2002年9月30日 (月)  9月

9月


 いやはや、すごいスピードで過ぎ去ってしまった9月。この月の初めに高知まで行って帰って来たのが最早夢のようである。この日記でもしばしば時の早さを話題にするが、晦日にあってはとくに月単位での総括となるためにとくにその思いを強くする。年月の早く過ぎ去るように感じる場合、多くのことを計画しておきながら殆ど成し遂げられなかった失望感を抱いてということもあるが、多くの場合、とくに悩みもせず、平穏に日々が過ぎたことの故であることも多い。過ぎ去った日々をあれこれ悔やむより、大きな事故にも巻き込まれず、大病にも罹らなかったことを感謝しつつ、少しでも飛躍すべく10月へとバトンを渡していきたい。

2002年9月29日 (日)  ニッキ&小太郎&自分

ニッキ&小太郎&自分


 去勢手術を終えて5日ほど経過した小太郎の術後はいたって順調だったので、久しぶりにニッキと屋上で遊ばせた。取り立てて変化はなかったが、ニッキの腿や胸をめがけて飛びつくように抱きつく回数がやや減ったように思う。小太郎もニッキも秋の暖かな日差しを浴びて、遊びよりも毛繕いに熱心で、少し離れた位置でのんびりした両者の姿を見ているうちにこちらまで眠気を催してしまった。人、犬、ネコが何の利害もなくそれぞれ別々のことを考えながら秋の光と風とを楽しむ。これもまた素晴らしいことなのかもしれない。

2002年9月28日 (土)  ほっと一段落

ほっと一段落


 いつも忙しさに追い捲られているように感じる時には、まだ手を付けていない仕事ではなく、すでにやり終わった仕事をリストアップするのを例としている。普段持ち歩いているPDAやPC上の予定表に予め中期のスケジュールや定例の事務、調査すべき事項を打ち込んでいるおかげで、大きなミスもなく仕事を続けることができる。これなどは、元気で注意の行き届く状態の自分が、疲れて注意散漫になっている将来の自分のための配慮といえ、能力の平準化に非常に役立っているように思う。また、引用や転記が非常に楽で、新たに起案する必要のあることが少しずつ減ってくる。逆に言えばそれだけルーチンワークが多く、創造的な活動をしていないということにも気付くのだが。

 こんな感じで、そそっかしい将来の自分のために、スケジュールに附帯する連絡手続や購入先の住所や電話番号などを入力しておくと、「ありがとう、過去の自分!」と言ってやりたいような感動的な時もある。

 で、そういった作業の一環として、仕事リスト一覧とうものも用意して、作業が終わり次第チェックボックスにコマメに「レ」を入れていく。取るに足らない作業であっても、何某かの達成感があり、次の作業への意欲が湧いてくる。ただし、PCやPDAを導入する前にはもっとたくさんの時間があったような気もするのだ。知らない間に形式的な作業を以って意味のある仕事をしているのだという錯覚に陥っているとすれば恐ろしいことである。二度と繰り返されない時間の貴重さを考えるのならば、ミスのないことを恐れて自分をがんじがらめに縛るのではなく、その場その場で最適な行動を選択できるような鋭敏な判断力・行動力を鍛えるべきなのだろう。

2002年9月27日 (金)  眠い

 今日は半端な時間にニッキに起こされて寝起きが悪く、昨晩以来、午前中にかけてADSL回線の接続ができないという状況で静かに精神的な疲労が溜まっていってしまったようだ。何とか通信環境の回復を済ませ、預かりノートの添削にかかったところに、宅急便だ新聞屋だのが来訪してリズムが崩れてしまった。少しシャッキリするために仮眠でも取ろうとしたところ、ニッキがオモチャを放り投げて騒々しい独り遊びを開始。骨ガムを枕元に押しつけて「遊ぼうよ!」と吠えて誘うニッキに少し寝せろよと文句を言って、バリケンの中に閉じ込めたところ、朝からの雨ということもあり、排尿のペースを読み誤ったのだろう。出せ出せ攻勢に曝されてバリケンに近付くと生温かい臭いがする。フローリングに着けた足跡はぐっしょりと濡れている。これはまったく自分が悪かったと、急いで屋上に連れ出し、慌てて後始末を行う。眠気が元で、何かをいい加減に済まそうとすると、ちょっとしたことでつまずいてドミノ倒しのように混乱が波及してしまう。眠い時、疲れた時にこそその人の真価が表れるようである。このところ日々反省している。

2002年9月26日 (木)  ニッキの領分

ニッキの領分


 自分がニッキの立場だったらと考えると、ケージの中は留守番の時だけに限定してやりたいものだ。いかに、ほとんど寝て過ごすとしても、ケージの中では圧迫感と疎外感があるに違いない。実際上、入浴したり掃除をしたりする必要上、ケージの中に蟄居させ、屋上に「厄介払い」しなければならないこともあるのだが、家に自分がいるときは、急ぎの仕事でもない限り、仕事場にウッディサークルを持ち込んで、ニッキと一緒に過ごしている。これだけでも、淋しがり屋のニッキにとっては落ち着くようで、最初こそガサゴソしているが、しばらくすると背中の方で健やかに寝息を立てている。しかし、ただ静かにしてくれればいいというのもニッキにとってみればまだまだ窮屈な話だろう。家の中全てを自由というわけにはいかないが、ウッディサークルのコーナーの金具を一ヶ所外して長く展開することにより、自室のあるフロアの廊下部分を彼のための開放スペースにすることにしてやった。その際の条件は、周囲に電源コードがないこと、イタズラされるような物品がないことの2点だったのだが、所期した通り、一ヶ所に飽きると寝場所を変えたり、サークルに手を掛けて伸び上がったりと、リラックスした過ごし方をしているようだった。ただ、盲点だったのは、うっかり撤去し忘れたランチョンマットと、お気に入りのホワイトホースの紙コースターをぐちょぐちょに噛まれてしまったことだ。進歩には犠牲が付きまとうものなのだろう。

