2005年4月30日 (土)  つつじ咲く横山公園へ

つつじ咲く横山公園へ


 GWは行楽地は混むだろうということで、遠出はしない。その代わり今日1日、じっくりとニッキに付き合った。陽が大人しくなってから横山公園まで散歩。公園はつつじが満開だった。濃いピンク、白、薄いピンク、真っ赤…。花の大きさも葉の様子も様々なつつじが咲き乱れていた。大きな旅館の趣向を凝らした露天風呂を一つ一つ楽しむように様々なつつじの前でニッキの撮影を試みた。花をバックにこれほど映える犬種もそうそういないだろう。多少親ばかが入っているかもしれないけれど…


          同じ顔じゃん…

2005年4月29日 (金)  バモス キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!

バモス キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!


 横浜校での祝日の仕事を終えて帰宅して雑事を処理していると我が家の真下で「ピーッ」とクラクションが鳴った。程なくして玄関ドアに吊るしてある擬似鳥さんが囀り始める。もしかしてと携帯を見ると弟からの着信アリ。あ、新車が来たんだなと飲み込みガレージへ。

 照明の灯りだけなので、今ひとつ雰囲気はつかめなかったがシルバーのバモスが入庫していた。なかなかおしゃれな外観である。犬で言えば鼻潰れ系のパグやフレブルといった感じだろうか。今までのミニバススタイルのディアスも平成初期のデザイン(設計年次は昭和末期だろう)としては洗練されていたと思うのだが、やはり隔世の感がある。一昔前の小型大衆車並の装備と内装だ。軽自動車、それもワゴンスタイルの車にパワーウィンドウが標準装備されているのは驚きである。取り敢えず、あとは弟の側でETCの車載器を取り付けることになっている。ナビはそう急ぐこともあるまい。自分がバモスを借り受ける際も、初めて訪れる土地には赴かないと思う。念のため、大型のテントケージをリアのラゲッジルームに普通に詰めることを確認してからバモスは弟の家に戻っていった。日曜日あたりにニッキと一緒に写真を撮ろうと思う。

2005年4月28日 (木)  風強し

風強し


 良い天気だったが、風が強く、ニッキのおしっこを洗い流すための水流ジェットが押し返されるほどだった。スギ花粉とニッキの小用のために床が変色しないようにとデッキブラシでゴシゴシと水洗いするとすぐに額が汗ばんだ。GW中も特別講義や打ち合わせなどでそんなにのんびりとは羽を伸ばせないけれど、人が遊んでいる間にコツコツ働き、仕事の合間にこうやってニッキを見守りながら家の軽作業をするというのも悪くない過ごし方である。自分のすぐそばにワンダーランドを発見すること、それもまた優雅な楽しみではないか。ニッキが近くにいれさえすればどこも素敵な場所になる。

2005年4月27日 (水)  好き嫌い

好き嫌い


      ボク、人参はキライなんだな

 今日は帰り道、閉店時間に近付いたダイエーで牛肉の大きな塊を非常に安く手に入れた。血中コレステロールを下げなければならず、脂肪分カットを余儀なくされている自分だが、もし問題なしとなったら自分が食べたいと思うような肉を買ってカゴに入れる。

 母が自分より先に家に戻っていたが、まだニッキの夕食を与えていないとのこと。お腹を空かせたニッキに早速肉塊を奢ってやることにする。フードのカリカリに乾燥野菜を混ぜ、でん!と牛肉を乗せてやってから豆乳をかけてやる。ニッキは200ccくらいの牛乳ならば差し支えないのだが、これもまた脂肪分を抑えるために家族に付き合ってもらっている。

 自分ならば、美味しいものは最後に、ということになるのだが、ニッキはまずあんぐりと皿から肉を引き摺りだして床の上にいったん置いてからガブッと行く。もう少し肉の味を堪能して欲しいと思うのだが、こいつはあんまり味わおうとしない。それから、おもむろにフードの入ったお皿に口を突っ込みカチャカチャ、ボリボリと普段と同じメニューで食事を済ませる。それにしてもあんなに大雑把に見える口でどうやって乾燥野菜の人参だけはじき出すのだろう。きれいに人参のふやけたのだけが皿に残っている。人間と違って人参を食べなくとも栄養バランスは偏らないのかもしれないが、せっかくこちらは体のことも考えているのだからガマンして食べて欲しいものである。

