2004年6月30日 (水)  データクラッシュ…

データクラッシュ…


 新しいPDAをオークションで手に入れた。授業のスケジューリングや調べ物、外部からのデータ通信などで重宝する道具である。当初は使うために持つという自己目的化する面もあったが、次第に単なる道具として認識できるようになる。今までは、PDAに細々と手入力してきたのだが、PCに入力したデータを元に一元管理するほうが能率的であるし、データの齟齬という問題も発生しない。従来のPDAもPCとのシンクロ機能はあるにはあった。だが、シンクロさせるためのクレードルが別売りであること、Windowsの新しいOSであるXPには対応していないことなどの問題があり、新機種の導入となった。

 が、同期の度に削除したデータもゾンビのように復活するバックアップ機能を同期を取るアプリケーションが備えているために、PC内部の環境をそっくりそのままPDAの中に維持しようという単純な希望が反映できず、シンクのオプションをいろいろとテストしているうちに、PC側の元データに干渉してしまい、今まで几帳面に色分けした区分や予定に付随する「場所」に関する項目がきれいさっぱり消失してしまった。嗚呼、と思いながら大きく悩んだ。グズグズに崩れたデータのままでPDAと同期が取れる状態に甘んずるか、1月半前に取ったバックアップファイルをリストアして、50日分の記録を手作業で入力し直すか、である。後者の方法を採用するとその間のメールデータもなくなってしまう。今にして思えば、リストアはするべきではなかったと後悔している。不意の災難の際にはとにかく少しでも元環境への復帰にしがみつきたくなる。リストアの手法も、データファイルの退避をし損なってしまったようで、知らない間にリストアされてしまったという失敗に失敗を重ねるようなものだった。ダブって記載された予定やヘンなところに入り込んでしまったメモ。メールの振り分けやショートカットの再編…。砂を噛む辛さ。漸く見られる形にまで復旧した時点でPDAとの接続テスト。アプリ側のレコードを認識しないまま、「成功しませんでした」の空し過ぎるメッセージ。きっとリストアがうまくいかずに不正規なデータ構成になってしまったのだろう。いろんなストレスが世の中にはあるが、自分はこの手のものに一番弱い。まさに泥沼、蟻地獄…。

 ニッキの笑顔を見ようと呼んだところ、ベランダから持ってきた雑巾をズタズタに引き裂いていた。ふぅ…

2004年6月29日 (火)  涼風

涼風


 夜になって涼しい風が吹いてきた。ニッキも長い舌をしまって心地よさそうに寝そべっている。忘れていること、やらねばならないことに追われる気持ちを宥めてくれる風は心にまで沁み渡る。

2004年6月28日 (月)  今日も今日とて

今日も今日とて


 まだ体から完全にアルコールが抜けきっていないような状態で、元気なサモ友たちと恵比寿の焼肉屋さん「トラジ」で大いに食べて、飲んだ。お腹の減り具合と注文が見事にバランスして食べ残しは全くでなかった。肉、やっぱりいいもんだ。生きている、生かされているという実感が湧き上がる。

 お店を後にして、今回もKさんのご自宅を訪問。大都会に住む若々しいサモエドの男の子、クローカ君とのモフモフとKさんの作ってくださったおつまみ(ホヤの塩辛)の美味さに時を忘れる。そして、さらに素晴らしいことに、Aさんからは自慢のキムチを、Mさんからはこゆきちゃんのポストカード(早速デスクマットに飾らせていただきました!)とオニオンブレッドをいただいた。今回は、「Wan」5月号で愛らしい姿を見せたイワン&詩音ちゃんのご両親(ご夫妻)も参加され、サモエド話その他の話に花が咲きまくって打ち上げ花火のようだった。

 今、家に戻り、テラテラと脂ぎった顔を撫でながら日記を付けつつ、クローカ君の優しいコートの感触を温めている。そうそう、夏のバーベキューオフ(サモエドプールオフ)のお話も固まりつつある。

2004年6月27日 (日)  ニッキに叱られて

ニッキに叱られて


 朝方、「何をやっていたんだよ、さびしかったんだぞ〜」とでも文句を言っているようなニッキの吠え声を聞きながら、「ごめん、もう少し寝させてくれ…」と今日の午前中は寝汚く、ベッドの中にいた。ビールに焼酎、ウィスキーにリキュール…と飲んでいないのは日本酒だけ。ガブガブ飲むわけでなくても、長時間を過ごしていれば、知らず知らずのうちに口にグラスを付けることになる。朝の5時までは酔いは回らなかったのだが、さすがに帰りの電車の中では眠く、そしてだるくなった。家に着いて、貴重品だけを机の上に出してあとは下着だけになってベッドに潜り込んだ。それ程ひどい二日酔いというわけではなかったのだが、年々の体力の低下を痛感する。昔は週に1度は始発で帰ったものだけれど、やっぱりしんどかった。

 シャワーを浴び、自然の風に吹かれてやっとのこと、べったりとまとわり付いていた疲労が抜けていった。当たり前の体調のありがたみを思った。先週の室津行きで持ち帰って冷凍にしておいた穴子のちらし寿司が美味しかった。穴子の頭は、千鳥に2つ、小太郎に1つ与えたらしい。ニッキの取り分はなかったそうだ。

