2004年3月31日 (水)  5コマ

5コマ


 今日は午前中から夜まで5コマ授業。明日はもっと早くから6コマだ。昔は日の出とともに家を出て家々の灯りが消える頃家に戻ると言うフルコマ出講が連日続いても、それが当たり前のように思っていたのだが、いつの間にか4コマ以上はキツくなってきた。年を食ったという理由だけでなく、神経を使う機会が多くなってきたこともあるように思う。それが特に遊んだ次の日の授業は堪える。少し早めに寝て、体力を回復しなければ…。次回、ニッキと駈けられる日を楽しみにして。

2004年3月30日 (火)  朝霧ドッグランへ

朝霧ドッグランへ


   キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!! (mpeg動画232kb)

 講習の中日の休みを利用してニッキとドッグランに行ってきた。他の犬とのコミュニケーションを取らせてやるのであれば近隣のランでもいいのだが、できれば、たまには他の犬に気遣うことなく思い切りノーリードで走らせてやりたい。そこで、少し遠いのを覚悟で朝霧まで足を伸ばした。心配していたお天気も何とか昼過ぎまで持ってくれて、適度な涼しさの中を存分にランを楽しんでいた。こんなに広くなくてもいい。いつか、田舎にニッキが全速力で走れるくらいの土地を求め、掘っ立て小屋でも建てて好きな本でも読みながら1日を過ごしてみたい。

 DogDeptで欲しそうにしていたので、買ってやったおもちゃ(マッ○ポテトのパッケージを模したもの。500円のSale品だった)を家に着いて早速与えたところ、しばらくのプープー間音を鳴らして楽しんでいたが、音が聞こえなくなったのでどうしたのだろうと見てみたらすでに破壊していた後だった。流石はサモエドだ。強力な接着剤があれば修復できそうだが、やはり毒性が気になる。直しても飾っておくだけになりそうだ。

2004年3月29日 (月)  観桜

観桜


 昼過ぎにニッキと横山公園へ。桜を愛でながら園内を一周。昼の花見客は子ども連れの家庭の主婦が多いようだ。普段は電話や玄関先の立ち話をしているような間柄なのだろうが、桜の花咲く下でのコミュニケーションは一層人間関係を温めてくれることだろうと思う。いつもの順路で園内を巡回していると、いつもよりたくさんの人がニッキに声をかけてくれる。きっと満開の桜が人と人との間の垣根をうんと低くしてくれているのだと思う。桜のトンネルの向こうに丹沢の山々が望め、子どもたちが声を出して走り回る。写真を撮ろうとするとニッキも振り返って周囲の桜花や喚声に視線を巡らせていた。

 いつものようにクッキーさんとフットスタンプさんに立ち寄って、犬話をして戻る。今日は、フレブルのリュウ君、リュウ君のご家族にも会うことができた。何か目出度いさくら花…歌を作るわけでもないのに、そんなフレーズが頭の中に浮かんできた。


追記:茉瑠子ちゃんの手術、成功しますように!

2004年3月28日 (日)  丑三つ上等

丑三つ上等


 仕事の終わりが遅いので、帰ってきてからあれこれやっているとあっという間に深夜1時2時を回ってしまう。夜更かしを望んでいるわけではないのに決まっていつもそうだ。なぜだろう?

 家に着き、ニッキと挨拶を済ませてから食事を取り、夕刊に目を通す。それから重い腰をあげて仕事がらみの事務を処理してから、23時くらいになっている。ここまではまともだ。そして普段、それほど仕事が忙しくない時は、一応やることもやったんだし…とリラックスしてPCの前でネット巡りをする。で、気が付くと1時間以上経過している。いつも決まって回る数ヶ所のサイトをただ、ぼんやりと眺めているようで、結構突っ込んで見ているものだ。下手なテレビより、魅力のあるコンテンツが多い。日記のまとめ読みなどに嵌ってしまうともう大変。こっそり帰るつもりが、ついBBSなどに足跡を残してしまう。この前後から次第に目が冴えて本調子になってくるから困ったものだ。にきにき日記を難産し、冬は湯たんぽの湯が温まるのを待ちながら夜食を漁る。夜行性の小太郎が仕事場のドアの前でうぅ…、と鳴き、訪問を告げる。それに触発されたニッキが表に出ようと誘いかければ、毛糸の上衣を引っ掛けて共に鮮鋭な月を眺めに出かける。楽しい時間は速く飛び去るというけれど、かくて毎日深夜にかけて龍宮城の浦島太郎のような心地となり、次の朝少々後悔する。

