2002年11月30日 (土)  まとめ

まとめ


 月の末日に感情を高ぶらせず、いたずらに感傷に流されることなく、できるだけ心を研ぎ澄ませて過ぎ去った1ヶ月を振り返る。あいかわオフの楽しかった記憶や仕事の中での子どもの顔が浮かび、なかなか充実したひと月であった、などと心の決算をしている。続いて今日1日のことを思い出してみる。1ヶ月単位での回顧よりも当然に小さな事実や感情までが具体的によみがえってくるのだが、それでもかなり主観化されて、一応の流れのあるもののように仕立てていることに気付く。すなわち、相互にまったく無関係に発生した事実に一定の意味を与え、「生命と時間」という異質な要素をつないだ人生という場の中で解釈しようとしているように思うのだ。人間の頭脳が生来備えた能力の一つなのだろう。何らかの「物語」を想定し、時空を超えた各種の情報を、取り敢えずもその中に位置付け、動的な判断をしつつ将来の方向性を決定するほとんど無意識のこの働きに感心する。だが、この判断の主体である自分が脆弱であったなら、時を置いて紡ぎだす物語までもが自分勝手な軽薄なものになろう。2002年の終わりの日に書き上がる物語を、軽く読み流すことのできないような起伏に富んだものとしたい。長く感じるか短く感じるかは別にして、1ヶ月という未だ白紙の時間がそこには存在する。

2002年11月29日 (金)  アクアソフトに導かれ

アクアソフトに導かれ


 昨日決意した早寝(は失敗)早起きを実践しようと、ニッキの朝の排尿に付き合うついでに思い切って起きてしまった。日の高さや空の透明感などから、朝の時間だということを実感できる。ニッキの食事と自由運動の時間を置いて戻ってみると、昨日1日ゆるかったために心配した便も今朝はしっかりしたものとなり、また、色も、吹き込んできたこげ茶色の枯葉のように健康的なものだったので安心した。早く活動を開始した分、昨日買ってきたデジカメの初期設定を母から頼まれたり、風呂の後始末のことで少々諍いをしたりと余計な時間を費やすが、それでも午前中に予定していただけの仕事はこなすことができた。

 天気も良い。この時間を家の中に閉じこもっていたら勿体無い。ニッキを屋上に出し、ケージを車に載せ(この段階ですでにニッキは外出の気配を察している)、13時過ぎにあいかわ公園を目指して家を出た。車を換えてからまだ使ったことのない、霊園脇と古戦場、養鶏場を経由する愛川町の抜け道を通り、30分ジャストであいかわ公園の駐車場に到着。途中の車窓に映る山々の紅葉も目を楽しませてくれたが、一段と深い葉っぱの色づきである。
                     

 今回のミニドライブでここを目指したのには隠れた理由がある。度々この公園を訪れながら、食べるチャンスを逃し続けてきたアクアソフトというエメラルド色のソフトクリームを今日こそは味わおうと思ったからなのである。
          夢にまで出てうなされるようなものではないが、近頃自分なりに健康に気遣って食事制限をしているので、食べ物への欲求が今日のような行動を促すのかもしれない。で、ニッキも喜び自分も喜ぶ一石二鳥の目的地として半ば当然にあいかわ公園を目指すことになったのだと思う。アクアソフトはちょっとミント風味の思った通りの味だった。当面の食欲が満たされたので、次は純粋にニッキ本位に行き先を決めることができるはずである。

2002年11月28日 (木)  早寝早起きのために

早寝早起きのために


 仕事から家に帰ってくるのが遅い日には夜の10時を回る。そこから着替えを済ませてニッキの排泄を行い(帰りが遅い時には夕食は済んでいる)、自分の夜食を腹に入れる頃になるともうPCに向かうのが0時に近くなっている。モニターを覗きながらも即時処理できる単純な仕事を片付けつつメールの返信やHPの巡回を行い、それから本腰を据えて預かりノートの添削や家の事務処理にかかる。1件上がる毎に小休止してHPの書き込みを渉猟。仕事の後でも頭が比較的冴えているので、効率は悪くないのだが、その繰り返しとなる。そうするとなんだかんだ(就寝前のニッキの排尿もある)で就寝時間が3時に近くなる。次の日がたとえ6時起きの日であっても不思議なことに夜のリズムが固定されてきてしまった。

 理想とするのは0時前に寝て、5時頃床を出てニッキと夜明けの冷気を感じながら散歩を終え、朝日を見ながら机に向かう…、というものなのだが、まあ無理をしないでできる範囲でそういう生活パターンに近付けていきたい。実現できればもっともっと多くのことができそうな気がする。

2002年11月27日 (水)  演目 ニッキと小太郎

演目 ニッキと小太郎


 1週間に2度くらい、天気の良い日にニッキと小太郎を一緒に遊ばせる。小太郎も屋上に慣れてきたので、目の届く範囲でノーリードにして自由にする。ニッキの簡単な臭いチェックが終わるとまず、小太郎からネコパンチを仕掛ける。挨拶代わりのものなのだろうが、ニッキが相手にせずに景色などを眺めているとやがて抱き付き攻撃や後肢(腿)への噛み付き攻撃に出るようになる。こうなってくるとニッキも黙っていない。小太郎のすぐ前に前傾してフセの姿勢を取り「ワン、ワン!」と鋭く吠える。「お前はな、ちょっとしつっこいんだよ!」と言っているかの如くである。そうすると小太郎は心得たもので、すぐさま降参のポーズを取る。腹を見せて伸びをするように前肢を突き出し「タンマ、タンマ!」とやっている。気の良いニッキはすぐに解放するが、そのまましゅんとなってしまうようなコタではない。引き上げていくニッキの後肢に素早く抱き付いてガブリ!とやってから急速離脱。悔しいニッキは反転して小太郎を追いかける。ニッキも意外に敏捷であり、平地でのダッシュ力はほぼ互角である。小太郎も高いところには飛び上がらないで、逃げることを楽しんでいるかのようだ。ニッキは覆い被さるようにして退路を防ぎ、小太郎を捕捉する。観念して腹を見せている小太郎を太い前肢で突付くようにして「今度は許さんぞ!」と吠える。


 美味しいね!

