第1話『狼と赤ずきん』

◆◆◆1◆◆◆

 春だというのに吹き抜ける風はいまだ、どこか涼しい感じがした。少女は慎重に器材を用意すると、本を広げてみせる。

「よしっ、準備は完璧っ」

 道具の準備も万端。手順の書かれたメモと本も用意した。後は材料のチェックだね。この間は、うっかり調合を間違えちゃって、お婆ちゃんの病気を治すどころか…あぶなく、とどめの一撃を刺してしまうところだったもの。

 赤いずきんがトレードマークの、愛らしい少女。その姿からか少女は赤ずきんと呼ばれるようになった。

 お婆ちゃん、具合が悪いみたいなの。薬草の使いかた、薬の作り方は教わっているから判らないなんてコトはないもの…あれ?

「おかしーなぁ……確か、このヘンにしまったんだけど……」

 赤ずきんは棚の中をゴソゴソとやってみるが探し求めている材料が見つからない。探し物はハーブの一種で葉を乾燥させてパリパリな状態で保存した物。ちょっと変わった香りのする葉なんだけど……あ、見つかった。

「あちゃ〜、なんてコト……ネズミさんにかじられちゃったみたい」

 よりによって、こんなモノ食べなくなって……台所には赤ずきんお手製の新作料理、特製チーズだってあるのになぁ。

 使おうにも、かじられちゃってボロボロ。これでは使えない。それこそ、とどめの一撃を刺してしまう薬が出来上がってしまうやも知れない。どうする、赤ずきん? こ……こうなったら……。

「そうよ……それしかないのっ、街へ……買い物へ行くわっ!」

 妙に気合いの入る赤ずきんであった。そうと決まったら善は急げだわ。お婆ちゃんに言っておかないと、心配してしまうもの。あんまり心配しすぎて病状を悪化させても大変ですもの。

「お婆ちゃ〜ん」

 お婆ちゃんはベッドに入って、ゆったりと読書をしていた。お気に入りの香草茶のいい香りがした。

「おや、どうかしたのかい?」

「大変なの。薬の材料が切れちゃっているの。

 ちょっと街までお買い物に行ってくるけど、心配しないでね」

「まぁ、赤ずきん……一人で大丈夫なの?」

 目を真ん丸くして驚いてみせるお婆ちゃんを見つめながら、人指し指でチチチとやってみせる赤ずきん。

「やぁねぇ、赤ずきんちゃんに不可能は無いのよ?」

「この間だって……街まで買い物に、って言って家を出て行ったきり、夜まで山中を彷徨っていたじゃないの?」

「大丈夫よ。赤ずきんに任せておいて。ほらほら、横になって、お婆ちゃんはゆっくりしていて」

 少々不安の残るお婆ちゃんであったがここは一つ、赤ずきんを信じてみようと思うのであった。

「じゃあ、お願いするわね。でもね、赤ずきん、一つだけ気をつけなくちゃいけないことがあるの。山道を歩く時は……」

 お婆ちゃんが朗々と語り始めようとしたところで、赤ずきんがすばやく割り込んでみせるのであった。

「……立て札を良く見て、危ない道には入らない。

 崖の近く、滝の近くは注意すること。そして、なによりもこわ〜い、こわ〜い、狼さんには注意すること……でしょ?」

「あら……」

「もう、何十回も聞いているから覚えちゃった。だいじょうぶ、だいじょうぶ、赤ずきんにお任せ」

 少々心配そうに見つめるお婆ちゃんを後に赤ずきんは愛用のカゴを手にすると、さっそうとドアを開けてみるのであった。扉の外からは緑の木々の香りがした。

◆◆◆2◆◆◆

 ドアの鍵を掛けて……ポストにはお手紙は来ていないみたいね。あ、またカラスさんにイタズラされないように井戸の周りもお片づけして。よし、準備はオッケーね。

「じゃあ、お婆ちゃん行ってきま〜す」

 嬉しそうに、赤ずきんは家を飛び出して行くのであった。緑がきれいな森の木々。青い空は澄み渡り、どこまでも続いているようだった。

 いいお天気。空気がきれいだから、遠くの山々まで見える。木々の葉が風に揺れている。そよそよと心地よい風が吹く。

「あら、可愛いお花。いつの間に咲いたんだろう?」

 目に入るもの、いろいろなものに興味を示しつつ山道を歩んでいくのであった。そんな彼女を見つめる二つの鋭い目に、赤ずきんは気付いていないのであった。赤ずきんは嬉しそうにはしゃぎながら、山道を駆けて行くのでありました。

「三番目の道案内は……西へ、つまりは左へってコトよね。すごい記憶力だわっ。赤ずきん、イケる。この調子なら大丈夫っ」

 妙に陽気な赤ずきんの動きに、二つの視線の主も戸惑いを隠せない様子であった。なにしろ……襲い掛かろうにも獲物がこの調子では、気合いも入らないというモノである。

 だんだんと街への距離も縮まりつつあった。心無しか気持ちにも、次第にゆとりができてきた気がした。

「この角を曲がれば、滝が見えてきて……」

 喜びからか、思わず歩調が早くなった瞬間足元の石につまづいて、赤ずきんはど派手に転んでしまった。

「きゃあ!」

「!」

 いった〜、赤ずきん一生の不覚なり。うう〜ん、焦っちゃダメってことね。ああ、痛かった……

「あ……あれ?カゴはどこへ行っちゃったの?」

「はい、どうぞなんだガウ」

「まぁ、どなたか存じませぬが親切な……」

 カゴを拾ってくれた誰かにお礼をしようと起き上がった瞬間、赤ずきんは背筋が凍りついた。

「きゃあ!狼〜〜〜っ!」

 甲高い悲鳴に、思わず一緒になって驚いてしまう狼。

「わわわわ、だ、大丈夫なんだガウっ!」

「食べないで、食べないで、あたしなんかおいしくないです〜っ!」

 必死で慌てる赤ずきんを見つめながら、狼も一緒になって慌ててしまうのであった。

「って……あ、あら?」

「お、落ち着いたのかな、なんだガウ?」

「……あなた、狼よね?」

「そうなんだガウ。オレ、狼なんだガウ」

 さぁ、赤ずきんはワケが判らなくなってきてしまった。

 狼って……あたし達、人間を襲って……食べちゃう、こわ〜い生き物だって聞いたんだけど……怖い? この……狼くんが?

◆◆◆3◆◆◆

 まるで品定めするような目で見つめられて狼は戸惑いを隠せない表情をしてみせる。

 赤いバンダナ、首にはベルト。腕にもバンダナを巻き、長いふさふさの尻尾の先端にまで、赤いバンダナを巻いている。意外や意外、なかなかにシャレた狼なのであった。

「そ……そんなに、じっと見つめられちゃうと照れちゃうんだガウぅ……」

「狼くん、あたしを襲わないの? 狼って人間を食べてしまうこわ〜い生き物だって聞いたんだけど?」

 思わず、心の中でぐるぐる回るギモンギモンを、なんと目の前にいる当事者に投げ掛けてみてしまう赤ずきんであった。

「それは誤解なんだガウ。オレ、人間は食べないガウ。オレ、人間と友達になりたいんだガウ。襲うなんてしないんだガウ」

 悪い人……もとい狼では無さそうだ。赤ずきんは警戒心を緩め始めた。それよりも、この……どこか憎めない狼は、なんとも面白い奴ではないか? 赤ずきんの興味は早くも明後日の方向に向きつつあるのであった。

「あたしね、これから街にお買い物に行くの」

「買い物? 買い物って……なんだガウ?」

「え? 食べ物や道具、必要なものを買いに行くの」

「人間は変わっているんだガウ。オレ、お腹空いたら魚採ったり、鳥を捕まえたりして食べるんだガウ。あ、でもナマはダメなんだガウ。料理、大好きなんだガウ」

 嬉しそうに自分の話をしてみせる狼。

 自分よりも遥かに大きいのに、どこか抜けた感じの気のいい狼に、赤ずきんはすっかり警戒心を解いていた。

「面白い狼さん、街にお買い物に行かなくてはならないの」

「お買い物行くんだガウ?」

「そうよ。病気のお婆ちゃんの薬の材料が無くなっちゃってね」

「ガウぅ〜、偉いんだガウ。病気のお婆ちゃんのために街までお出掛け、すごいんだガウ。オレも連れていって欲しいんだガウ」

 赤ずきんの話に興味を示したのか、嬉しそうに駆け回ってみせる狼に、赤ずきんは戸惑いを隠せなかった。

「で……でも、あなたは狼だもの。街の人たちが驚いてしまうわ」

「そっかー、ちょっと寂しいんだガウ。オレ、人間と友達になりたい……でも、人間、狼が怖いガウ」

 人の良さそうな狼の、切なそうな表情を見て赤ずきんは心が痛んだ。どうしたものかなぁ……。このまま、置いていっちゃうのも、なんか可哀想だし。だからと言って、街に連れて行くわけにも行かないし……

「じゃあ、狼くん、街の入り口まで一緒に行きましょう?」

「ホント!? ありがとうなんだガウ!」

 よっぽど嬉しかったのか、ふさふさの尻尾を揺らしながら、突然駆け出すと、木の上まで登ってみせた。ついでに嬉しそうに遠吠えまでしてみせてくれちゃう。なんとも陽気な狼なのであった。

 木の上から、くるりと宙返りしながら、赤ずきんの前に着地してみせる狼。

「オレ、ガウって言うんだガウ」

「あたし、赤ずきんよ? よろしくね、狼くん」

「ガウ、オレ狼くんなんだガウ。よろしくなんだガウ」

「それじゃあ、街までの間だけだけど、張り切って行こ〜」

 街までの距離は、もうそれほど長くはない。

 だが、赤ずきんは気付いていなかったが……この先には何箇所か危険な場所が待ち構えているのであった。

◆◆◆4◆◆◆

 山道に沿って歩いていく。昨晩の雨の影響か足元が少々危うい感じがする。土が削れて、砂利が露呈している個所も見受けられた。ガウは警戒しながら歩いていた。

「足元が滑るから気をつけるんだガウ」

「大丈夫だって……あ、きのこみ〜つけた」

 妙に目ざとい赤ずきん。しげみの奥に生えているきのこに気付いたのか、滑りやすい道を横道に思い切り駆け込んで行くのであった。ガウは思わず飛び上がった。

「わぁ〜! そっちはガケなんだガウっ!」

「え?」

 勢いあまって、そのままガウは派手に突っ込んでいってしまった。きのこをカゴに収めるとそ〜っと赤ずきんは覗き込んでみた。

 確かに、きのこの生えていた場所から少し先で、急に切り立ったガケになっていた。

「狼くんの言うとおりだったわ。ああ、危なかった……あら?」

「ああ……危なかったんだガウ……」

「やぁだ、そんなところで何してるのぉ?」

 テヘヘと苦笑いしてみせるガウ。まさか、赤ずきんを助けようと思って突っ込んだは良かったが、勢いあまってガケから転落する一歩手前だったなんて、口が裂けても言えなかった。

「き、きのこ採れたガウ?」

「ええ、見て。ほら、大収穫よ。帰ったらお婆ちゃんにスープを作ってあげようと思うの」

 一時はどうなることかと思ったが、とりあえずお互い無事だったから良しとしよう。人間って意外に無茶なことをするもんなんだガウ。人間と友達になるためには、努力が必要なんだガウ。

