2002年10月31日 (木)  ちょっとした呼吸

ちょっとした呼吸


 家の中でケージに入れる時間を原則として誰も家にいない時に限ることにしたためか、以前に比べてケージに入れられることを嫌がらなくなってきた。サークルを展開してやると、簡単に家の中にも開放スペースを作ってやることができる。今、ニッキはその気になれば自分のいる仕事場にまで入ってくることができるが、しつこく纏わり付くようなこともなく、彼なりに快適な距離を置いている。そして仕事に出るときには「仕事、仕事」といいながらカラーを引っ張ってケージまで連れて行くと抵抗の姿勢を取らずにすっと入る。また、夜もケージの扉を開けておくと自分から中に入って鼻面をちょっと出して寝入っている。まだ「ハウス」のコマンドは効かないけれど、今は忙しいから、危ないからという理由で、「閉じこめよう」という意識が消えてから態度に変化が生じてきたように思う。ひとつには車で移動する時にはあの中に入ればいろんなところにいけるのだという無意識の動機付けがあるのだと推測するが、ふっと力を抜いたときに今までガツンガツン体当たりしていたことの展望が開けるという経験はニッキに対して以外にも多くある。ニッキとの付き合いの中で微妙な呼吸を学んでいるのかもしれない。

2002年10月30日 (水)  シャンプー

シャンプー


 運良く予約を取れたシャンプーのためニッキをペットショップ併設のサロンに連れて行った。11月10日のオフでは晴れてホスト犬を務めるため…、ということもあるが近頃山野を駆け巡ることが多いのでダニや蚤取りも兼ねてという動機である。シャンプーに慣れない最初の頃は暴れていたニッキも今では洗われている間、トリマーさんに静かに身を委ねるようになったので、もう付き添いの必要がなく2時間程の作業時間を一度家に帰って過ごせる。ペットショップでは今まであまり見なかったネコの入っているケースを見るようになった。ロシアンブルーの仔猫がいたが賢そうな目をしていた。あと、あまり和ネコと変わらないような顔付きのネコが恐ろしく高い値段で売られていたが、「ひょうきんもので人を笑わせるしぐさをする種類」だそうだ。一体何をするのだろう?まだまだネコ界は謎に包まれている。

 そのお店でネコの食べる草と犬用の歯磨き粉を買ってから行き付けのフードショップ、クッキーさんへ。フードとサプリメントはここでと頑固に決めている(小太郎の食事は適当に間に合わせることもあるが)。今日はニッキがいなかったということもあってかクッキーちゃんが私を大歓迎してくれた。彼女もニッキのことが決して嫌いなのではないと思う。が、犬の世界の駆け引きのようなものがあってニッキを引っ張ったり吠えたりするのだと思う。「お転婆看板娘」のレッテルを貼られっぱなしではかわいそうかもしれない。時々車の方を見て、「あれ、今日はニッキいないのかな?」といった表情をしていたのが印象的だった。

 一度家に戻り、小太郎に挨拶してネコの食べる草を据え付け、少し遅れてニッキを迎えに行く。せっかくの好天、あいかわ公園まで連れて行ってやろうと思ったが、すぐ近くに犬の走りやすい県立相模原公園があることを思い出し、ロングリードにして1時間ほど遊ぶ。真っ白だ! 縫いぐるみみたい!と喜んでくれる人々を前にサモエド教を布教してきた。サモエドの説明は香具師並にスラスラと言えねばサモ飼いとしてまずいだろう。ロシアの犬でスピッツの元の犬なんですよ…、だけでは少々不勉強かもしれない。いっそサモエドの口上でも作ってみようか。


           気分爽快!

2002年10月29日 (火)  健康食

 過日の健康診断の血液検査の結果が芳しくなかった。中性脂肪値が高い。高脂血症の0.5歩手前といったところだ。検査前日の食事や飲酒が反映されたものだとは思うが、それを計算に入れるとしても決して無視してよい数値ではない。ニッキの健康管理を行う自分自身のそれがいい加減であってはニッキも聞き入れてはくれまい。カスピ海ヨーグルトや酵素入りの糠粉末をニッキと小太郎に飲ませるようにしていながら自分は外に出ると手っ取り早く済ませることのできるものできるもので済ませていた。酢豆、納豆蕎麦、青魚、黒酢、カスピ海ヨーグルト…、最初は美味いと思って食べるのだが、腹持ちがよくないことや飽きを感じやすいという弱みがあり、どうしても肉、飯、酒が恋しくなってしまう。ニッキも小太郎も、本当は血の滴るような生肉を食べたいのに我慢してくれているのだろう。自分もニッキ&小太郎のために我慢しよう。でも、たまにはいいよね。


健康食

2002年10月28日 (月)  今日も城山湖、そして津久井へ

今日も城山湖、そして津久井へ


 今日のトレーニングもまた城山湖の園地で行った。いつも一緒にトレーニングや遊びに付き合ってくれるアラスカンマラミュートのイチ君の他に、イエローラブラドルのネオ君が参加(画像のネオ君は走ってきたばかりのところを撮影したので犬種不明顔になっている)。いつも自分と一緒に走るときとまったく違うスピードとジャンプ力で草原を疾走するニッキの姿に惚れ惚れする。長めの散歩であっても、彼にとっては本来の意味でのストレス発散にはなっていなかったのだなと同情する。


          爆走するニッキ

 時間に余裕があれば、前回訪れた原野のようなところまで散歩させてやりたかったのだが、湖の水位が上がっていたので大事をとってすぐに先生の指示する広場の方に向かった。大きな鉄の門が立ちはだかっていたので、30kgクラスのわんこを1頭ずつ抱きかかえて柵越えをさせたのだが、ニッキが一番軽かった。

 ただし、今日のニッキは遊びに熱中し過ぎてかトレーニングの方はさっぱりだった。こういうだだっ広いところでこそ必要な呼び戻しが効かないというのは非常にまずい。周囲に柵は張ってあるものの金網の下の排水用U字溝やポールの隙間から外に逃げ出したり、鉄扉の下を潜り抜けられたら、追いかける術すら失う。コイとマテを無視したニッキの目を見ながら、「おい、これは本当に危ないことなんだぞ!」という気持ちを込めて厳しく叱った。自分の目に必死の色が浮かんでいたことをニッキが見逃さないでくれたらと思う。

          たのむぜ、ニッキ!

