2005年2月28日 (月)  学び、遊んで

学び、遊んで


 晴天に恵まれた中で、気持ちよくトレーニング。多少の寒さはこちらも動くことで吹っ飛んでしまう。トレーニング会場となっているこの辺りは「本沢」という地名で梅の名所でもある。山の斜面は入会地のようになっていて普段は金網とゲートで仕切られているが、3月初めまでは観梅のために開放されている。小さな売店も立っていて、梅ジャムというのを買った。そばの蜂蜜というのも美味かったが、ちょっと高いので今回は見送ることとした。


寒いところなので梅は十分に開花していなかった

 一度、家に戻ってからホームセンターに立ち寄り、ニッキの名義書換の都合があって昨年末からペンディングになっていたOFA申請書類を受け取りに高尾のゼファー動物病院へ向かう。15分ほど前に到着し、病院前の駐車場を確保。15時からの午後の診察の部で1番に受付を済ませ、院長先生から直接、懇切に書式の記入方法を教えていただく。温厚で人あたりが良く、何よりも犬が大好きな先生なので遠方から訪れる方も多いようだ。


       アプローチも犬に優しい

 病院のある高尾からだと都道61号線を使って王国まで30分弱で到達する。やがてできる圏央道と大体同じところを走る。あきる野から高尾、相模原北と延伸されれば我が家から北方面へのアクセスが格段に向上する。都心をパスして目的地に到達できることは大きな魅力である。15時45分に王国着。今日はゲートのところに料金収受のおばさんがいなかったので、そのまま通り過ぎる。到着が遅かったので、2時間弱の滞在に留まったが、それでもニッキは犬友だちと一緒に過ごすことができ、幸せそうな表情をしていた。


    タブっ子の中に埋もれるクーちゃん

2005年2月27日 (日)  やっと…

やっと…


 やっとお目当てのラーメンを食べることができました。高田馬場戸山口を出てすぐの『俺の空』。今日の行列はいつもの5分の1くらいで10人程度。今まで見慣れた行列の長さからみれば存在しないに等しい。行列→店の前→店内という順序で移動する。待ち時間は15分くらいだった。食券制だったのが意外で、新しい1000円札が使用できずもたもたしているところを店員さんがすぐに旧札と交換してくれた。注文したのは「豚盛玉そば(1000円)」。豚=チャーシュー、盛=チャーシューの大盛り、玉=半熟玉子、そば=ラーメンという符丁となっている。他にもつけ麺があるが、やっぱりラーメンでしょう(笑)。因みにラーメン食いたちの流儀は2通りあって、初めにそのお店の最もベーシックなものを頼む場合と、逆に、その店の看板ラーメン(俗に言う全部盛り)を頼む場合とがある。が、自分は後者である。スープ、麺、具材の扱いやバランスを総合評価するにはその方が便宜だからでもあるし、滅多に来られない、しかも健康のため外でのラーメンを控えている自分にとっては「話のネタに」という意味もあるからだ。で、仮にチャーシューが気に入らなければ次回からはそれを外して頼むこともできるわけである。

 『俺の空』のラーメン、とろみのある魚主体の和風スープで、茶色く濁っている割には思いの外キレがいい。そのキレの良さを蕩けるような豚バラのチャーシューの塊を崩しながら好みの重さに仕立ててスープをすすっていく。チャーシューだけでも十分食えるが、勢い込んで麺をお腹に収めるとチャーシューが多量に残ることになるので豚玉そば(900円)、または豚そば(800円)で十分だろう。健康のことも一方では考えつつ、久々にスープを残さずに飲んだ。豪快さと繊細さの調和した見事なラーメン。自分の中では愛川町の『隠國(こもりく)』といい勝負だ。



2005年2月26日 (土)  冬の締めくくり

冬の締めくくり


 寒い1日だった。新しい季節の到来を拒否するかのような、あるいは冬の寒さをしっかりと印象付けるような。6時には凍結していなかったニッキの水桶とプラの物置の上に溜まった水に、8時前に訪れた時は氷が薄らと張っていた。日が出てから寒くなるということもあるのだろう。寒ければ寒いだけニッキは元気だが、小太郎と自分はそういうわけにもいかず、普段であればPCの余熱で十分の暖がとれる仕事場に暖房を入れた。午前中に溜まっていた添削作業を全て終えたところで、急に眠気が押し寄せてきたので1時間ほど横になった。悲しいことにアラームをセットした数分前にしっかりと目が覚める。夕方からまた仕事が控えており、心地良い睡眠は取れなかったけれど、それでも風邪の引き金となりそうな邪気はすうっと消えたように思う。午後のニッキの排泄のために屋上に出ると丹沢山塊は雪雲に包まれていた。冬将軍の最後の砦のようだった。

