2005年6月30日 (木)  教室スタッフと

教室スタッフと


 仕事が退けてから教室スタッフ、同僚講師の方々と近くの鳥屋に軽く飲みに行く。仕事の上で心から笑えるような楽しさというのが少なくなってきたことに、皆が淋しさを感じているようだった。景気の先行きの暗さ、個人情報保護といった問題の扱いにくさ、授業の活性の欠如…数え上げればキリがないが、それを愚痴ってつまらない酒には結び付けたくはない。不愉快を再生産してしまっては酒も肴も哀れではないか。疲れた頭と体に、冷たいビールと野性的な鳥の旨味と塩味が効いた。

2005年6月29日 (水)  1日が尽きる

1日が尽きる


 今日は久々の雨らしい雨。その雨の中を午前から横浜の教室に移動して授業研究会の進行と取りまとめ。近頃の寝不足も手伝って、立って話している間にも眠気に襲われる。頭は冴えているのだが、話が面倒くさくなってくるとイライラして敵わない。散会後、夕方になって町田に移動。電車の中でメールチェック等の雑務処理。途中から座れたので少し休もうとしたら町田の前の停車駅に着いてしまった。ここから眠ろうと思っても眠れない。相模原までこのまま少し眠って上りの電車で町田に戻ろうかとも思ったが、寝過ごして大変なことになることを考えてそれは止めた。それでもなお、授業開始まで1時間弱余裕の時間があったので、教室の向かいのビルの地下にある喫茶室に入り、携帯のアラームを仕掛けて30分ギリギリ眠る。たったそれだけの眠りではあったけれど随分と気分爽快になった。明日で6月は終わるが、暫くの間遅寝早起きに伴う睡眠不足は続きそう。大切なところであってもこの睡魔というやつには勝てない。勝ってはいけない相手なのかもしれない。

2005年6月28日 (火)  暑過ぎ

暑過ぎ


 お天道様、1ヶ月出番を間違えているんじゃないかな。7月下旬の暑さにしたってバテバテなのに、まだアジサイの咲く6月だよ…。

 たしかに暑くてたまらなかったけれど、今月の上旬には激しかったニッキの咳が陽に当たるごとに軽くなってついには治ったので、やはり日光浴は大切なのだろうと(鼻を黒くしたいというねらいもある)、エアコン部屋でのたーっとしていたニッキを10分ほど昼過ぎの屋上に出した。もちろん、ニッキ専用の水を入れたプラ舟を出して(日陰にもかかわらず温水になりかかっていたけれど)。おしっこはみるみるうちに蒸発して黄ばみを残したきつい臭いを放ち、朝方したうんこはカリカリに固まってハエすら寄り付けないくらいに熱せられていた。ニッキ以上にこの10分間は自分に堪えた。容赦ない真夏の熱射である。近所の食堂で冷やし中華でも食べようかと思っていたが流石にこの熱気では外出を断念するのが賢明だろう。ニッキを収容してたっぷりの氷水を与え、自分はぬるま湯でシャワーを浴びた。う〜ん、暑さそれ自体は覚悟していればそれほど嫌なものではないんだけれど、この先がどうなるのかと考えると不気味である。やっぱり自然がオカシイのかな。

2005年6月27日 (月)  チラッと訪問

チラッと訪問


      母としてのダーチャ(mpeg動画1.4MB)


 目に見えない荷物をいっぱい抱えた状態ながら、子サモには会いたし、ニッキは遊ばせたし…ということで思い切ってあきる野まで行ってきた。滞在は2時間ほどだったけれど、よい充電になった。親友のサモエド、チロルが暑さに負けないで元気にしているのが嬉しかった。

2005年6月26日 (日)  西日本でお湿り

西日本でお湿り


 西日本で雨が降ったとの書き込みを読んでホッとした。雨の日は憂鬱だが、万物の生存の基礎が水にある以上、勝手なことを言ってはバチが当たるだろう。それにしても昨年の秋は台風の頻発。今年は日照り、と空模様一般については太古の昔から人間の自由にならないものの代表のようだ。

 関東も朝方は雨になるのかと思うような曇天だったが、暑くなった。今シーズン2度目の白くまアイスを食べ、気合いを入れた。明日はうまく時間をやりくりして王国に顔を出そう。ニッキは水泳の特訓。自分はダーチャの子とモフモフする予定。

2005年6月25日 (土)  図書館もいいけれど…

図書館もいいけれど…


 市立図書館が橋本駅の駅ビルの中にできてからしばらく経つ。淵野辺の本館へは何度か足を運んだことがあるが、ここは初めて。分館としてではなく、相模大野にある相模大野図書館とここの橋本図書館は本館と同格の市立図書館だ。周辺地域共通の図書貸出券を発行してもらい、調べ物をするための書架を検索。昔のいかにも公共図書館でございと真面目ぶったところはなく、貸出も登録も万事スマート。シティホテルのロビーにいるようだ。

