2003年1月31日 (金)  回復途上

回復途上


 体調は徐々に回復。ただ、完全に復調するまでに穴を空けてしまった時間のフォローを進めていかなければならない。作業を進めるのにもある程度安定した状態がないと作業の内容自体が鈍いものになるような気がする。職人さんが、使い込まれた道具に手を入れ、手元からちょうど良い位置に置く。あれは、道具という「物」ではなく「精神」の置き場なのだ…。そんな状態をイメージしている。といってもほとんどの準備たるもの、本当に日常的なことなのだが…。ニッキの綿毛が飛ぶ部屋をきれいにし、熱湯で食器をピカピカに洗ってやる。数日の新聞に目を通し、メールに返信を送る。郵便物を仕分けして、同時にゴミを分別する、といったような。風邪の重さは中断を余儀なくされた作業の数々が目安にもなる。こういった整理作業を行いながら、心身は通常のリズムを思い出して行くのだと思う。大袈裟に言えばリハビリの一種ということにもなろうか。

 普段さほど苦にならないメールチェックやHPへの返信のような作業すらお手上げになってしまうのが今月2度目の風邪であった。本当に些細なことですらやる気が出ないほどのダルさというのが実際にあるものだと思う。といっても、体調が万全であってもやはり面倒に思うことはある。どこかで適当に言い訳をしているような気もしないでもない。それにしても、30000カウント達成のお祝いカキコがお見舞いのそれになってしまったのはひとえに自分の不摂生の故である。これだけ心配していただいた温かい心遣いに感謝するとともに、本気で生活管理を徹底しなくてはいけないなと反省した。といいながらも明日は5時起きで入試応援に向かわなければならない。今日は0時までには絶対に寝ることにしたい。

2003年1月30日 (木)  夢

夢


 変な夢を見た。すでにこの世を去った父とサイレントの映画を観ている。背景が赤く黒いシルエットのような像が動く。しばらくしてそれが旧海軍の訓練風景だということがわかった。布団か何かに父と一緒に寝そべりながら、「こりゃ厳しいね〜」などと感想を語っている。そのときチャイムが鳴って玄関に出なければならなくなり、夢の続きは見ることができなかった。ナレーションも自分の知らないような言葉が出てきてそれなりに見応えのある作品だったようにも思い、あのまま映画を観ていたかったような気もする。再びベッドに横たわるとニッキが近くにやってきて汗でぐっしょりになった掌を舐めてくれた。

2003年1月29日 (水)  不安なこと

不安なこと


 1日中、寝ていた。寝返りを打っても腰がだるく、寝ているだけで楽になるというものでもなかった。熱もなかなか引かず、頭痛が脈に合わせて響く。考えること自体不謹慎なのかもしれないが「もしも」ということを考えてしまった。万が一この風邪で死んでしまったらニッキはどうなるのだろう? 恐らくは家族の者がニッキを邪険には扱わないとは思うのだが…。風邪であっても体調が良くないと気弱になるものである。焼き芋屋の流すお決まりのメロディすら物悲しく切なく感じられてならなかった。

2003年1月28日 (火)  ダウン

ダウン


 昨日、家の仕事部屋で座ったまま寝てしまったためだろうか、今日の夕方になって風邪特有の悪寒が出てきた。早いうちが勝負だと思い、仕事場に向かう途中に葛根湯のドリンクを飲み、自分の風邪と相性の良い、柴胡桂枝湯なる漢方薬を買ってから教室に向かった。寒気を感じながら横浜線に乗車し、仕事場の最寄り駅からの通り道のスーパーではバーモント酢のドリンクを1本飲み干してから柴胡桂枝湯を飲んでおく。授業開始後も勢いが出ず、子どもがプリントを解いている間に、じっとうしろの席で体力の回復を図っていたが、やはり相当に体の中に食い込んでしまった風邪のように感じていた。その後の面談や交渉事なども手伝い、家に帰る頃には明かに発熱し、まず寝なければならないという信号を体が送っていた。素直に本能の警告に従うことにし、万事おっぽり投げてお休みさせていただくことにした。

2003年1月27日 (月)  ありがとうございます

ありがとうございます


 サモエド共和国へのアクセス数がついに30000カウントを突破しました(現在30057カウント)。過去の掲示版のログを読むとなかなかに感慨深いものがあります。

 私生活においては、いろいろな感情が交錯して不完全燃焼気味の1日を過ごしてしまいましたが、30000カウント達成をバネに気持ちを引き締めて新しい出発をと思っております。今後ともサモエド共和国をよろしくお願い申し上げます。

2003年1月26日 (日)  送別会

送別会


 朝からのダブルの授業の後、いったん家に戻り、留守番をしてくれたニッキをケージから開放してすぐに挨拶。シャンプーをしたばかりでも現在換毛期にあるので、濃いグレーのカシミアのコートがたちまち抜け毛で真っ白になる。夕方になってもなお冴え渡る空の下にニッキを放して排泄と運動を存分にさせる。1時間ほど仕事場で一緒に過ごした後、再びケージに入ってもらい、暖房器具とコンロのOFFを確認してから横浜で行われる仕事仲間の送別会に向かった。

 一昨年、オープンしたばかりの教室で、お互いオープン授業の段階から立ち上げにタッチし、開校してからも、彼が算数を自分が国語を担当するという「戦友」であった。彼は他の役職も兼務して激職にあったのだが、生徒に慕われ、講師のリーダー的立場にもあった。熱い性格が真っ直ぐに出た故の、教室責任者や若手との摩擦もあったけれど(それは自分にだってある)、腹芸のできない純なところが好きだった。仕事の後の駅前の焼き鳥屋でのビール(みんな好きな銘柄をめいめいに頼む。私はハートランドビールを)が楽しみだった。新規開校であるにもかかわらず実績も素晴らしく、目標の200%達成というありがたいおまけまで付いた…。

