2005年3月31日 (木)  犬飼いの歳時記

犬飼いの歳時記


 狂犬病の予防接種のお知らせが届くと春が来たんだなと思う。今日は早上がりだったので、仕事から戻ったら早速行ってこようと思ったら生憎、病院の定休日だった。週末までに打っておけば週明けには遊びに出かけられるね。

2005年3月30日 (水)  普通の辞書でも電子辞書でもいいんだけどさ

普通の辞書でも電子辞書でもいいんだけどさ


 自分の授業は辞書の持ち込みオッケーである。時間が不足する場合、事情で遅れてきた場合は携帯カメラでの黒板撮影もオッケー…。とは言っても子どもの好き勝手に迎合しているわけではない。道具というものが目的達成のための手段にしか過ぎないことを体験から解って欲しいのである。

 たとえば普通の辞書は「重い」からと電子辞書を持ってきたとする(私も非常用に携えているが)。それはそれで構わない。でも、たまたま隣の子が普通の辞書を持っていたとしよう。わからない言葉を手早く検索する場合にはキーをタッチするよりも片手で、親指の力具合でアナログ的に操作する方が便利で早いことも多いということに気付くのである。そして、辞書を使いこなす心地良さを知っていく。また携帯での板書の撮影。傍から見ればかなり異様な光景ではあるが、たしかに急場は凌ぐことはできる。だが、一度撮影したファイルをPCに落として拡大して結局のところはノートに筆記しなければ意味を成さない。ドラえもんの便利な道具ではないのだから。もちろん、目的外のことでカメラを使いヘラヘラしているとこっぴどく叱られる。さらにまたラインマーカー。これも全く禁止すべき筋合いはない。現に中学入試でも使用を認めるところも多い。だが、これとて線を引くだけではだめなのである。言葉の意味を書き込むときには普通のペンが必要になる。鉛筆の線の持つ汎用性に比してラインマーカーというのは活字を目立たせる専門馬鹿に過ぎない。線を引くだけで覚えるんだったらこっちが欲しいくらいである。

 自分が子どもの時に比べて、本当に便利に思える道具が増えている。だが、学習という目的との関連で、本当の意味で無駄な手数を省いてくれた機械は乾式コピーくらいしかないのではないかと思う。やはり、自分の指に硬いペンだこを作って、あるいは辞書を手垢で馴染むように汚しながら賢くなっていくのが昔も現在も学問の道筋であるように思う。便利「そう」な道具に幻惑されず、また道具に使われず、目的達成の手段として捉えてもらうためには、先回りして厳しく注意しまくるのではなしに、彼ら自身に有益さと不毛さというものをしっかり理解してもらうより良い方法はないと思う。二期になると、電子辞書の代わりに、あるいはそれと共に分厚い辞書を持参するようになる子が増える。

2005年3月29日 (火)  淋しきもの

淋しきもの


 見慣れた看板がある日取り外されているのに気付く。淋しいことである。別にその店に通ったことがあるわけでもない。仕事を終え、あるいは遊びから帰って来る時ホームにたって何気なくその方向を眺めていたら視界に入っていただけである。実際、それが飲み屋だったのか、お店の名前は何だったのかも記憶しようとすらしていなかった。ただ、緑色の楕円の看板で、そこには筆記体でお店の名前が綴られていたように思う。

 殺風景な看板を剥がした痕が目に痛い。なぜこんなに憂鬱なのか。もしかするとその看板に向かって、自分は無意識に会話をしていたのかもしれない。今日はちょっと大変だったよ、とか、なかなかいい授業ができたよなどと…。その看板に自分の気持ちをぶつけてはそれを確認しながら。家に戻る途中、いつも見る風景の中で人はホッと寛ぎ、気分を宥めて家に戻る。苦しいときも悲しいときも、嬉しいときも楽しいときも。だから、その風景にちょっとした異変があると今度はこちらから気遣うような気持ちになるのだろう。思えば、自分ひとりにとってだけでも、どれだけの心安らぐ風景が消失していったのか。雄大な自然の風景だけでなく、薄汚れた横丁にだって心の原風景というものがあるのである。

2005年3月28日 (月)  大叔母さんを迎えて

大叔母さんを迎えて


 今日はしつけ教室の終了時間から仕事の開始時間まで余裕が取れず、仮に可能だとしても時間に追われて集中できないだろうと考え、昨日のうち先生にお休みする旨連絡を入れておいた。また、いつも使うニッキ号は母が大叔母を入院先の東松山の病院まで迎えに行くため使えないという事情もあった。が、結局、午前の早い時間から雨となり、しつけ教室をお休みしたことの勿体なさのような気持ちはなくなった。

 仕事が終えてから、夜遅く母が大叔母を連れて帰宅した。小太郎は大叔母とは初対面。和室に入った大叔母を戸の陰から物珍しそうに眺める。へっぴり腰で軽く片手を襖の縁に当てている姿勢がなんともおかしい。ニッキは大叔母とは何度か会っている。「あー、良く来ましたねぇ」とクンクンと匂いを嗅いで、自分の頭の中にある人別帳に照合している。独り暮らしをする中で面倒な事件に巻き込まれ、意気阻喪していると思いきや、思ったよりもずっと元気だった。流石に戦争前の、それも大正生まれというのは強い強い。今後、大叔母が我が家にずっと滞留するかどうかはわからないが、少なくとも神奈川に本拠を移し、今まで暮らしてきた家へは戻らない方向で考えている。今年はその整理のために埼玉方面へ出張る機会が増えると思う。余裕が出たらニッキと秩父方面へも出かけてみたいものだ。