 館内の開架閲覧席は平日ならばゆっくりと座って書見ができそう。もう少し我が家から近ければ新聞なんか取らなくて済むな、とも思う。何が得かと言って、犬の散歩できる公園と図書館の近くに住むほどの得はそうそうあるまい。受験生などが陣取る一般閲覧席は図書館のドアの外側に、駅ビルの提供する開放スペースのある大吹き抜けと一体化されるような形で広がっている。純粋な図書館利用者と自習スペースとして使おうとする者をさりげなく区画する意図が読める。スペース自体は洒落ていて、総ガラス張りの吹き抜けの中ほどに位置するため壮大な景色を楽しめるだけれど、肝心の座席は児童遊園の遊具のようで使いにくかった。硬い木の椅子に長く座っていたので尻が痛くなって退散。なるほどこうやって長居をさせないわけなんだな、などと心の中で独りごちて仕事場のある町田に移動して、軟らかいソファのある喫茶店で仕事をした。

 外にいることでえられる適度の緊張感と、快適な作業環境があれば、家の中でうだうだ2日かかる仕事が1日で終わりそうな気がするのだが、外は外でそれなりに誘惑が多く、必要な静謐が得られなかったり、座り心地のよい椅子がなかったりという難点もある。昔、自分が一生懸命勉強していた当時、山手線の中で本を読むのが効率が良かったのを思い出した。車庫に入らない限りは、息抜きするようなものもなく、また雑音が雑音を打ち消しあって、耳に障る音や声は意外と少ない。ふと明るい光などが差すとそれだけでリフレッシュできた。その当時は、いずれじっくりと仕事に集中できる仕事場を作るぞと夢見ていたのに、いま、当時の理想に近い仕事場にあって、いや、山手線の中こそ最高の仕事環境だったよ、なんて思っている自分がいる。若いということの特権に当時はまったく気付かないでいた。

2005年6月24日 (金)  西日本は水不足

西日本は水不足


 暑い1日だった。午前中、まだ涼しいうちにニッキと近くを一回りしてこようかと思ったが、長い散歩から帰ると自身の発熱が競合して相当に体温が上がりそうなのでやめた。咳の症状もまだ稀に出るので、不健康にならない程度の療養をした方がよいだろう。思えば昨年は、この時期に何度も相模川のキャンプ場に出かけていたっけ。陽射しが強くても木陰は涼しく、水場もあればすぐに体温を冷却できる。風の優しさ、日陰や水のあり難さをニッキとともに感じた。ただ、毎日車に乗せて…というのは本来の散歩からすればちょっと邪道なような気もする。

 歩ける距離、あるいは自転車で移動できる距離に親水公園のようなものがこの近くにあったらいいのにと思う。ここ相模原は犬との共生という観点からすれば時代遅れの町なのではないかと思う。人口はすでに60万人を超え、近々周辺の町村を併合して拡大相模原市となる。中核都市などと人口の大きさと誰が使うのかわからないようなハコモノの立派さで威張るんじゃなく、ただ歩いていて楽しい、ふと立ち止まって楽しい、そんな街づくりを志向してもらいたい。風を感じ、人間の肌がどれだけ繊細であるかを思い出させるような公園を作って欲しい。政治的主張の鮮明な市民ばかりではない、むしろ大半の市民にとって、日常生活の外枠の一部が「政治」的な領域になっているに過ぎないと思う。国や市の側から歩み寄って何を市民が望んでいるのかということを探知して先取りできるようでなければ、政治は単純な既得権益の調整に堕してしまうだろう。

 安全なところまで車で移動して犬を散歩させる…、これが地球全体の視点といったことからだけではなく、身近な町内にあってもやはり不自然なことなのだということに気付かなければあまりに鈍感ではないか。ドッグランを作ればそれで解決するというような問題でもないように思う。

 自分が度々ニッキと訪れる西日本一帯、このままでは深刻な水不足になるという。神奈川は平気なら…、かつては遠い土地の話に過ぎなかったが、今では額を灼くような強い陽射しと喉の渇きをイメージしてしまう。他者と喜怒哀楽を分かち合う、それもニッキがつないでくれた。

2005年6月23日 (木)  テレビ出演

テレビ出演


 トップページでも告知したが、本日放映の「ご近所の底力」というテレビ番組にニッキを出していただいた。番組の趣旨を締めくくるトリを務めさせていただいたようでとっても嬉しい。思えばニッキが今ここにいて、これほど多くの人に愛される犬になれたのもたくさんの方々との出会いがあり、たくさんのヒントをいただいたからだ。ショーデビュするわけでもなく、競技会にチャレンジするわけでもないニッキが、愛されるサモエドの道を歩むことができたこと、感謝の気持ちで一杯である。

 収録の裏話というほどのものではないが、テレビではかいがいしく挨拶の仕方を友犬と子ども達に披露するようなニッキも、実際の収録現場では、挨拶の仕事が終わるとゴールデンの女の子を追いかけて、「ガウッ…」怒られていたりしていた。また、普段しつけ教室で学んでいる挨拶行動のスタンダードからすれば、あれほどの濃厚な挨拶は本来、しつこ過ぎると評価されてしまう可能性もある。もっとも、番組の趣旨からあまり統制せずに、自然な行動を損なわないようにはしたが、もうちっとエレガントにそしてさりげなくキメて、初めてニッキも自分も「よくやった!」なのかもしれないと反省したりした。また、テレビの切り取っている部分はすごくわずかなので、出演してくれた犬たちが実際も「あのまんま」ではないのだということも理解してあげて欲しい。臆病で人や犬に懐かないとされた子たちも、安心できる環境の下でゆったりとした気分をもって接してやれば、決して「問題犬」「ダメ犬」なんかではないのである。テレビのキャッチがどうしても必要になるのはわかるんだけれど、犬も人同様、多面的で、様々な状況の下で行動が変化する存在なんだということもしっかりと伝達していただきたかった。人と犬の相違点、そして共通点を正確に認識して初めて他者を理解し尊敬する態度が培われ、それがコミュニケーションの基底に据えられるとき、真の優しさが社会に根付くはずである。