 勤務先が別々になった後も時々会って飲んだけれど、絶対に愚痴をこぼすような飲み方はしなかった。彼も万能ではなく、いろいろと人間関係には軋轢もあったようだし、彼の立場のみを弁護する気もない。が、そんなことを話題にはせず、教えた生徒の話や…な話などで陽気に盛り上がった。お互いに抱えている不満や不愉快なこと、それは一々話題に取り上げなくとも分かり合えた。今回の、彼が辞めるというニュースも、一々理由を詮索することなく、「そうかもねぇ」という理解で十分だった。会社から心知れた人がいなくなる。寂しくもあるが、彼の活躍を祈りたい。

2003年1月25日 (土)  ネコのおしっこ

ネコのおしっこ


 小太郎は冬の間は母の部屋にいる。母は外出する時も外に出さないので、外(石庭)に繋ぐという小太郎に嫌われる役は自分が引き受けることになる。外に出てまず小太郎のすることはおしっこである。ネコ用トイレもあるのにそれを無視して庭の玉砂利の上でじっと座って恍惚として表情をしながらやる。新鮮な外気を感じながらの方がネコだって気持ちいいに違いない。ジョボジョボと結構大きな音が響き、座っている時間も思いの外長い。あまり趣味はよくないことは承知だがその間に5枚くらい落ち着いてデジカメのシャッターを落とすことができた。排泄の際、犬は目を逸らし、ネコは気にしないというが、小太郎もさすがにカメラ目線にはならない。ネコの観察、1日中していても飽きないような気がする。もちろん仕事の手はお留守になるが。

2003年1月24日 (金)  本日快晴

本日快晴


 屋上から周囲を見渡すと丹沢や甲州信州の山がクッキリと見えた。どてらを着ないで出たために寒さが堪えたが、ニッキと一緒に景色を見て遊んでいるうちに陽射しの暖かさを皮膚がはっきりと感じるようになった。小太郎は母の部屋で迷惑そうな顔をしていたので今日は連れ出さずにニッキだけだ。ボールを投げるとまっしぐらに目標に向かって飛んで行き、それを咥えて戻ってくる。これでボールをすぐに離してくれればよいのだが、「あげないよ〜」と目の前をすり抜けてまた向こうに走り去っていく。ニッキとしては捕まるか捕まらないかのスリルを堪能しているのだと思う。

 天気も良く、散歩日和だったのでさて公園まで行こうかというときにS急便の来訪があった。PCで使う19枚組CD版の地図が代引きで届いたのだった。以前からこういった地図が欲しいと思っていたところにネット通販の特売があったので思い切って買ってしまったのだが、届くのはもう少し先だろうと思っており、現金の持ち合わせがなかった。S急便はデビットカードが使える。大昔の携帯電話のような機械を使い、3分程度で決済が終わった。便利になったものである。物を買うという感覚がこのまま麻痺したら怖いと思いつつ、地図のインストールを始めた。全部のデータをインストールするととんでもない時間がかかるので、取り敢えず北海道、神奈川県、兵庫県、鳥取県、高知県、福岡県のデータをハードディスクにコピーした。全てを展開するとサッカーグラウンドと同面積になるというだけあって詳しい。洞爺湖の中島が15インチのディスプレイからはみ出してしまうほどだ。ニッキとの旅で訪れる土地と道路。実際に訪れる前から頭に叩き込んでおきたい。


   口端を適当に擦り付けようとするニッキ

 夜、ニッキに生卵を与えてみた。どんな風に食べるか気になったからである。結局、鼻で押し潰してこぼれた中身を舐めるというだけの結果に終わったが、そこに至る好奇心、食べた後の口端を壁に擦り付ける行動などの観察はそれなりに楽しかった。こうして平和な1日が終わった。

2003年1月23日 (木)  朝の雪

朝の雪


 今日は私が仕事で母が休み。本来なら母が、伊東に旅立ったポン子改め小春の様子を見に、そしてケージを届けるために向かうはずだった。昨日から我が家の犬が代々使ってきたケージを綺麗に拭き、デジカメのバッテリーをフル充電にしておいた。ところが朝からの雪。午後になって雨になったものの、路地には積雪があり、無理をせずに晴れている日にまたということで伊東行きは中止になった。が、せっかく準備した「出かけよう」という気持ちが空振りになるのは欲求不満になると見えて、母は多摩境という、我が家から5kmほど離れたところにできた「コストコ」というアメリカ資本の大型スーパーに出かけていった。つい先日会員になったばかりということで(会員制のスーパーなのである)、元を取りにまた行きたくなったのだろう。自分はパンフレットを見ただけだが、日本風のホームセンターやスーパーとはまた違った趣で、進駐軍のPXを一般に開放しかつ巨大化したものをイメージすればいい。生鮮食料品菓子、それと工具、自動車用品、おもちゃなど雑多なものが殺風景な巨大倉庫のような建物の中に無造作に陳列されている(ように見えてしまう)。

 雪の中を勇んで出かけていったものの、クレジットカードが私の持っているものしか使えないということで、自分のカードを借りるためいったん家に戻ってまた戻っていった。食料品と一緒に買ってきたのはなんとスタッドレスタイヤ。突然の雪ということもあったのか、さすがのコストコでも在庫切れに近かったようだが、帰りの道が不安でもあり、安いので買ってしまったという。3月頃まで履きっ放しでも大丈夫とのことだが、ノーマルタイヤの置き場を作らなくてはならない。支払いは自分の口座から引き落とされることになるが、ま、いいか。納戸の整理がついたら雪のあるところにニッキと出かけてみたい。2月の関ヶ原もこれなら不安なく通れるだろう。

2003年1月22日 (水)  リプロダクションの悩み

リプロダクションの悩み


 ニッキと暮らしていて、しばしば思いを致すのは「子を取りたい」ということである。今日、サモ友のHPを覗いていて日記に同旨の文章があり、またその件について他のサモ友ともメールをやりとりするなどで本音で語ってみた。「素人繁殖はまずいよね」といった建前論なしにである。

