2004年12月31日 (金)  雪の大晦日

雪の大晦日


 仕事納めとなる午前中の仕事を終えて帰宅。ちょうどその頃から雪が激しくなってきた。かなり積もりそうな勢いだ。

 仕事から帰ってきてから気持ちよく元旦を迎えられるように、年末に相応しい整理作業を進めるつもりだったが、ここ数日の疲れを払ってしゃんとしようと、布団の中でちょっと横になったらそのまま起きる予定だった時刻を過ぎてしまった。目が覚めてみるとすでに雪は止んでいた。10cmほどに雪の積もった屋上にニッキを放してやると大喜びで美しい雪面に何の躊躇もなく足跡を付ける。雪の感触を楽しむようにゴム毬のように飛び跳ねて。そして、この雪は全部自分のものだとばかり、いつもとは違うポイントに黄色のマークを付けて歩く。来年もまた、安穏でありますように。目覚ましい栄達や僥倖と引き換えに今ある大切なものを失うようなことのないように…。この風景が来年もまた見られるようにと願う。

2004年12月30日 (木)  ぽろんちゃん

ぽろんちゃん


 マロ親分の娘そして詩音ちゃんのお母さんでもある、ぽろんちゃんが29日、虹の橋を渡った。享年8歳。安らかな最期だったという。つい先月、元気にニッキとも遊んでくれたのに…。雪の精のようだったぽろんちゃん。清らかな魂の去っていくのはつらい。マロ父さんの許でゆっくり休んでくださいね。

2004年12月29日 (水)  相模積雪

相模積雪


 ニッキに嬉しい雪便り。昼過ぎまでにほんのわずかだが積雪があった。排泄と自由運動のため屋上に出してから暫く経過しても、いつもならあるはずの、ドアをドンドンと叩く「早く入れろ!」という合図がない。こっそり覗いてみると鼻を手すりの隙間から突き出して牡丹雪の降る市街を眺めていた。サモエドには雪の記憶が深く刻み込まれているのだろう。

2004年12月28日 (火)  そろそろ手直しを

そろそろ手直しを


     にくこた(mpeg動画696kb)

 「サモエド共和国」もオープン後3年以上を経過した。ワープロのオマケに付いていたソフトで手探りのままHPを打ち上げてから、違法建築のように継ぎ足し継ぎ足ししてどうにかここまで来ることができた。気が付いてみれば来訪者も13万人を越えて(壱参零参四八)いる。ありがたいことである。本当なら、ご愛顧にお応えして、ページ構成やデザインも根本的に一新するとともに(これみつは本当はもうちょっとセンスが良い(笑))、ナローバンドでも十分に対応できるような負荷の軽いものにしたい(すぐにフリーズしてしまうという話も伺う)のだが、生憎今は十分に時間が取れない。将来的にはメインの部分を、もう少し内容を整理して簡潔なサイトにしつつ、携帯版や旅行版、交流版、記録版などのサイトを独立させてしまおうかと考えている(横断的なマッピングはする予定)。いつの間にかダラダラと巨大化したツケを払わねばならないのだが、オブジェクト毎に領域を割り当て、メンテナンスも独立して行う方が整合性の維持やアップデートなどで楽になりそうに思う。借り受けたブログも十分に使いきれていないし、携帯版サモ共の存在もあまり知られていない…。細かな悩みは尽きないが、あれこれ欲張ってみても、これみつは一人しかいないし1日は24時間しかない。妥協も明るく健康に生きるうえで大切なことかもしれない。

2004年12月27日 (月)  シャンプー

シャンプー


 山へ、ドッグランへと遊びに遊んだニッキもそろそろ年越し準備。本日1番の予約を半月前から入れておいたトリミングサロン「フットスタンプ」さんでピッカピカのフ〜ワフワにしていただいた。木の葉、木の実を付けて友犬たちと元気いっぱいに走り回っているニッキも素敵だが、サモエドホワイトに輝いているニッキもまた素晴らしい。だが、仕上がりのニッキとモフモフしている余裕もなく、仕事に出なければならないのが少々つらい今日この頃である。

2004年12月26日 (日)  冬講突入

冬講突入


 さて、今日から冬期講習。体力勝負なので、体調だけは崩せない。子ども達の授業への集中力も数ヶ月前とは比べ物にならない。自発的にノートを提出する子も増えてきた。春は、近い。

2004年12月25日 (土)  元気でね

元気でね


     引っぱりっこしようよ!(mpeg動画368kb)
     ショーチームの“ノンノ”(mpeg動画245kb)

 ラーナっ子の旅立ちを見送りに午後から王国まで。今日のドッグランは、なかなかの盛況。シャーペイやボルゾイなどの友犬、ご存知センタロウ、ブラン、ポチポチといった王国のインストラクター犬たちと仲良く遊ばせていただいた。ボルゾイのリュート君がバスタオルを奪い、それを犬たちが追いかけたり引っ張りあって引き裂いたりする様子が面白く、見ていて飽きなかった。明らかに彼らなりのコミュニケーションが成立して、一種の共同作業を展開している(動画参照)。もちろんインストラクターさんのタオルであって、彼の公認の下で行われているのだが、普通のドッグランではなかなか見ることのできない光景だろう。

