第1話『三つの冒険心』

◆◆◆1◆◆◆

 その日は明け方から深い霧が立ち込めていた。航行には支障はなかったが、なにか不思議な予感がした。それは見えない何かに立ち塞がれ、見ることさえままならぬ宝の香りに静かに導かれるような感覚だった。

 ヒィアン・デュラルの航行日誌――その名を世に深く知られる有名な航海士。

 もう、ずっと昔のお話なんだ。船にまたがって世界を旅するという偉業を成し遂げた人。ぼくのもっとも尊敬する人さ。

 今の世界地図が作られるようになったのも、この人の功績があってのもの。

 デュラルの航海日誌はぼくの宝物なんだ。

 はじめまして。ぼくはミケランジェロ。柔らかなグレーの毛並みの、ちょいと小粋な子猫です。え? 自分で小粋だなんて言わないって?

 気にしない、気にしない。

 ぼくには夢があるんだ。デュラルは船で旅をした。そして世界地図を作った。でも……全世界を見て回ったわけじゃない。それに、人生の大半を海の上で過ごしたっていうじゃない? だからね、ぼくの夢はもっと短い時間で……そう、空を飛べればきっと、もっと短い時間で世界だって一周できると思うんだ。素敵でしょう?

 そっと手にした航行日誌を閉じてみる。もっとも航行日誌と言っても原本ではなくレプリカでしか無い。ミケランジェロからすればレプリカではなく、本物が欲しいと思っていたに違いない。何しろ世界に一冊しかない宝物なのだから。

◆◆◆2◆◆◆

 ミケランジェロはベッドから飛び降りると、勢い良くカーテンを開けた。そのまま窓を開けてみた。

 眩しい朝の光、心地よい朝の風が吹き込んでくる。

 風はほのかに潮の香りをはらんでいた。

 遠くではカモメ達が愉快な歌を口ずさんでいる。バリトンを轟かせ、軽やかに飛び交うカモメ達と、屋根に腰を据え、見事なバスの低音を響かせるカモメ達。あくびついでに調子外れな声を出した、化粧途中のソプラノ歌手が、あらまぁと照れ笑いする。

「あは。朝から見事なコーラスだ」

 カモメ達の愉快なコーラスに、しばし聞き入るミケランジェロ。だが不意に頭を突付かれて驚く。

「なんだい、カール。なにか用?」

 こいつはカール。フェニックスだと自分では言っているけど、伝説の不死鳥が目の前にいるなんてとても信じられない。フラミンゴみたいな赤い色。もっとも、あんなに足だって長くないし、声だってカラスみたいな声。まるでフラミンゴのマネしようとして、失敗しちゃったカラスって感じ。

「なにか用じゃないよ。もう朝なんだぜぇ? 朝になったら朝食を作れよぉ。オイラ、飢え死にしちゃうぜ?」

 身振り手振りをたっぷり織り交ぜて喋るカール。その仰々しい振る舞いは、さながらオペラ歌手の様に思えた。

「……お前って、どうしてそう減らず口なの?」

 ミケランジェロは憮然とした表情を崩すことなく、カールを睨みつける。

 あの日、カールは木の下で寒さに震え鳴いていた。未だ小さなヒナだったカールを育てたのもミケランジェロなのだ。その割にはカールは態度がでかい。

「なぁんてコトいうんだい? それが飼い主の義務だろう? ギム! わっかるぅ? 可愛いオイラがお腹を空かせて待っているんだぜ? ああ、なんて可哀想なオイラなんでしょう……」

 わざとらしく、目を潤ませながら一人芝居してみせるカール。

「そうは思わないかい、兄弟達?」

「そうだねぇー♪」

「そうだねぇー♪」

「そうだねぇー♪」

 窓の外のカモメ達に歌いかければ、賑やかに囁かれる。しかもご丁寧に三重奏のコーラス付きで。これにはミケランジェロも困り顔を浮かべる。

「はい、はい。今用意しますよ……」

 憮然とした表情で、ミケランジェロは髪をかきわけながら歩き出した。

 木の床が静かに軋む階段を下りて、リビングに出れば朝の日差しが暖かい。

「ああ、いいお天気だ。絶好の旅立ち日よりだね」

 ミケランジェロの肩に乗っかりながら朝の陽気に誘われて、そっと毛繕いしだすカール。

 羽毛が舞い上がり、おもわずくしゃみが出そうになる。慌ててカールを払いのければ、派手に床に転げ落ちる。

「ほら、カール。君の好きなトウモロコシだよ」

 ミケランジェロは、台所に吊り下がっている数本のトウモロコシの中から一本引っこ抜いてみせた。

 昨日採れたばかりの新鮮なトウモロコシだ。収穫の時期になれば見事な穂を見せてくれる。たなびく穂に、淡い香り。うーん。良い香りだ。収穫期の実りの香りがする。

「ミケ……これナマじゃんかよぉ」

「そうだけど? なにか問題でも?」

 ミケは意地悪くニヤリと笑ってみせる。

「文句があるなら、出るとこ出ようじゃないか?」

 そう来たか。ムスっとしながらも構えてみせるカール。弁護士一人雇うより、頑張っちゃったほうがイイさ。

「ああ、イイさ、イイさ。皮むいて茹でて食ってやるさ」

「ヒゲを取るのを忘れずにね?」

 カールはにやにや笑うミケから乱暴にトウモロコシをぶん取ると、ツカツカと台所へと歩いていった。

 ふぅ。やっと静かになったよ。朝の暖かな日差しと、心地よい空気の中での読書は最高だね。再びミケは揺り椅子に腰掛けながら、ゆったりと読書を再開するのであった。

◆◆◆3◆◆◆

 カールは台所で一人苦戦していた。何しろ鳥のカールにとって、台所の器材はとびきり使いにくかったからである。それを知っていてミケは逢えて、なにも手伝おうとしなかったのだから。

「オイラ、鳥なんだぜ!? この翼は、空を飛ぶにはありがたいんだけどサ、モノを持つにはダメなのさぁ……」

 シュンとなってみせるカール。むなしくトウモロコシのヒゲを抜く。だが、ここで引くのは悔しいし……ミケに頭を下げるなんて絶対に嫌だ。

 カールは必死で頭を回転させた。そうだ! ポップコーンならきっと自分にだってできるに違いない。あれ、食べてみたいと思っていたんだけどサ、ミケの奴、ケチだからなぁ。

 最高のアイデアを思いついたとばかりに、嬉しそうにカールはフライパンを引っ張り出すと、ガスの元栓をひねる。

 慣れない手つきでレンジをいじくりまわすカール。だが火はつかない。あれれ? おかしいなぁと、覗き込めば……。

「プシュー」

 鼻にツンと来るガスの香り。思わず目がまわる。

「ああっ、い、一瞬、焼き鳥になったオイラの婆ちゃんが見えた気がしたぜ……」

 頭をブルブルっと振って、妖しい幻覚から逃れるカール。焼き鳥になってしまった祖母がケラケラ笑いながら飛び去る。気を取り直して、もう一回挑戦。今度は巧く火がついた。

 良し。今度は……フライパンにトウモロコシを乗っけて……。

「コココココココココココ」

 さながらキツツキの様に突付きまくれば、見事に実が落ちる。台所から聞こえてくる不可解な物音にミケの耳がピクつく。

「カールの奴……まさか、レンジの火をうっかり付け損なって、こんがりと美味しそうに焼けてないだろうなぁ……」

 とんでもない心配をしていた。だが読書が気になる。なにしろ、デュラルの目の前にはゴウゴウと唸りをあげる滝が立ちはだかっているのだ。さぁ、デュラルはどうする!? ミケは興奮気味に次のページをめくった。

◆◆◆4◆◆◆

「あっちぃ! ああ、オイラの羽が!」

 はらはらと焦げる羽を見つめるカールであった。だが次の瞬間、さらに恐ろしいことが待ち受けているのであった。不意にコーンが踊り出したのだ。思わず見つめてしまうカール。

「さぁさぁ、私はコーンよ?」

「はいぃ!?」

 踊り出しながら、ついでに喋りだすコーンに、カールは思わず飛び上がった。

「あんた、ポップコーンが食べたいんだって?」

「ダメダメ。ポップコーンはね、渇いた実でやるのよ」

「あーあ。判ってない素人はこれだから困るワ」

 口々に唄いだすコーンに怯えるカール。

(なななな、なんでこいつら喋っているんだよ!? し、しかも唄って、踊っているよ……ひぃいー、何がどうなっているんだよぉ!?)

「まぁ、まぁ。みんな仕方ないわ」

「そうね……お望みどおりポップコーンになってあげましょう」

「そぉれ!」

『ドカーン!』

「うわぁ!?」

 思わず揺りいすから転げ落ちるミケ。

「い、今の爆音はいったい!?」

 キッチンからだ! 何が起きたか知らないけど、無事でいてくれよ……ぼくの家!

 台所に飛び込めば、何をどうしたか一面ポップコーンだらけになっていた。一体何本トウモロコシを使えばこんなに出来上がるのだろうか?