 いつのまにか形成される「斯界の常識」というものはどの世界にもあり、犬、サモエドの世界にも洗練された行動準則のようなものが形作られる。もちろん、そういったルールはしっかりとした合理性を持ち、禁忌には悲劇を避けるという大きな利点があるのは承知している。だが、新たにそこに加わった者が「なぜそうなのか?」を自分の欲求や衝動から推論して、どのような不都合が生じるのかをシミュレーションしてみることなしに盲目的に追従するのであっては「権威」が空洞化してしまい、それを胡散臭く思う人間がコミュニティへの参加を避けて、犯してはならない過ちや後悔を繰り返してしまうことになる。それゆえ、たとえば「素人繁殖がまずい」という結論ではなしに、そこに行きつく議論がなされるためには建前をいったん捨てて、本音で語らなければならないと思うのである。



 細かい議論はここでは引用しないが、「子を取りたい」という欲求の大きな壁は、血統の混乱や売買に伴うトラブル防止ということでなしに、生まれてきた子の幸せに対する懸念ということで大体共通した。我が家を含めての一般家庭ではどうしても家を空けることが多く、十分に手をかけてやることもできない上に、生を受けた子が幸せに家族として迎えいれられるかどうかの保証もない。ことに犬を家族としてではなく、商品として捉えるような人間がまだまだ多いのが実情である社会に送りだすのは忍びない…と。

 教条的に「××すべからず」だからというのではなしに、自分の知り合ったサモ友の方々がこれだけサモエドを愛している! 既存のドグマから結論を導くのではなく、目の前の子を出発点にして、「幻」となる子孫の安寧まで考えている。すばらしいコミュニティに自分も参加しているんだと誇りに思う。人とサモエドの理想的なあり方を負けずに追求していきたい。

2003年1月21日 (火)  こんのやろう!

こんのやろう!


 午前中に荷物が届いた。ニッキの外出に度々付き合ってくれる友人Oさんからのもので、階段を上がりいそいそと仕事場で荷を解く。この年末年始、ちょうどお子さんと神戸に行かれていたとのことで、自分が2月に宿泊する予定の犬と泊まれるホテルのパンフレットが入っていた。宿となっている知り合いの住まいから遠くないというので、わがままを言って偵察をしていただいた。封筒の中には、パンフレットと他にきのこの山の箱が入っていた。関西限定バージョンかな?と思って手に取ると、箱は中身の保護用で、その中身はそのホテルの1階にある犬と入れるレストラン特製の犬用のクッキーだった。チーズの匂いでもしたのだろうか封を切る前から、「あ、それボクんだね!」とニッキが近付いてきて鼻をくんくんさせている。激しく催促をしだしたので、一通りの芸をしてもらってから口に入れてやった。いつもは一口で飲みこんでしまうニッキが珍しく手で押さえながらゆっくりと齧りながら味わっていた。送ってくれたOさんに携帯メールで画像を送る。「ありがとう!」の気持ちがニッキの嬉しそうな姿で伝わったと思う。

元・郵便物
なんじゃこりゃぁ…

 授業後の補習を経て、仕事から帰って来た。今日は何もあるはずがない、いたって平穏にニッキと挨拶できる…とイメージトレーニングをしながら階段を上がる。サークルの向こうには大人しく自分を迎える、シャンプー仕立ての美しい犬がいた。(よし、イメージ通りだ!)気を良くして鞄を置くために仕事場に入る。机の上に何か乗っている。ナンだろうと目を凝らすと、それは本日自分宛てに届いた「元」郵便物の数々だった。ニッキの「配達」はシュレッダーのサービス付きらしい。少し前まで郵便物だったはずの、今は紙くずとなった物体を丸めながらゴミ箱に捨てる。ニッキはやはり午前中のキラキラした目でこっちを見ていた。そして、皮肉にも昨晩、犬を将来飼いたいという方に送ったメールに自分が書いたのが「…大変なこともありますが、いつもニコニコの精神で乗りきりましょう!」。その自分の引用が付された犬友だちからの返信があった。「さぁて、どうする?」ニッキが目で問う。(こんのやろう!)そう思いながらニコニコせざるを得なかったのは言うまでもない。いやはやまったく…犬は人生最高の調味料である!

2003年1月20日 (月)  ニッキのイヌ間の物語

       
 待合室でフセ      お母さんになったてんちゃん

 埃っぽくなってきたニッキを洗いにシャンプーに出かけた。前回のシャンプーから2ヶ月経っておらず、多少の汚れは気にしないのだが、換毛期にかかり抜け毛が凄まじくなってきたのでプロの手に任せることにした。

 トリマーさんにニッキを預ける2時間ほどを使って、注文品を受け取りに馴染みのフード屋さんクッキーに向かう。お店番はゴールデンレトリバーの美犬クッキーちゃん。今日はニッキ抜きで訪れたのだが、やつが一緒のときよりも激しく歓迎してくれた。そのくせ、車の方を見て「あれ、ニッキは?」と気遣ってくれるのが微笑ましい。お店にはかわいい先客があった。この1月にお母さんになったばかりのシーズーのてんちゃんだ。ニッキと一緒の時にも時々一緒になるのだが、ニッキ抜きの自分をてんちゃんが大歓迎してくれる。ニッキがいるときといないときで、これほどにわんこの接し方が変わるとは思ってもみなかったので驚いた。てんちゃんは、生後9日目の仔を失ったばかり。つらいだろうにとても明るく振舞ってくれた。いしかわさんのアラルっ仔のことが頭にあった分、てんちゃんを少しでも励ましてあげたくなった。お店の方の娘さんとクッキーちゃんコンビの一発芸「シュークリーム」には爆笑。

       
 ユウリちゃんと      一発芸「シュークリーム」!

