2002年8月31日 (土)  ニッキは西へ

ニッキは西へ


 仕事を終えいったん家に戻って旅装を調える。出発前にメールをチェックしようとしてPCを立ち上げようとしたところ、セーフモードでしか立ち上がらなくなってしまい、復旧作業は高知から戻っての作業ということになる。あまりコセコセした気持ちでせっかくの旅立ちのうきうき気分を損ないたくなかったので、これは調子に乗るなというメッセージなのだと積極的に解釈して旅の準備を進めることにした。クッキーさんまで自転車で向かい、昨日注文しておいたカミカミトイを受け取る。少し前までサモ友のAさんが店にいらしたとのこと、惜しい!

 少しでも明るいうちに出たかったが、ニッキの夕食後の休憩時間の確保や荷物の最終点検などに手間取って当初の予定通り、20時ちょうどの出発となった。途中、東名のインターチェンジまで結構混んだものの、高速に入ってからは順調で、0時30分には浜名湖SAに入ることができた。これからここで2時間ほど仮眠を取ってからニッキとともに西に向かう。漆黒の世界をひた走りながら、不思議と昔のことや遠い記憶になってしまった人たちへの思いが頭に浮かんでは消えていった。旅をする、それも一人旅をすることで、目に見えないさまざまなものと対話をすることができるように思う。それが自分自身の内部にあるのか、外の空気に懐かしい魂が同化しているものなのかはわからない。ただ、闇は決して沈黙の世界ではなく、結構饒舌であることに気付くのである。

2002年8月30日 (金)  T君と会う

T君と会う


 小太郎のフードも体に良い物に切り換えようと、クッキーさんに出かけた。今日は日中暑く、ニッキも小太郎も留守番である。お店に着くとすでにわんこを連れた先客があり、時々テレビにも出るというサーフィン犬のジャックラッセルテリア、クッキー「君」だった。お父さんのコマンドをしっかりと聞き分け、「吠えろ」「ゴロン」などの技を見せてくれた。その後、お店の看板息子マイク君の「取って来い」を見ながら、備え付けの愛犬雑誌に目を通す。Wanの石川さんと、愛犬チャンプのいそのさんの記事には必ず目を通すのを例としている。決してケチっているのではなく、買っても良いのだが、広告のどっさり入っている重くて分厚い雑誌は1年経つと結局置き場に困ってくるので、買わぬのも知恵と心得ている。愛犬チャンプの1月号の犬種クイズに74も犬種があってどうしてサモエドが載っていないのかと不満に思っていたところ、クッキーさんが「Tさんですよ!」と告げてくれた。ウィンドの方を見やると、塾での私の教え子のT君とお母さんだ。私は犬遊び用のラフな恰好をしてお店におり、Tさん親子も普段着でのご対面・ご挨拶となった。それもまた新鮮である。Tさん親子はとっても自然体で、母と子の信頼関係がしっかりとできている。こちらには縄文柴のふゆみちゃんという子がおり、例のサモエド特集ドッグワールド8月号に「縄文柴」として特集されている黒井さんの家の流れを組む子だ。出先、それもわんこ関係のほのぼのとした場所では勉強の話もしづらく、また粋とは言えず、T君にはラッキーだったようだ。小太郎の話をしたら、T君のお母さんから素敵な組紐をいただいた。編み方を母に研究してもらい、正月にニッキのお飾りにしようと考えている。帰りに、相模原の銘菓を訪問先のサモ友に味わってもらおうと「ら・ふらんす」という洋菓子屋に立ち寄ってから家に戻った。人と人が支え合っていることを実感できるのがこうした地域社会である。地元での人間関係を大切にしていきたい。

2002年8月29日 (木)  携帯忘れ

携帯忘れ


        う〜ん、いい匂い!

 何かのアンケートで、忘れて1番困る物の第2位に「携帯電話」が挙がったそうだが、駅に向かう途中で携帯を忘れたことに気付き、たしかに1日中落ち着かなかった。電話がかかってくることはほとんどないのだが、PC宛てのメールやBBSへの書き込み通知が転送されてくることもあって、何か温かいコミュニケーションから断絶されてしまった孤独感を得るのであろう。それ以外にもニッキの状況を問い、その返答を受けるツールとしての携帯を忘れてしまうことで、「万が一」の想念が勝手に頭の中で脹らんでしまうのである。そんな人間が後期の難関校講座のガイダンスで「勇気を持て、日常の小さな困難で気力を磨くんだ!」なんて檄を飛ばしている。いやいや、実際、携帯なんてなかった時代をたっぷり経験しているはずの自分が、たかが携帯を忘れたくらいでこんな不安感に苛まれるのは日頃の鍛錬が足りないんだと思う。いつでもつながっていたい。それは悪くない。しかし、一人一人が独立した意思の主体だからこそつながることで楽しさが倍化するのであろう。携帯がややもすると独立たるべき人間を群体のように脆くしてしまうことの危険性を思った。家に帰るとニッキも小太郎も元気に自分を迎えてくれ、携帯には微笑ましいメッセージの転送があるだけだった。

2002年8月28日 (水)  小太郎のワクチン接種

小太郎のワクチン接種


  彼らにしか見えないものがあるのだろうか?