 天気が良く、気持ちのよい風だったので、駐車場で先生と別れ、津久井のドッグランで1時間ほどニッキと遊んだ。本日はニッキの貸し切りで匂いを嗅いだりマーキングをしたりと、トレーニング後の自由時間を十分にとってやった。自分を無視するようなそぶりを取るくせにヤードの外に出ると不安そうにラティスの柵まで走り寄ってくる。げに、カワイイやつである。

2002年10月27日 (日)  「今日は日記お休みします」

「今日は日記お休みします」


 …とこのページを立ち上げて何度思ったことか。心身の状況によってはPCに向かうことすらつらい時もある。通信環境の都合で書けなかったことはあるが、目の前にPCのある限り、日付は変わっても(職場にあっても)日記は続けてきた。ほとんどがニッキに対する親ばか記事ではあるが、突然思い出したように過去の1年間の日記に目を通すと、ニッキとの付き合いが少しずつでも熟したものになってきていることを発見する。理想的なことばかり口走っていたように思えたことが、それとは程遠い形であっても少しずつ具体化していることを確認すると、自分をわずかなりとも信用してやれる。

 「いずれ××したい」「いつかは○○するつもりである」。そのうちのいくらかは、とくにその過程を意識してはいなかったが現実となった。そして、同時に夢や理想の実現は自分1人の力でなし得たものではなく、ホームページやメールで知り合ったサモ友、その他の知り合いの方々の協力や助言の織り成すものであったことも忘れがたく胸に刻まれている。

 そして本日めでたく20000カウントを達成させていただくことができた。去る22日に1周年を経て現在20028。訪問してくれる方がたとい1人でも100人でも変わることなく、温かくおもてなしできる場所にしていきたい。左上に表示されている漢数字のやや見難いカウンターには訪問者1人1人の励ましの気持ちが込められていると信じて今日も拙文をサーバーにアップする。

2002年10月26日 (土)  世情不安と報道と

世情不安と報道と


 アメリカでは連続狙撃事件の犯人が逮捕され、ロシアでは特殊部隊の突入をもって武装勢力による人質事件は幕を閉じた。北朝鮮関係では核開発疑惑追及問題と並行する形でキム・ヘギョンさんへの報道のあり方が論議の的となっている。

 今、こうして愛犬を傍らにPCの前に座って私日記を付けている自分にとってそれらの事件は直接利害の絡む問題ではない。もちろん、だからどうでも良いと考えているわけではないのだが、テレビ(近頃は殆ど見ない)や新聞の報道に接すると、いわゆる識者がなにがしかの論評を加え、また喧喧諤諤と議論する方々がいる。彼らもそれを生業とするのだからこれまた批判の対象とするのは的が外れているのだろうが、そしてそこには各様な意見が存在していていいのだが、彼らの論評や意見が既に、世の中に受け入れられようとする、あるいは計算された波紋を投げ掛けようとするバイアスのかかったものなのではないのかなと危惧することがある。

 大きな事件が起きた後の世間話では「〜らしいよ」「〜だってね」という会話が多くなるが、戦慄的な衝撃として一度はひとりひとりの心が受け止めたはずの事実が、一見過激でありながらも何らかの権威を下敷きにしているレディメイドの「識者の見解」というフィルターをかけられることで、原初的本能的な嫌悪感や恐怖といったものが、知らぬ間に一般意見としてしか意識されなくなることこそ恐ろしいと思うのだ。これはネガティブな世論操作とはいえないだろうか。大事件が発生したとき、把握できる事実だけを提供してくれるメディアというのは実に少ない、視聴者(聴取者)は事実を理解しても意味のある解釈はできないとでも思っているのだろうか。複雑な国際関係や経済関係の背景事情を抜きにしても、どこからか狙われて急に人が倒れること、狭い空間に閉じ込められて命の危険に晒されること、意に反して連れ去られ異国の部品とさせられること…、そうあってはならない、それは許されないことなのだということを訴える力はどこにでも存在し得る純粋な事実だけなのだと思う。余計な論評が、「どこか遠い国の、とある背景の下に起こった特殊なできごとなのです」と事件を架空の物語に近い存在に変質させてはいないだろうか。

2002年10月25日 (金)  小太郎近況

小太郎近況


          ネコチョコ

 小太郎のことを書くのががどうしても1週間に1度くらいになってしまうのは、ニッキに比べてまだまだ付き合いが十分ではないためだろう。母や弟には、ニッキばっかりちやほやして小太郎を疎んじているのだろうと責められるが、それでも寒くなってきて、母が部屋に上げたり(今下から母が小太郎の鳴き真似をしている声が聞こえる)、外へ出る際に立ち寄ったりしたときには抱き上げてスキンシップを図っている。何よりも朝夜の食事は私が与えているのだ。

 少しずつ我が家の生活にも慣れてきたこともあってか、前のようにじゃれている間に突然噛み付くという行動は少なくなってきた。噛んだとしても甘噛みである。尻尾の先を触られたり、お腹の皮をつままれたりとしつこいことをされても怒らないで少々不満の声を上げる程度である。話しかけると「にゃあ」と返事をするのもかわいらしい。言っていることがわかっているのだろうか? 近頃顔がまんまるになってきたのは大人になってきた証なのだろう。少々下膨れの表情がおどけていて親しみが持てる。

 ネコと暮らして3ヶ月ほど経つが、犬にはないさまざまな魅力に気付く。どちらが上でどちらが下ということなしに、それは種による個性なのだろう。犬は苦手だがネコが大好きだという人がいるのも理解できるように思う。ただ、一緒に散歩や旅行をしてくれるのはニッキという相棒だ。人間の活動(労働)の同伴者という点から見るとネコは傍観者であるように思う。決してネコを疎んじているのではなく、その辺りも小太郎に不利に作用するのかもしれないと言い訳をしておく。こんなことを書きながら来年の今ごろはネコに熱中しているかもしれない。