2002年9月25日 (水)  小太郎無事帰る

小太郎無事帰る


 ほぼ昨日の予定通り、病院が開くと同時に小太郎を預け、その足で自分の健康診断に向かい、家に戻ってからニッキと散歩に出かけ、16時過ぎに小太郎を迎えに行った。晴れてはいたが涼しく、空気も乾いており、ニッキの散歩と小太郎の出迎えで10km近く自転車に乗って走った計算になるが、ほとんど汗も掻かず快適だった。小太郎も病院で大人しくしてくれたらしく、引き取りに行った時にはもう普段とほとんど変わらない様子だった。自分の健康診断の方も、血圧は昨年とほぼ一緒。視力はやや落ちたものの、現段階では特に異常もなかった。血液と尿の検査についてはまだわからないが、それほどひどくないだろうと思う。ただ、数値にでない、時折訪れる不定愁訴や神経の疲れというものに悩まされることも多いので、健康診断の結果ばかりですべて良しというわけにもいかない。精神面の健康も含めて、再構築しなければいけないなと思う秋の1日だった。

2002年9月24日 (火)  少しずつ生活改善

少しずつ生活改善


 明日は去勢手術のために小太郎を病院に預け、新横浜まで健康診断を受けに行く。前回中性脂肪が高かったので、今月の頭から気を付けてはいたのだが、やはり淡白なものばかりでは口が寂しい。今日も、ベトナム料理屋で豚の焼肉を食べ、生ビール2杯で喉を思いっ切り潤した。意気軒昂なのが一番!普段の体調を診てもらうからこそ健康診断は意味があるのだと今は開き直っている。日本坂PAで買ってきた海洋深層塩も摂っているし、カルシュームも飲んでるのだからまぁ大丈夫だろうと自分に言い聞かせての軟弱な開き直りではあるが。

2002年9月23日 (月)  しつけ教室再開

しつけ教室再開


 長い夏休みを挟んで大・中型犬対象のしつけ教室が始まった。今日は、シベリアンハスキーの真凛ちゃんが参加。以前フードのお店「クッキー」でニッキと仲良くなった女の子である。丘の麓にあるテニスコートからは試合のアナウンスと応援の嬌声が上がってくるが、ある程度の雑音には慣れてくれたようだ。

 10時過ぎからトレーニングを開始。まずは始めの5分間のフセ・マテは無事にクリア。臥せる姿勢もなかなか美しい。だが、次のニッキが臥せている前を真凛ちゃんが横切って行くという誘惑オプションでは見事に立ち上がってしまい、真凛ちゃんのお尻を追っかけてしまった。他のわんこを交えてのトレーニングはほぼ4ヶ月ぶりなので、ニッキも遊びたくて仕方がないらしい。少し離れたところを通ってもらうようにし、何とかフセの時間を延ばすことができた。その後の「コイ」のトレーニングは真凛ちゃんに気を取られることもなくほぼ満足の行く出来映えだった。8月末のトレーニングで与えられた宿題だったのだが、短いリード単位に小刻みに「コイ」を繰り返した成果が出たのだと思う。トレーナーさんの指導をさらに木目細かく具体化するところに工夫の余地が生まれ、その過程でニッキとの距離がさらに縮まるように思う。公園での散歩の時には自転車を下りての脚側歩行の練習。家の中では正しいコイの復習と課題は山積。11月10日のオフ会ではホスト犬として紳士的に振舞うことができると良いのだが。

2002年9月22日 (日)  風邪にご注意

風邪にご注意


 ニッキを屋上に出して排泄を済ませ、朝食を済ませる。口内炎と頭痛がある。やっぱり本格的に風邪を引いてしまったようだ。掲示板にレスを付け、このまま起きてしまおうとも思ったが、頭も体もしゃんとしない。仕事に差し支えるといけないので、銀翹散という漢方薬とカボスの搾り汁を飲んで一眠りする。午後からの特別講義なので、安心して11時過ぎまで寝てしまったが、目覚ましをかけ忘れてギリギリの時刻だった。不思議と寝過ごさないものである。

 少しでも横になっていたために頭痛は消え、ほぼ100%の状態で授業ができるようになった。そして105分の授業を2コマ、連続してやっているうちに、風邪によるだるさの自覚もなくなっていた。同僚とお茶を飲み、その後の飲みの誘いはパスして家に戻った。弟がニッキの世話をしていてくれたが、自分が戻るとニッキは喜んでくれる。やはり元気なニッキの笑顔を見るのが一番の薬である。そのためにも自分自身健康でいなければと思う。明日は久しぶりのしつけ教室。どうか晴れますように!

2002年9月21日 (土)  今度は自分が…

今度は自分が…


 ニッキのクシャミも治まってホッとしたのも束の間。昼前から軽い頭痛がしてきた。涼しい夜風に身を晒しながらフローリングの床に添い寝をしたためだと思う。仕事に出るまで1時間ほど横たわったが、クシャミをする度にニッキがすっ飛んで来てくれる。こんなに嬉しいことがあろうか!