 だが、それ以上の反撃には出ることなしに小太郎の「にゃぁ〜」という情けない声を聞いている。どんな話し合いがなされたのか、小太郎はニッキの前でとくに悪びれる風も見せずに立ち上がり、そしていつの間にか一緒に水を仲良く飲んでいる。何の脈絡もなくハッピーエンドとなるのだがこの結末には不満がない。

2002年11月26日 (火)  冬の準備

冬の準備


 連続する台風で片付け損ね、落ち葉が舞い込んでなかなか風流だなといい訳をして放っておいたビニールプールを洗って干した。乾かしてからもう一度丁寧に水をかけて洗い。来年の使用に耐えるように修繕する予定である。大雨の後などで満水になるといずれからか水漏れがあり、乾燥した日もコンクリートの床を湿らしてくれている。金魚が住んでいるわけでもなく、結局水の流れたところにコケのような藻が発生するだけで何ら実用的なメリットはないのだけれど、キラキラと天光を反射する水を張ったプールは、殺風景なコンクリートと金属柵の情景に多少なりとも自然を感じさせてくれた。夏にはニッキも遊び、小太郎にも水への興味を与えてくれたプール。去年の秋に100円で手に入れた割にはよく役立ってくれた。


       右を向いていますよ(笑)

 午前中、携帯にBBSへの書き込みを知らせるメールが十数件。思わず笑顔になる。が、携帯から返信しようにもデッキブラシでプールを洗っている自分の回りにニッキが纏わりついて妨害する。秋の終わりとも思えない温かさののどかな青空。顔を見上げる度にサモエドやシュナウザー、シロクマが遊んでいるのが見える。隣のディスカウントストアの看板の上からシロクマは右手を挙げて挨拶してくれ、やがてそれはテディベアに変身した。今日が仕事でなければ昨日行った山にまたニッキと訪れたいとそんなことを考えながらホースリールの水勢を最大にしてプールの底に積もった数ヶ月分の澱みを洗い流した。

2002年11月25日 (月)  雨の中のトレーニング

雨の中のトレーニング


雨だよ、いいの?

 同じ神奈川県でも相模原と横浜の天候はかなり違う。山が近いだけあって相模原は気温も低く、降雨量も多い。朝起きて窓の外を見やるとポツポツと雨が降っていた。寝ている時から聞こえて来る、国道の轍に溜まる水を自動車が撥ねる音で大体の天気はわかっていたが、今日のトレーニングは中止かなと思ってトレーナーの先生にメールを入れた。ニッキの排泄を終えて戻った時に先生からのメールが2通同着で入っていた。すでにこちらに向かっており「雨も小降りだし、やりましょう!」という内容だった。相模原からやや西の町田とですらかなり天候には差がある。が、雨支度さえ調えればトレーニングも楽しいもの、「今から家を出ます」と返信した。

 家からは城山湖まで20分。山道を登る頃から雨足が強くなり、濃い霧が山頂を覆う。目的地に到着するともう一人来る予定だったコーギーの飼い主さんは欠席だという。普段の明るい光景が深山幽谷のようである。車にいったん戻ったため、先発した先生と途中はぐれてしまったが、普段なかなかできない脚側歩行の練習を兼ねてじっくりと歩き込み、来た道を引き返したところ先生と出会うことができた。ここでは携帯が圏外となるためメールも届かなかったわけだ。そして、当初予定のコースである枯葉の敷き詰められた尾根伝いの自然歩道に入る。


町田市の最高峰!


      友だちと一緒に走るの大好き!

 雨でぬかるむ山道をイチ君の後になり先になって飛び跳ねるように進む。急な下りでもスピードを緩めることなくスリルを楽しむように駆け、滑り降りる。少し落ち着いたかと思えば道の脇の茂みに2頭で猛ダッシュを駆ける。素晴らしい脚力も跳躍力も普段まったく見せてくれないのにと、犬同士の関係を少々うらやむ。8割は犬たちの自由に任せ、時々立ち止まっては「コイ」「マテ」のコマンドを与える。遊びに夢中になってほとんど聞きいれてくれないのではないかとも思ったが案に相違して結構自分のことを気遣ってくれていることに嬉しくなり、自信を深めた。雨の中の1時間程の山行トレーニングで自分もニッキもびしょ濡れになってしまったが、得るものの多い時間となった。

2002年11月24日 (日)  ゆっくり眠ろう日曜日

ゆっくり眠ろう日曜日


 表題のように宣言してはみたものの、実際にはそれほどゆっくりできる1日ではなかった。仕事の忙しさで手が付かなかった家庭の雑事に追われたからである。何かに手を付けると一段落するまで作業をしないと落ち着かない性格である。床の拭き掃除や郵便物の仕訳や書類への必要事項の記入、不要になった書類の整理など、結構時間を取るものである。成績関係の資料等は資源ゴミの日に出せないので厄介だ。年賀状の印刷もデザインもそれ自体は手間ではないが、喪中はがきや住所変更のお知らせを元にして住所録の更新をしなければならない。今から年の瀬の気持ちで居ないと12月半ばを過ぎるくらいからバタバタすることになってしまうが、それだけは避けたい。そしてニッキとのトレーニングやオフ会出席のための外出などが気持ちよくできるようにするためにも雑事は前倒しで片付けておきたく思う。