2005年3月27日 (日)  大豆と酢

大豆と酢


 体調維持のため、酒と脂物を控え、大豆と酢を努めて摂るようにしている。大豆加工食品である納豆とか酢大豆、卯の花なんかも嫌いではないんだけれど(豆腐はそんなに好きではない)、「健康食」というテーマで食べ続けようと頑張ると正直飽きが来る。そうするといつの間にかまとめて買ってきた納豆のパックが溜まってくることになる。やはり、食養生を心がけるには日頃から続けていくことが必要だろう。もっとも、「食」の中に飲むという行為も含めれば、大豆由来製品をしっかり取ることができる。豆乳である。

 以前はこの豆乳、小さなパックしか売られておらず、値段も結構張ったが近頃の健康食ブームの流れに乗って、牛乳と同様の大きな紙パックがスーパーなどで何銘柄も販売されている。大豆に含まれる、何だかの効果がある「イソフラボン」なるものが実際はどんなものかはわからなくとも(なんかのキャラクターの名前みたいだ)、ありがたそうなその効果に肖りたいというのは自分も世人と異ならない。そして、未加工の味気ない豆乳以外にも、牛乳と同じようなまろやかな味付けになっている調製豆乳というものも売られていて、近頃はこれがマイブームとなっている(「調製」の味付けに、牛乳に似せようとする聊かの作為は感じる)。また、豆乳以外にも夜は寝入り端に「バーモント酢」を飲むようにしている。ブルッと瘧るくらいキツめの濃度のものがいい。

 スーパーの飲み物コーナーでちょっと気張って体に良さそうな飲み物を買ってみても、居酒屋でちょっと一杯というより遙かに安い。もちろん、たまには酒を飲みラーメンを食べる。禁欲ばかりでは気持ちも萎えてしまう。

2005年3月26日 (土)  講習突入

講習突入


 今日から春期講習。昨日から今朝にかけての冷え込みは結構堪えた。少しずつ揺り戻しがあって次第に春めいてくるのだろう。春。命が萌え出でる季節だが、中学受験生にとっても覚悟を決め、気持ちの上で生まれ変わらなければならない時期である。とくに6年生に取っては…。とはいえ、子ども達の有り余るエネルギーの向けられる方向は勉強ではなく、休み時間の遊びだったりする。無理もないことだとは思うが、講義をする側としては、それなりの気合いで授業に臨まなくてはなおさら弛緩してしまおう。手遅れにならないうちに「一生懸命やんないと大変だぞ!」とショックを与えるのも技のうちである。授業も定例のそれより早く引けるし、子ども達からの質問も少ない。夏期や冬期に比べれば楽とはいえ、普段のシフトと異なるため定休がない。ニッキとの外出もしばしお預けである。家に居る間だけでも十分なコミュニケーションを確保したい。

2005年3月25日 (金)  少しホッ…

少しホッ…


 サモエドを通しての知り合いのまた知り合いの方となるが、緊急やむを得ない事情で、里親を募集していた複数の子全員の受け入れ先が決まりそうでホッとしている。犬の保護ということが問題になるときいつも思うのは、同犬種を飼う人たちというレベル、さらには気心の知れた間柄というレベルで、「もしも」の際の保護を委ねることができるような態勢が整っていることの大切さである。全国的なレベルで里親さんを探すのを支援してくれる団体やサイトはそれでそれで貴重だが、まずは関係の近いところからの自助努力ということなしに、それじゃあネットで…ということだといろんな問題がありそうに思う。それに、同じ屋根の下で苦楽を共にした仲間と再会し、事情が許せば再び一緒に暮らせるようになるには近い間柄であることが望ましい。もし我が家のサモが…という仮定で、その場合どうするかを以前九州のサモ飼いさんと話したことがある。人のため、というよりも愛するサモエドのためという気持ちで、いざという時は事情の如何を問わず、レスキューに赴くという熱いハートを持ったサモ友さんたちに心から感謝しつつ、他面でニッキと自分のもしもにも備えておかなければという気持ちを新たにした。

2005年3月24日 (木)  天鏡のごとき

天鏡のごとき


 夕方から夜にかけて一雨来た後、雲間から冴えた月が顔を出した。満月である。爽やかな冷気漂う地表に真っ直ぐに届く白い光。夜を司る月という天体が存在すること、偶然のなせる業とは到底思えない。ニッキが今ここにいてくれることもまた。

2005年3月23日 (水)  おせっかいな携帯

おせっかいな携帯


 今自分が使っている携帯の機種はSO505iというカメラタイプのもの。デザインが好きだし、メール作成時の予測変換機能もなかなか賢いので重宝している。新機種が安くなっても浮気しないのは、使い勝手がいいという理由以外に、一昨年の旅行の際、買って1ヶ月くらいしか経っていな同型同色の端末を高知の桂浜で水没させてしまったことがあり、その供養といった意味もある。現在、お財布携帯とかテレビ電話、あるいはGPS機能搭載といったようなタイプも続々と登場しているが、通話とメール作成、そして補助的な画像撮影機能に限ってはほぼ成熟の段階に達したといえそうだ。手に馴染み、しっとしとした使用感がよい味を備えてきた今の機種をまだまだ使っていたい。