2002年9月20日 (金)  ご心配おかけしました

ご心配おかけしました


 昨夜は夜更かしせずに、早起きしてニッキの食事と自由運動を済ませてからいつもお世話になっている動物病院に行ってきた。ちょうど先生が預かりの子の散歩から帰って来たときに待合室に入る。自分たちが1番だと思ったらすでにミニチュアダックスを連れたおじさんが待っていた。5分ほど待ってニッキの番になる。診断の結果、悪い風邪ではなく、季節の変わり目で鼻腔の粘膜の弱い(過敏な)子がするクシャミだとのこと。心配には及ばないとのことだったが、室内と外気との温度差が激しくなる冬期には今のような症状が頻発するらしい。気になったこととして、診察台に載せて体重を量ったところ22.2kgと随分体重が落ちていた。夏の間、フードを魚起源のカロリーを控えめのものにしたことと、高知への里帰りで普段の生活リズムが乱れたことが原因だろうか。もっとも、体力の衰えはなく、相撲を取ってもなかなか倒れない。これから秋にかけて通常期のフードに戻し、24kg位まで体重を徐々に増やしていこうと思う。病気ではないと聞いて安心し、小太郎の去勢の書類が届いた旨伝えて病院を後にする。まだ緑の濃い横山公園を廻って10時前に家に戻った。

 昨日と今日でニッキに対する態度をガラリと変えるわけにもいかず、午前中はずっと一緒にいた。午後になっても雲一つない好天が続いたので、大阪のサモ友からいただいたニッキのステッカーを愛車に貼ることにする。説明書通りに慎重に作業を進め、無事に綺麗に貼れた。ただ、ウィンドウの中に仕込まれている熱線を基準に水平を取ったので、車のボディラインを基準にすると少々傾いているように見えてしまう。貼った後ですでに遅いのだが、慎重になっているようで見落としのある自分に少々腹が立った。ただ、デジカメで撮影して見直してみると、なかなかカッコイイ。オフ会で、ニッキ号ですよ!ということをアピールするには絶好の目印だ。Gさん、Mさん、Sさんありがとう!

2002年9月19日 (木)  風邪気味ニッキ

風邪気味ニッキ


 今日の夜明けから、ニッキがクシャミのような咳をする。寝ているときには落ち着くのだが、服の匂いを嗅いだり起きて歩き出したりするときに「フシュッ、フシュッ」とやる。こういうことは前にもあったが、やはり心配になる。仕事に出るまで、仕事から戻ってからずっと付き添っているが、ちょっと離れようとするとフシュッである。ニッキが落ち着かないと自分も落ち着かない。せっかく美しい月が出ているのだが、それを愛でる余裕もない。涼しくなっていく夏から秋への季節の変わり目だからだろうか。長く続いた雨で十分に水分を拭き取らなかったことがあったのだろうか。とにかく今日は早く寝て、明日朝1番で病院に連れていこう。

2002年9月18日 (水)  賑やかな訪問者

賑やかな訪問者


 屋上でニッキの自由運動をさせている間に、提出期限が月末に迫った報告書と生徒に与える授業計画案をまとめているとドアチャイムの音が聞こえた。内線電話をドアホンに切り替えて応答したが1度目は誰だかわからなかった。しばらく間を置いて2度目のチャイムでモニターの前で確認すると、学校を引けて遊びに来た教え子のH君のアップがモニターいっぱいにいびつに映っている。急いで玄関まで行くとモニターに映っていたH君ともう一人、縄文柴を飼っている犬好きのT君がいた。作業の気分転換と考え、作業の方は一服し、家の中バージョンのだらしない恰好をしたまま彼らと挨拶を交わす。今日は何のお構いもできないよ、という条件でニッキと小太郎と遊んでもらった。犬好きのT君は結構うまくニッキと遊んでいたが、最初はちょっとおっかなびっくりだったH君も、帰る頃にはニッキとも小太郎ともかなり打ち解けてくれたようだ。最初は警戒していた小太郎も、最後の方ではジャンプしてじゃれ付くまでに緊張を解いていた。彼らが中学生になったら、もっと繁く遊びに来るのかな?

2002年9月17日 (火)  プレゼント

プレゼント


 雨の中、会議に出るために家を出ようとしたところ、ちょうど宅急便のお兄さんと玄関で鉢合わせをした。受け取り印を捺して、送り状を確認。光沢のある水色の紙袋が仕事先からテキスト等を梱包して送られてくるタイプのものと一緒だったのだが、サモ友の方からのものだとわかると、中身を開けて見たくなった。温かいメッセージカードと、わんこ用の蛍光ボールとサモエドステッカー。しかもこのステッカーはNikkiの名入りのオリジナルだ! 憂鬱な気分が一度に吹き飛び、駅への道も軽くなった。会議中、ニッキの世話を頼んだ弟から、ニッキがクシャミをしたので扇風機を止めた旨のメールが入る。少々心配になったが、続報がなかったので一安心。


      いただいた「ニッキステッカー」

 仕事を終えて家に帰り、ニッキと遊んでから小太郎を洗う。不服そうな声で鳴くものの、パニックになることはなかった。ネコとしてはそれほどシャンプーを嫌がらない子だと思う。シャンプー嫌さに家出をしてしまった子もいるらしい。こざっぱりした小太郎と遊んでからサモエド共和国の手直しを進める。見栄えはそれほど変わらないが、ニッキに関係する資料や旧来の生成物をリンクさせながら整理しておきたい。読書の秋に類するような整理整頓の秋、といった気分である。ニッキが家族になってからの日々、HPを立ち上げてからのいろいろなできごとを反芻しながら、来年の今ごろはこのHPそして自分はどうなっているのだろうか?と考えた。きっと今よりも良くなっているに違いないと信じながら。