※ニッキへのたくさんのエール、心より感謝いたします!(画像は熱烈片思いのゴル、クッキーちゃん)

2005年6月22日 (水)  眠い

眠い


 朝からそれなりに仕事をこなし、家に戻ってPCの前に座ると強い睡魔に襲われた。座っていながら現実と夢がモザイク状に混和して、「ハッ」とすると今しがた自分が眠っていたことに気付く。エアコンの冷気に肩から背中がブルッと震える。こんなことをしているから風邪を引くのだ。

 ところが、よし、本格的に寝ようと床に就くと今度は、安心して寝ることのできる体勢が脳に一体どんな信号を送るのやら、目が鈍く冴えて(日本語としてはおかしな表現だが…)なかなか寝られなくなった。やや頓珍漢な一般化かもしれないが、何事かを容易に為しうる状況にあるときには、面倒やちょっとした自信不足で手を伸ばすことに躊躇し、反面、それが為しえない、ないし困難な状況に場合には結果を渇望する…。一見天邪鬼にみえる人間の脳の働きがもしかすると人間の能力や状況の相違による、決定的な大差を導かないで平均化し、広い意味の「幸福」の基盤を提供しているのかもしれない。もちろん、そんなことはない、という意志の強固な方もいるだろうし、そうかもしれないが…と認めていただいたうえで、そういう状況を踏まえて自分は努力しているのだという方もいることだろう。ただ、自我というものが、観念的には同一であるはずの精神的な統制機構である脳を支配しつつ支配されてもいるということ、脳の中にはブラックボックス的なアヤシイものが存在していてそれが人間を束縛し、またある場合には奇跡をも導いてくれる、といったことに関しては漠然と同意してくださるのではないかと思う。自分の場合には、日常の不始末をこじつけるための言い訳かもしれないが…

2005年6月21日 (火)  物たちとの再会

物たちとの再会


 家を新しくして住み始めてから早5年以上。漸くここに至って大まかながら荷物の整理に見通しが出てきた。中にはいろいろなごたごたを引き摺って場所を転々と移動しているだけで、ダンボールに入れっ放しにされて数十年日の目を見なかったような半ば亡霊と化したかのようなものもある。もちろん、そんなものは自分に取ってみても懐かしさを覚えるようなものではないが、これが10年以内くらいのモノになると、あれ?、捨ててしまったと思ったらこんなところにあったのか。そうそう、昔使っていた、この鋏やエチケットブラシ、使い勝手がいいんだよなぁ…と懐かしい品々との再会の感慨に耽るなんてことになる。そして、なくなってしまったことを前提に新しい物を買っていたりすると申し訳なくなってくる。あるいは逆に、当たり前のように手許にあると思っていた物がダンボールの奥底から現れると、時間の感覚、記憶の不確かさに驚かされることにもなる。片付けを進めているうちに、何かお宝のようなもの、たとえば本の間に挟んだヘソクリのようなものと出会わないかという期待もないではないのだが、不思議なことに現金は殆んど出てこない(笑)。現金は現金として綺麗さっぱりと蒸発している。色褪せた古い紙幣だの切手、はがきなら出てくるけれど、お宝というような類のものではない。

 何はともあれ再会を果たした懐かしい物を手にして、使い心地や触り心地を楽しんでいると、当時の家族の様子や家の匂い、買っていた犬の濡れた瞳などの古い記憶も甦ってくる。下手にアルバムを覗くよりその輪郭はビビッドである。かくして、片付けがまた一向に進まなくなるという次第である。

2005年6月20日 (月)  にくこた接近

にくこた接近


 普段違うフロアで過ごすことの多い小太郎だが、母が旅行でいないということもあって淋しくなるのだろう。自分とニッキのいる仕事場のドアの前までやって来て、仲間にに入れてくれと言うように「うぅ」と声を出す。作業を中断して小太郎を入れてやると、最初は入れてもらったことに満足するように、ニッキの近くに行って抱き付いたり寝転んだりしているが、暫くするとニッキから少し離れたところに移ってから自分の顔を見上げて「うるるー」と鳴いて首を傾げ、「もう帰る」と主張する。

 ネコというのは自分勝手なヤツだと思うが、もしかすると非常に情が細かくて、母はどうしたのだ、どこに行ったのだとそれを確かめに来たのかもしれない。一人でいたい時、皆と一緒にいたい時、場合に応じていろんな気持ちになるのがネコらしい。そういう気まぐれというか繊細さの面では犬よりも人間に近いかもしれない。食事を催促するときの態度、トイレを何とかしてくれ(砂を替えて欲しい)という時の鳴き声、ネコの言葉を習ったわけでもないのに不思議と気持ちや意味が伝わってくるようになった。ネコだけを飼っていてはわからない、気付かないことがニッキと比べてみて特徴付けられるのではないかとも思う。