2005年4月26日 (火)  鉄道事故

鉄道事故


 余程疲れている場合は別として、唯一安心して寝ることのできる交通機関が鉄道だった。今回の福知山線の事故を見るにつけ、今までは杞憂とさえ思われたことを心配せねばならなくなった。先頭車両には乗らない。異音に気付いたらその電車から速やかに途中下車する。車中での居眠りなんてもっての外、運転士の挙動に不審な点があれば管理部局に通報する…。

 インドや中国でなら規模の大きい鉄道事故は散見されるが、この日本においてはもはや巨大事故というものは起きようがないと信じていたのに。安全を確保するための十分な設備と十分な教育・訓練がなされているはずだと…。事故の原因は未だ特定されていないものの、人災であることは明らかである。ただ、利用者の側にしてみれば、どんなに気を付けていても気を付け切れない事態。一瞬の惨事に消し飛んだ一人一人の生命の無念を思うと、事故も社会的コストなどと割り切ることなど到底できない。

2005年4月25日 (月)  1月ぶりのしつけ教室

1月ぶりのしつけ教室


 ここ2回雨で流れてしまい、ほぼ1ヶ月ぶりとなったしつけ教室。ニッキ号が車検で使えないため先生の車に便乗して会場へ。ブランクが心配だったけれど、しっかりと呼びも入り、コマンドの意味も理解していた。次第に暑くなってきたので、後半からは相模川の河原へ移動。先生犬であるマラミュートのイチ君と水遊びを楽しんだ。最後の仕上げに長めのマテで、ちょっと集中力不足だったけれど、全体としては頑張ったようである。今日は十分に体を動かしたこともあってぐっすりと満足そうな寝顔で眠っている。トレーニングは実に良いリフレッシュにもなる。


      相模川の流れに足を入れて


         例の天然プール

2005年4月24日 (日)  代車でお買い物

代車でお買い物


 ニッキ号は車検のためドック入り。代車のシビックにニッキを乗せてクッキーさんまで買い物に行って来た。代車はお世辞にも乗り心地が良いとは言えないけれど、カバーをかけたシートに座ったニッキは外の景色を楽しむかのように食い付くようにに窓の外を眺め、なかなかご満悦のようだった。安全がしっかりと確保できればケージの中に入れないでこういう形でドライブするのも楽しいけれど、万が一のことを考えるとやっぱりケージに入れておくのが正解なんだろうな。犬の用品を販売する会社の通販雑誌に飛行機とレンタカーを組み合わせた柴犬の紀行文が載っていたが、そこでもやはり、車の中ではケージに入れた状態で撮影されていた。理由があればそれはそれで納得できる。

 そう、第2ニッキ号もディアスになる予定だったのだが、ハザードの位置やウィンドウォッシャー液のタンクが座席の下にあるなど気に入らない点が多々あるようで、ホンダのバモスに変更するらしい。まあこれは弟が主導しているので口を挟む気はないが、意外と細かいことにうるさいやつだと思う。次回のニッキ四国帰省時には国道439号によって京峠を突破したいと思っている。また、奈良の暗峠越えや、十津川を経ての紀州縦断などもかねてからの夢である。いろいろな魂胆もあって兄として多少の援助はしてやるつもりである。

2005年4月23日 (土)  電池の切れた時計

電池の切れた時計


 いろいろなところに時計があると便利だろうと思って、家を建ててから時計をわんさかと買った。といっても高級な品ではなく、文具や消耗品などで普段お世話になっている100円ショップで、である。稀に大幅に狂いの出る不良品もあるが、初期不良は交換してもらうこともでき、デザインも悪くないので気に入ったものを相応しい場所に設置した。

 だが、知らず知らずの間に電池が切れてしまったものも増え、その都度取り替えるのが億劫になってくると時計は無意味なオブジェクトと化す。無害ならよいがなまじ本当の時間を差しているかのようなものがあると出発や待ち合わせで腕時計を見比べてあっ!と驚くことになる。そこで、本日、電波時計を携えながら家の時計たちの時刻合わせと電池交換を一斉に行った。時計があるべき場所で時を刻むというあるべき仕事を果たしている。ただそれだけのことだけれど、家そのものの心臓が賑やかに動き出したようで、こちらも何だか元気が湧いてくる。ほったらかしにしてしまっていれば人間だけでなく、動物も機械だって腐るだろう。不快活さはそんなところから陰気に周囲を侵食するのではなかろうか。家にありながらその存在を忘れられてしまっているものがないかもう一度確認し、きちんと手を入れ命を吹き込んでやろう。ささやかであれ、きっと恩返しをしてくれるはずだから。

