2003/10月分

2003年10月31日 (金)  筑後にっき総集編

筑後にっき総集編


 筑後にっき5(最終巻・岡山オフ編)アップしました!

 月が替わる前に、どうにか旅の画像の整理だけは終えることができました。飛び飛びに更新してきたので再度一挙にアップしておきます。いずれ時間を見つけ、多少の増補・再編集の上「さもえどのれん街」の「旅にっき」に収録する予定です。

アルバム
 筑後にっき1(相模より近江へ)
 筑後にっき2(近江より大和を経て播磨へ)
 筑後にっき3(播磨より讃岐を経て土佐へ)
 筑後にっき4(筑後編)

旅の動画
      安土登城
      琵琶湖休暇村にて
      ムク君と遊ぶ
      桂浜にて
      ジョン家の幸せ
      三木SAは暴風雨

2003年10月30日 (木)  忘れていた

忘れていた


 日記のネタに悩んでHPを彷徨っていた。毎日、何でも良ければ書いて書けないこともないのだが、やはりその日にぴったりの出来事、あるいはその時の新鮮な気持ちを書いていきたい。その日暮らしのような息絶え絶えの記録ではなくって、時が経って日記を読み返すとき、稚拙・陳腐な中身であってもそれ相応に、目の詰んだ年輪のような、その日の個性を見出せるような手応えが欲しいと思うのだ。

 そして、その日を彩る諸々の要素の一つは、どのようなHPを頻繁に訪れているかということに反映されていることが多い。たとえば最近であれば、サモエド関連のサイトは別として、長い旅から戻ったばかりということもあって、まだ訪れぬ土地をニッキと旅することを夢見つつ、キャンピングカーのサイトを1日に数度訪れている。そして、結構真剣に値段や諸経費などを調べたり、駐車スペースの余裕なんぞを考えたりしている。また、訪れた土地の近くにある分譲住宅のサイトを訪れて、ほぉ、ここは温泉権つきの分譲なのか…なんて感動しながら、仮想体験を楽しんでいる。もちろん、今すぐどうこうできるわけはないのだが、自由な心の在処をそうやって認識することはできるように思うのだ。そんなことを考えながら、自分のところのトップページに帰って来て、サモエド共和国の開国記念日を徒過していたことに気付いた。10月22日にこのサイトは2周年を迎えていたのだ。

 ということで、サモエド共和国万歳!

2003年10月29日 (水)  サークル清掃

サークル清掃


 南の風が朝から強く吹いていた。9月並の陽気だという。この風に背中を押され、このところの寒さで1日中干してもなかなか乾かずに生乾きのままでぶらさがっている洗濯物をもう一度洗って、盛大に干した。また、ニッキの留守番スペースの下敷きとなっているビニールも洗ったついでに、抜け毛やフードの食べ滓も徹底的に取り除く清掃作業も片付けてしまった。そこで過ごすニッキ以上に気分がリフレッシュされたのは自分の方ではないか。



2003年10月28日 (火)  献立

献立


      Dogcam(mpeg動画232kb)

 近頃のニッキの食事について。メインがナチュラルバランス。それにエボルブを加えて、糠を主成分とする酵素の粉末をふりかけ、ガーリックイーストというサプリを2錠。これが朝・夕共通。あとは夕食時に葉っぱ(キャベツの外皮など)や犬用クッキー、ジャーキーの細切れなどをトッピングしている。もっとも一度に綺麗に食べることはまれで、最後の方に残っているのはあまり嗜好性の高くないものだ。キャベツなんかには最初は興味を示すくせに、最後にきっちりと残っている。わけのわからない野草をこよなく愛するくせに、キャベツやレタスはそれほど食べない。不思議なものだ。あと、硬く焼き締めたクッキーもあまり好みではないらしい。だが、やつの残す物は葉っぱものは別として保存の利く食べ物なので、空腹時にはおやつ代わりに、あるいは食事の催促としてボリボリと食べている(画像参照)。



 普通はおやつの方がフードより好きな子が多いのだろうが、ニッキはメインのカリカリが好物のようである。人間だったらご飯があればおかずは要らないというタイプなのだろう。ほかほかご飯に、美味しい漬物と明太子でもあればそれでもう幸せという誰かに似ている。

2003年10月27日 (月)  しつけ教室

しつけ教室


      黒柴げん君(mpeg動画232kb)
      カマキリが行くよ(mpeg動画232kb)


 9月第2週と10月第2週の教室が雨で流れたため、久しぶりのしつけ教室となった。先生の連れて来るイチ君、預かりの黒柴の子、げん君。そしていつもの勉強仲間のコーギーのマリアちゃん、ゴールデンのマック君に加えて、今日からはチョコラブのチョコちゃんが参加。
     
               

 最初の20分は犬同士で思い切りリフレッシュしてからフセ、マテ、コイの練習。ニッキは根気がないのか、初めの方は長時間のマテも平気なのだが、後半になってくると文句を言ってから従うようになる。トレーニングの後半はツケの練習。マテをかけて、人間だけが先に行き、犬はその場で立ったまま待つ練習を数本繰り返す。ツケの位置を犬ははっきりと認識しにくいらしく、また、周囲は魅力のある匂いに満ち溢れているため、予定の進路を度々外れてしまう。ノーリードでのツケ練習への道のりは長そうだ。家の中では、トリーツに一定の関心を示すものの、外では一番好きなジャーキーも動機付けの役には立たない。家でできても、外でできなければ意味がない。結局はわかってくれたら誉める、という動作を繰り返すのが一番ということになるのだろう。毎回たくさんの課題を発見するが、次回までに処理できるのはそのうちのほんのわずかだ。

2003年10月26日 (日)  眠い…

眠い…


 今日は昼から町田まで出て志望校対策講座。頭も口も回ることには回ったのだが、火照りと同時に薄らと寒気がしていた。仕事が引けて空腹に耐えかねて、帰り道にあるマックでベーコンレタスバーガーを3個がつがつと詰め込んだのがいけなかったのか、家に着いて一息ついていたら知らない間にPCの目で船を漕いでいた。体の底から湧き上がる眠気に逆らえない。30分も寝ていなかったようだが、起きると周期的な頭痛がある。どうも風邪を引いたようなので早めに寝ることにした。健康のありがたさを感じる。

2003年10月25日 (土)  楽しかったけれど眠いかも

楽しかったけれど眠いかも


 早朝からの教室イベントの後、授業を行ってから答案のチェック。16時30分に教室を辞し、ダイエーで買い物をしてから家庭の雑事をこなす。母を橋本まで送り、18時過ぎになってやっと自由な体となった。車でクッキーさんに向かう。

 今日は前々から計画していた犬連れの食事会。人間の参加者は、クッキーのM川さんと娘さん、Qooパパさん、そして自分。愛犬は、クッキーさんからはゴールデンレトリバーのミルクちゃん、ウェルシュコーギーのQooちゃん、そしてニッキ。フードを買ってから19時20分に出発。途中、16号線が渋滞していたこともあり南町田のグランベリーモールに着いたのは20時過ぎ。お目当てのJOKERやDOGDEPTなどほとんどのお店が閉まっていたのはちょっと残念だったが、飲食店は結構遅くまで営業しており、ガーリックジョーズのテラス席で食事を楽しむことができた。前回来た時にはニッキは非常に落ち着いていたのだが、今回はミルクちゃん、Qooちゃんと両手に花状態なので、そわそわしている。繋がれたままの犬が吠えたり、自由ネコの訪問を受けたりで緊張していることがハッキリと伝わってきた。食事会では11月3日の打ち合わせをも兼ねていたのだが、めいめいが犬連れでなんとなく神経を使っていたこと、自分は半分頭が眠ったまま話していたことなどによるのだろう。オフ会の話はほとんど出ずに、「美味い美味い」と皿を平らげ、デザートを食べながら、いろんなことを談笑する会になってしまった。が、それだけでも、十分に意義のある楽しい夕べとなった。さて、明日もまた仕事だ。





2003年10月24日 (金)  秋晴れ

秋晴れ


      おお、まったり〜(mpeg動画232kb)

 誇張ではなく、実際に雲一つない秋晴れ。一番過ごしやすい季節。ラーメンが美味かった、空が綺麗だなどとぼやぼやしていると10月も終わってしまいそう。もっと1日1日を大事にしていかなくては…。でも、1日を大事にするってどういうことか考えてみるとなかなか難しい。ただ仕事をこなしていれば良いというものでもなさそうだ。ラーメンが美味かった、空が綺麗だと感じ入ることもやはり大切なことなのかも。

 この日、日付が変わったばかりのこと。前日のお母さんの誕生日に気遣うかのように虹の橋を渡ったあられちゃん、どうぞ安らかに。透き通る蒼空の下、あなたは今何を見ているのだろう。やはり、懐かしい我が家なのだろうね。底抜けの蒼空がさびしい。

2003年10月24日 (金)  健康診断受診祝 ※23日の記録です

健康診断受診祝<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※23日の記録です</FONT>


 別に、「健康です。何を食べても大丈夫です」と言われたわけでもないのだが、健康診断の数日前から脂とアルコールは控えていたこともあって、少しこってりした物を食べたくなり、仕事が引けてから生活習慣病気味の同僚2人と相模原ラーメンツアーに出かけた。今日回った1軒目の「キリン食堂」も2軒目の「支那そばの里」も醤油系だが、1軒目は丼の底が隠れてしまうほどの濃い醤油をベースにした強いスープで、スープをすするごとにぐいぐいと引き込んでいくタイプ。食べたすぐ後、顔がギトギトするのがわかる。続けて食べたくはないが、3日くらいすると妙に気持ちが引かれて、また食べに行きたくなってしまう。2軒目は淡白な正統派中華そばの系統で、スープはあくまで透明で、ちぢれ麺が綺麗に映える、毎日食べても飽きないようなタイプである。どちらも贔屓にしている店だが、お客さんが増えてもしっかりと味を守っているところに好感が持てる。技術の巧拙や年季の長短という要素だけでなく、工夫次第でその店らしさを競うことのできる(もちろん最低限の技術がなくてはお話にならない)ラーメンは身近で親しみの持てる食べ物だと思う。土地それぞれ、店それぞれで一直線上に評価できない魅力があるのもラーメンの魅力であろう。トンカツや羊羹ならまだしも、一番好きなラーメンはどこのですか?という質問ほど悩むものはない。そんな質問をラーメン好きはしないだろうが。

2003年10月23日 (木)  お知らせ

お知らせ


 筑後にっき(筑後編)アップしました。

筑後にっき最終巻(岡山オフ編)も今月中にリリースする予定です。お楽しみに〜。

2003年10月22日 (水)  サモエドといえども

サモエドといえども


 寒くなってくると、ニッキもフローリングに直に臥せるのでなく、長座布団の上やバリケンの中で体を横たえることが多くなってくる。寒さはとくに堪えないけれども、寝る時には体を冷やさないようにしたい、ということらしい。夜中や夜明け、屋上に出しっぱなしにしていても、独り遊びに飽きて、淋しいから入れろとは催促するものの、寒いから入れろとは催促しない(静かな時にこっそり見ると周囲の景色を見回している)。だが、今日仕事部屋で足元に敷く40cm四方のホットカーペットを使っていたら、ニッキが自分の足を押しのけるようにしてその上に臥せてしまった。サモエドなんだからそれは拙いんじゃない、と言いたかったのだが、あまりに気持ち良さそうに眠り始めたので、こちらが向きを変え、ホットカーペットをニッキに譲った。寒いのも好きだけれど暖かいのも好き、というのが当世のサモエドの流行りなんだろうか。冬になってもやつのために暖房を控えている自分がなんだか馬鹿みたいだ。

2003年10月21日 (火)  健康診断

健康診断


 午前中早めに家を出て勤務先の本部へ。健康診断に行ってきた。身長は1mm伸び、体重は約3kg減っていた。いつものように心電図や問診では異常なし。

 この1年間はできる限り酒量を減らし、油物を控えるようにしてきた。血中の中性脂肪や肝臓のγGDPの値など、去年「要診療」とされた数値がどれだけ回復しているだろうか。検査の結果の明るいことに期待したい。

2003年10月20日 (月)  美味しいフード!?