2005年6月19日 (日)  ロマンスカーに乗って

ロマンスカーに乗って


 授業後新橋の中華料理屋に出て、懐かしい顔ぶれの先生達と飲む。85分×4コマの授業で疲弊していたので、新宿まではロマンスカーに乗っていくことにした。今は券売機で希望座席の指定もできる。運良く展望席が取れた。ゆるやかながら遠くまで見通せるレールは思いの外起伏に富み、もう少しスピードが上がればジェットコースターのようにも思えることだろう。途中の複々線区間では並走する電車を追い越すシーンがあり、年甲斐もなく興奮してしまった。3分遅れで町田を出た「はこね40号」は新宿駅に定刻に到着した。福知山線の事故が記憶に新しいのにも関わらず、このロマンスカーの展望車両については全く不安を感じない。1時間ほど遅れて新橋の会場に到着。近頃あまり顔を合わせない先生方と挨拶を交わし、授業の話、教室の話に昔の思い出を重ねながら楽しい時を過ごした。1次会の散会後、2次会の会場で今月末の研修会についての打ち合わせを行い、先生方と別れる。飲んでいる場所が新橋であることを不覚にも忘れ(いや、頭のどこかではたしかに覚えていたのだが…)、終電を逃してしまった。夜1度弟がニッキと小太郎の世話に顔を出しているはずであっても、やっぱりニッキに会うまでの帰途は不安であった。

2005年6月18日 (土)  忙しない1日

忙しない1日


 午前から午後にかけての3コマの総合講座を終え、ニッキの排泄のためにいったん家に戻る。常勤の教室が町田になったため90分の中空き時間があったとしても、教室から家に戻ってニッキに挨拶し、汗を吸った下着を替えてから再び教室へ戻るだけでパンパンである。5分前に教室に到着。そして夕方から再び3コマのレギュラー授業。忙しない1日だったけれど、ニッキが無事に過ごしているのを確認すれば沸々と力が湧いてくる。元気で働ける幸せを思う。

 明日もまた昼から夜まで、6年生向け特別講座が2クラス分待っている。2月からの自分の担当する全4回の日程のうち最終回となる。早いものだ。これが終わればそしてその後は新橋まで出てベテランの先生方との親睦会。解放感のあまり調子に乗って飲みすぎたりバテたりしないようにしなければ…。酒も飯も腹8分目といたしたい。

2005年6月17日 (金)  犬番ネコ番

犬番ネコ番


 母が1週間ほど旅行をするため小太郎と外ネコ千鳥の食事番、掃除番も引き受けなければならない。ニッキにいつものように食事を与えていたら淋しそうに小太郎がやって来た。オイラもいるってこと忘れないでニャとでも言うように「うぅ…」と鳴いた。もちろん手抜かりはないつもりだけれどヤツからみれば少々頼りなく見えるのだろう。いつもよりも妙に自分の近くで甘えて機嫌を伺っている。周囲の状況の微妙な変化を機敏に察知できるのはさすがにネコの持つ特性だろう。ニッキはといえば、いつものようにもっとも楽な昼寝の姿勢の探求に余念がない。

2005年6月16日 (木)  お湿り

お湿り


 体が臭い。臭いの元は生乾きの衣服のようだ。「憂鬱で不快な香り」を調合するならばこれがピッタリだろう。ファーブリースのような洗濯物に使う脱臭剤もあるけれど、やっぱり天日でパリッと乾いた香ばしさが恋しい。ニッキは今は洗い立てでシャボンの良い香りがする。そして湿った犬臭さも幸せを感じる匂いではある。だけど、やっぱり太陽を一杯に吸収したお日様の匂いを纏うのがニッキには一番似つかわしい香りに思える。

 昨日からワイシャツを半袖にしたがジャケットに素肌が引っ付いて却って不快だった。そこへ持って来てエアコンの冷気。頭の根っこの辺りがイライラした信号を出している。授業が引けてすぐに飛び込んだ質問で、テキストを教室にうっかり忘れてしまった。自分の不注意も皆、梅雨のせいにしてしまえ。

2005年6月15日 (水)  素敵な水盆

素敵な水盆


           あげないよ

 ニッキの通うトリミングサロン「FootStamp」さんから常連さん向けの素敵な記念品をいただいた。特注して作っていただいた「楓透紋様肉桂文字入折返把手付瀬戸焼水盆(古美術風に)」。これで蓋があったら、我々人間が横取りして水炊きだの湯豆腐だのの鍋として使うことに決めていただろう。それだけ魅力的な装いの陶器である。

 最初はそのボリュームから、メインのフード皿として使おうと考えたが、フードを入れてしまうとせっかくの紋様が見えなくなってしまう。そこで夏なお涼しい水盆として使うことにした。多少大きくもあるが、屋上の金ダライよりは小さいし、外ではバケツが水桶代わりなので大き過ぎるというほどのこともない。3ヶ所ある水場はどこも満水にしておいてやりたい。涼しげな藍の見透せる水面に波紋を立ててピッチャピッチャと美味しそうに水を飲む。見ている側も幸せになれる。真夏は氷を入れてやろう。FootStampさん、ありがとう!

