2004年10月31日 (日)  

   豊後にっき(3) 四国編

2004年10月31日 (日)  風邪の治療に?

風邪の治療に?


     仔サモ(右前ちゃん)キャウキャウ(mpeg動画359kb)

 風邪でもなんでも、病気に打ち克つには体の中から良い分泌物を出してやればよいそうである。積極的に生きている人間には癌を自然治癒するだけの力が備わるという。だったら、多少の風邪であれば大好きな犬と接すれば治るだろう…という屁理屈を付け、雨が降っても晴れになっても行こうと思っていた王国にお邪魔した。もちろん、自分だけでなくニッキも2本足で立ち上がり、遠吠えのパフォーマンス付きでドッグラン・プチに行こうよとせがんでいた。10時過ぎに王国に到着。八王子バイパス経由で渋滞がなければ40分前後で到着する。北野から宇津木までの信号の読み、加減速すべき場所、付随的な抜け道なども詳しくなってきた。今日は、ドッグランの予約ができなかったらあきる野市の宿泊施設「山渓」(ペット可の宿泊施設らしい)を偵察してから八王子城址・陣馬高原をニッキと歩こうと思っていたが、幸い予約が取れた。ドッグランゲートから入ろうとすると、チベタンスパニエルのコニーちゃんが行方不明になったと研修生の方が必死で探していたが、間もなく見つかって自分としてもホッとした。

     遠吠え(mpeg動画245kb)
     葉っぱ食おうぜ(mpeg動画245kb)

 今日もまた、Aべさんとシグレちゃんにドッグランでニッキの相手をしていただく。本来であれば、気ままにやってくる常連の客のために王国の貴重な戦力を割くわけだから(場合によっては石川さんが常駐してくださることもある)、人的資源の観点から言えばコスト割れ、ありがたくない客人ということになろう。だが、ここではそういう冷淡な扱いを受けることなく、非常に楽しく有意義な時間を過ごすことができる。施設の構えとしてのポーズではなしに、個人各々が、1対1のホスピタリティを心得ているからこそ、こうした対応ができるのだろう。今日もまたニッキを委ね、サモエドらしさの出てきたパピーたちを見てきた。

 安心して善意に甘えることのできるドッグラン・プチに感謝したい。お蔭さまで風邪も吹っ飛んだようである。

2004年10月30日 (土)  仮回復

仮回復


 土曜日はいつもより早い昼からの仕事。チェックを済ませなければならないノートやプリントも残っている。それなのに、朝7時になっても悪寒と頭痛が続いていた。やらなければならないことの多さが頭を過ぎる。とにかくもう少し、せめて頭痛が引くまで寝ようと作業量から逆算して寝られるだけ寝ることにした。熱があると短い時間で寝起きを繰り返す。そして嫌にリアルな夢を、眠りに就くごとに反芻させる。体の異常は明らかに精神にまで影響することがわかる。浅い眠りの繰り返しが次第に億劫に思え、携帯のアラームが鳴る1分ほど前に思い切って床を離れる。

 起きてしばらくはフラフラしたが、少なくとも7℃前後までは熱も下がったようだ。冷水で目ヤニを洗い流して歯を磨き、ニッキの排泄を済ませてから、新着メールにも朝刊にも目を通すことなく一気に仕事を終わらせて家を出た。中途半端に家の中をフラフラしているとニッキの要求吠えに見舞われるが、仕事に出るときのニッキの諦めは潔いほど早い。今日は徒歩にて5分前に教室着。休憩時間に薬を飲み、授業も2コマ目になって漸く腿や背中の辺りのだるさが抜けてきた。そして、多少だが食欲も出てきた。健康でいることのありがたさが、この段階でしみじみと感じられる。とすると、油断からということよりも、例年この時期になると体の自己保全のために、あるいは健康状態を再確認するために体調が崩れるのかもしれない。当たり前に思っていることを自覚することというのは意外と難しいものである。

2004年10月29日 (金)  ダウン

ダウン


 雑事のため新宿まで出て、マイシティ9階の「くじら軒」でバラそばを食べる。朝方は冷え込んだのに、昼はポカポカと散歩日和。ただ、夕方になって、仕事に向かう車中あたりから悪寒と頭痛の気配が漂ってきた。授業が終わってすぐ家に戻り、薬とカボスの果汁を飲んで布団に潜り込む。布団に入ってもまだ悪寒が続く。早めに治さなければ大変なことになりそう。ベッドのすぐ脇にニッキが寄り添うように寝てくれた。

2004年10月28日 (木)  眠り猫

眠り猫


 近頃、小太郎が自分の部屋のベッドの上で昼寝を楽しむようになった。ロールスクリーンを巻き上げると秋の陽がベッドカバーを暖かい光で染め抜く。ネコにとっては申し分のないお昼寝環境だろう。真面目くさった顔でこちらを見ていた小太郎は、やがて目を瞑ってとろとろと眠りに落ちてゆく。

 かつて大唐帝国やロシア帝国の皇帝は、避暑や避寒のための豪壮な宮殿を造営し、場合によってはその度に都や政庁も遷るということさえあったようだ。スケールはぐっとちっぽけだが、コタにとって最も居心地の良い場所は四季それぞれ、しかも昼と夜とで異なる。自分がニッキばかりを依怙贔屓しているなどと母や弟は難ずるが、ニッキはストリップ階段の行き来ができないため、自由に行動できるのはせいぜい自分がいる階のフロアだけである。そこへ行くと小太郎は、大納戸からペントハウスまで、和室を除いて好きな時に好きな場所に移動できる。しかも、人と会いたくなければ独り静かに孤独を楽しむことだってできる。人の自由、犬の自由、ネコの自由それぞれが干渉し合わないでのんびりできることの幸せを思う。

2004年10月27日 (水)  秋色冬色

秋色冬色


 北海道では初雪があったとの報。相模原の平地部はまだまだだろうが、秋の緩衝期を経ずに急激に冷え込んだことを思えば12月には数回の降雪があるかもしれず、スタッドレスタイヤへの交換を例年より早めにしておいた方が良いかもしれない。丹沢の主峰蛭ヶ岳が遠目でもわかる程度に冠雪するのも間近だろう。仕事も1日ごとに煮詰まってくる。

2004年10月26日 (火)  白い犬とワルツを?

白い犬とワルツを?


     仔サモムームー(mpeg動画359kb)
     仔サモクチャクチャ(mpeg動画359kb)
※ぜひ、ダウンロードしてお手元に。かわいいったらありゃしないです。

 朝のHP巡回で「いしかわさんの命がいっぱい」を訪れると、「ラーナっ子、ついに目が開く」の字が躍っていた。天気は崩れそうだったが、その分じっくりとラーナっ子を眺めることができるだろう、とドッグランの予約を入れあきる野に向かった。

 10時過ぎに王国に到着すると、王国のAべさんと一緒に、レオンベルガーの女の子ベルクと柴犬の女の子シグレの待つドッグラン・プチへと向かった。用心深いシグレとニッキが遊ぶのは初めてだったので、どんな感じでニッキが迎えられるのかちょっと心配だったが、予想に反してむしろ相性が良いくらいで、シグレがニッキを遊びに誘う風景もあった。そして、ついにシグレが自分の近くに寄ってきて口を舐めてくれた!

 11時にニッキをAべさんに委ねて石川百友坊へ。ダーチャ、オビに好き好きをしてもらい、マロの魂が見守る産箱に向かう。30分くらいで戻りますと言っておきながら、仔サモのかわいさに負け結局1時間滞在してしまった。ヒロ子さんの抱き上げた、今日一番に目の開いたサモっ仔を鼻がくっ付くくらい間近で見て優しい匂いを嗅いだ。雨に包まれた百友坊の犬たちもネコたちも思い思いの姿勢で眠りを楽しみ、そこにずっといると自分まで寝てしまいそうだった。

 ドッグランに戻って、ポルキロに予約をしておいたお弁当を食べる。量はやや少なめだが、おかずが豪華。お腹が空いていたので写真を撮るのを忘れたが、エビチリに唐揚げ、ミニサラダもついていた。現在のところ記念価格で600円!

