2004年1月31日 (土)  ニッキの知恵

ニッキの知恵


 「さ、ニッキ仕事行って来るからね。留守番頼むよ〜」と自室のサークルにニッキを追い込んでいくと、サークルの入り口直前で急に方向転換して、写真のようなポーズを取る。このポーズを取られると無下にサークルの中に押し込む訳にも行かなくなってしまう。

 時間がないときは有無を言わさず「さぁさぁ」と入ってもらうが、出発まで数分あるときは結局、お腹を摩ったりマッサージをしてやることになる。だが、そんな時にもニッキは完全には心を許さず、こっちの表情を疑い深くしっかりと覗き込んでいる。おそらく、もう暫くしたらまたサークルに入れられるぞ、上手く隙を見て別の場所にもう一度逃げてしまおう…などと考えているのだろう。こんな忙しない知恵比べも犬と暮らすことの大きな楽しみの一つだと思う。

2004年1月30日 (金)  壮行会そして

壮行会そして


 今日は授業の後、6年生の壮行会。言うまでもなく、一人も欠けることなく合格を取ってきて、またこの場に集まろうという決意の確認のための会である。昨年の卒業生が大挙、本当にこんなに集まっちゃって大丈夫なんだろうかというぐらい励ましに来てくれて、嬉しいやらちょっと大変やら(うるさすぎ)の状況の中、異様なくらい盛り上がった(主役は誰なんだか?)、この2月一杯で退職される職員さんのエールに子ども達はちょっぴりしんみりとなり、最後に室長の「オー」の掛け声で彼らの瞳は燃えるように輝いた。大きな混乱もなく、タイムテーブル通りに閉会となったのだが、会場に当てられている教室から通路に出ると、昨年の卒業生たちが自発的に作ってくれた、受験生を送り出すための花道ができていて、脇役であるはずの自分が感激してしまった。子どもの中には感極まって泣き出してしまう子もおり、「まだまだ、泣くのは早いよ」と慰めだか励ましだかわからない声をかけて、大きな、大切な1年が終わった。

 中トロ寿司と鳥のモモ肉のうまい近くの居酒屋で、今年一緒に仕事をしたスタッフと杯を交わし、子どもたちの成長を喜びながら、健闘を祈った。自分もまた高揚した気持ちで家に戻ると、ここサモエド共和国もカウンターが零七七七七七のキリ番を達成していた。獲得してくださった方は、島根にお住まいのNさん。いろいろなことに心から感謝、である。…という思いも束の間、机の上を見ると下半分が引き千切られた紙筒のようなものが乗っていた。輪ゴムを外して広げてみるとFUJIフィルムの広告用サモエドカレンダーが無残な姿に。弟が自分の留守に置いていってくれたのだろう。そして、そそっかしい母がニッキをサークルから解放する時、それがニッキの通り道のサイドにある脇机の上にあることの確認を怠ったようだ。ああ、いつものごとくありがちな事故だ。そういえば、以前も先々代の飼い犬の写真を引き千切った前科があった。自分より愛らしい犬の存在を許さないヤキモチ焼きのニッキのこと、子サモの画像は半分はお腹の中に収まってしまった。結局こんな形で落ちがついたが、子どもたちには絶対に落ちはつかないで欲しい。


          そりゃないよ

2004年1月29日 (木)  ピカピカニッキ

ピカピカニッキ


      遊ぼうよ(mpeg動画232kb)

 およそ2ヶ月ぶりにシャンプーをお願いしに、フットスタンプさんへ。ニッキも顔なじみになり、HPのトップページにも載せていただいた。先客はお隣のコーギーのクーちゃん。ドライングの最中だったのでクッキーさんまで足を伸ばす。走り込んで、そしておしっこを出し切ってからフットスタンプさんに戻る。最初はちょっと尻込みするのだが、トリミングルームに入るとあとはお店の方に身を委ねる。仕上げの終わったクーちゃんに、「君もここなの?」という感じで激しく挨拶を交わしていた。ニッキをお店に残し、自分は前々から一度入ってみたいと思っていた定食屋さんで鳥のうま煮定食を食べる。ここはクッキーさんのMさんやフレブル飼いのSさんもお勧めのお店で、少々味付けが濃い方が好みの自分にピッタリだった。レバニラ炒めと生姜焼きにも食指が動いたが、いずれ全品制覇したいと思っている。お腹一杯になると額から汗が出るほど体が温まった。もう一度クッキーさんに立ち寄り、世間話をしてから税務署まで自転車を飛ばして雑用を済ませる。仕事が忙しくなる時期は前倒し前倒しの気持ちでやっていかないと、後から面倒な手続に追われてしまうことになる。大変だが、もっと大変になるのは避けたい。


          ああ、スッキリ!