 朝方、ニッキに起こされて屋上に出る。ちょうどよい温かさだったので今日もまたコンクリートの床に転がって一眠りする。なかなか癖になる。その間にニッキは大小を済ませ、コンクリートブロックの上に腹ばいになって体を冷やし、顔に当たる風を楽しんでいた。ニッキが気を使ってくれたからよかったものの、寝る場所には気を付けないと非常にクサイことになっていた。

 昼前に教室に書類を提出しに家を出る。暑さがぶりかえしたように暑い。時間に余裕がなかったこともあって着替えをせずに(着替えるとニッキに勘付かれるという理由もある)小太郎を自転車カゴに入れて動物病院にワクチン接種を受けに行く。ネクタイを締めた人間がネコを籠に入れて、それも炎天下に自転車を漕いでいる姿は違和感があっただろうが、必要は常識を知らず。午前の部終了時刻の15分前に受け付けてもらうことができた。来院していた待合室のパグ君やシーズーちゃんに「フー」と唸り声を上げる。ニッキで犬には慣れたかと思ったが、あくまでニッキに慣れただけだったようだ。獣医さんの手際が良いので、あっという間に注射が終わる。ネコの場合は、恐怖心を煽るのであまりしっかり保定してはいけないのだそうだ。フードと注文の名前入りトイを受け取りに立ち寄ったクッキーさんでも看板犬のマイク君に吠えられてしまう。

 家に帰ってひと仕事してから18時よりニッキのトレーニング。今日は街中での脚側行進の後、コイの復習を行う。ただ闇雲に声をかけるのではなく、ニッキがこちらを注視したタイミングでコマンドを入れるようにと言われる。「目に力を入れて」というアドバイスは授業で子どもたちに目で訴えかける仕事をしている自分にも良くわかるのだが、ニッキ相手のトレーニングではどうしても眼を飛ばしているような感じになり、また無意味な振り付けが加わってしまう。犬の心を掴むのはまさに気脈を通じ、以心伝心の境地に達することなのだと思う。そのためには泥臭くも地道な反復訓練がどうしても必要になるのだろう。最後にダレて言うことを聞かなくなったニッキをトレーナーさんが叱咤し、良い終わり方をすることができた。流石だと思うのは、叱られてもニッキがトレーナーさんを大好きなこと。ニッキは明らかに言葉もわかり、人の気持ちもわかるのだ。

2002年8月27日 (火)  明日は寝坊をしよう

明日は寝坊をしよう


 秋には大きなケージを見繕って差し上げよう

 やっと夏期講習が終わった。一山越えたと思ったら早くもはU期の業務依頼やテキスト等が送られてきた。またちょっと落ち着いて周囲を見回してみると手付かずの添削や壊れ物の修理・部品調達といった雑務がわんさと湧いてくる。少々気が重くなるが、気になることが1度に押し寄せず、ある程度分割・分類されて、しかもなすべき仕事に優先順位が自動的に振り分けられて必要な注意を払わせるようにする人間の情報処理能力というのは素晴らしいと思う。

 帰って来てメールをチェックしていると、嬉しい便りがあった。命の素晴らしさと不思議さ、そして人間の優しさで彩られたメッセージであった。その少し前にニッキと小太郎を遊ばせて、屋上の手摺に飛び乗った小太郎の尻尾をつかんで引き摺り下ろすという小さな事件があったが、その時の動悸がそのままの強さと早さで、しかし全く正反対の心情に支配されて響いていた。

2002年8月26日 (月)  あと1日

あと1日


      ネコの手も借りたい忙しさ

 明日で長かった夏期講習も終わる。また来年もあるんでしょ!と言われればたしかにそうなんだろうけど、一応の区切りとして自分自身に「終わった〜」と宣言するのだ。ただ、現6年生にとってはうちの塾での夏期講習は本当に最後となる。明日の最終コマ。「ふぅ…、終わったァ!」という子どもたちの表情の中に大きな峠を乗り越えた逞しさが弾けるはずである。

2002年8月25日 (日)  もう1日が終わってしまった

 今日は6年生朝からスタートの日。教室が近いので、始業時刻ギリギリに事務所に飛び込み、1コマ目の授業に臨む。自分の授業の生徒のウケは決して悪くはないのだが、子どもの表情が曇っている。普段は午後から始まる時間帯を1週間に1度だけ朝から始めるという変則の時間割なので寝起きの不機嫌さを漂わせているように思える。こんなときの処方には2通りある。1つは、「問答無用」で初っ端から頭を急速回転させて、問題に当たらせることでビシッと目を覚ます方法。もう1つは、最初の数十分は「捨てる」つもりで子どもの冗談や雑談で自主的に場を保たせながら「乗り」を作ってそれを読解や解答作業に徐々に切り換えていくというものだ。授業担当者によって、どちらか一方に偏るということもあるが、学年、時期、講義内容の軽重等を斟酌しながら大概の先生はこの2つをうまく使い分ける。ただ、教える側もロボットではなく、生徒同様生身の人間である。昨日の朝から夜までの連続講義で疲労が蓄積し、予習と添削を終えて(ついでにネットも…)の次の朝からの授業となると、先に述べた2つ目の方法しか採れないのである。おそらく生徒もその辺りの事情は十分わかっていて、間の取り方といったものを学んでいくのだろう。知らず知らずのうちにいろいろなことを学び合っているからこそ塾を楽しいと思ってくれるのだと思う。


もう1日が終わってしまった

2002年8月24日 (土)  何も書けない日

 書こうとすれば何か書けるのかもしれない。だけど、文字を連ねてみても思いを紡ぎ出すことのできない日というのもある。何も書けないような日は何も書くべきではないのだと思う。仕事から帰って生徒の預かりノートを添削するために過去の入試問題にあたっていたら次のような詩に出会った。現時の心情を代弁するようなものではないのだが、泣けてしょうがなかった。過ぎ去った時の懐古ではなく、まさに今この時を大切に温めなくてはならないと思った。

   日々         高田敏子

 小鳥がいて
 黒猫の親子がいて
 庭には犬がいて
 夕方の買いものは
 小鳥のための青菜と
 猫のための小鯵と
 犬のための肉と
 それに
 カレーライスを三杯もおかわりする
 息子もいた
 あのころの買物袋の重かったこと!