◆◆◆5◆◆◆

 数々の難所をクリアし、最も高低差も激しく体力的にも大きな障害となる峠に差し掛かろうとしていた。

「この峠を越えれば街まであと少しよ」

「ガウ〜、もう少しで街が見えてくるんだガウ」

 何時しか日も昇り、小鳥たちのコーラスも森のそこかしこから響き渡る時間帯となってきた。だが、この峠はとにかく長い。一本道であるので間違うことはありえないのであるが、なにしろ距離がある。みるみる、歩き慣れていない赤ずきんの体力を奪っていくのであった。

 最初は陽気に歩いていた赤ずきんであったが、次第に歩調が緩まってゆく。

「ガウ?赤ずきんちゃん、大丈夫なんだガウ?」

「な……なんて長いの……足が吊りそうだわ……」

 ヘロヘロになった赤ずきんを見て、怪訝そうな顔をしてみせるガウ。なにしろ狼のガウにとって、このくらいの距離など歩いたうちにも入らない程度の距離なのであるから。

「狼くん、全然平気そうな顔してるわね」

「赤ずきん、疲れちゃったんだガウ?」

 お座りしつつ、ケラケラ笑ってみせるガウにムッとしたのか、赤ずきんは立ち上がると元気に歩き出して見せた。

「こ……こんなくらいでね、赤ずきんちゃんはね、へこたりなんかしないんだから。さ、狼くん、行くわよっ」

 ムキになってみせる赤ずきんを面白く思いつつもガウは赤ずきんに逢わせたペースでゆっくりと歩いてみせるのであった。風に揺れて長い尻尾がなびいている。

『カランカラン』

「えぇ!? もうお昼になっちゃったのぉ!?」

 思わず焦る赤ずきん。街から響いてくる教会の鐘の音。ガウは耳をピクピクさせながら、聞きなれない物音に反応する。

「今の音は何なんだガウ?」

「あれはね、教会の鐘の音。お昼を告げるの」

「もうお昼なんだガウぅ〜」

「……そうね。ちょっと……ちょっとだけ、疲れちゃったから、この辺でお昼にしようかしら? こんなコトもあろうと思ってお弁当作ってきて正解だったわ……あ、狼くんの分まで無いわ……」

「赤ずきんちゃん、あの草の上で待っててなんだガウ」

「え? どこに行くの?」

「崖の下から水のにおいがするんだガウ。川が流れているはずなんだガウ。ちょっと魚採ってくるんだガウ。あ、そうだ。赤ずきんちゃん、湿ってない木の枝を集めて欲しいんだガウ」

「判ったわ。任せておいて」

 ガウが何をしようとしているのかを悟り赤ずきんはワクワクしてきた。

 なにしろ料理好きな狼なんて初めて目にする。狼と一緒に、街までの道のりを旅し、昼食までご一緒してしまった女の子が過去にいただろうか? そう考えると、赤ずきん、アンタってばイケてるじゃない!? 一人でキャーキャー言いながら喜び、飛び回る赤ずきんであった。

◆◆◆6◆◆◆

 崖の上から、そっと川を覗き込むガウ。川までの距離はそれほど無いはず。多少傾斜が厳しいけれど何箇所からか、大きな岩が顔を出している。アレを足掛かりにすれば……ガウの頭の中で作戦がパズルを組み立てるかのように組み上げられていくのであった。

 これならいけそうなんだガウ。四足で大地を踏みしめると、気合いと共に大地を蹴り上げた。

 驚くような早さで川原まで駆け下りてゆくガウ。

「ガウ〜〜〜っ!」

 だが、着地のタイミングまで計算に入れていなかったために調子良く着地すると同時に、足元がガラガラと崩れ落ちた。

「ガウ〜〜!?」

 見事に転落してしまったガウ。頭のまわりをヒヨコがピヨピヨと飛び回ってみせる。

「いたたたた……いきなり崩れるなんて、びっくりなんだガウ」

 気を取り直して、そ〜っと川を覗き込んでみるガウ。

 予想通り。魚の群れが目に入ってきた。だが、この深さでは飛び込んで、泳ぎつつ魚を採るのは少々難しいと思われる。

 何かを閃いたガウ。川原にそっと気配を殺して歩み寄る。

 大きく、大きく息を吸い込み、そのまま川に顔を突っ込んだ。

 水の中でガウは可能な限りの雄叫びを挙げて見せた。

「ガウ〜〜〜〜っ!」

 凄まじい衝撃が水面を伝ってゆく。ビリビリとした激しい衝撃に、魚の群れは次々と脳しんとうを起こしてしまった。

 白目を剥いて、次々と魚達が浮かび上がってきた。

「わぁお、上手くいったんだガウ」

 嬉しそうに駆け回ってみせるガウ。

 だが、これだけたくさんの魚を持って、あの崖を登るのは少々過酷である。どうしたものか?

 考え込みつつ、ひょいと上を見上げれば木から吊る下がるツタ。

「これなんだガウ!」

◆◆◆7◆◆◆

 このくらい集めればいいかしら?

 赤ずきんは枝を集めて、草の上に積み上げていた。

 不意に茂みの奥で物音がしたのに気付いて、慌てて離れてみせた。だが、次の瞬間には静寂が戻っていた。

「……今のは何だったのかしら?」

 ドキドキしつつも、何が待ち受けているかも判らない茂みからは離れることにする赤ずきんであった。

「ガウ〜っ!」

 崖のほうから聞こえてくる元気のいい声。

 次の瞬間、宙返りしつつガウが跳ね上がってきてみせた。

「きゃっ!」

「ただいまなんだガウ」

「びっくりした……驚かさないでよ」

「ゴメンなんだガウ。赤ずきんちゃん、見て見てなんだガウ」

 得意そうに胸を張ってみせるガウ。

 目の前に差し出されたのは、大きなカゴ。ツタを上手く編み込んで作り上げたものらしい。

 多少荒っぽさが目立つが、ツタ一本からこれだけのモノを仕上げてしまうガウの器用さに驚いた。

「これ、狼くんが作ったの?」

「そうなんだガウ。お魚、いっぱいなんだガウ」

 確かに、ずっしりと重たい。そ〜っと中を覗き込めば、大漁大漁といった感じの光景。

「すごいじゃないっ!」

 思わず嬉しくなって一緒になって喜んでしまう赤ずきん。

 誉めて貰えて、ガウも嬉しくなって一緒になって踊ってみせる。

「赤ずきんちゃんも、一緒に食べようなんだガウ」

「ええ、ありがたくいただくわ」

「木は……いっぱいあるんだガウ。これなら大丈夫ガウ」

 ガウは嬉しそうに薪の山の前に立つと、足元に転がる小さな石を拾い上げて見せた。

 人差し指を突き立てると、激しく石を引っ掻いて見せた。

 なんと、ガウの爪の先に小さな火が燻っているではないか? その小さな火種を薪に掲げると、勢いよく息を吹きかけて見せた。

 凄まじい風圧で、小さな火種から薪は一気に燃え上がった。

「……マジっすか?」

 ただただ呆然とする赤ずきんであった。これが野生の技というものなのであろうか? どう考えてもマネのできるような技でないことだけは確かではあったが……

「さ、お魚焼くんだガウ」

「え? カゴのまんま焼いちゃうの?」

「いいところに気付いたんだガウ。このカゴにはちょっとした仕掛けがあるんだガウ。まぁ、見ててなんだガウ」

 赤ずきんとガウは、しばし赤ずきんのお弁当を一緒に食べながら待つことにするのであった。

 ガウの見せてくれる技に、どんな謎があるのか興味津々の赤ずきんであった。そして、それから十数分後……

◆◆◆8◆◆◆

 薪も燃え尽きようとしていた。カゴは、もはや炭と化し真っ黒く焦げていた。

「そろそろなんだガウ」

 炭と化したカゴを、軽く叩いてみせるガウ。

 カゴが崩れ、中から現れたのはボールのような形をした葉の塊。丁寧に剥がせば、中から出て来たのは見事にスモークされた魚であった。ハーブのいい香りがする。

「すご〜い!」

「ガウ、火加減を調節したからパリパリなんだガウ」

 ささ、早く食べてみてよ。嬉しそうに微笑むガウ。

 赤ずきんは、手近にあった一匹を手にしてかじって見た。

「おいしい!」

「良かったガウ。オレも食べるんだガウ」

 限られた材料で、ここまでのモノを作り上げてしまうなんてガウってば、実は凄腕の料理人なのかも知れない。

 赤ずきんは、ガウの意外な技能にひたすら感心するのであった。

 大漁の魚も、きれいにガウのお腹の中へと消え去っていった。

 お腹もいっぱいになったところで、ガウと赤ずきんはスタスタと街への道を歩んでゆくのであった。

◆◆◆9◆◆◆

 長い峠もやがて下り坂。街も次第に近づいてくる。心無しか足も速くなる。

 木々の群れを抜ければ、次第に人の里の香りがする。

「あれが街なんだガウ?」

「そうよ。街で買い物をして、お婆ちゃんのところへ早く戻らなくちゃ」

「ガウぅ……」

「どうしたの、狼くん?」

 もうじき街に到着しようというところで、ガウの足が止まった。切なそうな表情をしてみせる。

 そうだった。赤ずきんは胸が痛んだ。街に着けば、ガウを連れては行けない。

「狼くん……ううん、ガウ……ごめんね」

「いいんだガウ。オレ、楽しかったんだガウ。赤ずきんちゃんと一緒にお話できて嬉しかったんだガウ」

 そっと手を差し出してみせる赤ずきん。

「手?なんで手を出すんだガウぅ?」

「人間ってね、こうやって……手と手を握りあって握手をするのよ? 握手って、お約束のしるしなの。ガウとあたしは、ずっとお友達よ?そうでしょ?」

「が……ガウ、そうなんだガウ。お友達なんだガウっ!」

「今度、あたしの家に遊びに来て。赤ずきんの特製料理をゴチソウしてあげちゃうんだからっ」

「ガウぅ〜、ゴチソウ大好きなんだガウ。きっと遊びに行くんだガウ。そうだ、赤ずきんちゃん帰り道はオレが乗せてあげるんだガウ。すぐに帰れるガウ」

「えぇ?いいの?」

「友達なんだガウ。遠慮しちゃダメなんだガウ」

「ありがとう。じゃあ、急いでお買い物してくるね」

「オレ、この近くの森でお昼寝してるんだガウ。行ってらっしゃ〜い、なんだガウぅ。待っているんだガウ」

 赤ずきんと堅い握手を交わしてみせるガウ。

 よっぽど嬉しかったのか、ふさふさの尻尾が勢いよく揺れている。思わず吹き出す赤ずきん。慌てて自分の尻尾に気付き、真っ赤になるガウ。

「ガウぅ〜、嬉しいと尻尾が振れちゃうんだガウっ」

「じゃあ、ちょっと待っていてね」

 赤ずきんはカゴを手にすると、勢い良く走り出した。

 その様子を見つめながら、ガウはそっと茂みから街の外周に沿って移動を開始するのであった。

 耳の良さでは人間を遥かに凌ぐガウである。赤ずきんの足音と、いい香りのするカゴの香りを見分けることは難しくは無いのであった。

 ガウは人間の住む、街というものに興味津々であった。赤ずきんに迷惑が掛からないように、街の人をビックリさせないように、そっと遠くから、街の外から人間達の住む街というものを知ってみようと思うのであった。

◆◆◆10◆◆◆

 もっとゴネて困らせてくれるのかと思っていた

 ガウが、予想に反してすんなりと赤ずきんの提案を聞き入れてくれたことに、内心赤ずきんは驚いていた。

 いずれにしても街の外で待っているガウのためにも、お婆ちゃんのためにも、急がなくちゃ。赤ずきん、ここからが本当の勝負よっ! タタタタと元気に駆け回る赤ずきんの足音が路地に響く。

「えっと……まずは、お茶を買っていかなくちゃ。お婆ちゃんってば、結構シュミにうるさいんですもの」

 香ばしい香りが漂ってきた。淡い緑の香り。お茶屋で、積み立ての葉から茶葉をこしらえる爽やかな香りが漂ってきた。これはラッキー。出来たてのお茶ね?