2002年10月24日 (木)  秋の天気

秋の天気


 今日は朝から雨。別にどこに行こうというわけでもないので雨でも構わないのだが、窓からの明かりが乏しく、雨音しか聞こえないと机に向かっても知らず知らずのうちに夢の世界を歩いてしまう。いかん、寝てしまう…と睡魔に抗う微妙な感覚を何度も味わうのはなかなかに心地良いのだが、本当に寝入ってしまっては仕事に遅れてしまう。とくに目覚ましを仕掛けなくても、タイムリミットの10分くらい前にはちゃんと起きて行動をしている。頼もしくもあり悲しくもあり。それにしても秋にこれほど多く雨の日があっただろうか。

2002年10月23日 (水)  朝霧高原行


         富士山が顔を出す

 月曜日に計画していた朝霧高原行きを2日遅れで本日実行に移した。朝の空は雲量が多かったが、天気予報では午後の降水確率は10%とあったので、決行。ニッキの大ファンの友人のOさんと相模原駅前で待ち合わせて昼過ぎに朝霧高原のドッグラン、「フィールドドッグズガーデン」へ。途中大月JCT近くで泣き出しそうだった雲も、静岡県境を越える頃には明るくなり、ドッグランにニッキを放つ頃には富士山がぬぅっとその頂を現した。朝方天気が悪かったこと、そして本日が平日ということも幸いしてかドッグランにはニッキと、2〜3頭の犬しかいない。最初に会ったダルメシアンの子、ゴールデンレトリバーの子たちとも仲良く遊ぶことができ、トンネルくぐりもうまくできるようになった。ドッグランのレストランで食事を取り、ニッキもメニューにある犬用ステーキをご馳走したが、精算のために現れたゴールデンの子に気を取られ、まったく関心を示さなかった。一切れ味見をし、旨かったので残すのに忍びなく、袋に入れて文字通りのドギーパックとした。

 15時過ぎにドッグランを離れ、近くにある「まかいの牧場」へ。サモ友のTさんお勧めのプレイスポットだ。園内はがらんとしていたが、その分馬や牛、ヒツジ、山羊などと異種間コミュニケーションも取ることができて楽しかった。

         馬さんとキッス!

 併設の売店ではお客さんや売店の人たちの人気者となり、姿勢の良いスワレとフセを披露してサモエド人気を多少は高めることができたように思う。帰りは東名の若返り工事のために渋滞に巻き込まれたが、ニッキにとっても充実した1日になったのではないかと思う。そうそう、件のドギーパックは家に着くなりペロリと平らげた。Oさんお疲れ様。ビスケットをありがとう!


朝霧高原行

2002年10月23日 (水)  1周年のお祝いありがとうございました!

1周年のお祝いありがとうございました!


 皆様よりお寄せいただいたサモエド共和国1周年への温かいメッセージに心から感謝申し上げます。ホームページという情報技術に「心」を与えているのは、まさに皆様の温かい言葉なのだと思います。訪れていただく方のハートを少しでも明るく温かくできるような場にできたらこれに過ぎる喜びはありません。

2002年10月22日 (火)  はや1周年

はや1周年


 サモエド共和国を開国してから今日でちょうど1年になる。本当に1年間経過したのだろうかと思うほどの速さに驚く。開設以前はニッキの写真をサモ友に見てもらおうと、無料のアルバムサイト(フォトハイウェイ)に画像をアップしていた。ホームページ作り自体はフロントページをダウンロードし、1冊参考書を買えば何とかなるだろうとは思ってはいたが、サモ友のホームページはいずれも個性に溢れデザインも素晴らしく、にわか造りのホームページと貧弱なコンテンツで参入して顰蹙を買ったり、Unknownに荒らされたりするのも何だしな、と乗り気ではなかった。むしろ、百花繚乱のサモエドHPの馴染みのお客さんであるという気楽さが心地良く、実際それで十分だと思っていた。フォトハイウェイの使い勝手も決して悪くなく、デザインも優れているのだし。

 だが、ある日うっかりフォトハイウェイにアップしたアルバムを全消去してしまった。前に付けたコメントや順序を思い出したり、6枚ずつサーバーにアップしたりという面倒な復旧作業をしながら、こんなに面倒なことをするのならいっそ自前でホームページを作っちゃえという気持ちが頭をもたげてきた。そして、頻繁に訪れていた(今でも)TeryさんのBBSに書き込んでいた、「そのうちHPを作りたいと思います」が少しずつ具体的に形を持ち出してきた。

 そして去年の秋、手許にある資源だけで何とかホームページをアップできないかなと考え、Power書院というワープロソフトに付属していたページデザイナーというツールを見つけ、勢いで作ってみた表紙(これが現行のトップページの元となる)をアップしてしまった。そしていったん世に出してしまうと、形ばかりでもメニュー画面を設け、掲示板などを構えたくなってくる。サモ友のもにもにさんには「サモエド共和国」という名付け親になってもいただいた。作りたいものと大分懸け離れた大味なレイアウトと、無秩序にアップしてしまったサーバー上に増殖するファイルにうんざりしながらも、丁稚奉公を終え、小さいながらも店を構えることのできた店主のようなわくわく感も一方ではあった。その後、多くの先輩サモエドHPにリンクを張っていただくこともでき、HDDのクラッシュなどの事故も乗り越えてこうして満1歳を迎えることができた。ニッキそしてこれみつの分身として今後ともご贔屓に願いたい。

2002年10月21日 (月)  雨天順延

雨天順延


     好き好き攻勢をかけるニッキ

 今日は天気が良かったら朝霧のドッグランに行こうと考えていた。昨日が雨だったから今日はスッキリ晴れるかなと思ったが、朝からずっと重たい天気だった。午後からの予報を見てもどうも芳しくなく、結局、家の外に一歩も出ずに、一日中家の中でニッキや小太郎と過ごすだけで終わってしまった。午後5時には真っ暗になり、もうすぐ冬がくるのだなとしみじみ思う。ニッキも小太郎も何の心配もせずぐっすり寝ている。平和に感謝。ビルひとつ隔てた国道を行く車の水を撥ねる音しか聞こえない静かなひととき、虹の橋を渡っていった犬やネコの冥福を祈ろう。

2002年10月20日 (日)  散歩の催促

散歩の催促


 朝から雨が降ったり止んだり。昼過ぎに少しだけ明るくなってきたのを見計らったようにニッキの散歩の催促が次第に強いものになってきた。途中で雨に降られたらイヤだなという気持ちもあったのだが、ニッキの催促も大声で吠え立てるというものではなく、「オウオウ〜」という切なく懇願するようなものだったので、よし行こう!と決断した。