 さて、5頭のラーナっ子のうち、王国内のショーチームへはすでにメスっ子のノンノが旅立っている。このノンノ嬢、早くもディスクに興味を示し、転がるディスクを追いかけてトレーナーさんの所までちゃんと持って来るのには驚いた(動画参照)。今日は愛知県にオスっ子のノエルちゃんが、そして千葉県にメスっ子の栗鈴(クリン)ちゃんが旅立つ。白いサークルに残されたニーナちゃんとくるみちゃんがちょっと淋しそうな表情に見えた。この子達も遠からず山中湖と旭川へと旅立つそうだ。まだ、ワクチン接種が済むまでは一緒に遊べないけれど、ドッグランの柵越しにニッキと鼻合わせをさせていただいた。♂同士ではあるが、いずれの再会のときに少しでも記憶に残せればと願い…。誕生直後からほぼ1週間おきに訪れて成長を見守ってきただけに正直お別れは淋しい。だが、王国のサモたちは幸せである。お互いに顔のわかる関係でのやりとりだから、交通の条件さえクリアすれば里帰りもできるし、消息も掴み易い。ペットショップの販売が全て悪いというわけではないけれど、狭いケースの中に押し込められるようにして売られているサモもいる。「サモエドと暮らしたい!」そう心に決めている人との縁があるように祈るだけである。それぞれのクリスマス。今日、サモと暮らし始める人には新しい記念日となることと思う。


2004年12月24日 (金)  クローンネコ

クローンネコ


 4・5年生の特別授業の最後の方で、今話題のクローンネコ「リトルニッキー」について時間を割いて子ども達と話し合ってみた。ほとんどの子どもはクローンには否定的な立場。人間として、踏み越えてはいけない領域を侵したと答える子もいれば、何となく…という子もいた。だが、まだまだ借り物の理由付けのように感じられ、もう少し突っ込んで聞いてみた。もちろん、自分にも確固たる拠り所があるわけではない。クローンというものに関して不勉強な面もあるし、ただ新しい現象だからという理由だけで心情的に排斥するのは避けたいという気持ちもある。100年以上前、日本に蒸気機関車が走った時、あるいはカメラというものを見た時、多くの人は未知の物に対する不安・恐怖を覚えたであろうことは想像に難くない。だが、それらは今、ただの機械・道具として認識されているに過ぎない。生命のクローンというテクノロジー自体についてもまた、価値的に中立な工業力・科学力同様、制御可能かどうかという点に不安はあるものの、時代の進歩に連れて顕現する一つの事象に過ぎないとも言える。だが、クローン技術に関しては事の是非とか有益性といった平面とはまた別の、倫理、とも違う何か別の影を帯びているように思える。生命それ自体にかかわりのあるという点でも独自のものだが、あるべき運命というものに強引に介入するような道すじを付けた点で新しい不安感を伴っているように思う。子ども達のいう「踏み越えてはいけない云々」とは恐らくそういうことなのだろう。クローンであれ、その転写元であれ、存在する生命の価値に相違はあるはずがないが、時を異にしてまったく同じ遺伝子配列の生命が存在するということは本来あってはならないことだろう。そんなことを考えている時に、生徒の一人が「何だか淋しい」と言った。そうだ!そういうことかもしれない。クローンを求めれば、その当初は心が癒されるであろうが、その人の心は過去へと縛られる。あるべき新しい出会いがなくなってしまうのだ。ニッキーが亡くなり、そこへある日まったく別の個性を持った仔ネコが来る…。新しい物語が始まる…。この自然な循環がなくなってしまうこと、そこに最も大きな疑念を向けるべきなのかもしれない。


     これは天然ネコ

2004年12月23日 (木)  冬の仕込み

冬の仕込み


 今日は冬期前の変則時間帯のため、授業はお休み。だが、のんびりしているわけにはいかない。これから入試本番にかけて「仕込み」をしておかなければならないからだ。快晴の空、手招きする山々を恨めしく思いながら、午前中から預かりノートの添削と冬期講習の予習に取りかかり、午後もそのためにほとんどの時間を費やした。まだまだ、長過ぎる「ちょっと一息」に時間のロスを感じるけれど、時間的なコスト意識が出た分、気合いが入っていることになるのだろう。今日1日でかなり準備を進めることができたと思う。6年生に至っては冬期講習から入試直前期に突入するため、多くのプリントにも目を通しておかねばならない。前倒し気味で仕事を進めてどうにか釣り合いが取れる。とくにこの1年は著作権がらみのテキストの大改定やタイムテーブルの変更などがあり、その中で安定した授業を行うのに神経を使った。自分のやりたい授業と、已む無く制限を受けることになる各般の条件、どうやって折り合いを付けるかが近時最も悩むところである。だが、来年より多くの笑顔に出会うためにも何とかしてその悩みを封じ込めて先に進まなければならない。

2004年12月22日 (水)  鬼柚子

鬼柚子




 昨日届いた湯河原の方からの贈り物。ニッキが匂いを嗅いでいる柑橘系の果物は「鬼柚子」と呼ばれているものらしい。グレープフルーツより大きくザボンよりは小さいが、とにかくでかい。でかいがよい香りがする。ニッキ、美味しいものと思って、ガブリとやった後、何だこれは!と慌てている様子が可笑しかった。酸っぱかったのだろう、口端を壁に擦り付けて、鬼柚子を避けるように進路を取って遠巻きに眺めていた。小太郎は全く興味なしのようであった。

 さて本日、仕事場で4年生の授業が退けて廊下に出ると、床は一面のピンク色! 事務室やフリースペースも煙っぽい。最初はチョークの粉かと思ったが、はしゃいでいた子どもが何かの拍子に消火器を倒してしまい、消化剤のピンクの粉であることが追って判明した。火災報知器は鳴る、館内放送は入るでこちらも泡を食ったが、子どもたちはそんな非日常をサプライズパーティのように輝く瞳で眺めていた。勉強もこれくらい打ち込んでくれたらいいのにな。

2004年12月21日 (火)  冬至

冬至


 年間で一番暗い日。でも、今日から少しずつ明るくなっていく。年賀状のコメントを付けた分、まずは投函を済ませた。残りおよそ50枚。添削作業のような緊張感がない分、何を書こうかと筆が迷うけれど、あれこれと思いをめぐらせるのは楽しい。ニッキだったら何を書くだろうか、とそんなことを考えながら。

 仕事の面では成果の見られない1日だったけれど、今日から少しずつ、仕事に身を入れていこう。

2004年12月20日 (月)  快挙 タブ、13頭出産!

