2002年4月30日 (火)  経過

経過


 趾間に薬を差すとまだ沁みるらしく、経過を診ていただくため動物病院へ。時々舐めるので毛のところが赤っぽくぼやけ、湿疹による炎症がどの程度引いたのか判然としない。今日はまだ誰も来ていない待合室でスワレマテ、フセマテのトレーニング。臥せるタイミングで「ワウッ」と声を出すのは癖だろうか? 5分ほど待ってから診察室へ。ニッキの体を抱きかかえるように保定し、先生が右手の趾を広げて丁寧に診察。私が薬を付けるときには大袈裟に手を引っ込めて嫌がるくせに先生には素直に手を差し出して診てもらっているところが、悔しいけれど何だか可笑しい。3ヶ月のときからほぼ毎月1度のペースで通っているので、先生を信頼しているのだろう。腫れはかなり引いたとのことで一安心。薬をつける必要もなくなったということで気分が晴れる。体重は24.60kgと少々増えていた。散歩から帰って背骨に沿ってマッサージをしてやる。後足も片方ずつ伸ばして「こっちも頼む」といわんばかりの体勢になった。いつまでも健康であって欲しい。

2002年4月30日 (火)  シクロが店にやって来た!

<FONT color=80000>シクロが店にやって来た!</FONT>


 手前が進行方向。漕ぎ手は後ろから押し出すように運転します。方向転換は幌の付いた客席部分の後ろのバーによって行います。サドルの位置がものすごく高いのでちょっと恐いですね。ホーチミンなどのベトナムの大都市では使用禁止令が出されて少しずつ減ってきているということです。写真のシクロは泥はね防止のカバーががステンレスでできている最終型ともいえるものです。日本で言えば人力車みたいなものでしょうか。近々警察署まで行ってどんな手続をすれば公道を走れるのか聞いてきます(おっかないので実際には誰も漕ぎたいとは思わないでしょうが…)。主な用途はランチのお知らせなどの宣伝用ですが、お店にお越しの際にはぜひ座り心地最高の客席に乗って記念撮影してください。

2002年4月29日 (月)  魔法の杖?

魔法の杖?


 ケアハウスからの引き上げ荷物を運び込み、ゴールデンウィークで忙しいお店に顔を出す前にニッキの小運動と排尿を兼ねてミニトレーニングを行った。それが不思議なことにマテもフセも、そして難題のコイも見事にこなす。反応も機敏だ。

 もちろん卵ボーロも下ろしたばかりのオモチャもなしにである。これは夢ではなかろうか、ついにニッキと気持ちが通じ合ったのか。出発前の一種緊張した雰囲気がメリハリを生むに違いない。これは書き止めておかなくては…、とぬか喜びをしていたら、その理由は非常に簡単だった。スウェットのポケットに車のキーが入っていたのである!

 それで、首尾よくやればどこかに連れてって貰えると思って勇んで「模範演技」を行ったのだろう。もちろん騙す積もりは全くなかったのだが、結果として非常に後ろめたい気持ちになった。ケージに収容してからも「行くんでしょ! ねっ!」という感じの吠える声が痛かった。

2002年4月28日 (日)  後悔と反省と

後悔と反省と


       ↑この夜景も見納め

 昨日の引越しの手伝いで肉体面よりも精神面での疲れが残り、首の後ろと腰のあたりに鈍く重い不快感を持ったまま、とくに何をするというわけでもない締まらない一日になってしまった。先立つ後悔などと言ったら矛盾した概念になるが、疲れた状態でダラダラしているときにすでに、こんな過ごし方では気持ちよく一日を終われないぞ、という警告信号のようなものを自分に発し続けてはいた。だから「こんなはずではなかったのに!」という身を裂くような悲嘆にはくれないものの、だらしない自分がその時の自分となし崩し的に妥協・談合して、あとで後悔しないように今のうちに反省しておけばいいよ、吹き込んでいたかのようである。

 後悔はしなくて済むにこしたことはないが、痛烈な後悔とそれに基づく反省がその後の行動を変えていくという積極的な側面を忘れては行けないと思う。とはいえ、年を経るにつれ、真正直な後悔というものに出会うのが苦痛になる。おそらくその先に変えなくてはならない行動の数々を見渡して嘆息することになるからだろう。それゆえ、後悔の気持ちも適当に拡散させる術を日々の生活の中で無意識に取り込んでしまったのだろうが、このような気持ちでは残念ながら快適な睡眠も目覚めも約束されないようである。ストレスが高まった時と同様に、自分が信じられなくなった時にもひどく厭世的になる。そうではあっても生きている以上は前に進まなくてはならない。こんなときは身構えず、まず不用品の整理でもするのが最良の処方なのかもしれない。身構えないこと、これだけは間違いなく年の功だと思う。

2002年4月27日 (土)  秋の感触

秋の感触


 朝、ニッキとひと遊びしてから仕事に出る。小学校も完全週休2日制に移行したため、塾の仕事がその分割り込むことになる。自分にとっては飯のタネが増えるわけだからありがたいことだが、子どもにとってはせっかくの浮いた時間が塾に奪われるわけだから少々かわいそうな気もする。というわけで午前から夕方にかけての長めの留守番になりそうなので、ニッキへの挨拶をやや丁寧に済ませ、干し鱈を罪滅ぼして与えてから出かけることにする。これからもコッソリと出かけるのはやめて、仕事の目的と行き先をしっかりと伝えてから出かけることにしよう。きっとわかってくれるはずだ。