 いまは籠も持たずに表通りに出て
 パン一斤を求めて帰って来たりする

 みんな時の向こうに流れ去ったのだ
 パン一斤の軽さをかかえて
 夕日の赤さに見とれている

2002年8月23日 (金)  訃報

訃報


    カムイ祖父さん安らかに

 ニッキの祖父、カムイが亡くなった。気品と威厳に満ち、それでいて愛らしさの漂う素晴らしいサモエドだ。写真でしか見たことはないが、ショーチャレンジとは無縁の家庭犬としてのんびり暮らしているニッキにも彼の血が流れているのかと思うと急にカムイが身近に感じられた。そしてニッキの笑顔や身のこなしに、カムイを含む数多くの先祖の存在が映し出されていることを思った。そういう意味を含め、彼の逝去の報に接するのはつらい。そんな思いでいたところにもう一つ悲し過ぎる訃報に接した。二つの清らかな魂が安らかでありますように。

2002年8月22日 (木)  抜け毛治まる

抜け毛治まる


 屋上に出す度にニッキのブラッシングを行った。数日前までは房のようになった毛の束がスコスコ面白いように毟れたのに、昨日あたりから無理に引っ張るとニッキから甘噛みのクレームが付くようになった。電動吸毛ブラシを連続運転してブラシに引っ付いた毛をコンビニ袋のなかにしまっていく。お腹や尻の周りの黄色っぽい毛は外のごみ箱に捨てる。夜の最終作業によって毛の房ではなく一筋一筋の毛がパラパラと落ちる程度になった。ニッキの出身犬舎のオーナーH氏によれば、3年目で大人の毛が生え揃うとのこと。年々毛のボリュームが増えて風格が出てきたが、次に冬毛が生え揃う頃にはどんな立派なニッキになっているのだろう。注連縄を締めて「ニッキ号」と紺地に金色の刺繍飾りでも作っておこうか。


  月が出ても遠吠えしてくれるわけではない

2002年8月21日 (水)  小太郎異聞

小太郎異聞


 比較的涼しい午前中のニッキの散歩から一度家に戻り、次いで小太郎の去勢手術の時期的な可否を尋ねに動物病院に出向く。休みの谷なので一切合財を済ませておかないと後手後手に回ってしまうので忙しい。先生に手術時期の相談をしてから家に帰り、屋上でニッキの整理運動をさせている時にリビングから聞き慣れない来客の声が聞こえた。

 後ほど母から「さっきの話聞こえたでしょ?」と切り出され、「いや聞こえなかった」というと要点を説明してくれた。母の話によれば、小太郎というか近所の各種消息に詳しい、近くで営業する飲み屋のおかみさんが訪ねて来て、小太郎の元の飼い主である独り暮しの男性がつい先日肝硬変で血を吐いて亡くなったこと、その男性は非常に小太郎をかわいがっていたといった内容のものだった。一緒にお風呂に入り、一緒にお酒も飲むほどの仲良しだったというのを聞いて少し明るい気持ちになった。男性は小太郎が行方不明になって非常に心配だったそうだが、我が家で小太郎を保護していることを知り合いから聞くと安心したという。ただ、どのような経緯で小太郎が行方不明になり、我が家の前の電柱に括りつけられていたのかは謎が多い。隣のスナックの2階に小太郎の同腹の姉妹が引き取られているというのも、なんとはなしに人為を感じる。母が連絡先に電話を入れた時に、先方がいかなる状態にあったのか。本人だったのかあるいは男性の死後だれか縁者が電話口にでたのだろうか。それも判然としない。が、今となってはそんなことはどうでもいい。少なくとも元の飼い主が十分に小太郎を愛していたのであって、彼の死が、猫の祟りのようなものではないということがわかれば十分だ。因みに小太郎はこの4月生まれのチンチラとアメショーのMIXだとのこと。元の飼い主さん、大切に育てるので小太郎のことを今度こそしっかりと見守っていて欲しい。

2002年8月20日 (火)  これで秋、かな?

これで秋、かな?


 強い紫外線が目に良くないだろうと思って、排泄と食事を終えたニッキを30分程度遊ばせてから室内に収容したが、放っておけばいつまでも独り遊びを続けるのではないかと思われるほどの朝の爽快さだった。何を見ているのかとこっそり覗くと、道路を行き交う車や人、そして山並みを興味深そうに眺めている。昼間はかなり気温が上がったけれど風が湿気を孕んでおらず、空気にも澄明感があった。台風13号がねっとりとした異常な熱気を追い散らし、秋を呼んで来てくれたように思う。休み時間に夕方の風に当たるとひんやりとして心地良かった。子ども達も外階段の踊り場に出て気持ち良さそうに涼を取っていた。エアコンの冷気の不自然さは彼らも十分に気付いている。天の高さ、雲の動き、風のそよぎ、そういったものを五官でしっかりと認識しておきたくなるような秋の1日だった。

2002年8月19日 (月)  見送りと出迎え二態

見送りと出迎え二態


 ネコというものはもっと冷淡だと思っていたのだが、小太郎は挨拶を結構律儀にやってくれる。途中で遊びを中断してサササーと素早く一直線に石庭の端まで走り出て見送ってくれる。出迎えも三つ指突いてというような大仰なものではないにしても寝そべりながら「帰って来て嬉しいよぉ!」という気持ちを「ウルナーオ」という声と態度で示してくれる。相変わらず突然ケンカ遊びモードに切り替わって飼い主を戸惑わせることはあるものの、家ネコらしさを身に付けてきた。

 この点ニッキはどちらかというと小太郎の逆で、見送りは静かに、出迎えは大歓迎をしてくれる。自分の都合と心情を知り尽くした心のツボに嵌まる挨拶である。仕事に出る時は自分からも「じゃあ行って来るからね」とはっきりと挨拶をするようにしている。ケージの中で静かに臥せてこちらを見守っているような表情がやり切れずもう一度指を舐めてもらう。夏の仕事の都合もあるが近頃の高温と天候不順でなかなか思いっ切り遊んでやることができない。ニッキとしてはそんなつもりはないのだろうが、彼に対する後ろめたさは少しずつ大きくなってきている。でも、ニッキよ心配しないで欲しい。君の挨拶を受ける度に少しずつ心の貯金通帳の額は大きくなり、たっぷりと利息を付けて払い戻しすることになるのだから。