 ニッキに促されて外に出てみると湿ってはいるが涼しい爽やかな空気が体を包む。こちらの方が散歩に誘ってくれてありがとうという気持ちになって、いつもの公園まで2kmほどの道のりを自転車で快走する。日曜日なのでこの時間は歩道の買い物客にぶつからないようにしなければならないが、どこで飛ばせるか、どこでスピードを絞らなければならないかは大体わかっている。

 しつけ教室の会場が、残飯や弁当箱の残骸などで少しずつ汚くなっているので、代わりの場所として相応しいところはないものかと公園内を経巡ってみるが、意外に自由に使える広場というのは(それも犬連れで)少ないということに気付く。運動や休憩には適した作りになってはいるが、犬と共に過ごす場所として、市内の公園は配慮に欠けているように思う。犬ではなく人のための公園だという理由なのかもしれないが、これもまた世界の、そしてまた他県の潮流という「外圧」によって改善してもらうしかないように思う。帰りに立ち寄ったクッキーさんが、市に対してドッグラン開設の要望をしてくださったとのこと。別に公園内でなくてもかまわない。市有の遊休地を開放してもらえたらと思う。

2002年10月19日 (土)  小休止withニッキ

小休止withニッキ


小太郎に金品(食べ物)を要求されてビビるニッキ

 朝からのイベント(無料体験授業)を終えて家に帰って一休み。最も近い教室なので徒歩で10分足らずで帰ってくることができる。ありがたいことだ。

 今日の体験授業の対象学年は3年生だったのだが、素直で元気ないい子ばかりだった。全体の中のごくわずかの数に過ぎないことは承知の上だが、「近頃の…」論は目の前の子どもを目にする限り使う必要はないようだ。犬同様、子どもが自分の意図する方向に沿って行動してくれないことなど昔から当たり前のことで、むしろ、いつの間にか自分が行動や価値の基準だという錯覚に囚われないように気をつけたい。歳を重ねただけで、自然に偉くなっていくものでもないと思う。もちろん経験を積むことで様々な間合いや人情の機微を理解できるであろうが。いつだったか6年生の女の子に「大人はなぜ偉いの?」と聞かれ、自分でもちょっと考えてみて「別に偉くはないな」と答えを返したら質問を投げ掛けた本人もキョトンとしていた。その後で、何を付け加えたか忘れたけれど、当たり前のように思っていることの中にたくさんのヒントが隠されているように思う。自分にとっても子どもにとっても良い時間が持てたと思う。

 これからまた2時から始まる授業で出かけていかなくてはならないが、こうしてニッキと過ごす時間はしっかりと確保したい。今日中に溜まっている添削を片付けて明後日はニッキを連れて少し遠出をしたい。

2002年10月18日 (金)  無自覚な日々

無自覚な日々


 忙しい1日を前向きに過ごした後の疲れは心地良くさえある。ただ、何も問題がなければその日はすばらしかったなどとは思わない。1日を1月、1年に置き換えたとき、そしてそれを一生というスパンで考えたとき、何も問題がなく終わるだけだとすればそれはいかほどの意味があろうか。日々小さなささくれのような思いに囚われて、それを小さくすること心を砕き、あくる日の無風を希うような生き方は、生命に備わる力を枯渇させてしまうような気がする。

 飛ばなくてはと思う。飛ぶためには軽くならなくては。軽くなるためには数多くの煩悶を捨てなくては! 失うのではない。自らの意志で捨てるのだ。贅肉を削ぎ落とし、飛翔に向かわねば人生は尽きてしまう。ニッキや小太郎の生命の輝きを見ていると、忘れかけていた夢や希望というものに火が灯される。無自覚な日々を焚き付けに、明日へのエネルギーへと転化したい。


2002年10月17日 (木)  美味しくて体に良いもの

美味しくて体に良いもの


 昨日のことであるが、サモ友のWさんから飼っているアヒルの卵が届いた。ひとつずつていねいに紙に包まれ、産んだ日付が書いてある。今日は炊き込みご飯だったので(多めに作ったので3食とも)、卵の出番はなかったが、明日にでもオムレツと卵焼きで食べてみようと思う。

 あと、これも昨夜のことになるが母がカスピ海ヨーグルトというものを貰って帰って来た。先ほど食後に食べてみたが、クセもなくいくらでもお腹に入りそうだった。ただ、毎日ビンの半分に牛乳を補ってやらなくてはならないので、牛乳の消費量が増えそうだ。これはニッキの朝の食事にも入れてやる予定である。アヒルの卵とヨーグルト、なんのつながりもないのだが、幸運を呼んでくれそうな食べ物のような気がしてならない。

2002年10月16日 (水)  ニッキにコスプレ

ニッキにコスプレ


 コスプレ大嫌いのニッキにTシャツを着せてみた。すぐにシャツの裾を噛もうとするので、ベッドの上に乗せてやり、干した魚を与えてそちらに注意を引き付け、撮影の時間稼ぎをした。首回りは太いのでその部分はフィットするのだが、犬には肩がないので首の位置が下になってしまい、真正面から撮ると首長に見えてしまう。そこで、やや上から撮影することでどうにかサマになる恰好を写真に収めることができた。外科医の手術着のように見えてちょっとカッコイイ。仕事へ出る間際の思い付きと撮影だったので、この後非常に慌てることになってしまった。

2002年10月15日 (火)  カドラー

カドラー


 寒くなってきたので小太郎の避寒を考えて、カドラー(ネコの室内用ハウス)を買ってやった。最初はなかなか入らないので抱き上げて頭から押し込もうとしたところ、大きな生き物にでも飲み込まれるとでも思ったのだろうか、激しく抵抗して爪を出した後足を激しくバタつかせ、小太郎を支えていた左手首の内側に10cmほどの綺麗な傷を作ってしまった。一体何度目の流血事件だろう。自分が傷口を洗い流している間にも、カドラーは無視して、今までの愛用の座布団に乗って涼しい顔をしている。それほど血は出なかったのだが、血の滲んだところに石鹸が沁みる。