「こんにちは〜!」

「おや、赤ずきんちゃんじゃないか? 今日はお婆ちゃんはどうしたんだい?」

「今日は、赤ずきん一人でお買い物よ。お婆ちゃん、ちょっと具合が悪いみたいなの」

 ちょっと切ない顔をしてみせる赤ずきん。

 内心、これでちょっとは……まけてくれるかしら? なんて考えている、意外にちゃっかり者な赤ずきんであった。

「そうかそうか……お婆ちゃんは確か、ペパーミントティーが好きだったんだっけ?」

 何それ……思わず青ざめる赤ずきんであった。

 なんだか、飲んだら喉がすっきりしそうだけど……ちょっと強烈過ぎね。お婆ちゃんは、そういう強烈なのあまり好きじゃないもの。あ……でも、案外ミーハーだから新しいモノを買っていったら喜ぶかも。

「おじさん、ダメね。お婆ちゃんの好みはね、ハーブティーなのよ? それも、甘い香りのするのが好きなの。でも……今回は、ちょっと趣向を変えて、その新作のペパーミントティーを頂いてみるわ。あと、その紅茶もお願いね」

 紅茶は、あたしの分。だって、できたてなんですもの。

 紅茶通の赤ずきんとしては、ここはキメておかなくちゃね。

「お代はこれでっと……」

「はい、毎度ありがとう。また来てくれよ」

「ええ、それじゃあまたね」

 気の良さそうなお茶屋の主人に礼儀正しく挨拶をすると、赤ずきんは再び風のようなスピードで走り出すのであった。

「さぁ、今度こそ本題の薬屋よっ!」

 エンジン全開、元気に走り出す赤ずきんに道行く人達も驚きを隠しきれない。

 そんな元気な赤ずきんの姿を屋根の上から見つめるガウがいた。

 人間は高いところは苦手だって聞いているんだガウ。オレ、高いところ苦手ガウ。人間と一緒なんだガウ。でもここなら……きっと見つからないんだガウ。ガウゥ〜、ガウ、とってもお利口サンなんだガウ。

 元気に走る赤ずきんを見つめながら、そっと屋根の上を駆け回るガウであった。

 そんなこと気付くはずもない赤ずきんは、ひたすら走り回るのであった。

「っ!こ……この香りはっ!?」

 なんてことなの……この芳しい甘い香り……焼きたてクッキーの香り! ああ、ダメよ、赤ずきん! 今は……今は、お婆ちゃんの薬を買うほうが先決よっ!

「こんにちは〜」

 なぜか、心の中で思っていることと正反対の行動を取ってしまう赤ずきん。思わず、ハァっ!? と思いつつも、もう遅い。気分はクッキー一色である。

「あら、赤ずきんちゃん。今日は一人?」

「そうなの。今日は一人でお買い物なのよ? おばさん、焼きたてのクッキー下さいな。あんまり美味しそうな香りしているから来ちゃった」

 クスクス微笑んでみせる赤ずきん。

 ちゃっかりカゴの中には、クッキーまで突っ込んでホクホク笑顔になっているのであった。

◆◆◆11◆◆◆

 今度こそ、薬屋さんよっ! 街外れ、ちょっと高台の上にある薬屋さん。風車が印象的な小さなお店。まるで物語にでてくる魔女のお婆さんみたいな、お婆さんのお店。

「こんにちは」

 ドアを開けると、取っ手に着いた鐘がカランカランと鳴る。

「おや、赤ずきんちゃんじゃないか? 今日は一人なのかい?ほほほ、今日は何にしましょうかね?」

 微笑むお婆さん。人の良さそうなお婆さんなのである。

「ええっとね……」

 カゴの中からメモを取り出すと、必要な品をお婆さんに伝えてみせる赤ずきん。

 お店の外では、ちゃっかりガウが聞き耳立てている。

「ええっとね……シカの角と、はちみつと……後はね、雪割草が必要なの。あるかしら?」

「あらあら、これは困ったわねぇ……シカの角はね、今年はあまり採れなかったの。品切れなのよ。はちみつはね、一昨日のお菓子作り大会で、みんな売り切ってしまって在庫がないの。雪割草ねぇ……はて、うちのお店では見たこともないわ。ごめんなさいね」

「ホントぉ!?ど〜しましょっ!?」

 焦りまくり赤ずきんであったが、ひょいと顔を挙げれば窓の外に、どこかで見たことある赤いバンダナ。

「っ!」

「おや、どうかしたのかい?」

「ど、どうもありがとうっ!じゃ、じゃあ、またくるわネ!」

 慌てて店の外に飛び出す赤ずきん。

 けたたましい物音に気付いて、ガウは急いで身を隠した。

「ガウ、どこにいるの!?」

「あちゃ〜、見つかっちゃったんだガウぅ〜」

「ダメじゃない!? どうしてここに!」

「大丈夫なんだガウ。誰にも見つからないようにしたんだガウ。それよりも……薬の材料、オレ、見つけてきてあげるんだガウ」

「え?」

「シカの角と、はちみつと、雪割草なんだガウ? 全部、知っているんだガウ。オレに任せるんだガウ」

 嬉しそうに微笑んでみせるガウ。

 この際頼れるのは、ガウしかいない。赤ずきんは全てを託してみることにした。

「ありがとう。他に手も無いんですものね……悪いけれど、お願いしちゃうね。きっと、お礼するから」

「大丈夫なんだガウ。赤ずきんちゃん、お友達なんだガウ。オレに任しておけなんだガウ。ちょっと待っていてなんだガウ」

 ガウは元気良く跳ね上がると、そのまま茂みを越えて森の中へと駆け込んでいくのであった。

「ガウ、ありがとうね……」

 ほっと一安心の赤ずきんであった……

「い……今の見た!?」

「え、ええ……見ましたとも!」

「え……?」

「お嬢ちゃん、大丈夫!?」

「な……何のことですか?」

 目の前で妙に慌てまくるおばさん達に戸惑う赤ずきん。

「い……今のは……間違いないわっ!」

「え、ええ……狼だったわっ!」

 なんてことなの……ガウ、見られてしまっていたなんて……

「狼の襲撃が来るに違いないわっ!」

「ま……待ってよっ!ガウは……ガウは、いい狼なのよっ!」

 赤ずきんの切ない叫びの届かなかった……

 半狂乱と化したおばさんコンビは慌てて街の方へと駆け込んで往くのであった。

「ガウ……ごめんね……こんなはずじゃ無かったのに……」

 力無く崩れる赤ずきんであった。

◆◆◆12◆◆◆

 ガウ〜、赤ずきんちゃんの為に頑張って材料集めるんだガウ! ガウ、赤ずきんちゃん、大事なお友達なんだガウっ!

