2004年9月30日 (木)  買い出し

買い出し


 いつもニッキが食べているフードと犬グッズのお店「クッキー」さんと相模原で一番美味しいケーキ屋さん「ら・ふらんす」にお土産の買い出しに行った。

 ら・ふさんすのお菓子は地元にお住まいの生徒さんのご父兄が教室に差し入れてくださるのだが、それを食べて以来ファンになった。お店はいつも忙しそうなのだが、従業員が生き生きとして実に楽しそうに働いている。あの雰囲気が好きだ。周囲は皆女性客なのに、のそっと現れてこれとあれをお願いしますなんて注文している自分が可笑しい。常温で1週間が賞味期限の目安なので、旅程の都合上、残念ながら7日までに会う友人までしか味わっていただけないが、クッキーさんで求めた犬のおやつとおもちゃ、あとニッキ御用達のショップで買ったバンダナにはその心配がない。お土産というとどうもお義理のイメージがあるけれど、自分の場合そうではなく、あのわんちゃんにはこれが合うだろうとか、この大きさなら喜んで遊んでくれるかななどと考えて品物を選ぶこと自体に楽しみがあるのだ。そして、中にはちょっとした相手のポカンとした表情を見てみたいという悪戯心も潜んでいるのかもしれない。

 ともあれ今日で1年の4分の3が終わる。その日ごとその日ごとに良いこともあれば憂鬱なことも生じる。ただ、憂鬱に感じることがらの中にも楽しさにつながる種が潜んでいることもあると思う。今年の残り4分の1の時間でぜひその芽を育てていきたい。

2004年9月29日 (水)  自分の日記を読みながら

自分の日記を読みながら


 台風21号の接近で、夜更けから少しずつ雨脚が強くなっている相模原。0時を過ぎていろいろと気になることがあり不寝番をしているが、今日はこれといって自分の身の上で書くべきこともなかった。普段お世話になっている知人のお父上の訃報に接して朝から気分が重くはあったけれど…。

 去年の今頃は何をしていたのだろうと「シナモンタウン」から入ってにきにき日記のバックナンバーを覗いてみる。考えてみればこのHPもこの10月22日でちょうど3周年。「去年の今頃は…」と自己の文献?を参照できるだけの分量には取り敢えずなった。遡ってみると内容以外にも、文体や漢字の割合なども微妙に変化しているように思う。

 風が出てきた。ニッキが早足で仕事部屋に入ってくる…。あれこれと過去の記憶を手繰りながら去年の同日の日記を読む。やはり書くべきことが少なかったのか、サモ友のHPが10万カウントを突破したということ、自分のHP(サモエド共和国)もそろそろ6万カウントになろうとしている、といったことが書いてあった。ここまで書いていると今度はニッキが出て行った。バリケンに入ってボクはもう寝るからねという時間だ。振り返って挨拶もしないが、何とも勝手で自然なのがいい。

 未明にかけて風雨が強まりそうだ。屋上の備えは十分のはずだが、今日はいろいろとあって眠れない。

2004年9月28日 (火)  今月の日記を振り返る

今月の日記を振り返る


 今日は旅行から戻ってきての授業の準備と仕事上のレポート作成に時間を費やす。一昨日思い切り楽しんできたニッキはことある毎に「ねぇ〜、どっか行こうよー」と駄々を捏ねるような声を出す。今はね、君と長旅に出る準備をしているんだよとニッキに語りかけても先の楽しみより今の楽しみの方が魅力的なのだろう。自分もそうだった…。

 旅行中の日記のアップやメールの授受に関してはこの6月下旬から投入した万能型PDAと通信カードが威力を発揮するはずだが、実際に旅に出てみると意外な落とし穴があったりするものである。現に6月の関西行きではプロバイダのアクセスポイント統合に伴う混乱で、PCの通信機能は用を足さず、携帯頼りの心細い通信態勢だった。逆に、携帯の可能性や潜在力を発見することにもなったのだが、やはり10日を超える旅行だとそれでは心許ない。何より親しい友人とのすれ違いがあったりするとしょぼくれてしまう。それに文字入力はキーボードでないと文章のリズムも出ない。古いノートPCも今のうちに十分にテストしておかなければ…。

 それにしても今月朔日にノア君が亡くなり、5日にはベルク君とのツーショットに漕ぎ付け、12日には車に撥ね飛ばされたネコの保護と翌日の供養。その帰り道で福井のサモ君のピンチを聞き、急遽サモ友のご協力を仰ぎ、23日にはハンドリング講習会、26日にはムツゴロウ王国ドッグランのモニター体験と仕事以外にもいろいろなことがあった。今日記を見て、あれこれってちょっと前のことじゃない、と思う事件が飛ぶように過去に流れている。そして今、サモエドを巡って様々な重苦しい空気が漂っているが、これを振り払うことができるのはひとえにサモ仲間の心のあり方だと思う。明けない夜はない。ただ、何もしなければ何も変わらない。してみると人間の意志と勇気が時間を動かしているのかもしれない。

2004年9月27日 (月)  ピットブル君

ピットブル君


 今日からしつけ教室の再開。秋の旅の前に一度しっかりとニッキとトレーニングしようと思っていた。が、残念なことに朝からの雨のために中止。たしか去年も同じように雨で中止だったと思う。

 午後、先週木曜日のハンドリング講習会で頒けていただいたショー用のリードをテントケージのフレームに架けて、SA等での乗降時にニッキの飛び出し防止ができるように工夫した。非常に軽く短いショーリードの応用である(ただし、首締まり事故にならないようチョークリードの部分は使用せず普通にカラーの金具にフックで繋ぐ)。車載の余分なものを籐籠に収容して車から降ろし、助手席側の列をいつでも横になれるように設える。今までの反省を生かし、荷物の最小限化、目的重点化を図るわけだ。車の中の居住性の善し悪しが体の疲れに直接影響するものだ。