「こ、これはいったい!? カール……覚悟はできているんだろうねぇ?」

 静かに目の前にあったナイフとフォークを握り締めると、ミケは静かに微笑んで見せた。無実を訴えるかの様に、カールは必死で首を横に振ってみせる。

「違うんだよ、ミケ! あのな、コーンがな、唄いだして、踊りだして、ダンスダンスで……あのね、話せば判るから……落ち着けって、ミケ……わぁー!」

「コーンが踊るワケないでしょう。カール、焼き鳥にしてほしいかい? フライドチキンがいいかい? それとも、ちょいと粋に……ナマでいただこうか!?」

「きゃー! 鳥殺しー!」

 さぁ大変、驚いたカールは目の前が真っ白。カールは慌ててミケの顔を踏み台にして走り出した。

「にゃあ!? いててててて……もう、許さないぞ!」

 さぁ大変。逃げ惑うカールとナイフとフォークを片手に追い掛けるミケ。朝から実に賑やかな人達である。ミケの家の前を通りゆく人々も、賑やかな家に思わず足を止めてしまう。

 そんな賑やかな家の前に立つのは一人のドラゴニュート。

 ブルーの服をまとった、ちょっと変わった格好の青年。ドタバタと賑やかな様子に思わず顔をしかめてみせる。そっとドアをノックする。当然のことながら聞こえるワケがない。

「……ふむ。気は進まぬが、聞こえないなら仕方ない」

 青年はそっとドアを開けようとノブに手をかけた。だが、ちょうどカールがドアに向かって逃げ込んできた。

「待て、カール!」

 さらにその後を追いかけてくるは、ナイフとフォークを手にしたミケ。

「きゃああ!」

「……!」

 ドアを開けた瞬間、目の前にナイフとフォークを振りかざしたミケが飛び込んできた、思わず飛び上がる青年。

「あ……。やぁ、グレイド。今朝は良いお天気だね。あはは……」

「ミケ、今度は山賊のマネ事か? まさか、この家に入るのには通行税を頂きますなんて言いだしてみたりはしないのであろうな?」

「え? そ、そんなこと言うワケないじゃん、あはは……」

 引きつった笑いを浮かべてみせるミケに微笑むグレイド。そっと、ポケットから黒光りする銃を取り出して見せた。

「Freeze……動くな、ミケ」

「きゃー!」

「……この勝負、ギャングの勝ちだな。山賊のミケよ?」

 にやにや笑いながらも、グレイドは銃を構えたままの姿を維持する。

「ちなみにこの銃はオモチャだ……」

 グレイドはニヤリと笑うと銃口を引いてみた。飛び出した豆玉がカールのくちばしを直撃する。

「うわぁー、撃たれたぁ! って、これは……豆?」

 仰々しい演技をしてみせるカールに微笑むグレイド。

「まったく……今日は図書館に行く約束だっただろう?」

 帽子の位置を変えてみせるグレイド。大柄な体にグリーンのボディ。ドラゴニュートの青年は苦笑いしてみせる。

「だって、カールが!」

「Freeze……ミケ?」

 なおも食い下がろうとしないミケに銃口を向けて見せるグレイド。ニヤリと笑うがミケは相変わらず興奮した口調で食って掛かってくる。

「騙されないよ。豆でっぽうなんでしょぉ?」

「それはどうかな?」

 人差し指を立てて、チチチとやってみせるグレイド。静かに銃口をずらすと、そっと冷たいトリガーを引いた。その瞬間……豪快な音色が響き渡った。

「残念だったな、ミケ。今回は本物の鉛玉だ」

 豆鉄砲に見せ掛けて置きながら、実弾が装填されていた! あまりのことにミケは腰が抜けてしまった。あぶなく貫通させられそうになったカールが真っ青になる。

「なぁに。軽いジョークだ」

 それは、笑うに笑えない、とってもブラックなジョークだった。もっとも、ジョークと呼ぶにはいささか恐ろし過ぎるような気もする。

 ケンカは止めよう。さもないと次は風穴ができるかも知れない。ミケとカールは、手を取り合うと一時休戦を取ることで和解に収まった。

◆◆◆5◆◆◆

 街はすっかり活気ある色合いを見せていた。

 今日はポカポカと暖かいや。ミケは大きく伸びをしてみせる。

 グレイドは物静かだけどすごい奴なんだ。普段は静かだけど発明の話になると実に楽しそうに話しを聞かせてくれる。

 グレイドと知り合ったのはだいぶ昔のこと。お祭りでヘンてこりんな発明品を見せていた彼に興味を持って、話し掛けたのがきっかけでね。

 ぼくは冒険に憧れ、グレイドは発明に夢を託す。進む方向は違うけど、どこか似ているんだよね。だから、ぼくらは二人で図書館に出掛けては、お互いの夢を少しずつ現実に近づけようとしているんだ。んで……なんでカールの奴がついて来るのか、非常に謎……。こいつ、うるさいだけだし……。

「お。見ろよ、ミケ。サーカス団だよぉ」

「ああ、ホントだ。どうりで賑やかなワケだね」

 カールが自慢気に指差す方向を見れば、でっかいテントに玉で芸を見せるピエロ、一輪車にまたがってみせるピエロもいる。中々に派手なパフォーマンスが目を引く。陽気な音楽が聞こえてくればいつしかミケの表情にも自然と笑顔がこぼれてくる。

「祭りにサーカスか……妙な組み合わせだが、なかなかに活気のあるサーカス団のようだな」

 傍らでグレイドが感慨深そうに頷いてみせる。なんだかグレイドと一緒にいると、ぼくがとても子供に見えてしまう。グレイドはオジサンじゃないのに不思議。

「あぁー、風船配っているよ。いいなぁー。オイラも割って遊びたいナぁー」

「こらこら、カール。風船は割って遊ぶものじゃ……」

 苦笑いしながら風船を配るピエロの目線を投げ掛けた。その瞬間、思わずミケはハッと息を呑んだ。

(そうか……そういう手があったのか!)

「グレイド……そうだよ、風船だ。でっかい風船があれば、空を飛んで世界一周の旅行にも行けるかも知れないよ!」

 突然はしゃぎだすミケに、戸惑いを隠せないグレイド。だが、静かに微笑みながら懐から愛用の辞典を取り出してみせる。

「ミケ、いい所に目を付けたな。実はな……過去に風船を使い、空を飛ぶ技術というのは発明されているんだよ」

「えぇー。一番乗りじゃないの?」

 耳を伏せて悔しそうに苦笑いしてみせるミケ。わざわざ肩の上でケケケと小ばかにしたように笑うカール。静かにミケの鉄拳が炸裂し、敢え無くリングに沈んでいく。

「……気球といってな。原理はあの風船と同じだ。大きな気球の中に、熱い空気を送り込み、上昇気流を利用して空を飛ぶという技術だ。もっとも、気球は我々のような一般人レベルの資産で手に入るような安いものではないのだよ」

「そっかぁ。あーあ、ぼくの夢って高価なんだねぇ」

 苦笑いしてみせるミケであったが、心の奥では密かに小さな野望を抱いていた。

 いつか、ううん……近い将来、きっと気球を手にして、ぼくは旅にでるんだ。知りたいんだ。この世界のことを。あの海の向こうには何があるのか? ぼくの知らない世界を一杯知りたいんだ。

 グレイドとカールがいれば、きっと叶うはずさ。そうさ、夢は叶えるもの。ぼくは決して諦めないぞ。

 何やら不敵な笑みを浮かべるミケを見つめながらグレイドは静かに微笑んで見せた。こいつとならば自分の夢も叶うかも知れないと。今、ここに一つの希望が生まれた。

◆◆◆6◆◆◆

 抜ける様に青い空。のどかな平原はどこまでも緑色の絨毯を敷き詰めたように柔らかい緑色を称えていた。

 山奥の静かな農村。そこに彼らはいた。黄色いバンダナにブルーのジャケットを羽織ったクマの青年。誰かを待っているのか、不機嫌そうに腕組みをしてみせた。

「ったく、スモーキーの野郎、人を呼び出して置いて、てめぇはどっかで油を売ってるたぁ、何様のつもりだ?」

 あいつのことだ。「てめぇ、何様のつもりだ」なんて問い掛ければ「オレ様だ」なんて応えるに違いない。あまりにもアホくさくて、怒る気さえ失せちまうってモンだ。

 目の前を見ればのどかな牧場。どこかウェスタンな香りの漂う古風な山奥の田舎。どこからかロバの歩む音が聞こえてくる。クビにつけたカウベルがカランコロンと鳴り響く。帽子を逆さに被り、赤いシャツにオーバーオールを羽織ったクマの青年。おっとりとした表情の青年は目の前で苛ただし気にしている青年を見て声を掛ける。

「あれ、ハスキー? こんなところで何しているの?」

「お? ちょうど良い所にきた。おい、ターキー。スモーキーの野郎を見かけなかったか? あのバカ、三時に牧場前で待っているから来い。なんて言ったくせに、当の本人は待てど暮らせど来やしねぇ。まさか、夜中の三時だなんてあまりにも粋な計らいじゃあねぇだろうなぁ? はたまた、三時のおやつを食い終わってからとか、言い出したりも……」

 言いながらも、ハスキーは思わず大きなため息をついた。そんなハスキーを見ながらターキーがクスクス笑ってみせる。

 少々気が短く短気なハスキーと違って、ターキーはマイペースでおっとりした性格をしている。一見対照的ではあるが、彼ら二人と今話題に上がっているスモーキーは、まるで兄弟のように仲のいい三人組。幼い頃から兄弟同然過ごしてきたのだ。

 ロバのベッキーが退屈そうに大きなあくびをしてみせる。

「スモーキーならば、さっき牛が産気づいたって慌てて牧場の方にすっとんで行ったけど? まぁ、そう焦らずにね」

 にこやかに微笑むターキーの言葉に、思わず反応するターキー。

「はあ? そう来やがったか。まったく、どいつもこいつも……」

「それよりターキー。クッキーが探していたよ。なんか、井戸の木桶が壊れちゃったんだってさ。女の子の力で修理するのは大変でしょう? ハスキーに直して貰おうって喜んでいたけど……あ。うわさをすれば……」

 クッキーは自称ハスキーの彼女というクマの女の子。実にパワフルな女の子なのだ。

 当のハスキーはクッキーが大の苦手であったりする。気を利かせて、さっさと立ち去ってくれるターキーの、要らない心遣いに思わず大きなため息を就いてみせる。

 なにしろソプラノ歌手張りの恰幅の良さに加えて、妙に乙女チックな性格をしていたりするという、気はやさしく力持ちを地でいく女の子なのである。

「ターキー。探したわぁ……井戸の桶が壊れちゃったのよ」

「あのなぁ……オレは大工じゃねぇんだよ……」

 突き放したように吐き捨てるハスキーに、思わず目が潤むクッキー。わざわざ懐からレースの刺繍も美しいハンカチを取り出すと、まるで映画の貴婦人がそうするように、ハンカチを噛んでみせる。

「ひ、ひどいわ……ハスキー。あ……あたしのことが嫌いなの?」

 目に一杯の涙を称えて、ハンカチを噛まれては男ハスキー、黙っちゃいられない……というか、道行く村人達の視線が突き刺さる。だから、この手の女はヤなんだよ……。

「ああ、判った、判った……修理してやるから、泣くな……」

「ホント!? さすがはハスキー。嬉しいわぁー!」

 抱きつかれて、ついでに熱いキスまでされては道行く村人達にからかわれる。ヒューヒューなんて口笛吹かれれば、ますます立場がないハスキーであった。

 結局ハスキーは、渋々井戸の桶の修理をする羽目になったのだ。しかも、とびきり嬉しくないおまけつきで。

「だぁー! 腕組むな、引っ付くな、じゃれつくな!」

「ハスキー……やっぱり、あたしみたいな女の子嫌いなの?」

「い、いや。そ、そういうワケでは……」

(あー! ターキーの野郎、オレを見捨てやがって! スモーキーのアホ! お前がさっさと来ないから! クソ、もう……後は野となれ、山となれだぁー!)

