2002年12月31日 (火)  大晦日

大晦日


 15時に出先から戻り、今日は何をしようかと考えながら階段を上がる。いつもは玄関のドアを開ける段階で「オゥオゥオゥ〜」とニッキの歓迎(とケージから出してよ〜)の声が響いてくるのだが、聞こえない。そこでちょっと心配になり、小太郎の挨拶を省略して、ニッキのケージのある寝室へ急ぐ。普段は、寝室へと通じる廊下部分をニッキのフリースペースとして、留守番時以外に開放しているのだが、開けようとした寝室のドア近くに白い紙片のようなものが落ちていることに気が付いた。壁紙が剥がれたのかなと思ってもう一度視線を床に落とすと! なんと修繕して間もないクッションフロアの破片であり、引き裂かれ、粉々に噛み砕かれて、作りかけのジグソーパズルのような状況を呈している。



 グズグズになった破片を踏みながら寝室のドアを開けると、ケージの中で申し訳なさそうにこちらを見ている。吠えない。う〜ん、ほんの少しフローリングから浮いている場所を狙ってうまく捲り上げて破壊活動を行ったのだな…、と半ば呆然としながらニッキの方を見据えると顎をこちらに見せるようにして目を逸らす。


   私は何も知りません 見ていません

 ため息をつきたい気分で着替えをしている間、全く吠えずに神妙にしているのが可笑しくなり、上下ともに白のサモエドトレーナーに着替えてから、今日の日記ネタにでもしようと現場写真と神妙なニッキの顔を撮ろうとデジカメを携えて戻る。そうすると、ニッキは「デジカメでオイラのことを撮影するということはそんなに怒っていないな、こりゃ大丈夫だな」と判断したのだろう、俄にオゥオゥ〜鳴きを始めた。もうちょっと怖い顔をしておけば良かったかとも思ったが後の祭、排尿のため屋上に出そうとケージの扉を開けた途端、ドタタッドタタッと音を立てて、ジグソーパズルのピースを蹴散らしながら廊下を爆走して行った。愛らしさと破壊魔であることがこれほど見事に調和する存在も珍しいだろう。自分のやったことが一応悪いことだとわかっていてこれだから始末に追えないのである。


          なんとか復旧

2002年12月30日 (月)  マグロのアラ

マグロのアラ


 正月の食料の買い出しに母が東神奈川にある卸売市場に行ってきた。馴染みのお店に顔を出し、そこのお兄さんに家にネコがいると言ったら大きなマグロのアラをオマケに付けてくれたそうだ。途中の道は空いていたらしく、早くも自分が仕事に出る前に戻って来て、スジこそ多いがきれいな赤色をした大きなアラを見せてくれた。ていねいに身を剥がすとまだまだ人間が食べられるようなところも多く、味見をしたところ美味しい赤身だった。あまり大きくカットできないが、あれで鉄火丼を作って食べたらうまそうだ。普段はドライフードを好んで食べるニッキにも火を通したマグロを混ぜたご飯は好評で、後で洗う手間のないくらいにステンレスのボウルをピカピカに舐めていた。ところがニッキ以上に喜ぶだろうと思った小太郎の方は乱暴に食い散らかしてかなり残していた。そして悪びれることもなく、お腹が空いたよというような表情をして座っている。なかなか期待通りにはいかないものだ。明日と明後日は早出早帰り。少しだけでも暮れの気分を味わいたい。

2002年12月29日 (日)  御礼

御礼


 胃腸の具合が良くなかったニッキがここへきて漸く落ち着いてきた。お腹のギュルギュル音も消え、排泄物の色や硬さも平常通りとなり、ステンレスのボウルを鼻で押しながらガツガツ食べるところまで回復した。連日朝と夜に戻したり、食欲不振で寝そべっている姿を見るのは切なく心配だったが、ネットでつながっている方々の励ましやお見舞い、アドバイスをいただくことにより、随分と心を強く持てた。そのお蔭もあり、「よりによって自分が一番忙しい時に…」と見当外れのボヤキを入れることもなく、与えられた条件の中でニッキにとって何が最善かを考えて行動することができた。この場を使って御礼申し上げたい。

2002年12月28日 (土)  たわごと

たわごと


 連日の講習リズムに慣れてくるとそれなりに体も順応してくるのだが、今日も昨日の如く、明日も恐らくは今日の如くであろうというような意識が生まれてくる。そうなってくると、××症候群といったような名前こそ付いていないものの、日々定型的に行われるような事柄について、やったかやらなかったかの確認が次第にあいまいになってくることが増える。例えば、いつも朝起きて床を出るときに布団の中の湯たんぽを取り出して中のお湯を捨て、夜の給湯のために所定の位置に出しておくのだが、こうした無個性の作業が同じようなリズムの中に組み込まれことにより、まだ手を付けていなくても、今日もすでにやったはずだと思い込んでしまい、後から「あれ、何で布団の中に湯たんぽが残っているんだろう?」というようなミステリアスなことになってしまうのである。決して年のせいばかりだとは思わない。幸い職場では日々子どもの反応が異なるし、小さな事件が勃発するので、繰り返し作業の忘却という事態は避けられるのだが、人間がどれだけ無意識状態に自己を委ねて行動する動物であるのかに気付かされる。この無意識下の自分をうまくしつけて、うすらぼんやりしているうちに、仕事も終わらせ、家の片付けも進めてしまうことはできないだろうか? そして意識がハッキリしたところで、溜まっていた仕事が終わっていることを発見し、ニッキと遊び、HPを楽しく巡回する…。おっと、いけない。実利のない空想に時間を費やす暇があったら預かりノートのチェックをしなければ。

2002年12月27日 (金)  負けられない

負けられない


 8コマの授業を終え、家に帰ってくるとニッキが吐いたという弟の書置きがあり動揺してしまう。まだ本調子ではないようだ。だが、片付けられないままに屋上に残されていた便には異状が見られないので、夕食を抜いて様子を見守ることにする。着替えを済ませ、預かったノートの冊数を確認してからニッキを仕事場に招くと帰宅してからすでに1時間が経過している。一昨日と同様、腹からのギュルギュル音が聞こえるので腸内が異常発酵しているのだろう。ニッキの体調を心配しつつも生徒から預かったノートの添削はしっかりと進めなければならない。

 心身の消耗しているときでもそれと無関係に大小各種のトラブルは発生する。経験上トラブルに対しては、下手に避けようとしたり、目をつぶって見ないフリをしたりしてはならない。そうすれば、それはちょっとした虚を衝いて牙を剥いてくる。反対に、コンディションが良くない時でも、事態に真正面から臨んでいくと、やや空元気気味でも努めて楽観的に、肯定的にそして積極的に関わることによって問題は収拾に向かって行く。「何があっても何とかするさ」という気概を常に備えるための鍛錬は、実は座禅や瞑想などの特別の修行でなく、まさにこうした日常のできごとによってなされるのではないのか。考えてみれば、日常というのは残酷で容赦のない面を持っている。愛する者の死も、日々の生活の中の、ある瞬間に組み込まれる。死を悼み寂しさに拉がれても、暫らくすると空腹になりトイレにも行きたくなる。精神的に高尚な存在であり続けることのできない人間というものの分際も同様に思い知らされる。いったんは絶望しかけた弱く滑稽な自分自身の存在をありのまま慈しむことができたときに、人としての強さも与えられるように思う。

2002年12月26日 (木)  さて、仕事だ!

