2004年11月30日 (火)  熱いお茶を飲みながら

熱いお茶を飲みながら


 特別講義の添削を進めてから新しいデバイスのセットアップ。

 1998年に40MBだった画像ファイル(これは主にデジカメで撮影したものだが)の容量は、99年に43MB、00年には37MBとほぼ横ばいであった。だが、01年には285MBに跳ね上がり、02年には1.02GBに、03年には2.74GBに、そして今年は11月の終わった段階で7.06GBという容量に膨れ上がっている。ニッキが高知からやってきた2000年5月末から7月までは古いWin95マシンに35万画素のデジカメで撮影したファイルサイズの小さな画像をケーブル接続によりチマチマと送っていた。その手続が結構面倒であり、初代のマシンであるメビウスノートは大切なところでフリーズしてくれた。また、その頃は銀塩写真のように1枚1枚シャッターチャンスを狙って撮影するという心構えが普通だったため、それほどの枚数が増えなかったのだと思う。

 その後PCは新しくなったものの、カメラはそのままだったのでそれほどファイル容量は食わなかったのだが、メモリースティックで直接スロットにやり取りできる300万画素の新しいカメラを投入してからは、そしてとにかくシャッターを切ってその後に選択するという撮影スタイルが確立してから驚異的にファイルサイズが膨張していく。HD以外の保存メディアもFDからZip、CDそして現在に至ってDVDへのバックアップが常態になった。できるだけ大きな画像で保存をしておきたいという欲求を満たせるだけのキャパシティを一応PC側も備えたので、以前のように忙しないバックアップに追われることはない。だが、4.7GBの1枚のDVDメディアに1年分の画像が入りきらないというのはすでに均衡が崩れているのかもしれない。

 そこで、ファイルの大容量化に備え、この度片面2層DVD-R(8.5GBまで入る)に書き込みできるドライブを投入した1万円ちょっとと無理なく手に届く範囲になったことと、画像以外のバックアップの便宜という目的もある。また、サモ友たちの記録機器もそろそろ一眼レフの大型機が主流になりつつある。自分の写真なんぞ、使い捨てカメラでも撮りたくはないが、ニッキのためだったらいつか手に入れたいなとも思う。まだ使いこなしていないビデオカメラが手に馴染んだ頃に考えよう。1回の撮影行で1GBという日も遠くないかもしれない。そうするとフォトストレージも考えないといかんな。あぁ、お金がかかる。

2004年11月29日 (月)  高尾山へ

高尾山へ


     仔サモワイワイ(mpeg動画385kb)
     サモ走る!(mpeg動画245kb)
     らいむとシグレ+サモ2頭(mpeg動画261kb)

 サモエドらいむ君、パパ&ママと待ち合わせて高尾山へ。我が家から高尾山の登山口までは車で40分ほど。10時前にケーブルカーの清滝駅近くでらいむ君一家と合流。白い犬は何よりの目印。

 登山道には、犬を山に入れると生態系が悉く破壊されるといった趣旨の看板が随所に立っている。圏央道を高尾山の山腹にぶち抜こうとする国なり都がよくもまあこんなこと言えるものだ。山に犬が入って山が荒れるならマタギ犬は生まれなかっただろうし、ピレネードッグなどの山岳犬も大いに自然環境を破壊したことになるのだろう。という訳でマイナーなコースを選択したのだが、それでもその種の看板に「啓蒙」された登山客のオバチャンに「犬が山に入っていいんですか?」と言われてしまい、まともに相手にするだけ損だと思い先を急いだ。この手合いはきっとお上の情報操作によって善とされたことのみを善と捉えるのだろう。



 メジャーなハイキングコースだけあって、そういう不愉快もあったが、自然の懐深く犬たちと汗を掻きながら頂上を目指す、これほど快いことはない。なだらかな道が続き、休みを取らずに登れたので1時間で山頂に着いた。ここでは犬の好きな人たちから例の「何という犬ですか?」という質問攻めにあった。これは愉快な気分にしてくれる。



 頂上で30分ほど小休止してから1時間ほどかけて下山する。その後、いったん別れて東京ムツゴロウ動物王国で再会。サモエド大好きならいむパパ&ママは百友坊のサモたちを見て目尻を下げていた。ドッグラン初デビューのらいむ君もインストラクト犬のシグレちゃんとなかなか良い感じで遊んでいた。

2004年11月28日 (日)  仕事を終えて

仕事を終えて


 今日は町田での特別講義の後、新宿まで出て先週の日曜日に置き忘れた傘を取りに行ってきた。空気の澄んだ夜の新宿はビルの灯り、ネオンが美しく、せっかくラウンジまで行きながら傘を受け取ってそのまま帰るというのがなんとなく勿体なかった。軽くワンショット、とも思ったのだが家ではニッキが待っている。結局綺麗に折り畳まれた傘を受け取って礼を述べ、駅の西口へと向かった。ホテルからの夜景を見ながらのカクテルもいいが、自分としては傍らのニッキを眺めながらの焼酎の方に魅力がある。



 明日はニッキを連れて高尾山に登る。初めて会うサモ友&サモと一緒に。そしてその後は東京ムツゴロウ王国にお邪魔する。中標津から来たカザフやチロルたちに会いに。

2004年11月27日 (土)  朝な夕なに

朝な夕なに


 不思議なもので、前日早く床に就くことができ、そのお蔭で早く目が覚めたときも、PCに向かって仕事に着手するのはいつも大体同じ頃になる。意識してそうなるのではなく、見えない力によってそうなるように仕組まれているのではないかとさえ思ってしまう。今日もすっきりと目が覚め、7時代には屋上に上ってニッキの排泄と簡単なトレーニングを含む軽運動を済ませたのだが、あまりに山が美しく見えたので双眼鏡でこの前登ってきた仏果山の辺りを見たり、高尾山、大岳、蛭ヶ岳などの撮影のために、部屋に戻ってデジカメを持ってきたりと時間を使ってしまった。そして机に向かうとデジタル時計は昨日机に向かった時とまったく同じ時刻を表示しているのだった。