2004年6月26日 (土)  久々の朝帰り

久々の朝帰り


 仕事が退けてから新宿まで出て、東京方面の先生方と顔合わせ兼打ち合わせ。1軒目は西新宿の串揚げ屋さん、美味しいものをご存知の方がいらっしゃるもので、四万十川の稚鮎、糸こんにゃく!、豚ヒレ、鱧、雲丹のつつみあげグリーンアスパラを荒塩に付けていただく。時間もお店を仕舞う23時近くとなったので、引き上げようとしたところ、もう少し飲んでいきましょうよということになり、ホテルのラウンジへ。やや場違いなるも、落ち着いた雰囲気の中で、熱く授業論を交わしたりする。今回の会合を仕切ってくれた方の馴染みのお店で、滅多に口にしない洋酒を楽しむことができた。ああ、もう電車のない時間なのだと思うと、却って気持ちが楽になる。高いところからの夜景っていいもんだ。

 0時を回っていたのにも関わらず、他の先生が合流する。神奈川地区に比べ、東京地区の何とバイタリティに溢れることか。年齢は自分より遙かに上なのに、こういう気安さは学生の乗りだ。うらやましい。さて、お腹も空いたねということでラウンジを出て、タクシーで中野に向かう。残念ながら、目指すラーメン屋さんはスープ切れで終わってしまったが、着いたお店は昭和30年代の雰囲気を残す、「ばってん」。大昔、横浜菊名の我が家の一角でトリスバーを営んでいた頃の写真が残っているのだが、それよりももっとレトロな空気が漂う。実に飾らないお店で、白髪の品の良いマスターが「雪山」というカクテルを作ってくださった。雪の降らない地、大牟田出身のマスターが、雪山のイメージを重ねて作ったカクテルは甘く、それでいてくどくなく、懐かしい味だった。まさに甘露であった。未だに現役のジュークボックスで越路吹雪を聴き、不思議な空間の中で、高揚する時間を過ごす。お腹のぺこぺこの自分たちにマスターが即席ラーメンを作ってくれた。何の具も入っていなかったのだが、これがまた涙が出るほど旨かった!



 驚くほど安い会計を終えて幾年の風雪に耐えたドアを開けると4時代だというのにもう明るかった。中野の駅まで歩き、中央線の高尾行きに乗る。「いったいどこにいるのか。ニッキも不機嫌」なる母からのメールが入っていた。たまにはこういうこともある。

2004年6月25日 (金)  悠太君の誕生日♪

悠太君の誕生日♪


 今日はサモ友Kさんの家の悠太君の誕生日。実はKさんの弟さん、そして私と同じ日なのである。

 昨年、晴れてKさんの家の子となった。悠太君を見ているとKさんの優しい心根だけでなく、犬の幸せというものがじんわりと伝わってきて温かい気持ちになる。4月のオフの帰りではKさん夫婦の車の中で悠太君をずっと抱きかかえていた。焦げたパンの匂いが香ばしかった。

 我が家の近くを選挙カーが走るようになり、いよいよ参院選がスタートとなったが、身近にいる犬たちの幸せといった問題が政治的な争点になることは永久にないのだろうか。年金やイラク派兵の問題が大切な論点であることは事実だが、様々な事件の遠因ともなっているであろう、根本的な「命」の問題が軽視されているようにいつも思う。自明ではあっても命の尊さというものを真正面から論じることのできる候補者の言をかつて聞いたことはない。命なり生存という問題に根拠させて様々な政策論争を展開していただきたいものである。この点で、身近にある命と誠実に付き合い、言葉を飾らずに行動に移すことのできるKさんの方が、掲示板の候補者各氏より遙かに輝いて見える。小さなことに踏み出す勇気の中にすでに大いなる正義が実証されていると思うのである。

2004年6月24日 (木)  あっちっち

あっちっち


 朝方の陽射しの強さから予想された通り、とんでもなく暑い1日となった。ライフワークとなりつつある大納戸の整理をしてから外物置の整理。家の中にある骨董やワケのわからない機械類はオークションにでも出してみようかと思っている。昭和50年代のTRIOのステレオや昭和30年代のCanonの8mm映写機などは家にあっても仕方がない。欲しいという人のところへ行った方が幸せだろう。

 大納戸は真夏でもヒンヤリしていて、小太郎も避暑に訪れるのだが、不思議と独りでは来ない。自分がいるときだけやってきて、うねうねしながら作業を監視している。寂しがり屋なのか怖がりなのか、自分が大納戸を出るとやつも一緒に引き上げてくる。一方、荷物の移し替えのために移動を繰り返した玄関脇の外物置はサウナのよう。自分の悪い癖で、捨てるのはもったいないからと何でも溜め込んでしまい、こちらは過密状態になりつつある。このままでは本来の物置の昨日を果たさなくなる。何とかしなければ。