2005年2月25日 (金)  大食い小太郎

大食い小太郎


          で・ぶ・ち・ん

 近頃小太郎の食欲がすごい。こと食べ物に関してはニッキはそれほどがっつかない(サモでは少数派らしいが)のに、小太郎はこのところお腹が減ると出張して催促に来る(時にはトイレの前まで!)。そして食事を準備している最中にも立ち上がって自分の腿に飛び付いて、んにゃう!んにゃう!と訴える。立った姿勢だと手足の格好が人間のように見えることもあって、人間臭さが一層増す。表情、そして体全体を使って一生懸命にアピールする姿が健気でもあり、微笑ましくもある。さっきまで結構カリカリの溜まっていたはずの透明のえさ箱を指差して「ほらね、空っぽなんだよ」と言っているように見えることすらある。それにしても、1日中寝ているだけのように見えるのに、そんなに食べて一体どこでカロリーを消費する必要があるのだろう。ネコの魅力、ネコの神秘はまだまだ尽きそうもない。

2005年2月25日 (金)  雪の夜更けて ※24日(木)の記録です

雪の夜更けて<FONT size="2" color="777777" face="MS 明朝"> ※24日(木)の記録です</FONT>


 24日分の日記用の領域を確保するのをうっかり忘れていた。この日記帳は任意の日付が設定できず、当日にのみその日の日付でページが与えられるようになっている。「シナモンタウン」に過去の日記として保管する際にはHTMLを書き換えて日付を修正できるのだが、オリジナルの日記ではズルはできない仕掛けだ。つくづく融通の利かない日記である。また、最大千字までしか記述が許されていない(同一日付で項を改めれば書き足せるが…)点も大手プロバイダのものとしてはお粗末な気もする。ただ、普段であれば前日に空の日記をアップしておくのには慣れているのだからそれは言い訳に過ぎないだろう、また、長年続けてきたものを放棄するというのも結構難しいものなのだ。今流行のブログにしてもサービスの提供が打ち切られる可能性があることを考えると完全に移行するのは躊躇してしまう。

 そして何よりもこんなローカルな日記であっても、嬉しいことに読んでくださる方がいらっしゃるということ。それが日記継続の原動力になっている。一昨日の22日の日記を読んでくださった方から、「あれ? 小太郎君の誕生日ってエイプリルフールにしたんじゃなかったでしたっけ。去年の4月3日の日記に書いてありますよ」とお便りをいただいた。たしかに書いてあった! 何と嬉しいことか…。これはまあ、自分のいい加減さによるものだけれど、自分の発言に責任を負わざるを得なくなった。そしてまた、昨日と今日とで自分が変わったとは認識しないが、3年前の自分の記述と今の考えを付き合わせてみると微妙なズレが生じているということにも気付くことがある。

 文章修業のためにも、自分との対話の意味でも、毎日、コンスタントに適当なボリュームで継続することが肝要なのだろう。その観点からすれば先に挙げたこの日記の欠点は実は、長続きの秘訣となっているのかもしれない。

2005年2月23日 (水)  インフルエンザ

インフルエンザ


 越生に独り住まいをしている大叔母がインフルエンザでダウンした。年寄りのインフルエンザは命に関わることもあるという。最寄りの大きな大学病院には入院できるベッドがないということで、明日車で引き取りに向かうことになった。大叔母の年齢を思えば、そろそろ今の場所を引き払い、こちらに安住してもらうことを考えるべきだろう。それほどガンコな人間ではないのだが、やはり独り暮らしの気安さを求めるのだろう。それはそれで理解できる。が、相模原と越生は交通の便がよろしくなく、接続を含めて電車で3時間を要する。「孤独な老人の死」などという新聞ネタにならないよう良い方法を考えたい。