2002年8月18日 (日)  中空きの幸福感

中空きの幸福感


 8時20分から11時10分までひと仕事した後、3コマ目と4コマ目が空き(中空き手当てがでるのである!)だったので一度家に帰った。途中、ダイソーで小太郎のリードと里帰り準備として県別道路地図を求めた。家に帰ってから商品を実際に手に取って見たところリードも地図も内容に不満はない。地図などは防水加工がしてある美しい多色刷りで眺めているだけでウキウキしてくる。

 デフレの象徴のように言われている安売りショップだが、現代日本の潜在需要を明確にキャッチし先取りしたという面で優れた商文化としてもっと評価しても良いのではないだろうか。キャッシャーと商品仕入と整理の要員だけで広大なフロアを管理し、かつ余分な人件費をかけないこと、商品の陳列を明快にし、無意識のうちに顧客に宣伝や商品説明のコストを転嫁している点などは「技あり」といえないだろうか。「万引損」の価格帯もポイントかもしれない。売り上げは相当に上るだろうが、「100円ショップ」は強盗の犯罪計画と結び付きにくいことばのイメージを持っている…。

 問題をデフレスパイラルに置き換えて危機感を煽っているのがどうも十分な企業努力を怠っていた既存の殿様企業なのではないのかとつい勘繰ってしまう。「日本経済」などという大雑把な捉え方ではなく、農作物や家庭雑貨など市場を木目細かに分析して、価格破壊が健全に機能すべき分野を検討して欲しい。100円ショップに押されっぱなしの文具・雑貨メーカーも安易にキャラクター商品に走ることなく、100円ショップでは手に入らない付加価値とは何なのかを模索し実現すべきだろう。「中級品」文化が花開けば経済活性のカンフル剤になるはずだ。

 昼過ぎからの授業前のひととき、朝からの雨のため犬臭さの篭る部屋で預かりノートを添削しながら俄か評論家になってみた。

2002年8月17日 (土)  体力勝負

体力勝負


          たれています

 今日の授業は右も左もわからない3年生から。しかも午前からのスタートだったので消耗した。低学年相手の授業はパフォーマンスも必要なので体力勝負である。少々張りきり過ぎたためか午後の6年生相手の授業に入ることから左の耳が遠く感じられ眩暈がした。体力をセーブしつつ後半のコマをなんとか乗り切り、7コマ目になって漸く左耳が開通した。ホッとした。無理はイケナイ。

2002年8月16日 (金)  徐々に本調子

徐々に本調子


 わざわざタイトルを付けるほどのこともないのだが、休み明けの仕事初日はまずまずの体調で無事終えることができた。生徒にとっても休み明けなのでこちらが無意味に張り切ってみても生徒の方が千切れてしまうだけだから「ゆっくりとていねいに」を今日の目標とした。一本調子になっていると発見できないことがちょっとペースを変えてみることで見つかるということはままあることだが、教えるペースをほんの少しスローダウンするだけでも、普段とは違う生徒の反応が看て取れる。ピッチを上げながらしかも正確な題意把握と解答作業ができれば言うことがないのだが、スピードを気にすると得てして作業が雑になるものである。普段「できているはず」の作業過程をコマ送りのように再確認してみるとずいぶんとアヤシイ手順なり知識不足なりが浮き彫りになる。たまにスピードを落としてみる、喩えは悪いがドブ川のドブ浚いのような作業をすることで流れがスムーズになることもあるようである。こと勉強に限らず、気分が乗らない時、疲れている時には後戻りしたり、スローモーションで作業したりということが思わぬ成果を生むようにも思う。朝方やや夏風邪気味で心身ともに重苦しかったが、昼過ぎに訪れた激しい雷雨が澱んだ精神に喝を入れてくれるようで清々しかった。

2002年8月15日 (木)  明日からまたお仕事

 かくして短い夏休みも終わり、明日からは夏期講習の後半戦に復帰する。この休みの成果はニッキと小太郎がお互いを認識してくれたことだろう。日記で「特集」を組まなくとも仲の良いのがあたりまえの関係になる日はそう遠くはないと思う。今日はサモエドが表紙の愛犬雑誌を買いに3軒の本屋をはしごした。そのついでに小太郎の正式な首輪を買ってやった。「小太郎君、今後どうするんですか?」という質問もなくなるほど我が家に馴染んできてしまった。


明日からまたお仕事

2002年8月14日 (水)  犬猫交流

犬猫交流


 1日に1度から2度、ニッキと小太郎の顔合わせをすることにより、2頭の心の距離もだいぶ縮まってきたかのように思う。初顔合わせで小太郎の見せた「フーッ」の威嚇、小太郎の夜泣きの度にニッキが低い声で脅しつける「ウォォォ」もなくなり、また、面会のたび、執拗に小太郎の臭いを嗅ぎまわるといった警戒期も乗り越え、今では双方が無関心でいられる状態にまで辿り着いた。タライの水を一緒に飲んだり、小太郎の鼻面をニッキが舐めてやっているような光景も見られるので、もしかすると小太郎もニッキに懐いてくれるかもしれない。もっとも、小太郎が走ればニッキも何事かと思って後を追うが(小太郎の上を飛び越えて先回りをする敏捷なところもある!)、小太郎の前でも「スワレ」「フセ」「マテ」のコマンドはしっかりキャッチしてくれる。オモチャを投げると小太郎が近くにいても真っ直ぐに目標に向かって颯爽と駆けて行く。