      飲ませて(mpeg動画232kb)

 一息ついてからニッキを迎えに行く。ピカピカで男前になったニッキはお店の看板娘、シーズーの梅ちゃんと追いかけっこを楽しんだ。「ニッキ君は女の子が好きなんだ」とお店の人に言われていたね(笑)。こちらでは生体も取り扱っているが、少ない頭数の子を、店内のサークルで伸び伸びと遊ばせている。いずれ、こういう売り方が主流になるようにと願う。おしっこを我慢していたのか、ウレションが漏れ始めたので、お店を辞して家に戻る。あれこれやっているうちにすぐに仕事の時間となる。

 授業が始まるまでPCを前に各種のシートを作成。6年生を預かりながら、来年の授業案を考えなければならない矛盾に少々胸を痛めつつ最終授業に臨んだ。

2004年1月29日 (木)  画像

画像


 '97から'00まではデジカメで撮影した画像のファイル容量が概ね40MB前後で推移してきたのに、'01には270MBとなり'02には1GB、そして'03にはなんと2.7GBにまで膨れ上がった。

 97年にOSがウィンドウズになってから初めて投入したシャープのメビウスのHDの容量がフルで1.2GBだったことを考えればとんでもない量である。先代のバイオ2000年モデル(現在予備機)のHD容量にしてもシステム領域を除くと自由に使える領域は10GB強だったので、1年に2.7GBというのはやはり凄まじい。

 デジカメは3年ほど前に2代目として買った普及機のままだが、これはニッキが我が家に来てから買ったものである。そして去年からは、それまでメモリーを食うのをケチって保存サイズを小さくしていたのをやめて大きなサイズで大らかに保存するようにした。犬の雑誌を出版する会社にニッキと小太郎の画像を使ってもらえるチャンスがあったのだが、それまでの保存サイズだと本として印刷した場合、相当粗くなってしまうということで、もしそんな機会がまた訪れた時には、どかーんと載せてもらおうという魂胆である。良く撮れたと思う写真は狙ってのものはほとんどなく、偶然に近いチャンスで手に入るので、事前に画像サイズを設定することはできないのである。そのため一回の撮影で消費されるメモリーがそれまでの60KB前後から500KB近くになり、そのことがまた画像容量の膨大化に拍車をかけた。

 ただ、貧乏性の自分としては銀塩写真、というより普通のカメラでの撮影はフィルムをムダにしまいとベストショットを狙って結局撮らないで終わるということもありそうなので、多少メモリーを使っても、デジカメの登場には感謝している。そしてまた、この程度の容量を1枚のディスクに落とせる媒体もでき、マシンのHDの容量も十分に余裕のあるものになってきている。もっと良い画像を!と欲張ればまた同じことが繰り返されるのだろうが、あの時もっとニッキを撮影しておけばよかったという悔恨だけは残したくない。すでに、ニッキが幼少の頃の撮影枚数の意外と少ないことを後悔しつつある。もっとバンバン撮ってやろう。尻尾だけしか写ってないような写真も多いがそれもまたよしである。

2004年1月28日 (水)  冴えない1日

冴えない1日


 心配するほどのものではないが、どうも風邪を引いたらしい。子どもたちがゴホゴホやっていたので、もう少し警戒すべきだった。熱もなく、頭痛もないが耳が火照り、喉にくすぐったい痒さと膝にだるさがある。これを放置しておくとこじらせる。このところ、来期の教案作りやら申告書作成やらで頭が朽ちたようになってきたので、覆い被さるものを振り払うように作業を一挙に進めようと少々飛ばしすぎた。

 今宵ぐっすり寝れば明日には回復する予定。ストレスは抱えないことに決めているのだが、そんな子どもじみたことを言ってみても、実際には体は正直に反応する。もう少し体の言うことにも耳を傾けなければ早死にしてしまう。気をつけたい。

2004年1月27日 (火)  家に帰ってから

家に帰ってから


 仕事から家に戻って一息ついていると、母のPCが通信不能となったためその復旧を試みたのだが、なかなか原因が突き止められず、そのために数時間を要した。無線のアクセスポイントを介して各PCに繋がっていることもあって、どのレベルでの不具合なのかを突き止めるための試行錯誤を経ている段階というのは、解決に向かっての明るい見通しが持てず、せっかく1日がよい形で終息しようとしているところに降って湧いた災難、運命の悪戯のように思えてしまう。PCトラブルというのは今後のトラブルシューティングの経験になるということ以外には人の気持ちを一挙に暗黒に突き落とす非生産的なものだと思う。ぶつぶつ文句を言いながら、わが身を嘆きつつこれもダメだろうという絶望的な気分でコネクタを抜いたり、チャンネルの設定を変えてみたりする。

 もし、これでダメなら再インストールしかないなと思った段階で、ADSLモデムの初期化とPCの再立ち上げによって、無事に復旧したのだが、意外にもこういった瑣事の中に人間の小ささと神経質さが正直に噴き出してしまうのかもしれない。二重に落ち込んだ気分が徐々に回復する中で、もし「大らかな」ニッキが人間だったらどのように解決するのだろうかと考え、こいつだったらPCなんて使わないだろうなとの思いに至り、気分が明るくなった。

2004年1月26日 (月)  こつこつ

こつこつ


      へたれ(mpeg動画232kb)