2002年9月16日 (月)  秋の雨

秋の雨


 寒い。クシャミをした。家の中で着ている服が、真夏の時と変わらないことに気付いた。カレンダーを見ても秋が来たのだとなかなか納得していなかったのが、一つクシャミをすることで否応なくその訪れを受け入れることになる。季節感というが、まさに五官すべてが新しい季節の到来を認めたときに季節が変わると共に一種の感懐すら霧消していくのだと思う。すでに夏ではないことが心身全てに行き渡り、生命体として何某かの準備に入っているのだろう。

 午後、小雨の降る中かわいい訪問者があった。塾の教え子である。教室では腕白坊主なのだがなかなかに神妙で普段とは違った楽しいひとときを過ごした。秋の訪れは受験生にとっても大きな意味を持つ。やがて訪れる厳しい冬を乗り越えれば、初々しい春が待っている。

2002年9月15日 (日)  あいかわ公園へ

あいかわ公園へ


 土佐への里帰り旅行からほとんどどこにも連れて行ってやっていないので、オフ会の下見を兼ねて、話題のあいかわ公園にニッキを連れて遊びに行ってきた。とにかく広くてきれいな公園で、アクセスが少々わかりにくいのが難点だが、隠れ里のような今の状態の方が混まなくて良いのかもしれない。公園では、大型犬不可のケーブルカーに乗せてもらったり、公園に遊びに来ている人たちにニッキがちやほやされたりととても楽しい時間を過ごすことができた。秋のオフ会は楽しいものになると思う。詳しいことは下のリンクからどうぞ!

「あいかわ公園したしらべ」

2002年9月14日 (土)  ついで

ついで


 リンク集をリニューアルしたら急にトップページまで手入れしたくなってきた。のっぺりした単純なトップだったのだが、結構メンテナンスは大変だった。というのも、ワープロソフトのおまけで付いていたHP作成ツールは取り扱いが簡便なものの、機能が限られており、カウンタやリンクモジュールの位置指定は別途HTMLソースを書き加えて対処していた。ところが、そのファイルを作成ソフトで読みこむと付加した部分がまっさらに消されてしまうので、最新ソースのバージョンとベースとなるファイルの2本立てで更新準備をしなければならず、同期を管理するのが面倒くさかった。繰り返し書いたが、HDがクラッシュしなければそのままズルズルと更新を続けて行ったのだろうが、これもまあよい機会と断行したわけである。サモ友のHPは作成技術も内容も実にレベルが高いので、時々いろんな欲が出るが無理に追い付こうとせず、確実に地道に改良していきたいと考えている。少なくとも訪れていただいた15000名の方をシラけさせないように気を付けながら。続けていけばそのうち面白いものになっていくだろう。

2002年9月13日 (金)  会議漬け

 昨日も会議、今日も会議、そして17日も会議。会議ばかりしていても子どもの成績は上がらないと思うのだが…。会議の主催者が個人的には好きな人なので、意を汲んで力になれるように努力はした。意見の食い違いから争点が錯綜し、最後には何を論じているのかわからなくなってきたが、「うるせぇよ」というわけにもいかず、手許の資料を丹念に読み返して時間をやり過ごした。

 争点が噛み合わぬまま、解決の方向が拡散したままでの時間切れ解散となり、帰り道で切れていた小太郎のフードを近場のディスカウントショップで求める。それにしてもネコのフードはなぜあんなに種類が多いのだろう。そして、犬のフードに比べてなんと美味しそうなパッケージなのだろう。当のネコがパッケージに魅力を感じて買うわけではない以上、訴求力は飼い主に向けられていることになる。ということは犬の飼い主より、ネコの飼い主の方がグルメが多いということか。そんな馬鹿なことを考えながら霧雨の降る中を16時過ぎに家に戻る。

 着替えを済ませて、ニッキを連れて気晴らしに散歩に出ようと思ったところ雨は止む気配を見せない。仕方なく屋上にニッキを出して排泄を済ませて、暫らく遊ばせるに止め、ケージに収容してから一人でフィラリアの薬を受け取りに動物病院まで自転車に乗って向かう。やはり動物病院は人間一人で行くと寂しいものだ。

 近くの万豚記という店で「胡麻豚ラーメン」を啜ってから家に戻り、一仕事片付けてからHP開発環境の再建に着手する。ホームページビルダーやニンジャ等のHPの作成ツールは欲しかったのだが高すぎて手が出ないので、ワープロソフトのオマケや普通のグラフィック作成ツール等、手持ちのツールを最大限利用して使っている。そのため、あまり凝ったことはできない。とはいっても、このサモエド共和国を立ち上げてからほぼ1年が経とうとする。今回のHDクラッシュに伴う旧来の環境を復興するのにもちょうど良い機会と、リンク集である「サモエド国際空港」をリニューアルオープンすることにした。波が寄せては砂山が崩れ、また大きな波に対抗すべくでっかい砂のお城を作っていく。人の一生もそんなことがらの積み重ねで成り立っているようにも思う。