◆◆◆7◆◆◆

 その夜、牧場での一仕事を終えたスモーキー以下、三人組は酒場に顔をあわせていた。

 いつにもまして不機嫌そうなハスキーに戸惑いを隠し切れないスモーキー。でっかいハットを被り、黒のレザーのジャケットを羽織ったクマのスモーキーは三人のリーダー格。しっかり者の長男的なキャラ。

「ハスキー、どうした? そんな顔して? さては、クッキーとケンカでもしたのか?」

「アホ! それこそ、幸せの青い鳥が見つかった瞬間だぜ……」

 先程まで当のクッキーと甘いひと時を過ごしてきたハスキー。思わず思い出し、身震いする。笑う悪友に吐き捨てるように文句を言ってみせるハスキー。

「もう。照れちゃって。ハスキーったら素直じゃないね」

「オレは素直に嫌がっているの!」

 クスクス笑うターキーに、するどい目で睨みつけるハスキー。

「まぁまぁ、今日は参ったよ。急に産気づいてな。そういえばハスキー、確か、三時に約束してたよな? あ、でも……なんの用事だったっけなぁ? えぇっと……」

 このバカ、約束した内容さえも忘れたっていうのかよ……ますます苛々しだすハスキーを横目で見ながらポンと手を打ってみせるスモーキー。嬉しそうに微笑む。

「確か、新鮮な牛乳を片手に一杯やろう。これだったろ?」

「スモーキー、違うよ。それはぼくとの約束でしょう? それに、それは先週の話だし、なおかつ時間も違うよ」

 クスクス笑うターキー。しまったといった表情のスモーキー。ますます苛々し始めるハスキー。何だか漫才トリオみたいな感じだ。

 これ以上からかうとハスキーが噴火するかも知れないな。スモーキーはコホンと咳払いすると、話題を変えようとした。

「まぁ、冗談は置いておいて……ハスキー。今日お前と待ち合わせたのは話をしたかったからなんだ。ターキーも聞いてくれ。ずっと前から考えていたことなんだけどな……」

 急に真面目な顔になるスモーキーに、二人も真剣な顔で話を聞こうと耳を傾ける。

◆◆◆8◆◆◆

 酒場は夜も更けてきて賑わいを見せ始めていた。田舎の山奥の酒場。集まるのは村の連中ばかりであった。だが、だからこそ気取らない香りがあった。木目と土と草の懐かしく、気さくで暖かい香りがそこにはあった。

「前々から計画はあがっていた話だ。だが、その実行のタイミングが中々見えなかった。いいな? くれぐれも……他の誰にも気付かれてはダメだ」

 真剣なまなざしのスモーキーの言葉に、そっと二人が頷く。

 三人は田舎での退屈な生活に飽き飽きしていたのだ。

 現実に、若い連中は田舎での暮らしが嫌で、都会に流れていく者が殆どなのだ。スモーキー達とて例外ではない。だが、その機会を探っていたのだ。都会に出たところで、何もできずに折角のチャンスを失うのは勿体無い。三人は共通の夢を持っていた。そう、それは……。

「開拓地を見付けて、オレ達で街を興すなんてのはどうだ?」

「本気で言っているのか!?」

「シッ! 声が大きいよ」

 思わず驚いたような声を挙げてしまうハスキー。慌ててターキーに口を抑えられて、面目ないと囁いてみせる。

「オレはいつだって本気だ。女の子を口説く時ほどに本気だぜ?」

「……じゃあ、思い切りマジだってことだな……」

 何気なく頷きながら、ふと考え込むハスキー。スモーキーが女の子口説いている姿なんて想像できないが……。

「きっと、この世界には……オレ達と同じような考えを持っている奴らがいるはずだ。開拓者精神って奴だ。今の生活に飽きて、なにか新しいことをやってみたい。そんな奴ら、絶対に居ると確信している。だからこそ街に出て同士を探す。そして、オレ達の街を作ってみようじゃないか?」

 スモーキーは純粋な目で二人を見つめてみせる。クスクス笑いながらターキーが手を差し出してみせる。

「ぼくは付いて行くよ。ぼくらで街を作るなんて、何だかすごいことじゃない? ぼくは賛成だね」

「へっ。そんな馬鹿げた話……と言いたい所だが、悪くはねぇな……。オレも一緒に行くぜ? 何しろ、お前達だけじゃあ、心配だからなぁ」

 精一杯の皮肉のつもりなのだろうか? だが、スモーキーとターキーは思わず顔を見合わせて吹き出してみせる。

「良く言うよ!」

「な、なんだと!?」

「二人とも良いか? 決行は明後日の晩だ……安心しろ。今度は遅刻したりしないからな。一緒に来てくれてありがとうな。オレ達三人ならば……きっと叶えられるさ」

「ああ、オレ達は兄弟みたいなモンだもんな」

 照れくさそうに鼻を掻いてみせるハスキー。「うわっ。くっさー」とばかりにニヤリと笑ってみせるターキー。足元から愛用のバイオリンを手にして見せれば、そう来たかとスモーキーはギターを構えてみせる。おいおい、オレを置いていくなよと慌ててハスキーがベースを取り出せば、酒場に静かに拍手が巻き起こる。

 三人は楽器の扱いにも慣れているのだ。カントリーな音色を奏でれば、田舎の土臭い香りが漂ってくる。緑の恵みが香ってくる。

「いくぞ、そーれ!」

 賑やかにスモーキーが掛け声を掛ければ酒場のお客達の間から歓声が巻き起こる。静かな山奥の酒場にクマ三人組の音色が響き渡る。田舎の夜の闇の中に、一つの夢が産まれた。まだ小さな夢は、星のように煌々と瞬きだすのであった。

◆◆◆9◆◆◆

 質素ながら古風の造りの図書館は、実に数多の書物を抱える歴史と由緒のある建物であった。ミケはこの図書館が大好きであった。読書好きなミケにとって、この場所はもっとも心の落ち着く場所であった。

 柔らかな木の香りと木漏れ日に包まれながら、しばし読書を楽しむなんてなんだか詩人になった気分じゃない? ミケは何やらたくさんの本を抱えてひょこひょこ歩く。なにしろあまりにたくさんの本を一度に運んできたものだから視界は本に完全に遮られている。そのおかげで前が見えない。

(うう、積載量オーバーなのかも知れない……)

 ハシゴに乗りながら本を整理していた図書館員が思わずギョっとする。眼鏡を掛けなおしながらミケに視線を送る。すれ違いざまに、読書好きな貴婦人が、あらまぁと驚く。

「ミケー、足元フラついてるぜー」

「カール、前が見えないんだ。道案内してよ」

 カールはニヤリと微笑むと、そっと本の上に乗っかった。

「ああ、いいぜー。まずはそこを右だ。足元に本が転がってるから転ばないようになぁー」

 ケラケラ笑いながら本の上で踊ってみせるカールに、バランスを崩し、転倒しそうになるミケ。慌ててバランスを整えようと四苦八苦してみせる。端からそんなコンビのやりとりを見ながらグレイドが大きなため息をついてみせる。

「……まったく。あいつらは静かに振舞うことが出来ないのか?」

 苦笑いしつつも、借りてきた本に再び集中しだすグレイド。

◆◆◆10◆◆◆

「ちょっとぉ。カール、危ないじゃない!?」

「ごめん、ごめん。なにしろ足元が滑るんでねぇー」

 良く言うよ、まったく。再びミケは気を取り直して腰にしっかりと力を込めながら歩き出した。しかし、カールの道案内はどこかヘンな感じであった。明らかにグレイドと一緒にいたテーブルとは違う方向に進んでいるような気がしてならないのであった。

「ねぇ、カール……ホントに道案内、合ってるの?」

「ううーん。オイラも、こんな所はじめてのような気がするんだよなぁ」

「ホントに!? ちょっと、カール、しっかりしてよ!」

 思わず声を荒立てるミケ。そういや……カールは強烈な方向音痴だったっけな。明らかな人選……もとい、鳥選ミスという訳か。それならば仕方が無い。自分で探すとするか……。

 ミケは、一度本を下ろして探そうと考えた。だが、なんという運命のいたずらであろうか。丁度そこには本を整理している図書館のおじさんが本を並べていたのだ。しかも悪いことに、その並び方はまさにドミノそのものであった。

「よいしょっと。ひゃー、重たかったよ」

 ふぅーっと伸びをした瞬間、ミケの長いシッポに何かがぶつかった感触がした。あれ? なんだろう? 静かに振り返ったミケはあまりのことに目が点になった。

「うそーっ!?」

 なんとドミノ状に並べられた本が勢い良く倒れだしたのだ。

(なんだって、こんな並べ方するんだよっ!? 信じられない!)

