2003年3月31日 (月)  バリアフリーって?

バリアフリーって?


 一口にケアハウス(老人ホーム)と言っても、何種類かあるらしい。どのような観点からの分類なのかはよくわからないが、老人デイサービスセンター、老人短期入所施設、養護老人ホーム、特別養護老人ホーム、軽費老人ホーム、老人福祉センターおよび老人介護支援センター特別老人介護ホームなどと法律に細かい規定が置かれている。

 その中でも比較的重い介護を必要とする者を対象とした、特別養護老人ホームに入所している縁故の者が肺炎にかかり、本日入院することになった。仕事中に入って来た母からのメールで知ったのだが、年齢も行っていることもあり予断を許さぬ状況だという。入院手続だけでも保証人を立てたり、荷物を運んだりと忙しいのに、ケアハウス側の対応は冷たい。「すぐに荷物を引き上げて欲しい」とのこと。

 肺炎が治まって退院したら再入所する権利は確保されているとのことだし、複雑な行き掛かりもあって、本来ならば家に引き取って介護をしなければならなかったかもしれないことも考えれば、今までお世話になったことの感謝の気持ちはある。ただ、所内の規則にしろ順番待ちの方への便宜にしろ、入院当日に、即時に荷物を引き上げることを要求するような対応は人間的と言えるだろうか。取り敢えず、身の回り品などを部屋の片隅に置かせてもらって、後で引き取りにくるように手筈を整えたが、困惑している状況で追い討ちをかけるような事務手続は日本の福祉の形式性を思わせる。所内での介護という点だけでなく、こういった措置についても、円滑で、突然の事態に立ち向かう勇気が出せるような対応を望みたい。バリアフリーという言葉が定着しつつあるが、それは物理的な段差や障壁の解消ということだけではなしに、精神的にもショックを和らげるような思いやりを含めて使われるべき言葉なのではなかろうか。

2003年3月30日 (日)  小太郎 夜の訪問

 家の中でほとんどフリーになっている小太郎が近頃頻繁に訪ねてくるようになった。昼ではなくすでに床に就いた深夜である。どうも自分にではなくニッキに会いに来ているようだ。ニッキが階段から落ちないようにバリケードの役割をしているサークルの前で「うぅ〜」「うるにゃん」と淋しそうな声を出して面会をせがむ。それでも面倒くさいので無視しているとサークルを乗り越えて、ニッキが昼間過ごすオープンスペースのエリアに侵入してくる。そして今度は寝室のドアに体をこすり付けたり掌で撫でるように叩いて「ナーン!」「ナーン!」と大声で連呼する。母が帰って来た時に出す甘え声とはまた違う種類の鳴き声だ。ネコは実にいろんな声音を備えているものだと感心する。


       小太郎、早く飲みなよ

 なかなか帰らないので根負けしてドアを開けるとニッキめがけてまっしぐら、黒い風のように飛び込んでくる。ニッキもすでに気配は感じているはずなのだが、フローリングに爪を立てるようにして「何事か!」というようなポーズで立ち上がり、小太郎の匂いチェックを行う。以前ならすぐにドタバタと追いかけっこが始まったところだが、近頃は小太郎の存在をごく当たり前のものとして捉えるようになったようだ。数秒の匂い嗅ぎで2頭の影は別々になる。そして小太郎は出窓の縁や机の上など、気に入った場所で丸くなる。


         やっとボクの番だ

 小太郎が我が家の一員になってからおよそ半年が経過する。そして知らない間にニッキと小太郎の関係が深まっていることに気付く。犬とネコは種こそ違え、互いに遊びを楽しんでいる。今後どのように関係が成熟していくのだろうか。目が離せない。

2003年3月29日 (土)  小さな大発見

小さな大発見


 これで結構気が短いところがあるため、携帯でもパソコンでもビデオデッキでも新しく機械モノを手に入れた際、ほとんど取扱説明書を読まない。メカに強いわけではなく、まあ、こういった類のモノは機械そのものというよりも、キーの機能や割り付けが多少違うだけなので、基本的な部分についてはそれで十分カバーできる。パソコンにバンドルされているソフトなどについてもおそらくこんなところだろう…とこちゃこちゃといじくり回しているうちに、概ねの使用方法はわかってくる。

 だが、暇な時や作業に飽きた時などに、それらのパッケージに書いてあった「××もできます!」という謳い文句が急に気になり、小休止を兼ねて取説やヘルプを参照すると実に多彩な、隠れた(というよりも埋もれていた)機能があることを発見するのだ。そしてまた、キーの押し間違えや偶然の操作などで非常に便利なコマンドや機能を発見することもある。マニュアルをしっかり読んでいる人やPC業務に習熟している人にとっては愕きでもなんでもないのだろうが、コントロールキーやシフトキーを押しながらマウスのホイールを回すとフォントサイズが変わったり、HPの履歴の遡行ができたりするというのを発見したときにはちょっとした感動があった。当然「そう作ってあったから」というだけのことなのだが、この手の発見は味わい深いものである。

 身の回りにあるこんな発見があると1日が少しだけハッピーになる。そんなわけで、取り立てて必要のない限り省みられることのない取扱説明書は「小さな幸せの書」として最高のヒマ潰しになる。

2003年3月28日 (金)  自然体

自然体


犬の旦那、暢気に昼寝している場合じゃないですぜ

 一昨日から、あるいはその前の日くらいからゴホンゴホンと咳が出る。香港で流行している「謎の肺炎」などでは決してなく、小さい頃の気管支炎を今に至るまで引き摺っているだけなのだが、ここに菌が入るとあっという間に立派な風邪引きである。1月に2度ほど重い風邪(おそらくインフルエンザ)に罹ったので、免疫ができたのだろう。ほぼ平熱でちょっと体がだるいくらいなのだが、息を吸いこむと喉と喉の奥がゴロゴロするのはネコになったようで少々気持ちが悪い。気管支炎の他に飛蚊症や耳鳴りなどの半病の種をいくつか抱えているということもあって、できるだけ普段の生活では無理をしないように心がけてはいる。だが、心がけてはいても油断に乗じて気管支炎などはひょこひょこ顔を出す。そうすると、さすがに起きているのがつらいので早めに寝ることになる。皮肉だがこういった小病たちのお蔭で、どうにかこうにか形ばかりは健康な生活を維持できるのかもしれない。小病息災か。