 ただ、この機種にはちょっと困った問題がある。画面のある操作部が内側に折り畳まれず(180度回転スライド方式)、常に外側に面しているため、何かの拍子にジョグダイヤルやボタンに接触してしまう。それゆえ、画面の照明がすぐにONになるだけでなく、最新の着信や発信履歴の番号に「勝手に」電話をかけてしまうことがあるのだ。今日も教え子から電話があり、「先ほどの電話の用件は何ですか?」と問い合わせがあった。無言電話がかかってきた方も驚いただろうし、かけたはずもない電話の趣旨を問われる側も戸惑う。電波の入りにくいところで電話を受けたこともあって、何が起きたのか理解するまでに少々時間がかかったが、おそらくそういうことなのだろう。また、他にもドッグランにかけたはずのない私からの電話があったという不可解な事件があったが、それも同じ原因だろう。その時はニッキがかけたのだろうと笑い話で済んだが、これがワン切り電話などに対する自動応答であったりしたら心穏やかではない。履歴は小まめに消去して間違いのないように心がけたいが、この点は改良を加えてほしいものである。

2005年3月22日 (火)  千鳥

千鳥


 千鳥、相変わらずコートは汚れているけれど、気になるヨダレは止まったようだ。夜の9時近くから安全な場所に身を潜めて夕食の配給を待っている。厳しい寒さを乗り越え、これからしばらくはネコらしいのんびりした生活ができることを祈りたい。このままでいるのが幸せか、捕獲して手当てしてやるのが本当か。それを何を基準にして判断するか。こういう場合、最も手のかかる、面倒な方法が往々にして最良の対応であることが多い。何もしないのが最善、という場合はあんまりない。

2005年3月21日 (月)  筆乃梅満開

筆乃梅満開


 家の前にある小さな花壇に植えてある梅の木が花を咲かせた。この梅は亡くなった祖母が家を建て替える前に植えたもので、その名に因んで「筆乃梅」と呼んでいる。梅としては遅咲きの部類なのだろうが、例年この花が咲くのを見ると気風の良かった祖母が「何があってもへこたれるんじゃないよ!」と言っているように思えて元気が出てくる。

2005年3月20日 (日)  子サモたちと

子サモたちと


 母が大叔母の見舞いに東松山まで出かけることになったので、あきる野の動物王国まで便乗することとした。明日は圏央道のあきる野ICがオープンする。環境保護を取るか利便性を取るか、難しい問題があるが、高速道路の恩恵から取り残されている相模原住民の1人としては、都心を通らずに関東を往還できる圏央道全通を強く待ち望む。たしかに、高尾山周辺の固有の自然が破壊されるのは事実だから、都心の渋滞が減少する分だけ首都圏全体としての環境は改善されるという意見に与する気はないが、神域であれ既開発地であれ、最善を考え、環境に与える影響を最小限に止める方策をその時点で精一杯考えるような姿勢があれば神仏の罰など下ることはないと思う。むしろ、神威を纏うことで問題を不可争化することの方が問題はないか。

 お彼岸入りで滝山街道は少し混んだが、武蔵野の面影を残す沿道の風景を楽しみながら進むことができた。家を出て1時間弱で王国駐車場に到着。ニッキを曳いてドッグランに入ると、たくさんの白い塊。昨年10月15日生まれのラーナの子ノエルちゃんが名古屋から里帰りに訪れていた。常連さんたちのボルゾイ、サモ、そして子どもたちが楽しそうに駈けている。いつもならニッキにも遊びを仕掛けてくれるラーナちゃん、愛息ノエル君に、途中から加わった愛娘、王国ショーチームのノンノちゃんの母親としての役割を意識しているのか、ニッキが遊ぼうよ、と近寄ると激しく拒否する。発情を終えて、まだたまらない匂いが漂うのかニッキもしつこく付き纏う。飼い主の目にもニッキがイヤラシイ助兵衛オジサンに映る。迫るニッキに拒否するラーナ。お互いにとってこれは辛いだろうと思い、ニッキを連れて秋川の河原まで散策に出た。





 早春の爽やかな気配はそれはそれで魅力的だったのだが、ドッグランに戻るころにはたっぷりと草の実の勲章を付け、それを取り除くためにのべ1時間を費やしてしまった。1時間ほど遅れて到着したニッキ号に乗り、圏央道の予定ルートとなる都道61号線沿いに帰途に就いた。

2005年3月19日 (土)  バロメーター

バロメーター


 机の上が乱雑になったり、多段トレーの中が不要の書類で一杯になっていたりするときは、大概仕事に追われ、余裕の持てない状態であることを表している。本来は机上無一物、あったとしても手に馴染む筆記具が一本…というのが本来の理想なのだが、万事すぐに手にできるという実用面がいつの間にか重きを成し、小うるさい環境になってしまっている。新校舎の担当クラスも増え、また新しい授業スタイルになったことで仕事に対するプレッシャーも少なくはなかったが、漸く自分の能力の範囲内でのコントロールと効果達成の予測が可能となってきた。日常に堕すのは良いことではないが、日々の仕事をある程度定例化、定型化しないと無用なストレスを抱え、思わぬ失敗の連鎖を引き起こしてしまう。そんな時、机上やトレー、そしてパソコンのデータ整理なんかをしてみるとほんの少しだが自分の姿を余裕を持って見直すことができる。

2005年3月18日 (金)  暑かったねー

暑かったねー


 午前中、ちょっと体を動かして作業をしていると額に汗がじっとりと滲んだ。最高気温もまだ20度に届いていないのだろうが、寒さに慣れ切った体にはちとキツかった。ニッキ、まだ舌を出すほどではないが、サモエドにとって辛い季節がもうそこまでやって来ている。ビールは美味しくなるのではあるけれど…

2005年3月17日 (木)  早!

