第1話『Wild FANG_2nd』

◆◆◆1◆◆◆

 妙に重々しいムード。何時になく新宿警察署の内部は騒々しかった。

「最近窃盗の届け出が多く出ている。どういう事かは判らないが、背後にどこかの窃盗団の様な存在がいるとも考えられるな」

 痛々しい笑みを浮かべながら頭をかかえるのは新宿警察署の署長、村上。長身のクロヒョウの署長は正義感溢れる男。

 リオンはその功績を買われて日本に永住する権利を得たのだ。

「日本も物騒ですな、署長」

「ははは、我々の管轄下での事件だけに頭が痛いよ。歌舞伎町が犯罪の温床になっているとの情報も入ってきたのだ。外国からの窃盗団かも知れないな。まったく、困ったものだ。我らも甘くみられてしまったものだな。ふふっ……」

「なぁに、我々新宿警察署の腕を見せてやりましょう」

 クールに笑うのは、副所長の榊。巨漢の牛の彼はその外見に反して実に緻密に仕事をこなす男。一体何がどうなっているのか、物騒な事件が相次ぐ。

 苦笑しながらリオンは机に向かった。

「……リオン警部、コーヒーをどうぞ」

「ああ、ありがとう」

 コーヒーを入れてくれた婦警に礼を告げるとリオンはパソコンに向かった。

 不意に胸ポケットの中で携帯が唸りだした。

「ん?……誰からだろうか? 非通知?」

 怪訝そうな顔をしながらリオンは電話に出た。

「もしもし」

「……リオン警部だね? ぼくだよ。判る?」

 電話の向こうでクスクス笑う声。リオンの背筋に冷たいものが走った。

「き、キミは獅子渡の息子の……」

「竜助だよ。覚えていてくれた? 虎次郎くんは元気にしている? ふふ、メールボックス見てご覧? ぼくからちょっとしたプレゼントを送って置いたから。じゃあ、またね。バイバイっ!」

「あ、待てっ!」

 嘲笑うように竜助は電話を切った。

 どこから電話をしてきたのであろうか?やけに賑やかな場所からの電話であった。

 何やら不穏な香りを感じ取ったリオンは慌ててメールボックスを開いてみた。そこには予告通り竜助からのメールが届いていた。しかし、その内容はまさしく戦慄であった……。

『XーDay……Tokyoの空に黒い雨が降る……』

 それが何を意味するのか、リオンは焦りを隠せなかった。不意に警察署内部が騒然としたムードに包まれた。

 今度は一体何が起こった? リオンは驚いたような表情で周囲を見渡した。

「リオン警部、新宿地区Dブロックで強盗ですっ!」

「なんだとっ!?」

「相手は拳銃を持った武装グループです」

「……日本も物騒になったものだな」

 リオンは苦笑しながらコートを羽織った。何時になく冷静な表情。刑事としての彼の顔になっていた。

 D地区……虎次郎君の派出所の管轄下か。また、一騒動起こしていないといいのだが……苦笑いしながら頭を掻くリオン。事態が恐ろしい事になる前に急ごう。部下の刑事達を促すと、リオンは急ぎ走り去った。

◆◆◆2◆◆◆

 急ぎ走る車の中にはリオンの姿があった。何時になく落ち着きの無い表情。そわそわしながら運転手にちらちらと目線を送ってみせる。それに気付いたのか運転する刑事が苦笑いしてみせる。

「これでも精一杯飛ばしていますので」

「……うむ、安全運転で頼むぞ」

 パトカーは軽快なサイレンをならしながら走りつづけた。リオンの胸の内で不安は次第に大きくなってゆくのであった。無事でいてくれ……。

「……ん? あの人だかりは一体?」

 運転を担当する刑事がスピードを落とす。

「どうやら現場は近い様ですね。あ、リオン刑事っ!」

 リオンは車を飛び出すと急ぎ走り出した。威勢良く響き渡る声に、思わず背筋が寒くなった。

「おらぁっ!」

「ひぃっ!」

 豪快な立ち振る舞い、響きわたる豪快な声にリオンは嫌な予感が現実のものになった事を実感した。

「……お助けぇっ!」

「神妙にお縄を頂戴しやがれっ! わははっ!」

「と、虎次郎君……」

 巨漢のトラの警官の豪快な笑い声。これ見よがしに手錠を振り回す虎次郎にリオンは思わず目を伏せてしまった。予感は的中か……。

◆◆◆3◆◆◆

 銃を構えて武装していた銀行強盗集団に勇猛果敢に立ち向かう虎次郎。お得意のゲタが炸裂した。

「おるぁっ、喰らえっ、リモコンゲタっ!」

「……それで銀行強盗を打ちのめしたのか?」

 ペンを片手にリオンが苦い笑みを浮かべてみせる。

「なぁ、リオン? これじゃあまるで取り調べだぜ?」

「虎次郎君……前代未聞な事を次々とやらかすのはいい加減にしてはくれないか? 未だかつて銃器で武装した銀行強盗に丸腰で挑むわ、ボコボコにしてしまうわなどと言う話は、聞いたことが無い。FBIの捜査官にもそんな刑事はいない」

 頭をかかえるリオン。虎次郎は相変わらず飄々としている。

「まぁ、そうカリカリするなよな?」

「……」

 リオンは静かに懐から銃を取り出して見せた。

「じょ、ジョークだよっ!」

 相変わらずの虎次郎の暴れん坊ぶりを久方ぶりに目にして、頼もしいやら困ったものやら、リオンは苦笑いしてみせた。

「……虎次郎君。一つ気掛かりな事があってね」

「ん? どうした、何かヤバい事でもあったのか?」

 不意に険しい表情を見せるリオンを肌で感じ取ると虎次郎の表情が険しくなる。

「竜助を覚えているか? 獅子渡の息子の――」

 虎次郎の頭の中に少年の顔が蘇る。父親の獅子渡とは似ても似つかない少年。小粋な体に機敏な動き。磨き上げられたナイフの様な鋭い動き。

 獅子渡の一件から消息不明になっていたあいつが、今更……まさか?

「……復讐?」

「そう考えるのが妥当だと思うな。あの小僧何を考えているのか判らないが、不気味なメールを送ってきた。ここでは話辛いな。外に出ようか」

 リオンは新宿北口派出所を後にしようとした。

「ああ。狐、ちょっと外出るけど後は任せるぜ」

「まったく、虎さん。今月に入ってから始末書何枚書いているんだよ、ホントに気を付けてよね」

「るせーなぁ」

「リオン刑事、ホントにうちの虎さんが何時もご迷惑を……」

 苦笑いしてみせる狐の頭をポカリと叩いてみせるが、背後でムッツリした顔の猪部長を目にして、慌てて愛想笑いしてみせる。

「本当に、お前はいつまで経っても無茶をする奴だな」

「なぁに、オレとリオンは親友ですから。なぁ、リオン」

「何の事だ?」

 わざと冷たく笑ってみせるリオンに虎次郎が笑いながら反撃をかましてみせる。

「なんだよ。連れねぇなぁ? 一夜を共にしたじゃねぇかよ? 熱かったよなぁ、あの夜はよ。忘れねぇぜぇ、リオンちゃんよぉ?」

 ゲラゲラ笑う虎次郎に、思わず飛び上がるリオン。

「と、虎次郎君っ、誤解される言い方をしないでくれっ!」

「がはは! 早く行こうぜっ!」

 ゲラゲラ笑いながら歩き出す虎次郎を慌てて追い掛けるリオン。あっけに取られた表情で狐がなるほどと頷いてみせる。

「なるほど、虎さんが独身なワケわかったよ……」

「へ?」

 思わずきょとんとする猪部長を後目に狐は独り納得したような顔で頷いて見せた。

◆◆◆4◆◆◆

「虎次郎君、誤解を招く表現は謹んで欲しいな」

 憮然とした表情で足早に歩くリオンはいつになく険しい表情をしていた。少々やりすぎたかなと、反省気味の虎次郎にはまるで見向きすらせずに、黙々と歩き続けた。

「リオン、機嫌直せよ。軽いジョークじゃねぇかよ?」

 不意にリオンの足が止まる。慌てて虎次郎も止まる。

 くるりと振り返ると、虎次郎を非難するように人差し指で虎次郎を指さしながらリオンは微笑んでみせた。

「虎次郎君、下手をすれば名誉毀損罪、人権侵害、それからやりようによっては、偽証罪ででっち上げる事も可能なんだぞ? あまり私を怒らせないようにすることだな」

「おぉ、こわっ。ったく、お前は相変わらず頭堅い奴だなぁ」

「キミが柔らかすぎるんだっ」

 にやにや笑うリオンに、一本取られたぞと頭を掻きながら笑ってみせる虎次郎。

「いずれにしても、気になるのは竜助が一体何を企んでいるかだな。獅子渡が滅びた今、奴が立ち上がる目的と言ったら……」

「復讐だろう。オヤジを殺したオレ達への」

 さらりと言ってのける虎次郎の発言に静かに頷くリオン。これは厄介な事になったな。困った顔をするリオンの携帯が再び鳴り響いた。

「ん? ちょっと失礼。もしもし、私だが……なに? それは本当かっ!? 判った、すぐに戻る」

「おいおい、なんかただごとじゃ無さそうだな」

「大変な事になった。新宿駅構内で異臭騒動だ。まさかとは思うが、私はすぐに向かう。虎次郎君、すまないが、話の続きはまた今度だ。キミは派出所に戻って、周辺の警備を固めてくれ。すぐに新宿各所の派出所にも連絡を出す。じゃあ、頼んだぞ」

「あいよー。まかせときなーっ!」

 しっかし、あのクソガキが一人で考えた作戦とは考えにくいな……あんな小僧一人でここまで、様々な事が出来るものなのだろうか? 不審な想いを抱きながら虎次郎は急ぎ戻るのであった。