 ネコと相性の良くないサモエドが多いので、ニッキも小太郎と打ち解けるのは難しいかなと思った。ただ、もともとニッキはネコにほとんど関心を示さず、ネコに酷い目に遭わされたこともないので、性格的な面ではうまく行くかもという期待は多少はあったのだが、実際は性格だけではないのかもしれない。もしニッキになんのトレーニングも施していなければ、小太郎を追い掛け回し、無用のストレスを与えることになったかもしれない。そして追い詰められた小太郎にニッキが深い傷を負わされる(当然ニッキは小太郎を噛み殺そうとするだろう)といったこともありえたかもしれないのだ。こう考えるとニッキとの日頃のトレーニングの副産物ともいえる成果なのかもしれない。ネットや実習でいろいろな知恵や技術を授けてもらい、優しく他人(ネコ)思いの犬に育つことができたのもここを訪れてくださる多くの方々のお蔭だと思う。そして、今は慣れないネコの情報やアドバイスをしてくださる方々からも各様のアドバイスを頂戴している。実にありがたいことだ。今後小太郎にはニッキの遊び相手となってもらうだけでなく、ニッキのトレーニング中、彼の気を引く(じゃまをする)役回りも演じてもらうことになりそうだ。そのうち自分が嫉妬するほどの種を超えた友情を育んでもらいたい。

2002年8月13日 (火)  外ネコ侵入

外ネコ侵入


    緊急事態発生…でもネコは怖いや

 昼間、1階の廊下にワックスをかける。もし宅急便が届いたとしても出られなくなってしまうような塗り方になってしまったのだが、幸い訪問者はなく、無事に本年中のワックス処理計画は完了した。その後小太郎の居場所である石庭を水洗いする。煮干の頭や虫の欠片などが洗い流される。ネコ用トイレのダンボールがコンクリートの床に貼り付いてしまったので、剥がした後の処理が結構面倒だった。ネコグッズの整理も行い、清らかになった石庭に小太郎を出すと、なかなか絵になる光景だった。今日は風もあり涼しいので小太郎にはそのまま石庭で過ごしてもらうこととに決めた。シャワーが続いたので久々に浴槽に湯を張り、昼風呂を楽しむ。青空がとても爽快。ニッキが風呂好きだったら一緒に浸かりたい。

 夕方、かねてからの念願通り、フローリングの床に転がってニッキと夕寝をした。あまり近付かれるのはいやなのか目が覚めると微妙に遠ざかっている。床に寝てみるとやはり体の関節が当たり、ニッキのようにクッションをまとっていても肘には相当な圧力がかかることがわかる。もっと大きな犬だったら肘のタコはもっと深刻だろうなと思う。

 夜になって預かり仕事を片付けている最中1階から「フギャー」という小太郎(だと思う)の声がした。近くをテリトリーとしている鳶色のネコと小太郎とで小競り合いになったのだろう。外ネコから保護してばかりでは小太郎のためにもならないだろうが、今日のところは家に入れることにする。干したタラが残り少なくなってきたので、ニッキと小太郎に1尾ずつやる。同じ物を食べているという親近感が湧いてくれればと願う。

2002年8月12日 (月)  気になること

気になること


 小太郎の尻尾を触ったら、急に悲痛な声を上げた。普通は長いはずの尻尾がなぜ短いのだろうと思って尻尾の先を触ったら、骨が鉤爪のように曲がっている。もともと尾の短いタイプなのかもしれないが、もしかすると面白半分に尻尾を切られてしまったのではないのだろうか。その時の痛みを思い出して鳴き声を上げたのだとしたらいたたまれない。

 今日は久しぶりの曇り空となり、屋上でニッキに朝食を与えている間にも涼しい風が吹いていた。暑くなる前にということで外に出る。あまりそれらしい恰好をすると勘付かれてしまうので、短パンに財布と家の鍵を忍ばせてほとんど起きたままの服装で家を出る。タイル敷きの歩道を軽快に駆け、まずは掛かりつけの獣医さんへ。金曜日から気になっていた前肢の肘のタコを診てもらう。冷たい寝場所を探して臥せたままの姿勢になることの多い大型犬には夏によくあることで問題なしとのこと。ホッとする。横山公園をのんびりと一周してからいつものようにクッキーに立ち寄ってから帰る。涼しい割には外で散歩中の犬は2頭しか見かけなかった。人間にとって多少涼しく感じるだけで犬には厳しい暑さである事に変わりないのかもしれない。

 家に着くとニッキはプールに飛び込み、思う存分に水浴びをする。びしょびしょになった手足を拭くのにも夏はラクである。1本目の雑巾で水を吸っておけば自由に遊んでいる間に粗方乾いてしまう。プールを開放したままでニッキを遊ばせ、小太郎と遊ぶ。じゃれているうちに小太郎が噛んできたので「イケナイ」とマズルを締めようとしたが、マズルがない! ネコの「イケナイ」はどうやって教えるのだろうか。ニッキが作業中など自分の虚を衝いて乗っかってきたときは仰向けにして押さえ込み、「参ったか!」をやるのだが(すぐにマイッタマイッタの表情をする)、ネコにやったら却って抵抗されて親指と人差し指の股をスパッとやられ流血してしまった。ネコの関節は実に自在だ。犬との違いを今日も実感した。

2002年8月11日 (日)  顔合わせ

顔合わせ


           やるかぁ!

 連日の仕事疲れと昨日の夜は3時過ぎまで夜更かししていたこともあって、今日は11時までグッスリ眠った。ニッキの朝の排泄は弟が済ませてくれたが、昼食の時間は大幅に遅れてしまい、ちょっと寝過ぎてしまったと反省した。

 未だに抜け続ける白い綿毛の始末をし、小太郎を涼しい自室のバリケンに放り込む。時間に余裕もあることだし、ニッキと小太郎の生身での顔合わせをさせてみることにした。これでもう10回近く面会をしており、またニッキのケージと小太郎のバリケンは斜向かいの位置にあるのでお互いをよく見知ってはいる。ただ、両者に「保護者」が付かずに自由に接してもらうのは今日が初めて。ネコ飼いのベテランの方の忠告に従い、すでに小太郎は爪の先を切ってヤスリを掛けられているので、ニッキの目にダメージを与えるような攻撃はできないだろう。問題は興奮したニッキが力に任せて小太郎に致命傷を与えることだったが、そんな心配は空打ちに終わった。好奇心が強いと言われるネコ以上にニッキがネコの臭い嗅ぎに真剣になり、前回会わせた時よりはずっとジェントルになった。またネコもおとなしく、嗅がれ方を心得たかのようである。このまま問題なく行きそうだったので今日はカメラを携え、数ショットを収めることができた。