2003年3月27日 (木)  春?番

春?番


 何度も「春一番」が訪れているように思う。たしかに強風と前後して平均気温が高まるようだが、これは夏一番なのではないかと思うほどに暑くなった。いつもなら閉め切っている仕事場の窓を10cmほど開けると、ブラインドが風に嬲られて捩れるように波打ち、カン、カンとサッシュの桟に当たる。多少耳障りでもあり、再び窓を閉めて冷房を入れれば良いのかもしれないが、やはりこの季節にエアコンのスイッチをONにするのは気分的に憚られるし、やや騒々しい音と共に吹き込む風はやはり爽やかに感じる。

 外気の清々しさに誘われて屋上にニッキを出すと強風に面食らったニッキは、排尿を済ませるとすぐに入れろ入れろと激しくドアを叩く。風の音が怖いのだろうか。仕方なく付き合ってやることにする。自分が近くにいると、安心して普段通りに駅前通りを見下ろしたり、投げたボールを追いかけたりとさっきまでの臆病な表情はきれいに消え去っている。それどころか、風に逆らうように顔を風上に向けて目を細め温かな春風浴を楽しんでさえいる。一頻り遊び、走り回った後、自分と少し距離を取ってから丸くなって排泄をする。と、出したばかりのものがコロコロと転がって行った。桜が開花する前の、これが最後の強い風であれと願う。

2003年3月26日 (水)  今日から春期講習

今日から春期講習


 午後より仕事に出る。本日の最高気温は17℃に達するとか。コートを着ないで表に出たが、冬物の上着だけでも暑いくらいだ。講習の初日ということもあって、事務的な手違いや連絡漏れがあることも多い。念のため少し早めに教室に入り、春期講習のテキストを下読みしてから授業に臨む。

 春休みの開放感もあって、教室に入っても普段の授業のようには静かにならない。誰か一人が調子に乗って騒いでるというのではなく、まだ気持ちを勉強に向けたくないような、もうちょっと心の準備を持ちたいようなそんな気分が支配している。ちょうど遠足の行きのバスの中のような…。当然このままの状態で授業に入って行ってもムダである。だが、ここで雷を落として、静まり返らせてからテキストに向かわせるのは最も愚かしい策である。季節も春めき、実は彼らの気分も「春」なのである。ざわつきは別の見方をすれば放散されているエネルギーなのであり、このせっかくのエネルギーを奪ってしまうのは拙いのだ。教室に溢れる、空気を一つに収束させるために、いつもより少しばかり小さい声で話をする。そして、「1分間自分の気配を消してごらん、どんな小さな物音が聞こえるか耳を欹ててごらん」と黙想に導く。静かな1分が過ぎ、彼らが静かに目を開いた時、最終学年としての春期講習がスタートを切った。

2003年3月25日 (火)  特別な1日として

特別な1日として


ヤルか、デカっ鼻! かかってこいよ鼻ペチャ!

 雨の日には雨の楽しみ方や過ごし方もあるのだろうが、やはり天気の方がいい。散歩にも出られないし、洗濯物も干すことができない。だが、どんな1日でも、それを特別な日とできるように努力していきたい。自分の心構え一つで今日を良くも悪くもできると考える時、日本が平和であって良かったという思いに至る。

2003年3月24日 (月)  犬も散歩日和

犬も散歩日和


 午前中に仕事を終えて散歩に出ようと思ったのだが、迷惑メール防止のための対策等を講じていたためにニッキとの散歩は夕方になってしまった。もう少し早く家を出ていれば横山公園で友サモのはなちゃんとも会えたかもしれないのに残念だ。だが、家を出ればまた別の出会いもある。駅前通に沿って200mほど行ったところで白い大きな犬の影を認めた。もしかするとサモエドかもしれないと思って近付くとグレートピレニーズ(ピレネーマウンテンドッグというのが正しいのか)だった。8歳になる女の子でメグちゃんという。大きくて優しい子だ。並んで挨拶をするとニッキがスピッツに見えてしまう。軍手を外して手の匂いを嗅いでもらい白いコートを撫でさせてもらった。後肢がサモエドと違って、大木の根っこのように指が張り出していて非常にがっちりしているのが印象的だった。



 横山公園の中でも合計で4頭の犬たちと挨拶することができた。丁寧に匂いを嗅ぎ合うことで何を確認しているのだかわからないが、確実に彼らなりのコミュニケーションを取っているのだろう。散歩を終えてクッキーさんでは大好きなクッキーちゃんを前に、フセとマテのトレーニング。誘惑の多い状況で頑張った後は思い切り遊ばせてもらう。少しずつ遊び方も乱暴ではなくなり、しっとりとしたいい感じになってきた。ニッキも頑張ったが自分も汗びっしょりになっていた。そろそろ首にタオルをぶら下げなくてはならない時期になってきた。

2003年3月23日 (日)  時には無関心

時には無関心


 寒さのぶり返した昨日に比べてぐっと天気は良く、気温も上がり、春らしい天気になったが風は強かった。長閑な昼下がり、眠くて溜まらない時間を、誘惑に負けて惰眠に費やしてしまうのはいかにも勿体無い。寝そべっているニッキと母の部屋にいる小太郎を誘って屋上へ。

 今ではもうニッキの小太郎に対する対面時の匂いチェックもほとんど省略された格好となり、屋上に飛び出すとめいめいが好きな場所、好きなポーズで日向ぼっこをする。日向ぼっこに飽きると立ち上がって遠望を楽しんだり、水を飲んだりとフリータイムを満喫。手持ち無沙汰になった小太郎が時々ニッキの足元にじゃれつくように誘いをかけ、あるいは逆にニッキの方から小太郎の腹にマズルの上側をくっ付けるようにして触れ合いを楽しんでいる。最初の頃はこのコンビの積極的なやり取りが面白かったが、今では、時には無関心、気が向けば愉快に付き合うという自然な姿に微笑ましさを覚える。布団を叩く音、我が物顔で町内を遊び回るカラスの鳴き声に同じように視線を向ける。その仕草もまた愛らしい。

2003年3月22日 (土)  先輩たちの一言

 公立の小学校の終了式は一昨日に行われたので、生徒たちはすでに春休みに入っている。そのせいもあって、授業開始前から子ども達がエネルギーを持て余しているようだ。そして卒業式はその前日、19日に終わっている。

