最終話『小さな少年の大きな夢叶う時』

◆◆◆1◆◆◆

 クマトリオは仲間達の到着を待ち侘びていた。基礎的な整地を行うにしても、たった三人では無理があり過ぎる。いずれにしても、他の仲間達と合流して今後の方針を立てないことには、どうすることも出来ない。

 やがて聞こえてくる陽気な歌声。船に乗って颯爽と登場するのはミケ達とリドル達。港町パムの漁師の漁船に乗せられて来たらしい。

「おーい、こっち、こっち。待っていたぞ。街作りに良さそうな候補地は見積もりを立てておいたぞー」

 船上で陽気に歌うミケ達に手を振るスモーキー。ひょいと船の周囲から顔を出すのは、イルカのカルー率いるイルカ軍団。

「わぁ、カルー。久しぶりだねっ」

 嬉しそうに笑ってみせるミケ。

「聞き覚えのある、陽気な歌声に誘われてきたらやっぱりミケ達だったんだね。また会えて嬉しいよ」

 久しぶりの再会に本心から喜ぶミケ。船はやがて砂浜へと上陸する。ひょいと飛び降りるミケとカール。水が嫌いなティガはリドルを乗せたまま派手にジャンプ。グレイドはゆっくりと降りながら、漁師に礼を告げる。

「お疲れ。まずはお互いの情報を合わせよう。ここからは本格的な作業に入る。まずは、綿密な計画を立てることが必要になるはずだからな」

 落ち着いた表情で語って見せるグレイドに、皆が静かに頷いてみせる。とは言え、建物なんかある訳も無く、取り敢えず砂浜に集結して話を進めようと考えるグレイドであった。

「さて……まぁ、何時ものように喫茶店でテーブルを囲んでの打ち合わせは出来ないが、些細なことは置いておいて、早速打ち合わせを始めるぞ」

 グレイドの言葉に皆が静かに頷く。ミケが砂浜に描くための木の枝を拾ってきた。木の枝を受け取ると、静かにグレイドが話しを切り出す。

「まずは、街の候補地についての説明を聞かせて欲しい」

 グレイドの言葉に、待っていましたとばかりにスモーキーが自信に満ちた表情で微笑んでみせる。

「まぁ、何しろ完全に未開の地。ジャングルに包まれ、高低さも多い厄介な土地でな。しかし、ただ一箇所だけ理想的な場所があったんだ。生活用水を引き入れるにも良く、平坦な土地。海に面していて、若干高台ではあるが、逆に言えば高台だからこそ海からの被害は少ないだろう。なおかつ港町パムとちょうど向き合うような場所であり、逆側には木々が生い茂っている場所だ。どうだ、理想的だろう?」

 スモーキーの報告を受けながら、静かに頷いてみせるグレイド。

「なるほど。この未開の地において中々に良い場所を見つけてくれた訳か。多少の高台という部分は、確かに海からの被害を回避するには理想的な場所であるはずだな。在り難い場所を見つけてくれたな。よし。現地に向かい、現地の状況を把握しつつ話を続けよう」

 グレイドは考えていた。本当に街造りをするのに適している場所であるかは、如何にクマトリオとは言え、建築技術に関する知識は薄いはず。そこは建築技術に関する知識のある自分の目で見ないと判断は難しい。故郷のドラゴン達を呼び寄せるにしても、不確定な情報だけで動かす訳にはいかない。グレイドの提案に従い、一向はクマトリオの見つけた街造りの候補地へと向かうのであった。

◆◆◆2◆◆◆

 若干足場の悪い斜面を登りながらミケ達は候補地を目指していた。やや足場は悪いが、土の質は悪くは無さそうだな。ここも整地して階段なり、坂道なりにすれば街へと続く道を作ることも可能ではあろう。

 そんなことを考えながらグレイドはゆっくりと歩んでいた。そして街造りの候補地に辿り着くのであった。

「うわー。眺め、最高だねー」

 ミケが嬉しそうに笑って見せる。海から吹き付ける風が心地よく感じられた。高台から見下ろす海の景色もまた、実に風光明媚なものであった。その海の遥か彼方には、港町パムの大きな観覧車が微かに見えていた。

 なるほどね。これならば、港町パムから海上に線路を引くことが出来れば大陸へと繋がる重要な道となるはずだ。海を見つめるミケとは対照的に、グレイドは土地を見渡してみせる。

「ほぅ……驚いたな。見事なまでの整地具合だ。たった三人で基礎的な整地を行えるとは見事なものだな」

 グレイドが喜びに満ちた、感嘆の声を漏らせば、すかさずハスキーが鋭く突っ込みを入れてみせる。

「もっとも、整地をしたのはオレとターキーが殆どだけどな」

「よ、余計なことは言わなくても良いっ」

 焦った表情をみせるスモーキーに思わずみんなで失笑してしまうのであった。グレイドも笑いながら、再び周囲を見渡してみせる。

「確かに滝が比較的近くにあることを考えれば、生活において必要不可欠な水の確保は容易だな。この土地自体も悪くは無い。土壌の感触を見ても、決して崩れ易いような土壌ではなく、かといって、粘土質の硬質な土地では無い。水はけも良く、これだけ肥沃な土壌ならば作物も育て易いだろう」

 満足そうに頷いてみせるグレイド。ミケの表情も明るくなる。

「それじゃあ?」

「ああ。実に良い場所を見つけてくれた。しかも、基礎的な整地もしっかりと行われている。後の作業も実にやり易いだろう。見事な仕事だな」

 満足気にクマトリオに向かい微笑んでみせるグレイド。その反応を見て、自分達の頑張りが報われたことを知り嬉しそうに笑って見せるクマトリオ。その様子を見届けながら、皆を見渡しながらグレイドが静かに口を開く。

「さて……。それでは、今後の作業についての説明を行う。今後必要な作業は大きく分けて三つある。一つ目は、この土地の整地及び環境整備になる。整地を行い、かつ、上水道、下水道などの基礎的な環境を作り上げることが、まずは第一の課題となる。この作業は最優先に行われなければならない。そこで……この作業にはクマトリオとリドル達に就いて貰いたい」

 グレイドの言葉に、思わずきょとんとしてしまうリドル。

「ど、どうしてぼくが?」

 リドルの質問ににやりと笑いながらグレイドが返す。

「リドルは各地で、移住希望者達からどのような場所に住みたいかの情報を聞いているはず。何処に、どの建物を建てるか? それを一番詳しく知っているリドルが作業に加わることは無駄な作業を減らす上で重要になる」

「ああ、なるほど。確かに……各地でみんなの希望は聞いてきたからどんな建物が必要なのかとか、その辺はちゃんと聞いてきたから」

 にっこり笑って見せるリドル。だが、心配そうな表情なクマトリオ。それを察してか、先手を打つグレイド。

「安心しろ。三人で整地を行うなど不可能な話。そろそろオレの仲間達が到着するはずだ……と言っているうちに、どうやらご到着の様子だな」

 静かに微笑みながら空を見上げるグレイド。グレイドの兄、ドラン率いる巨体のドラゴン達が続々と降り立つ。

「クマトリオ、彼はオレの兄ドランだ。我々ドラゴンの一族は建造物に関する深い造詣を持つ。安心して共に作業を行ってくれれば良い。むしろ、クマトリオには実作業よりも、この周辺の情報を伝えてほしい」

「なるほど。確かに早々と現地入りして、この島のあちこちを巡ってきたから、細かい部分も調べてある」

 スモーキーの言葉に、満足そうに頷いてみせるドラン。

「何、力仕事はオレ達ドラゴンが担う。君達は周辺の環境や、この島に関する情報を教えてくれればいい」

 静かに微笑んでみせるドラン。

「そうは言っても、オレ達も作業は一緒にやらせて貰うぜ?」

 力仕事と聞いて、黙っていられないのはハスキー。クスクス笑って見せるターキー。

「ほんと、負けず嫌いなんだよね」

「何にもしないんじゃ、腕が鈍っちまうからな」

 二人のやり取りを見つめつつ、グレイドがさらに話を進める。

「話を続けるぞ?」

 グレイドの言葉に、皆が一斉に耳を傾ける。

「二つ目の作業は、建物の作り込みだ。当たり前のように思える作業だが、この作業にはリドルの情報が必要不可欠となるはずだ。引き続き、リドルには整地後もこの作業に携わって貰うことになる。そして、三つ目の作業だ。この作業は、建物の作り込みと平行して行う必要がある。建物を建てるためには、当然のことながら材料が必要となるはずだ」

 不意に大きな影に包まれ、皆が一瞬戸惑う。強い風を巻き上げながら、舞い降りてきたのは巨大鳥ミック。

「その役目、オレも手伝おう」

 にやりと笑って見せるミックに、静かに微笑み返すグレイド。

「相変わらず勘が鋭いな?」

「なに。大空を舞うドラゴン達の集団が見えたのさ。いよいよ街作りを本格的に行う時が訪れたのかと思ってな」

「確かに。ミックの機動力は我々ドラゴン十数人分に匹敵するものがあるからな」

「ああ。それに……これでも力仕事は得意な方だからな」

 強力な助っ人の登場に、ミケの胸は高鳴る一方だった。ああ、遂に……ぼくが憧れていた、稀代の冒険家、ヒィアン・デュラルの歩んできたような、大冒険が実現しようとしているんだね。

「方針は以上だ。何か不明な点があったらこのグレイドに聞いてくれればいい。司令塔がいなければ、作業は成り立ち難いからな。さて……ミケ、オレ達は『気球』の作り込みに入るぞ」

「え?」

「なんだ? 冒険の目的を忘れたわけではあるまい?」

「う……うんっ!」

 ミケはこれ以上ないほどに、目を輝かせながら微笑んで見せた。

「いよいよ大冒険へ、ってなワケだなっ」

 ミケの肩の上で、カールが掻き立てられる冒険心を口にしてみせる。静かに頷くグレイド。

「ここで作業をすると皆の邪魔になる。オレ達は砂浜で作業を行うとしよう。さ、行くぞ」

 発明家でもある、グレイドに取っては気球という、古代の技術に挑むのは大きな意味があった。世界一周の冒険をしたい願うミケとカール。古代の技術をその手にしたいグレイド。両者の想いは、今実現しようとしているのであった。

◆◆◆3◆◆◆

 ドランは周辺の状況を見渡しながら、見事な整地に目を張る。

「ほほぅ。見事なものだな。中々良い仕事をするじゃないか?」

 ドランはにっこりと微笑んでみせる。

「ここまで整地が為されているのであれば話は早そうだな。よし。みんな、まずは石畳を張るために土地の整地を行うぞ」

 ドランの言葉にドラゴン達が静かに頷く。まるで団扇のような、大きな手で土壌を叩きながら整地していく、ドラゴン達の凄まじいパワーにただただ目を張るばかりのクマトリオとリドルであった。

「しゃ、シャレにならないぞ……」

「すっごい腕力……」

「オレ達の出る幕なんか無さそうだな」

 少々皮肉った笑みを浮かべてみせるティガ。腕力には自信があるが、相手がドラゴンでは比較にならない。ちょいとしゃくに障るが、下手に手伝って、あの石畳の様にペシャンコにされても叶わない。そんなことを思いながら、目の前で繰り広げられている強烈な光景をただただ見つめるティガであった。

 その時、ふと、何かを思い出したスモーキーが口を開く。

「そうだ。大変なことを忘れていたぞ」

「大変なこと?」

 ターキーが怪訝そうな顔で尋ねれば、にやりと笑いながら、海を指差してみせるスモーキー。

「線路さ。大陸と、この島を繋ぐ線路を作らなくてはならんだろう?」

「ああ。それは絶対条件だな。何しろ交通手段が船だけでは、万が一何かあった時が厄介だし、何よりも不便過ぎるものな」

 ハスキーが頷いてみせる。

「イルカのカルー達が手伝ってくれると言っていたからな。さすがに、オレ達じゃあ海に潜っての作業なんて出来ないからな」

 水中での作業……。しかも海水! 思わず思い浮かべて、体中の毛が逆立ってしまうティガであった。

「ティガは水が嫌いだもんね」

「り、リドルだって泳げないクセにっ」

「余計なお世話だよっ」

 やり合う二人をヒョイと抱き上げると、スモーキーはスタスタと砂浜へと向かうのであった。グレイド達は線路を作ることも意識してか、視界には入らないくらい遠い場所で作業をしている模様。ひょいと海中から顔を出してみせるカルー。

「いよいよ、ぼくらの出番が来たのかな?」

 にやりと笑ってみせるスモーキー。

「御名答。オレ達には海中での作業は不可能だからな」

 イルカ達は楽しそうに踊りながら、笑ってみせる。

「大丈夫。海のことなら、ぼく達に任せてよ」

 そこで、ふと気になることがあるリドル。

「あのー」

「ん? どうした?」

「線路って、どうやって作るの?」

 リドルの素朴な質問に、クマトリオが凍り付く。

「そ、そうだよな……。線路が無ければ汽車も走れない。しかも……陸地じゃなくて、海中に線路を立てるんだろう?」

 一体、どうすればいいのだろうか? いきなり大きな壁にぶちあたってしまうクマトリオ。カルーもまた、困ったような口調で笑って見せる。

「線路を設置することは出来ても、ぼくらの手で線路を作るってなことは出来ないからなぁ……」

 さて、どうしたものか? と思案している所へ一隻の船がゆっくりと近付いてくるのが見えた。真っ赤な髪の双子の兄弟。一体何者だ? と皆がきょとんとする中、船で上陸すると、スタスタと走り込んでくる双子の兄弟。

「ああ、始めまして。ぼくら、リドル君の友達のケルベロス兄弟です。ぼくは兄のベロス。で、こっちが弟のケルです」

 短く自己紹介をしてみせるケルベロス兄弟。

「ミックさんから、街造りが始まるって話を聞いたんで、ぼくらも手伝いに来ました。工房で色々な金属製の機械なんかも作っているので金属の加工等に関する知識が、必ず役に立つと思いまして」

 ケルベロス兄弟の兄、ベロスがにっこり微笑んでみせる。

「おお。これは頼もしい助っ人が来てくれたな」

 嬉しそうに笑って見せるスモーキー。

「オレはスモーキー。こっちはハスキーで、こっちがターキーだ」

「久しぶりだね。今日はよろしくね」

「ぼくらこそ、よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀してみせるケルベロス兄弟。

「ちょうど今な、大陸と島を繋ぐ線路の建設を考えていたのだが、何しろ海中に建てるわけだからどうしたものかと、皆で考え込んでいたところなんだよ」

「海中に線路ですか……確かに難しいですね」

 思案するクマトリオ達にカルーが語り掛ける。

「この辺、海底までは結構深いよ。しかも陸地に近付くにつれて、段々と浅くなってくる。ちょうど、Vの字型になっているっていうと判り易いかな?」

 海の中のことは良く知っているカルー。その彼が言うコトなのだから、おそらく正しいのであろう。だが、問題なのは陸地のように平坦ではない上に、海中に線路を建てるという部分である。陸地の文化に興味を持つカルーが問い掛けてみせる。

「陸地を走る、汽車ってのはどういう作りになっているの?」

 カルーに問われ、ゼベク爺さんの汽車を思い浮かべるスモーキー。しばし考えてみせるスモーキー。確か、平坦な陸地に……いや、平坦じゃない部分は土で固めて、その上に石を敷き詰めて、その上に線路って感じだな。

「陸地を走る汽車は……まずは、汽車の走行ルートを出来るだけ平坦になるように、土を持ったり、削ったりして、まずは高低差を極力減らすんだ。で、その上に小石を敷き詰めて線路が土に食い込むのを防ぐ。そのさらに上に線路を敷いてってな感じの作りになっていると思ったな」

 スモーキーの説明に、ハスキーが、ターキーが、まったくその通りだと言わんばかりに頷いてみせる。それを聞いて苦笑いしてみせるカルー。

「海底を平坦にするのは、ちょっと無理があるね」

「それもそうだよなぁ……」

 釣られて苦笑いしてみせるスモーキー。リドルは、ふとある光景を思い出す。それは冷たい雪に包まれた街並みの光景。スノーマンの村……そういえば、あそこには湖があったんだよね。でも、あの寒さだから……スケートだって出来ちゃうくらいに……。

「厚みのある氷……」

「んん?」

 不意に、ぽつりと漏らすリドルに興味を示すスモーキー。

「厚みのある氷、って何のことだ?」

「ああ。えっと……スノーマン達の村に行った時に、スケートが出来る位に見事に凍結した湖があったんだ」

「ふむ……。確かに、湖も極端な低温の中では凍結し、上を歩ける位に分厚いものにもなるはずだな」

 リドルの言葉を受けながら、思案してみせるスモーキー。

「せめて、この島と大陸とを結ぶ海域だけでも凍結出来れば……」

 リドルが漏らせば、スモーキーが続ける。

「確かに。その上に小石を敷き、線路を引くことも可能だな……」

 二人のやり取りを聞きながら苦笑いしてみせるティガ。

「二人とも良く考えろよ。大体、海域の一部分だけを凍結させるなんて、そんな魔法使いみたいなこと出来るわけないだろ?」

 線路を作ろうとしているクマトリオ達の助太刀をしようと、数名のドラゴン達が羽ばたいてくるのが見えた。

「何かお悩みの様子だが、どうしたんだ?」

「うん。この島と大陸を結ぶ線路を作りたいのだけど、何しろ、間には海があるでしょう? まさか海の上に線路をそのまま建てることは出来ないからね」

 ポツリと呟いてみせるリドル。それを耳にしたドラゴンの青年が静かに笑って見せる。

「何だ、そんなことか」

「へ?」

 思わずきょとんとしてしまう、リドルとクマトリオ。

「簡単なことさ。この島から遥か北に行けば永久凍土と呼ばれる土地がある。その名の通り、永久凍土にある氷山は決して溶けないのさ。ちょうど良さそうな大きさの氷山を拾ってきて、表面を平らになるように削ればいいさ。多少陸地との間に隙間は出来るが、少々の隙間であれば丈夫な線路を作り込めば問題は無いはずだ。しかし、オレ達だけでは氷山は運びきれない。海中の状況を知れる……」

 言い掛けた所で、くるりと回転しながら笑って見せるカルー。

「ぼくらも同行するよ。海の中のことは、ぼくらに任せて」

「なるほど。強い助っ人だな。よし、その作戦で行こうじゃないか?」

 にやりと笑って見せるドラゴンの青年。他のドラゴンの青年達も静かに頷いてみせる。

「じゃあ、ドラゴンさん達はそっちをお願いします。ぼくらの方は線路作りを担当させて頂きますので」

 ケルベロス兄弟がにっこりと微笑んでみせる。

「オレ達も手伝うよ」

「陸地での作業は、ぼくらでも出来るからね」

 ケルベロス兄弟の指導の下、クマトリオ達は線路を作り始めることとした。ドラゴン達の一部も共に手伝ってくれることとなった。

 まずは線路の材料となる金属が必要になる。材料の調達のためにドラゴンの青年達が羽ばたいていった。残りのドラゴンの青年達は北の地、永久凍土を目指して羽ばたいていった。本当に、強力な助っ人達に恵まれて助かった。スモーキーは頼もしい助っ人達に感謝するのであった。

