2004/2月分

2004年2月29日 (日)  サモエド

サモエド


 朝は今にも雨が降り出しそうな重い雲が空を覆っていたが、昼から陽射しが強まり、午後にはすっかり晴れてくれた。一度取り込んだ洗濯物を再び干し、屋上でニッキと遊ぶ。

 4年に1回しか廻ってこない2月29日。この日、北は札幌でサモオフが、東は羽田にてサモ友のAさんのところに山口からやって来る子サモ(2頭目となる)の出迎えミニオフが開かれた。ちょっと羨ましかったが、我が家にもここにこうしてニッキが居る。子サモももちろんかわいいけれど、一緒に暮らしていくうちに、犬は家族同様の存在になっていくように思う。ことに、原始の昔からサモエド族とテントの中で同居してきたサモエド犬は、成犬になっても無邪気な表情のままで愛らしい。そして、寝ながら付くため息までが人間臭い。

 サモエドたちとの幸せな、新しい出会いがある反面で、長く一緒に暮らしてきたサモとの悲しい別れの話も耳にする。ことに、オフで一緒に遊んだサモエドたちの訃報を耳にするのはやり切れないほど淋しい。それはやがてニッキと自分の上にも確実に廻ってくる運命であることを覚悟しつつ、一日一日をニッキと心豊かに過ごしていこうと思う。サモエドと暮らす人がそのことを思うことで、互いに優しくなれそうな気がする。サモエドの微笑みの中に今日も教えられた。明るく、楽しく生きようと…。

 涼しい空気の中、夜の公園までニッキと思い切り駆けた。

2004年2月28日 (土)  1ヶ月経過

1ヶ月経過


 新年度のスタートより1ヶ月経過して、漸く1週間の動きに落ち着きが出てきた。仕事の基本はもちろん授業だが、この仕事に入りたての頃のように授業だけしっかりやればよし、というわけにはいかず、諸々の付帯事務が多くなってきた。それを1週間のコマ割のどこに組み込むかによって、時間の効率性、ひいては疲労度ががらりと違ってくる。

 几帳面だから、勤勉だからというよりは、むしろ仕事に追われて、バタバタするのが嫌なので、前倒し前倒しで事務処理をしておきたいという傾向がある。それが一応、計画的に物事を処理しようという原動力になっているのかもしれない。また、家に仕事を持ち帰ると、リラックスしすぎて作業速度が鈍重となるために、できるだけ現場で処理するよう心がけている。教室という現場は、決して事務を処理するのに好適な場所とは言えないのだが、どんな環境下でも最低限の質は保持できるように自分を慣らしつつ、合理化を一種の修行とでも考えるようにしている。新年度から1ヶ月、漸く新しいリズムに慣れたという安心感が生まれたためか、激しい睡魔に襲われ、0時前に沈没してしまった。



2004年2月27日 (金)  夕刊

夕刊


 夕刊の見出しは予想したとおりのものだったが、そもそもこの事件のことの起こりはどんな小さな歪みだったのだろう…。おそらくは麻原の心の中に涌いた偏屈な反抗心と劣等感の渦だったのだろうが、それが異常な乱気流となって多くの人を巻き込んで取り返しのつかない事態を招いてしまった。

 が、現在の難しい状況の中にあって人心は荒み、誰でも心の中に、このような忌まわしい気持ちが生じるような機会が襲ってくるのではないだろうか。安易に社会の責任に転嫁することは避けるべきだとしても、打ちひしがれた精神を支えるだけの受け皿は余りにも貧しくはないか。いや、「受け皿」として公共の機関が提供するようなものは殆どが機能不全をきたしているのであって、もっと広く社会の受容性・包容性のようなものを想定しているのだが、いずれにしても、失敗を許し諫め、人間の可能性を温かく見守り続けてくれるような懐の広さといったものが社会から徐々に失われていくような気がする。第2第3の麻原が生まれる土壌は十分に整っているともいえる。

 不況と言われる時代に突入して10年余、社会にとって、物質の過剰に嫌気が差して、精神性を豊かにする絶好のチャンスともいえる期間だったとも思われるのだが、どうも世の大勢はそのチャンスの存在にすら気付いていないのではないか。書店に並ぶ新刊には貧しさと付き合うことをテーマとするものも散見されるが、どうもバブル時代の憧憬が潜んでいるように思えてならない。心を練り、心の豊かさを真剣に追求するような風が吹けば、日本は本当の意味で再生の一歩を踏み出せると信じているのだが。