2005年2月22日 (火)  ネコの日

ネコの日


 にゃんにゃんにゃん=2月22日ということで今日はネコの日らしい。流行を織り込んだカレンダーにはそのように記されているのだろうか。ただ、うちの小太郎はニャーとは鳴かないでウーと鳴くので今日のところは見送って(というより忘れていた)、中国語読みで5月5日を「小太郎の日」にしてやろう。思えば、拾いネコである小太郎の正式な誕生日は不明なので、ニッキと同じ2月14日ということにしてあるが、近頃ぐんと存在感を増し、決してニッキの金魚のフンといった従属的な存在ではなくなってきた。動物好きな我が家の訪問者の3割がニッキではなく、小太郎目当てである。玄関脇のコーナーウィンドウにちょこんと納まって宅急便のお兄さんや、ゆうパックのおばさんにもしっかりと自己主張をしている。彼なりの役割、矜持というものを認めてやらなければなるまい。常々、ちゃんと小太郎記念日を設けてやらねばと思っていたのだが、誕生日、ネコの日一切合財を含めて彼のための日を5月5日ということにしよう。ちなみにミーと鳴くのであれば3月3日、シャーとけんか腰の子であれば4月4日ということになるのだろうか…。

2005年2月21日 (月)  ニッキと過ごした1日

ニッキと過ごした1日


 いつもお世話になっているよこやまだい動物病院にてニッキの定期健診を済ませ、クッキーさんでニッキお気に入りのトリーツを買ってから、事務手続のため八王子のゼファー動物病院へ。今日もまた満員御礼で、医院前の駐車場は満車。やむなく20号線を1歩入った浅川沿いの土手に駐車スペースを探す。桜並木の続く堤防から川原に下りると公園になっており、花見の季節などはなかなか良さそうな場所だ。院長先生の愛車ハマーが置いてある第2駐車場もすぐ近くに見つけたが、景色の良い川原に停めることにした。手続を済ませてから車の位置に戻って朝コンビニで買ったお握りをぱくついていると、大きな白犬が川原で遊んでいた。サモ?と思ったらピレネードッグだった。やはり、ゼファー動物病院に罹っているとのこと。飼い主さんとは大きな白犬の身の上話に花が咲く。ピレは8歳の男の子ボブ君で、とっても穏やかで美しい子だった。ニッキも決して小さくはないが、存在感が桁違いだ。今度会ったらニッキとのツーショットをモノにしたい。

 午後からはいつものように王国のドッグランへ。いつもニッキと遊んでくれるメンバー達とまったりと過ごす。日が長くなり、また暖かくなってきた。人間には過ごしやすい気候になるが、サモたちからすれば今がベストコンディションなのだろう。



2005年2月20日 (日)  ラーメンは空振り

ラーメンは空振り


 今日は日曜日だがあまり良い天気ではないので、行列ができるラーメン店も普段よりは空いていると考え、気合いで、というより少し根気を入れて並んでみようか思い、買い物のついでに東京まで足を伸ばした。ところがなんと目当ての店は本日臨時休業。店内の改装を行うらしい。結局、フラフラと地元まで戻って大盛りチキンカツカレーを食うことに。実際、移動しているうちに食べたいものが変わってくるものなのだ。ただ、新しい感動との出会いは空振りに終わってしまった。こんなことならラーメンに拘ることもなかった。新幹線で三島まで行って、うなよしの鰻丼を食べるのも良し、秋葉原の鳥つねの親子丼も食べてみたいんだった…。まあ、こんなことができるのも時間に追われていない証拠。それなりに贅沢な時間を過ごしたのだから善しとしよう。

2005年2月19日 (土)  半端な天気

半端な天気


 昨日からの雪が朝になって霙、そして雨になり、中途半端に雪が残る相模原となった。雪が積もったら積もったで、少なくともニッキは大喜びしてくれるのだが、雨になると大きな落し物も融けてしまって片付けにくくなる。そして、首根っこに掛かる冷たい雨というのは陰鬱なものである。仕事に出る時間になっても雨は止まず結局、失くしてもいいボロ傘(こういう傘に限ってなかなか失くさないものだ)を差して家を出た。寒ければ寒いでスパッと諦めも付くのだがこれまた寒いというところまで行かない半端な気温。1日を半端に〆るのだけは堪えられず、授業だけは気合いを入れた。