◆◆◆4◆◆◆

 分厚い書物を片手にグレイドは珍しく難しい顔をしていた。何しろ、古代の技術というものは、仕組みを理解するだけでも中々に難解なものらしく、普段のクールな表情は何処へやら、真剣そのものな表情で書物と睨めっこのグレイドであった。迂闊に刺激すると、どんな怖い目に合わされるか想像も付きそうもなかったので、ミケとカールはただただ静観していた。

「ふむ……。大体の原理は理解出来たぞ」

「へ?」

「なんだ? おかしいか?」

 にやりと不敵に笑ってみせるグレイドの表情は自信に満ち溢れていた。これなら安心だと、ミケ達の表情も明るくなる。

「ミケ、この部分を見てくれ」

 分厚い書物のあるページをミケに示しながら得意気に語り始めて見せるグレイド。弾んだ口調からして、手応えがあるのはほぼ間違いないとミケとカールは確信していた。

「これが……気球?」

 ミケは思わず感嘆のため息を漏らしてしまうのであった。

「そうだ。気球というのは、大きく分けて二つのパーツに分けられる。この風船のような部分に熱い空気を送り込んで浮力を保たせることで、空中に浮かび上がるという仕組みだ」「へぇー。それじゃあ、この風船みたいな部分の材質は?」

 ミケは興味津々にグレイドに問い掛けてみせる。そうこなくてはな、とばかりに満足そうに笑って見せるグレイド。

「理想的なのは水を弾き、密閉性に優れた素材だな。普通の布では水を吸収し易く、通風性が良いから駄目だな。だが、基本は布で作る。特殊な薬剤を用いて水気を弾くようにする」

 グレイドの自信に満ちた言葉に、ミケの気分はすっかり、ヒィアン・デュラルそのものになっていた。

「さすがは世紀の発明王グレイドだねっ」

 ミケの弾んだ口調に、ますます嬉しそうな表情を見せるグレイド。

「さすがは世紀の破壊王グレイドだ……」

 カールが言い掛けたところで、笑顔のグレイドの手元から銃弾が発射された。

「ひぃっ!?」

 口は災いの元だねぇ。ミケは頭の周りを星が回っているカールを見下すような目線で見つめながら、失笑してみせる。

「話を続けようか?」

「う、うん」

「気球のもう一つのパーツ。実はこっちの方が圧倒的に手強い。熱い空気を作り出し、幌と呼ばれる……この上部の風船のような部分に絶えず送り込み続けなければならない。さもなければ、気球は浮力を保てなくなり、落下してしまうからな」

「ら、落下……?」

 思わず青ざめてしまうミケ。ぼ、冒険って……危険と隣り合わせなんだね。ヒィアン・デュラルの冒険も、危険と波乱に満ちたものだったものね。危険を冒さずして冒険ってのは出来ないものなんだね。ちょっとだけ恐怖心を感じつつも、それでもなお、グレイドの腕を信じ、話に耳を傾けるミケ。

「だが、この熱い空気を送り込み続ける仕組みが難しくてな。単純にそういう機能を持った機械を作ることは難しくは無いんだ。だが、当然のことながら浮力を保ち続けるためにも、極力軽量化する必要があるんだ。その部分が実に難題となっている……」

 大きなため息を就いてみせるグレイド。なるほどね。この部分をどうするかで、ひたすら悩んでいたワケなんだね。ミケは感慨深気に頷いてみせる。

「グレイドが炎を吐き続ければいいんじゃないのかー?」

 再び止せばいいのに、要らんことを言ってみせるカール。

「あのな……。架空の物語の中に出てくるドラゴンじゃあるまいし、炎なんか吐けるわけが無いだろうが。第一、カールよ? お前とて不死鳥フェニックスの末裔であるにしては、炎など扱えないではないか?」

「うっ……」

 痛いところを突かれ、思わず絶句するカール。あーあ、こりゃあカールの負けだな……。真っ白になったカールを冷たい笑みで見つめるミケ。勝負あったな。不意に妙な気配を感じ取るグレイド。

「うぬ? 奇異な気配を感じる……」

「な、なんか……どこかで感じた妙な気配……」

 嫌な予感がする。なーんか、以前にもこんな気配を感じたような……。

「はーっはっはっはっは!」

 不意に響き渡る高笑い。ミケが、グレイドが、眉間にシワを寄せる。

「ミケ……。まさかとは思うが……」

「うん……。ぼくの予想が間違えてなければ……」

「とうっ!」

 威勢良く響き渡る声。不意に、何者かが崖の上から飛び降りて……そして、予想通り、頭から砂浜に突き刺さっているし……。はぁ。やっぱり、あのアホだよ。一体何しにこんなところまで来たんだよ……。

「きゃー、B・ウォルフ様ー! 大丈夫でございますか!?」

「んーっ! んーっ!」

 なおも砂から頭が抜けずにジタバタするB・ウォルフ。

「……いっそのこと慈悲を込めて、止めを刺すか?」

 マジな顔で言ってのけるからグレイドってばホント怖い。でも、相手がアイツなら許されるだろうな、きっと……。

「はぁっ……、はぁっ……、し、死ぬかと思ったぞ……」

「相変わらず素晴らしい登場の仕方で……」

 冷ややかな目でミケ達に見つめられても、動じない辺りが、やはり素晴らしい。

「世紀の大怪盗、B・ウォルフ参上!」

「パラディン・ファイブも参上ですわっ!」

 頭を抱えたまま、その場を立ち去ろうとするミケ達を見つめながら、慌てて呼び止めるB・ウォルフ達。

「ちょーっと待てぇっ!」

「……何しに来たのさ?」

 冷ややかな口調で言い放ってみせるミケ。

「ま、街造りを手伝いに来てやったのだ」

「ほう? 遂に仕事が見つからなくなった様子だな……。何と哀れな……」

 グレイドが哀れみを込めて、冷たい笑いを浮かべれば、どうやら図星だったらしく、その場で凍結するB・ウォルフ達。あー、やっぱり図星だったんだねぇ。

「ど、同情するなら……仕事をくれーっ!」

「切実過ぎるって……」

 引きつった笑いを浮かべてみせるミケ。不意に、何かを思いついたのか、グレイドが不敵な笑みを浮かべる。あ……。グレイドったら、何か企んでいる顔しているよ……。

「良いだろう。何分、人手の足りない状況だからな。人手が多いのに越したことはないからな。ただし……条件がある」

 にやりと笑って見せるグレイド。まさに、チェックメイトと言わんばかりの表情。

「な、なんだ……? じょ、条件とは?」

 今回はいやに腰の低いB・ウォルフ達。本気で切迫しているんだなぁ……。あは。可哀想な奴ら。冷ややかな目で見下してみせるミケ。カールもまた、やれやれと言った表情を見せる。

「ストームブリンガーを渡して欲しい。それが、この街造りに参加するための条件だ。報酬は……まぁ、ざっと軽く見積もっても……このくらいだな?」

 恐ろしく慣れた指裁きでソロバンを弾いてみせるグレイド。世紀の発明家グレイドって、何でも出来るんだねぇ……。感心しながら見つめるミケ。だが、次の瞬間、呆気なくストームブリンガーを差し出すB・ウォルフ。

「決断、早っ!」

「真面目に切迫した状況に置かれているんだなー」

 ケラケラ笑ってみせるカール。

「フフ。この剣さえあれば、軽量化した気球の仕組みも作れる」

 満足そうに笑って見せるグレイド。

「あのー、あたくし達は何をお手伝いすれば?」

「ああ、なんだ? お前達まだいたのか?」

 うわっ、グレイドってば怖っ! 用が済んだらポイって……。いやー、怖い奴だなぁ。でも、すごーく頼りになるのも事実なんだよね。まぁ、相手が相手だけにいっか。ケラケラ笑って見せるミケを見つめながらカールが、ボソっと呟いてみせる。

「ミケもグレイドに似てきたな……」

 次の瞬間、ミケの猫パンチが炸裂。

「ぐ、ぐぶっ……。い、良いパンチ持っているじゃねーかよ……。ガクっ……」

 なんだか、漫才コンビのような二人に引きつった笑みを浮かべつつ、B・ウォルフ達に整地を行っているドラゴン達の下へ向かうように指示する。

「安心しろ。報酬はしっかりと払う。だから、しっかりと、街造りのために働くのだぞ?」「任せておけ。この世紀の大怪盗B・ウォルフがいれば百人力さ」

 グレイドの言葉を受けながら、B・ウォルフ達は意気揚々と走り去っていくのであった。

「ああ、置いていかないでくださいよー!」

 パタパタと走り去っていくパラディン・ファイブを見送りながら再び気球の設計の案を考えるグレイドであった。

◆◆◆5◆◆◆

 ドラゴン達とカルー達は永久凍土へ向かい、残ったドラゴン達もまた線路作りを開始すべく、金属をかき集めに羽ばたいていった。ケルベロス兄弟は線路を作るために必要となる工具類や、炉のセッティング作業に追われていた。何しろ専門的な職人芸が要求される内容だからスモーキー達の手に負えるようなものではない。整地の方は順調に進んでいることは判っているので、もう一つの、最初に行わなくてはならない作業に取り掛かろうと考えた。

「上水道は滝の周辺から引っ張ってくればいいから、それほど大変ではないはずだが……厄介なのは下水道だな」

 腕組みしながら考えてみせるスモーキー。それを聞いて、ふと何かを思い出すハスキー。

「そういやぁ、カルー達と最初に出逢った時、後ろにでっかい洞窟があったような気がするんだけどさ」

 ふと、思い出すスモーキー。

「ああ。あの洞窟かなり深くまで続いているんだよ」

 その言葉を聞いて、すかさず反応するターキー。

「ねぇ。それって街の建設予定地の真下辺りまで伸びているかもよ?」

「ふむ……。確かめてみる必要はありそうだな」

 洞窟は砂浜の一角から海まで続いている。海に生活廃水を垂れ流しにするのは、如何なものかと思うが浄水設備は、発明王グレイドが何も考えていないわけがないだろうからな。リドルがティガの肩を叩いてみせる。

「ねぇ。ティガは、すごく耳がいいんだよね?」

 リドルの言葉に、自慢気に髭を伸ばしてみせるティガ。自信満々に応えてみせる。

「ああ。この場所にいても、街の建設予定地でドラゴンの兄さん達の会話だって聞こえるくらいだぜ?」

「じゃあ、ちょうどいいね」

 にっこり微笑んでみせるリドル。

「ティガには街の建設予定地にスタンバイして貰って、ぼくらは洞窟の奥で壁を叩く。そうすれば、洞窟の奥と街の建設予定地の位置関係がハッキリ判るでしょう? 人並み外れて耳の良いティガでなくちゃ出来ない芸当だからね」

 な、なんか……本人の意思を完全に無視して、話だけが進められちゃっているような気がするんですけど……。冷や汗タラタラなティガを尻目に、リドルは勝手に話を進めていく。

「そりゃあいい案だな」

 スモーキーが嬉しそうに笑って見せる。

「ま……。オレにしか出来ないことだからな。良いだろう。地面から音が聞こえたら、オレはその場所に座っているから、それで判断すればいいだろ?」

「そうだね。じゃあ、ティガ、悪いんだけど街の建設予定地でスタンバイしていてくれるかな?」

 リドルがにっこり微笑めば、少々引きつった表情で微笑み返してみせるティガであった。

「よし。じゃあ、オレ達は洞窟の探索に向かおう」

「あー、ゆっくりで良いからなー」

 にやにや笑うティガに微笑みながらリドル達は勇み足で洞窟へと向かうのであった。チッ。そうそう甘くはないか。まぁ良いや。そんな小さな音を聞き分けられるのは他の連中には不可能な芸当だしな。さーって、のんびりとオレは待たせてもらおうかな。ティガは髭を伸ばしながら、スタスタと建設予定地へと向かうのであった。

◆◆◆6◆◆◆

 クマトリオ達は洞窟の探索に乗り出すのであった。外と比べると何ともひんやりとした空気が流れ込んでくる。洞窟は意外に広く、また土質もかなりシッカリしているらしく落盤の危険性は少ないだろうと、スモーキーは感じていた。

「なかなか、シッカリした洞窟じゃないか?」

 ハスキーが洞窟の壁に触れながら言ってみせる。

「これだけ頑丈なら、そのまま下水道に使えるよね」

 ターキーが満足そうに頷いてみせる。一般的な洞窟と異なり、奥深くまで進んでもさほど狭くなっていないのでスイスイ進めて行けた。だが、次第に海から離れるに従って光が失われて、漆黒の闇に包まれていく。

「参ったな。こんなことならランプでも持って来るべきだったか……」

 困ったような口調のスモーキー。

「まぁ、滑るような足元じゃないし、問題は無いだろう」

 楽観的なハスキー。地下水が若干湧き出ているのか、足場には少量の水が流れ続けている。洞窟にしては珍しく、コウモリなどの生き物も見当たらない。逆にそのことに不安さえ感じるスモーキーであった。

「生き物が何も居ないというのは、逆に不安ではあるな」

「あー。言われて見ればそうだよね……」

 ふと、不安になるターキー。あまり考えたくは無いが、小動物を喰らう、何か獰猛な生き物が存在したり、あるいは、毒性のあるガスなどが発生していないのだろうか? そんなことを考えるターキーであった。

「もう、どのくらい歩いたかなぁ。結構歩いたよね。あれ? なんか……明るくなってきた気がする」

 何故か、洞窟の奥に進んで行くに従って微かな明かりが見えてくるような気がした。スモーキーがその正体を素早く見抜いた。

「なるほどな。光苔の一種だ。壁を良く見てみろ。淡い翡翠色の光を放っているのが見えているだろう?」

 リドルが嬉しそうに笑う。

「わぁ。これが光苔? すごい。初めて見たよ」

「なるほどな。こいつらのおかげで薄明かりがあるってわけか。しかし、妙だよな。光苔なんか自生するものなのだろうかねぇ?」

 ハスキーの言葉に、少々不安に感じるスモーキー。言われて見れば、確かに妙だ。かつては、この島にも人が住んでいたのであろうか? しかし、それを確かめる術などは無かった。やがて洞窟の最深部へと辿り着こうとしていた。

「どうやら行き止まりだな。と言うことは、この辺りが洞窟の最深部か」スモーキーが頷いてみせる。入り口付近と比べると随分と気温は下がった気がする。小動物が生息出来ないのも、光苔が自生しているのも、この温度の低さと湿度の多さが原因なのだと理解する。

「小動物が住めない訳だな。だいぶ、気温が低くなったと思わないか?」

「言われて見れば……」

「そうだよね」

 スモーキーの言葉にハスキーが、ターキーが頷く。

「そうか。水気を孕んでいて、しかも気温が低い。光苔が洞窟の奥の方にだけ自生していたのは、そういう理由があるんだね」

 リドルが嬉しそうに笑って見せれば、スモーキーが御名答、とばかりに頷いてみせる。

「よしっ、地上のティガに合図を送ろう」

 スモーキーは軽く洞窟の壁を叩いて見せた。ある程度強く叩かなければ、音は聞こえ難いだろうが、迂闊に力を込め過ぎれば、洞窟が壊れる危険性もある。

「うーん。いくらティガでもそんな小さな音じゃ聞き取れないかも」

 リドルが困った顔をして見せれば、ふと、ひらめくスモーキー。

「じゃあ、唄ならどうだ? ギターは持ってきていないけど、唄うことは可能だ。なぁ?」スモーキーの言葉に頷いてみせるハスキーとターキー。

「せぇの」

 三人は威勢良く、陽気な歌声を響かせるのであった。

「うんっ、これならティガにも届くはずだよっ」

◆◆◆7◆◆◆

 一方その頃、街の建設予定地でスタンバイしていたティガの耳に歌声が聞こえてきた。

「お? 聞こえる、聞こえる。うーん、どの辺だろうな?」

 耳を済ませながら、ゆっくりと音の発信源を探す。音に導かれながら歩んでいくティガ。

「お。ちょうどこの真下だな。間違いない」

 ティガは洞窟の皆に聞こえるように、精一杯の雄叫びを上げて見せるのであった。しかし、ツイているよな。ちょうど建設予定地の、ほぼ中央だなんてな。運の良さに感謝するティガであった。

 洞窟の中にまで響き渡るティガの雄叫び。リドルが鋭く反応する。

「聞こえた! ティガの雄叫びだよ。場所は見つかったはずだよ」

 興奮気味な口調のリドルにつられるようにスモーキー達のテンションも上がる。

「よし、とにかく街に戻って確認してみよう。場所さえ判れば、後は実作業に入ればいいだけのことだ」

 スモーキーの言葉に皆が一様に頷いてみせる。しかし、洞窟は光苔の微かな光を除いては殆ど光が入らない。なおかつ、しっかりとした地盤で出来ているとは言え地下水が染み出している以上は、迂闊に走れば足を取られる危険性もある。

「足場に気をつけるんだぞ」

 スモーキーの言葉にリドルが返す。

「しかも暗いし、うっかり転びでもしたら大変だものね」

「それにしても、出口まで結構あるぜ?」

 ハスキーが苦笑いしてみせる。だが、どうしても気持ちの上では、さっさと洞窟を出たいところ。そんな微妙なジレンマと格闘しつつ、クマトリオ達は洞窟の出口を目指して、しっかりと歩んでいくのであった。建設予定地では、ティガがのんびりと昼寝をしていることなど知らずに。

 洞窟も出口に近付くにつれて、波の音が聞こえてくる。次第に潮風も吹き込んでくれば、出口が近いことは明確に判る。だが、焦らずに、あくまでも慎重に洞窟の中を歩むのであった。何しろ、光が殆ど差し込まないから暗い上に、しっかりとした地盤で構成されているということは、裏を返せば、こんなところで転等でもすれば、固い地盤に打ち付けられて大怪我をする危険性もある。

 もっとも、脆い地盤の洞窟に比べれば、ずっと安全ではあるのだが。落盤の危険性がないだけマシか。スモーキーはそんなことを考えながら歩み続けた。やがて洞窟の出口が見えてきた。

「見て。海が見えてきたよ」

「ああ。予想外に深い洞窟だったなぁ」

 全員、無事に出口に辿り付けたことを確認してにっこりと微笑んでみせるスモーキー。何しろ、真っ暗な場所を探索していたのだから怪我人が出てもおかしくはない状態だったのは事実である。まだまだ、街造りは始まったばかり。こんなところで負傷をしてしまえば、計画に大きな狂いが生じる。皆が怪我をすることなく、洞窟の探索を終えられたのは実にありがたいことだと、感謝の志しを忘れないスモーキーであった。

◆◆◆8◆◆◆

 洞窟を抜けると、何時の間に戻ってきたのかドラゴンの一群が氷山の表面を砕いている姿が目に飛び込んできた。

「ひゃー。こりゃまた立派なものを……」

 思わず感嘆の声を挙げてしまうスモーキー。彼らの腕力は、一体どうなっているのだろうかと疑問に思わずにはいられなかった。何しろ、流氷などと呼べるような生易しい大きさでは無かったのだから。