 無邪気にガウは森を駆け回っていた。

 元気に駈け回るガウは街で起きている騒ぎなどに気付く由さえなかった。

 街を飛び出すと、疾風のような早さで山道を駆け回る。目標は鹿の角。とーぜん、鹿を見つけてナンボの話である。

「ガウ〜、この辺に居そうなんだガウ〜」

 自慢の耳と鼻を聴かせて、僅かな物音、気配さえも逃すまいと構えるガウの耳がピクンと反応した。

「んん?み〜つけたっガウ!」

 静かに抜き足、差し足で獲物に近づくガウ。

 若い牡鹿はガウの気配に気付くことなく、木の枝に一生懸命、角を擦り付けているのであった。

「ガウ、鹿くん、こんにちはなんだガウ」

「!」

「怖がらなくてもイイんだガウ」

 なーんて言われて、怖がらない鹿が何処にいるだろう? 妙に愛想のイイ狼に警戒心も最高潮に達する鹿。

「その角、ちょーだいなんだガウ?」

「じょ、じょーだんじゃないぜ、オレの自慢の角をくれだと!?フザけるなっ」

 いきり立つ鹿を見つめながら、指先でチチチとやってみせるガウ。

「しょーがないんだガウ……無理矢理でも、頂戴なんだガウ〜」

「て、てめぇ、やるってのか!?」

「角だけちょーだい、なんだガウ〜」

「いい度胸だぜっ!」

 さぁ大変。みすみす、ご自慢の角を渡すほど鹿くんはお人よしじゃないワケでガウに向かって果敢にも立ち向かうのであった。

 だが、ガウのパワーに勝てるものなど、そうそういない。

 角を突き出して、走りこんでくる鹿を飛び越えるとニヤリと笑ってみせるガウ。隙を突いて鹿の角に手を掛ける。

「こ、この野郎っ、取られてなるかっ!」

 慌てて角を激しく突き出す鹿。

 危なく突き刺さりそうになりながらも嬉しそうに笑ってみせるガウ。

「ガウ、鹿くん強いんだガウ〜。でも、オレも力自慢だったら負けないんだガウ〜」

 力任せに、鹿を抱き上げると、見事な巴投げを決めるガウ。

「ぐぁっ!」

「チャーンス、なんだガウ」

「じょ、冗談じゃないっ、この馬鹿力めっ!」

 こりゃあ相手が悪いと思うや否や、鹿は慌てて背を向けて、走り出すのであった。

 そのスピードはさすがに、森林を駆け回っているだけある。

 さしものガウも、本気で走り回る鹿には、なかなか追い付けそうになかった。

 しかも相手は森を知り尽くしている。生半可な知識しか持っていないガウでは、なかなか追いつけない。

「ハァハァ……鹿くん、かけっこも得意なんだガウ〜」

 その、あまりのスピードにすっかり翻弄されるガウ。

 追い掛けようにも、あまりにも早過ぎて追い付けない。どんどん体力を削られていくガウ。まともに走りあっていたら、決して追い付けない。

「ハァハァ……やっと巻いたか……まったく、角を欲しがるなんて変な狼だぜ……」

 ガウを追い払ったと想い、一安心の鹿くんであったがガウとて、馬鹿では無い。単純な負い掛けっこでは追い付くハズが無いと悟るや、今度はゲリラ戦に持ち込む。

 木々の揺れる不穏な音に、焦りを感じる鹿くん。

「……こ、この物音は……」

「ガウ、こんにちはなんだガウ〜」

 いきなり、樹上から飛び降りてきたガウに息が止まるくらいに驚かされた鹿くん。

「うっきゃ〜っ! しつこいっ!」

「お待ちになってなんだガウ〜」

 相変わらず陽気な態度で、追い掛けてくるガウに鹿くんの恐怖も最高潮に達しようとしていた。

「助けて〜っ!」

 悲鳴をあげながら駆け回る鹿くん。

 だが、ガウの姿がまたしても視界から消えた。

「こ、今度はどこから……」

 不意に頭上から葉が落ちてきた。

「ま、まさか……」

「もーらい、なんだガウっ!」

 勢い良く飛び降りてきたガウの強烈な手刀で鹿くんの角はキレイに折られたのであった。

「わぁ〜っ!な、なんてことを……なんてことしてくれるのよっ!」

「が、ガウゥ!?」

「やだぁ、これじゃ、お婿に行けないワ〜」

 泣きながら走っていく鹿くんを見つめながらガウはキョトンとした表情をみせるのであった。

「ガウ〜、鹿くん、女の子になっちゃったんだガウぅ?」

 森の生き物って、とっても不思議なんだガウ。

 そんなことを考えながらも、手にいれた角を腰にしっかりと括りつけるとガウは、次なる材料を求めて駆け出すのであった。

◆◆◆13◆◆◆

 警官が警戒を強め始めた。

 オープンカフェでくつろぐ人々もまるで、蟻の子を散らすように忙しなく動き始める。

「どうして?どうしてなの?」

 赤ずきんは、思わず心の声をポツリと呟いてみせた。

「ああ、お嬢ちゃん、ここは危ないよ」

「………………」

 警官の声にも、赤ずきんは遠い目をしていた。

「狼が出たんだろう? 早く非難しないと!」

「ガウは、悪い狼じゃないって言ってるでしょっ!?」

 不意に振り返ると、凄まじい剣幕で怒りを見せる赤ずきんに、逆に戸惑う警官。

 街は騒然としていた。子供たちを慌てて学校から連れ帰らせる母親たち。われ先にと逃げ惑う、酒場の人々。店先の商品を片付けるのは、店主たち。

 ガウは……悪い狼なんかじゃないっ! だって……あんな、料理上手で、面白くて、素直で、楽しいガウが、怖いわけないじゃない!?

「あたしは逃げないっ! お友達を待っているんだから!」

「お友達だって? そのお友達はどこに?」

「みんなが怖がっている、狼くんよっ!」

「な、なんだって!?」

 赤ずきんの言葉に、警官はますます焦りを見せた。

 おかしいよ……話に聞いていた狼と、本物の狼とは、全然違うじゃない?

 あたしが証明してあげたい。狼は、ホントは、とっても楽しいお友達なんだって。

「ああ、お嬢ちゃん!」

「うるさいわねっ! あたしに構わないでっ!」

 啖呵を切ると、かごの中から愛用の睡眠きのこの粉末を投げつけてみせる。

「ふが……ぐーぐー」

 こうしちゃいられないわ。

 街がこんな状態になっているんですもの。ここでガウを待っていたら、余計ややこしいことになるわ。

 きっとガウのことだから、あたしを見つけてくれるわ。

 何かを閃いた赤ずきんは、パタパタと走り出すのであった。

◆◆◆14◆◆◆

 鹿の角を腰に括り付けるとガウは再び走り出すのであった。

 しかし、雪割草なんて聞いたこともない。さて、どうしたものか? ガウは岩の上に腰掛けて考えてみせる。

 不意に大空を羽ばたくコンドルの声が聞こえてきた。

「ガウぅ? ああ、いいこと思いついたガウ」

 ガウは力いっぱい、踏ん張ると次の瞬間、元気に跳躍してみせるのであった。

 突然、森から跳ね上がってきた狼にコンドルもびっくり仰天。

「い、今のは狼!?」

「ガウ〜、コンドルさーん、こっちなんだガウ!」

 にこやかな笑顔で手を振るガウに興味を示したのか、コンドルが舞い降りてきた。

「狼がコンドルに何の用だ?」

 陽気なガウに興味津々のコンドル。ガウの肩に乗ると、大きな翼を広げてみせる。

「ガウ、コンドルさんは、空を飛べるガウ?」

「ああ、なにしろオレはコンドルだからなぁ」

「ガウガウ、オレ、花を探しているんだガウ。コンドルさんは森一番の物知りさんなんだガウ?」

 ガウにヨイショされて、上機嫌なコンドル。

 胸を張って、満足そうにふんぞり返ってみせる。

「この森で、このコンドル以上に物知りはそうそういないだろうな。んで、何を知りたい?」

 シメシメなんだガウ。コンドルさんだったら、知っているかも知れないガウ。

「雪割草って花、知ってるガウ?」

「おお、あの花か。あれを見てみろ」

 コンドルが翼で指差す先には、険しい山が見えた。

「雪割草ってのは、その名の通り、雪のある場所にしか咲かない花なのさ。あの山の山頂付近には、まだ雪が残っている。まだ咲いているかも判らないな」

 自慢気に語ってみせるコンドル。しかし、山は実に険しい。

 ガウー、登山は初挑戦なんだガウ。上手く登れるといいんだけど、なんだガウ。ガウー、ドッキドキなんだガウ。

「おい、まさか……あの山を登ろうなんて思ってないよな?」

 不意に不安になったコンドルがおどおどとガウに尋ねてみせる。

「ガウ、オレ、あの山に登るガウ。お友達が雪割草、欲しがっているガウ。オレの最初の人間の友達なんだガウ」

 ガウの言葉に、驚きを隠せないコンドル。だが、嬉しそうに笑ってみせる。

「人間と友達になった狼かぁ。こりゃあ面白い。よし、オレも協力するぞ。山までの道は判りづらいだろう? オレが空から的確な道を教えてやる。だから、最後まで、しっかり頑張れよっ!」

「ガウ〜、コンドルさん、ありがとうなんだガウ」

 こうしてガウは、コンドルに案内されるままに、険しい山へと向かうのであった。

◆◆◆15◆◆◆

 ガウは森の中を元気よく駆けていた。

「ガウ〜、小鳥さん、こんにちはなんだガウ〜」

 さえずる小鳥たちに手を振りながら颯爽と森の中を駆け抜けてゆくガウ。

 コンドルが頭上から語りかけてくる。

「おおーい、兄弟、その先に崖があるぞ」

「ガウぅ? 兄弟? オレのことガウ?」

 けらけら笑いながら、空を見上げるガウ。

「わぁっ!?落ちるって!」

「ガウぅ?」

 慌ててブレーキを掛けながら足元をチラリと見てみれば、目の前には崖。

「あ……危なかったんだガウぅ……」

「おいおい、しっかりしてくれよ、兄弟……」

 ガウの肩に舞い降りると、やれやれといった表情をみせるコンドル。

「取り合えず、ここを西に迂回すれば橋が……」

 説明するコンドルを肩に乗せたまま、ガウはゆっくりと後退する。ついでに地面に力強く足を踏ん張ってみせる。

「お……おいおい、もしかして……」

「ジャーンプ! なんだガウぅ〜!」

 軽く助走すると、次の瞬間ガウは見事なジャンプで広大な崖を飛び越えてみせるのであった。

 肩の上では、コンドルが口笛を吹いてみせる。

「ひゃっほぅ、やるじゃないか兄弟?」

「ガウぅ〜、コンドルさん、次はどっちへ行くんだガウ?」

「その先に湖がある。そこを迂回すれば、山に出るさ」

 再び大空を滑空しながら、ガウを導くコンドル。

 目の前に広がる広大な湖のまわりに沿ってなおも元気に走り続けるガウであった。

◆◆◆16◆◆◆

 山の入り口までたどり着いたガウ。

 切り立った崖のような山。こんなの、どうやって登るんだ? 思わず息を呑んでしまうガウであった。

「この山頂付近なら、花も咲いてると思うんだが……」

「が、頑張ってみるんだガウ……」

 やや不安気な表情を見せつつも、自慢のパワーで登ろうと試みるが……

「が、ガウぅ〜っ!?」

 ガラガラと崩れる山肌。見事な落盤に直撃されて、ガウは失神した。

「……やっぱり無理だったか……」

 やれやれってな顔をしながら、コンドルは静かに上昇気流に乗りながら、山頂を目指す。

 山頂までたどり着いたコンドルは、きょろきょろと周囲を見回してみせた。

「お、発見したぞ。これだな?」

 コンドルはくちばしで、丁寧に花を引き抜くとふもとで伸びているガウの元を目指すのであった。

 なおも、頭のまわりを星が飛び回っているガウの頭をつついてみせるコンドル。

「が……ガウぅ?」

「よぉ、兄弟。気がついたか?」

「これ、取ってきたぞ」

「ガウぅ!? あ、ありがとうなんだガウっ!」

 嬉しそうに笑ってみせるガウの無邪気な姿に、満足そうに笑ってみせるコンドルであった。

「頑張って、人間と友達になってくれよ。また、遊ぼうな。お前、狼のクセに面白い奴だもんな。気に入ったぜ。今度は、オレたちの住む谷にも遊びに来いよ」

「ガウ〜、ありがとさんなんだガウ〜」

 クールなコンドルに別れを告げるとガウは再び森の中へと駆け込んでいくのであった。

◆◆◆17◆◆◆

 赤ずきんは、街の入り口付近まで移動してきた。相変わらず街は、騒然としている。

「どうしてみんな判ってくれないんだろう?」

 ガウは、あたしのためにわざわざ薬の材料を集めてくれているんだよ? 人を食べる怖い狼だなんて、そんなの、絶対違っているよ。んもうっ!みんな、みんな、大馬鹿野郎だよ! ガウは、あんなにもいい狼なのに!

 なんだか……あたし、同じ人間として哀しくなってきちゃったなぁ。

「それにしても、ガウ……遅いなぁ。大丈夫かなぁ?あたしのためにケガとかしていないといいんだけど……」

 次第に落ち始める、陽を見つめながら大きなため息をついてみせる赤ずきんであった。

◆◆◆18◆◆◆

 ガウは森の中をさまよっていた。

 なにしろ、ハチミツを探すのは、とても難しい。

 ご自慢の鼻と耳を駆使してみてもなかなかハチミツの香りはキャッチできない。

「ガウぅ〜、困ったんだガウ〜」

 不意に目の前に、巨大なクマが現れた。

「わぁっ!?」

「ガウぅ、ちょうどいいところにクマさんなんだガウ」

 いきなり、目の前に狼が現れて戸惑いを隠せないクマであったが、どこか人受けするガウのキャラクターにすっかり興味津々であった。

「こんにちは、狼さん」

「ガウ、クマさん、教えて欲しいことあるんだガウ」

「ぼくに? なにを教えてあげましょうか?」

 陽気な狼に、すっかり興味を引かれるクマくん。のっそりと、腰掛けながらガウの話に耳を傾ける。

「ハチミツを探しているんだガウ」

「ああ、ハチミツが欲しいんだ。ハチミツは甘くておいしいよね。ぼくも大好物だよ。これから採りに行くんだけど狼さんも、一緒に着いてくる? 近くで大きな巣、見つけたんだ」