2005年2月18日 (金)  風邪にご用心

風邪にご用心


 自分も母もほぼ同時に風邪を引いたらしい。喉の痛み、と悪寒それに腹痛。ほとんど同じ症状だ。罹ったかな…と思った瞬間に手を打つとそれほど酷くならないうちに沈静できる。今は、カボスとプロポリス、そして葛根湯の3本柱で対応している。本当は風邪にならないように、普段の生活、食養法等で十全な予防をするのが一番なのだが、自分の場合、子ども達と対面で仕事をすること、生来気管支が弱いことがあって完全な予防というのはなかなか難しいようだ。最善が無理なら、次善の対応である「罹った時に早めに叩く」という水際作戦を自分なりに会得していこうと思う。

2005年2月17日 (木)  卒業生

卒業生


 今年の卒業生達が英語の勉強に教室に来ていた。勤務する塾と提携している予備校から英語の講師が派遣され、希望者が1月ほど英語の基礎を学ぶ。今日自分が授業を担当する教室の隣の教室から英語の発音が響いてくる。そこはつい先月まで自分がメインに使っていた教室だ。休み時間、笑顔の眩しい彼らと挨拶を交わす。一回りも二回りも大きく、逞しくなったように感じた。合格の報告と共に教室に携えてきてくれた美酒を持ち帰り、自分も静かに彼らの健闘を祝おうと思う。

2005年2月16日 (水)  地震

地震


 夜明けの、5時前の地震にヒヤリときた。揺れ出した瞬間、母の悲鳴が聞こえてきた。ついに来るべきものが来たかと思った。が、相模原は震度3程度。全然来るべきものでも何でもなかった。地震に弱い母は大げさなのだ。近所にも聞こえたのではないか。恥ずかしい。結局、地震そのものはたいしたことなかったのに、その後なかなか寝付かれず、今朝は随分と寝坊をしてしまった。昼前に、念のため地震のデータを確認しようとして気象庁の地震情報のサイトをクリックして驚いたのは日本の地震の多さ。ほぼ1日ごとにマグニチュード4クラスの地震が頻発している。まさに地震列島である。最大深度は1〜2程度のものがほとんどだが、地震がこれほどまでに日常茶飯事のものとは思わなかった。この歳になっても驚くことはまだまだ多い。

   ご参考までに

2005年2月15日 (火)  ほころびの繕い

ほころびの繕い


 前に向かって仕事を進めるだけでなく、仕事の環境そのものをきちんと手入れするために今日1日を使った。新しい環境に心身が馴染むまでの期間は得てして勇み足や不注意が思わぬトラブルを招来する。前方に向いている視線をたまには自分や後方に向けてやることも大切なことだと思う。

2005年2月14日 (月)  ニッキ5歳

ニッキ5歳


 ニッキ、ついに5歳となった。人間であれば5歳といえば小僧っ子に過ぎないが、犬にとっては熟年に差し掛かる年齢である。誕生日を迎える晴れやかさめでたさより、もう5歳なのかという感懐の方が大きい。そのニッキの誕生日はバレンタインデーと重なっていることはここを訪れてくださる方には周知のことだが、今日はしつけ教室の日程とも重なった。5歳になった記念すべき日の仕上がりは残念ながら散々なものだったけれど、漸く後半から持ち直して何とか格好がつくところまで行った。

 正午過ぎに会場を離れ、いずれニッキと裏高尾から高尾山頂を目指そうと、西浅川分岐から都道516号線を小仏関方面に向かって探査してみた。日影バス停のすぐ先にカースペースを発見したついでに、林道ゲートのあるところまで行ってみた。中央道と並走して1kmほど奥に入るとゲートがあってその先は進めなかったが、まだ積雪が残っていた。車が10台くらい駐車できるスペースもあり、景信山や陣馬山方面への登山口にもなっている。

 とろとろと引き返し、13時45分に王国ゲートをくぐる。今日は、チベスパのバニー、ピレネードッグのピノ、ゴールデンレトリバーのモナを始めとする王国Uさんファミリーの女の子たちがドッグランでのんびりと過ごしていたが、ニッキがお尻に近付くと「ガウッ!」と怒られていた。まあいつものことだが、そろそろニッキには逃げる前に怒られないようにする手続を踏めるようになって欲しいものだ。ただ、前回はそれほどではなかったサモ娘ラーナとの関係が深まり、お互いに誘って遊ぼう、走ろうと訴える。また、おばあさんであるはずのザッシーが、フレンチブルドッグのポチポチと飛び跳ねて遊んでいるのを見て、ドッグランという場所は様々な驚き・意外性に満ちている場所だと思った。少なくとも犬たちが無目的に走り回っているだけの関係性の存在しないような世界ではないことは確かである。