 今日の出先は良くも悪くもミニ新宿となりつつある町田なので、仕事の帰りに本や食材(といっても珍しいビールなどが多いが)などの買い物を済ませることもできる。乗り換えに遠回りを余儀なくされる、いつもなら不愉快さを感じるばかりのペデストリアンデッキを歩いていると、何だか秋のような肌触りの大気に気分爽快となった。こんなところをニッキを連れて歩いてみたらヤツはどんな反応をするのだろう。

 午後は打って変わって初夏のような気温になる。朝から何も食べてなかったので空腹を覚えたが、下手に食べて眠くなることをおそれ、食事を取らずにホームグラウンドの教室へと向かう。町田駅の電車待ちで弟から「13時にく大小運動済み」のショートメールが入る。外にいるとやはりニッキのことが引っ掛かっているのだろう。それだけの知らせだったがとっても幸せな気持ちになった。

2002年4月26日 (金)  にっきさん

にっきさん


 中には犬やネコの嫌いな人もいると知った上でのことだけれど、犬好きと言われる人はナゼ犬に惹かれるのだろう? お互いに気持ちが通じ合い、自分のことを信頼してくれるからだ、というあたりに公約数的な答えが集まるのだろうが、自分の場合、もっと多くをニッキに依存しているような気がする。いろいろな問題にぶつかって疲れて家に帰り、真っ先に「そうか、そうか、そうなのか」と言いながらリビングのニッキを抱きしめるとき、実のところは逆にニッキに勇気づけられているのだと思う。

 そのくせ、ニッキの要求にどれだけ応え得ているだろうか。もしかすると自分がほとんど与えなくても溢れ出るほどに好意を返してくれる動物であるからというだけの理由で犬を好いているのかもしれない。考えてみれば自分の都合でニッキに不自由な思いをさせてしまうことが多々ある。それでも決して裏切られたなどと思わないで、最上の歓びを体全体で表してくれる。このことに感動できなくなったら犬との良き関係はもはや成立しないだろう。

 知らず知らずのうちに、一方通行の関係になりがちな犬と人との関係を反省し、ニッキの気持ちをしっかりと汲んでやれるような英邁さと行動力を備えなければ悲しい思いを強いることになる。人を愛することしか知らない犬に切ない思いをどれだけさせないでやることができるかが常に問われているのだと思う。

2002年4月25日 (木)  平衡

平衡


 今日は久しぶりに冷え込みを感じた。簡易温度計代わりのニッキの喘ぎ声も聞こえなかったので実際に相当涼しかったのだと思う。前日に比べて気温が上下するとそれが数℃程度のものであっても寒さや暑さを一層感じる。ただ、暑くなっていく一方のこの時期、少し肌寒いくらいの日和である方が、気持ちが引き締まって精神的に心地よい。

 建物の中であれば、常時定温に保たれていることが空調のバランスが維持されているということになるのだろうが、自然界は多少の揺さぶりをもって、人の身体面のみならず精神面にまで配慮してくれているかのようである。暑い日が数日続くのも、突然に涼しい日が訪れるのも地球全体としての深遠なバランスの保持なのだろう。現在の気象が人の営みによって生じた異常なものなのかどうかわからないけれど、平年と多少のズレがあったとしてもそれはそれで、その年の個性と呼ぶべきものであろう。あの年の夏は暑かった。あの年の冬には大雪が降った…。そういう想い出を観測データとは別に人の心に刻んでくれるとしたら、簡単に「異常」のレッテルを貼ってしまっては可哀相な気もする。もちろん、酷暑や厳寒には文句の一つも言うだろうけれど。

 涼しさのせいでか、ニッキの足の湿疹も軽くなってきたようだ。夜になったらほとんど舐めなくなっている。今日のところは涼しさとしっとりと振り続く優しい雨に万歳!

2002年4月24日 (水)  湿疹

湿疹


 オモチャを噛んで舐る音とは違う音が夜明けから続いていた。右前足の先を丹念に舐めている。屋上に出して運動させてもまだ気になるようだ。乾いたタオルで趾の股まで丁寧に拭いていると少しだけ発赤しているところを見つけた。多分痒いのはそこだろうと思ったがそれほどひどくはなさそうなので様子を見ていた。しかし、午後になってもまだ舐めているのでお医者さんに診ていただくことにした。

 2kmほど走り、病院の待合室で順番を待っている間はほとんど足先を気にしておらず、鼻先を伸ばして他のわんこの方を眺めていた。順番が来たので診察台に抱えて乗せる。体重は24.00kg。今日はあまり食欲がなかったせいか前回より少しだけ軽い。先生の診断は趾間湿疹とのこと。薬を出していただき、ついでにフィラリア予防薬も出してもらった。今年からフィラリアの予防注射(6ヶ月有効)も行うようになったけれど、結構高い上、駆虫の作用はないとのこと。従来通りジャーキータイプの飲み薬にしてもらった。

 横山公園を巡って友わんと挨拶し、ツツジをバックに記念撮影。サモエドの白さが映える。なかなか良い感じ。

2002年4月23日 (火)  飲み会

飲み会


↑先生のデイパックを運んでくるマックス君。感動!

