2003年6月30日 (月)  開き直り

開き直り


 近頃考えることあって、今日は少し、自分を磨くために具体的なアクションを起こそうと思っていた。とくにというより何ら不自由なく暮らし(遊び人ではないが…)、日々の仕事のあることにも感謝している。それだけでなく、人々の、犬やネコの豊かな愛にも恵まれている。

 だが、今一つ、自分という人間は生きているという自覚に乏しいように思えてならない。裏返せば命に迫力が伴わない。無論、フンフン息巻いて過ごすことが迫力だというような勘違いをしているつもりはないのだが、何であなたは生きているのさ?と突然聞かれた時に、「う〜ん、ナゼだろうね?」と答えに詰まってしまうような心許なさがある。形のない、悩みのための悩みのようでいて、真夜中に布団の中で自分自身を切り離して捉えて見た時に感じる思い(大昔から度々経験している)はやはり正直なものであろう。いずれかに答えを求め、自分の不甲斐なさを感じているに違いないのだ。そう考えると自分の見た目とはそぐわないかもしれないが、常に何かと闘っていたい人間なのかもしれない。

 だが、朝風呂に入って体を念入りに洗い、ニッキの足跡の目立ってきたフローリングを磨き、ベッドパッドを洗って、稲荷寿司を腹に詰め込んで、さぁ!と思ったのだが、実際は何もできなかった…。ただ、何もできなかったというジクジクした気持ちを新しい月に持ち越したくはない。きっと、明日から真剣に生きるために今日は敢えて何もしなかったのだ。動かなきゃならないときにはきちんと動いてきたではないか。その限りで自分を信じる。何よりも気の急いた小さな人間になるな、恐怖や焦りというエネルギーは道半ばにして尽きてしまうのだから。

2003年6月29日 (日)  猛暑に閉口

 今日で町田校開催分のT期特別授業も最終回。毎回85分×2の結構ハードな授業を都合4回付き合ってくれた生徒たちに感謝。頭で理解させるだけはなく、習慣になるまでしつこく繰り返して説いた読解技法、解答技法が定着してきたのを机間巡視をすることで確認することができた。指導者としてこれは非常に喜ばしいことだ。答え合わせで投げ掛けた問いかけにも敏活に答えてくれる。

 U期になると彼らはそれぞれの志望校によって編成されたクラスに所属してさらに力を磨くことになる。少なくとも、最終回に至って、そのための基礎となる普遍的な技術を持たせてやることができたと思う。自分の仕事とは、一定時間教壇に立つことではなく、またノートにコメントを付することでもなく、生徒たちにどれだけ無形の有益な示唆を与えることができたかにあるのだということを確認することができた。後は彼ら、彼女たちがその上に大輪の花を咲かせてくれることだろう。

 前回、この教室で、だらしない生徒の不遜極まる態度に不快な思いをしたのだが、今日は教室スタッフの協力もあり、また、教室中央に設えられた七夕飾りにカリカリした生徒の心も慰められてか無秩序な状態ではなかった。件の生徒も無邪気に他の先生と歓談している。この前はちょっと強く言い過ぎたかな、と自分の気の短さを少々反省した。

 それにしても暑かった。炎天下の町田駅のデッキを歩いている時の額から流れる滝のような汗。Tシャツで授業をやってよいというのなら、迷わずサモTを来ていくのだが…。

2003年6月28日 (土)  夢、実現してね!

 以前教えた生徒が教室に遊びに来てくれた。高校1年の女の子。大人っぽくなってはいるが、教えた当時の面影は残っている。目のパッチリしていることと苗字から自分が「ネコさん」と呼んでいた子だ。国語がずば抜けてできた。算数は…まあいい。

 近頃弁論大会や論文のコンクールに目覚めたとのことで、明日〆切りの論文を読んでもらいたいという。土曜日の答案チェック等の定例作業を終え、今年卒業した男子の相手をしてからじっくりと作品を見せてもらった。意図を明確に伝えることを目的とする論文としては、主旨の一貫性において散漫さはあったものの、ついこの間まで小学生だったとは思えない筆力で、それぞれのパートを彩り豊かに綴っていた。課題となるテーマに対して、参考までに自分なりの見解を示したところ、熱心にそれをメモして再構成してみると言ってくれた。非常に熱心だ。日頃、日常に流されることの多い、そして夢や挑戦心というものを失いかけている自分が少し寂しくなった。

 論文を見せてもらってから駅のドトールでお茶にした。横浜からはるばる相模原まで来てくれて、これからまた塾だという。塾に行くこと自体は苦痛ではないらしいのだが、まだまだ苦手科目が多くて大変だという。将来進みたい方向を聞いたところ、親元を離れて独りで生活したいという。なかなかに頼もしい。どこに行きたいのか聞いてみたら札幌だという。そして、この冬にも憧れのキャンパスを親に内緒で日帰りで訪ねたいとの秘密の計画を打ち明けられた。

 彼女の話を聞いていて可笑しく、そして嬉しくなってきた。これはいつか誰かが辿ったのと同じ道のりではないか…、と。その夢、絶対に叶えて欲しい。

2003年6月27日 (金)  昼寝

昼寝


 晴天ではあったが、昼も涼しく良い風が入ってきた。目に映る緑が風にそよぎ美しい。本当はやらねければならない仕事があるのだが、それを先延ばしにして、窓を大きく開け放してニッキと昼寝を楽しんだ。この時を犠牲にして仕事に手を付けても中身のあるものにはなるまい。共に同じ風を受け、身体を横たえて気持ちよさそうに手足を投げ出しているニッキを見ていると幸せを感じる。時として襲ってくるたまらない不安感や寂寞感。どれだけニッキに助けられていることか…。ただただニッキに感謝。