 日記を付けながらまだまだやり残していること、税金の申告など新年早々に手を付けなければならないことなどが頭に浮かんでくるが、現時点で準備できることばかりでもないし、そのことに気持ちを奪われると「今」が味わえなくなってしまう。それはそれとして忘れずに書き止めておくことにしよう。問題の生じた時にしっかりと物事を片付けられる習慣が身に付いていれば、予定表の事務処理リストのチェックボックスにチェックマークを入れることができる確信が持てる。事務処理ではないが来年の秋には、「□ニッキと九州旅行」という項目が設定されている。いくつかの仕事や事務をこなせば近付いて来る楽しい予定である。

2002年11月23日 (土)  ちょっと暴食

ちょっと暴食


 今日は塾のイベントで朝から夜までずっと教室に缶詰。イベントの方は2日の時ほどの人数ではなかったものの、休み時間に添削や今後の授業の予習、プリント切りなども行ったので結構忙しい1日になった。久々に一杯やって帰ろうかとも思ったが、財布の中には2000円ちょっとしか入っておらず諦め、帰り道にあるダイエーで、「半額」「30%OFF」のシールの付いた惣菜やパンを買って帰った。

 体を動かすだけでなく、気の張り詰めた時間の後はやたらに空腹になる。普段はまず、ニッキ、小太郎に夕食を与え、それから自分という順序なのだが、今日は犬猫衆を放っておき、パックされたサラダと卯の花、そして小学校の給食での好物だった揚げパンを空きっ腹にぶち込んだ。理想とする節制というような姿ではなく、傍からみれば餓鬼のようだったかもしれない。腹の方が落ち着いてから、ニッキにカスピ海ヨーグルトがけのフードを与える。空腹の切なさはよくわかる。こっちも大盛りにしたのだがあっという間になくなってしまった。

 ニッキはその後横になってうたた寝状態に入ったが、イヤシイ人間の方はもう1品、買い物途中に急に食べたくなった鮭トバ(陳列棚に並んでいた最後の1袋)をニッキに見付からないようにモシャモシャ噛みながらPCの前に向かっている時、何かのタイミングでクシャミが出て、鮭トバの欠片が鼻の奥に詰まってしまった。明日になればスコンと抜けるだろうが、今のところムズムズして不快である。暴食とニッキに隠して美味しいものを食べたことへのバチなのかもしれない。

2002年11月22日 (金)  一息

一息


 子ども達から預かった相当数のノートに目を通して赤を入れて、明日のイベントの予習をする。普段担当していない算数のアドバイザーもしなければならないので、わかりやすく教える方法を考えなくてはならならず、少々頭を使う。

 それにしても世の中がこれだけ不景気だというのに塾に通わせようとする親御さんは多いし、子どもにもそれほどの拒否反応は見られない。やるべきときにはしっかりとやっている。自分が携わる仕事だからというわけではないのだが、それなりの意味があるということなのだろう。しかし、それが世の中にとって本当に健全なことなのかどうかわからない。家庭の中でメリハリが付き、学校が信頼するに足る教育機関として復権すれば塾の存在意義は減少するはずだ。その時にはニッキを食わせるためにも別の働き口を探さなくてはならない。

 ただ、子ども達の中には、同じ塾に通う、同じ野球チームに所属するといった帰属意識のようなものの芽生えがあり、教育やしつけという面では家庭と学校という活動単位で十分だとしても、日常の生活の場以外に、一緒に通う、一緒に何かをやるという気持ちは消えていかないと思う。地域社会に溶け込むのとは別に個性に見合う活動の場が絶対に必要だと思う。また、なにがしかの技術を身に付けるためには人間との生の触れ合いが必要であり、最低限の礼儀をわきまえていなければ、たとえ営利目的の教室であれ道場であれ指導者から多くを学ぶことはできないし、何よりも自分自身が不快活な気分になるということを体験するのではないかとも思う。

 自身の立場で、道徳や倫理を全面に押し出したことは1度もない。ただ、効率という面から見ても、時間厳守の観念や出発前の持ち物の点検、正しい姿勢の保持などは必須のことである。塾という少し前までは必要悪ともされてきた職場にあって、正しいと確信することは曲げないで子ども達に伝えていきたい。明日は早くから新入室生の入室テスト。輝く笑顔を見たい。

2002年11月21日 (木)  同じ時間に

同じ時間に


 さて、これから仕事に出ようかというひととき、ゴロンと横になって眠り込んでいたニッキが目を覚まし、伸びをして自分でも驚くようなクシャミをして舌をペロペロ出している。

 何気ない時間であり、自分にとっては今日1日もまた、とり立てて特徴のない1日として終わるのだろう。しかし、今のこの時間、今日1日が喜びや悲しみに染められた忘れられない日として終わるという人もいるのだろう。喜びが大きなものになり、悲しみがやがて癒えていくように無関係な自分が祈るというのもまた味がある行為のように思う。平和な時間に時々そうやって気持ちが自分の外に飛ぶことがある。そうそう、明日からニッキの心の友、札幌のサモエドラグナ君の人気投票が始まる。これは他人事ではない。自分にとってもワクワクすることだ。たくさんのサモエド仲間と盛り上がりたい。同じ時間に違う場所で。