 そして、夕方。仕事をきちっと仕上げて教室を退出。家に着いたらすぐに明日の仕事の準備に着手しようと思っていたのに、帰ってきたら画像のごとき悲惨な有様。サークルの中にあるメインの食事場とは別に、水を飲んだり、ちょっとしたご馳走を与えるための第2食堂(通称2食)の食台を噛み砕き、辺りに発泡スチロールの粉を撒き散らしていた。後片付けにおよそ30分。せっかく生まれたはずの余裕の時間もこうして消えていった。



 かようにして、せっかく幹線道路の一定区間がスムーズに流れても、必ず引っ掛かるいやらしい信号機があるように、人の1日の流れの中にもこうした見えない信号機のようなものがあるように思えてならない。大げさに言うならば運命のようなものなのだろうが、逆に考えてみると、運命といわれるようなものも、こうして人の生き様の一齣一齣に微細に干渉しないと大きな流れを作り出せないものなのだろう。こうしたトラップをまったく意に介せず、自分の計画したとおりに押し渡るということもできないではないのだろうが、そのためには強靭な意志力を必要としよう。また、それが必ずしも幸福とは限らない。宛がい扶持だとしても、人生の与えてくれる機会が人を肥やすこともあろう。だが、それにしてもわずか1日の中でも時間のやりくりに関して不如意というのは淋しいものだ。鳥は自由に大空を飛んでいるように見えて、事実はそうなのではない、といった話を読んだことがあるが人間もそんなものなのかもしれない。

2004年11月26日 (金)  迷惑メールその後

迷惑メールその後


 迷惑メールを撃退するため、プロバイダの提供するフィルターを噛ませている。一つはいわゆる学習型フィルターといわれるもので、件名やメッセージの内容などの特性を分析して一定の傾向を持つものを「迷惑メールフォルダ」に振り分けるもの。今ひとつは差出人や件名を特定して受け取りを拒否する通常のフィルタである。こうした措置によって一時期よりもぐんと不愉快なメールは来なくなったが、それでも法定されている「未承諾広告」というタームを「末承諾」「未承認」としたり、「未※承※諾」というようにスペースを空けたりと、こすっからい手段に訴えてくる馬鹿野郎はいるものである。さらに同じ内容のうんざりするようなスパムメールを違うアドレスでしつこく送り付けてくる人間の屑もいる。

 発信元はいわゆるフリーメールと言われるものがほとんどで、無料でいくつでもアドレスを取得できる無料ドメインが多いのも肯ける。それにしてもスパムメールを送り付けてくる奴等の気が知れない。送られてくる側の気持ちを考えたら、どれだけ不快になるかわかりそうなものだが、そういった常識なるものも匿名性という隠れ蓑によっては無力になってしまうものらしい。本来、自己の良心というものによって規制すべき問題だとは思うのだが、迷惑メールを受け取った者には1通あたり1000円の精神的損害があるとみなしてはどうだろう。それと同時に悪質な事業者については代表者の氏名・住所を含めた情報開示を行う。もっとも匿名性のベールを引き剥がして赤っ恥をかかせてやろうとしても、そういう輩はすでに恥という概念を忘れてしまっているのかもしれないが…。となれば、2次的に迷惑メールを「サービス」という名の下に放置している某大手IT企業当たりに積もり積もった不満はぶつけられるべきではないか。迷惑メールのドメイン名を見る度にカッカして来る。う〜ん、そろそろ対策を講じた方がよいのではないだろうか。個人情報漏洩の次はこの辺が火種になると思うよ。いい気になって球団なんか買収している場合じゃないぞ。

2004年11月25日 (木)  ひだまりの中で

ひだまりの中で


 寝室のロールスクリーンを上げると秋の陽光がベッドの上にサッと落ちる。午前中の数時間をかけて清潔に温まったベッドカバーの上を小太郎が見逃すはずはなく、いつの間にかそこにいて昼寝の時間を楽しんでいる。日差しで温まった体を撫で、揺すりながら小太郎に話しかけているとニッキが駆けて来てベッドの上にジャンプ。自分も一緒になって寝転がりたかったけれど、それだけの余分なスペースはもう残っていなかった。



2004年11月24日 (水)  空が綺麗だった

空が綺麗だった


 1日のうちに何度空を見上げることがあるだろう? たまたま見上げたら空いっぱいの雲の落書き。

2004年11月23日 (火)  サモ会合

サモ会合


     仔サモワラワラ(mpeg動画463kb)

 午前中王国へ。ドッグランにはたくさんのサモたち。久しぶりに会うバディ君やまろんちゃん(蘭ちゃんの同胎)、杏ちゃん(シーズン中のため向かいの保護柵に)、三郎君の姿も。今日は誘惑の多い中で、ニッキと脚側歩行、招呼のトレーニングを行った。玉アリ♂とガウガウになりそうな気配があるとき、コマンドがしっかりと入れば大きな争いにならずに済む。今日は現役♂も多かったので、オフの最中でのニッキのコントロールにできるだけ意を注いだが、それでも何度かはガウガウの状況になってしまった。ニッキを含めて徒にケンカを売る子はいないのだが、彼らからすればここで尻尾を巻いたら犬として、男として立たないという一線があるのだろう。中型犬、といっても大型犬に近いサモエド同士のケンカ、またサモとマラミュートのそれは正直恐ろしい。小さな子がニッキのマズルに飛び掛って噛み付いてもニッキはゴメンナサイと大人しく引くのに、適わないほど大きい相手になぜ闘いを挑んだりするのだろう…。割って入るのも気合いが必要だ。ただ、王国の石川さん、あべさんという犬の喧嘩仲裁のプロの方々のお蔭で大きな怪我もなく、また喧嘩の後の関係も沈静したものになる。「犬の学校」というサブタイトルは決してダテではない。