 今日から1月7日まで冬期講習に入る。その中で、1コマから8コマまで連続という日が3日ある。朝の8時20分から夜の8時40分まで10分程度の休憩時間を挟んで話し続けることになる。が、講義をするこちら以上にそれを聴く子どもの方がつらいだろうとは思う。元旦と2日のお休みを除くと高々11日の日程であるが、6年生はこの間にグンと逞しくなる。中学生の顔付き、目付きになってくる。カレンダーで見ると1週間とちょっとという時間の中で成長を促すものは何なのであろう。年を越すことの魔力かもしれないし、最後の講習だからという緊張感のなせるものかもしれない。また、それぞれの目的意識かもしれないし、長い授業時間に耐えたことの自信なのかもしれない。だが、いずれにせよ人が生きる上でこうした節目は必要である気がする。次に出会うつらさを乗り越えるために今日のつらさが彼らを励ますだろうと信ずるからである。長い時間をかけてじっくりと熟成する人生もまた素敵だが、困難の多いこの時代、自分の拠って立つ克己の経験がないとその人の傷つきやすい善性を守れないようにも思う。繊細な優しい感性を守るためには強くあらねばならない。そして、彼らがずっと遠くへ来た時、小学校時代最後のこの刻印を懐かしさをもって眺めるに違いない。

2002年12月25日 (水)  お腹ギュルギュル

お腹ギュルギュル


 昨日、ニッキを招いて仕事場でPCに向かっているとギュルギュルとお腹のあたりから音がする。かなり大きな音で2m近く離れていても聞こえる。それまでクリスマスイブに似つかわしくないような日常的な煩瑣な問題が頭を占めていたのだが、夕食にも手を付けず、大好きなジャーキーも軽く臭いを嗅ぐだけですぐに寝そべってしまうニッキの様子を見て心配になってきた。朝方に戻すことはあっても、食欲もなく寝そべっているニッキを見ることはほとんどなかったからである。腹をさすっても痛そうにしないので、急性の重いものではないだろうとは思いながらも、ちょっとした隙に何か誤飲したのではないか、外で食べた草についていた農薬ではないだろうかといろいろな可能性を考えてしまう。知識に乏しい自分がいくらニッキを気遣っていても仕方がないので、いつもお世話になっているBBSでいただいたアドバイスを元に様子見をすることに決め、仕事は中断して寝ることに決めた。

 ニッキはソファに身を横たえ、安らかな寝息を立てて眠っていたが、今日の朝6時前に、突然自分の枕下にやってきて伸び上がるようにして「ちょっと気持ちが悪いんだけど…」といったようなサインを送ってきた。すぐに屋上に出て、2ヶ所で吐くのを確認してから外の空気を吸わせて収容する。その後、2時間ほど休んでから再び屋上に出すと、ワンワン!と元気な声を出して大きな方を2ヶ所で、5分くらいの間を置いてひねりだした。最初に出したほうがややグレーの混じった茶色。後の方は黒っぽいもので、臭いがややきつかった。吐いた内容物から考えると昨日午前中に多めに与えた馬のアキレス腱が原因だったようだ。普段1本しか与えないものを3本もやったために胃腸のリズムが狂ったのだろう。今はもう元気に食後の休みを取っているが、犬の発するサインを見逃さないことの大切さを学ぶことができた。

2002年12月24日 (火)  クリスマス

クリスマス


 今日は横浜市にある菊名という町の教室で仕事である。講習前の最終授業となり、本日のメンバーとは来年まで会えない。世の中はクリスマスということだが、年の瀬になってしまったこと自体信じがたい。我が家はとくにケーキも買わず、美味しい肴と酒で軽く晩酌を楽しむ予定である。明後日からは忙しい冬期講習。ここであまり気を緩めてもいられない。

 サモエドの別名はクリスマスドッグ、年中クリスマスの笑みを絶やさないというところからの愛称らしい。先ほど、今日が誕生日のサモエドの女の子のBBSにお祝いメッセージを贈ってきた。そしてまた、北の某地で今夜あたりサモエドの赤ちゃんが生まれそうである。そうなれば、非常にめでたいクリスマスとなる。人間はしんみりとやるが、ニッキと小太郎には何か美味しい物を食べさせてあげよう。

2002年12月23日 (月)  今年最後のしつけ教室

今年最後のしつけ教室


 前回のしつけ教室には大雪のため参加できなかった(結局お休みとなった)ため、雨の山歩きからほぼ1ヶ月ぶりのトレーニングである。今日は先生の連れてくるマラミュートの模範犬イチ君の他に、ゴールデンレトリバーのマック君、ウェルシュコーギーのマリーちゃんも参加とあって非常に賑やかなものとなった。

 前回のトレーニングの時、そして今日も駐車場で顔を会わせるなり互いにガウガウしてしまったニッキとマック君も、トレーニング前の脚側歩行とかけっこでリラックスしたせいか、「好き好き」とお尻の匂い確認ができるまでに仲良くなった。さすがに先生はどのタイミングで衝突を避けられるようになるかよくわかっている。お母さんコーギーのマリーちゃんはまだまだ犬見知りの多い子なのだが、マック君とニッキが臥せて待つ間を通過するトレーニングを行い、対犬恐怖症も相当緩和されたようだった。また、ニッキに対してもアイコンタクトが取りやすく、ごく自然に「コイ」をかけられるタイミングが増えるなど、多くの犬と一緒の方がうまくいくこともあることを発見した。ただ、いつもそうなのだが、2時間のトレーニングも後半になってくると根気が続かないようで、フセ・マテの姿勢を取らせたままニッキから離れ、他の犬に近づくとキュンキュンと悲しそうな声を上げて立ってしまったり、他の犬が先を歩くと「ツケ」が全く効かなくなってしまったりなど、まだまだ課題は多いのである。

 今年は、ニッキといろいろなところに出かけて行くということを公約して結構それを実現してきたつもりだが、それ以外にもニッキのフリースペースを拡充するなど彼が過ごしやすい環境改善も行ってきた。だが、お世辞にもニッキはお行儀の良い犬とは呼べない。天真爛漫な性格のままで、まずは危険の回避、そしてパブリックスペースでのマナー維持、全くのフリーという3段階の緊張感を共有できるようにしたい。外出機会の増大と併せての来年の目標である。あと飼い主の健康管理も付け加えておこう。