「おお。洞窟の探索の方は無事に終わった様子だな」

 ドラゴンの青年が親しみを込めた口調で語り掛ける。

「おかげさまで、ご覧の通り、誰一人負傷することなく無事に洞窟の最深部までの探索は完了することは出来たよ」

 それを聞いて、満足そうに頷いてみせるドラゴンの青年。

「こっちも流氷を運び終えてきたところだ。さすがに、一個で足りるような巨大な流氷は無かったからな。適当な大きさの物を幾つか見繕って運んできたんだ。ただ、表面がなにしろデコボコなんでね。まずは、こいつを綺麗に磨き上げて、平らにする必要があるな」

 別のドラゴンの青年は、ケルベロス兄弟と共に金属を加工する作業を行っていた。

「やぁ、お疲れ。故郷の近くの鉱山で採れた良い金属があったのでね。そいつを加工している最中だ」

 別のドラゴンの青年が自慢気に笑って見せる。

「この金属は強度が高い上に、比重が軽いという非常に在り難い金属なんだ。加工もし易いから、最適だろう」

 ドラゴン達の知恵と造詣の深さに、ただただ圧倒されるスモーキー達であった。腕力もとんでもないが、実に細かな心遣いに驚かされた。

「この金属、ぼくらも初めて見るけれど、ホントに加工しやすい金属なんだよ。柔軟性にも優れているから、例え氷山の上に線路として敷き詰めても、全然問題ないと思うんだ」 ケルベロス兄弟の兄、ベロスが自信に満ちた口調で語ってみせる。

「でね、ドラゴンのお兄さん達の意見を聞いて、線路の下には、砕いた氷を敷き詰めてみようって話になったんだ」

 ケルベロス兄弟の弟、ケルが笑顔で語って見せる。

「砕いた氷を線路の下に敷くだって!?」

 驚いた表情で反応してみせるハスキー。一応、大工仕事は得意なハスキーに取っても、それは、まったくの予想外の発想であった。だが、そこは知識にも長けたドラゴン達。臆することなく、その疑問に応えてみせる。

「なにしろ土台が流氷だろう? 永久凍土の流氷はとにかく硬質でね。ちょっとやそっとの熱では溶けやしないんだ。氷ではあるけれど、その硬度は石英にも匹敵するんだよ。ただ、その上に直接線路を敷くのは危険なんだよね。クッション代わりに、流氷の形を整える際に出る流氷の粉末を敷き詰めようと考えているんだ。この流氷は、粉末化させれば強い衝撃も吸収出来るからね」

 スモーキー達はただただ圧倒されるのであった。

「いや、噂には聞いていたが、ドラゴンの一族の間に伝わる建築技術の知識というのは、本当に素晴らしいものなのだな」

 スモーキーに褒められて、嬉しそうに笑ってみせるドラゴンの青年達。

「最近は大きな仕事もなくてね。こんなスケールの大きい仕事を出来るなんて、まさに、日頃学んできた知識を試す最高のチャンスだからね」

「そうそう。こんなスケールの大きい仕事を一緒に出来るなんて、こちらこそ感謝をしたいくらいだよ」

 他の種族を遥かに凌ぐ、途方も無い腕力を持ち、また、建築技術に関しても、非常に深い造詣を持つドラゴン達。そのゴツい外見に反して、実に学者肌な一族なのであった。古い時代から各地の街の建築に携わってきたという歴史もある、建築技術に関しては、右に出るものは居ないとされる。彼らドラゴンの一族はまさに、生粋の職人軍団なのである。

 グレイドは同じドラゴンでありながらも、その知識の方向性を、発明に向けたという部分では若干異色には思えるが、学問に対する深い興味を持つ彼らには本当に学ばされることだらけだとクマトリオ達は思った。

「こっちはぼくらに任せておいて」

「海のことなら、ぼくらイルカ軍団が担当するから」

 ケルベロス兄弟に、カルー率いるイルカ軍団に、そして、何よりも気のいいドラゴンの青年達の言葉に深い感銘を受けつつ、スモーキー達も負けていられないと思うのであった。

◆◆◆9◆◆◆

 街の建設予定地の整地は殆ど完成しつつあった。マイペースな振る舞いのティガが妙に浮いていたが……。リドルの表情が険しくなる。

「ティガったらのんびり昼寝しているし。こらっ、ティガ、起きなさいっ。場所は判ったんでだろうね?」

 キツい口調でリドルが問い詰めれば、まるで、猫のように寝起きの伸びをしてみせるティガ。

「ああ、ばっちりだ。驚けよ? なんとな、この真下なのさ」

 満足そうに髭を伸ばしてみせるティガ。

「この真下って……」

 周囲をぐるりと見渡しながら、リドルが怪訝そうな表情を見せる。

「本当にここなの?」

「あ、酷いなぁ。オレの耳を疑うってのかよ?」

 じゃれ合うコンビの間に割って入るスモーキー。

「まぁまぁ、喧嘩は後でゆーっくりやってくれ。それよりも、ティガ、確かにこの真下から聞こえたのか?」

 スモーキーが問い掛ければ、まだ信用していないのかよ、とばかりに不機嫌そうな表情で応えてみせるお茶目なティガ。

「ちゃーんと聞こえてきたぜ? クマの兄さん達の楽しそうな歌声がな?」

「なら、間違いはないんじゃないか?」

 ハスキーが言って見せれば、そうだろう? と言わんばかりに、自慢気に髭を伸ばすティガ。

「それにしても……まさか、こんな、ど真ん中にあるなんてね」

 ちょっと困ったような笑みを浮かべてみせるターキー。下水道の入り口が、街のど真ん中ってのは少々、街の景観を損ねそうな気がする。出来れば、街の端にあって欲しかったと願うスモーキーであった。ふと、何かを閃いたのかリドルがティガに問い掛ける。

「ねぇ。ぼくらの足音もちゃんと聞こえていたんでしょ?」

「当たり前だろう。ちょうどな、ここから……」

 そう言いながら、ゆっくりと歩いてみせるティガ。リドル達もその後を着いて歩く。

「こっちの方に向かって、ずーっと足音、聞こえていたぞ?」

「ねぇ、スモーキー。この辺なら問題ないんじゃない?」

 ちょうど街の端まで案内してみせたティガとスモーキーとの顔を見比べながら、ターキーが提案してみせる。

「そうだな。ここなら、街の外れに当るし、悪く無いかもな。問題は……ここから、あの頑丈な洞窟まで、どうやって繋げるかだな」

 ふと、何かを思案するリドル。

「ねぇ、ティガ。腕力には自信あるんだよね?」

 何か嫌な予感を感じ、怪訝そうな表情を見せるティガ。

「ま、まぁな……」

「ティガの猫パンチで、洞窟まで貫通出来ない?」

「出来るかーっ!」

 真顔で言ってのけるリドルに、力一杯吼えてみせるティガ。

「ふーん。意外と役に立たないね」

 リドルの冷たい一言に、思い切りヘコむティガであった。

「誰のおかげで場所が判ったと思っているんだよ……」

 ぶつぶつ文句を言いながら、シュンとしてみせるティガを見つめながらクスクス笑って見せる小悪魔なリドルであった。ちょうど整地の作業が完全に完了したのか、ドラゴンの青年達が賑やかな声に誘われて集まってくる。

「整地の方は無事に終了したぞ。なーんか、賑やかにやっているけど、どうしたんだ? 楽しそうにしているみたいだから、オレ達も仲間に入れてくれよ」

 にっこり微笑んでみせるドラゴンの青年。

「うん。下水道を作りたいんだけどね、ちょうど、この辺りの真下に洞窟があるんだ。そこに生活廃水を流そうと思うんだけど、何しろ、洞窟がすごく頑丈な地質で構成されちゃっていてね」

 リドルが困ったような顔をしてみれば、ドラゴンの青年達はおかしそうに笑って見せる。

「なぁんだ、そんなことか。確かに、手でガリガリ掘るのは難しいけど、こんなこともあろうかと、掘削用の道具も持って来てあるんだ」

 そう言うと、別のドラゴンの青年が、その道具とやらを見せてくれた。ちょうど、ワインのコルク栓を抜く道具と似たような形の道具。

「穴を開けたいのは、この辺りか?」

「ああ、ちょうどこの辺のはずなんだ」

「よーし。じゃあ、ちょっとそこで見ていな?」

 一人の腕力自慢のドラゴンの青年がコルク栓抜きっぽい道具を地面に突き刺して、ぐりぐりと回転させれば、面白いように土が掘られていく。

「んん? 確かに……こりゃあかなり固いな……」

「オレ達も手伝うよ」

 スモーキー達が一緒になって、道具を回転させるが見た目以上に洞窟の壁は固いらしく、ビクともしない。だが、それでも渾身の力を込めて道具を回転させた。

「んん? 良い感じの手応えがあったぞ?」

 スモーキーがニヤリと笑って見せる。

「ああ、もう少しってな所だな」

 確実に削れているのは、手に伝わってくる感触で判る。ハスキーが、ターキーが、さらに力を込める。次の瞬間、足元から鈍い音が響き渡った。

「よしっ、貫通したぞ」

 さっそく穴を覗き込んでみるリドル。

「わぁー、さすがだねティガ。ぴったり、洞窟に繋がったよ」

「だから言っただろう? オレの耳に狂いは無いってな?」

「少しだけ見直したよ」

 なんか、ムカつく。そう思いながらも、あくまで笑顔で応えるティガ。

「おお。頑張っているな」

 ひょいと姿を現すのは、ドラゴン達のリーダー、ドランであった。

「整地も無事に完了したし、そろそろミックも戻ってくる頃であろう?」

 不意に、頭上に浮かぶ巨大な影。その背に、大量の材料を抱えての凱旋というワケである。大量の材料を背に載せているにも関わらず涼しげな表情で淡々と語って見せるミック。

「ドラン、取り敢えず依頼された品は全て揃えてきたぞ? もしも足りなかったら、何時でも言ってくれ。その時は、このミック、再び資材をかき集めるべく羽ばたくのでな」

 ドランは静かに頷いてみせるのであった。さて。次なる作業に入るとするか。グレイドから大体の話は聞いている。次なる作業……本格的な街造りに作業を移行するとしようか。

◆◆◆10◆◆◆

 整地を終えたところで、次なる作業は街造り。この作業にはリドルが携わることになった。クマトリオは線路作りの作業へと向かった。何しろ大陸との間の距離を考えれば、いかにドラゴン達とは言え、そう簡単に成し遂げきれるものではない。それに、クマトリオはゼベク爺さんの汽車に対する思い入れは他の誰にも負けないほどに強いものでもあったから。

 海の上を走る汽車なんて世界中の何処を探しても無い。歴史上の記録を辿ってみても、そのような記録は無い。つまりは、歴史上初の試みをなるわけで、クマトリオにしても、世話になったゼベク爺さんに世界初の偉業を成し遂げて欲しいと思うのであった。それに、街造りに関しては、移住予定者全員の話を聞いてきたリドルに任せて置いた方が確実だろうと判断したのであった。それに、線路作りと、街造り。この二つの作業は平行して行った方が効率もいいはず。クマトリオの案には、ドランも快諾するのであった。

 一箇所に人手を集めすぎるのは、作業に支障をきたす可能性もあるからであった。リドルは各地を巡って、移住予定者達の話をまずは一覧に書き出してみることにするのであった。ティガと共に記憶を擦り合わせて、漏れの内容にしようと思うのであった。もちろん、リドルが直接逢ったわけでは無い人々も中には含まれてはいたが、彼らに関する話は事前にミケ達、クマトリオの両者から綿密に聞いていた。

「じゃあ、まずは移住予定者の紹介をさせて貰います」

 巨体のドラゴン達の中心で、殊更小さく見えてしまうリドルとティガ。だが、リドルは皆の心を伝えるべく、必死に語るのであった。

「ええっと……まずは港町ルルブのマーシャ婆さんとモーリスおばさん。亡きお爺さんの遺したオルゴールを展示したいという願いだったので、オルゴール堂が、まずは一件目の建物の目標となります。モーリスおばさんはクッキー作りの名人だから、ちょっとした喫茶店みたいなイメージの建物にしてはどうかと考えています」

 リドルの言葉を聞きながら、ドランは細かくメモを取っていた。その辺りに、彼の生真面目さと几帳面さが見え隠れしていた。

「港町ルルブには、みんなも知っている巨大鳥のミックさんもいます。ミックさんは、荷物や人を運ぶ、運び屋さんをやりたいと聞いています。とは言え……ちょっとミックさんの住んでもらう場所は広大な面積が必要となると思うので、高台の一角に作るのがいいと思います」

 リドルの言葉を聞きながらドランが笑って見せる。

「確かに、あの巨体だもんな。街中に住んでもらうのには、ちょいと無理はあるな」

 思わずドラゴン達の間から笑い声が聞こえてくる。リドルもクスクス笑いながら話を続けてみせる。

「グレイドさんのお友達の、カジノの王者シャルルさんはこの街でも、皆さんにカジノを楽しんで欲しいそうです。シャルルさんの想いとしては、洒落た酒場……うーん、子供のぼくには良く判らないんですけど、バーを運営してみたいそうです」

 リドルの言葉を聞きながら、静かに頷いてみせるドラン。

「言うところの『カジノ・バー』ってなところだな。活気のある街には、娯楽施設というのも悪くは無いものだな」

 中々良い感じにバランスの取れた街になりそうだな。ドランの胸は期待と希望に高鳴っていた。

「ええっと、次ですね。大陸とこの島を結ぶ生命線とも言うべき、汽車の運転手、ゼベクさんのために駅を作りたいと思います。ただの駅じゃなく、売店なんかもあると楽しいかなぁって思うんです。ゼベクさんの奥さんも、一緒にこちらに移住してくる予定だと聞いています」

 リドルの話を聞きながらグレイドが頷く。

「確かに駅というのは、風光明媚な街並みには欠かせない存在だからな。クマトリオもコンサートを行えるような駅にすれば、街にも活気が出てくるだろうな」

 ドランの頭の中で少しずつ街の完成図が浮かんでくるようであった。

 何しろ、移住予定者の頭数は多い。リドルの話は長々と続くのであった。

「港町パムはこの街に最も近い街です。遊園地のある街ですし、共に栄えることが期待出来ます。一応、遊園地という巨大な施設を持っているので移住の予定は無いそうですが、この街の完成を楽しみにしているそうです」

 リドルはにっこり笑いながら、遥か遠くに見える遊園地を見つめてみせるのであった。

「港町パムと言えば、実に栄えている観光地だ。この街にも、多くの人々が訪れてくれるだろうな」

 良い意味で、この街は栄えそうだとドランは考えた。

「ええっと、次ですね。この島の土は、実に良い土だと伺いました。農業の村に暮らすケンタウロスの一族は、色々な野菜を育てているそうです。その農業の村で暮らす凄腕シェフ、山猫さんは大きな街でレストランを経営したいという夢を持っているそうです」

 山猫の名に、鋭く反応してみせるドラン。

「おお。かの有名な山猫シェフまでもが、この街に移住を希望しているとは。一度は山猫シェフの料理を食べてみたいと思っていたのでな」

 妙に嬉しそうな反応を示すドラン。山猫さんって、やっぱり凄く有名な人なんだなぁ。リドルは改めて、山猫さんの料理の腕前の凄さを実感していた。

「いやぁ、オレ達も料理を堪能させて貰いたいものだな」

 上機嫌なドランを見つめながら、さらに話を続けるリドル。

「画家を目指しているレヴィさんと、喫茶店を営むパーンさんの兄弟が、一緒に盛り上げられる店。絵を展示しつつ、美味しいコーヒーも頂けるお店。そんな、ちょっと洒落た喫茶店を作ってみてはどうだろうと、思います」

 ドランが満足気に頷く。

「兄弟で営む洒落た喫茶店か。アトリエを離れに作るようなイメージでいいかも知れないな。それなら、画家としての作業も出来、喫茶店にも絵を展示出来るな」

 ドランの言葉に嬉しそうに頷いてみせるリドル。リドルは、そのままノートを片手に語り続ける。

「寒き地を生きるスノーマン達も移住を希望しています。ちょっと、この街は暖か過ぎるかも知れませんが、北の大地の寒さを感じられる、オーケストラ会場を作ってみてはどうかなと考えています。北の大地の寒さを感じながら、スノーマン達の氷の楽器の音色を楽しんで頂けるような施設……きっと、素敵だと思うんです」

 リドルの中々個性的な発想に、感慨深そうに頷いてみせるドラン。

「そんなオーケストラ会場は、おそらく何処にも無いだろうな。この街は、まさに独創性の現われのような街。一風変わっているが良い観光名所になるのは間違いないな」

「教会も建てたいと考えています。シスターに憧れる、ちょっと変わったヴァンパイアさんにブラックユーモアとダンスミュージック好きなゴースト達の集う教会なんてのも、意外に新しくて、面白いかなぁって思うんですよね」

 リドルの言葉に思わず笑い出すドラン。

「世の中には、面白い連中もいるものだなぁ」

「ええ。ちょっと変わっているけれど、実際に会ってみて、とても素敵な方達でしたよ」リドルはにっこり微笑みながら話を続けてみせる。

「ええっと……次のは、どちらかと言うとぼくの希望でもあるんですけど、自由市場に暮らすアンナという女の子のために、家を作ってあげたいんです」

 ちょっと照れ臭そうに話すリドルをからかうようにニヤニヤ笑って見せるティガ。すかさずパンチをかますと、さらにノートをめくる。

「えっと……最後ですね。街づくりに際して、色々と木材の調達に力を貸して下さった、森の街に暮らす人々ですね。ヴァイオリン弾きのジャックさんと、その恋人でハーブ作りを営んでいるフリージアさん。食器作りや、小物作りを得意とするミケネコ一家。この両者がタッグを組んで営む、お店でありながらも、ちょっとした娯楽の要素もあって、ハーブティーやおいしいケーキも頂けてしまうという、ログハウスのような建物を建ててみたいと考えています。ちょっと大きめな建物になりますね」

 全ての建物の話を聞いて、静かに頷いてみせるドラン。

「よし、建てるべき建物の方針は決まった。後は、どういう配置にするかを考える必要があるな」

 ドランが静かに息を就いてみせる。

「ただ……あくまでも、暫定的な建築になると思います」

 リドルの言葉に、少々戸惑った表情を見せるドラン。

「それは、どのような意図があっての発言なのか?」

 ドランの質問に、静かに応えてみせるリドル。

「まずは暫定的に建物を建て、微調整は現地に移住者達が集まった後に、個別に行う必要があると思うんです」

「なるほどな。確かに、本人の思惑と違うものでは意味が無い。判った。取り敢えずは、暫定的に、なるべく各人の希望に沿うものを建てよう」

 ドランの言葉に、リドルが、ドラゴン達が静かに頷く。方針は定まった。後は実際に街を作るだけだな。ドランが、リドルが、ドラゴン達が大きな期待と希望、使命感を持って街に挑もうと意気込むのであった。もう少し……もう少しで、ただの郵便屋だったぼくには到底図り知ることの出来なかった、大きな夢が完成する。リドルは希望に満ちた表情で空を見上げて見せるのであった。