2004年2月26日 (木)  ばたばた

ばたばた


 毎週定時の授業の他に行っている、たとえば補助プリントの作成や生徒から注文のあったプリントのコピー、講座の添削、生徒向けの授業計画書の作成、定例テストの答案チェック、成績の確認、授業実施内容の打ち込みなどルーチンワークとなっている作業を片付けている時に、コピーの電源が入っていなかったり、レーザープリンタの用紙が紙切れになっていたりなど、ちょっとリズムが狂うと急に作業への負担感が増す。上手く回っているときには、他の作業の待ち時間に別の作業を同時並行的に処理できるので、結構大量の事務をきちんとこなせるものなのだ。

 今日はその辺非常にまずく、作業の流れがプツプツと切れてしまった。同時に走っているタスクなどは、何をどこまでやったかを把握していないと確認作業に時間を奪われることになる。結局本日中に終了予定だった作業が中途半端に残ったので、いったん仕舞いとし、明日スムーズにスタートを切れるように準備をして早めに帰ることとした。〆切りに対しては十分すぎるほどの余裕を持ってはいるのだが、長年の経験から、どこかでひっかかったら、思い切って一度中断してしまう方が結局は効率が良いみたいだ。

2004年2月25日 (水)  さらば友よ

さらば友よ


 10年近く同じ仕事をしてきた同僚が、この度、ご家庭の事情のため故郷仙台に帰ることとなった。出講先の教室こそ違え、同じ科目の、それも比較的似たような考え方を持った友人でもあった。この日記にもたびたび登場した、いつも仕事が終わってラーメンツアーを楽しんだ友でもある。

 今日は送別会を兼ねて、総勢4名にて市内のラーメン店2店でラーメンのハシゴをした。いつも一緒に行っていた「春夏冬」と「支那そばの里」。2軒目の支那そばの里でラーメンを食べ終わり、店を出ようとするとき、お店のご主人に彼の挨拶をするのを聞いて、こちらがしんみりしてしまった。ニッキを伴って東北めぐりをするとき、犬とともに泊めてもらうことを約して彼の車を見送った。彼の未来に幸あれ!

2004年2月24日 (火)  家を離れると

家を離れると


 家を離れていると、たとえば東京まで出る時の行き帰りの電車の中などにいると、窓外の景色を眺めながら、あれをしよう、これもしたいと不思議と意欲的になる。その気持ちはたしかに、家の玄関を開ける時までは続いていたはずなのに、小太郎に挨拶してからニッキをサークルから解放し、そして仕事部屋に入り、コーヒーを啜って「さて…」と周囲を見渡す頃になるときれいにどこかに消えてしまっている。

 あの意欲は明るい陽射しのせいなのだろうか、それとも電車の心地よいリズムによるものなのだろうか…。いや、意欲というものはもしかするとある程度の緊張状態の中で生じるものなのかもしれない。電車の中にはある程度の人の目があることで、純粋に精神活動にエネルギーが振り向けられるのではないか。それゆえ、家に着いた途端、ニッキや小太郎の顔を見て、体も気持ちも緩みっぱなしになるとそういったクリアーな精神は形を失うのだろう。だからと言って、緊張の度が過ぎるとこういう気持ちにはならない。現に物事に直面していない状況だからこそ、頭の中で勝手な計画を立てて心地よい充実感を得ているのだろう。自分を知っているようでいて、自分の中にはこういう得体の知れない天邪鬼がたくさん棲んでいる。こいつらの正体をつかめるようになる頃には自分も相当偏屈になっていることだろう。

2004年2月23日 (月)  豪風

豪風


      城山湖畔に白い風(mpeg動画232kb)

 面積のさほどない城山湖に白波が立つほどのすごい風だった。普段であればもう少し持続できるフセマテも、自分の着ている服のはためく音と、鋭敏なニッキの耳を凄まじくなぶる音のためにちょっとしたはずみに立ち上がってしまった。トレーニングの成果という点から言えば、やや心残りではあったが、風の中、他の犬たちと思い切り走る姿は非常に美しかった。