 昨日行われた塾の合格祝賀会を終え、早速「先輩」として新教室に入り浸っている卒業生4人に授業の前に入ってもらい、新6年生たちにアドバイスをしてもらった。中学入試という、彼らにとっては大きな試練を乗り越えた一人一人と話してみると落ち着きも感じられ、また挨拶もしっかりとできるようになり、ずいぶんと成長したものだと感じ入ったのだが、黒板を背にしていざ後輩たちに話す段になるとその落ち着きや大胆さはいずこへ。畏まって「〜した方がいいと思います」と小学生口調になっていた。議員や役人の国会答弁でさえ、型にはまった無内容なものがあることを考えれば無理からぬことではあるが、話す内容も彼らの本来の賢さや鋭さからすれば凡庸なものだった。彼らのすごさをわかっているからこそ言えるのだが、やはり、問題を解くということと人前で話すということは別のトレーニングなり経験なりが必要なのだろう。万事に通用する能力などはないのだということを今更ながらに思った。


先輩たちの一言

2003年3月21日 (金)  春

春


 暖房を入れないのに、PCの排熱だけで仕事場が暑い。身の竦む寒さを感じなくなってからも寒い日は何日かあった。しかし、冬は終わったのだと思える程度の寒さだった。今日ははっきりと暑さを感じる。春になったのだ、と思うのと同時に体はもう夏の暑さを警戒している。そういえばドアを開けて招じ入れようとしても、ニッキは廊下(フリースペース)から入ってこようとしない。「いや、本当にいいんだ、遠慮するよ」と長い舌と涼しげな目で答える。ヤツにとっては本当につらい季節の到来だ。



 関東は29日に桜が開花するとのこと。卒業した教え子たちの入学式にタイミングを合わせてくれると最高なのだが…。桜吹雪を受けての散歩が終わるとニッキを連れての真昼の外出はきつくなってくる。せっかく春が来たというのに夏の心配をするのも忙しないとは思うのだが。

2003年3月20日 (木)  戦争が始まる

戦争が始まる


 イラク攻撃が始まった。戦争の動向に決して無関心なわけではない。目を閉じていれば世界が平和になるというのであればそうするのだろうが、新聞やネットの速報には必ず目を通している。もとよりこの世間離れした日記などで戦争の正当性や賛否、地勢学的な分析などを論ずるつもりはない。本当に単純に、まずは、日本が戦場にならなくて良かった。出征して命を失う危険に晒されなくて良かった、愛するニッキとのんびりした時を過ごせる…と正直そう思う。自分を起点として抱く感想はかくのごとき情けないものである。

 が、この感想をもとにしてちょっと考えてみれば、現実にミサイルの標的にされている地があり、そして祖国の繁栄を他所に、命を賭して戦場に赴かなければならない人たちが現実にいることに気付く。それなのに、テレビの報道番組に映じる荒れ果てた土地、奔放な独裁者に支配されているような人々、そこでは我々が享受している幸せで平和な生活などありえないものであるかのような錯覚をつい抱いてしまう。また、米英の連合軍は映画のヒーローのように頼もしく、彼らの中に誰一人恐れを抱いている者などいないように感じてしまう。これはやはり「見る」位置や状況がどうしても影響するだろう。平和ボケなどと難じられても、視座を抽象化して物事を捉えることこそ不自然なのではないか。

 そうではあっても、なお思うのは我々の多くが当たり前のように考えている「平和」というのはそれほどまでに確固たるものなのだろうかということである。我々の、いったいどのような優れた特性がそれを可能としているのだろうか。突き詰めていけばいくほど、もっと謙虚であらねばならない、責任を持って万事にあたらねばならない、との思いを深くする。平和とは当たり前であって欲しいものだが、それは祈りでしか、希望でしかない。平和が世界の一部にでも実現されていないことにもっと心を痛めるべきなのである。そこに住む人のためだけにではない、まさに自分たちのためにである。戦争を前にして抱くこのような身勝手な感傷であったとしても、無感情や気取った超越主義よりも考えるための素材を提供してくれると思う。己の平和ということから世界平和を論ずるのは卑近に過ぎて非常に恰好悪いけれど、恰好悪い平和はカッコイイ戦争状態に勝るのではないか。

2003年3月19日 (水)  梅

梅


 今年も祖母が育てた梅が咲いた。祖母の名(ふての)を取って筆乃梅と名が付いている。花を咲かせないときには家の者までが気付かないような小さな木ではあるが、さすがに満開ともなると華やいで見える。家を建て替える前、小さいながらも庭があり、この梅の木の下で前の犬クマがネコを追いかけていた。そういえばクマは気の強い祖母譲りの性格だった。

 梅の木の前に立ち止まり、わずか数分の写真撮影の間に梅の木は懐かしい風景を映し出してくれた。

2003年3月18日 (火)  数度の目覚め

数度の目覚め


     ※中に入っている人などいません

 昨夜22時前に床に就いたこともあり、午前1時39分、そして4時50分、7時15分と何度も目が覚めた(時間の確認にも携帯は役に立つ)。普段ならメールの着信を告げる賑やかなテーマソングが鳴っても気付かないのに、目が覚めてすぐに行動を開始しても差し支えないくらいに昨夜のどうしようもない眠気は剥がれていた。やはり早寝の効能はあらたかである(そしてまだ若いのだ)。しかし、こめかみの奥と腰の周囲に風邪特有の不快感が残り、何度も寝返りを打ちつつ体を休めた。無理に寝ようとするのもまたつらい。優雅とは程遠い賃金生活者ではあるが、夜の仕事となることが多いため、こういったときの病の身にはありがたい。

 午前中はニッキのトレーニングがてら少し体を動かし、体に蓄積されたような熱臭さを追い払う。午後、難しい顔をして夕刊の1面に目を通しているところに今年の卒業生の訪問があった。風邪で養生中である旨事情を話して20分ほどの立ち話をするに止めた。彼らの表情、話題に、わずかの間にもなんとはなしの成長が見られるのは心強い限りだ。あとはニッキが留守を預かる仕事場に戻り、次の講義で解説をする過去問に目を通したり、一昨日仕上げたレポートの校正をしたり(誤字が2つ見つかった)。作業をしている間に少しずつだるさも晴れ、昼夕ともに、食事は至って簡素なものだが、美味しくいただくことができた。ただ、昨日風呂に入らなかったために頭が痒いのが唯一気になる。昔ならこの程度のことは我慢ができたのだが(今でもそんなに潔癖症ではない)、頭が痒いと作業の不能率をそのせいにしてしまうという悪い癖も出る。やはり気分もシャンとしていないと万事に張りが出ない。今日も早めに風呂に入り、早めに寝ることとしたい。早起きで三文どころか千両くらい得をしそうな気がする。