 嬉しそうににこにこ笑ってみせる

 クマの言葉に、耳をピンとさせてみせるガウ。

「ありがとうなんだガウ。じゃあ、さっそく行くんだガウ」

 こうして、ガウとクマは森の中を蜂の巣を求めて、移動し始めるのであった。

◆◆◆19◆◆◆

 森の中は広大だ。

 だが、クマはまるで導かれるかのようにスタスタと歩いていく。ガウも、その後ろを着いていく。

「あれ〜? 確か、この辺にあったんだけどな〜?」

 きょろきょろと辺りを見渡してみせるクマ。

 ガウも自慢の鼻で、ハチミツの匂いを探し出そうとしてみるが、引っ掛からない。

「んん? あ、アレなんだガウ?」

 不意に、巨大なハチの巣に気付いたガウが嬉しそうに指差してみせる。

「ああ、アレだね。近くでみると、大きいね。きっと、ハチミツもたくさん入っているよね」

 クマは嬉しそうに笑いながら、のっそりと木の根元まで歩み寄る。

 静かにハチの巣を見つめると……。

「えいっ!」

「が、ガウぅ!?」

 いきなり木に張り手をかましてみせるのであった。

 凄まじい腕力。木は呆気なく折れてしまった。その凄まじいパワーに、ガウもびっくり。

「ガウぅ〜、クマさん、力持ちなんだガウ〜」

 嬉しそうに笑いながら、尻尾を振ってみせるガウ。

 倒れた木の中から、目ざとくハチの巣を探し当てると、クマはヒョイと拾い上げてみせた。

「じゃーん、ハチの巣ゲット〜。うわぁ、ハチミツ一杯入ってそうだね。ずっしり重たいもの。はい、狼さん。半分あげるね」

「ありがとうなんだガウ」

 がっしりと握手をしたのも束の間……

 不意に妙な羽音が聞こえてきた。

「あ……やばいかも……」

「ガウぅ?……が、ガウっ!?」

 恐る恐る振り返ってみれば、そこには闘志むき出しのハチの軍団……

「に、逃げよう〜!」

「ガウぅ〜、ハチさん、バイバイなんだガウぅ〜!」

 さぁ大変。巣を奪われては堪らないとハチたちも必死だ。

 ガウとクマは、ひたすら走り続けた。だが、ハチの群れは執拗に追い掛けてくる。やり過ごしたかと思っても、木陰からは、あの羽音が聞こえてくる。

「ガウぅ〜、ハチさんたち、中々頑張るんだガウ〜!」

「こ、この先に滝があるんだ」

 クマが何を言おうとしているのかガウには判らなかったが、とにかく、のんびりしている場合では無い。ご自慢のハリで、チクリとやられてもたまらない。

 ガウとクマは森の中を駆け抜けた。ハチの群れは、もうすぐそこまで来ていた。

 不意に、森が途切れた。

「あ、滝だ!」

「も……もしかして……なんだガウ?」

「飛び込むよー!」

「ああ……やっぱり、なんだガウぅ……」

 涙目になりながらも、耳を塞いで大事なハチの巣は口にくわえながらガウとクマは滝つぼに飛び込んだ。

◆◆◆20◆◆◆

 一瞬、体が宙に浮く感触……次の瞬間……

「ザッパーン!」

 激しい水しぶきをあげて、二匹は滝に飛び込んだ。

 さすがにハチも、ここまでは追いかけて来ない様子。ホっと一安心する二匹であった。

「ひゃー、面白かったねー」

 クマはのんきな顔で、顔を洗っている。

 ガウは命が縮みそうな想いで、必死で陸に上がると、水を払い飛ばした。

「ガウガウ、クマさん、ありがとうなんだガウ。これで、赤ずきんちゃんにハチミツを持っていけるんだガウ」

「赤ずきんちゃん?」

「ガウ、オレの初めての人間のお友達ガウ」

 ガウの言葉に興味を示すクマ。

「人間とお友達だなんて、狼さん、すごいや。今度は一緒に、鮭のクリームシチューを食べようね。赤ずきんちゃんも連れて、遊びに来てね。歓迎するよ」

「ありがとうなんだガウ」

 相変わらずのんびりしたクマに別れを告げると、ガウは街を目指して走り出すのであった。

◆◆◆21◆◆◆

 これで三つの材料、全てが揃った。ガウは嬉しそうに空に向かって、遠吠えすると勢い良く走り出すのであった。

 自慢の耳で音を聞き分け、得意の鼻で匂いを嗅ぎ分け、赤ずきんちゃんを探し出しながら、走る、走る。

 やがて見覚えのある景色が見えてきた。

「ガウガウ、もう近くなんだガウ〜」

 何やらソワソワと落ち着かない素振りの赤ずきんが見えてきて、ガウは思わず嬉しくなってしまった。まるでプロペラみたいに尻尾をぶん回しながら赤ずきんの目の前に、くるんと宙返り。

「きゃっ!」

「ただいまなんだガウ」

「ガウ!」

「ええっと……鹿の角ガウ? 雪割草ガウ? ハチミツガウ?」

 手に入れた、三つの材料を店開きしてみせるガウ。

 緊張に満ちた赤ずきんの表情も明るくなる。

「すごいじゃない? これ、全部揃えてくれたの?」

「そうなんだガウ。オレ、おりこうさんなんだガウ」

 嬉しそうに笑ってみせるガウ。

 赤ずきんは静かに微笑んでみせた。

「ガウ、ありがとう。これで薬が作れるわ」

「どういたしましてなんだガウ」

 その時であった……

「お、狼だ!」

「が、ガウぅ!?」

 街から見回りが飛び出してきた。

 しまった、と言った表情の赤ずきん。なんだって、こんな時に出てくるのよっ!

 睡眠きのこでダメならば……炸裂きのこにすれば良かったかしら……いずれにしても、この状況はヤバい。

「みんなー、狼が現れたぞ!」

「街を守るんだ!」

「みんなで、狼を追い返せ!」

 口々に威勢の良い言葉を叫びながら手に、手に武器を持った街の人々が現れる。

「が、ガウ……赤ずきんちゃん……ガウ?」

 ガウは事態を呑み込んだのか、哀しい表情を見せる。

「ガウ、今はここから逃げて!」

「が……ガウぅ……」

「早く!後はあたしが、なんとかするから!」

 赤ずきんの言葉に呼応するかのように、ガウは力強く駆け出すと、森の中へと走り去って行った。

 ほっと一安心の、街の人々をキツい目で睨み付けると、赤ずきんは走り出した。

 ひどいよ! ガウは、ガウは! あたしのために、大変な想いをしてまで材料を集めてきてくれたってのに、狼だってだけで? そんな理由だけで、ガウを追い払うなんて……赤ずきんは、溢れてくる涙を堪えながら必死で小屋までの道を走り続けるのであった。

◆◆◆22◆◆◆

 やがて辺りは、夜になり暗くなった……

 広大な湖の畔で、ガウは静かに湖を見つめていた。

 ガウ……オレ、人間と違う? 大きな手、長い爪、鋭い牙、大きな目に耳、どんなにガンバっても、オレ、狼なんだガウぅ……オレ、人間と友達になりたいだけガウ……仲良くなりたいだけなのに……なんで、こうなっちゃうんだガウぅ……。

 ガウの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 涙は湖に落ちると、静かな波紋を生み出した。ゆらゆらと揺らぐ、湖に写った自分の姿を

 見つめながら、ガウは静かに座り込むのであった。

◆◆◆23◆◆◆

 小屋に戻った赤ずきんは薬の材料を調合しながら、ガウのことを考えていた。

「ガウ、大丈夫かなぁ……」

 ガウ、どうして、人間とお友達になりたかったのかな? なーにが、狼は怖い生き物よ!?

 人間様のほうが、よーっぽど怖いわよ! 昼間の街の人々の対応を思い出し、カリカリしながら、赤ずきんは気付くと鹿の角をガリガリとカジっているのであった……

「ガウぅーーー!」

「こ、この遠吠え……ガウ!?」

 調合途中の粉末が、驚いた拍子に舞い上がって思わず咳き込む赤ずきん。

 だが、ガウの声を聞いた以上はおとなしくなんて、しちゃいられない! 赤ずきんは、小屋を飛び出すと、声がした方向に向かって走るのであった。

◆◆◆24◆◆◆

 野を駆け、山を走りぬけ、赤ずきんはガウの声のした方向を必死で探した。

 ああ! こんな時に、ガウみたいな鼻や耳があれば簡単に探し出せるはずなのに!

 ガウの真似をして、匂いを嗅いで見たり、耳を澄ましてみたりするが、当然のことながら

 判るハズも無いのであった。

 もぉ、こうなったら意地でも探してみせるっ! さぁ、暴走し始めた赤ずきんは、誰にも止められない。

 猛烈なスピードで森の中を駆け抜けていった。

 走りながら、ふと、赤ずきんは考えた。さっき声がした方向……多分、湖だわ。満月の夜に、狼は月を見て遠吠えするって聞いたもの。だとしたら、月が良く見える湖に違いない。