2005年4月22日 (金)  夏の先駆け

夏の先駆け


 朝方激しい雨が通り過ぎた後は夏のような陽気となった。影も濃い。午前中にニッキの運動を済ませてから仕事に手を付ける。溜まってきた添削を小刻みに片付けながら、ふと星になってしまった我が家の犬、友人の犬のことを思い出してしまい切ない気持ちになった。夜間の高速や仕事の合間の静かな時間は、頭が勝手にあれこれと考え出すのでつらい。

 夜、出しっ放しにしていた洗濯物を取り込もうとベランダから見上げた空に、満月になりかけの白い月が輝いていた。

2005年4月21日 (木)  感謝しつつ

感謝しつつ


 生きていればいろいろな不満もある。叶わぬ希望に溜め息を吐くこともある。でも、欠けているという思い、満たされていないという認識は、常に現状以上の物や状態を望む心から派生するのだとすれば、心の持ち方を変えない限りいつまでも付き纏うものであろう。ある人が功成り、名を遂げたとしても人生の残り時間が少ないと感じれば時の少なさを嘆くであろうし、そもそも、本人がいかほどの功名を持って十分となすのかさえ定かではない。

 仮に、と考えてみる。朝、顔を舐めて挨拶をしてくれるニッキがいなかったら…。外から戻るとごろんと寝そべって体で喜びを表してくれる小太郎がいなかったら…。そこにいるのが当たり前と考えることは何と人を無感動にし、不幸にしていくことか。ニッキがいてくれること、小太郎が出迎えてくれること、これは本来奇跡と呼んで良いくらい素晴らしいことではないか。飢えることなく、激変のない、一応治安の保たれた社会にいること、そういったこともまた「次」のことを考え、実行できるための貴重な前提である。人間である以上、向上心をもって心が先へ先へと飛んでいくことはやむを得ないことであると思う。ただ、今あるものへの感謝の念というものをふと忘れてしまいやすい、そんな社会への心許なさもある。単に、人間の心性が腐敗したわけではないと思う。時に、万物に感謝して謙虚に生きようと思っても、その気持ちが摩滅しやすい環境なのだ。教育がどうこうを云々することも一つの拠り所になるかもしれないけれど、物質的に満ち足りてなお感謝の念を維持する能力もまた一般的な道徳の枠としてではなく、その人の才能・個性として努力して伸ばさねばならない世の中になってしまったのかもしれない。幸せを発掘して見出すためには繊細さと知恵を磨かなければならない。現代人は昔の人より幸せか? 先進国の民は、発展途上国の民より幸福なのか? そうとはいえまい。いつの世も幸福と言うものの絶対量、さらに言えばそれを感じることのできる能力は限られているに違いないのだ。

2005年4月20日 (水)  雨が多い

雨が多い


 日本は熱帯雨林気候になってしまったようだ。蒸し暑くて雨がジャアジャア降ってる。夏暑くて冬寒い国、日本。我慢比べ大会じゃないんだから勘弁して欲しい。

 雨が降った日はニッキの散歩はナシ、と決めている。雨の中を歩くことがイヤだという理由も正直あるけれど、雨の日は注意力が散漫になり易く、リードを握る当方の動きが鈍るという、主として安全確保上の理由からである。遠方への旅行にあっては排泄や体調管理のために雨中行軍も辞さないけれど、家にあっては広くはないとはいえ室内で十分にノーリードで動けるし、屋上でちょいと濡れるけれど排泄もできる。だからこの程度の怠惰は許してもらいたい。

 ただ、雨が続くとニッキだけでなく自分に取っても憂鬱なのだ。多少道がぬかるんでいてもその場合は足を洗うだけで済む。雨粒さえなければニッキと散歩を楽しめるのに、と思うと雨が憎らしい。直近の2回のしつけ教室も狙ったように降る雨のために流れてしまったこともまた悔しさを募らせている。雨は人の眠る深夜に密やかに降って欲しい。

2005年4月19日 (火)  第2ニッキ号リニューアル

第2ニッキ号リニューアル


 走行距離が80000kmを突破したディアス(第2ニッキ号)を近々リニューアルすることとなった。元は家のセカンドカーとして、今は独立した弟の管理下にあるが、犬を乗せて夏期の遠距離移動が可能なMPVがメインになるまではニッキの移送を担当し、西へ南へと小気味よく活躍してくれた。5年前の春、羽田に高知からニッキを迎えに行ったのもこの車である。兄弟のマフィン君に会いに行き、伊東や朝霧のサモオフにも参加した。車歴10年を超える今でもそれほど大きなトラブルもなく動いてくれるのだけれど、5月に車検を迎えることもあり、これからの維持・点検の煩を考え、一回り大きな新ディアスに乗り換えることとなった。新しい第2ニッキ号の初仕事は大叔母の家の片付けという地味な作業になりそうだが、関西から南東北までは燃費と高速料金の安いメリットを生かしてカバーしたいと思っている。

