2005年7月31日 (日)  7月終了!

7月終了!


 今日は午前中は体を休めつつのんびりと過ごし、昼過ぎから母の新しいPCのセットアップに時間を費やす。他人のPCは設定がまるっきり違うのでデータや環境の移行が厄介だ。マイクロソフトの提供する移行ツールも受け取り側で読み込みエラーとなってしまい、この手のツールへの不信感は強まるばかり。メーラーのアカウントを設定しようとしたところ、母がパスワードを忘れてしまったというので(その場の語呂合わせで決めるからこういうことになるのだ)、作業をペンディングにしなければならないところも出てくる。一応テレビの視聴とネットへの接続まで環境を整えてから夜遅くになって時間が持てた。ネットを巡回し、メールの返信を書いているうちに、早いもので7月も終わってしまった。なのに、夏期講習の出講表を見るとまだ終わった分の2倍以上の授業が待っている。7月でも8月でもない夏がまだ延々と続くような気がする。

2005年7月30日 (土)  ありがてぇ

ありがてぇ


 昨日に引き続き、今日出講の教室でもお昼に立派な鰻重が出された。一昨日責任者から連絡を受けていたので、朝も昼も抜いて仕事に出る。教室に出向き、ウナギを食ってその後1コマ仕事してその後の3時間ほどは教室待機となる効率の悪い出講割で、さらに初っ端の授業において、自分の受け取った出講表と教室の授業時間割が食い違うという事務手続のミスによって多少の混乱は生じたけれど(何よりも子どもが迷惑を受ける)、鰻重を食わせてもらってはあまり腹を立てることもできない。夏はやっぱりウナギだと思う。

2005年7月29日 (金)  暑気払い

暑気払い


 今日は仕事の後、教室スタッフ・講師の方々と軽く暑気払い。鰻重に鰻肝を食べ食べ、教室秘蔵の日本酒を飲みながら子ども達のことをあれこれと話すのは楽しい。

 一昔前は、こういった風景はどこの教室にも見られたのだが、近頃はめっきり少なくなった。事実の認識を共有するだけのコミュニケーションも大切だけれど、水面下の、こういった心の通ったコミュニケーションがあってこそ、連絡も密に、迅速になされるのではなかろうか。一緒に飯を食い、酒を飲む。良き仕事のための実質的な条件だと思う。

2005年7月28日 (木)  夏の王国

夏の王国


 講習の中休みとなる1日。ニッキを伴い、久々に動物王国を訪れる。東京ムツゴロウ王国が開国してちょうど1年になる記念すべき日。夏場は午前中のドッグラン・プチは休止、そして午後の部も今日は「ちっちゃいものくらぶ」のオフ会貸切のためニッキにはレストハウスで留守番をお願いする。ドッグラン・プチの利用者の集合時間前に排泄のために少し遊ばせ、ライフジャケットの試着をさせてもらう。次回はじゃぶじゃぶ池で泳ぐニッキの雄姿を見たいものである。レストハウスの利用犬はこの日ニッキだけだったこともあり、エアコン完備の8畳くらいの十分なスペースは快適だったはずだが、それでもやっぱり他の犬と一緒に遊ぶことがヤツにとっては一番の幸せ、楽しみのようで、早くドッグランに連れてってよーと訴えるような声を聞くのが少々つらかった。



 いつものように百友坊のゲートをくぐり、昼寝中のオビ、ブラン、アラルに挨拶。オビは普段鋭い目をしているけれど、近くに来て顔を舐めてくれるときには何とも柔らかい表情になる。それからまだ冬毛のコートを纏ったチロルに暑中見舞いを代表して受け取ってもらい、自分のことをしっかり記憶してくれていたチャチャやゴン吉の柴犬たちと戯れる。ダーチャの子、サクラとミドリ(仮称?)もぬいぐるみのように愛くるしい。

 ニッキの留守番が気になり、2時間ほどで王国を後にした。夏場はドッグランのナイターも設定しているとのこと。チャンスがあれば利用してみたい。夜のサモエドはなかなか艶やかなのである。