2005年6月14日 (火)  不思議なお友だち



 横山公園までの散歩の帰りに出会った珍しいお友だち。カレー屋さんの看板「豚」のトントンちゃん。ニッキ、自分とちょいと種類の違う四つ足としてネコの小太郎は知っているものの、匂いも違うし、何だか格好も違うよ…と出会った当初はニッキも???



 ところがトントン君、とってもフレンドリーなブタさんで、犬同士の挨拶よろしく鼻をくっつけてクンクンクン。そのうちに、散歩通りの新しい友だちとなることができた。ここのカレー屋さんから漂ってくるスパイシーな香りがまたたまらない。今度、ニッキをクッキーさんに預けて(よろしくお願いします)カレーを味わってこようと思う。

2005年6月13日 (月)  元気に学び遊ぶ

元気に学び遊ぶ


 ニッキの前期しつけ教室の最終日。先生はいつもの相棒、アラスカンマラミュートのイチ君でなく、預かりのラブラドルレトリバー、ロゼ君を連れてきた。すぐに挨拶をして打ち解ける。今日は城山湖周縁のハイキングコースをノーリードにて脚側歩行。そしてその中に「マテ」「フセ」「コイ」を組み込んだトレーニング。気温は結構上がったが、目の前をチラチラ飛び回る大量発生した羽虫の存在を除けば森の中は涼しく快適である。ニッキは咳も止まり、全力で駈けても息切れしない。正午過ぎに、王国に向けて針路を取る。

 13時少し過ぎに王国駐車場に到着。王国のインストラクター犬と共に、タブの娘ルーファスちゃん、友サモらいむ君、柴MIXのさくらちゃんと楽しく遊ぶ。タマツキ♂のらいむ君との関係が少々心配だったが、お互いに前回高尾山を登った時のことを覚えていてくれたようで、ガウガウにならずに別のメスっ子を追いかけていた(笑)。いつものように百友坊を巡って友犬たちのご機嫌を伺い、15時過ぎに、ドッグラン利用の外来犬に開放なった「じゃぶじゃぶ池」へ。機械モノを体から外し、胴長を着てニッキを泳がせようとするも、泳ぐというよりは激しく水面を叩きながら溺れているという方が近く、ニッキにとっては初泳ぎは災難だったようだ。これに対して黒ラブのルーファスちゃんは、すでに何度も泳いだことがあるような見事な泳ぎっぷり、らいむ君も泳ぐのが大好き、というほどではないにしてもまあ泳げることは泳げるよ、といったなかなかの泳ぎ達者。そのくせ、プールサイドに上がったニッキはサモ(※さも)泳ぎを満喫したような見事なポーズを決めていた。暑くても、水に飛び込めば真夏のドッグランもオツかもしれない。夜間ドッグラン、というのもいい。サモエドにとって夏も楽しい季節になるのならば最高ではないか。

2005年6月12日 (日)  うんざりしつつ前へ!

うんざりしつつ前へ!


 中途半端になっている大納戸の整理を断続的に行う。古い資料は思い切って捨てる気持ちで臨んでも、祖父や曽祖父の苦労が偲ばれるような文書はなかなかに捨てがたい。

 昭和40年代に資金繰りが苦しくなって解散してしまった曽祖父の作った学校はまさに自分が生まれた頃に、瀕死の状態であった。生徒数激減によって授業料収入が減り、学校の敷地を切り売りせねばならなくなった時の理事会の議事録などを読むと心が痛む。祖父は遊び人で、学校経営のことなど全く関心がなかったから潰れてしまったんだというのが周囲の、そして家族の評価だったが、実際のところ曽祖父が亡くなり、祖父が学校を受け継ぐ以前からすでに困難な問題は内包していたようである。古いパラフィン紙のような文書や青焼きのような図面を仕分けしながら、文面から様々なことが推察される。都の学事家の掌を返したような冷たい対応、貸金返済を迫る数通の訴状、顧問の文部大臣が秘書を理事に送り込もうとする魂胆、法外な退職金を要求するかつての同輩達…。ちょうど新校舎を建てたために負債も極大化し、生徒たちの家には授業料値上げのお願いを曽祖父名で発信している。官費留学生として颯爽としていた曽祖父の輝きはその文面からは伺えない。

 自分が若かった時は、なぜ無為に学校を潰しやがったんだという憤りもないではなかったが、今思えばそんなものが跡形もなく消えていて本当に良かったと思う。多くの債権者に罵倒され、週刊誌に醜聞記事まで掲載され、そして親族家族の者にも天下一の大馬鹿者だと思われていた祖父であったが、こうやって黴臭い文書を丁寧に捲っていくと、如何ともしがたい大きな流れに歯を食いしばって黙って堪えていた祖父の強靭な精神を感じることもできる。今残っている文書は、世間的には全く価値のない古紙の山に過ぎない。だが、祖父の残した様々な思いの詰まった文書を、時を経て孫が、祖父の思いをなぞりながら処分している。穏やかな人生に感謝しつつ…。

2005年6月11日 (土)  乗り切れました

乗り切れました


 町田にて10時50分から15時までの総合講座をこなした後、16時30分から20時25分までのレギュラー授業。前半の総合講座は普段担当していない他科目の解説も盛り込まれているので、本部からファクスで送ってもらった資料を元に、早めに教室に入って頭の中で何度もリハーサルを行った。風邪っ気がまだまだ抜けず辛いところだけれど、適度な緊張感が却って救いになるものだ。