※オフ余話:いつも若いサモに乗られているアレフ君が、今日はA川家のマラミュートの風太君に乗っていた。ドッグランでは若返りの奇跡が当たり前のように起こる。それを見ていた同じT家のブラン君も風太君に乗ろうとする。一方、いつも女の子のお尻を追いかけているニッキだが、今日はまろんちゃんが非常に気になるようだった。まろんちゃんは流石に蘭ちゃんの同胎。かつての蘭ちゃんのような叱り方でニッキに文句を言っていたが、もう少し厳しく拒否しないとダメなのである。ニッキはこれは何とかなるなと思ってか「お話ししようよ〜」と付き纏っていた。これには息子の三郎君としては気が気ではなかっただろう。母親にしつこいヘンな男が言い寄っている(笑)。三郎君にはガウガウッと激しく抗議される一幕も…。ニッキも犬の学校でいろんなことを学んで成長していく。

2004年11月22日 (月)  結構しんどかった

結構しんどかった


 しつけ教室が終わってから前々からニッキと訪れてみたかった仏果山へ。この山は丹沢山系に属し、我が家の屋上からも見えているはずの山である。山頂から我が家を見たいものだとかねて思っていた。国道412号線から林道に入り、愛川町から清川村との境にある「半原越」に車を停め、片道2.6kmの山道をニッキと登る。途中、2ヶ所で3分程度の休憩を入れて、ニッキに水の補給。さすがに橇犬だけあってスタミナは抜群。13時15分に登り始めてから1時間かけて仏果山山頂に到着したが、足場の悪いところもあって人犬一体の登山は結構神経を使うところもあった。

 山頂には鉄骨の展望台があり、360度のパノラマが見渡せる。宮が瀬湖が眼下に望め、多摩から東京にかけての展望が広がる。高いところは良いものだ。もっとも一応の快晴で、新宿新都心までの眺望はあったが、やや靄っていたために、肉眼での場所の特定は難しかった。我が家の辺りを肉眼で見ても15階建てのマンションさえ、どれだかわからない。双眼鏡を持っていくべきだったかもしれない。

 山頂に20分くらい留まり、暗くならないうちに下山。帰りは下りが多く、40分で駐車場に辿り着いた。途中怖かったのは猿や猪、野犬、熊との遭遇の可能性である。頑丈な防護網が破れているようなところ、あるいはニッキが執拗に匂いを嗅ぎたがるような所があると野生の生き物の気配を背後に感じてしまう。正味2時間ほどの小登山だったが、自然の中でニッキも自分もリフレッシュすることができた。少なくとも昨日飲んだアルコールは完全に分解できたと思う。

2004年11月21日 (日)  新宿へ

 夕方、新宿まで出て久々に友人と飲む。洒落た美味いお店を知っている人なので、お任せである。自身の体調は一進一退なので、努めて深酒はせず、体に良いものを選んで食べようとしたのだが、話が乗ってくるとやはりいつの間にか飲んでしまっている。酒、肴、そして話。この3つのバランスが良いと、ついもう一軒ということになる。時計を見るとすでに0時に近い。小田急で町田までは出られたが横浜線は終わっていた。家に着くとニッキも小太郎も帰りの遅いのを心配してくれていた。


新宿へ

2004年11月20日 (土)  キリ番賞の悩み

キリ番賞の悩み


         これは何でしょう?

 今日は朝から仕事場の塾のイベント。入室テストに備えての事前学習会という形でサンプル授業を行う。集まってくれた3年生も4年生も、塾での勉強にはまだ慣れていないものの素直な子が多かった。自分の経験から言えば、素直な子は必ず伸びる。自分は素直じゃなかったから伸びなかった(笑)。担当分の仕事が終わり、一度家に戻って簡素な食事を取り、ニッキの排泄を済ませてからまた仕事場へ。3コマの授業を終えてから帰宅。着替えを済ませてから、当サイトのキリ番である「壱弐参四伍六」を取ってくださった、はなちゃんのお母さんに贈るキリ番賞の確認と撮影、および代金支払いのためにクッキーさんに行くことにする。

 準備をしてからニッキとすっかり日の落ちた街に飛び出す。18時ともなると外はかなり暗い。考えてみれば冬至まであとひと月。この先まだまだ暗くなるのだろうか。晩秋の沈鬱な気持ちを高揚させるかのように、気の早いお店や住宅は早くもクリスマス向けのイルミネーションを点滅させている。また、今日は相模原市のフェスティバルと重なっているため、途中の歩道が混雑していたが、多くの人にニッキが声を掛けてもらえるのは嬉しかった。

 クッキーさんに到着。今日はヨークシャテリアのココアちゃんがお店のお手伝い。キリ番賞が「はなまま」の手に渡る前に、お店の中でキリ番賞の写真撮影。いつものように商品を受け取ってから宅急便等で発送するのではなく、お店にそのまま置いていただき、「はなまま」がお店に立ち寄る時に手渡してもらうことにした。「はなまま」さんもクッキーさんの常連さん。その意味では手の内を知り尽くした「ライバル」ともいえる存在。余談だが、はな家のHPのキリ番賞の発注もクッキーさんとのこと。どうしたら喜んでもらえるか、クッキーさんとメールで密談を重ねた。とはいえ、あまり突飛なモノ過ぎても、あるいは邪魔になるような物であっても困惑するだろう。結局はまあ妥当なところに落ち着いた。「はなまま」さんの許に無事に到着したら、全体画像を公開することといたしたい。ニッキ、クッキーさんのママからトリーツを貰ってご満悦だった。