◆◆◆5◆◆◆

 リオンが新宿駅に駆けつけた時には大体の回収作業は終わっていた。

「現状報告をしてくれ」

 リオンが指示を出せば、警官達が急いで報告書を片手に読み上げ始めた。

「はっ。異臭騒ぎは硫化水素が原因と思われます」

「硫化水素だと?」

「はい。硫黄と鉄粉を混ぜ合わせて燃焼させると発生するガスでして、有毒物質。卵の腐ったような香りがすると言うものです。毒性は強くはありません」

「被害は?」

「騒ぎが起こった程度で収まりました。科学班の回収作業も先程終了いたしました」

 パフォーマンスか……それも我々に対する挑戦のつもりか? いい度胸をしているではないか。警察を甘く見ないことだな。

 硫黄に鉄粉、いずれも簡単に手に入る薬剤か。浅はかな作戦だが、あの少年の考えた事なのだろうか? メールの件にしてもそうだ。どう考えても、竜助の背後には誰かしら潜んでいる様に思えてならないな。ずさんな部分も見受けられるが妙な胸騒ぎがしてならない。ふむ……。

◆◆◆6◆◆◆

「ただいま〜」

「ああ、虎さんお帰り。いや、虎さん。いいんだよ、何も言わなくても。幸せになってね」ひきつった笑いを浮かべながら虎次郎の肩をポンと叩いてみせる狐。キョトンとした表

 情の虎次郎。

「虎次郎、世間の風当たりは強いかも知れないが、真実の……愛をっ! 貫いて、幸せになるんだぞ」

 感慨深そうに頷く部長。目頭に涙まで讃えちゃっている。

「ちょっ、ちょっと。なんすか? 二人とも?」

「リオン刑事との事だよ、虎さん」

「はぁっ? マジにすんなよ、あれはジョークだよ」

 慌てて否定する虎次郎。だが、部長も狐も何も言わなくてもいいと目で訴えると静かにお茶を啜りだして見せた。後に残された虎次郎の背筋に冷たいものが走った。

「名誉毀損罪……かな? ははは……」

 パソコンで静かに仕事をし出す狐が不意に手を止めて見せた。怪訝そうな顔をしてみせる。

「あれ? ウチの派出所にメールが来ている」

「インターネットか? 文明の産物が、ついにウチの派出所にも到来したってワケだな。うむ」

「部長、一体何時代の人ですか……」

 冷や汗タラタラの虎次郎を後目に一人悦に浸る猪部長。

 だが、狐の表情が急に険しくなった。

「待って。このメール虎さん宛に来ているね」

「オレに? どこのファンだぁ?」

 ゲラゲラ笑う虎次郎。だが文面を読み始めた狐の言葉に、不意に笑いが凍り付いた。

「えっとね、差出人は……獅子渡竜助……」

「りゅ、竜助だとっ!? そいつは、あの獅子渡の息子だっ!」

「なんだとっ!?」

 和やかなムードは一変して、険しい香りが派出所内に立ち篭める。

「……URLが書いてあるね。どこかのチャットみたい」

「さっそくアクセスしてみてくれ」

 固唾を呑んで見守る虎次郎と部長の言葉に従い、狐は慣れた手つきで操作し始めた。

 チャットには、数名がいた。その中の一人に竜助がいたのだ。思わず顔を見合わす三者。

「……虎次郎の名で入ってくれ」

「判った。たぶん、この、Ryusukeってのが竜助だね」

「>待っていたよ、虎次郎くん」

 翻弄するように語りかけてくる竜助。息巻く虎次郎を後目に狐は冷静に返事を書いた。

「>虎次郎巡査はここにいる。キミは獅子渡の息子の竜助君だね?」

「>御名答。虎次郎くんに伝えて。18:00に新宿駅東口を出てすぐの所のゲームセンターで  待っているってね。オフ会に遊びにおいで?(^^)」

 遊ぶように、からかうように語りかける竜助。その妙に自信に満ちた振る舞い。ネット上での素顔こそ判らないが、何かを企んでいるのは容易に明らかになった。

 虎次郎は大きく深呼吸をした。

「……部長、今何時ですか?」

「今は……もう五時半をまわったぞ。急がなくてはいかんな。ここから結構距離はあるはずだぞ」

「リオンに連絡して下さい。オレは一足先に現場に向かいます。後は頼みましたよ」

◆◆◆7◆◆◆

 一方、その頃新宿警察署では大変な事になっていた。

「……ん? なんだこのメールは?」

 署内の刑事達に次々と送られてくるメール。差出人不明の不思議なメール。どういうプログラムが組まれているのか、読み込もうとした瞬間作動した。

「……な、なんだこれはっ!?」

「ウィルスだっ!」

「なんて事だ、インターネット部に連絡を入れろっ!」

 ウィルスは、ファイル名から「Ryusuke」と名付けられた。

 このウィルスにより、警視庁のネットワーク端末は致命的な被害を被ってしまった。原因が判らない上に次々とネットワーク上を走り回り、高速で発動。

「くそっ、ネットワークを切断しろっ!」

「無理ですっ! 感染速度が異常なまでに早すぎますっ!」

 騒ぎを聞きつけた署長、村上が事態を重くみて迅速に動き始めた。一体どうなっているのだっ!?

「榊君、どう見るかね?」

「判りませんな。ただ言えることは……このメールの差出人は、かなりプログラムに習熟している人間です。これ程までに恐ろしいウィルスは未だかつて発見されたことがありません。エンジニア達に急ぎ、対応策を調べさせています」

「うむ、まったく……どうなっているのだ……」

 しかし、トラブルはこれだけでは無かったのだ……

◆◆◆8◆◆◆

 新宿警察署前に、一人の老人がふらりと現れたのだ。酒に酔っているのか、妙にぎこちない動きの妖しげな老人の訪れに、警官達が茶化すように笑う。

「……おいおい、じいさん。ここは警察署だぜ?」

「何だ? 酔っぱらっているのか?」

 口々に苦笑いする若い警官達であったが、不意にその表情が凍り付いた。老人の横に佇んでいた銀色の犬が、突然襲いかかってきたのだ。

「ぐあっ!」

「お、おいっ!? しっかりしろっ!」

「ククク……Japanの警察は手ぬるいですネ」

「き、貴様っ!」

 拳銃を構えようとした警官の喉元に銀色の犬は噛みつくと、一瞬で絶命させた。

「フェンリル、ここを破壊しますよ……」

 不思議な気配を放つ妖しい老人はフェンリルと呼ばれた、謎の犬と共に新宿警察署の中に、ゆらりと入ってゆくのであった……。

◆◆◆9◆◆◆

「……はぁはぁっ。ここだな? ふぅっ。間に合ったぜ。オレの腹時計によれば、ちょうど六時って所だな」

 汗を拭う虎次郎の目の前には、竜助が指定したとおりゲームセンターがあった。

 少年達でごったがえすその賑やかな店内のどこに竜助がいるのか、虎次郎は慎重に覗き込んだ。

「っ!」

 ポンと肩を叩かれた瞬間、虎次郎は反射的に腕を掴むと一本背追いをかました。

「……げっ!? リオンじゃねぇかっ!?」

「いたたたた……虎次郎君、私に何か恨みでもあるのかな?」

 腰をさすりながらリオンが立ち上がった。

「悪りぃな。昔からのクセで背後に立たれるとついついかましちゃうんだ」

「……これからは声を掛けるようにするよ。連絡は、猪警部から頂いた。この中に竜助がいると言うことだな。二手に別れよう」

 リオンが指示を出したその瞬間、虎次郎はでかい手を差し出して制止した。

「その必要はないぜ……」

 あの時と変わらない姿。グリーンのスーツに黄色のタンクトップ。左腕には、あの時と同じ様に真っ赤なバンダナを巻いている。そう、竜助がそこにいた。

「待っていたよ、虎次郎君。リオン刑事も一緒なんだね」

「……ずいぶんとナメたマネをしてくれるではないか?」

 怒りに身を震わすリオンを見つめながら竜助は可笑しそうに笑って見せた。そのままチャットの友人達に向き直った。

「彼らが、警視庁のダメ刑事と、腕力しか取り柄が無いでくの坊警官さ」

「な、なんだと、このクソガキっ!?」

「……ぼくの仕掛けたトラップに簡単に引っかかったね。今頃新宿警察署は大パニックだよ。ぼくの送った強力なウィルスと、トラン博士によってね?」

 トラン博士? 聞き覚えのある名に虎次郎の表情が険しくなった。

「と、トラン博士だと? そいつは、熊田に爆弾を埋め込んだ変態科学者かっ!?」

「……天才科学者って言ってよ。そうさ、トラン博士はホントに頭がいい人なんだ。ぼくにウィルスプログラムを作ってくれたのも、今回の作戦を考えたのも、トラン博士なんだよ。今頃、博士の愛犬のフェンリルとぼくの送ったウィルスで新宿警察署は大混乱だろうね。ウィルスの影響でネットワークもデータも全面的に破壊して、フェンリルが署内で大暴れ。さぁて、応援を求めてもすぐには動けないだろうね」

 竜助は静かな笑みを称えたまま、虎次郎達を見つめていた。

「ふふっ、感謝してよね? 君達をわざわざ呼んであげたのは、ぼくの作戦を、その目で見て欲しかったからなんだよ。簡単には君達は傷つけないよ。君達を傷つけるより、もっと、残酷な方法で復讐をしてあげる……」

 ケラケラ笑う竜助の胸ぐらを掴むとリオンは力一杯竜助の頬を殴った。

「お、おい。リオン……」

「フザけた事をしてくれるじゃないか? いいか、覚えていろ。この場で、お前を逮捕することは出来ないがな、必ず! この手で貴様を逮捕してやるからな……覚えて置くことだな。虎次郎君、急いで新宿警察署に戻るぞ」