 いつもなら多少汚れても男の子なんだから、と放っておくのだが、流石に今日はバースデイ。帰宅してすぐニッキをフットスタンプさんに連れて行ってピカピカの男前にしていただいた。



※たくさんのニッキへの思いをいただき、心より御礼申し上げます。

2005年2月13日 (日)  消耗

消耗


 新しい教室で仕事のリズムを作るべく努力している。漸く2回目の定例授業を昨日終えたばかりの状態で、今日は新期初の入試問題を素材とした特別講義。朝早く集合し、定例テストを受けてから手加減のないナマの入試問題を一校分まるまる解き切る彼らも大変だったと思うが、人的・物的環境を整えながらの85分授業×4発は自分にとっても正直キツい。いや、年のせいではない。受講生との波長が合ってくる後期の、それも後半であれば授業時間の長さなど疲れの要因とはならないのだが、何よりもこの時期、次期受験学年としての6年生であっても、大半の子どもの中には「受験」だの「入試」だのの具体的イメージなどない。その意識の断絶といった感覚が心身の消耗に拍車をかける。火災や震災に備えての避難「訓練」に臨場感たっぷりに気合いを入れて臨む子どもがいないのと同様、切迫感のない中で入試対策の要諦を説いても暖簾に腕押しの感がある。気の良いやつらなのだが、あまりに暢気すぎる(俺が受験するのかよ、ったく…)。

 熟しに熟しきった6年生を送り出した今、彼らと新学年との精神的な隔たりは決して1年で納まりきらないだけのものがあるはずだ。入試というものも大人の目から見れば予定された行事あるいは過程の一つに過ぎないのかもしれないが、実際に入試を経験した12歳の彼らから見れば相応の「試練」の意味を持っていたはずだ。たとい数時間であっても、ただ独りで結果に対する全責任を追わなければならない状況に追い込まれる。12歳での進路決定が早いか晩いかは異論があるだろうし、自身この仕事をしながらも12歳で人生が決まるようなバカなことなどあり得ないことも承知している。ただし、学業でも職業でもスポーツでも、あるいは日常の生活の中からでもなんでもいい。子どもだからという理由で全てが許される甘えた考えが通用しない現実の厳しさに折々触れる機会がもっと幼いときから与えられれば、個としては過ちに深く陥らず、また社会としても健全なあり方を維持することができるのではないかと思う。

 「問題を解く上でミスをした事実は気にするな。ただし、その原因をしっかりと書き止めて心に受け止めること…」自分から彼らへ今日与えたアドバイスはどれほどの重さを持って受け入れてもらえたのであろうか。

2005年2月12日 (土)  失念

失念


 犬が家族の一員として大切にされているのを見ると優しい気持ちに包まれる、邪険にされている犬を見ると飼い主に対する怒りがこみ上げてくるだけでなく、生きていることが切なく無意味にさえ思えてくる…といったことをこの日のニッキには書いたはずだったのに、今見たらブランクになっていた。いよいよ自分も惚けたかな…。


※画像は車の窓越しにニッキと挨拶を交わした3歳になるハスキーの女の子、さくらちゃん。

2005年2月11日 (金)  お散歩


  ミルクさん、今日のお勧めはなんですか?

       これは美味しそうだね!

 獣医さんで月例の健康診断をしていただく。体重は25.2kgと安定している。久々にクッキーさんに立ち寄ってから横山公園へ。クッキーさんでは、3歳になるハスキーの女の子、さくらちゃんと顔合わせをした。小柄で(といってもニッキと体重は変わらない)愛らしい子だ。そのうちしつけ教室の見学に訪れるかもしれないとのこと。ニッキ、良いお友達が増えそうだね。途中、子豚?を散歩させている人に会う。何の犬種だろうと最後まで考えたけれど、やっぱり豚以外に考えられなかった。近寄って話してみたいと思ったけれど、ニッキが興奮するとまずいので遠くから視線で追った。今日は祭日とあって、犬を連れた人が多かった。帰り道、これも定例となったが、トリミングのフットスタンプさんで雑談をしてから正午過ぎに戻る。


      ニッキは小さな子が大好き

2005年2月10日 (木)  大団円

大団円


          グッジョブ!!