 ミケは焦りながらも必死で走った。何しろこの本の列はどこまで続いているのか、最後尾が見えてこない。この広大な図書館の中を走りまわっているとしたら、非常にやっかいなことだ。

「にゃー!?」

 途中で本を運んできた人にぶつかって、本をばらまいてみたり、絨毯にからまって転びそうになったり、なんだか大変なことになってきた。

 一方その頃……そんなことが起きているとは露知らずのグレイドは、背後をミケが走り抜けていっても気付くことはなかった。

「……ん? 今、ミケの声が聞こえたような? まったく……。図書館では静かにするように言ってあるのに、相変わらず困った奴だ」

 なおも本は走りつづける。

(まったく、なんだってこんな並びにしたのか……その、最悪なセンスは表彰ものさ)

 ミケは必死で走った。本はらせん状の階段までも走り抜け、どんどん階段を下っていく。気が付けば、既に一番下のフロアまで来てしまった。

「にゃーっ、待ってよぉー!」

 息を切らしながら走るミケの目の前には掃除に精を出すおじさんが目に入った。どっしりとした体格のいいアザラシのおじさんは、図書館の掃除係。目の前から走りこんでくるミケに気付き思わず焦る。

「な、なんだぁ!?」

「わぁー、おじさん避けて! 避けてー!」

 すっかり勢いが付いてしまったミケはブレーキが利かない。だがオジサンは、眼鏡をはずすとニヤリと笑って見せた。

「フフフ、これでも昔はアイスホッケーの名キーパーとしてその名を知られた身……抜かりはないっ!」

「にゃー!」

 勢い良く飛び込んできた本とミケをガッシリとキャッチ!

「……ああ、助かった……」

「ナイスゴールだね、坊や。んん? ああ、本を借りたいんだね? 本を借りる場合はね、あそこのカウンターで借りなさい」

 おじさんは親切にカウンターの場所まで教えてくれた。ついでに、カウンターのおばさんに声を掛けるときは「お姉さん」と声を掛けるのが鉄則だということまで教えてくれた。

「あ、ありがとう、おじさん」

 なんだか……ヘンなことになったけど、ま、まぁ……無事に助かったから良かった。すっかり見失っちゃったし、あのドミノみたいな本のことは諦めよう。うん。ちょっとした不幸な事故だっただけのことだよね。

 姿の見えないカールを目で追えば、何時の間にかのんきにソファーに腰掛けて、一時の絵ティータイムを堪能している姿が目に飛び込んだ。思わず、指先から爪が飛び出しそうになってしまう。

 ちょうど本を戻しにきたグレイドが、ミケを見つけて目を丸くして見せる。

「ミケ、一体どこに行っていたんだ? 随分探したぞ」

「え? いや、あの……まぁ、これには海よりも深いワケがありまして……」

「海よりも深い訳だって? 一体、なんのことだ?」

 必死でごまかし笑いを浮かべるミケに、思わず苦笑いのグレイド。

 ちょうど、教会の鐘がお昼を告げる音色が聞こえてきた。

 深く澄んだ音色は歴史の重みを感じさせる重厚な鐘の音。古い時代から、ずっと大事にされてきた教会の鐘。この街は、歴史の古い街なんだ。それだけに色々な建物がある。なかには国宝級と謡われるような、歴史ある建物も数多く存在する。このダーザナハ図書館もその一つ。ほら、立派な木造の図書館でしょう? 街からはちょっと離れた静かな森の中にあるんだ。だから空気がとてもきれい。ちょっとだけ遠いんだけど、ぼくはここがお気に入りなんだ。

「さて、お昼にしようか。街は賑わっているみたいだし、いつもは見掛けないような出店もあるかもしれないぞ。何時だったか忘れてしまったが、山奥の牧場から出来たてのチーズを売りに来ていたクマ達もいたからな。さて、今回はどんな出会いがあるだろうか?」

 ほくほく笑顔で歩みだすグレイド。その後ろにひょっこりお供をしてみせるミケ。

 だが、その頃図書館の内部では……ミケの起こした騒ぎにより蜂の巣をつついたような騒ぎになっているのであった。もっとも、ミケ達はそんなこと、知る由もなかった。

◆◆◆11◆◆◆

 昼頃になれば陽気も暖かい。何時にも増して広場には人が集まっていた。活気溢れる大通りには出店がずらりと軒を連ねている。これではどれにしようか目移りしてしまうというもの。思わず目を真ん丸くしてミケが笑ってみせる。

「困ったねぇ。こんなにお店あったらどれにしようか迷っちゃう」

「それもそうだな。それでは、一通り見て回るとしよう。意思決定を為すためには、まずは選択肢を集めるのが鉄則だからな」

 グレイドは時々、ミケには理解の出来ない難しい表現を使う。何となく言いたいことは判ったので、まぁ、問題無しとしよう。こうしてミケ達は昼食を求めて、落ち葉が静かに舞う大通りを歩き出した。

 人がたくさん集まっているお店はおいしいに違いない。ミケは、店の味の基準をお客の量で判断することにしてみた。ぐるりと見回してみた中で、不意に視界に入ってきたのは他の店を遥かにしのぐ込み具合。出店の前には長い行列ができている。

「な、なんだろう、あの店。すごい行列だよ」

「よほど見事な味を提供しているのであろう」

 もはや選択の余地はなかった。よし、これに決めよう。ミケ達はさっそく列の最後尾を探してみることにした。実に長い列。最後尾はなんと、大通りの入り口まで伸びていた。

「ひゃー。こりゃあ、すごい行列だよ。まさか目の前で、『品切れです。ゴメンナサイ』なんて哀しいバッドエンドはないよねぇー?」

 心配そうに微笑んでみせるミケであったが、こればっかりは自分にも判らないとばかりに、グレイドは静かに首をかしげる。

 いずれにしても、これだけの大行列なんだ。きっとすごい店に違いない。ミケは、ゴチソウの予感に、思わず心が弾んでしまうのであった。

◆◆◆12◆◆◆

 そのお店の名は『山猫さんのサンドイッチ屋』。普段は山奥でレストランを営んでいる山猫さんなのであるが、久方ぶりにお祭りに乗じて街に出てみればご覧の盛況ぶり。あまりの混雑具合に山猫さん、目を白黒させるばかり。

「山猫さん、大変な売れ行きだよ」

「ええ。見ていれば判りますよ」

 忙しいながらも、手伝ってくれる仲間との会話はしっかりと忘れない山猫さん。チームワークは完璧なんですよ? 白いシェフの格好に、小奇麗な帽子を乗せた山猫さん。さながら一流レストランのシェフの装い。ちょっとふとっちょな感じが、愛嬌あるシェフをイメージさせる。

 絶えず笑顔をふりまく山猫さんは、その味と共に人柄も大人気であった。お手伝いするのは山猫さんのレストランの常連客、山奥の村に住むキツネさんと、山猫さんのお友達のリスさん。キツネさんがせっせとサンドイッチを包んで売れば、リスさんがせっかちにお金を勘定してみせる。マイペースに作りつづけるは山猫さん。なかなかに息のあった三人である。

 そのサンドイッチの味に魅せられて、あるいは、話題が話題を呼び、知らない間にこの大行列。もう、三人はてんてこまいであった。それこそ、何個売って、幾ら儲けたかなんて、考えている場合ではないというものであった。

 一向に進まない行列に、いつしかミケ達は疲れ始めた。

「進まなーい」

「フフ。ミケはせっかちだな。本当に良いものは機会が訪れるまで待っても価値があるのだぞ?」

「だーってさー」

 ぶーたれるミケを見つめながらグレイドが微笑む。

「まぁ、待っていればそのうち回ってくるだろうよ」

「お。お店の名前は『山猫さんのサンドイッチ』だって。サンドイッチなんだね」

 看板に気付いたカールが嬉しそうに飛び回ってみせる。

 こいつ鳥のクセにサンドイッチが好きだったりするんだ。ふつーの鳥は、もうちょっと違うものを好みそうだけどね。

「ほう。山猫さんか。なるほど、味が良いワケだ」

 グレイドが満足そうに微笑んでみせる。

「え? グレイドの知り合いなの?」

「いや。知り合いという訳ではない。ただ、昔、一度だけ山猫さんのレストランを訪れたことがあってな。彼は面白いシェフでね。お客を見て、料理を考えるのさ。まさに、料理界の芸術家と呼ばれる人物さ。味は保証するよ」

「へぇー。それは楽しみ」

 ミケは嬉しそうに微笑んでみせる。

 そんなにすごいシェフの料理が、目の前……もっとも、遥か彼方だけど、でも、すぐ近くに佇んでいるんだ。なんだかすごいことじゃないか!? ミケは、すっかり嬉しくなってしまった。

 そして……待つこと十数分。なんとか無事にサンドイッチがまわってきたのであった。嬉しそうに微笑むミケ。思わず山猫さんに声を掛けてみたくなってしまった。

「始めまして山猫さん。今度はレストランにも遊びにいくね」

「おやおや。これは可愛いお客さんですね。光栄です。是非とも遊びに来てくださいね?」

 嬉しそうに微笑みながら山猫さんは、でっかい手でミケと握手をしてくれた。何だか、有名人とトモダチになれたみたいで、ミケは嬉しくて照れ笑いで応えてみせた。

 無事に品物を入手できたミケ達はホクホク笑顔であった。

 さっそく三人は公園のベンチに腰掛けて待望の昼食を頂くことにした。丁寧に紙のナプキンに包まれたサンドイッチは山猫さんのささやかな心遣いが感じられた。さっそく包みをあけて見ると良い香りがした。

 秋のサーモンはカリカリのフライにして、薄切りのレモンと、たっぷりのタルタルソース。ちょっとマスタードが利いているのか、ピリリと辛かった。だが、そのサクサクの衣に包まれた鮭は、実に肉厚で、重厚な味がした。たっぷりの汁を蓄えた秋の鮭の旨みにミケは感動さえ覚えてしまった。