 車内の整理を一段落させてからまだ降り続く雨の中を、注文していた品を受け取りにクッキーさんへ。今日はニッキは留守番。居住スペースを自由化してからはそれほど文句を言わなくなった。3分ほどで、クッキーさんに到着。室内犬向けのトレーニングの部が行われているところに顔を出す。邪魔にならないように荷物を受け取り清算していたら、しつけ教室に参加している方が「ちょっと触ってもいいですか?」と先生に尋ねて向かって行く先に大きな犬が臥せているのを発見。ロットワイラーでもないしマスチフでもない。何ですか?と問うとピットブルだと教えてくれた。闘犬として有名な犬とのこと。相模原近郊に放棄されて餓死寸前だったらしい。先生の属する団体が保護をしているのだという。

 自分もピットブル君に近付いて毛艶の良い体を撫でた。純粋な心を持つ者の飼育放棄、虐待…。何でこんなことが繰り返されるのだろう。悲しむべきは変質して捻じ曲がった人間の心である。

 ※カメラを持っていなかったのでピットブル君の画像はありません。寂しいので小太郎の画像を貼っておきます。

2004年9月26日 (日)  モニター参加

モニター参加


 来る10月(日付未定)から一般供用開始となる東京ムツゴロウ動物王国のドッグラン「プチ」。犬たちがリードから解放されて伸び伸びと走り回ることができるという普通のドッグランの機能を超えて、犬を仲立ちとして、犬と犬、犬と人、人と人とのコミュニケーションを成立・発展させるための学びの場としての機能も持たせようという意欲的なドッグランである。

 10年前までは各都道府県に数えるほどしかなかったドッグランも少しずつ普及したのは喜ばしいことである。ただ、無秩序かつ放任状態で犬を適当に走らせ、あるいは自分の犬と他人の犬のコミュニケーションを拒絶しようとする飼い主も多く目に付く。警戒も遠慮もせずに、犬たちのやり取りを見て心から幸せを感じ、笑えるようにするためには、物的な条件の整備のみならず、ドッグランでのマナーやルールを浸透させ、犬同士の関係を調整できるようなインストラクターの配置等、人的な条件も整備していかなければならないだろう。巨視的に見れば、ドッグランの運営に関しての理念を備えた人の積極的な介在がなければドッグランは文化として根付かないだろうということである。

 もちろん、王国のスタッフが犬との付き合いが豊富だとは言っても、ドッグランに集う様々な個性を持つ犬たちをオープン当初から計画通りに交通整理できるはずはないだろう。不特定多数の外来の犬との付き合いは恐らく初体験であると思う。そうではあっても、ドッグランに「犬の学校」としてこれだけの思想を盛り込んだのは大変な勇気の要ることであろうし、また時間はかかっても、観察と実験の精神で、必ず独特の味を持ったランになると確信している。決して平坦ではなかったものの、現に王国の東京移転という大事業が徐々に根付き始めている。

 今日はニッキ共々、意見を述べるためにモニターとして呼んでいただいたのではあるが、恐らく、王国のスタッフの方々は走り回る老若男女大小黒白の犬たちの動きを通して、自分の気付かない数多くの発見をしたものと思う。「プチ」オープンしてからも通わせていただきます!

2004年9月25日 (土)  びしょびしょだよもう

びしょびしょだよもう


       こんな日には露天でしょう

 午前中は新室生募集のための事前学習会で3年生向けの授業を担当。一度家に戻って添削と採点を仕上げて成績帳票を送信。ニッキの排尿を済ませて教室に戻り6年生の授業を終わらせてから漸く、人心地ついた。そのまま家に戻ってしまえば良かったのだが、空腹を覚えたので久々に松屋で飯を食うことにした。豚角煮丼、とん汁、キムチで合計620円。丼を一気に掻き込み、食べ終わる頃にとん汁が出てきた。その大急ぎで飯を食っていた数分がいけなかった…。

 松屋を出て自転車に跨ると手の甲にポツポツと雨滴が。鍵を外している間にもそれが強くなっていくのを感じる。そしてほどなく、空中に線状の奇跡を残す程になり、家へ戻る道のちょうど真ん中辺りでは路面に激しく当たって跳ね返るまでの勢いとなった。16号線を横断する頃には路面は機銃掃射を受けているように水が白く飛び散っていた。胸ポケットの携帯を庇うように前傾姿勢を取ったがもう何をやっても無駄だった。服や髪からポタポタ水を滴らせながらびったりと貼り付いたポケットから鍵を取り出して玄関を開け、ポストから夕刊と取り出して上がり框に放り投げ、とりあえず手近な布で携帯だけを手早く拭いて家に上がる。

 まったくなんてタイミングが悪いんだろうと思いながら、バッグの中を確認し、型崩れを防ぐためにジャケットをハンガーに吊るし、下着を洗濯機を放り込む頃にはその激しい雨はあがっていた。仕事が一区切り付いてからだったからよかったものの、まことに意地の悪い雨ではないか。

2004年9月24日 (金)  前倒しで仕事

前倒しで仕事


 仕事を家に持ち込むのは好きではないけれど、答案の採点や添削作業の中にはどうしても家で行わなければならないものがある。そして通常の添削であれば次回の授業までに赤を入れれば良いのだが、採点結果を集計する模擬試験形式のものでは、〆切が結構キツい。70通の答案に赤を入れ、部分点なども勘案しながら全てに矛盾がないように調整しなければならない。その作業を1週間以内に終わらせなければならない。10月初旬の旅行の計画に翳を落とさないためにも、もちろん受講生の信頼を失わないためにも時間と質の両方の問題をクリアしなければならないのは結構プレッシャーがかかる作業である。当然、添削にかかりっきりではなくイベント授業の準備や定例試験・過去問ノートのチェックという仕事も等閑にはできない。大きなタスクに掛かりっきりになれれば良いのだが、授業そのものが代替性に乏しいものだけあって、あれもこれもせねばならないという形の並列処理による制約を余儀なくされるわけである。