美味しいフード!?


 筑後にっき(播磨より讃岐を経て土佐へ)アップしました。

 今週は健康診断やら室生募集のイベントやらで自由に使える時間が少ない。溜まりつつある添削を週の前半に進めておかないとTimeOutになってしまう。本当は家の中の整理や旅の整理やお礼などまだまだしなければならないことが多いのだが、仕事に精を出さねばニッキも自分も食っていけない。返却予定日から逆算して、今日中にこなさなければならない分だけがんばってからニッキと横山公園まで散歩に出る。まさに散歩日和。うきうきとして自転車にまたがってしばらく走ってから外出用のビニールバックにセットしたウンチ袋を九州旅行中にほとんど使い果たしていたことを思い出した。こういう時に限って往路だけで2回もウンチをするニッキ。残りがちょうど2袋あったので何とか間に合ったが、出掛けに残りの枚数を確認しておかなかった自分のミスだった。



 帰りに、いつものようにクッキーさんに立ち寄る。今日はニッキのガールフレンド、クッキーちゃんもいたが、お店犬としてのトレーニングのため、表には出てこない。ニッキも切なさそうにしているが、彼女のスキルアップのためと思って我慢して欲しい。ニッキをお店のリードにつながせていただいて、雑談をしている時にお客さんがやって来た。フードの相談を聞くともなしに聞いていると、お店のS藤さんとお客さんの会話から、人間が食べても「香ばしくて美味しい」新発売のフードがあるという情報をキャッチした(お店のS藤さん、M川さんは犬の口に入るものはそうやってチェックしているのだろう。さすがはプロだ。でもジャーキーや骨ガムは無理だろう…)。いつもニッキが食べているフードのベジタブルタイプがそれだという。まだ、フードの備蓄はあるが、気になって買ってしまった。明日の健康診断が終わったらビールのつまみに食べてみたいと思う。美味しすぎても困るな。

2003年10月19日 (日)  地図を見ながら

地図を見ながら


 今回の旅で巡った場所を、様々な地図を使ってもう一度確認してみる。訪れる前の漠然としたイメージがたしかにあったのだが、それが綺麗に掻き消され、頭の中には地図と実際の風景ががっちりと結びつくようになった。天邪鬼なもので、そうなると実際にその土地を訪れる前に抱いたイメージがどのようなものだったのかを再現したくなってくるものだ。出発前には、もわもわっとした琵琶湖の湖岸イメージが、宇治・奈良周辺のイメージが、丸亀周辺のイメージが、そしてJさんの住む家のイメージがたしかにあったはずなのだが、それらは実像にすんなりと取って代わられ、以前の仮イメージは自分の許可を待たずに綺麗に回収されてしまったように跡形もなくなっている。もう少し絵心があれば、これから訪れる土地のイメージ図をHPにアップしてから、実際に土地に立った心象とのズレを楽しむなんてこともできるのだが…。

 だが、もし同じ場所をもう一度訪れたとすれば、また新しい発見があり、それに伴って新しいイメージの定着というものがあると思う。自分の住むこの街ですら、雨上がりの陽を受けながら自転車で走った時に、なんと美しい景色だろうと感じ入ったことがある。それからこの街の捉え方が微妙に変わったと思う。そして、それは単に視覚によって生成されるのではなく、味覚や匂い、そして人の優しさに触れたことなどで総合的にできあがっていくように思う。一度組み上がったイメージが、さらに磨かれて行くような旅をこれからも続けていきたい。

2003年10月18日 (土)  クッキーさんへ

クッキーさんへ


       マイク君、ただいま〜!

 今日は午前中から授業。手持ちの事務が増えていく前に片付けていかなくては後々大変なことになるので、少し馬力をかける。仕事が引けてから、九州旅行よりの帰着の挨拶にクッキーさんまで散歩に出かけた。今日はマイク君が表番。ニッキお目当てのクッキーちゃんは今日はお休み。お家で留守番だ。クッキーのママであるお店のS藤さんの近くにニッキが擦り寄って、「クッキーちゃんを出して!」と鋭い吠え声で要求するのが可笑しい。

 それにしても夜が早く、そして寒くなってきた。ニッキにとっては好ましい季節だが、自分にとっては朝が辛くなっていく季節でもある。

2003年10月17日 (金)  シャンプー

シャンプー


 筑後にっき(近江より大和を経て播磨へ)アップしました。

 旅から帰る日、念のためにニッキの健康診断を受けさせようと動物病院に立ち寄ったが、体育の日だったため休みだった。その後、旅の後始末などでバタバタしていたり、休診日だったりと、なかなかニッキを連れて行く機会がなかった。旅の整理も、新たに引き受けた仕事の処理も進んできたので、午前中、自転車で10分ほどの距離にあるよこやまだい動物病院へ。その後旅の汚れを落としにFootStampさんに寄ってシャンプー。

 街を走っているといろいろなものが目に飛び込む。すぐ近くのショッピングセンターの1階にあったマクドナルドが閉店し、大規模な撤去工事が行われていた。このマクドナルドは平成5年の開店だから、わずか10年しか続かなかったことになる。数ブロック先に行くとこれまた10年以上親しんだ中規模の「中村書店」も看板が外されて民主党の選挙事務所になっていた。無印良品が、UNIQLOが撤退し、かつては相模原随一の賑わいを見せた周辺地域が櫛の歯が抜けるようにどんどん淋しくなっていく。かと思えば、少し前まで犬の走れた原っぱを潰して突如として見慣れない生鮮食料品専門の大型スーパーが建設されていたりする。無秩序な環境の変化には、戸惑うばかりである。恐らくは、一体自分はどこに住む、いつの時代の人なんだろうというアイデンティティも固まらないままに、この世から消えていくのだろう。これが時代なんだといわれれば表面的には納得するが、やはり本質的に生き難い時代なのだと思う。

 ニッキの体重は900g減って24.8kgとなっていた。朝から2回も大きい方をしているから、実際はそれほどの目減りがないのかもしれないが、10日間に及ぶ西への旅が、ニッキにとって楽しくもありストレスでもあったのは事実だろう。ニッキに負担をかけずにどのように移動をしていくか、これは今後の課題である。今回の旅も、疲れと比例するように多様なミスが発生した。荷物の仕分けや、各種手続の円滑化。ミス防止のための様々な仕掛け…。犬連れの旅をするにあたって考慮すべき、改善すべき点はまだまだ多い。ピカピカニッキのシャンプーの香りを嗅ぎながら良いアイディアを練るとしよう。

2003年10月16日 (木)  冷え込む

冷え込む


     ゴロゴロゴロ〜、シャア〜ッ!

 岡山オフの暑さが嘘のように、関東に戻ってから寒い日が続く。遊びから仕事へ、気持ちを切り替えるにはちょうど良いかもしれない。

 旅装を解き、思い出の品々を整理しながら、まだ旅の記録もホームページの更新も進んでいないことを思う。実際に旅をしていた期間よりもその後の整理の方が時間がかかるものなのかもしれない。1週間ぶりに会った6年生たちは、自分の留守中もしっかりと勉強していてくれたようだった。公開模試の成績も全体的にまずまず。授業の集中力も涼しくなるに連れて深まってきたようだ。当分、地区の連合運動会などの行事が続くようだが、それも終われば頭は受験へと研ぎ澄まされていくことだろう。



 預かりっぱなしだったノートを丁寧に添削して返却した途端に、新しい過去問ノートを抱え込んでしまった。着手するまでに時間を取ることもあるが、一度ノートを広げ、子ども達の思考の過程を一緒に追いかけていく時間は楽しい。まだ、なんとなく旅行ボケ気味だが、大丈夫。きっちりと目を通して土曜日には返せると思う。

 旅行中のニッキも生き生きとしていたが、こうやって、我が家で寛いだ表情をとってのんびりしている姿もまたよいものである。ここはやつの家でもあるのだから、当然かもしれないが。

2003年10月15日 (水)  仕事へ

仕事へ


       旅は最高だったよ!

 筑後にっき(相模より近江へ)アップしました!

