2003年9月30日 (火)  サモエドHP

サモエドHP


 今日は休みの時間を充て、仕事の前倒し準備・予習等、旅行から戻ってからあわてないで済むよう、結構集中して仕事をした。今のところ手持ちの添削が2クラス分、そして明日さらに2クラス分、土曜日に1クラス分が追加される予定である。そして今週分の定例テストの答案チェックが2クラス分ある。当然のことだが、それらをすべて完了してからでないと相模原を離れられない。行く前と帰ってきてからのことを考えなければならないというのは厳しいが、手抜きをして旅を楽しめる道理もない。明日は少し早めに出て教室に入り、子どもの来ないうちに作業を進めることとしよう。

 仕事を進めながらもちょっと気分を休めようと、行きつけのHPをたずねる。やはり、サモエド・動物関係のサイトが中心となる。これは一種心の散歩コースになっており、大体15分くらいで10件程度を巡る。昨日から今日にかけて、サモ友の運営している2つのHPへの来訪者が立て続けに10万カウントを突破した。KさんとLさんのサイトである。10万というのはインパクトのある数字である。延べ人数とは言え、地方の中都市に匹敵する数である。知っている範囲ではやはりサモ飼いのTさんの13万超という数字もあるが、それぞれに個性があり、カラーも明確で独自のファンを持っているように思う。カウンタの回り方以上に、サイトの魅力を論じる時、この点を見逃してはならないだろう。それに比してサモエド共和国の売り物って一体何だろう、と考えてみると、まぁ「ついでに寄ってく?」といったところだろうか。自身、まだまだ浅く広いなぁ…という印象を持っているところであるが、クリエイティブな才能に欠けることについてはすでに諦めており、ニッキの活躍と笑顔に後は期待するしかないだろう。

 他方では、斬新で味わい豊かなサモエドサイトも続々とオープンしている。気づいてみれば、サモ共も6万カウントまで少しとなった。老舗でもなく、新進気鋭のものでもない。企業であれば、もっとも厳しい営業戦略を取らねばならないようなポジションだ。取り残されないように、そして、今まで訪れてくれた方々により一層楽しんでもらえるよう、日々新たなものを目指して精進して行きたいと思う。

2003年9月29日 (月)  荷造り

荷造り


今週土曜日、仕事を終えて西に向かう。直前にバタバタするのはイヤだし、途中で持っている(家にある)ものを買い足すのも悔しい。夕方から車内清掃に精を出すとともに、九州旅行(コードネーム:筑後にっき)の準備に着手した。少しずつ改良を加えていった現時点での旅行用チェック表のテンプレートをコピペするとこんな感じである。

0.収納:鞄A・鞄B・デイパックその他に整理用ダンボール×2
1.基本所持品:鍵・免許証・ETCカード・現金&クレジットカード・目薬○・保険証
2.ニッキ基本:フード・水ボトル・ケージ(付属品一式)△・おやつ・食器・リード(長短)△・オモチャ・狂犬病予防/ワクチン接種証明書・ニッキカード○
3.ニッキ衛生/清掃:ペットシーツ・コロコロ・目薬○・足拭きタオル○・フン袋○・消臭剤○・専用屑入れ・コンビニ袋・雑巾・ぼろ雑巾
4.これみつ生活:スウェット○・着替え[]・下着[]・洗面用具(タオル)・コンタクトレンズ一式・爪切り・薬品[]・・ハンカチ&ティッシュ
5.通信・記録:携帯(充電装置一式)・パソコン一式・デジカメ(充電装置一式)
6.特別附帯:相模原のお土産△・わんこ用土産○・当地用地図○・バスタオル○・黒タオルケット・寝袋・書物・懐中電灯
7.手続:訪問(宿泊)先連絡○・車載備品チェック

…と着々と準備が進んでいる。まぁ、どんなに念を入れてもありゃりゃというものを忘れてしまうものなのではあるが…



2003年9月28日 (日)  秋らしい日

秋らしい日




      最後までつきあえよ!(mpeg動画232kb)

 秋晴れの今日、場所によっては運動会のあった学校も多かったようである。自分の場合、日曜日は原則として仕事なので、どこにも出かけることはできないのだが、それでも、こんな天気の日には職場まで向かう足取りも軽い。通勤と思わず、散歩と思えば心も軽やかである。心成しか生徒の冗談に対する応対もソフトになる。歳を取って円くなっただけの理由ではなかろう。家の中にいてもエアコンを入れることもほとんどなくなり、窓を開ければちょうどよい風が入ってくるので、さて、何か手を付けようかという前向きの気持ちを促してくれる。ニッキもやっぱり自然の風が一番のようで、自分が部屋に入るまで、帰ってきたことにも気づかずにヘソ天で寝ている。がばっと起きて真面目な表情を取るところがまた愛らしい。今日の夕食に、知人からいただいた見事な、本当に思わず手を合わせてしまいそうになるほど見事な伊勢海老を食べた。塩と酢橘だけでいただいたのだが、プリプリとして甘みのある真っ白な肉は素晴らしく、秋晴れの1日の終わりに相応しい満足感で締めくくることができた。ありがとう!



2003年9月27日 (土)  ニッキとの距離 健康診断

ニッキとの距離 健康診断


 みんな、自分のうちのわんこが大好きなんだろうけど、自分もニッキが好きなんだなぁ。面倒っちいことの続いた後にニッキを見ると馬鹿馬鹿しいことに腹を立てている自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。ニッキと一緒にいるときには快活な気分でありたい。小太郎は母派、自分はニッキ派なのだが、ニッキは自分に阿らず結構悠然と構えている。それでいて淋しくなるとすぐそばに来てお腹を見せて眠る。自分が最も好きな距離感をニッキは理解している。


 今日は市内の公立小学校はほとんどが運動会。定員34名の教室には5人だけ。自分の声のボリュームは普段と変わらないので、ガランとした部屋に反響して我ながらうるさく感じる。生徒も律儀に座席表通りの席に着いている。なんかおかしいのだが、それをわざわざ指摘するのもまたおかしなことだろう。自分の声の調整も含めて、普段と同じというのがなんとなく安心できるということか。仕事から戻り、ニッキを連れてよこやまだい動物病院へ。旅行前の検診をしていただく。体重が25.7kgに増加。肋骨の感触で太りすぎのチェックができることを教えていただく。前から質問しようと思っていたマイクロチップの話をするのを忘れてしまった。病院を出て、トリーツとサプリメントを求めにクッキーさんへ。旅の途中、お会いする方々(犬たち)への気持ちばかりの品々もていねいにラッピングしていただく。お店のM川さんと旅行の予定について話しているところに、11月3日のオフ会の発起人でもある、ご近所のコーギーQoo(クー)パパもQooちゃんを連れて登場。前よりはクーちゃんとの遊び方が上手くなってきたニッキではあるが、相変わらずハイパーさに押され気味。いよいよ出発は来週に迫ったのだなと思いながら、ようやく涼しくなってきた夜風の中を家路に就いた。夜の訪れが随分と早くなってきた。