 終わりが見えないうちは、残りの答案の通数を何度も数えていたのが、厚みが減ってくるとあえて枚数を数えず、徐々にピッチを上げながら枚数カウントを最後の「楽しみ」に取っておくような余裕が生まれる。当日に処理するノルマが10枚だったとして、知らない間に(本当は何となくわかっているのだが…)どんどん進めて13枚、あるいは15枚くらい仕上げてしまおうという先憂後楽的発想である。ただ、前倒し作業でできた時間を有意義に使っているかと問われれば甚だ疑問で、これから訪れる地の名所をネットで調べたり、記録メディアがバカ安でオークションに出ていないかといったことに費やされてしまう。作業に取り掛かっていた時には朝から晩まで全く湧かなかった食欲も出てくるので、真夜中にゴソゴソと冷蔵庫を漁って腹に詰め込むと目が冴えてくる。で、就寝時刻は結局4時頃。前倒しというとカッコいいが、自分の場合、最初からちんたらしているよりはややマシな程度なのである。

2004年9月23日 (木)  ハンドリング講習会

ハンドリング講習会


暑さ寒さも彼岸までとは言うが、まだまだ暑い日が続く。そんな日々の中にあって今朝は涼しかった。雨雲が西に広がってはいたが、降り出さなければサモエド日和である。

 朝9時にニッキを車に乗せ相模湖ピクニックランドへ向かう。途中大きな渋滞もなく、集合時刻の15分ほど前に現地に到着した。この日曜日にも訪れたばかりだが、本日の来訪の目的は11月14日に千葉県野田市で開催される初のサモエド単独展のために、サモ仲間のNさんが素人ハンドラー育成のために設けてくださった講習会参加のためである。足慣らしにドッグランでニッキと一緒に駆けてから柵の外に集合。ショーへのエントリー手続の概要をうかがい、その後すぐに実技に移る。ハンドリングに使うリードは「ショーリード」と呼ばれる細いもので、最初はその取扱いになかなか慣れず難儀した。力を入れにくいのだ。ぴたりと左に付けさせての脚側歩行もタイミングが合わないと転びそうになる。しつけ教室ではゆっくり歩く練習とスワレ、フセが中心である。しつけ教室が「静」とすればハンドリングは「動」の世界である。人間は犬をコントロールしながらもあくまでも犬の歩様や美しさを引き立てるための黒子(サモエドの場合は「白子」ということになろうか)に徹さなければならないということも、聞けばわかるのだが実際にそのようにするのはなかなか難しいものだ。犬の立たせ方一つとってもワザがあるのだなと感心することしきりだった。肝心の単独展は仕事のために出られないのだが、エントリーできる機会があれば他の大会に臨んでみたいとも思った。自分の知らない世界を垣間見ることのできるとても楽しいひと時だった。

 講習会が終了後、園内をぐるりと一周してから駐車場に戻る。駐車場であれこれやっているときにふとバックミラーを見ると、白い犬が映っていた。今日講習会に来たランディ君か銀之助君かなと思ってその姿を確かめると初めてみる子。なんとサモエドのパピーではないか! ドアを開けて追いかける。その子の名前が「サクラ君」であるということだけは聞けたが(講習会に来ていたサクラちゃんとは別の犬)、飼い主の方とは初対面ということもあり、根掘り葉掘り聞くことは遠慮した。仕事が休みであればぼんやりとニッキと昼寝でもしていたかったのだが、夕方の授業のために気持ちを切り替えてピクニックランドを後にした。

2004年9月22日 (水)  深き水は静かに流れる

深き水は静かに流れる


 犬やネコの保護団体の献身的な活動には頭が下がる。飼い主に放棄されて傷ついた心と体を再び温めて癒してやる。俗に生きる人間に当たり前にできることではない。が、何でそんなことをやるのか?という問いは愚かであろう。そうしなければ自分の心がしゃんとしないから…。それが本来のボランティアというものだと思う。苦しくて嫌なことを無償でお手伝いするのではない、そうせずにはいられないから動く…。世間的な賛辞を期待すればもはやそれは通常の政治的・社会的活動と変わらないと思う。

 保護団体さんを格差付けしたり評価の秤に乗せたいという気持ちはない。ただ、その代表者の方の人となりが、安心して保護を委ねたいという気持ち、また、ぜひ協力させていただきたいという気持ちを引き出しもすれば抑えもする。犬やネコの保護という本来の目的さえ実現すれば良いかというと、そうとばかりも言えないと思う。その周囲には複雑な人間の心というものが隣接している。意固地な飼い主が自分の犬を保健所で処分する意志を貫けば第三者は通常の手続ではその子を救いたくても救えない。また、保護を依頼したいのだが威圧的に対応されたとしたらどうだろう。「じゃあいいです…」と小声で電話を切ることにもなろう。

 いただいたメッセージを読むだけで心が洗われ、勇気が奮い立つメールを下さる代表者の方もあれば、依頼人の不手際を論難したうえで犯罪者の烙印を捺そうとして精神的に追い詰め、あまつさえ他の保護主体を虚構によって貶めようとする代表者もいる。飼育放棄された2頭のサモエドを巡ってのそれぞれの保護団体さんの、というより、代表者の対応の仕方に天地ほどの違いがあるのを知って、保護のあり方と心の持ち方との関係を考えざるをえなくなってしまった(※ちなみにサモエドレスキューはここにいわゆる保護「団体」ではない)。「正義」ではなしに、その子を保護せずにはいられない…、その気持ちがあれば自己弁護の必要も他人の中傷の必要も全くないはずなのに…。保護を依頼する人間だって心細くて、あるいは居たたまれなくてたまらないはずだ。少なくとも「レスキュー」とは他者を傷つけることではない。

2004年9月21日 (火)  添削、添削、予習…

添削、添削、予習…


 昨日何もしなかった分、今日はきつい。

2004年9月20日 (月)  相模湖ピクニックランドへ

相模湖ピクニックランドへ


     旦那、ずいぶん凝ってますな…

 近頃ニッキに思い切り駆けさせてやっていないなと思い立ち、昨日サモ友が訪れた相模湖ピクニックランドに行ってきた。思ったほど来場者は多くなく、大きな子や小さな子と存分に遊べたようである。ただ、1時間ほど園内を回っているうちに暑さに参ってしまい、自分以上に荒く息をしているニッキを気遣い少し早めに家路に就いた。ニッキ、小さな子に乗られてもとくに気にせずにしていられるようになった。別段腑抜けになったわけではない。