  イチ君はニッキが最も信頼する犬友だち

2002年12月22日 (日)  今日も飲みました

 昨日は少々飲み過ぎたので、午前中はほとんど仕事にならなかった。夕方、忘年会に顔を出すため、スッキリしない体を抱えて横浜の戸塚まで出向く。駅前が再開発のためにガランとしていたのに驚く。以前は懐かしい匂いのするアーケードだったのだが、均された土地は思いのほか狭い。何が何でも再開発というのをしなければならないものなのだろうか。こうして駅前が独自の顔を失ってしまうことで、そこに育ち、暮らす子ども達の地元意識や郷愁のような感情も同時に失われはしないものか。赤い鳥居の脇を右に折れて、目的のお店に到着。

 今日は酒はやや控えめにして料理を楽しむ。ニッキが家族に加わってから旅行をしたり外で飲んだりする機会は減ったけれど、気心の知れた人たちと料理を囲んで話すのはとても楽しい。家の中だけでなく、こうして人が集まったところに温かい空間が設けられることは素晴らしいことだと思う。人と人、犬と犬、そして人と犬、すべてにおいて良い付き合いを維持したい。年末と年始の数日の付き合いはニッキもきっと理解してくれるだろう。今日のお別れの挨拶は「良い御年を!」だった。明日は子ども達の最後の公開模試。そしてニッキとのトレーニング。

2002年12月21日 (土)  久々に飲みました

久々に飲みました


 今日はまだ出先の仕事場である(19時現在)。授業を終えた後、1コマ置いて会議があるからだ。さて、ここで日記を書こうとすると画像がPCの中に入っていないのでどうしようかと迷う。業務機とあっていろいろなセキュリティがかかっているのでメーラーは起動しない。今までは家に帰ってから画像を改めてアップということにしていたが、携帯から画像を直接掲示板にアップできるようになったので、その気になればここにいながらコピー&ペーストで対応することもできる。便利になった分、きちんとやらなければ気が済まないないことも増えてきた。

 さて、会議が終わって久しぶりに飲みに行った。不満を肴に飲むような酒ではなく、子ども達の話を中心にとても楽しい時間を得た。おかげでちと飲み過ぎた。明日も予定が入っていますが、まぁたまにはよろしいでしょう。

2002年12月20日 (金)  巨大であればいいというものでもない

巨大であればいいというものでもない


 昼までにひと仕事終わらせて、2kmほど離れた横山公園まで遅めの散歩に出る。横断歩道前でのスワレ、フセを普段よりしっかりとさせるように意識させ、帰りにクッキーさんに寄って犬の雑誌の閲覧。ニッキは看板娘のミルクちゃんと遊ぶ。ニッキも満足してくれただろうと家に戻り、ケージの中に収容。新しくオープンした「日本最大」と銘打ったホームセンターに買い物に行くためだ。散歩だけでは不満だったようで、ケージの中で「行きたい行きたい!」としばらく吠えていた。買ってきたばかりのオーストリッチの乾燥肉を与え「すぐ帰るから」と言い聞かせて弟に車を出させた。

 目的地となるホームセンターは家から5kmほど北にある。相模原駅の北側は米軍の補給廠が広がっておりその北は東京都となり、多摩ニュータウンと相模原のちょうど真ん中あたりだ。明日明後日は休日なので、凄まじい混雑が予想されるので、なんとしても今日のうちに行って来ようと考えていた。開発の見込みのない都有地の中に忽然と巨大な建物が姿を現す。2階以上は全て駐車場となっており、駐車場に出入りする車列が周辺道路に渋滞を引き起こしている。帰りは大変そうだと覚悟して立体駐車場に車を入れる。売り場も巨大だった、高い天井からは販売セクションを表示する垂れ幕が吊るされ、カートを押して人ごみを掻き分けて進む。巨大になればなる分、その中での移動が大変になる。あ、ネコの爪研ぎを買い忘れたとスチールラックを売る資材コーナーで思い出すと品物を満載して前が見えなくなったカートを押してペットコーナーまで100m戻らなければならない。とにかくデカ過ぎて人が多くて疲れた買い物になった。

 家に着いて小太郎と遊ぼうとしたら、差し出した右手を抱かかえるようにして噛み付いてきた。イライラが手伝って腹が立ち、竹の縁台から床に払いのけてしまった。情けないことをしたと思い、しばらくあやしたが、悲しい声を出してしんねりとした表情を取っている。なんとか仲直りしようと仕事場に連れて行ってニッキと一緒に遊ばせてご機嫌を取ることにした。自分の不始末をニッキがうまくカバーしてくれて小太郎も前のように接してくれるようになった。良かった…。


2002年12月19日 (木)  ネットショッピング

ネットショッピング


 ノートPCの交換用バッテリーを求めに量販店に行ったところ納入まで1ヶ月以上かかると言われ、ダメ元と思ってネットで購入したところ翌日に現品が届いたというような話を以前書いたと思うが、それ以来PC関係のサプライから暖房器具にわたってネットショッピングにはお世話になっている。もちろんタダというわけではないけれど、新規オープンのために送料をサービスしてくれたり、また同一商品に関しては結構シビアな競争原理も働いていたりで、量販店で求めるのとさほど変わらない価格で簡便に入手できるのがありがたい。キーボードからの数字キーのブラインドタッチができないので、ずっと前から憧れていたテンキーを在庫処分セールで安く手に入れた。ますますネットショッピングにハマってしまいそうである。Y運輸ではまだ対応していないようだが、S急便ではデビットカードの決済も可能である。配達してくれる人の腰にはホストコンピューターとつながっている端末があり、昔の人が見たら小型の武器にでも見えるのではないだろうか。


ついに買ったぜ!

 考えてみれば30年くらい前の自分も「昔の人」である。テレビに美味しそうなメニューが映し出され、そのボタン?を押すと目の前においしい料理が運ばれてくる(調理ロボットのパターンもあったかな)といった「未来の生活」が絵本や少年誌の正月特集などに組まれていたと思うが、意識しないうちにそういったことが実現されつついるのだと感じた。生活環境の破壊など愁うべき状況にあっても、生活の利便を求める人々の欲求には果てがないようである。新聞記事、それも業界の専門紙やネットを利用しての情報収集によらなければ、現在がどのような時代なのかも把握しづらくなってきた。近いうちに、人間の寿命が倍増するなどという明るいニュースが1面を飾るような気もするが、たとえ長生きできても、将来の年金の額が下がるかも知れないなどという記事を見ると、何を信じて良いものかもわからなくなってくる。いや、国家は詐欺的行為を繰り返すのだということは古今の常識だったかな。

