2003年8月31日 (日)  9月のカレンダーをめくる

9月のカレンダーをめくる


 8月の末日はしっかりと夏らしい日で終わってくれた。暑い日が続くのには辟易するものの、ビシッとした暑さに出会わないと秋という、情感に染み透ってくるような季節と新鮮な気持ちで向かい合うことができない。すでに秋の先遣隊が数日訪れたかにも思える今年のような気候だとなおさらである。やはり秋とは暑さの残る中バッサリと、ある日突然に訪れる愕きを持って登場するべきなのだ。

 思えば、ニッキを連れて西に向かったのは昨年の今日だった。9月初めの数日をニッキの里帰りに費やしたのだが、秋とはいえ、まだまだ暑さが厳しかった。ニッキへの陽射しの影響を考えて走行はできるだけ夜間を充てたものの、夜の運転は目が疲れ、パーキングでも冷房を入れなければ寝苦しい。自分が体力を消耗するということはきっとニッキにとっても快適ではなかったはずである。疲れが思わぬミスにつながらないとも限らない。サモエド連れの長距離行はもう少し後にするべきだと反省した。

 さて、今年の西行きは遠く九州まで出かけて行く。昨年よりも日程に余裕を持ち、およそ1週間を予定している。当初は関西からサモ友のいる山陰へ抜け、そこから九州を目指そうと考えたが、共に未知の土地である山陰地方と九州地方を併合するのは避け、関東から滋賀を経由して奈良に向かい、奈良から室津を経て、高知に至り、しまなみ海道を経て山陽、九州に到達するという安定した経路を通ろうと思う。山陰は山陰でいずれ独立して旅を楽しみたい。もちろん、ニッキと共に。現在、旅程表を構想中であり、訪問先の友人たちのご都合とすり合わせている。ニッキの九州紀行は可変スケジュール表の形で近々アップする。

2003年8月30日 (土)   秋風

 ニッキのためにつけていたエアコンを停め、窓を開ける。吹き込んでくるのは、秋の風である。自分からサークルに入っていったニッキが気持ち良さそうに薄縁の上に寝そべる。この平和な光景を自分は守っていかなくてはならない。

2003年8月29日 (金)  サークル内の配置換え

サークル内の配置換え


 サークルの中のバリケン位置を変えてみた。フェンスに工夫をしたことで、脱柵は一応止まったのだが、どうしてもバリケンを足場にして出ようとする習慣がついてしまった。バリケンの扉に足を引っ掻けて天辺まで上りそうになることもあり、何かの弾みで転げ落ち骨でも折ったらかわいそうだ。そこで、バリケンをコーナーに横向きに配置し、手前側はフェンスだけにした。これによって、サークルの枠が多少歪みやすくなったので、平板をサークルとソファの間に敷いてつっかえとした。今までの変遷の中で、フェンスの嵩上げなどで見た目もごちゃごちゃしてしまったこともあったが、欠点を潰しながら、かつ必要最小限の高さとなるように、こつこつ手を加えることで次第にスッキリとしてきた。今日などは仕事から帰ってサークルの扉を開けているのに、なかなか出てこようとしない。合理的なものは美しい形に収まって行くのだろうし、ニッキにとっても居住性のポイントが高いのだろうと思う。取り敢えずはこれで安心だ。

 本日で夏期講習は終わり。明日から通常授業となる。生徒たちにU期の取り組みについての希望を述べて講義を終えたが、皆それぞれ良い顔付きになってきたように思う。

2003年8月28日 (木)  うれしい知らせ

うれしい知らせ


 昨日も日記に書いた香川のSさんの家のサモ娘、レディちゃんが明日にも退院の運びとなった。先週末から頑張ってくれたレディちゃんはもちろん、献身的な看護をされたSさんにに大きな声で「おめでとう!」そして、レディちゃんの入院先のお医者様に「本当にありがとう!」と言いたい。ここ数日、SさんやTさんのBBSに、日本全国のサモ飼いだけでなく、犬やネコと暮らす方からレディちゃんへの励ましが寄せられるのを見て、そして、日増しに目に見えるように回復していくレディちゃんの姿を重ね合わせ、人情の熱さと祈りの確かな質量を感じることができた。

 おまけに、サモエド共和国のカウンタも零伍伍伍伍伍を無事に突破することができ、レディちゃんの退院祝いと重なることにもなった。本当によかった。※キリ番の方はまだ申告がないけれど、踏んだ方はどうぞ遠慮なく(2度目でも3度目でもいいじゃない。めでたいんだし!)申し出てください。

2003年8月27日 (水)  キリ番は間近!

キリ番は間近!


       キリ番とは無縁のふたり

 掲示板でも書いたが、キリ番の「零伍伍伍伍伍」カウントが近付いてきた。サーバーのダウンやカウンタの消失といったアクシデントがない限り、おそらく明日中にはヒットとなる予定である。これだけ多くの方々に訪れてもらえたことを素直に喜んでいるのだが、ちょうど今、知り合いのサモエドたちが体調を崩し、懸命に運命と闘っている。その子たちの辛い状況を思うと、今はただ、健康回復を祈る気にしかなれず、そんな中で「キリ番おめでとう!」などというお祭り騒ぎは、たとえ、それが機械的なカウンターの表示に過ぎないとしても、なにかこう、不謹慎な気がして、後ろめたいような気持ちも少しはあった。

 だが、一時は生死の境を彷徨った2頭のサモエドたちは、昨日から今日にかけて、グン!と目を見張るような回復を見せ、あとわずかで衰えつつある病魔の手を振り切れるところまで来た。もちろん、体力は回復途上であり、油断は禁物だが、再び手足に力が入って、体の各器官も正常に復して、元気に駆け回る時が訪れるのは間近であるように思う。当、サモエド共和国のキリ番祝がサモエドたちの元気回復の祝砲となることを望む。そうそう、ムク君のYさん家入りの祝いも兼ねて。

2003年8月26日 (火)  良い方向に考える

良い方向に考える


 悲観的な考えは不幸な現実を、楽観的で積極的な考えは幸せな現実を招来する、というようなことがよく言われる。たしかに、心の中に悩みや不満がなく、日々が快活なときには仕事もそのための準備も苦にならず、結果として充実した生活に結び付くというのは真実だろう。逆に、不安感や恐怖感に支配されていればそれが態度に出てしまい、周囲から警戒されるということもありえよう。だが、それが全く「行為」なり「態度」を介さないでの結論だとすれば少々お手軽に過ぎる結論のようにも思う。その意味するところは、楽観的で積極的な考えが新たな行動を引き起こすパワーを与えてくれる、そして、自分が動くために様々なチャンスに恵まれるということなのだろう、と自分の「常識」の範囲に一応封じこめて理解しようとする力が働く。