 前日の雨と今日の台風並みの風―ニッキの兄弟は皆、「風」に因む名前を持っているので、今日のような力強い風を単に「暴風」とは呼びたくない―のため、東京の向こうにあれは筑波山だろうか大きな山塊が望めた。空気の持っている質のようなものは体表だけでなく、明らかに体の奥底、そして心にまで影響を与えているようだ。風のエネルギーはニッキと自分の心身に沁みわたり、大いに英気を養ってくれたと思う。


         メガロポリスTOKYO

2004年2月22日 (日)  仕事 お祝い

仕事 お祝い


 来年の入試に向けての特別対策授業が始まった。今日はその第1回目。いつもの地元教室ではなく、10分ほど電車に乗ったところにある町田校へ。担当するのはいわゆる「できる子」たちのクラスで、今の自分よりずっと頭の回転が良さそうな子ばかりだ。初対面。犬の挨拶のように、雑談をしながらアタリをつかむ(匂いは嗅がない)。性格も悪くなさそうだ。スマートな子が多い。女の子は自分と男の子たちとのやりとりを見てるな。気合いはありそうだ…。

 始め!の合図とともに、意欲的に作業に着手する。とはいえ、実際の中学入試問題に当たらせてみると、当然のことながら集中力や作業の丁寧さにおいては発展途上である。もっとも、彼ら自身それを謙虚に認め、自己の過ちを検証するだけの能力がある。その素直さこそ、彼らをさらに伸ばしてくれる道筋を整えてくれるものなのだ。ここに至って初めて、「賢さ」というものの真贋がある程度つかめる。この子たちとなら愉快に付き合っていけそうだな。そして、大切なことを受け取ってくれるだろうな、と。自己の才に溺れず、自らを知ることでますます伸びていくことだろうと思う。

 仕事を終え、招待を受けた知人の息子さんの入試合格のお祝いに出席する。久しぶりに会話と多摩の夜景を楽しみながら肉料理を味わっての充実した時間を過ごす。食事の時間というものは、時間をかけ、そして人と楽しく過ごすことによりこれほどまでに豊かになるものであったのか、ということを思い出す。決して、食事をする時間も取れないほど忙しくないのに、普段の食文化の何と貧しいことかと反省する。これでは「美味しいものなんだから味わわずに飲み込むなよ」などとニッキを叱ることなんてできない。ご招待に感謝!



2004年2月21日 (土)  ふっくら小太郎

ふっくら小太郎


 「にきにき日記」で使う写真を、せめてニッキ3に小太郎2の割合にはしてやりたいとは思いつつも、カメラを構えたところにほとんど不在の小太郎の画像は勢い少なくなる。今回の画像も仕事に出るときに、たまたま自分のベッドの上で日向ぼっこをしているところを携帯カメラでとらえたものなのだが、小太郎単独での画像というのは少ない。

 そんな少ない写真の中からも小太郎の画像だけをアルバムから取り出して表情の移り変わりを見てみると、頬のこけたような、ややひ弱そうな感じの顔つきから、下膨れの真ん丸い顔になっていることに気が付く。耳を倒して青く着色すれば、あの有名マンガの主人公みたいになるだろう。小太郎に対して、俺を見習ってもっと苦労をしろなどと説教できるような立場にもないが、十分過ぎる食事を確保してあとはぬくぬくと寝て、じゃれて暮らすだけの生活に甘んじているのだとすれば、健康にも良くないし、気力の張りも緩んでくると思うので、もう少しなにか家の仕事か何か手伝う方がよいのではないかと思う。巧みな芸を身に付けて映画デビューし、我が家の家計を支えてくれるのなんていうようなのも大歓迎だ。

2004年2月20日 (金)  キリ番賞受け取り

キリ番賞受け取り


 今回のサモエド共和国の「零七七七七七」カウントキリ番賞は、いつもニッキのフードでお世話になってる「クッキー」さんに制作をお願いした。年数回あるキリ番賞として相応しい金額、華美に過ぎず、かといってありふれたものではないという条件を見事にクリアしていると思う。完成の連絡を受けて、本日昼にニッキを連れてクッキーさんまで受け取りに行ってきた。イメージしていた通りの出来。