2003年3月17日 (月)  底冷え

底冷え


 花冷えというにはやや早過ぎる。それにしても寒い。久しぶりに仕事場の暖房をONにするがそれでも外からの寒気が体の中に染み透ってくるようである。冷たい雨もまた冬への逆戻りを感じさせる。

 朝からこりゃかかったかな…と思っていた風邪が案の定、夕方を過ぎることからはっきりと自覚されるようになる。頭痛にしてもだるさにしても、いつぞやのように激しくはないのだが、PCを前に眠気と寒気が波状攻撃を受けるかのように訪れる。その気はなかったのだが、結局仕事場で2時間以上座ったまま寝てしまった。幸い弱く暖房をかけておいたのでそれ以上悪くなるということもなかったのだが、22時前にニッキを傍らに寝ることに決めた。

2003年3月16日 (日)  どこかへ行きたい

どこかへ行きたい


 正午過ぎに仕事に出て、過去問題を利用した実戦形式の講義を2コマ続きで行う。85分×2なのでやや疲れるが、まだ日のあるうちに仕事場を退ける開放感は良いものである。教室が家の近くでなければそのまま電車に乗って景色の良いところまで行きたくなるような気分だ。下手にスーパーやコンビニなどに立ち寄ると余計なアルコールを買い込んでしまう恐れがあるため、どこにも寄らずにニッキの待つ自宅を目指す。

 ニッキの排尿と運動を済ませ、一休みしてから月末が提出期限となっているレポート作成に着手する。期限間近になって作業にかかるのはいやだ。前倒しで仕事を処理しないと重荷を背負っているようでその分だけ損をしているように感じる。とは言っても改まった文章というのは、なかなか筆が乗らないものだ。今回もそうだが、こういう場合、ワープロソフトを起動して、すでに頭の中にある程度整理されている書きたいことだけを、勢い良く画面に吐き出していく。考えるリズムとキーボードで字を入力するリズムが程好く合ってくると、あたかも指が考えを持ったかのようにキーボードを弾いていけるようになる。そして幾つかの独立したモジュールの形を整え、それらを結び付けるように残った部分を補充していく。見出しを考えて番号を割り付け、最後に全体を通し読みして推敲・校正をかける。結構手間取ってしまった部分もあるが、A4サイズにして7枚、約7000字のレポートを無事書き上げることができた。

 このように業務文書をものする場合、文章を「書く」というよりも「作る」というプロセスで捉えた方がしっくりする。いつか書いたことと矛盾するようだが、ワープロの普及により、文章を書いたり考えをまとめたりする際の人間の思考方法や順序にも変化が生じたように思う。時代の要請に合った、効率的な文章作成術には適した過程かもしれない。少なくとも加除訂正の編集作業にはストレスを感じなくなった。が、小さい頃からワープロを使って読み書きをするのが当たり前の時代になってくると微妙に文章や言葉の持つ味のようなものが損なわれてしまうような悪い予感がする。修辞技法だってワープロの得意とするところなのかもしれないが、緊張感や構想の甘い、どこか余所余所しい虚無感が漂ってしまうような文章になりはしないか。それはそれとして、1つ肩の荷が下りた。肩が軽いうちにニッキと遊んでおこう。

2003年3月15日 (土)  夢を見た

夢を見た


           う〜む…

 朝2つの夢を見た。1つは自殺した中学時代の同級生に連れられてデパートのようなところに遊びに行く夢。そこがいわゆるあの世なのかどうかは別として、その世界にも流行りモノがあるようで、昔テレビで見た「サンダーバード」シリーズのようなものに人気があるらしい。そして中学時代の姿のままの友人に連れて行かれたビルではほとんどどの階でもそのシリーズのフィギュアやポスターなどの関連商品が売られており、その中でも、薬漬けになることで相手の思考に入りこめる、敵役の異形の少年集団「コブラ」というのが人気を集めているのだと聞いた。馬鹿馬鹿しくもリアルな夢だったが、残念なことに自分はどうもおっさんのままだったような気がする。

 ニッキを屋上に出して仮眠をしていたら2つ目の夢を見た。誰の所有かわからないが、建物のみならず家具までが無垢の白木でできた平屋の別荘にいる。母屋を中心に、他の付属建物3つ(うち1つは浴場であったと記憶している)が中庭を通ることで結ばれており、そこには神社のような平らな石畳が敷かれている。上にはブドウ棚が設えられており、なかなか良い意匠であった。そして母屋に1人でいたところ格子状の窓(ガラスは嵌まっていなかった)から雨が吹き込んできたのだが、その雨は爽やかであり、床にポツポツと落ちる雨粒を気持ちよく眺めていた。無粋かもしれないがブドウ棚に透明のアクリル板でも張れば中庭を濡れずに移動できるのになと考え、そうだ、この建物をそっくり真似しようと思ったところで目が覚めた。すると実際に雨が降っており、ニッキが屋上にいることを思い出して急いで収容しに行った。まだ降り出したばかりと見えて、それほど濡れていなかったが朝からの2本立て、夢と現実の距離感が鈍ったまま午前を過ごした。

2003年3月14日 (金)  あたりまえを楽しむ

あたりまえを楽しむ


 本日、今のところ普段と特に変わったところもなし。

 空は晴れており、家の外でも大きな事故もないようである。屋上で元気に遊びまわったニッキと小太郎も食事を取って気持ち良さそうに寝そべって休んでいる。

 朝食と昼食を兼ねた、昨夜コンビニで仕入れた梅林のコロッケサンドはよく味わって食べることができたし、ペットボトル入りのアイスコーヒーも良く冷えていて美味しいと思った。

 頗る快調とは言えないまでも、体には取り立てて変調を覚えない。そして今日の仕事の準備も終えることができた。

 わくわくするようなことがこれからあるわけではないけれど、この平穏な時間に身を置いて、それを味わってみると幸福感が沁み出す。

 こういった気持ちを得られることに感謝して、そして甘えないで今日これからの時間を過ごそうと思う。

2003年3月13日 (木)  嬉しき訪問

嬉しき訪問


 「教え子」というのもおこがましいが、かつてK校で受け持ったA君の訪問を受けた。2年ほど前、S校の担当だったときにも生徒を励ましに遊びに来てくれた。今回はめでたく大学生となってその報告も兼ねて自分を訪ねてくれた。ややはにかむような人懐っこい笑顔と大人びた物腰。好青年度がさらに増していた。日本でも屈指の名門国立中に進み、最高学府と言われる大学に進んだ抜群に成績優秀な子なのだが、彼の最大の魅力は成績でも学歴でもない。世の教育ママたちが羨むような学歴すら霞んでしまうくらい、とにかく人好きのする性格で、物事に真っ直ぐ向かっていける本当にいい笑顔をするヤツなのである。そう、性格はまさにサモエド!