 しかし、無事にニッキのボディチェックが終わり、しばらくの間平和な時間が過ぎ、再度の簡単なボディチェックからニッキが離れようとした瞬間、小太郎が、離れていくニッキの後肢(腿の辺り)にネコパンチをお見舞いした。これにはニッキが驚き、何すんだよ!と向き直ってしまったのだ。(写真参照)惜しいとこだったのに…。少し時間を取って、屋上で和解を試み、いい雰囲気になったところでネコを収容し、それからニッキと遊んで一緒に部屋に帰った。万事根気が大切だ。

2002年8月10日 (土)  開放感

開放感


 塾の仕事も料理屋の仕事も明日から5日ほどの盆休み。休みと言っても忙しくてできなかった雑務の処理と清掃・整理にほとんどの日数を充てることになると思う。

 そうではあっても、一応仕事に一区切りが付いてことによる開放感は何物にも代え難い。人間が働く理由のうちの一つはこの開放感を味わうためなのではないかとも思う。出がらしのようになった感のある卓の上のアイスコーヒーでも仕事の後に飲む一杯は格別だ。が、開放感を味わうための道具立てがアイスコーヒーというだけでは寂しい。一度家に引き返してニッキと小太郎の排泄を済ませてからひと遊びし、外出許可を貰って横浜のベトナム料理屋に向かう。土曜とあって満席だったが、友人が先に行って席を確保しておいてくれたのですぐにビールを喉に流し込むことができた。あまり遅くなって疲れが残ると手付かずの休日が無駄になるので22時過ぎには店を出る。同僚と帰りに町田辺りでラーメンでも啜ろうかと思ったが、夏休みでガラガラの涼しい車内の椅子に腰掛けて落ち着いてくると皆次第に無口になってきた。知らず知らずのうちに疲労が蓄積してきているのだろう。体に逆らわず大人しく帰ることに決めた。明日はニッキのために早起きしたい。

2002年8月9日 (金)  労働は疲れの特効薬

労働は疲れの特効薬


 朝から6コマ連続で立ちっぱなしで喋りつづけるので体力は使うのだが、授業の最中は気分も乗っているし、生徒とのやり取りは大人と子どもという関係を超えて結構楽しいので、疲れはそれほど感じない。むしろ休み時間とか家に帰って何もすることのないときの方が、気分の張りを失うためか何かやってみようという意欲が萎えてしまう。適度に忙しい状態の方が、創造的なアイディアや楽しい計画が思い浮かぶし疲れも発散されるようにも思う。

 家に帰って、ちょっと落ち着いてからいろいろな作業に取りかかれればよいのだが、朝から家人が出払っている今日のような日は、帰るなりワンワンニャーニャーと賑やかな出迎えを受ける。少しの間でもベッドの上に自分の体を放り出したいが、自分がいない間一生懸命留守番していてくれた連中なので、ここはやっぱり最大限の敬意を払わねばなるまい。着替えの間も賑やかなコーラスが続いているが、「はいはい、わかった。今すぐ今すぐ」などと宥めながらシャツを洗濯機に放り込み短パンに穿き替える。ニッキを屋上で自由にし、ネコトイレの中身を片付けた袋を小太郎が破ってぶちまけたネコ砂の山を新しいコンビニ袋に詰め直し、床に水を流してから小太郎を移す。暑さで臭いがキツイ。犬の排泄物とはちょっと違う系統の臭いだ。小太郎は石庭に繋いだあとも遊べ遊べとしつこい。未だにネコ族の要求はさっぱりわからない。続いてニッキのところに引き返してプールの水を替え、デッキブラシでアオコをこそぎ取る。もう少し彼らに自由が利けば立派なリゾートホテルである。いやリゾートホテルでもホテルマンは一緒に遊んでくれないだろう。こうして一通りの作業が終わってやっと人心地着くことができる。

 ニッキをケージに収容してから盆休み前の食糧備蓄のため、クッキーまで単独で出かける。たまにはニッキ抜きの自転車も気楽で良いものだ。

2002年8月8日 (木)  快晴

快晴


       誰も取らないってば

 山がクッキリと見える。暦の通り早くも秋の訪れかとも思うような清々しさだったが、雑務を処理してニッキと屋上に出た10時頃にはすでに容赦なく夏の暑さが照り付けてきた。ニッキの壁に引っ掻けたおしっこが忽ち蒸発して黄色から茶色の染みに変わっていく。痕が残らないうちにニッキの水飲みタライの水で流してからホースリールで冷たい水をタライに補給する。冷えすぎた水も胃捻転の危険があるそうだが、抜け毛の浮いた温い水から、適度な冷たさをもった新しい水に代えてやると美味しそうに飲み始める。裸足になってコンクリートの床の熱さを確かめる。まだ肉球火傷になる程度の熱さではない。しばらくニッキを自由にさせてからケージに収容。ソフトビニールのトイを欲張って咥えようとしててこずっている姿がおかしい。


         見かけは秋空

 ニッキはこの暑さでも散歩に行きたいらしいがそれは無理というもの。明日と明後日は朝早で夕方までの集中講義となるが、それが終われば1週間たらずであるが休みになる。遠出は無理だと思うが、早いうちに中津川か道志川あたりまで連れて行って水浴びをさせてやりたい。それが終わったら床に転がって一緒に昼寝三昧と洒落こみたい。

2002年8月7日 (水)  仕事の合間に

仕事の合間に


 今日はいつもより早く授業が上がったので、家で、生徒から預かっている過去問の添削をすることにした。まだまだ実際の入試問題には慣れていない連中なので、子どもが書いた答え以上にコメントを書かねばならない。それも、大人のことばで伝わらないところは噛み砕いて解説しなければならないので結構時間がかかる。作業自体は嫌いではないし、書き込みをしっかりと読んでくれる生徒たちなのでありがたいのだが、数冊を仕上げる頃になると、昼寝をしていたニッキが床を引っ掻きネコの小太郎は切ない声を上げ始める。そうなるともう仕事は「やむを得ない事由」に寄り中断することになる。