2002年9月12日 (木)  久々に叱る

久々に叱る


     もう仲直りしている時の画像

 午前中にニッキと小太郎を遊ばせて、昨日取り付けた小太郎レールシステムの供用試験をしてみようと思ったのだが、仕事の都合で日延べとなってしまった。

 仕事から戻ると一足先に帰っていた母が自室でテレビを見ながらニッキと遊んでいてくれたので、良い機会とばかりに、旅先の御津までニッキに会いに駆け付けてくださった奈良のPさんがプレゼントしてくれた赤いバンダナを首に巻いて記念撮影をすることにした。私がニッキを押さえているうちに母が素早くバンダナを巻き付けたのだが、被り物、衣服系が嫌いなニッキは、バンダナの下部を咥えて銀行ギャングのような恰好になってしまった。ニッキが首を動かすと同時にバンダナも動くので引き裂かれるようなことはないのだが、到底絵にならない(お笑い画像として撮っておけば良かったかも)。取り敢えずジャーキーで気を引いて室内の写真を撮り、屋上に連れ出してきちんとバンダナを巻き直してカッコ良く撮り直そうと思った矢先…。久しぶりに自分の腿にマウンティングを敢行してきた。デジカメで右手が塞がっているところを見てのチャンス?だと思ったらしい。

 中型犬とはいえ、本気でしがみ付いてくると爪が肉に食い込んで相当に痛い。やむなくデジカメをポケットに深くしまいこみ、両耳を掴んで捻り倒す。背骨を痛めたり、耳を怪我しないように注意はしているのだが、これはニッキにとっても相当に痛いらしく、「ギャーン!」と悲痛な声を上げる。甘噛みではなく、抵抗して半分本気で噛んでくるので、押し倒した後もしばらく起き上がらせなかった。最後はニッキも観念して力を抜き、リリースすると走り去って行ったので、それ以上の実力行使には出ずに済んだ。叱り方としては相当キツかっただろうが、もちろん何の憎しみもあろうはずがない。相手も強いのでこちらも結構本気で手を庇わなくてはならなくなるのだが、なあなあで済ませられないこともある。犬を飼う者として最も熟慮と緊張を要する場面であろう。

2002年9月11日 (水)  やることいろいろ

 チェックボックスにスラッシュの入っていない、「□」のままのTodoリストに一つでも多く「レ」を入れようと頑張った。気合いを入れたせいか取り立てて大きな仕事はできなかったけれど、公私にわたって、慌てることのない程度に雑務を処理することができたように思う。

 そんな雑務の一つとして、小太郎の運動不足解消措置の一環として小作業を行った。今朝、小太郎とニッキを遊ばせていたところ、走りだした小太郎をニッキが急に追いかけたり、ニッキを慕ってしがみ付こうとする小太郎が勢い良く走るニッキに跳ね飛ばされたりと小太郎にとって受難の日であった。ニッキには悪気はないのだが、小太郎を撥ね飛ばした弾みでショック吸収用のスプリングが千切れてしまった。小太郎には屋上落下防止のために紐を付けているのだが、行動が制約されると思わぬ事故が起きるかもしれない。そこで、もう少し小太郎の行動半径を広げてやらなければ危ないと思い、物干し竿をガードレールに、そこに輪っかを引っ掛けて紐の起点を左右に5mほどスライドできる仕掛けを作ろうと思い立った。そのために何か良い材料はないものかと半端品ボックスを物色してみたがなかなか良い部材は見つからない。

 まあ、明後日にでもDIYの店にでも行ったら探してみるさ…と、気晴らしを兼ねて飲み物を買いに行く途中で立ち寄った「ラッキーマーケット」という少々アヤシゲな投売り屋でちょうど良いものを見つけた。10円のビニール製ブレスレットである。これに破損したスプリングの根元リングを嵌めて紐を付ければOKだ。早速家に戻って物干し竿に嵌めてみる。なかなか良い仕上がり。実費10円の工事が完了した。明日が楽しみだ。


やることいろいろ

2002年9月10日 (火)  小太郎と遊ぶ

小太郎と遊ぶ


 高知行きの間かまってやれなかった小太郎と昨夜みっちり遊び、今朝は雨間を見計らって久しぶりにニッキと遊ばせた。落下防止用の紐が煩わしかったようだが、長さ3mほどの新しい紐に替えて自由に行動できる半径を広げてやった。約10日ぶりの久々の面会にも関わらず、ニッキは簡単な匂いチェックをしただけで、小太郎にお構いなく自分のペースで遊び始める。お気に入りのオモチャを取りに近くまでニッキが寄って来ると小太郎が胸や腿に飛び付いてくる。それがあたかも「寂しかったんだぞ!」と言わんばかりの動作なので見ていて微笑ましくなる。あまりしつこいとニッキも小太郎の来られない場所まで引いてしまうのだが、小太郎が飛びかかっても怒る気色は見せない。そして小太郎が真正面から向かって行くのに呼応するように、ニッキが姿勢を低くした戦闘態勢を取って威嚇すると今度は小太郎の方がお腹を見せて服従の態度を取る。モノにできたシャッターチャンスは10のうち1つくらいだったけれど、なかなかユーモラスな写真を撮ることができた。

2002年9月9日 (月)  秋の初め

秋の初め


     なかなかに男前のニッキ?

 PCの作業環境も通常の使用に問題ないレベルまで修復し終わり、U期の仕事も概ね目算が付いて、徐々に日常のリズムの落ち着きを取り戻してきた。旅行中に手を付けられなかった細々とした作業も少しずつ処理していく中で、生活がしっとりと馴染んでいくような思いがする。そう感じるのは秋という季節も影響しているのかもしれないが。