2004年9月19日 (日)  U期特別講義スタート

U期特別講義スタート


 先週の日曜日から全6回の予定で特定志望校向けの対策講座がスタートした。自分の担当校は例年女子校のF。今日はその第1回目の国語の授業である。

 仕事の流れや運用そのものに関しては慣れることはできても、生徒たちは毎年新しいメンバーになるので、この点については良い意味での緊張感がある。いわゆる講義案というものが講師側の頭の中にあるにせよ、それをそのまま焼き直ししていたら5分もたたないうちに生徒に見放されてしまうだろう。そうではなく、その場その時だからこそピタリと当て嵌まる言葉の投げかけや問題提起、流れというものがある。それを自分と子ども達との間の空気の中から見つけ出せなくなったら自分は隠棲しようと思っている(それもいいんだが)。歯車が噛み合ってくると、2時間近い長丁場のはずの1コマが、飛び去る如くに終わっていた。

 もう、あと5回しか会えないこの子らに、心に期する学校に悠々と合格して欲しい。

2004年9月18日 (土)  静かな協力

静かな協力


 冠婚葬祭、近所とのあるいは同僚の付き合い…。基本となる衣食住の他に人間は人間関係の維持を目的として様々な出費をする。いわゆる交際費という費目である。人間が社会的動物であるということを思わずにはいられない。

 今回のSさんによるサモエド君の保護にあたっても様々な形での協力・善意の申し出があり、そのお手伝いをしている身として多くの感動を分けていただいた。できれば、また何かあったときに役に立つ枠組みが残れば良いと思っている。

 実際のところ、どのような運用方法が最善のものかはわからないが、@一時の感情に過大に支配されずに恒常的であること、A本来の目的実現に効果が直接向けられていること、B人間関係(相性など)に依存しない中立性を持つこと、Cできるだけ多くの人が参加しやすい形で平等性・客観性を保つこと(当然機械的・形式的になる面もある)、D個人の秘密が保たれること、E他人との比較を意識しないで済むシステムにすること、F参加するときもあれば参加しないときもあるというようにその決定はあくまで主体的になされるべきこと、G透明性を確保すること、H事後処理と完結という点を明確にすること、I必要な範囲を超えての呼びかけや目的の拡大は避けるべきこと、を自分なりに考えてみた。ただ、もっと大切なことは、参加者、非参加者を問わず多くの人で議論しあってより良いものに発展できる開放システムにしていくことだと思う。正しいことをしているはずだという思い込みは怖い。いつの間にかこれが一番だという独善に陥ってしまうだろう。最初の頃のままの思いを純粋さを保ちながら、これからもサモ仲間の熱いハートを結集できればと思う。

※近頃出番がなかったので今日は小太郎の画像を貼っておきます。

2004年9月17日 (金)  マロが来た

マロが来た


 兵庫のWさんから大きなパネルが送られてきた。雪の中で満面の笑みを湛えたサモエドの大親分マロ君の威風堂々とした姿。

 今、サモエド仲間の間で飼育放棄された福井のサモエドの救出作戦が展開されている。Wさんと同じ兵庫にお住まいのSさんがその子の一時保護を申し出てくださり、近日中に福井の施設に向かう。一口に一時保護と言っても、その決断には大きな勇気が必要とされる。勇気や愛情が必要なのはもちろんだが、むしろ、その前提となる庇護能力という条件を満たすことが難しいかもしれない。Sさんのところには既に里親となっているハスキーの子もいて、福井のサモエド君の里親さんをこれから本格的に探さなければならない。勝負はこれからなのである。

 この子の他にも、飼育放棄されて両眼が緑内障に蝕まれ、近々摘出手術を余儀なくされているサモエドの女の子もいる。かわいそうだ、何故なんだ!とぼやいていても何も変わらない。何でもいい、動き出そう。邪魔にならない時間にその子に会って抱き締めてやるのだっていいではないか。きっと何かが動き出すはずだ。弾みが付くはずだ。

 「まあ、もうちょっと肩の力を抜いて…」とマロ親分が笑って見守ってくれている。

2004年9月16日 (木)  早く安らげる場所を

早く安らげる場所を


 処分の危険に曝されていたサモエド君は、仮に保護してくださる方がいらっしゃって窮地を当面の間乗り切った。その子にこんな寝顔が戻るのはいつの日だろうか。

2004年9月15日 (水)  人のエリアを囲む

人のエリアを囲む


 ニッキの全時間自由化を図ってから半月ほどになるが、今のところ大きな問題はない。むしろ以前よりも安心した気持ちで家に戻ることができる。もちろん、洗面所やトイレのドアなどの半開きがないよう十分なチェックは以前よりも厳重になったが、取り立てて負担になるものでもない。

 つい先月までニッキを守っていたロータイプの木製サークルは今では逆に、ニッキから傷つけられては困る物をガードする役割に転換するに至った。発想の転換がこうして形を取って見えるというのも面白い。万里の長城のような体裁だが、いずれはニッキの理解が深まるに連れて、こうしたものの必要もなくなるだろう。そして、新たに購入したハイタイプのサークルやバリケンの扉は常時開いてあるのだが、気が向けばニッキが自然に中に入って食事を取り、昼寝をしている。当初から自由にしてやればよかったではないかという考えもあろうが、周囲の状況に配慮しつつ徐々に環境に慣らすべきだという考え方もあると思う。ただ、一度安定した状況になってしまえば、「改善」の必要性というのは自覚しないかもしれない。この点、ニッキにとっての居住スペースの拡大という権利獲得の歴史の背後には度重なる脱柵という闘争があった。その中で、ニッキ自身、どのようにすれば押し込められないで済むかを体験的に学んだのだと思う。そしてまた、逐一の対応に疲れた人間側もニッキの成長を見て、大幅な譲歩を考えたのだとも思う。