 ドッグランに戻りベルク、シグレとニッキが遊んでいるところに、サモエドダーチャが登場。ニッキがしつこく迫る度に、ガウガウと追い払われていた。が、ニッキは他の子に対してと異なり、絶対に仲良くなるんだという気概を見せ、ダーチャさんに小気味良く反撃されていた。雨もまた良し、と思えた1日だった。


ダーチャの怒りを宥めようと立ち上がっています(笑)

2004年10月25日 (月)  しつけ教室そして王国へ

しつけ教室そして王国へ


           体高測定?

 秋期のしつけ教室は9月第4週よりスタートのはずだったが、2度とも台風の影響で流れてしまった。尤も10月第2週の教室は、秋の大旅行のため参加ができなかったのだが…。それゆえ、10月第4週目の今日が秋期しつけ教室の開幕となった。長い夏休みでかなりぶっ弛んでいるかと思ったが、基本動作は呼び戻しを除いてまずまずの出来だった。集中力が途切れてくると、聞こえているくせにコマンドを無視するような頑固なところがあるのはニッキの性格なのかもしれないが、根気良く根気良く信頼関係を築いていこうと思う。

 しつけ教室終了後、来月分のニッキのフードをクッキーさんで求めてからムツゴロウ王国のドッグランへ。昨日、一昨日の華々しいサモエドたちの饗宴の跡にポツンと独り遅れて到着した逸れサモといった趣(笑)。スタッフのきょうたさんが、自由通行中のところを招き入れてくれた濃茶色のラブのグレーン(タマあり♂)と挨拶を済ませた後、山本さん率いる王国のヘアレス軍団、ナポリタンマスチフのカーラがドドッと登場。颯爽と走り回る「黒軍団」の中で白一点のニッキはよく目立つ。自分より体の大きなカーラちゃんを追いかけ、犬語会話を存分に楽しんでいた。


       ニッキ、楽しく学ぼうね

 ニッキを石川さんに委ねて、石川百友坊へ。スタッフのTさんの連れてきた11歳のサモエド、アレフ君は血の繋がりこそないものの、マロを髣髴とさせる姿でオレンジ色の鉄橋下広場に大きな体をゆったりと横たえていた。呼ぶと飛んできてくれたダーチャとお互い歯が当たるほどの熱い接吻を交わし(オビとも)、スクスクと順調に体重が増えているラーナっ子を見て安心し、少しずつ警戒の距離を縮めつつある柴犬の女の子シグレの鼻面に手の甲が触れたことを喜んでからドッグランに戻った。もしマロの映画を撮るとすれば、間違いなくマロ役に抜擢されるであろうアレフ君にニッキはラブコールを送っていた。ニッキの趣味は良くわからない。17時過ぎ、家が恋しくなったニッキとともに秋の涼気に包まれた王国を後にする。


     マロ親分役ならまかしとき!

2004年10月24日 (日)  あと100日

あと100日


 早いもので、町田校まで隔週で出かけていく志望校別の特別講義も全6回のうち3回が終わった。そして今日は、東京神奈川地区の中学入試が一斉にスタートする2月1日まで残り100日という日にあたる。それに伴い、100日、99日…と1日ごとに入試までの残り日数を刻むカウントダウンの掲示板が教室の目立つ場所に設置された。一般的ではないものの、この仕事に携わる者の風物詩的な時事である。ここからが本当の上り坂、厳しいがしっかりと喰らい付いてくれれば、春は思いの外早く訪れるに違いない。無心に作業をする生徒たちの鉛筆を走らせる音を心地良く耳に受けながら、100日後の逞しい表情を想像していた。

2004年10月23日 (土)  夢か現か

夢か現か


 朝早くから入室希望者対象の無料テストがあり、午前中はそのアドバイザーとして教室に張り付き、お弁当を食べて一度家に戻ってからニッキの排泄を済ませ、午後からは18時までの3コマ授業という隙間のない1日だった。運悪く仕事と重なってしまったのだが、今日と明日は、東京あきる野にあるムツゴロウ王国のドッグランに故マロ親分の子、孫、曾孫が集まるオフがある日。一族ではなくともマロの「友人」扱いで他の犬達も参加できる。

 さすがに会社の重要なイベントを断ってオフに出席ということは無理、とは言えずとも後ろめたさが残る。オフへの参加はかなり前に欠席する旨を幹事のS村さん、Kっちさんに伝えてあった。だが、遠く札幌、仙台、福島、滋賀、富山などからやってくるサモたちに会いたいという気持ちを押し止めることはできず、帰宅した後20分ほどの移動準備を経て、遠方からのサモ友の方々が宿を取っている王国に程近い山田大橋キャンプ場に向けスクランブルと相成った。サモ友S村さんの誘導で現着後、富山のくまじろう君、東京のはるちゃんとご挨拶。仙台のV.Nさん家のタマあり♂イリヤ君とも、少々緊張があったものの無事に挨拶を済ませることができた。さて、ロッジの中に入って挨拶しようとしたところ、札幌からいらしたCょんぼさんとバッタリ会い、プーちゃん、ゴンちゃんと面会。プーちゃんに遊びを誘われたニッキが彼女に近付いたこともあって、ゴンちゃんが「姉ちゃんに何するんだよぉ!」とニッキにガウガウした場面もあったが、その後は打ち解けて仲良く遊ぶことができて本当に良かった。メイ君も溌剌とした優しい笑顔を見せてくれた。キャンプ場が真っ暗なところだったため、サモのみんなたちの写真を撮ることができなかったけれど、ムックちゃん、利樹君、育太郎君、マーヤちゃん(シーズン中のため車中にて待機)に直に会うことができた感動は大きい。21時を回って王国のI川さんも合流。新潟の烈震で、奥様の実家の被害状況が気になるところである。


      優しい目をした育太郎君

 夢のような2時間を過ごした後、ニッキと北に向かうことを約束して22時16分にキャンプ場を離れた。深夜の滝山街道は順調に流れ30分ちょっとで家に到着した。

2004年10月22日 (金)  前歯に…

前歯に…


 歯医者さんに前歯の治療をしていただいてからというもの、かなり念入りに歯磨きをしている。今日もニッキが屋上で自由時間を過ごしている間にじっくり歯を磨いた。歯を磨き終わる頃に、ニッキが屋上のドアをドンドンと叩いて合図を送ってくるので、いつものように口をすすいでから迎えに行こうと思った。が、どうも違和感がある。歯ブラシの毛が抜けて前歯の間に挟まったようなのである。

 激しい痛みよりはマシとはいうものの、どうも落ちつかない。普段ほとんど使うことのない爪楊枝で引っ掻いても、逆に爪楊枝の先っちょが折れて詰まってしまう。また、もう一度歯ブラシで前歯を丹念に擦ってみてもうまく行かない。慎重にカッターナイフの刃歯間をなぞってみたり、目打ちでぐりぐりやってもやっぱりダメだった。歯間ブラシがあればいいのかもしれないが、生憎ストックがない。そこで、プラスチックの薄い板をカットして歯の間をくぐらせてみた。通ることは通ったのだが、角が歯茎を傷めて血が出てくる。舌で触ると歯ブラシの毛の先端に触れる感触はあるのだが、どうやら歯茎に軽く突き刺さるような形で詰まっているようだ。今日中に仕上げなければならない準備作業があるのに、何となく落ち着かないではないか。

 さて、降って湧いたようなミニ災難。本日中に解決するか。奥歯だけでなく前歯に物が挟まっても落ち着かないということを学んだ。

 結局、このイライラする状態が昼過ぎまで続いたが、秋の旅行でもお会いした岡山のサモ友Oさんからの、ご主人も似たような状況になった場合には毛抜きで抜いている、とのBBSのカキコをヒントに先の細いピンセットを使って、毛先が舌に触れるところを手当たり次第に攻撃してみた。チャレンジすること数回で朝から悩みの種だった毛が漸く抜けた。いやはや、これで一件落着。


          こいつが犯人

2004年10月21日 (木)  台風は?

台風は?