2005年4月18日 (月)  体調芳しからず

体調芳しからず


 体の底、背中の腰骨のすぐ上辺りからしゅーしゅーと力が抜けていく感じ。窓を開けても生温かい風。もっとシャンとしなければならないとわかっているんだけれど…。

2005年4月17日 (日)  昼の散歩は厳しいね

昼の散歩は厳しいね


 早めに夏が訪れたのだろうか。昼前にニッキと横山公園まで散歩に出たが、ノンストップで往路を駈けてクッキーさんに立ち寄ったら、ハッハッと荒い息をしていた。そろそろ途中での給水が必須になってきた。今日はトリミングサロンのフットスタンプさんでたっぷりのお水をいただく。サモエドにはキビシイ季節の到来だ。だが、暑くなればなったで例の、相模川の天然プールに行って遊ぶことができる。ドッグラン・プチのプールも開放されるとのこと。楽しみだ。ある程度の風と体を冷やせる水があれば、そして無茶をしなければ(夏期の昼間移動は車を利用)熱中症は防げる。暑さを理由に1日中エアコンの効いた部屋の中で過ごしているというのも決して良いことではないだろう。南国土佐生まれのニッキのこと、暑さにも寒さにも強いサモエドを目指したい。

2005年4月16日 (土)  桜の花のような、輝く雪のような

桜の花のような、輝く雪のような


 昨秋、満開の笑顔を見せてくれた君のことを思いながら…。あまりに突然で切ない別れだったけれど。

 今はただ、君の魂の安らかなることを祈ります。

2005年4月15日 (金)  桜咲く王国へ

桜咲く王国へ


 午前中一仕事終え、カレンダーの谷間を利用して久々に王国までニッキと遊びに行ってきた。このところ仕事や家の雑務でニッキに犬同士のコミュニケーションを取らせてやることができなかったので、ニッキのためのサービス・デイである。犬たちとの遊びは本当に楽しいとみえ、ここぞとばかり駈けていた。満開の桜、全山の彩りを楽しみながら百友坊の犬たちを訪れて無沙汰を詫び、チロルに抱き付き、カザフを追いかけ、カボスに抱擁された。竜宮城のごとく、今日もまた長居をしてしまったことに気付く。ただ、ニッキのやつは自分がいなくても友犬たちと楽しくやっていることがわかってきたので、ニッキに対する後ろめたさはない。インストラクターのアベさんに対して、である。ニッキ、今日は百友坊のニューフェイス、バセットのクレアちゃんに付き纏っていた。乗っかろうとしてもニッキの脚の下をするりと擦り抜けてしまうので、ニッキとしては調子が狂ったかもしれない。帰り際、売店からはザッシーおばあさんもドッグランに遊びに来て、フレンチブルのポチポチに積極的に遊びを仕掛けていた。ニッキもたくさん遊んでたくさん走ったね。満足してくれたかな。



2005年4月14日 (木)  新カバー

新カバー


 ヤワなオモチャだと「秒殺」のニッキも、寝具は結構大切に使ってくれる。サモ友との巡回ノートで見て気に入った長座布団をホームセンターで買ってからすでに3年ほどになるが、細かい擦れや汚れこそあれ、綿もはみ出さずちゃんと長座布団の形態をキープしている。だが、ニッキの愛用だけあってオリジナルの深い青が褪色し、表面と裏面の色具合が明らかに違ってきた。そこで、長座布団を十分に陽に当ててから火曜日に買っておいたカバーを被せた。藪草色の菖蒲か杜若をあしらったもので、これがなかなか渋い。早速、ニッキの定位置に置いてやるとクンクンと匂いを嗅いで確認してからぺったりと臥せて平べったくなった。非常に気に入ったようである。仕事場から呼んでも全く来ようとはせず、自分と共用の寝室の長座布団の上でトロンとしている。その表情があまりに愛らしかったので何枚か撮影をさせてもらったが、その時も「これ、ボクんだからね、もう返さないよ」と言わんばかりにがっちりとキープして動こうとはしなかった。留守番中にズタズタにしたりしないだろうかと少々不安だったが、仕事から帰ってみたら長座布団は無事だった。さすがにもう取られる心配はなくなったと思ったのだろう。ニッキ!と呼んだら迎えに来てくれた。

2005年4月13日 (水)  犬のルールはネコにも通用するか

犬のルールはネコにも通用するか


      欲しいけどガマン(mpeg動画597KB)

