第3話『夢を追いかける者達』

◆◆◆1◆◆◆

 さんさんと照りつける日差しも心地良い午後の一時。道行く人達ものんびりと歩き去っていく、そんな時間の流れの中で、ドアに括り付けられたベルが軽やかな音色をあげる。

「あ。クマの兄ちゃん」

 嬉しそうに微笑んでみせるのは、ミケであった。傍らではグレイドが冷静な顔をして、アイスティーを啜っている。

「……随分と遅かったではないか? 待ちくたびれたぞ?」

「いやいや、ちょっと手間取ってね」

 苦笑いするスモーキーの後ろからひょっこりと現れたのはハスキーとターキー。相変わらず兄弟みたいな三人。手にした青く煌く楽器に、ミケが興味を示す。

「わぁ。きれいな楽器だね」

「ああ。これはスノーマンに作って貰ったんだ。いやぁ、すばらしいコンサートに一緒に参加させてもらってね。中々か良い経験になったよ。それに旅先では大人気でね」

 にこやかに微笑むスモーキーの笑顔にミケまで思わず嬉しくなってしまう。気が付けばリボンを巻いた愛らしいシッポがぴょこぴょこと跳ね回っている。まるでリズムを取っているみたいだと、グレイドが笑う。

「それにしても遅かったではないか?」

「早々と街に到着はしていたんだけどな。曲を披露しまくっていたら、ずいぶんと時間が掛かってしまってね」

 苦笑いしてみせるスモーキー。傍らではハスキーがアイスコーヒーを美味そうに飲んでいた。その横ではさらにパンケーキをほお張るターキーの姿が。ふと気付いて驚くスモーキー。

「おおっ!? お、お前ら何時の間にっ!?」

「スモーキーってホント、鈍いよね……」

「な、なんだとぉ!?」

 喫茶店にのどかな空気が流れ始めた頃、再びドアに括り付けられたベルがチリリンと音をあげた。

「わぁ。みなさん、もう来ていたんですね」

 相変わらず陽気でマイペースなリドル。ミケたちに再び出逢えて嬉しそうに笑ってみせる。

「やぁ、リドル待っていたよ。そっちはどうだった?」

「うん。山猫さんともお友達になってきたし、農業際は大賑わいだったよ。あ。そうだ。今日はですね、みなさんにぼくのお友達を紹介したいんです。ちょっとばかし……強面なんですけど、根はイイ奴なんで仲良くしてやって下さいな。外で待っていて貰っているんです」

 何故か何時になく緊張した表情のリドル。ミケたちの反応を伺うかのように、きょろきょろと皆の顔色を伺ってみせる。何かを察したのだろう。グレイドが静かに口を開く。

「リドル。お前が見込んだ友なのであろう? ならば遠慮することはない。是非とも紹介してくれないか?」

 グレイドの言葉に、そう来なくては、とばかりに微笑んでみせるミケ。肩の上にひょいと乗るとカールはわざわざ毛繕いなんかしてみせる。羽毛が舞ってミケはくしゃみが出そうになった。

 スモーキー達は自慢の楽器を片手にすると、新しい仲間の参加を祝福するかの様に、豪快に演奏してみせる。

「ティガ、入っておいで?」

 チリリン。ドアのベルが音を立てる。刹那、店のマスターが思わず飛び上がる。煎れようとしていたティーを派手に零してしまい思わず悲鳴をあげてしまう。給仕の娘が、声にならない声で飛び上がる。

「ほら、ティガ。みんなに挨拶して?」

「はじめまして……かな?」

 照れくさそうに微笑んでみせるティガ。思わず硬直してしまうグレイド。壁際に寄って焦りまくりのクマトリオ。だがミケは、目を輝かせて微笑んだ。

「うわぁー。大きな虎君だぁーっ! ぼく、ミケ。よろしくね、ティガ。ひゃー。何て綺麗な毛並みなんだろう。目も鋭くて、格好良いなぁー」

 嬉しそうな反応を見せるミケに、ティガは上機嫌な表情を見せる。自慢の毛並みを誉められたのが、よほど嬉しかったのか、満足そうにヒゲを撫でてみせる。意外に気の良いティガに、次第に興味を抱き始めるクマトリオとグレイド。

「これは驚いた……。まさか、虎が友達だとはな……予想外だな」

 前言撤回。とまではいかないまでも、グレイドは必死で平静を装ってみせようとする。

「ひゃー。それにしても……お前、でっかいなぁ」

 こりゃあ面白いや、とばかりにスモーキーが寄って来る。

「おーおー。太い腕だなぁ。こりゃあ腕力でいったら、ハスキーを超えるんじゃないか?」

「なに? そいつぁ聞き捨てならないなぁ……」

 腕力に関しては自信のあるハスキー。目の前の巨体の虎を見つめながら、不敵に微笑んでみせる。

「確かに、腕っ節は強そうだな。なぁ、虎君よ? オレとアームレスリングで勝負なんか、してみちゃったりしないかい?」

「腕力だったら負けない自信はある……勝負するか?」

 にやりと微笑んでみせるティガ。傍らで苦笑いのリドル。

(まったく……ティガったら、すぐ話に乗っちゃうんだから)

「これでも、ティガはまだ一歳半くらいなんだよ? まだまだ、オトナのトラと比べたら腕力だって発展途上中なんだよ?」

 傍らからリドルに突っ込まれ、思わず飛び上がるティガ。

「う、うるさいっ!」

 喋り方は大人っぽいけど、まだまだ、ぼくとそんなに変わらない子供だってことは、ちゃぁんと判っているんだから。にやりと微笑んでみせるリドル。

「おっほん……」

 グレイドの咳払いに思わず皆が慌てて振り返る。いきなり視線が集中して、思わず真っ赤になるグレイド。

「さ、さて……次なる目的地への指示を出す。今回、三者がそれぞれの地を見てきたことで、新たな仲間や新たな知識も身についたと思う。だが、世界はまだまだ広い。そこで、次の目的地を発表させてもらう。地図を見てくれ」

 机の上に大きな地図を広げてみせるグレイド。テーブルに足を掛けながら、一緒になって覗き込むティガ。地図の一端を指差しながら、そっとミケが皆の顔を見回す。

「ぼくたちは、ここ。海を挟んだ向こう側に位置している、森の街に向かおうと思うんだ。各地で見かける木の製品の原料は、殆どこの街から出ていると聞いたんだ。街造りをしていく上で、木材は大きな位置を占めると思うんだよね。何があるかは判らないけど、ここに行ってみようと思ってね」

 ミケの提案に静かに頷いてみせるグレイド。そのまま静かに地図の一端を指差すとスモーキーに向き直った。

「もはやこの街で、クマトリオの名も知らない者はいないほどに有名になった様に思える。一重にその才能と、人を惹き付ける魅力があったからこそだと思うのだ」

「へへ。そんなにヨイショされちゃうと困っちゃうなぁ」

 グレイドにヨイショされて、すっかり上機嫌のクマトリオ。だが、それを見据えていたかのようにニヤリと笑うグレイド。

「そこでだ。今回は……ここ、ルルブから南東に少し行った所にある『霧の都』を目指して欲しい。ひっそりとした場所にあるが、数百年ほど前は、この一帯は非常に栄えていたそうだ。かの地にはシスターに憧れる美しい歌姫がいると聞いた。ここは是非とも、唄に精通している君達にお願いしたいと考えて居るのだが、いかがだろうか?」

「美しい……歌姫!」

 思わず三人で顔を見合わせて、手を重ね合わせると嬉しそうに微笑んでみせるのであった。何があろうとも知らずに……。

「いやぁ、さすがはグレイドだ」

「判っているじゃねぇかよ、なぁ? へへっ」

「これで、またぼくたちの人気も急上昇しそうだね」

 グレイドの考えを知っていたミケとカールは、笑いを堪えるのに必死であった。

 確かにグレイドの言っていることは、ウソではないけど、本当でもない。かなり言い方と表現を工夫しているけれど……いやいや、ここまで見事に騙されるとは、予想もしなかったよ。

「さて。リドルには、ルルブの街の探索をお願いしたい。意外な答かと思うかも知れないが、灯台下暗しと言うであろう? 普段何気なく生活しているこの街だが、意外に知らないことも多いの筈だ。そこでだ。この街に関しては、この三者の中ではもっとも知識がある君にお願いしたいんだ。どうかな?」

 グレイドの言葉を聞きながら、リドルの頭の中にある情景が浮かんだ。

 そう、それは坂の上にひっそりと佇む骨董品屋のモーリスとマーシャであった。

(ああ……。ちょうどいい人がいた。モーリスおばさんの暖かい手作りお菓子と、マーシャ婆ちゃんのお店。ここしか無いよね。マーシャ婆ちゃんはオルゴールが大好きだから、何かのヒントになるかも知れない)

「グレイドさん。ラッキーなことに、心当たりがあるんです。骨董品屋のお婆ちゃん……オルゴールが大好きなお婆ちゃんなんです。もしかしたら、何かすごい発見があるかも知れないです」

 嬉しそうに微笑んでみせるリドル。三者共に目的地は決まった訳だな。満足そうに微笑むと、手早く地図を片付けるグレイド。

「それでは、我々は移動を開始しようか?」

「ねぇ、グレイド。今回はどうやって移動するの?」

 きょとんとした表情のミケの質問に、待っていましたとばかりに反応するグレイド。何しろ今回の目的地は海を隔てた向こう側。

 ルルブの周辺はちょうど大陸の先端に位置している。この大陸の先端部はブーメランの様な形状になっている。それ故、反対側の街に移動するには、列車を使い大きく迂回するコースを選ぶか、船を使うかの二つの手段がある。

「列車を使って移動したのでは時間が掛かり過ぎる。今回は船を利用して移動をすることにしよう。そういえば……ミケは、船酔いは大丈夫だったな?」

 これを聞いて慌てたのはカールである。なにしろカールは鳥のクセに、船酔いをするという、非常に個性的な鳥なのだから。

「えっと、グレイド……ぼくは船酔いしないけど……」

「まさか……」

「そう。その、まさかなんだよね」

 ミケの肩の上で真っ青になるカール。グレイドも硬直してみせる。ヤバ気な雰囲気に、少々焦りながらも、早々に店を後にするクマトリオとリドルであった。

「ま、まぁ、何とかなるだろう……」

 どうせ困るのはカールであって、自分ではないし、何かあったらミケに押し付けてしまえば良い。ちゃっかり、心の中で投げやりなことを考えているグレイドであった。

◆◆◆2◆◆◆

 颯爽と移動を開始するのはクマトリオ。今回も列車での移動ということで、ゼベク爺さんの所を訪れる。

「いよぉ、お前たちか。それで、今回はどこに行くんだい?」

 すっかり上機嫌のゼベク爺さん。良い香りのする香草茶を飲みながら陽気に笑ってみせる。スモーキーは地図を見せたが、その瞬間ゼベク爺さんの表情が変わった。

「一つ尋ねるが、今回の目的地はどこだ?」

「どこって……地図にも印付けてあるだろう? 霧の都って場所さ。何でもシスターに憧れるべっぴんさんがいるって話なんだよなぁ。へへ」

 ハスキー、ターキーと顔を合わせて、締まりの無い笑いを浮かべるスモーキー。

「ほう。そうか、そうか。そりゃまた、ずいぶんと勇気のあることだな」

「へ? どういうことだい、爺さん?」

「何だ? お前達知らないのか? ははぁ。こりゃあ、上手いこと丸め込まれたな? 霧の都は……『ゴーストタウン』とも呼ばれる不気味な街だぜ? 古い時代に革命が起きてなぁ。出るらしいぜ……」