 実は制作にあたって途中経過を見せていただいた時に、見本を見て気に入ってしまい自分のためにも一つ追加発注してしまったのだが、来週初めにも発送手続が完了し次第、こちらで作品をアップしようと思っている。サモエド好きにはたまらない逸品だと思う。

2004年2月19日 (木)  静かに進む

静かに進む


 物事を前に進めようとすれば、当然のことながら、さまざまな壁に直面する。力を入れれば入れるほど、万事空回りし、つい自分の外に原因を見つけようとしてしまう。そんなときはムリに前に進もうとせず、風を待つことも大切だろう。ただし、再び自分を信じられるように強い気持ちを持って、決して気持ちを萎えさせず、明るい心持ちで行く先を見つめる。短い風待ちもあれば数十年に及ぶ雌伏もあるかもしれない。人生、何をなしたかということも大切なことなのかもしれないが、どれだけのことを耐え忍ぶことができたのかということが自らの人生を振り返る時に大きな慰めになるのではないかと思う。レディメイドの試練などない。

2004年2月18日 (水)  木枯らし

 昨年の10月岡山のサモエドオフでニッキと一緒に遊んでくれた元気君が亡くなった。8歳と1ヶ月。ニッキより若いかもしれないと思うほどのふかふかの見事なコートと無邪気な笑顔の子だった。ブルーのリボンをつけて、紹介されるときに照れていた姿を今も忘れない。

 天真爛漫な元気君はきっと生活の中で大きな存在を占めていたのだろう。自分にとってのニッキがそうであるように。ご家族の気持ちを思うとつらい。天から笑顔をもって幸せを運んでくれるサモエドたち。いつかは大きな役割を終えて虹の橋を渡って帰って行く。愛された8年間はきっと元気君にとっても幸せに満ち足りたものだったのだろうけれど、天使たちのあまりにも短い生涯が切な過ぎる。

 元気君のご冥福をお祈り申しあげます。

2004年2月17日 (火)  見回り

見回り


 屋上に出て、おしっこを済ませると手すりの基部に手をかけて外を眺めている。道行く車や人を眺めるかと思えば、すずめを視線で追ったり、そして、ただぼんやりと風景を楽しんでいる。

 何を見ながらどんなことを考えているのだろうか。夢とか悩みもあるのだろうか。ことばにしなくても、一緒にいるだけで気持ちが通じ合ってくるようなのんびりとした午後のひととき。

2004年2月16日 (月)  オフ翌日

オフ翌日


 さすがにニッキも昨日の移動とランで疲れただろうと思ったのだが、排泄を終わらせて家の中に入れようとすると「ね、今日も行くんでしょ?」というような嬉しそうな顔をしている。今日行ってもね、誰もいないんだよ、ニッキ。

 ※あ、サモエド共和国への訪問者がのべ80000人を突破しました。ありがたいことです。

2004年2月15日 (日)  裾野サモもふ

裾野サモもふ


      裾野サモもふアルバムへ

      アンディとエルナ(mpeg動画232kb)

 午前中に家を出て、裾野市にあるドッグランM's Placeにニッキと一緒にサモオフ(子サモをもふもふするのでサモもふ)に参加してきた。昨日の雷雨に、今日の天気は大丈夫だろうかとちょっと心配になったが、暑すぎず寒すぎず、まさにオフ日和。

 まだ1歳にならない子サモたちがたくさん参加してくれたので、パピー特有のコートを思う存分触ることができた。そしてまた、今までなかなかお会いすることのできなかった、遠方のサモ友たちとの交流を深めることもできた。楽しい一日だった。

2004年2月14日 (土)  ニッキ4歳

ニッキ4歳


      オイラも誕生日が欲しいニャー

 ニッキ、本日無事に4歳になることができた。たくさんの方々からの温かいお祝いのメッセージをいただき、とても嬉しく思う。ニッキの誕生日のことを考えているうちに、小太郎の誕生日についても考えてやらなければならないと思うようになった。母は、いつも自分のことをニッキばかりえこ贔屓するといって詰るが、それは小太郎が自由勝手に家の中を歩き回っているからであって、犬とネコとのコミュニケーションは自ずと異なると思う。とはいえ、誕生日がニッキだけしかないというのは確かに不公平だ。最初の頃は、小太郎の誕生日もニッキと一緒でいいね、などと話していたのだが、それ以来、決めてやるのを忘れていた。小太郎が我が家にやってきた日を基準にして誕生日を決めてやることにしよう。