快挙 タブ、13頭出産!


     仔ラブみゅーみゅー(mpeg動画360kb)
     13頭目生まれたよ!(1)(mpeg動画696kb)
     13頭目生まれたよ!(2)(mpeg動画352kb)
     そっちに行ってはダメッ!(mpeg動画245kb)


         凛々しいチロル

 王国にはドッグランの午後の部に合わせて14時に到着。今日はいつもドッグランでインストラクター兼話し相手をしてくださるあべさんの代わりに、百友坊スタッフのうっちーさんがサモエド・チロルを伴って待っていてくださった。チロルは運動神経の発達した遊び上手な子である。ただ、前回はニッキと一緒に走り回ってくれたのに、今日はめいめいでドッグラン内を好きに歩いていた。まあ犬達の一番心地良い、いろんな遊び方、時間の過ごし方があって良いと思う。

 ニッキを残して百友坊に行くと、あべさんは、すでに12頭(♂6頭、♀6頭ときれいに産み分けている)を産み落とした黒ラブのタブちゃんがらみの仕事で忙しくしていた。産箱に付きっきりで子サモの面倒を見る石川夫妻の他に、レオンベルガーと黒ラブ飼いのS&Tさん、そしてタブの子を家族に迎える方(朝からずっと付き添っている)がサークル越しに熱い目でタブっ子を眺めていた。彼らの兄になるセンちゃんも…。

 ラーナっ子を撫で、カザフやダーチャに声を掛け、さてそろそろドッグランに帰ろうとしたところに嬉しい大事件が起きた。出産が終わったと思われたタブのお腹の中に最後の、13番目の子がいたのである。その瞬間をちょうど運良く、デジカメの動画モードでそのシーンを撮影することができた。後で再生して気付いたが、生まれた瞬間、不覚にも大きくカメラがぶれてしまっている。この13頭目は、タブの陣痛、行動などからあべさんだけがその存在を確信していたそうである。最後の1頭、自分にとっても忘れがたい存在になりそうな予感がする。



2004年12月20日 (月)  OFA検査

OFA検査


 今年中に行いたかったことの一つに、ニッキのOFA(Orthopedic Foundation for Animals)検査があった。OFAという名称が特定の検査を指称するのではなく、遺伝性疾患に取り組む米国の獣医師による非営利団体のことを指すのだと知ったのはつい最近になってのことである。現在のところニッキに交配の予定はないが、股関節や肘関節の異常があればつらい思いをするだろうと思い、行きつけの動物病院の先生の紹介で、八王子市にあるOFA検査に積極的なゼファー動物病院(日本版OFAともいえるJAHDの事務局でもある)に検査の予約を入れていただいた。昨日までにOFA関連のサイトを巡り、公式ページから書式をダウンロード。今朝早めに家を出て病院の到着は9時30分だったが、すでに待合室は多くの人と犬でいっぱいだった。そこで聞いた話によれば、遠く山梨や東京からも訪れる人が多い有名な病院とのこと。実際に対応も親切で明るく、またトイレにも犬と一緒に入れるような配慮も行き届き、素晴らしい病院だった。混雑するのも肯ける。院長先生による触診、関節の可動域検査、それから30分ほどの待ち時間を挟んで股関節のレントゲン写真の撮影(大人しくしていたので麻酔は不要だった)と大体午前中いっぱいかかったが、レントゲン写真の結果から異常なしとの所見をいただいた。先生の説明もわかりやすく、素人にもわかりやすい判断方法を教えていただいた。あとは完成した書式をOFAの事務局に郵送すれば手続は完了となる。結果が戻ってきたら実家への報告を兼ねてまたこちらでアップしたい。

 病院を出たのが正午過ぎ。いつものように王国に向かおうと思ったが、直行すると早く着きすぎる。それで奥多摩方面を少しドライブすることにした。八王子市内を左折して秋川街道を直進。五日市の市街を過ぎ、少しずつ山がかってくる十里木交差点を右折。この辺り一帯が秋川渓谷と呼ばれている。公営の無料駐車場で一休みしてからさらに秋川沿いに遡上。トンガリ帽子のような山容を持つ大岳(我が家からも望める)の麓にある大岳鍾乳洞まで、窓を開け、紅葉の深まったマイナスイオンの多そうな道をのんびりと走る。天気が冴えなかったので車を降りてニッキと歩くことはしなかったが、この辺りは鍾乳洞だけでなく滝も多い。いつかは近辺の滝めぐりをしてみたいと思っている。



2004年12月19日 (日)  最終町田行き

最終町田行き


 今日は町田校での最終特別授業。これから新年1月にかけて、「最終」の文字を冠する授業が多くなっていく。今年の4月、春期講習の最終日に6年生に対して、君たちはもう小学生として春期講習を受けることはないんだ、最後の春期講習なのだよと伝えたのだが、子ども達は何を思ってくれたのだろう。「最終」という言葉には、授業を行う側からは年間スケジュールを通して「これで最後の」という意味しかないのかもしれないが、授業を受ける子どもの側からすれば、その向こうは、「最終」の先はどうなっているの?とわくわくする新世界への扉でもあるはずだ。