 だが、そうではあっても、自らの行為が直接には働きかけることのできない場合でも、実現を強く望むことはある。もし、上に述べた通りの常識的な線での解釈に終わるのだとすれば、想像力と創造力を兼ね備えた人類の進歩というのはなかったとも考えるし、意志の力そのものを過小評価してしまうような気がする。思考そのものが、客体に直接に作用する。そう考えたとしても決して非科学的ではないのではないだろうか。無論、現段階ではその実現のメカニズムは人知の及ぶところではないのだろうが、信じる心はそれを実現すると信じたい。

2003年8月25日 (月)  小太郎ワクチン

小太郎ワクチン


 ニッキは毎月、健康診断を兼ねて動物病院に出かけるが、小太郎は脱走が怖いのでほとんど家から出さず、生後初のワクチンを打ちに、あとは去勢手術のため、病院を訪れたのは今までに2度だけだった。その初ワクチンから1年。たまたま今日が休みの母が、車を使ってしまっているため、ペットキャリーを抱えて自転車で病院まで行ってきた。このペットキャリー、肩から提げることもでき、見栄えもお洒落なのだが、小太郎は内部からヒンジを外して脱走する手順を心得ている。それゆえ、首の後ににベルトを回して股の上に抱えるようにして右肘で透明な出口を押さえながらの姿勢となる。外の環境は相当のストレスらしく、箱の中から「ニャーニャー」鳴く声が聞こえる。仔猫に戻ったようだ。

 午前の部の終わりとなる昼近いということもあって、また炎天下ということもあってか待つことなくすぐに注射となった。体重は5.22kg。去年の手術の時から1kgは増えた。両手で持ち上げてくると腕が重くなってくるわけだ。心音も正常だったが、左目に外傷性の白内障があると言われた。普段まったく気づかなかったが、暗いところで見るとたしかにやや白濁しているようにも見える。生まれてすぐの外傷がもとでしょうとの診断だったが、だとすれば我が家に捨てられる前からだったのだろうか。ショックは受けなかったが、小太郎にもいろんなできごとがあったのだろうなと、この子の生い立ちがますます愛しく思えてきた。自分、ニッキ、小太郎、みんな目が悪い。そう言えば母も今年網膜剥離の手術をしたばかりだった。お互い労わっておやんなさいということなのかもしれない。

2003年8月24日 (日)  ムク記念日

ムク記念日


        ムク君、今度遊ぼうね

 先月下旬に我が家に遊びに来てくださったYさんとサモエド蘭ちゃんの暮らす兵庫の家に、本日、中標津のムツゴロウ動物王国はイシカワさんの家から生後70日になるサモエドとラブラドールのMIXの子が到着した。名前は「夢狗(ムク)」。見た目は白いラブラドール・レトリバーという感じだろうか。コートにややサモエドの毛の深さを帯びる。関係各位の話によるとなかなかに腕白盛りのようである。いや、盛りはこれからだろうか。新しい家族の下で勝手がわかってから本領を発揮するものだろう。ニッキもそうだった。

 それにしてもサモ友の喜びは自分の喜びでもある。「にきにき日記」などと銘打っておきながら、今日はニッキの出番はない。どうしてもビッグニュースを紹介したくなるのが人情ではないか。ここを訪れてくださる方々にもその愛くるしい姿をぜひご覧いただきたい。「今日もまた暑く…」などと当地のお天気のことなどを書いている場合ではないだろう。左の「サモエド国際空港」から「蘭と(ムクと)アヒルの部屋」へGO! 愛くるしい画像を見れば自然に顔が綻ぶに違いない。自分も早くムク君を抱いてみたい。この秋の九州行きでぐんと成長したムク君に会えることを楽しみにしている。

2003年8月23日 (土)  遅れて来た夏

遅れて来た夏


 今日は午後出。教室までの高々10分の道のりでこの夏1番の紫外線を浴びたような気がする。教室に着いてからどれくらい焼けたかなと思って腕の裏と表を比べてみたが、手の甲側にちょっとだけ赤味が差す程度だ。日焼けよりも小太郎に引っ掻かれた一生モノの傷跡の多いのに改めて気付く。気が短いため、紙詰まりしたコピー機の中に無理やり手を突っ込んで排紙しようとして作った3年前の中指のキズが最早「One of them」となってしまったほどに…。来週も6年生対象の特別選択講座を担当するものの、正課としての夏期講習は本日が最終日。特に質問も提出物もなさそうな様子だったので、早めに教室を出て家路を急ぐ。今日もまた昨日に引き続き、ニッキはサークルの中で優雅に待ってくれており、扉を開けたのに、出てこようとせず、サークルの中で骨を齧って寛いでいた。自分の部屋のうち、1番良い場所をニッキのために明渡しているということに気付いてくれたのかもしれない。

2003年8月22日 (金)  何もできないけれど

何もできないけれど


 友人のために何かしてあげたくとも、何もできない時がある。というよりも、実際はそういう場合の方がはるかに多い。そんなときにはただただ、平安と無事を祈ることしかできない。

 祈りは無力なものであろうか。もしそう考えて祈るのであればそれは祈りの相手と自分自身を裏切ることになる。祈りそのものが事態を直接動かすかどうかはわからないけれど、祈りによって目に見えない力が添えられるものと確信する。だからこそ、ピンチにあって人は祈るのだろう。同じように祈る人が多ければ多いほどそれは希望の束となって作用してくれるに違いない。きっと今、多くの友人たちが心を一つにしてくれていると思う。それが何よりの励みとなる。

2003年8月21日 (木)  平和に

平和に


 仕事から戻ると、今日は静かにサークルの中で寝そべり、落ち着いた態度で、もちろん要求吠えもせずに自分を迎えてくれた。自分の姿を認めてから伸びをしたところを見ると、エアコン効いた部屋でのんびりと昼寝を楽しんでいたのだろう。フードも平らげている。たっぷり水を張ったステンレスの食器の3分の1くらいを飲んだようだ。目を合わせて平和な挨拶を交わす。