「で、出るって……」

「何がって? お化けが出るって話だぜ。ああ、おっかねぇ」

 わざわざ場の雰囲気を盛り上げるかのように声をつくってみせるゼベク爺さん。その言葉に先程までの陽気な笑顔はどこへやら、恐怖に引き攣った笑みに様変わりしてしまうクマトリオであった。

「グレイドの奴……どうも、話が巧すぎると思ったんだよな」

 だったらその場で突っ込めよ……。そう言いたかったが、美女の一言に心が揺らいでしまった自分にも責任はあるよなと、シュンとなってしまうハスキーとターキーであった。

「なんでぇ。らしくねぇなぁ……でもよ、オレが聞いた話では絶世の美女ってのはホントらしいぜ? ただ、そいつぁただの女じゃないんだ。バンパイアさ。俗に言う吸血鬼って奴だな」

 吸血鬼……。バンパイア……。漆黒のドレスに、妖しい魅力を放つ美しき女性の魔物……。思わず考え込んでしまうクマトリオ。この世の、どんな女性よりも美しいとされるバンパイア……ちょっと見てみたい気もする。もしかすると、ホントはイイ人なのかも知れない。やっぱり心揺れるのは美女という部分……。

 ああ、何処までも単純だなぁ、オレたち……。そう思いつつも三人とも同じことを考えていることに気付き、失笑してしまう。

「爺さん、オレ達は行くよ。姿形なんて関係ないさ」

「へ。どうせ……美貌のバンパイアに会いたいんだろう?」

 げらげら笑いながら、陽気に汽笛を鳴らしてみせるゼベク爺さん。チェ。そんなところまでお見通しなのかと、少々ばつの悪い表情のトリオ。

 そして列車は、静かに走り出すのであった。次なる目的地を目指して。

◆◆◆3◆◆◆

 リドルは長い坂を元気に駆け上がっていた。この街はリドルにとっては、まさに庭のような場所。相棒のティガを連れて、リドルが一直線に目指したのは、坂の上のマーシャ婆さんの骨董品屋であった。石畳で出来た坂道は、長い、長い坂道。振り返れば街が一望できるような素敵な場所。途中すれ違った馬車、は街の名産品のオレンジをたっぷりと積み込んで坂道を下っていくところであった。すれ違いざまにオレンジの淡い香りが感じられた。

 街を往く人々はティガを見て、思わず目をまん丸くしていたが、リドルの友達だと知ると親しみ深そうに接してくれた。

 肉屋のご主人にでっかい骨を貰って上機嫌のティガ。ぺロリと食べちゃったよ。

「そろそろ見えてくるね。ほら、あの古い造りの店がそうだよ」

「ボロっちぃ店だな……」

「な、なんてこと言うんだよ」

 ティガはクスクス笑いながら颯爽と坂を登り切った。店の前で、一休みとばかりに座り込むと毛繕いをはじめて見せた。

「ティガはここで待っていてね?」

 マーシャ婆ちゃんがびっくりしちゃいけないからね……何度もいうけど、ティガはイイ奴なんだけど、何しろ、外見が怖いからね。

「リドル、あんまり待たすなよ? 退屈するのは苦手なんだ。どっか遊びにいっちまうかも知れないから、早めに頼むな」

 相変わらず口の減らないティガに、「判ったよ」と告げると、リドルはマーシャの店に入っていった。クッキーを焼いているのか、甘い香りが漂っていた。

◆◆◆4◆◆◆

 ミケ達はルルブの街中を南下していった。ルルブから、南にずっと抜けたところには波止場がある。小さいながらも、船の出入りは活発に行われている波止場だけに、活気に満ちあふれていた。

 各地からの珍しい品や、観光船もこの波止場を利用している場所。街から離れているとは言え、中々の賑わいを見せていた。これにはミケ達も驚いた。

「すごい人だね。この人達も船に乗るのかな?」

「船に乗って旅に出ようという者もいれば、船に乗ってきた客や知人を迎えにきた者もいるのだろうな」

 潮風に誘われてカモメたちがのどかに空を舞っている。んで、ミケの肩の上でブルーになっているのはカール。何が楽しくて船の旅なんかすることになったんだろう……。渋い顔をしてみせる。だが、ミケはすっかり船の旅に心弾んでいるのか、まったく気付きもしない様子であった。

「ミケ。チケットを買ってきたぞ。ラッキーなことに、カールは頭数には入らないらしい。なにしろ、鳥だからな」

 ここで、何時もだったら文句の一つでも切り返すのだが、当のカールにしてみれば船旅は苦手なワケで、そんな余裕はどこにもないというワケなのでありました。

 目の前には、豪華客船を思わせる重厚な造りの巨大な船。思わず目が点になってしまうミケ。えぇーっ、うっそぉ!?

「どうした、ミケ?」

「ねぇ、グレイド……こんな豪華な船なの?」

「そうだが、何か? まぁ、観光客船なんてのは見た目は派手なものだ。一度に大勢の人を運べる以上、多少外見が派手な方が、客引き効果もあるという訳さ」

 なるほどね。それならば、早速この豪華な船に乗ってみなくては。肩の上で青くなっている鳥は置いておいてと……。

(ミケめ……陸に着いたら、可能な限り反撃をしてやらねば気がすまん……)

 握るこぶしに力の入るカールであったが、船の上では力は入らないであろう。

 淡いピンクのリボンを結び付けた、ミケの長いシッポが風に揺れている。船の航海……なんだか、デュラルの気持ちが判るみたいだよ。ワクワクするなぁ。いかにも、旅立ちって感じ。冒険の予感がするよ。

 ミケは潮風に髪をかき分けられながら、嬉しそうに微笑むのであった。

◆◆◆5◆◆◆

 あー、今回の目的地はー、ゴーストタウン。

 妙に陽気な歌声を響かせるのは、クマトリオ。朗々と響く声は、妙に空元気な感じさえ伺わせる。それもそのはず。絶世の美しさを誇るバンパイアには会いたいが、ゴーストタウンなんて言うくらいだ。まともな奴らがいるはずがない。そう考えると、普段は陽気なクマトリオも、今ひとつ勢いに掛けてしまうのであった。

「今ひとつ調子でないなぁー。なぁ、ハスキー?」

「やっぱり……おっかねぇモンは、おっかねぇよなぁ……」

「うんうん。そりゃあそうだよねぇ……」

 顔を見合わせながら、難しい表情を崩さないクマトリオ。それでもサービス精神旺盛な三人は、不安を打ち払うかのように賑やかに演奏し、そして歌ってみせるのであった。

「お化けが怖くてやってられるかー♪」

「そりゃ、そうだー♪」

「同じアホなら、踊らにゃソンソン♪」

 いやいや、最後のそれは何かが違うだろうよ……と思わず、スモーキーの唄に突っ込みを入れたくなるハスキーとターキーであったが、そこはご愛嬌ということで、笑って済ましておくんなまし。

 今回は場所が場所だけに、乗客は少なく。おまけに次々と途中の駅で降りていってしまう。妙に寂しい空気が漂い始めていた。問題のゴーストタウンこと、霧の都へは駅を降りて、それから結構頑張って歩かなくてはならない。妙に不気味に静まり返る駅に、ますます恐怖心が増長させられる。

「うわぁ……。なんか、おっかない雰囲気が漂っているよ……」

 不意に頭上でカラスの声が聞こえてきて、ギョっとする三人。遠くには静まり返る街並みと、果てしなく広がる灰色の空。

「聞きしに勝る雰囲気だな……」

「確かに……」

 葉も付いていない様な枯れかけた木と灰色の雲。どこからか漂ってくる、ひんやりとした冷気。なんとも不気味な感じがしていた。カーカーと、頭上のカラスが再び気味の悪い声で鳴いて見せるのであった。

「おいおい。やめてくれよ。雰囲気出し過ぎだろ……」

 スモーキーがぶつぶつと文句を言った瞬間、静かにカラスが目の前に舞い降りてきて見せた。

「あんたたち……ゴーストタウンに行くのかい?」

「ひゃー! か、カラスが喋ったっ!」

 ニヤリと笑うと、カラスはどこから出してきたのか濃いピンク色の扇子を取り出すと、ホホホと笑って見せた。

「ナメてもらっちゃ困るわねぇー。あたしゃこれでもカラスを、長々とやっているのよ?ホホホ」

 突如現れた、あまりにも妖しすぎるカラスに声もでない三人であった。だが、ここで見なかったことにして素通りしてしまうのも、それはそれで怖い気がした。

「霧の都……いえ。ゴーストタウンは、ここの道をまっすぐ行けば見えてくるはずよ。精々、道中、お気を付けてお往きなさい?」

 ホホホと笑いながら、再びカラスは飛び去っていってしまった。一体今のは何だったのかと、キョトンとした表情のクマトリオ。しかし気を取り直し、どんよりと曇った空を背にしつつ、長い、長い道を歩み始めるのであった。どこからともなく先程のカラスの妖しげな高笑いが聞こえてきて、背筋が寒くなった。何なんだよ……あの、妖しすぎるカラスは……。そう思いつつもクマトリオは、退くことも出来ず、仕方無く歩くのであった。

◆◆◆6◆◆◆

 船の旅は思いのほか快適であった。静かに揺れる船に吹き付ける潮風。船のマストの上では、船員たちが帆を調整している。

「うわぁー。すごい眺めだよ」

 嬉しそうにはしゃいでみせるミケ。広い船の甲板を行ったり来たりしてみせる。元気良く走り抜ける度に、長いシッポが風に揺れる。やれやれといった表情で、グレイドは遥か彼方に見える陸地を静かに見つめていた。今回ばかりはカールもダウンしているらしく、さきほどから船室の中でお休み中。うるさいのが居なくて、静かでいいと思えば、今度はミケが何時になく賑やかにはしゃぎまわっている。どっちもどっちだな……苦笑いしてみせるグレイド。

 ふと、海を見下ろせば、船の横にぴったりとくっつくようにイルカの群れが泳いでいた。

「ほぅ……。イルカたちに出逢えるとはな」

「はぁーい、この船、どこまでいくんだい?」

 陽気な口調で語り掛けて見せるイルカに、思わず目を白黒させてしまうグレイド。

「な、なんと。言葉を話せるとは……」

「チッチッチ。兄ちゃん、最近の流行を判ってないなぁー。今、イルカたちの間ではね、地上人とお話ってのが流行っているんだよ?」

 知識の幅には自信はあるが、さすがにイルカのブームにまで、その知識は及ばない……。そう思いつつも興味津々なグレイドは、さっそくイルカの下に向かうべく、最下層の甲板へと下っていくのであった。グレイドが足早に移動し出したのに気付き、ミケも早速後を追い掛けていくのであった。こりゃあ、何か面白いことがあったに違いないぞ?