 そういえば昔から物事の要諦を瞬時にわきまえる賢さはあったものの、決してガリ勉タイプではなかった。無邪気で純粋な子で、しばしば室長に叱り飛ばされるようなところもあった(その室長も蔭では大のA君ファンだったのだが)。決してガキ大将ではないが、良い意味で子ども達のリーダーだった。中学高校に進んでも学園祭の実行委員長を買って出るような積極性があり、これも人望に優れているゆえのことと思う。そんな彼には社会に出ても是非にリーダーシップを発揮してもらいたい。将来は日本を背負って欲しい人物である。

 添削を仕上げる間、今年の生徒たちを集めて大先輩に相手をしてもらった。生徒たちは始業時間ギリギリまで彼を取り囲み、意外にもきちんとした態度で話を聞き、代わる代わる挙手をしては質問をしていた。これまた彼の人徳なのであろう。生徒の間から時々歓声やどよめきが起こる。仕事がなければもう少し話していたかったが、授業の大切さは他ならぬ彼が最も良く知っている。メールアドレスを告げて再会を約した。次は軽く1杯やりたいと思う。

2003年3月11日 (火)  3月12日(水)分 無題

3月12日(水)分 無題


 気晴らしに巨大掲示板を覗くことがある。普段訪れる動物関係のサイトとはまったく異なって、悪意に満ちた発言やそれに対する応酬は刺々しく、閲覧するだけでも心が荒むようなものもある。だが、同時にそんな状況までをネタにしてパロディにしてしまう人間の機知の逞しさ、悪意の書き込みに対して時には猛毒を以って駆逐し、凛とした理を以って圧倒するダイナミズムにある種の感動を得る。残酷なことに、実体のない文字=言葉だけの世界にも人格や力量が歴然とした差となって現れてしまう。目を付けられた軽挙なる攻撃者の虚飾は引き剥がされ、欺瞞は曝け出され、運が悪ければ集中攻撃に遭ってプライバシーまで割れてしまう。そして飽きるまで嘲笑の標的としての晒し者とされる。

 掲示板を眺めるだけなら興味本位で済むが、言葉を媒介としてその両端に心を甚く傷付け合っている人間が現実に存在するのだと思うと、そして誹謗中傷がその人たちの日常生活の一部となってしまったのだと思うと同情を禁じえない。そこに注ぎ込まれるエネルギーや技術力も凄まじいものだと思う。もしかすると現実社会のストレスの捌け口となり得ているのかもしれないが、生産的な活動を衰退させてしまう土壌にもなっていることだろう。何のために働き詰めに働き、日本を富裕にしてきたのか…と、団塊の世代は嘆くのではなかろうか。混沌とした現世同様に仮想社会の中でそれなりの秩序ができあがり、「法」と「違法」がせめぎ合う。おそらく誰もが持つ暗黒面がネット上の随所で黒いとぐろとなって渦巻いているのだろう。決して皮肉ではなく、人間とは自分とは何なのか。それを考える上でも巨大掲示板は多くのヒントをくれるように思う。と同時に言葉というものが人間精神の創造と破壊のどれだけ多くを司っているかを目の当たりにするのである。

2003年3月11日 (火)  文字に潜む心

文字に潜む心


        時代劇に出演中?

 今日も天気は良かったのだが、さすがにニッキを連れての遠出とは行かない。食べていくためにやっていかなくてはならないこともある。仕事である以上、楽しいことばかりでもないが努めて自分の感覚に逆らわず、また自分自身を向上させるような気持ちで臨むようにしている。仕事の合間にニッキとでかける楽しい想像をするのもまた悪くない。100円ショップで手に入れた地図を眺めるだけで山襞や鏡のような湖面が心に映写される。そしてまた温かい人の思いも…。

 それにしても子どもの添削のために赤ペンを使う以外、筆記用具を使う機会が実に減った。PCに向かって文字を打ち込む割合が圧倒的に増えたためだ。冗談抜きで手書きに用いる筆記具はチョークが1番多いかもしれない。だが、実際のところ下手は下手なりに、万年筆で文字を書くのが好きなのだ。もう今は2人とも大学生になってしまったが、その子たち(姉と弟)が中学に進んだ時に彼女のお母さんからそれぞれ細字と太字の万年筆をいただいた。手に馴染む漆塗りの美しい万年筆だ。前の犬が死んでガッカリしていたときにちょっとした行き違いで今では年賀状を交換するくらいになってしまったが、当時贈ってもらった物は今も大切に使っている。ずっしりと持ち重りのする万年筆の似合う人間にはまだ遠いようだ。PCにしろ万年筆にしろ、文字を書く時に過去のいろいろな思いを手繰り寄せる。そして嬉しかった思い出と同時に酸っぱい後悔の気持ちなども甦る。思いを文字にする、この時間はただ考える時間とも異質のように思えてならない。



2003年3月10日 (月)  神奈川の秘境へ

神奈川の秘境へ


 今日はゴールデンレトリバーのマック君とマラミュートのイチ君、そして先生の訓練預かりの子であるホワイトシェパード×マラミュートMIXの女の子ムーちゃんも参加してのトレーニング。家の中でニッキと不定期に行うトレーニングと違って、しっかりと時間を区切って他の犬も参加する形にすると緊張感が生じて集中できる。やや風はあったが今日も空気が澄んでいたのだろう。城山湖の堰堤からは周辺の大学や遠く新宿の高層ビル群が見渡せた。ニッキの排尿の度に城山湖の電波搭をハッキリ見ているのだから、双眼鏡を持ってくればここから我が家も見えるはずなのだが、家を出る時にはさほど確認したいとも思わない。景色が良いと、ちょっと重たくても持ってくれば良かったと後悔する。ニッキはまだまだ頑固だが、こちらも一生懸命に接すると結構がんばる。が、「ちょっと無理だろうが…」というあきらめの気持ちをこっちが持つとそれをサッと見抜く。言葉にも態度にも出さないところでの会話が成立しているのかもしれない。いわゆるテレバシーというやつだろう。