2002年11月20日 (水)  一日の流れ

一日の流れ


 どうも、1日の時の流れ方は均等ではないように思う。現在の科学をもってしても実体がつかめないものの代表格が光と命、そして時間だろう。時計の針を凝視するとどの1秒も同じように過ぎ行く。しかし、渓谷の川の流れのようにあるところは速く、あるところはゆったりと流れているように思えてならない。

 まず、8時頃に床を出て、ニッキの排泄と食事を済ませ、彼が自由運動をしている間にコーヒーを淹れて飯を食い、朝の早い弟が自室の前に置いた朝刊に目を通す。昨日回しっぱなしだった洗濯機の中から臓物を引き摺りだして物干しに引っ掛ける。この間はそれほど時間が速く経過していない。が、ドアを叩くニッキを迎えに行き、出したモノを片付け、足を拭いて収容してから静かになるまで相手をし、PCの前でメールチェックやHPの巡回に入る頃、この頃から時間が凄まじい速さで飛び去って行く。子ども達からの預かりノートの添削をし、しなければならない予約を急に思い出し、ついでに忘れないうちに書くべきメールを出してしまい、そうそう、これもと気に入った画像を親しい友人に送り付ける。添削が3分の2くらいが片付くと市役所の正午を告げる鐘が響いてくる。そして、添削が仕上がり、ニッキをいったん屋上に出し、補助錠のセット、火元の確認など外出の準備をしてから喜びはしゃいで飛び跳ねるニッキにリードを付けて2kmほど離れた公園までの散歩。帰りに必ずフード屋さんクッキーに立ち寄るので帰る頃にはもう夕方の気配が迫っていることになる。ここまでは非常に早い。

 ところがここから0時過ぎまでは比較的時の流れがゆるやかになる。仕事に出る日は十分に下調べができるし、休みの日には早めに配達される夕刊に目を通し、知人に手紙を書き、興味のある事項について調べものをする。あるいは、居心地の良いサイトに顔を出してちょこちょことレスを付ける。雑然としてきた身の回りを整え、小便臭くなってきたニッキの雑巾を石鹸で洗い、ニッキに目薬を差す。それから夕食を取り、柿を剥いてヨーグルトを掛けて食す。それでもまだ自由時間が残っている。が、ここが勝負の分かれ目となる。0時を過ぎてなお、いい気になって好きなことをしていると潮目は急に早くなって時計は2時を回っている。入浴してニッキの最終排尿を済ませ、さぁ寝なくてはと思って、地図など見ていると、しまった!ということになる。

2002年11月19日 (火)  健康管理

健康管理


 今日は会議で横浜まで出た。ちょっと遠いので家を早めに出なくてはならないが、相模原や町田で手に入らないような本や文房具を手に入れるのにもたまには良い。ラッシュのピークの過ぎた快速電車に座って約1時間。退屈な時間ではあるが、その分電子手帳のデータを整理したりメールを返信したりと、普段は面倒に思える作業が捗るというメリットがある。また会議では普段なかなかお目にかかれない先生方とご一緒する得がたい機会でもある。

 会場に到着し、部屋の後方に親しい算数科のKさんの姿を認め、隣に座り、生徒の近況などの情報を交換する。会議まで少々時間があったので、近頃気にしている健康診断の結果を話したら、「そんなことをクヨクヨ悩む方がずっと体に悪い」と言って高らかに笑っていた。彼などは、どうせ受けても結果が悪いからと言って、健康診断を2年続けて欠席したツワモノである。彼と同じ教室で国語を担当するOさんなど、神妙に診断を受けたはいいが、「要検診」がベタベタくっ付いているらしい。それなのに2人して今日も元気に酒を飲みに行く約束をしているのだという。Oさんに至ってはラーメン年間1000食を目標にしているとのこと。呆れるという限度を超えて、遅刻しそうになって駅から走ったところ、頭のてっぺんが割れるように痛くなって死ぬかと思ったとか、血圧が一瞬300くらい行ったと思ったとか、とんでもない話をしている。事実なだけに恐ろしいことである。

 クヨクヨしすぎるのはたしかによくないが、この点では絶対に自分の考えの方が正しい。そう確信した。彼らの食事(ラーメン)の誘いをやんわりと断り、出講先の教室近くのスーパーで「ファミリーサラダ」を買って教室で食べた。やっぱり、しばらくは酒も肉も控えてあいつらよりは絶対長生きしてやろう、間違っても先に死ぬわけにはいかないと、そう心に誓いながら。

2002年11月18日 (月)  秋の健康診断

秋の健康診断


 いつもの公園まで行くついでに、獣医さんに立ち寄ってニッキの健康診断をしていただいた。今年最後のフィラリア予防薬も飲んでしまったので、怪我や病気がなければ来年の2月まで定期検診だけとなる。近頃自転車を引く力がものすごく強くなったので体重もかなり増えたのではないかと思っていたが、果たして診察台の上に持ち上げるとき、今までにない持ち重りがした。デジタルの体重計の指す表示が夏前の数字に戻り、24.5kgをちょっとオーバーした。排便の前だったら25.0kgを超えていただろう。背骨を触ることもでき、体型から考えてこれがベストだと考えていた。

 秋になっても特段に食欲が増したわけではなかったが、この1週間は散歩から帰ってくると山盛りのフードをペロリと平らげるようになった。見ていて気持ちが良いくらいだ。ただ、適度な運動でカロリーを消費し、その分の筋肉が付くのであればもう少し食事量を増やしてもいいのだろうか? 太り過ぎが犬にとって非常に怖いことはサモエド関係のMLでも周知の事実になっている。いろいろと研究をして客観的に適度な食事量を決めていきたい。