 久々に去年担当していた教室へ行き、新しいメンバーと飲む。未だに小田急線の夜の接続は悪い。途中駅での接続では、車庫に向かうことを優先させるような半端な行き先の列車が運行され、回送のロマンスカーが空しくホームを通過する。JRとの接続の便などこれっぽっちも考えていないことは明らか。痺れを切らせて車で帰るタクシー会社との裏取引でもあるのだろうか。夜は遅くまで飲まずに早く帰るのが得ということだろう。夜はコストが高いのだ。以前ほど飲みたいという気持ちもなくなってきていることだし、家でニッキと過ごす方がずっといい。

2002年4月22日 (月)  コイ!(2) 午後から晴れる

コイ!(2) <FONT size="2">午後から晴れる</FONT>


 続いて「コイ」の練習。家でもおやつなし、オモチャなしで特訓したのだが褒めるだけのインセンティブではなかなか難しい。本当に説得をしているという感じになる。公園だと周囲にいろいろな誘惑(潅木の根元の匂いだったり、友わんの存在など)があるので、なお一層困難だろうとこちらも構えてしまう。集中させるために5分くらい思いっ切り遊んでくださいと先生から指示があり、公園の小高くなったところを登ったり下りたりして一緒に走る。リードが伸び切らずにいい感じで一緒に走れるようになった頃を見計らって訓練に入るが、ロングリードにした状態でスワレマテの状態から解放すると、自分の興味のある方にスタスタ歩いて行ってしまう。その先に先生が待ち構えていてくれて、ニッキに「違う、お父さんが呼んでいる!」といって注意を喚起してくれる。そんな誘導があって渋々とこっちに方向転換して歩いてくる。決してきれいな軌跡ではないにしても、広げた両手の中に入ってきた段階で大袈裟に褒める。

 そんな一進一退の膠着状態に閉口しながらトレーニングを繰り返しているうちに、座って待たせた状態で「ヨシ」を発してもまったく動かず、やがて臥せてしまうというストライキに遭遇してしまった。声をかけても横を向いたままシカトを決めこんでいる。ニッキの頑固な一面がこんな形で現われるのを見るのは非常にやりきれない。ここは叱るところだと思い、ニッキの方に近付くとやつもやおら立ち上がって茂みの方に歩いていく。湿った地面に引っくり返して「言うことを聞け!」と押さえつける。聞き分けのなさそうな不満な顔とにらめっこが続く。こんなとき一体どんな言葉を掛ければよいのだろう。ここが勝負と思って2分くらいその状態を維持した。その甲斐あってかラスト3本は先生の誘導なしで10mくらい離れた場所からほぼ真っ直ぐに胸元まで入ってくれるようになった。今度はお世辞ではなくて、本当に嬉しくなって褒めまくった。カメの歩みではあるが、しつけ教室が行われる度に着実に成長しているように思う。

2002年4月22日 (月)  コイ!(1) 朝は小雨のち曇り

コイ!(1) <FONT size="2">朝は小雨のち曇り</FONT>


 朝方小雨が降っていたので、しつけ教室が行われるのかどうか判断しかねていたところへ、先生からの携帯メールが入る。明るくなってきており、雨が上がるかもしれないので、いつもの公園の広場に集まってみましょうということになった。

 10時に現地に着いてみると家を出たときよりも雨足は弱まっていた。学び友だちのラブラドル、ゲンタ君もレインコートを着て登場。わんこ同士で遊ばせているうちに雨も上がり陽が差してきた。

 10時20分から11時まで、ゲンタ君とともに、フセマテの練習。地面は砂地なのでお腹を付けてもそれほど汚れない。トレーニングが始まって最初の集中力のあるうちはリードをカチャカチャと引っ張っても10分程度ならクリアできるようになった。しかし、先生が「ニッキ、ニッキ遊ぼ!」と誘惑をしてくると、また初回は立ってしまった。2回目は立ち上がりそうなタイミングで「マテ!」と声をかけ、姿勢を保持することができた。直接手で押さえられないのはもどかしいけれど、コマンドに従ってくれるのを見るのは嬉しい。遊びたい衝動を堪えてくれているのがわかる。フセマテトレーニングの最後の方でベンチに座った状態でニッキを待たせ、姿勢が安定した頃を見計らって、15mほど離れたところで待っている、先生が連れてきた預かりの犬(黒ラブの海ちゃん)の方に歩いて行き、ニッキが動じないかどうか確かめることにした。ちょっとムリかなと思ったが、はたして、海ちゃんを撫でているとニッキは我慢できなくなって立ち上がって歩いてしまった。まだまだだ。

2002年4月21日 (日)  客あしらい 朝から晩まで雨

客あしらい <FONT size="2">朝から晩まで雨</FONT>


 弟がお客さんを連れて我が家に遊びに来た。自分は途中から仕事に出てしまったのだが、ニッキはリビングでお客さんの接待を無事に務めたそうだ。人が大勢だったせいか、やや緊張気味に臥せて、話し手の方にじっと視線を向けていたとのことである。それがどんな様子だったのか覗いてみたい気がした。サモエドは接客上手だと思う。

2002年4月20日 (土)  睡眠の質

睡眠の質


 昔は車の中では寝られなかった。他人の運転だと、たとえ安全運転する人の車に同乗したのでも、ブレーキのタイミングなどが微妙に違い、落ち着けなかったのだと思う。深夜の雪道で車間距離をほとんど取らない人がいて、助手席で足を突っ張っていた経験がある。あと、電車に乗って乗り過ごすなんてこともほとんどなかった。乗り過ごし防止専用の目覚ましみたいなものが売られているのを雑誌の広告などで見て、こんな物を買う人がいるのかしらんと思ったものだ。