2002年12月18日 (水)  i-shotはいい

i-shotはいい


 携帯付きカメラを手に入れて朝から晩までニッキや小太郎の画像を調子に乗って送っていたので、今月の通信料はいくらになるだろうと少々気になっていた。本日NTTドコモから請求書が届いたが例月とさほど変わらなかった。携帯端末とデータ通信用の通信カード分込みの2台合わせての請求となっているのだが、様々な割引によって実質的には1台分なので割安感がある。携帯には非常にお世話になっているが、考えてみれば携帯を「電話」として使うことはほとんどない。大体がメールの授受である。

 自分でこれだけ携帯端末を利用しておきながら言うのも何だが、電車内での、それも大声での通話を見かけるのは非常に不愉快である。いい年したビジネスマンが椅子に座ったまま、大声で相手先との世界を作り上げているのは滑稽で醜怪だ。「今車内なんで(こちらからかけます)」といったん通話を切ってから次の駅でホームに降りて電話をかけ直す人はきっと仕事もできるのだろうと思う。高校生らしき男女が月々の通話料について話しるのを耳にしたが、自分のそれを数倍する額だった。誰かとつながっていたいと思う気持ちはあっていい。また経済事情や金のかけ方もそれぞれの考えることだからこれも黙っていよう。が、つながり方も度を過ぎると、パソコンの付属機器のように考えることまでが平準化され、人格の独立性や独自性まで失ってしまうのではないだろうか。自分の頭が古くなったからこんなことを考えるのか。

2002年12月17日 (火)  ひとり遊びからふたり遊びへ

ひとり遊びからふたり遊びへ


「旦那、御髪が乱れておりやす。今一寸結っちゃいまさぁ」
「ぉお、チャッチャッと終わらしてくんない。今日は切なくていけねぇや。」

 ホームページ上でつらいできごとや対応の難しいできごとに接する時、自分の問題として置き換えて考えてみるとなかなかレスができなくなってしまう。お悔やみにしても励ましにしても、その言葉の中に自分の本当の気持ちがあるのかを黙考するとことばが長くなるだけ、不確かな部分が増えていくように思えるのだ。悩みを解決するのは当事者本人であることは承知している。ただ、その悩みに近付き、励ましの言葉を送ることさえ、実は大変に難しいことに気付く。悩みは一般化できない個性を帯びる。自分を含めて、この記事に誰もレスを付けないなんて寂しいな…と思う事情の裏にはこれに近い心情が控えているように思う。

 朝から暖かかったので昼前からニッキと小太郎を屋上に出して遊ばせた。今日は小太郎をプールを片付け終わったサークルの中に放し、ニッキとは柵越しに触れ合えるようにした。自分は監視をせず室内に引っ込んで、めいめいが退屈せずに安心して過ごすための試みである。普通であれば出すものを出して15分程度で(早い時にはすぐ)アルミのドアを激しく叩くニッキも、サークルの中にネコの友だちの姿を認めて1時間近くひとり遊びをしていた。また小太郎もサークルの中で伸びをしたり背中を床に擦りつけたりと個室を持った余裕で、室内に早く入れてとニャァニャァ催促するようなこともなかった。ニッキはまだ小太郎を対等な遊び相手として認めていないようなところもあるが、ニッキの腹をベッドに小太郎が昼寝をしている光景をいずれ撮影してみたいと願っている。

2002年12月16日 (月)  暴走犬と添い寝

暴走犬と添い寝


 仕事の始末などに手間取って就寝時刻が2時を過ぎてしまった。ニッキの排尿に付き合ってから寝室に連れて行き、冷たいベッドに潜り込んで、湯たんぽの熱が漸くめぐり始めた頃になって突然ニッキが激しく吠え出した。いつものようにしばらくすれば止めるだろうと思っていたが結構長く続く。時々沈黙はするのだが、休火山のようにまたすぐに吠えるぞという意志が張り詰めているのがわかる。

 やむを得ない。おしっこはしたばかりなので大きい方かなと思ってどてらを着込んで寒い屋上まで付き合うと、ちょっとおしっこをしてすぐに入ってくる。ところが、寝室に戻ってしばらくすると同じように吠えまくる。十二分の睡眠を取ったので目が冴えているのだろう。自分は寝なければ体が持たないので、ハミングで子守歌を歌ってやったり、人間の言葉で事情を説明してみたりしたが、さっき以上に激しく吠える。さらに、こちらが布団に潜ると、枕もとのエアコンのコントローラーや携帯を大きな口で咥えて追いかけっこに誘う。携帯を咥えた途端、イルミネーションが点灯しニッキの顔がライトアップされたが、笑う余裕はない。買ったばかりの携帯を取り戻すと今度はバリアーのケージまでバタンと倒してしまった。

 もうガマンできない。そこで自分の取った手段であるが、暴れるニッキを抱きかかえて自分の寝ているベッドに乗せる。そして、ニッキの首を抱きかかえる。最初は抵抗したが、もう絶対離さない覚悟で抱き締めているといつの間にか抵抗が止んだ。寝ている。枕の下に埋めた携帯をこっそりと取りだす。2時53分。ベッドの半分を占領された形になったが、そのまま入眠した。次に目が覚めたのがちょうど2時間後の4時53分だった。ニッキはどこで寝ているのかなと探したらなんとまだ隣で、しかも仰向けで寝ていた。シャッターチャンス。携帯に付属しているコンパクトライトという補助照明を使って、ニッキの隙だらけの寝顔を撮影する。いつ起きるだろうかとあせってシャッターを切ったがついぞ目を覚ますことがなかった。ベッドのスペース一杯に寝たいのでニッキを隣に敷いてある長座布団に引き摺り下ろし、太陽が差すまでの数時間、再度眠りの世界に入っていった。


 勝手なヤツだ

2002年12月15日 (日)  ある一日

ある一日


 隔週日曜日に行われる志望校別の特別講習。本日が自分の担当する第6回目、最終回であった。8月の終わりにガイダンスを実施した日は真夏日で、休憩時間に教室を抜け出し、買い物のため東急ハンズまで往復しただけで汗だくになったことを思い出す。それから9月に入って第1回目の授業。F女学院をめざす各教室から選抜された生徒が初めて顔を合わせるとあって緊張した空気が流れていた。やがて回を重ねるにつれ、生徒同士少しずつ打ち解けてくると、必要以上の警戒心が消え、授業が双方向性・対話性を持ってくる。「恥じ」と考える障壁の度合いが低くなることは決して恥知らずになることではなく、むしろ自分を高めていく知見を広く流入させる可能性を持つものであろう。子どもの世界だけでなく、我が身にあてはめても大いに参考になるところである。

 いずれにせよ、生徒たちが熟してくると、何かを教えるというよりも、作業の全体指揮を執り、ポイントとなる部分の重点解説をするだけで、一人の生徒の解答とその問題点が全員で共有できるようになってくる。流れをコントロールするだけで、生徒たちが本来持っていた力を十分に発揮できるようになり、模範解答など問題にならないほどのすばらしい答が次々と生まれる。ただ、このように知的に興奮できるような雰囲気が醸し出される頃には講座も終着駅に近付いている。自分はここまでしか付き合えないが、残りの約50日、そして合格の栄冠を勝ち取ったあとも、彼女たちの目覚しい進撃は続くに違いない。合格を祈る!