 登山家がダイビングをするような覚束ない感じで授業に突入。平面図形の問題では、バカ丁寧な手数を踏んだ証明が子ども達に笑われたが、わかりやすいと言われて悪い気はしなかった。ただ、こと算数に関しては子ども達のセンスは自分よりずっと良い。もっとスマートな解法を考えた子に前に出てもらって解説をしてもらった。大したものだ。まあ、考えてみれば国語で大人の読むような文章を平然と読みこなしている連中なのだから、他科目の能力が相当高いのは当然なのかもしれないが…。国語以外の科目も自分なりに全力で解説を施しながらも講座の根底にあるものをどのように伝えようかと四苦八苦。国語を担当している時のような洒落っ気の一つも出せないもどかしさで前半戦終了後は汗でびっしょり。

 教室にシャワーでもあればひと汗流したいところ。後半の授業までの合間に風邪薬を買って飲み、ビルの1階にある富士そばでねぎ冷やしの大盛りを掻き込む。この際、出せるだけ汗を出してしまおうという作戦。これが効を奏したのかどうかわからないが、帰りの横浜線の車中では気分が爽快だった。ニッキのお世話は、昼は弟が夜は母が担当してくれていた。稀にクシャミをすることはあるものの、病的な感じのものではなくなった(イビキのような感じに近いか)。明日にはどうかクシャミが完全に止まりますように。ニッキがいてくれるから自分もこれだけ頑張れるのだ。

2005年6月10日 (金)  風邪を引きました

 深酒をした次の日のように後頭部が痛かった。二日酔いではない以上明らかに風邪の症状だ。とりあえず1時間寝よう。まだダメだ。よし、あと1時間…と体調の回復を待ったがこの日はずっと熱とだるさと頭痛に悩まされた。救いは喉が痛くないことと咳が出ないこと。ニッキの風邪をあなたが引き受けたんじゃないかと軽口を叩かれもしたが、それがもしできるのならば喜んでそうしただろう。だが、これはニッキのせいではなく、単純に自分の油断だと思う。大納戸での作業中、急に睡魔に襲われて俄かごしらえの作業用座椅子に体を預けて1時間ほどうとうとしてしまったのが原因だろう。風邪というものは少々の時間差で来るのでもしかするともう少し前の不養生が祟ったのかもしれないが、常時風邪の心配ばかりしているわけにも行くまい。戦前からある俗信に、熱を出すことで雑菌が死んで体内が浄化されるといったものがあるが、まともに医学を修めた者からすれば荒唐無稽な蛮説だろう。だが、実際に熱を出してそれがすうっと引くと確かに感覚が明澄になったようにも思えるのである。そして何よりも熱を出し、頭痛に苛まされることで健康のありがたさを実感する。この効果については誰も異議を挟みはしないだろう。もっとも喉もと過ぎれば…となるのもまた例であるけれど。

2005年6月9日 (木)  5年という時間

5年という時間


 ニッキは現在5歳とおよそ4ヶ月。ニッキとともに過ごした時間はかけがえのないものだが、過ぎ去った時間の何と早いこと。人間ならば現在おじさんの人は5年前もおじさんであっただけのことだが、現在の中学3年生は5年前、小学4年生だった計算になるから驚きである。

 物理学の理論などを論ずるまでもなく、時間というのは本質的に相対的なものではないか。考えてみれば時間について、それをどう感じるかという観点から見る場合と、客観的にどれだけの時間が経過したのかという観点で論じられる場合があるけれど、前者の場合、それはあくまでも受け取る側の感受性や精神構造の問題に帰することができるのだから、その点をわざわざ指摘するには及ばないことかもしれない。だが、どちらの観点から考えているのか、二種類の時間概念を知らず知らずに混用しているうちに、暦としての時間と、時間間隔についての裂け目にふと気付き、ハッとするのであろう。若かった時分にはこの両者のズレを意識することは殆んどなかったけれど、近頃頓にこの感覚に驚くことが多くなった。これは日々全力を尽くせ、愛する者との時間を濃密にせよという加齢に伴って起動するプログラムなのかもしれない。古来の時に関する格言は老いと無関係に生じたとは思えない。

2005年6月8日 (水)  キリ番は…

キリ番は…


 本日めでたく、壱伍壱伍壱伍(わんこわんこわんこ)のキリ番を踏んだのはゆるりんさん&げんさんでした。おめでとうございます。あと、恒例の前後賞は壱伍壱伍壱四を踏んだはっさくさん&らいむ君でした。

 おめでとうございました! 近々ええもんが送り付けられます。

2005年6月7日 (火)  ニッキ、落ち着きました

ニッキ、落ち着きました


 昨日の日記を読んでくださった方からニッキのためにたくさんのお見舞いメールをいただいた。お蔭さまで今日は午後になってから殆んど空咳もなく落ち着いて過ごしている。健康でいてくれることのどんなにありがたいことか…。