 その先、これについては多少の心配もある。この10年を通して子ども達は大きく変わったという見方がある。たしかにコミュニケーションツールの発達や社会の動向の影響を受けるわけだから、若者文化、とりわけ可塑性に富む子どもの考え方が変化するのは当然だともいえる。ただ、それ以上に子ども達は変わってしまった、という先入観の下に、彼らへの接し方を必要以上に変えてしまった指導者側、大人側のあり方も影響を大きくしているのではないかと思う。大切な価値観・道徳観念というものを実際には子どもの方でもかなり理解している。ただ、それの持つ規範力というものが薄れてきているのであろう。子どもの手本となるはずの大人の側の道徳観念の乱れ、子どもにそれを指導できるだけの自信の欠如。子どもだけが一方的に変化したという見方はどうも、責任転嫁のように思えてならない。日本が今よりずっと貧しい時代に、なぜ子ども達が大きく道を外れなかったのか考えてみる必要がある。厳しくも大らかな人生の先輩たる大人がいてくれたからではないか。もとより、人生一般に関してたいそうなことは言えないかもしれないが、少なくとも、学業や職業という面では摩擦や面倒を厭わず、理非曲直を糺すあり方がその道の先達としてはあって良いはずである。本質的に子どもは変わっていない。変わったものとして腰が引けた接触をするからこそその限りで子どもの対応が変わっているだけなのだと思う。いろいろと考えてみて、塾に求められるサービスというものは何か、悩むこともある。営利性との調和を保ちつつも、学習技術と克己心というものを錬成する場であるという根本は譲ってはなるまい。日本を近代国家へと変貌させる原動力となった私塾が利ではなく理によって自らの存立を支えていたように。

2004年12月18日 (土)  6年生はいよいよ直前

6年生はいよいよ直前


 今日の授業を以って6年生の通常授業が完結した。今後は冬期直前教室という名前の下、特別テキストとプリントを使って実力を練り上げていく。さすがにこの時期に至って情緒が不安定になるのか、休み時間などには大声で笑っている生徒がいるかと思えば、つかみ合いのケンカをしているクラスもある。たしかに入試というものは、子ども達に取ってみれば、自分が他者の選別の視点で試されるという大きな試練であり、自分だけで解決せねばならない局面となる。他人に頼って、責任を転嫁できないということの不安感。漠然とした制御不能な感情を何とか別の形に置き換えて無意識に正常な状況への復元を試みているのだろう。この種の騒乱には善悪や道徳をぶつけてみても意味をなさない。

 そんな背景も踏まえつつ、今日、自分の入ったクラスでは授業の冒頭で、異常な状態に耐えるだけの気持ちを自分の中に養えという話をした。強がりでもいい、とにかく感情に自分の行動を任せるのではなく、怖くても、緊張しても、心では踏みとどまれ、と。まず、自分がこれからぶつかっていくものを徒に卑小化したり極大化しないように―たかが入試、されど入試である。そして、それに対して持てる力をできるだけ多く奮い出すことができるように…。格技の試合や発表会などで、子ども達は様々な経験を積んでいる。それらの経験と照らし合わせて、自分の伝えたいことを理解してくれたようだ。冬の清々しい寒さにも似た凛とした空気の中で最終授業を完結することができた。

2004年12月17日 (金)  飲んで帰る

飲んで帰る


 久しぶりに外で飲んで帰って来た。たまに、というのならばニッキも大目に見てくれるようだ。細々としたイライラを解消するにはとにかく黙って飲むに限る。

 今日は、ニッキのディスクトレーニングのことを書こうと思ったけれど、それについてはまた後日。

2004年12月16日 (木)  毛吹き

毛吹き


 他人に言われて気付いたことだが、ニッキの毛吹きも漸く大人のサモエドの風格を漂わせるようになってきた。試みに2年から3年前のニッキの写真を見てみると、たしかにほっそりとスマートで、紀州犬または秋田犬風味である。

 サモ友から貰ったサモエドステッカーのカッコいいシルエットを見て、いつかニッキもこうなるといいなぁと願っていたのが、とくに意識をしないうちに叶ったことになる。体重も増えて、肉付きも良くなったことも大きいだろう。もっとも換毛期に入ると、散髪を終えてこざっぱりしたような、少々情けない感じになってしまうけれど、そうではあっても冬になれば「サモエド」ニッキになる。もう少しお腹の辺りの毛のボリュームが欲しいな、手足のエルビスが伸びると京都の権ちゃんみたいでかっこいいだろうな、と欲張ってしまう。初めてサモエドを飼う時に男の子と女の子、どっちがいいか迷う方は多いと思うけれど、毛吹きの見事さを求めるのであれば断然男の子であろう。やんちゃな分、しつけはそれなりに大変かもしれないけれど…。

2004年12月15日 (水)  湯たんぽ

湯たんぽ


 我が家は冬になるとしんしんと冷え込む。寝室には朝方タイマーで暖房が入るが就寝時は暖房は入れない。ニッキには都合が良いことだが、布団の中まで冷え切ってしまうのはつらい。そこで、例年今くらいから湯たんぽを入れる。これが自然な温かさで心地良い。次の日の夜になってお湯を入れ替えるときに排出する余水も結構温かいのには驚く。保温性の点でも経済性の面でも優れた暖房器具だと思う。ただ、薬缶でお湯を沸かしてお湯を入れるのは面倒くさい。この前チラシを見ていたら、コンセントに差し込むだけで中のお湯が沸くというハイブリッド湯たんぽの広告が載っていた。温まったらコードから切り離して本体だけを布団の中に入れるタイプだ。ただ、そこまで便利になってしまうのも何だかありがたみがないように感じる。多少煩わしいからこそ、心置きなく湯たんぽの温とさを享受できるのかもしれない。面倒だが大切な手続なのだ。

2004年12月14日 (火)  サモ君、幸せに!

サモ君、幸せに!