 もぉ、赤ずきんってば、頭イイじゃないのさ〜。一人で小躍りしながら、今度は湖目指して弾丸のようなスピードで走り出すのであった。

◆◆◆25◆◆◆

 茂みを掻き分けて、ひょっこり顔を出せば目の前には広大な湖が広がっていた。

 その一角に、見覚えのある赤いバンダナ。

 いたいた、やっぱりここだったんだね。赤ずきんは、そーっとガウの後ろに忍び寄ってみせる。

 ガウはよほど、気が抜けているのか赤ずきんの物音にさえ気付かない。

 赤ずきんは、ガウの両目に手を当てながら

「だーれだ?」

「が、ガウっ!?」

 慌てて振り返るガウを見ながら思わず吹き出してしまう赤ずきんであった。

「なによ、ガウったら、夜なのに水泳なんかするの?」

「が、ガウ……オレ、泳ぎも上手なんだガウ!」

 慌てて笑顔を作ってみせるガウ。

 赤ずきんはにっこり笑いながら手を差し出してみせる。

「ガウぅ?」

「光栄に思いなさい? ガウ、あなたをあたしの小屋に招待するわ。赤ずきん、ご自慢の紅茶とケーキ、どうかしら?」

 にっこり笑ってみせる赤ずきんの言葉に

 ガウは、嬉しそうに走り回ってみせる。

「ガウガウ、ケーキ、大好きなんだガウ〜!」

「じゃあ決まりね。行きましょう?」

「ガウガウ、行きましょうなんだガウ〜」

 ガウは嬉しそうに、赤ずきんの後を付いていくのであった。

 静かに風が吹き抜ければ湖の畔の木々もザワザワと揺れてみせる。

◆◆◆26◆◆◆

 小屋についた赤ずきんはそーっと小屋の戸を開けながらおばあちゃんが寝ていることを確認しようとする……

「あら、おかえりなさい」

「!」

 や、ヤバい……おばあちゃん、起きてるじゃない……

「お外にお友達がいるみたいだけど?」

「あ、あの、その、ま、まぁ、ふかーいワケが……」

「待たせちゃ悪いわね。お入りなさい」

「っつーか、人の話聞けよ!」

 赤ずきんの話など、どこ吹く風。おばあちゃんは、持ち前のマイペースさ全快で

 玄関を開けてみせる。

 そのお友達の正体に気付いて、驚くだろうに……

「あら、狼さんだったの?」

「っつーか、驚かないし!?」

 ますます、戸惑いを隠せない赤ずきん。

 こ、この……おばあちゃん、もしかして無敵なのか!? そんなことを考えながらも、おばあちゃんは、何事も無かったかのようにガウを招き入れてみせるのであった。

「ガウ、オレ、ガウなんだガウ」

「まぁ、ガウちゃんって言うの? 赤ずきんのお友達になってくれて、ありがとうね」

 みょーに和やかにガウに語り掛けるおばあちゃん。

 もはや、赤ずきんの中では、何がなんだか収拾つかない状態になりつつあった。

 だが、ここで取り乱しては、あたしの負けよ!? 良く判らない対抗意識を燃やしながら

 手際よく、お茶とケーキを用意してみせるのであった。

◆◆◆27◆◆◆

 テーブルの上に、軽やかなフットワークと手捌きでケーキと紅茶を、颯爽と用意すると

 自分も、ちょこんと椅子に腰掛けてみせる。

「はい、いただきましょう?」

「ガウぅ〜、赤ずきんちゃん、ありがとうなんだガウ」

「いいの、いいの。材料集めて貰ったお礼よ」

「ガウ!? こ、このケーキ、おいしいんだガウ!」

「ホントぉ!? まだあるから、もっと食べて、食べて」

 得意の料理を褒められ、すっかり上機嫌の赤ずきん。

 ガウとの話にも花が咲く。

 だが、満月の夜にまぎれて、不穏な影が見え隠れする……

「ガルぅ……ガウの奴、人間なんかとガル……」

「ガオぉ……どうする兄貴なんだガオォ?」

「取り合えず、みんなに報告するガル……」

 鋭い目つきの狼たちは、静かにその場から走り去っていくのであった……

 そんなことが起こっているとは露知らずな、赤ずきんとガウはすっかり話に盛り上がるのであった。

 静かな森には、何時しか不穏な空気が立ち込めていた。

 だが、その気配に気付くものは誰もいなかった。

◆◆◆28◆◆◆

 月夜の晩……連なる岩山……険しい光景。荒涼とした草原の果てに連なる岩山。

 そこに彼らは住んでいた。

「人間たちは森を荒らす!侵略する!」

 狼が力強く吼えてみせた。月夜に響き渡る、力強い声。

「仲良くすることなんてできるはずがないっ!」

 また別の狼が吼えてみせる。次々と狼たちが月夜の光の中を走りこんでくる。一匹、また一匹……

「誇りを思い出せっ!」

「狼一族の恐怖を、思い上がった人間たちに教えてやれっ!」

 吼え続ける狼たちの声を背に受けながら二頭の狼たちが、静かに切り立った崖に佇んでみせる。

「兄貴、どうするんだガォ?」

「皆の意見はひとつなんだガル……」

 静かに頷くと二頭の狼たちは、漆黒の闇の森へと消えていった。

 後に残されたのは、まだ興奮冷めやらぬ、怒れる狼たちばかり……

◆◆◆29◆◆◆

 うららかな午後の日。ぽかぽか陽気に蝶が誘われてくる。

「今日は暖かいんだガウ〜」

 額の汗を拭いながら、まき割りを続けるガウ。

「もういっちょ、なんだガウ〜」

 丸太を蹴り上げると、力一杯斧を振り回してみせる。

 一見適当に振り回しているように見えてしっかりと的は得ている。

 丸太の状態で落ちてくるが……ガウがパチンと指を鳴らせば、見事な薪に砕け散る。

「うーん、カンペキなんだガウ」

 出来上がった薪を抱えながら、陽気に駆け回るガウ。

「おばあちゃーん、お湯加減はいかが、なんだガウ〜?」

 風呂釜に薪をくべてみせるガウ。

「ちょっとぬるいわー」

 おばあちゃんの声に応えるかのように、薪を尻尾で弾いてみせる。

 赤々と燃え盛る木々に向かって、向き直るガウ。大きく、大きく息を吸い込むガウ。まるで風船のように大きく膨れ上がると、今度は力一杯吹き付けてみせた。強烈な風圧におされ、炎は激しく燃え上がる。

「ふぅ……いい湯加減なんだガウ?」

「あらー、いい感じよ」

 満足げなおばあちゃんの声に、嬉しそうに笑うガウ。引きまくる赤ずきん。

「……おいおい、湯……沸騰してるわ……」

 窓から風呂場の情景を覗き込み無敵の強さを誇る、マイペースなおばあちゃんに退きまくり……。そんなこと知る由もないガウは相変わらず楽しそうに薪割りを続けるのであった。

◆◆◆30◆◆◆

 ガウが遊びに来るようになってから赤ずきんの日々の作業は軽減した。なにしろ腕力の強さでは、並の人間の比では無いのだから。赤ずきんの苦手な力仕事もガウがいてくれれば、楽勝なのであった。

 それにしてもガウの食事量は半端ではない。その腕力の源になっているのか不思議に感じる赤ずきんでもあった。

「ふぅ、アンタが一杯食べるから、また買出しに行かなくちゃいけないじゃない?」

 毒づいてみせる赤ずきんに嬉しそうに尻尾を振ってみせるガウ。

 苦笑いを浮かべてみせる赤ずきん。おなじみのカゴを手にすると、颯爽と立ち上がってみせる。

「おばあちゃん、ちょっと街へ買い物へ行ってくるわ」

「ああ、気を付けて行っておいで」

 怖い狼には……というフレーズを言い掛けてにっこり笑いながら、飲み込んでみせるおばあちゃん。

 ガウは相変わらずにこやかにお茶なんか煎れてみせている。

 狼なのに、ちょっと濃い目のミルクティーが好きというなかなかにグルメなガウなのであった。

 だがガウは穏やかな表情の裏で不穏な気配を感じ取っているのも事実であった。

 山がざわめいている。不穏な殺気の原因はそこにあるはず。

 ガウは兄弟たちが、何かよからぬことを企んでいるのではと不安な気持ちを隠しきれなかった。不安だからこそ、大切な赤ずきんたちに心配を掛けまいとして、ガウは明るく振舞うのであった。

「ガウガウ、赤ずきんちゃん、オレも街に一緒に行くんだガウー?」

「駄目よ。まーた、骨付き肉をおねだりするんでしょー?」

 ケラケラ笑ってみせる赤ずきん。

 静かに尻尾を垂らして、耳を伏せてみせるガウ。なぜか、ガウは不安な胸騒ぎがしてならなかった。

「ガウ、心配なんだガウ……」

 想いを口にせずにはいられなくなったガウは重い口を、閉ざされていた想いを話さずにいられなかった。

「え?」

「山がざわめいているんだガウ……」

 ガウの意味深な発言に戸惑う赤ずきん。

「山がざわめく?どういう意味なの?」

「狼たちが……ガウの兄弟たちが、何かをしようとしているガウ……」

 耳を伏せて不安そうに目を落としてみせるガウ。それが何を物語ろうとしているのか赤ずきんには、しっかりとは伝わってはいなかった。だからこそなのか? 赤ずきんは、静かに微笑みながらガウを制する。

「判ったわ。気をつけて行ってくるわね。それに街の人たちは、まだ狼に対して抵抗を持っているわ。ガウの姿を見たら、またパニックに陥ってしまいかねないですもの」

 上手い具合にガウをまるめこんでみせる赤ずきん。

 ガウは不安そうな表情を見せながらも静かに庭へと向かうのであった。

「ガウ……薪割りしてくるんだガウ……」

 赤ずきんは静かに小屋を後にした。

◆◆◆31◆◆◆

 相変わらず街までの道のりは長い。

 赤ずきんは何時ものように、のんびりと街までの道を歩いていくのであった。もちろん、途中で見つけたきのこや木の実はしっかりと、獲得していく、ちゃっかりモノの赤ずきんなのであった。山は相変わらず不穏な気配を放っている。

「……確かにガウの言うとおりね。ざわめいている……そうね。無数の足音と気配を感じる」

 ガウを連れてくれば良かったかな? そう思いつつも、ガウのことが気になっていた。

 ええ、ガウを連れてこなかったのにはワケがあるの。狼であるガウを連れまわすことは、他の狼たちの目に触れる危険性が高い。それに街の人に見られれば、また大騒ぎになる。あんな想いは二度としたくないですもの。あたしも、ガウも、きっとね。

「……なんだか、イヤな予感がするわね……。今日は早く帰りましょう。ガウが心配だわ」

 不安な気持ちと、かごを抱え持ちながら赤ずきんは街までの道を足早に走り抜けるのであった。

◆◆◆32◆◆◆

 街は収穫祭の真っ只中。

 盛り上がりをみせる街は、実に活気に満ち溢れている。

 買い物ついでに、赤ずきんは街を見回っていた。巨大なかぼちゃに、山で採れた不思議なきのこの数々。木の実もたっぷりと置かれていた。

「あら、いい匂いがするじゃない?」

 香ばしい香りに誘われてみれば、スモークサーモンとスモークターキーのいい香り。

「ガウ、こういうの好きなんだよねー。買っていったら喜ぶかな?アイツ、通なモノが好きなのよね」

 ぶつぶつ言いながら、購入しようか、どうしようか思案する赤ずきんの嗅覚を刺激するがごとく燻す香りを赤ずきんに向けて、扇いでみせる店主。

「……ふぬぬぬ……こ、これは、いい香りね……」

 必死で立ち向かおうとする赤ずきん。なおも執拗に扇いでみせる店主に、

 眼光鋭く向き直ってみせる赤ずきん。そして……

◆◆◆33◆◆◆

 手荷物を抱えながら、苦笑いの赤ずきん。

「結局、買っちゃったわ。あのオヤジ、やるわね……」

 見事なワナにはめられてしまった赤ずきん。

 憮然とした笑いを浮かべてみせる。

「ま、いいわ。ガウも喜んでくれるだろうし」

 空を見上げて、にっこり微笑んでみせる赤ずきん。

 だが、静寂は不意に破られた。

「アオオオォォォォン!」

 響き渡る凄まじい叫び声。激しい咆哮が山を突き抜けていった。

 木々を揺らし、大地を震わせ、大気をも唸らせる咆哮……その凄まじい衝撃は、動物たちをも震撼させた。

 もちろん、その声は、街にいる赤ずきんにも、小屋で薪を割っていたガウの耳にも届いた。

 その声に、山の動物たちも驚愕した。コンドルが急いで空高く舞い上がってみせる。クマが力強く木々を叩いてみせる。

◆◆◆34◆◆◆

「い、今のは間違い無いんだガウっ!」

 ガウは斧を放り投げると力の限り走り出した。赤ずきんの無事を祈って、必死で走り続けた。

 咆哮に続いて、街に狼たちが駆け込んできた。

 街は大パニックに陥っていた。赤ずきんもまた、あせりを隠し切れなかった。

「なんで狼たちが襲撃してくるのよっ!?」

 もはやパニックだった。

 ガウは必死で山を走り続けた。力の限り、息の続く限り走り続けた。

「兄弟っ、街が大変なことになっているぜ!」

 空から舞い降りてきたコンドルが走り続けるガウに併走するように滑空してみせる。

「こっち、こっちー。近道、作ったよー」

 相変わらず、おっとりした口調のクマの声。

 ガウが慌てて振り返れば、決して上手な出来では無いが大木を切り倒して作られた、即興の橋は街へと続く一本道。

「ありがとうなんだガウっ!」

「礼なんかいいっ!」

「はやく行きなよー!」

 ガウは後ろを振り返ることなく、即興の橋を駆け下りて、一気に街への道を駆け下りていった。

◆◆◆35◆◆◆

 街には大柄の狼たちが雪崩れ込んでくるばかり。無差別に襲い掛かる狼たちに、街の人々はただただ逃げ惑うばかり。ガウっ、助けてっ! 赤ずきんは必死の祈りを込めて、心の中で叫んだ。