   いただいたプレゼントに大喜びのニッキ

2004年2月13日 (金)  牛丼

牛丼


 仕事前に松屋で牛丼を食べた。吉野家より松屋の方がもともとメニューのレパートリーも多いので、牛丼の販売休止になったとしても影響はそれほどないだろうと思ってはいたが、十分なストックがあったのだろう、相模原の松屋にはまだ牛丼のメニューが残っていた。

 こうやって携帯カメラで写真を撮るくらいだから、周囲には他人の目はなく、店に入った時点でお客さんは自分を含めて3人だった。そして、後から入ってきた客は2人とも牛丼ではなく豚丼を頼んでいた。たしかに、豚丼も牛丼と同じ値段だし、味も悪くない。近頃は豚汁の付く豚丼セットが定番となりつつある。

 一昔前であれば牛肉>豚肉>羊肉>鯨肉>鶏肉>魚肉といったような、何とはなしのヒエラルヒーがあったけれど、今は自分の好みが優先されるようだ。何が何でも牛肉に憧れていたような時代から輸入自由化を経て、牛肉が特別の存在ではなくなった。消費者の選択が健全になった、豊かになったと言えばそういうことなのだろうが、やはり自分はやや古い世代に属するのか、牛肉、牛缶という語感に負けてしまう。カニと牛肉、そしてメロンという「特別な」食べ物の格式に今でも、どこか引け目のようなものがある。カレーには鶏肉、カツであれば豚肉、と料理に合った肉の好みはしっかりとあるのだけれど、再び希少性を持つに至った牛肉の味をもう一度噛み締めてみたくなった。いつもの流儀で紅生姜と七味をどっぱりとかけて醤油をひと回しして胃袋に描き込む。そう、これが松屋の牛丼の味。美味しかったけれど、かつてのような涙が出るほどの感動はなかった。豊かになったようで、実は貧しくなったのかもしれないなとも思う。

2004年2月12日 (木)  すごすぎ

すごすぎ


 新6年生(とはいっても小学校ではあと2ヶ月は5年生なのだが)の模擬試験の結果が出た。去年から引き続き担当しているクラスの子どもたちが目も覚めるような好結果を残してきてくれた。自分もそんなに天邪鬼ではないので、好成績自体は素晴らしいことだと思って彼らの頑張りを心から讃えた。学ぶ姿勢も素直であって決して天狗になっているようなこともない。「ちょっといい結果を残したからといっていい気になるなよ。上には上がいるんだ…」というのが自分の父の口癖だったのだが、それにはすごくやる気が殺がれた思いがあるので、そういう駆け引きめいた言い方は絶対にしたくなかった。父や教師に受けた嫌な言動は自分限りで終わりにしたい。ただ、そういう意味ではないにしても、彼らの好成績には一抹の不安が付きまとうのである。

 勝負は始まったばかり、最初から飛ばし過ぎて学習ペースを乱すことも心配だが、過去に残した自分の成績に彼ら自身が縛られてしまうことが非常に怖いのである。あの年齢にして4年生の頃は、5年生の頃は…と過去の実績にしがみついている生徒を見ると、その思いが強まる。テストの結果が自らの能力評価と完全にリンクしているのかもしれない。自己への過大評価以上に自信喪失というものはその人を心の底から無力化し、人間の尊厳を損なってしまうものではないか。そして、それは外からではなくむしろ自ら与えやすいもののようにも思うのだ。そんな気持ちもあって、「テストの結果がそのまま自分の力なのではなく、マルのついているところにも不備があり、逆に×を食らったところにも、可能性が潜んでいる。だから、自分自身が納得できるようなそんな勉強を続けていこうよ」とそんな学習内容と方法についての話から授業をスタートした。今まで、子ども達の成績(偏差値)が振るわず、それを励ましつつ合格を支援してきた経験が多かっただけに、緒戦の大勝利に舞い上がってしまったのは他ならぬ自分自身なのかもしれず、子どもたちへのアドバイスはもしかすると余計なお世話だったのかもしれないのだが…。いや、奇跡の大逆転というパターンの方が好きなだけ、このまま素直に伸びてくれれば実際は何も言うことはないのだ。

2004年2月11日 (水)  卒業生

              
              みんな、中学生になってもがんばるんだぞ!!