早!


 もう3月も後半の部に突入している。来週末からは春期講習ではないか。あっという間に時が過ぎる、などと口にするのは日々の心構えが出来ていない証拠なのだろうが、時間のヤツにもうちょっと待ってくれ、ゆったりと進んでくれと言いたい。時間って本当に同じペースで進んでいるんだろうかと疑うことがある。時の運行を外から計るといったチェックのしようがないものだから、結構好き勝手をやっているのではないのだろうか。もしかすると自分の持ち時間を誰か気に入った人に振り替えているのかもしれない。たしかに、いくら時間があっても自分は結局無駄遣いしてしまうんだろうけどね。ニッキにならば自分の持ち時間の半分を分けてやってもいいのにな。

2005年3月16日 (水)  時は流れて

時は流れて


 近頃、机に向かったまま眠ってしまうことが多い。コーヒーやカフェイン錠剤で乗り切ろうと思っても、疲れが蓄積すると体が言うことを聞かなくなるようだ。こんな時、目を瞑ったのがほんの数秒の間でも夢を見るのが面白い。現実の入り混じったチープな夢だが、それでも脳の内外が融合するような気持ちになる。脳内のクリーニングのような動作が行われているのかもしれない。

 できれば1時間でも30分でも仮眠を取りたかったが、うっかり寝過ごしてしまってはことだ。今日中に処理しなければならない仕事をできるところまで片付けて仕事に出た。外の風に当たることで漸く瞼が軽くなってくる。仕事場に着き、新学年になって第2回目の公開模試の成績をチェック。5年生までに培った力が伸びたか縮んだかを判断できる機会なので教えている側も緊張する。戦いはまだ始まったばかりだけれど、彼らがまずまずの結果を挙げてくれてホッとする。

 授業準備として漢字のプリントをコピーしていると教室のスタッフに、「今日、バイトの面接に来た子、○○先生(私)のことご存知でしたよ。以前K校で習ったって…」と声をかけられる。誰だろうと思って履歴書を覗き込むと6年前とあまり変わらない顔立ちのKさんの写真が貼ってあった。元々大人っぽい顔立ちだったので、あまり変わらなかったのかもしれない。そうか、もう大学生になったのか…。ただ、彼女が卒業したのはニッキの来る高々1年前に過ぎなかったことになる。時間の感覚はさまざまな相対的な基準が錯綜するので、正確に認識しにくい。過ぎ去った6年という時間の中に自分も存在したはずなのに、自分ばかりが無為に年を過ごしたように思えて、少々しょっぱいような不思議な気持ちになってしまう。そして日々不覚なる自分に気付く。

2005年3月15日 (火)  溜め息をつかないよう

溜め息をつかないよう


 一つの事に取りかかっていながら未着手・未解決の事が気になり、精力を集中できないまま、最も良くない形で今日1日が終わってしまった。これもしなければならない、あれもしなければならない。袋小路のような気分になると行動力も萎えてしまう。むしろ行動し続けなければならない時だというのに。

 今年は係累を巡るトラブルの解決を初めとして、いろいろなことに時間を取られそうだ。楽しいこと、生産的なことで時間を取られるのなら幸せなんだけれど、実際には面倒で後ろ向きのことに時間を費やす方が多い。とはいえ、気持ちだけは何時でも前向きでありたい。困難は向かい風と心得て…。きっと、今は無意識のうちに最善の方策を考えているのだろう。拙速を戒めるように。きっと動き出す。そうすればいつか問題を解決するヒントが見えてくるはずだ。

2005年3月14日 (月)  ニッキと駈ける

ニッキと駈ける


 久々に早寝早起き。排尿のため屋上に出ると目が覚めるような快晴。ニッキの撮影のついでに、蛭ヶ岳や裏丹沢の端正な山容をカメラに収めた。昨日の夜できなかった仕事を片付けてから簡単に朝食を取ってしつけ教室へ。ここのところ乾燥し過ぎず、かといって雨降りの翌日というわけでもなく地面はグッドコンディション。2週間ぶりのトレーニングだったが、今日は浮ついた動きもなく、コマンドを受けてからの、駄々捏ねマーキングも減少し、非常にスムーズに反応してくれた。招呼のトレーニングの際に途中に置いてあるフードトレイで立ち止まった時も、「ノー!」の禁止コマンドに、多少未練がましい態度は見せたものの、自分の意志で軌道修正してこちらに向かってきてくれた。ゆっくりだけれども、やればできるのがサモエド、そう信じたい。

 ダムの堰堤の下に連なる林道が夕方の4時30分まで開放されているのでその道を手繰って行くと、凄まじい広さの町有地に出た。ダムの堰堤の一部なので犬を遊ばせるにはもってこいのスペースである。一応写真だけを撮っておいたがダムを見上げる形になるのでなかなかの迫力である。斜面を犬たちが駈け巡ればそれだけで相当の運動ができる。並の人間はそれを見守っているだけが無難だろう。