「え……ガウ!?」

 不意に目の前に現れた人影に思わず声を出してしまう赤ずきんであった。

「……違う……アンタは、誰!?」

「ほぉ……お前がガウを惑わす人間ガオ?」

「気高き狼たちの名に掛けてガル……」

 不敵に笑ってみせる狼の兄弟。力を込めて立ちはだかる二頭に、後ずさりする赤ずきん。

「止めるんだガウっ!」

「ガウっ!」

「どうして、どうして!こんなことするんだガウ!?」

 ガウは目の前に立ちはだかる兄弟に臆することなく力強く吠えて見せるのであった。

「狼一族は気高き一族なんだガル。それが人間なんかと、お友達にだとガル?」

「ガウ、お前の考え方は甘過ぎるんだガオ!」

「そんな……どうして、どうして! 狼と、人間と、お友達になる。それだけのことじゃない!?」

 狼兄弟の言葉に反論する赤ずきん。

 だが、見下すような目で狼兄弟は赤ずきんを見た。

「ガル、ガオ、帰るんだガウ!みんなを連れて帰るんだガウっ!」

 ガウの声に呼応するかのように狼の兄弟がガウを挟んで不敵に笑う。

「ガウ、お前は出来損ないだガル……」

「一族の恥さらしは、要らないんだガオ!」

「なんで!? アンタたちは、ガウの兄弟じゃないの!?」

「出来損ないの弟に用はないガル……」

「人間と友達になんかなれるわけないガオっ」

「赤ずきんちゃん、街の人を連れて逃げるんだガウ!」

「何言ってるのよ、ガウ、あんたはどうするの!?」

 ガウは襲い掛かろうとするガル、ガオを制しながら赤ずきんを逃がそうとしていた。

「いいから! 早く、逃げるんだガウ!」

 なおも執拗に攻撃を続けるガルとガオの兄弟。ガウは必死で身を呈しながら差し押さえようとする。

「埒が明かないんだガル……」

「お前たち! ガウを潰すんだガオ!」

 兄弟の声に呼応するかのように一瞬、砂煙が上がったかと思うと、次の瞬間現れた無数の狼たちがガウに襲い掛かった。

「いやー! ガウっ!」

 切り裂かれ、叩きつけられても、それでもなお、ガウは反撃さえしなかった。ただただ、されるがままに立ち尽くしていた。

「止めなさいよっ! 止めてよっ! ガウ、ガウっ!」

 赤ずきんの声に応じるかのように目の前に不意に疾風が駆け抜けた。

 刹那、ガルとガオの兄弟の動きが止まった。

「ちょ、長老……ガルぅ……」

「退くのだ! ガル、ガオ、お前たちはなんてことをしてくれたのだ!? 今すぐ皆を率いて、即刻、山へと帰るのだっ!」

 落ち着いた気配を放つ、長老と呼ばれた狼は静かに赤ずきんに向き直ってみせた。

「……人間よ、すまないことをした……」

「あ、あたしより……っ!」

 街のこと、色々と言いたいことはあった。だが、それよりも、なお重要なのは!

「ガウっ! ガウっ!」

 力無く倒れたガウは、ピクリとも動かない。

「ガウ? ちょっと、冗談でしょ……」

「………………」

 声を掛けても、まるで反応しないガウに赤ずきんの心は、すでに哀しみに満ち溢れ始めた。

『そうなんだガウ。オレ、狼なんだガウ。』

 出逢った時の情景が蘇ってくる。

 ちょっと、縁起でもないじゃない!? 走馬灯なんて、止めてよ!

 それじゃ……それじゃ……まるで……

『が、ガウ……オレ、泳ぎも上手なんだガウ!』

 月夜の湖に写った自らの姿に激しい哀しみを抱いていたガウが蘇った。

 それじゃ……まるで……いいえ……いいえ、させないわっ!

◆◆◆36◆◆◆

 赤ずきんはキっと振り返ると狼の長老に詰め寄ってみせた。

「あんた長老様なんでしょ!? ガウを、ガウを! 助けるのに、力を貸してっ!」

「うむ……今は我ら一族の話をする前に、ガウの命を救うことが先決であるな……良かろう」

 不意に空から舞い降りてきたコンドルが、轟音と共に走りこんできたクマが、変わり果てたガウの姿に戸惑いを隠しきれない。

「なんだってこんなことに……」

「ちょうどいいわ、アンタたち、ガウのお友達ね? ガウを助けるために、アンタたちの力を貸して欲しいの!」

 息巻く赤ずきんの迫力に、わけも分からず、戸惑いを隠せない二匹であった。

「狼たち、アンタたちも協力しなさいっ! このままじゃ、ガウは本当に死んでしまうわっ!」

 狼の長老の背後から、ガルとガオの兄弟が顔を出す。

「そもそもお前たちがこのような無謀な行いを企てなければ、こんなことにはならなかったはず。お前たちも力を貸すのだ。良いな? して、赤ずきん殿……我々は何をすればよろしいのかな?」

 狼の長老の言葉に反応するかのように赤ずきんが顔をあげてみせる。

「いい? 時間が無いわ。これから言う材料を集めてきて欲しいの。とにかく急いで見つけてきて!」

「……して、それは?」

「ひとつはやまぶどうの実よ。熟しきった、カラフルなやまぶどうの実よ」

「あー、それなら知ってる。まかせてー」

 クマがひょっこり腰を上げると山へ向かって急いで走っていった。

「二番目に必要なのは、山胡桃よ。それも高山のような空気のきれいな場所に生えているような山胡桃の実じゃなくては駄目なの」

「それはオレに任せておきな。高い場所だ。オレのように空を飛べる奴が適任さ。なぁに、任せておきな。きっと見つけてきてやるぜ」

 短く滑走すると、一気に空高く舞い上がっていくコンドルを見送る赤ずきん。

「後はアンタたちね。三番目に必要なものは、きのこよ。さるのこしかけと呼ばれる、堅いきのこがあるの。かなりの腕力が必要になるわ。木に密着する堅いきのこなの」

「……腕力が必要ならば、オレに任せろガル。お前たち、探しに行くぞ。きっと見つけて来るガル」

「最後よ。最後のは……ちょっと大変よ。湖の水が必要なの。でもね、ただの水では駄目よ。光苔が照らす、光の当たらない場所にある湖の水が必要なの」

「ガオ……何故に、そんな辺境の場所にある湖の水が必要なんだガオ? 同じじゃないガオ?」

 ガオの言葉に眉をひそめる赤ずきん。

「ガウを助けたくないの!? いいから、探しに行くのっ!」

 先ほどまでの態度と一転して、力一杯むなぐらを掴んで、睨み付ける赤ずきんにガオは思わず尻尾が下がってしまった。

「わ、判ったんだガオっ! お、お前たち、行くぞ。きっと見つけて来るガオっ!」

 皆が薬の材料を求めて旅立っていった。ガウを助けるためには、薬を作るしかない。

 今の自分に出来ること、それは皆の帰りを待つことだけ。非力な自分がもどかしかったが、今はここで待つしか無かった。

◆◆◆37◆◆◆

 クマは山の中を駆け回っていた。

 やまぶどうの香りを頼りに、西へ東へと。

「うーん、この香りは……ハチミツの香りー。って、今はそんなことしている場合じゃないー」

 ハチミツの誘惑を、頭を振って振り払うとクマは再び香りを頼りに山を駆け回り始めた。

 茂みを掻き分けて、微かなやまぶどうの香りを頼りに急な斜面を這い上がっていった。つる草を頼りに、重たい身を引き上げるようにゆっくりと登って行ってみせた。

 微かな香り。だが確実に近づいている。

 やまぶどうは元来、木々が生い茂るような荒地に生えるもの。それを知っているクマは斜面を登り切ったところにある茂みをまさぐってみた。

 微かに甘い香りがする。

「んん? 近づいた気がするかもー」

 茂みの奥に見える、小さな実。つる草の先になる小さな実。

「あ、あったー。発見―」

 クマは首に、やまぶどうの実をつるごと、たっぷりとまきつけると、ゆっくり斜面を降り始めた。

「ううー、意外と足元が見えづらくて怖いかもー」

 もそもそと足元をさぐりながら斜面を降りていくが……

「うわー、滑るー!」

 豪快な砂煙を上げながらクマは転落していった……

◆◆◆38◆◆◆

 コンドルは大空を旋回しながら山胡桃の木を探し続けた。とは言え、匂いで探し出せるようなものではない。なおかつ、見た目に特徴があるわけでもない胡桃の木。

 高地に存在する胡桃という条件をどうしても満たしきれない。

 いかに森一番の物知りと言ってもこのお題は、そうそう簡単にはクリアできない。そもそも胡桃の木が見当たらない。

 これは困ったものだと、コンドルは焦っていた。

 胡桃……木に特徴がない。どうすればいいのか? 静かに低空飛行しながらも、高地に生える木々を狙った。

 空気が冷たくなってきた。高度を上げながら木々を狙っていく。木々の数はそうそう多くない。一本、一本つぶしていけば難しくはない。何本目かの木を巡った時……

「んん? こいつぁ……へへ、ビンゴだぜ。これで助かれよ、兄弟っ。急いで戻るからなっ」

 高台にそびえる立派な山胡桃の木。そこから実を幾つかつまむと、そっと舞い上がった。

 コンドルは気流に乗ったまま旋回しながら街を目指して一気に羽ばたいた。

◆◆◆39◆◆◆

 ガルたちの一群は森の中を駆け回っていた。

『さるのこしかけ』などというきのこ、見たこともない。ガルたちは、森を駆け回りながら、そのきのこを探し続けた。

「ガルー、さるのこしかけって、どんなきのこなんだガル……」

 狼たちは森を駆け回って、きのこを発見するたびに調べてみたが、どれもさるのこしかけには合致しない。一体どこに? ガルは焦っていた。

 だが、妙な気持ちも織り交じっていた。人間と友達になりたいと考える、ガウの気持ちが

 判らなくなかったわけではない。だが、その一方で森を荒らす人間たちに憤りを感じているのも事実であった。

「ガル、さるのこしかけを見つけたぞ」

「……判ったガル。今向かうガル」

 ガルは狼たちを率いて、その場を目指した。

 切り倒された木の切り株に生えている、さるのこしかけ。

「これが……さるのこしかけなんだガル?