◆◆◆11◆◆◆

 気球の製作は順調に進んでいた。制御部分とも呼べるべき、熱い空気を送り込む装置部分はグレイドが古い文献を読み漁りながら、あれこれ試行錯誤していた。ミケとカールは気球の上部パーツに当る幌の作成を行っていた。と言っても、単純作業なのだが、これが意外に大変なのである。特殊な薬剤で耐水性を強化し、密閉性を高くした布は妙に固くて、縫い針が中々通らない。

「ふにゃーっ!」

「どうした、ミケ?」

 ミケの悲鳴に慌てて駆け寄ってくるグレイド。

「……自分の指、縫いそうになっちゃったし……」

「はは、特殊加工を施してあるから、かなり素材は硬質だ。出来れば厚手の皮の手袋でもすると良いのだが……それでは縫えないだろう?」

 当たり前でしょ。ミケは心の中でそう思って見せるのであった。もともと手先は、さほど器用ではないし、縫い物をするのに分厚い手袋なんかしていたら指先の感触が判り辛くて、まともに縫えるわけがない。それにしても、意外なのはカールの腕前。まるでキツツキのような動きで、実に器用に、しかも早い上に正確に縫いこんでいるから驚きである。

「しかし、意外だな。カールが、こんなにも裁縫上手だとはな」

「けー、鳥は見かけに寄らないって言うだろう?」

「人は見かけに寄らない、でしょ……」

 満足そうに笑って見せるカールに鋭い突っ込みを入れるミケ。だが、この幌の作成は完全に行わなければならない。もちろん、全てを縫い終わった段階で、色々とチェックする予定ではあるが。

「にゃー。お裁縫は苦手だけど、頑張るぞー」

 ミケは再び縫い針を手にすると、黙々と作業を続けるのであった。その様子を、目を細めながら見つめるグレイド。なにしろミケに取っては、本当に大きな夢であるのだから。こちらも、こうしてはいられないな。ストームブリンガーの風を巻き起こす原理は正直なところ、グレイドの知識を持ってしても理解不能である。そもそも、この妖剣に関する文献などは殆ど残されていない。気も遠くなるような太古の昔に、高名な魔導師と鍛冶職人が協力して作ったとされる、という以外の記録はどの文献を探っても載っていない。原理が判らないものを使うことには少々抵抗はあったが、下手な機械を作って重量を増やすより、少々不安が残りはするが、便利な道具を使う方が近道である。

 このストームブリンガーのおかげで、だいぶ安定性の高い装置が出来上がりそうなのは間違いなかった。原理もかなりシンプルなものに出来そうだと、グレイドは考えていた。熱源となる装置を作り、その熱源を経由して、ストームブリンガーで風を送り込めば良い訳なのだから。

 ただ、恒久的に熱源を放つような装置を作るというのはそんなに簡単なことでは無い。グレイドは、出来れば火を使うような装置は作りたくないと考えていた。風向き一つで、幌に火が燃え移ったりしたら大惨事になる。そこで考案したのが、電熱器のような原理の装置であった。太陽光をエネルギーとし、発電を行い、電気抵抗により発生する熱源を用いる。もちろん、これだけでは威力が弱すぎる。そこへ熱を効率よく増幅する仕掛けが必要となる。ちょうど古い時代の文献に、同様の仕組みの装置が載っている。後はこれを参考にしつつ、使い易いようにアレンジすればいい。グレイドはそう考えながら、装置の制作を黙々と続けていた。時折背後からミケの悲鳴と、カールの笑い声が聞こえてくるが……。「けけけ、ミケってばホントに不器用だなぁ」

「鳥のクセに裁縫上手なカールに言われたくない」

 妙なやり取りをしながらも、幌の作成は着々と進むのであった。ミケはひたすら執念を込めて縫い続けていた。何しろ、子供の頃からずっと憧れていた、世紀の冒険家、ヒィアン・デュラルと同じ様な大冒険はもはや夢物語ではなく、現実のものになろうとしているのであったから。

「ヒィアン・デュラルは大空を羽ばたく、巨大な鳥の手を借りて、世界を旅したとも伝えられているんだ」

「ふーん。じゃあ、ミックでも良いんじゃないのかー?」

 誇らしげに語ってみせるミケに、鋭い一撃をかましてみせるカール。

「それじゃあ、ヒィアン・デュラルの真似をしただけになっちゃう。ぼくは、あくまでも彼とは違ったやり方で、世界を旅してみたいんだ」

「なるほどね。まぁ、確かに人の真似をするのはつまんないよなー」

 珍しくミケの意見に同調するカール。本来、大空を羽ばたくなんてことはカールに取っては容易いこと。グレイドもドラゴンである以上は、空を飛ぶことは出来る。でも、猫族のミケにはそんな芸当は真似できない。ここまで三人、力を合わせてやってきたんだ。ミケに大空から見る世界ってものを見せてやりたいと、カールは思っていた。それが、幼い頃から兄弟のように育ってきたミケに対する精一杯の感謝の気持ちでもあったから。

「さぁ、頑張って作るぞー」

「くれぐれも幌とミケの手とが、くっついちゃった、なーんて笑えないオチだけは勘弁してくれよなー? けけけ」

 カールにからかわれて、憮然とした表情を見せながらもミケは黙々と縫い続けるのであった。この幌は、まさしく命綱。少しでも綻びがあれば、墜落の危険と隣り合わせなのだから。だからこそ、慎重に作業を進めなくてはならない。だが、その作業も大詰めを迎えようとしていた。グレイドの方の気球下部のパーツ部分も、大詰めを迎えていたのだから。夢が夢じゃなくなる瞬間。ミケはそんな喜びを、感じながら縫い続けるのであった。

「ふにゃーっ!」

「あーあ。また、自分の指縫っているし……」

「うるさーい!」

 何だかんだと言いながらも、気球作りの作業は、もうじき終わろうとしていた。

◆◆◆12◆◆◆

 線路作りに知恵を貸してくれたケルベロス兄弟。流氷という斬新なアイデアを考えてくれたドラゴン達。海上での作業に大きな力を貸してくれたイルカのカルー達。皆の思惑が一つとなり、いよいよ大陸とを結ぶ線路が完成しようとしていた。ちょうど、最後のパーツをはめ込んできたカルーが戻ってきた。

「やっと完成したよ。でも、まさか本当に海の上に線路を走らせちゃうなんて、驚きだね」嬉しそうに笑ってみせるカルー。

「ぼく達の技術が役立って、ホントに嬉しいよ」

 良い仕事をしたなぁ、と言わんばかりの表情のケルベロス兄弟。スモーキー達も、線路の完成を見届け、喜びを分ち合っていた。だが、ここに来て、ふと故郷を思い出すスモーキーが居た。

「なぁ、覚えているか? 旅に出ようとした、あの夜のこと」

 不意にスモーキーの口から飛び出した意外な言葉に、ハスキーが、ターキーが驚く。だが、遠く望む港町パムを見つめるスモーキーの表情は物静かに、その胸の内を語っているようにも思えた。

「田舎の街で終わっちまうような人生なんてそんな、つまんねぇ人生で終わらせたくないって思ったもんな」

 感慨深そうに語って見せるハスキー。

「思えば……あの時、ミケ君達に出逢わなければぼくらは、ただ都会に観光に訪れただけで終わっていたかも知れないものね」

 静かに微笑みながらターキーが言ってみせる。

「ああ。ミケ達に出逢えたおかげで、オレ達はこんなにも、凄い冒険を体験出来た。故郷の皆は元気にしているだろうか? 夜逃げ同然の旅立ちだったからな。皆、オレ達のことを心配しているに違いない」

 冒険というものは、その目的が達成されゴールに近付けば近付くほどに、スタート地点に一度、戻ってみたくなるものである。ふと、スモーキーは思い切った発言をしてみせる。

「なぁ……。一度、故郷に戻ってみないか?」

「え?」

 スモーキーの言葉に驚いた表情のハスキーとターキー。

「田舎暮らしが全てだって考えているような連中に、外の世界が、どれだけ広いのかを教えてやりたいんだよな」

 スモーキーは臆することなく、続けてみせる。自分達は、外の世界で多くのことを学んできた。見たり、聞いたり、何よりも自分達が体験したことを故郷の仲間達に伝えてやりたいとスモーキーは考えていた。

「なら、ミケ達に相談してからにするべきだな」

「まだ、街造りも終わったわけじゃないものね」

 ハスキーとターキーの言葉を受けながら、スモーキーは静かに頷いてみせる。その言葉を聞きながら、ドラゴンの青年が語り掛ける。

「それならば、試験運転も兼ねて、この線路の上を汽車で走って貰おうじゃないか?」

「えぇ!?」

 思わず驚きの表情を隠し切れないクマトリオ。

「何れにしろ、そのために作った線路なのだからな」

「そうそう。実際に汽車に走って貰わないことには、本当にこの作りで正しいのか、証明出来ないからな」

 ドラゴン達の言うことは、実に正論であった。何しろ、そのためにこの線路を作ったのであるから。

「それに……グレイドさんから聞いているからな」

 一人のドラゴンの青年が微笑んで見せれば、他のドラゴンの青年達もつられて微笑んでみせる。

「汽車に揺られながら、各地を旅してきたのであろう? ならば、その汽車に揺られながら故郷へと戻るのも悪くなかろう?」

 ドラゴン達の温かい心遣いに感謝するクマトリオであった。

「汽車はオレ達が呼んでくる。その間に、お前達はミケ達に話を伝えてくると良い」

 ドラゴンの青年がにっこり笑って見せる。

「何から何まで……本当にありがとう」

 嬉しそうに微笑んでみせるスモーキー。その背を押すように、カルー達が陽気な歌声を響かせて見せる。

「ほらほら、早く行きなよ。もたもたしていると、街が完成しちゃうよー?」

 クスクス笑って見せるカルー。

「それもそうだな。よし、ハスキー、ターキー、行くぞ」

 スモーキーは、離れた砂浜で作業をするミケ達の下へと急ぐのであった。

◆◆◆13◆◆◆

 ミケ達の作業も、ほぼ完了しようとしていた。まずは、幌のチェックから。ストームブリンガーで風を吹き込んでみて、隙間が無いかを綿密にチェックしていた。ミケとカール、二人でしっかりとチェックしていた。しっかりと作られているのか、空気の漏れは一箇所も無かった。

「グレイド、良い感じだよ。どこも空気の漏れは無いよ」

「そうか。水に関する心配は空気の漏れが無い以上は必要無い。そして……問題の気球下部のパーツも無事に作り終えることが出来た」

 グレイドがにっこりと笑って見せれば、手と手を取り合って喜ぶミケとカール。

「じゃあ、この気球で?」

 嬉しそうにミケが尋ねれば、満足そうに頷いてみせるグレイド。

「うわー。凄ーい! とうとう、ぼくの夢が叶う時が来たんだね」

「はは。ミケは気が早いな。旅立ちは、街の完成を見届けてからだぞ?」

 興奮するミケを見つめながら、静かに微笑んでみせるグレイド。

「もちろん。みんなに見送って貰いたいもの」

 もう、嬉しくて仕方が無いと言った表情のミケ。ああ、やっと、ぼくも……ヒィアン・デュラルのような大冒険が出来るんだ。そう考えると、ただただ胸が高鳴るのであった。不意に、そこへ駆け込んでくるクマトリオ。何か問題でもあったのかと、少々不安気な表情のグレイド。

「どうした? 何か不具合でも生じたか?」

「いや、そうじゃないんだ。ただ……ちょっとしたオレ達のわがままを聞いて欲しくてな」

 妙に畏まった表情のクマトリオ。だが、グレイドは静かに微笑んでみせる。

「それで、どんなわがままなんだ?」

「オレ達……夜逃げ同然で故郷の村を飛び出してきたんだ。何時までも外の世界との関わりを拒み、変わらない田舎の生活を続けていることに嫌気がさしてな。でもさ……そろそろ冒険もゴールに近付いてきただろう? だから、一度……故郷に戻り、皆にオレ達の冒険の話を聞かせたいんだ」

 スモーキーの熱の篭った言葉にグレイドは満足そうに頷いて見せるのであった。

「街造りの方も、残すは微調整だけだ。ドラン達に任せておけば、何の問題も無いだろう。それに……帰るべき場所があるのであれば、戻ってみるのも悪く無いだろう」

 グレイドは静かに微笑んで見せた。

「ちゃ、ちゃんと戻ってくるぞ? オレ達も、この街で暮らしてみたいからさ」

「ああ。ちゃんとお前達の家も作るように伝えてある。もちろん、リドル達の家も。ついでに、オレ達の家もな?」

 ニヤリと笑って見せるグレイド。やはり、この人は抜け目が無いな。スモーキーは、改めてグレイドの深い配慮に驚かされるのであった。

「ん? 今、汽車の汽笛が聞こえなかった?」

 ミケが耳をピクピクしながら反応してみせる。

「どうやら、線路の方は上手く作れた様子だな。さぁ、急いで故郷に顔を出してくると良い。まぁ……街の完成セレモニーに遅れないようにな?」

 グレイドはにっこり笑って見せる。

「大丈夫だよ。ちゃんと、待っているから」

 ミケが、カールが静かに微笑んでみせる。

「あ……ありがとう。じゃあ、ちょっくら行ってくるな」

 スモーキー達はミケ達に静かに想いを伝えるとゼベク爺さんの汽車へと向かって、元気に走っていくのであった。

「ミケ……良く判ったであろう?」

「え? 何が?」

 突然のグレイドの言葉に、驚きを隠し切れないミケ。だが、グレイドは静かに微笑みながら続けてみせる。

「大きな冒険は、人々に大きな幸せをももたらすということさ?」

「うんっ! きっと、みんなこの街で幸せを手にするよ」

◆◆◆14◆◆◆

 ドラン達の活躍ぶりは実に凄まじいものがあった。整地の作業にしても、とにかく手際が良く迅速に終えた。実際に建物の建築となっても、恐ろしいまでの手際の良さで次々と作り上げていく。リドルはひたすら、あっちへ、こっちへと走り回りながらドラゴン達からの質問に応対していた。最初の説明では、大雑把にしか説明していなかったのだから、疑問に思う点は、当然のことながら多々出てくるだろうとリドルは予測していたが、案の定、次々と呼ばれてはリドルとティガは駆け回るのであった。でも、それもみんなのため。そう思えば、リドルとしても心が弾むものであった。

 ドラゴン達は実に器用で、建物を建てる一方で、上水道、下水道を引くパイプラインさえも平行して作り上げていた。しかも、整地した土の上には石畳をしっかりと敷き詰め、あくまでもパイプは見えないようにするという細かな気配りに、リドルはただただ感嘆させられるのであった。

 果ては、空いた敷地に噴水を作ったり、街灯を作成したりと、細かい部分まで配慮を配っていた。

 気球の製作を終えたグレイドは、今度は発電設備や、生活廃水の浄化機器などを恐ろしいまでのスピードで作り上げては、ドランと連携を取りながら、環境周りと街づくりを平行して行っていた。何時の間にか、ミケとカールのコンビも加わり建設作業に専念して貰うために、資材を運びながら行ったり来たりしていた。

 それでも、かなり大規模な街づくりである。それを十数人で、こんなにも短時間で進めていることにリドルは、ただただ驚きを隠し切れなかった。

「ドラゴンさん達って、ホントに凄いんだね」

「ふむ……。手際の良さも去ることながら、細かな気配りを忘れない辺りが、さすがは職人集団って感じだよな」

 気の強いティガでさえ、すっかり圧倒されてしまうのだから、ドラゴン達の能力というのは、本当に凄いものなのだと思った。そして、やがて街造りの基本的な作業は終わろうとしていた。

「いや、グレイド。お前の知識は偉大なものだな」

 ドランが静かに微笑んで見せれば、不敵な含み笑いを浮かべてみせるグレイド。

「ドラゴン一族が守り続けてきたものから目を背けたオレを、散々罵ったのは誰だったかな?」

 グレイドの鋭い突っ込みに、困った表情を見せるドラン。

「いや……そのことだったら謝る」

「気にしなくても良い。古典的な建築技術も大事だが、最先端の機械技術も織り交ぜられれば、この街のような他の街には無い様な物も、色々と作れると言うことだ」

 グレイドは満足そうに笑って見せる。滝の流れを活かしての水車小屋での水力発電技術。また、海に面した切り立った大地には強い海風が吹き付ける。これを応用しての風力発電技術。

 確かに、港町パムの様な大規模な町には発電設備は整っているが、グレイドの作った機器に比べればだいぶ見劣りするのは否定できない。おかげで、安定した電力を供給出来る為、夜にも煌々と街灯の明かりが街を照らし、各家々の照明機材にも便利に使用されている。

 古い文献を読み漁って作ったという、生活廃水の浄化装置も素晴らしいものがあった。泥水を入れても、出てくる時には完全な飲み水になる程に、浄化作用に優れた機材である。

「この浄化設備は時々メンテナンスしないと、浄化の際に出たゴミのおかげで、浄化機能が低下するがな」

 さすがに、そこまで完璧なものは作れるわけは無かったが、それでも十二分過ぎる程の設備であった。また、ケルベロス兄弟は火の扱いには長けている。彼らの作り上げた、ゴミの焼却場も街には役立つことだろう。

「お前達は、発明家にも匹敵するほどの腕前を持っているのだな」

 グレイドに感心され、嬉しそうに笑ってみせるケルベロス兄弟。

「ぼくらは工房で作業をしているから、色々とゴミも出ちゃうんだよね。特に金属のゴミは厄介でね。そのままポイって棄てるわけには行かないから、高熱で再び溶かして、別の用途に再利用するんだ」

 自慢気に語って見せる、ケルベロス兄弟の兄、ベロス。

「それにね、木材のゴミだったらただ焼却しちゃうんじゃなくて、そこから炭を作って、生活に利用することも出来るんだよね」

 同じ様に、嬉しそうに語って見せる、ケルベロス兄弟の弟、ケル。

「炭があれば、きっとみんなの生活にも役立つよ」

 ミケが嬉しそうに笑って見せる。

「でも……街、大体は完成したってところだよね。ホント。ドランさん達の建築技術と、グレイドの機械技術が無かったら、こんなに凄い街、どう頑張っても、作ることなんて出来なかったと思うよ」

 ドラン、グレイド兄弟がミケの言葉に静かに微笑む。

「だが、まだ完全に終わってはいないぞ?」

 ドランがにやりと笑って見せる。

「ああ。実際に皆を移住させ、最終的な要望を聞きながら微調整を行う必要があるからな。まぁ、大規模な作業は発生しないとは思うがな」

 グレイドが続けるように語って見せる。ミケは静かに頷いてみせる。

「そうだね。実際に、みんなに見て貰わないとね」

「そこでだ。リドル、皆を呼び寄せてきて欲しいのだが?」

 グレイドの言葉に、思わず飛び上がるリドル。そうだった。すっかり忘れていた。まだ、終わったわけじゃなかったんだ。でも……幾らなんでも、ティガに全員を乗せることなんて無理だし……。不意に、頭上に大きな影が浮かび上がる。さすがに、この街中に着陸する訳にはいかないらしく、羽ばたきながら、リドルに語り掛けて見せるミック。