 デスクトップから「福井サモ関係」と名付けられたアイコンを削除することができた。

 この9月、車に跳ねられて悲運の最期を遂げたネコの火葬を済ませて家に戻る途中、長めの信号待ちでサモ仲間の1行掲示板を何気なく覗いていたところ「緊急!」の情報があった。それは、転居のために飼えなくなった成犬のサモエドを一時保護した方が、周囲の苦情によってパニックになり、一両日中に保護の手が差し伸べられない限りそのサモの子が処分されてしまうかもしれないという内容のものだった。その後、サモエド仲間の方々が福井の保護主の方の狼狽を宥めつつ保護サモの身柄を確保すべく動いてくれた。だが結局、途方にくれた保護主によって、その子は同時に引き取られたラブのMIXの子と共に山中の公園に繋留され、犬関係の掲示板で非難の集中砲火を浴びることになってしまった。自分も手を拱いて見ているわけにもいかず、かといって可能な範囲・限界というのも十分に自分に言い聞かせた上で、福井の方とは何度かメールの往復照会を試みた。きっと誰かが、という安易な期待をすることなく、単独で可能なシミュレーションを何度も繰り返しつつ…。保護団体の誤解に基づくサモ仲間への中傷。各種掲示板に火が付いたように飛び回る流言蜚語や個人攻撃。そんな状態の中、サモエドとラブの子は保健所に収容されてしまう…。

 そこに現れたのが関西のサモエド仲間、Sさんだった。保護主さん、保護団体、保健所に的確に連絡を入れ、迅速に行動されてサモ君を保護した。保護というよりは救出と言った方がよい鮮やかさだった。言葉より強いのは現実の行動であろう。事実、それまでの無責任な書き込みは、Sさんの勇気ある行動の前に沈黙した。

 それから3ヶ月を経て、サモエドのサモ君(こういう名前だったというのは後に気付いた)はSさんのところですっかり元気を取り戻し、この度、運命の出会いとも言うべき里親さんの引取りが決まった。今にして思えば、福井の保護主の方を経由したこともまた、サモ君の幸運の一因だったのかもしれないと考えることもあるが、やはり何よりもSさんこそサモ君の決定的な救いの手だったのは間違いない。サモ君の強運を今度は新しい家族に、そしてSさんにも分かち与えてあげて欲しい。最後に、ありがとうSさん!

2004年12月13日 (月)  ニッキデイ

ニッキデイ


     仔サモバタバタ(mpeg動画466kb)



     ニッキのトレーニング会場俯瞰

 年内最後のしつけ教室の後は(生徒犬たちへのサプライズプレゼントありがとうございました!)、八王子城址に立ち寄ってから王国のドッグランへ。11月に八王子城址を訪れた時は本丸を目指して山を登ったが、今日は御主殿(武将の城館)のあった山裾の一帯をニッキとゆったりと廻った。平日とあって人気のない城内は自分とニッキだけ。戦国末期を飾る激闘の戦跡ということもあり、その方面では有名なスポットとして有名だが(たしかに夜中には来たくない)、もちろん自分の訪問はそういった意図からではない。戦国末期にこの城(小田原城の支城の中では最大級のもの)の主であった部将の北条氏照なる人物は、戦国期の幕を切って落とした北条早雲の末裔である。早雲は伊豆・相模を中世の旧勢力から奪い、民を慈しむ善政を布いたことで有名である。サモエドで言えばマロのような人物である。司馬遼太郎の『箱根の坂』、早乙女貢の『北条早雲』の影響もあるが、戦国期を通じて一番好きな武将なのである。言ってみれば訪問の目的は懐かしい人物の匂いを嗅ぎに来たといったところか。

 復元した曳橋を渡ってご主殿に入ると一面の芝生にくっきりとした青空。凄惨な修羅場であったことを感じさせるものは何もなく、全ては夢の跡。小さな拘りを忘れ、陽だまりの中でニッキと心温まる時を過ごすことができた。


            御主殿

 王国のドッグランには14時過ぎに到着。サモエドのダーチャ、柴のミゾレ、シグレの遊ぶ中に、ニッキが入っていく。さかんにダーチャを口説いていたが、今日もまた何度も怒られていた。あと2週間程度で家族の元に旅立っていくサモっ子を今日初めて抱っこした。柔らか過ぎるコートの手触り、そして癒されるような優しい匂いだった。



2004年12月12日 (日)  ぼつぼつと

ぼつぼつと


 年末はまとまった時間が取れないので、そろそろ大掃除にかからねばと思い、今日はその形だけを整えた。我が家の臓物が詰まっている大納戸から手を付ける。心にねじり鉢巻で。

 掃除といっても要は無駄なものがスペースを占有しているところに根本的な問題があるのだから、まずはゴミをまとめて袋に入れることからスタートする。整理や収納はその後だ。整理作業の合間にも捨てるべきものが見つかるが、それ以前に軽くしておかなければいけない。どんどん袋に詰め込むべく努力する。いったん迷いだすと迷いが広がる、半分見なかったことにしてとにかく袋に入れる。

 そして次にいわゆる資源ゴミを一箇所にまとめる作業へと移る。ここでは主に、古い会員誌や綺麗な箱について迷いが生じる。カード会社の会員誌や旅行案内といった類はほとんど読まない割には各月の号が揃うと取っておきたくなる。が、これも数年前のものは一括して捨てるという規則を厳格に適用するしかない。我が家の書庫はもはや飽和状態。本の形を取っているものは捨てるに忍びないのだが、自分で買った本以外に前に生きていた者が残した本が権利を主張しているのでやむを得ないことなのだ。そう、箱も頑張って潰す。容器が美し過ぎるとこういうときにも困るのである。過剰包装は資源の面だけでなく、捨てられない悩みももたらす。