「おいっ、このクソガキを逮捕しねぇのかよっ!?」

 リオンは身を奮わせながら虎次郎に向き直った。

「罪状はなんだ? 無いだろう? こいつは巧妙に振る舞っている。自分の手を汚さずに作戦を実行している。罪状……挙げたとすればその過ぎたイタズラくらいのものだな」

「おいっ、リオンっ!」

「虎次郎君、行くぞ」

 颯爽と歩き出すリオンを睨み付ける竜助。

「ぼくを子供だと思ってバカにするなよっ!」

 一瞬リオンの動きが止まった。竜助に振り返るとニヤリと笑って見せた。

「……所詮キミは出来損ないの子供に過ぎないのだよ」

 一言だけ言い残すとリオンと虎次郎は急ぎ新宿警察署へ向かい移動し出すのであった。

「ぼ、ぼくは出来損ないじゃないっ!」

◆◆◆10◆◆◆

 新宿警察署に戻った虎次郎達は無惨な光景を目にするばかりであった。ひっきりなしに駆け込んでくる救急車と運び出される負傷者達。内部系統は大混乱を巻き起こし、傷ましい顔をした署長達が呆然と立ちつくしている姿が痛々しかった。

「村上署長。リオン、ただいま戻って参りました」

「……リオン君か。ウィルスのおかげで指揮系統は乱され、妙な犬に教われてご覧の通りの被害さ。まったく、日本の警察も脆いものだな。ふふっ、私は署長には向いていないのかも知れないな」

 痛々しい笑みを浮かべる村上署長。

「署長、自分を責めても仕方がありませんよ」

「榊君、ありがとう」

 クールなリオンの心の中では怒りの炎がめらめらと燃え上がるのであった。その様子は虎次郎の目にも明かであった。何を企んでいるのかリオンの口元には薄ら笑いすら浮かんでいた。恐ろしい奴だぜ、何が何でも逮捕してやるって顔していやがるぜ。

◆◆◆11◆◆◆

 そして、新宿警察署の大惨事は警察庁の耳にも入り、新宿警察署襲撃に関しての緊急対策チームが結成された。マスコミ沙汰になることは必至であるはず。だと判っていて、なぜこんな目立った手段で戦いを挑んできたのか? 明らかに警視庁に対する挑戦だと警視庁の上層部達は睨んでいた。そして、警視庁の幹部達による極秘のプロジェクトが結成されたのであった……。

「現状では、この様な状況になっています」

「うむ、しかし、犯人は何の目的で?」

「決まっているであろう。我々警視庁に対する挑戦状だっ!」

 熱くなる幹部達を余所に、年輩の幹部達の中に一人目立っている若い刑事。彼はリオンと同期の刑事。若いながらも、その腕前を買われた男。洞察力に優れ冷静さを常に讃えた彼は、詰め将棋の如く犯人を完全に封鎖させての逮捕により数多くの実績をあげてきたのだ。

 リオンと同期でありながら、その地位は確実にエリートコース。皆が羨む程の能力と腕前、技能の持ち主である。彼の名は北山。北山警部が静かに席を立ち上がった。

「……いえ、認識が甘いですな。このプロファイリング、犯行グループは国内の者ではないのではないでしょうか?」

「なんだと、若造っ!?」

 プロファイリングを担当したチームが怒りを露にする。だが冷静な狼の北山警部は、あくまで自信に満ちた表情を保つ。

「近年の犯罪はどんどん凶悪化しています。従来の常識や定義では考えられない世界に入ってきているわけです。お言葉ですがプロファイリングももはや古いです。私が得た情報では、リオン・マクリーン刑事が犯人との接触を果たしたとの情報……彼ならば核心を掴んでいるはずです。最も、私が睨んでいるのは奴だと思います。ええ、奴には兄がいるそうです」

「なるほど。弟の復讐と言うわけか?」

 北山は自信に満ちた笑みを浮かべたまま、ぐるりと周囲を見回して見せた。ざわめきが沸く。

◆◆◆12◆◆◆

 一方その頃……。

「おい、リオン、どこに行くんだよ?」

「冗談じゃない、あんな子供に翻弄されたままでは私の怒りが収まらないのだっ!」

 何時になく怒りを露にするリオンを見つめながら虎次郎が思わず笑って見せた。

「何がおかしい?」

「いや、すまん。普段あれだけクールなお前が、こんなにも熱い……そうだな、大和魂ってかな? を見せてくれるなんてよ、何か頼もしいじゃないか」

「私だって、ロボットではないからな」

 少々照れた表情を見せながらもリオンはその歩を緩めることは無かった。

「ところでどこに向かっているんだ?」

「……恐らく、あれだけの大パニックになったのだ。マスコミも黙ってはいないだろう。本庁も少なからず動き出すに違いない。そうなれば、我々所轄の者では大きな動きは取れないであろう。だからこそ助っ人の力を借りに行くのさ」

 自信に満ちた表情でリオンは笑って見せた。

「私の父と、これから逢いに行く友人の父とは古くからの友人でね。その関係もあって私と奴とも、友人なのだよ。おっと、見えてきたな」リオンの見上げるビルは、獅子渡財閥のそれに負けるとも劣らない立派なビル。ビルの最上階に、刻まれた文字を虎次郎は読み上げた。

「鳳凰寺財閥……」

「そう。世界的にも有名な会社だ。鳳凰寺朱雀……少々クセのある男だが頼りになるぞ。二代目若社長だ」

「二代目でこのでかいビルだって? お前の交友関係は恐ろしいな。まぁいいや。でも、そんな社長さんに一体何が出来るっていうんだ? オレにはさっぱり判らんな」

「資金面はもちろんの事ながら、情報産業に古くから従事してきた奴らだ。竜助が送り込んできたあのウィルスのデバッグを出来るとしたら、あの男しかいない。少なくても私はそう信じている。まぁ、性格的には頂けない奴だが腕は確かだ。竜助を逮捕する上でも必要になるだろう」

「まぁ、お前の考えている事はいまいち判らないけど、オレと違って頭のきれるお前の事だ。任せるよ。オレはお前の指示に従う。それだけの事さ。それじゃあ、行こうぜ」

◆◆◆13◆◆◆

 間近で見るとその迫力は獅子渡財閥のビルを凌駕するほどの威圧感と存在感があった。もっともこちらは非合法な手で金を稼いでいるわけではないが。

「……朱雀社長はおられるかな?」

 インフォメーションセンターのきれいな女性に語りかけるリオン。どこか妙にキザな感じは彼の女性に対する態度の現れなのか。思わず虎次郎は吹き出しそうになってしまったが、慌てて目線をずらした。

「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

「……警察の者です。リオン・マクリーンと申します。朱雀社長とは古くからの友人でして、彼に連絡を取って下さい」

「あ、社長のご友人の方ですね? 少々お待ち下さい」

 受付の女性は内線で朱雀と確認を取るとにこやかな笑顔でリオンに向き直って見せた。

「お待たせいたしました。正面突き当たりのエレベーターにお乗り頂きまして、二十四階まで昇ってください。エレベーターから降りて右手に通路がございますので、その通路に沿って移動していただけば、突き当たりが社長室です」

「ありがとう。行くぞ、虎次郎君」

「……覚えたか?」

「ん? ああ、社長室の位置か」

「すげぇな。お前良く覚えられるな……」

 虎次郎達はエレベーターに揺られながら地上二十四階社長室を目指した。新宿の街を一望できるその展望に二人は感嘆の吐息を洩らした。

「しかし、お前と年が近いって事は、まだ20代か? 恐ろしいな、オレより一回り近く年の若い小僧共がこんな世界を築き上げちまうんだもんな。うかうかしていると、オレもさっさとジジィ扱いされちまうな」

「……精神年齢は若いから大丈夫だろう?」

「そうそう、精神年齢は……ん? リオン、てめぇ」

「おっと、お呼びの様だな」

 社長室の中からは妙に若い声が返ってきた。

 思わずきょとんとする虎次郎。クールなリオンと比べるとやけに陽気な声。ホントに最近の若い奴らは判らないな。妙な事を思いながら虎次郎達は入っていった。

◆◆◆14◆◆◆

 長身の鳥人族の青年。朱色のスーツに身を包んで一国一城の主と言うより、どこかのホストでもやっていそうな感じの青年。遊び慣れていそうな容貌のその姿からは、この大会社の若社長と言うイメージは微塵も感じられなかった。思わず驚く虎次郎。

「……彼が鳳凰寺財閥の若社長、朱雀だ」

「マジかよ……」

「ほほぅ? こりゃまた立派な体格の兄さんを連れてきたね」

 からかうようにクスクス笑う朱雀に憮然とする虎次郎。

「朱雀、虎次郎君は先の獅子渡剛蔵を潰した刑事だぞ」

 刑事? オレが? はぁ〜、甘美な響きだぜ〜。

「社交辞令だ。真に受けないでくれ」

 こいつ、やっぱりムカつくな……。

「そんな事より久しぶりだねぇ、リオンちゃん。今日はどうしたのさ? お茶でもしに来たのかな? それとも……新宿警察署での一件で来たのかな?」

 クスクス笑いながらも、いきなり核心に迫る発言を切り出す朱雀。

 なるほど、ただの優男と言うワケではなさそうだな。虎次郎はちらりと見せた彼の鋭い目に若社長の度量を見た。

「とんでも無いウィルスにやられてね。お前の力を借りに来た。お前の腕を見込んでの事だ」

「良いのかい? 警視庁のエリートコースをひた走っていたキミが、本庁にケンカ売るような事をしちゃって? 出世街道から外されても知らないよ」

「……私は地位などには興味はない。そんなことよりも、奴らをのさばらして置く訳にはいかない」

 力強く返すリオンを見ながら朱雀はクスクス笑った。

「変わってないな、キミは。新宿警察署の方にはね、先程協力をする意志は伝えて置いたよ。もちろん、キミの名はしっかり出してあげたよ」

「……協力を願えるのは感謝する。だが、私は出世街道には興味はない。それだけは覚えて置け」

 なぜ、リオンがそこまで獅子渡の一件にこだわるのか、虎次郎には判らなかったが少なくても、彼の目は刑事としての心意気を判っていることには満足そうに微笑んで見せた。

「……それにしても、警察のエンジニア達はよほど腕の悪いエンジニアばかりなんだろうね。あの程度のウィルスすら防げないなんて。セキュリティの甘さを指摘させて貰うよ。ついでに、ファイアウォールの設定も甘すぎる。あれじゃ、ちょっとしたハッキング集団でも開けられてしまうよ。もっとも、本庁には、相当の腕利きが揃っているみたいだけどね。なにしろ、ウチの会社の社員を導入させてネットワーク管理は組み込ませたからね。ふふ」