2003年9月26日 (金)  北海道で大地震

北海道で大地震


 地震は怖い。被害の規模が計り知れず、しかも対策の立てようがないからだ。地震以外の天災に関しては、人災であるチェルノブイリの放射能漏れ事故や9・11のテロのように大規模化しているため天災と人災を単純にスケールの面から比較することができない時代になっており、両者の差異はただその原因にのみ求められるような感がある。もっとも、山火事などのように、原因の類別についても混然としているものもあるし複合災害というものもある。英語では両者をまとめて災害・災厄というように指称しているようであるが、たしかに発生原因よりも人類社会に対してどのような性質の、どのような規模の爪痕を残すのかという点の方が重要な問題だともいえる。そしてまた防災という面でも、台風や落雷等の自然災害、テロや食中毒等の人的災害ともに一応は猶予の時間があり、不完全ながら対策を練ることができるという共通点があるといえよう。

 だが、天災の中でも新種の伝染病と宇宙の変動、そして地震に関しては人類はこれといった有効な対応手段を持たない。地震予知についてもあれこれ言われてはいるが未だ推測の域を出ておらず、遺伝子科学の発達は、いずれはいかなる疾病からも生体を保護できるようになるのかもしれないが、現在ではまだまだ夢物語の領域である。地震は怖い、病気は怖いと感じる中に、それらを早く克服したいと願う気持ちとともに、自然に対する畏敬の気持ちと人間としての謙虚さ確認する契機が含まれているように思う。新しい知識と技術を手にしたときの溌剌とした喜びが実は自然界からもたらされたことを忘れ、いつの間にか自らを自然と対峙する独立の大きな存在と慢心した時から技術の綻びによる自己崩壊が始まったのではないかと思えてならない。やや異質の事件と捉える向きもあろうが、某医大のマニュアル手術によるミスも人体に対する冒涜と慢心による技術の綻びの一つのモデルケースではなかろうか。人間は万能ではない。人間も自然界の一要素である。そんな当たり前のことを地震の恐怖は教えてくれるような気がする。地震雷火事親父…。これは、単純に怖いものが並列しているのではなく、須らく災害は親父の拳固のように大切なことを教えてくれるのだという意味だと自分は思うのだが。

2003年9月25日 (木)  秋になったね

秋になったね


 室内着がTシャツに短パンだと流石に寒くなってきた。家の中では極めてだらしない格好をしている自分も、外出時には久々に秋物のスーツを着込んだ。上着の内ポケットという空間ができたことで携帯やPDAの収納には困らない季節になったが、今度は鎧を着たように重く感じる。いろんな荷物を抱えて、その上にたくさん着込んでしまうと感性までが鈍くなりそうだ。また教室に着いたら結構体を動かすので、暑苦しくなり、本当はネクタイもしていたくないのだが、親の目もありそうも言っていられない。

 今日は昼から雨の中、はるばる横浜市内まで出て会議。結局貴重な2時間をかけ何を論じたいのかはっきりしない内容と進行に精神的な血圧低下を覚えながら自教室に戻り、一仕事してから家に帰ると少し寒気がする。長い間しまわれていた衣類独特の臭いの焚き染められた長袖のトレーナーを引っ張り出して風邪に付け入られないよう防御をする。傍らにはだらんとした舌を引っ込め、凛々しい表情で、されど無防備に仰向けになっているニッキがいる。彼にとってはちょうど良い気候になってきただろうと眺めていたら途端に大きなクシャミを一つした。サモエドも油断をすると風邪を引くようだ。季節の変わり目はお互い気を付けなければ…。

2003年9月24日 (水)  問題解決

問題解決


      しんくろないずどまったり(mpeg動画232kb)

  こうやって、のんびり日記を書いているような日々を送っている間にも自分のことはもちろん、自分と関係の深いいろいろな方々の悩みや心配が発生している。種類も実に様々である。誰かが問題の渦中にある時、ほとんどの場合自分ではどうすることもできず、とりとめのない冗談を言って慰めるかありきたりの言葉をかけるしかないのだが、そうではあっても、いずれの場合も事態の好転を心より祈っている。先に言葉があるのか、心があるのかはわからないけれど、両者が乖離しないように、少なくとも自分の分身としての言葉が器用で空虚なものにならないようにという戒めと、次回お会いする時には心からの笑顔で、という気持ちだけは自身の中に確認できる。

 本日、つい先ほど、昨日から大きな重石になっていたであろう問題が解決したとのメールを友人から受け取った。自分も当事者となって過去度々遭遇した親子間のトラブルであるが、今回は親に近い立場からの心配である。どちらの気持ちもわかるし、どちらをも責める立場にない。が、今回のことは苦しいけれど、時が経ってみれば親子の間のかけがえのない思い出の一齣になるのだと思う。親子で今回の事件をいつかの日か睦まじく話し合うというのではなく、お互いがあえて触れぬようにしながら相手を気遣う微妙な心の種子として芽を出し、成長して行くのではなかろうか。奇しくも今日の6年生対象の記述教室で似たようなテーマを扱った。その中で授業の枠を超えて子どもたちから貴重な体験を数多く聞かせてもらい、すばらしい親があり、その子どもたちがいることに感動した。親子関係は変化に富み、柔軟で実に強靭だ。多少のことは心配するに及ばず、である。


2003年9月23日 (火)  セーフ!

セーフ!


 丹沢の景観を塞ぐように建設中だった巨大マンションの防護ネットが外された。西側が建築法規の関係で階段状の斜面になったため、丹沢の主峰蛭ヶ岳の頂上の眺望だけは申し訳程度に確保された。冬の空気の澄んだ日には大型の望遠鏡で山頂を望むと木々の一本一本のシルエットも判別することができる。天体望遠鏡くらいの解像度があればもしかすると山小屋や鹿の姿を見ることもできるかもしれない。いずれ心と体に余裕ができたら、テントを担いでニッキと登ってみたいものである。山頂から我が家は小さすぎて見えないかもしれないが、360度の展望はすばらしいものであろう。

 それにしても、今日のように澄んだ大気の中に眺めるその雄大な山容は勇気を与えてくれたのだが、山頂だけではやはりボリューム感に乏しい。顔の部分が残っただけでもよしとすべきだろうか。そもそも蛭ヶ岳自体、秀峰富士の目塞ぎになっていることを時として思い出すが、そこは腹を立てる方がどうかしている。だが、土地と金があれば他人の眺望を犠牲にして、自らの眺望の良さを喧伝する浅ましさにはやり切れない無神経さを感じる。もとより目塞ぎのマンションには腹を立てても、そこに住む人には何の恨みもない。余談であるが、このマンション建設中に当のデベロッパーが民事再生法の適用会社になってしまった。難しいことはわからないが、やっぱり何らかの道理を外した結果だと思う。決して私の呪いなどではないので念のため。

2003年9月22日 (月)  涼しくして晴れ!