 キリン食堂は昭和30年代〜40年代の雰囲気

 旅を終え、換毛期も終わりに差しかかったニッキをつれて午前中にトリミングサロンに出かける。珍しく早い時間に予約が取れたので1日が有効に使える。トリミングに要する時間、中華そばの美味しい近くの「キリン食堂」という一風変わったお店で昼食を取り、いったん家に帰ってニッキのアルバムにコメントを付ける。作業が乗ってきて予定の時間が過ぎたのに気付かず、少し遅れてニッキを迎えに出る。「ニッキちゃん、ずいぶん大人しくなりましたね」とトリマーさんの弁。最初は暴れ回っていたということなのだろうが、そう言われて悪い気はしない。「不良サモエドお断り」などと札を下げられなくて本当によかった(笑)。天気が良くなれば近郊の緑地にでもニッキを連れ出そうと思ったが、不安定な曇り空だったので、クッキーさんに立ち寄ってフードを買って家に戻る。ちょうど小型犬対象のしつけ教室の最中だった。再来週からはニッキの定例トレーニングもスタートする。涼しくなればまた各所でオフ会も多く開かれるだろう。ニッキが迷惑をかけることのないように、楽しいオフ会にできるようにトレーニングにも本腰を入れよう。

2002年9月8日 (日)  日常へ

 午前中に、昨日買ってきた外付けHDDに、バックアップしておいたデータやアプリケーションを落とし、従前の状態に少しでも近付けるべく復旧作業を行った。マイナスをゼロに近付ける作業に過ぎないのだが、修復作業が進むごとにささやかな達成感がある。クラッシュしてしまったHDDも製造元に修理依頼として一応送ってみたのだが回復の望みはあるだろうか。自分の体の一部が損傷したり病変したわけではないのだが、すでに体の延長的部分のようになった車やPCなどについて不具合があると体調にまで影響するから厄介だ。カリカリしている自分の様子をニッキはゆったりと眺めている。羨ましい。

 午後からは日曜日の特別練成教室。秋の陽を浴びて駅に向かい、町田駅まで乗車。繁華街にある町田校に着いてしばらくの間HPを巡回する。普段担当している生徒の出張組と親しく挨拶を交わす。自分の担当は例年前後半ともに女の子ばかりのクラスなので華やいだ雰囲気だ。105分の授業を2コマこなすのだがあっという間に時間が飛び去ってしまう。

 高知旅行に出発してから丸一週間経って漸く日常のリズムに復帰する。旅に出ているときも家に落ち着いているときも共にかけがえのない時間である。家にいて、隙間の時間ができたときにちょこっと行う、細かな整理・記録といった作業や機器類の保守点検作業が秋には向いている。おそらくは外来種なのだろうが虫の音がこんな騒々しい住処にも豊かに響いている。

2002年9月7日 (土)  無料体験授業を終えて

 朝から3年生対象の無料体験授業。授業時間が短い割に内容が多いので時間配分が難しかったが、何とかクリアできた。初顔合わせの子どもたちと接するのはやはり緊張する。しばらくイベントや会議が続くがまずは一仕事終えてホッとした。

 近頃朝早く吠えるのがニッキの習慣になってしまったようだ。旅行の影響だろうか。ケージに収容して仕事に出る服装に着替えるといつものようにおとなしくなってくれたので、体調の異常というのではなさそうだが、家の中での振る舞い方についてはしっかりと相談する必要がありそうだ。旅を通してニッキとの絆が強まったことは確かなのだが、必要以上に気を遣うことで過保護にしてはいけないと思う。現在雑務の処理や仕事のことなどで頭を悩ますことも多いが、そういった不安定な自分の精神状態を本能的に察知しているのだろうか。ここはまず自分がどっしりとしていなければなるまい。過去や現在の些細な問題に束縛されるのではなく、未来を目指して最善の生き方をするように心がけたい。高知旅行を通じて、様々な風物以外に、多くの方々の強い生き方、凛とした生活に接することができた。旅とはまさに心と心の触れ合いに意味があるものだと思う。いろいろな問題に突き当たったら、自然や人からいただいたエネルギーを心身に充満させて「なにくそ!」の気持ちで事に当たって行こうと思う。

 午後の通常授業を終えて、懸案のHDD購入計画を実行に移す。クラッシュしたHDDのメーカーと結局同じ物にしてしまったのは何故だろう? 2度続けて同様の症状が発生することはあるまいという根拠のない確率論なのかもしれないが、接続方法や初期設定、パーティションの切り方に慣れているということが大きく影響していたように思う。容量が多少増えても機器の値段はそれほど変わらないのでUSB接続のできるタイプの中ではもっとも容量の大きな物を買うことに決める。欲張れば欲張るほどバックアップも取り辛くなりクラッシュしたときの損害が大きいということにもなるのだが…。大きいつづらと小さいつづら…。やっぱり大きい方を選んでしまう自分が少々浅ましく思えた。

2002年9月6日 (金)  復興整備の日になるはずだった日

 今日中に旅行の後始末をきちんと終え、一昨日クラッシュしてしまったHDDの代替機を買ってPCの環境整備をしようと目論んでいたのだが、朝からの大雨の音で気分が一挙に挫かれる。雨の緞帳で窓外が見事に煙っている。ニッキの機嫌も良くなく、雨が降っているのにも関わらず、どこかへ連れて行けと声と態度で要求する。ニッキとの旅でご無沙汰していた小太郎と遊び、昼間からビールを飲み、ほとんど何もしないで寝て終わるような不毛の1日であった。こういう日があるからこそ時間の大切さを実感できるのだ、と適当な言い訳をこねくりまわしつつ…。それにしても旅の間中、概ね好天に恵まれたことを感謝したい。旅に出れば、自分たちは晴れ男ということで間違いなさそうだ。