2002年12月14日 (土)  復旧作業完了

復旧作業完了


 午前の2時間を使ってニッキの居場所の再整備を行う。一昨日被害を受けたビニールカーペットの除去と水拭き、そして昨日調達した新しいカーペット敷設作業と続く。ニッキは屋上に出して小太郎と遊ばせておく。時々、入れろ入れろとアルミドアを叩くが入れてしまってはタイヘンなことになる。お札の貼ってあるお堂の中で妖怪変化の攻撃を凌いでいる修行僧のような気分だ。

 朝の冷え込みは厳しかったのだが、復旧作業で体を動かしているうちに汗ばんでくる。ニッキにカーペットを剥がされ、噛まれてしまった原因を分析し、弱点のできないよう随所に工夫を取り入れる。古いカーペットも使える部分はカットして再利用し、爪を手鉤のように引っ掛けてカーペットを捲り上げないよう段差を減らした。また、接合部分には透明の肉厚ビニールを被せ、爪が上をすべって引っ掛からないようにする。もちろん、両面テープの量も前回の3倍は使い、基本的な改善にも抜かりはない。自分がニッキだったら…と考えて細部に目を凝らす。恐らくこれで大丈夫。


        だからどうしたんだい?

 準備が整い、ニッキを招き入れる。「おや? きれいになったな」という顔もせずに、修復なったフロアに当然のように身を横たえる。本当にいい気なもんだなと呆れながらも憎めないヤツなのである。

2002年12月13日 (金)  夢、のようなもの

夢、のようなもの


 「あなたの夢は何ですか?」と聞かれたら、当然、「ニッキと…へ行って」などとニッキがらみになるのだろうと考えたのだが、そして、それもたしかに一つの答なのだろうが、夢といった漠然としたものではなく、移動のため電車に乗ると自然に思い浮かんでくるような、「今取り敢えず時間とお金に余裕があったら何をするべきか?」という問であれば、間違いなく徹底した整理整頓と答える。

 家の中や身の回りがそれほど収拾つかない状況にあるわけではない。実際に、仕事に使う資料にしても、日用品にしても一応の使用に耐える程度にはモノの在処が判明してはいる。ただし、それは本来の意味で整理されている状態とは言いがたい。年に数回、とくに春先から夏まで、家の中の物品をできるだけ秩序正しい状態にしようと整理と整頓のために時間を充てるのだが、なかなか思うように終結しない。作業を始めると気付くのだが、退蔵品や重複した工具、何の付属品だかわからなくなってしまったような半端品がぞろぞろと出てくる。家の中にはあっても存在を忘れられているような物は持っていないのと同じであろう。いや、物の価値を引き出していない分怠惰とさえ言える。

 無駄にスペースを取ることなく、物なり資料なりがその本来の効能を十全に発揮できるように整え、一定の目的に沿って、それらの物をいつでも有効に使用できる状態に置くことこそが理想とするところである。が、そのためには知性と粘り、そして一方ではある種の思い切りの良さが仕事をこなす場合以上に要求される。場合によっては、欲しい人がいれば譲り、あるいは捨てなければなるまい。リサイクルショップを有効に利用するというのも手だろう。処分しなかった物については自分の記憶として、整然とした検品目録のようなものができあがって初めて精神的な充足が達成できるに相違ない。

 ここまで書いていて、これはやっぱり「夢」と呼ぶに値することなのかもしれないなと考えてしまった。また、こんなことを考えることができるのもとても幸せなことなのかもしれない。他方で、書き手が相当に神経質な人間に誤解されてしまうこともちょっと心配した。

2002年12月12日 (木)  長ーい会議だぞ

長ーい会議だぞ


 朝早く起きて、新横浜の本部に出向く。30分の昼食を挟んで延々5時間に及ぶ連絡会に出席。座りっぱなしで臀部が痛くなった。何度も座り直しているうちにどの姿勢でいてもつらくなってくる。授業を受ける子どものつらさが良くわかる。周囲を見渡すと居眠りを決め込んでいる人もちらほら。続けて別件の会議があり、それから授業のために急ぎ教室に移動。横浜線は空いていたので座れたが、座るとさっきの尻の床ずれのような感触が甦ってきた。相模原駅周辺で雑務を処理してから教室に入って、土曜日に作成しておいたプリントをチェック。3コマ5時間ほどの授業を気合いで乗り切る。同じ5時間でも、座って人の話を聞いているよりも、自分が前に立って話している方はるかに早く時間が経つように思える。やれやれ、長い一日からやっと解放されたという気分で家に着いたらニッキがビニールカーペットをこれ見よがしに食い荒らしていた。あー、もうヤダ!



2002年12月11日 (水)  氷点下の贈り物

氷点下の贈り物


 日が出てから気温はどんどん上がっていったのだが、ニッキと屋上に出た時間には、まだ水飲み用のタライに厚さ1cmくらいの氷が張っていた。いつものように水を飲むことのできないニッキは、氷に自分の顔を映すようにしてやや当惑しているようだ。タライから氷の塊を取り出して雪の山に突き刺してやると、早速それをオモチャにして遊び始める。排泄の後を洗い流すために深夜に撒いた水も薄く氷結し、その上をニッキが走る時に滑って足を取られるのを見て、いよいよ関東も冬が到来したのだと感じた。冷たい空気が肺の隅々まで行き渡る。ニッキの呼気が白い。冬の朝だ。

 少しだけ視線を高く上げれば表丹沢から裏丹沢にかけて、そして高尾山の後ろに見える甲信方面の山がクッキリと雪化粧しているのが目に刺さるように鮮やかに映った。掌を冷やすような大型の双眼鏡で山肌を遠望すると、決して白一色ということではなしに、木々の部分は黒に近い濃緑を呈しているのがわかる。最も遠くに見える山は金峰か国師ヶ岳か。ここから直線距離で100kmは離れているはずなのに。間近に見えるのも澄んだ空気と積雪によるコントラストのお蔭だろう。双眼鏡から目を離してニッキの影を追うと、すぐ隣でフェンスの台に手を掛けて同じ方角を見詰めていた。

 昼過ぎに小太郎を連れて来て一緒に遊ばせる。近頃は小太郎がわざわざニッキの近くまで来てダッシュをし、それをニッキが追いかけるというのが流行しているようだ。氷も溶け、温まったコンクリートの床の上で小太郎が毛繕いを始める。のどかな冬の時間が3つの影の上を過ぎて行った。