◆◆◆7◆◆◆

「やぁ、はじめまして。ぼく、イルカのカルー。君は?」

「オレはグレイドだ。よろしくな」

 イルカのカルーのひれを掴み、握手をするグレイド。カルーとグレイドのやり取りを見ていた、他のイルカたちも興味津々な表情で近寄ってくる。それを見たミケはびっくり。

「うわぁー! すごーい!」

「おお。ミケも来たのか?」

「わぁー! イルカ君がたくさん!」

 もう、ミケは興奮してしまって、はしゃぎっぱなし。イルカたちも、新たな仲間の登場に賑やかに騒ぎ出す。

「はじめまして。ぼくはミケ。君は?」

「ぼくはカルー。よろしくね、素敵な子猫君」

 陽気なイルカ達は、ダンスを踊るような泳ぎをみせてみたり、円陣を描くように踊って見せたりしている。

「地上人は、こういう道具をつかって移動するんだねぇ」

「そりゃそうだよ。ぼくは水の中じゃ息できないもの」

「そうだよね。そうだ、ミケ、イルカの唄を知っているかい?」

 にこやかに微笑んでみせるカルー。イルカの唄だって? うわぁー、どんな唄なんだろう? 目を輝かせるミケ。傍らでは興味深そうな表情を見せるグレイド。

「ミケ、イルカの唄は話には聞いたことがあるが、実に素晴らしい唄だと聞く。心が洗われるような唄らしいぞ」

「今、巷で流行りの『癒し系』って奴でしょう?」

 嬉しそうにミケが微笑んで見せれば、イルカたちも微笑む。船べりに手を掛けて、船と一緒に泳ぎながらも、陽気に振舞うイルカ達に気付き、次々と人が集まってきた。

「ミケ、ぼくらと一緒に唄おうよ?」

「え? ぼくが?」

 イルカ達に興味津々な眼差しで見つめられて、ますます困ってしまうミケ。そりゃあ、カールほど恐ろしい唄は唄わないけどさぁー、みんなの前で唄披露だなんて……ヒョイと指揮棒を取り出すと、イルカのカルーが高らかに唄い始めるのであった。アカペラの唄。コーラスだけが響く。大海原を感じさせる柔らかいメロディーと、陽気な曲調。シンプルな中に、海の広大さ、青い空のさわやかな色合いが加わり心に響き渡るような歌声だった。

 ミケもすっかり嬉しくなってきたのか、ピンクのリボン付きのシッポが風に揺れる。

「うわぁー。すごいやっ!」

 もう、こうなったら後は一緒に参加するしかないでしょ? ミケは陽気なイルカたちの前に、ひょっこりと踊り出ると大きな目を輝かせながら、唄い出すのであった。

 イルカのコーラスに、子猫の愛らしい歌声が重なり合う。

 やがて陽気な船員達が、乗客が、我も我もと、楽器を持ち寄り始めた。

 やがてコーラスは、素晴らしいハーモニーとなり、さながらオーケストラの演奏を思わせるような、オペラ劇を連想させるような素晴らしい唄となっていた。何時しか、船に乗る者達の心は一つになっていた。

「はぁーい。アイスコーヒーはいかがですか?」

 すっかり陽気な空気に満ちあふれた船の中は、いつしか妙な活気に満ち溢れていた。売り子達は、精一杯の声を張り上げつつも、リズムを大事に、踊りながらアイスコーヒーを売り歩く。その光景を眺めながら、思わず失笑してしまうグレイドであった。

(これが船の上でなかったらカールも、きっと一緒になって騒いでいたのであろうな)

 しかし……彼は今、生死の境をさまよっているのであった……。

「ううー。船が揺れている……。気持ち悪いぃ……」

 何時しか船は、盛り上がりを保ちつつもやがて陸地へと向かっていくのであった。船の上で出会った友、イルカのカルーと仲間達。ミケはカルーの手をがっしりと握り締めるのであった。

「とっても楽しかったよ、カルー」

「ミケのコーラスは、ぼくらの声とは違うけど、とってもクリアできれいな声だね。素敵なセッションだったよ」

「うん。また遊ぼうね。ぼくら、新しい街を造るために各地を旅しているんだ。良かったらカルー達も、街ができたら遊びにきてね」

 新しい街だって? ワクワクするような言葉に思わず皆で顔を見合わせるイルカ達。

「凄いや。ミケは大きな夢を持っているんだね。街を造る際には、是非とも港を造っておくれよ。それも、とびきり大きい奴さ。そうしたら、ぼく達も遊びに行ける。ぼく達、イルカの唄をみんなにも聞かせてあげられる。そして……ミケともまた一緒にセッションできるよ?」

「わぁー、そうだよね。うん、是非とも造るよっ!」

 また新しい目標が一つ見つかった。グレイドは嬉しそうに笑うミケを見つめながら、暖かく微笑むのであった。その肩の上には、目が回っているカールが佇む。

「あうぅー。まだ揺れてるー……」

「まったく、ヘンな鳥だ……」

「うぷぅ!? 吐きそう!」

「マジか!? オレの肩の上で吐くんじゃないっ!」

 こうして賑やかな二人と一羽の旅は続くのでありました。

◆◆◆8◆◆◆

 辺り一面枯れ木と墓標ばかり。どんよりと重い空気と灰色の空に、クマトリオはますます恐怖を感じるのであった。普段は陽気なクマトリオもこういう場面では弱気になってしまうのである。

「なんだかさ……嫌なムードだよな……」

「こーいう時は……」

「精一杯唄ってテンションを上げようっ!」

 ささっと、お得意のギターを取り出すと演奏をはじめるトリオ。だが、何時もと微妙に曲調が違っていた……。

「ジャララン……はぁー、どうしてこんなことになったのかぁー」

「空はどんより灰色で、見渡す限りの墓石ー」

「目指す先はー、お化けが出る、出る、ゴーストタウン」

 唄い合わせながら、思わずお互いの顔を見合わせてしまう。ついでに、沈んだ空気もどこへやら。思わずお腹を抱えて笑ってしまうのであった。

「なんだよ、その唄は!?」

「スモーキーが、ヘンな入り方するから」

「いやっはっは、オレたち兄弟みたいだよな。三人そろって、同じこと考えているんだぜ? それにさ、結局のところ……絶世の美女って言葉に騙されちまったって部分も、共通してるってのがなぁー」

「それは言わない約束だろうよ、ハスキーよ」

「そそ。それじゃあ、ぼくら、マヌケじゃない?」

 さっきまでの恐怖はどこへやら、すっかり何時もの三人に戻っているのであった。

 陽気に唄いながら静かな道を颯爽と歩んでいれば、やがて目の前には大きな石造りの門が見えてきた。ちょうど街の入り口だな。妙に寂れていて、いかにも廃墟といわんばかりの雰囲気。だが、妙に洗練されていて、どこか捻った、シュールな暗さが逆にクールな色合いを醸し出していた。思わず口笛を吹くスモーキー。

「こりゃあ……なかなかにクールじゃないか?」

「ああ。ブラックユーモア漂うあたりが、逆に良いな」

「磨かれたセンスがキラリと光るね」

 さっきまでの恐怖はどこへやら。目の前に広がるシックな雰囲気漂う街並みに、すっかり興味を惹かれるクマトリオ。

「ん? 人がいるぞ?」

 ふと視界に入ってきた少女。大きな木の根元で静かに佇んでいる。だが、何か様子がおかしい。こりゃあ、黙っていちゃあ男じゃないぜ、とばかりに意気揚揚と、わざわざ胸まで張ってみちゃうクマトリオ。

「お嬢さん、どうしたんだい?」

「探し物をしているの。でも……どうしても見つからなくて」

 両手で顔を覆うようにしている少女の姿に、クマトリオのハートがズキューンとなった。ここぁ、ちょっとばかしイイところを見せてやらなきゃな。

「良かったら、オレたちが一緒に探してあげるよ」

「本当ですか?」

「ああ。それで、無くなったモノって何なのさ?」

 ハスキーが質問した瞬間、一瞬、少女の髪がふわりと舞い上がったような気がした。そっと両手を顔から離すと、少女が立ち上がった。急に背筋に冷たいモノを感じるクマトリオ。ありゃ? 何か様子が可笑しくはないですかい?

「あのね……あたしの……顔がないの……」

「へ?」

 くるりと少女が振り返れば、さらさらと揺れる髪。しかーし! その顔は、まさにまっさらなキャンバス。

「でたぁーーーっ!」

 誰だよ!? 格好良いところ見せようなんて考えたの!? 三者三様に同じことを考えつつも、とりあえず必死で走る。だが、恐怖はこれでは終わらなかった。不意に空が唸りをあげたかと思った瞬間、激しい落雷が目の前に降り注いだ。

「うおぉぉぉぉお!?」

 あと半歩進んでいたら、その場で頭が雷様のようにアフロっていたに違いない……って、そういう問題でもない。

「うわっ……ま、マジかよぉっ!?」

 あろうことか、次々と墓の盛り土が盛り上がると次々と現れるゾンビ達。空気が妙な歪みを見せると、今度は、空中に次々と白い布をかぶったお化けが、人魂が!

「うわあ! お化けーーー!」

 半ば半狂乱になるクマトリオ。教会の鐘が鳴り響く音が聞こえる。カランカランと、荘厳な音色が響き渡った。不意に、どこからかダンスビートが響いてきた。ついでに、どっからか聞こえて来る声。

「Hey,  it's show time !!」

「はいぃ!?」

 高らかにDJの声が響き渡れば、一斉にダンスをはじめるお化け集団。思わず呆気に取られるクマトリオ。バサバサという派手な羽音と共に、コウモリが飛び降りてきた。

 クマトリオの目の前でクルリと旋回すると、漆黒のローブの女性に変わった。深く切り込みの入ったスリットからは、白い足が見え隠れしている。

 なななな……何者だよ、このお色気ムンムンのセクシーな姉ちゃんは……そう思った瞬間、思わず三人で顔を見合わせてしまった。

「もしかして……彼女がバンパイア?」

 陽気な音色が響き渡る、ダンスダンスパニックな光景をバックに、静かにバンパイアが微笑んだ。これから、オレ達、どーなっちゃうんだろう???

◆◆◆9◆◆◆

 落ち着いた雰囲気の店が、リドルは大好きだった。昔を思わせるような不思議な置物。何時の時代のものなのか古い壺とか、見ているだけで不思議と落ち着いた気分になれる。

「あら。リドルちゃんじゃないの?」

「おばさん、こんにちは」

 モーリスおばさんはにこやかに微笑みながら、焼き立てのクッキーを差し出してみせる。

「ちょうど良かった。今ね、クッキーを焼いていたところなの。おばさんの新作なのよ。ちょっと、シナモンとオレンジを利かせてみたの」

「うーん、おいしい。良い香りがするね」

 おいしいクッキーに、リドルはすっかりご満足であった。でも、今日はクッキーを食べに来たんじゃなかったんだっけな。

「今日はね、お手紙を届けに来たんじゃないんだ」

「まぁ、そうなの? それじゃあ、ゆっくりしていってね」

 店の奥からひょっこりと現れたマーシャ婆さん。リドルが遊びに来ているのに気付き、嬉しそうに微笑む。

「おやおや、リドルちゃん。遊びに来ていたのかい?」

「マーシャ婆ちゃんは、オルゴールが好きだったよね?」

 急に質問されて、思わず目を白黒させてしまうマーシャ。だが、嬉しそうに微笑むと、そっと小さなオルゴールを手に取った。

「ええ。そうよ。亡くなったお爺さんはね、腕利きの職人だったの。オルゴールを良く作っていたのよ」

 懐かしそうに微笑むマーシャ婆さん。傍らでは、せっせとモーリスおばさんお茶の用意をしている。

「あら。そうだわ。お店の看板をと……」

 ひょいと表に出ると、表の看板を「closed」に変えてみせる。これで安心……んん? 一瞬、戸惑ったような表情で、そーっと戸を開ければ……。

「はぁーい♪」

 精一杯の愛想で、にこやかに微笑んでみせるティガ。

(まったく、リドルの奴何時まで待たせるんだっての……)