 午後、今年の卒業生が遊びに来た。自分は、お客さんを持て成すのが苦手なのだが、ニッキと小太郎が立派にホスト役を務めてくれた。祭日なのに仕事があるのがちょっと恨めしかった。


           もふもふ                          くぐるな

          目線ください                         むふ〜

        ちょっと通りますよ                   でっかい肉球だね

            ニコッ                       わいわいがやがや

2004年2月10日 (火)  街へ

街へ


 噂のラーメンを食べに東京まで足を運んだが、準備中の時点ですでに長蛇の列。前回偵察時にもすごかったのだが、それは営業中だったからだろうと思っていた。それにしてもラーメン好きは多いものだ。線路脇の侘しさ漂う細い道路でさすがに一人で長く待つだけの気持ちにはなれず、列を眺めて全く関係のない人のように引き返した。



 山手線の車中、それならばと新宿周辺の有名店に行こうかとも考えたが、高層ビルを仰ぎつつ透き通るような蒼空を眺めているうちに、とくにラーメンが食べたいという気分でもなくなった。



 結局戻りの京王線に乗り、橋本の飲食街で回転寿司を食べて帰った。自分のラーメン好きなんてせいぜいこの程度のものなのだ。気合いの早起きは、かくして不発に終わった。もう少し若ければ、未遂で戻って来ようものなら根性ナシと自分を責めたことだろう。列が長くとも、食べるだけ食べて帰ってきたのだと思うのだが、まあ分別が付くようになった、ということなのだろう。Y家の牛丼もと考えたが、これはそのうち復活するだろうから焦らない。

2004年2月9日 (月)  ニッキも負けずに

ニッキも負けずに


 トレーニングが始まる前、少し早めに会場に着いて事前練習をした。県の保守点検と工事以外には車の通らない場所なので、安心して脚側歩行のトレーニングができる。18mのロングリードをコンクリートの柵に結び付け、30mほどを行ったり来たり。なかなかピタッとは付いてきてくれないが、自分の歩みの速度に合わせて付いてきてくれるようにはなった。



 先生と友犬が到着してからひと走り済ませ、今まで習ったことを通しでやってみる。以前なら10分経過することからキュンキュン鼻を鳴らしたフセも、30分くらい平気でできるようになった。遊びやオモチャの誘惑にまだまだ弱い面もあるけれど、それでも「マテ」「ノォ」の意味はしっかりと理解している。また、大幅なレンジアウトも少なくなり、待たせてからアイコンタクトを求めての「取って来い」もスムーズに運んだ。他の犬たちがたくさんいるところに行ったらどれだけこの成果が発揮できるかはまだわからないが、今年頑張った子どもたちに負けないよう、ニッキも着実に進歩してくれている。とすると、一番進歩していないのは誰かということになるが、今はあまり頭を使いたくないので面倒なことは考えないこととしたい。

2004年2月8日 (日)  ひさびさに…

ひさびさに…


 ニッキとまったり。空の青さ、風の冷たさを身体の中に沁み込ませる。風邪も抜けて、人心地付くと、急に自分が腑抜けのように思えてくる。この1週間、長くも短くも感じられた。現場も忙しかったけれど、受験生の家庭は嵐のような状況だったろう。つらい日々の中で、歯を食いしばって涙をエネルギーに換え、「次」に立ち向かった勇気に拍手を送りたい。だけれども、これは終わりではなく、始まりの1ページに過ぎない。合格の栄冠を勝ち得たことよりも、これから突き当たる困難を乗り越えるだけの力を手にしたこと、そこにこそ彼らが頑張った本当の意味があるのだと思う。

 合格おめでとう!