 ササミの煎餅を3:1の大きさに切り分けてニッキと小太郎に与える。例のごとくニッキはガッガッと殆んど丸呑みにし、小太郎は欠片を咥えてガジガジと丁寧に味わう。ジャーキーでもカニ棒でも小太郎からちょっと離れているところにあればニッキは小太郎を鼻先でぐいと押しのけて自分のものにしてしまう。だが、小太郎がいったん咥えた物まで横取りするであろうか…。犬にはたとえ群れの中で下位の者であっても一度口にしたものを取ってはならないというルールがあるらしい。そのルールは犬という種の中でのみ通用するものなのか、それともネコにもその規範が及ぼされるのであろうか。

 万が一のこと(ニッキと小太郎が大喧嘩になる)があるといけないので、注意深く見守りながら片手でカメラを構えた。すると、ニッキは、小太郎が齧っているササミを物欲しげにはしているけれど、すぐ近くで待機して鼻先を近付けているだけで決してそれ以上の行動は起こさない。小太郎がササミ煎餅を食べているのをじっと眺めている。

 次に、ニッキにササミ煎餅を丸々1個与えて、別の煎餅を半分に折った物を小太郎の近くに2つ置いてみた。与えられたササミ煎餅をニッキは数秒で完食。もう1つないかな、と振り返って小太郎の取り分である煎餅を狙う。2つの欠片のうち小太郎が1つを口に咥えているが、残りの1つはすぐ近くに落ちている。ニッキは食事中の小太郎の邪魔にならないように遠慮するような姿勢で、落ちているササミ煎餅ををエレガントに咥え、場所を変えてからバリバリ食べた。だが、もう一つはすでに小太郎が不器用に齧っている。物欲しげな表情はするが、これには手を出さない。やはり、犬の掟をネコにも及ぼしているようだ。ちょっとした実験のために思いの外コストがかかってしまった(ササミ煎餅5枚)けれど、皆(犬、ネコ、人)にとってそれなりに得るものがあったのではないかと思っている。


2005年4月12日 (火)  雨と桜と憂鬱と

雨と桜と憂鬱と


 花冷え、というのだろうか。日本古来の言葉の中にはある程度の季節感のブレを見事に収め、かつ趣を与えるものがある。異常気象と一刀両断に片付けるのではなく、小春日和に春の狂い、そして空梅雨といった言葉を用いてその年独特の天候を愛しむかのように。

 午前中に雨が上がったので、横山公園までニッキの散歩を済ませてから先週に引き続き、埼玉県の大叔母の家の整理に行ってきた。散歩の道も、車での道も視界に飛び込んでくる咲き誇る桜花の美しいこと。相模原ではすでに葉桜となりかけていたが、北上するに連れて満開の桜となる。北に40kmほど上るだけでこれだけの気候変化があるものなのだ。東松山のS病院で大叔母の退院後の手続を結了してから鶴ヶ島ICで下りて毛呂山の市街へ。東松山ICから高速に乗る頃からポツポツ来ていたが、さて徹底的に作業を、と思ったところで雨脚が強まった。陰気な天候の中、さらに辛気臭い整理作業をする気分にもなれなかったので車に積んできた玉砂利と踏み石を置いてから引き返すことにする。橋本のホームセンターでニッキのために新しい長座布団を買って18時前に戻る。雨が降っても建物の中で作業ができる日が早く来るといい。大叔母の、年齢のほぼ半分の時間を過ごした家。当初は、防犯のため完全に閉鎖してしまう予定だったが、整理が終わったら多少手を入れて大叔母がしばしば帰れるくらいの場所にしようという方向に話がまとまってきた。周りがどう思おうと本人にとって最も落ち着く場所というものがあるはずなのだから。

2005年4月11日 (月)  机上整理

机上整理


 仕事場の環境が少しずつ荒んできた。当初きちんと決めたはずの物の置き場や配置というものは徐々に守られなくなってくる。そうするとどうも仕事にも気乗りがしない。決まった場所に物を必ず戻す、あるいは分類して保管するという作業が面倒くさいという理由もあるにはあるが、それ以外にも予期しなかったような物が少しずつ増えていくということがあり、また、当初決めたことがその後の実際の運用に馴染まずに慣行が優先されていくために、その場限りの処理が積み重なって一貫した方針を貫徹できずに乱雑になっていく、という原因もあるように思う(ニッキは足元で寝ているだけなのでこの件には全く影響を与えてはいない。念のため)。