 今年第2回目のしつけ教室。会場に向かう途中には一部に雪も残り、空気も澄んで遠く新宿新都心が見渡せた。30kmくらいの距離だろうか。そんなキリッとした空気の中でニッキの集中力も少しずつ上がってきたようだ。今日は、待たせた状態でオモチャを投げ、「ヨシ」の合図でそれを取って来るトレーニングを行う。何度もオモチャを投げた瞬間に飛び出してしまったのが、後半でやっとブレーキが効くようになった。

 会場からの帰り道、いつものようにダムの堰堤の斜面を先生の連れてくるイチ君と共に走り回った。あっという間に2頭は黒と白の点になる。ひとしきり駈けて、ニッキが草地の匂いを丹念に嗅いでいるうちにイチ君は崖を上り、しばらくして自分だけであることに気付いたニッキもイチ君の後を追って崖を上ろうとした。が、イチ君の辿ったルートがわからず、自分で選択したルートが崖の最も厳しい斜面。半ばまでは4駆の威力でぐんぐん斜面を駈けていたのだが、途中で何をビビってしまったのか、つる草が地面を這って絡まったクッションのようなところでへたり込んでしまった。呼んでも来ない。胴に結んだリードが引っ掛かったのかと思い、やむなく、レスキューに向かうことになったのだが、ニッキのところまで行くと見た目ほどたいしたことのない斜面。リードも引っ掛かっていない。あれだけ運動能力のあるヤツがこんなおじさんに助けられてしまった。ニッキ、かっこ悪…。本犬曰く、「あのつる草のクッションが気持ちよかったんだ」。どうだか。


     ニッキは保護色のため見づらい

2004年1月25日 (日)  今日も朝から

今日も朝から


 朝一番の授業の日はニッキとの付き合いもその分早くなる。エネルギーに満ちた冬の朝日がニッキを黄金の犬に染め抜く。それを見ながら仕事へのテンションを自分も少しずつ上げていく。子どもたちが問題を解いている途中、強い睡魔に襲われること数度。しまった寝てしまった!と思って時計を見ると数十秒しか経過していない。実に忙しない睡眠だがその中でもしっかりと夢を見ているのだ。夜更かしして朝起きすればこういうことになるのはわかっているのだが、夜になるとそういう気持ちは綺麗に失せるのだ。

 現在、仕事が引けて、いったん家に戻って一服している最中。松屋で牛丼セットを食べて来たのでさらに眠くなってしまった。これから新年会で横浜に出るのだが、それすらも少々億劫に思える。ニッキと一緒に床に転がって寝てしまいたい。ま、年に数回しか会えない人たちとの話もあるので、行ったら行ったで元気になるだろう。でも、帰ってきたらそのまま寝てしまうかもしれない。電車、乗り過ごさないように気をつけなければ。

2004年1月24日 (土)  零七七零七七だった

零七七零七七だった


 一瞬キリ番の「零七七七七七」を自分で踏んでしまったかとビクッとしたが、まだ予定日には遠いはずだった。落ち着いて見ると700番ほど手前であった。ここサモエド共和国には1日あたり平均して100名の方が遊びに来てくださる。ということは、あと1週間。今月末から来月初めにかけてヒット!ということになる。

 今回は七の連番とあって、サモエド飼いの方でもそうでない方にも喜んでいただけるような楽しい物を、と考えている。フードや犬グッズのことでいつも訪れるクッキーさんともコッソリと相談してきたのだが、いよいよその日が近づいてきた。

 ただ、ちょうどその頃は自分の仕事が最も忙しいピークに差し掛かると思われるので、キリ番の手続は少々遅れてしまいそうだ。キリ番を踏んだよ、あるいは前後賞という可能性も大アリなので、どうかどしどしと経過報告を掲示板に書き込んでいただきたい。子どもたちの合格の笑顔と、当サイトのキリ番達成の嬉しい二重奏となることを夢見ている。

2004年1月23日 (金)  寒さの中に

寒さの中に


      (mpeg動画232kb)

 気温も低く風もあり、床を抜けたばかりの人間には辛い朝だった。タライの中の氷も分厚く、コンクリートの床にぶちまけたらドシャーンと砕け散った。母のベッドの上にぬくぬくと寝ていた小太郎を追い立て、ニッキと共に屋上に出して朝の日光浴と運動をさせる。

 寒さがつらいのは自分と小太郎。当然ニッキはこれしきの寒さなど意に介さず真正面から風を浴び、気持ち良さそうに西の方角を眺めている。ニッキの、視線を動かさない真剣さにつられてクッキリと浮き立つ山影を共に眺める。せっかくだから双眼鏡を持ち出して山の姿を眺めることにする。接眼レンズがひんやりするのを少々我慢して、ささやかなパノラマを楽しむ。ヤマダ電機の大きな看板のすぐ近くに奥多摩の大岳が、さらに北の方には武甲山が望める。寒いのだが、もう少し見ていたい。今月末までは仕事が詰まっていて動くことができない。せめて望遠鏡を覗くことで気持ちだけでも遠くの山々に飛ばしてみたいと思う。外を眺めるのに夢中の自分とニッキを他所に、小太郎も陽の当たるところを見つけて寛ぎ始める。

 昼過ぎからの横浜での会議、そして5年生の最終授業となかなかに忙しい日であったが、朝のひと時が1日を心地よいものにしてくれたように思う。

2004年1月22日 (木)  吉野家を経て教室にいたる

吉野家を経て教室にいたる


         ニッキダンス?