 少し早めに2週間ぶりの王国に到着。まだインストラクト犬は午後の就業時間に入る前だったので、ニッキには独狗ランを申し渡し、百友坊に犬まみれになりに行った。犬たちはスタッフの人より先に自分を目ざとく見つけると「やぁ、久しぶり!」「来たね!待ってたんだよ」と歓迎してくれる。こればかりは何度も足を運び、犬たちを何度抱き締め、嘗めてもらえるかという事実の積み重ねでしか得られない栄誉である。今日のインストラクト犬(というよりももう友だちのようになっている子たちだが)である柴犬の茶々がニッキを遊びに誘い、ニッキも乗って仲良く遊んでいた。犬種だけでは相性なんて判断できない。やはりそれぞれの個性がモノをいうようである。良い1日だった。



2005年3月13日 (日)  総身に知恵が回りかね…

総身に知恵が回りかね…


 一仕事済ませて家に戻ってきたら留守番電話が入っていた。親しい人間からのものだといけないと思って早速再生してみると、最近社名を一新した通信キャリアからのものだった。連絡先となる電話番号が吹き込まれてあり、至急連絡を欲しいという旨のメッセージが録音されていた。外部からの電話にやや過敏になっていることもあって、新手の詐欺かはたまた自分の所在確認かと勘繰り、連絡先となっている番号がアヤシイものでないことを確認してからかけてみると、何のことはない、遅滞料金の督促といった内容だった。

 だが、自分は各種税金、料金・手数料は遅滞損害金などを徴収される後腐れがあると不愉快なので、努めて迅速に支払うことをモットーとしているし、ほとんどの定期支払は口座からの自動引き落としになっているはずだ。そこで、多少イライラして「そんなバカなことがあるわけない」と、担当職員に調査を依頼して電話を切った。心配性のなせる業、直近数ヶ月の受領証はこういったトラブルに備えてきちんと確保してある。回答を待つこと1時間、今度はサービスセンターの、いやに腰の低い語調の男性が代わって応答し、案の定社内での手続ミスがあって、本来行くはずのない請求をしてしまったということが判明した。個別的具体的な問題についての謝罪の言葉があったかどうかは忘れてしまったが、不愉快な問題が解決すればそれはそれで良い。さっきまで不合理な請求であればクレームの一通も出してやろうという気持ちがあったはずなのだが、それは綺麗に消えた。とはいうものの、いやしくも日本全国にアンテナを立てて大っぴらに商いを営んでいる巨大企業である。社内のネットワークがこんなにお粗末であっては通信の名が泣こう。昔は需要家側にミスの検証方法がなかったのかもしれないが、お金に関わる請求はキチンと行うというのが電電公社や電力会社の「一流」を証しするものだったように思う。巨大コンピュータを投入し、人手を省くのは差し支えないが、それが間違いを含む可能性を考えないとすれば、遠からず人の持つ才知はスポイルされ、ひいては企業自体が存立を危うくすることになると思う。これは国家というレベルでも当て嵌まるのではないか。

2005年3月12日 (土)  霧の中

霧の中


 インフルエンザでダウンした大叔母の身の回り品を母が整理しているうちに、携えていた書類から判断して非常に面倒なことになっていることがわかってきた。どうも善くない人間に付け狙われているらしい。入院してから普段通っている病院の事務局に在否を確認する電話がかかってきたり、居宅周辺を「不動産会社の者」なる不審人物がうろうろしていたりと心安らかではない。ただ、大叔母の家の隣人や役場の職員さん、地区の民生委員の方から密に連絡をいただけることは非常に心強い。大叔母とて他人を安易に信用する人間では決してないのだが、80歳を超えての独り暮らし。年を取り、判断力の低下などと相俟って、言葉巧みに付け入る隙を与えてしまったのだろう。問題の深度や所在は確定できない段階だが、何らかの問題が発生(すでに発生しているのかもしれないが)、拡大する前に、法的な手当てや対応を余儀なくされるかもしれない。もっともトラブルと無縁であるかのような人に災いは牙を剥いてくる。頗る憂鬱な気分ではあるが、とにかく禍いの火は消し止めねばなるまい。ずっと下っ腹が張ったような不快感があるが、これもまた慣れてしまうのだろう。人間って強くできているもんだ。

2005年3月11日 (金)  気がつけば14万!

気がつけば14万!


 サモ共来訪者のカウンタを見たら「壱四零零零四」となっていた。華こそないが地味で堅実なサイト運営を評価してくださったかたからのどっしりとした支持の温もりを感じる。


 むさ苦しいところではありますが、ニッキと共に日々の小事件、喜怒哀楽を綴っていく心算です。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。なお、次のキリ番は壱伍壱伍壱伍(わんこわんこわんこ)となっております。こちらもよろしく〜

2005年3月10日 (木)  ありゃりゃ…

ありゃりゃ…


 早く寝て早く起きるのが健康のためにも充実した仕事のためにも良いということは頭ではわかっているのだけれど、仕事が引けて家に帰ってきて、あれこれやっているうちに次の日に数時間食い込んでいることに気付く。しかも、今日は早く寝るぞ!とかなり強く心に念じていても日常の習慣の持つ力のためか、こういった生活リズムが繰り返される。決して冴えた頭ではないくせに、中途半端に好奇心が旺盛になるのもこの時間帯である。本を読みたくなる、何か気になる情報をサーチしてみたくなる。大げさかもしれないが、0時を過ぎて3時頃までが自分なりに有卦に入る時間帯である。脳内に何か特殊な化学物質が分泌されるに違いない。気になる場所の片付けをやってみたくなる。車のバスケットに入れてあるはずの物が実在するか気になってチェックしたくなる…。ちょっとだけ「天才」に近付いたかもしれない! で、何気なく携帯の時計を見てみると結局就寝時刻が分の単位まで昨日と同じである。かくして天才気分は引っ剥がされる。