 ふてくされていれば、いきなりオバサン登場。こりゃあ、愛想を振り撒かない訳にはいかないでしょう、とティガは考えたのであった。

「アラ、嫌だ。あたし、夢でも見ているのかしら?」

「ああ、ティガ。驚かしちゃダメじゃないか」

「む。そのオバサンが勝手に驚いたんだ。オレのせいじゃない」

 ますますムスっとした表情を見せるティガ。このまま表に置いておくと思い切り目立ってしまう。とりあえず店の中に連れ込むことにした。

 ああ、びっくりしたわ……。クスクス笑いながらも相変わらずお茶の用意に忙しいモーリスおばさん。

「あら? 虎ちゃんは……お茶はお好きかしら?」

「砂糖は大さじ三杯でお願いするよ」

 思わず目を白黒させるモーリス。

 紅茶を飲むトラなんて時点で変わっているというのに、さらには甘党だなんて……。

「あ、オレ、猫舌だから、温めにお願いね」

 し、しかも、何気に好みにうるさいなんて……やるじゃない? 思わず目がキラーンと光ってみせるモーリスおばさん。何やら不穏な殺気を放つ、モーリスおばさんに途方も無い恐怖を感じつつも、マーシャとの話を続けようとするリドル。

「ねぇ、マーシャ婆ちゃん。良かったら、お爺さんのつくった素敵なオルゴールを見せて貰えないかな?」

「まぁ。リドルちゃんもオルゴールが好きなの? おほほ。いいですとも……お爺さんも喜ぶわ。モーリス、ちょっと蔵のカギを貸してちょうだい?」

「そこの机の引出し、上から三段目の奥に小さな小箱が入っているの。その小箱は、実はちょっとした仕掛けがあってね、逆さまにしないと空かないの」

「まぁ。ずいぶんと手が込んでいるのね。まるで、どこかの国のスパイみたいだわね。おほほ」

 クスクス笑いながらも、妙な会話を続けるモーリスおばさんとマーシャ婆ちゃん。どことなく怪しい雰囲気が漂うこの二人。只者じゃないねとティガが横目で見つめる。

「ティガも着いておいで」

「埃っぽいところ嫌いなんだよね……」

「いいから、着いてくるの」

◆◆◆10◆◆◆

 半ば強引にリドルに連れられて案内されたのは大きな庭の中にそびえる、これまた大きな蔵。カギを開けて、金属の戸を開ける。ギギギと軋んだ音。仄かにカビ臭い香りがした。思わず顔をしかめるティガ。

「わぁ。これ、みんな……オルゴールなの!?」

 蔵の中には所狭しにオルゴールが飾られていた。皆、小奇麗に保管されている。マーシャの想いが見て取れた。

「時々はね、蔵に入ってお掃除もしているのよ」

「なるほどね……。どおりできれいな訳だ」

「すごい数だな。これ、みんな爺さんの手作りかぁ」

 感心してみせるティガ。長いシッポでオルゴールを引っくり返さないように、慎重に歩んでみせる。

「ねぇ、マーシャ婆ちゃん。このオルゴール達、蔵の中で眠ったまんまじゃ勿体無いと思わない?」

「え?」

「あのね……ぼくとティガは、今、仲間と一緒に街を作るための旅をしているんだ。街を造るときにさ、オルゴール館なんて造ってみるのも素敵だなぁって思うんだ」

 嬉しそうに微笑んでみせるリドル。一瞬驚いたような顔をしてみせるマーシャ。だが、嬉しそうに微笑んで見せる。

 そっとオルゴールを手にとると蓋を開けてみせた。懐かしい音色が響き渡る。

「綺麗な音色だね……」

「お爺さんの作った作品が、みんなに見て貰えればお爺さんも、きっと天国で喜ぶに違いないわ……。リドルちゃん、オルゴール館ができた際には、是非ともよろしくお願いするわね?」

 リドルは考えてみた。そういえば、マーシャ婆ちゃんの店には一杯骨董品がある。これを上手に利用できれば……。

「ねぇ、ティガ。ぼくね、面白いことを思い付いたんだ」

「……それで、どんな恐ろしいことを思い付いたんだって?」

「ちがーう! そうじゃなくて、マーシャ婆ちゃんの店には、いっぱい骨董品があるでしょう? ぼくね、昔本で読んだことあるんだ。大きな、大きなオルゴールさ。人形達が楽器を演奏するような、壮大なオルゴール」

「まぁ。そんなすごいオルゴールがあるの?」

 思わず驚いたような声をあげてみせるマーシャ婆ちゃん。

「実現できるか、どうかは別として……面白そうな話だな。悪くないと思うぜ? そういえば、この街には腕利きのオルゴール職人の集う工房があると聞いたことがある。もしかしたら、爺さんも、そこで修行していたのかも知れないな」

 にっこりとティガが微笑めば、リドルとがっしりと手を組み合す。

「うん、やろうよ。きっと上手くいくよっ」

「問題は……その工房がどこにあるかなんだよな。この街も相応に広いからな。人伝に探すしかないか」

「この街一番の郵便屋を称する、このリドルに不可能はないさ」

「はいはい。たいした自信だこと……」

「む。なんか言った?」

「いや。なーんも言ってないよ。なーんにもね?」

 二人のやり取りをみながら、マーシャがクスクス笑う。実現できるかどうかなんて、重要では無かった。それよりも、亡きお爺さんの大事なオルゴールを、気に入って貰えたことが嬉しかった。

「はいはーい。おいしいお茶がはいりましたよー」

 店の方から、モーリスおばさんの声が聞こえてくる。

「はーい!」

 スタスタと走り出すリドルとティガのコンビ。紅茶の柔らかい香りと、クッキーのいい香りが漂ってきた。

◆◆◆11◆◆◆

 森の街を目指すミケ達。やっと元気を取り戻しつつあるカールは、ミケの肩の上でスヤスヤと安らかな寝息を立てている。

「まったく。ゲンキンな奴だよね」

「そろそろ森の街が見えてくるはずだ」

 あたりには広大な森が広がっている。木漏れ日がきらきらと美しい光を森にもたらしてくれる。長閑な光景と穏やかな緑の香りが心地良い。

 長い森の道を抜ければ、そこにはログハウスが広がる木の香りのする街並みがあった。

 ミケが嬉しそうに微笑む。しかし、その時であった……派手なクラクションの音。

「な、なんだぁ!?」

 いきなりミケたちの横を走り抜けてゆく乱暴な車。古式なモデルの車らしく、動きが妙に安定していない。そのまま車は街の方へと走り抜けてゆくのであった。

「追いかけようっ!」

 ミケたちは慌てて車を追い掛けた。森の街は犬族や狼族、猫族などといった種族が主に暮らしている長閑な街。静かな街並みながらひっそりとした木々の家々が、なんとも風流である。

「あ……さっきの車だ!」

 ミケ達が駆け込んできた時には、さきほどの車は一軒の家の前に止められていた。ニヤリと笑うグレイド。

「ほう? なんだか面白いことになってきたな……今度は、どんな事件だ?」

◆◆◆12◆◆◆

 妙に恰幅の良い猫のおばさんが、不敵な笑みを浮かべる。

「いいかげん、あたしらに屈したらどうなのさ?」

「冗談じゃないっ。この街はみんなの街なんだ! あなたたちの思い通りにはさせないっ! さぁ、出て行くんだ!」

 激しく非難するのは犬族の青年。しかし、それで引き下がるほど生易しい奴らではないのはミケ達にも容易に判った。どうやら彼らは家族らしい。体格の良い怖そうなママに、妙に威張っているけど、どこか情けなさそうなパパ。イマイチ決まっていない悪役みたいな兄弟で構成されているらしい。

「フン。あたしらの出店を邪魔すると……どうなるか判っているんだろうね? 良く考えておくんだね」

「考えておくんだなっ、はっはー!」

「あんたは黙ってなっ!」

「ひぃっ、ご、ごめんよ……母ちゃん……」

 何だか漫才コンビみたいなママとパパ。傍らでは兄弟が凄みを利かせた目を……してるつもりなんだろうけど、なんだか、やっぱり決まってない……。

「お前達、今日のところは引き上げだよっ!」

 乱暴にドアを開けると、再びやかましい音のする車で走り去っていってしまった。ほっと胸を撫で下ろす青年。

「……ああ、お客さんでしたか。失礼しました」

「こんにちは。ぼく、ミケランジェロ。みんな、ぼくをミケって呼んでいるの。こっちがグレイド。肩の上でスースー安らかな寝息を立てているのがカール」

「丁寧なご紹介、どうもありがとうね。ぼくはジャック」

 青年は優しそうな笑みを浮かべてみせた。人受けしそうな優しそうな笑顔の好青年だとミケは思った。

「ねぇ、さっきの人達は、一体何者なの?」

「ああ……。あいつらかい? ミケネコファミリーって言ってね。この街を占領しようと考えているらしいんだ。まったく……そんなことをして、何になるというんだろうか? 困った人達さ」

「ジャック? あら、お客さん?」

「ああ。先刻までは招かれざる客が来ていたけど、今、君の目の前にいるのは正真正銘のお客さんさ」

 皮肉った笑みを浮かべてみせるジャックに、「なるほどね」とばかりに微笑み返す、美人のお姉さん。

「ああ、彼女はフリージア。ぼくの……その……」

 急に照れくさそうに赤くなって、てへへと笑ってみせるジャック。

「早い話、未来の嫁さんというところか」

 ニヤリと笑うグレイドに、耳まで真っ赤になるジャック。

「いずれにしても、このまま放って置くのは問題だな。奴らが何故、この街を占領したがるのかは判らないが、大事なのは街を守るということだ。フフ。面白そうではないか?」

 ミケは背筋に冷たいモノを感じていた。グレイドが自分から話に入り込んでくる時は、例外無く、何か恐ろしいことを考えている時だ……。

 きっと、悪者退治という大義名分のモトに、新しく発明した危険な道具の実験でも行おうというのであろう。相変わらず恐ろしい奴だ。

「力を貸して頂けますか? 我々は森に生きる民……奴らの様に、力ある者達と戦うだけの力はありません」

「なぁに。任しておいてよ。グレイドがいれば、きっと二度と街に来ようなんて気さえ起きないくらいに、こてんぱんにやっつけてくれちゃったりするからさ」

「はーい、お茶が入りましたよ」

 フリージアがお茶を運んできた。何とも良い香りのするお茶に、カールが目を覚ました。

「……んん? なんか良い香りがするぞー?」

「やっとお目覚めかい?」

「この香りはジャスミンティーだな。ふむ。実に良い香りだ」

 肩の上ではしゃぎ出すカールに、思わず苦笑いのミケ。

 それにしても、どうやって戦おうというのだろう? まさか……シャレにならないような恐ろしい道具で、一瞬のうちに灰にしてしまうとか……!? ま、まさか、そんなコト考えてないよね……。

 何時に無く自信に満ちた笑みを浮かべるグレイドの笑顔が、怖くて、怖くて仕方が無いミケであった。

 どーか、ぼくだけでも助かりますように……。ミケネコファミリーはくたばってもイイから……。

「そうと決まったら、さっそく作戦実行だ。ジャック。ミケネコファミリー宛てにパーティーの招待状を書くんだ。そして、すぐさま送りつけるんだ」

「え? パーティーですか?」

「ああ。そうさ……主役はミケネコファミリーだ。判るな?」

 ニヤリと笑ってみせるグレイド。白い牙がキラリと光る。なんだか、良く判らないけど、妙な自信を感じるジャックであった。いける! きっと、この人達なら……街を救ってくれるさっ!