 いずれにしても、たとえばニッキの薬品や衛生用品などが数ヶ所に分散されたり、ニッカド電池が同じ部屋のあっちの引き出しにもこっちの箱の中にもあるというのは不合理であるし、無駄な買い物をしてしまう原因にもなる。そこで、同系統の物品は1ヶ所にまとめてしまおう、そして、使い易く頭が回るような環境を整えることにしようと今日は夜から机上および周辺整理を行った。普段の作業での手の動き方や慣れ親しんだ整理手順を尊重しながら細々とした仕分け作業を行うこと2時間。コンタクトレンズの洗浄ケースやらチャック付きのビニール袋などがいろいろな引き出しからどっさりと集まった。ティッシュなどは5ヵ所くらいに分散されていた。いつか役に立ちそうだ、捨てるのに忍びない…といった気持ちの結果なのだろうが、こんなところからも現在が消費の上に消費を重ねて驀進しているということが垣間見える。すでに古い世代となったのか、物を簡単に捨てられない。ただ、大叔母の家を整理して考えたのだが、使いもしない物を無意味に取っておくというのはその物を役立てていないだけでなく、保管に要する空間や必要以上の物への拘りという面で精神的に損をしているようにも思う。アルコールのお手ふきやコンビニでもらう箸やらプラ製のフォークにスプーン。あとで…などとは思わず、きっちりと使って、捨てるということも決して悪徳ではないように思えてくる。物資が欠乏したら…と考えている間にも人生の時間の針は回っているのだから。

2005年4月10日 (日)  しっかり働きました

しっかり働きました


 今日は昼から夜までの特別講義。第2巡目の国語の授業である。少しずつだが受験生としての意識も高まり、解答作業中にシャープペンを弄繰り回しているような子も見なくなった。解き合わせをしながらの質疑応答の時間も熟したよい質問が飛んでくる。こうなってくると教える側も気合いが入る。授業時間中には全く疲れを感じない。いや、普段以上に元気かもしれない。

 だが、仕事が引けて添削課題の枚数をチェックし、荷物をまとめていると体のあちこちに疲れが溜まっていることを実感する。自分を支えていた気力が萎むのだろう。そして空腹であることに気付く。それなりの充実感はあるのだけれど、85分授業の4連発はなかなかハード。そんなに頻繁には大舞台は踏めない。そういう年代になった…。

2005年4月9日 (土)  タッチの差で

タッチの差で


 途中の歩き方がいつもよりわずかに遅かったせいか、いつもなら1分ほどの待ち時間で乗れるはずの電車に乗り遅れた。もちろん始業時刻までには十分な余裕を持ってはいるものの、都心に比べて運行間隔が疎らなローカル横浜線のこと、次の電車まで10分待たなくてはならず、これはこれで結構悔しいことである。なまじ計算をして家を出たがために待ち時間を極大にしてしまったのだから。

 だが、今日はホームを離れていく電車を恨めしく見送ることもなく、非常に有意義な時間を過ごすことができた。駅のホームの桜が満開だったのである。電車が行ったばかりで人の殆んどいないホームで、携帯カメラを桜花に向けてパシャパシャ撮影できた。春の陽気が、そして桜の木々が、もう少しゆっくりしていきなさいよと呼びかけてくれたに違いない。モノは考えようで幸せにも不幸にもなれる。

2005年4月8日 (金)  暖かくなってくると

暖かくなってくると


 暖かくなってくると、今までものぐさをしていたことにも手を付けたくなってくる。フローリングの拭き掃除やら屋上の排水溝の清掃やらと。陳腐な表現だけれど、埃を掃い、ねっとりと絡みついた汚れを取り除くだけで自分の心までが清められたように思える。だが、このイメージを心の中に抱くことで明らかに新たな創造意欲が生まれているのだとすればそれはそれで素敵なことじゃないか。今日完結させてしまう予定だった前期テキストの下読みや解説プリントの作成などの本命の仕事は一向に進まないのは悩みの種だが。

 洗濯物もよく乾くので、洗濯機は日に3回くらい稼動。よく働いてくれる。ありがとう。でも、どっさりと洗濯物が吐き出されるために、物干し竿やシーツを止める大きな衣類挟みはすぐに順番待ちとなる。補修中の物干しも総動員する。隣のマンションのベランダにも布団が干され、美容院の屋上ではオレンジ色のタオルがはためいている。向かいに屹立する15階建ての高層マンションとて例外ではない。洗濯博覧会さながらの情景である。シャワーを浴びる際には床もブラシで磨く。食器もすぐに洗って乾かす。暖かくなると関節の硬化したところが融けて滑らかになるのだろうか。暑いのには閉口だが、エネルギーを振起する春の偉大さは実感する。洗ってしまったバンダナの代わりに新しいバンダナをニッキに巻いてやった。