 

2005年7月27日 (水)  暴風去りて猛暑来たりぬ

暴風去りて猛暑来たりぬ


 台風一過の朝の清々しさと引き換えに、昼前から灼熱の太陽の直射攻撃に曝された。駅で電車を待つ数分の間の暑さにすら辟易した。この強烈な暑さと相俟って夏期の仕事の疲れが少しずつ溜まってきたのか、考えていることが滑らかに言葉にならない。休み時間はわずかの間も休息に充てた。

2005年7月26日 (火)  もう大丈夫かな…

もう大丈夫かな…


 現在午後11時を少し回ったところ。雨も風も殆んどない状況で、台風7号はすでに房総方面に抜けたとのこと。

 今日は午後の授業1コマだけで授業打ち切りとなった。結果としては頑張ってやっても差し支えなかったということにもなるのだろうが、授業を強行して万が一被害が出てしまったら大変なことになる。こういった空振りは歓迎したい。

2005年7月25日 (月)  台風防御

台風防御


 今日と明日は地元相模原の教室で仕事。行く時は晴れていたので自転車で出かけたが帰りは台風7号の先触れとなる雨に見舞われたので徒歩で戻ってきた。地震の次は休む間もなく台風か。

 着替えを済ませ、一息ついてから台風対策を実施。風通しのためにわずかに開けた窓から強い風が部屋に重く不穏に流れ込んでくる。室内および階段室の明かり窓は全て閉鎖。エアコンのみで室温を調整。屋上については重量のある竹垣でデッキや浴槽を覆うようにして暴風に備える。できればこの準備が空振りで済む結果となるように…。台風で授業がなくなれば、びしょ濡れにならずに家にいられる分、生徒も自分もその日は取り敢えず嬉しいが、長い目で見ればその分の不足や遅れを取り戻さなければならなくなるので、結局は良いこととは言えない。やっぱり無事が一番なのである。

2005年7月24日 (日)  一休み

一休み


 午前中に夏期中盤までの予習を進めてから溜まった家の雑務を処理し、その後はうだうだ過ごした。眠くなれば寝てしまうのだが、普段のリズムがそれを許してくれない。無理して横になっても疲れが取れるものでもない。かといって夏真っ盛りの行楽地に渋滞覚悟で出かけていくだけの気概もない。そんな場合には軽作業の癒しが効く。雑巾で磨き上げたフローリングに横になってニッキと戯れてみたり、屋上の床の洗浄や露天風呂の水の張替えをしてみたりと体を動かす軽作業を取り入れてみた。家はきれいになる、気持ちは軽くなるで一石二鳥である。さて、明日は地元の教室。頑張ろう。台風7号が近付いているようだが大きな被害がありませんように。

2005年7月23日 (土)  来たか!来たんだね、大地震

来たか!来たんだね、大地震


 ちょうど授業の合間の15分休みだった。大きな縦揺れが教室の入っているビルを揺さぶった。ついに来るべきものが…と覚悟したほどの規模ではなくそこそこの揺れで治まってくれたが、いやはや心臓に良くない。ただ、この間の町田教室スタッフの連携はなかなかに見事で職員への非常出口の開放、生徒への的確な指示、安否を訊ねる電話への合理的な応対などを責任者が敏活に処理していた。天災の中では発生時期が全く予測できず、最も恐怖感を煽る地震。目の前に子ども達がいれば自分自身の身の回りの安全確保だけでは済まされない。当為としてだけではなく、自然に心と体がそのように反応するようにしておきたい。

 次の授業に入って、「やっぱりあれくらいの地震だと怖いけれど皆でこうやっていると恐怖は薄れるね」ということを生徒が話していた。素直で、耳に快い感想だと思う。はしゃぎまくるような馬鹿者がいなかったことは当然として、生徒たちは強がったり、必要以上に怯えたりもせず、これまた冷静に机の下に潜って待機していた。地震は招かれざる客ではあったにせよ、お蔭でたくさんの安心材料を得ることができた。

2005年7月22日 (金)  しあわせ定食一丁あがり!