   豊後にっき(2) 九州編

 明け方にやや強い風の音を聞いた気もするが、台風23号は何処へ…。幸い、関東の直撃はなかったようだが、朝刊に目を通して、被害の大きさに愕然とする。仮に台風22号が、23号と同様のコースを取っていたならば、今月初めの旅は途中で切り上げることとなっただろう。豊後にっき(2)をアップしながら、台風の進路如何によっては、宿のキャンセル、行程の変更を真剣に考えていた7日夜のことを思い出した。

2004年10月20日 (水)  うつうつ

うつうつ


 台風23号接近により、本日休講。まだ風はそれほどでもないがそろそろ関東地方にも暴風雨がもたらされるのだろう。抱えている添削も概ね片付き、豊後にっきの九州編の編集も半ばまで達したが、どうも食い足りないような1日で終わってしまった。荒天でもわくわくできるような毎日であるよう心がけたいものだ。

2004年10月19日 (火)  健康診断

健康診断


 台風23号が近付いているため朝からずっと雨。午前中に会社の健康診断を済ませ、その後、久しぶりに会った同僚と近所のラーメン博物館で、「すみれ」「春木屋」「蜂屋」のラーメンを楽しんできた。「すみれ」は開館当時からあるご存知札幌の有名店。今月一杯でラー博を引き上げてしまうとあって30分ほど並んだが、美味しいので我慢。食い溜めが思うようにできないのが辛いところ。さて、明日から質素で健康な食生活を心がけよう。





2004年10月18日 (月)  またもやミューミュー

またもやミューミュー


   豊後にっき(1) 山陰編

 昨夜、秋の大旅行のアルバムの第1部が完成。「山陰編」としてアップさせていただいた。4部すべてをアップしたらまとめのページを作る予定でいる。



 さて、明日から天気が崩れるとのこと、天気の安定しているうちにと午前中に添削仕事を1クラス分頑張って仕上げてから石川さんに午後の予約をすぐに入れ、2日続けて東京ムツゴロウ動物王国のドッグラン・プチに遊びに行ってきた。我が家から1時間以内で到達できるドッグランは4つあるが(相模湖PL/津久井プレイフルドッグ/昭和記念公園/ドッグラン・プチ)、王国のドッグランは広さこそ他のドッグランに譲るものの、一番安心して、また窮屈な思いもなく遊ばせることができる。道付きも良い。

 今日は、旅の途中訪れた夢さん家の夢狗君の曾祖母にあたるカーラさんとその孫(王国のセンの姉)、ココちゃん、そして王国のゴル、よもぎちゃんと、黒ラブのクレソンちゃん、そして昨日も遊んだサモエド、ブラン君がニッキの遊び相手。ニッキは若い娘のよもぎちゃんやクレソンちゃんではなしに、カーラさんにピッタリとくっ付いて愛を囁いていた。接触を拒否しない子に対してはニッキはかなりしつこい。犬たちにどこまで任せてよいものか判断に迷うこともある。

 ニッキをドッグランで見ていただいている間に、今日もまた石川百友坊のラーナっ仔たちに会いに行く。ちょうど計量のシーンに立ち会うことができ、体重を書き付けたノートを覗き込むと殆んどの子が昨日に比べて50g〜100g体重が増加していたようだ。割合にしたら大変なものだろう。ラーナ母さんは鼾を掻いて寝ており、仔サモたちは乳首を咥えたままこちらも寝ている。鼻のピンク色もメラニン色素が沈着して青紫から黒に移行する段階だ。まだ触れると壊れそうな感じだが、もう少し大きくなったら触らせてもらおう。お父さんのオビと人間好きのダーチャに顔を舐めてもらってからニッキの待つドッグランに戻った。

2004年10月17日 (日)  ニッキと出る

ニッキと出る


     仔サモみゅーみゅー(mpeg動画465kb)

 本日は晴天なり。朝一番にドッグランの予約を入れ、15日に生まれたサモエドラーナの仔たちのいる東京ムツゴロウ動物王国へ。5日から王国のドッグラン・プチもオープンしているので、ニッキも一緒に行ける。日曜日ではあったが、途中渋滞はまったくなく、家から45分で王国に到着。ドッグラン専用のゲートから入ると、シェルティのラッキー君、仙台からやってきたサモエドのつばさ君、王国に出向?中のTさんのサモエドブラン君がすでに遊んでいた。ニッキが最後に割り込んだ形になったが、みんなとの相性は抜群で、ガウガウすることもなく元気に駈け巡っていた。ニッキが他犬に迷惑なことをしないかな、と最初は多少緊張しながら様子を眺めていたが、王国の石川さんという最高のインストラクターの存在もあって、10分ほどでもう、犬たちの遊びを干渉しないで安心して見守ることができた。午前の部(第1ステージ)が終わってからニッキを託犬所に預け、ポルキローで食事を取り、石川百友坊にラーナっ仔を見に行く。ラーナっ仔の周りはやはりギャラリーが多く、人の波が、やや少なくなる時を狙ってサークルに齧り付き、ラーナっ仔のムームー言う鳴き声を聞かせてもらった。今回の動画の音量を少し大きめにしてぜひ聞いていただきたい。



 2時間ほどニッキにはバリケン(レオンベルガー用なので大人が入ることもできる)の中で過ごしてもらうことになったので、そのご褒美に午後のステージもランで遊ばせてやることにした。午後の部はフラッティの男の子リッキー君と黒ラブのショコラちゃん、コーギーのハナちゃん、そしてミニチュアダックスの男の子というメンバー。ニッキにとっても楽しい1日になったことと思う。




2004年10月16日 (土)  寒いね

寒いね


 涼しいという状態を通り越して今日の相模原は寒いくらいだった。そのうち1年は暑い夏と寒い冬だけになってしまうのではないかと心配だ。もっとも、サモエドたちにとっては寒ければ寒いほどよしということになるのかもしれないが。旅行の間、そして家に帰って間もなくは、ハッハッハッ…と荒い息をしていたのに、今はきっちりと口を結んで凛々しい表情をしている。

 旅行から戻っての荷物の整理と仕事のリズムへの復帰は概ね完了した。現在は、旅の思い出をアルバムのコメントとしてまとめている。今回のアルバムは4部構成の予定で、今月中に4本すべてアップしたいと欲張っている。その1本目(出発〜山陰編)のコメント付けが漸く半分まで来た。第1巻は広大な山陰の地に応ずるように100枚以上の画像が収録されているので、作業完了までもうちょっとかかる。抱えている添削作業や授業の下準備等もあるので、もう少し待っていただきたい。

2004年10月15日 (金)  秋になった

秋になった


 ニッキの排尿のため屋上に出る。雲ひとつない青空。山肌の褶曲までがくっきりと映える。台風が通り過ぎておよそ1週間経過して漸く気候も安定してきたようだ。休みの間に取り置いてもらった新聞の4分の3以上にビニールのカバーがかかっていたが、10月の前半の関東は雨ばかりだったのだろう。

 暑さもすでに遠くに行き、サモエドの季節が始まる。徐々に仕事もピークに差し掛かっていくことになるが、大旅行はできずともニッキと紅葉狩りなどを楽しみに郊外にドライブには出て行きたいと思う。

2004年10月14日 (木)  日常へ合流

日常へ合流


 久々の仕事を終えて、家に戻る。土曜日は台風のため休講だったようで、6日から8日までの実質3日間のお休みで済んだのはラッキーだった。

 昨日から、旅先の方々のお顔を思い浮かべ、そして、自分とニッキのためにいただいた品々、送っていただいた画像を見てはにんまりしながら御礼のメールを書いていた。夢さん、のりんさん、けいちんさん、ジョンさん、チョッパーさん、犬のサトウさん、りきしゃん、うめこさん、どらGONさん、チーママさん、らたさん、サリーさん、ままっちさん、おさぴさん、権ままさん、マグプリさん、shilphさん、ボスママさん、ゆるりんさん…、ありがとう。旅のアルバムもじっくりと写真を選んでアップしよう。そこまではまだまだ旅の続きなのかもしれない。

 関東は今日の午後になってから漸く太陽が顔を出し、旅の汗と汚れを落とした洗濯物が日を浴びている。4日からの溜まってしまった新聞をこれからざっと目を通し、これまたどっさり膨らんできた資源ゴミも次の日曜日の夜には出せるようにしておかなければならない。そうそう、台風で避難した露天風呂の掃除と展開という仕事も残っていた…。日常の単純さは退屈ではあるが、だからこそ旅というものがビビッドになる。旅から勇気を貰い、日常にあって勇気を使う。