2005年4月7日 (木)  冷房を入れる

冷房を入れる


 いやはや暑い1日だった。「とても暖かい」というレベルを超えていた。影も夏特有のくっきりした濃い影である。ニッキの小用もすぐに洗い流さないと茶色い輪染みとなって残ってしまう。山には雲がかかっているが、平地には容赦なく陽が照り付ける。仕事に出る時の春物のジャケットですら邪魔なくらいだ。夜になってやっとこさ涼しくなったが、来月の今頃はどうなっているのだろうかと考えると恐ろしい。すでに本格的に夏が始まっているなんてことになりはしないか。5月から9月までびっしり真夏日が続いたりしたら暑さに弱いニッキにとってはやり切れない季節となるだろう。ただ、川遊びや生ビールなど、暑い季節特有の楽しみも多い。あんまり悲観せずに日々を過ごすことといたそう。仕事帰りにダイエーによって半額のシールの貼ってある美味そうなものを買って帰った。ニッキには和牛を、コタにはサーモンのブロックをお土産として。

2005年4月6日 (水)  伝統工芸

 和紙に柿渋を塗った塵取りが無性に欲しくなり、ネットで発注した。ネット取引とは言っても、自動的に口座から代金が引き落とされて決済されるシステムではなく、メールで住所・氏名等を知らせると、そこに宛てて郵便払込伝票が届くという、HPを媒介として、取引の詳細はメールでやり取りをするという形。すなわち、通常の郵便物の所要時間を短縮するために電子メールがその代替を果たしているというだけのことである。FAXでも別に構わないのだが、発信・受信記録を保存しやすいメールの方が慣れている。

 ワンクリックで自動決済、そうすると受付メールが自動送信されてくるという近時のスピーディな決済方式に比べるとややまどろっこしいが、その分だけ人間の心の息遣いが感じられて、効率優先の現在だからこそ却って新鮮に思われる。発注メールの返信にも店主の挨拶と御礼がしたためられており、紋切り型の定型文という感じではなかった。メール上での簡単なやり取りを経て、お代は後払いで構いませんということになり、それが今日届いた。決して高いものではないが、目に心地よく、当然のことながら使い易い。日本の工芸品の美と道具としての奥深さを思う。我が家を訪れてくれた方にちょっとしたお土産として持っていってもらうのにも気が利いているかもしれない。

 お店のHPを見ているうちに、羽二重や棕櫚のはたきが急に欲しくなり、改めて問い合わせのメールを出した。株や為替の取引というのとは違い、日用品くらいは売る人と買う人のやり取りをする余裕があって欲しいものだと願う。これくらいが人間にとってちょうど良い取引のスピードなのではないのだろうか。

※画像は後日

2005年4月5日 (火)  撤収大作戦

撤収大作戦


 インフルエンザを拗らせて入院していた大叔母はすでに80歳を超える。退院してからは食欲もあり元気もあるが、今後何かあったときに備え、近くに比較的親類縁者の多い神奈川県に移すことになった。今後どのような介護支援を得るのがベストであるかケアマネージャーの方と相談しつつ、当面は我が家で過ごしてもらう。

 今日は朝からその準備として、今までの大叔母の居住地である埼玉県西部まで母、そしてニッキと足を伸ばした。あきる野を経由して圏央道に乗り、鶴ヶ島ICから20分程度走る。まずは立派な町役場に出向き、必要な手続を済ませてからこじんまりとした佇まいの大叔母の住居へ。建物そのものはさほど荒れてはいないものの独居老人の住まいということもあって、杖、ボロ傘、カートなどの不用品が玄関先にまで溢れ玄関ドアを開けると訳の分からない荷物が堆く積まれている。ご近所の親切な方のお力を借りて門から玄関までの通路に石を敷き、玉砂利を入れた。ほんの少しだけれど家の表情が明るくなったような気がした。さて、ここの整理が終わるのはいつになるだろうか。大叔母が元気なうちに、年に数回は帰ってこられるくらいの状態にしておきたいものである。