「各地を駆け回るなど労力の無駄に過ぎぬ。オレが皆を乗せて、一度に運んできてやろう。なに。木材やら石材を運ぶよりは、遥かに楽なはずだ」

 どこか含みの篭った口調のミックに、思わず苦笑いしてしまうグレイドであった。

「ここには着陸は出来ない。森の入り口付近に、オレの巣を作って貰った。そこまで来てくれれば、オレが各地を巡り、皆を運んでこよう。もちろん、道案内はしっかりと頼むぞ? 何しろ場所など判らないからな」

 静かに笑いながらミックは大空を旋回するように、森の入り口を目指して羽ばたいていった。

「よしっ、ティガ、行こう!」

「オレ、高いところは嫌いなんだけどなぁ……」

「つべこべ言わないっ!」

 半ば強引にリドルに引っ張られながらティガは連れ去られていった。リドルが皆を連れてくるまでには時間があるはずだ。ドラゴン達は一時、休憩を取ることにした。グレイドとミケ、カールの三人は気球の再チェックをすべく海岸へと続く、坂道を駆け下りていくのであった。夢はもう、目の前まで訪れているのだから。

◆◆◆15◆◆◆

 ティガの背にまたがり、森の入り口まで走り込んでくるリドル。その手には、地図が握られていた。

「ミックさん。ちょっと一緒に地図を見てください」

 リドルに声を掛けられ、そっと首を下ろして見せるミック。

「現在地は大体……この辺です。移住予定者は、港町ルルブのマーシャ婆さんとモーリスおばさん、カジノタウンのシャルルさん、農業の村のケンタウロス一族とレストラン山猫亭の山猫さん。スノーマンの村のスノーマン達。ゴーストタウンのヴァンパイアさん御一行、自由市場のアンナに、森の都のミケネコ一家とジャックさん、フリージアさん。以上の方々になります。あちこち飛び回ることになると思いますけど、よろしくお願いします」

 リドルの言葉に、思わず突っ込みを入れるティガ。

「山頂の街のレヴィ、パーンの鳥人兄弟を忘れているぞ?」

 ティガの言葉に思わず笑みがこぼれるリドル。

「山頂の街にも、もちろん立ち寄るつもりだよ。でも、忘れちゃったの? あの兄弟は鳥人族だよ?」

 リドルに突っ込まれて「ああ、なるほど」と納得するティガ。ミックもつられて、そっと微笑んで見せる。

「巡回ルートは大体理解した。では、各地を目指して順に回るとするか」

 ミックは、そのくちばしでリドルとティガをその背に乗せると、静かに言って見せた。

「では出発するぞ? しっかり捕まっていろよ?」

 だが、ティガの存在を思い出し、微妙に小声で囁いてみせる。

「ティガよ、くれぐれも爪を立てないでくれよな?」

「わ、判っているよ……」

 まったく、オレが高いところ苦手なのを知っていて同行させるとは、リドルの奴、良い根性してやがる。そんなことを考えているうちに、ミックは大きな翼を目一杯広げると、ゆっくりと羽ばたき始めた。ゆっくりと大地を離れ、大空へと舞い上がっていくリドル達。

「うわー、すごいや」

「ううー。お、オレは何も見ないぞー」

 両手で目を覆いながら、ブルブル震えてみせるティガ。そんなティガを見ながら失笑してみせるリドル。

「いい眺めだよ?」

「じょ、冗談じゃないっ」

「よし。まずは港町ルルブへ向かうぞ」

 ミックはそう一言告げると、次の瞬間、一気に加速して羽ばたいていくのであった。

「ひゃー、すごい、すごーい」

「こ、怖すぎるーっ!」

 賑やかなリドルとティガを乗せたままミックは港町ルルブを目指して、一気に羽ばたいていくのであった。

◆◆◆16◆◆◆

 港町ルルブが、やがて視界に入ってきた。雲を突き抜けて、急降下すれば見慣れた光景が目に飛び込んできた。

「よし。山の方に着陸するから、リドル達は街へと向かい、案内してきてやってくれ」

「うん、判った。行くよ、ティガ」

 やや青ざめた表情のティガ。や、やっと……陸地に戻ってきたのか……。安心する間もなく、リドルに引っ張られていくティガ。

「おい、コラっ! 猫掴みするなっ!」

「だったら、早く行こうよ?」

 こ、こいつ……! 絶対、仕返ししてやる! そんなことを考えているティガを他所にスタスタと歩き始めるリドル。

「おぉっ!? 既に居ないし!?」

「ティガ、何やってるのー? 早くしないと置いていくよー」

「だぁー、待たんかいっ!」

 そんなこんなで、リドルとティガは坂道を駆け上りながら、マーシャ婆さんの骨董品屋へ向かうのであった。

「こんにちわー」

 元気一杯なリドルの声に反応するかのようにモーリスおばさんが、ひょっこりと顔を出す。

「あら、リドルちゃん。久しぶりね」

「おばさん、街がもうじき完成するんだよ」

 リドルの言葉に目を大きく見開いて、驚いたような表情を見せるモーリスおばさん。

「まぁ。こんなにも早く出来ちゃうなんて」

「みんなで力を合わせたから、早く出来上がったんだよ」

 リドルは嬉しそうに笑ってみせる。

「マーシャ婆ちゃんのオルゴールも展示出来るように作ったんだ。それに……モーリスおばさんの、自慢のクッキーもお店で出せるようにしたんだ」

 これを聞いて、ますます驚き、戸惑うモーリス。

「まぁまぁ。あたしのクッキーをお店に? あらあら、そんなにお上手でも無いのに大丈夫かしら?」

「大丈夫だよ。モーリスおばさんのクッキーは本当においしいんだもの。ね、ティガもお気に入りだもんね」

「まぁ……正直言って、あんな美味いクッキーは食べたことが無いからな」

「ね? 甘党で、味にはうるさいティガもこう言っているんだから」

 なーんか引っ掛かる言い方だなぁ。そんなことを考えながら、伸びをしてみせるティガ。

「そこまで言われちゃったら引き下がれないわね。よし、あたしも頑張ってクッキー焼いちゃうわよー。ああ、そうそう。ちょっと待っていてね。マーシャお婆さん、今ね、お庭で花壇に水を撒いているところだから」

 モーリスおばさんは、そう言い残すと陽気な足取りで、パタパタと走りこんでいくのであった。しばし待たされるリドルとティガ。だが、おばさんはすぐに戻って来てくれた。

「まぁまぁ。リドルちゃん、良く来てくれたわね」

「マーシャ婆ちゃん、街が完成するよ。オルゴール堂、ちゃんと約束どおり作ったんだから」

「まぁ……あたしのためにわざわざ?」

 リドルの言葉に驚いたような表情を見せるマーシャ婆さん。

「運んで行きたいオルゴールあったら選んで。ぼくらがオルゴールを運んでいくから。ついでに、マーシャ婆ちゃんとモーリスおばさんも一緒にね」

「まぁ。随分と急な話なのね」

「取り敢えずは、必要最低限のものだけ持っていけばいいよ。街での生活、ある程度落ち着いたところで、またここに荷物を取りに来ても全然問題ないから。建物はぼくらなりに考えて作ったけど、細かい微調整をするには、やっぱりそこに住んで貰う人の話を聞かなくちゃならないからね」

 なるほどね、と頷いてみせるモーリスおばさん。

「判ったわ。取り敢えず必要なものだけ用意してくるわね」

「じゃあ、あたしも必要なものだけでもまとめて来ましょうかね」

 再び家の中へと戻っていくマーシャ婆さんとモーリスおばさん。程なくして、大きなバッグを両手に持ったモーリスおばさんが息を切らしながら出てきた。

「二人分の荷物はさすがに堪えるわね……」

「まぁ。あたしの分はいいのに」

 心配そうな表情のマーシャ婆さん。しかし、モーリスおばさんは気丈に振舞ってみせる。

「だ、大丈夫ですよ。マーシャお婆さんに重たい荷物を持っていただくわけにはいきませんもの」

 頃合を見計らってリドルが声を掛ける。

「荷物はぼくが持ってあげるから、急いで行こう」

 リドルはにこやかな笑顔で荷物を受け取ると、颯爽と店の外へと飛び出すのであった。

「それじゃあ、行きましょうかね?」

 マーシャ婆さんの言葉を受けてリドル達はミックの待つ、山の入り口を目指して移動するのであった。

◆◆◆17◆◆◆

 ミックはリドルが戻ってくる足音で気付いたのか、ゆっくりと顔をあげてみせる。

「まずは最初の移住者との話は着いたのだな?」

「うん。さっそく次の目的地を目指そう」

 初めて目にする、巨大な鳥に言葉を失うモーリスおばさんとマーシャ婆さん。だが、ミックはそんな二人をひょいと背に乗せるのであった。

「彼はミック。ミケ君達のお友達なんだよ」

「まぁ……ずいぶんと大きなお友達なのね」

 妙な発言をしてみせるモーリスおばさんに、思わず失笑してしまうミックであった。

「それじゃあ、出発するぞ。しっかりと掴まっていろよ?」

 ミックの言葉に、慌ててしがみ付くモーリスおばさんとマーシャ婆さん。

「次の目的地は山頂の街だ。ここからすぐだな。まぁ、短い距離だから、一気に飛ばしていくぞ?」

 ミックはそう言うと、大地を跳躍するように蹴り上げながら、大空高く舞い上がるのであった。山頂の街は、目の前に見える高い山の頂上にある街。鳥人族達が暮らしている場所でもあり、険しい場所ゆえに、翼を持たないものはあまり訪れない場所である。ふわりと舞い上がって、そのまま山頂を目指すミック。ちょうど着地するのに適した、広い場所を目指してゆっくりと降下する。

「ホントにすぐだったね」

「港街ルルブからも登山列車で行ける場所だ。大して離れた場所では無いということだな。さて……オレはここで待っている。次の移住者に話を着けて来るといい」

 ミックは静かに微笑んでみせる。リドルとティガは、その背からヒョイと飛び降りるとレヴィとパーンの暮らす、小さなログハウスの喫茶店を目指すのであった。

◆◆◆18◆◆◆

 ミケから大体の場所は聞いていたので、すぐにログハウスの喫茶店は見つかった。今日は山猫さんのレストランに、お出掛けじゃないみたいだね。ちょっと安心するリドルであった。

「こんにちわー」

 陽気な声でドアを開ければ、見覚えのある顔にパーンが嬉しそうに笑って見せる。

「ああ、君は何時か山猫さんのレストランで会ったリドル君だね?」

「そうです」

 リドルは嬉しそうに笑って見せる。

「街がもう殆ど完成しようとしています。このお店と同じ様にログハウスをモチーフにした喫茶店。それに、レヴィさんの絵も飾れるようにお店はデザインしました。ちゃんと、レヴィさんの作業も出来るようにアトリエも作ってみたんですけど、実際に見て貰って、改良点とかあれば聞かせて貰って、より完成度の高いものにしようと思うんで、急な話なんですけど、これからぼくらと一緒に来てはくれませんか?」

 リドルからの唐突な申し出に目を白黒させながら、驚いた様子のパーン。

「兄さん。良いんじゃないの?」

 ちょうど、そのやり取りを聞いていたのか二階からレヴィが降りてくるのが見えた。

「レヴィ。そうは言っても話が急過ぎないか?」

 少々困ったような表情のパーン。だが、対照的にわくわくした口調で返してみせるレヴィ。

「何言っているのさ。そうやって、ぼくらは冒険の数々を経て、ここまで来たんじゃない? 久しく冒険からは掛け離れた生活をしていたし、ぼくはリドル君の提案、悪くないと思うな。必要なものは、後から取りにくれば良いだけのことだし」

「ま、まぁ……それもそうだな。よしっ、決まりだ。オレ達も一緒に行くよ。そうと決まれば、早速出発するとするか、レヴィ?」

 パーンの言葉に、頷いてみせるレヴィ。

「ところで……その、目的地は何処になるのかな?」

 パーンの質問を受けて、リドルがにっこり笑顔で返してみせる。

「ミックさんって言う大きな鳥さんに着いてきて貰えば、目的地まで行きますので。ただ、途中で他の移住者達も案内していくので、少々遠回りになりますけど」

 可笑しそうに笑ってみせるパーン。

「ほう? 色んな場所を巡れるなんて、ますます冒険って感じで悪くないじゃないか?」

「そうだね。ぼくらには翼があるわけだし」

「じゃあ、行きましょうか?」

 リドルの提案に、静かに、だが力強く頷いてみせるレヴィとパーンの兄弟。新天地へ馳せる思いの強さが伺えた。初めて目にする、巨大な鳥ミックには相当驚いた様子だったけど。

「おお、戻ってきたか。今回は早かったな?」

「何しろ、この兄弟は冒険慣れしているからね」

「なるほどな。それは良いことだ。少々長い旅になるかも知れないが、問題は無いな?」

 ミックに問い掛けられて、全然平気だと言わんばかりに顔を見合わせて笑ってみせる、レヴィとパーンであった。それを見て満足そうに頷くミック。

「よし。次は農業の村を目指すぞ。少々距離はあるが、まぁ、問題は無いだろう」

 そう告げると、ミックは再びリドルとティガをその背に乗せて、力強く羽ばたいて見せるのであった。

 向かう先はケンタウロス一族の暮らす農業の村。再び大空高く舞い上がると、一気に加速するミック。その驚異的なスピードに追い付くのに必死でレヴィとパーンであった。

◆◆◆19◆◆◆

 上空を旋回しながらカジノタウンを探すミック。広大な大草原の最中にある巨大な歓楽街、それがカジノタウン。かつてミケ達を運んできた場所なので迷うはずはないと思っていたのだが、ミックは目を凝らしながら周囲を見渡してみた。

「おお。あれか」

 やっと発見したカジノタウンに向かって、ゆっくりと高度を落としながら、滑空していくミック。今回は乗客がいる以上、間違っても垂直にきりもみ落下などは出来ない。そんなことをしたら、リドル達は吹き飛んでしまうだろうから。

 グレイドとB・ウォルフとの熾烈な攻防戦によって、だいぶ破壊された街並も、今ではすっかり元通りになっている。いや、むしろ以前よりも栄華を極めているようにさえ思えた。

 まったく、一代でここまでの街を築き上げるとは、シャルルという男、一体どれほどまでの猛者なのだろうか? グレイドの友達だというシャルル。少なからず、只者ではないことだけはミックにも容易に察しが付いた。やがて、大草原に降り立つミック。リドル達は、その背から飛び降りる。

「じゃあ、行って来まーす」

「ああ。オレはここで待っているからな」

 ミックは静かに微笑みながらリドル達を見送った。

 港町ルルブと比べると、圧倒的な広さを誇る巨大歓楽街、それがカジノタウン。こんな広い街の一体何処にシャルルはいるのだろうか? まるで手掛かりもなければ、情報も無い。少々困った表情を見せるリドル。そう。リドルはこの街に来るのは初めてなのである。シャルルを新天地へと案内したのは、グレイドであってリドルはシャルルという人物の顔さえ判らない。困り果てたリドルに、ふと誰かが声を掛けた。

「あのー」

「え? ぼ、ぼくですか?」

 慌てて振り返ると、腰の低そうな、眼鏡を掛けた青年た立っていた。

「もしかして、グレイドのお知り合いですか?」

 その言葉に、思わず顔を見合わせてしまうリドルとティガ。

「え、ええ。それじゃあ、もしかして、あなたが?」

「ああ、申し遅れました。ぼく、シャルルと申します。ここカジノタウンの中心部にある、カジノのオーナーをやっております」

 ティガは少々拍子抜けしていた。こんな巨大歓楽街を一代で作り上げてしまったという稀代の凄腕ギャンブラーが、こんな腰の低い人物だとは。まさに、人は見掛けに寄らないってわけだね。そんなことを考え込むティガを後目にリドルは淡々と話を進めるのであった。

「それでは、今日ぼくがこの街を訪れた理由も、お判りですね?」

「ええ。何となく、今日当たりお迎えの方がいらっしゃるような気がしていまして。それで、先程から街の入り口付近でお待ちしていました」

 さすがは、稀代のギャンブラーと称されるだけのことがある。風の流れさえも読めると言うのか? その勘の鋭さに、ティガは驚かされた。やはり、この男……只者ではないのだな、と。

「街の方は殆ど完成しています。ただ、細かな微調整を行いたいので、一緒に来て頂いて、ぼくらが作った建物……まぁ、カジノバーを作ってみたのですが、実際に見て頂いて、色々とご意見を聞けたらと思いまして。ホントに急な話なのですが、このまま一緒に来て頂けると嬉しいのですが……」

 リドルが言い終わるよりも先に、嬉しそうに笑って見せるシャルル。

「素晴らしい! カジノバーですか。何と素敵なことなのでしょうか。ええ、では早速向かいましょう」

 妙にざっくばらんな振る舞いのシャルルに圧倒されるリドルとティガ。

「あ、あの……何の準備も要らないのですか?」

「はは。ギャンブラーとはそういうものなのですよ?」

 ふと、何かを思案するシャルル。

「ああ。数分ほどお待ち頂けますか?」

「え、ええ……」

 ますます掴み所の無いシャルルの行動にワケが判らなくなってしまうリドルとティガであった。人を煙に撒くような立ち振る舞いのシャルルにすっかり翻弄されてしまうリドル達であった。

 不意に、走り込んで行ったのと同じ様な、猛烈なスピードで戻ってくるシャルル。手にしたのは一枚の絵画だけ。一体、この絵画に何の意味があるのだろう? 不思議に思うリドルではあったが、敢えて踏み込まないでいようと考えるのであった。

「ああ。この絵に興味をお持ちのようですね?」

 シャルルがにっこり笑って見せる。

「我が家に代々伝わる家宝で『くじらのへそ』という絵なんです」

 その妙なネーミングに、思わずコケそうになるティガ。

(な、なんだ……その意味不明なネーミングは。しかも、そんなワケの判らない絵が家宝とは、ますます、この男……ただものではないな)

 違った意味で警戒するリドルを他所に、シャルルは相変わらずまるで旅行にでも行くかのような振る舞い。やがてミックの下へと辿り着くリドル達。

「ほほぅ。君がミック君ですか? いやぁ、グレイドの話の通り、立派な翼をお持ちですね」

 シャルルに褒められて、少々ご機嫌なミック。

「準備は良いな? では、次の目的地へ向かうぞ。次の街は農業の村だ。ケンタウロス族に山猫シェフだな」

 ミックは静かに乗客達に語り掛けると、静かに羽ばたき始めた。やがて、ふわりと舞い上がると、農村の村を目指して、一気に加速するのであった。

「ひゃー、聞きしに勝る素晴らしいスピードですねぇ」

 さすがは稀代のギャンブラー。こんなスリリングな体験さえも、楽しんでしまうのだから。リドルはギャンブラーの恐ろしさを思い知るのであった。

◆◆◆20◆◆◆

 大空高くへと舞い上がり、雲を突き抜けながらも、ミックは勢い良く風に乗って羽ばたき続けるのであった。凄まじいスピードで滑空していく。やがて雲を突き抜ければ、眼下には農業の村が見えてきた。