 ガル……これは……簡単には取れそうもないんだガル……」

 ガルは試しに、さるのこしかけを引っ張ってみた。

 だが、切り株に密着するように生えているさるのこしかけは簡単には動きはしない。

「こ、これは……手ごわいガル……」

「オレたちも手を貸そう」

「力一杯抜くぞ……」

「せーの!」

◆◆◆40◆◆◆

 ガオたちは湖岸を歩き回っていた。

 頼りにするのは、己の耳と鼻。水の音を頼りに、そして水の香りを頼りに湖岸をひたすら走り回っていた。水の滴る音に敏感に耳を済ませる。

「ガオ……北だガオ。北の方から水の滴る音がするガオ」

「湖岸の北には……洞穴がある。もしかすると……かもな?」

「なるほどガオ。湖岸の北を目指すガオ」

 ガオたちは湖岸をひた走り、北部を目指した。

 冷たい風の吹き抜ける洞穴……

「これは……光苔ガオ?ってことは……この場所の水を……ガオ?」

「問題はどうやって運び出すかだ?」

「ガオ……さすがにオレが飲んでなんてのは……ガオ?」

「いやいや、あり得ないから……」

「ええい、お前たち、なんか知恵を出せガオぉ!」

「なんてご無体なっ!?」

◆◆◆41◆◆◆

 消え往くガウの命の灯火をなんとか維持させるために、赤ずきんは必死で動き回っていた。

「ああ、もうっ、みんなはまだ戻らないの!?」

「やまぶどう、なんとか見つけてきたよー」

 体中傷だらけになりながらも、クマが戻ってきた。

「だ、大丈夫?で、でも……ありがとう」

「山胡桃、持ってきたぜっ」

 空から聞こえてくる声。静かな落下音と共に、赤ずきんの手の中に山胡桃が飛び込んできた。

「ありがとう、コンドルさんっ!」

「さるのこしかけ、見つけてきたガルっ」

 疾風のごとく駆け込んできたガル。手にしたさるのこしかけを赤ずきんに確認する。

「うん、これこれ。上出来だわ。でも……一番必要なものが、戻って来ていない」

「それならば……ここにあるガオ?」

 何時の間にか、赤ずきんの背後に現れたガオ。何やら、大きな草の葉を使って作った器に

 たっぷりの水を運んできたのだった。

「すばらしいわ。これで、ガウを助けることができるはず。まだ、終わりじゃないわよ。みんな、あたしの薬の調合を手伝って。指示は私が出すからっ」

 赤ずきんはテキパキと指示を出しながら薬作りを始めるのであった。

◆◆◆42◆◆◆

 そして、数分後……

「出来たわ。あとは、これを!」

 赤ずきんは出来上がった液体の薬を、ガウの口元に運んで見せた。

 だが、衰弱し切ったガウには、薬を飲むだけの力は無かった。

「どうしよう……せっかく薬が出来たのに……このままじゃ、ガウは死んでしまうわ。どうしよう……そ、そうだわ。注射にしてしまえば!」

 言うが早いか、赤ずきんは道具袋から注射器を取り出してみせた。

 馴れた手付きで、薬を注射器に吸い込ませるとガウの腕に、そっと突き刺した……

「!……い、痛いんだガウっ!?」

「え? ま……まだ薬は……」

 注射の痛みに驚いたのか、意識の無かったはずのガウが飛び起きた。

「あれあれー、なんだガウ? なんで、みんないるんだガウ?」

「な、なんで……なんで、気が付いているわけ!?」

「ガウ? 赤ずきんちゃん、無事だったんだガウー」

 嬉しそうに笑ってみせるガウ。

 満足そうに頷いてみせる長老。

「大事に至らなくて良かった、良かった。さて、赤ずきん殿……お手数ではあるが、街の人をここに集めては頂けないだろうか? 今回の一件に付いて話をさせて欲しい」

 神妙な表情の長老に、そっと頷いてみせる赤ずきん。

「わかったわ。みんなを集めてくるわ」

 薬に関係なく、注射の痛みだけで目覚めたガウ。

 複雑な表情をみせるのは、薬を集めにいった面々。自分たちの苦労って一体……

 狼の体力って、半端じゃないのね……改めて、ガウのたくましさに驚かされる赤ずきんであった。

◆◆◆43◆◆◆

 広場には、震え上がる人間たちと、どこか険しい表情をみせる狼たちが集まった。

「ガウ……ここへ」

「ガウ、ガウはここにいるんだガウ」

「人間たちよ……若衆がご迷惑をお掛けしたこと、まずはお詫びいたそう。申し訳なかった……。だが、我らの声も聞いて頂きたい。我ら……狼一族は、古くから森に生きてきた存在。だが、最近の人間たちの動きはどうであろうか?我らの領地に、無断で侵入し、挙句、傍若無人な振る舞いの数々」

 長老の声に、街の人々は静かに聞き入っていた。

「古き時代……狼一族と、人間たちとは今のように、互いをけん制し合う仲では無かった。それが今の時代は、このようなことになってしまっている。人間たちよ……我ら狼は、人を喰らう存在ではない。我々は、人間たちとの交流を望んでいる。しかし、そのためにはお互いのことを知ることが必要となる。今回のことは、我らにも非はあること……そして、この……勇敢な、我ら一族の者、ガウのことを判って欲しい」

 自分の名前が呼ばれてきょとんとしてみせるガウ。

 にっこり微笑んで、赤ずきんが前に出てみせる。

「ガウは……見ての通り、狼なの。でも、あたしとガウとは、仲良しの友達になれたわ。

 人間たちの……あたしたちの振る舞い、良くなかった部分は、これから直していけばいいでしょ? でも、大切なのは、相手を知ることだと思うの。あたし、最初は……狼って、怖い存在だって思っていたわ。でも、ガウは怖い存在じゃなかった。あたしたちには無い、すごい能力も持っているわ。だから、もう……古臭い話は抜きにして、これからは

 人間と、狼とが、共存できる世界にしていきたい。あたしは、そういう風に考えているの。ねぇ、みんなはどう?」

 赤ずきんの言葉に呼応するかのように街の人々も、次第に耳を傾けはじめた。

「確かに、我々のやり方は、森に生きる先住者たちを、あまりにも無視し過ぎていたのかも知れない」

「時代は流れるもの……変わるのは時代だけじゃない。あたしたち自身も、変わる必要があるってことよね?」

「ええ、そうだと思うわ。だから……この、赤ずきんちゃんが、親善大使になってあげるわ。狼と、人間とのね?」

「ガウ、ガウもなってあげるんだガウ」

「ふむ……悪い話では無いだろう。ガル、ガオ、見たか? お前たちの弟は、人間たちとの幸ある未来を見出したのだ。お前たちも、何時までも過去のしがらみに囚われること無く新しい時代を見つめなくてはならないのだ。時代は変わるのだよ……」

 長老の声に応えるがごとくガルが腕組みしながら、ガウの前に立ってみせる。

 静かに微笑みながら、手を差し出してみせる。

「ガウ……お前には悪いことをしたんだガル……」

 ガウはガルの手を力強く握り締めながら、嬉しそうに尻尾を振る。

「ガル、判ってくれれば、ガウは嬉しいんだガウ」

 ガオは、やや臆した態度を見せながらも静かに赤ずきんに向きなおってみせる。

「人間たちと、オレたちも友達になれるガオ?」

 不安そうなガオの表情を見つめながらクスクス笑ってみせる赤ずきん。街の人間たちの方を向き直ってみせる。

「ええ、なれるわ。ね、みんな?」

 人々の表情は明るかった。狼たちも、かつてのような、人間たちと共存できていた時代を振り返ってみるのであった。

「人間たちとも、お友達にはなれるはずさ」

「ガル……オレたちは森のこと、なんでも知ってるガル」

「必要な時は、オレたちも手を貸すんだガオ」

「我ら狼一族は森のことを知り尽くしている」

 赤ずきんが狼たちに向き直ってみせる。

「あたしたちは森のことに関しては、知識が浅いわ。でも、森から手に入れたものを使って、ものを作ったり、食べ物を作ったりすることもできるわ。だから、お互いの得意分野を補え合えればいいと思うの」

「ガウっ、みーんな、みんな、お友達なんだガウっ!」

 ガウの声に応えるかのように狼たちと、人間たちは、これまでのわだかまりを埋めるかのように、親しそうに話をするのであった。満足そうに見つめる長老の姿がそこにあった……。

◆◆◆44◆◆◆

 ……後に、人間たちの代表と、狼たちとの代表がお互いが歩むために、何をするべきかを

 まとめあげて、正式な決め事としたそうだ。これでもう、狼たちと、人間たちとの間の争いごともなくなるだろう。

 時代は変わるものなのだ。変わらなくてはいけないのは、時代だけではない。

 狼たちの長老の言葉が、印象的だったように思える。変わらないもの……。変わらない確かなもの……。それは、何時ものように、続くものだった。

「ガウー、お昼ご飯できたよー」

「ガウー、今行くんだガウ」

 きっかけとなったのは、ガウと、赤ずきんとの出逢いだった。種族の壁を越えて、出逢えたふたり。そのふたりが、隔たりを築き上げてしまっていた過去の鎖を打ち砕いたのかも知れない。

 ガウと、赤ずきんは、ずっと、ずっと友達でいられるのかも知れない。畏れないで? 相手を知ること。それが、全てのはじまりになるんだから。

「ガウガウ、赤ずきんちゃん、お昼なんだガウ」

「判ってるわよ、今行きますっ」

 ガウに呼ばれて、トタトタと走りこむ赤ずきん。

◆◆◆45◆◆◆

 数日前に、狼たちと、人間たちとの交流の再開を記念して、街でお祭りが開催された。

 早くも人間たちに興味津々の狼たち。

「ガルぅ……人間の女の子たち、可愛いんだガルぅー」

「ガオガオ、人間たちの食べ物、美味いんだガオ」

 気のいい狼たちに囲まれて、街の人々も上機嫌だった。

「これ、狼さんが作ったの?」

「そうなんだガル」

 木の実を組み合わせて作った、洒落た首飾りにアクセサリ屋の女主人が目を輝かせる。

「素晴らしいわ。手先が器用なのね。あたしたちもね……」

 賑わう街の様子を見ながら長老も満足そうな表情を見せる。

「みんな上手いことやってるみたいね」

「おお、赤ずきん殿」

 街の雰囲気を眺めながら、目を細める長老。

「今回のことは、赤ずきん殿に感謝をする」

「いやーね。ちょいとばかし、砂金でもプレゼントしてくれちゃったら、上出来だわ」

 ケラケラ笑ってみせる赤ずきんににこやかに切り返してみせる長老。

「狼一族と、人間たちとの交流の記念というのもおかしな話ではあるが、赤ずきん殿さえよろしければ、ガウの……嫁になってやって頂けると、ありがたいのですがなぁ?」

「!」

 思わず飲みかけのお茶を吹き出す赤ずきん。

「ちょ、ちょっと待ってよ。あ、あのね、あたし、まだ子供だしねっ!?」

「ガウー、赤ずきんちゃん、遊ぼうなんだガウっ」

「あ、あたし、ちょっと用事を思い出したわー」

「あー、お待ちになってなんだガウー」

 古き良き時代は、再び訪れるだろう。狼たちと、人間たちと、きっといい関係を築き上げられるであろう。

 大丈夫。若い世代に期待を掛けよう……静かに目を伏せる長老であった。

◆◆◆46◆◆◆

 人間と、狼との、種族の壁を越えて新しい時代の流れを、築き上げた和平の使者として

 ガウと赤ずきんの名は後世の時代にまで、語り継がれたとされている。今も、ここ、森の都には当時の物語を風化させないために一人の少女と、赤いバンダナの狼の銅像がこの物語を語り継いでいるのだと、されている。

◆◆◆47◆◆◆

 この物語は、その銅像と共に歩み続ける物語。

 和平の象徴として、永久に語り継がれることを……約束して……今日も、どこかで元気な声が聞こえてきそうな気がする。

「ガウ〜っ!」

 ってね?

                             おしまい♪