 妙に自信に満ちたその態度。見下すような朱雀の態度に虎次郎の怒りが炸裂した。

「……おい、小僧。さっきから聞いてりゃ、お前何様のつもりだ? てめぇ一人でこの会社創り上げたワケじゃねぇだろう? 感謝の気持ちを忘れちゃいねぇか? おい、リオン、お前もそう思うだろう? なんか言ってやれよ」

 虎次郎の怒りを見て、朱雀の表情が緩んだ。突然嬉しそうに笑い出しながら虎次郎の手を握って見せた。思わずきょとんとする虎次郎。

「な、なんだよ? オレはそっちのシュミはないぜ……」

「あはは、違う違う。リオンから聞いた通りだ。まっすぐで、熱情的。力強い熱血漢なんだね。ぼくの悪いクセでね、相手の出方を伺ってから相手の本質を見抜くんだ。いけないクセだよね」

 クスクス笑う朱雀は先程までとはうって変わって妙に愛想のいい明るい表情で接してきた。その役者の如き変貌ぶりに思わず虎次郎はリオンを睨んだ。

「……長い付き合いなんだ。こいつとは。何度言っても直すつもりはないみたいだし、それ以上に、彼は無意識のウチに振る舞っているんだ。悪く思わないでやってくれたまえ。悪気はないのだよ」

「どいつもこいつも、最近の若い奴らはヘンな奴ばかりだなぁ? あの竜助にしても……」「ちょっと。虎のおじさん、あんなガキと一緒にしないでくれない? ぼくの方がずっと……」

 ヘラヘラ笑う朱雀の胸ぐらを掴むと虎次郎が微笑んだ。

「……責めて、お兄さんって呼べ。良いな?」

「あはっ、虎のお兄さん。お若いなぁ」

◆◆◆15◆◆◆

 久方ぶりに再会した友人同士はしばし雑談に花が咲いていたが、いつしか矛先は獅子渡の一件に向けられているのであった。

「……プログラムの方はおそらく、ウチの連中が修復してくれるだろう。厄介なのは、新宿警察署の多くの警官が負傷しちゃったって所だね。おそらく、敵の数は少ないと思うんだ。ぼくのシミュレーションでは、おそらく竜助、トラン博士、そして……もう一人。背後に誰か潜んでいると思うんだ。この二人をまとめる奴がね」

「一体誰が?」

「判らない。そこまでは情報が入ってきていないんだよねぇ。でもね、どうも、足並みが揃っていないように見受けられる辺りからして、あまり三者の関係は上手く行って無いようにも見えるね。だって、そもそもなんで竜助とトラン博士が組んでいるかも判らない」

 朱雀はテーブルの上に人物相関図を広げてみせた。

「この図を見て。竜助は、もちろん、復讐目的だろう?トラン博士は海外出身の悪名高いマッドサイエンティスト。彼が動く理由なんて言ったら自らの研究を進める上での資金目的か、あるいは実験をするために作品を動かすかだけ」

 慣れた手付きで朱雀が次々と人物相関図にコメントを書き込んでいく。その中には虎次郎達も書かれていた。

「腑に落ちないな。少なくても竜助とトランとの間には繋がる部分がない。復讐目的の竜助と、金目的のトラン博士か……」

 考え込むリオンと朱雀の話を傍らで聞いていた虎次郎が不意にメモに書き込みだした。

「ちょっと見てくれ。ここに、獅子渡が来るよな。そして、この下には熊田がいた。あいつに爆弾を埋め込んだのは、この……トラン博士だぜ? 獅子渡とトラン博士は繋がりがあった。だから、竜助とトラン博士の復讐目的は一致するんじゃないのか? お互い奴の部下だろう?」

 虎次郎の提案に思わず驚くリオン達。だが朱雀は、冷静に獅子渡とトランの間の繋がりを示す線に大きく×印を付けて見せた。

「トラン博士は恩義なんて感じる人格を持ってないよ。彼は自らの利益でしか動かない。そうだね……考えられるとたら、トラン博士をプロデュースしている人間と竜助との間に接点があったとしたら考えられるよね。竜助はその人物に応援を要請する。そいつは資金面でトランを雇い竜助の復讐に一役買っている」

「利益があるのか? それに動機がないではないか?」

 リオンが鋭く突っ込めば、朱雀は笑いながらさらに話を続けて見せた。

「日本の警察を完全に潰せるだけの技術力がトラン博士にあると言う事を示せれば、各国のマフィア組織が、こぞって彼の力を買うだろう。そうなれば莫大な資金が入ってくるだろう?」

「……お前ら、事件を難しい方向に持って行っているな。第一、どうやって毒ガスを入手してきたんだよ? それに、そこまで計算されての事なのか腑に落ちないな」

 困った顔をしてみせる虎次郎に、さらに何かを言おうとした瞬間、リオンの携帯が鳴り響いた。

「……はい、リオンですが。え? なんですって!? はい、すぐに現場に向かいます。では後ほどっ!」

「おいおい、何があったんだよ?」

 ただごとではない表情のリオンに虎次郎の表情が険しくなる。今度は何が?

◆◆◆16◆◆◆

 警視庁対策本部にて……。

「……なんだと?毒の雨を降らすだとっ!?」

「はっ、犯行グループからメールにて予告がありました」

「うむ、これがもしも真実だとしたら東京は大パニックだぞ。いや、それどころか下手をすれば、多くの人命が失われるかも知れない」

 頭を抱える警察庁長官。幹部達が見守る中……。

「長官! またしても別の情報が入りましたっ! 暴走族グループが、この混乱に乗じ、暴走行為をしているとの情報が入ってきました。さらに厄介な事にどこから洩れたのか、マスコミの耳にも入ったようで……」

「なんと言うことだ……このままでは、日本の警察全体の問題にまでなってしまうな。よし、早速記者会見を行おう。マスコミ各社にその旨を伝えるのだ。もはや公開捜査に踏み切る他ないと言うのか……くそ、我らもナメられたものだなっ!」

◆◆◆17◆◆◆

「……再び竜助からメールが来たらしい。東京に毒の雨を降らせると言うのだ。また出任せかも知れない。しかし、もしもそれが真実だとしたら、多くの人命が脅かされる事になる」

「本庁はどう動くつもりだろうか?」

「……取りあえず、我々は暴走する暴走族の動きを封鎖しなくてはならないな。もしも、竜助と何らかの関わりがあるとしたら、止めないと後々厄介な事にもなりかねないだろう。行くぞ、虎次郎君。すまないな、朱雀。我々は現場に向かう」

「情報が入り次第、そちらに送るよ」

「ありがとう。行くぞ、虎次郎君」

 なんか、すっかり刑事と同じ仕事しちゃっているような気がするのだが、ホントにオレは、一介の警察官なのかな?

 リオン達は急ぎ暴走族が暴走するエリアへ車を走らせた。運転するリオンの表情は険しかった。

「おいおい、もっと落ち着けよ」

「まったく、この非常時に困ったものだ」

 走り抜けるリオンのすぐ後ろから暴走族の一群が走り込んできた。思わず飛び上がる虎次郎。

「ヒュウ、いい度胸しているじゃねぇかよ」

「虎次郎君、追うぞっ!」

 リオンは激しく旋回すると逆走しだした。虎次郎は窓から音声拡声器を突き出すと大きく息を吸い込んだ。リオンは静かに耳栓を装着した。

「ああ、君達は完全に包囲されているっ!」

「と、虎次郎君、そうじゃないだろう……」

「故郷のお母さんも、泣いているぞっ!」

「イヤ、だから違うって……」

 一人暴走する虎次郎を横目で見つめながらリオンは苦笑した。

 なにしろ、あまりに的外れな上に、その音声のでかさと言ったら、耳栓をしていてもビンビン響いてくるほどの声のでかさであった。

 不意に暴走族達がバイクを止めてみせた。リオンも車を止めると、同行した仲間達もそれに続いた。

「……すげぇでかい声だったな、耳が痛いぜ」

 革のジャンパーを羽織った一人の少年がこちらに向き直って見せた。その堂々とした態度。二十歳前の少年とは思えないしっかりした態度に虎次郎は、若かりし日の自らの姿を見ていた。

「……ずいぶん肝っ玉座っているじゃねぇか?」

「ああ、オッサンか? あのとんちんかんなメッセージは?」

 少年はゲラゲラ笑いながら仲間達に向き直って見せた。

「何の目的で暴走行為をするのだ?」

 リオンが静かに訪ねれば少年はまた笑い出した。

「日本の警察も役に立たないんだろう? 毒の雨だかなんだか知らねぇが、そんなトチ狂った奴がいるんなら、オレ達がぶっつぶしてやろうと思ってな」

「そんな事をして何になる? 捜査の妨害をするな」

 リオンの言葉にはまったく耳を貸そうとしない少年達。虎次郎はおかしそうに笑いながら前に躍り出て見せた。例の音声拡声器を手にしたまま、大きく息を吸い込んだ。

「お前達、走るのは好きか?」

「オッサン、その、メガホンやめてくれよ……」

「誰がオッサンだっ! お兄さんと呼べっ!」

 どっちが暴走族の頭なんだか判らない虎次郎を見ながらリオンは大きなため息を就いた。「ああ、判ったよ。でもよ、虎の兄貴よぉ、オレ達何にも悪いことしてないぜ?」

「そうだな。お前達は何も悪いことをしていない」

「は?」

 虎次郎の発言に思わず驚くリオン。同行した警官達も一様にざわめき出す。

「……小僧、名は何と言う?」

「オレかい? オレは、天狼白虎。兄貴は?」

「川原虎次郎だ。白虎よ、オレと勝負しないか?」

 ますます妙な展開に焦りを隠せないリオン。

 ちょっと待ってくれ、何を考えているんだ?妙な行動を起こせば、ややこしい事になるではないか……。それに勝負だと? 何をやらかすつもりだ?