2003年6月26日 (木)  夜風

 入試直前というわけではないのだが、定例の添削が週に2本〜4本、そして懇談会向けの資料作成や学力補強のためのプリント作成など、週例でこなさなければならない仕事が増えてきた。他にも、個人別の学習記録の打ち込みやテスト答案のチェック、クラスごとの学習計画作成など、派生する仕事もある。日曜日の授業の後、次に教室に顔を出すのが原則として水曜日となるため、目の前にこれらが山積みされることになるが、その時に「あぁ、忙しい」という気持ちで事務を処理すると積み落としがあったり、添削時の誤字が生じたりとロクな結果にならない。どんなに忙しくても目の前の一つのことしかこなせない。

 このことは、塾の仕事だけでなく、人生全般にわたっても同じことが言えそうである。あれもしなければならない、これもするべきである…と考えていくとパニックになり、すべてが満足にできず、そのことでますます気鬱になってしまう。高い目標を掲げると同時にそこに到達すべき手続や手段の煩雑さや高い障壁が実際のもの以上に巨大に立ちはだかり、窒息しそうになる。だが、一時の気分の高揚や自己欺瞞でそれらを克服することはやはりできない。複雑怪奇な問題を一つ一つの要素に分解し、それを目の前に見据え、全力で取り組む勇気が必要になる。この勇気が減退したときに人は自らを「老いた」と認めてしまうのだと思う。夏の心地よい夜風に吹かれながら、自分はまだまだ老いてなんかいないと己の心に言い聞かせてやる。

2003年6月25日 (水)  懇談会

懇談会


 今日は2度教室に向かった。1度目は午前中に5年生の学習懇談会。2度目は夕方から定例の授業である。近頃はサークルを歪ませようとすることもなく、安心してニッキに留守を預けることができるようになった。まだ10時間を超えるような長時間の留守番をさせたことはないのだが、夏の暫定出講表を見る限り、朝8時20分から夜の8時40分までというフルコマの日はなく、屋上で排泄させることができそうだ。ただ、いずれにしても室内での排泄にも慣れさせる必要はあるだろう。問題はペットシーツをトイレに敷きっぱなしにすると引き剥がしてしまうことである。そこで、現在目の細かい金網を買ってきてトイレの改良を検討中である。シーツをすっぽりとカバーしてからトイレにセットしようと考えている。ペット関連商品で、まだまだ特許の取れそうな分野があるような気がしてならない。

2003年6月24日 (火)  雨の1日

雨の1日


 サモ友から朗報が届いた。手術は無事成功。そして、獣医さんの提案により、今我が家に帰って来てくつろいでいる、と。

 関西を訪れた折にニッキとも遊んでくれた美しいサモエド、蘭ちゃん。先週の月曜日からお座りとフセが思うようにできなくなり、一時はヘルニアが疑われた。が、一昨日から出血し、子宮蓄膿症であることが判明した。その間、ご家族の方はどれほど心配だったかと思う。何度も恐ろしい想像や不安と闘ったことと思う。

 今ごろは本州をすっぽり包む雨の音を聞きながら、家族の元で安心して眠っていることだろう。病気の怖さを思うとともに、幸せな蘭ちゃんのことを思う。ゆっくりと体を休め、またニッキの好き好きを受けて欲しい。

2003年6月23日 (月)  箱根方面へ

箱根方面へ


 晴れを期待したのだが、生憎の雨となってしまった。地図で見ると、箱根から富士五湖を廻って時計回りに1周したことになる。相模原から南下して、小田原厚木道路を通って(平塚にPAができたので、人も犬もトイレタイムが取りやすくなった)、箱根に達する辺りまではまだ小降りであり、前から訪れたかった恩賜公園を訪れることにした。

フセ!

 箱根恩賜公園(箱根公園とも呼ばれる)は芦ノ湖に半島のように突き出しており、晴れた日には芦ノ湖ばかりでなく富士も臨める。庭木が美しく整えられ、犬の立ち入りもOKであり、駐車料金も330円というなかなかの穴場である。売店などはないが、水場、トイレも整っており、箱根本来の良さを味わえると思う。雨の日には泥はね覚悟をしなければならないが、芦ノ湖の由来となった芦の茂る湖岸を廻る遊歩道もあり、素敵な散歩コースとなるのではないかと思う。

2003年6月22日 (日)  あした天気になぁれ!

あした天気になぁれ!


      小太郎初プール!(mpeg動画232kb)

      NG画像…(mpeg動画232kb)

 10秒動画でモノになるのは、5本撮ってせいぜい1本。上の「NG画像」のように、前半は内容が濃くてもその後はナンにも起こらないまま、恐ろしく無内容…というようなものもある。サーバーの許容容量もあり、あまりにお粗末なものはアップしたくない。

 そして、自分自身、ほんの数秒先も予測できないということが、痛いほどわかった。ただ、カメラを回しているうちに、まるでできごとが追いかけてくるかのように見事な映像を、あるいは「決定的瞬間」を捉える人達―プロフェッショナルもいる。ひょっとすると、未来予測というものは単なるカンなのではなく、弛まぬ努力と経験で未だ明らかになっていない感覚器官を鍛えて可能になるものなのかもしれない。能書きが多くなったが、タマにはこういう失敗作も見て間抜けな時間を味わってもいただきたい。

 今日はいろいろと心配なことが多い1日だった。直接自分自身に関わることではないとはいえ、つらい胸の内が痛いほど理解できる。何も力になれないが、ただただ良い方向に向かっていくことを祈らずにはいられない。避妊手術をした後、入院していた友サモは無事退院したとのこと。すべてがうまくいきますように!