 近頃、ニッキは自分からトイレ行きを催促しない。でも、我慢し過ぎて膀胱炎にでもなったら大変だから、昼間、家に自分がいる時は3時間置きくらいに屋上にニッキを出して排泄と自由運動の時間を取ってやる。「おしっこ行こうか」と声をかけても行き渋るような様子を見せていたくせに、表に出たら出たで長めの小便をしてから結構元気に走り回り、家の外の風景を楽しむ。どうやら、長く眠っていた後などは、散歩は別としてわざわざ屋上に出るのが億劫になるようだ。トイレに行きたいが、眠いので面倒だなと思う時が自分にもある。きっと似たようなものだろう。

 夕方、少し早めに家を出る。ものぐさな気分で朝から何も食べないで過ごし、腹が減った。どこかで軽く腹ごしらえをしておこうと考えた。この界隈は結構便利になってきており、仕事場に出向く途中、いくつか飲食店があるが、今日は家を出る前から吉野家に行こうと決めていた。先日、新メニューのカレー丼を食べ、その中途半端さにがっかりしていただけに、口直しに、もしかするともうすぐ食べられなくなる牛丼を食べたかったのだ。大盛りとけんちん汁を頼み、5分ほどで掻き込んでから教室へ。今日は、塾の代表(社長)の激励会があり、教室は普段より賑やかな空気が漂っていた。会が始まると、子どもたちはとくに構えることなく、自然体でしっかりと耳を傾けていた。聴く姿勢を身に付けた子どもたちの姿を誇りに思い、彼らの成功を確信した。

2004年1月21日 (水)  眠ってしまった

眠ってしまった


 さて、今日の日記は何を書こうかとPCの前で構えて座っていたら知らない間に眠ってしまっていた。近頃得意になった座睡である。すぐ近くでニッキが気持ち良さそうに寝ているというのも一因だとは思うのだが、とくに重労働をしているわけでもないのにこう眠くなるのは、中途半端に心身が疲れているためだろう。早めの就寝を心がけ、早寝早起きのリズムに少しでも近づきたい。

2004年1月20日 (火)  口元

口元


 ぎゅっと結んだ口元が愛らしい。部屋の暖房はできるだけ入れないようにしているということもあるのだが、さすがにこの季節はべろんと舌が出ていることは少ない。サモエドは歳を取っても子どもみたいにあどけない。たくさんのサモエドと暮らしたいと思う反面で、ニッキ1頭とじっくりと濃い時間を過ごすことができることを幸せに思うこともある。そしてまた、犬の一生の短さを悲しく思う反面で、だからこそ人は目一杯犬に愛情を注ぐことができるのだとも…。午後の静かな時間は悦びとともに、寂しさにも満ちている。

2004年1月19日 (月)  がっちりしてきた

がっちりしてきた


 ニッキはこの2月に4歳になるが、1年ごとに体ががっちりしていくように感じる。毛吹きも良くなり、北国のサモエドのようにフカフカにはならないまでも、少なくとも紀州犬には見えないだけのボリュームは出てきた。屋上に出て取っ組み合って遊んでも力が強くなってきている。その反面でただのやんちゃ坊主ではなく、オンとオフの気持ちの切り替えがうまくできるようになったとも思う。幼少時に多く見られた過呼吸の症状もほとんど出ず、涙焼けも緩和されたということは抵抗力も付いてきたということだろう。自身、子どもの頃自己中毒と診断され、精神的にもすぐに死ぬんじゃないかという意識に常に襲われていたことを思い出した。現在の、図々しいほどまでに生きていることを当然と思っているこの意識は一体どこから生じるものなのだろう。ある種、生きることへの疲弊と失望が、死への病的な恐怖を失わせていくのだとすれば皮肉なものではある。もっと生きていたい!という渇望が生じるだけの輝きが人生の中になくなっていますよという警告として受け止めなければならないのだろう。

 久々の休みということもあり、スタッドレスタイヤに履き替えたクルマにニッキを乗せて遠征でもしようかと思ったのだが、午前中が雨だったことと、来期の計画立案等、溜まっている仕事の処理ということもあって、結局1日ずっと家で過ごすことになった。だが、移動の時間がない分だけ同じ1時間でもたっぷりと遊べる。ニッキと遊んで体を動かしたせいだろうか、夕方に猛然と襲ってくる眠気のために椅子に座ったまま寝入ってしまった。起き抜けには脳の中にあって押さえつけられている後悔や失敗の思いなどの雑味のような何ともいえない憂鬱な気分が激しい鼓動とともに襲ってくるのだが、ニッキの安心した寝姿を見て気分を取り直す。その刹那に、生きることの意味が凝縮されているように思われた。