2004年3月27日 (土)  ちょっと嬉しい

ちょっと嬉しい


 まさに仕事に出ようとする時、有名なペット番組の制作者の方からメールが届いた。ここのホームページを見ていただいたとのこと。もっともニッキや小太郎への出演の依頼や打診といったものではなく、神奈川県の面白いペットの情報があれば報せてくださいという内容のものだった。当初は自薦も…と考えたが、ふたりともただ仲がいいだけで、特に何か面白いことができるというものでもない。それに、自分はテレビのようなのは苦手である。で、もし、この日記をご覧の神奈川県の方で、この(あの)子のクセや特技はぜひぜひテレビの電波に乗せたいものだねという方がいらっしゃったら、これみつ宛てに概要(クセや特技など)を記したメールを送っていただきたい。

 サモエド共和国がいろいろな方の目に止まっているということがわかってちょっと嬉しかった。

2004年3月26日 (金)  春期スタート

春期スタート


 今日から春期講習がスタート。「春」という字は、眠気を催すようなぼんやりとした印象も与えるが、明るさや希望をも連想させる。「夏」のような開けっぴろげさも、「冬」のように切羽詰った感じもない。テキストの色もそれに相応しく若草色というのも何とはなしに好ましく思える。

 講習時には普段より10分長い80分1コマとなるのだが、問題演習が中心となるのでそれほど長くは感じない。生徒の側にもある程度の緊張感があるので、退屈を感じることもないと思う。ざわめきが治まり、キリッとした空気に包まれる瞬間が好きである。彼らの作業中に与えようとする自分の説明やヒントでさえ、水を打ったような静寂を破るのに躊躇を覚える。

 年度最初の季節講習とは言っても、当然のことながら6年生にとっては小学校最後の春期講習となる。決して楽しい時間ではないだろうが、何か大切なものを温め、それが育ちつつある充実感というものをきっと抱いてくれていることと思う。

 この講習が明けると間もなく夏期講習の申し込みとなり、あっという間に夏が訪れる。そして知らぬ間に1歳だけ年が増え、季節は冬へと向かっていくのである。いろいろな思いがもっとも良い形で実現されるように心から祈っている。今日は、物事をまとめようとする意欲が湧かない。それゆえ徒然なるままに心象を吐き出してみた。

2004年3月25日 (木)  タイミング悪し

タイミング悪し


 家の事務、個人の仕事などが予定した段取りで運ばず、いろいろとタイミングを逸してしまう1日だった。

 明日から春期講習。気合を入れ直そう。

2004年3月24日 (水)  雨なのに…

雨なのに…


 午後から横浜まで出て会議。例のごとく、日程消化のためにする会議。前提も浮動的、目的も定かではない。血も沸かず、肉も踊らない。その点はもとより出席者全員承知の上…。つい愚痴ってしまいたくなるような鬱な空、鬱な気分。

 仲の良い先生方と15分ほどお茶を飲めたのが唯一の収穫。いや、相模原の駅で見た桜の花も綺麗だったか。

2004年3月23日 (火)  意志の束

意志の束


 食べ物屋さんでも交通機関でも一番忙しい時間帯というものがある。お店ではないが、ホームページについても、その分野ごとにアクセスが多くなる時間帯というものがあるようである。まず一般的に言えるのは、仕事の忙しくないときで、かつレジャーなどで外出していないときということになるだろう。たとえば、昼休みや午後の比較的忙しくない時間帯に、勤め先からネットに入ってこっそり(大っぴらの方もいるだろうが)楽しんでいる方は多いようである。反面で休日などには遊びに繰り出すため、PCには向かわない等。

 ただ、同じカテゴリーに分類されるはずのサモエドサイトについて見ると、昼間にカウンターの数が伸びるところ、夜から未明にかけて伸びるところ、昼夜関係なく伸び続けるところの3態あるようだ。これは上にあげた理由の他に、管理人(サイト設置者)の常駐の程度が影響しているようにも思う。ほとんどの場合、ページの更新は夜間になされ、日々変更されるものとしては日記があるが、BBSは随時書き込みがある。有名なサイトともなると訪問者同士が書き込み、レスを付けてというような自律性を持つが、サモエドサイトのような、どちらかというと仲間意識の強いサイトだと、やはり管理人が扇の要となっていかないと訪問者は減っていくようだ。

 だが、近頃はそんなサモエド仲間のサイトの中にも都市のカフェのような、あるいは井戸端のような集いの場所が形成されつつある。そして、それはただの世間話をするだけの場所ではなく、同じ意志を持つものが一つの目的に向かって任意に協力しあえるようなコミュニティを形成しつつあるようにさえ思える。それは窮屈なドグマに統制された集団行動でなく、まさに個人の顔の見えるレベルでの同方向への意志の束というような新しいタイプの意思表明であって、あるテーマでは賛成だが、別の観点からすると賛同できないというように、その時の個人の意思の合致を基底とする純粋に個人主義的な共同意思ではないかとも思う。いずれは、選挙をめぐる情報収集や争点形成などもネットを通してなされるだろうが、新しい形の民意の主導権がこのような形の発展形によって担われるなら政治的アパシーというものもずっと軽減されるのではないかと思う。