 本当のところは、まだ新しい脱柵ルートを見つけられないだけなのかもしれないが、こちらの対応の善し悪し、つまり自分が勝ったか負けたかなどを論ずるより、ニッキとの信頼関係が築けたのだと思う方が楽しい気分になる。留守番の時はこの中で過ごすのがルールなんだな、とニッキがわかってくれたのだと。そして、これを偶然の結果として片付けるのではなく、「サークルの中で待っていてくれたんだねぇ、偉いねぇ。ありがとう!」と誉めることでこの関係を強めていきたいと思う。理想的に留守番をしてくれた以上、まずはこちらの荷物を片付けて、洗濯物を取り込んでからPCを立ち上げて…などとあまり長く待たせては申し訳ない。普段着に着替え、真っ先にサークルの扉を開けてやる。「出ようと思えば出られたんだけど、ね」といったふうな笑顔を振りまきながら、開放廊下の方にドタタッドタタッと嬉しそうに駆けて行った。

2003年8月20日 (水)  3度目の…

3度目の…


 授業が1コマ空きだったために、1度家に帰った。どこかで食事をしてお茶を飲んで過ごすということもできたのだが、やはりニッキの脱柵が気になった。昨日は一応の手当はしておいたのだが、どうも自信がない。自室のドアを開けると案の定、「おかえり」とエヘラ顔でニッキが出迎えてくれた。脱柵防止はならなかったわけだ。ただ、今日も極めてジェントルに振舞ってくれたようで、ちょっとベッドカバーが凹んでいるのが気になったが、あとはフローリングの上で大人しく寝そべっていたのだろう。抜け毛もヨダレの後も拡散してはいなかった。

 ニッキをそのままにしてサークルや増設フェンスのガタつきを調査しながら有効な手段を考える。今までフェンスの交合部をチェーンロックで結び付けてみたが×。別のルートを通っていたためにそこを閉じても意味がなかったのだ。そして、バリケン→ソファ経由に至る側のフェンスの高さを増してみたが×だった。今日はこちらの原因究明を行ったのだが、どうも、ニッキが強い力でバリケンの扉の部分に力を加えると歪ができてバリケンの扉と増設フェンスの間に大きな隙間ができるようで、その1点を狙ってジャンプを試みたように思えた。そこで、バリケンの扉と増設フェンスの間が開かないように両者をチェーンロックで繋いでみた。

 再び教室に出向き、ひと仕事してから戻る。期待半分不安半分。ドアを開くと、今度はニッキはサークルの中に! この間は2時間ちょっとに過ぎなかったのでなんとも言えないが、何とかこれで脱柵はなくなったのだろうか。サークルの手直しをして、仕事に出る前にニッキの写真を撮ったのだが、今それを見ると非常に不敵な顔をしている。「また出てやるぜ」とも「勝ちを譲ってやるよ」とも見える。少々口惜しいけれど、そこがまたかわいくもある。そして、自分の親ばか加減にはあきれてしまう。ご用とお急ぎでない方は昨日の画像と本日の画像を比較されたい。

2003年8月19日 (火)  連続脱柵

連続脱柵


 昨日のニッキ脱柵に対しては考えられる改修を施しておいたので、今日はおとなしくサークルの中で待っているだろうと思って自室のドアを開けたらヘラヘラと脱柵をして待っていた。2日連続の黒星である。今日はソファの上に足の形に窪みができている。フェンスの隙間を狙ったのではなく、バリケンの上部からソファに抜けるルートを越えたのだと脱柵の方法がほぼ特定できた。だが、サークルの外に出て何も悪さをしているわけではない。もし、これが脱柵による後ろめたさによる「遠慮」だとするのならばやはり、サークルの中に入れて外出するのが正解だろう。最初からサークルの外に出ても良いという態度を取るなら後ろめたい気持ちによるブレーキが効かない分、大胆なイタズラに走る可能性があるからだ。

 だが、もともとサークルの外の物にはそれほど興味を示さないのだとすれば(その場合でも念のため苦味剤を塗布したり、忌避臭スプレーをピンポイントで撒布する用心は必要だろう)、現状のままのサークルはあまり意味をなさないことになる。そのいずれであるかの分析に威力を発揮する監視カメラもノートPCが熱を持つことに鑑みて長時間の運転は今のところ休止している。今のところ、後者の可能性、すなわちサークルの外に初めから出していたとしてもそれほどの悪さはしない、という想像に傾いているのだが、ニッキを信じたいという主観も相当入り込んでいるように思う。物を破壊されるくらいなら諦めも付くが、ニッキの生命にも関わることだけに時間をかけて慎重に様子を見たい。サークルは設置するも扉を開け放しにして入りたい時に入り、出たい時に出られるようにするのがもしかすると最善の解決かもしれないとは思うのだが、まだそこまで踏み切れない。

2003年8月17日 (日)  謎と希望と

謎と希望と


 盆休み明けの授業は顔合わせの意味もある。クラスのメンバーに異動はないのだが、数日間(学年によって多少のバラツキがある)の空白は改めて関係の確認をする必要があるように思う。自分から見ての、高々1週間であっても、子ども達の体感する時間ははるかに長いものであろう。そして、その間に様々な体験や「事件」が凝縮されている。こちらもその長さの感覚を勘案した上で授業に入っていかないと、意識の上で大きなズレが生じてしまう。授業は一方だけが他方に義務を果たすのではなく、双方が歩み寄ることで初めて噛み合ったものになる。様々な局面で直接認識しにくい彼我の感覚のズレを想像して表情や挙動から前のペースに復元していく。こうして見ると自分の頭の中に「子ども」の部分をしっかり持っておく、少なくとも記憶しておくことはこの仕事を続けていく上で必須であることに気付く。

 仕事を終え、買い物をしてから家に戻る。昨日手を加えたばかりのサークルからニッキが脱柵し、ベッドの下で笑顔で迎えてくれた。改修早々、早速の1敗。それにしても最早助走なしにジャンプできる高さではないはずである。どっから出たのだろう? フェンスに付いているニッキの抜け毛、脱走経路の1つとして考えられる山越えルート(バリケン・ソファ経由)を採用した場合に考えられるソファの不自然な窪みがないかを検証してみたがハッキリしたことはわからなかった。恐らくは追加フェンスが90度で交合するサークルのコーナーにできるV字型の隙間をうまく利用しての柵越えだったと思われる。ただ、それほど残念に思わなかったのは、サークルの外で全くイタズラをしていなかったこと、そして、部屋の隅に吐いた跡があったことである。サークルの中で吐けば、自身の大切なテリトリーが汚れることになる。したがって、それを避けるために、外に出た。つまり、サークルの中を自分の大切な「領地」と認識しているのではないかと推測できたからだ。この1歩先には、サークルのドアを開放し、自由に行き来できるようにするという理想に近い状態が待っている。事実、自分が同室にいるときにも、やつはやつで自身の意志でサークルに、バリケンに入って寝そべっていることが多くなった。サークルのドアを開けておけば、わざわざ柵をジャンプして越えることもなくなるだろう。ニッキの柵問題は今多くのディレンマと裏腹の重要な局面を迎えているのかもしれない。