涼しくして晴れ!


 夜明けの4時頃強い風雨を伴って当地を掠めて行った台風15号の余波により、相模原の朝はまだ重々しい雨雲がのさばり、雨も断続的に降っていた。それほど強くはなかったものの、熱病の後を感じさせるような風の吹き方もまだ異常な気象の名残、後始末を思わせた。回復過程に入っていることはわかるのだが、念のためトレーナーさんと携帯メールで何度か情報交換をした結果(トレーナーさんの住む海側と県北ではかなり気象が異なる)、コンディションの良い日にやりましょうということになり、今日のトレーニングは中止となった。長い夏休みのブランクがあっただけに、しっかりと時間を取っていままでバラバラにやってきたことを仕上げてから九州旅行に出発したかったが、次回のしつけ教室は旅行の時期と重なってしまうため、旅行後の20日まで自主トレということになる。屋上での教科書的なトレーニングは型通り行くが、他の犬が多いところだと、どうしても「遊び優先モード」になってしまう。旅行の最中も、様々なケースに応じて課題への適応を考えていこうと思う。

 昼過ぎから爽やかな青空も顔を出し、ニッキと久々に長距離の散歩に出た。2kmほど離れた市立の横山公園の外周コースを行き、帰りにクッキーさんに立ち寄るルートである。周囲を交通量の多い道に阻まれてさえいなければ、市内に点在する大型公園にも遠征したいのだが、歩道が未整備であったり、長く待たされる信号が多かったりとどうしても足が遠のいてしまう。もう少し自分が健脚ならば相模川まで下りていくのだが、帰りのコースが急な上り坂となり骨である。定番コースで我慢ということになる。だが、見慣れた公園や順路ではあっても、今日は新鮮な気持ちで散歩ができた。日差しは強い、が、気温がぐっと下がって涼しいのである。環境が変化するとこちら側の感受性も変わる。すると自然と視線の動きや息を吸い込む時の深さまでもが変わってくるのだ。夏の間、当たり前のように網膜に映りこんでいた風景を丹念に確認するようにのんびりとニッキと併走し、帰りにクッキーさんに立ち寄り、九州行きの糧食を調える。途中2回も大きいのをした2時間弱の散歩から戻ると秋が家の中にまで入り込んでいた。



         今日も好き好き!

2003年9月21日 (日)  添削漬け

添削漬け


 仕事のことでぼやくのは非常に格好の悪いことだが、今年は次から次へと添削を処理していかないと追い付かない。たしかに夕方にフラリと家近くの仕事場に出て夜には戻ってくるので、それだけを取れば気楽に見える仕事かもしれないが、実はアヒルのように水面下(自宅)で水かきをバタバタと動かしているのである。毎週水曜に通常の授業以外に行われる5年生と6年生の記述教室の添削、そして土曜日と日曜日には各志望校向けの対策講座がそれぞれ2コマずつ入ってくる。また、6年も後期になると五月雨的に過去問のノートチェックが入ってくる。採点の事務作業を要するものを含めて、毎週150枚程度に赤を入れている計算になる。そして、子どもの書いた文とほぼ同じだけの解説・コメントを施すので1枚に要する時間が3分から5分、平均4分としてものべ10時間の作業に膨れ上がっていく。もちろん、テキストの予習・講義方法のシミュレーションは別途である。

 素朴な話、それでは添削をすればそれだけで子どもに力が付くかと問われれば決してそんなことはなく、子どもの方で添削の書き込みをどの程度、しっかりと受け止めてくれるかにかかっている。したがって、紋切り型のコメントではなく、できるだけ子どもたちの問題意識を直撃するような切り口になるように工夫をしなければならない。それは別の言い方をするならば感動を与えるということであり、なるほど!とうなずかせることである。したがって、本来は、「添削」という形式にこだわらず、答案を読んで、近くにいる生徒を呼び、口頭で「ここをこうすると答えが安定するだろ?」とか「理解はしているようだけれど、設問の要求の形からずれてしまっているね」と言うだけでも効果は十分に上がると思う。自分の勤める塾も近頃目立って添削付きの講座が増えているのだが、それに対しては、本来の効果を考えての講座設定なのかどうか、添削の濫発は却って考える習慣を阻害するものなのではないか、といった素朴な疑問もある。会社側も自分を信頼して引き受け手の少ない添削講座を配当してくれるのだろうから感謝しているが、講師の手持ち添削の負担量や子どもから見た場合の実質的効果といった面に立ち入って考察してもらいたいものだと思う。親に「見せる」ことを主たる目的とするような添削講座であってはならないこともちろんである。

2003年9月20日 (土)  ぼんやりした日

ぼんやりした日


 午前中からの特別講義。昨年に比べて土日が忙しくなった。でも、仕事がなくても碌なことをするはずがないので、真面目に働いている方が自分にとっては益なのかも知れない。今日は町田、相模原と移動して授業をして帰って来た。雨の日は家を出るまでが一番鬱陶しい。

 台風15号接近による影響で相模原は結局一日中雨だったが、朝方一時強く降った以外はダラダラした雨が続き、今のところ幸いにして、周辺に大きな被害はないようだ。そして、例の地震予知がらみで実際の震度以上に衝撃を与えたと思われる千葉を震源地とする地震についても、ちょうど町田から相模原へ向かう電車の中にいたために電車の揺れに吸収されて「?」と思った程度だった。

 雨に包まれたサイレントな一日。子どもの声も自分の声もくぐもって聞こえる。自分の周りにこれといった事件がないと世界すべてが平穏で退屈なように感じてしまう。それでも、こんなぼんやりとした頭でも結構しっかり仕事はこなしているのだから不思議なものである。退屈そうな気候は意外に仕事を進めてくれ、仕事に伴う程よい疲れは外界の刺激から必要以上に過敏になることを防いでくれる。こうなったらやっぱりビールだろうか。偶然にも冷蔵庫にはヱビスビールが冷えている。雨が降れば人はビールを飲むことになる。めでたきかな!