2002年12月10日 (火)  会員カード・ポイントカードエトセトラ

会員カード・ポイントカードエトセトラ


       サモエドっぽい残り雪

 財布が厚い。といっても外で飲む機会は大幅に減ったので、現金はわずか。不意の出費に備えてキャッシュカードとクレジットカードはすべり込ませてはあるが、厚さの大半を占めるのがクリーニング店等の会員カードやポイントカードである。近頃は店員さんが買い上げ金額に応じてスタンプを1個ずつ押していくタイプのものは減り、カードリーダーに挿入するだけで自動的に加算されていくようなタイプのものが主流となったが、いずれにしても店の数だけカードが増えていく。

 数枚であれば財布の予備のポケットに仕分けしておくことができるのだが、それが10枚を超えると専用のホルダーを用意しなければならなくなってくる。100円ショップでまずまず機能的なものを見つけはしたものの、それでも精算時には現金の出し入れ以上に煩雑な手間となる。例えば1万円札で薬品を買う。ポイントを付けてもらうためにカードを出し、店員さんがレジに金額を打ちこんだ後カードリーダーにポイントカードの情報を読み取らせ、こちらは釣銭を受け取る。札と小銭を仕訳して財布に戻し、レシートを小銭入れかポケットに捩じ込む。それからポイントカードを受け取り、専用ホルダーに入れ、加算されているポイントに注意することもなく店を後にする。うっかりしていると「お客さん、商品をお忘れです…」ということで呼び止められる。

 自分の鈍臭さも手伝っているとはいえ、正直ありがた迷惑なサービスだと思う。「ポイントカードをお作りしましょうか?」の申し出に「いや結構!」と言い切る潔さがないのも悪いのだろうが、お店のサービスがこのポイントサービス一辺倒となっていることにも問題があるように思う。ほとんどの場合失効してしまうような面倒なサービスはやめにして、気持ちよい笑顔で「ありがとうございました!」ということにしてはくれないだろうか。どこでも通用する現金の簡便さを時として非常にありがたいものだと思うことがある。

2002年12月9日 (月)  大雪

大雪


 本来この程度では大雪と呼べないのかもしれないが、当地相模原でこの時期に5cmも積もれば大雪と呼んでも差し支えないだろう。母からは通勤途中の電車に缶詰になったとのメールが入り、国道からはチェーンの音が響いてきた。対応の脆さから北国以上に強く雪を意識する。それゆえ、今日のトピックはやっぱりこの雪ということになる。

 昨日の記録やお礼の書き込みなどで就寝が3時近くになってしまったが8時前には床を出た。窓外が真っ白。相当強く雪が舞っている。ニッキを喜ばせるために早く屋上に出してやらねばならない。最初はそれほど興奮の色を見せていなかったニッキも、湯気を立てて雪をレモン色に染めると、フェンスの外を眺めたり雪掘りをしたりと滅多に積もることのない雪に関心を示す。今日はしつけ教室の日で、雪の中でのトレーニングにニッキも大喜びするに違いないのだが、山道の路面のコンディションに車ごと立ち往生してはと考え大事を取ってお休みにしてもらった。後始末は大変だったろうが、雪山で跳ね回るニッキの姿を見られなかったことに少々未練が残る。また、午前中の空模様から、楽しみにしていた夕方の外出もキャンセルすることにした。これまた、昼過ぎから雪の影響は弱まってきて即断だったかとやや後悔したものの、決断とは本来そういうものであろう。やむを得ない。



 午後になって、小太郎にも雪を経験させてやろうと、10分ほどニッキと一緒に雪遊びをさせてやった。最初、小太郎は掌に雪を掬い上げて、その正体を確かめるようにしていたが、ニッキが近くに来るといつものようにニッキにじゃれ付き、雪上追いかけっこが始まった。さすがに手足が冷たいらしく、手足をプルプルさせて雪を落としていたが、小太郎なりに雪との触れ合いを楽しんでいた。そして、ドアを開けて真っ先に飛び込んで来たのはニッキの方だった。サモエドとしては少々情けない話である。雪の中では普段よりも物音が遠くに聞こえ、何かに包まれているように感じるのも心地良い。昔から、雪の降りしきるのを見ていると催眠術にかかったように激しい睡魔に狙われる。それで、夕方5時から2時間程度、ニッキのいる部屋で座りながら眠り込んでしまった。目が覚めると尻の肉が痛かった。同時にニッキが伸びをしているのが目に映った。

2002年12月8日 (日)  井戸端オフ!

井戸端オフ!


 天気予報を見ると、オフ会を行うためにはどうも相応しくないような雨傘のマークや雲のマークが、1日をいくつかの時間帯に分けた図表に辛気臭く貼り付いていた。ちょうどオフ会の開催時間帯が60%だの40%などの数値と共に雨傘が表示されているのを見ると、これはもしかしたら中止になるかもしれないな…と弱気になってくる。寒くても良い、だがサモエドだけが集まるオフではなく、いろんな犬種がやって来るのであり、また、犬を連れてこない人も楽しめるオフ会である以上、小雨であっても、オフへの熱気や意欲というものの気勢を削がれてしまうことになる。

 快晴と豪雨の間にはいくつもの段階がある。あいまいな条件で決行か中止かを決める主催者の悩みはさぞ大きいところだと思うが、参加者の側にも、昨日の夜あたり、すなわち、悲観的な予報の趨勢が大体固まりだす頃から、ネットのBBS上で不思議な、雨乞いならぬ晴れ乞い?の儀式が始まった。最新の情報技術によってもたらされるコンテンツが、前史時代から脈々と受け継がれた、人の祈りや念によって彩られていく。「晴れ乞い音頭」なるものまでが登場しBBS上で「唱和」されていく。実に楽しい、人の心の気色の良さを感じる。

 今朝、目が覚めた時には国道の水を撥ねるタイヤの音が聞こえていたのだが、6時を過ぎると雨は止み、途中会場まで散発的に雨に見舞われたものの、ほんの一時ではあるが青空も顔を出し、開催の時間中ほとんど雨に降られずに犬や人との触れ合いを楽しむことができた。さて、晴れ乞いというもの、祈りというものを単なる迷信として片付けてよいものかどうか。そして、意外にも念力と最新技術の相性も悪くはないのかもしれない、と変な感慨を持った。

井戸端オフの画像をどうぞ!