 仕上がる頃を見計らってニッキを迎えに行く。コンクリートの壁を通して建物の中からニッキの声が聞こえた。かなり遠くに止めた車の音に反応したのだろう。近くに子連れの人がいたが、気にせずに「ニッキ、静かに!」と言うとコンクリート壁の向こうからの声は止んだ。(あの男、一人で叫んでいるぞ?)と危ない人に思われたかもしれないが、自分とニッキのみ知るコミュニケーションの成立に気分は上々であった。


       ご褒美のバウムクーヘン

2003年1月19日 (日)  小春日和

小春日和


 この6日に保護したポン子が伊豆伊東へと旅立って行った。旅立ちの朝、ポン子の声に呼応するように小太郎が長く尾を引くような鳴き方をしていた。別れと知ってかどうかは定かではないが、どうしてもそれが別れの挨拶のように聞こえてしまう。また、ポン子のいなくなったケージをニッキが寂しそうに探索に来るのを見ていると、それを眺めている自分までがほろりとしてしまう。ポン子にとってめでたいはずの門出なのだが、手のかかった分、別れというのはなにがなし切ないものである。

 仕事から帰って、ポン子のいないケージを見るのは少々寂しいものがある。ニッキと小太郎に帰りの挨拶をしてから一仕事終わらせ、帰宅した母からポン子の受け渡しについての顛末を聞く。横浜駅の構内にある喫茶店で、里親となる母の友人と待ち合せをしてポン子を引き渡したということなのだが、あれだけ食欲のあるポン子がホットケーキをちぎって与えても全く手を付けようとせず、丸い目を一層丸くして不安そうな表情をしていたとのことである。ポン子にとっては我が家を終の住処と決めていたのだろう。移動のストレスも大きかったことと思う。

 さて、伊東の里親さんの家に到着してからも一波瀾あったらしい。里親さんがトイレのセットをしている間にそれまで置物のようにじっとしていたポン子が「消えた」。家の外には出ていないはずということで、それから1時間30分あまりの家庭内捜索の末、大きな花瓶の裏に身を潜めていたポン子を発見したという。思えばポン子を保護するときにも納戸に逃げこまれて探すのに梃子摺った。自分の安心できる場所であるかどうかが確認できない状況では隠れるのも無理のない行動なのだろう。

 母と里親さんとの数度の電話でのやりとりの後、ポン子改め「小春」となったということも併せて聞いた。ニッキや小太郎の食事までに手を付け、腹がはちきれそうになってもまだ食べ物を要求する彼女に、せめて淑やかな命名をすることで、もう少し上品に振舞って欲しいという願いもあったらしいが…。それは半分冗談としても、新しく名前を付けることで新しい家の子になってもらうという気持ちがあったのだろう。新春に保護された小春。新しい家で幸せを呼ぶであろう小春。この2週間が君の記憶の中に残るかどうかもわからないことだが、君のことを思っている人たちが大勢いる。結構すてきなところに君は生まれてきた。

2003年1月18日 (土)  深呼吸

深呼吸


 1月半ば。今教えている6年生の合格に向けての諸々の活動、これが現在の仕事上の第1義である。だが、2月は入試突入と同時に塾に通う新学年のT期スタートでもあり、自分の働く塾では小学校より2ヶ月先行して「新学年」として扱われることになる。それゆえ、入試突破に向けた志望校対策と個別の添削を行いながら、来期の授業準備案をまとめなければならないという、心情的に複雑な時期にある。また、入試スタートと同時に、現6年生に対する入試応援、実際に出題された問題の解答と解説作り、教室に詰めて受験から帰って来た生徒に情報を提供し、励ますという仕事がある一方で、新学年に対するガイダンス、授業を行わなければならない。「現在」の問題と「未来」の問題がごちゃまぜになったまま、自分の内部でバランスを取らなければ、本来小学校では5年生の子ども達に、知らず知らずのうちに高度な要求をしてしまうことになる。講師一人が熱している図はあまり美しくない。現6年生を送り出した緊張感の幾分かを残しつつ、新6年生を先入観のない形で迎え入れなければならないのだが、これがなかなか難しいのである。ニッキの寝息を聞きつつまず深呼吸。問題は考えすぎるとますます複雑に見えてくるものだ。



2003年1月17日 (金)  その根性だ!

その根性だ!


 ポン子(ゴエモン)とも明日一杯でお別れである。とにかく口の寂しい彼女に腹を壊さない程度の大盛りの食事を振舞う。小太郎の食べ残し(カリカリ&ネコまんま)はもちろんのこと、ニッキのフードまで鋭い歯を使ってカリポリと噛み砕く。さらにはニッキが残してしまうお煎餅タイプのトリーツまでパリポリと食べてしまうのには恐れ入った。

 ちょうどニッキの夕食時だったので、ステンレスのボウルから一緒に食べているところを撮影しようと、ニッキが食事をしている脇にそっとポン子を下ろしてみた。ポン子は大きなボウルの中に自分の体を乗り入れ、わき目も振らずにニッキの鼻先のフードを貪り始める。ニッキも一緒に鼻を突っ込んでいたのは本当にわずかのことで、カメラを構えた時には気味悪そうにずずっと後ずさりして座り、首をうなだれるような恰好で、「本当はボクの夕食なのになぁ」と恨めしそうな顔をしてポン子ががっついているのを物欲しげに眺めていた。しばらくして意を決したのだろう、「そうだ、遠慮することなんてないんだ!」とボウルに近付くとポン子が「ワゥ〜」と唸ってニッキを威嚇。なかなかに図々しい。情けないことにニッキはまた距離を置いて彼女の食事を観察するはめになってしまった。さすがに、このままではまずかろうとポン子の無限の食欲にストップをかけ、フードを継ぎ足してニッキにゆっくり食事を続けてもらった。

 明後日からポン子は他の犬もネコもいないところで100%の愛情を注いでもらえるはずである。が、もしかすると彼女の後に犬やネコの後輩が訪れることもあるかもしれない。そんなとき、ニッキや小太郎から食事を分捕った気概を忘れずに凛として、長女として威張っていて欲しい。一方で、ニッキや小太郎から受けた細やかな優しい気持ちを忘れずに、それを後輩たちにも示してあげて欲しいとも願う。とにかく元気で長生きしてくれ!