2003年8月17日 (日)  脱柵始末記

脱柵始末記


 所用で6時間ほど外出中、ニッキが脱柵した。今日は弟が我が家に立ち寄る日なので、夕方になって状況を聞いてみると静かにしているけど、ニッキがサークルの外に出ているよ、とのことであった。ついこの間、脱柵防止のためのフェンス嵩上げ工事をしたばかりなのに早速やらかしてくれた。高飛びのバーを少しずつ高く設定するかのように、高くすれば高くするほど、やつも闘志を燃やすんだろうか。たしかに、どんな場合でもニッキが飛び越せないような高さにはしたくない。万が一火事になったような場合でも、サークルの外に出れば命が助かるということもありうるからである。ただ、ニッキには日常生活の中で、サークルの中に入れられた時にはたとえ飛び越えられても脱柵してはいけないのだということを理解して欲しい。サークルの外には電源プラグ等の危険もあり、非常時以外はサークル内が安全で快適になるようにしてある。とはいえ、目下のところ理想を言ってみても仕方がない。仕事に出る長時間の留守番中の安全を図るため、帰り道、ダイソーで700円分の資材を購入し、第3次脱柵防止作業を行った。ワイヤーネットが黒に統一され、なかなかカッコイイ。

2003年8月16日 (土)  それにしても…

それにしても…


 もう雨の話はするまいと思ったが、全く止む気配すら見せない。天の鉢が破けてしまったのだろうか。結局盆休みは雨で流れてしまったことになる。

 いやしくも日記である以上、天候の話ばかりでなく、何かその日に固有なことを書き留めておきたいとは思うのだが、さて、何があったろう。朝夕刊で、ニューヨークの「ブラックアウト2003」に関する記事に愕き、排泄も食事も済ませたニッキがしつこく吠えるので、マズルを掴んで懇々と諭したところ静かになってくれたことが本日の心に残ったことだろうか。前者はすでに大事件であるし、後者は他人に取っては微細にすぎる事件であるが、自分個人の立場に立つと双方がそれぞれほぼ同じ質量を持つということが興味深い。光源の強さと距離の関係にも似ているが、雨に閉じ込められているとはいえ、1日にわずか2つしか素材を収穫できなかったことは情けない。自分の心の鈍さと活動意欲の低下が、日記のネタの収集を妨げているのかもしれない。

 もちろん、実際に1日を克明に記せば、ちょっとしたリズムの狂いが根拠のない不安感をもたらしたり、読み物や新聞記事のちょっとした表現内容や方法が、自分の生き方や考え方に意外に大きく作用したりするのだが、夢と一緒で時が経過するとその実体が何だったのか輪郭がぼやけてしまう。やはり、雨が止み、気持ちが快活にならないと時間だけでなく、気持ちまでも流されてしまうのだろう。「雨」という単語が入らない日記を明日は書けるだろうか。

2003年8月15日 (金)  まだまだ降り続く雨

まだまだ降り続く雨


 今日も朝から雨。梅雨が終わってしばらく経ったとは思えない。自然環境の推移によるものにせよ、次第に梅雨というものが形骸化するのであれば、天気予報においても入梅だの梅雨明けだのの宣言はやめ、それぞれの人間がそれぞれの思いと実用の下で梅雨というものを捉えれば良いのではないかと思う。気象庁にあっては、年によっては梅雨という言葉を用いず、この季節特有の大気の不安定さにより…という説明で事足りることがあってもよいのではないかということだ。とりわけ、「梅雨」のさなか、日中は晴れた空が望まれ、夕方よりスコールのような雨が降り注ぎ、また、「梅雨明け」と共に台風や長雨が続く今年のような天候では、梅雨の定型を逸脱したものとして、その認定にはいかほどの意味があるのかわからない。風物詩として梅雨関係の宣言が残ることに強い異論を唱えるわけではないが、それよりもかつてのようなはっきりとした梅雨という状態がなぜ崩れていったのか、そういった特集を気象庁・文科省あたりがスポンサーになって行ってみるというのはどうだろう。各地方の台長の行う毎季毎の定期気象概況といったものでも良い。素人にもわかるように気象状況の背景を講じれば下手な啓蒙ドキュメンタリーより説得力があるはずだ。自身、子ども時代の梅雨がどんなものだったか、恥ずかしいことにはっきりとした記憶にないのだが、当時の社会科で使った地図帳には6月の辺りで降雨量が最大になったグラフが印象にあるし、朝から雨が続き、恐らく明日もこうだろうという意識はあったように思う。暖冬異変や温暖化だけが異常気象の徴表ではないだろう。気象全般の分析と発表に責任を負う機関として気象庁には環境変化に対する注意喚起をなすべき義務と資格があるように思える。

2003年8月14日 (木)  降り続く雨

降り続く雨


 雨の降る中、ほとんどの時間をニッキと過ごした。家にあるPCのうち、唯一WindowsXPを載せた母のマシンのウィルス対策をしたことくらいが仕事らしい仕事(サイトにアクセスが殺到しているのか普段の転送速度が出ておらず、2時間ほどかかった)で、ホームセンターに買いに行く予定だったメタルラックの中棚もネットショッピングで済ませてしまった。外に出るのはそれほど億劫ではないのだが、着替えるとニッキが放っておいてくれない。晴れてさえいれば、夕方以降の涼しい時間にニッキを屋上に出してしまい、その間に短い買い物をすることもできるし、車で移動する際にも、着替えをこっそりと玄関脇まで運ぶことができる。ただ、今日のように排泄以外に表に出せないような日は、自分の意図は鋭く読まれてしまうのだ。