 今日は地元相模原校での授業。自転車に乗ってふらりと出かけられるのが嬉しい。担当クラスは昨年鍛えた5年のクラスの持ち上がりということもあって顔見知りの仲だけれど、それだけに新しいインセンティブを与えにくいという側面もある。

 仕事が終わって、去年6年生を担当したメンバーで軽く飲みに行った。教室責任者も今月異動となるので慰労会兼内々の祝賀会という名目になろうか。昨年に引き続き、担当教室が厳しい数値目標を無事達成したということ以上に、一人一人の子どもたちの健闘が何より嬉かった。1日、2日、3日となかなか初日が出ずに、暗い顔で教室に来てくれた子と一緒に問題を解き、絶対大丈夫だからと合格作戦を伝授した。それもつい1週間ほど前のことである。その彼が満ち足りた笑顔で第一志望の合格を報告に来てくれた。すんなりと合格を決めた子どももカッコよかったが、粘りに粘って結果を手中にした子にも心からの賛辞を送りたい。今年、昨年と結果が出たからといってそれが来年も続くという保証などない。だが、それでも、担当する子ども達が飛びっきりの笑顔で「やった!」と言ってくれるように精一杯の応援をしていきたい。ただ、そのひと時のために力を尽くす。つくづく因果な稼業ではある。

2005年2月9日 (水)  焼き直し

焼き直し


 今期から本務校が変わっただけでなく、担当するクラスでは、子ども達の活発な討議を組み込むという新しい授業形式を取り入れたこともあって、試行錯誤の真っ只中である。新しく受け持つ子ども達の名前を覚えていくのもそれなりに大変だが、彼らの主体性を重んじつつ、それを止揚するという新形態の授業に関しては既存モデルがない。勿論、講義形式の時間も設けられており、手馴れた手法が全く使えないわけではないのだが、自分の維持してきた枠・形式をいったん取り毀さなければ授業の根本的な再構築はできないようにも思える。従来の座標軸に頼らずに、授業時間の一瞬一瞬に身構えて、今、何を外部刺激として与えるか、どのような争点整理を試みるか判断にキレがないと小学校の学級会のように凡庸になるか、2〜3人だけがニヤリと肯いているような、先鋭的過ぎて意味不明な時間になるかのいずれかに偏ってしまうことにもなる。

 もちろん、伝達すべき「実体」の部分は以前と変わらないのであって、その手法が変化したにすぎないのであるが、果たして自分に他の引き出し(チャネル)があるのだろうかと考えると安心して使えるものなどないことに気付くのである。これはこれで、結構精神的な消耗が激しい。だが、そんなときの羅針盤となるのが子どもの姿勢と表情である。黙らせて聴かせる授業から、喋らせて纏め上げていく授業へという大きな潮流の変化があったとしても、あくまで考えて悩み、何かを掴む主人公は子ども達である。彼らの目や手、口が元気ならば自分が考える以上に彼らは確実に有益なものを生産しているのである。そして、どのような状況下にあっても「結果」は確実に出す。それを請け負っているのがこの仕事なのである。

2005年2月8日 (火)  いい湯だな♪

いい湯だな♪


 大納戸に死蔵されていた木の上蓋を取り付けた露天風呂の具合は上々。飛来する砂やゴミもほとんど入らなくなったし、何よりも保温の効果が上がって、厳冬期の夜中であっても熱湯の差し湯なしにかなり高温のお湯を楽しめるようになった。体感温度で43℃といったところだろうか。風呂から出て外の風に当たっても寒く感じない。月や星を眺めながら、時にはニッキを傍らに侍らせてのひと時は5万円の投資が決して無駄ではなかったと思わせる充実感がある。浴槽はプラ舟だが、天然のひば油のお蔭で目を瞑ってしまえばひば造りのお風呂になる。

 お湯の総入れ替えと浴槽の洗浄といったメンテナンスに1時間以上を要するのが目下の課題だが、こういった設備に関して時間を気にして合理化を図るというのは矛盾しているのかもしれない。お湯が適温になるまで24時間以上を要するのだから、メンテナンスにかかる時間なんて気にしてもしょうがない。