「見ろよ。あそこにでかいトラックが停まっているだろう? あそこまでチキン・ランだ」

「……おもしれぇ。あんたが勝ったら警察の力を認めてやるよ。だが、オレ達が勝ったら、あんたらとはとことん張り合うぜ?」

「ちょ、ちょっと、虎次郎君……何を考えているんだ」

 慌てて虎次郎を引き留めようとするリオン。

 何しろ、暴走族を規制するのが警察の仕事だと言うのに、一緒になって勝負をしだすとは。人情味溢れる警察官なのは結構だが、度がすぎるのは……。

「って、おい、虎次郎君っ!」

 颯爽と容易を澄ますと、お馴染みのスタイルで虎次郎はバイクをぶっ放しているのであった。

「ふむ。公務執行妨害かな……適用できたとして……」

「り、リオン刑事、どうなっているのですかっ!?」

「私の方が聞きたいくらいだよ。彼のバカさ加減には私も心底驚かされるよ……」

◆◆◆18◆◆◆

 風を切って突っ走る虎次郎と白虎。ぐんぐんスピードを挙げていく虎次郎に白虎は驚きを隠せなかった。何なんだよ、この警官!? そろそろブレーキ掛けなきゃ、マジで死ぬぞっ!?

「おいっ、兄貴、あんたの度胸は判ったっ! 負けを認めろっ!死にたいのかっ! おいっ!」

 しかし、虎次郎の耳には聞こえてなかった。

 なぜなら、虎次郎は実は運転経験などまるでなかったのだ。自転車と似たような構造だろうと踏んだまではよかったのだが、当然構造は全然違う。しかも、握れば握るほどスピードが出る。

 内心、虎次郎は大変な勝負をしてしまったと心から後悔しているのであった。

「……クソっ! オレの方が危ねぇっ!」

 白虎は車体を倒すと、慌ててブレーキを掛けた。

「……って、うげぇっ!? 兄貴、危ねぇってっ!」

「こ、こいつぁ、どうやって止めるんだぁっ!?」

「……は?」

 刹那、凄まじい轟音と共に虎次郎は正面のトラックに激突。

 思わず顔をしかめるリオン。

「……ふぅっ、器物破損、無免許運手、スピード違反……それから、公務執行妨害だな。キミ、逮捕状は要らないから手錠を用意してくれ」

「りょ、了解しました、リオン刑事……」

◆◆◆19◆◆◆

 もうもうと立ちこめる煙の中から虎次郎がひょっこりと現れたのを見たときには、暴走族の大将、白虎もさすがに度肝を抜かれた。ヘタとその場に座り込むと、ヘロヘロっと倒れ込んでしまった。

「いってぇ〜、いやぁ、教習所くらい通っておくべきだったな。わははははっ!」

「兄貴……あんた、いかれているぜ。無茶苦茶だ。オレ達なんかじゃ、足下にもおよばねぇぜ。あははははっ! 気に入ったぜ。オレ達はあんたに従うぜ」

「っと言うわけで、こいつら、オレの舎弟だ」

 けらけら笑う虎次郎を見ながらリオンはにこりと微笑むと、その手に手錠を仕掛けた。

「虎次郎君、少々反省してもらうぞ……」

「……はは、ダメ?」

「レッドカードだな」

 これでどうだとばかりに笑ってみせるリオン。

 不意に血相を変えた警官が走り込んできた。

「り、リオン刑事っ!たった今東京二十三区全域に戒厳令が執行されましたっ!」

「なんだとっ!?本庁の奴らは何を考えているんだっ!?」

「なぁ、リオン、その前にこいつを外しちゃくれないかなぁ?」

 何時になく弱気な笑いを浮かべる虎次郎の言葉など耳に入らないリオン。慌てて車内に走り込むと、新宿警察署に無線で連絡を求めた。

「……こちら、リオンです。署長をお願いします」

「ああ、リオン君か」

「こちらの方は無事に終了しました。戒厳令が出されたとは、一体どういう事ですか?」苛立たし気にリオンが訪ねれば署長は相変わらず弱気な返事を返してくる。

「……所轄は本庁の指示があるまで待機との事だ」

「バカなっ! 竜助達が、そんな悠長な作戦を待っているとは思えないですっ!」

「所轄は本庁の指示には……」

 途中でリオンは無線を切った。何かを思いついたのかリオンは静かに立ち上がると虎次郎に向き直った。

「……虎次郎君、指示を出す。一度しか言わないから良く聞いてくれ。いいな? では指示を伝える。失敗は許されないぞ」

 リオンの発言に驚く虎次郎。

「おい、本庁の指示は出たのか?」

「……命令には……従わない。我らの手で奴らは逮捕する。これは命令違反ではない! 本庁の奴らの間違った作戦で、多くの人命の命が危険にさらされているんだ。我らは我らの信念を持って戦うだけだ。着いてくるか、諸君?」

 リオンはその場に居合わせた警官達一人一人の目を見つめながら淡々と語りだした。

「所轄の意地を見せてやろうじゃないか!?」

「……おもしれぇ、オレはやらせてもらうぜ?」

「兄貴、オレ達は何をすればいいんですかい?」

 嬉しそうに笑いながらすり寄ってくる白虎の頭を撫でてやりながら虎次郎は笑った。

「……ん? 電話だ。朱雀からだ」

 リオンは懐から携帯電話と取り出した。

「もしもし、朱雀か?」

「リオン、奴らのアジトを突き止めたよ。あいつらが送ってきたメールから逆流して奴らの居場所を突き止めることに成功した。早速、現場に向かって確かめたが、間違い無さそうだね。それと……意外な発見があったんだ。早く来てくれ。ああ、場所かい?晴海埠頭の倉庫街の一角さ。近づいたらぼくの部下が案内するから。じゃあ、待っているよ」

◆◆◆20◆◆◆

 リオンの心は一つだった。なるほど、役者は揃ったワケだ。リオンの頭の中で作戦が完成した。白虎達の軍団は、その数も多いはず。彼らを東京の各地に泳がせて偵察をさせよう。

「……白虎君、作戦を伝える。東京エリアの警備及び偵察は君達に任せる。何かあったら些細な事でもいい。私の携帯に連絡してくれ。虎次郎君、それから……着いてくる意志のある者達は私と共に晴海埠頭に向かう。そこが敵軍のアジトだ」

「……兄貴、オレ達に東京の警備は任せて下さいっ」

「頼むぜ、弟達よぉ」

 ニヤリと笑いながら虎次郎はリオンの車に乗り込んだ。慌てて車を発信するリオンの車が颯爽と道路を走り出した。

「……へへっ、見ろよ。リオン? ゾロゾロ着いてきたぜ」

「所轄の警官達か……ふふっ、嬉しいものだな」

「おっ、無線だ?」

 虎次郎はリオンに運転を任せる傍らで無線を取り、連絡を聞いてみようと試みた。

「はいはい、こちら虎次郎でございっ!」

「リオン刑事、私達も参戦させていただきますっ!」

「本庁の間違ったやり方を、正してやりましょうよっ!」

 熱のこもったメッセージに思わずリオンに向き直る虎次郎。クールなリオンも微笑んで見せた。

◆◆◆21◆◆◆

 一方その頃……。

「どうなっているのだっ!?」

「なぜ、戒厳令を出した地域に、警官の車が走っているのだっ!?」

 新宿警察署に組まれた本庁のプロジェクトチームが驚きの声を露にする。若手の刑事、北山が怪訝そうな顔をする。

「リオンか……」

 北山はリオンと同期の刑事。彼と共に刑事としての仕事を共に学んできたのだ。

 だが、二人の生き方は正反対だった。エリート街道を突き進む北山と、クールな仕事をしつつも、どこか人情漂うリオン。

 いつしか二人の地位には差が出てきた。そんな対照的な二人は良きライバル同士。リオンの奴、本庁の命令に背くとは……これで犯人を逮捕できなければ、本当に大変な事になるぞ。一体、何を……まさか!? 奴は、敵の本拠地を突き止めたのであろうか? だとしたら……。

「……村上署長、リオン刑事の居場所は分かりますか?」

「ああ、はい、無線で連絡しましょう……」

◆◆◆22◆◆◆

 再びリオンの車内の内線が鳴り響いた。

「なんだよ、応援のメッセージかい? へへっ」

 虎次郎は笑いながら無線を取ってみせた。だが聞こえてきた声は、同僚達の声では無かった。

「……私は新宿警察署署長、村上だ。リオン君と代わってくれ」

 虎次郎は無線のマイクを持ったままリオンに向けてみせた。怪訝そうな表情で無線に応えようとしてみせるリオン。

「はい、こちらリオン・マクリーン」

「……なぜ指示に従わないのだ?」

 署長の渇いた言葉にリオンの表情が険しくなる。

「地域の事は我ら所轄の方が詳しいと言うものです」

「しかし、君達が行動しているのは、うちの所轄の行動範囲ではないのだぞ?」

「判っています。しかし、獅子渡達の事を最も良く心得ているのは我々です。そもそも奴らは私と、ここにいる虎次郎巡査に挑戦状を叩きつけたワケです。巻き添えを食ってしまった仲間達の為にも……」