 部屋や車の中が整頓されて行く作業の中で、実は早くも次の旅の構想が無意識に練られているような気がしてならない。

2004年10月13日 (水)  旅の終わりにあたって

旅の終わりにあたって


 旅に出て間もなくの強い地震と台風22号は我が家にも小さいながらも爪痕を残していた。30年以上使っているT字型の卓上蛍光灯の蛍光管が砕け、我が家の内臓部分にあたる大納戸の一部に軽い浸水があった。建物の構造によるものでなく近隣の排水溝の処理能力を上回るため、水が溢れ出したことによるアクシデントらしい。都市の脆さを実感する。外ネコ千鳥は自分たちの帰宅をすこし離れたところから見守ってくれていた。元気でよかった。

 旅の後片付けは徐々に徐々に。旅の汚れを落とすためにニッキがトリミングサロンに行っている間にノートPCからのデータ移行。ノートPCが古いため旅先では度々フリーズしてしまったが、データクラッシュなどはなくて良かった。予算の関係でまだまだ頑張ってもらわなければならないので、きちっとチェックをかけてからたっぷりと充電してやる。

 旅先での記録、お金の収支については今回の旅から登場したPDA、ザウルスのお蔭でかなり正確なものにすることができた。デジカメの画像ファイルに記録されている撮影日時や携帯の通信記録も詳細な記録再現に役立つ。

 今回は今までの反省を下に、情報機器を強化し、荷物のコンパクト化を進めたが、それでもやはり問題は残る。連絡先をある程度まとめて携帯に転送しておいたのだが、携帯にすべてのデータを転記せず取りこぼしがあったためタイムロスが生じた点。あとは詳細地図をノートPCから読み込むことができないため、現在位置の正確な情報が把握できなかった点である。旅をしながら、頭の30パーセントくらいは、行程のこと時間のことに気持ちが取られ、後から考えればちょっと寄ってもいい場所があったかも…などと思うこともあるが、まあ欲張りは禁物だろう。

 真っ白になって戻ってきたニッキを見て、こいつがますます愛しくなった。ニッキとの旅、次はどこを目指そうか…。

2004年10月12日 (火)  愛知の犬友と

愛知の犬友と


 名古屋ICを下りて交通量の多い県道をナビの誘導にしたがって30分ほどで東郷町にある全天候型ドッグラン「ダックァ」に着く。ナビには地番を入力しておいたので、最初は少しはなれた工業団地のど真ん中に迷い込んでしまったが、去年も滋賀めぐりでご一緒したゆるりんさんとのメール交換で程なく目的地の所在が判明する。温室を改造したような特徴のある建物が見えてきた。

 建物の裏手にある第2駐車場に車を入れ、ニッキを伴って正面に歩いていったところでゆるりんさんと、同じく名古屋にお住まいのボスママさんとお会いすることができた。ゆるりんさんのげんさん、ボスママさんのボス君もいる! 人同士と犬同士の簡単な挨拶の後、ドッグカフェへ。ここでは、ドッグカフェで何かを頼めば室内ドッグランを利用できる。

 ニッキは朝と晩にきちんと食事を取っているものの、考えてみれば、自分は10日にチーママさんたちと讃岐うどんを食べてから何も口に入れていない。それまでは運転の緊張感もあってかあんまり空腹感がなかったが、ホッとすると急に腹の虫が騒ぎ始めた。皆で席に着くやいなや煮込みハンバーグとアイスコーヒーを注文。お店のお勧めというだけあって美味しかった。

 人心地ついたところで、ニッキを初めての環境に慣らすため、ドッグランに入れてみる。下が砂浜のような砂地なので、一緒に走ると靴の中に砂が入ってくるが、犬の足を保護する役割をしているらしい。思ったとおり、落ち着くまでニッキはマーキングをしながら歩く。暫くするとボーダーの女の子、小雪ちゃんが華麗なディスク競技を披露してくれた。小雪ちゃん、ニッキのことが嫌いではないみたいだがニッキのマズル近くを獅子舞の獅子のような感じでカチカチと歯を鳴らしていた。ややあって、ボス君とげんさんも登場。ふたりとも15歳という年齢だけに、ランを駆け回ったりはしないが、めいめい自分の好きなように遊んでいる。何を思ったか、ニッキがボス君にマウンティング。去勢済みの男の子なのに、ニッキにはたまらない匂いがしたのだろう。小雪ちゃんもほったらかしにして、ボスさ〜ん、と追いかけるニッキの姿が面白かった。



 16時過ぎに愛知の友たちに別れを告げ、三好ICより東名に乗る。激しい雨の中ノンストップで東へとひた走り、20時16分2930kmの旅を終えた。

2004年10月12日 (火)  旅の最後の朝

旅の最後の朝


 今回の旅の最終宿泊地は姫路。夢さんの住む室津から海沿いに東に向かうと1時間程で到着する。犬と同宿可能の部屋は4人まで同一料金の和洋室のみで、多少割高だったが安心して同じ屋根の下で犬と過ごせることのありがたみには代えられない。少しでも旅の疲れを取り、データの転送や整理をするのにもちょうど良い基地となった。また、ここのホテルのユニークなところは、専用庭が設えてあることである。近くは国道2号線が走る繁華街なので、一度浴衣に着替えてからは外に出るのが億劫になるし危険も多い。が、ここはベランダが6畳くらいの植え込みになっており、犬の排泄ができるようになっている(事実上できるというのではなく、ちゃんと糞の処理道具なども置いてある)。弱みは併設の立体駐車場に大きな車が入らないため、近くの駐車場に1泊させねばならないことであろうか。フロントさんの求めに応じて、ホテルの前で記念写真を撮ってから宿を出る。

 車を入れた駐車場まで国道2号線を横切り、十二所神社の脇を通って5分。8時前に車を出した。快晴で朝の光が眩しい。姫路駅前から北に伸びる50メートル道路の前に白鷺城が威容を誇る。そのまま通り過ぎてはやはり失礼であろう。1時間まで無料の北の門駐車場に車を入れて前回見なかった東側をニッキと散策する。出すものを出し切ってニッキの表情も爽やか。9時に姫路を後にする。

 どこにでもあるような郊外の道を走り、姫路東ICから山陽自動車道に乗る。今度は東へ東へ…。何回か関東と関西を往復するに至って漸く、山陽道から名神、東名の時間距離感覚がつかめるようになってきた。長良川を渡る辺りで1時間ほど工事渋滞に悩まされるも名古屋ICをほぼ予定時間に下りることができた。最後の給油を済ませて最終経由地ドッグランダックァに向かう。

2004年10月11日 (月)  コロちゃんとサモ君

コロちゃんとサモ君


 岡山市は後楽園を擁する都市だけあって、街全体が公園のよう。風格と共に懐かしさと清冽さを兼ね備えている。おさぴさんと、1歳になったばかりのサモ界の若武者コロちゃんと天守閣を目指す。ニッキと城を目指す理由はいくつかあるが、城地は見晴らしが利き、公園として整備されていることもあって水場を見つけやすいということがある。ただ、やはり名城とされる城はそこにいるだけで何か時代の風を身に受けるようで、縄張りの中にいるだけで不思議と活力が出てくる。芝生広場のバックに烏城とも呼ばれる岡山城の天守閣が偉容を誇っていたが、近景ではいささか化粧が行き過ぎ、周囲の櫓や石垣、松の木などの風景から浮いている感じもした。コロちゃんとニッキの相性は良かったが、初めて訪れる場所で見た他所サモニッキにコロちゃんはちょっと引き気味のところがあった。コロちゃんのお祖父さんであるバンブー君のいたSilverさんの家をかつてニッキと訪れたところ、バンブーを筆頭とするサモ軍団に対してのニッキの態度がまさに今のコロちゃんの態度だった。城内、そして後楽園に向かう橋の上で、今日もまたコロちゃんとニッキはたくさんの方々に声をかけていただいた。「…いえ、サモエドというんです。スピッツの先祖にあたる犬種で、シベリアで橇を引き…」サモエド紹介の口上は授業より上手くなったかもしれない。