2002年9月5日 (木)  午後から仕事

 高知旅行の画像・資料を整理していた昨日深夜、頼みのバックアップツールだった外付けのHDDが「コンコンコン」と異音を発して動かなくなってしまった。電源をOFFにして再び立ち上げ直しても身の毛もよだつ恐ろしげな音を立てて(あー、止めてくれィ!とムンクの心で叫びながら)すぐに回転が停止してしまう。仮に内部データの全てが消失したとしても仕事で使うデータはバックアップが取ってあるので、原発の炉がひび割れてシュウシュウ蒸気を噴き出すがごとき事態にまではいたらないが、大切ではあっても定例のバックアップを取るほどのこともなかろうと考えていたレベルのファイルやらHPや3Dオブジェクトの開発環境やらがブッ飛んでしまった。パソコンや周辺機器を買う度に無秩序に増えていく取り扱い説明書や保証書、付属ドライバなどを引っ掻きまわし、漸くHDDのサポート/修理依頼の手引きを書架から引っ張り出す。購入年月日2001年4月28日 ヨ××シカメラ町田店…とある。クヤシイ、保証外だ。きっと保証期間の過ぎ去ったデバイスは製造もとのリモートコントロールでクラッシュさせるようなシステムが仕込まれているのだろう。ひねくれてそう考えたくもなるものだ。

2002年9月4日 (水)  相模原へ

相模原へ


 養老SAで最終の給油をして6時45分に出発する。名古屋圏の通勤ラッシュはすでにこの時間から始まっており、車間距離が異様に詰まった高速をやや緊張気味に東に向かう。小牧ICでは渋滞の列が走行車線まで続いていた。名古屋圏を過ぎると浜名湖SAまでストレスもなく走ることができた。まだ9時前だというのに陽射しは真昼のよう。アスファルトの道を最短で突っ切るように工夫しながらSAに併設された浜名湖を望む園地にニッキを連れて行く。存分に匂いを嗅がせ、草を食ませてから浜名湖を後にする。静岡県は東西に長いので運転していて距離感が掴みにくく、清水や静岡といった大きな街の名前を目安にする他はない。今回の旅程でも静岡と名古屋、名古屋と京都の間が最も長く感じられた。第二東名の建設工事を度々目にする。あればあるで便利なのだろうがたまにしか東名を利用しない自分にとって、どれほどの必然性のあるものなのか理解しがたい。

 日本坂PAに9時30分に入り、汚れた血が30秒でサラサラになるという海洋深層塩というのを買ってみる。安くはなかったが、売り方が押しつけがましくなくて気に入った。旅に出ると財布も緩む。伊豆にお住まいのサモ友のTさんに勧められて、10時過ぎに富士川SAで休憩。海側は工場地帯が遠望でき、決して美しくはないが、夜景は綺麗だろうと思う。休憩所からは富士川の流れが望め、富士川楽座という道の駅も併設されていて小さな町のよう。家族にお土産を買い忘れたことに気付き、急遽イワシのはんぺんと夜のお菓子うなぎパイを仕入れる。富士川を出れば見知った景色となる。厚木ICまではノンストップ。勝手知った地域だと疲労の度合いもぐっと軽減される。右手に箱根の山塊を見て「おーい、帰ってきたぞー」と手を振りたくなる。

 厚木を出て一般道の渋滞に巻き込まれ、1時間ほどかけて我が家に辿り着く。ニッキを下ろして玄関先の日陰につなぎ、荷物を降ろし、ゴミを捨て、さて家に入るかという段になって大変なことに気付く。鍵がない! 途中で落としたわけではなく、家を出る段からすでに忘れていたのである。今ごろになって気付く自分の浅はかさに呆れかえると共に、旅って最後にオチが付くんだよなァ、とにんまりした気分になる。車で外回りをしている弟をうまくつかまえることができ、事無きを得たが、ネットで心配してくださる方に帰着の報告ができずもどかしい思いをした。

2002年9月3日 (火)  再び御津へ

再び御津へ


 長旅で知らない間に疲労が蓄積したのだろう。この日は8時30分まで寝てしまう。ニッキとの朝の散歩はH氏家の周辺を繰り返し行ったり来たりしたのだが、気のせいか匂いの嗅ぎ方も真剣なようである。何かを思い出そうとしていたのかもしれない。10時過ぎにH氏夫妻の車で高知の近郊にあるドッグカフェに連れて行っていただく。実家のお父さんお母さんが一緒にいるせいか、ニッキは大人しく臥せて優等生でいてくれた。実に外面のいいやつだ…。お店の人、お客さんにモテモテのニッキを見て嬉しくなった。美味しいモーニングサービスでお腹を満たし、H邸へ戻る。

 出発前にモロ母さんとお別れの挨拶をしたニッキを車に乗せ、12時過ぎに高知の地を後にする。犬つながりなのに、親戚の家を離れるような寂しさを感じてしまう。「またモロ母さんに会いに来ような」とニッキに語りかけながら四国での給油を済ませ、高知道のICから帰路に就く。昨日南国のRさんからいただいたブラックガムを噛んで、安全運転を心がけながら帰りの経由地でもある御津のホワクロさんの家を目指す。途中2ヶ所で休憩を取って、16時ちょうどに御津に到着。蘭ちゃんやあひるさんたちとニッキを遊ばせてもらい、その後蘭ちゃんと海を見ながら一緒に散歩をする。ゆっくりと後から付いていらっしゃるホワクロさんのおばあさんを待つ蘭ちゃん。見ていてほんわか温まる。おばあさんも蘭ちゃんが大好きなのである。リビングで仮眠を取らせていただいてから目を覚ますと、台所の方から「トントン」と懐かしい包丁の音が聞こえる。夕食の支度をしていたホワクロさんからニッキの画像をプリントしたステキなTシャツをいただく。刺し身と煮魚で豪華な夕食をご馳走になり、21時に御津を発つ。三木SAでガソリンを補給し、神戸・大阪・京都の夜景を楽しみながら一挙に大津SAまで走る。琵琶湖の湖岸はもう0時になろうとしているのに結構明るい。ニッキと自分のトイレ休憩を済ませてから1時間ほど走って仮眠休憩地である岐阜県の養老SAまで辿り付く。頭はまだ走れそうだと判断しているが、体の反応が少しずつ鈍っているようでもあり、安全を優先してここで仮眠を取ることに決める。車の中ではなかなか眠れない自分なのだが、次に目が覚めると3時30分だった。眠れる時に寝ておくのも大切と考え、ここで6時過ぎまで寝てしまうことになった。