「命令は命令だ」

 かぁ〜、このオッサンも石頭だねぇ〜。

 苦笑いしながらリオンと署長とのやりとりを聞いている虎次郎。権力者なんてこんなモンか。

「……いいえ、その様な命令には従えません」

「しかしだな……」

「署長、警察は人命と治安を守るために存在するもの。その歯車を狂わしてどうします? 時間が無いのです。我らは奴らのアジトを突き止めました。奴らを逮捕しに行く役目、我らにどうぞ、命じて下さい、署長っ!」

 リオンの言葉に署長の心は激しく揺れ動いた。

 署長としての地位に甘んじ、目先の出世に本当に大事な事を忘れていたのではないだろうか? 傍らで心配そうに見守る副署長の榊に微笑み掛けると村上署長は、今までとは比べものにならない気迫に満ちた声でマイクに向かって叫んでみせた。

「リオン君っ!……新宿警察署署長として命ずるっ! 令状はすぐに用意させよう。逮捕に向かってくれ。いいな?」

「なっ!」

「……以上だ。検討を祈るっ!」

 署長のあまりにも思い切った行動に本庁の刑事達がざわめきだした。

 北山の表情が険しくなる。いきなり村上署長の胸ぐらを掴むと怒鳴りあげた。

「貴様っ! 自分がやっていることが判っているのかっ!?」

「どんな処分も覚悟しています。ただ、私はこれだけは言いたい。警察とは何でしょう?人々の治安と安全を守るためにあるものでしょう? その正義を貫いて一体何が悪いと言うのですかな?」

「組織には、組織の決まりがあるっ!」

「北山刑事……エリート街道を守るのは、そんなにも大切な事ですか? 私も、若い頃にはずいぶんと苦労して、今の地位を得ました。動きたくない……その気持ちは判ります。でも、本当に大事な事を……忘れて警察が務まりましょうか? 私は、彼らに忘れていた大事な心を思い出さされました。北山刑事、私はもう選手生命も長くはありません。これからは、あなた方若い世代が築いていく時代です」

 北山に微笑み掛けると署長は静かに座った。

「署長……勇気ある決断です」

「榊君、後は頼んだぞ」

 本庁の刑事達は苛立だし気な表情を緩めることは無かった。だが、北山だけは何かを見出したのか、戸惑ったような表情をしていた。

「リオン……お前には負けた。オレも一からやりなおすかな? 保守的でくだらない伝統と、決まり事を重んじる組織か……そんな、組織に縛られないお前の様な刑事になるさ」  

 負けないぞ、リオン。北山は力強く微笑んだ。

◆◆◆23◆◆◆

「ひゃっほうっ、オッサン、話判るじゃねぇかよっ!」

 嬉しそうにはしゃぐ虎次郎を見ながらリオンは思った。

 村上署長は、自らのクビを覚悟の上で英断をされたのだな、と。

 聞けば、今でこそ丸くなってしまったらしいが、村上署長も虎次郎君同様、ノンキャリアで相当長い間警察官としての仕事をしていたらしい。

 なぜか? 組織の歯車に巻き込まれる事を頑なに嫌い、独自の正義に従って戦っていたらしい。鬼の村上と詠われた、署長が、久方ぶりに若い頃を思い出したのか? そんな事を思いながらリオンは微笑んで見せた。私も、彼の様な刑事になれるのだろうか?

「ん?どうやらあれが朱雀の言っていた車だな」

 晴海埠頭に到着した虎次郎達の前には朱雀が立っていた。例によっての、朱色の派手なスーツに身を包んでいる。

「黒幕が見えてきたよ。まさかとは思ったけど……」

 ニヤリと笑う朱雀を見ながらリオンが微笑む。

「見当はつく。獅子渡剛蔵の兄、獅子渡陽炎だろう?」

「……ありゃ? もう知っていたんだ。さすがだねぇ」

 クスクス笑う朱雀をちらりと見つめるとリオンは静かに銃を構えてみせた。

 ああ、そうさ。獅子渡は、私の父の敵なんだ。私がまだ幼かった頃、マフィア組織を追い掛けていた父は、マフィア組織の頭領そう、若き日の獅子渡剛蔵に殺されたのさ。

 剛蔵に兄がいることはだいぶ昔に掴んだ情報なのだ。

 竜助からのメールが来た時点では想像も着かなかったが、やっと思い出したさ。竜助とも繋がりがあり、トラン博士とも関わりがある。この条件にあう奴は、私の知っている中では、剛蔵の兄の陽炎しかいない。

「獅子渡剛蔵は……私の父を殺した男だったのだ」

 不意に虎次郎を見つめながらリオンが語りだした。思わずきょとんとしながらも、その真剣な話に耳を傾ける虎次郎。朱雀はそっと微笑むと席を外した。

「何のために、わざわざロシアから日本に来たかなんて言ったら、獅子渡をこの手で逮捕するためだった。私は父の敵を取りたかった……いや、それ以上に父を越える刑事になりたかったのだ。ふふ。逮捕に向かうぞ。敵はあの獅子渡の兄だ、簡単に掴まってくれるとは思えないからな。くれぐれも用心を怠るな?」

「……リオン、あそこに見える豪華客船。あれが獅子渡陽炎のカジノ船だ。恐らくマフィアの連中も中に潜んでいるであろう」

「よし、向かうぞ」

 リオンと虎次郎、そして朱雀の三人は静かに歩みだした。背後には、リオン達に着いてきた仲間達が構えているのであった。晴海埠頭は完全に包囲された。逃げ道はそこにはなかった。次々と増援部隊がやってくる。新宿派出所の警官達だけではなかった。各地の所轄の警察達が集った……。

◆◆◆24◆◆◆

 いつしか日も落ち、夕暮れ時になっていた。沈み往く日の光に照らされて三人の男達は真っ赤に燃え上がるような色合いを放っていた。

「……待っていたよ?」

「竜助か。令状などもはや関係ない。覚悟しろ……」

 リオンは静かに竜助に向き直ると不敵な笑みを浮かべた。

「用があるのは、お前じゃないっ! パパの敵の、虎次郎巡査……お前だよっ! お前が……」

 怒りを露にする竜助を睨み付けると虎次郎は笑った。

「名指しでご指名たぁ、オレも随分な人気者だな」

 鋭く竜助を指差しながら、虎次郎が吼える。

「だがな、竜助よ。ガキだからって容赦はしないぜ? てめぇのオヤジは自分で死を選んだんだ。オレが引導を下したワケじゃない。それだけは覚えて置くんだな。もっとも、お前には判らないだろうが……」

 虎次郎はリオンに目配せで合図をすると竜助に向き直って見せた。虎次郎君、検討を祈る。リオンはそっと微笑むと朱雀と共に船に向かった。竜助は何を思ったのか、走り出した。

 奴が向かった先は晴海埠頭の膨大な数の倉庫の中の一つ。何を企むのか見えてこなかったが、機敏に走り去る竜助を虎次郎は慌てて追い掛けた。ゲタのけたたましい音が響きわたった。

◆◆◆25◆◆◆

 時同じくして北山が晴海埠頭に到着した。

「……ん? 無線か。はい、北山だ」

「北山刑事、暴走族がまだ都内を走っていますっ!」

 暴走族? リオン達の事だ。おそらくそれも何らかの作戦なのであろう。本当にあいつのやらかすことは規模のでかい事ばかりだな……。

「ああ、聞こえるか? 彼らは我々警視庁の模擬部隊だ。暴走族を装ってのパトロールだ。極秘情報につき部外秘だ。ただし警視庁内部にはその旨伝えておいてくれ。間違えて逮捕でもすれば捜査に支障をきたしてしまう事になるからな。いいな?」

「はっ、さすがは北山刑事。判りました」

「……ふふっ、オレも不良刑事の仲間入りかな?」

「ご苦労様ですっ、北山刑事っ!」

「周辺の防御を固めろ。奴らを逃がすなっ!」

 自分のやっていることは、組織と言う目で見ればとんでもない事なのかも知れない。こんな事をすれば指揮系統は乱れるであろう。

 だが、上の連中は判っていない。時代は変わったのだ……従来通りの古めかしいやりかたではもはや太刀打ち出来なくなってきているのだよ。

 村上署長……あなたは、忘れた心を思い出させてくれた素晴らしい刑事だ。出世欲か……我々に必要なのは出世欲ではなく、正義を思う心なのかも知れないな。ふふっ、始末書は覚悟しておかなくてはいかんかな?

◆◆◆26◆◆◆

「……村上君?これはなんのつもりだ?」

 本庁のお偉方が険しい顔をして村上署長を見上げてみせる。だが、村上署長は笑うばかり。

「私もなのですが……受け取っていただけますか?」

 副署長の榊が、同じように懐から封筒を取り出してみせれば、本庁の刑事達はますます焦る。

「……署長、抜け駆けは頂けませんね?」

「榊君、キミまで……」

「署長、我々もなのですが……」

 ずらりと並んだ新宿警察署の面々に封筒を差し出されて顔面蒼白になる警視総監。

 封筒には一言、こう書かれていた。辞表と……。

◆◆◆27◆◆◆

「クソ、小僧っ! どこへ逃げたっ!」

「ここだよ。虎次郎……パパの敵、許さないよっ!」

 怒りに身を震わす竜助の手の中には、二本のやや小降りなナイフが収まっていた。

 だが虎次郎は構えることもなく。不敵に微笑んで見せた。

「オレはお前のオヤジに引導を下してはいない。奴はドラッグを使って、尋常じゃない腕力を得た。馬鹿な奴だ。力の使い方を誤るから、あいつには天罰が下ったのさ。お前はまだ若い。馬鹿な事は止せ」

 虎次郎は静かに語りかけて見せた。

 だが竜助は怯むことはなかった。その目は怒りと復讐、悲しみと嘆きに曇っていた。

「オレを殺したければ殺せ。ご覧の通り丸腰だ。なんだったら、ここで全部脱いで見せてもいいぜ? お前に出来るのか?無抵抗のオレを殺すことなど?」

 虎次郎は、ただじっと竜助の目を見つめていた。

 不意に竜助の動きが乱れた。苦しそうに息をする竜助の頬を涙が伝った。ナイフを握りしめたまま竜助は笑った。

「ずるいなぁ……できないじゃん。そんなさ、お涙頂戴な卑怯な演技されちゃ……」

「演技じゃない。本心だ。お前のオヤジを死なせちまったのは、オレの責任だ。あの男を更正させられなかったオレにも罪はあるっ!」

 虎次郎は自らを偽ることなく竜助にその思いをぶつけた。

 竜助の頬から涙が溢れる。刹那、竜助の掌の中からナイフが落ちた。

「……何だよ、つまんねぇなぁ」

「ん?」

 竜助の背後から出てきた二人の少年がつまらなそうに笑ってみせる。

 こいつらはあの時竜助と一緒にいた仲間達? なぜここに?