 と、まあこんな感じで出せるものは出せるように準備を終えた。だが、なかなか頭に思い描くようにはきちっとキマらないものである。家の中にある物品のおそらく80パーセント以上が不用品あるいは重複品だと思う。たくさん物を持っていてもそれを把握していないと同じものを買ってしまったり、代用品で妥協してしまったりと結局は持っていないことと同じことになる。ネット空間の情報検索に遅れて漸く、自分のPC内部の情報検索のサービスが提供されるということに灯台下暗しの感を得たが、自分の家がどうなっているかもしっかり把握していない人間が疑問を持つこともまた滑稽なのかもしれない。いや、果たして自分自身のことですらどれだけ理解しているか、こちらの方がはるかに怪しい。

2004年12月11日 (土)  一区切り

一区切り


 抱えていた添削と預かりの過去問ノートチェックが完了し、また本部に提出する活動レポートも仕上げることができ、漸く仕事に一区切り付いた。が、休む間もなく月末からの冬期講習のための予習に着手しなければならない。倒しても倒しても次々に現れる悪漢どもと戦う正義の味方みたいだ、などと自分を励ましつつ机に、あるいはPCのモニターに向かう。不要書類の処分(仕事柄シュレッダーにかけなければならないものも多い)、賀状のデザインの決定等の雑務も今日中に随分進めたつもりだが、家の中はまだまだ雑然としていて気持ちが悪い。最新鋭の水フィルター掃除機もスチームクリーナーも退蔵しているだけで、それを使うだけの時間が確保できないというのは愚かしく思える。年の瀬の声を聞くまでにはこざっぱりとした環境の中に身を置きたい。とはいえ、仕事や雑務に手一杯であってもニッキと遊ぶ時間まで潰してしまっては心が干からびてしまう。遊びの時間はキッチリと確保しなければ…。別に年末に拘る必要もないのだからと大きく構えて。

2004年12月10日 (金)  余命

余命


 仮に親しい友人や家族のうちの一人が、難しい病気に罹り、「余命10年ほどです」との診断を受けたらどうだろう。診断が間違いであって欲しい、悪夢であって欲しいと願わずにはいられないだろう。世紀をまたいで生きていれば周囲の者の死の寂しさ、身近さというものも知っている。宣告を受けた当人にしてもまた余程高齢でもない限り、10年という年限の短さを思い、まずは悲嘆に暮れることと思う。

 10年という時間はたしかに人間の一生という観点から言えば非常に忙しなく過ぎ行く時のように思える。だが、親友や家族同然の愛犬の命を考える時、そしてそれが大型犬の場合であれば、例外こそあれ、生れ落ちた瞬間に余命およそ10年を宣告されていることになる。我が家についこの前にやって来たニッキも来年の2月で5歳。10年後、彼はここに居てくれるだろうか。仕事場で寝そべる優しい姿を何気なく眺めている時に、ふとそんなことを考えてしまう。そしてまた気付くことがある。10年の余命を宣告された人間だって、生きているのは過去でも未来でもなく、常に現在という時間である。大切なのはまさに今なのだと。10年を短いと思えば100年とて同じであろう。

 自分という人間とニッキという犬の、共に生きる時の重なり。それもまた「今」という一瞬において輝いている。先のことをあれこれ悩むことで、却って今という時間の貴重さに気付く。たとえニッキが10歳になってもその時、その瞬間に気持ちが通い合えばそれで良いのだ。時空はそれを受け止める心の存在によって初めて意味を持つ。刹那の中に永遠を封じ込めるようなそんな付き合いをしていこう。


※この日記をアップしてからHPを廻っていたところ、関西の友犬じょん君の訃報に接する。ご飯を食べて夢見るように眠ったのだと思う。享年19歳。

ご冥福を祈ります。


2004年12月9日 (木)  バリバリ仕事!

バリバリ仕事!


 このところ朝は早めに目が覚める。脂っこいものとアルコールをできるだけ控えて、2時までには床に入るよう努力している成果もあるが、早く起きないと仕事が回らなくなってきたというのが実際のところだ。つい溜まってしまう添削事務も一定の量を超えると日常生活に重苦しい空気を滞留させてしまうものだが、ここ数日馬力をかけた甲斐あって残り枚数が漸く30枚を切った。今日のように6年の授業のある日には過去問ノートもどっさりと「お持ち帰り」となるが、これもまた気合いで手を付けられる分だけでも今日中にチェックしてしまいたい。終わった分は忘れないようにカバンに再び詰め込む。一冊カバンに入れるごとに持つことのできる充実感は嬉しいものだ。生まれ持っての貧乏性な性格もあって、前倒し前倒しで仕事を進めていかないと落ち着かない。浮いた時間で創造的な活動をするというわけでないにしろ、仕事に追われて不承不承手を付けるときのあの不愉快さは経験したくないものだ。今月末には冬期直前講習に突入する。冬期テキストの下読み・予習にも所要時間を見積もっておかなければならない。私生活の方でもそろそろ賀状の印刷を始めないとバタバタしてしまうことになる。が、いずれにしても子ども達にとっての1月は追い込みで大変な時期。来年2月が終わるまでは新年のめでたさに浸っている余裕もない。

2004年12月8日 (水)  雪国へ

雪国へ


 ヤクルトさんから来年の卓上カレンダーをもらうと、いよいよ今年も終わりに近付いたのだということを思う。もうすぐ御用納めとなる2004年のカレンダーの12月の挿絵は富山県婦負(ねい)郡の「雪流しの道」。素朴だが雪の重み、家の中の温かさが感じられる絵だ。