しあわせ定食一丁あがり!


 夏場は朝からの講習となることも多いため、食事は軽めにしている。夏バテしないようにスタミナを付けなければならないのは判っているんだけど、下手に満腹感があると授業がdullになってしまう。自分の中での気合い入れの問題もある。だから余程空腹でない限り、夏場は深夜に1食ということもある。

 しかるに、ニッキにはそんなことを付き合わせるわけにはいかない。夏場に体重が下がってしまうのは切ないので、できるだけ食欲の湧くメニューを工夫する。宮崎名産の冷し汁なんかができたらぜひ振舞ってやりたいのだが、腕も時間もないのでそうもいかない。そこであり難いのが例の、閉店間際の見切り品のお肉である。フードに糠の酵素と乾燥野菜を混ぜて、ガーリックイーストのサプリを散らし、そこに無調整の豆乳をひたひたに。そして、肉のトッピングである。自分が食べる気持ちになって作る。そして同時に気持ち栄養補給を済ましてしまう、というわけである。美味しい食事→ニッキ喜んでエヘラ顔になる→親ばか飼い主が喜ぶ→気合いを入れて働く→肉を買える…という幸福の連鎖が成り立つわけである。

2005年7月21日 (木)  秋の里帰り旅行

秋の里帰り旅行


 往路は米原JCTより北に向かい、敦賀から舞鶴を経て日本海側をひたすら西へ。山口をぐるりと廻って愛媛に渡り、山越えにて高知を目指す。帰路は高松より玉野に渡海。山陽・近畿を経て中央道にて戻る…。全行程は10日程度とする。北陸や九州も訪れたいのは山々だがそうするとどうしても無理が出てしまう。秋とはいえまだ暑さの残る時期だけにニッキのコンディションを考えると蛮勇は奮えない。尤も、北陸は北陸で、九州は九州で独立していずれ訪れたいと考えている。前回はあまりにも広大だったため十分に時間を充てることのできなかった山陰を主題にしようと思っている。さしづめ、「長門にっき」というところだろうか。怖いのは台風だが、前回の旅のようにどうしてもフェリーを使わなければ旅が成立しないというわけでもないので、その分は気持ちは楽である。ただし、四国山中はちょっとした雨でも十分に怖いところだと思うので気を付けたい(山中ならば神奈川でもコワイけれどね。ただ生活道路に平気で国道番号が付せられているところが怖いんだよ)。

 概ねそんなところをたたき台にシミュレーションに入って行こうと考えている。城とニッキ、ご当地富士山とニッキ、川とニッキといったアルバムを編集できるように画像も撮り貯めておきたい。コースの確定は大体8月下旬となる見込み。

2005年7月20日 (水)  満月

満月


 町田校での昼過ぎからの仕事が引けて、相模原駅のデッキから空を見上げたら素晴らしい満月が顔を出していた。家に戻ってから屋上で撮影したものの駅で見たときの優しさや温もりとはかけ離れた写真になってしまった。昼間の元気な太陽も素晴らしいけれど、夜疲れて家路を辿る者の心身をどれだけ元気付けてくれるものか。月の仄かな赤みを見ると、血の通った生き物のようにも見える。そして太陽以上にいろいろな記憶を換気させてくれるのもこの月の光のように思う。

2005年7月19日 (火)  夏期の準備

夏期の準備


 いよいよ明日から長丁場の夏期講習。今日はその準備に追われる1日となる、はずだった。だが、朝方から昼過ぎまでしつこい頭痛に悩まされ、午前中は布団の中で、昼を過ぎてからも半病人のように過ごし、漸く夜になって仕事に手を付けた。ひと段落して浸かった露天風呂からの景色が優しかった。