2004年11月19日 (金)  祭の後

祭の後


 朝からの雨。今週〆切の仕事をやっつけながらの息抜きにサモ仲間のBBSを訪ねる。雨だからというのは関係ないだろう。もしかすると仕事で忙しい人もいるかもしれないが、このところ普段の賑わいがない。「サモエドの祭典」ともいえるほどの大イベントだった14日のサモエド単独展が終わってしまったことによるのだろう。祭の直後の怒濤のような書き込みの後は、ほとんど新スレッドも立たず、レスも疎らである。主催者の方々だけでなく、参加者の間にある種燃え尽きたような気持ちが広がっているように思える。

 静かな雨の日、国道16号線から轍の水を切る音が聞こえてくる。足温器の足元にはニッキがヘソ天で眠る。静かなサモエドサイトの向こう側でも、きっとサモたちが安心して惰眠を貪っていることと思う。楽しかった祭の夢を見ながら。

2004年11月18日 (木)  耳掻き綿棒ショック

耳掻き綿棒ショック


 耳の中が痒くなると落ち着かないので、耳掻きでガリガリと掻く。それがあまり耳に良いことではないとはわかっているのだが、どうしてもやってしまう。ストレス発散になるのだ。もっとも、竹や金属だと血が出てしまうこともあるので、紙と綿でできた耳掻き綿棒を愛用している。

 だが、一口に耳掻き綿棒と言ってもどれもが一緒であるわけではない。いろんな薬局を廻って耳掻き綿棒を手にしてみるといい(ほとんどの場合大きな薬局でも耳掻き綿棒については単品種しかあつかっていないようである)。耳に当たる部分、すなわち耳掻きの先端の形状が各社微妙に異なるのである。自分がかねてより愛用しているのが「白十字社」の耳掻き綿棒なのだが、その先端の形状が変わってしまった。これは中の下くらいの、時節柄聊か不本意だが震度で言えば4強くらいのがっかり度である。具体的に言えば、今までのように耳を掻きやすい、竹製耳掻きの先のような平べったい繊細な形ではなく、1回の型押しでできるような、見た目も安易な窄んだタイプに…。綿棒部分だけでなく軸の部分も抗菌加工にしたためのコストカットの一環なんだろうが、耳掻きは先端部分こそ命のはず。他の会社の耳掻き綿棒ではなしに白十字社のものにこだわった理由もこれでは意味がなくなってしまったではないか。そんな仕方のない製品を10パックも買ってしまった自分の無念はどこに向ければよいのやら。もし自分が白十字社の株主だったら、株式を全て売り払う。残念ながら、株は持っていないので次期キリ番のオマケにでもするしかない。欲しい人!

2004年11月17日 (水)  こんなん拾った

こんなん拾った


 偶々訪れたサイトで拾ったこのコラボレーションの画像のネコ、小太郎に似ていると思う。いや、もしかすると実際に小太郎かもしれない。

 ニッキと小太郎の画像はお笑い系サイトに流通しているようで、密かな人気者である。思わぬところでニッキや小太郎に出会うことがある。画像の盗用というよりも、自分が面白画像として投稿したものが廻り廻っているようで、大きな投稿サイトに載っているのをネットに造詣の深いサモ友さんが教えてくれたりする。結構気の利いた、あるいはピントの外れたコメントが付せられているのを見ると可笑しく、そしてなかなかに嬉しくなったりするものである。版権だの著作権だのといった権利意識はない。むしろ、ほのぼのとしたにくこた画像が多くの人たちに好ましく受け入れられていると思うと不思議な連帯感のようなものを感じる。

2004年11月16日 (火)  陣馬山から相模湖へ

陣馬山から相模湖へ


 午前中に預かりノートのチェックと答案の採点を終え、午後から高尾を経由して陣馬山へ。普段しつけ教室の後、王国に向かうのに利用する都道61号線を通り、川原宿交差点を左に折れると陣馬街道に入る。峠に近付くと道が狭まり大型バスとのすれ違いに難儀したが、1時間ほどで駐車場と茶店のある和田峠に到着。茶店のおばさんに終日駐車料金600円を払い(神奈川県側に下ると右側に無料の駐車スペースもある)、ニッキと急な段々を登っていく。ニッキに負けないように頑張って歩き、15分ほど登ったところで白い馬のモニュメントのある陣馬山頂上だ。あいにくの雲で富士山は見えなかったが、周囲の山々のパノラマビューは見事だった。



 山頂で一服してから下山。もっと本格的な登山をニッキと楽しみたいとは思うが、もし一方に怪我でもあった場合、取り返しのつかないことになる。安易かもしれないが、車での移動プラス軽登山のコンビニ登山ということでお茶を濁そう。そう、楽しければいいのだ。

 和田峠を今度は神奈川県側に降りる。建物の作りに甲州の匂いを感じさせる藤野町を経由して相模湖へ。神奈川県の施設は平日は駐車場料金が無料のところが多い。立派な地下駐車場に車を停めてニッキと湖畔を散策する。昔ながらの食堂や貸しボート屋さん、娯楽場の並ぶ懐かしい商店街で、ニッキはお店の人や観光で訪れた道行く人にとってもかわいがっていただいた。



 また訪れたくなるような温かい商店街だった。今度はぜひお店を利用させてもらおう。



※相模湖ピクニックランドを訪れるサモ友さん、ぜひ、ちょっと足を伸ばして相模湖の湖畔まで。なかなかお勧めのスポットです。

2004年11月15日 (月)  月曜日の男

月曜日の男


     仔サモキョロキョロ(mpeg動画360kb)