2005年4月4日 (月)  仕込み

仕込み


 今日は久々に1日中家にいた。昼寝をしようと思ったが6時14分に目が覚めて結局2度寝することができなかった。勤勉なフリをする体が少々憎たらしい。

 結局のところ春期講習の疲れを癒す間もなく、明後日からの通常授業の準備や授業試案の作成、その他の雑務に時間を取られる。2週間から1ヶ月先を読みながら予定を立てて仕事をしないとどうも落ち着かない。これは自分が真面目だからではなく、むしろ怠惰だから感じる危機感のようなものだと思う。ぬるい強迫神経症といったところだろうか。大事の「直前」になると俄然力を発揮する方もいるが、自分の場合は切羽詰ると無意識の逃避行動に移ってしまうからだ。時間そのものは貯めることができないが、少し先の仕事まで片付けることで気持ちに余裕ができ、仕事の質も高まろう。やっつけ仕事というのはやっていても気持ちの良くないものである。

 もちろん、仕事よりもニッキと広っぱを一緒に駈ける方がずっと楽しいのだが、遊んでばかりいる大人というのは非常にかっこ悪いし、貧乏性なのでそれは自分にはできない。ニッキにもつまらんヤツだと思われるだろう。思えば、ニッキはずいぶん自分の事情を理解してくれるようになった。一応真面目な表情で机に向かっている時は、ニッキも足元で臥せてじっと付き合ってくれている。人間社会のオキテのようなものを理解してくれているかのように…。ただ、偶々目が合い、ねぇ、遊びに行こうよ!という目で見詰められる時は正直辛い。それで「まっ、いいか…」と度々、仕事中断の口実となってしまう。幸い今日は午前中から雨だったので、ニッキとどこかに出かけたいという誘惑は自然に断ち切られたけれど。

 そうだね、明日晴れたら出かけなければいけないね。

2005年4月3日 (日)  一休み

一休み


 今日で春期講習は終わり。まだそれほど差し迫った状況にない春先は旅に出る先生も多く、最終日の今日は、午前から夜までの6発授業をこなしてきた。生徒達も乗ってくれるので全力投球しても授業中には全く疲れを感じないのだが、町田駅から横浜線に乗り込むと急に腰と足にだるさを感じる。踵がペタンコになってしまったようである。帰り道、気休めにドリンクバーで豆乳青汁というのを飲んでみたが、さすがに即効性はない。こんなときは歩いているよりも突っ立っている方がつらい。家に戻って、こうして椅子に腰掛けて漸く人心地着く。4足歩行のやつらを見て、こいつらは腰に来なくていいなと羨ましく思ったりする。

2005年4月2日 (土)  さて、あと1日

さて、あと1日


 春期講習は明日でおしまい。実質1週間の日程ではあるが、普段なら週に1度顔を会わせる頻度が、2日に1度となることもある。ずっしりとした時間に思われるはずだ。夏期講習の前後ほどは大きな変化というものは見られないかもしれないが、少なくとも6年生に関しては、残り300日を切った入試というものに向き合うのは他の誰でもない、自分自身だということはぼんやりながらもわかってきたのではないだろうか。だからこそ頼りになる自分を作っておかなければならないのだと…。そこまでの自覚が得られなくとも、春期明けの新学期は小学校の最高学年として迎えることとなる。6年生という言葉が次第にしっくりと馴染んでくる。

2005年4月1日 (金)  小太郎の誕生日でしたね

小太郎の誕生日でしたね


 数日前、今度のエイプリルフールからは小太郎の誕生日になるのだ、と思って彼のかわいい写真を撮影しておいたというのに、今日になってすっかり忘れていた。

 ごめん、小太郎。人間って毎日いろいろあるんだよ、って理由になってないか。

2005年4月1日 (金)  狂犬病予防注射

狂犬病予防注射


 仕事から戻り、着替えを済ませてニッキと外へ。急ぎ足で閉店間際のクッキーさんに飛び込む。非常用ストックの小袋1つを残し、大袋のフードが尽きてしまったので、今のうちにニッキの食糧の手当てをしておかなければひもじい思いをさせてしまう。自宅へのフード配送をお願いしてから今度はよこやまだい動物病院へ。去年より1日早く狂犬病の予防注射を打っていただく。体重は25.1kg。これまた例年同様のことだが、ニッキを保定していても、針の突き刺さる瞬間すらピクリともしない。豪胆なのか鈍いのかさっぱりわからない。パピー時代からほぼ1月感覚でこちらでお世話になっているので院長のK先生に信頼し切っているのだろうが、いくら先生の注射が巧いといっても、何らかの違和感はあるだろうに…。

 さて、来月は混合ワクチン。そしてフィラリア予防薬の投与開始月である。予防接種とフィラリア予防は十分条件ではないにせよ、必要条件であることは皆が認めるところであろう。ニッキは兄弟であり友人であり、また我が分身でもある。ずっとずっと健康で長生きして欲しい。