 一作業終えてからニッキを連れて上大島の自然プールへ。今日は、子ども達のカヌー教室が開かれていたので、少し離れたところでニッキに水浴びをさせる。帰ってからシャワーを浴び、仕事へ。もうスーツを着ての外出は限界だ。冷房の効きすぎた電車にでも乗らない限り、半袖のシャツ1枚で十分だ。ただ、小物がしまえないというのは結構不便を感じるものなのである。ウェストポーチは邪魔なので、事務用品や携帯を収容するホルスターのようなものがあればいいのだが、何となく物騒に見えるかもしれない。

2004年6月23日 (水)  うがぁ〜

うがぁ〜


 旅から戻って昨日までは普通に元気はあったものの、あまり食欲がなかった。ニッキにしてみれば絶えず振動する車の中で時を過ごしながら遠方に連れて行かれ、そこで初めての人や犬に出会う。やはり独特のストレスが溜まるだろう。帰ってきてしばらくの間、大きい方は下ってはいなかったが小さないびつな形でちょっと心配だったが、今朝になって多少軟らかかったが、大きなものを出した。その後、自室に戻り、ボウルに残っていたフードやクッキーの残りをボリボリと平らげ、さらに何かないかとおやつを要求してきた。ボリボリと骨型のおやつを平らげるとこんどは舌をぺろぺろ出しながら、自分に膝に激しくマウンティングをしてきた。歩き方、横たわり方もいつものニッキに戻った。旅を楽しみながらも、やはり疲れたのだろう。長旅でのストレスの軽減を図る方法を引き続いての課題としたい。

2004年6月22日 (火)  西からの便り

西からの便り


 昨夜、島根のサモ友から嬉しいプレゼントが届いた。ニッキのための自然素材のおやつと使う(貼る)のがもったいないような「Nikki」の名をあしらったサモエドステッカー。美しい化粧箱の中にはお手紙が同封されていて、この5月に胆嚢の大手術を受けたノア君が、同居犬の食事に関心を示しているほどの回復を見せていることが綴られていた。

 全ての犬やネコに幸せであって欲しいのはもちろんだが、それが我が家の犬種と同じサモエド、しかも一度お会いしている子となると他人事ではない。その子が病気で辛い思いをしていると、自然に我が子の姿に重ねてしまう。手術の前後にあってはノア君を見守るご家族の気持ちはどれほど不安に重く沈んでいただろうか。それが、今、確実に明るくなってきていることが文面から推察された。

 今回オフで訪れた室津よりもさらに西に、たくさんのサモ友がいる。鳥取、島根、岡山、山口、香川、高知、そして福岡…。秋にはニッキに日本海とノア君の笑顔を見せてやりたい。

2004年6月21日 (月)  まじかよ

まじかよ


   台風6号

 Mishell家を離れて、19時過ぎに山陽道に入った。台風がどれくらいの速度でこちらに向かっているのかを調べようと途中のSAでPCを開こうとしたが、つながらない。出発日の前にアクセスポイントの変更作業とテストをしたのだが、原因は不明。結局今回の旅行でPCは全く役に立たなかった。そうなると携帯が威力を発揮する。最低限の台風情報もiモードで入手することができたし、掲示板への書き込みと返信も基本的なものについては処理することができる。携帯でほとんど「通話」しない自分のような使い方ももはや携帯電話の邪道ではなくむしろ本道になっているのではないか。

 草津PA、多賀SAと走って、ここで夕食。少しでも距離を稼いで台風が来る前に寝たかったので、尾張一宮PA、浜名湖SAとどうにか当日中に到着することができた。浜名湖でニッキに食事を与え、たっぷりと水を補給。さすがに疲れてきたので海老のように体を折り曲げて自分も眠りについた。どれくらい経ったのか「バラバラバラ」とすごい音。時計を見ると4時だった。寝ている間に台風に追いつかれたらしい。携帯の情報では、まだまだ西に本体はあるようだったが、うかうかしていると高速道路閉鎖という最悪の事態もあるかもしれない。すぐに出ようと決心した。これが良かった。4時間程度の眠りでかなりの眠気は取れ、ノンストップで7時2分に相模原に到着することができた。ニッキを下ろし、ホットタオルで体を拭ってから旅装を解き、シャワーを浴びていつもの生活に戻った。『サモエド共和国』のカウンタがいつの間にか100000を超えていた。午後から台風の風雨が一段と強まるのを聞きながら、旅の疲れを取るために少し眠った。強行軍だったが、実に充実した時間となった。

 夢さん、権ままさん、そしてご参加の皆さん、掲示板で見守ってくれた人、ありがとうございました。

2004年6月21日 (月)  穴子オフ ※20日の記録です

穴子オフ<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※20日の記録です</FONT>


   2004穴子オフアルバムはこちらから

 ニッキのために少しウィンドウを開けておいた。おかげで快適に寝ることができたのだが、朝方顔に数粒の雨滴を受けた。通り雨があったらしい。

 が、目を覚ますと雨は上がり、ぐんぐんと晴れそうな雲の動きが感じられた。顔を洗ってニッキの朝の散歩を済ませ、8時過ぎにはハンドルを握っていた。ナビに姫路城の位置情報を入力してから三木SAを離れる。チェックアウトの手続など要らないので車中泊も便利なものだ。姫路東ICから有料道路に乗り、8時47分にHPで調べておいた地元の方推薦の駐車場に到着。1時間と少し、ニッキと城を巡る。さすがは世界遺産に登録されるだけの名城だ。