 今日は昨日の息抜きとしてニッキと低山を登ろうと計画していたが朝からの雨。高尾山、経ヶ岳、陣馬山などなら十分に日帰りできる。午後から晴れたものの雨の直後の山道はぬかるんで足場が悪いので王国のドッグラン・プチに行くことにした。月曜日となると恒例のように王国をニッキと訪れている。ドッグラン自体魅力的なだけでなく、紅葉の深まったあきる野までの車で40分の道のりは、旧き良き武蔵野の面影を残す街道を往くのでちょうどよいドライブともなる。

 今日もまた家を出て40分程で王国の駐車場に入ることができた。ナビはもっと早く到着できる道があると示してくれるが、やはり慣れた道の方が安心できる。今日、王国のあべさんが百友坊からドッグランに連れてきてくれた子(インストラクト犬兼友犬)は、全部で7頭! あべさんの愛犬のフレンチブルドッグのポチポチを始めとして、レオンベルガーのカボス、ラブラドルレトリバーのセン、柴4人(犬)衆のシグレ、ラッキー、爺々(ちゃちゃ)、ゴン吉である。近頃自分と信頼関係の深まったシグレちゃんは他の柴のお母さん。ランに入る時にセンちゃん、カボスが多少唸ったものの、王国のランであれば安心してリードを外してニッキを中に押しやることができる。実際、挨拶が済むと早速いつものようにマーキングをしてから皆と一緒になって走っていた。今日、ニッキが一番興味を示したのが大きなカボス君。レオンベルガーのベルク母さんに比べてカボス君は怒り方が優しい。それゆえ、ニッキはしつこく付き纏って口を舐めようとしたり、マウンティングをしようとしたりして求愛行動を取っていた。家では大きく見えるニッキも、何だか小さく見えた。

 40分ほど、あべさんと四方山話をしてから仔サモのいる百友坊の雑居館へ。今日できっかり生後1ヶ月、つまり12分の1誕生日となる。仔サモに自分の指を自由に噛ませる。歯も爪もネコのように尖って少々痛いが、噛んでいるのが仔サモならなんともない。仔サモと目が合うともうたまらない。この子達と自分の時間と命をたっぷりと分けてあげることのできる飼い主さんとが出会えるように。


       ニッキは怒られ慣れてきた

2004年11月14日 (日)  ニッキ、がんばったね!

ニッキ、がんばったね!


       実家の父ちゃんと走る!(画像はTeryさん提供)

 ニッキが心配だからといって、仕事は仕事で手を抜いたりはしない。ニッキも自分もそれぞれの持ち場で頑張っているんだからと気合いを入れた。授業後の質疑応答を終え仕事が17時に退けてから急ぎで家に戻る。風邪予防で飲んできた葛根湯の副作用か、汗でびっしょり。帰りの道で歩きながらメールを打ち、電車を入れてNさんにニッキ引取りの件で電話連絡を入れる。野田市での後片付けをなされた後、北海道からいらしたSさんと愛犬を空港に送り届けるために羽田に向かうらしい。

 バリケンからテントケージへの換装等、雑務を片付けてから空港へ。思えば羽田はニッキが初めて関東に降り立った地。あれから4年以上になるのか…。20時24分に待ち合わせ場所のP2最上階へ。自分がよく利用した頃に比べて羽田も様変わりした。昔は規模こそ大きかったけれど「飛行場」というイメージもあり、道の脇から滑走路が覗けたのに。今はテロ・ハイジャック対策のためだろうか、洗練されてはいるが、人間臭さがまったくない。未来の管理された都市を思わせる。駐車場の屋上からも、防犯・安全対策のために眺望はなく、管制塔と爆音を残して飛び去っていく飛行機の煌きだけが空港であることを感じさせる。

 北海道のSママさんを出発ゲートに送りに行ったNさんとは程なく会うことができ、Nさんのワゴン車の中でN家のサモ達の入ったケージに囲まれて何とはなしに神妙にしていたニッキと半日ぶりの再会。「ニッキ、よく頑張った!」抱き締めてモフモフする。そして今は見事なほど機敏にコマンドが入る。こっちもそうだが、ニッキも寂しがってくれていたのだろう。いつもこれだけ素直に言うことが聞ければ大したものなのに…。ショーでは特に目立つ結果こそ残せなかったけれど、ニッキが信頼するサモ友さんたちと一緒に頑張ってくれた。そのことが何より嬉しい。もし、またこういうチャンスが廻ってきたら、その時はどうか仕事とかち合わないように、と祈る。


         (ちいまきさん提供)                 (ラビさん提供)

※Dさん、Nさん、楽しい機会を与えてくれてありがとうございました。

2004年11月13日 (土)  サモエド単独展

サモエド単独展


 翌14日は日本初のサモエドだけのショー「サモエド単独展」。日本全国からサモエド愛好家が集まるサモエドの祭典。そして、ニッキもショーデビューを飾る。本来であれば自分がニッキを曳いてショーリングを駆けたかったのだが、すでに9月の時点でその日が自分の担当する特別講義のある日と重なっているのがわかり、どうしようかと頭を悩ましていた。が、ニッキの実家のDさんが当日ニッキのハンドリングを、また単独展開催にお骨折りいただいたNさんがショーの前後、ニッキの預かりを引き受けてくださることとなった。

 夜、仕事が退けてからニッキを乗せて会場となる野田市スポーツ広場に向けて出発。22時過ぎに真っ暗な会場に到着する。すでに先着のサモたちが設営されたパドックのケージで待機していた。ショーに接する機会は初めてだが、半端じゃない。ニッキがお世話になるNさんに挨拶してからニッキの排泄と運動を済ませる。夜目に慣れてくると、かなり広い草地になっていることがわかった。