2004年3月22日 (月)  あ、ゆき…

あ、ゆき…


 今日のしつけ教室は午前中の雨(雪)のためにお休み。城山湖の堰堤で友ワンと駈けるのはニッキにとっても自分にとっても最高に幸せな時間である。そして今日は、しつけ教室の後、開通したばかりの新小倉橋という相模川の上流にかかる立派なアーチ橋を渡ってあいかわ公園にでも行こうと思っていたので朝から降り始めた雨を少々恨めしく思った。だが、雪の降る中気持ち良さそうに昼寝をするニッキの寝息を聞きながらやらねばならない仕事を片付けるのにはちょうど良い気候だったかもしれない。天気が良ければ外に出たいので、仕事をするのが億劫になる。その辺り、うまく調節がなされているようだ。ニッキ、近頃遊んでばかりで少々弛んできたが、これからのオフに備えて少し自主トレを積んでおこう。そして4月の教室からは気合いを入れることとしよう。

 今後雪が降ったとしても積もることはあるまい。履きっ放しだったスタッドレスタイヤ、もう夏タイヤに取り替えても良いだろう。

2004年3月21日 (日)  桜はまだ

桜はまだ


      せっせっせーのよいよいよい♪

 春の仕事の準備が一段落したので、夕方ニッキと横山公園まで散歩に出た。園内を一周してもうすぐ出口となる辺りに見事な桜の枝のアーチがあるのだが、残念ながらまだ蕾が赤く色づく程度で開花はもう少し先のようである。東京や横浜に比べて相模原は寒いのだろう。桜花のトンネルを早くニッキとくぐりたい気もするが、間もなく進学・進級を迎えるフレッシュマンたちのためにも4月初旬に桜が散ることのないようにと望む。やはり入学式には桜の花が良く似合う。

 自分の担当した昨年の卒業生の一人が、遠い街に引っ越すこととなった。そしてまた、昨年・一昨年とニッキと訪れた高知のRさん一家も異動のため県西部へと移ることになったと聞く。それぞれにとって新しい物語が編まれる場所で見る桜の花はきっと大きな勇気と安らぎを与えてくれるものと思う。もちろん、いつもと変わらぬ生活を続けるものにとっても。


        夕日がやけに悲しいぜ

2004年3月20日 (土)  血は争えぬ

血は争えぬ


 先日友人から、北海道の有名ラーメン詰め合わせをいただいた。自分が札幌で過ごしていた当時からすでに高名な古い暖簾の店から、当時は知らなかった新進気鋭のお店まで5種類のカラフルなパッケージ。函館(とんこつ塩)、登別(白湯)、札幌(みそ)、旭川(しょうゆ)、稚内(塩)と地域、スープもバラエティに飛んでいる。より美味しく食べようと、仕事帰りに立ち寄ったスーパーで叉焼、肥えた葱、ホールコーン、メンマなどを買い物カゴに入れる。あと、時間のないときによく食べるカレーライス(近頃レトルトの『銀座カリー』にはまっている)の付け合せに、袋入りの福神漬けを選んだ(瓶詰めは瓶が余って困るので)。

 レジに行列ができていると、そのままレジに向かわずに、あと何か買い忘れがないかと念のため店内を一巡する。いつものことだが、この時に必ず余計なものを買い足す。あっ、焼酎とビールのハイブリッド飲料が発売されている、これはちょっと飲んでみる必要があるな。おや、Blendyのアイスコーヒーが特売だ、いつもより30円安いので2本買っておこうなどと。そして、お彼岸の時期ということでおはぎも、書店で言うところの平積み販売がされていたので、甘いものが恋しくなって、それもまたカゴに収めることとなった。

 買い物を済ませ、家に戻り、ニッキを解放してから仕事場でPCに向かい、小ぶりのおはぎを2つ頬張る。それからややあって、母が仕事から戻って来て、おはぎがあるから下に下りてこないかというので、やっぱり考えることは同じなのだな…と思って、どんな立派なおはぎを買って来てくれたのかなと期待して下りてみると…。なんと、自分の買ってきたものと同じ、キムラヤの4ヶ入り228円也のモノだった。違いと言えば、自分の買ってきたのにはきな粉のが入っていたというだけ。

 そろそろ納豆がなくなる頃だと思うと、二人とも同じ銘柄の納豆を買ってきたり、からしが切れる頃だと思うと練りからしを買ってきたりと、示し合わせているかのように同じ買い物をしてくることがある。「神秘」などという彩りこそないけれど、遺伝子のどこかに同じプログラムが仕込まれているのではないかと考えると、こんな珍事件でも考えを深めるきっかけとなる。