 しかし……そんな危なっかしい回答で、ファイナルアンサーを出すと、うっかり、ゴールデンハンマーにハンターチャンスを奪われるというモノ。

 ジャックはグレイドの真の恐怖を知らなかった。さてさて……どうなることやら……。

◆◆◆13◆◆◆

 漆黒のドレスの美女は、ふわりと舞い降りると優しい笑みで微笑んでみせた。その可憐な笑みにクマトリオが撃沈させられる。目の前をハートマークが飛んでいる。

「この街にお客さんが訪れるなんて、久しぶりね。あなた達はもしかして……あたしに会いに来たのですか?」

 もう、心臓がバックンバックン言っているクマトリオ。半分聞こえているのか、聞こえないのか、定かでは無いという状況に陥っている。

「あ……ああ。そうさ。お嬢さん?」

 そこは、やはり話し上手なスモーキーが踊り出る。しかし、喋りが得意な割には、女の子を口説くのは苦手だというスモーキー。クマトリオは知っての通り田舎出身のトリオ。可愛い子には滅法弱かったりする。

「まぁ。あなた達も……教えを説きに来たのね!?」

 嬉しそうに微笑むバンパイア。その、お嬢様っぽい口調と顔つきとは裏腹に、なんとも不釣合いなドレス。漆黒の色合いに加えて、この深いスリット……。大胆な格好だなぁと目のやり場に困ってしまうスモーキー。こんなシスターがいたら毎日でも教会にお祈りに来ちまうってモンだよ、なぁ?

「シスター、オレたちは教えを説きに来たんじゃないよ? そうだなぁー。言うなれば、シスター。あんたをスカウトしに来た」

 饒舌に語り出すスモーキーに、思わず冷や汗タラタラのハスキーとターキー。何をこのバカタレは、口走っていやがる……。

「まぁ。あたしをスカウトしに参られたのですか?」

「そうさ。あんた、シスターになりたいんだろ? シスターだったら、教会がなくちゃイカンだろう。オレ達は新しい街を作ろうとしているんだ。そこには……当然、教会だって出来るはずだ。そこで……あんたの夢を叶えて欲しい」

 スモーキーの言葉を聞いたシスターは、嬉しそうに微笑んだ。胸に吊るした十字架。少々胸元が派出に開いているが……思わず目が、そちらに行ってしまい、真っ赤になるスモーキーであった。

「まぁ。嬉しいですわ。是非とも、その時にはお伺いさせて頂きますわ……ですが、私はまだ、この街の彷徨える魂たちを救ってあげられていないのです……」

 もしかして彷徨える魂たちって……この、ダンスパニックな状況で踊りまくっているお化け達? うーん……。なんか、思い切り、この人ズレてる人なんじゃないかなぁ……。

 ここに来てやっと、このシスターがヘンな奴だと気付くクマトリオ。美人なのに、なんでまた、こんなにもキャラが強烈なのかなぁと。

「なるほど……あんたの言うこともごもっともだな。よし、オレ達の腕を見せてやろうじゃないか?」

 言うが早いか、くるりと振り向くと微笑むスモーキー。

「ケッ。格好つけちゃってさ……」

「それで、どうするつもりなの?」

「見てみろよ。あの教会……ぼろぼろじゃないか? まぁ、この街並みには良くマッチした、クールな造りだがお化けたちが天国に行くまでには、少々至らない感じだよな」

「なるほど。アレを修復してやりゃあいいのか」

「この地での教えを広め終われば、シスターも心置きなく、引越しできるよね」

「まぁ。よろしいのですか? 旅人であるあなた達にそんな、大変な……大きな仕事を為さっていただくなんて……」

「あんたはシスターだ。迷える子羊達を救えばいい。オレたちは頑張っているシスターを救ってやろうってだけのことさ」

「まぁ……。なんとお美しい心掛け。きっと、あなた達には神の祝福があると思いますわ。判りました。ご助力願いますわ」

 それにしても……なんだって、吸血鬼のバンパイアがシスターなんかをやってみようなんて思ったんだろうな?

「ところで、シスター。何だってバンパイアのあんたが、シスターなんてやってみようと思ったんだい?」

「え? ふふ。今時……人様の血を吸うなんて時代遅れですわ。そんな生臭い生き方、好きではありませんの。世のため、人のために、迷える心を救ってさしあげる……素敵じゃないですか?」

「シスター。朝日をバックに聖水で乾杯なんてどうだい?」

「まぁ……。素晴らしいですわ。クラクラしちゃいますわ」

 スモーキーの発言に、嬉しそうに頬を赤らめるシスター。その、色気たっぷりな仕草に、クマトリオもクラクラ……。

「それに教会のマリア様や、この十字架のネックレスも、とてもお気に入りですの。これぞ……新しい流行ですわ」

 バンパイアの流行ってのも、何だか妙な感じではあったが……。

 まぁ、イイや。シスターに取ってはそれが夢だというのだ。それらばオレ達は、その夢を叶えるためのお手伝いをすれば良い。

「よし。さっそく修復を開始するとしよう。まずは……建物の損壊状況の掌握からだな。行くぞ。ハスキー、ターキー、頼りにしているぞ?」

「なぁに。オレたち三人に不可能は無いぜ」

「楽器弾きだけじゃないってこと、見せないとね」

 こうしてクマトリオは、まずは……この街の教会の修復作業から取り掛かろうと思い立つのでありました。それにしても……やはり、理解できないのは、バンパイアの流行であった。

◆◆◆14◆◆◆

 モーリスお手製の、焼きたてホカホカのクッキーをアチチとやりつつも、おいしそうにほお張ってみせるリドル。当然のことながらディガは猫舌だから熱いのは苦手。温めのティーを啜っている。

 それにしても、お茶好きの虎とはね……。

 モーリスは、すっかりティガに興味津々の様子であった。他にどんなモノが好きなのかしら……? やっぱり変わったモノが好きなのかしら……? まるで動物博士になったかの様に、目を輝かせるモーリスおばさんの熱い視線に気付いたティガが怯える……。

(な、なんか怖いぞ、このおばさん……)

「ティガちゃんは、何か好きな食べ物はあるのかしら?」

「オレかい? 好きな食い物かぁ……人肉とか?」

「まぁ、人肉が好きなの……へぇー」

 シャレのつもりなのか、とびきり笑えない冗談をかますティガ。

「へ? 人肉……? あぁー……」

 思い切り想像してしまったのか、その場に倒れそうになるモーリスおばさん。慌てるリドル。

「んもうっ、ティガ! そういう笑えない冗談は駄目でしょ!」

「フン。ブラックユーモアの判らないおばさんだぜ」

「ティガがいうと、説得力ありすぎなのっ」

 チェ。ちょっとはワイルドに見えるかと思ったのになぁー。

 リドルに突っ込まれて、シュンとなってしまうティガ。気を取り戻したモーリスおばさん、笑いを作ってみせる。

「な、なかなかシャレの利いたジョークね。おばさん、そういうの好きよ? また遊びにいらっしゃいね。その時には……おいしい肉料理を用意して待っているからね?」

 クスクス笑うモーリスおばさんの発言に、今度はティガが恐怖を感じる番であった。

(こ、このおばさん……まさか、本気にしてねぇだろうな……)

 さて、おいしいお茶とクッキーをたらふく食べたコンビはさっそくオルゴールの工房を探して街に聞き込みに出るのであった。

「……ところで、リドルよ。その格好は何とかならないのか?」

 気分はシャーロックホームズといった感じなのであろうか? お菓子のパイプなんかくわえちゃって、帽子をさかさまに被ってみせる。

「まぁ、気にしないで」

「……間違っても、オレのことを『ワトソン君』なんて呼ぶなよ……」

 冷や汗たらたらのティガであったが、早速行動を開始。

 噴水の広場の周辺は、最も人が集まるメインストリート。ここで聞くのが手っ取り早いんじゃないかと判断した。

「あれ? 見慣れない人がいるね」

 リドルは街の随所を巡っている。当然のことながら街の人たちの顔は、ほとんど知っているはずなのだ。そのリドルの目に入ってきたのは、見知らぬ人物であった。真っ赤な髪の青年。双子の兄弟なのか、瓜二つな二人であった。

「あのぉー」

 さっそく声を掛けてみるリドル。帽子は元に戻してっと。

 二人同時に振り返って、二人同時にティガに驚いてみせた。鏡に映したかの如く同じ動きに、リドルとティガが硬直する。

「わぁっ。びっくりした」

「ぼくらに、何の用かな?」

「ぼく達、オルゴール工房を探しているんですけど……」

 問い掛けるリドルの言葉に、思わず顔を見合す兄弟。なにやら、ヒソヒソとやりとりをしている。

「ヒソヒソ……。もしかして、もしかすると……」

「ああ。もしかして……お客さん!? 半年振りの仕事かも知れないよっ!?」

「こりゃあ……何が何でも……」

「そうだね、何がなんでもウチに来て貰わなくては……」

 だだ漏れなんですけど……すかさず突っ込みを入れようかと思うティガであったが、面白いから放って置くことにした。

「はい。ありがとうございます。ぼく達はケルベロスブラザーズです。ぼくは弟のケル。こっちが兄のベロスです。オルゴール工房はぼくらの親方の仕事場です。それで、どういったご用件でしょう?」

 さっそく商談を奨めようとする、しっかり者の弟。

「ぼく達、新しい街を作ろうとしているんだ。そこにオルゴール館を造りたいんだ。それでね、力を貸して欲しくてね。だから、工房に伺おうと思っていたんだ」

 オルゴール館? 何てスケールのでっかい話だ! あまりのスケールのでかさに、戸惑いを隠せないケルベロス兄弟。真っ赤なたてがみが風になびいている。

 さて、どうしたものか? よし、取りあえずは親方に相談してみるべしっ!