 目的地を発見したミックは、一気に着陸体勢に入るのであった。ゆっくりと旋回しながら、降り立ってみせるミック。賑やかな歌声の聞こえてくる、牧歌的な光景。村から少し離れた、広大な大草原にミックは降り立ってみせる。

「よし。着いたぞ」

 リドルはティガと共に、ミックの背から飛び降りると賑やかな歌声の響き渡る農業の村へと走りこんでいくのであった。

 村では、何時ものようにトーテムポールを囲むようにケンタウロス達が陽気な歌声を響かせていた。ちょうど収穫の時期なのか、収穫祭の真っ最中だった。賑やかな歌声に誘われるかのように、リドルは村の中心部を訪れた。

「ああ、君達は」

「久しぶりだねぇ」

 気の良いケンタウロス達に歓迎されるリドル。

「みんな、ぼく達のこと覚えていてくれたんだ」

 嬉しそうに笑って見せるリドル。ティガも満足そうな笑みを漏らしてみせる。

「ぼく達が作っていた街が完成したんだ。良かったら、新しい街に暮らしてみたいって人、いない?」

 リドルの言葉に、皆が驚きを隠し切れない。

「新しい街だって?」

「そう。ぼく達、みんなで力を合わせて作ったんだ」

 リドルの言葉に興味を示すのは、若者達。楽しそうに笑い合うケンタウロス達。

「すぐにとは言わないけど、興味があったら考えてね。今日は山猫さんを街へと移住して貰うために、ここに来たんだ」

 本当は収穫祭、一緒に楽しみたかったけど、みんなを待たせるわけにはいかない。ケンタウロスの一族は、土着に拘る一族。そうそう簡単に動かないことは、リドルも良く心得ていた。だから、あくまでも軽く話をするに留めておこうと思ったのであった。ケンタウロス達に、短く別れを告げると山猫さんのレストランを目指すリドルとティガであった。

「うーん、相変わらず美味しそうな香りだねぇ」

「ああ。食欲を誘われる香りだな」

 本当はちゃっかり、山猫さんの料理を堪能したいところであったが、皆を待たせている手前、自分だけ楽しい思いをする訳にはいかない。リドルはそう思いながら、元気良くレストランのドアを開けた。

「こんにちわー」

「はい、いらっしゃい……って、おや、リドル君ではないですか?」

 大きな目が印象的な山猫さん。久方ぶりに訪れた知り合いとの再会を喜ぶ。収穫祭の真っ最中なだけに、豊富な食材をたっぷり使って色々な料理を作っているらしく、実に良い香りが漂っている。うっかり、食欲に負けそうになりながらもリドルは本題を伝えるのであった。

「山猫さん。今日は重大な報告があって、ここに来ました」

「重大な報告ですか?」

 きょとんとした表情を見せる山猫さん。

「はい。街がもうじき完成します。もちろん、山猫さん用のレストランも作りました。ケンタウロス族の人達用にも、畑を作れる敷地も用意しました。ただ、ぼくらの独断だけで作ったものですから、一度、山猫さん自身の目で確かめて頂いて、意見を聞かせて欲しいんです」

 リドルの話を聞きながら、にこやかに微笑んでみせる山猫。

「そうですね。シェフに取って調理場はまさに命とも呼べるような場所です。是非とも、この目で確かめさせて頂きたいですね」

 そう言うと、静かに帽子を取ってみせる山猫さん。

「キツネさん、リスさん。私に代わってこのレストランをよろしくお願いしますね。後は私の弟子の、海猫が来てくれる手はずになっています」

 山猫はキツネとリスに短く別れを告げて見せた。

「大丈夫ですよ。ぼくらのことは気にしないで下さい」

「新しい街で、山猫さんの料理を、みんなに教えてあげて下さい」

 キツネとリスは、陽気に山猫を送り出そうとするのであった。

「ありがとう……キツネさん、リスさん……。ああ、こういうシチュエーションは苦手ですね。さぁ、リドル君、行きましょうか。海猫には私から手紙を送っておきます。数日もすれば、このレストランに来てくれるでしょう」

 山猫はリドルに静かに微笑んでみせた。

「さて……行きましょうか」

 リドルに導かれ、山猫はミックの下へと向かうのであった。だが、妙に騒がしい。ミックが眉をひそめながら、リドルに問い掛ける。

「リドルよ、これは一体どうしたことなのか?」

「ケンタウロス達が?」

「ぼくらも新天地に興味があります」

「是非とも、ご一緒させてください」

 冒険心に燃えるケンタウロス達もまた、新しい街、新天地での生活に憧れを抱いていたのだった。

「まぁ……このくらいの人数ならば、特に問題はない」

 苦笑いしながら、ミックは山猫さん達をその背に乗せながら、静かに羽ばたき始めるのであった。

「次の目的地は……少々離れているが、スノーマン達の村を目指すとするか」

 ミックはリドルにそう告げると、ゆっくりと地面を蹴り上げて、大空高く舞い上がっていくのであった。

◆◆◆21◆◆◆

 クマトリオはゼベク爺さんの運転する汽車に揺られて、懐かしい故郷へと戻っている最中であった。だが、何時もの様な陽気さはそこには無かった。何かを考え込んでいるのか、どこか神妙な面持ちだった。何時に無く物静かな三人に、ゼベク爺さんは不思議な感情を抱かずに入られなかった。だが、夜逃げ同然に村を飛び出し、外の世界で多くのことを見聞きしてきた今、その気持ちは複雑なものであろうことはゼベク爺さんにも察しがついた。

 海の上を走る線路は、少なくても成功であった。実際に、陸地を走るのと何ら変わらなかった。その技術力の高さに、ゼベク爺さんも驚きを隠し切れなかった。やがて、森の中へと入る頃には陽が沈みかけようとしていた。ますます、どこか物悲しさを掻き立てるような光景に思えた。

 スモーキー達は、相変わらず一言も口を聞かない。それは、故郷へ残してきた仲間達を思ってか? それとも世界という大舞台を知ってしまったからこその哀しみなのか、それは誰にも判ら無かった。

 草原を抜け、森を抜け、次第に山道へと差し掛かり始めていた。見覚えのある光景……そう。故郷を抜け出し、歩んだ道。スモーキーが、ハスキーが、ターキーが、それぞれの思惑を胸に抱きながら、懐かしい光景を見つめていた。

「なんで……こんな複雑な気持ちになるんだろうな」

 堰を切ったように、最初に口を開いたのはスモーキーだった。

「おかしな話だよな。懐かしい故郷に帰るってのにな」

 ハスキーが切な気に笑ってみせる。

「もうすぐ……到着するね」

 ターキーがぽつりと漏らしてみせる。

「シャキっとして行こうじゃないか? 確かに、オレ達の旅の始まりは、半ば夜逃げ同然と罵られても仕方が無いようなものだったさ。だが、オレ達はミケ達と出逢い、世界を見てきた。そして、何よりも街造りという、大きな使命を達成できたんだから」

 まるで自らの迷いをかき消すかのような強い口調で語って見せるスモーキー。その言葉に勇気付けられたのか、元気を取り戻す、ハスキーとターキー。

「そうだよな。それに、田舎の村にいたままだったら、きっと、オレ達は何も変わらなかった」

「波乱に満ちた冒険だったけど、ぼくはみんなと一緒に旅が出来たこと、誇りに思うよ」今、再び三人の心は一つになろうとした。ゼベク爺さんが威勢良く汽笛を鳴らす。

「もうじき到着するぞ」

「判った。皆と話をしてきたい。だから、申し訳ないけれど、少し待たせても良いかな?」おずおずと尋ねてみせるスモーキーに豪快に笑い掛けてみせるゼベク爺さん。

「ああ。そんな細かいこと気にしねぇで、しっかりと、みんなに外の世界のことを話してきてやりな」

 やがて汽車はクマトリオの故郷に到着しようとしていた。こんな夕暮れ時に汽車が訪れることなんて元来あり得ないこと。皆が何事かとばかりに、駅に集まってくる。

◆◆◆22◆◆◆

 懐かしい故郷の木々の香り。変わらない風景に、無限の懐かしさを感じながらスモーキー達はゆっくりと汽車を降りた。彼らの姿を見て皆が驚いた。

「す、スモーキー!」

「それに、ハスキー、ターキーも!」

 狭い村。だから、皆が家族のような村なのだ。何も言わずに、夜逃げ同然にして旅立っていった彼らを心配しない者がいたであろうか。

「みんな……黙って村を飛び出してすまなかった」

 最初に頭を下げたのはスモーキーだった。それに習うように、ハスキーが、ターキーが頭を下げた。

「みんな、一体今まで何処で、何をしていたんだ?」

 クマトリオを我が子のように思っていた酒場のマスターが疑問を投げ掛けてみせる。

「オレ達は……こんな山奥の小さな村で、自分達の人生を終えたいとは思わなかったんだ」不意に語り出すスモーキー。皆がその言葉に耳を傾ける。

「世界は広い。とにかく広い。オレ達は各地を旅して、色々なものを見聞きしてきた。そして、オレ達は仲間と共に力を合わせて無人島を開拓し、そこに新しい街を造り上げたんだ。ただの、ちっぽけな冒険では終わらせたくなかった。夢をこの手に納めたんだ。だから……こうして戻ってきたんだ」

 スモーキーの言葉に、皆が嬉しそうな反応を見せる。

「ただの悪ガキ達だった、お前達が新しい街を!?」

「すごい大冒険をしてきたんだねぇ」

 皆が口々にスモーキー達の功績を称えた。その中には、ハスキーの恋人、クッキーの姿もあった。

「ハスキー。夢、叶えられたんだね」

 嬉しそうに微笑んでみせるクッキー。照れ臭そうに笑い返してみせるハスキー。

「何も言わずに飛び出したことは謝る。でも、ずっと変わらない生活を続けているだけでは、何も新しい発見なんか、出来るわけがないんだ。世界に出て、オレ達はとにかく色んなことを体験した。そして、色んなことを学んだ。その集大成とも言えるのが、新しく造った街だ。人跡未踏の無人島を開拓して、街を造り上げることに成功したんだ」

 スモーキーの言葉に、皆が静かに聞き入っていた。

「だが、まだ最後の大仕事が残っている。オレ達を冒険へと導いてくれた、大切な仲間達にオレ達は、可能な限りの礼をしたいと考えている。みんなには申し訳ないが、オレ達、三人は新しい街で暮らしたいと考えている。もちろん、時には故郷にも帰ってくるし、移住したい奴がいたら、言ってくれれば何時でも案内する」

 スモーキーの言葉に皆が歓喜の声をあげる。確かに、村を去ってしまうことは哀しいこと。でも、新天地という広大な世界へと大きな夢を持って、歩み続ける彼らの姿こそ、この村を……かつては、人跡未踏とされた、こんな山奥に、村を造ったとされる、開拓者達の姿を、そこに見ていた。だからこそ、誰一人としてスモーキー達を止めるものはいなかった。

「それじゃあ、仲間達が待っているから、オレ達は再び、新しい街へと戻る。みんなも是非とも、一度、足を運んでみて欲しい。ちゃんと汽車も通行出来るようにしたから移動に関しては、船を使わなくても行けるから、安心してくれ。それじゃあ、オレ達は最後の大仕事のために新しい街へと、再び戻る。また、みんなと逢えるその日を楽しみにしている」

 スモーキーの演説に、何時しか割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。ハスキーが、ターキーが、静かに、力強く頷いてみせる。

「さて……戻ろう。最後の大仕事をするためにな?」

「ああ。判っているさ」

「ぼく達が出来る、最後の仕事をするためにね」

 こうして、再びクマトリオはゼベク爺さんの運転する汽車に揺られながら新しい街へと、再び戻るのであった。郷里の仲間達の理解が得られたことを、クマトリオは、心から感謝するのであった。大丈夫。必ず成し遂げて見せるさ。そして、本当の意味で街を完成させて見せるさ。クマトリオ達の熱い想いを胸に、もはや漆黒の闇夜に包まれた森を、ゼベク爺さんの運転する汽車は走り抜けていくのであった。

◆◆◆23◆◆◆

 再びリドル方面に話は戻る。猛吹雪吹き荒れる、寒空の大地を羽ばたくミック。さすがに、この猛烈な吹雪にはミックも苦戦気味。あまりの寒さにミックの背中にいる面々も震えが止まらない。

 まったく、何だってこんな寒い場所に住んでいるのだ、スノーマンという種族は。そんなことを考えながらも、ミックはただただ寡黙に羽ばたき続けるのであった。

 猛吹雪で視界が悪く、さらに強い寒さのために体の自由さえもが奪われるような感覚に襲われていた。やがて見えてくる、スノーマン達の集落。一面の銀世界の中にあって、キラキラと目立つ氷柱を各所に利用しているおかげで、吹雪の中でもスノーマン達の集落の場所は判り易かった。さすがに一面銀世界。着陸場所以前に、着陸可能なのか、ミックは少々戸惑っていた。だが、降り立たないことには話は始まらない。ミックはゆっくりと高度を下げながら、着陸体勢に入った。

 意外にも雪の上は、着地をするのには問題ないほどにしっかりとした感触。これなら問題は無いだろう。ミックはそう思っていた。

「ひゃー、相変わらず凄く寒いっ!」

「リドル、済まないが、この地に長時間滞在するのは非常に耐え難いものがある。出来るだけ早急にお願いするぞ?」

 さすがのミックも、この寒さには耐えられないらしい。と言うより、リドル自身も、この猛烈な寒さには耐えられなかった。吐く息さえもが瞬時に凍結するほどの寒さ。

「ティガ、こんな寒い場所、さっさと片付けちゃおう」

「い、言われなくたってっ」

 そんなこんなで、リドル達は大急ぎでスノーマン達の住む集落へと駆け込んでいくのであった。

◆◆◆24◆◆◆

 吹き荒れる猛吹雪の中、スノーマン達の生活は、相変わらずマイペースそのものであった。何しろこのような過酷な環境にある場所だけに、来客などは滅多にない場所である。リドルの訪れに、多くのスノーマン達が出迎えてくれた。

「やぁ、君はリドル君だね?」

 スノーマンの一人が声を掛ける。見かけ上は、全員同じにしか見えないのだが……。

「街が完成したので、今日はその案内に来ました」

「素晴らしい。街が出来上がったのですね」

 スノーマン達の間から、拍手喝さいが巻き起こる。

「ま、まぁ正確には、まだ微調整が必要です。スノーマンさん達には、オーケストラ会場を造らせて頂いたのですが、一度一緒に来て頂いて細かな部分に関する注文とかあれば聞きたいのですが……」

 寒さに震えながら、リドルは必死で語ってみせるのであった。

「そういうことならば、是非とも案内してください」

 リドルに話し掛けてきたスノーマンが笑顔で返してくれる。

「それじゃあ、入り口の方で、ぼくらの仲間が待っていますので」

「判りました。特に必要な荷物もありませんので、このまま同行させて貰います」

 そう言うと、リドルの後ろを着いて歩くように数人のスノーマン達が動き始めた。リドルは彼らを先導するように、ミックの下へと戻っていくのであった。

「た、ただいま……」

 半ば凍り付き掛けているミックに声を掛け、スノーマン達をミックに紹介するリドル。

「彼らがスノーマンさん達だよ」

「了解した。では、さっそく移動を開始しよう。次の目的地はゴーストタウンだな。この寒さは耐え難いな」

 ミックは体中に付着した雪を払い除けると、さっさとスノーマン達を背に乗せ、大地を思い切り蹴り上げ、大空高くに羽ばたいていくのであった。

 しかし、続くゴーストタウンもまた、妙な色合いを持つ場所である。とにかく、この猛烈な寒さから一刻も早く脱したくてミックは可能な限りのスピードで羽ばたいていくのであった。

◆◆◆25◆◆◆

 猛吹雪の最中を抜けて、やっとまともな気象状況かと思えば、ゴーストタウンの周辺は、常に暗雲が立ち込める場所。しかも、時々響き渡る雷鳴の轟く音にミックは神経を集中させていた。

「まったく……。今度は今度で落雷の危険のありそうな場所だな……」

 憮然とした口調のミックに、苦笑いで返すしか出来ないリドルであった。

「ここも長居は危険な場所だな。リドルよ、くれぐれも手際よく頼むぞ?」

「判っている。任せておいてよ」

 妙な雰囲気の漂う場所ではあるが、慣れてしまえば、中々にブラックユーモアの感じられる面白い場所であることも、また事実なのであった。ただ、ミックの言う通り、常に雷雲に包まれているので決して安全と言えるような場所ではない。リドル達は墓石の並ぶ街道を駆け抜け、ゴーストタウンへと向かうのであった。

 相変わらず薄暗い街の光景。今日は妙に静かだな、と思いながら街の真ん中に位置する、逆さ十時を立てたなんともブラックユーモアたっぷりな、教会を目指すのであった。不思議なことに、手を触れずとも勝手に開く扉に一瞬、顔を見合わせてしまうリドルとティガであったがここで退くわけにもいかない。

 意を決して教会へと入っていく。パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡っていた。思わず聞き入ってしまうリドルであったが、突然、それも一転して、ダンスビートバリバリの音楽に変わった。

「きたきた……このノリだよ……」

 ティガが苦笑いしてみせる。不意に、一斉に登場するゴーストたち。そして、パイプオルガンを演奏していたヴァンパイアがリドル達の存在に気付き、まるで空中を舞うかの如くくるくると回転しながら、リドルの目の前に瞬時に移動してみせる。

「お久しぶりですわね、リドル君。再びこの地に来たということは?」

 察しのいいヴァンパイアは、素早くリドルの来訪の目的を汲み取るのであった。

「ええ。街が大分完成しました。もちろん、ヴァンパイアさんのために教会も用意しました。急な話で申し訳無いのですが、出来れば、このまま一緒に来て頂いて、実際に出来上がった教会を見て頂いんですが」

 にこやかな笑顔で応えてみせるリドル。その言葉を聞きながら、嬉しそうに微笑んでみせるヴァンパイア。

「まぁ、もう完成したなんて。まさに、神のご加護のおかげですわね」

 周りのゴーストたちも、喜びをダンスで表現している。

「判りました。これと言って必要な荷物もありませんし、私も、その教会をこの目で、確かめてみたいものですわ」

「じゃあ、このまま出発しましょう」

 リドルの言葉に、笑顔で頷いてみせるヴァンパイア。あまり長々と待たせてしまうと、ミックに落雷の危険性もあるために、リドルは若干急ぎ足でミックの下へと向かうのであった。ミックを目にしたヴァンパイアは驚きの声を漏らす。

「まぁ、なんと大きな鳥さんなのかしら」

「ミック、お待たせ。彼女がヴァンパイアさんだよ」

 リドルの言葉を受けながら、静かに頷いてみせるミック。

「……で、その周りにいる、ふわふわした妙な奴らは何なんだ?」

 ミックは眉を潜めながらリドルに問い掛ける。

「ああ。この人達はゴーストさん」

 あまりにもベタなリドルの返答に、思わずコケそうになるミック。

「は、はは……。そうなのか……。まぁ良い。次の目的地は自由市場だな。比較的近場で助かるな」

 そんなことを考えているミックであったが、リドル達は、自由市場を訪れたことがあるからかの地が、どれほど暑いのかを知っていた。大陸の端の方に行けば、気象条件が極端になるのは当然と言えば、当然なのではあるが。