2002年11月17日 (日)  モロ母さんの誕生日

モロ母さんの誕生日


         母似のニッキ

 サモエドの世界は狭い、とよく言われる。詳しいブリーディングの知識はないので断定的なことは言えないが、少なくとも自分の知っている範囲のサモエドの多くが互いに親戚関係にあり、数代遡ることで、共通の祖である伝説的なチャンピオン犬や有名犬に辿り着く。我がニッキはカムイ(この7月に死去)、スノーというため息が出るほど見事な祖父と祖母を持ち、父は現在もなお子作りに忙しいチューイ。そして、母は9月の里帰りで再会を果たしたモロである。お祖父さん、お祖母さんの資質をどれほど受け継いでいるかは思い込みの世界でしかないが、9月にモロ母さんを見て、ニッキとよく似ていると感じ入った。4年前の今日がモロの誕生日。当たり前のことだがモロがいなければ、いや世代を遡れば倍々に増えていく先祖の1匹が欠けてもニッキの存在はない。秋の夜長にニッキの血統書を手にしながら、遠い先祖のサモエドたちに思いを馳せる。そして人間だってそうなのだよなぁ、と当たり前のことを思う。ここに自分がいて、ニッキが横で寝ている。これは偶然のようで運命のようでもある。


    ニッキを産んでくれたモロ母さん

2002年11月16日 (土)  久々の曇り

久々の曇り


 朝方非常に冷え込んだためかニッキもフローリングの上ではなくケージの中に自ら入り、丸くなって寝ていた。単純に寒ければ寒いだけ良いというものでもないらしい。朝は自分が起きる時間帯にだけオイルヒーターのタイマーがONになるが、それ以外は暖房は入らない。ニッキや小太郎と違って、自前の毛皮を持たない自分としては、そろそろ冬用の敷布と毛布を用意したくなる季節である。

2002年11月15日 (金)  日記の材料

日記の材料


       陶製のクッキーちゃんと

 散歩中、日記に何を書こうかと考えた。家庭の主婦が今日の料理は何にしようかと不意に思うことがあるように。

 真っ青な空に幾筋もの飛行機雲、公園の木々の葉の緑・黄・紅の見事なバランス。生々しい自動車事故の跡や公園のゴミの散乱…。家の外に出るとそれなりに小さい事件に出会い、日記の材料には事欠かないように思う。ところがPCを前にして日記を書こうとする時に、それらの素材があるだけではどうも不十分なようである。詩想という程おおげさなものではないにしろ、今日一日を貫く精神の状態。もやもやした問題意識を今一度眺め直すことで家や街中で手に入れた素材を初めて料理することができるように思う。つまり、小さな体験をつなぎ止める気持ちの核となるようなものが必要になるような気がする。

わんわん物語
      だんだん仲良くなっていくね

 その問題意識は、ある場合には仕事のことであり、ちょっとした人間関係のことであり、時事問題であり、意識そのものでもあるのだが、それだけでもまた日記を書くだけの動機を得にくい。外界の事象に心を向けつつ、自分の内心を探る。これらが両方備わって日記らしいものが紡がれていく。しかし、多くの場合、実際に書き上がった文章は書こうと思っていたものとは相当趣を異にしていることが多くなる。これは恐らく、自身の文章力のなさや書くべき動機の未熟以外に、手に入れた素材と書きたいことのアンバランスのせいなのだろうと推測するが、このバランスを辛うじて取ってくれ、何とか文章と呼べるものに仕立て上げてくれるのがどうも相棒のニッキであるような気もしている。味の素のようなものだろうか。

2002年11月14日 (木)  モノの値段

モノの値段


 自分の今持っているお金がいくらあるかを別にして、パソコン、携帯電話、自動車、海外旅行はとても安くなったと思う。これらはモノそれ自体の価値よりも人間の精神や好奇心といった意欲に結び付き、それらを充足させ、コミュニケーションの範囲を拡大してくれるという意味をも持っていると考えるからだ。もし、世の中に自動車がこれほど普及せず、非常に希少なものだとしても、遠くに行きたい、いろんな人に会いたいと思えば中古の軽自動車にでも1000万円出す価値はあると思うのだ。同様に、人と人の心を結ぶパソコン。これも本来の機能のどれだけが活用されているかわからないけれど、100万円以上の絶対的な価値があると思う。そして携帯電話。これもコミュニケーションの道具だという意味ではパソコンと同様だが、この小さな機械の中に様々な工夫が詰め込まれ、科学技術の飛躍的な進歩が反映しているのだと思うと人間の賢明さや温かさも感じるのである。古い端末は処分せずに引き取って大切に保管しつつ、わずかに2年弱の間にどれだけのわがままな欲求に応えているかを掌の上で眺めている。そして、平和な日本に住んでこれらの技術革新の成果を享有できることに感謝している。1万円で経験できる贅沢の一つに数えてもいいのではなかろうか。海外旅行、これも楽しみたいのだが、ニッキとシベリアで遊ぶというのはちょっと大変そうだ。