 頭の中でも深く物事を考える領域ではなしに、同じようなことを定期的に繰り返すタイマーのような反射的な領域がきっとあるに違いない。まだ昨日と異なる時刻です。寝るのは早いです。無意味でもいいからとにかく何かをしましょう!という信号が体と精神に不毛な無給残業を強いるのに違いない。いつの間にか「アルミ複合板」なんかのオークション画面を見て価格や仕様の比較をしている…。こんな、半ば深夜ジャンキーと化した惰性を廃して正しいリズムを作るためには、朝早く起きなければならない状況に自分を追い込むか、または問答無用で夜の0時前に布団に潜り込むという気合いの力を振り絞るか、あるいは自分の脳を「騙す」高等技術を弄することが必要なようだ。

 少々風邪気味で、已む無く床に就くというのもイレギュラーではあるが一つの解決策だ。就寝時は頭痛や脱力感で辛くても、汗を出し切って早朝の陽を受けて汗を吸った下着を洗濯機に放り込んでトイレに起きる時の心地良さといったらない。自分を縛る非情で融通の利かないメカニズムへのレジスタンスに凱歌を挙げたくなる。自分に勝った!と。

2005年3月9日 (水)  試し撮り

試し撮り


 新しい中型カメラでニッキを何枚か撮ってみた。まだまだ機能をフルに使いこなしているわけではないが、内臓ストロボを使用したときのシャッターの反応がやや遅いことを除けば、素人でも十分に使い込めそうな感じである。小さな画像に落としてしまうと違いがハッキリしないが、ニッキのコートの1本1本までが鮮明である(その分目ヤニもしっかり写る)。

 いつもなら、デジタルデバイスを手に入れたとき、多少弄繰り回しても壊れることはないと踏んで、取説など読まずに使っているうちに体得していくのだが、これだけ機能が多いと知らないと損することになる。今回は隙間の時間をうまく使ってじっくりと使い方に習熟したい。その点、フィルムを消費しないデジカメはいくらでもリトライができるのでありがたい。若い世代ならこういった、一眼レフに擬したデジカメの解像度や設計者の掌の上で管理されたような機構に満足できなくて、銀塩写真機への道にハマってしまう人もいるんじゃないだろうか。ただ、これを現像まで本格的にやろうとすると莫大なお金がかかる。自分が小さいとき、酢の臭いの立ち込める暗室を持ってカメラを趣味にしていたのは金持ちの同級生の家ばかりだった。機材が比較的安価になったとはいえ、今でも相当な金額になるに相違ない。せめてフィルム代の初期投資を少しでも抑えるべく、旧来の一眼レフの撮影術に上達するためのトレーニング用のデジカメなんていうものもあっていいかな、なんて考えてみたが(マニュアルモードにできる機種はあるにはあるが、フィルムの感度設定を間違えて何にも写っていなかったといった「手痛い失敗」も再現して欲しいのだ)、まあ使い方としては本末転倒の感もある。というより、このままデジカメの性能がぐんぐんと上がっていけば、誰もメカニカルなカメラなんぞに興味を持たず、報道写真も全てデジタル画像になってしまうのかもしれない。そちらの方が淋しいような気もする。せめて人間の生き方や時間の過ごし方に関しては脱アナログという方向でありたいと考えるが、とすれば人間臭い「機械式」の道具と付き合うことでそういう時間が取り戻せるのではないかとも思う。今度、古いレンズシャッターのカメラにフィルムを装填してニッキを撮ってみようかな。

2005年3月8日 (火)  いろいろあって

いろいろあって


 入院している大叔母の許に母が見舞いに出かけた。事前に最も効率のよい道を教えたところ、今までの半分の時間で行き来できたという。ナビの設定に従うだけではダメで、自分で本当に使える道路を覚えていかないといけない。尤も、初めて訪れる地ではナビに大変お世話になるので、ナビのありがたさは十分承知した上でのことである。ただ、行程の短縮は図れたにしても相模原からの距離はかなりある。老人の一人暮らしゆえ、たくさんのアヤシイ人間が跋扈しているようでもある。かれこれ30年以上前、母方の祖父の代にそれまでやっていた事業が瓦解したため、様々な波乱があったようだが、その後始末がまさか自分の代にまで及ぶとは思わなかった。非常に明哲であった曾祖母が将来の再興を期して、家が傾く前に財産を分散させた(祖父は遊び暮らしてすってんてんになったが…)などという徳川埋蔵金をスケールダウンしたような眉唾モノの話もある。子孫以上に鼻の利く当時の関係者や詐欺師崩れが纏わり付くのだとすれば、根も葉もない噂と一笑に付すわけにもいくまい。決して幸多い人生とはいえなかった大叔母の歩み。今まで必死に守ってきたものが掠め取られるような形で終わればどれだけ空しいことか。それが実際にはささやかな財産であっても残り少ない日数を本当に楽しく元気に送るための資として欲しいものである。