 少し時間を置いてから、もしかするとカドラーに興味を示してくれているかもしれないと期待して戻ってみると、なんとカドラーは無残に石庭の外の砂利道に放り出されている。咥えるか蹴飛ばすかして、邪魔者扱いされてしまったのだろう。さらに、その後、ちょうど我が家に立ち寄った弟が、小太郎のベッドに手頃なダンボールが見つかったということで、お節介にも蜜柑の箱の中に例の座布団を入れたものを縁台の下に置いたところ、小太郎はすっぽりとその中に入って寛いでしまった。

 せっかく素敵な豹柄のカドラーを買ってやったのに…、という子どもじみた気持ちになり、弟の拵えた簡易ベッドを小太郎の届かないところに取り除け、なおもしつこく、カドラーの中にマタタビを撒いたり食事をカドラーの中に置いたり、さらにはお尻から押し込み、中に入っている状態でアゴや耳を撫でて猫っ可愛がりしてやるという、非常に短絡的で稚拙極まりないキャンペーンを張った。やっていて本当に自分がバカみたいだと感じたが、その甲斐あってか、夜に何気なく覗いてみると小太郎がカドラーの中にうずくまってトロンとした目で眠っている。達成感が自己嫌悪をやや上回った秋の夜中のできごとである。

2002年10月14日 (月)  城山湖トレーニング遠征

城山湖トレーニング遠征


 今回は、大型犬クラスの参加者は自分たちだけだったのでトレーナー先生の車で、20分ほどの距離にある城山湖の園地に出かけた。近頃ホームレスの人たちのぶちまけた残飯が公園の展望広場に目立つようになったのが気になっていたところだった。

 城山湖畔には5月にも一度来たことがある。そのときは霧雨で周囲も薄暗い感じだったが、今日はサモエド雲探しを始めから諦めなければならないくらいの秋晴れで、清々しかった。休日ではあるが、柵を越えて車の来られない堰堤の外周道路まで行くと釣り客とハイカー合わせて20人ほどとなり、リードを離して先生の連れて来たイチ君と思いっきり走ることができる。途中、崖を覗きこんだニッキは藪の落とし穴に嵌まり、身動きができなくなってしまい、蔓草の汁に服を染めながらニッキを抱きかかえて救助するというミニドラマもあった。
泥まみれのニッキ
     泥まみれのニッキ 顔活き活き

 誰もいない草に覆われたような道をイチ君と一緒に色々な臭いを嗅ぎながら真剣な表情で進んで行くのを見ていると自分まで犬になったよう。粟粒のような草の種を身に付け、バッタや青虫を輸送してやり、桑の葉を美味しそうに食べてと、自然の中で実に活き活きとした表情をしていた。あれほどに走り回ってもなお階段を駆け上がるスタミナは一体どこから来るのだろうか。

桑の葉を食べるニッキ
    桑葉を食べてシルクの毛づやに?

2002年10月13日 (日)  画材屋さんへ

画材屋さんへ


 仕事に出る時にはニッキはケージに入れられる。もちろん家人がいればリビングや屋上で勝手気ままに過ごすのだが、誰もいないときはどうしても誤飲や感電などを心配してケージに入れてしまう。ただ、仕事に出る場合はニッキもケージに入ることを納得してくれる。着替えをしているときにはおとなしく臥せてじっとこっちを見ている。留守番場所は、以前はバリケンだったのだが、閉塞感があったためかふてションが頻発した。今は専ら小太郎の退避用として役立っている。将来わんこのお泊まりがあったときには客犬部屋になる予定だ。留守番時の収容先を部屋全体を見通せるケージに代えてからふてションも1回しかしていない(それも台風という異常時に)。それでも、いずれ大規模なリフォームをするようなチャンスがあれば、もっと自由に過ごせるニッキ室のようなものも作ってやりたいとは思う。

 仕事を終えてから、ニッキや小太郎の絵を描いてくださったCさん、Pさんの絵を収めるための額縁を探しに店を回った。教室のある町田にもまずまずのものがあったのだが、品数が少なく、結局新宿まで出てしまい、画材専門店で絵に合いそうなものを求めることができた。額縁自体は30分ほどで見つかったのだが、ポストカードや原稿の透過板、画材や現在主流となっているのか、自分のイメージと異なる十字型のイーゼルなどを見ているうちに、自分が絵を描くわけでもないのにウキウキしてしまった。ただ、ひょっとするとと思って探したサモエドのポストカードにはかすりもせず、家に向かう快速電車の時間も迫っていたので誘惑を振り切って店を後にした。画材屋の包装紙に包まれた額縁を抱えている自分はもしかしたら絵心のある人に見られたのかもしれない。あれは秋祭りだったのか、京王線から見た多摩川競輪場の夜店が綺麗だった。

2002年10月12日 (土)  連休に仕事

連休に仕事


 今日も明日も仕事である。世間様が連休のときに働くのも悪くない。仕事に出る前はもっとニッキと一緒にいたいものだと思うけれど、仕事を終えて家に帰る前のこのひとときは至福の時間である。そして、この後いい気分でダイエーで買い物して帰るのだが、自分へのご褒美と称してアルコールの類などをつい買い過ぎないように気をつけよう。

 結局ダイエーで、剥いた甘栗のパックを5つと158円の特売コカコーラ3本を買った以外は大人しい買い物をして家に戻る。それでも仕事のバッグから出したトートバッグが一杯になるほどの量ではある。ダイエーからは歩いて5分ほどで自宅。土曜休みの母がニッキをリビングに出して遊んでいてくれるので、玄関脇にいる小太郎を少し長めにからかってから寝室へ。ニッキが出払っているためゆっくりと着替えができるのはありがたい。部屋には過日、兵庫の室津でお会いした犬友だちのパセリさんが描いてくださったニッキの絵が着いていた。梱包をていねいに外し、エアパックに包まれた油絵を取り出す。リビングに携えてニッキに見せると鼻がくっ付くほどの勢いで飛びかかってきた。絵の具の匂いに刺激されたのか、もうひとりの自分がそこにいることに驚いたのかは定かではないが、初々しいニッキの姿から何某かのエネルギーを感じたのだと思う。油絵の具は乾くまで相当の時間がかかるらしい。今月末に額を選び、お気に入りの場所に飾らせていただこうと思う。