2002年11月13日 (水)  カメラ付き携帯♪

カメラ付き携帯♪


       ポルトガルネコ コタロウ

 昨日カメラ付き携帯を手に入れた。デジカメのバッテリーのスタミナが持たないときのために普通の電池が使えて手頃な価格の予備のデジカメを探していたのだが、ちょうど良いものがなかなかなかった。家電の量販店の展示を見ているうちにどうせ買うならと欲が出てきて予算オーバーに陥るのである。新製品のスペックをぐっと無視するのはなかなか精神の鍛錬になる。他方で、バッテリーの消耗時期を考え、そろそろ携帯も買い換えようかと考えていた。従来のものも機能的には申し分なく、むしろシンプルな点が気に入っていたのだが(時計などもシンプルな方が好みである)、新しい端末の機能にワクワクするというように、気持ちを高揚させるのにも高くはない投資だと考えたからである。というような経緯で、ちょくちょく冷やかしていた携帯ショップのカメラ付きの端末で最も安い物が10,000円を切ったのを機に、「すいません、これお願いします!」とオモチャを買いに来た子どものような気持ちでいそいそろ書類に必要な事項を満たした。モノを買う時は自分の中でいろんな言い訳をしない方が良い。欲しいから買うんだ。また働けばいいではないか、という気持ちになった方がモノも生きる。ただ、いつもそうなのだが、いわゆるハイエンドというのか最高級の機種ではなく、手に馴染むような機種をお財布の中身とバランスを取りながら買う。今回もまたそうだ。

 で、実際に受け渡された昨日の夜からパシャパシャ撮っている。寝る時には目覚ましを兼ねて枕許に持っていくので、ある程度の光量があればニッキに気付かれずに面白い写真が撮れる。自分からケージに入って黙想しているような表情、ソファの上でキツネの襟巻きのように寝ている姿…。そして迷惑を顧みずそれらを親しい友人に朝っぱらから送りつけている。この点は少々反省すべきかもしれない。

2002年11月12日 (火)  寝坊

寝坊


 フカフカ山の向こうからマック君がやって来る

 昨日はグッスリ眠った。寝過ごした時には青空を見て、あっ損した!と思うのだが、今日は見事な曇天で風も強い。間もなく雨も降ってきそうである。こんな日は、寝ていた分体の疲れを取ったのだからと自分を納得させてやることができる。というわけで今日はニッキの外散歩もお休み。午前は少々溜まってしまった預かりノートの添削をしてから食事を取ろうと思う。一昨日はサモエドオフだったが、教えている子ども達もラストから数えて3番目の公開模擬試験の日だった。今日あたりその成績がゾロゾロと出てくる予定である。今日も1日、気合いを入れよう!

2002年11月11日 (月)  城山湖・あいかわ公園へ

城山湖・あいかわ公園へ


 今日もまた狭い公園ではなく、城山湖畔の広い堰堤道路でニッキのトレーニングを行った。昨日に引き続き好天にめぐまれて遠望が利く。多摩地区の大学や研究所、高いマンションがクッキリと目立つ。家からわずか車で20分程度の場所にこれだけの緑地があるのは嬉しいことだ。新しいトレーニング友だちはゴールデンレトリバーのマック君。普段なかなかできないノーリードの脚側歩行の練習や後ろ向き駈足(私が)での招呼の練習が思いっきりできる。昨日のオフで十分にストレスを発散させたと見え、今日はしっかりと自分の目を見て行動してくれた。ただ、マック君と近付くとどうしてもガウッ!となってしまう。初対面のストレスがあるのだろうが、お互いにほんのわずかな動きを読み合っている状態は剣豪のようでもある。

 正午に先生、マック君のママと別れて昨日のオフ会場へ。城山湖からは山を越えて30分弱の行程。昨日は幹事だったので食べそびれた青緑色のソフトクリームを食べたかったというイヤシイ理由がメインだったが、なんと月曜日はレストランは休業。「アクアソフト」の旗や看板が透明のガラスの向こうに空しく置かれていた。が、昨日見ることのできなかった周囲の山々の紅葉具合の観賞、時間があれば立ち寄るはずだった経路のチェック、ゴミ箱の確認などができたのでヨシとしたい。ニッキも2日続けてたっぷりと歩いたので少しは言うことを聞いてくれるといいのだが…。

2002年11月10日 (日)  あいかわオフ!

<FONT size="4" color="335522">あいかわオフ!</FONT>


 本日は前々から計画していたオフ。会場が相模原の我が家から近い神奈川県愛川町のあいかわ公園だったので、そしてたくさんのサモエドの笑顔を見たかったので、幹事を引き受けさせていただいた。集まってくださった方はおよそ60名、それぞれのご家族、親子、知り合いの方々が全部で37頭ものわんこと一緒に参加してくれた。サモエド以外にもスピッツや柴犬、ラブラドルレトリバー、ヨークシャテリア、ミックスのわんこが楽しさに彩りを添えてくれた。大きな事故もなく、参加者の方々が楽しんでくれたことは幹事冥利に尽きる。言葉の未熟さには負えない部分は画像に譲りたい。

 ダムによって作り変えられた擬自然に過ぎないと言えばそうなのかもしれないが、木々の存在や緑と鳥や虫それ自体は間違いなく「自然」である。そしてその中を行く我々人間もわんこもまた自然の存在である。公園内にある巨大な宮ヶ瀬ダムができる前の旧石小屋の集落を前のわんこのクマと一緒に真冬に訪れたことがあるが、信州の山奥のような壮大な山岳風景だったのを思い出していた。雪を頂く山頂がガラスのような青空をバックにキラキラ光り、大きな檻の中の鹿に向かって助手席のクマが激しく吠えていたのが忘れられない。当時の面影などまったくない程に作り変えられてしまった宮ヶ瀬ダムの工事に嫌悪を抱き、その周辺を訪れるのがたまらなく切なかった時期もある。しかし、自然の改変なくして市民の生活が成り立たないのだとすれば、感傷だけでダムを敵視していても何も生まないだろう。ダムはダムで人間の英知の結晶だと信じ、より多くの自然と触れ合えるシステムとしての公園のメリットを十分に生かしたいと思う。そんなことを考えながらオフ会の順路の終わりに近付いたときに野生の猿がコンクリートの擁壁の上に現れた。自然とはこちらが考えている以上にタフである。

あいかわオフの画像をどうぞ!