 9時57分出発。本日のオフ会場兼集合場所となっている室津の牡蠣小屋へ。海に沿って走る国道250号線のルートを選択。ナビの到着予想時刻どおり、11時前に室津港に入り、本日のオフの主催をしていただく夢さんとお母さんにご挨拶を済ませる。海鮮バーベキューの始まりまで少し時間があったので、ニッキと室津の街を散策。しっとりとした素晴らしい佇まいだ。

 正午前から続々とサモエド仲間が集まって来る。至る所から犬たちの鳴き声、人たちの笑い声が聞こえてくる。台風6号の接近が全くウソのようなカンカン照りのお日様の下、てっぷりと太った焼きアナゴ、ぷりぷりの蝦蛄、そして焼きサザエに幸せな時間を楽しむ。食べるだけでなく、犬同士のコミュニケーションも深め、滅多に会って話のできない人たちと様々な楽しい情報交換。ネットでつながり、ネット以上の付き合いのできるオフの醍醐味を感じた。

 16時過ぎに室津に別れを告げ、以前から訪れたかった、ラブ、ルビー、シェルの3サモ娘と暮らすMishellさんの家を、今日のオフの幹事を務めてくださった権ままさんと、5月末に遊んだ銀之助君の同胎大河君ファミリーと訪れる。Mishellさん家は権ままさんの家の権ちゃんの実家でもあり、大河君のご一家は以前お近くに住まわれていたという。3サモが平和に暮らすMishell家はさながらサモエドの楽園のようだった。台風に追われるように東に戻らなければならなかったのが残念だった。


2004年6月19日 (土)  穴子オフへ

穴子オフへ


 午前中に遠出前のニッキの健康診断を受ける。体重は25.2kg。ちょうど良い体重だ。今日は遠く行くから、とニッキに伝えて留守番を頼む。気合いを入れて仕事を終え、一息ついてから18時過ぎに家を出た。

 いつものことだが家を出てすぐに忘れ物に気が付く。引き返すには時間がもったいない辺りで…。今回の忘れ物は予備のメモリースティックとそれをPCに認識させるためのカードスロット。この2点がないということは、手持ちの128MBのスティックに今回の撮影記録全てを収めなければならないということを意味している。もちろん、途中の都市で買うこともできるが、自分への戒めのためできるだけそういうことはしたくない。また、携帯のカメラも解像度が高いのでそこそこの補助にはなる。せっかくの楽しい旅路。あまりマイナス思考に傾かないようにハンドルを握る。

 途中の国道129号線は順調に流れ、19時には東名に乗ることができた。夏至の明るい西空に映える丹沢連邦から見送りを受ける。大好きな景色だ。週末の天気はあまりよくないという予報のためか、渋滞もなく、駒門PAと牧之原SAでの途中2ヶ所のトイレ休憩を挟んで0時過ぎには当初予定の仮眠地である大津SAに到着することができた。ただ、まだ眠気には襲われず、ニッキも元気なので、深夜のうちに近畿圏を抜けておこうと1時過ぎに西宮名塩SAに入り、カツカレーで腹を満たした。こういうところのメシは普段食うよりうまく感じる。ニッキの水タンクを空にしてからさて、駐車場で寝ようとしたのだが、ここの駐車場はどうも閉塞感があって嫌な感じがする。夜ではあるが「暗い」のだ。そこで、不思議と気分が広がってくる馴染みの三木SAまでもうひとがんばりする。広島ナンバーのタクシーの緑色のぼんぼりを目印に2時に三木SAに入り、時々ニッキの揺らすケージの軋みを聞きながら眠りの世界に入る。

2004年6月18日 (金)  いつものとこ

いつものとこ


    犬占いの「サモエド」に似てない?


 家から車でちょうど15分だった。自分の住むごみごみした街区から相模川のキャンプ場まで。なかなか充実した15分だと思う。今日は、自分もサンダル履きになり、携帯だのカメラだのの機械モノを河原にまとめて布で包み、ニッキと一緒にドッグプールに入って行った。ニッキ、もう少しで泳げる深さまで来るとやはり怖いのか岸に戻ろうと不安な表情になる。水を怖がってしまうとまずいので、無理に深みに誘うのはやめた。河原を少し歩いているときれいに自然乾燥してしまった。



 相模川を離れ、今度は愛川町の中津川へ。ニッキのためというよりも自分も涼を取りたいという気持ちもあったと思う。いつも1本表の道を素通りしてしまう河原の田代運動公園というところで車を止め、誰もいない公園をゆったりと散歩した。この公園からは簡単に河原に出ることができる。明日から関西行きだというのに、何をやっているのだろう…



2004年6月17日 (木)  明日発つんだね

明日発つんだね


 授業の後、飛び込みの会議が入って家に戻るのが遅くなった。家にも食べ物の用意がなかったので、外で食事を済ませてから22時過ぎに漸く落ち着くことができた。そして、ちょっと一息ついていたら日付が変わっていた。土曜日の仕事が退けた後、ニッキと西に向かう。今回はまだほとんど準備をしていない。バタバタして忘れ物があったとしても事故や怪我だけは絶対にないようにしたい。「無事これ名馬」である。