      恍惚(mpeg動画232kb)


2004年1月18日 (日)  対策

対策


 過日のニッキ脱柵に応ずるため、フェンス強化作業(パネルを2枚重ねて結束したものを使用)を完了した。朝から夕方まで仕事だったため、昼過ぎに弟に頼んでニッキの様子を見に家まで行ってもらう。仕事中も異常事態を告げるメールがなかったので、大丈夫だとは思っていたが(ただし、胃液を吐いたという連絡はあった)、仕事から戻って、無事にニッキがサークルの中で過ごしてくれていたことを確認してホッとする。

 幸いにしてまだ日があったので、留守番業務をこなしてくれたニッキのストレス解消に横山公園までロングコースの散歩。帰りにクッキーさんに立ち寄り、フードを注文してから戻る。公園やお店でも、マテやフセをしっかりと披露してくれた。気持ちが通じ合ってきたのだろう、本当の意味で。



2004年1月17日 (土)  初雪

初雪


      おしゃべり(mpeg動画232kb)

 朝から途切れることなく降り続いていた雪だったが、ほとんど積もることなく夜になった。人間の生活からすれば雪が降ると難儀してしまうのだが、ニッキにとっては天からのプレゼント。たまには狂ったように雪に埋もれて遊んでもらいたいとも思う。



2004年1月16日 (金)  静と動

静と動


 自分の仕事中、足元で舌を出したまま、ヘソ天で無防備に寝ている時のニッキの姿は純粋無垢な天使そのもの。しかし、ヤツは金属製のフェンスを飴細工のように捩じ曲げて脱柵するような破壊魔でもある。久々に今日もやってくれた。


         やってしまったね

 近頃は脱柵しても、サークルの外で悪戯することもなく紳士的に振舞ってくれるようになったが、非常事態でもないのに、フェンスを無理やり押し曲げるという暴挙はやはりいただけない。ニッキを信頼したい気持ちはやまやまなのだが一事が万事、他に被害がないだろうかと周囲をつい見回してしまう。ヤツはその気になればタンスの引き出しも開けることができるのである。リモコンよし。テレビのケーブルよし…。家に帰ったら真っ先にニッキと挨拶を交わしたいのだが、予想外の場所で出迎えてくれるヤツの飛び切りの笑顔に素直に喜べないでいる。

2004年1月15日 (木)  昼の小旅行

 昼過ぎに相模原駅で待ち合わせて、同僚3人と自分とで駅から車で15分程度のところにあるラーメン屋「隠国(こもりく)」に行ってきた。昼時の後半、ちょうど客足の途切れた時にお店に入ることができ、待たずに食べることができた。今日の注文はバラ肉チャーシュー麺の大盛り味付き卵入れ(1000円)とした。澄んだスープとバランスの取れた鯖節の出汁の風味は絶品。関東でも10指に入るラーメン屋ではないだろうか。


     流石だよな、の隠国のラーメン

 さて、タイミング良く、お目当てのラーメンを食すことができたので、仕事までの時間が余っている。そこで、腹ごなしを兼ねて、ニッキを連れてよく行く県立あいかわ公園まで案内することにした。平日は県立公園の駐車場が無料になるのがありがたい。ダムの天端にまで上がるとヨコハマのランドマークタワーも遠望できる。たまにはニッキ抜きでの散歩も良いものだ。風の丘を経由してラーメン半杯分のカロリー程度は消費することができただろうか。

 あいかわ公園を後にして、近頃のお決まりのコースは国道に出る途中にある服部牧場への立ち寄りだ。ここでは24種類のジェラートが楽しめる。前回はティラミスにしたので、今日はメープルナッツにした。これで12分の1制覇だ。同僚たちも、思い思いのメニューを選んで楽しんでいる。


       服部牧場のジェラート

15時過ぎにお店を後にして、相模原方面に向かい、我が家に立ち寄ってもらう。昨年、長く一緒に暮らしてきたネコと永訣したI氏が小太郎を抱いてかわいがってくれた。ニッキの接客は相変わらずで、ヘラヘラした顔で匂いチェックに余念がない。昨日急遽決まった予定だったが、実に楽しい3時間半の小旅行であった。


昼の小旅行

2004年1月14日 (水)  片付け初め

片付け初め


 午前中に、昨日出席しそびれた授業研究会に参加するため新横浜の本部へ。「これからの授業」のあり方がテーマなのだが、自分の中にあるものを一度壊してから組み立て直すとすればどのような方向を自身に与えるべきか…。結局は一人一人の子どもがそれを導き出すことになるのだろうが、まだまだイメージが定まらない。

 家に帰って一休みしてからコンビニ弁当を平らげる。凄まじい眠気に襲われ1時間ほどダウン。その後、ニッキのトレーニングをしてから部屋掃除と周辺整理に着手。去年できなかった部分を今年はきちんと片付けたい。少しずつでも終わりに近づいているはずだとそう信じて。ムダのない生活、心にゆとりを生む生活のための環境整備が忙しくなればなるほど必須だろう。今年もまた秋ごろに長い休みを取れるように、万事前倒し前倒しで励んでいきたい。