「では、自由市場を目指して向かうとしよう」

 落雷の危険性に神経を尖らせながら、ミックは大空に向かって、羽ばたいていくのであった。次なる目的地は、砂漠を越えた先。かなりの距離がある上に、灼熱の世界を抜けることになる。こころして挑まねば。そんなことを考えつつ、ミックは力強くはばたくのであった。

◆◆◆26◆◆◆

 照り付ける太陽の光さえもが熱く感じられる程の灼熱の砂漠地帯。自由市場は砂漠を抜けたところにある。というより、砂漠の端にあるオアシスを囲むような形で存在している。灼熱の砂漠という、特殊な環境で生きる上で水は命綱とも呼べるようなもの。その水の周辺で生活を営むというのは、実に理にかなったことである。

 さしものミックも、この猛烈な暑さは相当堪えているらしい。まったく、猛吹雪の銀世界に、雷雲立ち込める危険地帯に、今度は砂塵嵐吹き荒れる灼熱の砂漠とはな……迂闊に名乗りをあげてしまったことを少々後悔するミックではあったが、自分から言い出した以上は後には引けないと考えるあたりに、彼の実直さが現れている。眼下には、砂漠を抜けるキャラバン隊達の姿が見えていた。

「あ、キャラバン隊の人達だよ」

 大空を羽ばたく巨大な鳥の影に驚いたのか慌てて空を見上げてみせるキャラバン隊。ミックの背に乗ったリドルが手を振って見せれば、それに応えるかのように、手を振ってみせるキャラバン隊の面々。

「知り合いか?」

 ミックが問い掛ける。

「うん。砂漠を抜けるのは大変なことだったからね。何しろ、目印になるものは何も無い。方向感覚が無くなって、ダウンしちゃった時に助けられたんだ」

 リドルが得意気に語ってみせれば、納得したかのように頷くミック。

「なるほどな。ん? おお。あれが自由市場のようだな」

 やがて見えてくる、砂漠の端に存在する豊かな水源を称えた広大なオアシス。そして、賑わいを見せる自由市場。自由市場は、まさしく砂漠のバザーと言った感じ。特定の店を構えることなく、各々気に入った場所で商売をするという、大雑把にして、活気に溢れた街である。

「よし、着陸するぞ」

 足場が砂地では、足を取られる危険性もある。自由市場のさらに奥に広がる、小さな草原を目指してミックは身長に着陸体勢に入るのであった。何しろ、草原の先には森が広がっている。そんなところに突っ込めば、大変な目に遭う。しかし、そこはミック。確かな腕前で、見事に狭い緑地帯を狙っての着陸を成功させた。

 リドル達はさっそくミックの背から飛び降りると、賑やかにして、活気溢れる街、自由市場を目指すのであった。

◆◆◆27◆◆◆

 自由市場は相変わらず活気に満ち溢れていた。その中でもリドル達が向かう先はもう決まっていたようなもの。にやにやと茶化すような笑みを見せるティガを尻目に、リドルはひたすら走り続けるのであった。やがて街外れの小さな家の前まで訪れる。

「あ……リドル君?」

 ちょうど、庭先の木に水をやっていたアンナ。いきなり出くわしてしまって、驚きを隠し切れないリドル。

「や、やぁ……。久しぶりだね」

 妙にぎこちない口調のリドルに、ますます笑いを堪えるのに必死なティガ。

「前に手紙渡したでしょう?」

「ええ。大切に取っておいてあるわ」

 アンナがにっこり微笑んでみせる。

「今、ここで……手紙を開けてみて貰えるかな?」

 どこか、緊張した口調のリドル。だが、アンナは静かに頷くと家の中へと駆け込んで行った。

「な、なに、にやにや笑っているんだよっ?」

「べーつにー」

 リドルに突っ込まれても飄々とした態度を崩さないティガ。やがてアンナが戻ってくる。

「この手紙でしょう? じゃあ、開けちゃうよ?」

「うん。今、開けて欲しいんだ」

 リドルの言葉に従い、そっと手紙を開封してみせるアンナ。中に入っていたのは、小さなチケットであった。

「まぁ? これは……何のチケット?」

「ぼく達が作っている、新しい街への招待チケットだよ」

「え?」

 リドルの話が、良く理解出来なかったのか戸惑ったような表情をみせるアンナ。リドルは続けてみせる。

「ぼく達は、人跡未踏の無人島を開拓して新しい街を作ったんだ。まだ、完全に終わった訳では無いのだけどね」

「無人島を開拓してですって? 凄いじゃない」

 嬉しそうに笑ってみせるアンナ。すかさずリドルが続けてみせる。

「でね、そこにアンナも住めるような家を建てたんだ」

「え? あ、あたしのために?」

「そう。急な話だけど、一緒に来てくれないかな? ぼくらの独断で作った家だから、満足行くものかアンナの意見を聞かせて貰いたいんだ。だから……ね?」

 リドルはにっこり微笑んでみせる。アンナも嬉しそうに微笑み返してみせる。

「嬉しいわ。あたし、この街から出たことがないから、外の世界にはとても興味があったの。うーん、取り敢えず必要な荷物は、また後で取りにくれば良いわね」

 意外にも早い返答に、逆に驚かされるリドルであった。だが、アンナは相当に乗り気らしく「早く行こう」なんて言いだす始末。すっかりご機嫌なリドルであった。

「ぼくらの仲間が街の外、草原の一角で待っているんだ」

「判ったわ。ああ、新しい街だなんて楽しみだわ」

 ウキウキ気分のアンナを見つめながら満足そうに頷いてみせるリドルであった。リドルは、アンナを連れてミックの下へと急ぐのであった。巨大な鳥の姿に、アンナは一瞬驚いた様子だったが、初めて目にする巨大な鳥の姿に興味津々な様子。

「まぁ、なんて大きな鳥さんなんでしょう」

「ミック、お待たせ。彼女はぼくの友達のアンナ」

「ミックさんって言うのね? よろしくね。あたしはアンナ。最近は自由市場にも出入りしているから、そのうち自由市場に出品している人たちも街に来てくれるようになると思うわ」

 ミックは感慨深そうに頷いて見せるのであった。砂漠のバザーとも称される、自由市場の商人達が街へ訪れるようになれば、街はさらに活気が出てくることだろう。

「良い人材を見つけてきたな」

 ミックが静かに微笑んでみせる。これはリドルにしても、予想外のことではあったが嬉しい誤算とでも言うのであろうか? 在り難い結果に繋がったことは間違いなかったのだから。

「よし、最後の目的地、森の都を目指そう。距離的には山を一つ越えた先だ。それほど遠くでは無い。それでは、早速向かうぞ」

 ミックは、その背にリドル達とアンナを乗せると静かに地面を蹴り上げて、ゆっくりと羽ばたくのであった。街造りのために沢山の木材を提供してくれた森の都。場所は既に心得ているミックに取っては、気楽なフライトとなりそうな予感がしていた。

◆◆◆28◆◆◆

 澄み渡る空。実に日差しが心地良く感じられた。ミックはゆっくりと羽ばたきながら、連なる山脈を越え、柔らかな風の吹き抜ける森の上空を羽ばたいていた。森の都は、その名の通り、森に面した場所に位置する街。だが、森の上に着地をするのは賢くない。森の都と、海との間には草原が広がっている。その場所を目指して、ミックはゆっくりと高度を下げていくのであった。

「着陸体勢に入るぞ。しっかりと捕まっていろよ」

 ミックは皆に語りかけると、ふわりと、ゆっくり草原の上に着地するのであった。吹き抜ける緑の香りが、実に心地よかった。

「さて……ここが最後の場所になるはずだ」

「うん、じゃあ、さっそく行って来まーす」

 リドルはティガと共に、森の都へと駆け込んでいくのであった。

 長閑な風情ある街並みは、緑の木々の香りに包まれ、心が安らぐ場所であった。建物の多くはログハウス形式を取っていた。そんなところにも、森の都らしい配慮が織り込まれているように思えた。やがて、良い香りのするハーブ園へと差し掛かるリドル達。

「うーん、良い香りがするね」

「あら、あなたは……」

 ちょうどリドルに気付いたのか、ハーブ達に水をやっていたフリージアが声を掛ける。

「こんにちは、フリージアさん」

「まぁ。やっぱりリドル君だったのね?」

 嬉しそうに、にっこりと微笑んでみせるフリージア。

「今日は街が、ほぼ完成したという報告をするために、やってきました」

 リドルはにこやかな表情で語って見せる。

「まぁ、もう完成したの?」

 驚いたような表情を見せるフリージア。

「リドル君、ちょっと待っていてくれる? ミケネコさん達も呼んでこなくちゃいけないから」

 フリージアの言葉に静かに頷いてみせるリドル。やがて、豪快な足音を立てながらミケネコ一家が駆け込んでくる。買出しから戻ってきたジャックも、何事かと一緒になって駆け込んできてみせる。

「街が完成間近なんだって?」

 相変わらず迫力のある、ミケネコママ。その迫力に少々気圧されてしまうリドルであった。

「え、ええ……。まだ、完全に完成したわけではありませんが、ミケネコさん達の食器作りの技、ジャックさんのヴァイオリン、フリージアさんのハーブティー、それらの全てを上手い具合に組み合わせて、洒落た店を作ろうと思ってぼくらなりに考えて造ってみたのですが、実際に住むみなさんに見て頂いて、意見を受けたいと思うのですが、どうでしょう?」

 リドルの言葉を受けながら、ミケネコママが相変わらずの凄みの聞いた目で、リドルを見つめる。

「あたしの目は厳しいよぉ?」

「ええ。もしも、足りない部分とかあればその部分も含めて、完全なる街の完成を目指したいと思うので」

 ミケネコママが、にやりと笑って見せる。

「あんた達も、異論は無いんだろう?」

「ええ。良いと思うわ。必要なものは後から取りにきても構わないですものね」

 フリージアがにっこりと微笑んでみせる。

「なら話は決まりだね。でも、どうやって、その街へ行くんだい?」

 ミケネコママが問い掛ければ、リドルは微笑みながら返してみせる。

「ぼくの友達のミックという、巨大な鳥がみなさんを乗せて、街まで運んでいきますので」ミックの下へと向かい歩んでいくリドル。その後ろを着いていく、ミケネコママ率いる一団。巨大な鳥、ミックの姿に驚かされるが、新天地への果てること無い期待に胸を膨らませる一行であった。

「楽しみだねぇ。新天地での商売だなんて。あんた達、しっかりと働くんだよっ。街を大いに盛り上げるためにも、あたしらも頑張らないとねぇ」

 豪快に笑って見せるミケネコママ。ミックは最後の移住者達を背に乗せると、静かに語って見せるのであった。

「これで移住者は全員だな。それでは、さっそく街へと戻るとしようか。なに、ここからの距離は大した距離ではない」

 そう伝えると、しっかりと捕まっていろよと告げるのを忘れることなく、力一杯、大地を蹴り上げ、大空に羽ばたいていくのであった。街造りの最後の仕上げの時は、もはや目前まで来ている。大きな期待を抱きながら、皆が新しい街への想いを馳せていた。

◆◆◆29◆◆◆

 ミケ達は街作りの細かな部分の作業を行っていた。街作りと言っても、建物だけを建てれば良いというものでは無い。石畳を敷き詰め、木材やら石材やら、大量のゴミが出てしまうのは仕方が無いことであった。だが、これから移住者が訪れるというのに小汚いイメージを与えたくないと考えたミケの意向で大規模な清掃作業を行っていた。

 また、手の空いたドラゴン達は街の周辺の環境整備を行っていた。外壁を造ってしまうと、窮屈な感じになってしまうが、街の周辺の地形が崩れたりした際に、被害を最小限に食い止めるように、デザインにも凝った石垣を作り込んでいた。

 如何にミックと言え、各地を巡ってくれば相当に時間が掛かってしまうのは仕方ないだろうとミケは考えていたので、じっくりと作業を行うことにした。

 何時しか夕暮れ時も過ぎ去り、夜が訪れようとしていた。グレイドお手製の街灯達の明かりが一斉に灯る。思わず感嘆の声をあげてしまうミケ。

「すごーい。これなら夜でも暗くないね」

 ミケの喜ぶ表情を見ながら、微笑んでみせるグレイド。

「もっとも、オレの発明の技術はこんな小さなものでは無いのだけどな」

 確かに、電気設備や浄水設備は、街に取っては非常に有効なものとなるはずである。しかも、発電の設備を考案したのもグレイドであったし、何よりも気球を作り上げるという偉業を成し遂げられたのもグレイドがいてくれたからである。ミケは頼もしい仲間達に支えられていることを嬉しく思うのであった。時同じくして、ミックが戻ってくる姿が目に飛び込んできた。

「あ。ミックが戻ってきた」

「ふむ。いよいよ最後の微調整に入るとするか」

 ほぼ完成した街に、多くの移住者達が足を踏み込む。美しく仕上がった街並みに、皆が驚きを隠し切れなかった。

「ミケ、ただいま」

 リドルとティガが駆け込んでくるのが見えた。

「お帰り。長旅、お疲れ様だったね」

「ううん。ぼくよりもミックさんの方がずっと大変だったはずだよ」

 さすがに長時間飛び続けたのか、ミックもお疲れの様子。リドルの話によれば、力尽きたかのように休んでいるらしい。本当に多くの仲間達の力が無ければ、ここまでのことは出来なかっただろう。気球も完成し、ミケの悲願の達成は、もはや目前まで迫っていた。皆が、各々に用意された家を目にして驚いている声があちらこちらから聞こえてきた。

「さぁ、ここからが本番になるぞ?」

 グレイドが笑って見せる。

「うん。みんなのために街を完成させないとね」

 ミケが静かに微笑んでみせる。まずは、造り上げた建物に問題が無いかを皆に見てもらい、注文があれば、それに応じて微調整をする。そういう感じで進めていこうと考えていたグレイドの案は、実に的確だったのかも知れない。

◆◆◆30◆◆◆

 マーシャ婆さんとモーリスおばさんは見事に建てられたオルゴール堂に、目を張るばかりであった。

「何か問題点や注文があったら、遠慮なく申し付けてください」

 ドラゴンの青年が問い掛けてみせる。マーシャ婆さんが、どこか古典的な赴きの感じられる深みのある色合いの建物の戸を開けば、内装は実に細やかな造りになっていた。ベージュを基調とした柔らかな色合いで作られ、照明もほのかに幻想的な色合いを漂わせる不思議な色合いのもの。

「素晴らしいわ……。ここに、後はオルゴールを運んでくれば、とても素敵なオルゴール堂になるわね。まぁ。なんて嬉しいんでしょう」

 感慨深そうに微笑んでみせるマーシャ婆さん。店の置くには、これまたシックな色合いで統一されたテーブルと椅子が用意されていた。

「クッキーを焼かれると伺っておりましたので、オーブンの方もしっかりと用意させて頂きました」

 カウンターの奥、キッチンのオーブンもまたピカピカに輝く新品で、思わず笑みがこぼれてしまうモーリスおばさん。

「まぁ。こんな素敵なオーブンだったら、今まで以上に、おいしいクッキーも焼けそうだわ」

 すっかり満足するマーシャ婆さんとモーリスおばさん。

「これならば、特に直して頂くべき場所なんて無さそうね」

「ええ。予想以上に素晴らしい出来だわ」

 マーシャ婆さんとモーリスおばさんはただただ美しい建物に心打たれるのであった。

◆◆◆31◆◆◆

 レヴィとパーンの鳥人兄弟もまた、しっかりとした造りのログハウスに案内されていた。

「こちらになります」

 ドラゴンの青年に案内されて訪れたのは、実に見事に作られたログハウス。店内の照明もランプを使うなど、洒落た雰囲気が滲み出てくるように思えた。

「おいおい。こりゃあ、凄いな……」

 ただただ圧倒され、感動の言葉しか出てこないパーン。山頂の街でのカフェショップも結構、こだわった造りにしていたつもりだが、目の前に佇むログハウスは、それを遥かに上回る造りとなっていた。

「アトリエの方も用意させて頂きました。ただ、我々の中に画家はおりませんので、満足いくものが出来たかどうか、少々不安ではありますが」

 ちょっと困ったような笑顔を見せるドラゴンの青年に案内されたのは、カフェショップのすぐ裏手に用意された言うなれば、離れのような建物である。こちらも真っ白な外観が、実に清潔感漂う感じだ。しかも、屋根には風見鶏なんか設置されていて中々凝っている。

「これはまた、素晴らしい……」

 レヴィもまた驚きを隠し切れない。ドアを開けて、中を見てみれば、良く磨かれた木製の床が実に美しく見えた。木々のとても良い香りのする家だとレヴィは思った。

「うん。これならアトリエとしては十分過ぎる出来だよ」

「カフェショップといい、アトリエといい、本当に見事な作りだ。直して頂く必要は無さそうだよ」

 レヴィとパーンの言葉を聞きながら、嬉しそうに微笑んでみせるドラゴンの青年。

「そうですか。それは良かった」

 レヴィとパーンは、この素晴らしい家で新しい生活が出来るのかと思うと、ただただ胸が弾むばかりであった。

◆◆◆32◆◆◆

 カジノバーは夜になると、煌びやかなネオンライトの見事なまでの電飾のおかげで、実に賑やかな感じが漂っていた。ちょっと渋めのバーというのも悪くは無いが、シャルルは、これで結構派手好きである。

「おおぅ。良い感じに派手で、ぼく好みですね」

 案内されたシャルルは、妙に派手なカジノバーにすっかりご満悦と言った表情を見せる。

「内装の方は、このようになっております」

「これはまた……見事な……」

 およそ、カジノタウンにあるものと遜色ないだけのカジノ用の娯楽設備が整っていた。いや、カジノタウンのものよりも、遥かに質がいいとシャルルは思った。

「こちらでは、カウンターを用意しましたので、カジノで疲れた方々に、お酒を召し上がって頂くことも出来ます」

 ドラゴンの青年の説明に、ふと首を傾げるシャルル。

「バー、ですか? おかしいですね。ぼくはバーテンの経験など無いのですが……」

 困った顔をするシャルルに、ドラゴンの青年がにっこりと笑顔で返してみせる。

「シャルルさんのお仲間の、B・ウォルフさんと仰る方がバーテンをなさると聞いておりましたが?」

 思わず苦笑いしてしまうシャルル。彼らの策略に見事にはめられてしまいましたか。まぁ、それも悪くは無いでしょう。カジノは賑わってこそ楽しいもの。バーテンをなさって頂けるなら、ありがたいことですね。

「それにしても、実に見事な作りですね。これほどまでに完成度が高いとは思っていませんでした。正直なところ、ぼくには勿体無い程に、良い出来だと思いますよ」

 シャルルがにっこりと微笑んで見せれば、ホっと一安心したのか、ドラゴンの青年も微笑んでみせる。

「喜んでいただけて光栄です」

 それにしても、聞きしに勝る腕前ですね。ドラゴン一族は、建築技術に長けていると聞いていましたがまさか、これほどまでとは……なんだか、楽しそうな予感がしますね。シャルルは楽しい未来を夢見、そっと微笑んで見せるのであった。