※ニッキへのお気遣い、ありがとうございました。

2005年6月6日 (月)  リズムを整えるために時間を使う

リズムを整えるために時間を使う


 昨日の撮影で緊張したわけでもないとは思うが、昨夜から朝にかけてニッキに頻繁な過呼吸(いわゆる逆くしゃみ)の症状があり、気になった。フーガフーガとやるたびに背中を摩ったり外気に当たらせたりしてやれば30秒ほどで落ち着くのだが、3時間置きくらいに発作がある。非常に心配なので朝のうちに病院まで行ってきた心音や気管を調べた先生から、とくに心配は要らないでしょうとの診断をいただいてホッとして家に戻った。何もなければ、渓谷か海にでも行こうかなと思ったが、大事を取って完全休養とした。お見舞いとしてバナナやメロンでも食わせてやりたいとは思うが、やってもどうせ食べないのでヨーグルトをたっぷりと与えていつものようにへそ天でゴロ寝をさせた。

 ニッキが休んでいるからといってこっちも休んでしまっては時間が勿体ない。買い物にと立ち寄ったコンビニのくじ引きでビールのロング缶が当たったので、シャワーを浴びてからそれで喉を潤して気合いを入れ、なかなか細かい作業まで手が届かないでいる大納戸の整理作業に手を付けた。故人となった者の伝票や控え、大学ノートの始めの方だけに書き付けられた数字の羅列。曽祖父の葬儀の際の会葬御礼など、今生きている人間には殆んど意味を失ったものは思い切って処分することと決めた。たしかに、一度捨ててしまえばもうそれを取り戻すことはできないのだけれど、旧き物の呪縛によって未来への前進が阻まれてしまうということ以上に、実際にはそんなものをある種の感慨を持って眺めることのできる時間など来ようはずのないことが次第にわかってきたからだ。

 戦前のものと思われる原稿用紙、ずっしりと持ち重りのする精密なレンズ、知らない人間達の載っている分厚い名簿…、もう要らない。なまじ家の中にあるから何らかの関わりを感じるのであってこれを外に持ち出し、白日の下に曝せばそれらはただの不用品となってくれよう。だが…、それは頭ではわかっているんだけれど、学校の25mプールにも及ばないような建物の中にとにかく人間の臭いの染み付いたたくさんの物が犇き溢れている。日本の妖怪話にあるように、これらがやがて心を持ち魑魅魍魎の類となるといったことも否定しがたいようにさえ思う。そう、今自分はそうやって妖怪の卵を退治しているのに違いない。助っ人に小太郎が来てくれたのが嬉しかった。

2005年6月5日 (日)  収録

収録


 普段からお世話になっている知人から誘いを受け、地域住民参加型の番組収録に近くの公園まで出かけてきた。NHKが地区の自治会と協力して様々な問題を解決する番組とのことである。もっとも自分は自治会のメンバーとして参加したのではなく、今回収録分のテーマである「人と犬との付き合い方」という内容に沿って、近所の犬飼いさんとして顔を出させてもらうこととなったわけだが…。

 ディレクターさんの話を掻い摘んでしまえば、まだまだ日本では、とりわけ都市部では犬と人との関係はまだまだ熟していない。そこで、犬を連れた飼い主さん同士の、そして飼い主さんと犬を連れていない方との円滑なコミュニケーションを図るべく、犬に対してどのような接し方をするのが良いのかということを、大学で犬と人間の関係を研究しているインストラクターの方が実際の体験を通じて理解してもらう、というのが趣旨ということになるらしい。

 犬を連れてきた方々との雑談や簡単な自己紹介を終えると、同じ自治会の小学生たちが公園に参集し、さっそく犬と人との触れ合いを体験してもらうこととなった。ここでのポイントは、子ども達と犬の直接の触れ合いということよりも、子ども達と飼い主さんとのコミュニケーションということにあるだろう。子ども達はまず飼い主さんとしっかりと挨拶を交わし、許可を受け、その子の特性や注意事項をしっかりと聞かされてから犬を脅かさないように手の甲の匂いをかがせ、ゆっくりと撫で始める(いつも行く王国でIさんの説かれている犬との友だちになる方法と基本は同じである)。自分もニッキを仲立ちに、子ども達と楽しく接することができた。ひとたび犬との接し方を理解すれば、もう余計な注意は要らない。ニッキの機嫌や息遣い、様子を伺いながらある子は尻尾の付け根を優しく撫で、ある子はゆっくりと抱きついて顔をわき腹に埋める。優しさは子ども達の先天的な素質だということが確認できる。

 3時間弱の収録時間はあっという間に過ぎた。犬は確実に消失しかけた都市の人間関係を再構築する仲立ちをしてくれると思う。犬が好きになれば人も好きになる。人が好きになれば犬も好きになる。この企画を打ち出したNHKのSさん、そして協力されたM川さんに敬意を表したい。なお、放送は6月23日の予定である。