2004年1月13日 (火)  良くもなく悪くもなく

良くもなく悪くもなく


 今日も1日平穏に終わった。授業研究会の「ご案内」が曜日誤記で届いていたために本部まで無駄足を運んでしまったが、日付を基準にすれば、自分の方がそそっかしかったかもしれない。

 家にいったん戻り、それから授業に出かける。強い風が吹いていたが、幸い追い風であり、自転車に乗った背中を押してくれるのでペダルを漕ぐ足取りも軽い。教室の中はこの時期特有の澄んだ空気。ザワザワが治まり、生徒たちが問題に向かうと鉛筆の落ちる音さえ大きく反響する。文章読解力も漢字力も付いてきた。

 常日頃、自分自身の身には、わくわくするような冒険も興奮もないが、職場ではキラキラした瞳に囲まれ、家に戻ればニッキが待っていてくれる。夢は叶った途端に夢ではなくなる、が、ニッキの存在はずっと夢のままである。子どもたちが今抱いている夢もそうあって欲しいと願う。

2004年1月12日 (月)  今後の課題

今後の課題


 新年初のしつけ教室。この3回のトレーニングでニッキの動きがかなり良くなってきた。現在抱えている主な問題点を挙げてみる。

・レンジアウトした場合に呼び戻しが全く効かなくなる。
・以前に比べて改善されたとはいえ、まだ女の子の下半身を執拗に嗅いでしまう。
・「マテ」の際に、自分が他の子のところに行って遊んでいてもそれだけでは立たなくなったけれど、ニッキの近くに先生が行って遊びに誘うと立ち上がってしまう。

 ニッキは本当によく頑張ってくれて、招呼もノーリードでの脚側歩行もかなり上達した。ピタリと決まるときにはこのまま一緒に狩りに行けるかもと思うくらいの反応の良さだ。先生が置いたコッペパンが落ちていてもちょっと匂いを嗅ぐだけで、「ダメだよ」というと我慢して咥えず、友犬が近くにいてもトレーニング中は近づかないように踏ん張れる(もちろん他犬との自由時間はたっぷり設けて十分に心を解放している)ようになってきた。だが、まだまだ上記のような問題点が残っている。

 月に2回の定例訓練。これはニッキをロボットのように何でも言うことを聞かせる犬に育てたいわけでもないし、競技会での成績を狙うというわけでもない(チャンスがあれば出てみたいのだが…)。むしろ、ニッキをより自由にさせてやるために、そして人と犬が当たり前のように共存できる社会を目指すためにも、ニッキがその最低水準を満たしていなければならないだろうと考えるからだ。幸い、先生にも一緒に学ぶ仲間にも恵まれ、ニッキも少しずつではあるがオンとオフの切り替えが上手になっている。

 親ばかが入ってしまうが、こんなにかわいいサモエドである。本当は厳しくなんて叱りたくない。だが、ニッキの放縦な振る舞いが、サモエドという犬種に嫌悪感を抱させてしまうのだけは絶対に避けたい。オンとオフでけじめをつけなければならないことを学んでいるのは、飼い主とて同様なのである。

2004年1月11日 (日)  休日

休日


 滅多にない日曜日の休日。直前講習のスケジュールの空白のように手にした1日だったが、結局は日頃の疲れを取るためにニッキの散歩と雑務の処理をするだけに終わってしまった。その分、ニッキの散歩はのんびりと約5kmにわたる長大コースを取った。今日は往路では動物病院で定期健康診断を受け、ニッキの体重が26.5kgに増加していることに驚いた。体もがっちりと出来上がってきたのだろうが、太りすぎには自分同様用心せねばなるまい。

 この時期やらなければならないこと…。公私にわたって紙に書き出した(実際にはパソコンへの打ち込みだが)分量だけでも空恐ろしいほどあるけれど、実際にはそれに付随して圧倒されるほどの細かい事務がある。だが、あまり微細な項目を頭の中に常にセットしていては気が狂ってしまうだろう。「他人との約束(とりわけ日時)を守る、人の道に反しない、健康に留意する」この3つさえ外さなければ大きな混乱はおきないし起きても回復しうる。もっとも、この3つをきちんと守るのは実は大変なことなのだが…。不首尾も多いとは思うが、それも「忘れる」という安全装置のなせる業なのだと自分を納得させている。

2004年1月10日 (土)  涙焼け軽減

涙焼け軽減


 朝から塾のイベントに出る。塾のテストってこんなもんだよという腕試しの意味と新室生の選抜を兼ねたオープンテストである。何度も受験をしているうちに顔なじみになる子もおり、室生以上に教室に馴染んでいるような子もいる。テストに慣れなかった頃は何でもかんでも手を上げて質問しようとした子も、まず設題を自分なりに検討してから的を射た質問をするようになってきた。半年間の成長には目を瞠るものがある。