 と、自分の周囲はいたって起伏のない1日だったのだが、目を外に向けると大きな「わくわく」があった。今日は福岡のサモ友Jさんの家にニッキの実家からサモエドのパピーがやって来る日。Jさん夫妻は広島までパピーを迎えに行く。昼過ぎから携帯で連絡を取り、愛らしい画像を送っていただく。それをニッキにも見せると、わかっているのかいないのか、携帯に目ではなく口を近付ける。テレビくらいの大きさになれば像を認識するようだが、携帯の画面では小さすぎるのかもしれない。ただ、仮にわかっていないとしても血の繋がる弟(母が一緒で父もニッキの遠縁にあたる)の姿をまずニッキに見せることが自分の務めのような気がした。「ほら、弟だよ」と声をかけてから、ニッキの画像を返信に付する。Jさんも今日はもうお疲れだろうから、パピーについての情報は明日詳しくということになろうが、健やかに成長し、一家に笑顔と幸せでいっぱいにするであろうことをニッキと共に信じ、祈っている。

2003年8月13日 (水)  HPの手直し

HPの手直し


 短い期間だが、自分の勤める塾も盆休みに入った。昼近くまでぐっすりと眠り、仕事の疲れをゆっくりと取ろうと思ったのだが、朝になれば自然に頭が目覚めてしまう。起きてすぐに充実した時間の使い方ができれば良いのだが、トクした時間はついさほど重要でないことに消費していますことになる。ただ、何もしないよりマシだろう。今日は断続的に夏期講習の時期でなかなか手を入れることのできなかったHPの簡単な手直しを行った。今回はトップメニューの色バランスを整えると共に、掲示板の高機能化を実施する。本当はもっとクールかつ感動的なサイトにすることを夢見ており、頭の中にはフルモデルチェンジのデザイン素案ができてはいるのだが、技術的に足りない部分が障害になっている。また、掲示板からリンク集までトータルコーディネートしようとなると膨大な作業が必要となり、踏ん切りがつかない。一応、安定して完結している世界をいじるのはなかなか勇気がいることではある。いずれ、秘密裏にサーバーの空きスペースを使って試作を重ねていある日新しいサモエド共和国が忽然と姿を現す…。そんな夢を見ているヒマがあったら、もう少し日常生活を豊かにかつ確実にするべきかもしれない。

2003年8月12日 (火)  これみつ放浪記

これみつ放浪記


 朝からの5コマ授業。5年生以下の授業がないため、早めの16時終業となり、5分で支度を済まして教室を出た。早く戻って留守番をしてくれたニッキを屋上に出しておしっこをさせてやりたい。そして、こめかみが痛くなるほどに冷やしたビールを飲みたい…。寄り道せずに国道16号を渡り、すぐに玄関の鍵を開けられるように右のポケットをまさぐる…。手がポケットの縁に触れた段階で、しまった、と思った。朝、出掛けに母からゴミ出しを頼まれた。また戻るつもりだったのだが、仕事に出られる格好をしていたために、そのまま教室まま直行してしまい、鍵を持っていないことに気付かないままでいたのだ。

 一昨日の事件の反省から戸締りと火の元の点検は厳重であり、特殊な道具で抉じ開けでもしない限り、家に入ることはできない。前の家なら独自の侵入経路があったのだが、今の家でそれに似たことをやれば警察に通報されるだろう。誰かいるかもしれないと淡い期待をかけてチャイムを鳴らすが、それに呼応して自室からニッキが吠える声が聞こえるだけ。小太郎がコーナーのウィンドウからこちらを覗いているが、どうすることもできない。何ともやり切れないが、自業自得である。出先の母と連絡が付いたものの、帰って来るまで3時間近くある。その間、過日友人が吉野家に行ったのを思い出して急に牛丼が食べたくなり、特盛牛どんとけんちん汁、半熟卵〆て720円也を腹に収め、持久戦に備える。時間潰しの王道、本屋で立ち読みでもしようかと思ったが、空模様が怪しくなってきたこともあり、できるだけ家に近いところにいようとダイエー3階のうら寂しい、自動販売機の並ぶ休憩コーナーで仮眠を取る。キティちゃんをあしらったピンクのポップコーン売りの機械が出すセリフと虚ろな音楽を何度繰り返し聴いたことだろう。最初はイライラしたが、次第に情けない気分になってきた。漸く母が戻ってきそうな時間になった。人間観察をしていたわけではないが、親子連れだけではなく、怪しげなオジさん、お兄さんが集まってくる。2時間近く腕を組んで黙想しているような自分がピカイチで怪しいのだろうが、あのBGMに耐えて、ここで1日過ごせば作家になれるかもしれない。

 とぼとぼと家路を辿るとちょうど家の前でタクシーが止まった。一昨日に続いてやれやれである。ニッキは間抜けな主人を他所にしっかりと留守番していてくれた。

2003年8月11日 (月)  人気投票

人気投票


 自分の加入している@niftyなるプロバイダで「うちの子が世界一」という人気投票を行っている。自分も、こちらを訪れてくださる方々同様少々親ばかな方なので早速エントリーした。投票画面では1点から10点のラジオボタンが付いており、獲得総得点/投票回数の平均値でランキング表示される。知り合いの犬やネコも顔を出すので、なかなか楽しいコーナーだと思っている。時間があるときにはニッキや小太郎に投票し(1つのIPごとに1日1回だけ投票できる)、また知り合いの子たちにも援護射撃をしている。順位や評点などはあまり気にせずに。もっとも、こういうイベントにあまりのめり込んで遊びに来ていただいた方に負担をかけることのないよう、HPを使っての投票応援依頼のようなことはしていない。それでも十分にニッキや小太郎を応援してくださる方もいらっしゃるし、他の子たちのかわいい姿も楽しめたからだ。

 しかし、最近非常に興ざめな事態が発生している。犬種ごとにヘンなグループでもあるのだろうか。ニッキがランクインするとすぐに100票単位で投票があり、平均値がグンと引き下げられる。そして特定の犬種がごそっと上位に踊り出る。組織的に評価「1」を付けて引き摺り下ろすのだろう。たしかに、自分も知り合いの子を見かければ無条件で「10」を振舞ってきた。これなども純粋な楽しみ方ではなかったかもしれない。ただ、決してランキングの上位にいる子を陥れるようなことはしなかった。まぁ、たかが遊びではないかといえばその通りなのだが、特定の犬種が固まってベストテンを占めていたりするとどうも後ろ暗いものを感じてしまう。この現象は犬のカテゴリーにおいて顕著で、ネコの方には見られない。現在、ニッキはランクインなど問題外の等外なのでコツコツ回復することとして、他にエントリーしているサモエドたちを応援しようと思う。う〜ん、こんなことで特定の犬種が嫌いになってしまったらやっぱり不合理だし、心の狭い人間だと思われるだろうな。