 トレーニングを終えて、そのまま帰るにはもったいない天気だったので、久しぶりに神奈川の深奥部ともいうべき津久井町長者舎(ちょうじゃごや)までドライブに出た。国道413号線を山中湖方面に向かい、もう少しで山梨県というところの手前の青根集落を左に折れ、道志川の支流、神の川を遡ることおよそ10kmで林道は「関係者以外通行禁止」の鉄のゲートに阻まれる。この路を越えれば犬越路(いぬごいじ)トンネルを経て山北町中川温泉に出るのだが…。いずれ折りたたみ自転車を使ってニッキと越えてみたい。


      ここって神奈川県なんだ…

 雪の積もった広場でニッキを遊ばせてから来た道を引き返し、ゆっくりと散歩のできる場所を探しているうちに相模原公園へ。公園に向かう途中にある、閉鎖されたフィッシングセンターの近くにできた犬歓迎のレストラン「ポチのイス」は生憎シャッターが下りていたが、たくさんの犬と挨拶し、ちょうど見頃の梅を見て帰ることができた。ニッキは多少疲れ気味でゆっくりと眠っている。

2003年3月9日 (日)  備えあれば…(2)

備えあれば…(2)


 公園は日曜日とあって家族連れが多い。もののけ姫に登場する山犬モロに姿が似ているところから「ほら、モロよ〜!」と親が子を促して注意を向けさせる。梅をバックにスナップを撮っていたら犬を連れた親子連れと出会い、人犬入り乱れての触れ合いタイムを楽しんだ。小さい子が来るとニッキはフセをして「好き好き」ができるようになってきた。今日はいつもとは違う場所に早めの排泄をしたのでビニール袋が足りなくなることを恐れて公園を周回せず、そのまま帰途に就く。

 風の強い屋上に長く出しておくとつらそうなので、ケージにニッキを収容し、今度は自転車屋に向かう。家電の量販店のような感じの自転車の量販店「あさひ」へと向かう。16号線沿いに10分程度の距離。内装3段変速機がバカになっていたので調整してもらい、あと生命線ともなる左ブレーキのワイヤーを締め直してもらう。作業時間は10分にも満たなかったが、手の汚れる作業だったので1000円くらいかかったかなと思ったら、なんと消費税込みで315円だった。いずれ計画している折りたたみ自転車はここで買うことにしようと心に決めた。自転車は買ってからもう10年以上になるが、メンテナンスさえしっかりとしていれば長持ちするものである。物を大切に使うのは気持ちが良い。久々に、本当に久々に自転車を磨いてみた。自分の帰宅に気付いたニッキの声が自室から聞こえてきた。

2003年3月9日 (日)  備えあれば…(1)

備えあれば…(1)


 ベッドカバーとボックスシーツを洗濯してから午前中にニッキの定期検診と今年の注射・投薬のスケジュールの打ち合わせに獣医さんへ。体重はやや減ったものの24.4kgとほとんど変化がない。贅肉はついていないようで羨ましい。混雑する5月を外すような形で予防注射のスケジュールを立ててから病院を後にする。狂犬病と8種混合ワクチンは1回で済ませられることを初めて知った。

 横山公園へ向かう前にクッキーさんに立ち寄る。今日はゴールデンレトリバーのミルクちゃんのパパ、M川さんの担当の日。お客さんが来るまでの一時を利用して、トレーナーさんから与えられた課題のトレーニングにお付き合いいただく。ニッキもミルクちゃんの誘惑に負けずにかなり待てるようになってきたし、コントロールもまずまずうまくいった。惜しくもあと1分待ったらミルクちゃんと遊ぼうねというところで立ってしまい、やり直しとなったが、ちょうどお客さんがいらしたので、お店を後にして横山公園へと向かう。


    惜しかったけどオマケはしないよ

2003年3月8日 (土)  好日

好日


 昨日1日降り続いた雨で気が滅入った分を取り返そうと、ニッキのフードを買いに行くついでに、少し早め長めの散歩に出かけた。澄んだ空気は花粉症の人にはつらいだろうが、渓谷の雪が枝のように浮かび上がる丹沢の山々がぐっと間近に見える。食事を済ませてひと休みしエネルギーが有り余っているニッキも公園に急ぎたいのだろう、自転車を牽く力も強い。スピードが乗り過ぎないよう、リズミカルにキーッ、キーッとブレーキ音を軋ませる。前方の交差点の信号が赤になったので、左ブレーキに力を入れたところ、レバーの根元がガクッと緩んでタイミングがワンテンポ遅れてしまった。自分の体ばかりではなく、10年以上乗ってきた自転車にもかなりガタが来ている。普通の乗用に使うのであれば多少の整備不良は技量と慎重さで補うのだが、ニッキを牽く時には右手がしっかりとリードを握っているので、左ブレーキの効きの甘さは大事故につながりかねない。内装式の3段変速機が普及した頃に買ったのだが、最近はその変速機も不調である。近くに自転車専門店がオープンしたこともある。ニッキの健康診断だけではなく、明日あたり、冷やかしついでに自転車の修理とチェックをしっかりしてもらうことにしようか。



 春の気配を感じられる公園を巡り、フードを注文してから家に戻り元気に仕事に出た。

2003年3月7日 (金)  事故はいやなものだ

事故はいやなものだ


 この3月に入ってにきにき日記を読み返すと当日の記録というより、エッセイ崩れのようなものになっていることに気付く。その場で得た感動はすぐに言葉に起こさないと新鮮さが失われるという面もあるが、その日のできごとがある程度の時間を経てはじめて心に響くということもあるのでこれは仕方のないことだとも思う。

 画像もまた昨日のものであるが、不自然な車の配置であることに気付くと思う。これは偶々歩道橋の上から撮影した事故直後の画像だったのだが、事故を目撃した興奮が冷めて幾つかの感想がようやくまとまってきた。画像で赤いテールランプを点灯しているのは事故の後にやってきた車で進路を阻まれて困惑しているところだ。コントロール不能になったのか運転者が意識を失ったのかわからないが、黒い車(シルビア)が国道16号線を横浜側から八王子方面へと中央線を越え、反対車線のガードレールに車体を擦りつけながら猛スピードで突っ込んできた。そのまま行けば横浜方面に走っている対向車と正面衝突となるところ、回避のためハンドルを左に切ったのだろう。右折して相模原駅に向かおうと停車中のヴィッツの右後方にドーンという衝撃音と共に衝突し、ヴィッツを180度回転させ、自らは勢い余って画像の位置で停止しているのである。