 黙っているだけでは何も解決しないのである。

2004年9月14日 (火)  サモエドファミリー

サモエドファミリー


 足の多過ぎるのやぬめっとした生き物、不必要に毒を撒き散らす生き物は嫌いだが、間違いなく犬やネコは大好きだ。そして犬の中でもサモエドが、ネコの中でもキジトラが好きだ。理由というほどのことではない。長い時間一緒に暮らしているうちに自ずと情愛が深まるからである。ちなみに自分は昔はネコは嫌いだった。大切に育ててきたひよこを殺されたからである。一つの屋根の下に一緒に暮らしていれば向けられる気持ちも強まる。他家のサモエドやキジトラネコを親戚のように思うのもわかってもらえると思う。

 だから、その、身内としてのサモエドが不幸な状況にある時に何とかしたいと思うのはこれまた自然の人情の発露だろう。もちろん、他の犬やネコの不幸とてわずかでも良いから彼らの力になりたいと願う。「単犬種の保護」などという言葉をことさら口に出すと手前勝手でブランド主義で、と偏狭な印象を持たれるかもしれない。ただ、仮に個々のサモエド飼いの家に困惑した犬やネコが訪れてきたとしたら、その方のできる範囲で保護の手を差し伸べることだろうと思う。あくまで、サモ飼いの方たちが組織的かつ積極的な形で扱う単犬種保護ということであって、保護に関しての差別というように短絡視されたくはない。「縁」という言葉が適切なのかどうかわからないが、自分と一緒に暮らす犬種であれば、大まかであってもその特性や顕著な傾向というものにも理解があり、摩擦の少ない受け入れが可能だと思う。そしてまた、単犬種にしぼった活動が全くないよりも、当該犬種間での扶け合いという責任の完結という状況があった方が犬社会にとって良いのではないかと思う。あの犬種は処分されない=犬種としてのコミュニティがしっかりしている=無責任に飼うことができない…、という意識が定着することで、それが他の犬種、やがては犬、ネコ一般の飼養家の意識になるのではないか。

 地味な活動ではあるけれども、保健所などもまずは単犬種の団体に照会をして不幸な犬を減らすチャンスができるだろう。もちろん、厳格な登録・保護責任を課しつつシェルターの整備、無主の犬やネコを撥ねた場合の最低限の報告・処置義務といった法整備も必要だろうが、同じ犬種仲間での互助の精神。これを一般的な精神に広げて行くことも重要な課題ではないかと思う。

2004年9月13日 (月)  ネコを送る

ネコを送る


     サモエドシルエットに守られて…

 妙なものである。秋の旅行に慣れさせるため、宿にもコンパクトに持ち込めるテントタイプのものに車載ケージを変更した次の日にまさかネコの遺体を運ぶとは思わなかった。事故死したネコ君の遺体を昼前に引き取ってから向かった先は、8月11日にムツゴロウ動物王国のマロ君を送ったペット霊園あきる野の里。優しく頼もしいマロ君にこの子も導いてもらいたいと願う気持ちはもちろん強かったけれど、こんなに早く再訪しようとは夢にも思わなかった。途中、カー用品を買うために立ち寄ったお店の駐車場で、買った物を積み込むためにリアゲートを開いたら、ガラスに貼ったサモエドステッカーのシルエットが白いダンボールでできたネコの柩を守るように映り込んでいた。ああ、マロ君が、もしかするとノア君と一緒に迎えに来てくれたんだなと両目が涙で一杯になった。



 霊園に着くと、すぐにスタッフが出迎えてくれた。マロ君を送ったのと同じ部屋で、お別れをしたときのネコ君の写真を最後に収めたが、やわらかい表情だった。次は幸せになるんだよと声を掛け、散骨される予定の慰霊碑にお参りを済ませた。

 霊園からは車で5分程度で動物王国に着く。今日はサモ友のSさんが憧れの大きなキャンピングカーで王国を訪れていた。駐車場に入るとすぐSさんの車が目に入ったので後ろに停めてまずは石川百友坊のマロの壇へ。マロがこの世を去ってから却って彼との絆が深まるように思えるのは自分の感傷に過ぎないのだろうか。

 実直なSさんと王国内のレストランで勝手に王国の未来を語り合い、笑い、大いに意気投合した。王国に24時間開放日でもあれば夜通し飲んで語り合えるのに…。そうだ、それも提案事項に加えよう。





 レストランに現れた地付きのネコ、百友坊の彼岸花。心に沁みた。

2004年9月12日 (日)  生と死と

生と死と


 午前中に仕事を一段落させてから多摩境のFunnyFaceへ。先週ベルク君とツーショットを撮ったカフェである。今日はトレーニングが目的。カフェの中には独特の緊張感が流れているのだろうか、ちょうど動物病院の待合室のように。耳元で「フセ」と囁くと静かに臥せをする。隣席にやって来たフラッティのジャスミンちゃんとは穏やかに挨拶を交わし、お店の看板娘のチョコレートのフラッティ、シュガーちゃんとは激しく好きだよ〜ビームを飛ばし合っていた。長旅をすれば宿にも泊まるし、場合によっては知人の家に上げてもらうこともあるかもしれない。そんな状況で、サモエドってがさつでダメだねとはやっぱり思われたくない。ジェントルで賢い犬だね、という印象を与えたい。

 さて、マーキングするのを我慢していたニッキのおしっこタンクを空にするためにひと歩きしてから車に戻ろうとしたところ、道の向こうに男の子とハスキーと一緒の女性がいた。それ以外にも通行中の数人が立ち止まり、ゴミ集積所の隅を眺めている。張り詰めた異様な雰囲気である。ニッキと一緒に近付いたところ、その女性に呼び止められた。車に撥ねられたらしいキジトラのネコが瀕死の状態なので、何とかしたいということらしい。ネコは片方の眼球が飛び出て背骨が異様に曲がっていた。出血が続いているという。ハスキーのドリーム君と遊ぶ余裕もなく、とにかく近くの動物病院まで運ぶことにしようということになった。「その後」のことなどお互いなんの確証もないし、保護できる目算などまったくないが、目の前の事実にブレーキをかけるようなことは考えるのを止め、ペットショップに併設された病院に搬送するのを手伝った。獣医さんの診断が終わるまで女性からネコの災難の経緯を聞く。彼女自身、近所の人からの伝聞で情報を入手したのだが、それによると5時間ほど前に道の真ん中で撥ねられたネコは歩道側に移動され、さらにゴミ集積所へと移動させられたということである。ドッグカフェで幸せそうに尾を振り、飼い主と笑顔でコミュニケーションを取れる犬たちと、あまりにも哀れな瀕死のネコの落差。獣医さんの診立てによれば、このネコの生存の可能性はほとんどないとのことである。辛い光景、辛い事件であったが、人情は決して廃れていないことにささやかな慰めを得た。北方犬種の飼い主はお人好しなだけかもしれないが。※ネコさんは20時31分虹の橋を渡りました