2002年11月9日 (土)  いよいよ明日は

いよいよ明日は


 天気予報によれば明日は晴天らしい。その分寒くなるのだろうか。青空の下、真っ白のサモエドたちが歩いて行く。遠目にはヒツジを追う人たちに見えるかもしれない。その様子を想像するだけで気分はもうオフの心地である。幹事として事故や怪我のない幸せなよい1日になりますようにと願う。

2002年11月8日 (金)  市内巡察

市内巡察


           し か と

 近頃わんこの脱走の話をよく耳にする。ニッキは普段家の中で暮らしているので脱走ということを取り立てて考えてみたことはなかったが、ドアを開けた隙に外へ飛び出したり、散歩の途中にリードが外れたりということも考えられなくはない。高速道路のSAなどで脱走するなど、ニッキの活動範囲以外で事件が起きたら手の施しようがないが、少なくとも家から半径2kmくらいで迷子になったのであれば自力で戻って来てもらいたい。


        おもちゃをおねだり

 そんな気持ちからいつもの散歩の後、あまり行かない北や西の方面を探訪した。西の方面は似たような作りの道路と住宅なので面白味はないが、駅に近付くとそれなりに変化があって飽きない。裏通りなどには新興都市なりにある種のしっとりした趣がある。家の周辺には東京環状道路や駅前通りなどの国道県道が走っており、枝道もかなりの交通量ということもあり、信号では必ず止まり、座って(臥せて)待ての姿勢を取らせるようにしている。ただ、実際にニッキと市内を巡ってみて、犬やネコには非常に危険な環境であることを再認識した。もし、迷子になったら親切な人に保護されない限り、無事には帰って来ることはできない可能性が高い。不注意からニッキの身に災難が及んだ場合、それは自分の責任として受け入れなくてはなるまい。脱走した場合を考える前に日常の危険防止をもう1度確認しなければと思う。

2002年11月7日 (木)  寒い 暗い

寒い 暗い


 昼近くになっても寒い。仕事中ニッキが不服そうな声を上げるのは寒いからではなく、絶好の散歩日和だからということなのだろう。自分とヤツの文字通りの温度差が日増しに開いていく。が、暖房の効いた部屋だと暑いだろうから半分ドアを閉じているのに、お構いなしに仕事場まで入ってきて横になっている。

 仕事の合間に、明々後日のオフ会用カードを印刷する。表面は普通のニッキの紹介カードだが、裏面に当日の行程が印刷されている。A4用紙に普通に印刷して配布しようかとも思ったが、却って邪魔になるかもしれないと思い、名刺サイズにて作成した。ささやかながら参加記念品の役割も果たしているのだが、将来プレミアムがつくようなことは恐らくない。16時を回るともう夜の帳が下りてくる。

2002年11月6日 (水)  暖房機稼動

暖房機稼動


 寒くなってきたのでどの時間でもニッキと散歩に行けるのがありがたい。夏であれば自殺的行為である真昼の散歩もニッキにはともかく同伴者の自分にはちょうど良い。秋になって草の生い茂っていた空き地も雑草を刈り込んである場所が多くなってきたので公園に行くまでに立ち寄って遊ぶ場所も増えた。ここ数日丹沢や大山がクッキリと望める。週末の10日にはサモエド仲間のオフ会があるので、晴天をこんなにムダ使いしてよいものかと一抹の不安を得るが、お天気は自分だけのものではないということに気付き苦笑する。変なことで運を使い果たしてはいないかというあの気持ちに通じるところがある。

 今日は公園の中のルートを少し変更して、敷地の中だけでも2kmくらいのコースとなるように設定した。これで少なく見積もっても5kmは走ったことになるのだろうが、夏と異なりニッキの息はまったく上がらない。帰りにいつも立ち寄るフード屋さん「クッキー」でゴールデンのミルクちゃんと遊んでから帰る。ミルクちゃんは最初はニッキのことを拒否していたのだが、近頃は鼻に皺を寄せながらも鼻や口を舐めてくれるようになった。お父さんには「変なヤツ」と言われながらもマイペースでニッキの相手をしてくれるかわいい子である。もう一頭のゴールデンの子、クッキーちゃんはシーズンに突入し、彼女のいるお店の裏の方を真剣な表情で窺っていた。1時間15分。いつもより15分多めの外出だ。


           好き好き!

 家に帰り、ニッキのいるフロアに一緒に横たわる。暖房を不用意に入れると電気代が凄まじくなるのでどてらを着込んで防寒しているのだが、それでも夕方ともなるとしんしんと冷え込んでくる。ファンヒーターを稼動させたいが石油はまだ買って来ておらず、やむなくエアコンの暖房を入れる。ふわりとした暖かい空気が出てはいるのだがあまり体は温まらない。ニッキを呼んでみたがあいつは涼しいところで寝るのが良いと見えて急に冷淡になる。いやはや本格的な冬が門口まで来ている。

2002年11月5日 (火)  冬支度

冬支度


 郵貯のATMで自動車保険料その他もろもろの必要費を下ろすついでに年賀はがきを求める。今年はインクジェット用を70枚、小田原城の絵柄の寄付金付きのものを10枚買った。それほど人付き合いの多い方ではないが、これだけ買っても新年の松の内にはコンビニで20枚近く買い足すのが例である。年賀状を買ってから年の瀬までは本当に早く感じる。忘年会や新年会のチラシなども新聞に折り込まれてくると、うかうかしていられない気分になる。年中行事という定型化された日常は陳腐でもあるが、1年のゴールが見えてくるとそれまでに片付けておこう、片付けておかなくてはならない仕事にも気合いが入ってくる。行事という形で人の心に緩急を付けるのは古今東西を問わず人類の叡知の表れなのであろう。一概に虚礼として退けられない趣を持つように思う。