 車内およびケージの清掃等、旅の整理作業を進めながら、同時に今日からの授業に備える。溜まっていた新聞を2日分ごと目を通し、仕事の出掛けに、奈良で停止してしまった腕時計の電池交換を依頼し、通帳への記入を済ませる。わずか1週間の日常離脱だったのに、そのリズムに復帰するためには思いの外多くの手続を踏まなければならない。頭の中では日常からドロップアウトしたいと思いながら、それが観念だけで終わるカラクリがこの辺りにも潜んでいるように思う。面倒であり、退屈であっても、日常という匿名の時間に自らを適応させる安心感というものは人間が社会的生物と言われることの悲しい宿命なのだろう。

 職場でも、違和感なくスタッフや生徒に迎えられ、旅に出る前以上に元気な授業を行ってきた。自分の居場所というものが終生このような世界であるのかどうかわからないが、少なくとも、人間のいないところで、犬と共に時を過ごすことだけはなさそうである。明日のスケジュールを確認しながら、しばらくはまた、この地で堅実な生活をしていくことになる。

2003年10月14日 (火)  面白くもないが勝手知ったる我が家

面白くもないが勝手知ったる我が家


 さすがに自宅ではニッキも自分もよく眠る。まったく新鮮味も面白みもないというのが良いのだろう。昨日は3時に寝て、10時過ぎまで熟睡し、ぼんやりとした頭でお土産の仕分け、各種事務処理を済ませる。BBSへのレスとメールについては、少し落ち着いてから改めて書かないと大切な思いが抜け落ちそうで怖い。アルバムのアップと併せて、少しずつていねいにお礼を述べていこうと思う。旅の行く先でお世話になった方々と、さらに豊かな思いを交換できるようになれれば幸せである。

 旅先で撮影したミニ動画を、それぞれの日記の記事に対応させようとしたが、閲覧が煩雑になるので、ここにまとめてアップした。自分が今見ても楽しいものである。

      安土登城(mpeg動画232kb)
      琵琶湖休暇村にて(mpeg動画232kb)
      ムク君と遊ぶ(mpeg動画232kb)
      桂浜にて(mpeg動画232kb)
      ジョン家の幸せ(mpeg動画232kb)
      三木SAは暴風雨(mpeg動画232kb)


2003年10月13日 (月)  相模にっき

相模にっき<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※13日の記録です</FONT>


 途中、路面の状況と他車との距離に注意しながら、80km程度で巡航する。大阪、京都、滋賀、岐阜をパスして愛知県の上郷SAまで進む。状況が改善しないので、赤塚PAまで進み、ここでまたも仮眠。昨日から寝てばかり。車中泊は疲れを取りにくい。が、ここで30分ほど休んでおいたのが良かった。その後、天候は回復し青空が広がるようになってきた。だが、今度は新しい原因が発生。自分同様旅の疲れが出たのか、あるいは昨夜からの雨音によるストレスだろうか、走行中ケージの中で胃液を吐き、浜名湖SA近辺に差し掛かるころに、ワァワァワァゥという「ウンチがしたいよ」という要求吠えに悩まされることになった。こういうときに、こちらが動揺してはまずいだろう。耳に入るニッキの声を遮断して、安全に、そして少しでも早くSAに入ることだけを考えた。雨が上がって車が急に立ち寄ったためだろうか、駐車スペースは見つからない。やむを得ず、エリアの片隅に縦列駐車をしてニッキを下ろして園地に向かう。案の定、下痢だった。辛かっただろうによく我慢してくれたニッキを誉め、お尻を水洗いしてやってから(浜名湖にはホース付きの水道が上手い具合にあった。工事中だからか)SAを出た。

 牧之原SAに近づくとやはり例の要求鳴き。細切れに走るのもよくないと思い、ここで排泄を済ませてから長めの休憩を取る。幸い、ぐったりとはしていないので、医者を探す必要はないだろうが、犬と旅をする際には様々なことまで考慮に入れておかねばならないと痛感した。由比PAでフードを食べ、富士川SAに到着する頃には体調も良くなっているようだった。だが、今度は渋滞情報が目の前にちら付くようになる。そうだ、今日は連休の最終日だった。豪雨による事故渋滞と都心へ戻る車の増加により、もっとも悪いパターンに陥りかけているようだ。富士ICから山間の一般道を経て相模原に戻ろうと思ったが、ニッキが悪酔いするのを避けるため、御殿場から246で帰ることにした。松田から秦野に入って相当混んだけれど、伊勢原からは裏道を使い、19時過ぎには家に戻ることができた。今次の旅行の走行距離は2881km。玄関を開くと小太郎が「淋しかったよ」とばかりにニッキの胸に飛び付いてきた。ニッキを屋上に放し、整理作業を進めているうちに、あっという間に日付が尽きてしまった。それだけ長い旅をしてきたのだ。受けた思いやりもお土産の分以上に大きかった。

2003年10月13日 (月)  雨雲紀行

雨雲紀行<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※13日の記録です</FONT>


    浜名湖SAで会った秋田の女の子

 室津を出て、9時前に竜野ICから山陽自動車道に乗ってすぐ、猛烈な睡魔が押し寄せてきた。今までは何とか頭が体を叱咤して起こしていたが、その頭自体がやわになってきたのだろう。最初にある休息施設、権現湖PAでの休憩も考えたが、誰もいなかったらそれも淋しい。なんとか頑張って設備の充実した高速上の「街」三木SAまで頑張る。ニッキの散歩をしてから運転席に座ると、コンタクトも外さずにこのまま寝てしまいたいというくらい眠たくなってきた。ただ、目が腫れると後の運転に差し支えるので、それだけは外し、寝袋は使わずにリクライニングを倒した状態にした途端、落ちてしまった。

 それからどれだけ寝たのだろう。何かを弾くような音と車が揺さぶられるような感触で目が覚めた。いつの間にか強い風雨に包まれていた。後ろを振り返るとニッキは寝入っている。時計は2時を少し回っていた。雨をやり過ごすことに決め、6時過ぎまで眠り続けた。だが、7時になっても風雨は止まない。むしろ強くなっている。このまま高速が通行不能になっては面倒と思い、豪雨の中を東に向かうことにした。

2003年10月12日 (日)  また来る日まで

また来る日まで<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※12日の記録です</FONT>


夢さん家近くからアフロディアと鳴門大橋を望む

 10時過ぎより始まったオフも、自己紹介、ゲームなどをしている間に終わりに近づく。サモエド以外の犬種もたくさん遊びに来てくれたが、犬種を問わず、どの子もみな魅力的でしっかりとしつけが入っており、そして何よりも家族の一員として愛されて育っているのを見るのは心温まる。もともと立場も年齢もまったく異なるこれだけ多くの方々が、犬という共通項だけで何の壁も境界もなく話すことができる。芸風も宗匠もありえないとはいえ、昔の茶席のように、社会的な鎧を取り払って人と犬との関係に醇化されるような身軽さがこうしたオフ会の大いなる意義だと思う。

 今日のように暑い日には、脱水症状気味に陥りやすく、頭が痛くなることが多いのだが、Dさんの設営した給水(飲料)コーナーのお蔭で事なきを得た。ニッキにも水をたっぷり飲ませてから、お世話になったJさん一家と別れる。旅路での別れというのはいつでも淋しいものである。ガソリン残量少なしのインジケーターランプに脅かされ、牛窓のスタンドで満タンにしてから、奈良のPさんと共にYさん一家の誘導で東へと向かう。相生駅のビジネスホテルの1階でお茶を飲んでから岐阜のBさん、奈良のPさんと別れ、日が暮れようとする海岸道路を室津のYさん邸へ。Yさんのご主人が曳くムク君とニッキを並ばせて7日も訪れた海の見える公園へ。兄弟のように歩く姿は微笑ましい。ご主人と世間話をしながら星の美しい夜道を歩いていると、旅の疲れも癒され、度々訪れるこの室津の街に住んでみたいような気にもなる。室内から漏れる灯りが幸せそうに目に映る、過疎化対策として立てられた豪華な町営住宅の脇を通り、Yさん邸へと戻る。

 ニッキをケージに収容し、フードと水を与えてからご一家と近くにあるペンション「アフロディア」へ。緩やかに海岸に下る途中にあるため、今まで何の建物だかわからなかったが、瀟洒なレストランも持っている。美味しい魚料理と肉料理をご馳走になり、8時30分、冴えた月空の下ニッキを載せた愛車は帰路に就く。お世話になった方々にありがとう!という気持ちをどれだけ伝えることができたか、やや心許なさを伴いながら。

2003年10月12日 (日)  岡山オフ!

岡山オフ!<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※12日の記録です</FONT>


 関東・近畿地方は前の晩から強い雨となるところが多く、今日のオフが無事開催されるかどうか気になっていた。宿泊した牛窓町は岡山が近いせいか、通信環境も良かったこともあり、昨晩から数時間置きに天気の概況をチェックしていた。

 朝、室内では排泄をしないニッキとペンションの外に出て空を見ると、雲は多いものの、オフの間はなんとか持ちそうな様子だった。焼きたてのパンで朝食を取り、9時過ぎにチェックアウトを済ませ、本日のオフ会場であるペンション「ラハイナ」のドッグランへ。昨日下調べしたところによれば、我々の宿である「モッキングバード」から車で10分くらいと踏んでいたのだが、1分で着いてしまった。ほとんど隣といっても良い距離だったのだ。Jさんのお父さんが宿の方にちょっと聞いてくださってよかった。9時30分頃から白いふわふわの塊を載せた大型車が続々と押し寄せる。関東にも度々お越しになる幹事のGさんとはすでに、5日の夕方にお会いしているが、すでに到着し、受付手続に着手している。車のナンバーは近畿から中国・四国一帯が多い。関東勢は東京のLさんと神奈川からの自分たちだけ。そして九州から同道したJさんのお手伝いをしながら出席確認を進める。

 さて、心配していた雨の方だが降る気配はまったくなくなり、今度はじわじわと暑くなってきた。真夏といっても良い温度だ。暑さに弱い犬種の代表と言われるサモエドたちは、しかし、温度なんて関係ないかのように、楽しくドッグラン内を移動していた。ケンカになりやすい♂サモの飼い主さんはしっかりとリードを握っているが、子サモや♀サモはフリーの子が多い。崖になっているようなところを駆け、じゃれあっているのを見ることほど幸せなことはない。オフ開始後数分で、日除けテントの設営、犬の水場の設置、人間の飲み物の補給をさながら自衛隊の構築作業のようにこなしていく下関のDさんご夫妻の手際の良さと暑さを見越したような準備の周到さにはただただ、舌を巻くばかりだった。手伝うにも出番のないバツの悪さを感じながらも良く冷えた缶ジュースを何本もいただいた。

2003年10月11日 (土)  筑後を後にして

筑後を後にして


       向こうに見えるのは本州

 朝6時30分に起きてJさんの家の周囲をニッキと散歩。普段の生活リズムよりもずっと健康的な生活をしているように思う。美味しいラーメン屋さんもあることだし、郊外型のショッピングセンターも完備している。いっそのこと甘木に住み着いてしまおうかと10%くらいは本気で思ってしまう。仮の住処となったニッキのケージを折り畳み、腰を入れてフローリングを拭く。ニッキを置いていただいて、美しいメープルの床の傷を増やしてしまったのではなかろうか。荷物を車に運ぶためにJ家の前を何回も往復する時、幸せがずっとこのクリーム色の家に留まるようなそんな感じがした。岡山オフにはJ家のご家族と岐阜からいらしたBさんとご一緒に参加する。気持ち9時に出発ということにして、10時に出発しましょう、と昨日約束した通りに、ネットの画像で見慣れたJ家の前のけやき通りのENEOSでガソリンを満タンにしてから10時ジャストに甘木を出る。ニッキのマーキングの最西端記録は出発前にご挨拶に伺った隣家から戻る途中の路上となった。ニッキ訪問の証拠をしっかりと残し、車はそれ以上西への前進をすることなしに、東方へと引き返す。古賀SAで朝食を取り、めかりPAでは来た時と逆の方向から関門海峡を眺める。あまりちょくちょく止まると帰って疲れるということもあり、その後は下松SA、宮島SA、福山SA、吉備SAと50kmから100km程度の感覚で休憩を取るに止める。ニッキと共に、オフの参加犬となるケアンテリアのチョコちゃん、ニッキの弟であるハク君は、SAでの小散歩の度に犬好きの人たちに取り囲まれる。往路と異なり、Bさんが助手席に座ってくれているので、眠気や疲れが格段に少ない。吉備SAを出た辺りで夜の帳が下り、19時過ぎに本日の宿泊地岡山牛窓の「モッキングバード」に到着する頃には真っ暗になってしまった。夕食を取り、本日の整理を済ませてからJさんとBさんにニッキの子守りを頼んで湯船に浸かった。明日はオフの後、Yさんの住む室津に立ち寄り、関東へと戻る。