 それが、近頃ときたら、荒っぽい運転者の車に同乗してもうつらうつらしてしまうし、目が覚めると隣の駅になっているといったことが増えてきた。座ったまま15分くらい寝込んでしまうことも多い。また、寝起きにしても本当にスッキリとした状態になるということも少なくなったように思う。幼少時の記憶の中では、休みの日などには朝の5時頃に目が覚め、寝てなんていられないという気持ちで外に飛び出していったはずなのだが。睡眠はエネルギーの充電の役割を果たしてはいたものの、用が済めば退屈な時間でしかなかった。

 単に歳をとったということ以外に睡眠のあり方はその反面としての起きている時間のあり方を反映しているように思う。生きながら死んでいるような状態で両者が混交してしまうことを恐れる。問題は日々新たに発生するが、積極的にそれらに臨んで行けばよい眠りが与えられるに違いない。引き摺るように時間を使うのではなく、メリハリのある生活態度に直していかないといけないなと思う。

2002年4月19日 (金)  ズレ

ズレ


 日記でもレポートでも、気分に乗って一気に書ける時もあれば、書くべきことを考えて徐々に形を整えていくということもある。約半年の間なんとか続いた日記のバックアップを取ったので、今まで書き溜めたものを振り返ってみた。読んでいるとその文書をどんな状態で書いていたのかということまでが蘇ってくるものだ。入試直前期の6年生に注意した際、気持ちの上での行き違いが生じてしまい、重苦しい気持ちだったはずのときに意外に軽快な文章を書いていることに気付く。そして、書くべき材料がなかったときに文案を無理やり見つけようとしてあれこれ継ぎ接ぎしながら書いたような文書が結構読めたりする。逆に、勢いに乗って書いたものが内容粗雑で読むに堪えなかったりと…。

 考えてみれば、似たようなことは日記だけではない。授業がうまく決まったなと思っているとその週例テストでの生徒たちの成績はガタガタだったり、またその逆があったりと…。物事が難渋しているときやスランプのときの方がよく考える分、手堅い仕事をしているのかもしれない。「人間万事塞翁が馬」という故事成語があるけれど、これは単純に人生良い時もあれば悪い時もあるといった意味を超えて、順調に見える時にすでに悪しき原因が、うまくいかないときに新しいチャンスが潜んでいるといった意味なのかもしれないなと考えた。うまくことが運んでいる時にどれだけ自戒できるだろうか。塞ぎこんでいる状態でどれだけ元気をだせるものだろうか。難しいことではある。

2002年4月18日 (木)  特別養護老人ホーム

 訳あって身元保証人を頼まれている老人ホームに入所している係累が、ちょっとした怪我が元で自立歩行できなくなってしまった。そのため、一般の老人ホームでは十分な介護ができなくなったため転所して欲しいとの要望があり、ここ数ヶ月、重度の介護を要する老人の入所を認めてくれるホームを探していた。もし、見つからなければ自宅に引き取って誰かがケアをしなくてはならないので気分が重かった。幸い、重い介護を要する者の入所を認めてくれる、いわゆる特別養護老人ホームが見つかり、順番を待って漸くそこへ入所できる運びとなり、市内の少し離れたところにあるホームに転所することになった。

 本日、母が見舞いを兼ねて転所先に面会に行ったのだが、ホームというよりも病院のような暗い感じがしたと言っていた。建物は綺麗だし職員さんも親切(前のホームも決して不親切ではなかった)なのだが、入所者の顔が暗く、今にも死にそうな人たちばかりだったという。昔は養老院と呼ばれ、いかにも死への待合室という陰気で湿ったイメージが漂っていた。現在は施設は近代化され、介護の概念も技術も近代的なものとなり随分と変わってきたという。しかしながら、入所する側が虚無と絶望に染まっているとすれば、事情は昔と何ら変わらないだろう。老いを憎み蔑む文化は継続することになる。

 歳を重ねるごとにより豊かになれる生を自身追求したいと思うとともに、老いが苦痛と歎きの種ばかりではなくなる社会になっていくこと、老いてこそ自由を満喫できるような未来を希う。

2002年4月17日 (水)  やっぱり異常 風強し

やっぱり異常 <FONT size="2">風強し</FONT>


   ↑サモエド式スーパーコンピューター

 一体どれが本物の春一番なのかわからない。今年は例年にも増して春先の荒天が多いように思う。夏の台風では吹き飛ばなかったプラスチック製のトランクボックスや屋外サークルがここ2度ほどの暴風で動いたり歪んだりする。ニッキの排泄のためにドアを開けようとしても風に圧されるので相当力を込めなければならない。ニッキの被毛も風に捲り上げられて巻毛カナリアみたいになる。用を済ませると長居は無用とさっさと戻ってくるのが人間臭い。雨が止んだと思ったら急激に蒸し暑くなってきた。各年多少の変動はあるのだろうが、「地球温暖化」という言葉がこれほどに切迫して感じられた年はなかった。この先どんなことになるのやら。目を閉じていれば危険は逃げていくというものではないのだ。いやはや恐ろしい。

2002年4月16日 (火)  まいったまいった

まいったまいった


 授業前に遊びに来た子どもたちは今年の卒業生。アルバイトの子は7年前の、そして仕事の後に教室に立ち寄った子は来年大学受験を控えた5年前の教え子。恐るべき速さで時間が過ぎていることに驚く。名前までは思い出せない子もいるのだけれど、顔とか性格はちゃんと覚えている。女の子は大人っぽくはなるけれど、一般的に男の子に比べて、その子の「本質」は変わらないように思う。男の子がメキメキと音を立てて成長していくのに比べ、女の子はしなやかに変わっていくとでも言えばいいのだろうか。教え子ということもあってか、仕事のアドバイスも甘くなってしまう。イケナイことだ。