「取りあえずは、工房まで来て貰おう。そこで親方に相談してみるとしよう」

「ぼくらに着いてきて」

「なぁに。オレの背中に乗りな。道案内頼むぜ……」

 ニヤリと笑うティガ。もたもた移動するなんて、面倒くさいことやっていられないさ。さっさと移動するに限るぜ。

◆◆◆15◆◆◆

 風のような早さで街中を北へ、北へと抜けてゆく。小高い丘の上……細い路地を抜けた場所に工房はあった。

「へぇー。こんなところに工房があるなんて、知らなかったよ」

 街には詳しいリドルでさえ知らなかったオルゴール工房。それもそのはずである。何しろ、随分と判り辛い場所にあり、道を知らなければ、この場所まで辿り着くのは不可能であった。

「親方。ただいま帰りましたー」

 さっそく、親方にリドルの話を告げてみせるケルベロスブラザーズであった。リドル達はしばし外で待つことにした。

 数分後、兄弟が戻ってきた。

「ちょいと仕事を引き受ける前に、片付けないといけない仕事が入ってきちゃってね」

「悪いけど、数日待って貰えるかい?」

「ぼくらで良ければ手伝うよ。それに、ティガはとっても力持ちだから、きっとお役に立てるよ」

「それは心強い」

「じゃあ……さっそくなんだけどね、自動演奏をする巨大なジャズピアノ型のオルゴールが不調でね」

「修理を依頼されたのだけど、何しろ、大きいからね。苦戦が見込まれるんだ」

 巨大なジャズピアノ型のオルゴールだって? 何だか、面白いことになってきたよ? リドルとティガは、にっこり笑うと腕を組んでみせる。

「面白そうだね」

「ああ。これは、参戦するしか無いだろう」

◆◆◆16◆◆◆

 ジャックの書いた手紙はその日のうちにミケネコファミリーの元に届いた。

「兄ちゃーん。見て、見て。手紙だよ」

「そんなモンみれば判るよ……」

 罠だとは気付く由もない、お間抜けなミケネコ兄弟。

「なになに……えぇ!? パーティーだって!?」

「すごいや。兄ちゃん、さっそく父ちゃんに報告しよう」

 ドタドタと賑やかに走り去ってゆく兄弟を、茂みに隠れて望遠鏡で監視するのはミケ。カールが運んだ手紙にここまで、あっさり引っ掛かってくれるとは、なんとも言えない気分になる……。

「ミケ、あいつら正真正銘のアホだな……」

「ここまでお味噌が足りないとは、ある意味ビックリだね」

 望遠鏡から覗き込むミケが冷静に返してみせる。妙に納得してしまうカール。

「なんだって!? パーティーだって!? そいつぁすげぇや!」

「でしょう!?」

「……まったく、あんた達はどうして……揃いも揃ってバカなんだいっ!?」

 嬉しそうにはしゃぐ兄弟の背後から聞こえてくるのは、ミケネコママのドラ声。お玉を握り締めたまま力説する。

「森の街の連中からだろう? 何か企んでいるに違いないさ。そうでなければ、散々煙たがっていた、あたしらを受け入れるわけがない」

「なるほど。母ちゃん冴えているな……」

「あんたがアホすぎるんだよっ!」

 ポカリと、お玉で父ちゃんの後頭部を殴ってみせる。

「ってぇー。母ちゃん怒るなよぉー」

「まぁ良いさ……。あたしらに挑戦状を叩きつけるとは、中々良い度胸をしているじゃないか? 今回ばかりは……」

「兄ちゃん、パーティーって、ゴチソウでるのかな?」

「そりゃ、出るだろうよっ」

「ああ、出るよ……。その代わり、しっかり働くんだよ?」

 ニヤリと笑うミケネコママ。迫力に満ちた笑顔。望遠鏡で覗き込んでいたミケが、思わず飛び上がる。

「うひゃー! 物凄い迫力! あのオバサン……やっぱり、只者じゃないね」

「オイラが思うに、あのママをなんとかしないと勝ち目はないな」

「確かに、そうだね……。パパと、兄弟はのーたりんみたいだけど、あのママだけは、かなりのやり手だね。気を付けないと……」

◆◆◆17◆◆◆

 一方その頃、街ではパーティーの会場に様々なトラップを仕掛けていた。もちろん、指導は我らが大魔王……では無く、勇者グレイドが行っている。軍事的なことは好きじゃないが、発明品の実験は大好きなグレイド。ましてや、実に良いリアクションをしそうな獲物が相手とくれば、おのずと力も入ってしまうというものであった。

「よし。こんなところだな。みんな、くれぐれも自分で仕掛けたワナに填まるなんていうマヌケなことだけはしないでくれよ。それじゃあ……各自、持ち場に着いてくれ」

 グレイドの指示のもと、森の街の人々が散り散りに移動を開始する。

(フッフッフ。今回は、我が作品の中でも最高のトラップを選りすぐったからな……)

 ニヤリと笑うグレイド。こういうコトをしているときの彼は本当に楽しそうだったりするから、とっても怖い……。

◆◆◆18◆◆◆

「お前達、行くよっ!」

 ミケネコママが先陣を切って、喧しい音を立てる車に乗り込んだ。

「カール、ぼくらも急いで戻るよっ」

「アイアイサー」

 ミケ達もまた、森の中の近道を抜けて先回りしようと試みる。

 急いで戻らなくちゃ……。うっかり変な場所をうろついて、グレイドお手製のおっかないトラップの標的にされては洒落にならない。ミケは大急ぎで走り抜けてゆくのであった。

◆◆◆19◆◆◆

 そして、ここは現場のパーティー会場。何事も無かったかの様に、会場に移動を開始し始める街の人々。ちょうど、そこへミケ達が戻ってきた。それを合図にグレイドが颯爽と動き始める。

「奴らはどうなった?」

「急いで! もうじき到着するよ!」

「ほう? 予想外に早いようだな……。だが安心しろ。もしもの時には……この究極兵器で一網打尽だ」

 ニヤリと笑いながらグレイドが見せてくれたのは、ドクロマークもお洒落な巨大爆弾……って、そんなモン使われた日にゃあ……この街が跡形も無く消し飛ぶって!

「まぁ、半径数Km圏内は草木一本残らないだろうな。フフフ」

 真顔で、こういうことを言えるから、グレイドって凄い奴だと思う。ほぉーら、傍らでは、みんな真っ青になっているよ……。いずれにしても、こんな危ない道具使われる前になんとかしなきゃ。ホントにおっかないのは、あのアホなミケネコファミリーよりも……身近にいる破壊神グレイドだったりするのかも知れないのだから……。

◆◆◆20◆◆◆

 乱暴な車の音。そしてミケネコファミリーが到着した。

 パーティー会場に緊張が走る。街の人々は、いつでもトラップを発動できるようにスタンバイをしている。

「わぁー。すごいや! パーティー会場だよっ」

 スタスタと嬉しそうに走りこんで行くミケネコ弟。

「あ、バカ! 待つんだよっ!」

 ママの声も空しく、さっそくトラップ第一段が発動。

「んん?」

 いきなり目の前にバラバラと振ってきた丸っこい物体。淡い香りが周囲に立ち込める。不意にミケネコ弟が歩を止めた。

「はらー? なんか、いい気分らねぇー」

「クっ。マタタビたぁ……初歩的なトラップをっ!」

 苦笑いするミケネコママ。なるほどね……本気みたいだねぇ。だったら、あたしも本気でいかせて貰うよっ! さながら、悪役女子プロレスラー並の気迫を見せるママ。

「まったく……こんな安直なトラップにやられるなんて……」

 ハンカチで鼻を抑えながら、そっとドアに手を掛けた瞬間、次なるトラップが発動するのであった。

 ギギギとドアがあくと同時に一瞬、沈黙が訪れた。だが、慌てて飛び上がるミケネコママ。

「危ないっ! 伏せるんだよっ!」

「え? にゃーっ!?」

『ワハハハハハハハ!』

 いきなり、突っ込んできたムキムキマッチョな石像。しかも高速回転しつつ、豪快な笑い声を発しながら。

(グレイドのシュミって一体……)

 哀れ。ミケネコ兄も石像に潰されて、敢え無く昇天……。

「まったく……なんて、役に立たない子たちなんだろうねっ!」

「まったくだぜ……んん? てめぇはジャック!」

「ようこそ。どうだい、ぼくたちの用意したプレゼントは?」

 不敵に微笑んでみせるジャック。だが、ミケネコパパは怒りに満ちた声で、その笑みを叩き潰そうとしてみせた。

「最高のプレゼントだぜっ! このクソッタレが……てめぇら、八つ裂きにしてくれるぜ……行くぞっ!」

「ああっ!」

 ミケネコママが止める間もなく一気に突っ込もうとした。その瞬間であった。足元でピアノ線に引っ掛かる感触……。

「げげっ!?」

 いきなり天井の蓋が開くと同時に、ドカドカと降ってくるトラップ。しかし、そこは頑丈なミケネコパパ。簡単にはマットに沈まない。

「ふ、フザけやがって……。こんな子供騙しが……ぐぉっ!?」

 最後の最後に降ってきたのは、なんとグランドピアノであった。さすがにこれの直撃を受けてまで、平気でいられるほど強くはなかった。

 だが、グレイドはさらに追い討ちを掛けるべく、次なるトラップを発動した。

「Good Luck……」

 ニヤリと笑うと、手元のリモコンのスイッチを押した。傍らには引き攣った笑みを浮かべるしかないミケがいた。

「ぐ、ぐぉお……こ、これは、さすがに……」

「大丈夫かい、父ちゃん!? はっ!?」

 不意に飛び込んできた無数のロケット弾。ミケネコパパに着弾すると同時に、豪快に爆発した。

「はぁー、目が回っちゃったよぉー……」

 真っ黒焦げになって、口から黒い煙を吐く辺りなかなかに芸達者な彼である。だが、敢え無く沈んでいった。

「さて。最後は、やはり、あのママか……」

「ふっふっふ……あっはっはっは! やってくれるじゃないか!? ここまでコケにされて、まさか……生きて帰れるなんて思ってないだろうねぇっ!?」

 凄まじい形相のミケネコママ。なんと言っても、あのアホな家族の中で、唯一動ける最強の女戦士……まさにアマゾンの称号を欲しいがままにしている最強の戦士なのだから。

「まだ、続けるおつもりかしら?」

 男性陣をも震え上がらせる迫力あるママに一人向き合ってみせるのは、何と、フリージアであった。

「お黙りっ、小娘……あんたがあたしの相手かいっ!?」

「ミケネコさん、どうして……あなたたちは街を占領しようとするの? どうして……仲良くしようとしてくださらないの? 争いは……何も生み出さないのよ?」

「なに?」

 フリージアの言葉に、一瞬ピクリと反応するママ。

「あなた達がちゃんと、向き合ってくだされば、あたしたちだって、しっかりと応えるわ。ほら。聞いて? 街のみんなの声を……しっかりと、その耳で!」

「ケンカは辞めようぜ?」

「ミケネコさん、一緒に森を育てましょう?」

「みんな、あなたたちを迎えるつもりなんですよ。ミケネコさん、あなた達さえ良ければ……このパーティーは本当の意味で、意味を持ちます。一緒に、街を作りましょう?」

 ジャックの言葉に、街の人々の声援に……静かに笑みが毀れ出すミケネコママ。

 静かにフリージアの手を握ってみせる。にっこりと微笑むと、見渡して見せた。

「なかなかシャレの利いた趣向だね……。ふふっ、あたしも……女だ。ここまで誠心誠意尽くされちまったら、応えるしかないさ。ありがとう。あんた達の気持ち……しかと受け止めたよ。あたしらはね、ホントは……仲間に入りたかったのさ。ただ、不器用で、上手く振る舞えなくて、気が付けばしっかり悪役だろう? これじゃあ、言うにいえないじゃないか?」

 ニヤリと微笑むミケネコママ。ジャックに向き直ると不敵な笑みを浮かべながら、むなぐらを掴んで見せた。

「なななな、何をするんですかっ!?」

「良い娘じゃないか? ジャック、あんた、幸せ者だね。仲人はあたしがしてやる。フリージアを大切にするんだよ?」

「も、もちろんさっ」

 こうして、何がなんだか判らないままに、フリージアの巧みな話術によって、すっかり和解してしまいましたとさ。大した被害もでなくて良かったと、胸を撫で下ろすミケとカール。思い切り物足りなそうな顔をしてみせるのはグレイド。暴れ足りないといった感じであるが……平和的に解決するのが一番です。っと、思うミケであった。