「ゲームはもうお終いなの? あの警官オレ達でやっつけようって相談したじゃん?」

「……竜助は臆病だからダメだよ。ぼくらが竜助の代わりにあの警官……やっつけてヒーローになろうよ」

「ああ、そうだな……」

 少年達は虚ろな目をしている。

 こいつらのこの濁った目は、何なんだ?まさか……こいつらっ!?

「……ダメだよっ! もうゲームは終わったんだっ!」

 焦る竜助をはね除けると少年達は不敵な笑みを浮かべた。

「こいつら……薬をっ!?」

 驚いた表情の虎次郎を見ながら竜助は悲しそうに頷いて見せた。

 なぜ……なぜそこまでして……。

「虎次郎っ、逃げてっ! 事実を知った今、もう復讐なんてお終いだよ……毒ガス……あれはデマなんだっ! ぼくらは、もうお終いだから……逃げるんだっ!」

 竜助は真実を知りたかった。強かった父が虎次郎と戦い破れたわけではないと言う事を竜助は心得ていたのだ。だが、父が死んだと言う事実は現実のものであった。

 竜助はそんな現実に絶えきれなかった。チャットで見つけた仲間を武器に竜助は犯行を計画したのだ……虎次郎とリオンを導きだし、もしも……虎次郎が父を殺したのであれば……復讐を……竜助はそう考えていたのだ。

 だが、この人は……この人も、同じ痛みを抱いていたんだ。

 その事実に気付いた瞬間、竜助の中で何かが消え去った。ああ、ぼくだけじゃなかったんだ? 竜助は静かに微笑んだ。自慢の身軽さと脚力を活かして、竜助は二人の少年を打ち倒した。

「……オレは逃げないぜっ!」

 虎次郎は竜助に加勢すると、一気に二人の少年を打ちのめした。精神に異常をきたしているとは言え、極々普通の少年達である。

「……ふぅっ。手間掛けさせやがって」

 竜助はリオンに渡された手錠で少年達の腕を封じると立ち上がった。

 竜助に向き直ると微笑んで見せた。

「さぁ、行こうか?」

 だが竜助は悲しそうに首を横に振った。その目に涙を讃えたまま、竜助の唇が言葉を告げた。「さようなら……」と。

 竜助は、そっと微笑むとその場に崩れ落ちた。

「……なっ!?」

 あろう事か、少年達ともみ合いになった時にはずみであろうか、その背にナイフが深々と突き刺さっていた。

 虎次郎は慌てて竜助を抱き上げると、必死で走った。警察の車は待機しているはずだ。竜助の……この少年を哀れなまま終わらせてはいけないっ! 

 虎次郎は走った。バカヤロウ、まだ成人式も迎えてないのに死ぬなよっ!

◆◆◆28◆◆◆

 豪華客船を中に秘密裏に作られたカジノバー。それにしても、ずいぶんとご大層な造りだ。これでは隠れるどころか、逆に目立つことを目的にしているような感じだな。リオンと朱雀は注意深く船の内部を調べていた。

 不思議な事に人の香りがしないのだ。これだけ大きな船が、こんな目立つ場所にあること自体不自然なのだが、それ以上に人気がまるでないと言うのも、実に不自然である。

「妙だね。静か過ぎるよ……」

 朱雀が警戒しながらリオンに語りかける。リオンも異常を感じているのか、険しい表情を保っている。

「おかしい、まるで人の気配が感じられない……」

 不意に背後に殺気を感じた朱雀が飛び退けばそこには……。

「ようこそ、お待ちしておりましたよ?」

 飄々とした態度。不敵な笑みを浮かべた老人はトラン博士。白衣に身を包んだ妖しい老人。傍らには博士の傑作、狼を模したロボット、フェンリルがその鋭い爪を、牙を輝かせている。

「……爺さんがトラン博士? ずいぶんなウィルス作るじゃない?」

「ククク、いかがでしたかな?」

「あれは泣かされたよ。ぼくらのデバッグチームを散々振り回してくれた。でも、意外だったよ。わずか半刻で解けた。甘いね、致命的なミスをしているよ、爺さん?」

 ニヤリと笑う朱雀の不敵な笑みに博士の表情が変わる。

「な、なんだと? 私のプログラムは完璧だっ!」

「そうじゃない。あんたの最大の誤算は、ぼくらを敵にまわしちまった事さ。さぁ、観念しな」

 ニヤリと笑うと朱雀は懐からカードを取りだして見せた。一見するとトランプのカードであるが、ギャンブル好きの朱雀が独自につくりあげた武器。

「リオン、黒幕は任せたよ」

「……恩に着るぞ」

「さぁて、ワンちゃん、ぼくと遊ぼうか?」

 朱雀と向き合うフェンリルが険しいうなり声をあげた。

◆◆◆29◆◆◆

 長身のライオンの男は、手にしたワイングラスを傾けながら夜景を見つめていた。血の様な赤黒いスーツ。長い髪を束ねたその姿は気品に満ちていた。まるで王宮時代の貴族の様な品格を持った男。彼こそが獅子渡陽炎である。陽炎は、そっと髪を掻き上げると不意に訪れた来客に、そっと血の様な赤ワインを差し出してみせた。

「ようこそ、歓迎します。私は獅子渡陽炎。剛蔵の兄にして、竜助の伯父にあたります」

「私はリオン・マクリーンだ」

 睨みを利かすリオンを見つめながらも、相変わらず陽炎は、その気品に満ちた振る舞いを崩すことは無かった。

「貴様、私を愚弄しているのか?」

「……いえ、その様な事はありませんよ。あなた方には、むしろ感謝しているのですから。私の出来の悪い弟に、制裁を加えて下さったのですから……」

 ふふ、と鼻であしらうように微笑む陽炎にリオンはすっかり調子を狂わされていた。

 何なのだ、この男。ふざけているのか? それとも本当にこういう性格をしているのだろうか? 自信に満ちている?

「……ご安心下さい。私は逃げも隠れもしません。リオン刑事、覚えていますよ。ええ、あなたの父上には本当に申し訳の無いことをしてしまいました。剛蔵は出来の悪い弟でした。人一倍野心が強く、目的の為に手段を選ばない……美学のない愚鈍な奴でした」

「……弟を嫌っていたのか?」

 リオンの問い掛けに陽炎は微笑んで見せた。

「あなたも、そう思いますか?」

◆◆◆30◆◆◆

 甲板は、走り回るフェンリルによりめちゃめちゃになっていた。

 外見こそ、ハスキー犬と遜色の無い見た目だが、その戦闘能力の高さは、オリジナルの狼などの比ではない。朱雀は、その途方もない戦闘能力に焦りを感じていた。

 だが、彼は素早く見抜いていたのだ。この、ロボット犬の致命的な欠点を……。

「はっはっは、逃げてばかりでは、勝ち目はないぞ?」

「博士、あなたはやはり三流だね」

 不敵に微笑む朱雀に、トラン博士はおかしそうに笑って見せた。その自信に満ちあふれた表情は、ゾッとする笑顔だった。

「どこが三流だというのだ? 教えて頂きたいものだな」

「フェンリル君は腕力が強すぎるのさ。 ふふっ。それだけの馬力で、長時間動いていればすぐに熱膨張を起こすだろうよ。ほら、さっきまでと比べて格段に動きにキレがないでしょう? ぼく、思うんだよね。今、この状況で彼に強い衝撃を与えたらショートするかなーって」

 ニヤリと笑う朱雀。懐からカードを取り出すとフェンリルの脳天目がけて投げつけた。

 ……無駄な事を、嘲笑うように微笑んでみせたトランの足に鋭い激痛が走った。思わず驚くトラン博士。

「掛かったね。甘いなぁ……」

 不敵に微笑む朱雀。一瞬の隙をついてトランの足を封じたのだ。そして、手元にあった大きな木箱を、思い切りフェンリルに投げつけた。鈍い衝撃音と共に、フェンリルの動きが止まった。

「……な、なんだとっ!?」

「おやおや。当たり所悪かったみたいね。ご愁傷様ー」

 ニヤリと笑うと朱雀は、慌てふためくトラン博士の腕に手錠を掛けて見せた。

「ふふっ、チェックメイトって所かな?」

◆◆◆31◆◆◆

 海を見つめながら陽炎は微笑んだ。

「……私は逃げも隠れもしません。ただ……少しでも弟の罪滅ぼしになればと思い、あなた達に重要な情報を伝えたかったのです。私の別名は……カラミティ・レッド……国際的なマフィア組織の四人の幹部の一人です」

 陽炎は髪をかきあげながら、哀しそうに微笑んで見せた。

「いえ、でした……が正解でしょうか? 情けない話です。幼くして両親を事故で失いました……そんな私達を、あの方は買ってくれたんです……」

「あの方?」

「はい。不思議な話かと思われますが、顔も見たこともなければ、実際にお逢いした事もない。不思議な方です。テレビのスクリーン越しにしか見たことの無い人。でも、その圧倒的な威圧感とカリスマ性に惹かれて、私と弟はあの方のもとで仕事をするようになりました。ふふっ、最初は小さなこそ泥の様な仕事だったんですけどね、いつしか組織になり、大きくなって……今では、FBIを相手にするほどの国際組織になってしまいました。もっと早くに、気付けば良かったのですけど、私は怖かったんです。あの方のもとを去ることが……そして、何よりも……血に手を染めていく弟がね?」