2002年9月2日 (月)  高知入り

 宿は波打ち際にあり、波音に慣れていない自分はなかなか寝付かれなかったが、部屋の中の様子が昔住んでいた横浜の菊名の家に似ていたので懐かしい気持ちになってきた。ニッキは波の音はほとんど気にならないようだったが、夜の熱気が残っている間はヘッヘッと舌を出して暑そうにしていた。携帯に届くメールのメッセージを嬉しく読んでは返信しているうちに、風も涼しくなり夜目にも慣れニッキが寝入ったことを確認できた。

 波のリズムが変わったことに気付いて目を覚ますと、波の高かった海は、ピンクとブルーの光に照らされた穏やかな表情に変わっていた。6時前だというのに嬉しくなってニッキと朝の海岸散歩を楽しむ。宿の方が差し入れてくれた弁当を朝食に海を眺めていると幸せな気分になってきた。9時前にホワクロさんの家まで出向いて挨拶を済ませ、蘭ちゃんとニッキの記念写真を撮る。そして、美しい御津の地を後にし、一路高知へ。



 11時に瀬戸大橋の中ほどにある与島SAで休憩。聞くと見るとは大違い。スケールの大きさにただ圧倒される。SA周辺は小公園になっていてニッキもご機嫌だった。2時間ほどここに留まってメールチェックや記録の整理などを行う。64K通信ができるSAには重宝する。

 瀬戸大橋を渡って四国に入ってすぐのPAに下りる。自分にとっては初、ニッキにとっては2回目の四国の地。香川県の豊浜SAで美しい海を眺め、川之江JCTから対面通行区間の多い高知道へ。立川(たじかわ)PAで最後の休憩を取り、目的地に近い南国市にお住まいのRさんにお会いしたい旨連絡を入れる。高知道のICを出てちょっと道に迷ったが、16時過ぎに無事に愛らしい黄色い傘が目印のRさんの家に到着。ニッキ共々歓待していただき、長旅の疲れも取れる。のどかな田園風景の中を散歩してからお子さん方とニッキの記念写真を撮り、18時前にニッキの実家H家に到着。Hご夫妻とご挨拶を交わし、早速ニッキをモロ母さんに会わせていただく。人間親子再会劇とは事情は異なるものの、お互いに匂いを確認し、敵意をまったく見せない行為に温かい気持ちになる。実家の周辺を散歩させているとニッキの表情が和らいでいるように見えた。

 夜はH氏の犬友だちの方々と楽しい夕食会。噂に聞いていた皿鉢(さわち)料理を振舞っていただく。


高知入り

2002年9月1日 (日)  ホワクロ家にて

 夜の間に東名高速と名神高速を快走し、朝6時には京都桂川PAに入る。「ニッキ上洛」を記念して竹やぶを背景に京都らしい画像を収めることができた。大津を経て朝日を浴びる山々に抱かれた京都の街は神々しくさえあった。



 大阪のSAでガソリンを給油して7時過ぎにはサモ友との待ち合わせ場所である兵庫県の三木SAに入る。途中ハトがフロントウィンドウめがけて突っ込んでくるのを回避するのに急ハンドルを余儀なくされ泡を食った。今回の旅程の中で最大の冷や汗ものである。8時を過ぎて次第に暑くなってきたのでニッキのためにエアコンの強冷サービスをしながら仮眠を取る。

 10時前にサモ友のGさん、Mさん、S夫妻と顔を合わせる。Mさんの連れていたユキちゃんとマック君が何よりもの目印になった。まだ頭が寝ぼけた状態でニッキにリードを着けて、サモ仲間の待っている園地に向かう。1時間近くサモエド同士の面通しをしてから遊んでもらう。Sさんご夫妻の連れてきた春ちゃんはニッキの姪にあたる子のようだがニッキととっても良く似ている。一回り小さくして睫を長くした感じとでも言えばよいか。三木SAから本日の目的地であるホワクロ邸は意外と近く、1時間くらいで到着する。竜野ICのすぐ近くまで車で迎えに来て頂き、簡単な挨拶を交わす。ついにここまでやって来たのだ。時折雨のぱらつく生憎の天候だったが、ホワクロさんのお家の牡蠣小屋(小屋と言ってもすごくデカくて新しい。但しまだ建て前の段階)で海鮮バーベキューを楽しむ。ほとんど寝ずに走ってきたため、食欲よりも睡魔が勝とうとしていたが、サザエと穴子などの大好物はしっかりと腹の中に収める。ニッキにも大きな穴子の頭をやったらパクリと飲み込んだ。



 ホワクロさんのお家でサモエド談義に花を咲かせてから、今日の宿へ。ニッキと一緒の部屋に泊まれるように特別に取り計らっていただいた。波打ち際にある部屋だったので慣れない波の音で少々寝付かれなかったが、夜明けから涼しくなってきた。そして目を覚ますとピンクともブルーともつかない光に照らされて朝の静かな海が微笑んでいた。何ともいえない穏やかさだった。


ホワクロ家にて