 富山、と言えば10月末にあきる野のロッジで会ったくまじろう君という元気な若いサモエドを思い出す。北陸もそろそろ雪の積もる季節であろう。そしてまた、先月末に一緒に高尾山に登ったらいむ君のお父さんも富山出身の方だということも思い出した。富山にはご飯のおかずになるような素晴らしく濃い味のブラックラーメンなるものがあるらしい。相模原のキリン食堂に近い味だろうか、それともすみれに似ているんだろうかと想像は膨らむ。手足の悴むような寒い日に啜ったら体がほっかほかに温まりそうだ。そうそう、ラーメンと言えば、今日北のサモ友から有名な製麺所のラーメンセットが届いた。カレンダーの雪の絵を見ながら、様々なことを連想しながら心は雪国に飛ぶ。もちろんそこにはニッキも一緒に。

2004年12月7日 (火)  風邪予防

風邪予防


 少々の寒気。インフルエンザに罹らないよう注意したい。夕方からニッキのサークル周辺の掃除と敷物の変更作業。そんなに力の要らない作業のはずなのに、結構汗を掻いてしまった。シャワーで汗を流すにはまだ早いので乾いたタオルで拭き取るに止めておいたが、就寝前にはゆっくりと湯に浸かりたい。



2004年12月6日 (月)  夕方の散歩

夕方の散歩


 夕方、メモリー用電池の交換を依頼した古いPDAの受け取りにシャープのサービスセンターまでニッキと出かけた。自転車引きのニッキは人のいない歩道を美しい歩様で駆け抜ける。冬の空。グラデーションの夕闇に浮かぶ大山のシルエットが美しい。

 センターには犬は入れないだろうから、センターに近いクッキーさんにニッキを預けてから足を伸ばす。お店からは3分もあれば着くのだが、カウンターには子どものお遊戯会を前に買ったばかりのビデオが壊れてしまった、承服できない、何とかしてくれというやや不機嫌モードの入ったユーザーさんがすでに陣取っていて、自分の依頼した品物の受け取りに手間取ってしまった。待つには待ったが、あまり待たせては悪いと思ったのか所長さんが直接対応してくれたので先客の件が終わるまで待たされるということはなかった。事務手続は決して円滑とはいえないが、直接エンドユーザーと対応する部署はストレスが多いことだろう。無理も聞けないし、かといって事務的な対応もできない。よく最小限の人員でやりくりしているものだと多少同情もした。



 クッキーさんに戻ってからお店のMさんに伺ったところ、ニッキ、お店ではじっとドアの方を見てはいたものの、ワンワン吠えず静かに待っていたそうだ。そして、自分の姿を見つけてから「ワンワンワンワン!」、おそらくどこへ行っていたんだよ〜と不服を述べていたことと思う。リードを付けるや否や、いつもなら自分からお店に入りたがるクッキーさんなのに、一刻も早くお家に帰ろう!と自転車を引っ張る。今月の27日にフットスタンプさんでシャンプーの予約を入れてから家路を急いだ。

 家に着いてニッキを居住フロアに開放し、電球が切れた玄関のセンサーライトを交換していたら千鳥が親しげに寄ってきた。昔なら触れるくらい近くまで来てくれたのだが、人間不信になってしまったのか、近頃は1mくらいまでしか寄れない。早くご飯を頂戴というようにこちらを見てじっとしている。下顎からのヨダレが酷い。口の中を怪我しているのだろうか…。まだご飯の時間じゃないんだよと言い聞かせて家に入ると未練ありそうにこちらを見ていた。できれば千鳥も綺麗に洗ってやって我が家の家ネコにしてやりたいものだがそれが彼にとって幸せなことかどうか。何か名案はないものか。

2004年12月5日 (日)  富士が綺麗でした!

富士が綺麗でした!


     仔サモアンアン(mpeg動画491kb)
     走るの大好き!(mpeg動画237kb)

 午前中、コリーショーに出陳する関西の犬友さんの応援のため大井町にあるあしがらいこいの村へ。未明の嵐の後だけあって、空が澄んでいる。コリーは近頃めっきり見なくなった。アフガンやボルゾイの方がコリーに出会うチャンスより多いかもしれない。だが、さすがにコリーのショー。会場となる多目的広場に近付くとケージに入ったコリーやシェルティたち、トリミングテーブルの上でおめかしをされているコリーがわんさか。コリーここにあり!の気概を示していた。とにかく周囲は皆コリー。そこにひょこひょこと番外犬が入っていって片身の狭い思いをしないだろうかと思ったが、ニッキにも皆さん優しく声をかけてくれた。それにしてもBママさんのパドックはどこだろう??? これだけ多くてはチンプンカンプン。携帯もショーの最中のためか通じない。しらみつぶしに会場を廻るかな、と思っていたら。「あ、サモエドですね。実は私も昨日王国で…」と声をかけてくださる方が、お話しをしているうちに「うちのコリーのペーロラがムツさんの…」というくだりで、あ!Bママさんのご主人だ!と判明。ニッキ、目立ってくれてありがとう。早速パドックにお邪魔し、萌香ちゃん、みぞれちゃんとモフモフ。男の子のブルート君にはガウッとされちゃったけれど、ひまわりちゃんとはバッチリツーショットを決めることができた。ここからは富士山だけでなく、西湘の海も望めるなかなか良いところ。

 Bママさん一家とお別れしてから、富士山の周囲を廻ろうと須走・河口湖経由で王国へ。ドッグランにはこの10月に讃岐で遊んでくれたCHIママさんとりきまる君の姿も! そして、ニッキはニッキで今日はボルゾイの男の子リュート君と存分に犬語会話を楽しんでいた。ロシア者同士、青の広場からのフルートの音をバックに優雅なダンスも楽しんでいた。