2002年10月11日 (金)  周辺整理の効用

周辺整理の効用


 身の回りは結構きちんとしておかないと気が済まない方なのだが、あまりに几帳面になり過ぎても合理的ではないし、綺麗なだけの整理は持続しない。多少見かけは良くなくても、手の届くところに耳掻きが転がっていなければならず、席を立たずに手を伸ばせば爪切りや辞書が取り出せるような心地良い環境を作り出すような整理が長続きする。昔、家にコタツがあった頃、コタツを離れずにどれだけ快適に間に合わせることができるかというせせこましい知恵が今も息づいている。受験勉強した頃はすでにコタツはなかったが、代わりに腰まですっぽり包む足温器というのがあって、頭寒足熱で非常に効率が上がった。寒くなってくると懐かく思い出される。

 いずれにしても、さすがにトイレに行かなくてはならない場合には、席を立たねばならないが、そんなときにも、新聞や飲み終わったペットボトルなどを携えて資源ゴミのコーナーに持ち出すようにしている。ちょっとした機会に面倒くさがらず、というのもB型人間の母の部屋のように衣類や書籍の雪崩状態にならないコツだろう。あとは、言い古されている整理の要諦だが、資料などを整頓する前に、思い切って捨ててみることが、不必要なモノを並べ替える不毛の作業が減る。最初はなかなか思い切れないが、捨て始めているうちにゲームのような楽しさが生まれる。結構機敏に頭を使うのだ。この対象として相応しいのは、自分の場合、「元」新製品のカタログ、カード会社からの案内状や古い約款、失効した保険証書や金券の類、1年以上経過したレシートといったものがある。また、月刊誌のバックナンバーなども律儀に保存しておくと整理のためのスペースを奪う。

 仕事が煮詰まったようなとき、なんとなく鬱陶しい時はちょっとした整理整頓をしてみると多少なりとも気分が晴れる。

2002年10月10日 (木)  寒いと感じた日

寒いと感じた日


 ニッキが手足を投げ出して口を結び、安らかな息を立てて寝ているのを見ると、ベッドから抜け出してその近くに自分も寝そべりたくなる。鼻先をくっ付けるようにして寝たいのだが、ヤツとの間を詰める前に勘付かれてしまう。そしてニッキは、2mほど離れたところにゆっくり移動して再び、どさりと身を横たえる。夏はそのまま、自分も床の上で眠ってしまうこともあったが、さすがに今の季節、体に毛の生えていない自分にはそれはちょっとつらい。床がフローリングなので、シャツ1枚で寝そべると二の腕に床のヒンヤリした冷たさが伝わってくる。夏の間はそれも気持ち良かったのだが、今はぬくぬくと温まった体温を速やかに奪おうとする木の冷たさに、体を付ける瞬間身構えてしまう。

 10月に入って間もないというのに、8月の暑さを今思いだそうとしても頭に浮かぶのは暑そうな景色だけで、体は自然に現在の環境に適応することを第一義と考えるのだろう、既に夏の暑さは感覚としても過去のものになってしまった感がある。暑くもなく寒くもない気候がある程度継続すると、取り立てて「あぁ、涼しいなぁ(暖かいなぁ)」などと思わなくなるようである。過ごしやすいとされる秋の半ばと春の終わり。快適であるとの実感が湧く間もなく過ぎ去ってしまうように感じるのは、神経に刻印するような外界からの刺激が少ないからなのかもしれない。暑さや寒さは生命維持の大敵で、そのための防御を尽くすように脳から絶えず各種の指令が出されるために、感覚的な時間を長引かせることになるかもしれない。

 家の中にいながら、外からの風を寒いと感じた。知らず知らずのうちに、体も冬の準備を始めているのだろう。感謝し味わう間もなく今年の秋も過ぎようとしている。

2002年10月9日 (水)  他犬種の愛らしさ

他犬種の愛らしさ


 小さい時から犬と一緒だった時間が多く、何頭かのMIX犬と生活をしてきた。その時は気付かなかったのだが、不思議と我が家に来た犬たちはいずれもマズルの尖った巻尾の子で、毛のフサフサした子ばかりだった。色は白系と茶系だったが、自分の頭に「イヌ」とはこういう生き物なのだということを自然に刻んでいったような気がする。17歳で虹の橋を渡ったMIXの女の子クマが亡くなって2年ほど経過し、サモエドと暮らしたいと強く思ったのは、子どもの頃学研だったか小学館だったかのシリーズものの図鑑で「動物」の巻にイヌの仲間としてサモエドが載っていたことや、クマが亡くなった頃と前後して新聞に那須動物王国のサモエド、カフカ君の愛らしい写真を見てというのが大きなキッカケだったと思うが、意識の下では今まで暮らしてきた犬の友人たちがスピッツ系の顔立ちだったということが影響していたのかもしれない。

 そのため、犬の好みとしてもハスキーやマラミュート、あるいは柴や秋田のように鼻の尖った連中が中心で、それほど多くの犬種を知っているわけでも関心があるわけでもなかった。それどころか、昔、歯医者の友人の家にいたマルチーズに攻撃的に吠えられ、噛み付かれた思い出などもあり、ヒャンヒャンうるさそうな連中は敬遠さえしていた。しかし、この数年、ニッキと散歩をしていて挨拶をしてくるわんこ、フード屋さんに遊びに行ったり獣医さんの待合室で一緒になったりというときに出会うわんこ、そして、ネットの世界で知り合って訪れた先のHPで目にしたわんこの仕草や表情を見るにつけて、そしていろいろなことを伺って知識を深めていくにつれて、それぞれの犬種の持つ愛らしさや能力に魅了されるようになってきた。また、サモエドがどのような役割を果たし、どのように日本にやって来たかといった知識を他の犬種と比較することで初めて、ニッキの遠い先祖に思いを馳せ、犬族にさらに強い敬愛の念を持てたように思う。公園で、ポメラニアンに出会った時にも「よっ、ご親戚!」という親しみが生まれたし、ニッキと打ち解けてくれたピレネーの頭を撫でる時の幸せそうな表情、こんにちは!とこちらを見上げるミニチュアダックスの円らな黒い瞳、それらに接する時に、以前にも増して、犬って素晴らしい!と感じられるようになった。