 この日記を書き終えた後に小さな事件があった。ベランダに飛べないスズメのヒナを見つけたのだ。練習中に飛び損ねて不時着したのだろう。幸い、親鳥が近くにいたのでヒナは大空に戻っていったが、一時はスズメ飼いになることをちょっとだけ覚悟した。

2003年8月10日 (日)  ばたばた

ばたばた


 昼、ちょっとした事件があった。3コマ目の授業が終わっての昼休みにあたる25分の休み時間、職場で掲示板へのカキコがあったかどうかを確認するために携帯のメールチェックをしたところ、母からのメールが入っており、『火事』という表題で「コンロの火を消し忘れたたかもしれないので戻って欲しい」とある。どういうことか確認を取るため直接電話を入れると、インゲン豆をとろ火で茹でたのだが、家を出る時に消したかどうかはっきりしない、という。残った時間は15分。サモ友のマンションで小火騒ぎがあったことが頭を過ぎり、ニッキと小太郎のためにもすぐに家に向かうことを決める。台風一過の炎天下の中、とにかく走った。日頃運動不足の体には堪えたが、コンロを確認して火が消えているのを見たときにはホッとした。母の思い過ごしだったようだ。でも、ムダ骨を折ったとも、走って馬鹿を見たとも思わなかった。平穏と安全というものに、わずかでも疑義がある場合には思い切って行動に出た方が良い。母にはもう少し、注意深くなるように注文も付けたかったが、自分が朝一番の早出ということもあり、昨日の台風で乱れた植木回りの復旧などをしてからの慌しい出発となったのであろう。これはやむをえまい。

 さて、それはそれとして別のピンチが待っている。授業開始まであと6分。ニッキにも小太郎にも挨拶をしているヒマなどない。静かに玄関のドアを閉め、施錠する。ここから職場までは徒歩10分の距離。普通に走って行ったのでは間に合わない。ニッキと散歩する時に使う車歴10年の自転車に跨り、まずは16号横断の信号待ちで「異常なし」の返信をする。駐輪禁止エリアとなる駅前一帯を外れるギリギリの距離まですっ飛ばした。もちろんそこは年の功、2次事故には気を付けてである。教室から徒歩3分くらいのボーリング場の前に停めてからまた駆ける。もし始業に間に合わない場合の生徒への指示等、非常事態の措置については教室責任者に伝えてはあったが、なんとか間に合った。講師用の冷たいお茶を飲んで一息吐き、真っ赤な顔で教室に入る。やれやれ、暑かった。

2003年8月9日 (土)  凄い風だった

凄い風だった


      台風余波(mpeg動画232kb)

 朝、7時に台風による異変がないか屋上に出て確認をする。お伴にニッキも連れて行き、軽い運動と排泄を済ませる。夜の間激しかった雨は止み、強い風だけになっていた。強い、といっても暴風というほどのものでもなく、普通に外に出られる程度であった。既に台風は日本海側に抜けたのだろうかと思って情報を確認してみるとそんなこともないようだ。これから関東地方は激しい風雨に見舞われるらしい。ニッキに留守番を頼み、家から最寄りの駅までの道は雨に降られることもなく、手にした傘が無駄な荷物になるのではないかなどと考えていた。

 所用で新宿まで出てから後期の特別対策授業のガイダンスに顔を出すために町田に向かう頃から雨と風は激しくなってきた。新宿駅の構内アナウンスでは中央線中野以遠が不通で復旧の見込みが立っていないことを繰り返しアナウンスしていた。4分ほど延着した小田急線の急行電車が駅を出るや否や、まさに横殴りの雨。傘など差していても全く役に立たないだろう。電車のの窓を打つバラバラという雨音に台風の威力を実感した。幸いなことに町田の教室は駅から地下で連絡されていて、雨に濡れることなく教室に入ることができたが、この頃には小田急線の一部と町田−八王子間が不通となっていた。いつものように家を出ていたら町田まで来ることができなかったわけだ。

 教室の休憩所で30分ほど仮眠を取ってからガイダンスで自分の出番を終え、控え室から外の景色を飽かず眺めていた。すぐ前のりそな銀行のビルは全面ガラス張りで、大きなガラスが凄まじい風の圧力を受けて撓っていた。街路樹は木の葉が一斉に風に煽られ、薄緑色の葉の裏と表面の濃緑が激しく入れ替わり怒り狂っているかのようだった。ガイダンスが終わる頃に漸く雨が上がり、風も朝と同じ程度に収まってきた。駅から我が家までの道を辿る頃には青空も顔を覗かせ、丹沢もそのシルエットを現した。我が家に戻ると思ってもみなかったところから軽微ながら漏水があり、今回の台風の激しさを物語っていた。なければないで道中不安だったろうが、台風結局傘は使わないで済んだことになる。

2003年8月8日 (金)  台風10号接近

台風10号接近


 地震カミナリ、火事…様々な災害があるが、自分の住む関東郊外のベッドタウンにあっては台風はかなり規模の大きいものでもそれほど大きい脅威ではない。外出する場合はもちろん別であるが、戸締りを厳にして首を竦めてやり過ごせば済む。家の中では常時と変わらない。実害という面から言えば、近所に落ちる雷の方が停電やPCのデータ消失の危険に曝される分大きいと言えるかもしれない。不謹慎な話ではあるが、今までは台風情報はテレビ画面から伝えられるレポーターの背後の怒涛や増水した川の激流を第三者的に眺めていた感がある。そして、これは同意してくださる方も多いと思うが、学校が早引けになり、嵐の接近や炊き出し、雨漏りバケツや蝋燭の用意などを多少ともワクワクして迎えた少年時代の余韻というものはその後も長く残ったのではないだろうか。