 トマトと玉子のサンドイッチも、秋の収穫期の瑞々しく酸味の強いトマトと、豊かな甘味を称えた玉子が絶妙だった。

「……はぁ、ごちそうさま。うーん、なんておいしいんだろう!」

 ミケは、食べ終わってしばし放心状態に陥ってしまった。これほどまでに、おいしいサンドイッチを食べたのは初めてさ。

「ミケ、言ったとおりであろう? 世界は広いのさ。山猫さんの様な凄腕のシェフが意外なところにいたりする。だからこそ探求心は尽きる所を知らない。オレがこうして探求と発明の道を歩み始めたのも、そういう出逢いが楽しいからなのさ」

 感慨深そうに語ってみせるグレイド。傍らではよほど満足したのか、おなかをさすりながら至福の笑みを浮かべてみせるカールがいた。おーおー。ゲプッ、なんて言っているよ。

 でも……世界は広いんだな。ますます、ぼくは世界一周の旅行への夢が膨らんだ気がした。ついでに……山猫さんも一緒に来てくれたら、きっと、毎日あんな素敵なゴチソウが食べられるんだろうなぁ……なんて、図々しいことを考えていた。

 そんなぼく達を見送るように、秋風がそっと落ち葉を舞い上げていった。

◆◆◆13◆◆◆

 遠くでフクロウが鳴いている。静かな秋の夜……闇夜に紛れて走る者達がいた。月は満月。優しい月明かりの下を駆け抜ける者達。

「げっ!?」

 やばい! 誰かに見つかったか!? 思わず飛び上がる影。そう、影の正体はハスキーであった。目の前に立ちはだかった影は……ハスキーの良く知る人物であった。

「く、クッキー!?」

「ハスキー……行っちゃうんでしょう? 判っているんだ。あなたには、この小さな村はきっと狭すぎるってことも。だから、責めて旅立つあなた達のために……あたしね、お弁当作ったんだ」

 照れくさそうに微笑むクッキー。いつもの豪快なキャラはそこにはなかった。思わず真っ赤になるハスキー。必死で涙を堪え、笑顔で見送ろうとするクッキーの優しさにハスキーは心を撃たれた。

「バ、バカやろう……行き辛くなっちまったじゃねぇかよ」

「ハスキー。どんな夢か判らないけど、きっと素敵な夢に違いないんでしょう? だから、きっと……」

 真昼の太陽のような暖かく、優しい笑顔で応えるクッキーを力強く抱きしめると、ハスキーはクッキーの頬ににキスをした。

「え? い、いきなり……えっと、あたし、心の準備も……」

「行ってくるぜ、クッキー!」

 力強く走り出すハスキー。闇夜の中で手を振るクッキーがそこにはいた。不意に人の気配を感じ慌てて身構えてみせるハスキー。だが、闇夜の中から出てきたのは、懐かしい親友達であった。

「やれやれ。見せ付けてくれるねぇ。よっ、この色男」

「なんだかんだ言って、相思相愛なんじゃない?」

 ニヤニヤ笑うスモーキーとターキーに、思い切り立場の悪いハスキー。

「なななな、なんでお前らこんなところに!?」

「お前が時間になっても来ないから探しにきたんだよ」

 しどろもどろになって焦りまくるハスキー。さらに増長してニヤニヤ笑う二人に、もはや言葉もでない。

「なんか、良いものみせて貰っちゃったよねぇー」

「おいおい。ターキー、あまりからかうと後が怖いぞ? さて……二人とも、予定通り決行するぞ。本当にいいんだな?」

「ああ、依存はねぇぜ」

「ぼくだって、一緒に行くって決めたんだ」

「よし。ルートはカンタンだ。なぁに、街まで続く最短距離なんて行ったら、列車の線路しかない。線路に従って歩き続ければ街までは問題なく着けるはずだ。作戦はシンプルなのがベストだよな」

 自身満々に胸を張って言い放って見せるスモーキー。ハスキーとターキーは思わず顔を見合わせて驚く。

「嫌だなぁ。スモーキーってば、冗談でしょう?」

「あたりめぇだろうよ。ったく、フザけた奴だよなぁ、ははは」

 今度はスモーキーが驚く番である。

(え? なんで? 冗談? えぇ? うっそー、マジだぜ、オレは?)

「おいおい、オレはマジだぜ?」

「……確かに最短距離だぜ。うん。一本で行けるぜ。迷子にもならねぇだろうよ……」

「そうさ。でも……列車が来たらどうするの? 列車の始発の時間までに街に着けるワケないじゃない!?」

 口々に猛反対するハスキーとターキー。だが、ここで引くのはあまりにも悔しすぎる。スモーキーは再び胸を張って返してみせる。

「ま、まぁ、その……なんだ。とにかく大丈夫なんだよっ!」

「マジかよっ!?」

「列車が来ちゃったら、ヒッチハイクみたいに乗せて貰えば良いだけのことだろうよ? 問題ないっ!」

(それなら最初から列車に乗せて貰えば良いのになぁー)

 そう思うターキーであったが、ここで余計な水を指せば、ますますムキになって収拾つかなくなるのは容易に想像できる。

(スモーキーは、これで結構頑固なところがあるからなぁ……しょうがねぇや、乗りかかった船だ。なんとかなるだろうよ)

 三者三様に思うところはあるが、その思いを胸にし仕舞いつつ、本当に大丈夫なのだろうか? という一抹の心配を抱きながらも、三人は駅を目指して歩みだすのであった。

 まぁ、なんとかなるだろう……そんな、危なっかしい感が伴う旅立ちであったが、三人は希望を胸に、夢へと続く第一歩を踏み出すのであった。

「……へっきし!」

「以外に夜は冷え込むモンだな……」

 どうしても、格好良く決まらないのが、この三人のイイところなのかも知れない。そう思いつつも、当の本人達は「ああ、オレ達ってば、めっちゃ格好イイじゃん!」と、素敵過ぎる勘違いしているからこそ、ますますお笑い芸人トリオであることを否めなくなるのであった。

◆◆◆14◆◆◆

 それから程なくして、三人は駅に到着した。当然のことながら真夜中の駅に人気はなかった。

 ちらりと空を見つめるスモーキー。雲の流れ、風の流れ、少なくても雨の心配は無さそうだな。明朝の訪れまでに出来る限り街には到着したいものだな。まぁ、オレ達ならば体力には十分な自信はある。問題はない。

「スモーキー、さっさと出発するぜ」

「そうそう。もたもたしていると朝になっちゃうからね」

「ああ、すまない。では、行こうか」

 こうして三人は駅を出発し、線路の上をひたすら歩き出すのであった。

 周囲は一面の森。どこまでも続く景色。遥か遠くには山々が連なり、広大で肥沃な草原地帯を抱える。遂に旅立ちの時が来てしまったのか……静かにスモーキーは目を閉じて、過ごしてきた時間を振り返るのであった。

 ああ、こないだ産まれたばかりの子牛は元気に育つだろうか? いきなり村を飛び出して、みんな驚くだろうな。だが……みんな、きっとオレ達は勝利を掴んで帰って来る。

「うぉっ!?」

 目を閉じて、自分の世界に浸ったところまでは良かったが、気付かないうちに線路の上から大幅にずれていた。挙句の果てには、段差から足を踏み外して派手にコケたのだ。

「おいおい……希望の第一歩を踏み外した、とかいう笑えないギャグを見せたかったワケじゃねぇだろうな」

「痛ててて……。おい、ハスキー。笑ってないで助けてくれよ」

「お前って、どうしてそう抜けているのかなぁ……」

「う、うるさいっ!」

 なんだかマヌケなスタートになったが、三人は陽気に楽器をかき鳴らしながら、賑やかに唄いつつも闇夜を歩むのであった。

 賑やかに唄うのにはワケがある。なにしろ、この辺は村を除いては殆ど開拓されていないのである。秋から冬に掛けては、野生の動物達も冬ごもりのために食料の確保には必死になるのである。賑やかに騒ぐということは、言い換えれば、自分達はここにいるぞという意思表示をすることにもなる。つまりは要らぬ争いを避けようというのである。

 賑やかに音楽をかき鳴らしながら歩き回れば、臆病な動物達は近寄ってさえ来ない。

「ふぅっ、もう何曲目かなぁ?」

「ああ、結構唄ったねぇ。そうだ。街に出たらさ、ぼく達の唄をみんなに聞いてもらうなんてどう? 結構イイ感じなんじゃないかなぁって思うんだけどなぁ」

 にこやかに微笑んでみせるターキー。思わず反応するスモーキー。なるほど、確かに都会の街ではカントリーな音色は珍しいだろう。それに、こんなダンディな色男三人だろう?ウケるに違いない。

「面白そうだな。どうせ街にでたばかりではオレ達の存在すらアピールできやしないだろう? だとしたら、派手なパフォーマンスで同士を探す。良いアイデアだな。ターキー、どうしたんだよ。今日はずいぶんと冴えているじゃないか? 驚いたよ」

 殊更に大げさに驚いてみせるスモーキーに、苦笑いで返すターキー。

(それじゃあ、まるで普段のぼくは、お味噌が足りないみたいじゃない……)

「お。見ろよ……星空がきれいだぜ」

 ふと、空を見上げたハスキーが声を挙げてみせる。慌てて二人も空を見上げてみた。寒い季節は、雲も出づらい。空は澄み渡り冷たさ故に鮮やかに輝いて見えた。その美しさに感嘆のため息を漏らす三人。