2004年2月7日 (土)  理解

理解


 ニッキは仕事に出るときはサークルの中でおとなしく控えて見送ってくれる。その健気さに対して、前払いのジャーキーを与えながら、こちらも「仕事、行ってくるからね」とウソをつかずに留守番をお願いする。事情を察してくれる優しい犬である。信頼をより一層深めていきたい。

2004年2月6日 (金)  子サモ

子サモ


 親しくさせていただいているサモ友の方々が、多頭飼いへの道を歩んでいる。どんな犬にももちろん個性があり、魅力があるけれど、やっぱり一緒に暮らしている犬種に少しずつ魅了されていくようである。そして、同じサモエドでも、最初の子の持っていた特質が飼い主の嗜好をも方向付けるようで、ただスタンダードであればよいとか真っ白でアーモンド型の目を持った子というような、抽象的な希望でなく、できれば同じ出身犬舎ないし血統を持った子を求めるようである。たしかに自分の場合にも、もし次の1頭をと言われれば、まずニッキの出身犬舎に照会するに違いない。

 新しく生まれた子サモたちが、初めてサモエドを迎える家庭というのも新鮮でよい。きっと新たなサモエドファンを増やすだろう。だが、飼育放棄されたり虐待されたりという不幸なケースの中には、「こんなに大きくなるとは思わなかった」「しつけが入らない」という無理解に基づくものも多い。実際に、初めてサモエドを飼って大きなストレスを抱えた方々の経験談はよく耳にするところである。そういった観点からすると、知り合いのサモエドブリーダーさんのところで生を受けたパピーたちが、これまた知り合いのサモ友の下に貰われていくというのは非常に安心感がある。おそらくは、前よりもお互いにとって幸福で安全な環境を短い時間に構築することができるはずだからだ。

 当面、他人の2頭目、4頭目を指を咥えて見ているだけしかないが、それでも十分に幸せである。

2004年2月5日 (木)  第1回授業

第1回授業


 本日より新6年生第1回授業。まだ体系的なカリキュラムを講じたテキストには入らず、力試しと解法のチェックという観点から特別問題を解いてもらって、各自が解答を導いたプロセスを意識に上らせて再確認してもらおうという意図で授業を進めたのだが、どうも当方の力の入れ具合と子ども達の反応がアンバランス。今まで培ってきたような授業のオートスタビライザーが働かなかった。もちろん受け手である彼らのせいではない。今までのように、どちらかと言えば、子どもたちを「引っ張る」という授業ではなく、一緒に話し合い、考えながら理解を深めていくという方向性を打ち出したことに、やや戸惑いがあったのだろう。昨年度から引き続き見ている子たちなので、より一層「ガンガンやってく、いつもの先生らしくない授業だなぁ」という違和感があったのかもしれない。

 教え込む授業にはメリットもあるが、限界もある。教えられた手筋だけでしか問題を処理できないという脆さを露呈しやすい。それに対して、自ら考え、その結果とプロセスを検証しようという一歩を踏み出した子は実に強くなる。早くそういう子を育てて行きたいという欲張った気持ちが前に立ちすぎたのだろう。そして、どうも嵐のような入試時期の殺気立った鋭敏な感覚が知らぬ間に常態となっていたのかもしれない。幸いなことに焦っている自分も判別できる。まず自分が落ち着かねば授業などやってはいけない。

2004年2月4日 (水)  立春

立春


 夕方から新学年ガイダンス。今年の入試結果がまだ出揃わないうちではあるが、この2月から塾での新学年となる彼らにとっては新しい1年の始まり。自分のために勉強を継続できる、キッカケとなるような、できるだけ鮮烈な言葉を残したいという思いになる。細々とした学習内容や方法の方向付けより、もっと大切な心構えがあるように思うのだ。それを子ども達の心に響く言葉で伝えたい。だが、頭の中で、もっともらしい言葉を組み立ててもそれではウソ臭く、どこかしらに当方の誘導めいたものがあるようで、弱いように感じてしまう。