    体を押し付けてきてくれた「ちどり」

2003年6月21日 (土)  プール開き

プール開き


      楽しいプール開き!(mpeg動画232kb)


 とにかく暑かった。

 ニッキの排尿を済ませて、ホースリールですぐに散水をする。これだけ暑いと、日に灼けたコンクリートの床の上で小便がすぐに蒸発して黄色い染みになってしまう。打ち水の効果も狙っていつもより、少し長めに水を流す。もともとはニッキを収容するために設置した大型のサークルも、今では当初の目的とは逆に、ニッキの格好の標的となる布団や洗濯物を避難して干すためのスペースとなっている。屋上での物品修理や軽作業などの場合も人間がこの檻に入って作業をすることになる。外と内があべこべになってしまっているわけであるが、使い勝手は悪くない。

 一昨日不注意で落としてしまい、3つの欠片に割ってしまったホースリールの巻き取り部の円盤を接着剤をたっぷりと盛って再補修してから、ニッキ用ビニールプールを膨らませて据え付ける。据え付けると言っても、場所を決めて水を張るだけだが、そう言えるだけのイベント性を持っている。何年か続けば我が家の風物詩、となるだろう。札幌暮らしで気分がクサクサすると軽トラックを駆って度々訪れた大好きな湖、支笏湖にちなんで、「マイ支笏湖」と勝手に名前を決めている。規模は違うが中身は同じなので多少の僭称は許してもらいたい。

 さて、ニッキは水を満たしている段階で、というより空気を入れている段階からすでに、はしゃいでおり、満々と水を湛えたプールにゆっくりとマズルを近付け、そして、前足からゆっくりと入っていった。ニッキが屋上に出ると、気になって搭屋に上ってくる小太郎を捕まえてこれもゆっくりとプールに入れてやる。前の飼い主が一緒にお風呂に入っていたという話もあり、水に対するパニックはない。ただ、決して気持ちのよいものではないらしく、最初はじっとしていても、ニッキが水をバシャバシャやり始めると迷惑そうに出て行ってしまう。いつか、一緒に水遊びをする光景を見てみたいものだと思う。

2003年6月20日 (金)  夏モード

夏モード


        ボクが主役だよね…?

 台風6号が通り過ぎても午前中の相模原は風が強く、ドライヤーで熱風を吹き付けられているようだった。曇天でもあり、耐えられないほどの気温ではなかったが、ニッキの避暑を優先して、最も狭い仕事部屋に招いてエアコンを入れる。26℃の設定でも良く冷え、効率は悪くないとは思うのだが、考えてみればエアコンというのは人間や犬の皮膚に触れる部分以外の空気を含めてまるごと冷やしていることになる。満員電車や教室などは人がぎっしりといるからまだムダな感じはしないが、昼間のデパートやガラガラの公共施設などで冷房が効いていると、思わずスイッチを切ってあげたくなる。何かこう、生体反応のあるものだけをめがけて、その周りに纏わり付くような冷媒のようなものができないだろうか。ビル1棟分の空調に費やすエネルギーで何万人もの人や動物が涼しい思いをできるような…。同じパソコンでも、こちらはパーソナルエアコンである。

 エネルギー効率を最大限に生かした空調。夢物語のようなことかもしれないが、人間を含めた動物達に自然に備わる熱交換システムをお手本にすれば実現のための1歩を踏み出すことは決して不可能ではあるまい。そして、このまま大都市で冷房機をフル稼働していったら、それだけで年平均気温が年々上昇していく。例年の「観測史上最高」を今年も更新したというニュースには薄気味の悪さを覚える。記録の捉え方にしても、ある特異な「点」としてではなく、平面としての広がりで、さらには気流を含めた立体としての空間全体で、温度の変化が意味するものを考えなくてはなるまい。当然生態系や植生というものを含めてである。その意味で、エアコンの利用による問題の波及は決して他人事ではない。テレビの受信料などよりも、大規模なの事業所からエアコン税を取るというのはどうだろう。そして、それを基礎研究に当て、新しい空調システムを日本のお家芸として不況も脱出してしまうという一石二鳥の名案である。

 我が家でも、エアコンの運転は必要最小限に止め、そろそろプールを出すなどしてニッキの涼の取り方にも工夫してやろうと思う。



        もちろん主役はボクさ

2003年6月19日 (木)  捉えたっ!

捉えたっ!


      切ないぜ!(mpeg動画232kb)

 そろそろプールか…、と今日の日記はニッキ用プール開きの話題にしようかと思っていたのだが、新聞の第1面の差し替えよろしく、特ダネが飛び込んできた。

 仕事に出る前、大納戸での袋物と梱包材の整理を終わらせて自室に戻ろうとしたとき、小太郎のナーゥナーゥが聞こえてきた。後からゆっくりと近付くと、ちょうど玄関脇のコーナーのガラスでお見合いをするように小太郎とチドリが喋り合っていた。結構長い会話になるだろうと考え、自室にデジカメを撮りに戻り、会話の現場をまずは静止画像で1枚。最初の1枚はあまりアングルなどを気にせずに、被写体がファインダーの中に収まっていればシャッターを落とす。「狙い過ぎ」で、証拠写真を撮れなかった時は口惜しいからだ。今までは1枚から3枚、写真を撮ったところでチドリは姿を消すことが多かったが、今日はしばらく、動きそうにない。デジカメの動画モードにして数ショットをものにし、玄関ドアを出て、クリアな視界でさらに静止画像と動画を収めることに成功した。いい年をしたおっさんが、ネコの撮影なんかに血道を上げている。隣近所にはどう映ったかわからないが、自分の思いとしては、「幻のちどり、マル秘画像!ゲット」くらいの興奮度である。気合いを込めて撮っただけあって、ちどりらしいアップを捉えることができた。満足!

2003年6月18日 (水)  新メンバー登場!

新メンバー登場!