2002年4月15日 (月)  引力

引力


 暑い日中の散歩を避け、夕方になってからいつもの公園まで自転車でニッキと散歩に出た。雨が降ったり腕が浮腫んだりといったことを口実にして公園への散歩は久しぶりなので、ズボンを替えただけでニッキは狂喜する。途中、数ヶ所の横断歩道があるのだが、赤信号では必ず止まってスワレからフセ、青になったらフセの姿勢からスワレ、ヨシと行動させるようにしている。ここのところそれが非常にスムーズにできる。

 しつけ教室の先生がおっしゃっていたが、ニッキは言葉は良く理解しているらしい。それなのに、我が出てしまってコマンドに従わないときがあるのだという。どちらに責任があるのかという難しい議論をニッキと話してみても意味はない。責任をすべて負うからこそリーダーなのだから。恐らく散歩のとき、自転車でリードを引いているときの自分はリーダーとして認めてくれているのだろう。ところが、そういった意識が家や公園では弱くなってしまうのだろう。場所や他の条件との相関関係がコマンドの入りやすさに影響を与えているのは、ちょうど天体の引力のようなものだとも思う。ニッキにとって魅力的なリーダーになれば他の犬が遊びにきても、美味しいものが目の前にぶら下がっていても自分を選んでやって来てくれるのだろう。ニッキにとっての「1番」になれるのはいつのことか。公園を出たところに咲いていたツツジが美しかった。

2002年4月14日 (日)  ちょっとした不安

ちょっとした不安


 朝方、右腕に体重をかけて寝ていたせいかジンジン痺れて目が覚めた。手の平がパンパンに膨れ上がっている感じで、ギュッと握り締めるとすごい違和感があった。肩をグルグル回して二の腕を揉み解し、血の巡りを良くしているうちにキーボードが打てる程度には治まってはきたけれど、仕事に出る時間になっても腕全体が浮腫んでいるような痺れるような不快感が残った。出先の教室で添削用のペンを持とうとしたが力が入らない。チョークで文字を書こうとしてもいつものようにはいかない。そのことで却って動悸が激しくなった。情けないとは思いながら。

 仕事が終わる頃には手の違和感は消失したけれど、この仕事は声が出なくなったり腕が動かなくなったりしたら何もできないということを改めて感じた。今回は、恐らく朝の寝違いのようなものが原因なんだろうけれど、食生活の乱れや不規則な睡眠などで徐々に体を蝕んでいるとすれば恐いことである。気に入っているラーメン屋の親爺さんが亡くなったという話を耳にして一層その思いを強くした。普段当たり前に思っていることについてももっと注意を行き届かせなければいけないと思った。体が一番。言い古されているけれどその意味に直面する機会はそうそうないものである。

2002年4月13日 (土)  踏ん切り

踏ん切り


↑カッコ良くなってきたでしょ? え、なってない?

 さて、仕事するぞ! というときの踏ん切りがつかないと仕事に掛かってからもダラダラしてしまう。持ち帰りで、採点や添削の仕事に向かうときに、とにかく1時間なら1時間、トイレ以外はカッチリと作業を進めるぞと自分に宣言してから取りかからないと、作業の途中で雑誌やHPを覗いたり、PCのバックアップを取ったりと回り道に嵌まってしまう。5分程度の端仕事のはずがいつの間にかメインの作業に居座ってしまっている。また、覚悟を決めて作業をしている時に限って電話が鳴ったり、宅急便の配達があったりすることが多いと感じるのは心のどこかにサボりたい欲求が潜んでいるからなのかもしれない。

 家に仕事を持ち帰れていいですね、とよく言われるけれど、家で仕事するにはそれなりの誘惑も多いのである。作業に乗ってきた後のちょっとした倦怠感の生まれる微妙な頃を見計らうかのように「ちょっと表に出ようぜ!」と白い悪友が誘いかけてくる。この誘惑を断つのは容易なことではない。

2002年4月12日 (金)  雨の日

雨の日


 雨が続き、外でのニッキの写真が撮れない。室内では大体同じ場所での撮影になってしまうので、変化に乏しくなってしまう。今日は午前中に雨も上がり、少しだけ写真を撮ることができた。地面が少し濡れていたが、スワレ、フセの基礎トレーニングだけはみっちりやった。地面が濡れているからイヤだというわけではないのだろうが、何度も繰り返しているとフセのときに切ない声を出す。気持ちはわかる。

 ニッキをよく拭いてから仕事部屋で一緒に過ごす。ホットタオルを使ってもやはりサモエドの臭いが篭ってくる。サモ友にいただいたミントのスプレーが役に立つ。気圧が低いこんな日はニッキも眠いのか座布団の上で無防備な姿勢で眠っている。どうせ寝るのなら自分のケージの中でもいいのにと思うのだが、人恋しいのだろう。頑固なヤツだが憎めない甘えん坊である。