 イベントと授業の間が長いので、いったん家に戻ってニッキの相手をする。遊んでいて気が付いたことがあるのだが、どうもニッキの右目の涙焼けが軽減してきているようなのだ。12月の初め、目ヤニがひどかった時期がある。目頭から薄緑色の粘液質のヤニが続けざまに出ていた。そして、ちょうど時を前後して、フードを通常のものから野菜由来のものに変更したということもあって、最初は食事が合わないのではないか、特定の野菜アレルギーなのではないかと心配していたことが実はある。だが、野菜由来のフードはアレルギー対策食品として作られたものだけにそんなことはおかしいなと思ってもいた。

 素人考えだが、体質改善の初期に「好転反応」というのがあるらしい。体内に摂取した薬品等が体に馴染むまで、一見すると病気のような症状を呈するというものなのだが、ニッキの場合にもそれではないのだろうか。すなわち、野菜由来のフードを取り込むことで、涙腺が活性化し、涙管に溜まった老廃物をどんどん押し出そうとした。その結果、目ヤニがひどい時期が続いたが、出すものを出してすっきりしたのだ、と。それ以外にも今まで、高知のお医者さんが処方してくれた目薬の点眼や涙腺マッサージを欠かさなかったが、そういったものが重畳して効を奏してきたのだと考えたい。もちろん、今述べたことは素人考えだが、少しずつ目元スッキリとなって黒く焼け付いた部分が減っていく。涙やけがニッキのトレードマークになっていたということからすれば多少淋しくもあるが、一緒に暮らしていて、嬉しいことの一つではある。

2004年1月9日 (金)  気持ちの引き締め

気持ちの引き締め


 仕事が詰まってくると身の回りのこともいい加減になり、知らない間に雑務が溜まってしまったり、他人との付き合いが薄くなってしまったりする。たしかに、やらなくてはならないことは多いのだが、時を流してしまうかのような生き方は1日が終わっても後味が悪く、気持ちよく眠りに入れない。こんな風にして一生という貴重な時間が損なわれることのないように心したい。

2004年1月8日 (木)  寒かった

寒かった


 今日は寒かった。自分の見ている6年生たちも遂に直前講習に入った。今まで身に付けた力を研ぎ澄まし、鋭敏な問題解決力を養って欲しい。そして合格したら、少しはのんびりしなきゃね。

2004年1月7日 (水)  反省

反省


 近頃、時間に追われているような気持ちが強まっている。ある程度切羽詰っても「忙しい」という言葉を使いたくないので、というよりその言葉がますます自分を駆り立てるような気がするので、それを口にするのを控えているのだけれど、無意識に頭の中で反芻してしまう。

 松下幸之助の『道を開く』『商人要道』の中に「困っても困らない」と題された章があった。たしかに自分はそれを座右の銘として、そう生きたいと願っていたはずなのに、実際のところはその境地の十分の一にさえ今もって至らず、日々の些事に惑わされながら浅ましい心地で生きている。しかも、この2冊は新渡戸稲造の『武士道』とともに何度も読み返した本だったのだが、恐ろしいことに、それらの名著の題だけが頭の中に残り玩味熟読したはずの内容が少しも残っていない。「いい本だったよね、でも一体何が?」こんなナンセンスな衝撃を笑ってはいられない。

 時に追われ益々、心がやせ細っているのだとしたらそれを回復させる必要があるだろう。幸い、長年月をかけて書庫は整理した。昔読んだ本も整頓されて背表紙を綺麗に揃えている。歳を経た分、今となってわかることもあるのだよ、とそれらが語りかけているようにも思う。ニッキと遊んでも満たされない、知的な面での心の乾きというものもある。読書の大切さを子どもたちに説いておきながら自分はなんと怠慢だったのだろう。せめて、この怠慢さを思い返すくらいの時間的なゆとりは作らなければ…。

2004年1月6日 (火)  冬期講習ひと段落

冬期講習ひと段落


 冬期講習が終わって人心地ついた。家に帰ってあれこれやっているうちに預かりノートの添削に着手したのが0時を回ってからだった。気になるところに手を入れて、数件終わるごとに気晴らしにサモエド関連の掲示板を見て作業を進める。見通しがついた頃には時計は4時を回っていた。入浴して布団の中に入っていたらやや寒気がした。こんな日は用心が第一だ。

2004年1月5日 (月)  正月気分から抜け出る

正月気分から抜け出る


 元旦のばかげた厚さの新聞を読むのが億劫で、しばらく新聞に目を通さなかったためずんずん新聞が溜まってしまった。新聞がなければないで淋しく思うのだろうが、9割方不要なチラシと情報に月々4000円近いお金を支払っていることに時折疑問を持つ。

 新聞の休刊日には新聞が恋しくなるくせに、この正月のバカ騒ぎのような別刷だらけの特集モノに接すると却って新聞が疎ましい存在に思えてくるから皮肉なものだ。もちろん正月の新聞を楽しみにしている人も多いだろうから、それは単純な好き嫌いの問題に過ぎないが、新聞には時代の空気に合った、相応の自制的な姿勢を求めたい。不景気を報じているが、大新聞社にはその痛みを分かち合おうとする気色が見えない。世の荒廃を嘆きながら、悲壮な記事の内容以外のところではぬくぬくと得意げに哂っているように思える。