2002年10月8日 (火)  未解決事件

未解決事件


 仕事場でぼんやり。雨の日は頭の中も曇ってしまったように不快活。というのも昨日から頭を占めている「靴下オモチャ事件」が解決されないままになっているからだ。靴下おもちゃとは古い靴下を丸めて縛り、手毬のような形にしたものなのだが、タオルのように腕で押さえて歯で引き千切るという解体がしにくく、また有効なリサイクルなので、ボロボロになるまで使っている。ところが、このように手軽なことがアダとなって、靴下オモチャが増えすぎたのだ。仕事でもオフでも履けるように、ユニ○ロで薄茶の綿靴下を中心に買うのだが、それで拵えたそっくりのものがいくつもある。

 そして、昨日の朝、ニッキを屋上に出して朝の自由運動をさせている間に床を拭き、サークルの移動をしていたところ、ゴム製のおもちゃと骨ガムは目に入ったものの、それ以外に普段愛用している靴下おもちゃが見当たらなかったのだ。夜にでもその存在を確認しておけば、ニッキの「誤食」として問題を立て、対策を講じることができたのだが、そもそもそこに靴下おもちゃがあったのかどうか、ということが確認できないままで、本当に漠然とした不安に包まれてしまった。普段ニッキが鼻を突っ込みそうなところは丁寧に探したが、ない。そこで、下の階の居間に、遺留物はないか確認に急いだ。そこには、靴下おもちゃが2つほど転がっていたが、ニッキが遊んでいたもののような気もするし、そうではないような気もする。先週の土曜日、自分の帰りが遅くなったため、留守番中のニッキを母が排尿をさせてからリビングに連れていって遊ばせた時に、ニッキが持ち出したのだと考えれば一応の納得はできるのだが、その確証はない。ただ、今まで、ニッキは靴下オモチャを引き裂いて千切ったことも、食べようとしたこともない。

 今日旅行から帰った母にその件を問うてみたところ、よく覚えていないという。食欲もあり、排便も正常で布の切れ端も糸も出てこなかったことから考えて恐らく、ニッキは食べてはいないと思うのだが、最後の始末の部分があいまいで歯切れが悪い。先日ペーパータオルを食べられてしまうという不始末を犯したばかりなのに、このようなあいまいな事実に翻弄されているのは誠に情けないことである。「恐らく」と「確実に」は大きく異なる。足元で気持ち良さそうに眠るニッキを危害から守るのは自分しかいないのだということを胆に命じよう。

2002年10月7日 (月)  小太郎ファン

小太郎ファン


 小太郎は隣のマンションの自転車置き場に面した石庭に普段いるのだが、上の部屋で仕事をしていると時々「小太郎、こっちおいで」という声が聞こえる。恐らく小太郎の同腹の姉妹を飼っている隣のスナックの人だろう。そして、マンションの高校生までが「小太郎」と呼んでくれるのは、そこの親子が小太郎を呼ぶ声を聞いてのことなのだろう。当初、小太郎の前の飼い主の良からぬ噂が先行し、悪いイメージが纏わり付くのを嫌って改名を考えたこともあった。靴下を履き、手袋をしているような模様なので、「ソックス」「タビー」といった、わかりやすい命名を考え、あるいは、母が大昔飼っていたキジトラネコ、「ペコ」の名前を襲名する可能性もあった。だが、保護したときから小太郎、コタと呼び、また、小太郎を保護して間もなく故人となった前の飼い主も決して薄情だったのではなく、むしろ小太郎を深く愛していたという話を聞くにつけて、目の前のキジネコが「小太郎」でなければならないようなそんな感じがしてきた。滅多に外に出ないニッキではなく、気軽に愛想を振りまく小太郎が我が家の番猫兼アイドルとなってくれている。

2002年10月6日 (日)  ネコは外、イヌは内

ネコは外、イヌは内


 別にネコに意地悪をしているわけでも、世間様の常識に対してひねくれてみようというわけでもないのだが、先住の犬たるニッキが室内犬としての地位を不動のものにしているため、ネコの小太郎は外(といってもシャッターで外とは仕切られる石庭風の中庭であるが)という形が定着してしまった。

 昼は暖かいが夜になると冷え込むので、寝る時には小太郎を寝室に連れて来てやろうと何回か試みたのだが、大人しく丸くなって寝ているわけでもなく、好奇心たっぷりにニャアニャア鳴きながら結構あちこち歩き回る。それに刺激されて最初は無関心に寝ていたニッキも興奮して部屋の中を駆け巡り、凄まじい追いかけっこに発展し、あわれ部屋の主は寝られないという結果になる。そこで、秋に入って、とくに冷え込みそうな日は自室のバリケンか母の部屋で避寒をするという例がポツポツ出てきた。ただ、これでも真夜中に切ないような寂しいような声で鳴き、結構うるさい。カワイイ声からやがてビブラートのかかった「なぁおなぁお」という化け猫声に高まっていく。トイレの設備もないし、自由に行動できなくなるのがつらいのかもしれない。あまり過保護にせずに、石庭に温かそうなネコハウスを置いて、本格的な冬までそこで過ごしてもらうのが現実的かもしれない。あれだけの毛皮を纏っているのだから、こちらが思っているほど寒がりではないのかもしれない。雪やこんこ♪の歌がどうしても先入観を与えてしまうのではないかとも思う。たしかに、犬は喜び庭駆け回るのだけれども…。

2002年10月5日 (土)  ホームページ

ホームページ


        愛用のマシン(笑)

 高知から帰ってきてコツコツ始めたホームページ(サモエド共和国)の手直しが一段落した。立ち上げたのが去年の10月の末で、あれこれと構想ばかり膨らみ、計画倒れに終わってしまった企画も多かったが、リニューアルを終えてこの1年近くを振り返ってみると、遊びに来てくださる方も増え、話題といえばサモエドオンリーのサイトであるにも関わらず、17676人ものアクセスがあった(日記書き込み現在)ことは大きな驚きである。そして、温かい善意の書き込みがここを魅力あるものにしてくれた喜びは大きい。機能面やデザイン面で目新しいところはないが、使いやすさ、見やすさには工夫を重ねていきたい。そして何よりも今まで通り、素朴で心が温まるような場所にしていきたいと願っている。