2004年9月11日 (土)  イベント

イベント


 朝から教室に詰めて、入室希望者のための体験授業。40分という枠の中で塾の授業の魅力を伝えるのが目的だが、その短い時間にギュッと旨味を凝縮するのはなかなか難しい。集まってくれた子どもたちを抽象的な「集団」として捉えてしまえば自分の独演会となってしまうし、他方でまた自分と子どもたち一人一人とやり取りをしていてはあっという間に時間切れになるばかりでなく、その間に他の子はその関係から疎外されてしまう。表現は的確ではないかもしれないが、子どもたちを「漉し餡」のように扱うのでも、一粒ずつの小豆粒として扱うのでもなく「粒餡」のように捉えて、自分対個性を持った多くの子ども達の集まりの関係として、全体として共有できる問題意識を確認させつつ、それと同時に派生する個々のアプローチ・考え方というものに目配りをしていかないとならないのである。それゆえ、イベントとしての性格を帯びる授業であっても、参加してくれた一人一人の子どもに対して結構口うるさく指示・注意を出す。今日のような公開授業であれば、同時に参観している父母の視線や表情というものも客観的な視点として取り入れる必要が生じてくるのだろうが、他所行きの授業というのを当初は多少心がけていても、自然に自分の授業リズムになってきてしまう。

 子どもたちに話をし、そして共に学ぶ。周囲から見ればそれほど動きのない、静かで深い知見に基づく頭脳労働と思われそうだが、実体はその場で頭を回転させ(毎秒毎分が非常事態)、子どもの表情を読み取り、しかも同時に喋ったり体を動かしたりしなければならない結構ハードな作業なのである。それが難しくもあり、面白くもあるのだが、悲しいことに近頃肩凝りと偏頭痛が激しい。歳のせいかもしれない。あと何年この仕事を全力で続けられるだろうと思うとふと不安を覚える時もある。たまに仕事を辞めて余生をニッキとぼんやりと送ってみたいなと思ったりもする。人生の蒔き直しには遅きに失し、隠居には早過ぎる。もっともそれ以前に貧乏性の自分のこと、ドラスティックな決定に関してなかなか踏ん切りはつかないだろうが…。

2004年9月10日 (金)  旅

旅


 まだまだ先と思っていた秋の旅行まで3週間ばかりとなった。できる限り車中泊を減らして宿で疲れを取りながらの旅としたいと思っている。ハンドルを握り続ける自分の注意力保持のためということもあるが、ニッキにも行く先々での人や犬との触れ合いを思い切り楽しんでもらいたいという思いもある。

 思うに、旅は移動と滞在の2つの要素からなる。その調和が保たれることでその旅は思い出深いものになるようになる。ニッキと笑顔で会ってくれるであろう人、犬たち。今からそれが楽しみでならない。心がすでに彼の地に赴こうとしているのであれば、旅はすでに始まっているのかもしれない。

2004年9月9日 (木)  油断大敵

油断大敵


 「Tery家へようこそ」。ここの訪問がニッキを我が家に迎えるきっかけとなったサモエドのポータルサイトである。ネットをやっているサモエド飼いなら知らない人はいないとは思うが、そこの「ちゃっと一服」という簡易チャット型BBSでサモベビー、サモパピーの育児相談のようなレスが今、花盛りである。甘え鳴きやトイレのしつけなど、新しくサモエドを家族に迎えた方たちへの先輩サモ飼いからの温かいアドバイスを読むのは微笑ましい。そういえば、自分もニッキには何度泣かされただろう…。ケージを破壊されたりいただいたオモチャをあっさり破壊されたり、新築のフローリングの上でホイルスピーンダッシュをされたり…。ビシッと敷いたクッションフロアをズタズタに引き裂かれたこと、オモチャを丸呑みされて居ても立ってもいられないくらい心配したこともあったっけ…。ニッキとの悪戦苦闘の日々が懐かしく思い出される。

 まあ近頃は粗相もしないし、自分の気持ちもわかってくれる。たまに雑巾を奪うことはあってもクッションの腸をぶちまけるようなことはしなくなった。そんな、ニッキの品行をやや誇らしく思いながら、ある程度の余裕を持って自分もそのBBSにアドバイスの書き込みなどをしていた。だが、今日おしっこから戻る時に、その「落ち着いた」はずのニッキが知らぬ間に脱臭剤を咥え、中の液状ビーズを見事にぶちまけてくれた。普段はニッキが出入りできない場所でちょっと自分が油断した一瞬のできごとだった。すぐに容器をもぎ取り、誤飲という程の事態には至らずにホッとしたが、まだまだニッキもアダルトではなかった。いくつになっても気を付けなければならないなと身に沁みた。この日記を付け始めてから今日でNo.1111号。ニッキとの充実した日々をさらに積み重ねていきたいと思う。

2004年9月8日 (水)  漸く完成!

漸く完成!


 今日、風が治まってから目かくしの竹垣を組み立てる。台風一過の割には結構蒸し暑く、作業中に腕や額に汗が滲んだ。完成した竹垣は値段の割には本物の竹と焼杉を用いた本格的なもので、早速所定の位置にセットしてみた。なかなかいい。どの辺りから露天風呂を作ろう!という衝動に駆られたのかは忘れたが、総費用5万円以内で一応満足の行くものとなった。夏の講習で頑張った分、自分へのプレゼントと考えることとしよう。まだ、冬期の保温や枯れ葉や羽虫、砂埃の飛来対策といった問題は残っているが、ひとまずはこれで「にっきの隠し湯」の本格オープンとなった。明日は仕上げとしてソーラーパネルを組み込んだ石灯籠(2個で1980円!)が届く。話の種に入ってみたいという方は遠慮なくメールをください。ただし、リスクは自分持ちで(笑)。


        オイラもご機嫌だよ!