2003年10月10日 (金)  筑後にっき(3)

筑後にっき(3)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※10日の記録です</FONT>


 車は甘木川を渡って、J家に向かう。時計は19時。時間があっという間に過ぎる。ニッキに留守番をお願いしてから今度は原鶴温泉に連れて行っていただく。途中、お土産屋さんに立ち寄り、小高い丘の上にある入浴施設へ。甘木の夜景の清らかさに心を打たれ、デジカメに風景の一部を収める。普段ならば15分程度で上がるお風呂に50分近く滞留してしまった。やはり、旅先の露天風呂、それも独り占めとなると簡単に上がってなんていられない。

 一度J家に戻り、メール交換やBBSで一度行ってみたいと前々から伝えていたラーメン屋さん、「宝来軒」に連れていっていただく。とんこつラーメンなのだが、お店の前はまったく臭くない。スープの色こそ白濁しているものの、スッキリとしてくどさが全くない。単純に淡白というのではなく、しっかりとしたスープの個性を舌が引き受けているのがわかる。徹底した血抜きというのがその秘訣らしいが、普段は無口だという親爺さんの愛情が思われる熱いトークはなかなかに感動的だった。お腹がいっぱいになり、J家に戻ると、もう頭は回っていなかったようだ。リビングでサモエドのビデオを皆で見ているうちに、寝てしまっていた。Jご夫妻に感謝しながら、ニッキと一緒にベッドに戻り、すぐに眠りの世界に落ちた。

2003年10月10日 (金)  筑後にっき(2)

筑後にっき(2)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※10日の記録です</FONT>


 Jさんの家に戻って、荷物の整理とニッキの相手をしてから、Jさんご夫婦とBさん、そしてチョコちゃんとニッキと一緒にJさん一家の車に乗り込む。J家の車は我が愛車とは色違いの同じ車種。Tさんからいただいたサモエドステッカーも同じ。不思議な親近感が湧く。まず、連れて行っていただいたのは陶芸の町、小石原。甘木の町から杷木という町に入り、そこからは山道になる。昔の九州の姿が見えてくる。小一時間で小石原の道の駅に到着。早速ニッキは観光客に囲まれ、自分は犬のガイドを務める。もちろん、自分が人気者になっているとは思っていないが、気分は悪くない。九州らしく、日差しは強いが風は冷たく気持ちが良い。ここでJさんに、素敵な紺色のビアマグカップをプレゼントしていただく。お気に入りのカップを揃えたら楽しいだろうな…と思いながら、我が家の整理未だし、ということが頭を過ぎる。旅先で野暮なことだ。


       ニッキは子どもも大好き

 ビールを補給したご主人に代わって、ここからはJさんがハンドルを握る。国道500号という、川に沿ったジェットコースターのような道を下り、九州の小京都と言われる城下町、秋月の町へ。小京都というには規模は小さいかもしれないが、凛とした素朴な佇まいが好ましい。町並みをニッキと歩いていると、ここでも多くの観光客に囲まれた。サモエドの説明もだんだんと滑らかに、反射的になるが、中にはサモエドという犬種をご存知の方もいらっしゃると嬉しいものだ。美味しい葛餅を食べてから秋月を出て甘木のキリンビールの工場へ。1000万本のコスモスが咲き競う広場は見物である。ここでは主に、子ども連れの家族に囲まれて、ニッキはモデル犬を務めることとなった。残念ながら、作りたてのビールは時間切れで飲めなかったけれど、それ以上に豊かな気持ちになれた。

2003年10月10日 (金)  筑後にっき(1)

筑後にっき(1)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※10日の記録です</FONT>


 早朝にJさんのお宅の周囲をニッキと散歩。リビングで過ごしている現在シーズン中の怜衣ちゃんの匂いが気になるのか、寝ている間にもニッキの寝息がいつもより荒いような気がする。リフレッシュを兼ねてJさんの家の前に広がる、刈り入れが終わり、水を抜いた田地でニッキと走る。Jさんの入れてくださった熱いコーヒーを啜りながら、数日分の日記をアップしながら、まだまだ木目の粗いニッキ連れの旅行の不備を反省する。心身の状態、時間の切迫度、環境の常時との隔たりなどとの相関を考えながら、他方で、旅を楽しめるだけの、心が自由でいられる状態を増やしていかなくてはと思った。

 10時過ぎに、Jさんのご案内で甘木の市街へ。今回は長期の旅なので、旅に必要な物は当初より途中で補充する予定だった。郵便局でお金を下ろし、ドラッグストアで葛根湯とコンタクトのケア用品を求める。甘木の町並みも、自分の住む相模原同様大きなバイパス沿いに大型店舗が展開している。車を走らせていると隣のブロックはうちのすぐ近くなのではないかという錯覚に陥ってしまう。

2003年10月9日 (木)  長門にっき

長門にっき<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※9日の記録です</FONT>


 尾道から入った山陽道はそこから先が非常に長かった。広島を過ぎ、宮島SAに入ったのが15時30分過ぎ。そして、そこで16時まで小休止してからサモ友のDさんと待ち合わせた壇之浦PAまでにさらに1時間30分。思ったよりアップダウンのある道を平均速度105kmで巡航する。関門海峡を見下ろす壇之浦PAに到着する頃には大きな月が顔を出す夕刻となっていた。Dさんとお母さんと挨拶を交わし、3回チャンピオンになったサモエド、ダルク君とニッキを会わせる。顔つきはニッキとも似ているがもう少しマズルが太く、風格と威厳がある。近頃威張りん坊になってきたニッキからガウガウすることもあったが、仲良くなれそうな距離感である。Dさんも跡から甘木のJさんのお宅にいらっしゃるという。壇之浦PAを出て、車での初訪問となる九州入りを果たす。九州自動車道は照明がなくて暗いけれど走りやすく、到着予定時刻の19時30分少し過ぎに甘木のJさん宅に入ることができた。いろいろと始末をつけなければならない事務を頭の中で復誦してから心機一転。温かく出迎えていただいたJさんご一家に元気に挨拶をした。

 Jさん一家は幸せを絵に描いたような素晴らしい家族。そして、家族として一緒に暮らす犬たちも犬種は違っても一家のように生活する。MIXの望叶(モカ)ちゃんを筆頭に、その息子犬のジョン君、ケアンテリアの千代胡(チョコ)ちゃん、サモエドの怜衣ちゃん、珀(ハク)君が暮らす。あと1頭、サモエドの沙羅(シャラ)ちゃんというニッキの妹がいたのだが、昨年の夏、突然の体調不良により悲しくも星になってしまった。今回の旅の動機もシャラちゃんへの思いによるところが大きい。岐阜からいらしたBさんとご家族を交え、夕食は賑やかで楽しかった。肉厚の馬刺、奥さん(Jさんだよ)の手になる筑前煮(がめ煮)は絶品だった。各地の雑煮の話などをしているうちに楽しい夜は更けていった。

2003年10月8日 (水)  しまなみにっき

しまなみにっき<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※9日の記録です</FONT>


 Hさん宅の2階で寝ていると遠くから犬の吠える声が聞こえてくる。隣接する犬舎に住む犬たちの声だ。携帯を見ると時間は6時32分。Hさんは早起きだ。ニッキにリードを付け、自分も犬舎へと向かう。サモエド3頭を含む犬たちが朝の運動をしている。犬舎の柵内にニッキを入れてもらい、お母さんのモロと面会。モロ母さんは今年のお産でまだ十分に毛が生えそろっていないけれど、相変わらずの優しい美しい表情でニッキを迎えてくれる。Hさんの定期散歩コースにニッキと付き合い、お子さんを学校・保育園に送り出してからHさん宅を出発する。ご一緒に「RERAX」に向かい、朝のコーヒーをご馳走になる。見ているだけで楽しい犬グッズを数点買い足し、Hさんご夫妻に別れを告げて9時過ぎにお店を出る。今日の目的地は最終目的地の福岡県甘木である。天気は本日も良好だが、サモエド連れにはやや暑く感じる。南国市内にある去年も使ったガソリンスタンドで給油を済ませ、高知道から川之江を経て、松山方面へ。瀬戸大橋経由の方がやや時間も短く、通行料金も安いのだが、同じ道を引き返すのも芸がない。しまなみ海道と言われる今治から尾道を目指すコースを選んだ。10時過ぎに松山道の出口に近い石鎚山SAに到着。通信手段の復旧などで1時間を費やしてしまう。しまなみ海道に入って、先を急ごうと思ったのだが、来島PAの景色が素晴らしいので、荷物の整理を兼ねてつい長居をしてしまった。荷物チェックをしていると持ち出し荷物がそれほど多くないのに、物の所在が無秩序になってくる。長旅に備えて整理しておかないと、ストレスが結構たまってしまう。所在不明になった小物が数点。あまり思い悩まず、次回への課題として反省し、来島海峡の海風を深呼吸する。

2003年10月8日 (水)  新土佐にっき(3)

新土佐にっき(3)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※8日の記録です</FONT>


 17時にRさん、息子さんの優人君、直人君と別れを告げ、ニッキの実家のある高知市のHさん宅へと向かう。途中、今年オープンしたばかりのHさんの経営するドッグカフェ「RELAX」に立ち寄る。モデルさんのように美しい奥さんが切り盛りするお店はオレンジと白を基調にした、高級ブティックのような雰囲気。ニッキが入っていくと1年ぶりの再会を喜んでくれた。ニッキも実家の(人間の)お母さんの記憶は残っているようにも見える。ややあってご主人もお店にいらっしゃる。サモエドの笑顔の印刷されたブリキ缶に入ったトリーツを求めてから、高知の繁華街に連れて行っていただく。「梅丸」という目抜き通りにあるお店に、Hご夫妻の犬仲間が続々と集まってくる。ビールで喉の渇きを癒し、新鮮なお刺身と、お店名物の天津飯でお腹がいっぱいになる。普段に比べて1日にいろいろなできごとが凝縮される。良いことも困ったことも一切合財一緒になって一つしかない旅のテイストを作り出すのである。