 13時30分におさぴさん、コロちゃんとお別れをしてからガソリンを給油。夢さんの室津を目指す。山陽自動車道を東に向かう。すでに復路であることを意識する。竜野西ICで下り、走り慣れた夢さん街道を南へ。15時過ぎに牡蠣小屋前に到着。いつも関西のオフでご一緒する権ままさん、マグプリさん、Shilphさんもいらっしゃってくださった。Shilphさんが福井まで向かって保護されたサモ君もいた。ニッキはサモ君に気に入ってもらったようで、ニッキもサモ君の口を舐めて好き好き!をしていた。愛らしく、従順で温厚な子だった。権まま家の女の子、チビちゃんにニッキが何度も叱られているのが可笑しかったが、最後はツーショットを許してくれた。途中結構強い激雨も降ってきたが、夢さんの家まで移動してやり過ごし、淡路から家島群島をクッキリと望む二の丸公園へ。日が暮れかかるまで犬たちは笑顔で所狭しと駆け巡っていた。



2004年10月11日 (月)  玉野そして再び岡山へ

玉野そして再び岡山へ


 設備は旧かったものの、ベッドはかなりゆったりとしたセミダブルで熟睡することができた。多少残っていた風邪の感覚もない。浴衣から外出着に着替えるとニッキが「早く行こうぜ!」と急にワサワサする。8時15分にホテルを離れ、ままっちさん一家とゴン太君が待つ玉野の街を目指す。岡南大橋を渡り、9時過ぎにナビの指す目的地付近に到達するとチョコラブのゴン太君と一緒のままっちさんたちが視界に飛び込んだ。昨年の岡山オフ以来だ。近くのスーパーの駐車場に車を停めて、まずはニッキとゴン太君のご挨拶。9月頭にメールを交換して突き詰めた玉野ままっち邸訪問計画はこうして実現することができた。不思議なもので、図上ではきっと小高い丘のようなところなのだろうなと思っていたが、全くの平地であった。ただ、精密地図で見た公民館はなんとなく予想と合致していて可笑しかった。

 ままっちさんと3人のお子さんと一緒に1分ほど歩いたお宅に移動。甘木のジョンさんの家に似た感じの明るい洋館。ままっちさんのご主人からニッキのためにお水を分けていただき感激した。



 9時37分にままっちさん一家と玉野市街の「防風林」というドッグカフェを目指して移動を開始。ゴン太君は今日はお留守番。右手に海を見て、10時前に到着。お店の看板犬、ゴルのガルボ君はニッキを少々警戒していたが、オーナーさんを交えて皆で犬話に花を咲かせている間にニッキの存在を認めてくれたようだ。なかなか撮るのが難しいとされているガルボ君の座布団を持ってのお迎えの図もカメラに収めることができた。10時40分にお店を出る。ままっちさんのご主人から岡山城に行くのに良いコースを教えていただき、国道30号線まで先導していただくことになった。が、結局、目的地の岡山城まで連れて行っていただくことになった。今日は子ども達を連れての家族サービスにしたとおっしゃる。お蔭でほぼノンストップで定刻通りジャスト11時30分に城内駐車場に入ることができた。優しさと洒落っ気に満ちたご主人に感謝!

2004年10月10日 (日)  讃岐ミニミニオフ

讃岐ミニミニオフ


 讃岐富士をバックにりきまる君とニッキの写真を撮影しているうちに、顔にぽつぽつと雨滴がかかってきた。少し車で雨宿りをしましょうと、車内で休んでいるうちに、叩き付けるような強い雨となる。時計は14時。記録の整理などしながら雨を待っていたが、全く止む気配はない。この雨では外で遊ばせることはできないかもしれないな…と少々不安になってきた。また、こちら(土器川生物公園)に向かっている多度津のサリーさんとメールで連絡を取り合い、現在位置を知らせようにも当地不案内につき、要領を得た返信ができない。ナビも抽象的な地名しか表示せず、もどかしくなってきた。ノートPCのキャパシティではネットの精細地図は表示できない…。最も効果的で素直な方法があった。地元のチーママさんに電話を代わっていただき、スーパーを目印にしてもらい、漸く15時前に落ち合うことができた。よかった。

 今度はサリーさんのご主人の先導で、大きな屋根のある倉庫のような場所に移動し、サリー家のサモエドレディちゃんを交えて、4ワンと7人で楽しい時を過ごす。倉庫自体は殺風景だったけれど、そんな場所でも見事に夢の国となるものだ。県道46号線に面した場所だったので、信号待ちの度に、車内の人達が雁首揃えてこっちを見ているのがおかしかった。そういえば、大正町でもドライバーが驚きの目でこちらを注視していたっけ…。いやはやサモエドは目立つ。雨は漸く小降りになってきた。



 16時前に皆とお別れをし、瀬戸大橋を渡って四国を後にする。慣れない地ではナビが威力を発揮する。早島ICで瀬戸中央自動車道を下りて17時に本日の宿泊地岡山グランドホテルに到着。名前の割にはややくたびれた感じがするホテルだが、犬と一緒にいることを奇異にとらえず、泊めてもらえる宿、それも大都市近郊にあるこうしたビジネスホテルはありがたい。食事の時間やお風呂の時間が決まっていない分却って落着くということもあるのだ。旅装を解き、暫しの整理作業。ニッキは食料と水をたっぷりと補給し、ぐらぐらと動かない壁に背中を付けて眠っている。


2004年10月10日 (日)  讃岐うどんめぐり

讃岐うどんめぐり


 早朝の整理作業の後、ニッキの散歩。朝、ニッキの旅立ちの挨拶をモロにさせてから、卵のたっぷりと入ったホットドッグの朝食をいただく。ひろめ市場、日曜市の見学は次回とし、9時15分ににどらGON家を出発。今日もまた暑くなりそうな青空。荷物を整え、ニッキのおしっこ休憩のため10時に馬立PAに立ち寄る。ここで讃岐にお住まいの犬友チーママさん、サリーさんと連絡を取り、10時25分に出発。データは一応携帯に凝縮したつもりだったのだが、PCには元データはあっても、ヌケが結構あったりする。運転中は手が離せないので、すぐ使える形になっていないち意味が無い。10時45分に豊浜SA着。最終確認の後、11時15分に待ち合わせの場所に到着。去年もニッキと遊んでくれたチーママさんと、お初にお目にかかるらたさんとご挨拶。ニッキを触ってもらう。まずは、讃岐うどんめぐりからスタート。まずは、田んぼの真中にある「白川」にて、大きな揚げを入れたシンプルなうどんをいただく。麺の腰は関東のものとそれほど変わらなかったが、出汁が綺麗で奥深い。しばらく経っても揚げがカリカリしているのも好印象。ただ、もう少しパンチがあった方が味が記憶に残りやすいのかもしれない。白川から20分ほど離れたところにある飯山町の「まいどまいど」は、ちょうど昼時で行列ができていたが、自分好みの味だった。本来のうどんの「通」ではないのかもしれないが、味の濃い薄切りの牛肉がどっさりと入った肉ぶっかけは最高だった。380円でこんなに美味しいものが食べられるなんて讃岐の人は幸せだと思う。次回はここで肉ぶっかけの「大」をお代わりしたいものだ。ちょっと風邪を引いたかなという軽い頭痛が朝から少し残っていたが、白川で葱をたっぷり入れ、大根おろしと一緒に牛肉を掻っ込んだことで体が少しずつ元気になってきた。



 うどんを食べてから13時過ぎに、去年も訪れた土器川生物公園着。去年は川に水はなかったが、今年は台風の頻発も手伝ってか水がたっぷりと流れていた。緑地には白いキノコがたくさん顔を出していた。20分くらいの間、りきまる君になかなか遊んでもらえず、手持ち無沙汰のニッキは、ぼんやりと空を眺めたり、りきまる君の方になんとなく近づいてみたり、普段見せないような行動を取っていた。