2004年6月16日 (水)  再々訪

再々訪


 これみつは単純である。以前、あいかわ公園にハマったときもアクアソフトを食べるというどうでもよい目的のため連日訪れた。そして今日、午前中早い時間からのあまりの暑さに、これはもうニッキを川に連れて行ってやるしかないとの思いが頭に浮かび、数分後にはすでに行動に移していた。ニッキももちろん大歓迎である。

 犬飼いだけにその価値を認められた「ドッグプール」。今日はごつごつした岩の転がっている河原を通ってダイレクトに乗り付ける。水面の見渡せるところまで近付くと先客のラブ2頭がアシカのように悠々と泳いでいた。ニッキに18mのロングリードを付けて、絡まないように徐々に延ばす。2頭のラブが気になるようである。彼らと一緒に遊ぶために沖に向かうかな、と思って見ていたが、足の立つところまで行くとあとはそこで水をぴちゃぴちゃ飲むだけでまたすぐに陸に上がってしまう。今度は自分も一緒に入って、少しずつ水に慣れさせてやろう。それにしても3日連続での水遊びは少々やり過ぎだな…。が、家に燻っているよりも意味のある時間を持てたことをよしとしよう。切れてしまった仕事場の蛍光灯の替えを城山のホームセンターで求め、外出の一応の言い訳とした。

2004年6月15日 (火)  再訪

再訪


 昨日訪れた場所を今日もまた訪れた。昼近いので、車から降りてすぐペットボトルの水をニッキの頭から背中へ流してやる。バンダナも十分に水で湿らせる。暑い時の散歩はもちろん避けたほうが良いのだが、今日の散歩は相模川の河原に近い公園で、親水施設が各所に設けられており、水も飲めるし水浴びもできる。雨の日は散歩をお休みとさせてもらっているが、風のある日はやはりどこかに連れて行ってやりたくなる。高低差を利用した公園には幼児を連れた母親の姿が多く見られる。彼らも炎天下で遊んでいるが、暑さ対策は大丈夫なのだろうかとヘンなところが気になる。古民家庭園の前を通る散策路を経て河原に抜けると、ちょうどプールのようになった相模川の分岐している場所に出た。一方が堰き止められたようになっていて、深さも50mプールくらいだろうか。今度は銀ちゃんとここに遊びに来たいなと思う。陽射しが強いのと、地面が暑くなってきたので30分程度で撤収。


         自然の無料プール

 エアコンの冷気を強めてまずはニッキを冷やしてから、今度は我が家から北方、町田市と八王子市にまたがる小山内裏谷戸(おやまだいりやと)公園の偵察に。サンクチュアリを擁する巨大な公園で、自然のままの状態をできるだけ保存するように心がけている。犬の立ち入りを禁ずるというような約束事はもちろんなく、ノーリードが禁止されているのみである。ただ、駐車場に止められる車の台数がこの規模にしては限られているので、自分の場合平日しか遊びに来ることはできないだろう。秋になったら、半日潰すつもりでニッキと遊びに来たい。散歩をしながらニッキもこちらの顔を見て「楽しいね」と言っているようだった。夏のサモエドもなかなか素敵なものである。※暑さ対策には十分過ぎるくらい注意してください


      小山内裏谷戸公園遊歩道

2004年6月14日 (月)  トレーニング

トレーニング


 各月に2回の日程があるうちの今日は前半のトレーニング。この月のトレーニングが終わると9月までの長い夏休みに入る。昼前から陽射しが強くなり、トレーニング場のアスファルト部分はかなりの熱を持っていた。秋や冬になれば綺麗に下草を切ってくれる緑地部分も、背の高くなった雑草が蔓延ってしまい、犬たちをすっぽり包み込むほどに密生しているところもある。草の種がコートにくっ付く。靴の中に入るとマキビシのように痛いものもある。

 龍の髭のような比較的均しやすい平らな草地を見つけて、まずはフセ・マテ動作からのスタートとなる。前半はなかなか集中できないでいるニッキに何度もやり直しをさせることになったが、後半からは乗ってきてくれたようで、ノーリードでの脚側歩行は、こちらの歩く速さに合わせて絶妙の距離・速さを保ってくれた。リードなしで、ニッキをリードするのは本当に楽しい。一緒に走る一体感は何ものにも替えがたい。「やればできるじゃん!」ニッキ、というよりサモエドは頑固な子が多いと聞く。でも、頑固さの中に彼らの利発さや機転のようなものが含まれているように思えてならない。それを引き出すのはまさに人間側の対応だろう。

 トレーニングが終わってから、相模川の水量が最も多く、大河の風格を漂わせて流れる上大島のキャンプ場にニッキを連れて行く。足を水に浸けて、たっぷりと川の水を飲んでいた。相模原は近場(ここなら家から20分くらいだろうか)に犬と遊べるところがあるのが嬉しい。

 家に戻り、車内のリヤゲートを開いたら、綿毛のようにニッキの抜け毛が舞い上がった。そういえばトレーニングの最中にも巨大な綿帽子がスコスコ抜けていた。換毛期の間中、室内が大変なことになるのを見越し、また今週末の関西行きに備え、フットスタンプさんにカットとシャンプーをお願いすることにした。見事に美しいサモエドとなったニッキは流石にハードスケジュールで疲れたらしく、寝そべりながらおやつを食べている。

2004年6月13日 (日)  子どもたちもがんばった!