2003年1月16日 (木)  今日もまた寒い

今日もまた寒い


 今朝もまた屋上の水飲みタライにはビッシリと分厚い氷が張っていた。水を掛けてタライから外してみると縁の方が厚くなっている。アルミ製の容器の外側が冷却されるためなのだろう。例のごとく氷のテーブルを作ってからしばらくして屋上に出てみると、日向に出してあるのに氷のテーブルは全く融けず、またタライの水は結氷を始めていた。ワンワンと大声を出して大きい方を終わらせたニッキが気持ち良さそうに冷たい床に臥せて氷の欠片を齧っていた。今が一番の寒さだろうか。遠くからのどかに鳥の鳴く声が聞こえる。もう少しで春が来る。

2003年1月15日 (水)  寒い日の散歩

 午前中にニッキと散歩に出ようと思ったが、風も強く非常に冷え込む朝だったので、軟弱にも小太郎と合同での屋上の自由運動でお茶を濁し、午後、タライの氷が融ける程度に温かくなってから散歩に出た。冬期講習明け久々の横山公園。午後になっても風が強く、砂塵が舞い、ニッキのおしっこが飛沫く。が、このような日の丹沢の姿は美しい。園内の最も長いコースを経て、いつものようにフード屋さんクッキーへ。

 
                              すてきな「お年玉」

 お店のM川さんと遅い新年の挨拶を済ませてから、ニッキは看板犬のミルクちゃんとご挨拶。ミルクちゃんはガウガウと怒りながらもニッキの近くに寄って来てくれる。お年玉に特製の、すてきなニッキバッジをいただく。お店の常連さんへのサービスということで、サモ友のAさん家のはなちゃんのも見せていただいた。今のところ販売の予定はないとのことだが、これをトートバッグやお出かけザックなどに付けておけば皆の注目を浴びること間違いなし。気の利いたプレゼントにもなるのではないだろうか。図々しくも製品化を強く望んでおいた。



 他にお客さんもいらっしゃらなかったので、お店の中で、周囲の誘惑に負けないためのトレーニングもさせてもらった。ミルクちゃんの前でフセをさせて、自分がお店の商品を見て回るというシチュエーションである。視線が合っているときはこっちを見てフセているのだが、カウンターの陰に隠れて、ミルクちゃんが遊ぼう!をするともうダメである。オフ会や教室などで「ヨシ」までじっと待っている子をみると道のりは険しいと感じてしまう。お店のS藤さんは風邪を引いてしまったとのこと。クッキーちゃん、マイク君に看病してもらって早く元気になっていただきたい。フードの大袋とピッグスキンを買ってからサモ友に送るカミカミトイを発注して帰途に就いた。

2003年1月14日 (火)  最終父母会

最終父母会


 入試本番まであと半月。本日、普段担当している教室で6年生のご父母を対象とした最終父母会が開催された。早朝のJR横浜線の事故のため、教室の運営スタッフの到着が遅れ一時はどうなるかと気を揉んだが、ほぼ定刻に開始することができた。一つの教室に収容できる人数が少ないために3教室に分け、ローテーションを組んで担当者が話すことになるのだが、ピタリと時間を合わせるのはなかなか難しいものである。「入試直前になすべきこと」というテーマで熱を込めて話しているうちに予定している時間をあっさりと超過してしまった。15分程度の内容で起こした本当に簡潔なレジュメも、具体例を挙げながら実際に肉付けしていくと軽くその倍になってしまう。骨格の部分から外れないように!ともう一人の自分が興奮しつつある自分をコントロールしながら、なんとか話をまとめにかかる。担当している生徒に話すのと違い、さすがにご父母に対しては緊張するが(とくに仕事柄敬語の誤用に)、話しているうちに緊張を欠いている自分が怖くなることがある。上滑りにならないように、前後矛盾のないように注意しなさいよ!と警戒しながらも、話していることが心地良く感じられている自分を発見する。もしかすると自分は二重人格なのかもしれないと思ったりもする。

 父母会の後で、立ち話をしながら「家の子は国語はキライなんだけど先生の授業が大好きなんですよ」と言っていただき、じんわりと嬉しくなった。また、生徒が検索をして見つけたサモエド共和国を、「時々一緒に楽しんでいるんですよ」と、その場でなんと答えて良いものやら悩んでしまうご感想もいただくことができた。ネコ好きの女の子のお母さんとはネコ談義にも及んだ。ご父母の心配を少しでも軽くし、今子ども達に何をやらせれば良いかを明確に伝えることが本来の主旨だったのだが、もしかすると父母会で一番勇気と元気を貰えたのは自分かもしれない。これを原動力として残る日々を全力で子どもと向き合っていきたい。

2003年1月13日 (月)  ラグナ君歓迎オフ会

ラグナ君歓迎オフ会


 札幌から映画撮影のために上京したサモ友の歓迎オフが相模湖ピクニックランドで行われた。サモ友のLさんが幹事を引き受けてくれた楽しい企画であり、なんと遠く関西からも遠征参加がある。オフの前にニッキとひと勉強。城山湖堰堤で行われる定例のしつけ教室に参加。城山ダムへと上って行く道は雪がまだ融けずに、圧雪状態となっているところがあり、車で走るのにもニッキをリードするのにも結構神経を使った。日光の当たる山の南面と北面でははっきりと温度差があるものだと今更ながらに気付く。正午に解散となりその足で津久井湖を経て相模湖へと向かう。



 途中の道は空いていて13時前に相模湖ピクニックランドに入ることができた。換毛期にあるニッキの抜け毛をビニール袋に詰めてからドッグランに近付くと、すでにちらほらと白い影が見える。昨年のあいかわオフに参加してくださった方との再会もあり、楽しく挨拶を交わしながら体重や嗜好などの話題に花を咲かせる。つい2ヶ月前は片手で抱き上げられそうだった子が、今やほとんどニッキと変わらないような体格をしているのを見ると犬の成長の早さにただただ驚くばかりである。



 会場で知り合いのサモ友、サモエドとの挨拶回りをしていると本日の主役ラグナ君が登場した。残念ながらニッキとは相性が悪く、会うなりガウガウ状態になってしまい、ツーショットの夢は潰えてしまったが、さすがはコンテストでグランプリを射止めたハンサムで美しいサモエドだった。ラグナ君が共に暮らす家族も明るく幸せそうで、見ている側も明るい気持ちになることができた。年の初めの楽しい思い出ができた。

ラグナ君歓迎オフの画像をどうぞ!