◆◆◆33◆◆◆

 ケンタウロス達と山猫さんは、街の高台の方へと案内された。農業を行うには、実に適した良い土壌が広がる高台。そこを選び、家を建てたことに間違いは無かった様子。ケンタウロスの若者達が土壌に興味を示す。

「すごく良い土だよ」

「うん。これだったら、色んな野菜が育てられそうだね」

 ドラゴンの青年が、さらにアピールするかのように周辺の状況を伝えてみせる。

「この島の高台付近は、比較的木々が多く、湿った箇所が多いので、きのこや色々な野草がこの辺り一体にはありますので、そういう意味でもいい場所です」

 確かに少々木々が密集していて、近くを滝が流れているせいか、湿度も高く特にきのこ類が好みそうな気候だなと、ケンタウロス達は思った。

「ケンタウロス族のみなさんには、こちらの家を用意させて頂きました」

「わぁ、すごーい」

 どこか民族的なデザインの家は、細かな装飾品が色々と飾られていていかにも民族的という色合いを出していた。

「内装にも凝っているんですよ」

 にっこり笑いながら、家の中を見せるドラゴンの青年。部屋の真ん中には囲炉裏が設置されていた。ケンタウロス達は家の中心に囲炉裏を作り、そこで料理をしながら、皆で食事を取るという話を聞いていたドラゴンの青年の考えた案であった。

「ちゃんと、ぼくらの文化を理解してくれているんだね」

「すごく良い出来だよ」

 ケンタウロスたちは満足そうに喜び合っていた。

「山猫さんのレストランは、そのすぐ隣に用意させて頂きました」

 ちょっと遊び心の詰まった感じのする、風変わりな真っ白な建物。どこか、山猫の顔を象ったような形が印象的だった。

「これは……もしかした、私の顔をモチーフに?」

「ええ。山猫さんは、とてもユーモア溢れる方だと伺っておりましたので、こういう遊び心のあるレストランの方が、お客様も入りやすいかと思いまして」

 山猫はにっこりと微笑んでみせる。

「良い感じに、私の趣味を心得てくれているんですね」

 嬉しそうに笑いながら内装もチェックする。シェフである山猫さんにとって、キッチンはまさに、戦場とも呼べる場所。だが、そこはドラゴンの仕事。見事すぎるキッチンと、充実した設備に圧倒される。

「す、素晴らしいですね。ここまで見事にキッチンをデザインして頂けるとは、感激です」

 嬉しそうに微笑んでみせる山猫。ここまで見事に作られているのであれば、どこも直すべき必要などないじゃないですか? それよりも、こんな素晴らしい場所でレストランを経営出来るなんて、とても嬉しいことですね。山猫は、連日のように人が押し寄せるような賑やかなレストランを夢見て、そっと微笑むのであった。

◆◆◆34◆◆◆

 スノーマン達は街の外れにある、ドーム状の建物へと案内された。真っ白なドームは、まさに雪国をイメージさせた。かなり大きな建物なので、どうしても街の端に建てるしか無かったのだろう。微かに濁った色合いの硝子で構成された外壁は、スノーマン達の村で見られる、オーロラのような色合いを放っていた。

「これは素晴らしいですね」

「内装も見てやってください」

 内装はグレイドの発明技術が上手いこと活かされている。暑さに弱いスノーマン達のために、気温を低くするような機械が設置されているのであった。さらには、屋内にありながら、雪を降らせる機械などグレイドの発明が随所に、上手いこと使われていた。

「ぼくらに適した気温で、過ごし易いですね」

 ドラゴンの青年に取っては、結構過酷な寒さではあったが……だが、スノーマン達に喜んで貰えたことは喜ぶべきことだと思った。

「如何でしょう? このオーケストラホールは、内装にも工夫が凝らしてあって、音を反響しやすいような作りになっています。なので、氷の楽器での演奏も美しく響き渡ると思います」

「なんと。そんなところにまで配慮してくださるとは」

 スノーマン達が嬉しそうに微笑んでみせる。手に、手に、各自の楽器を手にするとさっそく氷の楽器でのコンサートを始めて見せるのであった。オーケストラ会場に響き渡る澄み切った音色。そして、その音色に呼応するかのように天井にはオーロラが広がっていく。ますます驚くスノーマン達。

「お、オーロラが!?」

「それも、グレイドさんの作った仕掛けなんです。スノーマンさん達の演奏が、より美しく聞けるようにとの配慮です」

 細かな部分まで行き届いたオーケストラ会場に、スノーマンはただただ喜ぶばかりであった。

「素晴らしいです。これほどまでに良く出来ているのですから、何も注文することはありません」

「そうですか。喜んで頂けて光栄です」

 スノーマン達の奏でる美しい音色が響き渡った。それはオーケストラ会場を抜け、街中に響き渡るかのように。

◆◆◆35◆◆◆

 ヴァンパイアを案内しながら、訪れたのは、街の中ほどに位置する教会。白を基調とした、しっかりとした木造の美しい教会。ヴァンパイアは嬉しそうに祈りを捧げてみせる。

「外観は一般的な教会をモチーフにしてみました」

「ええ、素晴らしい出来ですわ。内装も見させて頂こうかしらね?」にこにこ笑いながら、そっと教会の扉を開けば、輝かしいばかりのステンドグラスに、荘厳なマリア像。

「素敵だわ……」

「マリア像の後ろにはパイプオルガンが存在していますので」

 ゴースト達もふわふわと、舞いながら喜びをダンスで表現してみせる。

「うーん、素晴らしい教会ですわ。この教会だったら、多くの人々に教えを説くことは出来ますわ」

 ヴァンパイアは嬉しそうに微笑みながら、祈りを捧げて見せるのであった。

「それにしても……実に美しいステンドグラスですわね。ドラゴンさんがデザインして下さったんですの? 本当に良い出来ですわ。とても、いいセンスをお持ちですのね」

 ヴァンパイアに、そっと微笑まれ思わず照れてしまうドラゴンの青年。

「これほどまでに、素晴らしい建物でしたらこれ以上の注文なんて、あまりにも無粋ですわね」

 ああ、この美しい教会で私は教えを説けるなんて、素晴らしいことですわね。頑張って、教えを説いていくとしましょう。ヴァンパイアは、そう考えながら祈りを捧げるのであった。

◆◆◆36◆◆◆

 アンナの案内は、リドルが名乗りをあげた。ティガと一緒に、アンナの家を目指すリドル達。海が一望できる崖に近い場所に家を建てた。まだ、海を見たことがないというアンナに存分に、この街の良さを知って欲しいという想いが込められていた。

「ここが、アンナのために用意した家だよ」

「すごく綺麗……」

 ただただ、感嘆のため息を漏らすばかりであった。家の前には、大きな木が植えられていた。もちろん、自由市場のアンナの家の前の木とは異なるが立派な木を植えたのであった。

「この家からは海も良く見えるんだよ」

 きれいな外観は、淡い白で綺麗に固められていた。内装は、ゴテゴテとしたイメージはなく、自由市場の喧騒とは異なる物静かな雰囲気があった。だが、大きな窓や、レースのカーテンなど、内装にもこだわりが感じられた。

「気に入って貰えたかな?」

「うん。すごいよ、リドル君。あたし、こんな素敵な家に住ませて貰っちゃっていいの?」リドルは照れ臭そうに笑ってみせる。

「友達だから……」

 傍らではティガがにやにや笑っている。

「いずれは、自由市場の商人達もこの街に訪れてくれるようになれば、ますます賑わうわね」

 ふと、何かを考えるアンナ。

「そういえば、この街って……無人島だったんでしょう? どうやって、島の外に出るの?また、あのミックさんに運んでもらうとか?」

 その答えはこっちにあるんだよと言わんばかりに、リドルはアンナを二階に案内する。二階の窓から見える景色もまた、荘厳な景色であった。海の上を駆け抜ける流氷と、線路。その予想外な作りに驚きを隠し切れないアンナ。

「すごい。あんな仕掛けまであるなんて」

「うん。あの線路の上を汽車が走るんだ。だから、大陸の方に行くのも、そんなに大変じゃないんだ」

 リドルの説明を受けながら、ますます嬉しそうに笑って見せるアンナ。この街では、きっと今まで見たことも、聞いたこともなかったことも、とにかく色んなことが学べそうな気がする。アンナは果てぬ夢を胸に抱き、希望に心を弾ませるばかりであった。

◆◆◆37◆◆◆

 ミケネコ一家とジャック、フリージアはドラゴンの青年に案内されて、一件の家へと案内された。森の都の出身な彼らに、良く似合うようにと木で造り上げたしっかりとした建物が目に入った。

「随分と立派な家じゃないか」

「食器類を売れて、ヴァイオリンの音色を楽しみながら、ハーブティーを頂ける店という少々複雑な方針で建てたので、上手く出来たか不安はありますね」

 苦笑いをしてみせるドラゴンの青年。だが、建物の外観は非常に良く出来ていると皆が同じことを思っているのであった。

「気になるのは内装だな。さっそく入ってみるよ」

 相変わらず豪快なミケネコママがドアを開けてみる。内装は天井が高く作られていて、二階建ての二階部分の床を抜いたような造り。天井が高いため、開放感もあり、良い感じだと思った。

「こちらでは、食器類の販売を行うのに良さそうにと、棚を大目に用意させて頂きました」「ほほぅ。これだけ広ければ売り出しやすそうだな。それに、訪れる客達もゆったりと眺められて良さそうだな」

 満足そうに笑ってみせるミケネコパパ。

「店の奥には、海を眺めながらお茶を楽しめるようなテラスを用意しました」

「まぁ、屋外で頂くハーブティーってのも悪く無いわね」

 フリージアがにっこり微笑んでみせる。

「その庭部分で、ハーブを育てて頂くのも悪くないと思います」

 ドラゴンの青年が言葉を添えてみせる。

「悪く無さそうね。ハーブはいい香りを放ってくれる。その香りを楽しみながら、ハーブティーを頂くってのも悪く無いわね」

「ケーキとかは、あたしでも作れるからね。お茶菓子があった方が楽しめるだろうからねぇ」

 ミケネコママが感慨深そうに頷いてみせる。

「こちらで、ヴァイオリンを奏でていただければ海を見下ろしながらの、美しい景色がさらに映えると思います」

 ドラゴンの青年の言葉に、なるほどと頷いてみせるジャック。

「そうだね。音色と風景、そしてハーブの香りを楽しみながら、美味しいハーブティーとケーキを頂く。悪くないね。で、お土産に食器類を買っていって貰えれば良い感じに売れ行きも伸びそうな気がするね。どうだろう?」

 ジャックの言葉に、皆が頷く。

「そうね。ジャックの言う通りだわ」

「フン。なんか一つ位はケチつけてやろうかと思ったけど、ここまで完璧に作られちゃったら、文句も出てこないさ」

 にやりと笑って見せるミケネコママ。

「そうですか。気に入って貰えて光栄です」

 静かに微笑んでみせるドラゴンの青年。それぞれが想いを胸に抱きながら、店の運営を楽しみに思うのであった。

◆◆◆38◆◆◆

 街の各地を歩き回るミケ。完成した街を眺めているところに、クマトリオを乗せた、ゼベク爺さんの運転する汽車が戻ってきた。汽車も問題なく走行できるということを確認することが出来て、ミケも一安心であった。

「どうやら微調整の必要は無さそうだな」

 ドランの下に次々と案内を担当したドラゴンの青年達が戻ってくる。だが、ドランは満足そうに頷くだけで何の指示も出していない。つまりは、微調整は不要であり、街は完成したということになる。クマトリオ達も戻ってきたところでミケ達と合流する。

「街もほぼ完成したようなものだ。後は個々人の好きなようにアレンジして貰えば良い。実際に暮らすのは、移住してきた面々だからな。さて。そろそろ、オレ達の最後の目的を達成する時が来たようだな」

 静かに微笑んでみせるグレイド。ちょうどミケ達の下へ戻ってきたリドルにグレイドが指示を出す。

「戻ったか。街の方は、もはや完成したようなものだ。手数を掛けて悪いが、移住者全員を街の中央の噴水広場に集めて欲しい」

 グレイドが何を考えているのか、リドルには判ら無かったけれど、何か意味があることを考えているのだろうと判断した。

「うん、判った」

「さて……。オレ達も向かうとしよう。気球はもう、噴水広場にセッティングしてある」

 グレイドはにやりと笑いながら、ミケを見つめてみせる。

「いよいよ……夢が叶うんだね……」

「そうだ。だが、その前に……やらねばならぬ最後の仕事がある」

 クマトリオもまた、一緒に同行するのであった。

◆◆◆39◆◆◆

 噴水広場に集められた皆を前に、グレイドが静かに語り始める。

「皆、集まってくれたようだな?」

 一体何が起きるのだろうかと、皆がざわめく。

「まずは、新住民の皆さん。この街へようこそ。元を正せば、全ての始まりは……この、ミケにあります」

 いきなり名を呼ばれて、思わず驚くミケ。

「皆さんは、ヒィアン・デュラルという冒険家の物語をご存知でしょうか? この少年、ミケは冒険家、ヒィアン・デュラルの旅の歴史に憧れ、世界を又に旅をすることが夢でした。しかし、世界一周の旅行には、それなりの軍資金が必要となります。そのため、こうして各地を巡り、移住者を募り、人跡未踏の地に街を作り、そこから生まれる利益を元手に世界一周旅行の旅を実現させてやりたい。その想いから、私達の冒険は始まりました。知っての通り、我らドラゴンの一族は建築技術に長けております。実戦の場を求めていたのも事実で、そういう意味でもお互いの利害関係は一致していたというのが、この街の出来た経緯です」

 グレイドの演説に、ミケはただただ静かに心を震わされるのであった。

「彼ら、クマトリオと、郵便屋のリドル。彼らもまた、未知なる世界への憧れを抱き、共に旅をしてきた仲間達です。それぞれ思惑は違うでしょう。ですが、どうか、この日のことを忘れないで欲しい。それと……まだ、この街には名前がありません。我々の物語の全ての中心となった、ある少年の名をこの街の名称にしたいと考えております。依存は無いな?」

 ミケをちらりと見ると、不敵に笑って見せるグレイド。どう反応して良いのか、ただただ動揺するミケ。

「この噴水広場の一角には、ある銅像があります」

「え? そんなの何時の間に作ったの!?」

 グレイドの言葉にミケが驚く。

「さぁな?」

 にやりと笑って見せるグレイド。布を被せられた銅像に、妙な不信感を抱くミケ。も、もしかして……。

「ドラン、頼む」

 グレイドの言葉に応じるかのように、ドランがそっと、布をはがして見せれば、そこには……。

「あーっ!?」

 ミケは驚きの声をあげる。それもそのはず。なんと、そこにはミケを象った銅像があったのだから。

「全ては、ミケが物語の始まりとなったのです。だから、何時までも彼の想いを忘れないために、記念碑として、この銅像を街に作らせて頂きました。そして……この街の名も、みなさんにお伝えします。この街の名称は……『ミケランジェロ・タウン』です」

 そう。ミケランジェロというのは、ミケの本当の名前。ミケという呼び名は言うなればニックネームのようなもの。だが、街に移住してきた者達は、その言葉に応じるかのように一斉に拍手を送ってみせる。

「さて……。我々はこれより世界一周の旅に出ます」

 グレイドがゆっくりと気球を膨らます。熱された空気が送り込まれていき、次第に幌が膨らんでいった。

 クマトリオが、それぞれの楽器を手にしてみせた。

「さぁ、みんな、この街を作るに至った……もっと言えば、オレ達に夢と希望を与えてくれたミケの旅立ちを祝して、一緒に歌いましょう!」

 スモーキーが威勢良く吼えれば、海辺からはイルカのカルー率いる、イルカ達の澄み切ったコーラスが響き渡る。

「さぁ、ミケ。旅立ちの時だ」

 皆が見守る中、気球の幌はしっかりと膨らみ切っていた。やがて気球はゆっくりと浮かび上がっていった。

「ミケ。後のことはオレ達に任せておけ!」

 スモーキー達が陽気に笑って見せる。皆が歌い、そしてミケの旅立ちを見守っていた。

「ぼくも街のために頑張るからっ!」

 リドルが、ティガが、手を振ってみせる。

 次第に浮かび上がる気球。ああ、街が遠くなっていく……。ミケの脳裏を色んな想いが駆け巡る。何時もみんなの兄貴みたいだったグレイド……。彼の協力がなければ、ぼくらの誰一人も、夢を実現出来なかっただろう。本当に尊敬されるべきは、ぼくじゃない。グレイドであるべきなのに……なのにも関わらず、あくまでも、ぼくを立ててくれようとしてくれる。

「ありがとう……グレイド……」

「何を言う? お前が動かなければ、皆も動くことは無かったんだぞ?」

「そうだぜー。ミケの強い冒険への憧れこそが、皆を力強く引っ張れたんじゃないのかー? ミケ、もっと自分に自信を持っちゃったっていいんだぜ?」

 カールがケラケラ笑って見せる。やがて気球は大空へと向かっていく。ヒィアン・デュラルの大冒険……それを、ぼくは今、成し遂げようとしているんだね。後ろを振り返ってなんかいられない。前を見つめて、やっと手にした夢を実現しなくちゃいけないんだ。

 皆がどんどん小さくなっていく。クマトリオ達の歌声が、街に移住してきた皆の歌声が響き渡る。本当に多くの仲間達との出逢いがあった。そして……いよいよ、ぼくは旅に出る!「うんっ! 自信を持つよ。ぼくは、ヒィアン・デュラルを超えてみせるっ!」

 ミケの言葉に満足そうに微笑んでみせるグレイド。

「それで良い。そのくらいの心構えでないと冒険など不可能だ」

「ミケ、世界一周の旅行が終わったら、また、ミケランジェロ・タウンに戻ろうなー」

 カールの言葉に、グレイドがますます嬉しそうに微笑む。

「そうだな。ヒィアン・デュラルを超える冒険を成し遂げた、世界一の冒険家の住む街ともなればますます街は栄えていくはずさ。そのためにも成功させないとな?」

 ミケは力一杯応えてみせる。

「ぼくは、ヒィアン・デュラルを超えてみせるさ」

 やがて気球は夜空の果てに消えていった。だが、ミケランジェロ・タウンの住人達は唄い続けた。遥か彼方まで離れてしまっても、みんなの心は一つなんだ。それを伝えるかのように、皆、力一杯歌い続けた。

 今、ミケの大冒険が始まろうとしていた。伝説の冒険家、ヒィアン・デュラルを越える大冒険が始まろうとしていた。

 全ての始まりは、一冊の本だった。ヒィアン・デュラルの冒険記。

 大空へと浮かび上がっていく気球に乗っての旅。小さな少年の、大きな夢が、今、まさに現実のものになろうとしていた。大冒険の始まり。まだ、大冒険の始まりに過ぎなかった。それでも、大冒険であることには変わりは無い。ミケの夢は、今、まさに叶おうとしていた。

 それから約三ヶ月後……。ミケ達は、再び元気な姿を見せるのであった。結末は誰も知らない物語。小さな少年の大きな夢が、今、叶おうとしていた。

                              おしまい