2005年6月4日 (土)  ネタのないのは平和な証拠

ネタのないのは平和な証拠


 「サモエド共和国」の公式記録たるにきにき日記としては、まずニッキ大統領の1日の記述を以って第一義とすべきだが、近頃は夜更かしに付き合ってくれず、午前1時頃には仕事部屋を出て寝所に籠ってしまう。昼間だとてぇへんだてぇへんだと意味もなく走り回る下役の小太郎はこの時間近くにはいないし、通りすがることはあってもガードが固く、ディープスロートなんぞにはなってくれない。愈々困ったら天候のことでもいいのだが、今日の雷雨のことを書こうにも、ついこないだ地震のことを書いたばかりだし、気象庁じゃああるまいに、雷雨のことをそうそう詳しく書いても仕方がない。無意味なことを書くと筆が鈍る。そうそう、去年の日記を振り返る…、日々日記を付けたことの報奨ではあろうが、これはもう2度くらい使ってしまったし、他のサモ友サイトでも過去の日記ネタは見かけたような気がする。真似っ子コ○キなどと後ろ指差されるのは蒙御免。ここで論じるような事件ネタというのも新聞社配信のミニニュースに言いがかりを付けるかお茶を濁すような意見に終わっては申し訳ないという遠慮が働く。授業以外ではたいしたことないのね、という馬脚は見せたくないというのも本音。近所のディスカウントストアの一部閉館は語っているうちに憂鬱になってくるし、自分のことを書こうにもニュース性に乏しいことでは天下一品。昨日USBポートの不調でPCを何度も立ち上げ直して難儀しました、これからは気をつけようと思います…といったつまらぬ苦労話じゃ他のサイトにジャンプするまでの間すら持たない。

 さて、ではここらで本題と、噺家よろしく話し継げるならば今までの話も立派に枕になろうってものだけど、過労で精神を病んでしまうのも無分別。今日のところは体を厭うて百花繚乱のサモエドブログでも見て寝るのが賢明ということで、御免なさいよ。それでは皆様お休みなさい。

2005年6月3日 (金)  渋谷へ

渋谷へ


 午前中に家を出て渋谷で2時間ほどの会議。他の先生方はレギュラーの授業で三々五々散っていったが、金曜日は半分遊軍みたいなもんなので、暇である。近所のサモ友のお宅を昼下がりから訪問するわけにも行くまいし(そうすればしこたま飲んでサモエド君とゴロゴロ戯れてとんでもない時間に帰ることになるのは目に見えているし…)、一度家に戻ってから車を出すには遅すぎる。で、結局真っ直ぐに帰宅して近所の「揚州商人」で冷やし坦々麺を食べた。やはり同じブロックの静岡の山系ラーメン「大山」も狙っていたのだが、こちらは準備中だった。それにしても電車の連絡が良ければ相模原から渋谷までドアトゥドアで1時間20分。電車に乗りながら東京の街並みを眺めてみると意外に緑が多く、閑静そうな住宅が多い。都心の高台に一軒家を構えたら大変な金額になるんだろうが、せめて小洒落た公園や緑地、河原なんぞにニッキと出て行ってもいいなと思った。また、人間だけで買い物をするにしても下手に横浜やみなとみらい辺りに出張るより、渋谷や新宿に出て用を足して帰る方が楽な気もする。

2005年6月2日 (木)  ぜんぜんちがうじゃん…

           「現」千鳥

           「初代」千鳥




 今日は母は旧友と温泉へ。したがって外ネコ千鳥の世話は自分がすることになる。今更言うのも何だが、ちょっと前に千鳥の資料をまとめるために画像フォルダから千鳥の写真を探していて重大な事実に気が付いた。

 現在ちょくちょく我が家に食事をねだりにきているネコは千鳥じゃない!ということに。そう、最初に千鳥と名付けたネコは首輪をしており、もっと色気を漂わせ、というかかわいいふっくらした顔付きであった。そして暫くの間姿を見せず、ある日ひょっこりと現れたのが今の「新」千鳥ということになる。それが、たまたま色の具合が似ていたこともあり、表情が険しくなってヨダレが出ていたのも、きっとどこかで顔でも殴られて人間不信になったのだろう…と勝手に決め付けて前の千鳥が戻ってきたものだと思っていた。自分も母も…。人間の記憶とは曖昧でおめでたいものである。

 だが、写真を見比べてみれば顔の模様も体の大きさも全く異なる。初代千鳥も決して綺麗ではなかったが、現千鳥は一度丸洗いしてやりたいと思うほど汚れている。体つきもヘビみたいに細長い。そう、初代の千鳥はかわいい顔をしているからきっとメスに違いないと思っていたら、股の間に立派なものをプラプラさせていた。ある日、ドアの隙間から身をすり抜けた小太郎はフギャーといいながらその子に飛びかかっていった。今度の千鳥は表情こそ険しいが、窓の近くで小太郎が甘い囁き声で切なく喉を鳴らしている。あの子が来たからご飯をあげてよと小太郎が母に報せに来るのも(正確にはネコ語を解さないが、おそらくそんなこところだと思う)、女の子だからなのかもしれない。もうこうなってくると何が何だかわからない。ネコに化かされ続けても1匹様限りということでネコ食堂は続けさせてもらうけれど。

2005年6月1日 (水)  地震

地震


 授業終了間際、ぐらりとビルが揺れた。いつ来るとも判らない大地震のことが頭にあるので正直たじろいだが、子どものいる前ではどっしりと構えていなければ不安を与えてしまう。子ども達の作業を見守りながら椅子に座って腕を組んでいた。もし、揺れが強くなるようであれば机の下に潜るよう指示を出すつもりで…。後から知ったのだが、震源は東京湾沿岸とかなり近かったようだ。ただし、子ども達の大半はその当座、地震が来たことすら気付かなかったようである。いったい自分の痩せ我慢は何だったのか(笑)。