2003年1月12日 (日)  絵は文ほどにものを言い

絵は文ほどにものを言い


 午前中、ポン子(ゴエモン)を温浴させ、首回りに固くこびり付いた毛玉を解してやる。仔ネコの頃は入浴好きだということらしいが、目を細めて実に気持ち良さそうにしている。寒い所で生まれて間もない時期を相当に苦労したのだろう。十分なドライングの後に、ニッキ、小太郎と個別に挨拶させる。今月下旬には里子に出してしまう子なので、他の動物との社会性を身に付けさせるという目的もあるにはあるが、それよりも、ニッキや小太郎との楽しい想い出を胸に刻んでもらいたいという思いが中心である。もっと単純に、彼らがどんな遊び方をするものかを見てみたいという好奇心に基づくものだったのかもしれないが…。

 実際観察していると、最初はお互い緊張しているが、やがて手を出したり鼻を近づけたりと何らかのコミュニケーションを取ろうと努力を試みるようになる。そして、緊張は長くは続かず、お互いが害意のある存在ではないとわかると取り立てて仲良しにはならないまでも、すぐ近くにいながらめいめいが勝手に過ごすようになってくる。自然に自分にとって楽な状況を模索するのだろう。この意味でストレスというのは次の段階への促進剤の働きを果たすように思う。それはそれとして、彼らの細かいやりとりを下手な文章にするよりも画像を見ていただきたい。小太郎とポン子はケンカをしているように見えて遊びのリズムで跳び回っている。追いかけたり追いかけられたり、齧ったり齧られたり…。今までのニッキの役を小太郎が引き受け、ポン子は手加減せずに小太郎に思いっ切り甘えるという今までの小太郎の役柄である。もしかするとニッキと小太郎の遊び文化(成熟途上ではあるが)が小太郎とポン子の間に伝承されつつあるのかもしれない。短い時間ではあっても最後は3頭で楽しく遊んでいる光景をカメラに収めたいと願う。



2003年1月11日 (土)  留守番ニッキ始末記

留守番ニッキ始末記


 今日は朝から夕方まで新4年生を迎えるためのオープンテストのアドバイザー業務。そして、それに引き続く形で夜までの6年生の授業。家から歩いて10分かからない近場の教室だったのだが、スケジュールが押していたので、様子見のためいったん家に帰ることができなかった。午前の部が終了する頃になって、ニッキが家のオープンスペースで静かに過ごしているかが気にかかり電話を入れたところ、悪い方の予感が的中した。クッションフロアは無事だったものの、白い蕾を付けたばかりのシャコバサボテンの葉っぱを無残に食いちぎり、石灰を補給するために鉢に伏せておいた数枚の牡蠣の「殻」を全て平らげてしまったというのだ。感電事故のようなことはなかったので良かったが、意図しないものに対してもニッキの関心は向くのだと反省させられた。今まではサークルを自分で開けて区画の外に出て行くことがなかったのに、人間が出入りする方法を観察してそれを自分でも試みたのだろう。まだまだ工夫を重ねなければならない点が多いようだ。

   


 家に帰ってから悪いことをしたと悟っている表情のニッキをケージから出して排尿させ、屋上で自由運動をさせている間に、小太郎とゴエモンを一緒にして遊ばせてみた。小太郎がフーッと威嚇と警戒の声を上げるがゴエモンは全く気にせずに自分の3倍くらいの大きさの小太郎にじゃれ付いている。フーッと行っても効き目のないことを悟った小太郎がスタコラと逃げ出すと、その後を追いかける豪胆さである。こいつは今月下旬に里親さんのところに旅立つのだが、相当の大物になるだろう。逞しく育って欲しい。

2003年1月10日 (金)  多頭飼い

多頭飼い


 午前中暖かい陽が注いでいたので、拾いネコのゴエモン(カタカナに改名)をサークルでがっちりガードされたケージの中に入れて日向ぼっこさせた。ニッキと小太郎、それぞれには面会と挨拶をさせたことがあったものの、こうやって3頭が一堂に会するのは初めて。珍獣を見るようにサークルの近くに寄って来たニッキと小太郎はそれぞれちょっと離れた位置から吠えたり唸ったりとあまり行儀のよくない見物客を演じていた。その後、見物に飽きた両名は少しサークルから少し離れたところで匂いを嗅ぎあったり、めいめいが毛繕いをしたりとお互いの存在をごく当たり前に捉えているような行動を示していた。ゴエモンには悪いが、彼(彼女?)に対する警戒がニッキと小太郎の仲を緊密にしたようにも見える。いつも繰り広げる追いかけっこはやらないで、暫らくの間ゴエモンの動きを見守っている姿がおもしろかった。



 ゴエモンには、母の知り合いで伊東市に住む方に里親がついた。めでたいことではあるのだが、せっかく慣れてきたのに手放すというのは少々淋しい。しかし、あんまり大きくなるまで手許に置いたのでは情も移るし、里親さんにとっても一番愛着を持てる時期を逸してしまうことにもなってしまう。かわいい写真を撮影してよき想い出とすることにしよう。近頃、みんながゴエモンをちやほやするものだから先住ネコの小太郎が悲鳴のような甘え声を上げるのが可笑しくてたまらない。ニッキさんの扱いには特に変化はないので、愛される自信に満ちた微笑を湛えているが、隣の部屋であまり長くゴエモンの世話をしていると「もう帰って来い!」とワン!と吠える。少しばかりの3頭の生活だが、なかなか張りのあるものである。


        ボクを忘れないでね!