2004年10月10日 (日)  ふるさと高知へ ※9日の記録です

ふるさと高知へ<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※9日の記録です</FONT>


 15時にりきさん親子とお別れをして、高知の病院で働くうめこさんと一緒に、高知市を目指して出発。途中、窪川までの四万十川に架かる沈下橋や、中土佐町の雄大なパノラミックビューに視線がちらちらと動く。ゆっくりと滞在するタイプの旅もニッキと一緒に楽しみたいなと考える。西は須崎まで延伸してきた高知自動車道に入ると、高知は早かった。16時45分に高知ICで降り、うめこさんの働く病院に車を停めて、市内ガイドを兼ねてニッキ号に同乗していただく。17時過ぎに高知城に着いたのは良いが、駐車場が閉まっていた。強引に出口から突っ込み、閉鎖するまでの17時30分までということで何とか許可してもらう。どうせ、犬連れでは天守閣には登れないのだから構わない。うめこさんにも付き合ってもらって大またの駆け足で天守閣を望む二の丸展望台へ。ニッキはどこにこれほどの体力を温存していたのだろうか、ここぞとばかり駆け上がっていた。お城から見る高知の景色はなかなかのものだった。何時間いても印象に残らない名所、わずか数十分でもくっきりと記憶に残る名所がある。目で見ることだけが観光なのではないと思う。日も沈み、暗くなってきた。またこれから友人の家に遊びに西を目指すといううめこさんを病院の駐車場まで送り届けてから、ニッキの実家どらGONさんのお家を目指し、高知バイパスを西へ。18時7分にどらGONさんの奥さんの犬グッズのお店「リラックス」へ。また乱雑になってきかけた荷物の整理をしてから19時にどらGONさんの家に移動。



 ニッキとお母さんのモロちゃんを対面させてから、お寿司の晩餐に与る。ニッキには留守番を頼み、どらGONさん一家と22時過ぎに立ち寄り湯「高知ぽかぽか温泉」へ。入場料は普通の銭湯並なのに、サウナあり、露天風呂ありで非常に楽しい。0時前に戻り、どらGONさんご夫妻と深夜のサモ談義。ニッキの故郷で安心してぐっすりと眠る。

2004年10月10日 (日)  四万十にて再会 ※9日の記録です

四万十にて再会<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※9日の記録です</FONT>


 朝、雨は上がっていた。波も昨日より穏やかになっている。ニッキの排尿を済ませてから8時にニッキと食事室に入り、ゆっくりと朝食。9時にチェックアウトを済ませ、足摺岬灯台まで散歩を楽しむ。苔の生えたコンクリートの足場は悪いが、天気は上々。灯台で記念撮影をしてから10時に出発。今日は景色の悪いスカイラインをやめて、岬の東岸の細い道(お遍路ロード)を行くことにする。真っ青な太平洋の美しさに、途中何度も車を停めたくなる。土佐清水の市街を抜け、途中、下川之江の郵便局で旅費を下ろしてから給油を済ませ、中村を経て大正町を目指す。

 出発が予定より遅れているので、2車線の国道439号線を順調に飛ばすが、途中の住次郎という集落からなんと1車線の山道になる。所々擁壁が崩落して落石がせせり出ていたり、谷側の路肩が傾いているのを見て、肩に力が入る。クラクションを鳴らしながら、見通しの利かない延々15Kmを安全に急ぐ。予定より10分早く、12時20分に道の駅四万十に到着。りきさん親子(優人君、直人君)、ネコ友のうめこさんたちと再会の挨拶を交わしてから憧れの四万十川へ。水量が多く、ニッキを漬けてやることはできなかったが、翡翠色の水が勢い良く流れる様は圧巻だった。隣接する轟公園の芝生広場で巻き寿司の昼食を取りながら、ニッキは子ども達と遊んでもらう。遊歩道沿いに咲く花をニッキの髪飾りに挿してくれたり、ニッキに語りかけたりと子どもと犬との触れ合いは見ていて実に良いものだと思う。



 食後、少し離れた大正町の中心地にあるりきさんの家へ車で移動。お茶をごちそうになってから街をぶらつく。栗焼酎を手に入れたくて、それを扱っている地酒屋さんを探していたところ、ニッキを見て、「わぁ、かわいい犬!」と飛び出てきた女性の働いている酒屋さんが当の酒蔵であった。面白いものだね。

2004年10月8日 (金)  移動日

移動日


 台風22号がじわじわと迫ってくる。出発時のロビーにある大きなテレビはちょうど足摺岬の岩を噛む波の映像を流していた。ニッキを車に積み込み、急ぎ目の朝食を済ませてから玄関前で女将さんたちとニッキの記念写真を撮影。昨日お世話になったチョッパーさんに連絡を入れ、8時25分に宿を出る。できれば海が荒れないうちに四国に渡ってしまおうと、少し余裕を持って宿を出たのだが、これが幸いした。別府駅周辺、国道10号線が激しい渋滞。当初の予定通りだったら、予約便にさえ間に合ったかどうかわからない。

 10時前に昨日も訪れたチョッパーさんのお宅に到着。蔵は粗方取り壊されてあった。赤い傘を差したチョッパーさんからお土産をいただき、強い雨の中、挨拶もそこそこに思い出深い大分を出発。そこから5Kmほどの佐賀関までの道は横殴りの風雨。すでに嵐そのものではないか。どうなることやら、一抹以上の不安。

 10時10分にフェリーターミナル着。10時20分に乗船手続完了。今日の乗船客はさすがに少ない。が、プロの船乗りが船を出す以上、恐らくは問題あるまい。風はあったが、視界は悪くない。40分過ぎに乗船。11時定時に第2豊予丸は出港。ずっと車両甲板にいたので、小さな丸窓からわずかに波が見えるだけだった。11時35分。航路のほぼ中間地点。うねり強し。船腹を打つような数度の衝撃がある。ニッキは眠っているようだ。正午近くに島影発見。佐多岬だ。かなり波も落ち着いてきたようだ。

 12時15分に三崎港着。八幡浜から宇和島までの道では激しく雨に降られたものの、こちらの海面はべた凪といっても良い状態。途中2か所で軽い休憩を取り、16時に宿毛の市域に到達した頃にはかなり緊張も解けた。通行止めもなさそうだ。この辺りから再び太平洋のうねりは増し、足摺スカイラインの頂上付近では暴風となった。17時15分に足摺岬の宿「ホテル椿荘」に到着。部屋は非常に眺望の良い5階502号室だったが、波は思ったほどには荒れていない。台風はかなり沖合に進路を取ったようだ。ニッキを部屋に残して大浴場で旅の汗をすぐに洗い流し、19時に夕食を済ませる。ここは電波の状況が悪いので今日はバタバタせず、最低限の記録だけ残してすぐに寝ることに決める。今回の旅からは旅行中に余裕のある日を必ず設けるようにしているのもそんな場合の対応。21時過ぎに就寝。いやいや、よく走った。


2004年10月7日 (木)  犬たちの縁結び

犬たちの縁結び


 チョッパーさんに先導していただいて、犬のサトウさんのお家に着いたのは15時。チョッパーさんは何度か犬のサトウさんのお宅を訪ねたことがあるので、車を停めてからスムーズにサトウさんにお会いすることができた。もともとはこちらのミニチュアダックスのオリーブさんが大好きで、何度かメールをやり取りしているうちにいつかは訪れたいと思っていた。昨年のこと、オリーブさんが亡くなり、今回の旅程にぜひ加えたく、犬のサトウさんにはお仕事をお休みしていただいてこの度の面会となった。

 犬のサトウさんは思ったとおりのイメージの方だった。もう少し付け加えればいかにも九州男児という感じで、犬の話をすると笑顔が輝く。遠くにあってなかなかお会いできない方とでもネットでなら隣組のようにお付き合いできる。コーギーの小雪とあぐり、ラブのスウィート、オリーブさんの娘アリス、見事な肢体を持つキジトラのハッチ。ニッキ、そして自分と挨拶を交わしてくれた。少し離れたところにある緑地公園ではチョッパーさんにニッキを持ち上げてもらい、またスウィートとニッキの愛らしいツーショットも撮ることができた。また、チャンスがあれば訪れたいと願いながら、お2人とお別れして、教えていただいた国道を別府へと向かう。20分ほどで別府の市街に到着。市街の道はとにかく狭く、ナビの誘導を無視したためとんでもない路地に迷い込んだ。サイドミラーを畳み、そろそろと走って本日の宿へ。