2003年10月8日 (水)  新土佐にっき(2)

新土佐にっき(2)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※8日の記録です</FONT>


 波打ち際にニッキの足跡を残そうとして波で濡れて固まったところを歩いていたら、崩れた波が平たくなって、予想していたよりも大きく速くこちら側に伸びてきた。この時、方向転換をしていれば、良かったなと今は思うのだが、後ろ向きでも何とか足が濡れないで済むところまで逃げられるだろうと踏んだのがいけなかった。無様にも、「お約束」のように波打ち際で後ろ向きに転んでしまった。靴が水浸しになってしまったのはもうやむを得ないとして、紛失防止のためにカーゴパンツの膝の上のポケットにしまってあった携帯とジャケットのポケットに入れてあったデジカメの緊急レスキューが咄嗟に閃いた。幸いデジカメは首タオルで水滴を拭き取って無事を確認。デジカメよりも多分被害が少ないだろうと思った携帯は…。死んでしまった(合掌)。旅の目と耳の役割を果たす携帯の機能不全は連絡の途絶を意味するだけに、己の粗忽さへの反省(これは、それほどなかったと思う)や買って間もない端末であるということの思い(これは少しあったかな)以上に、連絡不能の状況に不安感を得た。未練がましく、電源を入れようとするが、普段点灯しない赤ランプが異常を知らせ、次第に端末が熱を持ってくる。Rさんにごちそうしていただいた、素朴な味のアイスクリンを口にしながら、太平洋の雄大さとニッキの心地よさそうな姿を眺め、他方では通信手段の復旧という善後策を考えている自分をもう一人の自分が眺めていた。

 とにかく動かなければ事態は解決しない。桂浜を離れ、南国市のドコモショップへ向かうことにする。Rさんの記憶とナビに手助けされ、閉店前に端末を手に入れることができた。お店の人にも非常にお世話になり、これで通信不能の状況からは逃れられたと思ってホッとした。アクシデントはもちろんない方が良いが、旅先でそれが起きた時にはどうすればよいかということを学ぶ良い経験にはなったと思う。ブルーにならず、それもまた旅のシナリオと思って、その時点で淡々ともっとも良いと思う手段を実行に移せばよいのである。そして、後悔という非生産的な思いは捨て去るべきである。前向きで明るいRさんには精神的にずいぶんと励まされた。アイスクリン売り場の人の笑顔も良かった。


2003年10月8日 (水)  新土佐にっき(1)

新土佐にっき(1)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※8日の記録です</FONT>


 就寝は1時を過ぎていたが、夜明けに目が覚める。未だ十分にテストを経ていない携帯の画面は5時26分を指していた。24時間入れるお風呂に浸かり、ぬるめのお湯で体を温める。ニッキは静かに留守番をしてくれるのが嬉しい。お散歩セットをデイパックに詰めてニッキと外へ。山際と空の境界が漸く判別できるようになった。車からデジカメを持ち出し、屋島の夜景をバックにニッキの写真を収める。宿に戻ってもうひと寝入りしようかと思ったが、結局瀬戸内の風景を眺めている間に朝食となった。



 朝食前の散歩を済ませ、ニッキを伴い、広間へ。讃岐うどんが朝食に付くのはさすがに土地柄か。ニッキは非常にジェントルに臥せの態勢を維持している。和室にサモエドも良いものだ。宿のご主人夫婦に温かく見送られて、本日の目的地高知を目指す。まだできたばかりの、ナビの認識しない高松東ICから高知郊外の南国ICまで順調に飛ばす。途中、ニッキのための2回のおしっこ休憩をはさんで、13時過ぎに、南国にお住まいのRさん宅を訪問。去年一度訪れているので今回は迷わずに到着できた。白いポロシャツの眩しいRさんがこぼれるような笑顔で出迎えてくださる。サモエドを見てみたいというお隣の方に、ニッキは大歓迎され、何枚も写真に収まっていた。Rさんのお宅の近所を散歩してから、桂浜へと向かう。前回は高知に来ながら、街や海の方には出られなかったので、今回こそは、とねらっていた。Rさんに助手席に乗っていただき、海沿いを目的地へと向かう。広く整備された道と曲がりくねった農道のような道が組み合わさっていて、独特の風景を醸し出す。ジェットコースターのような迫力のある浦戸大橋を渡り、14時過ぎ桂浜に到着。あの有名な龍馬像への階段を上ると、太平洋の潮騒が聞こえてくる。生憎、逆行で正面からの記念写真はうまく撮れなかったけれど、バスのツァー客にニッキは囲まれてご満悦だった。Rさんと浜へ。優しい瀬戸内の海を見慣れた目に、雄々しい太平洋の姿は新鮮だった。


2003年10月7日 (火)  讃岐にっき(4)

讃岐にっき(4)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


     屋島山上から高松市外を眺める

 巨大な跳び箱をもう少し平たくしたような形の屋島の麓には結構早く到着したのだが、細い道を迷走しているうちに、山を登る有料道路を使わなければいけないことに気づき、宿への到着は高松中央ICを下りた1時間後になってしまった。宿ではニッキの姿にもギョッとせず、大らかに迎え入れてくださった。ニッキも静かにしてくれ、自分が食事を取っている時も傍らで優雅に臥せっていてくれた。女将さんにも大層誉めていただき、ニッキのことを良く知る人が聞いたら脇腹を突付かれるだろうなと思ってヘラヘラしていた。旅の極意は昼間愛犬を思いっきり遊ばせて疲れさせることにあり、だね。別の客室を食堂として使い、そこにもニッキの同伴が認められたので、気分は部屋食である。一人で座椅子に腰掛けて食べなれないほどのご馳走をいただくのも素敵だが、慣れていないので落ち着かないということもある。

 夕食を取ってから、すぐ近くの広い駐車場にニッキを連れて向かう。本日最後のお客様、多度津にお住まいのサモ飼いSさんである。出産時の異変により一時は命の危ぶまれたレディちゃんと再会できる。夜風の涼しい、だだっぴろい駐車場の前でSご夫妻と挨拶を交わし、レディちゃんに抱きつかせてもらう。よかったね〜と言ったら鼻の下を舐めてくれた。レディちゃんが大好きなニッキは彼女の耳の中をマズルで小突き回すようにするので、「ガウッ」と、ちょっと怒られてしまった。1時間弱の心温まる再会に、四国に渡って良かったと感極まった。宿に戻り、お泊り模範生となってもらうべく、ケージの中にニッキを入れて大浴場に行って来た。さびしいコールが聞こえないか、5分くらい耳を欹てていたが、静かなようなので安心してお湯に浸かってきた。夜景がやけに綺麗だ、とメールで九州のサモ友に送ろうかなと思いながら眺めていたら、大きなクシャミが出た。窓を閉め、葛根湯を飲んで寝ることに決めた。携帯の時計が日付が変わったことを知らせる。今日は高知を目指す。

2003年10月7日 (火)  讃岐にっき(3)

讃岐にっき(3)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


 時計は15時を回り、日も低くなってきた。Cさんがりきまる君と遊ぶ河川敷へ。丸亀方面に15分くらい逆行するような形で到着したのが「土器川自然公園」。CさんのHPの画像で見た風景がそこにちゃんと在った。讃岐富士も真正面にもちろん、ある。リードを外されたりきまる君は我が天下とばかり縦横無尽に駆け巡る。ニッキもロングリードを付けてりきまる君に名所案内をしてもらっているよう。丸亀の時よりもずっと親しくなれたようだ。CさんのHPやBBSの登場人物、動物にも会えた。本日は自分とニッキがCさんワールドの友情出演俳優のはずだ。犬連れの一人旅を快諾してくださった高松屋島の和風旅館に予定した時刻に到着したいということもあって、16時41分、りきまる君、そしてニッキのガールフレンドにもなってくれた、賢げな目のモモちゃんに別れを告げる。ご接待の国讃岐、ということが関係しているのかどうかは定かではないが、初対面の方にまで、旅の安全を祈っていただくことは心に染み入るほど、嬉しい。泣きたいほどにさえなる。人と人のつながりの形が純粋で強固なのがこの香川という地なのだろう。また必ず来ます! それを空虚な約束にはしたくない。また、ご迷惑をかけに必ず現れてしまうだろう。よろしくね。

 できていないはずの高松自動車道の延伸区間を???と判断するナビを尻目に本日の目的地、屋島との距離がぐんぐんと近づいていく。到着予定時刻が当初の17時46分から10分単位でごっそりと減っていく。目覚しい勢いで四国も高速道路が張り巡らされるのだろう。唯一の文句は、ETCの普及について四国および瀬戸大橋区間は遅れており、料金所ごとの扱いが区々なことだろうか。一般道も幹線は走りやすい。

2003年10月7日 (火)  讃岐にっき(2)

讃岐にっき(2)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


 丸亀を後に、今度はCさんお勧めの讃岐うどん屋に向かう。駐車場の窓口で精算をしようとしたところ、窓口の収受員の方と3分ほど犬談義に花を咲かせてしまった。ニッキのことを実に落ち着いた綺麗な犬だと誉めていただいた、ということもあるのだが、彼が相模原という町を知っていたことが嬉しかったのだ。お待たせしたCさんの車の後をぴったりと着いて行く。助手席のりきまる君のシルエットが信号待ちごとに浮かび上がるのは影絵を観ているようで楽しい。Cさんと楽しい会話がなされていることが想像される。20分ほど南西の方向に向かったのだろう。綾歌郡という美しい名前の地域を走る。Cさんに連れて行っていただいたのは、しっかりと地元に根付いた佇まいのお店だった。自分が幼少時をすごした菊名であれば差し詰め「おがさや」というところだろうか(そんなことどうでもいいね)。途中、ガソリンスタンドではなくうどん屋で、「セルフ」という文字が目に飛び込んできたが、当地ではセルフがあたりまえらしい。Cさんの宜しき指導を得て、うどんの注文の仕方、湯がき方、手首の返しなどを学ぶ。各種天麩羅を欲張って乗せて、これみつスペシャルを作る。茹であがってから時間が経ってしまった麺だったようで、麺の腰は関東のそれと変わらなかったが、揚げ物の香ばしさと出汁の健康的な色合いと味の深さはさすがうどんの本場と思わせた。Cさんの秘蔵のお店が他にもあるらしいが、なんと13時30分クローズとのこと。商売よりうどん道なのだろう讃岐っ子は…。うどんで満腹になって幸せな気分になっていると家族のことを考えた。いい大人だしひもじい思いはしていないだろうが、自分だけ贅沢していてはバチがあたる。以前、多度津のサモ飼いの方に送っていただいた醤油豆を買っていくことにした。なくてもやり過ごせるが、一度食べると数日でなくなってしまう嗜好性のある不思議な豆なのである。甘い豆と塩い豆のちょうど中間のような珍しい味だ。