2002年4月11日 (木)  観察

観察


 ニッキが傍らにいるとき、ヤツの視線を追っていると、実に敏感に周囲に視線を配っていることがわかる。母と話をしているのを聞いているときなど、話し手の方に視線が切り替わる。また臥せながら、こちらを気にもかけないような姿勢でオモチャの縫いぐるみを齧っているようなときでも、母の足音やドアを閉める音に耳が反応し、全くスキがない。1mくらい離れたところからニッキのオモチャを取り上げようとしてもサッと飛び退いてまた、ちょっと離れたところで座り直す。見ていないようでよくこちらを観察している。もしかすると、自分を含めて家族の性格や癖というようなものも既にニッキには読まれているのかもしれない。これだけ細やかな人間観察をし続けているのならば、人間が自分に何を望んでいるかについても当然わかっているはずだと思うのだが、なかなか素直に言い付けに従ってはくれない。

 今日、本屋の平積みコーナーに犬との相性を扱った文庫本を立ち読みしたら、サモエドは「独立心の強い犬」というグループに入っていた。ただ、人間の言うことを頑として無視し続けるというのでは決して独立心を保って人間の友であることなどできないだろう。気ままに振舞うために、サモエドは緻密な情報収集を欠かさないのだと思う。人間との距離を測りながら自分の自由な領域をも確保する。「人間」を「他人」と置きかえれば処世術にもなる。もしかすると「サモエドに習う自由な生き方」という本が出版されるかもしれない。でも、ニッキにはもう少しこっちの気持ちに近付いてもらいたいのだが…。

2002年4月10日 (水)  ごちそうさまでした

ごちそうさまでした


     ↑この方には干した鱈を

 サモ友のWさんからとっても素敵な物をいただいた。「くぎ煮」という、イカナゴ(小さな青い魚らしい)を材料にした佃煮に似た食べ物である。さるHPのBBSに「くぎ煮」という聞き慣れない言葉が出てきたので、私が「くぎ煮」ってどんな食べ物なんでしょう?という書き込みをしたところ、その書き込みをご覧になったのが、以前からネットでお世話になっているWさんで、なんと「くぎ煮」をお家でお作りになっている方でもあるという偶然も手伝い、私のために送ってくださったというわけなのだ。

 「くぎ煮」の名前は結構ポピュラーなものであったらしく、母も知っていた。インターネットで検索すればわかったのかもしれない。ただ、母も魚の形が釘に似ているからだと思っていたらしく、Wさんに教えていただいた、錆びた釘の色に似ているからという名前の由来は勉強になった。もっといろいろ調べてみようかとも思ったが、知的欲求よりも食欲が勝ち、今日の夕食に早速いただいた。たしかに見た目は佃煮のように見えるけれど、食感はもっと瑞々しく軽快で、酢の物を食べた後のように口中に広がる鮮烈な爽やかさが春にふさわしい。そういえばWさんはイカナゴのことを春を告げる魚とおっしゃっていたっけ、成る程。てことは海の鶯か、と食後は急に風雅な気持ちになった。人のつながりの不思議さと味覚の深遠さに感動を与えてくださったWさんに心から御礼申し上げたい。

2002年4月9日 (火)  食欲

食欲


↑15階の建物を何もここに建てなくてもいいのに…

 丹沢の眺望を塞いでしまうマンションの鉄骨組みがほぼ完成した。7階建てでも30階建てでもどの道目隠しになるのだから、いつまでもぶつぶつ言っていても始まらないが、地震のときにこっちに倒れてくるようなことだけはないように祈る。高さが増すと、工事の音も響きやすくなるようで、ニッキはお腹が減っていても大きな音がする間は外では食べなくなった。飽きるまでは独り遊びをしつつ現場の様子を慎重に見守っているので、今のところ大きなストレスではないのだと思うが、塗装工事や外壁工事が始まれば、そうそう外にも出すことはできまい。いろんな意味で無遠慮な工事が恨めしく思ってくる。街中に住んでいるのだからやむを得ないよと言われればそれまでだが、雑然としないように秩序をもたらすのが本来の都市計画なのではないだろうか。

 という事情によって、ニッキの朝飯の食堂は室内ということになった。ただ、あくまでも犬食堂で食べてもらう。甘やかしすぎて部屋食などにしたらつけあがる一方だろうから。


    風呂のフタで仕切られた犬食堂

2002年4月8日 (月)  成長

成長


     ↑ふてぶてしい表情のニッキ

 今日がしつけ教室のある第2月曜日だということを忘れていた。大急ぎで支度をして展望広場に急ぐ。今日は、それぞれシェルティとミニチュアダックスを連れた女性がレッスンの様子を見守っていた。トレーナーさんは、身寄りのない犬を預かりで訓練しているのだが、今日はダルメシアンのアズサちゃんを連れてきた。ニッキとも相性がいい。お互いに口を舐め合っている様子が微笑ましい。

 途中信号のある2つの交差点で止まった他はノンストップで走ってきたニッキにまず水を飲ませ、スワレからフセ、マテに入らせる。しつけ教室の最初には1分持たずに立っていたことを思えば、リードを引っ張ったり後ろで足音を立てたりしても10分近く臥せていられるようになったのを見るのは嬉しい。ハトが一斉に飛んだがもうそれほど気にしなくて済むようになっている。トレーナーさんが、キューキューなる骨のオモチャをニッキの目の前に放り投げると残念ながら1回目は立ち上がってしまった。同じようなことを2回ほど繰り返したが、立ちそうなタイミングで「マテ」を発すると、ぐっとガマンしてくれた。なぜか自分までホッとする。