 だが、ネットを通して全国の方々と親しくなるにつれ、暢気に台風を迎えることができるのは一部地域・地勢の下においてに過ぎず、台風に対するお気楽な認識と身勝手な蒙昧さが恥ずかしくなった。この相模原の地においても油断することなくもっと真剣に台風に対するべきだというようなことではなく、台風に生活の基盤を直撃される土地、生業があるのだということを「具体的に」認識できなかったことに対してである。海に近い地では台風に対する積極的な備えと常時の警戒を余儀なくされるであろうし、それはタイムレコーダーで管理されるようなものではない。山がかった地であれば、偶発的な鉄砲水に脅えて眠ることもできないであろう。知り合った方々の安全を祈る時、最前線での台風の恐ろしさを想い、必死の防災のご苦労に気持ちが引き締まり祈るような気持ちになる。いつの間にか自分の周囲を基準にして薄っぺらな常識をでっちあげ、危機管理を安易に一般化することの怖さ。そういった幻想を温かい血の通った人の繋がりが打ち砕いてくれる。九州・四国で猛威を奮う台風10号の傷痕が最小限で食い止めらるように。一朝ことあらば、政府の役人が我が身の痛みとして迅速に行動を執るように。力なき祈りを捧げる。

2003年8月7日 (木)  ニッキの兄弟姉妹

ニッキの兄弟姉妹


 「サモエド国際空港」に新しいリンク先が加わった。現在韓国にお住まいのMさんの『すもも房』である。そして、こちらではニッキの妹、すももちゃんの愛くるしい姿を見ることができる。ニッキの母さんモロちゃんが3度目に出産した子である。また、Mさんの親戚(こちらは日本)にはモロ母さんの同胎のももちゃんとニッキのお祖父さんの名前を受け継いだすももちゃん同胎のカムイ君がいる。

 サモエド、そして犬やネコを通して知り合いが増えていく。動物が媒介してくれる人間関係は純粋で(残念なことに、中には営利目的で動物をダシにする輩もいるが…)警戒や懐疑の垣根が殆ど姿を消してしまう。とりわけ、自分の家の子の親戚であれば、あたかも本当の親戚のような親近感を得る。最初は真夜中のカラオケ(自分をカラオケ嫌いにした遠因は音痴以外にここにもある)やストロボのような照明で不愉快な気分を持っていた隣のスナックにも、小太郎の姉妹がいるのだということがわかり、向こうの方も小太郎を見にきてくれるようになってからはチクチクした気持ちが消えた。商売なんだから頑張ってください、とまではいかないものの…(我が家の飢え込みにゴミを捨てていくような酔客の行動は許せない)。思えばモロちゃん2度目の子で悲しくも早世したニッキの妹、沙羅ちゃんの一家J家も今ではネットを介しての心の親戚である。言葉の修辞ではなく、沙羅ちゃんのことはニッキの妹として特別の存在であることだろう。

 ニッキ母方の子ではなく、ニッキ父チューイ君の血筋にあたる兄弟も着実に増えている。ただ犬を、ネコを飼っているというのではなく、当たり前のことだが、犬やネコを様々な「関係」を持つ存在と捉える時、動物に対する真っ当な接し方を人間が考え始めるのではないかと思う。そしてそれがどれだけ豊かな幸福をもたらしてくれるのかも。

2003年8月6日 (水)  アルバムリニュー

アルバムリニュー


 今日は時間に余裕があったので、久しぶりに「ニッキアルバム」の整理をした。トップページに独立したメニューはあるものの、雑務と家の片付けに追われてなかなか整理することもできず、草ぼうぼうのような状態だった。この3日の川崎納涼オフの画像アップとコメント付けをするにあたって、アルバムのフォルダ配置とデザインを変更してみた。

 ニッキアルバムを置いてある「フォトハイウェイジャパン」は以前は無料だったのだが、突然の通告によりこの春から有料サービスとなった。一定の時期までにお金を払い込まないとそれまでアップした分についてサーバーから削除するというやりかたにいささか気分が悪くなった、といったことを以前この日記で書いたことがあるが、今回アルバムのメンテナンスをしてみて有料化しただけのバージョンアップはなされていると感じた。いくつか例を挙げれば、以前はできなかったアルバムの他フォルダへの移動やアップロードの簡易化などがはかられ、また、これは同じく会員のサモ友のYさんのアルバムアップで気づいたことなのだが、アルバムのデザインも見やすく楽しいものが増えていた。さらに欲を言えば、基本契約の容量が100MBというのは少ないように思うし(せめて500MBは欲しい)、またアルバムのデザインに自作のテイストを付加できるようにしてもらいたいと思うのだが、あまり手を加えるだけの余裕を持てない今のところ満足している。

 ダブっているアルバムを削除したり、無意味に設けたフォルダを閉鎖したりして残りの領域を50MB以上にすることができた。昔作ったアルバムは中途半端なものもあり、テーマのはっきりしないものもある。また折りを見て手を入れていくことにしたい。

※オマケ:他のアルバムを参照したい場合はアルバムトップ画面の上にある「View Other Albums」をクリックしてください。ここがブリンクするとか色が変わるとかいう工夫もして欲しいな。

2003年8月5日 (火)  北海道

北海道


    友人が送ってくれたマロ親分の勇姿

 サモ友や友人が次々に北海道を訪れる。大好きな北海道。一生住んでもいいなと思った北海道。こちらに引き上げてきて数年は何で自分は関東にいるんだろう?と自問するほどに憧れ果てた大地である。空の色が違う、緑の色が違う。人や街が着飾らず素顔のまま。

 暫らくの時を措いてみると関東は落ち着くし、西国もまたたおやかである。数百年の間、静かに文化が降り積もり独特の香気を発する風土は敬愛の対象である。見知った風景が安らぎを得させてくれる。目に見えぬ約束を以って風景の背後の生活を空想する。潮の香りに、山の風に人の命が焚き染められている。ならわいの染み込んだ土や木は住む者を柔らかに包みこんでくれる。

 だが、まだ誰も触れていないような、初めて感じるような瑞々しさ、心を掻き乱すような不安定とその反動を自分の中に喚起してくれるような場所を日本に探すとなればまず第一に北海道を挙げうる。大自然を前にやがて朽ちていく廃屋を見た時に、あぁ、ここはやはり自然が人間をそのままでは受け入れないのだと感じた。歌志内の、夕張の破れ解れた遊技場に寂しさと共に気高いものの境界線をはっきりと感じた。人が人であり、自然と対峙する存在であること、また人が他の人とも独立であって尊厳なる存在なること。それを人の歴史や文化を媒介せずして直観できる地、北海道。来年はこの地へ!