2004年3月19日 (金)  不明電話

不明電話


 携帯のアドレス帳に登録している人からの着信があれば、発信元が表示されるが、そうでないと相手の局番しか表示されない。素性の怪しいメールに関してはアドレスを見れば、ひと目で迷惑メールだと判断できるので端末からサーバー上で削除してしまえばよいのだが、それが電話番号だと特に怪しげなナンバーというものがない(安心できるナンバーというのもないが)だけに始末に困る。それでも数回ワン切りが続けば「着信拒否登録」というワザも使えるが、何度も呼び出し音を鳴らす不明番号による着信が月に数回あるとそうもいかない。近頃携帯を失くして新しい端末を買った人からの連絡かもしれない。あるいは携帯嫌いだった知人が国元に帰って、必要に迫られて携帯を手に入れたため、その連絡だったかもしれない。はたまた、メールアドレスを知らせているごく親しい友人の携帯番号をアドレス帳に登録していなかったためかもしれない等など…。

 もともと固定電話を含めて、着信があるとビクッとしてしまうので(父の旅先での死を告げる電話があったことがトラウマになっているのかもしれない)、携帯に関しては専らメール用途で使っているが、これは本来的には変則的な使い方だろう。ニッキの実家のHさんや北のサモ友Iさんは、携帯を本来の用途通り「電話」としてバンバン使っている。傍から見ていると、電話を電話として真っ直ぐに使っている清々しさ、ダイナミックささえ感じる。敏速な商談や交渉ごとは、やはり臨機応変な対話性を必要とするのだろう。商談や交渉を携帯メールで行うとすればまず不便であろうし、想像するだけで不気味でもある。

 言葉を使う、それもよくしゃべる仕事をしていながら、それでもなお電話という文明の利器がどうしても好きになれないのは、着信の不安感のみならず声だけのコミュニケーションというのが発信元の素性を含めてあれこれ想像せねばならず、また、時間的に即応を迫られ神経を使うからだと思う。面と向かっての話し合いならばともかく、電話だと自分が何をいうべきか整理もうまくつかない。変わっているのかもしれないが、家族との通信もメールがほとんどである。実際に着信があるときは、果たして「コンロの火を付けっ放しにしてきたかもしれないから家に戻って…」というようなものなのだから。

2004年3月18日 (木)  雨雲もまたよし

雨雲もまたよし


 久しぶりの雨。特に遠出をするわけでもないし、外で作業をするわけでもないので困ることもないが、雨の日は陽射しが弱まるためか、なんとなく気持ちがシャキッとしない。机やPCに長時間向かっているうちに夢うつつの状態になってしまう。起きながら夢を見ることってできるものなのだなと、こんなときに思う。

 教室は窓もなく、明るさや外気温などの外部の条件に左右されるはずもないのに、仕事をしていても不思議と外の重苦しい霧のようなものが忍び寄ってくる。螢光燈がいつもよりしっとり重い光で机を照らし、自分自身の声が他人の声のようにも思える。意識が飛んでいるというか自分の輪郭がすこしダブって歪んでしまったような錯覚に陥る。どんよりとした鼠色の曇と雨、何となく守られているような温かさがあるからだろうか。自分自身をくっきりと区別して考えなくてもよいような得言われぬ不思議な一体感というようなものがある。雨の日も悪いものではないが、毎日続くと自分が拡散してしまうような気もする。

2004年3月17日 (水)  ぽかぽか

ぽかぽか


 暖かかった。5月の陽気だという。仕事から戻る時もコートは要らないと感じた。これくらい暖かいと夜、ニッキがハァハァ荒い呼吸をする。人にもサモエドにも快適な条件というのはなかなかないようである。

2004年3月16日 (火)  掃除でリフレッシュ

掃除でリフレッシュ


 遠目にはわからなくても、室内で犬やネコと暮らしているとどうしても土ぼこりや餌の欠片、抜け毛が積もってくる。どうせまた汚れてしまうんだからと開き直ったとしても、さほど不潔になるものでもなかろうが、それではどうも、室内飼いをしていることの義務を放棄してしまっているようにも思える。

 たしかに、小太郎を遠慮なくフルスロットルでニッキが追いかければ、フローリングには強か疵が付くし、サッシュのレールにはいつしか風に吹き寄せられた抜け毛が絡む。床にはニッキのヨダレの痕が残り、壁には小太郎の引っ掻き疵が…。だが、それはそれでいい。犬ネコと同じ屋根の下での、できるだけ制限のない同居を選んだのだから。ただ、年に1回はフローリングにもご苦労様の気持ちを込めて、天然素材のワックスをかけ(これは同時に滑り止めにもなる)、ぼろ雑巾でサッシュのレールを磨き上げ、運動代わりに廊下を拭き掃除し、スティック糊と爪の背中で引っ掻き疵を目立たぬようにする…。不思議とそういう面倒な手続を経ることで家の中でニッキ、そして小太郎と過ごすことの味わいが深くなるように思うのである。

2004年3月15日 (月)  銀之助君と遊ぶ

銀之助君と遊ぶ


      ご近所オフ(銀ちゃん編)