「ああ。きれいな星空だなぁ」

「こんなにきれいな星空、久しぶりに見るよね」

「ああ。そうだな……ガキの頃さ、三人でペペ山に行っただろう? ほら、あの険しかった山さ。あの時見た星空と同じくらいきれいだな」

 スモーキーが星空を見つめながら、ギターをかき鳴らせば、呼応するかの様にハスキーが、ターキーが、おのおのベースとバイオリンを構えてみせる。

 どこまでも続く星空は淡く瞬いていた。その美しさの中で、三人はいつしか少年に戻っていた。そして誓うのであった。きっと、三人で成功を収めて村のみんなを呼んでやろうじゃないかと。ついでにクッキーもね? ニヤリとターキーが微笑めば、再び真っ赤になるハスキーであった。

 一行は賑やかに唄いながら再び歩き出すのであった。空はどこまでも果てしなく、再び朝が訪れるのかさえ誰にも判らないほどに、神秘的な色合いを保っているのであった。

◆◆◆15◆◆◆

 村を発ってから何時間ほど歩いたであろうか。一旦休憩をしようということで、森に避けて小さな焚き火を炊きながら三人はコーヒーを啜っていた。

「いやぁ、ターキー。見事な味加減だ。こいつぁ十分に喫茶店で出しても通用する味だぞ」「えへへ、そう?」

 スモーキーにヨイショされて妙に上機嫌のターキー。甘いのが苦手なハスキーはあくまで、ブラックを選択。先ほど食べ終えた、愛するクッキーの弁当は実に旨かった。

(まったく……普段はヘンな奴なのに、さっきは妙に可愛かったな……へへへ)

 思わず思い出して照れ笑いさえ浮かべてみせるハスキー。二人に茶化されないように、慌てて真顔に戻ってコーヒーを飲む。

「いや、ターキー。これはホントに旨いぜ」

「あはは、ありがとう。豆の配合はぼくが自分流に考えて作ったんだよ。おいしいでしょ?」

 ターキーが自慢気に笑って見せる。ターキーは、料理を作らせると実に見事な腕を発揮する。ハスキーは大工仕事をはじめとする力仕事関係は全般的に得意だ。んで、オレはというと……困ったことに、特に無かったりする。ま、せいぜい動物の扱いには慣れているって程度だな。

 ひと時の休息を終え、三人は再び歩き出すのであった。だが、次第に空が明るくなってきた。このままでは列車の始発の時間に見事に鉢合ってしまう。まぁ、それはそれで願ってもないことだ。

「よし、出発しようか。火の始末だけは忘れないように頼むぞ?」

「任せておきなって」

 手早く荷物を片付けると、三人は再び歩き出した。だが、どの辺りで列車と鉢合うかが重要になってくる。なにしろ、この先には長い鉄橋があるのだ。

 メセナ川は非常に川幅の広い川。この地方の重要な水源なのであるが、街まであと少しという状況で少々厄介な場所である。森ならば、容易にわき道にそれて列車に合図を送るのも難しくないが、なにしろ川の上を走る鉄橋では避けようがないというものである。

「二人とも聞いてくれ。この先には鉄橋があるんだ。それも、相当長い奴だ。もしも……鉄橋の上で列車に鉢合わせちまったら……その時は全速力で走ってくれ。いいな?」

「まさか、そんなタイミング良く逢うもんかねぇ?」

「そうそう。さっさと鉄橋なんて抜けちゃえば良いし」

 口々に陽気な言葉を発し、クスクス笑ってみせる二人であったが数分後に、その僅かなタイミングにぶつかるとは予想もしなかったのであろう。

 やがて朝日が見えてくる。小鳥達が目覚めのコーラスを聞かせれば、森も目覚めはじめる。今日も一日が始まるよと。

◆◆◆16◆◆◆

 それから数分後、三人は問題の鉄橋に差し掛かっていた。長い鉄橋は遥か向こうまでずっと続いている。しかも朝露で足元が滑りやすくなっている。もちろん、落ちれば下に流れるメセナ川の豊かな水源に飲まれ、びしょ濡れになることは請け合いである。もっとも、結構水深もあるので濡れるだけでは済まないかも知れないが。

「ああ。朝日が出てきたね」

 眩しそうに手で光を遮りつつも、朝日を見つめるターキー。朝の清々しい空気は、ひんやりと冷たかったが、心地良かった。

 ポケットから水を取り出すとスモーキーは喉の渇きを癒した。

「街までは、もうそれほど距離はないはずだ。地図によれば、メセナ川の鉄橋を越えれば間近のはずだ」

 不意に怪訝そうな表情をしてみせるハスキー。静かに身を伏せると、線路に耳を当ててみせる。

「ん? どうした、ハスキー?」

「いや、確か時間的には……!? おい、大変だぜ!」

「ま、まさか……」

 不安そうに尋ねるターキーに、そうだと目で訴えるハスキー。

「何をボサっとしてるんだ、走るんだっ!」

 スモーキーが叫ぶや否や、我先にと走り出す三人組。だが、不安な音は背後からどんどん近づいてくる。そう、汽車が走りこんできたのだ。なにしろ、この鉄橋の上では避けようがない。さっさと走り抜けなければペシャンコになってしまう。川に飛び込んで避難するという手段もあるが、命に関わる賭けとなるだろう。何しろこの時期の川の水は、泳ぐにはあまりにも不適切な冷たさ、しかも、メセナ川は水量も多く水深も深い。安全とは言い難い。

「ひぇー! 早いぜ!」

「と、とにかく逃げよう!」

◆◆◆17◆◆◆

 汽車を走らすゼベク爺さんは今日も上機嫌であった。この道何十年というベテランの運転手のゼベク爺さんはなんだか、この清々しい朝日に若かった頃の思い出を見ていた。

「懐かしいじゃねぇかよ。思い出すぜ、婆さんとの始めてのデートをよぉ」

 上機嫌のゼベク爺さんは、思い切り汽笛を鳴らしてみせる。森に朝が来たことを告げるかの様に勢い良く汽笛が響く。年をとってはいるが、まだまだ腰もシャキっとしているし何よりも、その心は未だに若々しい日々の青年のままであった。

 今日も自慢のシッポの毛艶も最高だし、いい気分だぜ。思わず爺さん、ステップなんか踏み出してみせる。口笛まで吹き出しちゃったりして、ますます上機嫌。

「お。そろそろメセナ川に差し掛かるぜ。この川はでかいから、朝日にキラキラと輝いて良い景色じゃねぇか。ああん?」

 ゼベク爺さんの視界には、何やら必死になりながら鉄橋を走り抜ける青年達が飛び込んできた。

「旅人達がマラソンでもしているのかぁ? はっはっは。若いってのはイイことだな。オレも走りたくなったぜ」

 上機嫌に笑いながら、思わず飛び上がる爺さん。

「おいおいおいおい!? 危ねぇじゃねぇかよ! マラソンするのは結構だけどよ、コースを考えねぇとなぁ……」

 明らかに爺さん、視点が違う気がする。普通なら「なんでこんな所に人がいるんだ!?」と驚くハズである。まぁ、その辺は個人の価値観の差であろうか。

 不意に背後で汽笛を鳴らされて驚く三人組。

「ひゃあ、もうダメだ!」

「おーい。お前さん達、マラソンするのは結構だが線路の上を走っちゃダメだぜ。危ねぇじゃねぇかよ? まぁ、朝の清々しい空気に誘われてのマラソンだろう? 気分は判るけどよ、な、ちゃんと安全な場所走ろうぜ。はははは」

 陽気に笑う爺さん。思わず振り返ってみせる三人。

「あ、あれ? 汽車……止まっているよ???」

「ああ、危機一髪だったぜ……」

 爺さんと呼ぶには、あまりにも若々しいゼベク爺さん。その振る舞い、外見からも年を感じさせない。なにしろこれだけ体格の良い爺さんというのも想像の範囲外である。

「なぁ、爺さん。オレ達、街まで行きたいんだ。悪いんだけど、乗せていってもらえないかなぁ?」

 したたかなスモーキーは、さっそく何気なく話しを切り出す。

(あ、オレの特技発見。このしたたかさと喋りだな。なによりも、このダンディな外見も自慢だけど、まぁ、欲張るのもアレだからな。外見は置いておこう)

「なんでぇ、そういうことかい? ああ、良いぜ。なにしろこの時間帯は誰もお客がいないだろう? 静かでいけねぇぜ。こういう清々しい朝は賑やかに唄って踊りながら、陽気に朝日を歓迎してやらなきゃいけねぇぜ」

 粋なことを言い出す爺さんに、思わず口笛を吹いてみせるターキー。

「お爺さん、若いねぇ。ちょうど良いんじゃない? ぼく達、これでも列記とした楽団なんだよ。街までの間、お爺さんのためにコンサート開催しちゃうよ」

 ターキーの提案に、そりゃあ名案だと頷く二人。

「ほほぅ? そいつぁ楽しみだぜ。立ち話もなんだ。茶もなければ、可愛い女の子もいねぇが、ささ、乗ってくれ」

 陽気な爺さんに誘われるままに、さっそく三人は汽車に乗り込むのであった。

 年季は入っているが、爺さんが毎日丁寧に整備し、手入れをしているだけあって、実に小奇麗に片付いている。また、歴史を感じさせる渋い色合いが、ますますいい感じを醸し出している。

 三人はさっそく運転席のそばの席に腰掛けると自慢の楽器を用意してみせた。

「わぁ。立派なピアノだねぇ」

「ははは。ここでは昔なぁ、オレの婆さんが自慢の喉を聞かせていた場所なのさ。婆さんはな、歌姫の異名を取るほどの歌い手でなぁ。ピアノを弾きながら見事な声を響かせて乗客を楽しませたものさ。へへ。今は家でのんびりと、普通のババァらしい生活送っているんだけどな」