 トゥドゥリストを見るとまだまだやらなければならない項目が真っ赤になっているが、気ばかり急いても全く意味のないことは年の功として体に刻み込まれている。後は徐々に体調を整えてペースを作っていけるかだ。あわてず、ゆっくり、常に感謝の気持ちを持って前進して行こうと思う。

2005年7月18日 (月)  ずつずつ

ずつずつ


 梅雨が上がったとのこと。今日は非常に暑く、肉体面での消耗が激しい1日だった。家に戻ると本当は使ってはいけない脳みその領域を使ってしまったような感じの深い頭痛。ギンギン、ズンズンといったタイプのもの。取り敢えず今日はゆっくりと眠るつもり。

2005年7月17日 (日)  蒸し蒸し

蒸し蒸し


 蒸し暑さに体がべたべたしてキモチワルイ。シャキッとせねば…。この日結局数時間しか寝ることはなかったけれど、夜明けの風と光は心地良かった。精神的に追い詰められている状態であってもなお、自然は人を励ましてくれる。

2005年7月16日 (土)  ありがとう

ありがとう


 様々な後悔、自身への失望などが一緒になって、平静ならぬ気持ちで仕事に向かっている時、ニッキも付き合って近くにいてくれる。暗くて涼しい方へ行けばいいのに…。この寝顔を見ていると再び真っ直ぐな気持ちになれる。ありがとう

2005年7月15日 (金)  肝を冷やす

肝を冷やす


 洗濯機は朝から大活躍。一度干してあった下着やタオルももう一度洗いなおした。大納戸の休憩所にある座椅子やタオルケットも太陽の下に引きずり出し、湿気と共にへばり付いた陰気を掃った。

 ニッキも屋上に出してプラ舟で遊ばせる。興奮し過ぎて走り回り、手摺の基礎の擁壁のジャンプターンなどを披露してくれたので冷や汗を掻いた。結局プラ舟は安全のため防護柵の中に入れ、水浴びもそこでさせることにした。全く予想もしないことをやってくれる。

2005年7月14日 (木)  修羅シュシュシュ

修羅シュシュシュ


 日常生活において玉乗りをしながら皿を回せるようなの非凡な能力があれば良いのだが、残念ながら自分は見事なくらいの俗物である。逃げられない状況に至って初めて自分は自分以上の者ではないことを痛感する。そしていつだって、この道はいつか来た道…。懲りない人間である。自分に最も不足するもの、それは自分をもう少し信じてやる能力か…。

2005年7月13日 (水)  今日は露天日和

今日は露天日和


 雨も上がった。夜も蒸し暑くない。ニッキの排泄のついでに露天風呂に10分ほど浸かる。このところの長雨で蓋の隙間から入った天水でちょうど良い湯量と温度。星こそ見えなかったけれど極楽だった。ニッキも入浴の邪魔をすることなく竹垣の外で夜景を楽しんでいる。露天風呂開設からもうすぐ1年。近頃は突飛な物として目に映らず、良い具合に寂びてきた竹垣が好ましい。銅イオンのぬめり取りや竹炭の活性剤、ひばオイルなどで開業当初より随分とバージョンアップされている。それに加えて呼べばすぐ来てくれるところにニッキがいてくれる。別に背中を流してくれるわけでもないが、一緒に同じ時間、同じ場所にいることのできる、そんな満足感もある。



2005年7月12日 (火)  対応2態

対応2態


 時をほぼ同じくしてZ社とS社の除湿機に水漏れが発生した。この時期はフル回転とあって機械の中の人も大変だと思うけれど、故障してしまっては梅雨空に洗濯物も乾かせない。早速サポート宛てにメールを打った。以下はその対応である。

まずはS社。
「平素は幣社商品をご愛用賜り誠にありがとうございます。
お問い合わせ頂きました冷風除湿機(CV−P63CX)の問題にてご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ございません。タンクと反対側の脚部から水が漏れるとのことですが、排水タンクに割れなどはないでしょうか? ご確認頂いても同じ場合は、本体の不具合が考えられますが、冷風除湿機を拝見させて頂かないと詳しいことはわかりかねます。お手数ですが、ご購入のご販売店様又は、弊社サービス部門へ点検のご相談をして頂きますようお願い申し上げます。」