2003年9月19日 (金)  番ネコ小太郎

番ネコ小太郎


 家を出る時、家に帰る時、自分を最後に見送り、また最初に出迎えるのはネコの小太郎である。ネコと暮らすのは小太郎が初めてなので他のネコのことは良く知らないが、非常に人懐っこく、宅急便のお兄さんが荷物を届けに来た時なども、必ず一緒に顔を出す。ネコを飼っている方からは珍しい性格のネコだとよく言われる。また、初対面の人に撫でてもらっても平気である。

 彼は基本的に和室とドアの閉まっている部屋以外はフリーパスである。気が向けばニッキの慰問(遊びの誘い?)にも訪れる。近頃はニッキの匂いチェックもパスである。気温が高い時と低い時でのホームポジションはやや異なるものの(寒い時にはニャアニャア文句を言って母の布団に潜り込んでくるらしい)、手持ち無沙汰な時には玄関の脇のコーナーウィンドウで外を眺めている。すずめが遊んでいたり、外ネコが餌場を訪れたりすれば、妙に切ない声を上げるのが可笑しい。番ネコには意外な効力があるかもしれない。それは、万が一泥棒が我が家を狙っていたとしても、小太郎と目が合えばなんとなく侵入を躊躇うのではなかろうかということだ。高く跳び上がって顔を引っ掻く、なんてことはもちろんしないだろうが、生き物に「見られている」という意識は精神的な抑止力を持つと思う。そうではなくとも、家の前には小さな子どもたちが時々小太郎を見に集まってくるので、不審な人物は長居は無用と我が家近傍の滞在を避けるだろうが…。

 役に立たないものの例として示されることの多い、ネコ。我が家では様々な仕事をしているようである。日頃の働きに本ホームページにも「小太郎島」を作ってやったが未だ扉の部分だけである。これから少しずつ充実させて、サモエド共和国からいつかは独立させてやりたいと思っている。

2003年9月18日 (木)  行ってきました「春夏冬」!

行ってきました「春夏冬」!


 授業後の補習が引けた後、相模原駅のロータリーで同僚のO先生、K先生と待ち合わせをして市内のラーメン行脚に出かけた。本日は仕事が休みのO先生のベンツに乗ってまず目指したのは火曜日に試食を果たせなかった「春夏冬(しゅんかとう)」。店の造りは一昔前の年季の入った中華そばやという感じで懐かしさを覚える。高い天井の剥き出しの蛍光灯の下、2人組みの店員さんが小気味良くラーメンを作る。初めは普通のラーメンからと考えたのだが、他の2人に合わせてその店自慢の「なぞちゅう(謎の中国人という意味らしい)」ラーメンにした(1000円)。5分ほど待ってラーメンが来る。鰹節と鯖節のダシの利いたスープは絶品。スープまで完食してしまった。自分はラーメン好きだが、カンスイがどうの麺の茹で加減がどうのというようなあまり細かいことに拘れる人間ではないが、とにかく旨かった。来て良かった! 因みに、火曜日はなぜ休んだのか聞いてみたところ、15日が祭日だったのでその代休だった由。手前勝手な恨み節を反省…。次回に店を訪れた時には店名の由来でも尋ねてみよう。


春夏冬のラーメン

 次に車は市内の南寄り、相模川に近い田名に向かう。2軒目に訪れる店は自分も知っている「支那そばの里」。同僚2人はここでもラーメンを注文していたが、さすがにラーメン2杯では飽きが来る。そこで自分はこの店の隠れた名品「カレーライス」にした。このカレーライスは本格○○風といったものではなく、一昔前の喫茶店のカレーと家庭のカレーのちょうど中間の味わいといった感じで、普段着のカレーである。米も特別良いものとは言えないが、今、俺はカレーを食っているんだという幸せな気分にしてくれる。添えられている福神漬けが艶かしい良い赤色をしている。見事な脇役ぶりだ。ラーメン通のOは、2杯目のラーメンを平らげて「今日はいつもより少し味が薄い」と言っていたが、流石は常連である。店にとっては厳しいイヤなお客さんかもしれない。

 ベンツの後部座席に座り、美味いラーメンとカレーの満腹感に浸りながら家路に就く。なんとも幸せな仕事帰りであった。暫くは家庭で粗食に切り替えなくては…。

2003年9月17日 (水)  ニッキのシャンプー

ニッキのシャンプー


      何がしたいの?(mpeg動画232kb)

 9月もはや3分の2を経過しようとしている。できれば、九州旅行に出る直前にニッキのシャンプーをと考えたのだが、サロンの予約の都合や自分の仕事の都合などで、行けるチャンスを失うかもしれない。また、シャンプー直後だとどうしても仕上がり後の細かい抜け毛が出てしまう。コートの状態が落ち着くまで1週間はかかるものだ。そこで、トリミングサロンがオープンと同時にニッキのシャンプーをお願いすることにした。7月にもお世話になった、家から自転車で5分のところにあるペットショップFoot Stampさんである。フード類はクッキーさん、シャンプーはFoot Stampさんというのがニッキの定番になってきた。

 シャンプー以外にも、いろんな準備がある。つい1週間前まではのんびりと準備をすれば良いと思っていたのだが、旅行に関わるToDoリストに「締め切り近し」の表示が点灯するものが多くなった。このリストは1年くらい前から九州旅行を睨んで作成したものだが、こうやって信号が点灯すると、NASAの打ち上げセンターの監視員のような気分になってくる。訪問先のご事情やイベントの予定確定を勘案することになるので、数ヶ月前から細部まで確定させるというのは難しい。浮動状況の中でバランスよくスケジュールを仕上げていく。そして本日、番頭さんのご厚意により、半ば諦めかけていた香川の宿を取ることができた。今回の旅では、高知入りする前に香川でお会いしたい方が2名いらっしゃる。先方の都合に無理を与えないように、瀬戸大橋を渡ってからの香川滞在時間をできるだけ多く、しかも次の日の高知入りに備えて十分に休息を取っておきたいという事情をクリアするのに心を砕いていた。最悪の場合、昨年高知を訪れた際に通過した豊浜SAにて車中泊しようとも思ったが、移動の数日を経て、疲労の蓄積した身に車中泊は結構堪えるものである。まことに、ネットを通して知り合った方々、そして施設の方々への厚意にはただ感謝するばかりである。あとは、仕事の上で、旅の途上で雑なことをやらないように、また、自身の体調管理を十全にして不景気な表情を見せないで済むように心がけたい。

2003年9月16日 (火)  う〜ん、残念

う〜ん、残念


 塾で教える仕事というのは体が資本である。単純に知っていることを教えるというよりも、教える場での自分と相手との環境の調整という点に結構大きなエネルギーを使うのだ。そんなこともあり、日頃から体調維持のためにアルコールと油ものを控えているのだが、たまには美味いものを食べたり飲んだりしなければ気持ちが萎えてしまう。知り合いの方々からいただいた、銘酒などもゆっくりと味わいながら週に2度ほど楽しんでいる。だが、以前は仕事帰りによく食べていたラーメンには近頃とんとご無沙汰である。一昨日の飲み会でラーメン好きの同僚から相模原のラーメン情報を聞き、無性に食べたくなった。住んでいるとあまり気にしないが、相模原には隠れた名店が多いのだ。すぐ近くにあるとんこつ系ラーメンの「村田屋」、中華そば系の「支那そばや」「支那そばの里」、旭川ラーメンの「やまびこ亭」。新宿周辺にも負けない強豪揃いである。少し涼しくなってくるというのもまたラーメンへの憧れを強くする。