 小太郎が、ナァウナァウと例の声を出しているので、あの白ネコが来たのだろうと思ってデジカメを片手に石庭前まで行ってみると、そこにいたのは、初めて見る白地に薄茶の斑を持つ和ネコであった。ネコ同士の連絡網によって、あそこに良い食堂があるよ…ということが広まったのだろうか。

 白ネコの黒い部分が千鳥模様に見えた写真があったので、我が家での呼び名をチドリとした。他の写真を見ると黒い鶴にも、トンビにも見えるが、とにかくチドリである。茶色い方は、茶美(チャミ)としておく。チドリもチャミも小太郎のファンだったら嬉しいのだが、食事が目当てだろう。外ではネコの世界も大変だろうと思う。ここでは気楽にやってくれ。

2003年6月17日 (火)  白ネコ

白ネコ


 黒いブチのある白ネコが一昨日の夜から現れた。それほどやつれてはいないが首輪はなく、白い毛が汚れている。自由ネコであろう。雰囲気からするとメスだ。この近くで生まれたものか、あるいは他所から流れてきたネコなのかはわからないが、目の美しい凛としたところがある。考えたくはないが、捨てられたのだろうか…。

 我が家は1階部分がガレージになっているので、梅雨時も雨は凌げる。近所の手前、おおっぴらに餌を与えるわけにもいかないので、道路から見えない車の陰の部分にカリカリを置いた。すると、自分が目の前にいるのに餌に近寄ってボリボリと食事を貪る。お腹が空いていたんだ。生憎手許にカメラはなかったが、小太郎にニッキの紫色のリードを繋いで表に出す。お互いがどんな反応を示すか見てみたかったのだ。小太郎の姿を見ると彼のネコは隣の敷地に逃げ、境界のラティスを挟んで面会する形になった。威嚇でもなく、友好の表現でもないような普段とは違う声。よく息が続くなと思うほどに連続して「ナー」と鳴き合う。どっちが先に折れるかの我慢比べというところか。合間にはお互いにファーと威嚇し合う。

 昨日の夜も1度だけ見たが、シャッターチャンスは得られなかった。そして、今日、小太郎のため、ポール型の爪研ぎを探しに、数軒のホームセンターを廻り、目当てのものを手に入れることができずに車をガレージに入れた時、白ネコに出会う。自分を見ても逃げないで弟のスクーターの下でじっとしている。小太郎を最初生活させた石庭に食事の支度をし、白ネコを招いた。「こっちにおいで」という言葉がわかったのかどうか。誘導に従い、小太郎が見守る中でうまそうに食事を取る。デジカメを取りに戻ってもまだゆっくりと食事をしており、数枚の写真を撮ることができた。食事を終え、小太郎にリードを付けて挨拶をさせようとしたところ、ゆっくりとした足取りで帰って行った。



2003年6月16日 (月)  暑いねぇ

暑いねぇ


病院待合室にて

 雨の合間を見計らい、昼を挟んで2時間ほどニッキに付き合った。最初に、いつもお世話になっている動物病院へ。30分ほど待ってから健康チェックをしていただく。診察までの待ち時間も犬談義、ネコ談義に花を咲かせることができるので苦にならない。シーズー&パピヨンMIXの子で、まあるい耳の動きが愛らしいミッキーちゃんのママと楽しく犬話し。押し黙って週刊誌の記事に視線を落とす歯医者さんの待ち時間とは雲泥の差である。暑くなってきたのだが、ニッキの食欲は旺盛である。体重は24.8kgと微増。太り過ぎに注意して食事の量やおやつを控えているのだが、ちょっと気を緩めるとむりむり太っていきそうな気がする。今の体重をセーブしよう。心音をチェックして診察終了。帰りにニッキ&ミッキーのツーショットを収めて病院を後にする。

みんなでフセ!

 フィラリアの飲み薬をいただいてから、次は、ニッキのために美味しい(んだと思う)フードを供給してくれるクッキーさんへ。先客はウェスティのラディちゃん。ニッキとの相性は良さそう。シーズンの終わったクッキーちゃんとドッタンバッタンした後は、なんとなくの流れで集団フセのトレーニング。ニッキが一番落ち着いていなかった。美犬2頭に囲まれていれば落ち着けるはずもないか…。

 紫陽花が咲き揃ってきた横山公園を経由して昼過ぎに家に到着。昨日整理した外物置が使いやすくなっており、ニッキの足拭きがやりやすかった。整理した甲斐があって嬉しい。

2003年6月15日 (日)  仕事と片付けと

仕事と片付けと


 今日は大納戸と外物置の掃除・整理を仕事に出る前と後に行った。自分はタバコは吸わないが、このところ連続で埃を吸いつづけているので、さぞ肺が汚れていることだろうと思う。漸く少しだけ進んだかな、という程度には今までみっちり塞がれていたスペースが誕生し、ダンボールを掻き分けたり、移動したりすることなく、目的物にダイレクトに手が届くようになってきた。昔祖母が営んでいた煙草屋の「遺物」として大箱一杯の仁丹や今では廃れてしまった、煙草の吸い口に装着する「ミニホルダー」やそのカートリッジ等が出てきた。仁丹は変質していなければ取っておいてもいいかもしれないが、使い道のない物はたとえ新品でも処分せねばなるまい。博物館に寄付できるほどのものではないし、中途半端であることだ。

 梅雨空の下、仕事で汗を掻き、また家で汗を掻く。ちっとも健康的ではないが、頭と体をフル回転させて1日をしっかりと埋めていく手応えはある。体内から老廃物を排出するイメージを、家の中からゴミを出す作業に重ね合わせる。

 汗でベタベタすると気持ちが悪いので、日に何度もシャワーを浴び、あるいは浴槽に体を沈める。これくらいの贅沢は許されてよいだろう。ただ、この梅雨空である。下着を乾かすことができるタイミングを得られるかどうかが目下の心配事である。そして、今までのところしっかりと留守番を務め上げてくれるニッキの欲求不満が高まって、予期しないイタズラをするのではないかということも。

2003年6月14日 (土)  小太郎が臭い!?

小太郎が臭い!?