 今日はご近所のサモ友さすけさん家の銀之助君とニッキとで、4時間ほどの隣組オフを楽しんできた。さすけさんのお宅は自分の家からおよそ1km弱。大体駅までの距離にある。文句なしに我が家に一番近いサモ友だろう。車がばんばん走るような場所でなければ夜に遠吠えをすればおたがいに通信できるくらいの距離なのかもしれない。

 そんなに近くに住んでいながら、今までの出会いはサモ友Teryさんの裾野オフでの初顔合わせだけ。たしかに、飼い主同士のお休みが合わなかったり、生活リズムの違いなどもあるので、近いといっても毎日鼻面を合わせてやるわけにもいかないけれど、せっかくだから機会を作って遊びましょうということで今回の計画実現となった。そしてまた、さすけ家も犬ネコの共同生活。スコティッシュフォールドのナッツ君と仲睦まじく暮らしているとのこと。生活環境も近いかもしれない。一昨日ニッキもお世話になったばかりのフットスタンプさんでシャンプーを済ませたばかりのピカピカ銀之助君を出迎えたニッキは早速クンクン匂いを嗅いで、すぐにじゃれ合い、マウント合戦を始める。銀ちゃんも黙って乗られていないで乗り返そうとする。その後1kmほど離れたクッキーさんに移動して第2ラウンド。お店のスペースを貸していただいて、どったんばったん。見ているだけで楽しかった。お互いにガウガウ唸り合ったりせず、純粋に遊びを楽しんでいたようだ。ふだん人間とではできないタイプの遊びを心行くまで楽しんでから近くの横山公園を散歩し、散会となった。ニッキにとってもよい運動となり満ち足りた時間だったのだろう。家に着くやフードをパリポリ食べ、爆睡していた。銀ちゃんは今頃どうしているだろうか。すぐ近くにサモが住む。とっても幸せだ。

2004年3月14日 (日)  日曜日の仕事

日曜日の仕事


 今日は午後から相模原市の隣、大和市中央林間にある教室で授業をしてきた。いつもならば町田駅で乗り換えるのだが、横浜線から小田急線に乗り換えるために、デパート前のプロムナードをムダに歩かせられる連絡通路に嫌気が差し、乗り換えの移動距離の比較的少ない長津田駅を経由した。少し遠回りかとも思ったが、連絡も良く、当初の予定時間よりも早く教室に着くことができた。いつものお決まりのパターンをちょっと変えてみるだけで小さな驚きがあるものである。

 教室での対策講座は正味2時間の授業なので、行って帰るのにかかる時間とほぼ同じになってしまうのだが、それでも一仕事終えると少なからぬ充実感がある。授業を通じ、なかなか思いの伝わらないじれったさもあり、悔いの残る解説だったこともある。が、自分の気持ちを子どもたちが受け取って、一生懸命に作業に臨んでくれると今日、ここでこうしてこの子達に会えて良かったという気持ちになれる。とくに、世の中がお休みだというのに、仕事をしたんだという気持ちが一層その思いを強くするのかもしれない。ニッキは待ってましたとばかりに出迎えてくれた。

2004年3月13日 (土)  シャンプー

シャンプー


 昨日からニッキのお腹も落ち着いてきたことだし、再びお尻が汚れることもないだろうということで、仕事が引けてから近くのトリミングサロン、「フットスタンプ」さんまでシャンプーに行ってきた。現在ちょうど春の換毛期の終盤に差し掛かっており、またサモエドホワイトの輝きが失せ、ワイルドホワイトに移行している最中だったので、本日最終のシャンプーに間に合ったのはグッドタイミングだった。

 さて、ニッキをお願いしている間、自分は横山飯店という定食屋さんでからし肉定食を食べ(ここの味付けが好き。じっくりと全メニューを制覇する予定)、クッキーさんで新しいトリーツを買いに行く。お腹の具合が悪い時にも与えられるゴートミルク(山羊乳)も買ってみる。ニッキなしのサイクリングもたまにはいい。家に戻る途中、通りに面したフットスタンプさんの前を止まらずに通過したのだが、後でお店の方に聞いたところによると、ちょうどその頃、ニッキは落ち着きなく吠えたそうだ。ちょっと嬉しいがまったく甘えん坊で困ってしまう。次回からは似たような状況の時、1本だけ回り道することにしようかとも思う。本当はこちらもチラリとあいつの姿を見たいのだが、何かあっても困る。ガマンだな、こちらも



  シーズーの梅ちゃんにも叱られていました

2004年3月12日 (金)  もうね、暑いんだか寒いんだか

もうね、暑いんだか寒いんだか


 今日も朝早くから夜遅くまでしっかり行動していたのだが、朝はポカポカと非常に暖かかったのに、夕方から急に冷え込み、雨まで降ってきた。コートを着て行っては、ああコートなんか着てくるんではなかったと思い、コートを脱いで仕事場に出向き、いざ帰ろうとすると今度は、しまった、着てくるんだったと後悔する。この冬も、今年は雪が多くなるだろうと言われた割にはそれほどのこともなく、3月になると暖かくなると言われたら急に冷え込んだ。これもまた異常気象の小さな蠕動のようなブレなのだろうが、朝起きたら富士山が大爆発していたなんてことだけは避けて欲しい。お隣韓国でも遠くスペインでも政情が不安なようだが、今ここで何か一つ、安心できる拠り所が欲しいものだと思う。ご心配おかけしたニッキのお腹の具合が回復し、今日立派なウン○をひねり出してくれたということだけでも明るい気持ちになる。