 本日の目的は「春夏冬(しゅんかとう)」「秋」が欠けているということで「飽き」がこない、に掛けているのだろうか。相模川を挟んで対岸の愛川町にある評判の名店「隠国(こもりく)」というお店の姉妹店とのことで、従来の分類に馴染まないニューウェイブ系。知人の評価も、ネットでの評価も高く、午後、手持ち仕事を処理してから、営業時間を調査してウキウキと自転車を走らせた。火曜日から金曜日の夜だけしか営業していないらしい。殿様商売だ。

 自宅から自転車で10分程度走る。碁盤のように道路が走っているので、信号待ちが多く、気持ちが逸る。頭の中に入れた地図の位置にその店は確かにあった。が、電飾は消えていて、営業していなかった。ラーメン屋っていうのは営業時間に関して、いい加減なところが多いのだろうか。多少味が良くても、こんな感じで期待を裏切られるとがっかりする。帰り道で、他のラーメン屋に寄ろうかなと考えたが、やっぱりこの悔しさをバネにまた来ようと決め、誘惑を振り切って重いペダルを漕いだ。同じ街に住んでいるんだからまあいいさ。

2003年9月15日 (月)  トレーニング

トレーニング


 この3日間、ニッキのトレーニングをサボっていた。仕事が忙しくてというのが月並みの言い訳だが、その反省を兼ねて、今朝は早朝練習を30分集中して行った。排泄を済ませ、こちらがその片づけをしていると、もとはニッキの外飼いを考えて設えたサークル(現在は植木の避難場所兼布団干場)の前にニッキがちょこんと座ってこちらを見ている。「ねぇ、トレーニングやろうよ!」という顔で。こちらの思い込みかもしれないと思いながらも、まだホースリールを手にしつつ2mほど離れた所から「フセ!」とコマンドを出してみた。すると、一度お尻を弾ませてから勢いよく体を前に飛び込ませるように綺麗なフセをキメてくれた。ホースリールをくるくると巻き取って、デジカメを物干し竿に引っ掛けてから、現在練習中の、コイ→ツケ→スワレの一連の動作をトレーニングすることにした。本来は「コイ」のコマンドだけで、この連続動作ができるようになるのが目的だが、今のところ個々にコマンドを与えている。来ることは来ても、どうもその後締まりなく、適当な所に座ってしまったり、フラフラとまた出かけてしまうというようなことが続いて、ここをどう突破しようかと悩んでいたのである。だが、今日は、弾丸のようにこちらに向かってきてくれた上、サッと右側に付いて、コイとスワレのコマンドだけで所期の動作を取ってくれた。まぐれかなと思って、5本やってみたが、外したのは逆のコースでコイをかけた1本だけで、あとは見事にクリアーした。トレーニングをサボったことを正当化するわけではないけれど、ちょっとした隙間を作ることでニッキの意欲が高まったのかもしれない。ただ、ここまでニッキにがんばってもらうと明日もまた早朝トレーニングが予定に組み込まれそうである。

2003年9月14日 (日)  飲みに行った

飲みに行った


 仕事が引けてから一度家に戻り、ニッキの許可をもらってから横浜まで呑みに行った。メンバーは気心の知れた同僚たち。現状に対して過激な意見が出るものの、それは決して論争などではなく、また、当然単なる愚痴でも空しい希望でもない。一緒に飲みたいメンバーであるというのは、逆に言えば、場を不快にしないという暗黙の了解を承認している人たちだからかもしれない。貴重な時間を割いて時を分かち合うのに、なぜ不愉快な話などしようか。熱を帯びた話し合いの中で、めいめいが皆に共通の問題意識を外にぶちまけて確認しあっているような、ある種ガラクタ市的な一体感のある楽しい時間を過ごすことができた。そして、酒が進むほどにその人らしさが顕わとなり、言葉となって動作となって滲み出していくのを感じる。その雰囲気の中に自らを浸しながら、久々に酒を尽くす。

 帰宅すると、母がサークルから解放したニッキが階段のところまで迎えに来てくれた。それまでは自分のベッドの上で大の字で寝ていたそうである。留守を守ってくれたということか。遅く帰ったのに、ニッキはそれほど恨めしそうな顔をしておらず、「そうだよ、たまにはみんなと飲んで来いよ」と言ってくれているようにも見えた。嬉しいやつである。

2003年9月13日 (土)  いろいろな試み

いろいろな試み


 今日は午前中から4年生の特別授業。一般的なテキストではなく、昔話のパロディを扱う。授業として昇華させなければならないので、ただの「風変わりな授業」で終わらせないために心を砕いた。授業の目的は、設問を解く中で入試の実践テクニックを磨く形式ではなく、パロディの中から作者の意図を汲み取る、あるいは推し量る作業を一緒に行うというタイプのものである。定型的な正解はない。そしてその中で「主題」と「感想」の有意的な関係や、作者の意図目的と文章構成との関連に気付いてもらうということも狙う。文章を文章として読んでやるという当たり前の行為への回帰を試みるものでもあるのだが、これはなかなかに難しい。自身、どのようにそれを料理するか相当に戸惑っていた。昨日の夜からいろいろとシミュレーションをして、もっとも効果のある方法をといろいろと考えた。その一つとして、授業開始の5分前に、子どもたちに手伝ってもらって、机の配置を、会議机を並べる時のような「ロ」の字型に並べ、先生と生徒という関係ではなしに、司会者と参加者というような関係の組み換えをしてみた。これは結構効果が上がったようで、普段口数の少ない子も、思いついたことをかなり自由に述べてくれたと思う。70分の2コマがそれこそ飛ぶように過ぎ去り、自分自身勉強になった。

 その後6年の授業を終えて、夜から行われる会議までの空き時間、家に帰って一休みするために夕方の駅前通りを歩いていた時、立ち眩みがするほどの暑さを身に受けた。夏が未練がましく戻って来たかのように暑い一日だった。

2003年9月12日 (金)  ゆるやかな準備

ゆるやかな準備


 つい先日、旅立ちまであと1ヶ月もないなどと書いたが、仕事から帰って細々とした雑務を処理していると電波時計のカレンダー表示がすでに13日になっている。もうあと半月で出発するのだなとしみじみ思う。別に月旅行をするわけでも、異国に出かけるわけでもないのだが、一人旅と違って弟分を連れて行く旅はそれなりに心構えが要る。10月に入って旅立ちまでは車を使う予定も特に入っていないので、1日から少しずつ、車内清掃や荷物の積み込みなどを行っていこうと思う。移動時は車内がニッキと自分の「家」となるので、物品の積み込みはその後の快適さを大きく左右する。また運転席から手の届く距離、乗り出せば届く距離…等の適正配置をしなければならない。そして、荷物をコンパクトに積むだけでなく、雑巾やティッシュの取り易さという面も結構大切だ。だが、これはやはり何度も経験しないとうまくならない。できるだけ、移動疲れはないようにしたい。危険防止という目的もあるが、運転疲れがあると目的地に着いてもすぐに食欲が湧かないのである。これは後で、ものすごく悔しい記憶として残るのだ。