続いてZ社。
「この度は弊社商品をお買い求め頂きまして、誠にありがとうございます。早速ですが、お問合せの件についてご案内申し上げます。弊社除湿機におきまして、大変ご迷惑をお掛け致しまして、誠に申し訳ございません。床が水浸しになったとのことですが、敷物にシミを作ったりは致しませんでしたでしょうか。
 現品が手元にございませんので、確たるご案内はできませんが、タンクカバーをしっかりとはめて頂いていること、タンクを抜き取り本体の水が落ちてくる場所に異物がついていないかを再度ご確認頂けませんでしょうか。ご確認頂きまして、特に問題がないようでございましたら、お預かりをさせて頂きまして無償点検をさせて頂きたいと思いますのでご検討頂けますようお願い致します。」

 両社とも相応の対応をしてくれている。もちろん内規に基づいたマニュアルがあるのだろうが、どちらがより顧客のハートを掴むだろうか。クレーマー相手ならいざ知らず、一般の顧客というのも人間。大枚叩いて手に入れた機械が壊れれば文句の一つも言ってやりたくなる。が、Z社のメールは尖った気持ちをきれいに和らげてくれる。いや、そんなに恐縮しないでよ。何かあったらお願いするから…という健全な気持ちにしてくれる。文章の威力とはこんなところにもあるのではないか。

2005年7月11日 (月)  連絡会

連絡会


 本来は今日はお休みの日だけれど、正午より夏期講習と後期授業に関する連絡会に出席。会の時間だけでも正味3時間あるため、これに往復の時間その他諸々を合わせると5時間以上を占めてしまう。

 家に戻ってから郵便物の整理。金融機関や証券・保険会社の合併が相次ぐために「合併のお知らせ」が続々と届く。更新すべき書類はそんなにはないものの権利の失効があるといけないので結局全てに目を通すことになる。なんだかんだで時間が無為に経過する。

 夏期のスケジュールも希望以上に出講の割付が多い。このご時世に仕事が多くてぼやくのも罰当たりかもしれないが、時間の余裕がないと本当に良い仕事はできないものだ。ことに夏期から後期にかけては添削やノートチェックなど、授業以外に時間を充てることが多いし家の雑務もある。今日の連絡会の話では後期は一段と忙しくなりそうな感じだったが、労働はより良く生きるための手段でなければならない。精神が枯渇して余裕のない人間にならないためにも(生徒は講師に対して豊富な知識やキレよりも人間的な余裕や大らかさ、人物としての幅ないし味わい(ヘンなとこ)を求めているように思う。ぼんくらな自分が生徒に愛されているとすれば普段好き勝手やっているからだとさえ思う―以上独り言)後期は少し仕事を間引いてもらってニッキとゆっくり過ごせる時間を増やしてもらおう。

2005年7月10日 (日)  夏のフード

夏のフード


 暑くなってくるとニッキも食欲が落ちる。そこで、冷製メニューとしてフードに豆乳をかけ、シチュー用の牛の生肉を添えてやったところぺろりと平らげた。ただ、生肉を多めに与えると便が軟らかくなるので、フード10に対して1の割合だ。美味しそうに食べた後、ごちそうさん!という表情をしてくれるとこちらも嬉しい。冬でも夏でも理想の体重である26.0kgを維持できるようにしたい。自分はもう少し痩せていていいんだが…。