 まあ、即席露天風呂はこれで満足するとして、いずれニッキと田舎暮らしができるようになったら、本格的な露天風呂を設えて一緒に入りたいものだ。来週でニッキも5歳。夢が夢のまま終わってしまわないように、実現計画を加速していかなければ…。

2005年2月7日 (月)  ドッグラン

ドッグラン


 午前中に事務を片付けて、午後からニッキとともにドッグラン・プチへ。今日はサモ友Kさんと一緒にニッキの大好きなマーヤちゃんも遊びに来ていた。ニッキがあんまりしつこく迫るとKさん家の黒柴MIX悠太君が、「おい君、ちょっとしつこいぜ…」と割って入る。ニッキも多少、不満な唸り声を出すが、自分が悪いことは自覚しているようなので、あまり強くは抗弁できないようだ。ドッグランには他に、王国の柴犬ゴン吉と茶々、インストラクターのアベさんのフレンチブルドッグ、ポチポチに、ジャックラッセルテリアの子3頭がめいめいに遊んでいた。そして、王国のサモ娘、ラーナ、ダーチャという名花にも囲まれてニッキは実に幸せそうだった。犬が幸せであれば人も幸せである。


    おなじみとなったニッキの求愛ダンス!

 午前中は曇っていた空も昼過ぎから徐々に青空を見せるようになり、ニッキをアベさんに委ねて訪れた百友坊も平和そのものだった。この間北海道から来た番鶏のコッケイ、ウッコイ親子もそれまでの、ウーロンをリーダーとする仲間に溶け込むことができ、また、今までいじめられていた足の悪いウコッケイも皆と馴染んでいた。近頃、一番気になるサモエドのチロルに挨拶を済ませ、今日から販売を始めた具のたくさん入ったスープをいただき、一層温かい気持ちになって百友坊を出た。

2005年2月6日 (日)  新ネコ

新ネコ


 カースペースには夜になると外ネコ千鳥が現れる。そうすると小太郎が玄関脇のコーナーガラス越しに「ナァウ、ナァウ」と悩ましげに声を出して挨拶を交わす。いつものように仕事場でニッキと過ごしていると、夕方に小太郎のその声が聞こえてきた、まだ千鳥が現れるには早い時間だ。その少し前に別の場所からネコの争う威嚇の声が聞こえてきたこともあって、近隣のネコの勢力図に何かがあったのかもしれないと考え、ニッキをそのままにして玄関脇まで下りて行った。すると見慣れないネコが来ていた。やはり窓越しに小太郎と挨拶をしている。体が濡れていたが、肉付きも良く毛並みも良い。同じ場所でも時間ごとに棲み分けのためのネコ同士のテリトリーが決まっているのだろうか。暗黙の取り決めのようなものがあって…。ネコが遊びに来てくれることは嫌なことではないのだが、その先のことを考えると安易に保護の手を差し伸べない方が良いのだろう。下顎からヨダレを垂らし、毛艶も悪い千鳥についてもできれば捕獲して動物病院に連れて行って然るべき処置を執りたい。

2005年2月5日 (土)  新天地にて

新天地にて


 今日から町田校で担当する6年生たちと初顔合わせも兼ねて、第1回目の授業では、自分の担当科目である「国語」って何だろうかということ、それを学ぶために考えなければならないことは何か、そして、その前提としてクラスの中にどのようなルールが効力を持っていることが必要かという問題解決を子ども達の手に委ねてみた。

 塾の定例テストで毎回高得点を挙げる「できる子」とは言っても実際のところは小学5年生である。受験学年を送り出してきたばかりの自分から見ればやはり幼く映る。したがって当然のことながら度々の脱線もあったけれど、自分はできるだけ介入を避け、彼らの話し合いを見守っていた。話し合いの進行、留意点などの交通整理は行ったものの、司会や書記の選任、意思形成や話し合いの結果、ホワイトボードへの項目書き出しなどは彼らがイニシアティブを執った。授業担当者として、貴重な時間を子ども達の手に委ねるというのは本能的に恐ろしいものである。下手をすれば子ども達がふざけて何も産まないまま時間を空費していまう。そうなれば子ども達の中に「楽しかった」「充実した時間だった」というプラスの感触すら残らないのである。

 が、その心配は杞憂に終わった。たしかに、テキストはほとんど進まなかったけれど、これからの1年の礎となる「学び方」、ルールは目的実現のための手段なのだという「手段と目的の連関」「ルールが何ゆえに構成員を縛る力を持つか」「他人を傷つけるべきではないこと」の意味などを彼らが自ら導き論結した。道徳的・観念的な抽象論ではなく、功利的な要素に還元することで子ども達は客観的な善悪の概念を論証できたということである。ダイヤの原石のような、そしてひょうきん者の多いこの子等を今年も愛しく思えそうだ。必ず力を付ける。その代わり約束して欲しい。自分に厳しくあれ。そして他人を思い、自らを愛せる人となれ!