 実際の旅支度は今月下旬から進める予定だが、10月初旬の仕事をお休みするために、前倒しでテキストの予習と出発前の添削処理(持ち抱え分をゼロに)、そして代講の方へのメモを残さなくてはならない。もちろんやっつけ仕事などではなく、旅を良いものにするために念入りにである。また、旅先で出会う方々に配布するニッキカード、心ばかりの品々などは今から準備することになる。あと、たった今、この日記を書いている最中にも兵庫のYさんとチャットを楽しんだばかりなのだが、旅先への予定連絡というのも欠かせない。いや、これが一番大切であろう。もしもこれが仕事のための準備などであったら、これほどまでに気持ちが乗るわけはないのだが、どれもこれも楽しい作業である。旅はその前もその後も普段の人間を前向きにしてくれる。

2003年9月11日 (木)  手段

手段


 掲示板へのレスは結構乗り気で付けることができるのだが、日記の場合、基本的には独白体になるためだろうか。いったん、悩んでしまうと書き倦ねてしまう。日記を付けるにあたっては、一応頭の中に編集会議みたいなものがあって、それなりのコードがある。たとえば、PCの付属機器をインストールしたら一発で認識してくれた、などというものは、相当心地よい経験でも一般的に日記の題材として相応しくないとしてボツにされる。たしかに、半分プライベート、半分オフィシャルのこの日記を読んでくださる方にとってそんなことはどうでもよいことである。それなら、まだ耳掻きや日焼けの皮膚剥がし、あるいはササクレの処理の仕方の薀蓄を語る方がよいというものであろう。日記のタネというようなものがあれば自動解凍して、文章をどんどん綴っていくのだが、そんな日はあまりない。そうなると、これまた頭の中の取材班が時間を遡って、やや古びた記憶倉庫の中から、面白そうなネタを拾い出そうと努力する。だが、添削や内部整理等の処理に追われて1日が終わるような場合、半分眠気に支配された頭は、日記を付けることまでをその延長の義務ないし仕事と捉えてしまうようである。人はなぜ、日記を付けるか? それがどういう理由であれ、「日記を付けなければ…」という意識は何とも味気ない。取材班も降参するような日には腕組みをして、目を閉じて、眠りの世界に引き摺り込まれそうになりながらポッと閃くイメージを題材にする。ニッキの可愛い画像の付け足しに乏しい文章を引っ付けて煙に巻いたり…。あるいは、窓際にくすぶっていた論説委員が、どうでも良いことを自分勝手に論評してみたりする。他にもページのご案内とかお知らせとかでお茶を濁すなども…。

 それでも、うまくいかないときは? そう、今日の日記のようにサモエド共和国新聞編集長のご挨拶かお詫びである。だが、この手はそうそう使えない。それに、少々社内事情をバラし過ぎてしまったような気もする。

2003年9月10日 (水)  虫の音

虫の音


        サモエド雲大行進!

 8月中よりエアコンを入れることの多くなった9月も10日ほど過ぎた。日が落ちて夜になると虫の音が賑やかである。旅立ちまでの日付の少なくなってくることに対する高揚感と切迫感がちょうどよくバランスする頃だろうか。実際にパッキングするような準備はまだ先のこととして、今は机上での計画を立てている段階である。それも、非常にぼんやりとした計画のための計画を楽しんでいるような感がある。昔ならば、時刻表あるいはドライブマップと方眼紙で、旅の先取りを楽しんだのだが、現在はパソコンという、ちょっとしたことをもっともらしく仕立て上げる魔法の道具がある。アナログとデジタルのシミュレーション。どちらもそれぞれに楽しいのだが、いずれにしても現実ではない。実際の旅にはまったく次元の違う感懐が伴うものだ。前にも書いたが、実際に旅に出て、出発前の予想はことごとく破られる。しかもずっと豊かで味わい深い方向にである。これこそが旅の醍醐味に相違ない。

2003年9月9日 (火)  思った通り

思った通り


         *忠犬にく公*

 今日は午前中にNTTの工事担当者の方に来ていただいて不通になっていたADSL回線の復旧工事をしてもらう。予想していた通り、モデムの故障ではなく、電話局から我が家までの部分に原因があった。家の前の電柱のところで断線していたのだという。不通になるちょうど前日、家のすぐ近くで何かの工事をしていたのでそのことを話したところ、近頃はNTT以外にも東電やケーブル会社がどんどん回線を増設しているので、他社に対する配慮が欠けるずさんな工事が行われることが多く、類似の故障報告が多くなっているらしい。自由化という規制緩和の名の下にめでたいことばかりが起きるわけではないようだ。結局3日間使えなかったわけだが、来ていただいた担当者の方が気さくで、光ケーブルの断線した場合の処理や近頃の工事事情なども教えてもらった。また、犬やネコが好きなようで、それがニッキにも通じたか与えたばかりの骨ガムを勧めていたりした。工事まではイライラしても直ってみると、これもまた良い経験だったと思える。ただ、これから家の前で工事があるときは「気をつけてくださいね」とひとこと言ってやろうとは思う。

2003年9月8日 (月)  ドギーパークへ

ドギーパークへ


 このところなかなか休みが取れなかったので、久しぶりにニッキと遠出をした。行き先は河口湖のドギーパーク。犬連れで入場できる上、木立の中に自然の地形を残したドッグランもあり、なかなか魅力的な場所である。飼い主の連れてくる同伴犬の通る道とパークの犬舎の距離が近く、お互いにストレスがかからないかと心配になる。その辺りは改善して欲しいところであるが、スタッフは非常にマメに働いており、犬を見せ物にするといった陰惨なイメージはない。自分がここを訪れるのはもう一つ理由がある。顔見知りの、といっても1度ニッキと散歩をしてもらっただけだが、サモエドの女の子に会うためだ。ニッキのためではない(笑)。誕生日は1992年12月1日。もう11歳になる子だけれど、まだまだ元気で結構気も強い。Yさんのところの蘭ちゃんに似ている。今回は、皮膚病のためレンタル不可となっており、背中の毛が抜けて痛々しかったが、スタッフに聞いたところ、だんだん回復しているとのこと。お見舞いの言葉をかけて犬舎を後にした。次回は元気に散歩を楽しみたい。

