団(SDG)
     賠償:9億円+その他
     訴因:契約にもとづく法的責任
     形式:共同不法行為

2013年6月25日 第一建設は方針を転換しSDGの設計ミスを主軸に据える。
第一建設は途中で方針を変えて、SDGの設計ミスが主因であり施工にはまったく責任のないことを主張しだした。その根拠はJSCAのレポートにあるとした。そこで裁判所の理解を助けるためにSDGは以下の要旨の書面を提出。
「JSCAのレポートは、誰の依頼で作成したのか、何の目的で作成したのかまったく不明。さらにJSCAは事故現場を調査していないし、事故関係者のヒアリングも行っていない。しかも事故原因を追究する上で最も重要なコンピュータシミュレーション解析も行っていない。専門的には“怪文書”に類するもので証拠価値はまったくない」

2013年7月18日 清宮 理「陳述書」
突然、何の前触れもなく、まったく突然、調査委員会のメンバーであった早稲田大学の清宮教授(偽装共犯者)が裁判所に「陳述書」を提出。
内容は、事故調査報告書(甲1号証)には間違いがないと強弁しながらも新たな実証を追加するわけでもない。
で、裁判所も僕も無視。
何故、いまごろ「陳述書」を提出したのか意味不明!

2013年7月31日 裁判長が「結審」を宣言。
「判決は、2013年10月30日に行います。それまでに控訴人、被控訴人は和解に至るよう努力して下さい」

2013年12月26日 東京高等裁判所「和解判決」


長い裁判を通してわかった唯一の事実は、
官学産民が共謀した「事故原因調査偽装」を、構造技術に関してまったく素人の裁判官が(偽装を)見抜いた・・・ことである。

一審の「判決文」を想い出せば明解である。その要旨を再録すると、
(1)原告は上弦材鉄骨の破壊が崩壊起点ではないとしているが、その可能
   性は排斥できない。その理由は、
    @ 鉄骨の耐力算定で全断面有効であるとしているがウェブ部分は
      HTB接合であり、それを考慮した形跡がない。
    A 調査委員会において溶接欠陥について、どのような議論がなさ
      れ、どのような理由でどんな結論に至ったか明らかでない。
    B 上弦材の耐力評価で、溶接欠陥を反映させた形跡がない。
    C R27上弦鉄骨のフランジについて4分割したなかの1ピースだけを
      破断ミクロ観察をしておらず、観察調査が十分に尽くされたも
      のとは言い難い。
    D 崩壊シミュレーションで、上弦材断面力の解放にともなって生じ
      る衝撃力は無視する、とあるがその妥当性を認めることはでき
      ない。
(2)本件定着部のクリープ破壊が崩壊起点であることは立証されていな
   い。その証拠は、
    @ 第一建設の実験結果から定着部のひび割れ耐力が、40tfであっ
      たと断定することに合理性はない。
    A 各種算定式も考慮して40tfとしているが、具体的な検討がなされ
      たかの形跡を窺うことができない。
    B 第一回ジャッキダウン時に内部損傷を生じていたことを認めるこ
      とはできない。
    C 仮に第一回ジャッキダウン時に内部損傷を生じていたとしても、
      これによりせん断耐力がどの程度低下したのかの具体的数値が
      挙げられていない。
    D せん断耐力が65tfとしながら、何故クリープ破壊に至ったのか
      を言及していない。
    E 本件においては、設計ミスなどの三つの欠陥原因が複合して本
      件定着部がクリープ破壊したと認めることはできない。

構造学者とか構造設計の専門家は、実は、国や自治体の官僚の主導に従属するだけであることが証明された。彼らは主体的に、積極的に専門家としての能力を発揮しないばかりか、ただ、ひたすら官僚に従属するだけである。

丸山久一委員長は甲1号証の内容を「日本土木学会」誌に発表し、その後、取り下げてもいない。土木学会は査読することもなく掲載し、偽装がバレた今日に至ってもなんら反応しない。

本来であれば、一審の棄却判決のときに県の調査委員会は再調査を行うべきであった。この五人の学者の能力を超えているのであれば、実務者の職能団体であるJSCAが一審の結論を踏まえて本格的な調査を行うべきであった。

原因さえ明確になれば、設計および施工に従事した者の事故責任を明らかにすることができる。
そのときはじめて、事故に学ぶ貴重な教訓をも明らかにすることができるのだ!