 ただ、この後の呼び戻しには悪戦苦闘した。スワレの状態から「ヨシ、コイ」と言っても、繁みの方にオシッコに行ったり、他のわんこのところに挨拶に行こうとしてしまう。トレーナーさんの誘導のお蔭で、3回ほど成功したので、一休みしてから「コイ」の仕上げを行う。暑さの中、中腰になって「コイ」と繰り返すこと10分。平然と臥せたまま舌を出しているニッキが憎たらしい。流石に向こうも暑いらしく、根負けしたのか、「じゃあ行くよぉ」といった風情でゆっくりと胸元に歩いてきてくれた。いずれ時間が経てばまた呼べば来るのが当たり前ということになるのかもしれないが、この苦労と感動は胸に刻んでおこうと思う。


  トレーニングの中休みで休憩するニッキ

 家に帰ってからの復習ではトレーナーさんに言われたようにおやつなしでチャレンジ。他にわんこのいないところでもおやつがないとなかなか来てくれない。そんな状態で、痺れを切らして「ニッキ!」と本気で怒鳴ったら、ビクッと反応してこちらにすっとこ歩いて来た。来させたいのならばこっちも本気にならなければダメなのだろう。

2002年4月7日 (日)  逆効果

逆効果


 通信カードの取り扱い説明書やドコモショップからもらってきたカタログをめくりながら、中古で手に入れたモバイル用PCから携帯や通信カードを利用してファクス送信する方法をあれこれ思案していたが、案ずるより生むが易し、携帯電話を用いての接続の前に、取り敢えず屋内モジュールでファクスがうまくできるかテストしてみようと思い立ち、購入時からバンドルされているファクスソフトを再インストールして内蔵モデムを認識させ、送信テストを行ってみた。思いの外スムーズに送信でき、ファクスから吐きだされる印字もきれいだった。ただ、送付状のフォームがあまりにのっぺらぼうなので、少し形を整えようとして送付状のエディターを起動しようとした。すると、道路標識の駐車禁止のようなロゴが出てきて、このソフトは機能限定版なので、正規版をぜひお買い求めくださいといった趣旨の宣伝が出てきて、「この操作はできません」と撥ねつけられる。

 まあ、基本的な機能はしっかりしていることだし優待価格はいくらなのか、あと携帯電話で通信するにはどんな環境が必要なのか調べようとして、ソフトを製作している会社のHPにアクセスした。そうしたら、何と定価は14800円、優待価格が7500円とのこと。また、肝心のモバイル通信のバリエーションについての提案や説明というものも全くなかった。参考までにヨドバシカメラのHPを覗いてみると売れ筋のファクスソフトが4800円で売られている。高々送付状の編集まで機能限定を付した上、優待価格が高額では購買意欲は逆にしぼんでしまう。同社の一つ前のバージョンは何の限定もなくMS Office 2000 Personalに組み込まれていただけに残念だ。せっかくの意欲作が、戦略の誤りによってよろしくない印象を与えてしまった例なのではないか。優待価格2500円といったところが落とし所だろうと思う。

2002年4月6日 (土)  ウニのアルコール漬け

ウニのアルコール漬け


   ↑狂犬病予防注射済鑑札が誇らしげ

 ペースト状になったビン詰めのアレである。生ウニに比べること自体憚られるが、1瓶で400円くらいからあり、結構安い。いや、生ウニとは別の食べ物だと思った方がいいのかもしれない。あれはあれで結構ハマる。今月に入ってからもう3瓶目だ。もともと自分は豪華な食事と縁遠く(ごちそうは好きだが…)、普段はニッキ並に手早く食事を済ませてしまう性質だ。炊き立ての白いご飯があれば十分に幸せなのである。だから生卵も塩辛も漬物も、山葵漬けなんかも大好きで、本当におかずがない時などはバターと醤油を掻き混ぜていただく。ただ、近頃ウニのアルコール漬けの存在を忘れていた。仕事の帰りにダイエーの地下で求めたのだが後を引く。焼鮭にちょっと付けてもうまいし、キュウリにも合う。もちろんコレだけで酒もイケル。ただ、不満なのがあの不条理な瓶の厚さである。私のウニブームに刺激されて家の人間、家に遊びに来る人間も食うわ食うわ。瓶の見かけのボリュームからは予想できないスピードで空っぽになる。3瓶で1000円といったセールはあるけれど、私としてはマヨネーズのような容器で出ないものかと真剣に願っている。その方がウニのアルコール漬けの消費量は増え、日本経済のカンフル剤になると思うのだが…。

2002年4月5日 (金)  待合室にて

待合室にて


    ↑耳も舌も強風で流されるニッキ

 早めに朝食と自由運動を済ませてから定期検診と狂犬病の予防注射のために動物病院へ。狂犬病予防注射のシーズンなのか病院はいつもより混んでいた。待合室もまだ冷房が入っていなかったので、ニッキは舌を出してハァハァ荒い息をしている。その様子を見て、お母さんと一緒に来ていた5歳くらいの子どもが指を差しながら「アレ、凶暴なイヌだ!」と勝手に決めつけている。お母さんは「あのワンちゃん、暑いのよ」と言っているのに、「凶暴、凶暴」と言い続けていた。それを見ていた別の姉弟がニッキの前に近づいては顔のそばに手を近づけては騒いで逃げるといったことを繰り返していた。別にかわいいと言ってくれなくてもいいが、わざわざ興奮させるようなことしなくてもいいのに何で親は止めないのだろうとちょっと苦々しく見ていた。こちらの心配と不快を他所にニッキが大人しく座って待っていてくれたのが嬉しかった。いつもは飼い主さんと雑談をするのが楽しい待合室なのだけれど、今日に限ってはさっさと注射を済ませて帰りたかった。あつかましい子どもは大嫌いだ。