2004年3月11日 (木)  ニッキ回復

ニッキ回復


 タイトルを打つのに「回復」とすべきところをうっかり「開腹」としてしまうところだった。気付かないでアップしたら大変な誤解を招くところだった。

 お腹を壊していたニッキもお蔭様ですっかり本調子になった。具合が悪いときには動物は暴飲暴食を慎み、体調の回復を自然に委ねる。むやみに薬を飲み、栄養を取ろうとして却って体調を崩すことの多い人間としては見習いたいものだ。

2004年3月10日 (水)  画像追加

 昨日のオフの画像を12枚追加いたしました。ぜひぜひご覧ください。2月15日の裾野サモもふアルバムも微妙に画像追加とコメント変更を施しておりますのでこちらもどうぞよろしく。失敗画像、ダブり画像なども結構多いので、200枚近く撮影してアップできるのはこの程度になっちゃうんですね。まぁ、気兼ねなく撮れるのがデジカメの良いところ。腕の悪さは枚数でカバーしようと思います。

 今日は、とにかく眠気に襲われ続けた1日でした。寒くなったり暖かくなったり、皆さん、体調には十分にお気をつけくださいね。


画像追加

2004年3月9日 (火)  春のオフ

春のオフ


      昭和記念公園春のオフ

 ニッキの腹具合も好転してきたので、サモ友さんからお誘いのあったミニオフに行ってきた。場所は立川の国営昭和記念公園。人と犬とが心地良く過ごせることをコンセプトに作られたドッグランだそうで、自分も初めて訪れたのだが、柵や立派な水場もあり、ボランティアの指導員の方も常駐している。思っていたよりもずっと整備されていることに驚いた。

 さて、ニッキは病み上がりということもあって多少力をセーブして遊んでいたかと言えばさにあらず、今回の企画をしてくださったKさんの家のサモ娘マーヤちゃんの、文字通り尻を追っかけていた。マーヤちゃん、ニッキのことを決して嫌いではないようなのだが、さすがにあまりしつこくされるとニッキを突き飛ばし、牽制する。ニッキは暫くの間シュンとするものの時間を置くとまたマーヤちゃん命に戻ってしまう。他にも遊ぶ子がたくさんいたのに…。

 春の穏やかな日を浴びて、犬を眺めながら心洗われまた現実に立ち向かう勇気を貰ったような気がした。みんな一生懸命だ。自分も負けてはいられない。

2004年3月8日 (月)  今日はおやすみ

今日はおやすみ


 前日分からの連続した記録になるが、風呂に入って(酒臭さや煙草の臭いを落とさないと気持ち悪くて眠れない)からあれこれやって布団に入ったのが3時。今日はしつけ教室なので、9時過ぎには家を出なければならない。体調は決して良くはなかったのだが、ニッキのためにも自分の都合での休みは取らないように努めている。

 だが、この日は1時間おきくらいに、ニッキが激しく自分を起こす。腹の具合がやはりあまりよくなく便意を頻繁に催すようだ。朝までに3度ほどベッドを出てニッキの排泄に付き合ったが、水様の下痢が続き、ちょっと心配になった。で、移動中に車内が大変なことになるという現実的な危惧も含めて、しつけ教室をお休みさせてもらうことにした。このところ皆勤賞だったのでちょっと残念だったのだが、致し方あるまい。

 ニッキにはエビオス錠を規定量与え、水を飲ませてから休息を取らせ、結局午前中にさらに2回、午後に1回、排泄に出たが、午後の排便にいたって漸く半固形に仕上がってきた。自分もちょっと前から風邪を引き摺っていたはずだが、ニッキに関わっているうちに、自分の頭の重さはほとんど消え、昨日のだるさも感じられなくなっていた。留守番をさせてニッキも退屈であったのかもしれないし、もしかすると自分のストレスを被ってくれたのかもしれない。実際、自分の目が自然に覚める頃になるのを見計らったように、ニッキが「トイレ行きたいよ」と枕元に合図に来ると、あ、ガマンしていたんだなという気持ちが直接伝わってきた。ガマンできなければその場ですればいいのになんて健気なやつなんだろうと、頭のハッキリしている今にして思う。排泄の度に、汚れたお尻をホッとタオル(雑巾)で拭いてやるのは面倒だったが、ニッキのためと思うと自然に体が動く。