 ニッキを委ねてそのまま帰っても問題はなかったのかもしれないが、バリケンの中で独りにしてその場を去るというのは心情的に難しい。ニッキ実家のDさんに会い、後事を託してから帰宅することにした。とはいっても高知からはるばるやって来るDさんの到着は未明となるだろうし、真っ暗闇の中で車を識別するのもムリだ、ということで夜明けまでニッキと車の荷室で過ごすこととした。朝の冷え込みはこれまた半端でなく、カーペットの下からも寒気が伝わってくる。ニッキを抱いて暖を取ろうとしたら、あっさりと拒否され籐かごの上に避難されてしまった。



 6時に起床し、Dさんの車を発見。寝惚けた頭でニッキと周辺を歩いてからDさんにニッキのことを頼んで家に戻る。帰りは高速を使ったので1時間30分で家に着いた。車中気になったのはやはりニッキのこと…。ニッキ、頑張れ。

2004年11月12日 (金)  驚くこと

驚くこと


 さりげない日常の中にも驚きは多い。自分の日々の生活リズムが単調であっても、事件や異変は不正規に確実に生起している。天変地異や指導者の逝去等世の中を騒がすような事件だけでなく、身近な人の動静や愛犬の逝去の報せもまた池に広がる波紋のように心を揺さぶる。とはいえ、自分としては様々に黙考することしかできないのであるが…。

 立場が代わって、自分がもし問題に突き当たった時、大きな決断を迫られる時、やはり必要以上に心配や憶測をしては欲しくないし、かといって空疎な事実として流されることにも寂しさを覚えるだろう。そんなときは心の中で肯いてもらい、また新しい展望を与えてくれるような淡白で温かな交わりの中に自らも身を置きたいと思う。かねてより互いに束縛を与え、受けるような付き合いが不得手であり、野良人であり続けたかった自分の偏狭な見方なのかもしれないが、生きていることそれ自体に付き纏う煩雑さの中で汲々としている方であれば、干渉しされ過ぎない大らかな同調や理解といったものを好ましく思うのではないだろうか。つくづく人間の間合いの難しさ、微妙さを思う。

2004年11月11日 (木)  早いねぇ

早いねぇ


 もう11月も真ん中へんまで来た。ちょっとぼんやりしていると目の前に断崖が迫っている感じ。がんばるしかないね。

2004年11月10日 (水)  おめかし

おめかし


 14日に迫ったサモエド単独展のためニッキを、馴染みのトリミングサロン「フットスタンプ」さんに連れて行った。山に行ったり野を駆けたり、ドッグランで水を掻いたり取っ組み合ったりで、草の実や落ち葉、土塊や血痕で野性的な風貌になってきた。そういう逞しいニッキももちろん好きだが、ショーにはショーの流儀(とりわけ日本には)があるらしい。郷に入っては郷に従え、曳いてくれる方のためにも(無念にも自分は当日仕事)ニッキのためにも、一張羅の毛皮を丸洗いしてもらうことにした。お店のオープン前に予約の電話を入れたが繋がらなかったので、オープン一番乗りを目指してお店に向かう。すると、タッチの差でお店に入っていく大きな白い犬がいる。サモエド?…、もしかして、銀ちゃん? 果たしてその通り、銀之助君と銀パパだった。やはり同じことを考えているんだ。

 ネコひげをカットし、耳の中のふさ毛をカットし、俄かショードッグとなったニッキは天から下った犬のように見事な白さだった。もちろん、ニッキの奮闘を期待しないわけではないが、勝負以上にニッキが多くの友人に見てもらえるのが嬉しい。14日は史上初のサモエド展。ショーに気合いを入れている方には失礼な言い方かもしれないが、多くのサモ友、犬友の参加する「サモエド祭り」だと心得ている。ニッキが…ではなく、サモエドという犬種がどれだけ魅力的か、そしてどれだけ飼い主に愛されているかということをアピールする絶好の機会だと思う。14日、ニッキも白い犬の一員として笑顔でリンクを駆ける。

2004年11月9日 (火)  ぼけー

ぼけー


 昨日山登り(といっても低山だが)をした割にはそれほど疲れていない。爽快なニッキとの山歩き、何だか癖になりそうだ。今日は家で様々な仕事をやっつけていたが、休憩するたびにネットで近場で山歩きできそうなところの情報収集をしていた。陣馬山も平日なら駐車場が空いているだろう。茶店で食べるおでんは美味いだろうな…。城山湖の湖畔を廻る道も秋めいてきて良いころだろう。

 気持ちここにあらずという感じで1日を棒に振ってしまった感じもする。どうせなら思い切ってどこかに出かけてしまえばよかったかもしれない。

2004年11月8日 (月)  ニッキと登山

ニッキと登山


 昨日はあれだけ遊んだのに、もうどこか行きたいよという笑顔を見せるニッキ。今日は遊びじゃなくて、お勉強ではあるが、トレーニングの前後に友犬と遊ぶのはニッキにとっては最高の喜び。マテとコイの基本練習の後、ノーリードでの脚側歩行の練習をみっちり行う。ニッキも一生懸命に学んでくれるようになったと思う。脚側歩行の仕上げとして、城山湖の堰堤から入り口ゲートまでの歩いて10分くらいある道のりをトレーニング参加犬みんながノーリードで歩いた。


  途中で放棄せず根気よくマテをするニッキ

 その後、天気も良かったので、王国のドッグランに電話を入れて午後の部を予約。ただ、午後の部開始となる14時まで時間があったので、以前から行ってみたかった裏高尾の八王子城跡に行ってみることにした。戦国時代末期の旧跡である。ふらりと1周すればすぐに戻れるのかと思いきや、そんな甘いものではなく軽登山といったものだった。本丸跡に向かって石段と急峻な山道を歩くこと30分。額から背中は滝の汗である。途中「九合目」の石標のある広場を経て視界が素晴らしく開ける小道を行くと山頂の神社に到着。中老のハイカーの方に本丸跡はどこですか?と尋ねると「あんた(ニッキ)もよくがんばったね、本丸は神社のうしろを上がるとすぐだよ」と丁寧に教えてくださった。尾根道は陣馬山や高尾山とも繋がるハイキングコースの一部となっている。帰りはニッキととっとことっとこ下る。下りは10分くらいだっただろうか。自分もニッキについて行けるだけまだまだ健脚だと思う。