2005年7月9日 (土)  留守電ものがたり

留守電ものがたり


 自室の留守電にメッセージが1件。残すほどのメッセージであれば重要事項だろうとの推定が働くので、着替えも済ませずに再生してみると「申し訳ありません、しばらくお待ちください。申し訳ありません…」との無機質な女性の声によるエンドレスリフレイン(実際には容量の限界がありエンドレスということもないのだろうが、律儀に5回ほど聞いているうちにさすがに頭にきて途中で消去した)。人様の恨みを買うようなことはしていないはずだが、誰かが自分の名を騙って悪さをしているとすればこういう電話の洗礼を受けることもあるかもしれない。個人情報の保護が叫ばれるということは、裏を返せばそれだけ個人情報が粗雑に扱われてきたということであろう。一度流布した情報というものは、何らかの記憶ないし記録に残るわけだから、物質と同様な意味では「回収」できない。気持ちの悪い世の中になったものである。

 そういえば、以前、夜中の一定時刻になるとパソコン通信のような雑音が入れたばかりの留守番電話に「ぴーひょろろー」と入ってくることがあったが、あれも頭にきた。また、定時になると何かの案内のファクスがうねうねと10ページくらい吐き出されたこともある。ファクスについては連絡先がわかったので注意を喚起することができたが、非通知発信で出鱈目なメッセージが吹き込まれていたら今でも対処のしようがない。面白いものでは警察から「護送」の日時を告げる連絡が留守録に入ったこともある(家の代表電話はお役所風の局番であるためか。これは県警本部に注意をした)。集合時刻を知らされ「では、間違いなくお願いします」といかにもの濁声で言われたって困る。明らかな悪意の混入したイタズラ電話というものも腹立たしいものだが、不注意による機械の設定ミス、番号の掛け違えというのも困惑するものである。この人、知らせたつもりで間違えてるよ、困らないのかな…という相手を心配する気持ちも生じることもたまにはあるけれど、往々にして不快なドラマしか生み出さないのが間違い電話である。気を付けて欲しいものだ。

2005年7月8日 (金)  時よ、ちょっとだけとまれ

時よ、ちょっとだけとまれ


 だらけていればそれなりに長く感じる時間なのに、根を詰めると矢のように飛び去る。だらけているように見せかけて、その実集中して仕事をこなすなんて小技を使ってもやっぱり時間は欺けないんだろうな。ただ、何かに打ち込んでいて初めて時間の本質に向き合うことができる。冷酷なようでいて、天邪鬼な茶目っ気もあり、様々な傷を癒してくれる優しいところもある。そして、過ぎ去った時間を悔い、これから至る時間に思いを馳せることで人の心を磨いてもくれる。時間は生きている人間の上に平等に存在するけれど、それにどのように向き合うかで人の一生は決まっていくような気がする。マテ!のコマンドが時間に通じるとするならきっと自分はとてつもない怠け者になるだろう。

2005年7月7日 (木)  まあまあ活躍した日

まあまあ活躍した日


 午後一番に、相模原校の保護者会で話をしてから一度家に帰り、2時間ほどの時間を利用して仕事を進めておく。眠気の波状攻撃を受けるので、携帯のアラームを2段構えでセットし、カフェインの錠剤やフィルムを舐め舐め、目をかっと見開いて…。

 夕方、今度は同じ教室へと授業のために家を出る時を狙ったかのように折悪しく激しい雷雨。ガレージのところで3分ほど成り行きを見守ったが納まりそうもないので意を決して雨の中へ。途中やや小降りにはなったものの、左の肩をぐしょ濡れにしながら教室に到着。

 上着を脱ぎ、カバンの中の濡れかけたテキストを取り出してハンカチで水気を吸い取る。バタバタした待合スペースから教室に入ると半分は濡れ鼠でも不思議と落ち着いてくる。この数年、一緒に過ごしてきた、心知れたる子ども達と過ごす時間は楽しい。第2の家のようなものかもしれない。家族ではないが、少なくとも家族と他人の中間線以上の関係ではないかと思う。講習時などはここで過ごす時間の方が家にいる時間より長い子もいるのだから。