2005年3月7日 (月)  箱根へ

箱根へ


 昨日、仕事場の祝賀会が終わってから、気心の知れた先生方と深夜の新幹線に乗って箱根へとでかけた。近頃の遠出はニッキと一緒なので、新幹線に乗るのも久しぶり。一体何年ぶりだろう。ニッキのことは母と弟に頼んでおいたけれど、やはり何となく落ち着かない。

 小田原までは20分足らず、小田原からはタクシーに乗って15分ほどで目的地である湯本の温泉宿に入る。早速浴衣に着替え、湯に浸かり酒を飲み、ラーメンを食べてから部屋に戻って語り明かすという昔懐かしいパターン。昨日は朝6時起きだったこともあって流石に少し早めに寝せてもらったが、賑やかで楽しい時間を持つことができた。何をどれくらい飲んだり食べたりしたのかは忘れたが、心地良い飲食が体に悪いわけはない。

 今朝はマグロのように寝ている同僚たちを起こさないように外へ出る。快晴の青空と箱根独特の冷涼な空気を体全体で味わってから湯殿へ。まずは内湯で温まってから石段を登った見晴らしの良いところいある露天風呂に入ってきた。やはり本格的な露天風呂はよいものだ。

 10時過ぎにチェックアウトをし、湯本までの早川沿いを皆で練り歩く。紅梅がぼちぼち開花しつつある。昔馴染みの店でコーヒーを飲んで体をシャキッとさせ、はつ花でそばを啜ってから一行と湯本の駅で別れた。これもまた久々のロマンスカーに乗って富士や足柄、丹沢の山並みを見ているうちに睡魔に負けて寝込んでしまった。町田到着前にうまい具合に目が覚め、14時に帰宅。ニッキはよい子にしていてくれたらしい。少し休んでからニッキとドッグランへ…と思ったが、思いの外長く仮眠を取ってしまったので今日のところは断念することとした。




2005年3月6日 (日)  今週のラーメン

今週のラーメン


 今週のラーメンは、野猿街道沿いにある『千人同心』。自分以上にラーメン通のサモ友Aさんから情報をいただいた店。京王堀ノ内の駅からうまく歩くと徒歩10分ほど。昼のピークを避けて訪れたので、お店に入ってすぐに空席が見つかった。例の如く、一番豪華そうなラーメンをメニューで探す。ピリ辛味噌も捨てがたかったが、醤油のある店は醤油からのマイセオリーに従って「醤油チャーシュー麺」に即決定。10分ほど待って目の前に出てきたのは美しいという形容がピッタリのラーメン。麺はチャーシューに隠れて見えない。一口スープを啜る。これもまた綺麗な和風の魚系の出汁である。今日の味付けはややブレが出たのか、最後まで少々物足りない淡白さであった。たしかに、微妙な一線を越えてしまってここのお店のアイデンティティが失われるよりはよいのだろうが、あと一歩の濃さがあってもよかったように思う。それは塩の一撮みなのかもしれないし、チャーシューの鹹加減との相関なのかもしれないけれど、いつ来てもその辺りがピタリと決まるようになったらこのお店は間違いなくブレイクすると思う。

 外で待つ人のためにジェットヒーターが備えてあったり、駐車場の克明な地図が貼付されてあったりとお客さんに対する温かみはピカイチのお店かもしれない。麺、具材に関しては文句なしにうまかった。ありがとうAちゃん。




2005年3月5日 (土)  良く食べ、良く眠る

良く食べ、良く眠る


 寒さが続くこともあって、体温を維持するのにも必要となるのだろう。ニッキは近頃大袋のフードをすぐに買わなければならなくなるほど良く食べる。ただ、この数日天候が良くないので外で思い切り走ることがかなわず、必要カロリーを消費できないのではないかと思い、気持ち量を少なめにしてある。その代わり、以前に比べて自分が食べなくなった牛肉を生のまま与えてやることにした。さすがはサモエド、匂いの強いトリーツ並の嗜好性である。ニッキにはいつまでもいつまでも自分の近くで、元気に笑っていて欲しい。体重は25kg±1kgを目安としてきっちりと管理するように心がけたい。こちらの思いを他所に今は足元でぐっすりと休んでいる。さて、仕事に出よう!

2005年3月4日 (金)  雪は溶けて

雪は溶けて


 未明から朝方まで元気良く降っていた雪も、昼近くなると勢いが衰え、屋上に積もりつつあった雪も、一番扱いにくいシャーベット状になってしまった。春が近付いたせいか、近頃はこういうパターンが多い。雪が溶けて崩れるとニッキの脚を拭くのも大変である。

 結局関東甲信越は「大雪」という予報の割には、少なくとも南関東にはさほどの積雪はなかったようだ。が、それでも雪によるアクシデントは方々であったようなので、予報の務めは果たしたことになるのだろう。昔は雪が降るとなにか特別の日のように思えた。家の外が何かドームで包まれたような感じになり、不思議な安堵感があったのだと思う。家や学校の室内も普段とは違う軟らかい光線の加減になった感じがした。札幌で過ごした4年間も雪に酷い目に遭わされたという記憶はなく、今でも雪降りになると本能的に心が躍る。だが、仕事に出なければならないときの雪はできれば敬遠したいと理性がその気持ちを打ち消してしまう。夕刊の一面を見ても朝のテレビのニュースでも雪が叩きつける顔を顰めながら歩くサラリーマンの表情が大写しになる。たしかに都会で雪がどっさりと降って無邪気に喜べるのは学校が休みになる子ども達と元気な犬くらいのものだろう。一面の雪景色に、昔なら「やった!」という気持ちが今では「しまった!」「待てよ…」という気持ちになってしまう。少々淋しいことではある。せめて雪の中で駈け巡るニッキの心に自分の心を重ねながら雪の与えてくれた、あのワクワク感を思い出したいものである。