子どもたちもがんばった!


 今日は新室生募集を兼ねた入室テスト。朝から夕方までの3部制で、授業をやるよりも正直疲れる。ただ、テストを受ける前の子どもの表情が、テストを終える頃になるとぐんと良くなるのを目の当たりにするとその疲れも幾分癒される。

 テスト前は、自己の経験を過信して斜に構えていた子が難問に突き当たり、それを何とかしようと苦闘して小さな冒険をする。彼の筋書きに全くなかったはずの「事件」に遭遇する。自分のプライドは守りたい、逃げ出せない…。そんなときに、自分の力の限界や手助けの必要性、そして自己の発する言葉の重みといったものも同時に学んでいるのだろう。そしてまた、こういうイベントに際しては遊びと学びをごちゃまぜにしている勘違い坊やもいるのだが、自分はそれを愛想笑でやり過ごすことはせず(できず)、本人にとって、周囲にとって害悪を与えるような場合には厳しく戒めるようにしている。

 塾としての営業戦略からすれば、某ハンバーガーショップよろしく「スマイル」「スマート」ということになるのだろうが、果たしてそれで信頼を勝ち得ることができるのだろうか。集団の中に身を置いて、伸びていくためにはいかに幼くとも最低限、自分の及ぶ範囲で自分を律し、他人を思いやる気持ちがなくてはなるまい。自己流で成し得ることなど高が知れている。実際、卒業生の足跡をたずねてみれば、単純な知識量やキレということよりも、素直に相手の言っていることを一旦は受け入れる誠実さ(もちろんそれに対する批判能力も必要だが)、泥臭さに付き合う根性や対象の中に面白みを自ら発見できる独創性、そして相手(友人や採点者・作問者)を思いやることのできる広い意味の優しさがどれほど大きな前提条件になっているかがわかる。

 そういった力は生まれついてのものではない。家庭で、学校の中で、各種の習い事の中で形成されるものであるはずだ。学習塾として我々も、大切な子どもを預かる以上、彼らの現時点での性格を所与のものとして無条件に尊重するだけでなく、必要なことを教え、気付かせるような努力を成すべきであろう。子どもを叱咤するというのは非常に難しく、実は相当のストレスを叱る側も持つことになる。だが、責任を果たすというのは、そういうことを含めてのものなのだと考えている。

2004年6月12日 (土)  来週は関西だ

来週は関西だ


 仕事場のイベントのため明日は朝一で仕事に就く。以前に比べて自由(わがまま?)は利くようになったものの土日は休みにくいのがこの仕事のつらいところ。ただ、次週の日曜はしっかりと予定を空けてある。関西のサモ友の主催する穴子その他バーベQオフに参加するため。おそらくは来週の今日、仕事が退けると同時に家に戻り、闇夜に乗じてニッキを乗せて西に向かう。気持ち良く旅立ちができるように、毎日をしっかりと積み重ねて行こう。そして、食欲旺盛のため26kgラインを突破しそうなニッキの体調もきちんと整えた上での旅立ちとしたい。

2004年6月11日 (金)  雨は鬱

雨は鬱


 午前から渋谷に出て事例検討会に参加。会が退けてから一度家に戻り、ニッキの排泄を済ませて教室へ。駅から家への歩道はタイル貼りになっている割には水溜りが多く、頭から足元までびしょ濡れになってしまった。雨を室内から眺めているのは好きだが、雨の中を歩くのは厭なものだ。気分が塞ぐ。梅雨の本格的到来か。台風が来る順序が狂っているような気がするが、毎年のことだからもはや異常気象などとは呼ばないのだろう。

 渋谷駅前で、ハチ公のイラストをあしらったかわいいバスが走っていった。会議に出ずにバスに飛び乗ってしまうには残念ながら分別があり過ぎるようだ。

2004年6月10日 (木)  偏頭痛

偏頭痛


 明日は午前から出。日曜も朝から出。軽い偏頭痛の筈なのに、強く頭に響く。体は正直だ。

2004年6月9日 (水)  ことわざ画像

ことわざ画像


 ことわざの中には動物が出てくるものが多い。中には「?」と思うものあるが、犬棒カルタに代表されるように非常にユーモラスだ。我が家の犬とネコを素材にカルタでも作ってみようかと考えて、まずは「ネコに小判」というのを撮影してみた。小判(画像はレプリカ)に価値を与えたのは人間であって、そんなものにネコは敬意を表する必要などないのだから、「価値のあるものを価値のわからないものに…」という解釈は嫌いだ。少なくともキラキラした小判を見せるとかなりの興味を見せる。江戸時代、ネコを可愛がっていた人が小判を見せたところ、非常に興味を持って楽しく遊ぶのを見て、実はネコにこそ小判の本来の価値(物としての美しさ)がわかるのだ…と書き付けたのを後日の俗人が曲解したのかもしれない、などと考えた。それこそ曲解かもしれないが、ネコに関することわざや慣用句、ネコにとってあまり良い意味を持ったものはない。犬やネコのために新しいことわざを作ってやりたい。