 宿の方はあたたかくニッキを迎えてくれた。ここには夢さんのところの蘭ちゃんも宿泊した宿で、女将さんや昔からいらっしゃる仲居さんが「じゃらん」に載ったんですよと教えてくださった。おしっこをさせるために、夕食前に市内を散歩。サモエドがいるという別府の酒屋さんをアポなしで訪れる(もちろん事前にメールはしておきましたが…)。ご主人と奥さんが見事な毛吹きのチャッピー君(6歳)を連れてきてくださり、ジュースまでご馳走になってしまった。大分名物の焼酎を買ってから宿へ。たっぷり遊んで疲れたニッキはカリカリを食べるともう目がとろんとして、盛んに大人しい良い子だね〜って誉められていた。



 さて、台風22号が近づいている。明日は取り敢えず平穏でありますように。

2004年10月7日 (木)  好天のもと筑後より豊後に入る

好天のもと筑後より豊後に入る


 甘木ジョン邸で目が覚めた。ぐっすりと眠ることができた。ニッキの排泄を兼ねた朝の散歩を済ませてからヘルシーなメニューと炊き立ての美味しいご飯で朝食をご馳走になり、甘木公園まで3サモ連れ立っての散歩を楽しむ。ジョンさんご一家にとって馴染みの深い甘木公園は度重なる台風の襲来により、根こそぎ倒されている木もあって痛々しかったが、サモたちは伸びやかに草の匂いを嗅ぎ、お互いの匂いを嗅ぎ、朝の時間を楽しんでいた。

 お茶をいただいてから10時30分にジョンさんのお家を出発。途中、自分も大好きな美味しいお菓子屋さん「ハトマメ屋」までお土産を買うのに付き合っていただく。出雲も甘木も呆れられるくらい、ゆっくり逗留したかった。名残惜しさとともにジョンさんご夫妻とお別れして11時20分に大分道へ入る。交通量が少ないので、つい飛ばしすぎてしまう。走るほどに車窓のパノラマの変化が視界を興奮させる。凄まじい自然の造形である九重、湯布院の高原地帯を抜けて別府湾を臨むSAにて第4回目の給油。大分の少し先にできた新しいICで下り、13時30分にチョッパーさんのお宅に到着。100年の風雨を耐えたどっしりとした建物の少し先にある芝生の駐車場に車を停める。



 15歳の愛らしいフクちゃんと挨拶をしてから酒饅頭をいただく。ニッキのことを大層誉めていただき、くすぐったいほど嬉しかった。それからチョッパーさんにニッキ号に同乗していただき、佐賀関港の場所を確認。明日の船便の予約を済ませる。一度チョッパー家に戻ってから14時30分に犬のサトウさんのお宅へと向かう。ちょうどそのとき、チョッパーさんのお家に100年以上昔から建っていたという蔵の解体作業の最中に偶然立ち会った。部外者である自分にも確実な時代の変わり目であるように思われ感慨深かった。チョッパーさんがフクちゃんを拾って一時預けた神社も拝見。それぞれの場所には幾年間にも亘って、人の心が宿っている。真に尊いものに思う。

2004年10月6日 (水)  出雲から九州へ

出雲から九州へ


 9時に出雲ドームで待ち合わせをして、ニッキの散歩を済ませてからのりんさんとお母さん、けいちんさんと出雲大社へ。西日本随一の神域とあって、ニッキの粗相が心配されたが、幸いに大鳥居の手前で排泄を済ませ、境内ではすれ違う団体客に愛想を振り撒いていた。大神宮の格式に比べればむしろ素朴ともいえる古色蒼然とした本殿の前で、のりんさんに教えていただいた二拝四拍手一拝の次第で参拝を済ませる。

 大社を10時30分に出発。ナビには載っていない日本海沿岸の道路を道の駅きらら多伎まで送っていただく。雄大な日本海を見ながら、犬たちの歩くのを見ていちじくソフトを舐め、アツアツのたこ焼きを食べる。たくさんの雲が浮かんでいたが、まだノア雲は見えなかった。

 11時27分にきらら多伎で、仕事を休んで素晴らしい時間をくださったのりんさんたちとお別れ。旅の別れは寂しいものである。その後はひたすらにジョンさんの待つ九州甘木を目指す。島根県は巨大でいつまで経っても尽きないようにすら感じた。2時間ほどで浜田の道の駅、さらに2時間以上かけて山口市街に到達。当初予定した萩行きは、時間の都合でパスして小郡から中国自動車道に入る。明るいうちに関門橋を渡り、17時30分に古賀SAへ。最終休憩の後、19時前に甘木着。いや、長かった。

 ジョンさんご一家と5わんたちと1年ぶりの挨拶を済ませて、新しく近くにできた美奈宜(みなぎ)の湯に連れて行っていただく。昭和30年代封の造りで、土壁の色がいい味を出していた。甘木の夜景を楽しめる露天風呂も素晴らしかった。続いて、去年も訪れたラーメンの宝来軒を訪れるも、残念なことに水曜は定休。ジョンさんに車を飛ばしていただき、大砲というとんこつラーメン屋さんね。昔の小学校を移築したレトロな造りで、こちらはいかにもとんこつ!という感じの匂い。ただ、匂いほどには癖がなく、麺・スープともにバランスの取れた美味しいラーメンだった(昔ラーメン)。ジョンさんのお家に戻り、怜衣ちゃんと遊びたくてたまらないニッキを寝かしつけてリビングへ。ニッキの弟である珀君は本当にニッキと似ていた。1年経って立派な青年サモになっていた。台風の進路を気にしつつ1時にはバタンキュー(笑)。

2004年10月5日 (火)  ノア君、会いに来たよ(2)

ノア君、会いに来たよ(2)


 米子近郊からのりんさんに待ち合わせ場所である湯の川道の駅の到着予定時刻を告げる。当初予定していた松江城観光も、この雨では無理だろうと思って…。米子の市街を抜けると国道9号線は一本道となり、走りやすくなった。松江に近づく頃、雨が止んだ。西の空が明るくなってきている。松江城に寄ることに決めた。到着予定時刻を30分程度伸ばしていただき、大手前駐車場に車を停めて、ニッキと一緒に天守閣を足早に廻る。実は松江には20年以上前に一度来たことがあるのだが、その時とまったくイメージが異なっていた。旅とは面白いものである。途中で出会う団体さんのグループから「まぁ、綺麗な犬」「しろくまみたいだねぇ」と飛び切りの賛辞が送られる。ニッキ以上にヘラヘラしているのは自分の方だったろう。自分が誉められても全く嬉しくないのに、ニッキだと頬が緩みっぱなしである。



 14時過ぎに松江を離れ、あとは一本道を西へ西へ。45分に待ち合わせ場所に到着。のりんさんのご一家、そしてりく君、リオ君とご対面と相成った。ニッキはリオ君に鼻の皺を寄せられていたが、ノア兄さんでないことにがっかりしていたのかも知れない。この頃からまた雨が降り出した。のりんさんのお家に着き、ノア君にお参り。パピーの時代から病気と闘っている最期の時までのアルバムを見せていただく。素晴らしい時間がそこにあった。「ノアは我が家の子になって幸せだったろうか?」というコメントが付されているところがあったが、「間違いなく、ノア君はのりんさんの家の子になりに来たんだ」と断言できる。のりん家に着いた当初の激しい雨が少し弱まったのは17時前。やはり山陰にお住まいのけいちんさんと出雲ドームで待ち合わせて日御碕に向かう。出雲大社の前を通り、日御碕に着く頃になるとまた雨は途切れ、雲間からは光も差し込んでいた。太平洋とはまた違った荒々しさを持つ日本海。ニッキが初めて目にする日本海。ついにここまで来たのだ…。

 けいちんさんとドームでお別れし、のりんさん姉妹に本日の宿泊地である平田市のビジネスホテルまで送っていただいた。今日、こんなに楽しい思い出を作ることができたのは優しいノア君のおかげだよ。ずっと君を忘れないからね。ありがとう。

2004年10月5日 (火)  ノア君、会いに来たよ(1)