 何時の間にか、マットに沈んだはずのミケネコ兄弟とパパも復活していた。うーん、素晴らしき生命力。

◆◆◆21◆◆◆

 クマトリオは、さっそく教会を調べてみることにした。

「あちゃー。こりゃあ、かなり悲惨だな……」

 苦笑いをしてみせるハスキー。腕組みして考え込んでしまう。

「直せそうか?」

「こりゃあ、結構厳しいな。損壊状況が予想外だな。まず……踏んづけるだけで、穴が空きそうな、この床板が問題だ。見事に腐食しちまっている。柱は……ふむ。比較的しっかりしているな。これなら大丈夫。机だの、椅子だのが埃だらけなのは掃除すりゃあいい。厄介なのは、この床板だな。そうなると、屋根も危ない気がするな」

 こりゃあ大仕事になるぞと笑ってみせるハスキー。大工仕事に関しては、ハスキーは実に才能を発揮する。手先の器用さでは三人の中では一番なのである。だからこその大工仕事といった部分なのかも知れない。

「申し訳ありません……」

「なぁに、あんたが謝るこたぁねぇよ。時間が経てば、建物なんざ、どんどんぶっ壊れていくものだ。そりゃあ仕方ないことなんだもんよ」

「ハスキー、オレたちは何をしたらいい?」

「そうだなぁ……。まずは、このボロい床板を張りなおすか。なぁ、シスターさんよ、どっかに板は大量に余ってないか?」

 ハスキーの問い掛けに、ダンスダンスなゴーストたちが白い布をひらめかせながら、ふわふわと表へ出て行った。きょとんとしていると……やっぱり、ふわふわした動きで大量の木材を運んできて見せるのであった。思わず驚きのクマトリオ。

「おうっ。やるじゃないか?」

 スモーキーに口笛を吹かれて、思わずガッツポーズのゴースト達。

(こいつら……お化けだけど、実は意外に面白い奴らなのかも知れないな……モノは試しに……)

「なぁ、お化け達? お前達ダンスは好きみたいだよな。オレ達みたいに楽器の演奏なんて、できちゃったりはしないのかなぁ?」

 スモーキーの言葉を受け「任せとけ」とばかりに、再びふわふわと表に向かう。今度は、指揮棒やら、アコーディオンやらなんやらと、楽器をズラズラと持って登場。先頭には、あの顔無しの少女がちょこんと佇んでいる。何をやりだすのかと思えば、教会のパイプオルガンを活かしての、なんともクールな演奏のはじまり。ミサを思わせるようなコーラスでありながらも、やはり、どこかにダンスの色合いが含まれているのが、なんとも格好良いではないか?

「へぇー。意外や意外。やるじゃないか?」

「お化けさん達ってば、とっても芸達者なんだね。さ、スモーキー。ぼく達も、この床板の張替えをしよう」

「お前達、ここは頼むぜ。オレは屋根の損壊状況を見てくるわ」

 そう言うが早いかスタスタと移動を開始するハスキー。手の空いているゾンビ達は、せっせと教会の掃除に励んでいる。バンパイアのシスターも大事な、大事なマリア像を綺麗に磨き上げようとフキフキしている。バックでは見事な楽団の演奏。ブラックユーモア漂う、妖しげな教会の修復作業。なんとも不思議で……冒険に満ちた世界じゃないか?

 一方こちらは屋根の修復に取り掛かろうと屋根の上まで移動してきたハスキー。はしごはしっかりと支えて貰いつつの移動といったところ。空はどんよりとした灰色。雨が降らなければいいがな……。

「それじゃあ、はじめますか。よっこいしょっと……」

 ハスキーが一歩踏み出そうと、屋根の上に足を乗せた瞬間ズボっと足が入った。

 予想通り、屋根の損壊状況は深刻だ。足を引き抜こうにも抜けやしない。

「クソッ、抜けねぇ! おい、お前ら、手を貸せっ!」

 ふわふわ舞うゴーストに手伝って貰いつつ足を抜こうとした瞬間、ズブズブっと足がめり込んだ。

「へ?」

 そのまま、ステンドグラスをしたたかに割りながらマリア像の前に落下。ゴーストたちは、Oh my Godってな表情。

「いてててて……わぁ!? シスター、大丈夫かよ!?」

 ハスキーが落下した瞬間に激突したのか、目がぐるぐる回っている。

「ああ……。あ、あたしは大丈夫です。ハスキーさんこそお怪我はありませんでしたか?」

 心配そうに見つめるシスター。

(な、なんて頑丈なんだ……)

 思わず心の中で、そう考えてしまうハスキーであったが、首筋にキスマークがくっ付いているのに気付いて飛び上がる。

「うわっ。スモーキー、見たぁ?」

 にやにや笑ってみせるターキー。

「ああ、見たよ……。ハスキー、お前って奴ぁ……」

「だぁー、ちょっと待て! こりゃあ事故であってだな、不可抗力って奴だろうよっ!」

「クッキーに言いつけちゃおうっと」

 ニヤリと笑ってみせるターキー。その場で硬直するハスキー。

「ささ、冗談は置いておいて、床の修復を続けるぞ。屋根の方も、悲惨な状況みたいだし、ステンドグラスも見事に穴があいちまった。みんな……気合い入れていくぞっ!」

「おーうっ!」

 スモーキーの声に応じるが如く、皆一斉に動き出すのであった。次第に教会は修復していくのであった。

◆◆◆22◆◆◆

 巨大ジャズピアノ型オルゴール……その、でかさに思い切りビックリのリドルであった。そのでかさたるやピアノの中で、リドルが走り回れる程のでかさであった。何しろ、オルゴールひとつで建物一軒分に相当するほどの大きさなのだ。

「なんでも、内部のピアノの弦が取れかかっているらしいんだ」

「場所は特定できないの?」

「うーん。中に入って調べてみるしかなさそうだね……」

 顔を見合わせるケルベロスブラザーズ。

「ぼくも手伝うよ。二人で探すのは大変でしょう?」

「なんだよ。オレは除け者かよ?」

「だって……仮に壊れている個所見つけられても、ティガは蝶々結びも出来ない程にお手手が不器用じゃない?」

 虎の手で蝶々結びが出来たら、そっちの方が恐ろしいだろう……。ぶつぶつ文句を言いながらも、リドルの言うことも正論だと、少々フテながらも待つことにした。

「あ、ティガ君。そこのレバーだけは絶対に触らないでね? そのレバーをいじくられちゃうと、オルゴールが自動演奏始めちゃって、大変なことになるから」

 これを聞いたティガは、ニヤリと笑いながらヒゲを撫でてみせる。

(判って無いなぁ。「やるな」と言われれば、やりたくなっちゃうのは常というものでしょうに?)

 ニヤニヤ笑うティガの不敵な態度に警戒心を抱きつつもリドルは、さっそくピアノの内部に入ってみることにした。

◆◆◆23◆◆◆

 ピアノの構造は、ピアノ線と呼ばれる弦を、ハンマーと呼ばれるパーツが叩くことで音が出る。ピアノのキーを押すと、それに連動してハンマーが弦を叩く。これで音がでるという訳なのである。

「それじゃあ……ぼくらは、ここから低音域を見ていくからリドル君は、高音域の方に向かって調べてくれるかい? もしかすると、何箇所も外れそうになっているかも知れないし。この……巨大なジャズピアノも、結構年代物だからねぇ。それじゃあ、よろしくね」

「うん。任しておいて」

 さっそく両者は、弦が取れ掛かっている場所を調べるための調査に取り掛かった。

 しかし、中身をあれこれ探してみても判る訳が無い。そこで、リドルは閃いた。外にはティガがいるではないか?

「ティガ。ピアノの高音部分から、順に一つずつ鍵盤を押していって貰えるかな? 音が出るかを見てみたいんだ」

 リドルの声にピクンと反応するティガ。これでもピアノの構造は良く知っている。ニヤリと笑うと、力一杯鍵盤を叩いて見せた。

「うわっ!」

 あまりの大音響に飛び上がるリドル。

「ちょっと! もっと、そっと叩いてよっ!」

 贅沢な奴だなぁー、と思いつつも、今度はそっと叩く。

「うん。この部分は大丈夫みたい。その調子で、隣の鍵盤を押してもらえるかな?」

 再びピアノの中からリドルの声が聞こえてくる。面倒くさいなぁ……。これを全部調べろって言うのか? 困った表情をしてみせるティガ。どうやったらスムーズに行くだろうか? 良い案は無いかと考え込むティガ。考え込みついでに、シッポがぴょこぴょこ動く。不意に、触るなと言われていたレバーを押してしまった。

「あっ……」

「ちょっと、ティガ。なんかヘンな音がするんだけど、何かしたの?」

 中から聞こえてくるリドルの声。慌ててレバーを戻してみようとしてみるが、どうにも、立て付けが悪いらしく動かない。さぁ大変。オルゴールが回り出す。それに伴って……自動演奏が始まった……。

「わぁーっ!? な、なにごとっ!?」

 さぁ大変なことになった。ジャズピアノの派出な演奏に応じるように、ハンマーが派出に動き回る。ボールの様にポンポン弾かれるリドル。

「きゃーっ!」

「いてててててっ!」

 ピアノの中では、さながら波乗りサーフィンをするが如く、リドルとケルベロス兄弟が行ったり来たり。こりゃあ、ヤバいことになったと……大急ぎでレバーを調整すれば……ますます恐ろしいことに、高速演奏モードに切り替わってしまった!

「わたたたたたた!」

 ハンマーにポコポコ頭を叩かれて、目を回すケルベロス弟。

「だ、大丈夫かぁ!? って、うそぉっ!?」

 不意に激しい演奏。力強く叩かれたハンマーに吹き飛ばされるケルベロス兄。

 リドルは超高速であっちに行ったり、こっちに行ったり……。

「きゃー! 誰か助けてーーー!」

 こうなってしまうと、さしものティガも焦りまくり。

「あわわわわ……ど、どうしたらいいんだ!?」

 ふと見れば、オルゴールの演奏をつかさどる演奏用紙がもうじき巻き終わろうとしていた。早い話、あの紙が巻き終わってしまえば終了するワケだろう!? それまでの辛抱だっ、リドル、耐えてくれっ……!