僕がこの長い裁判をやり遂げることができたのは、「弁護士のいない裁判」を終始一貫堅持したからである。いかに苦境にあってもプロは自らの能力を信じるべきだ。

しかし、実際にはこの裁判を通して僕一人が戦ってきたわけではない。実に多くの方々から精神的、技術的、さらには経済的なご支援をいただいた。
また、SDGのOBのみなさまの献身的な協力にも心より感謝している。
沢山の方々のご支援を背景にして、僕は裁判という舞台で独り演じていたに過ぎない。
以下に、感謝の意をこめてご支援、ご協力をいただいた方々を記録する。
ありがとうございました。 (敬称略・五十音順)

         青木  雅   青柳めぐみ
         青山 博之   秋山  宏
         揚原 茂雄   浅野目和博
         安島 誠一   安達  洋
         阿部 重孝   阿部 雄三
         新谷 眞人   アラン・バーデン
         有山 伸之   飯島俊比古
         五十嵐純一   五十嵐 巨
         池間 典一   石丸 辰治
         石村 光由   磯野 由佳
         磯部 共伸   糸井 達哉
         伊藤潤一郎   伊藤 洋市
         稲田 泰夫   井上  博
         今井 一郎   岩井 照夫
         岩橋 健定   上西  明
         内田 明香   内田 直樹
         梅沢 良三   梅野  岳
         梅村 和宏   江尻 憲泰
         海老名雅之   大内  彰
         大熊 武司   大島 睦巳
         大杉 文哉   大滝 孝一
         大竹 克浩   大谷  茂
         大西 秀行   大橋 明子
         大橋 智樹   大山  宏
         岡崎 博之   岡茂 浩二
         岡村 金蔵   岡村  仁
         岡本 憲尚   小川 隆治
         奥山 辰雄   尾崎 隆司
         小田切智明   尾畑 建治
         甲斐 則夫   郭  彗英
         梶井 昭仁   梶井佐和子
         勝倉  靖   勝田 庄二
         加藤 光一   金山美登利
         金田 勝徳   金箱 温春
         亀尾  保   川岡 千里
         川口 健一   川口 達次
         川口  衛   川角 久子
         川端 三朗   川邉 裕一
         神田  順   神田 礼子
         菊池 克己   北島 正一
         鬼頭 武志   金  元圭
         木村 克次   木村  衛
         桐野 康則   桐原 秀秋
         楠川 邦輔   國安 c子
         倉本 真介   黒田 桂市
         桑子 真弓   小磯 克之
         腰原 幹雄   小滝  明
         小林 祥一   小山  実
         斎藤 公男   斎藤 丈延
         佐伯 正尚   酒井かおる
         坂田 憲彦   櫻井 旬子
         佐々木睦郎   佐藤 邦昭
         佐藤 孝浩   佐藤 政隆
         佐藤 芳久   澤田 誠二
         宍戸幸二郎   篠崎 洋三
         芝川  豊   柴田 明徳
         渋谷亜紀子   島村 高平
         清水 千尋   徐   光
         白崎 啓治   新富 博之
         新穂  工   水津 秀夫
         須古 将昭   鈴木 栄嗣
         鈴木 裕一   住  直樹
         関  清豪   世戸 幸司
         世良 耕作   副松 昌之
         高田 毅士   高橋 一正
         高橋 邦雄   高橋 利恵
         高山  誠   高山 正春
         高山 峯夫   高山 芳三
         竹内 真砂   竹川 忠芳
         武田  昭   武田 正紀
         多田 友也   多田 好則
         舘上 暢寛   田中  勉
         棚橋 秀光   棚橋 広夫
         田辺 宏志   蔡  嬢喜
         知久 昭夫   陳  冠帆
         辻  英一   津田 達也
         津田  久   鶴田 信夫
         寺島 知宏   涂  志強
         冨樫  弘   冨田 匡俊
         永井  裕   仲川 昌夫
         中澤 泰典   長沢  泰
         中島 崇裕   中島  徹
         中田 琢史   永谷 芳郎
         中西 三和   長見 穏聴
         中村  昭   中村 美穂
         中村  豊   中村由美子
         中本 克二   贄田 泰然
         西  一治   西川  薫
         西川 康弘   西谷  章
         西本 信哉   新田貴太男
         仁藤 嘉徳   西尾 博人
         丹野 吉雄   野田 鉱司
         橋戸 幹彦   橋本 和重
         長谷川一美   畑 由美子
         服部 敦志   馬場 樟造
         林  玲子   早部 安弘
         原  孝文   原田  玄
         東  清仁   平尾 明星
         平松 昌子   深谷 朝男
         福島 順一   福田 典史
         藤井 朝男   藤川 由美
         藤木 宗弘   藤田  啓
         藤永 直樹   藤山 淳司
         古川 昭一   星  睦廣
         細澤  治   本間 利雄
         真崎 雄一   馬瀬 芳知
         町田有紀江   松尾有希子
         松岡 浩一   三枝三七子
         水谷 太郎   水野 和夫
         水野  稔   水野 隆介
         三橋 淳子   南  輝弥
         宮崎 和矢   宮下 光徳
         宮田 利雄   宮原 貴昭
         向井 啓治   村上 武夫
         村松 晃次   森田 仁彦
         森田 慶子   森田  敏
         谷尾 俊弘   梁元 克彦
         矢野 克己   矢野 正敏
         山賀 康弘   山崎 英一
         山崎 真司   山辺 豊彦
         湯田 博哲   湯本壬慶枝
         横田 幸久   横山 太郎
         吉岡  誠   吉川 裕亮
         李家 美鈴   若命 善雄
         渡辺  明   渡辺 勝利
         渡辺  勧   王   健

           謝謝 謝謝 謝謝!
             2014年6月1日
             SDG・渡辺邦夫





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