 ニヤニヤ笑いながら汽笛を鳴らす爺さん。颯爽と汽車が走り出す。お婆さんの話をしているゼベク爺さんは、随分と上機嫌そうに見えた。

「爺さん、今でも婆さんに恋しているんだな」

 スモーキーが茶化せば、「よせやい」と、爺さんが照れ笑いしてみせる。

「ったりめぇだろうよ。あいつぁ最高の女だぜ」

 照れくさそうに鼻をこすってみせる爺さん。整備した手袋を外してなかったから、鼻の頭が真っ黒である。狼の爺さんの顔がススけた感じは、ますます精悍さを増していた。

「じゃあ、ちょっと……この自慢のピアノをお借りしようかな?」

 嬉しそうに笑うターキー。純粋なカントリーだけがすべてじゃないってものさ。

 ターキーは、これでピアノを引かせればジャズピアニスト顔負けの演奏を聞かせてくれる。そこに、オレ達のギターが加われば、ちょいと粋な曲も聞かせられるというもの。オレとハスキーは喉の調子を見る。

「準備は良い? いくよー」

 嬉しそうにターキーが笑う。「ああ、いつでも来いっ」。目で応答する二人を見届けると、ターキーは勢い良くピアノを弾き始めた。朝の日差しに揺れる汽車。そんなイメージにぴったりの陽気な曲に、爺さんも大はしゃぎである。

「おお! こいつぁ、ノリノリだぜっ! わははは!」

 こうして賑やかな楽団を乗せた汽車は街を目指して走るのであった。日も次第に昇り、あたりは明るくなりはじめた。景色の美しさに、ますます気合いが入るクマ楽団。ノリノリの爺さんを乗せた汽車は、もうじき街に指し掛かろうとしていた。

◆◆◆18◆◆◆

 小鳥達のコーラスは毎朝の楽しみであった。ミケは窓の外から聞こえてくる小鳥達の見事なコーラスに、うとうとしながら目を覚まそうとしていた。

「ああ。今日もいい朝だねぇ……」

 不意に聞き苦しい、妙な歌声が聞こえてきた。

「な、なんだ? この……聞き苦しい唄は……」

 思わず鳥肌が立ってしまうミケ。歌声は次第に大きくなっていく。

「にゃーっ!? カールの奴だなっ!?」

 なんてヘタクソな唄なんだ……調子外れな音にすっかりフラフラした足取りのミケ。なおも凄まじい歌声は聞こえてくる。あのバカ……下の広場で唄っているな?

 察するに、小鳥の愛らしい声につられて、自分もマネしてみようなどと、末恐ろしいことを考えたのであろう。

「うう、なんてひどい唄なんだ……」

「おお、ミケ。Good morning !!」

「……お前か、このヘタクソな唄の発信源は!」

 ミケは頭を掻きながら苦笑いしてみせる。ヘタクソといわれて、よほどショックだったのか、カールはふくれた顔でミケに、鋭く抗議してみせる。

「失礼だな! オイラの美声が判らないってのかー?」

「美声? あのなぁ……。まぁイイや。なんか目が醒めちゃったし、街に食料を買出しに出掛けてくるよ」

 眠たそうに目をこすりつつ文句を言ってみせるミケ。洗面所で軽く顔を洗って、髪を梳かして、準備万端。さっそうと出かけようとすれば、肩に乗っかる感触……。

「オイラもいっしょに行くー」

 ひょっこりと肩に乗ってみせるカール。やれやれ。こいつが一緒だと、うるさくて叶わない。だからと言って、置いてけぼりにすると、それはそれで文句言われるし。

 仕方がないから連れて行くことにした。まったく、唄い過ぎて喉が痛いから飴が欲しいなんて言い出す鳥、見たことないよ……。

 だけど、この時のぼくは気付かなかった。街に出掛けたこと……それが、この先の自分自身の人生を変えることになろうとは、予測さえも出来なかった。こうして、ミケ達は街へと出掛けるのであった。

◆◆◆19◆◆◆

 一方その頃。

「いやぁ、爺さん、助かったよ。サンキュー」

「なぁに、お安い御用さ。それにしても、なかなかイイ腕してるねぇ、兄ちゃん達も。なんだい、街で楽団でも開いて一儲けしようってクチかい? ははは、それとも嫁探しかい?」

 上機嫌のゼベク爺さん、すっかり陽気に打ち解けている。待っていましたとばかりに嬉しそうに顔を見合わせる三人。

「残念だけど、そうじゃないんだ。オレ達は開拓者なのさ。田舎の村を飛び出し、新天地で街を作ってみたいと考えていてね」

 胸を張って微笑んでみせるスモーキー。一瞬戸惑ったような顔をしてみせるゼベク爺さんであったが、不意に声を挙げて笑い出した。

「なるほどな。何やらどでかいことをやらかしそうな奴らだとは思ったが、そいつぁ面白い。本当に実現できるかどうかは別として、なかなか良い夢だ」

 爺さんは嬉しそうに微笑んでみせる。ついでにスモーキーのでかい手をガシッと力強く握り締めて見せた。

「どこに新しい街を作るのか知らないが、街ができた折には、是非ともオレも呼んでくれよ。新しい街には汽車も必要になるはずだ。その時はこの、ゼベクに任せておきなっ。きっと力になるぜ。なぁに、気にするこたぁねぇや。オレはお前達が気に入ったのさ」

 嬉しそうに微笑むゼベク爺さんに、三人は心から感謝するのであった。別れを惜しみながらも、三人はさっそく、街へと出向いていった。

◆◆◆20◆◆◆

 朝早いというのに相変わらずの活気。なんだか、ここ数日街は妙に賑やかだ。なにか祭りでもあるのかな? そんなことを考えながらミケは買い物に勤しんでいた。

「わぁ。このトマト、新鮮でおいしそうだ」

「ははは、坊や。安くしておくよ?」

 野菜市場のおじさんににっこり微笑まれるミケ。

(坊やだって? 失敬な。ぼくはそんなに子供じゃないのになぁー)

『坊や』と呼ばれたことに反発するミケ。不意に鼻がむずむずした。なんだこりゃあ? と良く見れば鼻先でヒラヒラするのは、なんと猫じゃらしであった。

「!? こ、これは……にゃぁーん!」

 思わず猫じゃらしに、じゃれついてしまった。ハッとなって慌てて振り返れば、ニヤニヤ笑うカール。

「カール……お前の仕業かっ!」

「やっぱりミケはお子様ー」

 こいつ……ホント、可愛げない奴だなぁ……。ふてくされながらも、ちゃっかりトマトと野菜数種を購入して歩き出すミケ。

 不意に目の前に賑やかな人だかりが出来ているのに気付いた。なんだろう? サーカスではなさそうだけど?

 好奇心旺盛なミケとカールはさっそく人だかりに首を突っ込んでみた。

◆◆◆21◆◆◆

「はいはい、みなさん、楽しんで行ってねー」

 賑やかに振舞うは、良く似た外見の三人のクマ。まるで兄弟のように息がぴったりあっている三人組。ギター、ベースにバイオリンが紡ぎ出す、カントリーな音色は陽気な収穫祭を唄った曲であった。その陽気な曲にすっかりミケは上機嫌になっていた。だが、不意に横を見れば今にも唄いだしそうなまでに、気合いが入っているカールが見えた。

「わぁー、カール唄うなよぉっ!」

 大きく息を吸い込み、まさに、今唄いだそうとするカールのくちばしを慌てて掴むと事なきを得た。

「おやおや。これは、ずいぶんと可愛らしいお客さんだ」

 クマの一人がミケの腕をそっと掴んで見せた。そのまま、強引に引っ張り挙げられた。いきなり、みんなの前に出されて思わずきょとんとするミケ。

(わぁー!? い、いきなり、なんて展開なんだ!?)

 焦りまくりのミケ。なにしろ、いきなり人前に出されてみんなの視線浴びまくりで、びっくりである。横では嬉しそうに愛嬌を振りまくカールがいる。

(なななな、どうなってるんだよ?)

「良かったら、一緒に唄おうよ?」

 にっこり笑うクマに手を差し出されて、慌ててミケも手を差し出してみせる。

「オレはスモーキー。あっちのガラ悪いのがハスキー。その向こうにいる、ボーっとしているのがターキー。オレ達は、ついさっきこの街に来たばかりなんだよ」

 なんだか、スモーキーの紹介が気に食わなかったのか、苦笑いしてみせるハスキーとターキーの表情が可笑しく、ミケは思わず吹き出した。

「ぼくはミケランジェロ。みんなにはミケって呼ばれているんだ。そんで、このヘンな鳥がカール」

「へ、ヘンとは、失礼な!?」

 なんだか、すっかり漫才コンビみたいなミケとカールにすっかり場は盛り上がりを見せていた。賑やかにケンカし始める二人を見つめて、面白そうに笑うスモーキー。

 わざわざご丁寧にバックミュージックで盛り上げてくれちゃったりするから、ミケとカールはますますエキサイティングしてしまう。

「なぁに言っているのさ! 喉になんか詰まっているんじゃないのってな、ヘンな声で唄っているのに、美声だなんてありえないよっ」

「猫じゃらしに反応して、ニャーニャー言っている子供は誰だよっ!?」

「なんだって!?」

「お!? やるのかよ、オイ!?」

 賑やかに口論をはじめる二人に、場はすっかり大笑い。スモーキー達は、さらに陽気な楽曲で、踊りまでつけてくれちゃったりして、ますます盛り上がりを見せてしまう。賑やかな騒ぎを聞きつけ、ますます人が集まってくる。その中にはグレイドの姿もあった。すっかり見世物になっている二人を見て、思わず目を覆ってしまうグレイド。

「またしても、こいつらか……。よほど人気モノになりたいのであろうか……まったく、困った奴らだ……」

 そんな賑やかな人だかりを他所に、必死で走り回る少年がいた。

 彼は街中を走り回る、とっても大変なお仕事を担う郵便屋さん。コバルトブルーの服に、ちょこんと帽子を被り、首にはスカーフを巻いての、郵便屋スタイルの少年。小柄なクマの少年の名はリドル。街一番の早起きで、しかも働き者。とにかく忙しく街を駆け回る。