 舐性皮膚炎にはならないで済んだようだ。夏の過ごし方について獣医さんからアドバイスを受ける。カルテには体重は24.13kgと記録された。チョットスマートになったようだ。今まで注射済票は保管していたが、今年からは規則通り首輪にぶら下げることにした。迷子札と擦れ合ってカシャカシャ音が聞こえるのも洒落ている。

2002年4月4日 (木)  風の強い1日であった

風の強い1日であった


 近頃天候の変化が激しく、それを記すだけでも日記のネタに事欠かない。ニッキの定期健康診断に出かけたところ本日は休診日だった。通常の休みとズレていたので、うっかりしていた。そろそろ狂犬病の予防注射の季節だ。ワクチン、フィラリアとお医者さん通いが続きそうだ。当てが外れたので、横山公園まで足を伸ばす。昼の夏日のような日射と、砂嵐のためにヒトにとってもイヌにとっても決して爽快とはいかない散歩だったが、そろそろ真昼間の散歩もおしまいかなと思うと、ニッキの被毛を嬲る強風も趣のあるものに思えてきた。そんな、風に靡くニッキの様子を撮影しようとしたところ、ずっと愛用してきた散歩軍手が吹き飛ばされてしまった。ニッキ同様悪戯好きの春一番はやはり御しにくい。軍手は風にプレゼントすることにして新しい軍手を下ろした。

2002年4月4日 (木)  キリ番「5555」ご報告

<FONT size="5" color="FF0000">キリ番「5555」ご報告</FONT>


第2回キリ番賞(5555)はモリのお父さんに輝きました。おめでとうございました。

2002年4月3日 (水)  春講明け

春講明け


 仕事中は、家に帰ったらあれをやってこれをやって…と予定を立てていたのだが、ミスドで100円均一セールのドーナツを10個買って家でむしゃむしゃ食べていたら急に眠気に襲われて転寝してしまった。ニッキの夕飯を済ませた後だったので問題なかったが、もし夕飯が22時を過ぎたらニッキのブーイングに曝されていただろう。時間にして1時間弱の睡眠だったが、気持ち良かった。知らない間に結構疲れていたのだろう。体を労わっていきたい。こういうときに決まって風邪を引くのだ。

2002年4月2日 (火)  目薬

目薬


 ニッキの右目は涙目で、涙や目脂が固まって黒い筋になる。サモエドは目が弱いというようなことを聞いたことがあるので、以前獣医さんに診断してもらったところ、目の機能に異常はないということなので、それからはそんなに心配はしていない。とはいえ、せっかくのホワイトコートが目脂で汚れてしまってはニッキにも悪い。折りをみて獣医さんからいただいた涙の出を良くする目薬を差すようにしている。1年ほど前までは、目薬や耳の洗浄剤を用いてのグルーミングのときは一騒動で、一人がニッキを保定し、もう一人が処置をするという、まるで中世の野蛮な手術のようだったのが(当然保定役=私は毛だらけになる)、近頃は、目薬差しに向こうから協力してくれるようになった。多少いやがることはあっても左手でマズルを押さえ、右手の小指で瞼を吊り上げて狙いを定めて落ち着いて滴下できるようになった(耳の洗浄は依然として中世の手術風景)。たった、これだけのことだが、ニッキが自分のことを信頼してくれているのが嬉しい。目薬をうまく差せたときは、本来こちらが礼をいうのはおかしいのだけど、「ありがとう」という気持ちになる。

 春期講習も明日で終わり。例年に比べ、教室が近いので午前中からの連続授業もそれほど苦ではない。交通機関を使わずに、財布も持たずに仕事に行って帰ることができるというのも優雅なのかもしれない。明後日はニッキをどこに連れていこうか。

2002年4月1日 (月)  変化

変化


 天候も激しく揺さぶられることで冬から春に移り変わっていくのだろう。季節の切り替えの「段差」のようなものを強く感じた1週間だった。春一番も過ぎ去った春の狂いの中に含まれていたのか、あるいはこれから改めて来訪するのかはわからない。

 大銀行の合併、中堅ゼネコンの倒産、新しい横浜市長の誕生等など、一昔前には考えられなかったことが当たり前のように巻き起こっている。一寸先は闇ということなのだろう。たしかに、個人レベルで考えてみれば今までも先のことなど読めなかったが、今後は明日の朝刊の一面をも予想できないような日々が常態になるというという点で、近頃の事態は確かに異常にも感じられる。

 安定が即腐敗を帰結するものでもなかろうが、今までの日本人は変化を恐れすぎたのかもしれない。変化の価値や可能性というものがいかに大きかろうとも、一応の安定に甘んじ、既存の社会・経済体制の中での不祥事にはフタをすることで、曲がりなりにもシステムを維持して今日明日のメシのタネを確保してきたのだと思う。近い将来、今までの基準や価値観が意味を持たないような時代がやってくるのかもしれないと思うと確かに一抹の不安を覚えるけれど、従来気付かなかった新しい拠り所が創造されるという可能性にも賭けることは必要だと思う。また、同時に保守的な固陋弊習も浄化されるのであれば、変化による様々な混乱はより良き時代への春一番なのかもしれない。