2005年3月3日 (木)  積もるのかな

積もるのかな


 近頃やや気持ちが緩みつつある、そしてまた日々の勉強がルーチンワークに形骸化しつつある新6年生に少し気合いを入れてやろうと今日は授業の準備に結構時間と頭を使った。その甲斐あって、いつもより内容の濃い時間となったと思う。これには今回の定例テストがいつもより難しく、平均点も20点ほど下がったので、いつものように得点できずに落ち込んでいる子ども達を慰める一方で、結局は自分の力を十分に出し切れなかったという現時点での弱さや考え方の粗さを戒めるのにちょうど良い機会となるだろうという狙いもあったのだが、与えられた問題を解くという受身の姿勢ではなしに、問題の素材となる文章からどれだけの内容を受け取り、またどれだけの問題点を引き出せるかという意識を高めてもらうことこそが今日の授業の主眼とするところであった。比喩的に言えば、虫の目から鳥の目、すなわち出題者側の問題意識を養ってもらうことが、問題を解くセンスの向上にも役立つからだ。担当している子ども達は小学校ではいわゆる秀才と呼ばれる子たちである。そういう子たちの多くは、自分のペースで順調に物事が進んでいる場合には、あまり人の意見に耳を傾けることなく、「これでいいんだ」という自分の今までの方法にしたがって問題を処理しようとする。なかなか新たな観点からのアドバイスを取り入れることはしないのが通例である。が、不幸にして壁に突き当たった場合には、何とかしてそれを乗り越えるためのヒントを素直に得ようとする。教えるという行為は教える側のコンディションだけでは実は成立しない。与え時というものもあるのである。授業のうまさ、語りの滑らかさだけでよければビデオ撮りで事が足りる。様々なタイミングを見極めることはどの職業でも大切なことなのだろう。自らの普段の生活において時を見るに鈍なのはもしかするとその反動なのかもしれない。

 仕事場を出たら冷たい雨が顔に当たった。天気予報によると大雪になるらしい。明朝には相当積もっているのだろうか。

2005年3月2日 (水)  露天ガーデン

露天ガーデン


 露天風呂の目かくしとなる小ぶりの竹垣を増設した。在庫処分ということで2500円で入手することができたものだ。既存のものと同じ意匠なのだが半端な袖垣なので、これだけを単品で欲しがる人はまずいないだろう。だけど、これによって風呂上がりでも隣のマンションからの人目を気にすることなく(もとより見られてなどいないはずだが)安心して入浴できるようになった。3度の台風(1つは台風並の低気圧)を含む風雪雨、そして強い日差しに揉まれて褪色した昨年購入の竹垣と比べると組み立てたばかりの袖垣は色も冴え冴えとして聊か浮いて見えるが、これもそのうちに自然に馴染むことだろう。本来ならば褪色防止のために防腐塗料を施してやらなければならないのだが、それは焼き杉や竹本来の味が出てからでもよいだろう。建物がコンクリート主体の無機質な感じなので、癒しのパートである露天風呂に関しては、どちらかといえばやや寂びた感じが好きだ。新しい竹垣の匂いがまだ強いのだろう。ニッキがさかんに匂いを嗅ぎ、新しいマーキングポイントに指定をしていた。

2005年3月1日 (火)  新しいカメラが欲しい

新しいカメラが欲しい


  動物病院の壁にあった使いやすい繋留具

 今日は何となく気だるく、雑事でさえ煩わしいくらい体が重かった。一昨日、差し込むような腹痛があり、それは恐らく空腹のためだろうと思って『俺の空』でラーメンを食べたら落ち着いた。だが、今思えばそれは風邪の予兆だったようだ。もう風邪の抗体は備えたはずだと思ったのに、考えてみれば予防注射を打ったわけでなし、治りかけてはぶり返していたのだろう。元々風邪にはかかりやすい体質だったが、この近年ずるずると風邪を引き摺ることが多くなってきた。体が鈍れば精神も鈍る。いつまでも若くというのが無理ならばせめて健康に老いたいものである。いずれ本来の意味での若返りが可能となるような医学水準が現実になることを祈りつつ、もちろん人も犬も。

 さて、今年撮りためた画像を整理していて気付くのだが、ピントが甘いものが多い。構図とピントが思ったとおりのものは、決して誇張でなくせいぜい1%くらいだろう。ここでこの絵を撮りたい!と思った時に、計算が間に合わずにシャッターが下りなかったり、シャッターは下りたが被写体がもがき苦しむ霊のようになってしまったりといったことが多い。もちろん、腕のせいでもあるだろうが、狙った瞬間に取り敢えずはシャッターが落とせるカメラが欲しくなってきた。とはいえ、チラシで目にするような高級一眼レフデジカメは高値の花。春の新製品の発表によって型落ちした中級機をものにしたいと思っている。主な被写体はまあ犬とネコくらいのものなのだけれど。