 社説などの論評は公正(というより当たり障りのないといったところが妥当か)なもののように感じるし、コラムも香り高くエスプリの効いたものが多い。また、記者・編集者の識見もそこそこ高いとは思うのだが、このマスメディアというやつの背後に控えている人間たちがどうもロクでなしのように感じてしまう。

 自分たちに求められている役割を粛々と果たし、社会の木鐸たる存在であろうとするのではなしに、国民への情報提供や争点の形成に大きな役割をしていることを以って、それが自らの存在故の、大衆に与える恩恵であるかのように勘違いしているように思えてならないのである。紙上において、民意の反映という形を取ることで、新聞社が憲法改正や経済政策への試案を提示したり、表現主体たる自身の問題として表現の自由に関わる問題提起をしたりすること自体は認めうるとしても、大メディアの一部の人間の思い付きや、お抱え研究者の意見を愚民の考えの及ばざる「提言」として、自分の提供する媒体をストレートに利用する厚かましさというか破廉恥さといった点に、どうも社会分業の「分」を超えたような危うさを感じてしまうのである。レストランの主人が自分の店の料理を食べて、その代金を客にも負担させるようなものではないか。情報を牛耳る人間が、その旨みをしゃぶりつくそうとしているのが現今の情報流通のあり方だと基本的には思う。が、そんなことを言いながらも明日はやっぱり新聞に目を通しているに違いない。

2004年1月4日 (日)  仕事始め

仕事始め


 仕事始め。教室スタッフと年始の挨拶を済ませてすぐに6年生の授業。彼らの「新年」は今年は1ヶ月ほど遅い。大体旧正月の頃が彼らの笑顔の時期と重なっているはずだ。ここからが本番。体調だけでなく、心のコンディションの維持にも気を配って余力を持って駆け抜けて欲しい。

2004年1月3日 (土)  初夢

初夢


           ジャンプ!

 今しがた、ちょっと前だから21時過ぎ頃だろう、仮眠を取っていたのだが、2本立ての初夢を見た。

 まず、第一の夢。その夢の中で、私は塾の講師ではなく、学校(高校っぽかった)の教師だった。が、やはり国語の教師である。学校にある職員用の風呂に入ろうとすると、幼馴染の友人が生徒の役で「出演」しており、その子が私に語りかけて言うに、「先生、大変ですね。今日は300人はいますよ」。それで気が付いた自分は風呂に入るのをやめ、急いで300人分のプリントの帳合をするのだった。自分の授業が急に人気が出て、普通の教室では入らなくなって、体育館で授業をすることになったという顛末だが、正月早々めでたいやら忙しいやらだった。無視して風呂に入ってしまえばよかったと思う。

 第二の夢。その夢の中で私は、近頃とんと見なくなった正月の特番を見ていた。メインの番組自体は、やっぱり面白くなかったと思うのだが、その中のスポットCMが面白かった。氷と雪でできた4階建ての建物の中を氷のエレベーターでシロクマとビートたけしが追いかけっこする。その先々で、CMを提供しているビールメーカー(これはサッポ○かサント○ーだったはずだ)のラインナップが雪の中から現れて、喉の渇いたたけしが先々で飲むことになる。脇は外人俳優や外人格闘家で固められ、最後は酔っ払った全員(シロクマも含めて)が仲良く酔いつぶれる。メインの番組より面白かったのだが、そのCMの最後からがヘンなのだ。件の氷の建物から2匹のスタンダードプードルが出て行く。広い通りを真っ直ぐに進んで駅に向かう。CMがいつの間にか駅のホームに亡くなった主人を迎えに行く現代版忠犬ハチ公ともいうような「感動ドキュメンタリー」になっていた。来る日も来る日も決まった時刻に到着する決まった車両のドアの前でお座りするのだが、もちろん主人は現れない。知らぬ間に、そこに自分が立っていた。感極まって「お前たち、うちへ来い!」と2頭を抱きしめたところで目が覚めた。馬鹿げた夢だったが、起きてから暫くは感動していたように思う。

さて、明日から仕事だ。

2004年1月2日 (金)  優しくて大らかなサモエド

優しくて大らかなサモエド


 サモエドのように生きたいと願う。いつも笑顔で大らかに…。

 自分ばかりでなく、サモエドを飼っている人の多くもそうだろう。今年、サモエドスマイルを通してサモエド飼いの人たちの気持ちが大きく一つにまとまりますように!

2004年1月1日 (木)  あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます


 9時に起きてニッキと遊び、雑煮を食べて昼寝をし、ニッキと遊んでおせちを食べた。ニッキと遊んで夕方風呂に入り、今度は粟もちを入れた雑煮を食べた。元旦の新聞はバカみたいに厚いので全く読む気にならない。テレビも浮かれ騒いでいそうで見る気にはならない。ニッキが夕寝に入ってしまったので、しょうがなく居眠りに付き合う。正月元旦、十人十色の過ごし方があるのだろう。