 いつもなら歩道橋などを渡るのは非常にかったるいので、多少信号を待っても自転車用の横断レーンを渡るのだが、昨日に限って歩道橋を渡って「みたい」という気持ちになった。実際には、黒いシルビアが突っ込んでくる段階では歩行者用信号機は赤だったのでこの車に撥ね飛ばされるということはなかったと思うが、あと10秒ほどタイミングがずれていれば、自分を含む多数の横断者に凄惨な状況が出来したであろう。そしてこれも偶然なのだが、新教室の風景を撮影するためにコートのポケットにデジカメを忍ばせておいた。その割には決定的瞬間でもなく、被害を受けたヴィッツも画角から外れているが、これを見るにつけ、自分も動揺していたのだということが却ってよくわかる。この事故のあと、黒い車の助手席から女性が降りて携帯を取り出していたが、ヴィッツの方からは人が出てこなかった。やや気掛かりだったが、野次馬となってその場にいるのが何となく無責任に思えたので現場を後にした。事故は怖い。どんなに気を付けていても起こるものだなと実感した。

2003年3月6日 (木)  仕事熱心(笑)

仕事熱心(笑)


 昨日も今日も授業開始2時間前に教室に入った。教室が新しくなって急に仕事に目覚めたというわけではなく、引越しの荷物を使いやすいように整理し、また、じわじわと溜まってきた添削を一挙に片付けるためにである。家にいると傍らにパソコンがあるためにどうしても「チョットひと休み」の頻度が多くなってしまう。自室での作業中はニッキも大人しく寝ていることが多いのだが、こちらからついちょっかいを出してしまうということもある。

 駅ビルのテナント通用口から殺風景な搬入通路を通って教室に入る。普段使っている駅ビルに「業者さん」として入るのはワクワクする。早い時間なら子どももまだいないので落ち着いた環境の中で作業が進む。ドアを開けると寒風が吹きこんで来た前教室と異なり、空調も万全で新建材の臭いが多少鼻を突くという以外は快適そのものである。が、万事こちらの予定通りとは運ばないようで、筆が乗ってきたところで作業を中断しなくてはならなくなってしまった。懐かしいというにはまだ早すぎる卒業生たちが遊びに来てくれたからだ。「わぁ、いいなぁ」「なんか不公平!」「カッコイイ!」移転先の見学も兼ねてワイワイガヤガヤと賑やかなものである。作業はそれほど捗らなかったが、早く教室に来て良かったと思った。仕事もこの調子でがんばりたいものだ。

2003年3月5日 (水)  遠吠え通信

遠吠え通信


 夜、排尿のためにニッキを屋上に出す。耳を澄ますと遠くから犬の鳴く声が聞こえた。冬の夜に相応しい切なさのこもった声だ。昔はもっと聞こえたようにも思う。ニッキを屋上に残して仕事場でPCに向かっていると、今度はすぐ近くから大きな遠吠えが聞こえた。ニッキの声だ。まるで犬の教科書に載っているかのようなウォ〜、ワンワンワンワォ〜というきれいな遠吠えだった。すぐ止めてしまうかな? と思ったが、10秒くらい間を置いてまたウォ〜と始めてくれる。間はきっと相手の犬のメッセージを「受信」している時間なのだろう。仕事場に携帯電話を取りに戻り、録音機能を使ってニッキに見えないように録音ボタンを押す。一応は録音には成功したのだが、電話をかけるように耳に当てなければわからない小さな音だった。PCに音声ファイルとして落とせるICレコーダを洗濯用の竿か何かにぶら提げて遠吠えを録音し、配信できたらなと思うほどそれは見事な遠吠えだった。

2003年3月4日 (火)  ご心配おかけしまして

ご心配おかけしまして


 体調不全の件は本来日記には相応しいものではなかったのかもしれないが、いろいろと心配してくださる方のメッセージに接し、今では書いて良かったと思っている。実際のところ、日記にはあまり気弱なことを書くまいというスタンスをベースにしてきた。3月1日の日付が変わって特にトピックもなく、近時のマイブームとなっていたドライフルーツ入りのシリアルの話でもしようとしたらあのような文章になってしまった。それでも自分自身の中にも違和感が残るので考え直し、また、日記を読んで下さる方に必要以上の心配をしていただくのも心苦しく思い、次の日に書き換えようとしたところ、検査を受けた方がいいよという親しいサモ友の方からメッセージをいただき、消して書き直すのも不自然かと思い、残しておくこととしたのである。

 それからBBSに検査を受けるべきだという多くの方々からのレスを請け、真剣に検討し、遅くとも今月中には検査を受けようという気持ちになってきた。本当に偶然なのだが、サモ友のBBSを巡回すると健康管理や手術などの話題が多い。安易には使いたくないがこれも「天意」なのかもしれない。改めてサモ友を初めとする友人の方々の温かい配慮に感謝するとともに、健康を維持することの責任の重さを感じた。

2003年3月3日 (月)  ドギーパークへ

ドギーパークへ


    7歳になるサモエドのティナちゃん

 どんよりした気持ちを内に篭もらせていては良い仕事も生活もありえない。昨日は結局3時過ぎまで眠れなかったが、今朝は早起きして富士山麓のドギーパークまでニッキと遊びに出た。ドギーパークというのはドッグパークやアジリティ施設、食堂などを整えたテーマパークで、簡単に言えば犬を連れて入ることができる遊園地といったところか。検索サイトで下調べをし、連絡先と住所を携帯に自分の送信してから出発となる。中央道の談合坂SAで一休みしてから西桂町を過ぎるあたりまでは、富士山の山肌も望め、天気もまずまずで穏やかだったのだが、河口湖ICに近付く頃から風が強くなり、富士山は完全に雲に隠れてしまった。そしてドギーパークに入場する頃にはポツポツと雨が降り出した。

 入場してしばらくするとたくさんの犬の吠え声が響いてきた。レンタル犬の収容されている大きな犬舎だ。ニッキの姿を見て、あるいは匂いで、威嚇と歓迎の入り混じったような興奮する声が大きくなる。道に面したところにいるシェルティたちが柵ごしにピョンピョンと飛び跳ねてニッキを見る。ニッキはそちらに多少関心を示すものの、意外にも落ち着いて歩みを進める。このドギーパークには多くの犬種が在籍しているが、その中にはサモエドとサモエドのMIX犬数頭がいる。生憎の雨でほとんど散歩はできなかったが、お目当ての7歳になるサモエドのティナちゃんと会って仲良くすることができて嬉しかった。お別れに顔を舐めてもらう。他にも、大きな温室のような犬舎で珍しい犬とも触れ合うことができ、晴れの日に来ればもっと楽しめると思う。