 ニッキを屋上に出して自由排尿と運動をさせている間に、ネコをあやし、換毛期の大量の抜け毛とニッキの削ったケージ床の木屑をクリーナーで吸い取る。ネコは掃除機に怯えることも敵視することもなく、自由にさせていると適度な距離を保って落ち着いている。結構利発な子なのかもしれない。屋上のニッキが「もう入れろ」とアルミのドアをドンドン叩いて催促をするのを聞きながらネコとの会話を試み、5分くらいしてから迎えに行く。小太郎との面会はいつもケージ越しなので、今日は思い切って生身で触れ合わせてみることにした。面会チャンスを何度も設けてきた成果もあって、小太郎はニッキの巨大な鼻面で匂いを嗅がれても「フー」と興奮することもなくなり、ソフトなネコパンチを繰り出す程度に止まっていた。押さえていたニッキのカラーから手を離し、「これはなかなかいいぞ」と仕事場にカメラを取りに行こうとした瞬間、激しい動きの気配を感じた。部屋を出るのを止めて引き返すと、ニッキが、鼻面でネコの体を突き転がしていた。ネコの動きに釣られてやや興奮したのかもしれないが、ネコにとってはたまらないだろう。昨日の朝、小太郎が食事を吐いたこともあり、ストレスが高じて何か起こっては大変なので今日の面会はそこで中止とした。夜、小太郎も一緒に寝られるようになるのはいつになるだろう。

2002年8月6日 (火)  石川さんを囲む会

石川さんを囲む会


 サモエド共和国にもよく遊びに来てくださるキャットさんのお骨折りで、ウブ様ことムツゴロウ王国の石川さんとお食事を共にする機会を得た。仕事が上がってからいったん家に戻り、ニッキと小太郎の排泄を済ませ、空調を確認してから(現在28℃に設定することが多い)家を出る。嬉々としてオフ会等のイベントに参加する時には肝心なことを1つか2つ忘れてしまうことが多い。それが惨事につながるようなことがあってはならない。空調、戸締り、火元、飲み水などをワンステップずつチェックする。

 家を出るのが予定より少々遅れ、現地で店を探すのに少々手間取ったこともあって会場到着が30分ほど遅れる。遅参のお詫びと自己紹介を兼ねて挨拶をさせていただき、キャットさんの用意してくださった席決めの籤を引くとなんと石川さんの隣の席! チャットでは実際の隣人よりも親しくなった方々のお顔と名簿を見比べながら自己紹介を進めていくうちに不思議とハンドルネームがしっくり馴染むように感じられた。最初に得た違和感が自己紹介の終わる頃、はてどのような違和感だったのかと思い出せなくなってしまったのだ。美味しい料理を楽しみながら泡の出る麦茶を飲み、王国のこと、犬のことなどいくら話しても時間が足りないような楽しい話題が方々で花を咲かせる。王国の運営、講演などに追われる石川さんが参加者1人1人の家族である動物のことに細かい心遣いをなされているのには舌を巻くばかり。気さくでありながら生命を軽視する態度には容赦はない。物腰は柔らかいが、生半可な態度では命は養えないなという思いを新たにさせる不思議な説得力がある。その源は何だろうと考えるとやはり平衡の保たれた正義と愛というしかなかろう。そしてそれを体現するところに常人以上に重きを置いている。

 今日は心地良い時間と共に、何か自分自身に欠けている資質を分けていただいたような気がする。それはきっと夢のようなものであり、勇気と呼べるようなものなのだと思う。

 石川さん、キャットさん本日はどうもありがとうございました。

2002年8月5日 (月)  小太郎のこと

小太郎のこと


 小太郎はついにうちの子になった。昨日、漸くのことで連絡の付いた「元」飼い主に母が小太郎を預かっている旨を伝えた所、途中で電話を切られてしまったらしい。その後何度かけても電話口には出ないとのこと。失礼な態度もさることながら一度身近くに置いた生命軽視の心根が浅ましく卑しい。

 小太郎を捨てた本人は、厄介払いもでき、お人よしが面倒を見てくれて、もっけの幸い、うまい具合にことが運んだと思ってほくそえんでいるのかもしれないが、天網恢恢疎にして洩らさず。小太郎は餓死することもなく、轢き殺されることもなく一応の安寧を得たものの、それは遺棄した者の計らいでも何でもない。自分たちが責め立てるようなことをせずとも、飼いネコを捨てた事実は不可思議な人生の陰影となっていずれ遺棄者の上に降りかかることと思う。

 保護した当日は食事もロクに取らなかった小太郎が、今では甘えた声を出し、朝と夕の食事をねだる。先住のニッキに、確認のため小太郎の体を押さえて匂いを嗅がせるというような新しい飼い主の横暴にも悲しそうな声を出しつつも耐えてくれている。ネコとの遊びにはついムキになり、羽交い締めして擽ってしまったり、ネコ踊りの振り付けをさせてしまったりと小太郎からすればあまり住みやすいところではないかもしれない。ただ、無責任に命の危険に晒すようなことは考えられない。

 今後、小太郎を自分たちより愛してくれる里親さんがいればその人に小太郎の幸せを託そうとも考えている。我が家に置くことに大きな障害があるわけではないのだが、近所に住む「元」飼い主が我が家の近くを素知らぬ顔をして通りすぎ、小太郎の平穏を眺めることがどうも許せない気持ちがある。小太郎の姿が我が家から消えたときにどのように思うのだろうか。少しでも良心が痛むのであれば人間もまだまだ捨てたものではないと思うのだが。

2002年8月4日 (日)  HP巡り

HP巡り


 9月に押しかける予定のサモ友WさんのHPが楽しくて入り浸ってしまっている。書き込みに異常な比重を占めないように配慮しながらいろんなコーナーを回っていると、まだ実際には1度もお会いしたことのないWさんのことがわかってくるように面白い。サモ友のHPは「お気に入り」に多数登録してあるのだが、1度書き込みをするとレスを読みに訪れるという楽しい連鎖があるので、どうしても偏りが出てきてしまう。