2003年10月7日 (火)  讃岐にっき(1)

讃岐にっき(1)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


 瀬戸大橋を渡って、2つ目のICで下りてから15分ほどで丸亀城に到着。Cさんがいないかと城の周りをひと回りする。Cさんは丸亀城周辺の路駐ポイントも知り尽くしている。が、頼みのCさんを発見できないので、念のため近傍の駐車場を探すこととした。大手門から徒歩3分くらい、1時間200円の屋内駐車場。これなら満足である。空いていて入り口のすぐ近くに車を休める。城を仰ぎ見ながら大手門をくぐって、Cさんにメールを出そうとすると、Cさんが駆けて来た。黒いりきまる君が一緒なのですぐにわかった。向こうも私ではなしに、ニッキが目印になったという。和装に身を包むCさんの画像に親しんでいるため、今日もまた無意識のうちに和服の方を探していた。場内で下手糞なトランペットの練習が聞こえる。石垣の上の方が音の発信源らしい。顔を見られず、音だけをばら撒くには城内は格好の練習場所であろう。そういえばキカイダー01はこんなところから登場したっけ…。そのペットの音にりきまる君は頗る弱い。花火、幟の音に弱いニッキはこのタイプは平気である。緊張状態のりきまる君の前にニッキが鼻面を近づけると、う〜っと唸られた。ムク君に対するのとは違って、ニッキもすっと諦める。急な坂を登っていくと額に汗が滲む。Cさんの出身高校は御濠のすぐ近くとのことで、マラソンコースにこの城内が指定されていたそうである。夏などは拷問に近いなぁ、と話しているうちに飯山(讃岐富士)の望める展望台に出た。ここから眺める丸亀の町並みは、絵心のない自分までもがスケッチしたくなるようなわくわくする風景だ。港があり、官公署があり、ショッピングセンターがあり、民家が並ぶ。街の様々な表情が本当に自然に調和しているのである。何かに特化、突出したような不自然さがないのである。人のドラマが遠眼鏡で覗けそうな、小さな窓の中には喜怒哀楽が感じられる。途中、枳殻の木の葉に一昨日名古屋のYさんを悩ませた緑色の毛虫が発生していた。できるだけ木の下を避け、天守閣のある天辺へ。実際に会ってみるとりきまる君は非常に精悍でハンサムである。ただ、どうしても全身真っ黒ということで、写真写りの面で難がある。ストロボを焚いたり、太陽光の位置を考えたりして工夫してみたが、これは!というものがとれなかった。ネコの小太郎もストロボのせいで、藪睨みになってしまうのだが、デジカメの限界か自分の腕の限界かは定かではない

2003年10月7日 (火)  2度目の四国へ

2度目の四国へ<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


 訪れた地は、いかにその後の予定があるといっても、去りがたいものである。室津の出発予定を1時間遅らせてしまったため、巡航速度を平均で5kmほどアップして、瀬戸大橋を渡る。ニッキを乗車時の最大戦速である。ナビの到着予定時刻がじわじわと繰り上がっていくのを横目で見ながら、公園、そして夢さんの家での遊びの光景を反芻していた。ムク君はニッキを蘭ちゃんは自分を大歓迎してくれた。蘭ちゃんはニッキとムク君がむきになって遊んでいると少し離れたところから眺めている。ニッキがムク君にマウントしたときはすぐに止めさせようとしたが、ムク君がニッキの口をぺろぺろと舐めるとニッキはムク君を解放して仰向けにする。それから、ムク君に逃げる隙をわざと与えてまた羽交い絞めにする。ムク君がニッキの前足を緩く噛んで抵抗…という遊びのパターンがあることを発見。暫くふたりのペースに任せてみると、お互いに楽しそうであった。。

2003年10月7日 (火)  播磨にっき

播磨にっき<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※7日の記録です</FONT>


 近頃ほとんど電池を入れ替えていない腕時計が2時30分を指して止まってしまった。無印良品で買った絶版品であるが、文字盤が非常にシンプルなのが気に入って衝動買いしたものだ。昨日の夜も、その日の感動が新鮮なうちにきにき日記をアップするために、Pさんから宛がっていただいた一室で「執筆」にいそしんでいた。日記のフォーマットが1000字しか書けないため、数本に分けてまとめていたのだが、13時過ぎからの30分間で5本が完結し、画像もセレクトした上でアップし終わった。あれ?今日は時間が経つのがゆっくりだな、と多少はヘンに思ったのである。だが、旅の感動は一挙に書けるものかもしれないなとか、当日の日記執筆に慣れてきたのかもしれない、なんて考えていた。見ていたのは件の腕時計である。さて、寝床に就くかと柔らかい布団に潜って携帯の時計を見たら、なんと3時を回っていた。電池が切れかかっていたのである。

 というわけで、睡眠時間は3時間ほどなのだが、旅の心地よい疲れとPさんの温かいおもてなしのお蔭で、6時に起きても疲労はスッキリと剥がれていた。ニッキのために描いていただいた水墨画を記念に頂戴し、7時過ぎに生駒のP邸を辞する。途中三木SAに、ニッキのトイレ休憩に立ち寄っただけで、10時前に播州室津のYさんのお宅を訪れる。ニッキの声を聞きつけたYさんに出迎えていただいた。動物王国からやって来たサモエドール、夢狗(ムク)君との挨拶、そして7月に相模原に遊びに蘭ちゃんへの答礼を兼ねている。形式はどうあれ、とにかく会いたかった、触りたかった。Yさんお気に入りの海の見える公園に連れて行っていただき、ニッキを交えて3頭が全身で犬語を使って迫力ある遊びをしていた。海の側に無粋な電線が垂れ下がっているのが唯一の興ざめだが、大好きな島「男鹿(たんが)」も見える。昨日見た牡鹿の姿と重ね合わせてみる。男鹿島の由来は牡鹿が海を渡って行き来したことによるらしいが、荒々しい地肌が雄雄しく、昨日見た逞しい鹿に擬えてもおかしくはなさそうだ。もっと長く遊んでいたかったのだが、Yさんは今忙しい渦中。つい先日に退院なされたYさんのお母さんに挨拶をしてCさんの待つ四国丸亀を目指す。

2003年10月6日 (月)  大和にっき(5)

大和にっき(5)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※6日の記録です</FONT>


 Pさんの住む生駒の山のシルエットには特徴がある。山頂にある遊園地の鉄塔が目印だ。以前、札幌に住んでいたとき、夜に遠くから戻って藻岩山の上の展望台が見えてくるとホッとした。Pさんが奈良より帰るときもきっと同じ気持ちなのだろう。17時過ぎにPさん邸に到着。2月にも遊びに来ていただいた、大阪のMさんがもうすぐ二十歳になる、じょん君を連れて待っていてくれた。Pさんが提供していただいたマンションの一室で、早速ニッキと対面してもらう。自分が荷物の搬入をしていた時、ニッキはじょん君のお尻を舐めて排泄を促してやったのだという。別に自分の手柄ではないが、すごく嬉しかった。じょん君を見ていると、ニッキの前に我が家にいたクマ嬢のことを思い出した。外犬から次第に出世して、ついに和室で過ごす地位にまで上り詰めたMIX犬だが、果たして自分はMさんのように十分な愛情を注ぐことができたであろうか。今何を考えてみても、クマの存在自体は過去の流れに同化してしまった。じょん君のおでこに自分のおでこを付けて、クマよ、クマよと呼びかけていたのかもしれない。自分がここにいる限り、君はまだ僕の中で元気に生きているよと。21時30分、Mさんと一緒にじょん気味は温かいお家を目指して帰っていった。宇治の町屋で、ニッキに呼びかけてくださった方、東大寺でニッキの捕獲を手伝ってくれようとした方、ニッキとのツーショットを喜んでくれた外国の方、じょん君の恋人Mさん。そして、今日という日の舞台を設え、ニッキを主役としてくださったPさん。幸せの形は実に多様で、それぞれの風景と人がまた分かちがたく結びついている。結構長く生きてきたつもりで、今まで考えもしなかったことに気づかされることがある。今まで無意識に温めていたものが旅の最中に一斉に開花するかのごとく。

2003年10月6日 (月)  大和にっき(4)

大和にっき(4)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※6日の記録です</FONT>


 奈良県は現在の政治との関連では一地方としに過ぎないかもしれないが、文化的には京都、東京に次ぐ格式を与えられているように思う。決して大きくはないが、国立博物館の所在地でもあるし、近くにある21世紀の学術都市精華町は京都府内とは言え、地理的には奈良の引力圏である。国立の総合女子大学たる奈良女子大の存在も、奈良がなお別格であることの証左であろう。何よりも、我が日本の初代首都ではないか。奈良駅から四条大宮に至る周辺は京都大阪の目抜き通りと比べても何の遜色もない、どっしりとした繁華街である。勝手知ったる街とばかり、Pさんの紺色の車は整った駅前通を快走する。と、何の目印もない小さな交差点を右折。鉄道を越え暫く走ると周囲は清々しい田園地帯となる。さらに、目印のない狭いコンクリート道路をPさんの車は進む。程なく平城宮址の駐車場に到着。奈良公園のように整備し尽くされた園地ではなく、都の造営前のような素朴な野原である。ニッキにとってはこちらの方が素敵な場所なのかもしれない。バッファローのような牡鹿もいない。太極殿跡に登ってかつての都城の大きさを実感する。途轍もない都市計画が1300年近く前に営まれてきたことは驚異だ。何十世代かを連ねて、人類はどれほど賢くなったのだろうか。Pさんと雑談をしていながら、野原の向こうに見える巨大なショッピングセンターの煌びやかさが非常に空しく感じられてならなかった。そして、今ここにいる自分とニッキも悠久の時間の中にやがては溶け込んで消えていく。寂しくもあり、またそれが安らかなことのようにも感じられた。

2003年10月6日 (月)  大和にっき(3)