 ドッグランでは、ゴールデン・レトリバー、ラブラドル・レトリバーの子たちとニッキを楽しく遊ばせていただいた。ウィペットの美しい走りに見とれ、コーギーの快活さに笑みがこぼれた。ニッキの遊び方もずいぶんと社会化してきたように思う。他に、自分と同じ相模原からいらした方とも親しくなった。美しい黒ラブのクロちゃんとニッキは実に楽しそうに駆けていた。彼女はブリーダーに繁殖犬として、狭いケージの中で3年間も閉じ込められていたところを「救出」された。そういう不幸な犬が一体どれだけいるのかと寒々しい思いに駆られクロちゃんを思い切り抱きしめたくなった。

 帰りに、ニッキのトレーナーの先生から出された宿題を片付けるために南町田のショッピングタウンにあるお店のテラス席でお茶を飲む。今日の疲れもあったのだろうが、静かに伏せて待っていた。犬可のお店の中でも紳士的に行動してくれて嬉しかった。少しずつ、ニッキは成長してくれている。もっともっとこちらもしっかりしなくては。

      激しく犬語(mpeg動画232kb)
      行かないで〜!(mpeg動画232kb)


2003年9月7日 (日)  イベント

イベント


 後期(U期)は日曜日の特別講座がぎっしり詰まっているので、休みになる日曜は月初の日曜日だけとなる。その日は子どもたちが公開模試を受けるため通常の授業はないからである。そんなわけで、本来ならば今日は貴重な休みとなる日曜日だったのだが、新生徒募集のための4年生のオープン授業を依頼され、教室に出向いた。

 今まで何度もオープン授業やテストアドバイザー(監督)を経験して気が付いたことがある。それは子どもたちの格好でも態度でもない。こちらが真摯に接すれば、子どもたちは必ず誠実に応えてくれる。その点では今も昔も大差ないと思う。それでは、何が気になるのか。本来であれば、苦痛事であるはずの塾の授業(勉強)に子どもたちが取り組む姿勢が非常に「前向き」なのである。もちろん、子どもたちに迎合するような「軟らかい」授業などできないから、こちらの意気に合わせてくれるという彼らの優しさもあるとは思うが、問題を解く時にも鉛筆を握り締めて一生懸命考えてくれている。その間は自分は机の間をゆっくりと回っているだけだ。これは一見すばらしいし、このように書くと塾の授業は楽しいんだよ、と自画自賛しているように取られる向きがあるかもしれないが、そうではない。実は非常に不安なのである。

 それは、彼らの学びの本籍たる学校の位置づけである。自分自身、数多くのことを学校で習った。集団生活のルールだけでなく、そこには当然、知識や考え方の面も含む。塾に行くことがあっても、それはあくまで「付け足し」の部分だった。今でも、学校こそ、主たる教育機関でなければならないと思っている。しかるに、今、塾の授業で、主語・述語の関係や指示語、接続語というものの概念を初めて理解するような子もいる。学校は「授業」という場でいったい誰を相手に何を行っているのだろう。5年生くらいになる頃から学校がつまらないという生徒が増えてくる。授業の内容も実際には非常に区々であるようだし、何よりも、生徒を大人に大して無前提に従うべきものという教師が増えているようである。だが、子どもといえども何か心服できる要素がなければ、心からその相手を尊敬することなどできない。生徒不在。これが一部の学校の一部の問題に過ぎないことを祈りたい。

2003年9月6日 (土)  クッキーさんのお手伝い

クッキーさんのお手伝い


 早起きして、午前に町田校で2コマ、ホームの相模原校で1コマの授業を終えてから家に戻った。よく働いた後は腹が減る。自分へのご褒美。今日は久しぶりに外食を楽しんだ。とは言っても、松屋の580円の定食だが…。いつもよりやや長めの留守番を無事にこなしたニッキも「あぁ、いい仕事をしたぜ」と言わんばかり、屋上に出て満ち足りた表情で排泄を済ませていた。その後、留守で受け取れなかった代引きの宅急便の受け取り、洗濯などを片付ける。そして、家のすぐ近くでこのところ行っていた電話工事の影響だろうか、今日の未明より回線にリンクできなくなったADSLの不具合をNTTに訴える。仕事に出る前から頭に引っ掛かっていたのだが、休日はサポート不能とのことで、休み明けの善処を待つことに。だが、そんなのんびりしたサポートで生き馬の目を抜くような通信事業に勝ち残れるのだろうか。何かあるといけないと思って通信回線を多重化したのがこんなときに役立ってもユーザとしては蔑ろにされているようで、あまり嬉しくない。いろいろあるが不満はここまで。

 さて、気分が明るくなる話。自分とニッキがいつもお世話になっているフードショップ、「クッキー」さんで、今年の11月3日にミニオフ会を開催することになった。発起人はウェルシュコーギー、クーちゃんのパパさん。自分同様、クッキーさんの熱烈なリピーターである。そして、そのオフに私もお手伝いさせていただくことになった。今日は、札幌のCさんに送るキリ番賞の買い物がてら、その第1回打ち合わせということで雑務が済んでからニッキと家を出た。いろいろと出そうな問題を話し合い、集合時間やイベントなどの枠組みを作るところまで進めることができた。メールで情報を交換することができる時代になっても、やはり、話題の辺縁部にこそ楽しさが潜む。人と人とが顔をつき合わせて話し合うというのがやはり真っ当なコミュニケーションであるように思う。メール交換だけでは、散歩に連れて行ってもらえないニッキも、クーちゃんの激しい好き好き!攻撃に当惑しながらも、大いに喜んでいた。

2003年9月5日 (金)  九州行きまであと1ヶ月+お知らせ

九州行きまであと1ヶ月+お知らせ


 ニッキとの九州旅行まで1ヶ月を切った。ずっと先のことだと夢のように漠然と捉えていた旅立ちが俄かに現実味を帯びてきた。仕事の方も後期が始まったばかりで、イベントだの会議だのあれやこれやでペースをつかむのにもう少し時間が欲しいところで、なかなかじっくりと九州行きの予定を立てることができない。とはいえ、旅行期間は1週間を超える。しっかりとした予定が立たないと、自分自身落ち着かないし、何よりも関係する方々に多大な迷惑をかけてしまうことになる。移動中は結構精神を消耗することもあるので、事前に準備できることはしておくに越したことはない。

 そういう事情の下、現在は訪問先の方々の予定などと摺り合わせつつ、日々、予定を微調整・増補している段階である。移動中にニッキの体調に変調が起きたときのためにも動物病院のリンクなども貼っていきたいと考えている。で、件の旅程表であるが、ホームページの左フレームのメインメニューから「さもえどのれん街」に入り、「サモイベント予定表」をクリックしていただくと、公開している10月予定表を見ていただけるようになっている。これをご覧になって、これみつが近くを通るな、この時間ならばニッキと会えそうだからメールを出してみよう(待ち伏せしてやろう)などと、いろいろと役立てていただければ幸いである。旅立ち前日まで予定が明確化・具体化する、進化する予定表を狙っている。そして旅行の経過とともに、ひとつの生きた履歴になるような工夫もしていきたいと思っている。