 管理事務所脇のわずか1台分のスペースしかない駐車場からムツゴロウ王国に向けて出発。14時過ぎに到着。ゲートを開けてドッグランに入ると、今日は、シグレ、ラッキー、茶々の柴犬3頭がニッキの相手をしてくれた。ラッキーと茶々はシグレの子で、男の子のラッキーはイタズラ坊主、茶々は人慣れしないはにかみやの女の子。今日も、茶々は自分から距離を取って遠巻きにしていたが、ニッキとは問題なく遊び、また自分(これみつ)が危害を加える存在ではないとわかってくれると手の甲の匂いを嗅ぎに近付いてきてくれた。仔サモもぷくぷく元気に育っていた。


       柴犬たちと楽しく遊ぶ

2004年11月7日 (日)  まとめのペイジ

まとめのペイジ


   豊後にっき(最終巻) 山陽・中部編
   豊後にっき(3) 四国編
   豊後にっき(2) 九州編
   豊後にっき(1) 山陰編


              本丸跡の標高は470m いい運動になった

2004年11月7日 (日)  サモサモサモサモサモ

サモサモサモサモサモ


 好天に恵まれた穏やかな1日だった。午前中からニッキを連れて王国へ。9時過ぎに出たのに、道が空いていたため、王国駐車場には開園20分前に着いてしまった。ドッグランには1番乗りを果たしたが、だれもいない敷地の中をニッキはマーキングして歩き回るだけ。ドッグランの1番乗りはあまりお勧めしない。まだランが混まないうちにと、ラーナっ子の成長を確かめに百友坊に顔を出し、その後お弁当を食べてからドッグラン・プチの広報活動を兼ねて開かれたオフ会に参加。ドッグランにはニッキともどもよく知っている子、自分だけ会ったことのある子、そして初めて会う子たちが、めいめいの関心の赴くままに走ったり、寝そべったり、穴を掘ったり、水を掻いたりしていた。玉付き♂同士の小競り合いも散発的にあるにはあったが、以後お互いがストレスを感じて目を逸らすようにするなど、♂犬同士の駆け引きも見られた。

 そして今日、ニッキがご執心だったのがダーチャさんでもマーヤちゃんでもなく、千葉のMさん一家のミミちゃんと福島はT家のムックちゃん。ミミちゃんには怒られながらも「ねぇ、仲良くしようよ」と付きまとっていた。ミミちゃんもニッキを頑として拒絶するわけでもなく、遊びを誘っている。でも、リードするのは終始ミミちゃんの側。そして、夕方になってからはミミちゃんのところに行ったり、ムックちゃんの許に通ったり…。ムックちゃんが怒ってもニッキが離れないので、ぺたんとお座り。こうなるともうニッキは手の施しようがなく、耳を舐めてご機嫌を取るばかりだった。14時からのゲームの時間では、ニッキ、忠犬ゲームで結構頑張って4位に入賞してくれた。


     駐車場で赤ちゃんとの記念撮影

そんなに怒らなくたっていいじゃん、と逆ギレニッキ

     トロ舟の水を掻い出すビアンカ君

          バンダナ軍団

 忠犬ゲーム決勝はイリヤ君VS.アリスちゃん

2004年11月6日 (土)  こんなことを考えてみた

 某所の日記を読んでこんなことを考えてみた。ホテルやレストラン、遊園地などの施設がオープンする場合、事業者としては完璧を目指したつもりでも、往々にして致命的なミス、それから慢性的に気付かないサービスの失態というものがあるのではなかろうか。恐らくそういう場合、アンケートや個々のクレームによって対応しているのだろう。

 ただ、それではミスの深度や深刻さに気付かない場合も多いと思うし、意識的に自らの弱みを隠すようなアンケートになりがちかとも思う。さりとて、経営コンサルタントのような業者のアドバイスを継続的に受ければよいかといえば、どうしても財務の安定性やコンサルタント自身の専門性に影響され、概括的な問題の指摘に留まってしまうようにも思う。やはりお客さんで持っている施設であれば、お客さんの意見をストレートに反映できる道すじが整っていることが最良の経営指針だろう。お客さんを「対象」として取り込むのではなく、お客さんの生活範囲の一部に自らを埋没させてしまうこと、これが最高だと思う。問題性の指摘についても自らへの難癖という形でマイナス評価せず、お客さんがどうすれば自らの生活圏の一部として自分の存在をあたりまえのものとして受容してくれるのかのヒントを提示してくれているのだととらえるべきだと。

 その意味でも、企業なり施設なりが敢えて、数十名の人を無料で招待し、気が付いたことの大小に関わらず、どんどん記してもらう、発言してもらうというようなイベントを行うと良いと思う。もしかすると、そういった生きた形のモニタリング自体が、新しいビジネスとしてこれからの日本に定着するかもしれない。しかも、そういった手厳しい評価が、ネット上で即日公表されるといったことになれば巨大掲示板以上に消費動向に影響を与えることだろう。消極的な形のものは現在もポツポツあるが、それだけでも大きな影響力を持っているのだから。事業主体と消費者側の心情的・生活的融合といったことがこれからの企業に一層強く求められると思う。大企業の株主様、社長様なんて威張っていても、下手をすれば跡形も泣く会社など吹っ飛ぶご時世だ。今のうちにがっちりとした石垣を、それも排他的ではないサービス提供者と手をつないだ石垣を積んでおくべきだと思う。