 今日は午前中から他教室回りで夕方まで家を留守にした。ネコ砂を買うのを忘れてしまったので、小太郎のトイレの底が露出し排泄物がそのままの形で転がっている。普段なら全く気にならないトイレ前なのだが、さすがに昼の暑さと相俟って排泄物の臭いが鼻を刺激する。ネコの出したものの方が犬のそれより臭いがキツイ。夏本番に備えてネコトイレの位置(今は母の部屋と食堂の通り道にある)を考えなければならないなと思った。網戸に設置できるネコ扉を自作してみようと思う。

 さて、夕方に砂を補充して臭いは大分落ち着いたのだが、小太郎を撫でた自分の手が臭い。小太郎の胴体も臭う。どうも砂が薄くなってきたときに小太郎の体に直接排泄物がひっついたらしい。小太郎自身気になっているとみえ、いつもより丁寧に体を舐めている。ホットタオルで拭くだけでもいいかなと思ったのだが、幸い母の手を借りることができたので、洗髪できるボウルを備えた洗面台で丸洗いすることにした。シャワーを浴び、湯船?に浸けられた小太郎であるが、もちろん多少抵抗はしたものの異常な行動は取らず、にゃぁにゃぁと抗議する程度だった。体を洗っている間、彼の腕を押さえている自分の指を舐めてくれたことからすると、もしかすると結構気持ち良かったのかもしれない。もうすぐ屋上にプールを出すが、ニッキと仲良く水浴びをするようにでもなればぜひぜひカメラに収めたい。

 本日サモ友が北海道に向けて旅立った。また、もう一人のサモ友は自分の父の故郷を経由してぐるりと伊豆半島を一周してきたとのこと。サモエド界のニュースも賑やかになってきた。ニッキ、今日も留守番に成功! これも小さいがしっかりと伝えるべき事実であろう。

2003年6月13日 (金)  根を詰め過ぎないように

根を詰め過ぎないように


 一度手を付けると徹底的にやってしまいたくなるのが、掃除や整理である。しっかりと展望が開けるところまで攻め込んでしまいたい。もっとも前向きな気持ちで取り組んでそうなら良いのだが、中途半端に終わらせると再着手に莫大なエネルギーを要することになる。半分以上は強迫観念に突き動かされてというのが実際のところだ。

 整理をしていて、すでに存在の意味を失ったような祖父の遺したダンボールに箱詰めされた資料や、もはや誰も袖を通すことのないであろう衣料の山を腑分けしていると、薄暗い場所に篭もって、いったい自分は何をしているだろうと情けないような腹立たしいような気持ちに襲われる。幸い、大声を出しても誰にも聞かれるような場所ではないので、何度ため息のような悲鳴のような声を上げたことか。

 黴臭い空気を吸うことになるため息を止めてダンボールを開梱しつつ、既に故人となった家族の書いた何気ないメモや手帳をゴミ箱に入れるか否かで迷う。取るに足らないメモ、それも電話番号のようなものを書き取ったようなものを見ると、不意に命や時間の正体を掴めそうな錯覚に陥る。いや、錯覚ではないかもしれない。たしかに存在した命ある人間が過去のある一点にそれを書いた。そして、今、それを生きている自分が認識している…。命というもの、時間というもの、自身で直感的に捉えるだけならそれだけで十分である。やや黄ばみ、折り目の付いた紙片は静かに時間を保存し、筆跡としての電話番号ではなく、その上にかつて指が、掌が、腕が、そして命が存在したことを証明している。殺風景な大納戸だからこそ、時間と命という不可知なものが薄汚れた紙片の上に一瞬の結晶となって析出されたのかもしれない。

2003年6月12日 (木)  空回り

空回り


      遊んであげる(mpeg動画232kb)

 朝からいろいろなことをやろうと思っていたのだが、万事うまく回らずに、予定していたことの半分もできなかった。大納戸の孤独な整理作業は作業にかかる前のプレッシャーに押し潰された感がある。腰を据えずに手を拱いていると時間は本当に早く飛び去ってしまう。


2003年6月11日 (水)  今日も…

今日も…


      ねこあんま(mpeg動画232kb)

 昨日に引き続いて大納戸の整理。ラックの組み立てや設置、透明ボックスの移動といった力仕事が減る代わりに、ダンボールから跳び出す魑魅魍魎のような家庭雑貨や写真・ネガ、ノベルティとしてもらったグッズ、記念品などの仕分けと処分に精神力が奪われる。整理の大変さは細かい作業において一層顕著である。が、これを乗り越えることなしには本当の意味の整理とはならないのであり、単なる場所の移動で終わってしまう。そうなると乱れるのも早い。

 床一面に広がった、というより散乱したかに見える細々としたものを類別して丁寧に仕分けしていると、何とまあ非生産的な時間だろうかという情けない思いと共に、いつ終わるのだろうかという息苦しさにも襲われる孤独な時間となる。これを成すかどうかは、結局のところ物を退蔵することによるデメリットと、捨ててしまった後になってからシマッタ!と後悔するデメリットの衡量ということになるだろう。1時間置きにニッキの排泄を兼ねて様子を伺いに行く。小太郎は作業に没頭している自分と付かず離れずの距離にある。いても役には立たないが、いないよりも幾分良い。

 対外的には全く不毛な作業なのではあるが、作業も終わりに近付き、少しずつ見通しがついてくると充実感がある。仮住まいからここに引っ越して来て、こまめに大納戸の記録写真を撮っているが、当初はダンボールの山積みだったのが、曲がりなりにもストックヤードの体を整えてきた。我が家ながら下りていくだけで沈鬱だった「魔窟」が漸く「鬼の住処」程度にはなってきた。ここに友人を招き、侘び酒を飲む日は意外と近いかもしれない。

2003年6月10日 (火)  腰を据えて

腰を据えて


      ねむいの…(mpeg動画232kb)

 夜も遅くなって雨が降ってきた。少し前に洗濯物を取り込んでおいたので、濡れずに済んだ。関東もいよいよ入梅なのだろう。

 今日は午前中から大納戸の片付けを進めていた。大掃除とは別に、数度の引越しで中途半端に累積した物品を徹底的に洗い直す。1つは場塞ぎの解消、1つは重複品の無駄買いの防止である。新しく買うのは小振りの透明ケースくらいで、見てくれではなく、どこに何があるかを把握するという機能を優先にして整理を行う。ダンボールや金属の化粧箱への箱詰めをしてしまうと見掛けは良いのだが、結局、内容物につき所有者不知のまま「死蔵」してしまうことになりかねない。雑巾を片手に埃を鎮め、カビが生えないように除湿機を連続運転にする中で、大分類から中分類へと進めていく。細かい作業にハマってしまうと進捗が遅れるので、気を付けなければならない。