2002年12月7日 (土)  めでたいこと

めでたいこと


 札幌に住むサモ友Cさん一家のサモエド、ラグナ君がコンクールでグランプリの栄冠に輝いた。人気女優との映画の共演権も獲得し、新年早々撮影のスケジュールが入っているとのこと。常日頃、Cさん一家のラグナ君に注ぐ愛情の深さを目にしていただけに、同じサモエド仲間として嬉しい事件であった。女優との共演となると、女優にとって扱いやすい小型犬が有利なのではないか(最終選考に残った他の9頭もさすがに愛くるしい)と思ったが、ラグナ君の圧倒的な存在感とCさんの夫T氏の徹夜作業の気合いの入ったプロモーションビデオがその懸念を吹き飛ばした。そして、演技の観点からは、決して扱いやすいとは言いがたいサモエドのラグナ君の共演となるとプロットも彼の活躍の比重が高いものとなっていくのではないかと期待している。

 Cさんの付けている日記をちょくちょく読みに出かけると、ラグナ君との暮らしは決して平坦なものばかりでなく、時には悩みに暮れた日々もあったようだ。だが、今回のグランプリの栄誉は悩みの数々を吹き飛ばしたことと思う。もちろん悩んだ数々のことを忘れ去るというのではなく、いろいろな問題に真正面からぶつかって行くだけの自信をラグナ君がCさんに与えてくれた、というべきだろうが。ラグナ君はC一家の末っ子として銀幕デビューする。サモエド仲間の星としてサモエドの愛らしさをアピールしていただきたい。大いに「人気者」にはなって欲しいが、「流行犬」にだけはなって欲しくない。サモエドはかわいいし、家を破壊するのも得意ですよ、とでも理由を付けて、そのへんをやんわりとカワしてもらいたいと願っている。

 Cさん一家には、一足早くクリスマスと正月が訪れた。年末から年始にかけて例年よりも嬉しくも忙しい時間を過ごすことになるだろう。

2002年12月6日 (金)  慣れとはコワイもの

慣れとはコワイもの


      どうだい、遠くが見えるだろう?

 慣性に流されたのだろうか。昨日分から遡ること3日分、日記の書き出しが全て「昨日は…」となっていることに気付いた。たまたま文頭が同じである分には何も問題がないのだが、無意識の紋切り型のスタートの裏側に、じっくりと考えることや文章を練ることの配意が欠けていなかっただろうか。むしろそれ以上に自身の生き方それ自体がこのような定型に流れたものになっていないかを恐れるのかもしれない。

 仕事にしても日常生活にしても無意識の手順に乗せて物事の処理を合理化するということは人間を含む動物が獲得してきた貴重な資質だとは思う。日々新たな問題が生起するにしてもそれ以外の部分は慣行に準ずることで様々なコストの重点配分が可能となる。ただ、その手順に安易に従っているだけでは、生産的な緊張も負荷も自分に与えることができないので創造的、発展的な志向の妨げとなるだろう。若い時分、あるいは新しい仕事を始めて軌道に乗ってきた頃には、同じことの繰り返しに対しては、たとえ物事がうまく運んでいても飽きや退屈に耐えられなくなり、好奇心も手伝って他の手段を採ったらどうなるだろうと考えられたはずなのだが、知らない間に、日々がソツのない自動運転になっている。この日記を書き始めたときにも勢い余ってあっという間に1000字を数え、内容も陳腐化するのを今以上に気にしていたはずなのだが。

 慣れの心地良さ、便利さの反面には事勿れ主義、加齢による不精、形式主義、自己満足など人間としての打ち止めの要素がうじゃうじゃと絡みついているのかもしれない。噂のラーメン屋が近頃味を落としたね、などと言われる事情も似通っているのではないだろうか。日記を書くことの意義の一つが、ここ数日の自分の甘えた姿勢の点検にあるとしても自分にとって大きな価値があるように思う。発展とは正確な現状認識がなければ達成されないものだからである。

2002年12月5日 (木)  ちょっとだけ断酒解除

ちょっとだけ断酒解除


 昨日は懇意にしていただいているサモ友のWさんから飛びっきりの牡蠣が届いた。午前中に到着したのだが、昼前から牡蠣を、というわけにもいかず、涼しい和室で待っていただいて、母が帰ってから発泡スチロールでできた箱の蓋を開ける。仕事の時間の関係で家の中にいてもほとんど顔を合わせないことも多い親子であるが、2人して歓声を上げてしまった。箱の中には殻付きの見事な牡蠣たちがギッシリと! 母はといえば、牡蠣キチガイの弟の家に電話を入れ、自分はまた同様に牡蠣とカニに目がない友人に画像付きのメールを入れる。


           牡蠣万歳!

 できるだけ自然の味を楽しもうと、最初は生で、と考えたが風邪で体調が本調子ではないのでホイルの包み焼きにしていただくことにした。オーブンで調理したために焼いているときの香りはしなかったが、アルミホイルを剥がして少しばかり口を開いた殻を外すと豊かで幸せな香りが漂ってきた。殻に張りついた形の良い貝の粒がかわいらしい。塩も何もかけず、ホフホフいいながらまず一口。あぁ、これぞ牡蠣なり!と口の中に広がる滋味に顎の付け根がしびれる。現在酒を控えているのだが、お歳暮でいただいたヱビスビールとあとは時々薬として飲んでいる久保田を用意しておいた。酒にとってもこれ以上の舞台はあるまいと勝手な理由を付けながら。そして、牡蠣の甘味とわずかな苦味を酒で溶かして胃袋に収め、次はどのようにして食べようかとレシピを眺めた。これだけ美味しい牡蠣に育てるためには手間隙だけでなく、愛情が必要なのだろうなという思いを込めながら。美味しいもの、それを育て送ってくださったWさんに感謝!

2002年12月4日 (水)  雨の休日に思う

雨の休日に思う


 昨日は携帯電話のデータをPCにバックアップするためのアプリケーションのトラブルがあったので、日次の定例作業を終わらせることができなかった。さらにその後開発元から提供されているアップデート用のパッチを当ててみたり、サポートセンターに質問のためのメールを送ったりした(カスタマー登録から始めなければならず結構面倒くさい)ため就寝時刻が3時を過ぎてしまった。早寝早起きを理想としてはいるものの、次の日まで仕事を持ち越すことができない性なのである。これは仕方がない。結局今日は8時には床を出て通常の活動に入った。ただ、一昨日から引いている風邪も小康を得ているもスッキリとは回復しない。もしかするとインフルエンザに罹ったのかもしれない。だとすれば、近頃の食生活の改善と早めのカボスの処方によってこれでも軽く済んでいるのだと思えば、悩みも軽い。

 ニッキの排泄と食事の後、雨になってきたので散歩と健康診断は延期とし、携帯電話のデータを少し削除して軽くしてから昨日の作業を繰り返したところ2回目でうまくいった。日を追って発売される新機種に対応するのは大変だろうが、「商品」としての絶対的な信頼感に乏しいのがソフトウェアの世界である。目にみえないモノを作ろうとする気概と技術には敬意を表し、その価値も認めるところだが、データ通信中にまた落ちるんじゃないか…、という良くないストレスを与えつづけるのはいささか罪ではないか。改善を望みたい。

 明るい事件もあった。昨日、改装なったニッキスペースに小太郎を招いて遊ばせたのだが、ニッキが咥えていた骨の形をしたミルクボーンという菓子を「食べてみな!」といわんばかりに、羨ましそうにニッキの口元を眺めている小太郎の方に放り出してやったのだ。小太郎がいじったり舐めたりしてもすぐには取り返そうとせず、オスワリをして優しく見守っている。お互いがどのように認識しあっているのかは推測の域を出ないが、そこには、本能とは別の思いやりや信頼のようなものが芽生え、育ってきたように思う。ニッキが小太郎を慈しむことで、自分もまた一層小太郎が愛しくなってくる。愛情は生き物の間を循環してさらに大きな流れとなるように思う。