2002年11月4日 (月)  午前の散歩

午前の散歩


 資源ゴミを出してからニッキと横山公園まで散歩に出る。ここ数日好天が続き気分も快活で洗濯物を干したり拭き掃除をしたりといった雑務の処理も心地良い。そういった細かいひと仕事を一段落させてからニッキと外に出ると幸せを感じる。途中脇道から出てきた自転車に2度ほどぶつかりそうになったが、ニッキと一緒の時には十分回避できる態勢を取っているのでちょっとブレーキをかけるだけで済んだ。が、通行人が道一杯に広がってつかえたり、車や自転車が飛び出してくるような日は周囲のリズムが乱れているようで、信号もいつもより引っ掛かり、無言の警戒信号を発しているような気がする。注意をするに越したことはない。

 ニッキがギャロップ歩調になる駅前から続く道の緩やかな坂を下り、左折しようとする辺りで小規模な人ごみができているのを認める。見ると軽のワゴンがお店に突っ込んでいる。幅4mほどの道の反対側の路側には押し出されたように緑色のセダンが停めてある。恐らく軽自動車は、緑色のセダンに衝突した衝撃でハンドルを取られてお店に突っ込んだのだろう。事故の規模の大小を問わず、当事者の気持ちになってみればやり切れない気持ちだっただろうと思う。祝日の計画がパーになってしまったかもしれない。傍観者は腕を組んでもっともらしい顔をしていれば済むのだが(遠くから写真を撮ったりして…)、こんな点景にも人の不幸というものの縮図が映し出されているような気がした。昨日の夜撮影したのと同じ場所でニッキにポーズを取ってもらい、同じ道を引き返すと警察の実況検分が始まっていた。万事について十分に気を付けたい。

2002年11月3日 (日)  夕方の散歩

夕方の散歩


 17時過ぎに家を出ていつもの公園まで散歩に出かけた。冬至まで、まだかなりの日数があるのに、日毎の冷え込みも手伝ってこの時期はとくに日が短くなったように感じられる。家を出たときには濃紺の空を背景になおクッキリと浮かび上がっていた丹沢の稜線も間もなく闇に融けてしまった。それでも明るい時間の散歩同様、ニッキは自転車をグイグイと引っ張って行く。夜目が利かない自分としてはスピードを抑え気味にして広めの歩道を走らなくってはならず、昼間よりも周囲の目標物への視線の移動が多くなる。空気が澄んでいるためか、冷気で気持ちが引き締まっているせいか街頭やネオンなどの街の灯りが美しく見える。お馴染みのクッキーさんに立ち寄ってフードの注文をしてからいつもの公園で折り返す。今日は闇の中でニッキの写真を撮ってみた。ニッキと背景を両方目立たせるのはなかなか難しい。撮影モードのバリエーションを幾つか選んでみたのだが、納得の行く写真は撮れなかった。ニッキはポーズをしっかりと決めてくれたのに…。家に帰り着く頃になって漸く体が暖まってきた。

2002年11月2日 (土)  テスト監督

テスト監督


 今日は午前中は、来年度入室予定の生徒の選抜テスト。私は3年生のテスト監督を担当したが、観察しているといろいろなタイプがいて面白い。「こんな問題軽〜い」と言いながら、板書した難問のヒントを目の端っこで眺め、急に弾かれたように鉛筆を走らせる子もいれば、教室に入ってしばらくの間は同じ小学校のクラスメートを自分の周囲に集めて強がっていたのに、テストが始まって数分。難問に突き当たったと見えて、すかさずヒントを与えてやると「ありがとうございました!」と爽やかに感謝の気持ちを表す子。小生意気な反応と粗野な態度の中にも、その子の純粋な本性がいろいろな形で見え隠れする。しばらく付き合ってみなければ、わからないことも多いが、こちらからの働きかけに対しての生の言動を問題にするのではなく(そうした場合彼らのほとんどが礼儀知らずのナマイキなやつということになってしまおう)、そのちょっと裏側にあるものと対話できるような余裕を持って彼らと接すると思いの他多くの接点があるものだ。学校の先生を口汚く罵るようなやんちゃな少年が、オーストラリアで会ったアヒルの攻撃にはマイッタなどとおどけたり、物静かな生徒がアイスクリームにやたらに造詣が深かったり…。彼らには彼らの貴重な体験が息づいている。世代や年齢といったものを口実にしていては相互の不理解が蔓延するだけだと思う。もっともそのためには多大なエネルギーを必要とすることも確かだが。結局、その後の授業を含めて10時間くらいは喋っていたので、現在脳みそがちょっと浮腫んだような感じで少々クラクラする。しかし不愉快な感じではない。

2002年11月1日 (金)  わんこの日

わんこの日


 わんこの日というと敬老の日やこどもの日のように、わんこにサービスをしてやらなくてはならない日なのだろうが、朝から雨の上、今日中に仕上げなければならない添削仕事と子どもからの預かりノートのチェック、そして明日のイベント授業の下準備があるので自分は椅子に根が生えたように座りっ放し、ニッキはサークルや壁にもたれかかって寝っ放しである(小太郎はバリケンの中でぐっすりなのだろう)。が、そんな中にもニッキの投げ掛けてくる視線や口を半開きにするような表情はしっかりと確かめている。知らない間にやつが自分のすぐ近くに寝場所を変えているのを見るとペンを置いて撫でてしまう。こんなことの繰り返しなので仕事はあんまり捗らない。