 子どもの添削に使えないこともないが、赤鉛筆やボールペンがざっくりと集まった。ボールペンやサインペンは劣化しているものもあるだろうが、3世代に渡ってどれだけムダな買い物をしているかということが良くわかった。他にもドライバー、プライヤー、ホチキス、電源の延長ケーブルなどが出るわ出るわ。いずれ、このHPに画像付きで「差し上げます」のコーナーでも設けようかと思うくらいだ。中でも始末に悩むのが製品の取り付け補助金具の類である。そもそも本体が何だったのかわからなくなっている物も多いのだが、厚手のビニール袋にぴっちりと封をされて中に検印紙などが入っていると罰が当たりそうで捨てられない。コツコツ整理をしているとたまには余禄もある。去年はヘンケルのアーミーナイフを見つけたが、今年は銀張りのシェーファーのボールペンだった。祖父が景気の良い時にでも買ったのだろうか。ただ、インクのカートリッジがダメなので書き味を試すことができなかった。そのうち専門店で見てもらおう。整理の途中、アルバムを見たり、亡くなった人間の肉筆を見たりして過ごしていると、懐かしさで切ない思いになってしまう。大納戸は冥界への出入口なのかもしれない。

2003年6月9日 (月)  ニッキは夏休み

ニッキは夏休み


          静かな城山湖

      ヒト語学習中(mpeg動画232kb)



 9月の第4月曜日まで、しつけ教室はお休みとなる。総仕上げの意味も込めて6月に入ってから朝方時間に余裕のある時に、マテ、フセ、コイの基本練習を繰り返した。その甲斐あって今日のトレーニングではコマンドにも集中し、目標の10分間待たせて解除することができた。ロングリードを付けての「コイ」も真っ直ぐに向かってきてくれたので、嬉しかった。今日は文章でなく、画像と動画を中心にまとめようと思う。決して手を抜いているわけではない。




 夏の宿題として、歩きながら「マテ」をかける。ドッグカフェでの実践結果を簡単なレポートにまとめるという課題が出た。少しずつでもいいから、ニッキと一緒に前に向かって進んで行きたい。

      大好きなイチ君と(1)(mpeg動画232kb)
      大好きなイチ君と(2)(mpeg動画232kb)



2003年6月8日 (日)  本日前半終了

本日前半終了


      激闘十秒!(mpeg動画232kb)

 朝から担当教室に出向き、入室テストを兼ねた3年生のオープンテストのアドバイザー業務。答えを教えずに解法の手がかりを示す、しかもできるだけ不公平にならずに、というのはなかなか難しいものである。まだ、学校のテストしか受けたこともない子どもも多く、知識量や賢さ以前に「慣れ」と要領が得点を左右してしまう時期である。熟練の要素それ自体を比較することも意義はあるが、入室して後、粘り強く考えること、わからないところがあれば自分で調べるだけの気力のある子を採るのが本義であろうと考えて、アドバイスには工夫をした。8時45分スタートの第1部と10時45分スタートの第2部が連続していたので、忙しかったが、子ども達、保護者の方々の感触も良く、力を注いだ甲斐があった。教室イベントとして、塾やテストの楽しさを味わってもらおうという狙いも当然あるのだが、何をしてもいいよ〜、というヘラヘラ顔ばかりでいることはできない。第2部で、これから入るかどうかすら決めていない子どもたちを前に5分ほど説教を展開してしまった。叱られた子も実際は素直な子で、与えた手がかりを元に一生懸命解いてくれた。帰りがけの、「先生ありがとう!」という言葉が何より嬉しかった。

 昨日の日記にも記したが、ニッキの留守をできるだけ気にしないように意識しながらも、やはりニッキの待つ我が家に仕事が終わると真っ直ぐに帰りたくなる。サークルの歪みと脱柵防止のため、日々積み重ねてきた数点の工夫と改良措置により、家を出たときとほぼ同じ状況を保ったままニッキが出迎えてくれた。柵に凭れた姿、待ってたんだよ〜という声があまりに愛らしいので、待たせては悪いとは思いながらも1分だけ時間をもらって動画を撮影させてもらい、すぐに屋上に連れていった。「留守番の天才」と題した脳天気な画像付き携帯メールを四方に飛ばし、犬友である奈良のPさんからいただいた特大の馬のアキレス腱を褒美として与えた。ニッキにしてみれば、今日は何をしたんだっけ?との思いかもしれない。ネコは静かに留守ができて当然だからこの点で損である。さて、これから一休みして大納戸の整理だ。

2003年6月7日 (土)  留守番上手

留守番上手


      朝の楽屋(mpeg動画232kb)
      夜の楽屋(mpeg動画232kb)

 サークルの中での留守番にもニッキは慣れたくれたようで、5時間くらいならば安心して家を空けられるようになった。出る時には必ずネクタイを締め、「しごと」に行ってくるからね、と目的を告げる。そして、先払いのお駄賃としてトリーツを与え、サモ友の方からいただいた大きい燻製骨をステンレスの食器に置いておく。この骨は留守番の時以外には口にすることができないのである。留守番のインセンティブに、他のオモチャやガムなども、と考えたが、誤飲の可能性を考えて、これだけに止めた。

 もちろん、空調、水、電源OFF、戸締りということには従前のように念を入れている。何よりも火災と侵入は怖い。ただ、できるだけの準備をして外に出たらあまり神経質にならないようにしたい。というよりも、自分が留守の時はサークルの中で大人しく過ごしてくれるような信頼関係をしっかりと作っていかなくてはなるまい。