 この仕事をしていると良く言われることに、子どもが好きなんですねということがある。無論キライではない。けれども、子どもの持つ一般的な属性が全て好きなわけではない。限られた場での、教えるという行為を通してではあるが、そこに見出せる子どもの純粋さと凛々しさが好きなのである。周囲に甘え、厚かましく放縦に振舞うガキっぽさや幼さでなく、しっかりと目的意識を持って嫌なことにも立ち向かう心の姿に触れ合うことで初めて彼らのユーモアや悩みを理解できる土壌が整うのだと思う。異論はあろうが、無前提に子どもの自由を認めて、遠慮しいしい働きかけるような中からは何も生まれないだろう。何よりも一方が不快な状態を余儀なくされるようなシステムは不健全で長続きしない。もちろん、教え手が自分の価値判断を押し付けるなどということもあってはならない。自由な人間同士が年齢を超えて接することの意味をお互いが尊重しあわなければならない。子どもの個性とは完成した個性にあらず。これから柔軟にかつ強靭に伸び行く可能性を秘めた個性である。営利目的を持つ塾、営利には解消されない教育。このバランスを保ちつつより高いものを目指すところにこの仕事の難しさと遣り甲斐がある。

2005年7月6日 (水)  暑いでござるのぉ

暑いでござるのぉ


 近頃ハマっているのがアイスグリーンティ。宇治からメール便で取り寄せて飲んでいる。前は抹茶を立てて砂糖を入れて冷やしてから飲んでいたのだがやっぱり面倒くさい。市販のグリーンティで美味いものを、ということにした。嗜好品なので、値段のことはあんまり考えない。日本酒のお取り寄せとともに数少ない自分の贅沢の一つだ。

 あと、これからの暑さに向き合うためにも欠かせないのが氷菓「白くま」と冷やし中華だろう。「白くま」は取り敢えず、セブンイレブンのでっかいヤツ。冷やし中華は…、定番はないが、「揚州商人」の冷やし坦々麺がデフォルトになりつつある。そうでなければ「中華三昧」の自作。そう、冷やし中華と言えばかつて住んでいた菊名の「おがさや」という店のそれが絶品だった。自分の好みの胡麻ダレではなく、正統な酢醤油ダレだったんだけれど、クセになりそうなくらい美味かった。今もそのお店はあるが(ここの定食はうまいよ)、不思議なことに冷やし中華はごくありふれたものに成り下がってしまった。あの美味い冷やし中華に代わるだけの冷やしにはまだ出会えない。

 夏は暑さと付き合い、凌がなければならない。他に美味い鰻丼や贔屓筋のアイスクリームなんかについても機会があれば触れてみたいと思う。明日は地元の教室で保護者会。夏はいろいろな面でキツい。

2005年7月5日 (火)  やっと晴れたね

やっと晴れたね


 雨のありがたさ、晴れ間から覗く太陽のありがたさ。文字通りお天気屋の空がいろいろなことを教えてくれる。都市に住む者のグッドコンディションだけが良い天気とは言えないこと、鬱陶しい梅雨空もまた命を育むために望まれるべきものであることを。そしてまた地球が、大地が、少しずつ病んでいることも。四季のある日本のありがたさを。

2005年7月4日 (月)  秋の旅行

秋の旅行


        小太郎は見た!

 秋に入って、北陸のサモ友さんが東京に遊びに来られるという書き込みを見て、そろそろ自分たちも秋の旅行計画を立てなければと考えた。当然ニッキの希望も入れる。

 今年もまた里帰りを果たしたいとは思うけれど、途中の経路がマンネリ化してきた。ただ通過するだけでなくたとえば浜名湖に泊まったり、高山を経由するというような変則パターンもあるのだけれど、縁の薄い「北」を絡めたい。やはり北方犬種たるもの、西にばかり向かっていてはシベリヤのご先祖様に申し訳が立たない。@北関東まで一旦北上して日光から松本に出て伊那路を辿る、A関越道を利用して一挙に日本海に突き抜け丹波を経て播磨に入る、B今回は涙を飲んで北を諦め、山陰を経て鹿児島に到達する…。ちょっと考えるだけで楽しい旅程だが、まだまだタスクに追われる日々は続く。とまあ、まだまだふにゃふにゃの計画段階なので、ニッキの立ち寄りをご希望の方はお早めに〜。当方からのお土産にはもちろん「むきちょくちゃん」が入っています。