「きゃー! いたたたたたた!」

「わぁっ……。あ、あぁっ!? そ、そこはダメぇーっ!」

「目が回るるるるるーーー」

 声しか聞こえてこない状況で、ティガは体中の毛が逆立つような想いで一杯であった。

『ジャン、ジャーーンっ!』

 ラストの部分を叩き終わった。ゆっくりとピアノの中から這い上がってきた三者の表情は険しい表情であった。恐怖を感じるティガ。

「は、はは……。ちょっとした事故でね……」

「問答無用っ! 覚悟しなさいっ!」

「ぎゃー!」

 こうして、ティガは……リドルとケルベロス兄弟にボコボコにされたのでありました。とは言え、……この後リドルとケルベロス兄弟の活躍により、無事に故障個所の修復は完了したのでありましたとさ。めでたし、めでたし。

◆◆◆24◆◆◆

 ミケ達は、すっかり仲良しになったミケネコファミリーと、テーブルを囲んでのトークに花が咲いていた。聞けばミケネコママは、料理の腕も超一流だとか? さっそく、ミケネコママお得意のパウンドケーキをお披露目。

 長閑な草原にセッティングされたテーブル。ここは、フリージアご自慢のハーブ園。花売りのフリージアはハーブが大好き。傍らでは、ジャックが自慢のバイオリンの腕を披露して見せる。中々に個性的な技能の持ち主な方々。ミケネコ兄弟はフリージアに教えて貰いながらお茶の用意に勤しむ。

「素敵なハーブ園だね」

「気に入ってもらえました? あたしの自慢のハーブ園を」

 フリージアがにっこり微笑む。フリージアはハーブティーを、あれこれと自身で研究して作っているらしい。いうなれば花売りであると同時に、お茶愛好家でもある。テーブルの上に飾られた花は、どれも山で摘んできた花達。センスの良さがキラリと光る。

 感心した目で見つめるグレイド。ミケは、ジャックのバイオリンに吊られて、唄い出そうとするカールを抑えるのに必死になっていた。なんとも長閑な光景であった。

「それにしても、このティーカップ、なかなか洒落ているな」

 ちょっと変わったデザインのティーカップではあるが、その独創的なデザインと、繊細な絵柄がなんとも愛らしい。満足そうにニヤリと笑ってみせるのはミケネコパパであった。

「そいつぁ、オレが作ったのさ」

「ほぅ。良い趣味をしているではないか?」

 グレイドに誉められて、「そうだろ、そうだろ」とばかりにふんぞり返ってみせる。そのまま勢い余って背後に転倒した。

「うぉっ!? あたたたたた……」

「まったく、調子に乗るんじゃないよ」

「母ちゃん、怒るなよぉー」

 完全にこの家はカカァ天下だな……。バイオリンを弾きながらジャックは、ふと思った。フリージアもあんな風になってしまったら、どうしようかと……。

「さぁって、出来上がったよぉー、ミケネコママ特性のパウンドケーキさ。ささ、熱々のを召し上がれ」

 恰幅の良い、いかにも肝っ玉母さん系な外見のミケネコママ。その迫力に満ちた外見とは裏腹に、料理の腕は確かなものがあった。

「うーん。これ、おいしいっ!」

「そりゃあそうさ。ミケネコママのお手製だもんよ?」

 ニヤリと笑ってみせるミケネコママ。

 さて。そろそろ本題に入るとするかな? ミケに目配せをしつつ、ニヤリと笑うグレイド。

「実に見事な腕だな。ところで、聞けば……お前達は店を出したいそうだな? 店を出そうとするミケネコファミリーと森の街との衝突が、両者の確執を生み出していたわけであろう?」

 いきなり、何て話をするんだよっ!? グレイドの口から飛び出した、思いもよらない発言に驚くミケ。

「まぁ。それも決着がついたワケだ。それで、オレ達は新しい街を造るために、各地を回っている。ミケネコファミリーの料理の腕前に小物作りの技。ジャックのバイオリンに、フリージアの花とお手製のハーブティー。これらを融合させて、一つの店にしてみるなんていう、方向性を考えてみたのだが……どうだろうか?」

 ニヤリと笑うグレイド。思わず顔を見合わせてしまうミケネコファミリーと、ジャック、フリージア。

「それは、面白そうね。確かに此処、森の街はあまり人が来ることも無いわ。田舎といえば、田舎よね」

 乗り気なのかフリージアがにこやかに微笑む。

「面白そうじゃないか? 新しい街で新しいことをやる。あたしは賛成だね。その話、乗らせてもらうよ?」

 ニヤリと笑うミケネコママ。フリージアと手を組合せる。

「やりましょうよ、ミケネコさんっ!」

「ああ。あたしらが手を組めば怖いものはないさっ」

 取りあえず、どう反応して良いのか、困り果てる男性陣……。

「……なんだよ、あんたたち? 文句はないだろ?」

「は、はいっ!」

「よし。それでいい。あははははは!」

 ジャックが、ミケネコファミリー男性陣が青ざめる。

 小声でミケネコパパが、そっとジャックに囁きかける。

「ジャックよ。ウチみたいにならねぇように……頑張りな?」

「は、はいっ。勉強になります……」

「なぁに、こそこそやってるんだいっ!?」

「そうと決まったら、来る日のために……もっと腕を磨かなくちゃ」

 妙に意気投合しちゃって、盛り上がるミケネコママとフリージア。こうなっちまったら、後は……着いていくしかないだろう。前途多難な様相を醸してはいるが、悪くは無さそうだ。ジャックはにっこり微笑んで見せた。

 ミケネコ兄弟が嬉しそうに踊りだす。無事に、ぼくらは役目を果たすことができたみたいだねっ。満足そうに微笑みミケがいた。しかし、グレイドってば相変わらず頭イイんだなぁと、感心するミケであった。

◆◆◆25◆◆◆

 数時間後……無事に教会の修復も完了しようとしていた。

「完成ーっ!」

「まぁ。なんて素晴らしい……」

 嬉しそうに微笑むシスター。黒いドレスが煌びやかに輝いていた。なんとも美しいシスターに、再びハートを射ぬかれるクマトリオ。思わずクラクラになってしまう。

「これで……この地での祈りも、きっと天に届くと思いますわ。なんとお礼を言えば良いのでしょう。そうですわ。新しい街が出来た折には、是非とも、あたしも教会に参加させて頂きますわ」

「そしたら……彷徨える魂たちを救うために……」

「行くかいっ?」

「やろうよっ」

 各々楽器を取り出すと、賑やかなダンスミュージックを奏で始めた。嬉しそうに微笑んでみせるシスター。

「まぁ。きっと、迷える魂たちも救われますわっ」

「さぁって、みんなで踊りまくるぞーっ!」

 賑やかなダンスダンス。漆黒のドレスのシスターにどこか愛嬌のあるお化け達。みんな揃ってさながらハロウィンの夜の様に、唄って、踊って、賑やかに!

 シスターは心から感謝するのであった。クマトリオとの出逢いに。

 新しい街が出来たら、きっと素敵な教会で、さらなる教えを説くとしましょう……

◆◆◆26◆◆◆

 何とか巨大ジャズピアノの修復を終えたリドル達。

 オルゴール工房の親方からは、取りあえず合格印を貰ったらしく、ホクホク笑顔のケルベロスブラザーズであった。

「リドル君、君達のおかげで助かったよ。新しい街を造った際には、是非とも呼んで欲しいな」

「骨董品屋のたくさんの品々とオルゴールを組み合わせれば、素敵なオルゴールも造れるよ。ちなみに、ルルブの中心地の噴水広場にある、大きな時計台は仕掛け付きの時計台でね。今は動いていないみたいだけど……」

「昔は、毎日お昼になると、時計台の中に仕掛けられたオルゴールが動き出してね。人形達が手にした楽器で演奏をしてみせるという、なかなか凝った作りだったんだよ」

 これを聞いて黙っているはずもないリドル。目を輝かせて嬉しそうに微笑んでみせる。

「ねぇ。その、時計台のオルゴールも修理しようよ?」

「えぇっ!?」

 これを聞いて驚いたのはケルベロスブラザーズ。何しろ仕掛けの複雑さは、さきほど修理したあのオルゴールとは比較にならないほどのモノがあるはず。

「オルゴール館を造るんだもの。時計台くらいなんてことないはずだよ。ぼくらも手伝うからさ」

「……そうだね。ぼくらは、もっと大きなオルゴールを造るんだもの。時計台のオルゴールを修復できれば、きっと……親方から、免許皆伝も出るに違いない」

「うむ、ぬかるでないぞ?」

 背後でニヤリと笑うのは、いかにも職人気質の強面の親方であった。思わず飛び上がるケルベロスブラザーズであった。

「お、親方!?」

「あの時計台は……骨董品屋のご主人の作品だったのさ」

「え? それじゃあ、マーシャ婆ちゃんの……お爺さんの?」

「左様。心して掛かるがよいぞ?」

 ニヤリと笑ってみせる親方に励まされて一行は、ルルブの街の中心地、噴水広場を目指した。

◆◆◆27◆◆◆

 そびえる巨大な時計台のもとに立つケルベロス兄弟。

「これがそうだね。でも、中を見てみないと判らないね……」

 カギを開けて、内部へ侵入してみる一行。大きな振り子がゆらゆらと動いている。長い年月放置されただけあってオルゴールを動かす可動部分も錆付いてしまっていた。

「なるほどね。これじゃあ、動きそうも無いね」

「どうやって錆びを取れば良いのかな?」

「丁寧に削っていくしかないと思うよ」

 さっそく、錆び付いている個所を探すべく動き出すリドル達。歯車の隙間を足場にしながら、一歩一歩着実にのぼってゆく。

「!? うわぁーっ!」

 ふと目を離した瞬間、大きな振り子に引っ掛かって振り子と一緒に、ブラブラしてしまうリドル。言葉も出ない兄弟……。

「まったく、どーして、こうもマヌケなのかねぇ?」

 苦笑いしながらティガが跳ね上がる。リドルをひょいと掴みあげると手近な足場に下ろしてやった。

「ああ。びっくりした……」

「ひゃー!?」

 今度は何かと思えば、シッポの毛が歯車に引っ掛かって飛び上がるケルベロス兄。慌てて引っ張るケルベロス弟。

「なんで、こいつらって……揃ってマヌケなんだろう……」

 ボソっと呟いてみせるティガ。もっとも、そんな声はリドルたちには聞こえていない様子。

 早速リドル達は、手にした工具で錆びを削り始めた。ティガも爪でガリガリと錆びを削る。

◆◆◆28◆◆◆

 数時間後、無事に錆びも取り終わったところでオルゴールを手動で動かしてみることになった。リドルとティガは、一足お先にマーシャ婆さんの元を目指すべく、骨董品屋への道を急ぎ走っていた。

「え? お爺さんが? ええ。時計台のオルゴールは……」

「これから動かすところなんだよ」

 リドルの言葉に、目をまん丸くして驚くマーシャ。

「まぁ。なんてことなのかしら……」

 ハンカチで目頭をぬぐってみせるマーシャ。嬉しそうに微笑みながら、愛用の日傘を手に立ち上がった。モーリスも手荷物を用意するとお店にカギを掛けた。

「それじゃあ、行きましょうかね?」

◆◆◆29◆◆◆

 ちょうどリドルたちが、オルゴールを良く見える場所まで、移動して来るのを見計らってケルベロスブラザーズがオルゴールを動かし始めた。

 時計台から響いて来る、澄んだ音色に待ち往く人達が足を止める。

 坂の上から見つめるマーシャの表情が明るくなる。

「まぁ……。お爺さんの……お爺さんのオルゴールが!」

「素敵だわ。子供の頃に見たことある姿のまんまだわ……」

 嬉しそうに微笑むマーシャ婆さんと、モーリスおばさんがとても印象的に思えた。

 リドルとティガは腕を組まして微笑む。やったね!

 一方その頃、オルゴールの内部でも兄弟がはしゃいでいた。

 リドルは思った。この調子なら……きっと、新しい街のオルゴール館はもっと、もっと、素晴らしいものになるに違いないさ!

「リドル、上手くいってよかったな」

「ティガも一緒に手伝ってくれたからさ」

「なぁに。お前一人だと心配でいかんからな……」

「なんだって!?」

 陽気にはしゃぐリドルとティガを見つめながら……オルゴールを見つめながら、マーシャは嬉しそうに微笑んだ。その目には、きらりと光る涙があった。

「ありがとう、リドル……」

 きっと、この子達は素敵な冒険をするに違いないわ。そして……お爺さんの遺した人形や骨董品で……。まぁまぁ、なんて楽しみなことなんでしょ。

 マーシャはそっと微笑んだ。

 リドルとティガの活躍により、街に新しい風が吹き込んできた気がした。それは、とても新鮮で、それでいて、どこか懐かしい。そんな優しさに満ち溢れた、冒険の唄なのかも知れなかった。

                            第四回へ続く