2004年6月8日 (火)  応援

応援


 今、友人のサモエドが大きな手術を受けている。成功を祈るサモエド仲間、犬仲間の心のパワーを集めて。飼い主の方ばかりでなく、サモエドと暮らす人にとって、我が子と同じように感じられる長い時間だと思う。早くこの時間が過ぎ、笑顔があふれますように。

※手術は成功とのこと。よかった!

2004年6月7日 (月)  涼しい夕べ

涼しい夕べ


 朝方雨が止んだのを幸いニッキの散歩に出た。その帰り、1ヶ月ぶりに動物病院に立ち寄り、健康診断をお願いする。体重は25.3kgとやや増え、異常なしと診断された。病院を出る頃には真夏の陽射しが照りつけ、自転車でわずか10分の道のりが行きと帰りでこれほどまで違うものかと驚いた。先生からも熱射病には気をつけてくださいと言われたが、家に帰るとかなり長い時間荒い息をしていた。たっぷりの水と部屋の風通しは十分チェックしているつもりだが、長時間の留守番にあってはさらに念を入れなければならないなとの思いを新たにした。息が平常に戻るのを待って、郵便局まで出る。一度散歩をさせてやると普段着での外出が許可になる(笑)。

 昼を過ぎるころからかなりの強雨。午前中に外に出る用事を済ませておいて良かった。涼しくなってくれてニッキには快適だっただろう。夕方になって雨が上がり爽やかな青空が顔を覗かせる。涼しい初夏の夕べ。速く流れる雲の向こうに見える密集した雲の織り成す層が見事だった。舌を出さないニッキの顔も凛々しく見えた。

2004年6月6日 (日)  気付いてみると

気付いてみると


 日曜日の特別授業、全4回のうち3回分を終えた。早いものだ。子ども達の顔つきも変わってきた。7月に最終回。そしてすぐに夏期講習に突入となる。

2004年6月5日 (土)  仲間

仲間


     プリクラじゃないんですけど…

 獣医さんの待合室や公園でのニッキの反応からすると、彼は人、犬、ネコを問わず他の生き物が大好きのようだ。実家で4ヶ月近く、人や犬たちと一緒に暮らしたという生い立ちも影響しているのだと思う。もっとも、近頃少し♂としての自信が過剰になってきたのか、相手がサモエドまたは北方犬種の♂だと相手の出方によってガウ…と威張りん坊になることもあるが、総じてフレンドリーだと言って良いように思う。

 これに対して、小太郎はニッキのことは好きだが、他の犬やネコに対してはかなりの警戒心を示す。相手との対面が避けられない時の攻撃的態度や興奮反応は強い警戒心と裏腹のものであろうが、我が家に遊びに来てくれた友サモ蘭ちゃんや銀ちゃんに対して、小太郎は口から唾を撒き散らかしながら「ブワーッ!」と最大限の威嚇を行っていた。また、玄関をちょっと開けた隙にエサを食べに来た千鳥の所まで飛び出してしまったことがあるのだが、その時には果敢にも外ネコ経験の豊富な千鳥に飛び掛っていった。家の中からは一緒に遊びたいよぉというような悩ましい声を出していたのに、である。ニッキ以外に小太郎がやや好意的な態度を示したのが、まだ生まれて間もないチビネコの五右衛門改め小春くらいだろう。ただ、この場合は対等な遊び相手というのではなく、先輩としてネコのしきたりを教えるというような態度で接していた。人間やニッキに対しては我が物顔で振舞うお転婆娘小春も小太郎の前では控えめな態度を示していたのが面白かった。小春の態度が気に食わないと、遠慮会釈なく、小太郎は小春の体を噛んだようである。

 小太郎と小春の場合は、世代間に渡る種の保存、あるいは同種の♂と♀というような、本能に基づく行動であるとの説明が付くのだろうが、小太郎とニッキの場合にはやはりこれは「友情」と呼んでよいものだと思う。とりわけニッキが一度加えた食物やおもちゃを小太郎の前に放り投げてやったり、小太郎がゆっくりとニッキの前を何の恐れもなく通り過ぎるのを見るとき、その思いを強くする。他犬・ネコに対するアレルギーの強さを知ってからはなおさらである。食性も生活方法も異なる、異種の動物間に通じる友情、これがもっともっと広がればどれだけ世の中が平和になることか。