 ご無沙汰をしてしまったり、なかなか繋がらないサイトだったりするとダンマリで閲覧だけになってしまうことも多いのだが、拝見して楽しませていただいているご挨拶(足跡残し)はしておかないと自分自身寂しく落ち着かない。このところ書き込みご無沙汰のMさん(サモ共の名付け親)のサイトを訪れるとどうしてもあることを催促してしまうことになるのでもう少しガマン。季節により、管理者の方のご都合により、またそのときの気分により、サイトツァーにある程度のマイ流行が決まってしまうのはやむを得ないことだと思っている。それでもサモエド界のニュースというのはどこからともなく伝わってくるのが不思議である。

2002年8月3日 (土)  血液検査

血液検査


 9月の高知行きのためにニッキの健康診断に行ってきた。今回は血液検査をお願いしたのだが、数値は以下の通り。

Ca-PS=10.4mg/dl
Bun-PS=19.6mg/dl
CRE-PS=1.5mg/dl
GLU-PS=103mg/dl
GOT-PS=21U/l
GPT-PS=37U/l

 素人である私にはチンプンカンプンの数値だが、下の2項目は自分の検査でも見たことがある。酒飲みは真っ先に気にする数字だと思う。で、この数値を元にお医者さんの説明を受けたところ、やや脱水症状気味でカルシウムの数値が若干高いが、気にするほどではないとのこと。留守番の際、移動の際にはとくに水分補給に気を付けなければと思う。フィラリア予防薬と目薬をいただいて熱くなってきた路面をできるだけ避け、日蔭を選んで帰途につく。動物病院までの歩道はアスファルトではなく1km以上タイル舗装なので安心だ。採血後からばい菌が入るといけないので今日はプールは中止。

 このところの暑さに慣れてしまったせいか今日くらいの暑さならば当たり前のように感じられる。それにしても毎年観測史上最高をマークしているが、10年後は45℃くらいまで行くようなことはないのだろうか。あまり記録更新に躍起になって貰いたくない。日中は小太郎を室内に入れ、ニッキの使っていたバリケンに収容。バリケンが大広間のように見える。

2002年8月2日 (金)  生傷

生傷


 講習中は1日の半分近くを仕事場で過ごすため、陳腐なタイトルが続く。久しぶりに遭遇した「夕立」とする手もあったのだが、あまりにも芸がないので、少しでも個人の日記として相応しいものをひねり出した。

 迷いネコの小太郎を保護して2週間が経過しようとする。飼い主とされる人の携帯は契約が切れたのかつながらない状態のままである。我が家の近くの呑み屋によく連れて来ていたということなので、貼り紙に気付いてくれるのではないかと思うのだが…。即断はできないが、小太郎の首輪が工事用のケーブル結束帯で間に合わされているところからすると「良い人に見つかればそのままで…」との思いもあったのではないかと勘ぐってしまうのは心が疲れている証拠だろうか。

 それにしてもネコと犬の遊びは随分と異なる。とにかく動きが激しい。さっきまでゴロゴロ甘えていたかと思えば、今度は腕に抱きつくようにして前肢と後肢、そして口を使って総攻撃をしかけてくる。単なる遊びなのか、多少の敵意や恐怖が入り混じっているのかわからないが、こちらも相手がのんびりした犬の場合に比べてムキになってしまう。激しく飛びかかって噛もうとする小太郎を地面に押さえ付けて抵抗できないようにしてやろうと子どもっぽい気持ちになってしまうのである。両腕には生傷が絶えない。

 子犬だったら、腕や指をダランと垂らして噛ませっぱなしにしてしまうだろうが、子ネコの小太郎にはそういう気持ちにならない。愛しいのだが、ちょっと滑稽でナマイキな姿の小太郎をやりこめたくなる。この気持ちの根っこ動物虐待に通じるような異常な性格があるのだとすれば非常に暗い気持ちになるのだが、自分としてはそのようには考えていない。ネコというあまり付き合ったことのない小動物に一種の恐怖心を持っているのだと思う。ネコとバトルした後は結構ドキドキしている。反面で、夜中などに小太郎のニャアニャア寂しそうに鳴く声を聞くと愛しくて守ってやらねばという気持ちも湧きあがってくる。自分にとってネコは理解を超える動物である。本当に説明はしにくいのだが、小太郎に対してはニッキに対するのと全く違う愛しさを感じるのだ。ネコのしつけというものがあるのかどうかといったことすら不案内だが、予測のできない緊張感を孕む小太郎との関係を深めていきたい。

2002年8月1日 (木)  今日もまた暑さについて

今日もまた暑さについて


      小太郎君、表情カタイよ!

 一体何度あったのかわからないが40℃あったんだよと言われても驚かないほどの暑さだった。ベトナムから来た人もこのところの暑さで参っている。日本は熱帯地方になったのだろうか。午前中にフードを買いに出かけ、午後から教室へ。今年は職住接近なので仕事場まで10分弱の道のりを移動するだけでよいのだが、その間凄まじい日射に晒されて皮膚がカッとなる。その後80分授業が5コマ連続。こちらも少しずつ疲れがたまってくるのでカリカリするが、大人なのでそこはグッと堪える(去年は休み時間に生徒が踊っていたのを見て爆発してしまった人もいたが…)。しかし生徒の中には休み時間に暴発してしまう者も出てくる。相性の悪い者同士の口ゲンカや眼の飛ばし合い、悪ふざけの側杖を食った者の加害者への報復など…。受験へのストレス(この時期はまだそれほどではない)、講習の疲れ、そしてこの暑さ(今年はこれが大きいようだ)、気持ちはよくわかる。教室で自由に飲める冷えた生茶のサービスが嬉しかった。1リットルは飲んだだろう。