         やっほーりきまる君


        リュート君、スタイル良すぎ

2004年12月4日 (土)  出たね

出たね


 いつも行く獣医さんの待合室に置いてある犬グッズの通販雑誌PEPPYのカタログは結構真剣に目を通す。最初からケチケチしないで買っておけば良かったなというような品物もあるけれど、まだまだ考えを詰めなければ売れないよ、これじゃ…というような、本当に犬やネコと暮らしたことがある人が企画したものなのか疑問のあるものもまたある。季節刊と、通販利用者の下に送られてくる別冊カタログがあるのだが、毎号それほど商品の入れ替えはない。ただ、わずかでも新商品が掲載されていると結構真剣に見入ってしまうものだ。サモエド国際空港からもリンクを張っているディアトリベーさんが発明、商品化した「ピロコーム」などは、クッキーさんで初めて手に入れたものだが、その頃は決してメジャーな商品ではなかった。が、流石はスグレモノ。口コミでもその良さが広まったのだろう。ある日PEPPYを何気なく開いたらあのピロコームが載っていた。製作者の方とは直接メール交換をするまでの間柄になっていたので、PEPPYの掲載が我がことのように嬉しかったのを覚えている。

 さて、昨日届いたPEPPYを手に取ってパラパラとめくっていたら、スノコ状の格子のカバーの付いたペットトイレが載っていた。これはもちろん、ペットシーツをビリビリに引き裂かれないように工夫されたものだ。以前から自分も似たような物を実は考えていた。が、特許を取って一儲けしようという気持ちではなく、あれば家の中でもトイレトレーニングができるのになぁ、という一般消費者の立場からの切望である。他にも床のカーペット部と周囲のサークルが連接できるようなもの(犬の自重でサークルの移動が防止できる)も考えているので、商品化してくださる方はぜひ特許を取っていただきたい。共同出願しようという方には簡単な図面を送って差し上げよう(笑)。ただ、ついに出たかと思った件のトイレ、格子のカバーは華奢なプラスチック製である。「規格外」の壊し屋がキラ星のように並ぶサモエド界では、ひと目でこれでは耐久性に欠けようということがすぐに判ってしまう。

 犬、ネコを飼ったことはあってもサモエドを飼った人というのはさらに絞られる。サモエドPEPPYというような専門誌、あるいはサモエド向け商品開発室といったものが必要なのかもしれない。

2004年12月3日 (金)  質問

質問


 この仕事をしていると子ども達から様々な質問を受ける。できるだけ懇切に質問に対応するようにはしているのはもちろんだが、自分の担当する国語という科目はそれほど質問を受けるという機会はない。科目の特性もあるのだろうが、算数や理科の解法についての質問がやっぱり目立つ。

 授業が終わって、ぼんやりしながら算数の先生が質問を受けるのを眺めることがある。一生懸命質問して肯いて聞いている。だが、一つの疑問に対する答を簡単に聞き流して、「じゃ、次はこれなんですけど…」と質問をすること自体が目的のように見える子が増えた。それは本当に君の疑問なの?お母さん(お父さん)がとにかく聞いてきなさいと言ったから已む無く聞いているんじゃないの、というような感じのものもある。

 自分が言うのも妙かもしれないが、先生の回答ってそんなにあっさりと判るものだろうか? 無論説明の上手な先生もいらっしゃるだろうが、あるポイントを説明するためにはその前提や関係概念にまで話を及ぼさなければならず、さらに説明の方法自体が子どもによって難解であったりピンと来なかったりするものが絶対にあるはずではないか。だとすれば、「いや、ちょっとそこがわからない」「ここまではわかったけど、ここがなぜそうなるのかが理解できない」といった応答、あるいは「つまり、先生の言っているのはこういうことですよね」と(生徒側の)問題点の整理というようなものがあって然るべきだと思う。そもそも、そんなにあっさり「判った」というんだったら、授業中にとっくにわかっているはずではないか。質問をスマートに済ませてしまおうとする心がけがいけない。

 自分が質問に応じる場合、ちょっとイジワルだが、本当に自分の説明が相手に届いているかどうかをチェックするため、相手に例を出させてみたり、自分の説明を彼の言葉で言い換えさせてみるようにしている。そして、「判らない」ことそれ自体をまったく悪いこととは思わない。そんな対応が徐々に定着してくれたからか、しつこく自分に質問をしてくれる生徒がたまにいる。そうなると単なる質問対応というよりもミニ授業の熱を帯びてくる。もしかすると彼が聞きたかったこと以外の余計なお土産も持たせてしまったかもしれないが、その方が絶対に勉強は楽しくなるはずなのである。

2004年12月2日 (木)  もう2ヶ月ないんだな

もう2ヶ月ないんだな


 中学入試本番まで残り2ヶ月を切った。時の流れが次第に急になっていく。だが、まだまだ子ども達の表情には余裕がある。自分たちのスケジュール管理以上に、彼らの様子が入試直前期のペース配分を決める際の大きな拠り所になる。

 この時期にいたってあまりのんびりしているのも不味いけれど、ガツガツしても良い結果はでない。自分を追い詰めて形だけの上滑りな勉強を強いることのないように指導するのも授業担当者の大切な仕事なのである。子ども達は入学試験というものと闘うように見えて、実は自分自身の心との付き合い方を学んでいるのではないかと思う。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。蓋し名言である。が、己を知るチャンスというのは望んでいるだけでは意外と得られないものなのではなかろうか。やむにやまれぬ危機・外圧、それに応じようと必死になるとき、己の小ささ弱さがわかるものであろう。

2004年12月1日 (水)  師走

師走


 師走初日が塾の全体連絡会というのも洒落が利いている。何だかんだと忙しい1日だった。ただ、バタバタと動き回った割には得るものが少なく、どうもスッキリした気分になれない。生ぬるいコーラを飲んだ後に出るゲップのような感じだといえばわかってもらえるだろうか。