2004年9月7日 (火)  台風18号

台風18号


 台風の当たり年だということを実感する。露天風呂の目かくしとして手に入れた竹垣の衝立が届いたのだが、この風では組み立てどころではない。風は1日中強く吹き付け、途中叩きつけられるような雨に遭ったりもしたが、自分の住む地域の天気自体は総じて悪くはなかった。ただ、ニッキ連れでどこかに出かけようというような気分にはならず、パリッとしない1日の仕上がりとなってしまった。犬友の多い西日本の台風の被害も今のところ大きいものは聞かず、安心している。

2004年9月6日 (月)  久々の長距離散歩

久々の長距離散歩


 まだぶり返すかもしれないが漸く夏の暑さも落ち着き、日のあるうちにニッキと散歩を楽しむことができる気候になった。車に乗せての川べりの散歩も悪くないのだが、そのためにかなりムリをしているような気がして心苦しくもある。

 夕方になっても気温はそこそこ高かったが風は涼しく、ニッキの足取りも軽かった。散歩に出かける興奮を、何段階かに分けて拡散し、家の玄関を出るときにはしっかりとコマンドを入れられるように試行錯誤をしている。準備が調い、リードの輪を腕に通し、無用な長さにならないよう調節してからニッキに「よし!」の合図を送る。ハーネスでなく半チョークのカラーなので、きつくならないように気遣うが、ニッキはぐいぐいと自転車を曳いて行く。ペダルを漕ぐことよりも、どのタイミングでブレーキを入れるかが肝心である。

 まずは口角の皮膚炎の経過を診ていただくため動物病院に立ち寄ったが、処置を含む患畜さんの順番待ちのため、散歩を先に済ませることにする。クッキーさんではしつけ教室に参加しているシェルティーのクルト君、パピヨンのルナちゃんと挨拶。ニッキ、挨拶上手にはなってきたがまだまだ年齢相応の落ち着きがない。今回は、鹿の肉と玄米を中心に配合した新しいアレルギー対策フード(メーカーは同じ)を試してみることにし、注文を入れてから横山公園へ向かい、外周をゆったりと巡る。秋から春の散歩友・犬に久々に顔見世をしてから再び動物病院へ。口角の皮膚炎は暑い時期のヨダレ焼けによるもので間違いないでしょうとの診断で、安心して病院を後にする。

 それにしても日が落ちるのが早くなった。澄んだ空気にネオンが映える。家に着くとすぐに新しいトロ舟に脚を入れ、散歩後の行水を楽しんでいた。


     新たに購入したニッキ専用トロ舟

2004年9月5日 (日)  そして夕方に…

そして夕方に…


     ヘアレスのキラを負ぶう山本さん

 Lさんとの会話の中に、東京ムツゴロウ動物王国で働くKさんの名前が出てきて、ちょっと半端な時間だけれど、急に行ってみたくなった。ニッキは朝のカフェ行きで機嫌がよく、留守番を快く引き受けてくれた(と思う)。今日は裏道を使わずに有料道路(八王子バイパス)を使った結果わずか45分で王国に到着した。

 常連となりつつある石川百友坊の二重ドアを入ると、ちょうどフェンスの中(15坪くらいはある)で新婚生活を終えたオビを石川家の群れに社会復帰させるためのトレーニングの最中だった。♂同士の鍔迫り合いは結構激しいもので、柴犬のシバレがボス後継有力候補のサモエドのオビの近くで執拗にプレッシャーをかける。中標津の王国でNo.2のカザフに「落とされた」シバレにとっては、その息子に当たるオビは「にっくきサモ野郎!」なのかもしれない。それでもオビはシバレの挑発によく堪えていたが、途中、石川さんの判断で敢えてノーリードにされたオビが、ついに堪忍袋の尾が切れたのか、あるいはフリーになるチャンスを狙っていたのか、シバレに激しく襲い掛かった。自分が犬を曳いている当事者であれば、パニックになりそうな場面だったが、石川さんが落ち着いて踵落としを決め、無事に引き離していた。その間、そういう状況をきっちり認識しながら、自分はカメラを向けていた。見ている者にまったく不安を与えないのは、石川さんの犬と暮らした経験の豊富さと扱いの熟達の証左であろう。シバレとオビ、お互い多少の傷を負ったが、シバレはむしろ、かなりの精神的ダメージを受けていたようである…。

 今月中にはオープンする予定の王国のドッグランの楽しい構想を尋ね、今日もまたニッキに妬まれるくらい犬まみれになって帰って来た。ちょうど家の前の交差点で不気味な揺れとムクドリの一斉のさえずりを聞いたが、家に着いてからそれが関西地方に発生した大きな地震だったと知った。



2004年9月5日 (日)  ベルク兄ちゃんと

ベルク兄ちゃんと


 今日は午前中、Lさん家のベルク君と近くのドッグカフェでお茶を楽しんだ。ニッキとベルク君は3年前の府中の森公園での初対面の時からガウガウの関係で、これを改善するのは難しいだろうと思っていた。それで、オフ会などでもオン・リードでお互いの視野に入らないところで遊ばせるというのが暗黙の了解となっていた。が、今年に入ってから、Lさんから諦めないで少しずつでも良いから関係を改善していこうという提案があり、オフの度に短時間ながら、「ニッキを見る=良いことがある」という条件付けをベルク君に施すことで次第に緊張が解れ、少し離れた位置であればツーショットも可能なところまで辿り着いた。ニッキもニッキでトレーニングの成果だろうか、相手がガウ…と言っても、興奮しないで一歩退くことを覚えたようで、ベルク君が吠えようとすると機先を制して彼の口に舌を突っ込んで挨拶を済ませるという荒技を覚えたようだ。その瞬間のどうして良いかわからないベルク君の表情は非常に愛らしい。