 結局、真っ先に口をついて出てきた言葉は、この一年頑張ってくれた今年の受験生たちへの賞賛と感謝の言葉だった。圧倒的で立派な成果を彼ら、彼女たちが残すことができたのは、教える側の人間が凄かったのではなく、ましてや教室の設備でもない。彼らとそのご家庭が我々を信頼してくれたこと、そして何よりも、彼らに授業を「受ける」姿勢ができていたことにあると思う。ガイダンスの最中、たった5分、いや1分間であっても人の話に意識を集中すること、そして逆に何も考えないことの難しさを体験してもらった。人間、真っ先に突き当たり、そして永遠に無意識のまま付きまとう不自由はこの、自己制御の不如意ということであろう。克己心という言葉も、自分が自分を制御することのいかに難しいかを語ってはいまいか。

 志望校に合格したい、そしてその先の自己実現を図るという強い希望の下、相手の言に自分の意識を素直に傾けることの大切さを、そして、彼らの先輩たちがこの難事と闘った末に栄冠を奪取したことを自分なりに伝えたつもりである。

2004年2月3日 (火)  明日のために

明日のために


      突き飛ばす(mpeg動画232kb)

 今日も合格の花がちらほらと咲く。だが、まだ蕾のままの子も。子どもたちも親御さんも精神的に苦しい時だと思う。

 いずれ、数字を元にあれこれ検討を余儀なくされるのだろうが、今はまだ抽象的な数字云々の話はしたくもない。生徒一人一人から見た自分の合格一つ。それがいかに尊いことか…。一人一人のために良き結果をただ祈るだけである。

 がんばれ がんばれ


2004年2月2日 (月)  まだまだ! 勝負はここから

まだまだ! 勝負はここから


 5時起床。暗いうちにニッキの排泄を済ませてから留守番を頼み、石川町の駅まで入試応援に向かう。夜明けにはさほどでもなかった寒さだったが、7時からの1時間半、吹きさらしの改札口に立っているとさすがに体が冷え切ってくる。新横浜の駅の待合室で軽食を取って体を温めてから入試問題の解答出しのため本部へ。ニッキがサークルを脱出した旨のメールがあり、不安になって弟に状況を照会。多少荒らした跡があったようだが、想像の範囲内とのこと。不安を掻き消して解答を仕上げる。

 冷たい雨の降る中、15時過ぎに教室を辞して普段の教室に戻る。入試結果はまさに悲喜交々。合格の喜びを報告に来てくれる子もいれば、結果が芳しくなく、元気を出すために教室スタッフに会いに来てくれる子もいる。さまざまな心境での訪問のある中にあって、今日まだ歯を食いしばって明日に備えている子の胸の内を思うとつらい。が、桜の花がほころぶように笑顔もぽつぽつと咲いていくだろう。今、喜びの報告に来てくれる子にもこちらはどこか引きつった笑顔で応ずるしかない。だが、思い切り「おめでとう、本当によかったね!」と大きな声で祝福できる日は必ず訪れると信じている。

2004年2月1日 (日)  なんだか落ちつかない

なんだか落ちつかない


 早くも2月到来。関東地区で子ども達の中学入試が一斉にスタートした。こちらがいまさらじたばたしてもしょうがないのだが、この時期はやはり落ち着かない。明日から入試応援、問題解き、教室待機、新学年ガイダンス、そして各種ドキュメント作りと仕事の山場が続く。こちらもそれなりに大変だが、何と言っても一番大変なのは、試験に臨む子どもたちとその親御さんたちであることは間違いない。PCの前に座っていながら「あいつは今緊張しているかな」などと考え、キーボードの指が止まる。

 これから数日、ニッキにもしばらく家の留守を預かってもらうことになる。よろしく頼むの気持ちを込めて、長めの散歩に出て外の涼しい空気でお互いリフレッシュした。定期健診のため訪れた病院では、仔馬のようなボルゾイ君に会った。その大きさと美しさにしばし圧倒される。そして、元気溌剌な赤茶の柴犬君、とニッキが大好きな愛らしいゴールデンレトリバーの女の子。動物病院の待合室が犬図鑑のようだった。クッキーさんに立ち寄ってキリ番賞品の打ち合わせをしてから一度家に戻り、クリーニングや買い物の雑事を済ませておく。近所のショッピングセンターでは壮行会にも来てくれた卒業生の集団と出くわす。仲間同士で楽しそうに何となく街歩きができる気安さが羨ましい。自分も早く、何も考えずにニッキと相模川の河原あたりでノンビリとしたいものである。