 普段心の通い合っている者同士、離れていても気持ちが通じ合っているということがあっても何にも不思議ではないなと思った経験だった。人間にとって不思議とされることの存在を認めると気違いのように思われやすいが、犬やネコからみるとなんとまぁ、人間ていうのは自分を狭い世界に押し込んでいるのだろうと映るのではないかと思う。ネット仲間の間にも単純に偶然で片付けられないような心温まる「事件」というものもある。その差配を行っているのが少なくとも人間ではないことはたしかであるように思う。

2004年3月7日 (日)  祝賀会

祝賀会


 今日は会社の合格祝賀会。もしかしたら今日は日記を書けないかもしれない。

 上に書いた通り、家に着いたのは翌日の0時20分。これでも終電の2本前の電車に乗ったのであって、以前に比べてマトモな時間の帰宅なのだが、ニッキと暮らしてから外で飲んで遅くなったのは珍しい。

 この日は昼からの仕事だったので、午後は弟にニッキの世話を頼み、夜は仕事から戻った母がニッキを見てくれるので比較的安心できる留守番パターンだ。祝賀会は去年よりはずっとシンプルになって明るいムードのものであったが、近頃、仕事をする張り合いが小さくなってきており、もうなんだかな…という気持ちも一方にはある。人に会うのも何だか疲れる年齢になってしまったのかもしれない。

 さて、家に戻ってニッキに挨拶をすると今日もなんだか酸っぱい臭いがする。一昨日の名残かなと思ってサークルに行ってみると、今日もまた吐いた後があった。前回とは違い、黄色ムース状のもの(胃液)だったのでそれ程心配はしなかったが、再度汚れを取り、脱臭作業を行うのに小一時間かかってしまった。母の戻りが普段より遅く、ニッキの食事の間隔が空いてしまったためのものだとは思う。ただ、ボウルにはフードの残りが入っていたので、まだ胃腸の具合が本調子ではないのかもしれない。

2004年3月6日 (土)  サーバーダウンを口実に

サーバーダウンを口実に


 仕事から戻ると少々頭が重かった。体が発する風邪注意報の状態だ。それで、少し早めににきにき日記を付けて仮眠を取ろうと思い、にきにき日記を開こうとしたが開かなかった。どうも一部のサーバーがダウンしてしまっていたようである。こういった状況のときにはたまにあるのだが、サイトの閲覧自体は可能なので、それほど重篤な状態ではない。トップページの左肩に表示されるカウンタだけが消えていることで確認できる。

 今日は特に日記にアップできるようなこともなかったので、サーバーダウンを口実にできて、ちょうどよかったかなとも思ったが、開かないのは開かないでやっぱり気になる。同じプロバイダさんと契約しているサモ友のサイトを訪ね、他はどんな様子かを偵察してから戻ってみると、自分のところのカウンタも回復していた。さて、書ける状態になりましたよ、という段になったら今度は何だか急に書く気が失せてしまった。たしかさっきは昨日の反省を踏まえて、犬とフードのことを書こうと思っていたはずだが、ネタは旬なものに限る。ということで、今日は日記がなかなか開かなくて困った話となった。※画像はイメージです(笑)

2004年3月5日 (金)  食事中ならば失礼します

食事中ならば失礼します


 夜、仕事から帰って、寝室に入ると酸っぱい臭いが立ち込めていた。ニッキの吐瀉物の臭いだ。が、よくある黄色いムース状の胃液ではなく、あたり一面に真っ白い未消化のフードがぶちまけられている。心配で暫くの間、いったいどんなことになったのだろうと呆然としたのだが、ややあってその理由に思い当たった。

 今日は午前中所用のため外出し、昼過ぎに戻った。ニッキはサークルの中で非常に落ち着いて留守番をしてくれていた。以前のように気配を感じたらすぐにワンワン吠えるということがない。それだけに却って愛しく思える。そこで、ご褒美として牛乳をやったのだが、宅配の牛乳ビンが溜まってきたこともあり、ちょっと奮発してまるまる1本分の量を愛用のボウルの中に入れてやった。普段牛乳を与える時には冷蔵庫から出してぬるくなったものを2回に分けて与えるのだが、今日はまたすぐに仕事に出かけなければならなかったので、冷たいままだったのがいけなかったのかもしれない。ニッキは小さい時からヤギ乳や牛乳を与えていたので、今まで取り立てての拒否反応はなかった。ただし、もともと牛乳の消化酵素をあまり持たない犬には1回分の量、そして温度をもう少し慎重に考えなくてはならなかった。いろいろと記事を当たると牛乳を与えることに関しては賛否両論があるようだ。

 結局、家に戻ってすぐに取るはずだった夕食を2時間近く延期して、酸っぱい臭いと格闘しながら、ニッキの寝所を清潔に整えた。ついでに抜け毛を集め、小掃除をしたと思えばいいやと多少のタイムロスは自分の中で不問に付した。それにしても、ニッキにフードを与えるのに慣れたようでも、つい最近までフードと水を一度に与えてはよくないのだということを知らなかった。漸く、フードの配合割合が今までの中でもっとも理想に近づいたかななどと、喜んでいたのに…。全くもって勉強と反省の日々である。サークル整備の間、屋上に締め出されたニッキは「早く入れろ!」と間歇的にドアをドンドンと叩いていた。十分元気でいてくれたのが救いだった。