2005年2月4日 (金)  一息

一息


    昨年度の卒業生S君の家が見える

 明日から新期となる。気持ちのけじめをつけるべく、今日はニッキ号の室内整備、掃除と洗濯、仕事に用いるドキュメントの整理などの準備作業に充てた。屋上の床をデッキブラシで擦るという結構ハードな作業の合間に深呼吸していると、いつもニッキと訪れる城山湖を抱く山の背後に、夢を食べる動物、獏を横から見たような大きな山塊が見えた。ちょうど耳のあたりにたっぷりと雪を頂いている。早速仕事場で何という山なのかを調べようと「相模原から見える山」という趣旨のなサイトを探したが見つからず、やむを得ず近隣の「多摩市から見える山」という同種のサイトから山容を特定しようとした。だが、はっきりとわからない。方角としては甲斐駒の方なのだが、甲斐駒の画像と照合してみると明らかに異なる。あとは同方向にはあまり有名な山はない。八ヶ岳の一部だろうか。ただ、ちょっと方位がずれるとたちまち長野県にかかるため、実際のところ地図上での方角自体が間違っていれば何もわからない。ある地点からどの山がどのように見えるかがわかるカシミールという山岳地図ソフトがあるのだが、これは使い方が結構難しい。数値を一般の地図の形で展開するためには有料のソフトを手に入れなければならないようだ。そこまでしなくてもいいのでもうちょっと安易なサイトやアプリケーションはないだろうか。昔は、山男の友人に独りでは行けないようなところにも連れて行ってもらったものだが、ニッキと暮らしてからは山も縁遠くなった。せめて、仕事が一段落したら視界に入る山の名前くらいは覚えられるよう、役に立ちそうな資料を探してみたい。

2005年2月3日 (木)  健闘中

健闘中


 結果によっては今後の対策を立てなければならない場合もあるので、夕方から教室にて待機している。教室スタッフの取る電話からの会話が心の平穏を掻き乱す。厳しい状況の中にあって、自教室はかなりの健闘をしているが、まだまだ全員が合格を決めたわけではない。今この時点で大切なのは、会社として、教室としての合格ではない。自分達を信じて通ってくれた、その子だけのたった一つの合格なのである。最後の一人の笑顔を見るまでは応援をし続けなければ2004年は終わらない。

 全員に早く春が訪れますように!

2005年2月2日 (水)  晴天

晴天


 備えあれば憂いなし。昨日頑張った子も、今ひとつだった子も今日は十分の準備をして試験に臨み、きっと遺憾なく力を出し切れたことと思う。それでも、後悔先に立たず。ああ、あれをやっておけば良かった…と嘆いた子もいるだろう。だが、後悔ではなくそれを反省とし、今後の、いや今日からの自分の生活の改善につなげていって欲しい。過ちて革むるに晩すぎることなし。

 勝負は時の運。人事を尽くして天命を待つ。天は自ら助くるものを助く…。試練というものは、自分の限界をわずかばかり超えた重荷を負わせてくる。精神一到何事かならざらん。

 がんばれ

2005年2月1日 (火)  入試応援

入試応援


 大寒波の襲来に恐れをなしたが、朝起きてみるとそれほどの寒さには感じなかった。体が寝惚けている分、夜明けは却って暖かく感じるのかもしれない。だが、石川町の駅に着いて、7時前から1時間以上立っているうちに体の芯まで冷え切ったようで、むしろ日が出てきてからの方が寒く感じた。ビルの隙間を吹き抜ける風を身に受けて背中を丸めながら、寒さなどへっちゃらのニッキは今頃家でぬくぬくしているのだなぁと多少の不条理を思った。ただ、この役割は交替できまい。

 自教室の子たちは、良い表情でそれぞれ志望校へと向かっていった。寒風の中、梅の花はもうほころんでいる。