 さて、生憎の雨で近くの大きな公園での散歩はお流れになってしまったが、ただでさえカフェ慣れしていないニッキが至近距離に臥せってベルク君とどのような状態になるか、実は戦々恐々だった。興奮するニッキのリードがテーブルにひっ絡まって、ガシャーン!と凄惨な結果に終わるイメージを打ち消し打ち消し、カフェに到着してからすでに駐車場に入っていたLさん一行に待っていただき、1ブロックをニッキと一周してからお店に入った。結果は…、グッドだった。他のお客さんが連れてきた小型犬に反応して起き上がってしまうことがあっても、終始凛とした表情で臥せているベルク君の前ににじり寄り、鼻を突き合わせるほどに接近しても興奮せず大人しくしてくれていた(画像参照)。これから船橋までお勉強に行くベルク君とさようならの挨拶もまずまず。これでもう少しビシッとしてくれればもっとカフェに連れてきてあげるんだけどな。甘え鳴きの抑制と長時間の臥せ。こういう環境の下でニッキと抱える課題がハッキリしてくる。


  歓迎していただいた多摩境の「Funny Face」

2004年9月4日 (土)  寛げる場所

寛げる場所


 朝から事務手続のすれ違いなどで小さな苛立ちの多い1日だった。占いというものには懐疑的なのだが、無料で配布されている市内の情報誌の占いコーナーに書かれていることがどんピシャリだったのにはますます凹んでしまった。

 夜になってから雷を交えた強い雨。近頃の天候はなにかこう、緩和するようなものがなく剥き出しで襲い掛かってくるように感じられる。近頃の子どもにちょっとしたことでキレる者が増えたと言われていること、人間の交際に余裕のなくなったことなども当世の気候と関連しているのかもしれないと考えてみたりする。ともあれ、馬鹿げた暑さが幕を引き、秋に変わるための激しい準備としてこの豪雨をみるのであれば、そこに爽やかさを見出すこともできないではない。

 仕事に出る時、今までと同じように「仕事、仕事」とニッキに目的を告げるが、前だったらビクッとしてなんとかしてサークルに収容されないようお腹を出して愛想をしたり、ベッドの上に伏せて良い子ポーズを取ったりして精一杯の抵抗をした。だが、サークルの扉をことさら閉めることをしなくなってからというもの、仕事…の声を聞くと自らバリケンやサークルに入っていくようなこともある。信頼してやらなければ、と思う。

 近頃の不安定な気候のせいか、ニッキの口の一部が赤くなっている。痛くも痒くもないようだが、少々気になる。早く良くなって欲しい。

2004年9月3日 (金)  無事であること

無事であること


 身の回りに取り立てて大きな事件もなく1日が終わろうとしている。そんな時、無事であることすなわち退屈というのがほとんどの場合の率直な感想だが、波乱なく1日を終えることの意味をこういうときこそあり難く思いたい。煩悶に塞がれていれば、これからの楽しい計画も、果敢なチャレンジというのもなし得まい。風もなく雨も降らない状態だからこそ、その中にあっていかにすべきかという決断や選択がその後の方向を決定付けることができるのだと思う。那須与一が揺れる船の上の扇の的を射抜くことができたのも、自ら馬に乗り、足場を確固たるものにしていたからであろう。これが逆に与一が舟にあったら、結果はどのようであったろう。何もない時間、それを退屈と取るか、静かな創造の時と捉えるか、大きな分岐点なのだと思う。

2004年9月2日 (木)  経過

経過


 ニッキのフロアの移動を留守の間も自由にしてから数日が経過したが、今のところ問題はない。順調である。仕事に出るときも吠えずに送り出してくれる。近所の買い物であれば、普段着のまま外出しようとしても許してくれる。

 もしかするともっと早い段階でこういうことが可能だったのかもしれないけれど、歴史に内在する発展法則があるがごとく、ニッキの場合にもやっていいこととやってはいけないことを学びながら、着々と権利を獲得してきた成果なのかもしれないと思ったりもする。

 1歳になる前には、プラスチック製のケージを噛み砕き、ソファーの上のマットを咥えてブンブン振り回し、はたまた電話線の配線パネルを外したり椅子の肘掛を齧ったりと、かなりやんちゃなことをしていた。それゆえ、彼の安全確保という面から、こちらもスチール製のケージの中にニッキを収容して仕事に出ざるを得なかったのだが、しつけ教室にも参加することで彼が少しずつ落ち着きだし、スチールケージが木製のサークルとなるに至った。それで落ち着くかと思ったが、昨年の夏ごろから脱柵を繰り返すようになり、サークルの嵩上げがなされ、もうこれ以上は改造できないというところまで来て、いよいよ原則自由化というところまで来た。

 外国の家庭のように、リビングや食堂にも大きな犬が当たり前のようにいて、上品に寝そべっているというのが理想だったのだが、それはやはり人と犬との信頼関係が存在してのものなのだと思う。犬との信頼感、コミュニケーション、これが欠けていてはお互いにとって不自由な制約が課されるだけなのだ。犬を飼うことの意味、難しさ、生活の様々な局面に顔を出し、勉強させられる。犬と暮らして幸せになるためにもニッキとより多く語り合わなければなるまい。

2004年9月1日 (水)  ノア君

ノア君


     柴のりく君の尻尾に隠れるノア君

 2度に亘る大きな手術に耐えたNさんの家のノア君が10歳の生涯を閉じた。この秋にもニッキとお見舞いにと思っていたところへの悲しい報せだった。人懐っこく、飼い主の心を理解してくれる犬、とりわけサモの死はやり切れないほど淋しい。Nさんは仕事を持ちながらもかいがいしくノア君の看病に時間と労力を割き、ノア君もそれに応えようと精一杯頑張った。サモと暮らす人間にとって、共に暮らし生きることの理想を見るようだった。ノア君、お疲れ様でした。ゆっくりと休んでください。

 心よりご冥福を祈ります。