2005年7月3日 (日)  各駅停車散歩の旅

各駅停車散歩の旅


      美味しいカレーはいかがすかー

 定例の健康診断を受けフィラリアの薬を貰うため、いつもの自転車曳きにて午前中よこやまだい動物病院へ。サマーカットして短めに毛を刈り込んだシェルティちゃんや、ニッキに抱きついてくれたトイプードルの子、3つ子のクリーム色のミニチュアダックスなどと待合室で犬語会話を楽しんでいた。多少の待ち時間も全く飽きない。今日は雲が厚くそれほど気温が上がっていなかった。その代わり時折小雨が顔を軽く叩く。

 その後いつものようにクッキーさん前のケヤキで大小を出して、お店に入る。フードを求め、配達をお願いしてから横山公園のミドルコース(自分が勝手に決めている)を一周。そして、復路では新しい友豚、カレー屋さんのミニブタ「トントン君」と鼻合わせとツーショット撮影をしてから、フットスタンプさんでちょっとニッキを預かってもらって久々に「風と花」で塩ラーメンを食べる。横山公園を一周して戻るだけなら30分程度の行程なんだけれど、ニッキの散歩は各駅停車。これ以外にも呼びかけてもらったり、触らせてと頼まれればその都度臨時停車する。やらなければならないことに追われている割には時間を使ってしまったけれど、ニッキにしてみればこれでやっと散歩らしい散歩をしたことになるんだろう。秋になったらずっと一緒に遊びたいね。

2005年7月2日 (土)  がんばれよ!

がんばれよ!


 明日は、普段教室で教えている6年生の子たちの公開模擬試験。今日は授業の中で予行演習を取り入れてみたが、いつもの(というより、ついさっきまでの)賑やかな生徒達が良くもまあこれほどに、と驚くほどのすごい集中力だった。

 そして、問題を解き終わった後の振り返りの時間にもまた、彼らの質問の切り口、内容レベルも鋭くなったことを感じた。少し前ならば「これ、いい?」と何の基準もなく、場当たり的に自分の答えを挙げて判断の丸投げをしていたのが(聞きっ放しで「ふーん」で終わってしまう)、「今の○○さんへの解説で自分の問題も片付いた」「この部分がわからないけれど、こう直したら正解になるの?」とポイントを絞り込んだ質疑を発することができるようになった。そして、自分の答案用紙が自己添削作業により真っ赤になっていくことを、プラスの作業として捉えてくれるようになった。ミスは本来嫌なものである。できれば穴を掘って埋めてしまいたい。なかったことにしてしまいたい。しかるに、これを以って自分を磨くための肯定的な材料として捉えられるようになるということは、言うは易しだが、この発想の転換は子ども達にとって(かく言う自分にとっても)なかなか難しいことである。真の意味で考える習慣が身に付いてきたことを嬉しく思う。まだまだこの子達は伸びていくことだろう。明日の試験はこの2月の新期スタートからみて、ちょうど入試までの道のりの半ばにあたる力試しのチャンス。最初から言い訳をせずに、結果の全責任を負う決意で臨んで欲しい。そうやって次第に重いものが背負えるようになっていくんだ。

2005年7月1日 (金)  優しいものたち

優しいものたち


 雑音のない大納戸で仕事を片付けていると「むンにゃぁ!」と大きな声に驚く。こんなところまで小太郎がやって来た。とくに用もないのだろうが自分を慰問に来てくれたようで嬉しい。周囲が厚いコンクリートで仕切られているので、コタが口を開ける時の音までが耳に届いてくすぐったい。ニッキも自分が忙しそうだと見るや、排泄などの用がない限り静かにしてくれている。優しい魂に囲まれている幸せを感じる。もっともっと頑張らなければ…。