 あ、あと、このサモイベント予定表には、ここを訪れてくださる方々の愛犬・愛猫の誕生日やオフの開催予定などもじゃんじゃか掲載していきたいと思っている。載せてもいいよ、という方がいらっしゃったら、メールでも掲示板でも良いのでどんどん情報を送っていただきたい。以前にもマイクロソフトの予定表で似たようなことをやったけれこ、使い勝手が悪くてうまくいかなかった。今度のは使いやすいと思う。

2003年9月4日 (木)  マンネリとの闘い

マンネリとの闘い


 文章を書くこと自体にはそれほど抵抗がないのだが、2年近く日記を書いてくると、いつかどこかで書いたような内容に収まってくるような気がしてならない。内容を載せる文筋というものまでが陳腐に思えてくる。あ、これはお決まりのテンプレートではないか、と。書かなければならないという動機で書いた日記ほど、後から読んでつまらないものはない。

 もちろん、日々新たに事件は生起しているのだし、似たような日々の中に微妙な違いを見つけ出し、それを抉り出して花を咲かせてこそ本物の日記書きというものであろう(別に自分は日記書きなどではないが)。思えば、このHPでの日記以外に、半ば業務日誌のような事実中心の日記を付けてから10年以上になるのだが、そちらの方は生の事実が中心であるだけに、「にきにき日記」よりも固有な情報が含まれているような気がする。ということは、決して日々がのっぺらぼうの、金太郎飴的なものであるわけではないということになる。新鮮な素材が与えられても、それを似たようにしか料理できない当方の努力不足ないしは感性の鈍化にこそ原因があるのだろう。そして、それはニッキが一緒にいてくれることをいつの間にか「当たり前」と思っていることにも繋がっているような気がしてならない。当たり前の存在というものも、それはそれで良いものだと思う。もし、ニッキがあと30年くらい一緒にいてくれて、自分に万が一のことがあっても彼が自活してくれるのならば…。だが、ニッキと過ごせる物理的な時間は切ないほど短い。だとすれば、今、ニッキと一緒にいられることを感謝し、この時間を磨いていくべきではないか。ニッキの鼻の色、座り方、食事の仕方の変化等などにおいて、まだまだ記することは無数にある。ニッキに心を留め、ニッキが自分を思いやってくれる、その関係の記述こそがこの日記のバックボーンであったことをこうして非常に回りくどく、そして、日記を書いているその真っ最中に思い出すのである。ああ、何といい加減な日記だろう!

2003年9月3日 (水)  通常のリズムへ

通常のリズムへ


 今日は暑かった。真夏のようなというほどのものではないにしろ、ニッキに合わせて自分までもハッハッハッと舌を出したいような蒸し暑さだった。暑さが恋しいなどといいながら、タイミングを外して訪れてくる暑さに対してはやっぱり不平をこぼしたくもなる。

 夕方になってもまだ暑く、また休み明けということで、徐々にペースを作っていこうかとも考えた。だが、これはあくまで自分の都合である。生徒たちは心機一転、結構期初めに力を入れているものなのである。とりわけ、これから中学入試の追い込みにかかっていく6年生の後期の授業ではそうも言ってられない。スタートが肝心だろう。

 夏期明け最初の授業は、新たに担当になった5年生の選択講座クラスの面々を迎え、秋風のようにキリッとした雰囲気でスタートを切ることができた。こちらが気持ちを引き締めなくても、子ども達が結構集中している。率直に偉いものだと思う。講習時より10分だけ短い70分授業が非常に短く感じられた。

2003年9月2日 (火)  整理作業

整理作業


 今日は以前から気になっていた、ステンレス製のフリーラックの組換え作業を行った。これは頑丈で耐性もあり、見栄えも悪くないのだが、一度組み上げてしまうと棚板の位置を簡単に動かすことのできないという短所を持つ(最近はポールがH字型になっていて後からも棚の取り付け位置を簡単に調整できるセットや既存のラックに、後付けできる棚も登場している)。整理を始めた頃は、1基組み立てるのに、30分くらいかかっていただろうか。しかも組み立て上がったラックは棚の位置も使いづらく、ストッパー付きのキャスター位置など全く計算しないままに取り付けてしまっていた。それ以来、フリーラック以外のスチールラックも入れれば30基に近いだけの組み立て作業を行ってきた。組み立ては手際良く上手になったものの、一度組み上がったフリーラックの分解・再組み立ては結構面倒だというプレッシャーがかかり、先延ばしをしていた。ただ、いつまでも先延ばししているわけにはいかない。今日の午前、えいやっと気合いを込めて作業にかかった。ラックの分解の前に棚から荷物を下ろし、後で順序を崩さないようにきちんと並べておかなけらばならない。そういった事前作業というものも、大きな抵抗となっていたようである。だが、案ずるより生むが易し。5時間くらいの見込み時間をもって始めた作業は2時間弱で終わってしまった。組み立て作業を通して、分解のコツも会得していたようである。それ以外にも、一挙に作業行程を短くしようとして欲張った作業をできるだけ避けたことも効いたのかもしれない。たとえば、棚が組み上がって、たくさんの本を抱えたりすると、どさっとバラけて落ちてしまうが、そういう誘惑に負けなかった。たかが整理、されど整理である。人生の辛苦?はこんなちょっとした部分に成果となって顕れる。

2003年9月1日 (月)  クッキーちゃんと

クッキーちゃんと


 涼しい午前中にニッキの健康診断に出かけた。本日の待合室にはネコが目立った。ちょっと外に出かけた隙に子を孕んでしまったアメショーの子。この1週間くらい食欲がなくやせてしまった5歳になる子。人間の病院では、待合室にいる病人同士が相手の立場を気遣うのだろうが、動物病院では、体調を崩した動物だけでなく、飼い主さんとの関係というものにも思いが及ぶ。そこにはいろいろな悩みや不安があり、一定の決断がなされるまでには様々な心のドラマがあったはずなのだ。今でこそニッキは元気だが、この子にもやがて老いが訪れる。6年前、17歳のクマが突然痙攣を起こして倒れ、こちらで夜中に診ていただいたときの記憶が蘇った。彼女が逝ってしばらくは周囲の風景が無機的に見え、全てが味気なく思えた。その記憶が否応なくあれこれと想像させる。犬やネコと人間との繋がり、それはかけがえのないものでありながら、多くの点で共通の基礎を持つと思う。

 ニッキの体重は25.34kgとやや増えていた。少々運動不足が祟っているのかもしれない。涼しくなったらどんどん走らせてやりたい。心音、立ち幅等異常なしということで安心する。フィラリアのお薬を出していただいてからフードの注文のためクッキーさんに立ち寄る。今日の表番はクッキーちゃん。本当に久しぶりの面会でニッキはとっても嬉しそうだった。両者とも荒っぽい遊びの合間に随分落ち着きも出てきた。いつまでも子どもではないよ、ということなのだろう。