大和にっき(3)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※6日の記録です</FONT>


 最初は少なくとも東西南北の方角を意識していたのだが、広大な芝生を斜めに横切ったり、東大寺大仏殿の巨大な姿が遠望されて興奮したりしているうちに、頭の中のナビはあっけなく失探し、Pさんがいるんだから大丈夫だと自己位置にこだわるのはやめにした。たとえ、気にしても既に無意味だったろうが…。この頃から雨が小降りになり、歩きやすくなった。余談だがこの東大寺は中高一貫校も経営しており、実に良い問題を作る。入試直前に自分が仕上げとしてぶつけるのに使うのだが、この時はそんな職業意識など消し飛んでいた。情けない限りである。南大門(なんだいもん、と呼ぶらしい)の仁王像前でニッキを撮影している最中に、角を切られたばかりのバッファローのような牡鹿の存在が気になってリードを丸めてしっかりと握り変えようとしたところ、ニッキが走り出し、持ち直そうとしたループ部分がすっぽ抜けた。必死に追いかけ幸いすぐに捕縛できたが、頭の中が真っ白になった。不安定な場所でリードの握りは絶対に変えてはならない。高速のSAやPAでの乗降手続と同じ慎重さが求められることを記銘した関東だったらあるはずの柵が設置されていない(関西には泥酔者とか粗忽者はいないのだろうか)猿が池に、ニッキが飛び込むことのないように警戒しつつ周囲をぐるりと巡って、暫く行くと、瀟洒な和風建築が目に付いた。先ほどから風情のある茶飯屋さんについてのレクチャーを受けていた自分はPさんに「あれも有名なお店でしょうかね?」と訊ねたのだが、近付いてみると、なんと公衆トイレだった。しかも大きな全面ガラスに仕切られて、ライトコートとしての和風の中庭がある豪華極まるトイレだった。ここでニッキにたっぷりと水を飲ませ、先ほどの駐車場に戻ってからPさんの車の後に続く。次の目的地、平城宮址を目指す。

2003年10月6日 (月)  大和にっき(2)

大和にっき(2)<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※6日の記録です</FONT>


 パセリさんの案内に従い、レインコートに身を包んだ誇らしげなニッキを伴って、浮き見堂でパセリさん手作りのロールサンドをいただく。ニッキのためにもおやつを用意していただいた。パセリさんは地元ということもあって、いつでも行けるという思いから、あまり奈良市内は歩かないということなのだが、それでも相当に詳しい。街の中に公園があるというよりも、公園の中に街が存在しているという感覚に近い。市内に入った途端、急にナビの観光案内が頻発したのも頷ける。奈良市内には本当に鹿がいたるところにいる。会えればラッキーと思っていた白鹿にも会うことができたが、現在は牡鹿の発情期ということもあって、鹿の群れの中に分け入って、ニッキと白鹿のツーショットを狙うというのは少々躊躇した。Pさんにニッキのリードを持って待っていただき、自分だけが白鹿のところに近づいたが、10頭以上の鹿が牡雌、バンビひっくるめてこっちに視線が集中すると相当なプレッシャーがかかる。白鹿も自分に用があるということがわかったらしく、撮影をしているとずんずんと近づいてきた。こんなとき、ムツゴロウさんなら「おぉ、よしよし」と白鹿に抱きつくのだろうが、鹿の習性なぞ全く知らない自分は白鹿の威に打たれながら、ゆっくりと後ろ向きになり、慌てないでPさんのところに戻るのがやっとだった。もし付いて来たらどうしただろう?

2003年10月6日 (月)  大和にっき(1)

大和にっき(1)


 朝早く、ニッキの排尿のため外に出ると雨だった。煙のように霧の立ち上る山々の木々はハッキリ見えるので午前中に晴れることを期待しながら出発準備を半分整えてから別棟の食堂へ行く。柴を連れて見えた老夫婦。黒ラブを連れて今日も連泊する若夫婦と楽しく犬の話をしながら朝食を取っているうちに、すぐにチェックアウトの時間になる。また、機会があれば泊めてください、と宿の方に告げて10時に宿を出る。車内で荷物の整頓と本日の目的地、奈良市内の調査・設定を済ませてから宇治へと向かう。昨日までは、奈良に直行するつもりだったのだが、一般道を奈良へと向かう道は宇治も経由する。宇治といえば、お茶、そして10円玉にも刻まれている平等院鳳凰堂である。これで通過する手はない。瀬田川に沿って山襞を縫いながら峠を越えると急に宇治の街が開けた。鳳凰堂の目の前を通過することになったが、雨は未だ降りやまず、これで駐車場に入って急ぎ足で鳳凰堂を見学し、すぐに奈良に向かうというのも忙しない。ナビの示す拡大地図を見て、宇治公園へと向かう石畳の敷かれた小道に進入して行き止まりになっているところに車を止め、鳳凰堂を裏側から「見学」させていただいた。木々に隠れて全景は求めるべうもなかったが、その風格は裏からでも十分堪能できた。とうとうと流れる宇治川、そして、抹茶アイスを食べた町屋の景色にも趣があった。泥足のニッキを拭き、雨の中、開発著しい城陽、木津を経て憧れの古都奈良へと向かう。

 途中燃料を補給し、ナビの示す定刻通りの12時45分。奈良高畑駐車場に到着。この2月にもお世話になったPさんの紺色の車を認める。ニッキをリアゲートより降ろして、辺りを見回していると真っ白のワンピース姿のPさんを発見。雨だというので、ニッキのために素敵なブルーのチェック柄のレインコートを買って来てくださった。Pさんはこの奈良の街にあって、老舗と呼ばれるお店で働いておられる方だが、成る程、そういう世界に身を置いている方なのであろう。ニッキのためのお気遣いに、相手の状況をここまで推し量ってくださる心の細やかさに対して、通り一遍の謝意しか示せなかった自身の心と言葉の貧困さが恨めしかった。今一度「本当にありがとうございました!」とここで申し上げたい。


2003年10月5日 (日)  近江にっき(4)

近江にっき(4)


 17時も30分を回ると辺りはすっかりと暗くなる。滋賀のTさん、京都のGさんに教えてもらった国道422号を今度は最終目的地のペンションを目指す。どんどん山中に分け入り、こんなところで殺されたらわからないだろうな、と心細い気分になる。ナビが到着予想時刻を告げてくれることが掬いだ。18時を回って、本日の投泊地、DogSpaceさんn到着…、と入り口に大きな白い犬が! Pさんのお宅のレオ君だとわかるまで1秒もかからなかった。延着のお詫びとともに、初対面(のような気がしないのだが)の挨拶を交わし、レオ君とニッキを引き合わせる。レオ君は、Pさんの運転するコバルトブルーのオープンカーの助手席に乗ってやってきたのだ! さて、さっきは権ちゃんにしっかりと恭順の意志を表せたニッキ、同世代の(レオ君がちょっと先輩)現役♂サモにどのように接するのかとちょっと興味があったのだが、情けないことに、ニッキのガウガウからのスタートだった。レオ君はどこ吹く風と軽く受け流してくれる。何度か匂いの嗅ぎ合いをさせ、ジェントルなレオ君に失礼のないようにニッキに注意をしながら、何とか最後は仲良くお別れができた。レオ君がコバルトブルーのオープンカーに乗って帰ろうとしたところ、おまけの小さな事件があった。ここのペンションの飼い猫がちゃっかりと助手席に座っていたのだ。Pさんの誘導でネコは車を降り、興味津々のニッキに威嚇を加えて闇の中に去っていった。本日は実に多くの方々にお世話になった。その数が多いからといって、感謝の気持ちは決して薄まらない。それどころか、びっしりと嵌め込まれた宝石のパズルのように、24時間のうち、寝ていた数時間を除いて、ハッキリとした個性を持つ記憶がいつまでも色彩豊かに輝いて行くことだろうと思う。もちろん、ニッキと過ごした楽しい時としても。

2003年10月5日 (日)  近江にっき(3)

近江にっき(3)


 15時過ぎに精算を済ませ、Tさんに琵琶湖東岸の休暇村というところに連れて行っていただく。ぎりぎり2車線の細い道を縫うようにTさんの友人が、運転する車は走って行く。流石は地元だ。Yさんも片輪落としか、と思うようなライン取りで後を追う。近頃車にほとんど乗らない自分より運転が上手い。16時過ぎに分岐した細い道を入っていくと急に視界が開けた。海?と思わせるような波の立つ湖面を車中から眺めていたが、いよいよ。その湖岸へ向かう。整備された無料駐車場に車を止め、芝生の広場を歩いていくと、見えた。広い。真夜中の湖岸を走ったことがあるが、明るい時に琵琶湖の湖面を間近で見るのは今日が初めてだと思う(電車の中から見たような気もするが忘れてしまった記憶は記憶とはいえまい)。自分がはしゃぐ代わりに、ニッキにその役割をさせようと思ったのだが、やっぱり自分が一番喜んでいたのだろう。カメラに収めた画像を今眺めていて、そう思う。Yさん、Tさん、そしてTさんのお友達の皆さん、自分とニッキにとって素晴らしい思い出となりました。ありがとう。

 Yさんの手作りクッキーを楽しんでから駐車場でお別れし、今日の宿となるペンションでサモエド仲間とお会いするために湖岸を今度は南下する。ナビや詳細地図で図上演習はやっておいたのだが、神奈川県民は琵琶湖の巨大さ、滋賀県の長さを甘く見ていた。というより大津市がでかかった。結局時間の都合もあり、Gさんとはペンションでではなく、出会い形式で待ち合わせることになる。土地鑑のない自分は、携帯で自他の現在位置の確認をしながら、赤信号停止で地名や国道番号の検索をしながら、京都のGさんの待つ石山寺前に30分遅れで到着。途中、瀬田の唐橋なども渡ることができ、知的なゲームのようでなかなか楽しかった。日本3大サモの一、権三君とニッキの面会。以前はニッキは権ちゃんに問答無用とガウガウされてしまったのだが、近頃はニッキもサモエ道ができてきたのだろうか、権ちゃんと並んで写真を撮れる位置にまで接近を許してもらえるようになった。Gさんは、この後、用向きがあって、すぐにお別れしなければならなかったが、12日の岡山オフではもっと親密な関係になれれば素敵だと思う。

2003年10月5日 (日)  近江にっき(2)

近江にっき(2)


 そのあとは、ナビの案内で地元滋賀にお住まいのTさんとそのお友達の待つ安土城址へ向かう。ナビが意外とマイナーな道を選択したため、直角に何度も曲がらせられるが、渋滞もなく20分程度の遅れで待ち合わせの駐車場に到着した。Tさんのお友達が連れてきた、チワワのシンバ君とメロディちゃん、げんさん、ニッキの4人と4頭で汗を掻き掻き、天守閣跡までの石段を登る。げんさんは14歳とは思えない健脚振りを発揮。チワワのふたりも、自分の背丈くらいある段を軽々とジャンプしていた。ニッキもまた無限にエネルギーが供給されるのではないかと思えるほどの蒸気機関車ぶりで、ガツガツと登っていく。仏塔の前では愛らしいヨーキーの女の子に会ったが、この子もまたハイパーな子だった。天守閣跡から眺める琵琶湖の風景は何度見ても素晴らしい。前回も感動したのだが、今回のほうがくっきりと感じた。真夜中にここから眺める風景はどうだろう。ちょっと勇気がないが、少しだけ見てみたい気もする。