 明日は塾のイベントのため朝が早い。そろそろ寝なくては。ニッキ、明日も留守番を頼むよ。全力で仕事してくるからな。

2003年6月6日 (金)  ふと立ち止まると

ふと立ち止まると


      「じゃらし」(mpeg動画232kb)

 適度な忙しさに追われている方が何も考える必要がなくてラクだと思う頭がある反面で、それはあまりにも自主性を蔑ろにし過ぎている、自分というものについて、生き方についてじっくりと考えるための時間を確保すべきだ思うときがある。そして、いざ立ち止まって考えようとすると、歯車ががっちりと噛み合って1つの解決を目指すといった理性的な精神状態には程遠く、漠然とした細切れの不安が、人生にとっての重要度の判別すらなしに、そして相互の関連性もなく頭の中にぶちまけられるだけなのである。例えば、今後自分のスキルをいかにして高めていくか、そしてその具体的な手法は?という問題と同等の装いで、アルミドアの防水ゴムキャップが1つ足りないようだが、その入手方法如何?というような問題がボウフラのように雑多に湧いてくるのである。

 もちろん、この程度で自分の精神が病んでいるのだとは思わない。多かれ少なかれ、抽象的な問題というものは立ち止まって考えようとすると急に形を喪失するものなのではなかろうか。昔から、事あるごとに「頭を研ぎ澄ませて」とか「じっくり」などという形容詞で深い考えをするように教えられてきた。ただ、パズルや入試の問題を解くときの考え方と大局に立っての考え方というものはそもそも違うような気がしてならない。禅僧のように、雑念を取り払ったところに悟りを得るというようなイメージで生々しい問題は解決しないのではなかろうか。つまり、完全に立ち止まってはダメなのかもしれない。少し何かを進めながら、その平衡の中に少し先の感触のようなものを掴む、そしてそれに導かれてそちらの方に向かっていく…。凡人としての自分には、凡人にふさわしい思考方法があるのだと思う。思考モデル、とでも言おうか。そんなことを考えてみた。

2003年6月5日 (木)  歯の治療 完了!

歯の治療 完了!


      トイレの窓拭き(mpeg動画232kb)

 本日午前中は光ファイバー導入のための調査と事前工事。ただし、これは私の発意によるものではなく、母がNTTの営業の方から導入を打診され、「何か凄いらしいから」ということで今日の調査となったのである。別に害になるわけではないのだが、テキストメールを日に何通かしか出さないような人間が惹かれる「速さ」とは何なのだろうか。終端装置(モデムのようなもの)なる機器を設置し使用できるようにする引き込み工事は許可(必要らしい)が出てからということになるらしいが、光ファイバーによる常時接続に関してはまだ料金設定が高いので、プロバイダとの契約もしばらく様子を見るつもり。現行のADSLモアも安定して動作しているので当面メインはこっちになりそう。向こう1年の家庭内通信(人は2人だけなのだ…)高規格化の予定は、回線の高速化ということよりも有線・無線併用の家庭内のLAN張り(フロアが違うと無線は非常に不安定)という副次的な目的もあり、いずれはニッキや小太郎のライブカメラも、と考えている。ただ、端末をベッドサイドにまで持ち込んでレスを付けたりすると、これみつっていうのは働いていないの?って誤解される恐れもあるので、その辺の運用は大概にしようとは思う。

 午後、一仕事してから歯医者さんへ。今日は歯にドリルは当てず、針みたいな棒でカリカリ引っ掻いただけだった。削ったのは先週型を取った銀歯の方で、何度か型を合わせ。奥歯に銀を被せて、めでたく治療終了となった。これからは心を入れ替えて朝夕10分ずつ歯みがきに時間を当てるつもりである。ニッキの留守番もたいへんよくできました、だった。

2003年6月4日 (水)  雨の中 不平

雨の中 不平


      勝手にGO!(mpeg動画232kb)

 午後から雨になった。今日一日、この雨の中でいろいろなできごとが起こっているのだと思うと耳を澄ませ、遠くを眺めたくなった。

 ニッキのサークルが歪まないようにつっかえ棒をしてから仕事に出た。出掛けに思い付いたことなので、中途半端な感があったのだが、幸い今日は母が早く戻ったので、ニッキが退屈を覚える前にサークルから解放してもらったようだ。よっ、お帰りとこちらを振り向き、母と一緒にテレビを見ている姿が愛らしくおかしかった。

 ネット上の無料サービスを利用していたところ、突然「このサービスは来る○月×日より有料になります」というようなものが多くなってきた。零細な企業のやることならば、「これって詐欺じゃん」で笑い飛ばせるが、大手のプロバイダやネット関連企業がそのようなことをやると興醒めしてしまう。備忘録を兼ねてコツコツとサモエドの誕生日を入力したMSNカレンダー。今月の25日に失効し、データも「プライバシー保護のため」消されてしまうそうだ。さもなくば、有料サービスに申し込めという。グレードの高いサービスに移行するというのならわかる。他でしこたま儲けているのにつくづく阿漕だと思う。今までは、さすがは汎世界企業。アップデートサービスの木目細かさや無料メールの提供など太っ腹なところもあるので、多少のセンスの悪さや使い勝手の悪さには目を瞑ってきたが、寂しいことである。巨大になり過ぎてライセンスの保護や認証という問題にしかもう目が向かないんだろうね。東洋の国の1ユーザの便宜など取るに足らない問題なのだろう。ただ、その辺りから企業も国家も弱くなっていくような気がする。なぜならば、取って代わろうとする勢力はユーザの声なき声を自らの追い風とするからだ。

 雨のせいだろうか。ぶつくさ言っていても仕方がない。サモエド誕生日やサモエドイベントはYahooの無料サービスに乗り換える。1からやり直しだ。

2003年6月3日 (火)  作業諸々

作業諸々


      ねぇ、まだなの?(mpeg動画232kb)
      もういいでしょ?(mpeg動画232kb)