2002年10月4日 (金)  食欲の秋

 白い炊き立てのご飯に、今日のおかずと言えば、じゃことマグロのそぼろとウニのアルコール漬けくらいだった。いわゆるメインディッシュとなるような肉料理や魚料理はないが、ご飯との相性が良い名脇役と一緒だと食が進む。朝昼夕(夜)以外に間食でカップヌードルを食べたが、2合半炊いてあったご飯をほとんど1人で食べてしまった。

 体を動かすよりも考え事を続けながら作業を進める方が腹が減る。腹が減ると、あともう少し頑張ってから飯にしよう、とかニッキや小太郎もひもじい時の切なさはきっと同じなのだろうな、と意外に粘りが出て、細やかに思いが及ぶ。空腹という感覚を大切にしなければならないとも思う。飽食というのは満腹であることではなく、空腹を感じる機会が少ないことを意味するのではないのだろうか。足りない時に満たされる歓び、待ち侘びたものに出会えた喜び。そういった感動に巡り会えないのは不幸とさえ思う。

 犬も猫も寒くなるにしたがって摂取すべきカロリーが多くなると行き付けのフード屋さんのHPに書いてあったが、同じ哺乳類である人間にもこれは当てはまることなのだろう。ただ、自分の場合、このまま行ったら80kgの大台を突破してしまうことになる。どうせ腹だけが膨れ上がるのだからそれだけは避けたい。ニッキとの散歩の時間を少し増やす必要があるかもしれない。時間に追われ、時間の不足に常に脅かされるような日常は、自分に何が欠けており何が必要なのかを考えさせるだけの精神的余裕まで奪ってしまう。時間は創り出すものに相違ない。

2002年10月3日 (木)  ペーパータオルと雑巾一本

ペーパータオルと雑巾一本


 昨日↑な写真を貼ったせいかどうかわからないが、午前中、ちょっとした隙を衝かれてペーパータオル(おしぼりウエッティ)を食われてしまい、自分が仕事から帰る少し前に、母がニッキの足拭き雑巾を巧みに奪われてズタズタにされてしまった。ペーパータオルなどは、最初に目が合ったときには口の中に含んでいることなどこれっぽっちも態度に表さず、次に目が合ったときにはすでに最後の紙片を飲み込むところだった。今まで何度か、おしぼりウエッティを口の中に手を突っ込んで引き抜かれた経験があるので気取られないように学習したものであろう。食べて欲しい果物や野菜にはほとんど関心を示さず、何であんな不味そうな物を食べるのかはよくわからない。

 ニッキの足拭き雑巾は、ニッキがすぐに咥えられる場所に置くのだが、自分と一緒のときには決して雑巾を狙わない。力とスピードで優位に立てそうな母に対してはこれをくみ易しと見て、雑巾を奪い、引き裂いたのだと思う。

 被害はたかがペーパータオルと雑巾であるが、これが仮に毒物や鋭利な刃物だったとすると…。金額で償えるもの、謝って済むものであれば単純な悔しさと申し訳なさで済むが、万が一、ニッキの身に異変が起きてしまったとすると…。些細なことではあるが、精神が弛緩した時の何かの啓示、シグナルと捉え、普段から警戒を厳にしたい。

2002年10月2日 (水)  あたり年

あたり年


 「台風一過」のテーマを何度も使い回しているように感じるほど今年は台風の上陸が多い。そしてそれをまた異常気象に結び付けて抽象的に何某かを懸念するというこの日記のパターンも定着してしまった感がある。それが別段自分の成長を導くのでも、社会をより良くするのでもない以上、その背後には手垢の付いた常識や事勿れ主義、あるいは禁忌を破るような恐れ(非常に原始的・呪術的な感情である)も潜んでいるようにも思う。しかしそれではつまらない。台風と自分だけの関係としてのみ捉えるともっと活き活きと感じられることが多い。

 つまらない前置きから始まったが、戦後最大級と形容される台風に来ていただいたのだから、陳腐な修辞では申し訳ないなどと、そんな自分の頭の中でのどうでも良いような悶着を一掃してくれるほど、今朝の空は気持ちよかった。サウナの後のビールが堪えられないように、こんなに素敵な青空を眺めることができるのならば台風も悪くはない。大型の台風のエネルギーは富士山の噴火を凌駕するエネルギーがあるということだが、もっとも柔らかい空気という手段を使って鉄塔をぐにゃりと曲げるのだから、その底力は侮れない。願わくば、そのエネルギーの一部でも自分のものとして使うことができたらと思うのだが、現実にはミニ竜巻のニッキに翻弄される始末である。台風を話題にしてもこういうオチに落ち着くあたり、つくづく小市民だなと思う。小市民万歳!

2002年10月1日 (火)  台風21号

台風21号


 夜中になったら暴風雨圏に突入するから、それまでにコンビニで買い出しを済ませ、ニッキの排泄を終えてしまおうと思ったのが裏目に出た。

 17時過ぎにほとんど雨避けの約に立たない傘を差し、びしょ濡れになって家に戻り、今度はやはり土砂降りの中ニッキを屋上に出して排尿をさせようとした。だが、外に出て間もなく、凄まじい風雨に押されて悲愴な顔でアルミのドアをドンドン叩く。排尿はできても大きい方はちょっとムリだったようだ。仕方がない、後でリードを付けて雨を凌げる駐車場でさせることにしようと考え、廊下で暫らくの間遊ばせてからケージに収容して休ませた。

 21時頃から雨も風も治まって来たので、台風はどうなったのか確かめたところ、すでに水戸にまで到達しているとのこと。今度は落ち着いてニッキを出し、用を足させている間に、台風避難の名目でニッキのバリケンに居候している小太郎を寝室で遊ばせた。小太郎がつつっと興味を持って向かっている方に注目すると床が広範囲に濡れている。ペットドリンキングの水が飛び散った程度のものではない。窓は、密閉してある…。指先に付けてその臭いを確認。!やられた。ニッキのおしっこだった。おそらく先ほどは暴風雨の中で思うように出し切れず、残った分を我慢できずにここで処理(ケージの外側に向かって放尿)したのだろう。その後始末で、多少の混乱があったが、0時を過ぎると雲一つない秋の夜空に星と月が瞬いていた。台風に直撃されるよりはずっと穏やかな被害で済んだことを感謝したい。