ノア君、会いに来たよ(1)


 湯原はAir"Hの圏外となってしまう。朝7時に携帯をチェックするとサモ友からの書き込みに「生憎の雨…」とある。気になって障子を開けてみると確かに光量が弱い。だが、幸いまだ雨はぱらついていないようだった。近くを流れる川原の道をニッキの排尿を兼ねて散歩してから朝食を取る。ニッキも1日経つことでここが仮の住まいであることがわかってくれたようだ。旅に出るとどうしてこれほど食欲が湧くのだろう。お櫃いっぱい食べてしまった。ニッキがおとなしく留守番をしてくれている間に、昨日は入れなかった側の(時間制で男湯と女湯が交代になっている)露天風呂に浸かり、目を覚ます。犬連れの出発準備は結構手間取るが、手間を惜しんではならない。荷物の搬送に2往復することになるが、それは当たり前の不便と思い心の中でも不平は言わない。

 雨がぽちぽちと降ってきた湯原の街を9時15分に出発。最初の目的地蒜山高原を目指す。平日の米子自動車道はがらがらで朝からなんとも寂しい。蒜山ICのすぐ前に位置する蒜山高原SAで荷物の整理とニッキのコンディション調整。昨日できなかった電文の送受信を行ってから本日のスケジュールをチェック。あれこれやっている間に11時になってしまった。蒜山ICを下りる頃にもまだ雨脚は強かったが、せっかくここまで来たのだからと蒜山高原の牧場地帯を一周してから大山方面を目指す。晴れていれば素晴らしいところだろうということは雲の切れ目の鮮やかな緑から何となくわかった。今回の早足旅行で心に残るところはまた訪れることに決めている。残り人生との兼ね合いの問題はあるが、ここは楽観的に構えたい。


        ノア君の大切な兄弟

 11時30分に蒜山高原を離れ、友サモ、ノア君が天に上っていった大山山麓の葬場を目指す。国道から入り組んだ細い道を何度も曲がり、大山メモリアルパークの看板を目にする。細い道をゆっくりと進んでいくと雨がいよいよ本降りになってきた。白い建物が見えてきた。ノア君のお母さん、のりんさんがメールで送ってくれた建物だ。残念ながら大山は望めなかったけれど、ノア君の魂に出会うことができたように思う。まだまだ大空で遊んでいるのだろうか。寂しがっているのだろうか…。早く帰っておいで。雨はノア君の涙なのかもしれないと思いながらそこを離れた。

2004年10月4日 (月)  室津から湯原へ

室津から湯原へ


 今朝は昨日と打って変わってよい天気。ニッキの散歩と整理作業の後7時50分に三木SAを出て、8時30分に龍野市街にに入る。公民館の駐車場に車を停めて小路を行く。残念ながら龍野城の犬連れの見学は不可。やむなくレトロ風味の街並をニッキと歩き、揖保川沿いの道路を通って9時25分に夢さんのお宅へ。ムクとはガウガウになってしまったが蘭ちゃんとはかわいいツーショットが撮れた。ムク君と昼まで室津の街を散歩。途中の「こじま」というお好み焼き屋さんにはお店の紹介番組であろうか、桂雀々さんとTVクルーが入っていた。ムク君とニッキも顔を出したのでもしかしたら映っているかもしれない。焼きたてのお好み焼きを頬ばってから12時25分に夢さんの家を出る。まだナビにも載っていない道を通って14時5分に勝央SAへ。ガスを給油して14時50分に出発。




 途中上野PAで乱れてきた荷物の整理をしてから湯原の町に入る。自分の知っている温泉街とはやや異なるイメージ。16時前にチェックインを済ませてから簡易保険の施設「ひまわり館」までドライブ。ここの名物「犬の露天風呂」の使用料は1頭1570円。人間様より高いのは1回ごとにお湯を入れ替えるため。最初は嫌がっていたニッキも、湯量が増えてくるとご覧のようにご機嫌な表情。10月の夕方は涼しい。タオルドライを念入りにして18時前に宿に戻る。昼にムク君と室津遊覧をし、入浴をしてきたばかりで空腹が刺激されたのか、フードの袋にマズルを突っ込んでばりぼり食べていた。ニッキには珍しいことである。自分が夕食を取る頃にはぐっすりと夢の国で遊んでいた。ニッキが静かなうちに、今度は人間の露天風呂を巡る。さて、自分も疲れているはずだ。早めに寝よう。

2004年10月3日 (日)  出発

出発


 17時30分に家に戻る。心なしかいつもの授業より気合が乗った気がする。仕事を終えてから荷物の最終確認を経て18時27分に家を出る。途中渋滞はなかったが雨脚は強く、ニッキの小休止は延び延びとなり、22時30分、尾張一宮までノンストップとなってしまった。自分も腹が減ったので何か食べようと思ったがここはコンビにだけ。売店は閉まっている。雨の上がったPAは清々しいが寒いくらい。さて次のSA辺りで遅い夕飯でも取ろうか。ニッキは御簾のようなテントケイジの中でなかなか快適そうである。ザウルスの使い勝手も悪くない。

 大津までたどり着いてから休む予定だったが、空腹に耐え兼ねて多賀SAで夜食を取ることにする。ニッキも夜食を付き合う。

 日付が変わって0時20分、多賀SAを出発。京阪神は夜中の間に越えておきたいという配慮から。2時過ぎに三木SA着。星が美しい。

2004年10月2日 (土)  わらわらばたばた

わらわらばたばた


 今日が亡父の誕生日であったことを今頃になって思い出した。ニッキや知り合いのサモエドのそれは結構覚えているのに。「豊後にっき」と名づけた九州大分を目指す旅の出発もいよいよ明日に迫った。9月上旬から徐々に始めた準備だが、3回目の秋の旅で漸く早過ぎず遅過ぎない準備のペースがつかめてきたように思う。一番難しいのはやはり宿の手配で、訪問地や行程がある程度決まってこないと予約を入れられない。かといって連休があるとどうしても予約が早く埋まってしまう可能性があるので、断行するための経験則のようなものが生きてくるのである。あとはやはり読みにくい天候であろう。10月10日は晴れの特異日だというが、それも近頃の異常気象ではどこまで通用するのか怪しいものである。とすれば、あとは行い次第ということになるのだろう。スーパーコンピューターを以ってしても正確に予測できない天の仕事については、それくらいの気持ちでいる方が謙虚でよいのかもしれないが。

 今日は多少暑かったものの、空は間違いなく秋の透明感を持っていた。過日、サモ友の掲示板で見た「清秋」という言葉を覚えた。仕事の後、髪を切り出発の準備を進めた。明日は特別講義の後、家で一休みしてからの出発となる。体調のみならず心も整えて清秋に相応しい旅立ちとしたい。

2004年10月1日 (金)  ニッキぐっすり

ニッキぐっすり


 午後から町田で集まりがあり、その後すぐに相模原に戻って授業という慌しい日だった。旅の支度は概ね終わっているが、最後の荷物の確認をしっかりしておかないと旅先で困ることになる。また、自分が留守の間の牛乳の停止、新聞の保管などの件もしっかりと伝えておかなければならない。生徒から預かっている過去問の添削や受け取った手紙(郵便の)の返信もしておかなければならない。通帳記入も今のうちにしておかないと、帰ってきて何が何だかわからなくなってしまう…。

 とまあ、仕事が終わってからあれこれと片付けることが多い。自分が夜更かしをしていても2時くらいまではニッキは付き合ってくれるが、あまり遅いと「フゥーン」と大きな溜め息を吐いてバリケンに戻っていってしまう。一人ぼっちになる前に何とか仕事を仕上げたいのだけれど、すでにニッキが寝付いている寝室に静かに戻って寝る日が多い。旅の間は夜明けの瑞々しさを見失わないよう、できる限り早寝早起きを習慣としたいものだ。

 まさに今、日記を書き終わろうとしていると、ニッキが立ち上がって寝室に引っ込んでいった。時計は1時50分。ニッキはどこに時計を持っているんだろう。除湿機の雑音の中から、ニッキが水を飲む音、バリケンの軋む音が聞こえてくる。淋しいが幸せなひと時だ。