2004年3月4日 (木)  むずむず

むずむず


 授業中、それも解説中に急に耳が痒くなったり、クシャミが出そうになってそれを無理に抑えたりするとき、これには参る。脳味噌の半分くらいがムズムズした感覚に奪われて、意識が飛んだまましゃべっているような状態になる。家の仕事机の上に置いてある白十字社製の耳掻き綿棒が手元にあれば、コリコリコリコリ…存分に痒いところを掻けるのに、思い切り息を吸い込んで「ハックション!」と行きたい…。

 これからの時期、花粉症の人はさぞ大変だと思う。仕事が終わって今日はそんなことを考えている。

2004年3月3日 (水)  時間があると…

時間があると…


 ちょっと時間に余裕ができた。さて、今思っていることをじっくりと日記に書こう。そう思ってキーボードに向かうと全く手が付かない。日頃自分がいかに何も考えていないかがよくわかる。いや、ぼんやりとしたことは考えているのだが、日記にまとめるほどには形になっていないのだ。つまらないことで悩み、反芻し、頭の中であれこれ試行錯誤していることなどはここに持ってくる題材としてはふさわしくない。読む人間には退屈だし、書く人間は一層に落ち込むだけだから。

 仕事場の机の上にある、ヤクルトから貰ったカレンダーが2月のままであることに気付き、1枚をめくると「暗越奈良街道」の挿絵の描かれた3月の面になった。奈良街道、奈良から生駒を経て難波に至る上古のバイパスだったらしい。思えば、ニッキとの旅は拠点拠点を車で高速に移動しており、「旅」というほどの風情のあるものであったかどうか。この近辺の街路でさえ、草木の匂いを嗅ぎながらのんびりと歩くと普段と全く違った装いを見せる。もしできるなら、旧街道や古道といわれるところをニッキと一緒にゆったりしたリズムで、竹皮に包まれたおむすびとニッキの分のジャーキーをデイパックに詰めて散策してみたい。清純な湧き水があればニッキと一緒に口を付けて飲む。山犬が出てきたら友だちとなろう…。

 のどかな里山を描いた挿絵を見ながら、生駒のPさんのことなどを思い出していた。

2004年3月2日 (火)  ニッキの記録

ニッキの記録


 ニッキの成長記録と健康管理を中心に、ことあるごとにメモを記すようにしている。

 ニッキが我が家に来てから数ヶ月の間克明に記した初代ニッキ日誌は初代ノートパソコンからの吸い上げがうまくいかず、記録が散逸してしまったが、その後、断片的に保存してあったバックアップの情報を頼りに、ニッキの成長に関するメモとニッキとの生活記録を分け、前者を「ニッキ記録」として、後者を「にきにき日記」として発展させることにした。

 あまり人目に付くことのない「ニッキ記録」は健康診断の日時と診断の結果、体重などのデータ、そしてオフ会やしつけ教室についての備忘録をメモしたものであり、管理人以外にはあまり面白いものではないかもしれない。ただ、ちょっとだけ時間に余裕ができたので、HPの改装やムダな領域の整理(もう自分でもどこになにがあるのか把握し切れない状態になりつつある)をしたついでに、サモエド共和国の履歴とニッキの生活履歴についての情報も増補・更新してみた。こうして眺めてみると、ニッキが来てから4年弱、ホームページを開設してから2年半弱の間に実にいろいろなことがあったのだということがわかる。たった数行の記述が手がかりとなって記憶がどんどん膨らんでいく。ニッキの視点に立った情報ではあるけれど、皆さんから見て、過去のニッキはどのように目に映ったのだろうか。トップページのシナモンタウンから入れるので、暇つぶしにでもご覧になっていただければと思う。

2004年3月1日 (月)  守衛

守衛


 小太郎は我が家のあらゆるところに出没する。もっとも居心地の良いところを求めて移動しているので、小太郎に聞けば、夏であれば最も涼しいところ、冬であれば最も日当たりの良いところを教えてくれるというわけだ。

 1日を通して最も長く過ごす場所が、玄関脇のコーナーウィンドウの脇と台所の折り畳み椅子の上だ。家人のいるときには台所で、そして、家人が出払っているときには玄関脇で過ごしていることが多いようだ。家に帰って来て、外から覗くと行灯の方に伏せて書き物をしているようにも見える。ネコ1匹がここに控えていてくれるだけ、不在中の来客の心を和ませ、泥棒の侵入意欲を削いでくれるのではないかとも思う。ネコの手も借りたいなどとものの役に立たない例としてよく引き合いに出されるけれど、意外に仕事をしてくれている。


            お帰り〜


    今日はどんなおもしろいことあった?