2003年1月9日 (木)  直前授業に突入

直前授業に突入


 場慣れするために1月に受験をするという子もいるにはいるが、関東地方の有名どころの入試スタートは2月1日ということになっているので一応その日が中学入試の基準日のようになっている。その中学入試本番まで今日を入れてあと23日。直前期になると身動きが取りにくくなるので、午前中久々に東京まで足を伸ばし、都会の風を吸うことにした。透き通った青空の下、街歩きをしているうちに腹が減ってきた。体にあまりよくないことはわかっているのだが、旨そうなメニューの誘惑に負けてしまう。途中、オープンスペースに出しっぱなしのニッキの様子を尋ねるメールをやりとりしながら空いた京王線に乗り、16時前、少し早めに教室に入る。この教室に着任してからもう1年近くが経過するのかと感慨に浸りつつ補習授業のネタを丹念に拾い出す。授業前のシミュレーションって結構大切なのだが、近頃はそれがしにくい環境になりつつあるのが嘆かわしい。不満は多々あるが、各クラスを担当する回数は入試までわずかに各々4回に過ぎない。子ども達のために全力を尽くそう。

2003年1月8日 (水)  軽作業療法

軽作業療法


        テレビを楽しむニッキ

 体を壊しかけた冬期講習も明け、少しばかり時間ができたので、屋上の犬用サークルの移動とコンクリート床のデッキブラシによる清掃そして、積雪に備えてのチェーン装着訓練を行った。

 サークルは洗濯物を干す際やスノコや絨毯などの洗い物の場塞ぎになる上、ニッキや小太郎がサークルと手摺の壁との隙間の通路を人間をからかって逃げるのに非常に都合よくできているので、六角形から長方形に整形し、手摺の壁にぴったりと付けて設置することにした。面白味のない形になったが、見方によっては端正な校倉造りの倉庫みたいに見える。まあ、ニッキや小太郎とアクティブに遊ぶスペースが増えたので良しとしたい。

 ゴム製のチェーンの方は惜しくも以前使っていたもののサイズが合わず、流用できないことが判明したが、新車のジャッキアップは初めてだったので、今後の装着を考えれば無駄な作業とはならなかったと思う。これを機にスタッドレスタイヤを導入しようかとも考えているのだが、そのためにはタイヤの収納スペースをきちんと整備しなくてはならないだろう。新しい物を買うにはその2倍以上のスペースを空けること、という正月に立てたルールを早速変更してしまおうか。但し、ニッキの便宜のためにはこの限りにあらず、と例外規定を置いてしまおうか…。


   一応点検をしないと気が済まないらしい

 同僚の急逝その他で、頭の中にかかっていた靄がこの作業のお蔭で少々晴れた。

2003年1月7日 (火)  命儚し

命儚し


 昨日1日休養に充てたために今朝の体調は軽かった。それでも深呼吸する気管の奥の方にはずみ車が付いているようで、ネコのようにゴロゴロする。いつもより5分だけ布団の中で粘って、今日が冬期講習の最終日だと自分に言い聞かせて、散水あとが凍結している屋上にニッキと出る。ニッキは不安定な路面をむしろ楽しむようにスピードをつけて氷の上で思いっ切りブレーキをかける。四つ足を踏ん張ってすーっとすべるのが快感なのだろう。真っ青な空がニッキとの散歩を誘惑するが、「しごと、しごと」とニッキと自分の本心を説得しつつケージに収容して駅前通りを教室へと向かう。

 朝8時20分から夜の9時15分にかけてのフルコマ+補習付きのフルスケジュールは3年生の授業からスタート。次第に流れと勢いに乗ってきたところでの休み時間に、同じ塾のF校で仕事をしている悪友のKという同僚から携帯にメールが入って来た。「××さんが死んだって」と。風邪が流行っていることもあり、「死んだ」というのはダウンした、あるいは穴を空けたという程度の意味だろうと思っていた。程なくしてそこに教室に回覧ファクスが回ってきた。事務室に不穏な波を感じる。報せは、毎週火曜日にお目にかかる同じ国語科のT氏の急逝を告げるものだった。冬期講習に入る前、控え室で冬期の出講を話題に「こんなめちゃくちゃな過密スケジュールじゃ死んじゃうよ」と冗談を言っていたTさんの笑顔がくっきりと浮かぶ。自分自身、夏期連日のフル出講で数年前立ち眩みを経験してから極力無理を避けるようにしていたのだが、精神的・肉体的疲労が蓄積する中での連投は実に辛いものである。仕事が引けて、あと数時間後には家を出ていなければならないのか…というプレッシャーは他のことを考える余裕を封殺する。

 古来普遍の悩みなのだろうが、働かなければ生活は維持できないし、無理をすれば健康を害する。厚遇されてはいても、会社の論理からすれば結局は使い捨ての命。嫌いな仕事ではないのだが、同僚の死は何か重大なことを示唆するようにも思える。様々な条件の中で、T先生もさぞ苦しんだことと思う。今は静かにご冥福をお祈りしたい。

2003年1月6日 (月)  ネコ拾い

ネコ拾い


 漸く熱も下がり、咳も邪悪な感じではなくなってきたところに小さな事件が持ち上がった。

 実は数日前から小太郎以外のネコの鳴き声が、家の近所のどこからか聞こえており気になってはいたのだが、昨日の弟からのメールで小太郎の縄張り近くにフサフサの毛皮を持った仔ネコが歩いていたという情報を得ていた。そんな情報を頭の片隅に入れながら、股引を穿き、どてらを着込んでニッキの排泄に付き合うために屋上に出て石庭の前辺りを見るとベージュの毛の塊がちょこんと座っているのが見えた。昨夜もその前の晩も相模原は氷点下である。いかに毛皮を着込んでいるとはいえ、空腹の小さい体にこの気候は厳しいだろう。下手をするとまた飼い主は出てこないかもしれないが、そうも言っていられない。後のことまで考えず、取り敢えず仔ネコを保護することに決めた。