2002年12月3日 (火)  風邪引き

風邪引き


 昨日は起きた時から、あ、風邪をもらったなという自覚があったのだが、トリミングの送り迎えや散歩などニッキ関連の作業を終えて、子どもからの預かりノートの添削をしているうちに頭と喉の痛みが強くなってきた。具合が悪い時というのは頭や筋肉、喉の痛さだけを切り離して考えることができない。それらに影響されて腰のあたり、腿、首筋などが萎えたようにだるくなり、やがては気力も挫かれてしまう。それでも、次の日のことを考えて作業の見通しが利く程度にはコメントを付けていった。

 今朝は未明から目を覚ます毎に冷蔵庫の中からカボスの果汁を取り出しては飲み、朝のニッキの排尿と運動を弟に頼んで昼まで体を休めた。ニッキも自分の具合が芳しくないと朝の遊びの催促も激しくない。咳込むと近くのニッキ用ベッドまで来て付き添いをしてくれる。優しいやつだ。

 自分の具合が良くなってきて、今度は気になりだしたのがニッキの便である。下痢ではないのだが、糠みそを固めたような色と感じの柔らかい便なのである。時々ゲップも出すので胃腸の具合が良くないのかもしれない。絨毯の食いすぎで変なものでも詰まっていなければよいのだが。今日は自分の養生を十分にして、明日は一番にニッキの検診に行って来よう。

2002年12月2日 (月)  すす払い(2)

すす払い(2)


 ニッキをトリマーさんに預けてすぐに、市内にある大きなホームセンターに向かった。前々から予定していた資材を買って急いで家に戻り、ニッキ用スペースの改装作業に取りかかる。そこは家に誰かがいる間ニッキが自由に過ごせる場所(自分の仕事場の前の廊下部分をサークルで部屋のようにしてある)なのだが、ひとり遊びをしなければならない退屈な時に、すべり止めのために敷いてあったカーペットを捲り上げてコーナーから少しずつ噛み砕いてしまった。被害がカーペットだけならば良いのだが、異物である繊維の破片も飲み込むので排泄物も緩くなり、また、ふんばる時にも繊維が混じっているためにキレが悪く、こちらが逃げるニッキを追いかけて、引っ張って取ってやらなければならなくなってしまう。絨毯は早晩廃止しなければならなかった。ニッキがトリミングにかかっている時間はこの作業を邪魔されずに行う絶好のチャンスである。少し幅広のモノトーンのビニールカーペットをちょうど合ったサイズにカットしているうちにニッキを迎えに行かなければならない時間になった。



 まずまずの仕上がりに気を良くし、予定より少し遅れてサロンに到着。クリスマス向けの青いリボンを付けてもらったニッキを引き取る。すぐに家に帰るのも何だし、さて、どこへ散歩に行こうかと考え、市内にある大型の市営公園の中で唯一訪れたことのない相模原北公園へと向かう。他の公園に比べ、敷地が細長く、雑木林を主体にしたこぢんまりした公園だ。遊歩道の脇には犬の散歩マナーに関する立て札がうるさいくらい立ち並び、わかってはいるが少々気分が悪い。冬だというのに燃えるように華やいだピンクや赤の花が咲いている花壇をバックに、洗ったばかりのニッキの白が引き立つ。もう少し園内を巡りたかったが、雲行きが怪しくなってきたので引き返すことにする。家に着いて洗濯物を取り込むと急に強い雨になった。

2002年12月2日 (月)  すす払い(1)

すす払い(1)


 この1ヶ月のニッキは、雨の中の野山を駆けたり公園の潅木の中に分け入って遊んだりしたために、家の中でしょっちゅうボリボリやっていた。体毛の汚れは乾いた後は軽いブラッシングとホットタオルだけですぐに落ちるのだが、この数日便が緩かったために、お尻のあたりが何だか落ち着かないらしく、尻を屋上の床に付けて擦りつけるようなしぐさをしていた。金ダライにお湯を張って洗ってやったのだが、それでも気になるらしく、年の瀬も近いし、体についた泥の粉や草の実、その他諸々を洗い落としてもらおうと午前中トリミングサロンに向かった。以前は4時間近くだった所要時間もトリミング室の改装が終わってからは2時間ちょっとで完了してしまう。作業時間の短縮に伴い、当日、翌日の予約も入れやすくなった。値段の方(8400円)も毎月ペースだとちと痛いが、通常は2〜3ヶ月間隔なので、自分のお洒落に金をかけない分、ありがたい金額だと思っている。



2002年12月1日 (日)  「にきにき日記外伝」

「にきにき日記外伝」


 相模原は朝から雨。昼になってもぐずぐずした天気が続く。が、こういう気候のほうが単純作業は進む。なまじ天気がいいと、ニッキが出かけたがっているからと理由を付けて、仕事の着手を数時間先送りすることになってしまう。

 作業の見通しがついてくると怠け心が顔を覗かせるものである。気分のリフレッシュに「にきにき日記外伝」というのを設置した。これにより、PCを持って出なくてもカメラ付きの携帯電話があれば画像と短文を出先から直接アップすることができる。まだ、テスト供用の段階らしいが、もう少し機能が整備されれば、旅先やオフ会からの速報や日記の素材集め等に威力を発揮することと思う。

 これは元々、土佐紀行でもお世話になったサモ友のホワクロさん(夢さん)のサイト『蘭とアヒルの楽園』の中にある「気まぐれ日誌」のフレームで、度々画像を送らせていただいているうちに非常に気に入ってしまったものである。今日などもそこで、関東から北海道中標津(ムツゴロウ動物王国)までの日帰り旅行を楽しんだ方々の送信してくれる活きのいい画像を楽しむことができた。ホワクロさんが開放してくれてから自分も1日に数枚の画像を送っていたのだが、あまり頻繁にニッキの画像をアップするのも憚られる。ここはやはり自前の画像・文章のアップ場所が必要だと考え、サモ共でも採用させていただくことにした。また、普通の掲示板だと、ちょっとまとまった文章を入れなくてはならないから面倒だなという人のために設置した「1行掲示板」もホワクロさんのところにあったのを見て自分も申し込んだものだ。通信技術が発達するに従い、その受け皿も新しい需要を満たすものでなければならなくなってくる。1行掲示板にしても携帯からアップできる日記にしても、それらを探し出し、的確に使いこなすホワクロさんには脱帽である。その筋のMLなどで見かける専門用語を並べて情報技術のエキスパートのような顔をする人よりも、自分の目的に沿って、必要な技術を選択して組み合わせ、使いこなせるバランス感覚を持った人の方がスゴイ人なのだと思う。