 雨足は次第に強くなり、ニッキもびしょ濡れになってきた。犬と入れるレストランで雨宿りをしてからサモエドグッズを物色し、パークを後にした。



 西湖、本栖湖を巡って富士ICより東名に乗る。富士五湖の中でも印象の薄い西湖は思いの他大きく、海のような緑青の水を湛えて曇り空の下に神秘的な表情を見せていた。高速では台風のような悪天候でフロントウィンドウはいびつに波打ち、80kmの速度規制が決して大袈裟に感じられなかった。その間ニッキはグッスリと眠り、漸く家に着く頃になって雨は止んだ。

2003年3月2日 (日)  合格祝賀会

合格祝賀会


 友サモの匂いが城山湖の方から漂ってくるよ

 夕方から塾の定例行事である合格祝賀会に出席した。今年は会社全体としての目標数に届かなかったということもあって、入試対策の責任者が壇上に出て懺悔をし、来年への勢威挽回の協力を出席者に強く求めるというお通夜のような湿っぽい式だった。今年の実績の感謝と喜びを分かち合うという例年の雰囲気とは異なり、失策の責任を追及するような、各人の努力を否定するような刺々しく不信に満ちた言辞が支配していた。懐かしい顔に会えたことは嬉しかったが、「祝賀」と冠した以上、ある種の華やぎを期待して出席する者の心を暗くする空気を流すのは避けて欲しい。どのような事態にもそれなりのリアクションがあってしかるべきだ。原因の徹底究明と個別的な問題解消措置は時を置かずに行うべきである。が、総括は総括として、祝賀は祝賀として分けて考えてもらいたい。

 快くないことを文章にするだけでも気が滅入る。八つ当たりみたいな文章を読む方々はもっと気分を害するだろう。が、1日を彩る大半がこのような時間で塗り潰されてしまったのだから、日記に反映させることとしたい。



 会場に向かう途中、お寺の参道に咲く紅白の梅の花を見たのが今日一番の心の憩いだった。親しい幹部とも仲間の講師とも合流せず、今日はいち早く会場を後にした。3月に入ってから狂ったのは自分の方なのだろうか。今日は早めに寝よう。

2003年3月1日 (土)  健康な食生活(2)

健康な食生活(2)


 もう1つ考えられる「あの時」は、ニッキの前に飼っていた雑種の雌犬クマが死んだ時だ。17年一緒に暮らしたということをいろいろなところで書いたが、自分の一生のほぼ半分を共にしてきた愛犬の死は、やがて訪れるものと覚悟していても大きなショックだった。いわゆるペットロスの典型的な症状に襲われ、仕事を離れると淋しくてたまらなかった。その辺りから言葉の痞えと、目の前で空気の粒や蛙の卵が蠢くような飛蚊症がはっきりと自覚されるようになってきた。

 以上2つの事件が今の言葉の不如意を導いているかどうかは断定できないけれども、似たようなできごとの積み重ねが肉体的・精神的な影響を及ぼしていることはほぼ間違いないだろう。だが、仮に原因をつきとめたところでそれで心身が復調するわけではない。嘆いていれば誰かが助けてくれるわけでもない。ここで悲観したり、投げやりな気持ちになったりせず、不快な違和感を「注意信号」として考え、少しずつでも体質の改善をしていこうと思う。

 言葉が自在に操れないという原因には精神的なものと生理学的なものがあるらしい。精神的な理由というと以前なら気合いだけで克服できるかのような誤解を持っていたが、そんな単純なものではないようだ。精神と肉体は密接に結び付き、顕在意識に上らないレベルで一定の傾向が染み付いてしまうようだ。後者はさらに部分的な脳梗塞か言語中枢を司る脳神経細胞の死滅という可能性があるが、脳細胞の死滅ということはまだないだろう。ゆえに、できる限り心を自由な状態に保ち、若年性の脳梗塞やくも膜下出血の予防ないし改善を目標とするような日常生活を心がけるというのが、志向すべき生き方ということになるだろう。去年の健康診断でいろいろと気になる数値が出てからというもの、酒量を減らし、動物性の油分をできるだけ控えるように心がけている。たまには肉を食い、甘味やアルコールも嗜むが、グラノーラというドライフルーツを配合したシリアル、それにサモ友が送ってくださった讃岐うどん、牡蠣や小魚など、肉料理以外にもたくさん美味しい物がある。あと、今日この書きかけの日記をご覧になったサモ友が病院での検査を勧めてくれた。しっかりとした方針が定まらなければ対策も無意味となってしまう。これは本当に大切なことだと思う。ありがとう。

2003年3月1日 (土)  健康な食生活(1)

健康な食生活(1)


近頃凝っているグラノーラ(セービングorカルビー)

 自分と話をしてくださる方もハッキリと気付かないとは思うのだが、近頃どうも言葉がつっかかる。生徒の出席を取っていて「佐々木」と発音する時、出そうとする言葉がすでに頭の中で引っ掛かってしまう。非常に口にしにくい。今でも授業中は機関銃のように話をするし、芸としてではなく、同時に起きる質問に対応するために3人くらいの生徒と交互に会話をすることができる。だが、以前は頭で次に話すべきことを考えながら、同時に板書も進めつつ本当に澱みなく明瞭に発声することができた。不遜な言い方だが、発声を意識することなく自在に操れた。が、ある時を境にそういった器用なことをしようとすると板書をし損じたり、言葉が痞えたりすることが多くなった。何かこう、感覚的に後頭部の辺りが引き攣るというか絞られるようになってしまうのである。歳を取ったからという順当な理由に求めるのが一番楽なのかもしれないが、どうしても引っ掛かるのが2つの「ある時」である。

 1つは5年くらい前のF校での夏期講習でのこと、クラスの中にお調子者がいて、朝からの連発授業のストレスもあり、怒鳴ってしまったことがあった(普通はそうなる前に問題を処理する)。その時に、「コツン」という擬音が一番近いだろうか、決して「プチッ」ではない。頭の奥からそんな音が聞こえて1秒にも満たない刹那だったと思う、目の前が真っ暗になってしまった。怒鳴って引っくり返るのはいかにもカッコ悪い、教卓に腕を支えにして持ち堪えたものの、激しく動悸が高鳴って「死ぬのか?怖いな…」という恐怖に襲われた。その動揺は次第に落ち着き、結局次の時間は別のクラスで椅子に座って授業を継続したが、救心を飲み、いざというときには救急車を呼んでもらえる手配をしてもらった。幸い、無事にその1日を終えることができたが、その日はずっと吐き気に襲われたことを今も記憶している。