2003年8月4日 (月)  夏

夏


 朝1発目からの授業。家を出る8時前にしてすでに暑いと感じる。留守番のニッキのためにエアコンの設定温度を27℃にするか、もう1℃下げて26℃にするかで迷ったが、冷え過ぎを警戒して27℃の設定で家を出た。今日は早く授業が退けるので全力を出して4年生と付き合う。

 授業後にノートのチェックをしてから昼下がりの最も暑い時間に家路を辿る。暑い、これこそが夏の暑さだ。涼取りにダイエーの地下食料品売り場で買い物をしてから家までの残り400メートルを歩く。仕事用の鞄に常備しているトートバッグの中身は殆どが飲料なので重い。歩道橋を渡る気力もなく、信号待ちをして国道16号を突っ切る。仕事場から1kmも歩いていないのに自室に戻る頃には汗だくである。小太郎の出迎えに簡単に応じてから自室へ。室温27℃の設定だったがヒンヤリとした冷気が嬉しい。あと1℃下げなくて良かった。ニッキを解放して排尿のため屋上へ。サンダルを脱いで素足で熱さをチェック。肉球火傷を警戒。水を打つほどのこともなかったが、ニッキの出すおしっこはわずかの間に蒸発を始める。水を広い範囲に打ち、ニッキの足にも水を掛けて5分ほど運動させる。買って来た350ml缶を冷蔵庫に詰め込むとやっと人心地ついた。

2003年8月3日 (日)  夕涼みオフ!

夕涼みオフ!


 そら父さんの送ってくれたツーショット(右がニッキ)

 サモ友の提案で、夕涼みオフを開こうということになった。真夏ということもあり、暑さに弱いサモエドのことを考えてのナイターオフである。近頃ニッキを遠くに連れて行ってやるだけの時間が取れなかったので、これ幸いとばかりいそいそと出かけていった。会場は我が家から45分ほどのところにある川崎北部の公園である。以前、横浜市のセンター南まで通勤しているときにすぐ近くを通っていたのに、こんな大きな公園が整備されているとは気付かなかった。

 スタート時刻より少し前に会場の駐車場に到着。まだ暑かったが風はあったのでニッキを車から降ろし、駐車場脇のベンチに腰掛けてサモ友の集合を待つ。白いモコモコした姿が徐々に増えていく。公園を行く人は何が始まるんだろうと目をみはる。木蔭を求めてサモエド集団が移動し、のんびりとした時を過ごす。オフでいつも会える見知った顔の子もいれば今回初めて顔を合わせる子もちらほら。とはいっても、どこかで誰かと血縁関係にある子が多い。今回のオフではニッキの甥っ子のそら君に会うことができた。男の子同士だとガウガウ!となりがちなのだが、そら君に対してはニッキは優しい。先輩サモのホワイティ君やニッキのガールフレンドみるみるちゃんの兄弟ハクト君に対しては男を賭けるかのような唸り合いをするくせに、不思議なことだ。また、同じく男の子でもパピーに対しては独特の接し方をする。生後5ヶ月の冰(こおり)君に対しては好き好き責めをする。

 1頭のサモエドと静かな時間を過ごすのも悪くはないが、こうやってサモエド同士の相関関係を無心に観察するのもまた楽しい。オフを企画して冷えた飲み物を差し入れてくださったり、また美味しいシュークリームを作っていただいたりと楽しい時間を提供してくださったTさん、Aさん、Cさん、そして笑顔を振りまくサモエドを伴ってオフにいらした皆さんに大感謝!である。

   夕涼みオフのアルバムへ

2003年8月2日 (土)  晴れて 梅雨明け

晴れて 梅雨明け


     無人島で休暇を楽しむ小太郎

 今年の梅雨明けを宣言するにあたっては気象庁の予報官の方々にも迷いがあったとの記事が新聞に載っていた。梅雨明けというのも純粋に気圧配置や雲の様子だけでなく、国民感情というものにも配慮するというのは意外だった。梅雨明けと宣言して3日から4日晴れが続かないとまずいらしい。

 それにしても、長いスパンでの気象の変化のみならず、1日の天候の変化でさえ予測しにくかった。朝方の強い陽射しに期待をかけ、生乾きの洗濯物を物干し竿に引っ掛けて、帰ってすぐに濡れ鼠のそれらを取り込んで洗濯機に再び放り込む。そんなことが何度あったろう。それでも、1日中しとしと雨が降っている典型的な梅雨の空よりは良かったと思っている。夜は自然の打ち水で涼しくなって眠りやすかったし、日中は傘をささずに移動できた。天候との駆け引きがもう少し巧みならば洗濯物ももっと乾いたと思う。来年もこのパターンで予約したいものだ。

 さて、梅雨明けとのこと。ニッキにとっても自分にとっても厳しい、本格的な夏の到来である。ニッキ留守番中の停電などが発生すると非常に怖い。冷蔵庫は数分の停電なら通電と同時にモーターが回るがエアコンは止まったままだ。当たり前のように享受する文明の便利さの脆弱なことを思う。ただ、暦の上では程無くして残暑。この言葉が実感できる頃には九州行きの計画が具体化しているはずである。

2003年8月1日 (金)  縫いぐるみ

縫いぐるみ


 ニッキのおもちゃ用、犬友や卒業生からのいただきもの、何となく気に入って買ってしまったもの。我が家にある縫いぐるみの数は20を下らない。命の通わない布と綿に過ぎないではないかといえばたしかにその通りなのだが、見る側の心が彼らに命を吹き込むのだと思う。生き物の形をして、目や手足が付いていれば、自ずと彼らの想いを汲み取ってしまうのが人間の本性なのかもしれない。行方不明になった縫いぐるみがあったりすると、どこにやっちゃったかなぁ…と気になったりすることもある。

 花や草木同様、生き物の形をしたものには癒しの効果があるようだ。PCの置いてある部屋にはタオル地の跳ねているウサギの縫いぐるみがあるのだが、ニッキが休んでいて相手をしてくれないときなど、モニターから目を外して眺める視覚的な止まり木となってくれる。建物の行く先々にリアルなフランス人形や日本人形が置いてあるというのはちとコワイけれど、おどけた表情の動物達であればトイレに起きる時にギョッとしたりはしないだろう。花や絵を愛でるように日代わりで家の随所にサイやイルカが潜んでいるというのも楽しいではないか。

 ニッキも3歳になり漸く縫いぐるみへの執着は小さくなった。完全にバラバラにされゴミと化した物も多いが、ニッキのヨダレが染み込んで変わり果てた姿となった縫いぐるみも時間ができたら繕って家庭動物園のキャストになってもらおう。