◆◆◆22◆◆◆

 まったく、なんて忙しさなんだろう。もうじき秋の収穫祭で近隣の村々でお祭りがあるから忙しいことこの上ないよ。でも、これもぼくのお仕事。頑張らなくちゃ。

 リドルは汗を拭いながら、坂道を駆け上がる。ここは港町だから、急な上り坂も多い。石でできた坂道は歴史の趣を感じさせるが、走るには少々硬くて足がいたくなる。

「郵便でーっす」

 忙しく郵便受けに手紙を入れては、次の家、次の家へと駆け回るリドルは街の人気者。ちいさな体で忙しく走り回る彼の愛らしい姿は街でも人気であった。小さいながらも力強いリドル。時には、頑張る彼を応援する街の人から思わぬプレゼントを貰うことも珍しくなかった。

「郵便でーっす」

「ああ、リドルちゃん。お待ちなさい」

 微笑みながらひょっこり出てきたのは、街の高台にある骨董品屋のモーリスおばさん。おばさんといっても、まだまだきれいな人なんだ。マーシャお婆ちゃんと一緒に暮らしているんだ。すごく立派な骨董品屋さんでね。いろんな人形や古めかしいオルゴールなんかあったりして、まるで絵本の中から出てきたような世界なんだ。

 マーシャお婆ちゃんは昔から骨董品を集めるのが趣味だったんだって。だから、今はお店を開いているの。でも、お店を開いているのは、もっと色々な骨董品に出会いたいからなんだって。

 特にマーシャお婆ちゃんはオルゴールが大好きらしい。何でもお爺さんが、オルゴール作りの名人だったって話でね。でも……お爺ちゃんは数年前に亡くなっちゃったんだって……。なんか、悲しいお話だよね。ぼく、おばさんの話聞いていて、思わず一緒に泣いちゃった。

「リドルちゃん、おばさんね、クッキー焼いたのよ。良かったらおやつにでも食べて? 今日はね、ちょっとココアを作ってみたの。ほら、おいしそうでしょう?」

 焼きたてのクッキーは、まだホカホカしていた。ぼくは嬉しくなって、思わずひとつ頂いてみちゃった。

「わぁー、おいしいよ。おばさん、お菓子屋さんやれば、きっとお客さん一杯くると思うよ」

「まぁまぁ、ありがとうね」

「じゃあ、ぼく忙しいからまた来ます。クッキー、ごちそうさま。後で頂きますっ!」

 忙しく駆け出すリドルを見つめながらモーリスおばさんは静かに手を振って見せた。店の奥からひょっこりマーシャ婆さんも出てくれば、良いお天気に目を細める。

「おやおや。今日はいいお天気だねぇ」

「あら、お婆ちゃん。今リドルちゃんが来たのよ?」

「おやおや。そうかい。それじゃあ、今日は良いことがありそうだね」

 優しく微笑むお婆さんは、元気に走り去ってゆくリドルをいつまでも、ずっと見つめていた。

◆◆◆23◆◆◆

 広場でのコンサートも終えて、なぜか一緒になっておひねりを集めているミケ達がそこにいた。グレイドはもはや苦笑いを通り越して、呆れてさえいた。まったく。ミケとカールは、ホントにヘンなコンビだな。

「いやぁ、大盛況だったよ。ありがとう、ミケ」

「あはは……なんだか、良く判らなかったけど……。あ、グレイド。もしかして……ずっと見ていたとか……」

「ああ。一部始終、お前達の愉快な漫才を見させて貰ったよ」

 皮肉たっぷりに微笑むグレイドに思わず顔を見合わせてしまうミケとカール。

「ああ、この人はね、ぼくの友達のグレイド。グレイドはね、とっても頭が良いんだよ。なんでも発明しちゃうんだ」

 ミケにヨイショされて、照れくさそうに微笑んでみせるグレイド。

「へぇー。そいつぁすごいな。オレはスモーキー。んで、この二人がオレの相棒。ハスキーとターキーだ。いやぁ、実は今日、街にでてきたばかりでね。山奥の田舎での生活に飽き飽きしてね。いっちょ街でも作って、みんなを呼んでやろうと思ってな。開拓者ってワケだな」

 初対面のグレイドに臆することなくベラベラと喋って見せるスモーキー。だが、グレイドは嬉しそうに微笑む。

「ほぅ。開拓地を求めてか? それは実に興味深い。良かったら、食事でも一緒にどうかな? ミケ達がずいぶんと世話になったみたいですし、いろいろと話を聞かせて頂きたい」

 妙に目を輝かせるグレイドに、思わずミケとカールが顔を見合わせる。

 普段のグレイドは物静かで、他の誰かが話しをしているのを横で見ているだけなのに、自分から話を切り出すなんて珍しい。きっと、なにか素敵な冒険の香りをみつけたに違いない。

◆◆◆24◆◆◆

 ミケ達は、街のちいさな喫茶店でひと時のティータイムを過ごしていた。

「へぇー。世界一周の旅行かぁー。ミケはでっかい夢を持っているんだなぁ」

 ミケの話に感慨深そうに頷いてみせるスモーキー。

「うん。ヒィアン・デュラルって航海士、知っている? 世界を旅した偉大な航海士なんだ。ぼくね、気球に乗って空を飛んで、世界一周の旅にでるのが夢なんだ。ううん、ぼくだけじゃない。ここにいるグレイドとカールも同じ夢さ」

 静かに頷いてみせるグレイド。カールは横で踊っている……。

「でもね……気球はとっても高価なんだよね」

 思わずシュンとなるミケであったが、スモーキーはハスキー達に目配せすると嬉しそうに笑ってみせる。

「なぁ、ミケ。オレ達は新しい街を作ろうと思っているんだ。夢のでかさでいったら、負けないと思うぞ? そんでな、良かったら一緒に協力してくれないかな? ミケ達はこの地域のことならきっと色々知っているはずだし、世界一周の前に、この大陸を一周するなんてのも悪くはないだろう? 街を一緒に作ろうぜ。そうすれば、金なんて幾らでも入ってくる。気球くらい……それに、世界中を回るにしても、知名度を上げておくのは有効だ」

 さらりと自分の考えを述べてみせるスモーキーに、グレイドが静かに頷いてみせる。

(なるほどな。確かに、一理ある。足場を整えるのは重要なことだ。金がなければ旅行どころではない。フフフ、うまい具合に丸め込まれてしまったのは、少々気に食わないが、こいつらの言うことはいたって正論だ。それに、ミケはまだ物を知らなすぎる。いい勉強になるだろう)

「面白そうな話だな。是非とも乗らせていただくよ」

 依存はないな? グレイドは目でミケに訴え掛ける。ミケは嬉しそうに微笑んで見せた。街をつくるなんて、なんてすごい夢なんだろう! 世界一周旅行をやってのけ、しかも、街造りにも貢献したなんて、素敵な冒険家だ。それに……この大陸を隅々まで回れば、きっと、もっといろいろなことも判る。いろいろな人にも出逢える。きっと……ぼくの夢も実現できるに違いないっ!

「スモーキー、よろしくねっ!」

「こちらこそよろしく頼むよ」

 堅く握手を交わす二人であった。ちょうど、その時であった、不意に背後で物音がした。

 驚いて振り返るミケ達。そこには、ちょうどお昼の配達を終え、しばしの休憩をするリドルの姿があった。

 モーリスおばさんのお手製のクッキーをかじっていたが、背後でのミケ達のあまりにもスケールのでかい話に、何時しかすっかり聞き入っていたのだ。しかも、運悪く、スケールの大きな話に驚いた拍子に、クッキーが喉につまってしまったのだ。なんともマヌケな奴である。

「ううーー!」

「こいつぁ大変だ。おい、ターキー、ハスキー」

「おうっ!」

 慌ててターキーが少年を支え、ハスキーが背中を叩く。喉に詰まっているクッキーを上手い具合に飲み込ませて、事無きを得た。少年がヘナヘナと崩れ落ちる。

「……ああ、助かりました。すいません、そそっかしくて」

 てへへと笑う少年にミケは見覚えがあった。

(あ。この子は……街でも有名な郵便屋さんだ)

「君……郵便屋さんでしょう? ぼく、知っているよ」

 嬉しそうに微笑むミケに、思わず照れ笑いのリドル。

「ぼく、リドルっていいます。郵便屋のお仕事をしているんです。それで、たまたま、ここで休憩を取っていたら、なんだかワクワクするような話が後ろから聞こえてきて。夢中になって聞いていたら思わずクッキーが喉につまってしまって、ビックリです」

 クッキーが喉に詰まって!? 別のクッキーを思い出して、思わずビックリしてしまうクマ三人組。

「あの……ぼくも、良かったら、仲間に入れて貰えませんか?」

「え?」

 いきなり予想もしない展開に、ミケは驚きを隠し切れない。

「ぼくはご覧の通り郵便屋です。それしか能はないですけど……でも! 手紙を運んで、大陸中の色々なところを回ってきました。それでも、まだ、見たことない場所なんていくらでもあるんです。ぼく……もっと世界を見たいんです。だから……ぼくも、お手伝いさせてください。手紙を運ぶことしかできないですけど、きっと役に立ちます!」

 力強く微笑むリドルに、ミケはそっと手を差し出した。

「決まりだね。この……七人ならば、きっと夢は叶えられるよ。ぼく達とクマさん達。それからリドル。それぞれ夢は違うけど、途中までは一緒だもの。だったら一緒に行こうよ。ね? みんな、良いよね?」

「決まりだな。心強い仲間が増えたな」

 今、冒険に憧れを抱く、大きな三つの心が一つになった。

 後にミケは、この日を『三つの冒険心が出逢った日』と呼び、自らの旅日記の序章に書き加えるのであった。

 そして、今、冒険が始まろうとしていた。

 空は晴れ渡り、風は澄み渡り。どこまでも、青い空と海が続くこの世界へ、彼らはいま一歩、足を進めたのである。夢は必ず叶う……そう信じて、歩みだすのであった。

                           第二回へ続く