 本日分の日記をアップしたと思ったらうっかり本登録をせずに画像の整理に入ってしまい、戻って来て驚いた。一番癪に障るタイプのミスである。

 自分の書いた日記の紹介をするくらいなら書き直せばいいではないか、というのが本筋だが、せっかくだから今日は何を行い、何を書いたかもう一度思い出しながら綴っていく。

 まず、昨日は会議から帰って来てすぐに寝てしまったので、その分を挽回しようとして今日は早起きをし、梱包されたままになっていた大納戸用のブックシェルフを3基組み立て、ベッドシーツや毛布のような大物をジャブジャブ洗濯したのだということを書いた。そして、こういったことは直接の稼ぎになる仕事ではないものの、それらに打ち込むために不可欠なバックグラウンドとしての仕事であり、実は仕事というのは日常の雑事に発している。雑用を馬鹿にしてはいけない。現にこれらが仕上がると言葉に尽くせぬ充実感があるではないか…といったことを記したと思う。で、終いにそれをどのようにまとめて自己への教訓としたのだかはっきり覚えていない。家事の手伝いもロクにせず、勉強ばかりしていてもそれではダメだよと、子ども達に対する余計なおせっかいも盛り込んであったはずだが、鮮明な記憶がないということは結局あまり中身がなかったということなのか。むしろ、文案の本登録ができなかったことで、自分の思考の点検をすることができたことの方が有意義だったかもしれない。

 そうそう、作業中ニッキが静かに開放廊下で待っていてくれたこと、作業場の邪魔になるからと整理中の大納戸から追い出した小太郎の相手もしてくれて、とても良い子にしていてくれたことを親ばか的視点で誉めたのだった。きっとそれが一番言いたかったんだ。

2003年6月2日 (月)  会議、というよりペットショップへ

会議、というよりペットショップへ


      跳んでご覧よ(mpeg動画232kb)

 9月から始まる志望校別対策講座のテキスト改訂、実施手順等について打ち合わせるため、発展著しい横浜市都筑区のセンター北というところまで出て会議に出席した後、同僚と昼食を取る。考えてみれば近頃知り合いと食べたり飲んだりする機会が減っている。勤務先が自宅から近くなったことと、ニッキに早く会いたいという気持ちによるところが大きいのだろう。

 食事の席で、というよりあっという間に皿を平らげてから、子どもに対する大人の関わり方が無責任になったということ、我々が尊重すべき「個性」とは別名を「わがまま」と呼ばれるナマのものではなく、各種の経験や思考によって鍛えられる「個性」であるべきだといった有意義な意見交換がなされる。自身、他教室に行って、本来の質問スペースが子どもの走り回るだけの無秩序な場所になっているということもかねて気になっていたので、1時間近く話し込んでしまった。

 同僚と駅で別れ、地下鉄の高架の下を利用した大きなペットショップに立ち寄る。例年この会議が行われるのが月曜日で、月曜日はそこのペットショップは定休日だったため、閉じたシャッターの前を空しく通り過ぎたものであるが、嬉しいことに年中無休になったようである。「念のため」と訪れて良かった。ただ、ニッキの留守が気になってあまり長居できなかったので店内を早足で回ることに。ネコの通過できるゲートを網戸に付けられるかどうか検討中なのだが(夏はバルコニーにトイレを出したい)、「網戸用」と銘打ったゲートは残念ながらなかったようである。少々工夫が必要なようだ。犬やネコの販売コーナーでは小さな子がチワワを「アイフル」と呼んでいるのが少々憎らしかった。そしてサモエドグッズは見つからなかった。ワサワサしているとうまく歯車が噛み合わない。次回は時間をかけてゆっくり来よう。

 店を出て、帰りは電車の接続も良く、1時間で家に到着。ニッキの脱柵はなかったものの、サークル内部のレイアウトはかなり変わっていた。やつが元気であればまず救われる。復元作業はそれほど苦にならない。

2003年6月1日 (日)  曇り、雨、曇り、雨、晴れ

曇り、雨、曇り、雨、晴れ


      舞台のソデから(mpeg動画232kb)



 「台風一過」の青空を期待していたのだが、待ちに待った青空が顔を覗かせたのは夕方5時近くになってからだった。午前中は、洗濯・掃除の雑事を処理してから卒業生の訪問を受け、我が家の動物共々楽しい時間を過ごすことができた。そして、午後には日用品の買い物に徒歩圏にあるショッピングモールに出かけた、「アイワールド」というディスカウントストアが中心となって100円ショップのダイソーなどのテナントが入店している建物なのだが、近頃はその別館の地下と1階しか足を運ばないために、2階に出店していたはずのユニクロが閉店になっていたことに驚いた。つい数年前までは、あの「無印良品」が1階全フロアを占め、2階にはユニクロとダイソーが入っていたこともあるのだが、それが最盛期だったようだ。便利過ぎてバチが当たるかもと思っていた時代がはるか昔の夢のように感じられる。本館に入っていた結構規模の大きな書店も今はレンタルスペースのようになってしまった。

 結局、自転車に乗って市内をあちこちうろつかなければならなくなってしまったのだが、走っているうちに雨が振り出してきた。結構走ったため、すぐに家に戻ることもできない。相模原は面白い街で、JRの駅から離れても広い県道沿いに大規模な郊外型店舗が展開している。書店(その他メディア)、紳士服、一般衣料、酒のディスカウント、薬品店…何でもある。先ほど挙げたアイワールドなどは、かつては一応何でも揃っていて便利だったのだが、現在地下の食料品店街を含めて歯の抜けた櫛のようになっているので、実に中途半端な感じなのだ。車を利用してCOSTCOやカインズホーム等の超大型ショッピングセンターに行くというのも悪くはないのだが、休日には下手をすれば大渋滞に巻き込まれ、駐車場から出るのに1時間かかるということもある。まぁ、街全体が巨大なショッピングタウンなのだと思えば、雨に降られながらの自転車行脚も悪くない。買い物を済ませた店を出る少し前に、青空が広がり、息を飲むほど鮮やかに丹沢連峰の雄大な姿が視界一杯に広がった。