 陽炎の話は、妙に飄々としていたが、どこか切なく、悲しい香りが漂っていた。

 だがリオンは、手にした手錠を握る手を緩めなかった。

「……裁きを受けるのは簡単です。組織を抜けて……生き残った者を私は見たことがありません。皆、口封じで殺されてしまいました……弟が死んだ今、私は考えたのです。組織が大きくなり、あの方も……変わってしまわれた……私達が、まだ若かった頃は、あの方は輝いていました。ふふ、まるで日本の時代劇じゃないですけど、ねずみ小僧みたいな仕事でしたよ。悪党から金を巻き上げ、懲らしめる。盗んだ金は、私達みたいに恵まれない子供達の施設に寄付して……ふふっ、盗んだ金で、何をしていると仰りたいでしょう? でも、これが私達の正義だったのです」

 陽炎はリオンに背を向けたまま語り続けた。

「今の組織は、事実上あの方の手で動いているのではないんです。私をのぞいた三人の幹部達の手によって動かされています。変わってしまった組織に、私はもはや興味を持てない……あの方も心を痛めていることでしょう……いえ、そうあって欲しい。私の尊敬する……父親ですからね。ふふ……」

 無茶苦茶な話ではあったが、そこには陽炎の世界観があった。

 彼は独自の正義に従い生きてきたのか……リオンは一人の男の生き様をその目で見た気がした。だが、悪事は悪事だ。

「……リオン刑事、お逃げなさい。この船はまもなく爆発します」

「な、なんだとっ!?」

「……華々しく、散らせて下さい。あの方に判るように……。これは組織を狂わした、あいつらへの復讐です。私のささやかな……復讐です。さぁ、行きなさい」

 リオンは戸惑った。もしも、これが嘘であったとしたら、大変な事になってしまうであろう。父の敵……あの汚れた男の兄弟なのだ……だが……その目は……。

「……なぜ死に急ぐっ!?」

「私なりの決着のつけかたです。これは脅しではありません……お仲間の命が危ないですよ。さぁ、早く逃げなさい……そして、私に変わってあいつらに……裁きを与えて下さい……さようなら、リオン刑事」

 陽炎は椅子に深々と腰掛けながら微笑んで見せた。リオンは彼の言葉に従い、朱雀を探して駆け回った……。

◆◆◆32◆◆◆

 竜助、死ぬんじゃねぇぞ……おまえの親父は救うことは出来なかったが、お前はまだ若いんだ……未来があるっ! 生きろ……そして、親父の分まで生きるんだ。こんな所でギブアップなんてされちゃあ、困るんだぜ……。

 虎次郎は竜助を背負い、必死で走った。

「虎次郎……さん……な、なんで……」

「うだうだ抜かすんじゃねぇっ! 黙ってなっ!」

 埠頭の入り口に構えた警官達がざわめく。

「てめぇら、ボーっとしてねぇで、救急車だっ!」

 おたおたする警官達を一括すると虎次郎は血塗れになった竜助を抱きかかえながら吠えた。

「倉庫の中に、イカれたガキ共がいるっ! 逮捕してくれっ!」

「し、しかし、虎次郎巡査、この少年は……」

「誰だっていいじゃねぇかっ!? 目の前に死にそうになってる奴がいるっ、そいつを助けるのがオレ達の仕事だろっ! ボサっとしてるんじゃねぇぜっ!迅速に動けっ!」

「は、はいっ!」

 まったく、どいつもこいつも……。

「……虎次郎……さん……ありがとう……」

「バカ、まだ逝くには早いぜ。寝るんじゃねぇよっ。すぐによ、救急車来てくれてよ、助けてくれるからよ」

 竜助は静かに微笑むと、そっと頷いて見せた。刹那……凄まじい爆音が響きわたった。

「……な、なんだっ!?」

「い、今の見たかっ!?」

「ああ、見た、見た。あの、でっけぇ船が爆発してっ!」

 マジかよ? 一体どうなってるんだよ? なんで船が爆発してるんだよ……おい、リオンは……朱雀は無事なのかよ? どうなってるんだよっ!?

 北山刑事が、爆音に気付き慌てて駆け込んできた。

「……ああ、この少年か。救急車は時期に到着する。それより、今の爆発はなんだったのだっ!? リオンは無事か?」

「オレに聞くなよ……わかんねぇよ……」

 虎次郎は怒りに身を震わせながら大地を殴った。

 不意に、警官達の歓声が耳に入ってきた。慌てて顔をあげれば、そこにはあの男が立っていたのだ……。

「リオン……」

「……酷い目にあった。まったく、獅子渡の奴、とんでも無い事をしてくれる」

「あ〜あ、折角のスーツがススだらけだよぉ……」

「リオン、無事だったか……」

 同時に、同じ言葉を発してしまい思わず顔を見合わせてしまう虎次郎と北山刑事。

◆◆◆33◆◆◆

 事件は解決した。

 病院に運び込まれた竜助も、容態はいい方向に進んでいるそうだ。

 村上署長達は、結局……全員辞職は免れたらしい……。

「……キミ達は一体何を考えているんだっ!? 新宿警察署の管理職全員が、総辞職だなんて……それこそ、日本の警察のありかたを問われてしまうわっ!」

 結局、ブチきれた警視総監の鶴の一声で新宿警察署はブラックリストに載せられたが、村上署長達にしてみれば、それは名誉ある勲章みたいなモノでしか無かった。

 北山は、降格処分を受けてしまったらしい。なにしろ……獅子渡の船の爆発は、「原因不明の事故」。竜助に関してもイカれた少年達に刺された被害者の少年、と勝手に既成事実をでっちあげて、上手い具合にもみ消したらしい。

 まったく、無茶苦茶な事をする奴だ。若さってのは、怖いね。

 オレはオレで、相変わらず始末書の整理に大苦戦。リオンの奴、ちったぁ見逃してくれてもバチは当たらないと思うんだが、あいつは頭堅いからダメだな。

 そうそう、朱雀は相変わらず熱心に仕事に励んでいるらしい。今回の一件で、警視庁から直々に声が掛かって、なんでもセキュリティとかのセッティングをしているとか? オレには難しくて判らん話だがな。

 白虎の奴は時折うちの派出所に遊びに来る。なんだか、ずいぶんオレを気に入ったみたいなのは結構だが、そう連日ぞろぞろと柄の悪い兄ちゃん達を率いて来られても困るのだがな。

 まぁ、獅子渡の件では世話になった。あいつらが都内をガードしてくれていたおかげで、特に変わった事はなかった。あいつらからすれば、大暴れ出来なくて残念そうだったがな。

◆◆◆34◆◆◆

 その日、オレは竜助の病室を訪れていた。

「……よう、具合はどうだい?」

「うん、だいぶ良くなってきた。あ〜あ、早く元気になってゲーセン行きたいなぁ。病院の中退屈でさ、体なまっちゃうよ。えへへ」

「……やっと、普通のガキらしくなってきたな」

 虎次郎の暖かな笑顔を見つめながら竜助は静かに微笑んで見せた。

「ぼくね、今、一つ夢を持っているの」

「ほぉ、どんな夢だよ?」

「……刑事になりたいんだよね。笑うかも知れないけどさ、悪いこと、一杯してきちゃったのは事実。それは拭えない物。でも、パパも、伯父さんも、死んじゃったでしょ? ぼくさ、独りぼっちになっちゃったんだよね」

 哀しそうに微笑みながら、竜助は静かに虎次郎の眼差しを覗き込んで見せた。

「でも、虎次郎さんも、リオン刑事もすごくいい人だし、側にいたいんだ。それに、ぼく、虎次郎さんに憧れているんだ。こんなにも真っ直ぐで、馬鹿正直な人はじめて見たもの」

「何にもでないぜ?」

 照れくさそうに虎次郎は微笑んで見せた。竜助が、刑事になるとはねぇ……ふふっ、妙な話だ。リオンの奴が聞いたらどんな顔するだろうなぁ?

◆◆◆35◆◆◆

 再び街には平和が戻ってきた。

 新宿警察署の署長村上は、若かかりし頃の気迫を戻したのか、気合い十分に仕事をし、降格処分を受けた北山は進んで、新宿警察署への配属願いを出したのだ。

 これを聞いて焦ったのはリオンであった。

「……それで、なんで、お前がここにいるのだ?」

「しょうがないだろう? 落とされちゃったんだからよ……」

「大体なんだ? あの報告書はっ!?」

「黙れ、お前は堅すぎるんだよ」

 北山に鼻であしらわれキョトンとするリオン。

「……き、聞き覚えのある言葉だな」

◆◆◆36◆◆◆

 そして、ここ、新宿北口派出所にも平和が戻った。

「虎次郎、ただいま戻りました〜」

「……虎さん、聞いたよ」

 またしても青ざめた表情で眼鏡をあげてみせる狐。

「な、なんだよ……」

「……法律では、満十八才に満たない少年に手を出したら、罰則に触れるから、もう少し待った方が良いと思うよ?」

「……あ、あの〜」

 も、もしかして……こいつ、とんでもない勘違いを……はっ!? あの時、リオンをからかうつもりで発したあの発言から……しかもっ!?……竜助を助けたと言う事実と結び合わせて、オレと竜助がそういう仲だと勘違いっ!?

「ちょ、ちょっと待て、狐君。竜助はだな、あのね、ちょっと、聞きなさい?……話聞けよっ!」

 街には平和が戻った。虎次郎達の活躍により再び、街には平和が戻ってきた。しかし、虎次郎の危ないシュミ説は、まことしやかに語られてしまうのであった。恐るべき、情報の力……

       おしまい