 安土城址を後にし、Tさんのガイドで、近江八幡のドッグカフェに連れて行っていただく。お店の名前はちょっと覚えにくかったのだが、市役所通りの「中村町」というバス停の前だということだけは覚えた。自分の食べた秋のランチは1600円と値段はやや張ったが、内容は十分に納得できるものだった。2月に1度くらいのペースで、トレーニングを兼ねてニッキとドッグカフェに出かけるようにしているが、ニッキも漸く、静かに臥せて待つことが自分の仕事なのだと理解できるようになったようである。静かに臥せていると、周囲の人からも温かい声をかけてもらえる。うるさくバタバタしていたら眉を顰められるだろう。まだまだドッグカフェは冷や冷やものである。Yさんも同様に心配していたが、げんさんも立派にカフェ犬としての品格を保っていた。シンバ君の甘えた姿がまたかわいかった。

2003年10月5日 (日)  近江にっき(1)

近江にっき(1)


   前日富士川SAで食べた浜っ子(シラス)丼

 仕掛けておいた目覚ましが鳴る30分前に目が覚める。シュラフに包まり、体を海老のようにして寝たが、思いの外ぐっすり眠れたようで疲れはない。自分ががさごそすると、眠っていたニッキも目を覚ましたよう。心配していた天気は上々。10分ほどの朝の散歩に付き合ってから、Yさんと待ち合わせのメールを交換し、7時過ぎに上郷SAを出て8時に待ち合わせの養老SAに到着。この2月にはまだ改装工事中だった休憩施設も全面ガラス張りとなって生まれ変わっていた。車椅子を利用しての施設利用も増えたようである。世の中は良い方向にも着実に動いている。車中で画像の整理・メールの返信などをしてからふと顔を上げると、HPですっかりお馴染みになった、げんさんがいた! まさに目の前である。げんさんのママ、Yさんがどこかに電話をかけているのを認めていると、自分の携帯に着信ありの「さいたまボイス」が。養老SAをげんさんとニッキと並んで散歩をする。ニッキはげんさんはに遊ぼう攻撃をかけるが、げんさんはつれない(笑)。やっと2頭ならんで落ち着き、写真を撮っているとき、Yさんの表情が険しくなった。路面にあった毛虫の死骸に手を触れて毒に当たってしまったらしい。とにかく、まずは薬と調達しなければ、と腫れた指でハンドルを握るのが辛くなる前に、彦根まで走って、高速を出て薬屋を探そうということになった。11時前に、彦根のショッピングセンターで運良く薬剤師さんのいる薬屋を探すことができ、すぐに治療したところ、痛みが和らいだということでホッとした。

2003年10月4日 (土)  旅立ち

旅立ち


 添削仕事も無事に完了し、スッキリした気持ちで教室を退出。準備も順調で予定より1時間早く出られそうだったのだが、そこに折悪しく、自転車で買い物に出かけた母が帰ってきた。出発の時にいろいろと面倒なことに巻き込まれるのを避けたかったのだが、果たして、届け物をするのにちょっとそこまで付き合ってくれという。車の中は荷物をきっちり詰め込んだので、人が乗れない状態だった。まあ、出掛けに嫌な気分になるのも嫌なので、1時間ほどかけて、母の雑用に付き合った。結局当初に予定したカレンダー通りの出発となってしまった。さて、これからどんな楽しい事件が待っているか。まもなくニッキを乗せた愛車は足柄SAを出て西に向かう。夜気に包まれて、高速を走っていると懐かしさと寂しさの入り混じったさまざまな思いが去来する。自分の頭の中で何を反芻しているのだろうか。

 浜名湖SAで休む予定だったが、目が冴えていた(考えてみれば普段は3時まで起きているのだから眠れるはずがないのだった)のと、明日の中京圏の渋滞緩和のために上郷SAまで走ることにした。途中、ニッキの排泄と散歩の時間もたっぷりと取り、富士川SAではシラス丼を、牧之原SAではスマル亭のしらすかき揚げそばを食べた。明日の準備をしてこれからぐっすりと眠るつもりである。相棒のニッキはマイペースですでに夢の世界にある。寝息が自分の眠気を誘う。

2003年10月3日 (金)  さて、寝ようっと

さて、寝ようっと


       留守を頼んだよ、コタ

 仕事も概ね片付いた。明日は午前中に町田校まで出かけ、その後ホームの相模原校で授業をしてから家に戻る予定だが、町田校での授業は添削付きなので、講義が終わったら相模原に早めに移動してザクザク、シュラシュラと書き込みをしていくことになる。目があまり良くないので、少しでも明るいうちに西への距離を稼いでおきたい。気持ちは正直逸るものの、むしろ旅の前だけに浮ついた気持ちでの作業は自然に戒めたくなるものだ。こういう場合の自分の中の人の監視は結構うるさい。ぐうたら人間の中に頑固職人が潜んでいる。

 添削作業は、気分が乗らないと確かに苦痛だが(そんな時は残り枚数を数えてばかりいる)、自分は結構この作業が好きなようで、黙って20枚から30枚を一挙に仕上げるのが常である。赤ペンを走らせるのは勢いがあるようで、子どもたちにわかりやすい表現は…と考えに詰まると結構時間がかかる。一度書いたコメントに二重傍線を引き、自分のコメントを添削するという自家撞着に陥ることもしばしばである。赤ペンを走らせるより、キーボードから文章を入力し、モニター上で加除訂正をしてから的確なコメントを答案用紙所定のコメント欄に赤色で印字する(実際に指摘する内容が重複するケースも多いのだ)というのが、近未来の添削風景のようになるような気もするが、そしてそれが理に適った部分があるにしろ、そして手書き風フォントが定着するといった条件が整うようであるにしろ、どうもそれは味気ない。文字から感情が殺がれ、能面のようにしか相手に伝わらないのだとすれば、そこには心の触れ合いも絆としての役割がなくなってしまうからだ。もちろん、ニコニコマークも手書きでないと…。

 プリント類は読み易さ、改訂のし易さを重視して、ほぼすべてを電子化したが、チョークと赤ペンはやっぱりこの仕事のアイデンティティでもある。塾にあるとき、とりわけ子どもたちの前では、チョークの粉を被り、指先が赤インクで染まったようなアナログ人間でありたい。さてと、シャワーを浴びて寝るとしよう。あと15時間後には出発だ。

2003年10月2日 (木)  バリバリ仕事

バリバリ仕事


    え? 明後日出発じゃない…!

 午前中は前倒しで仕事を進めてから午後に入って荷物の車載を始める。多く積みすぎた物、ダブってしまったものはないか。「必要最小限」という理想と「もしも…」の間で気持ちが揺れる。いつでも旅立ちというのは緊張するものだ。

 午後3時過ぎ、ニッキに外出を咎められないよう、スーツに着替えてから家を出る。これからお会いする方々と愛犬の顔を思い浮かべながら、クッキーさんに出かけて出発の挨拶とお土産の買い足しをするために。体に害のないもの、喉詰まりしたりするようなことのないものをと選んでいくが、このお店にはそういうものの品揃えが多いので非常に助かる。あとはセンスと好みということになるが、普通のお店にないようなものが置いてあってこれも頼りになる。あとは、当地のら・ふらんすという質実な洋菓子屋で、洋菓子を求める。できれば生菓子にしたいのだが、旅程の長さを考え、7日の日持ちを逆算して、美味しく食べていただける焼き菓子にした。相模原にはラーメン屋以外に名物はほとんどないが、ここの菓子はなかなか、いやかなり美味いと思う。お店の人たちが実に楽しそうに(某居酒屋のような作られた楽しさではなく)働いているのを見るのは傍目にも気持ちが良い。仕事は万事そうなのだろうが、明るさは味に結晶するのだと思う。道中お会いする方々だけでなく、岡山オフでも差し入れさせていただくので、参加する方々に楽しんでいただければと思う。

 家に荷物を降ろし、ニッキを宥めてから教室へ。いつもよりも30分早い教室入りである。日曜日に行われたばかりの過去問練成のクラスと昨日の5年生の記述教室の答案の添削とチェックを完了。あとは明日中に仕上げる予定の添削が1本、報告書が1本、テスト答案チェックが2本、そして過去問ノートのチェックが待っているが、気合いで片付けようと思う。そして、土曜日には子どもたちに、「行ってきます!」と明るく挨拶をして出かけようと思う。

2003年10月1日 (水)  留守番

留守番


 今朝、母が友人と連れ立って鬼怒川に旅行に出かけた。朝10時浅草発の特急に乗るんだと意気込んでいる割には、朝の3時頃まで起きてなにかごそごそやっていた。小学生の遠足じゃあるまいし、もう少し準備は前もってやっった方が良いと思うのだが。そういう習慣は染み付いたものでいまさら矯正はできないようである。そんなにいい加減なのに、いつも何とかなってしまうのはこれもまたある種の確信のなせる業か。帰りは金曜日になるとのこと。次の日の夕方から自分とニッキが九州に立つので、入れ違いに家を空けることになる。

 小太郎の世話も自分が代行すればよいことなので、それはたいしたことではないのだが、朝、その小太郎が行方不明になった。電波時計を、電波が動力源だと思って買ってしまったり、Bフレッツが「速い」というので、何が速いのかよくわからずに導入してしまったりなど、大きく抜けているところのある母のこと、急いで家を飛び出す隙に小太郎も玄関から飛び出してしまったのではないかとあれこれ心配をした。家の中も、もしかすると風でドアがしまりトイレに閉じ込められているのではないかと結構探したのだが、いない。我が家は決して広くはないのだが、忍者屋敷並の仕掛けがあって、ネコの捜索には非常に不向きである。すでに小太郎の方が我が家の構造を熟知し、建物全体を大きなオモチャとして使いこなしているからだ(だから我が家にはネコじゃらしとキャットポスト程度しかネコの遊具はない)。ネコを捜索しながら宅急便の荷物を受け取ったり、メールを送受信したり…、ニッキは屋上に出してあとは彼に任せる。撮影はなし。はてさてどこへ行ったものやら。ベッドの隅、窓の内側、ニッキのバリケン、小太郎の滞在履歴を遡って潰していく。



 1時間ほどかけてあっけないほど簡単に見つかった。母の部屋の隣にある布団部屋兼洗濯物取り込み室のベッドの上にちょこんと座っていた。いるんだったら、返事をすればいいのに、そこがまたネコらしいところであろう。よく見ればクロゼットが半開きになっている。やっぱり、母の大雑把さが朝の失踪事件の原因だったか。自分が神経質にならないとこの家はやっていけないわけだ。新しいネコ缶を開け、いつもと違う味のカリカリの封を切って遅くなった朝食を与えてやった。