※画像は仕事帰りに食べた松屋の復活牛丼


こんなことを考えてみた

2004年11月5日 (金)  ブログ

ブログ


 これからは「ブログ」の時代だということで、なんでもありのサモエド共和国としても、流行に乗り遅れまいと一つブログを開設した。デザインはこれみつやニッキらしくない、結構クールなものになっているのだが、中身は今のところ空っぽである。何だかたくさんクリックするところがあり、初めてテープデッキを手にした子どものような心境である。わくわくする反面、勢い込んで文章を仕上げてみて、まったく知らない人からたちまちケンカを売られてはたまらないので、ブログの仕組みや利害得失をきっちり研究してから本体とリンクすることにしようと思っている。

 積極的に双方向のコミュニケーションを志向する文字媒体というのがブログの本質らしいが、この日記にしてもサモ共HPの記事にしても、それほど不特定多数の人に読んでもらいたいと思っているわけではない。いつも覗きに来てくださる親戚や心知れたる友のような方々に、暇なときに見てってねというスタンスで書いているに過ぎないので、双方向性には実はそれほど憧れていない。

 いくつかの「ブログ」を巡ってみて感じたのは、やはり硬めの意見というか主張のようなものが多いということか。そういう文も書いて書けないわけではないが、往々にして尖鋭する意見の衝突となりやすいし、意味のまったくない優越性を競うような不毛な論争に巻き込まれるのも御免である。これでも今までいろんな、毒あり薬あり罠もありのいろんなサイトを歩き回ってきただけに、愉快な思いばかりしてきたわけではない。ゆえに、ブログの可能性よりも消極面を忌避してしまうのかもしれない。未だブログの中身をよく知らないだけに、写真に撮られると魂を抜かれるというのと同等の迷信に陥っているかもしれない。「そんなことないよ」「こんな使い方をすればいいんじゃない」というアドバイスがあれば教えを請いたい。

2004年11月4日 (木)  年賀状

年賀状


 年賀状を買ったらお釣りに新札の千円が2枚入っていた。そのうち旧札の方がレアになるのに不覚にも喜んでしまったよ…。それにしても年賀状を100回出すことすらできない人生に無常を思う。犬はなおさら。

 この1週間、日記がだんだん短くなっている。易きに流れる己が心を反省。忙しさのヤマは越えたのだけれど、まだ添削仕掛りの答案があるからつい、はしょってしまうのかもしれない。日記を書くのを寝る直前にすると今度は、夜更かしへの道をまっしぐらということになる。日記ばかりは時間があるからといって前倒し作業ができるものではないし…。

2004年11月3日 (水)  文化の日

 祭日でもカレンダー通りの授業。とくに文化的と呼べるような1日でもなかった。土日祭日はお休みという常識はすでに自分の中にはないが、祭日は祭日としてひねくれずに尊重したい。11月3日はもともとは現行憲法公布の日。平和な国家あっての文化ということだろう。では、自分にとっての文化とは何だろう。犬との暮らしが日々深まっていることだろうか…。生き方や考えが広く深まる土壌をなすもの、それを自分は文化と規定したい。


Cョッパーさん試作の「ニッキパン」これぞ文化! ありがとう



2004年11月2日 (火)  午前がすぐに終わる

午前がすぐに終わる


 天気が良いと、屋上で一仕事(排泄と軽運動)したニッキもすぐに「入れてくれ」の催促をせず、手すりの基部に手をかけて山や道を眺めている。そんなときはクリーナーをかけ、洗濯機を回すだけの時間ができる。手紙(メール)をしたためたり、新聞による情報収集も大切な朝の時間である。が、今日はせっかくできた時間はセールスマンの来訪と電話攻めで潰れてしまう。向こうも仕事だから相手に無礼がなければ邪険にはしないものの、どうせ断ることになるのだからお互い不毛な時間となってしまうはずである。メールの編集中にチャイムが鳴るとイライラをどこにぶつけてよいのかわからない。片付けなければならない添削事務、新しいテキストの下準備、大納戸の除湿機の水替え、ニッキの散歩など等結局はそんな雑事のために午前中が吹っ飛んでしまう。

2004年11月1日 (月)  わんわんでー

わんわんでー


 今日は11月1日にちなんでの「わんわんデー」。とくにニッキサービスというものは考えなかったが、いつもお世話になっている動物病院で、7項目の血液検査を済ませてきた。結果は異常なし。長い旅行を経て多少体重が落ちているので、嬉しい結果だった。だが、ニッキの月毎の健康診断や血液検査というのも、先輩サモ友さんからのアドバイスを受けてのもの。

 様々な経緯によって、愛するサモエドが病気になってから、そのことをただ不幸・不運として嘆くのではなく、むしろそれを新しい関係作りのキッカケとして人と犬との絆を深めた方々のアドバイスだけに、サモエドという犬種全体に対する愛情があるからこそ、ありがたく温かい忠告を得られたのだと思う。病やケガに陥ってからのケアも、病やケガに陥らないようにするためのケアも共に大切なことなのだ。一般生活上他人に迷惑をかけないためのしつけの面だけでなく、健康維持や検査という点においても、サモエド仲間への情報提供に資すべく、有益なものがあればニッキのデータ等を開示していきたいと思う。そして、今、慢性的な病の中にあるサモエドたちに早く有効な治療法が発見され、いち早く回復に向かうことを切に祈る。ニッキが今健康でいられるのは、運が良いからでも自分が注意深いからでも決してない。サモ飼いさんとの縁に恵まれたことにある。改めてそのことに感謝したい。

 久々に訪れたクッキーさんで、ミルクちゃんとツーショットを撮る。隣町に住むサモエドのはなちゃんは、昨日お店を訪れたそうである。ニッキとはなちゃん、やっぱりすれ違う運命にあるみたい…。12月にはクッキーさんのオフもあるそうだし、チャンスはその時だな。これみつの仕事が入っていなければ、の話であるが。