 小太郎が室内でのんびりしている間に、その縄張りである石庭に餌をアルミのボウルに入れて置いておくと仔ネコはすぐに寄って来て、小さな頭を突っ込んでカリカリを食べた。相当空腹のようだ。自分がそこに近付くとサッと逃げるので、餌のボウルを次第に家の中に引き込むようにしてサッシュの窓を閉め、仔ネコの退路を塞いだ。この後手を伸ばして抱かかえようとしたのだが、自分の左手を引っ掻くなり踊るように跳ね飛び、我が家でもっともごちゃついた大納戸に逃げてしまった。幅が5cmくらいの隙間であっても入り込んでしまい、捕まえるのに難儀していたところ、ネコにはネコだと思い付き、小太郎の応援を求めることにした。この考えは見事にヒットし、どうやって見つけるものか小太郎が仔ネコの近くまで行き、フーだのネォだのと説得していると仔ネコが出てきてくれたので、古いステレオの上に飛び乗ったところを首根っこを押さえて漸く身柄を確保することができた。本当に汗びっしょりになってしまい、このまま体を冷やすと肺炎コースなので、キャットボックスに収容してからすぐに下着を替えた。

 その後、甘噛みを期待して差し出した左手の人差し指を本気で噛まれ、鮮血ポタポタと新年からの流血惨事に見舞われたものの、夕方には漸くゴロゴロ声を出してくれるようになり、今週中には小太郎、ニッキとの挨拶も済ますことができそうだ。下顎に付いている酷い毛玉を除去してやらねばならないのが目下の悩みである。

2003年1月5日 (日)  大事を取って

大事を取って


 朝起きてもまだ熱が高く、今日はなんとか仕事に出て明日1日を休ませてもらうことにした。仕事の性質上当日のピンチ(代講)は余程の事がないと出しにくい。が、今の状況で明日から2連続のフルコマの講義を乗り切るだけの自信がなく、ここで風邪をこじらせるとトータルで大きなマイナスとなりそうだとの判断の下、明日は1日休養に充てることにして滅多に出さない代講を本部にお願いすることにした。普段見ている6年生に1日だけでも休むのは申し訳ないという気持ちになるが、ゴホゴホ先生から風邪を移されないようにとの配慮だと受け取ってもらいたい。

 午後からの仕事はさすがに体が辛かったが、講義の最中は不思議と気合いが乗ってくる。鼻声になりながらも、辛気臭い授業になることを恐れ、いつも以上に気を張って笑い、叱り、激励する。講師控え室が寒く感じられ、授業終了と同時にコートを着てお茶を飲む。家に着き、小太郎を室内に収容し、ニッキの挨拶を受けると心の底から温かくなってきた。また今年大学受験の卒業生から届いた元気一杯の年賀状も最高のビタミン剤だった。明日1日休養すればまた元気が出てきそうに思えた。

2003年1月4日 (土)  風邪引きが行く

風邪引きが行く


 鼻が片方詰まり、熱があり、こめかみと眼窩が痛い。喉もイガイガで腰と膝の後ろ側にダルさがあり…と風邪に基づく現在の症状を書いているのだが、書き連ねているうちに、たかがこれしきのことでと元気が出てくる。自分を冷静に捉えつつ、にきにき日記を書いているくらいだからまあ深刻な状態からは程遠いのだ。だが、仕事の途中、そして布団の中では急に弱気になってきてしまい、物事に対する熱意が持てず漠然とした不安感に襲われる。健康がどれだけありがたいものか、よくわかる。

2003年1月3日 (金)  初雪・初仕事

初雪・初仕事




 正月3日からの仕事という重苦しい気分を吹き飛ばすのは教室の子ども達の笑顔(外伝参照)と冷えた地面を急速に白く塗りかえる初雪だった。屋上に出たニッキは早速、腹ばいになり鼻を押し当てて雪の感覚を楽しんでいた。しばらくするとタライから取りだした氷の盆を鼻先でかち割って粉雪を塗したものを口に咥えて跳ね回る。全身で悦びを表現している様子を文章にできないことをもどかしく思う。

 まだ積もるかと思ったこの雪も夕方からは雨に変わったため、ほとんど融けて流されてしまい、束の間の空からのプレゼントに終わってしまった。朝方から感じていたのだが、初雪と初仕事に加え、ありがたくない初風邪まで引いてしまったようだ。微熱にとどまっているのだが咳が出て困る。咳が出るとニッキにも心配をかける。講習最終日の7日までは体調を崩すわけにはいかない。何とか持たせなければ…。

2003年1月2日 (木)  初夢

初夢


 何か夢を見たような気もするのだが、起きた途端に忘れてしまった。例年正月2日は何の顔も与えられず、元旦の予備日のようになってしまうが、これはこれで世の中が平穏無事であるということでもあり、正月の2日だけが持つ徳のようなものなのかもしれない。なんとなく頭が重くまとまったことができなかったが、明朝からの仕事始めのために寝ておけという意味だと解釈してクヨクヨしないこととしたい。

2003年1月1日 (水)  正月早々

正月早々


 正月早々、普段人目に晒すことのできない大納戸の掃除に取りかかる。人間で言えばまさに腸の部分、有象無象がひしめいている我が家のミステリースポット、難所である。正月元旦に相応しくない画像であることを承知の上、来年の今ごろはここで一杯やれるくらいの整った状態にしようと敢えて記念すべき正月の1ページ目として貼り付けることとした。

 決して大袈裟ではなく、ここ数年、自分の持ち時間の10%はこの区画の整理に充てなければならなかった程、エネルギーを消費する部分であり、写真のようなごたついた状態でも、今から2年前の引越し当初の頃よりはずいぶんマシになってきたのだ。粉塵防止用のマスクを着けて、頭を天井に強か打ちつけながら、カビの粉が舞い飛ぶ引越しの荷物を開梱した頃から比べれば大幅な進歩だ。今年は正体の判明してきたこれらの物をより分けて半分以下の分量にしていこうと思っている。捨てるのに忍びない書籍や写真、書簡なども「聖域なき整理」を目指すこととし、自分の心でスキャニングして思い切ってゴミの日に出す。

 今欲しい物に電動アシスト付きの折り畳み自転車(林道や観光地でニッキと散歩するため)、と50インチのプラズマディスプレイがある(稼動するテレビは2台しかない)。我が家の隅々まで整理が行き届いた時にご褒美として買うことに決めている。周囲のことがきちんと片付かないとその先に進めない、意外と頑固な性質を自分自身に発見する。この点ではニッキに似ているように思う。