2004年6月4日 (金)  血縁サモ、友サモのために

血縁サモ、友サモのために


 今日は祈りたい。



2004年6月3日 (木)  『春夏冬』が…

『春夏冬』が…


 隣接する街区の横山の地から移転する。うんと遠くに行ってしまうわけでなく市内の淵野辺という街に移るだけだが、『春夏冬(しゅんかとう)』の名は消える。ラーメン雑誌等で周知の『隠国(こもりく)別館』として装いも新たにオープンするらしい。仙台に帰郷した同僚の車に乗せてもらって足繁く通ったお店だ。魚の出汁の効いたスープと縮れ麺の相性が最高だった。より大きくなっての移転なので、ここは祝ってあげたいところだが、仕事の帰りに少し遠回りしてラーメンを啜って帰宅する名所が一つ減ったことはやはり寂しい。

2004年6月2日 (水)  指、顛末

指、顛末


 指の腫れが引いてきた。普段は傷の治る過程などにそれほど気を配っていないのだが、今回はどのようにしてパンパンになった部分が元のように戻っていくのか、痛みの程度がどのように緩和されていくのかを丁寧に追跡してみた。痛みというのはなかなか正確に記述できないものだが、これを客観的に表現する方法として、「〜ができなかったのが〜できるようになった」という方法が適切かもしれない。噛まれた当夜は、まず回転式の瓶詰めの蓋を開けることができなかった。手のひら全体に痛みが広がるのである。タブレットのペンも持てなかった。必要に迫られて一通だけ宅急便の荷送り状を書いたが、これ誰の字?と思うくらい情けない字だった。何ができたかと言えば、辛うじて、右の手の親指を除く4本の指で不完全なタイピングができただけである。ただし、そんな日に限ってNTTコミュニケーションの回線大障害。タイピングができても意味はなかった。それゆえ友サモの安否に関する情報を取得しようとして操る携帯も左手。車の運転中は腫れがピークに達する前だったので良かったけれど。汚い話だが、右手ではお尻も拭けず、ドアのノブも回せなかった…。ニッキの足も左手で拭く。

 今は余程力の加わる作業でなければ大体のことはできる。見た目はそれほど変わっていなくてもこの観点からかなり回復したことを実感できる。ホースリールも回せるし、ニッキの首根っこを押さえることもできる。チョークも持って仕事ができるし、車も大丈夫だろう。出血している時には塞がったほうが好都合のように思えた傷口も、親指の腹に熱と一緒に溜まった膿を排出するために最小限の穴が開くようにできている。お医者さんに行って傷口を切開してもらって包帯を巻いてしまえば安心できたかもしれないが、こうして体の一部が復調していくのを観察すると、実に人体(生命体)というものが良くできていることに感嘆する。それもこちらから何を指図することなくこの複雑な営みが全自動で完結されていく。つい過小評価しがちな自分自身の価値を、こんな些細なできごとから思い直す機会が得られる。生きているというのはすごいことだ。

2004年6月1日 (火)  流血三事件

流血三事件


 昨日から今日にかけて我が家で3件の流血事件があった。まずその一。昨日遊びに来てくれた銀之助君と小太郎の相性を見るために、少し離れた所で小太郎を抱えて銀ちゃんを見せたところ、小太郎が興奮して自分の右指の付け根を思い切り噛んだ。銀ちゃんが小太郎に興味を持って近付いてきたので、お互いに何かあるといけないと判断してペントハウスのドアを開けて小太郎を放り投げるように収容。牙が結構肉の奥深くまで達したみたいで、暫くの間全く血が止まらず、水洗いして簡単に消毒し、軟膏を盛り上げて漸く止血。噛まれた時はそれほど痛くなかったので、多少狼狽を残しながらも作り笑顔で屋上に戻る。

 すると今度は銀ちゃんと遊んでいたニッキの口からボタボタと出血。これはどうも興奮したニッキが銀ちゃんと組んず解れつの取っ組み合いをしている間に舌を切ったらしい。ニッキだけでなく、他のサモでもこういう例は数例見ている。そんなことが続いて、屋上には自分とニッキの錆色の血痕があちこちにボタボタと。ニッキが飼い主に付き合ってくれたのかもしれないが、見苦しいところを見せてしまった。いやはや間抜けなことをしたものだと思いながらも、昨日は噛まれたところがパンパンに腫れ、キーボードを打つのも容易ではなかった。疼痛が強まってきたので、保冷剤をタオルで包み、痛みをごまかしながら寝た。

 さて、三番目の今朝の流血事件。母が家を出るとき、外ネコのための餌場の近くに毟られた羽毛と血痕が点々とあったらしい。油断した鳩が餌を食べに来たところを、カバーをかけた弟のバイクをねぐらにしているネコに襲われたのだろう。ネコ餌の残りを鳩が狙うようになって鳥糞に悩まされていただけに思いは複雑だが、やはり可哀相な気もする。ただし、家を出ればそこは自然界の一部。ネコが鳩を捕らえて食べる…。この点については善し悪しの問題外かもしれない。ネコが本気になったときの咬む力の凄まじさを実感しただけに、全身凶器のようなネコに襲われたら一たまりもないだろう。普段、小太郎やニッキがどれだけ優しく甘噛みをしてくれているのかということも判る。少しだけ膿を出して曲がるようになった親指の付け根を摩りながら、間抜けな動機ではあったが、彼らの本気に接する機会を得たことをそれほど悪い経験だとは思っていない。痛みを忘れると人間はつい調子に乗ってしまう。