2005年8月31日 (水)  濃厚なる1日

濃厚なる1日


 朝、まだ涼しいうちに銀河パパ&ママさんにご案内いただいて、いくつかの異人館を廻る。ここまではまあ観光の定番だが、さらに見晴らしの利く神社の石段を上がって、神戸の街を抱くような城山に沿って付けられた遊歩道を歩いて高度を上げていく。一汗掻いて到着したのは神戸の水源ともなっている貯水池から奔り出る布引の滝。街からわずかの距離で伊豆山中にあるような堂々とした名瀑に出会えるのは感動ものだ。文化は様々な自然条件、とりわけ水の便に支えられていることを実感する。友サモ大河君を連れて歩く銀河夫妻は、地元にお住まいのこの優雅なコースの常連さん。この三宮-新神戸コースと室津街廻りコースはサモの散歩コース十選に入るのではないかと思う。途中、集会中のネコに何度か出くわすがここのネコたちは実に肥えていて堂々としている。白い大きな犬が2頭でくんかくんかしてきても全くたじろがない。貫禄である。



 2時間以上に及ぶ豪華なお散歩を終え、お世話になった銀河夫妻、大河君とお別れ。ニッキも歩くことで体調が整えられたようで途中よりも元気が出てきた。明日1日はニッキの大伯父さん銀河君の命日。そして出雲のノア君も…。優しいハートを持つ犬たちはずっと彼らを愛した人の心で支え続けてくれる。素晴らしいことだと思う。今日はその優しさを分けてもらったような気がする。



 ホテルの朝食で、アイスコーヒーのお代わり自由が嬉しかった。喉に沁みわたる。汗が引くのを待って10時過ぎに神戸三宮の地を離れる。山陽道に入って東へ向かう。行路順調。14時に長浜の街に入り、城と琵琶湖をニッキとぼんやりと眺めつつ休憩。いろんなことを考えるのに琵琶湖の湖岸はぴったりだ。城のある公園は起伏があり木々の深い木陰が心地良い。15時過ぎに出発。北陸道を日本海に突き抜け、親不知子不知を経て松代SAまで闇の中をひた走る。沿道のサモ友に思いを馳せつつ。

2005年8月30日 (火)  室津から三宮へ

室津から三宮へ


 30分ほどで夢さんのお家に到着。HPの画像で見た西洋朝顔もノウゼンカズラも元気に咲いていた。ニッキを車から降ろし夢さん家の中庭で夢狗君と挨拶。現役♂の夢狗君にとっては不埒な侵入者に映るのだろう。番犬の仕事を務める。ほどなくして蘭ちゃんが登場。11歳になったばかりの蘭ちゃんは体調万全とはいえないものの、とっても元気そう。ニッキも嬉しかったようで笑顔が輝いていた。本当ならば夢狗君と室津の街を散歩する予定だったが、生憎の雨となり、夢さんの車で洋食焼き(お好み焼き)屋さんの「小嶋」へ。お店に入るなり威勢のよいおばさんが、見事な手つきでどんどん焼いてくれる。室津は海産物で有名だけれど、これは隠れた名物。海産とか海鮮といった安易なネーミングのメニューはなく昔ながらの正統なお好み焼き。食べた食べた。んまかったけれど、熱いのを頬張ったのでしばらく口の中があちかった。



 15時12分に室津の夢さんの家を出る。姫路を経由して神戸三宮に向かう。途中神明バイパスで10kmほどの渋滞に出くわしたが、SAで小休止を取ってリフレッシュを図る。いつも走り続けていては旅は面白みがない。駐車場がわかりにくいかも、と関西の方に言われて駐車場の位置を十分に照会、確認しただけのことあって神戸市街に入ってからはすんなりと走ることができた。17時30分に北の坂ホテルにチェックイン。瀟洒なビジネスホテルといった感じの佇まい。

 旅装を解いて地元にお住まいの銀河ママさんに到着の連絡を入れる。程なくして夫妻と友サモ大河君が到着。ここのホテルの1階のドッグカフェで軽食を取ってから夜の北野を案内していただき、散歩を楽しむ。夜の方が美しく見える建物もあるだろう。神戸一の老舗という中華料理屋の照明をバックに大河君と記念の1枚。夫妻とお別れして20時30分に宿に戻る。

 自室にて本日の記録をまとめていたところ、自宅のPCからならアップできる画像データが、旅行用PCからはアップできなかったり、ウィルス検知ソフトが返信メールのうち何通かをプロトコルエラーとして弾いてしまうという不具合に遭遇した。画像が消失するような事故ではないから良かったけれどやっぱり念入りにチェックしないといけない。旅先に逗留して滞在期を書くなんてチャンスはこないだどうけれど、ね。

2005年8月30日 (火)  赤穂から室津へ

赤穂から室津へ


 旅の間は早起きも苦にならない。疲れていれば車中泊も眠りが深いのでやや腰の辺りに違和感が残る程度。初回の給油を済ませ、7時過ぎに多賀SAを出て名神、山陽道をひたすら西へ。渋滞前の関西圏を一挙にパスして9時過ぎに竜野西SAに入る。渋滞さえなければ滋賀まで来れば関西はどこも近いように思う。戦国時代に滋賀を拠点とする勢力が多かったのは湖水の便の良さだけではないようだ。

 今回から旅行用に新しいノートPCを運用しているが、ほとんどのメール受信と記録保存が携帯とザウルスで事足りるため移動中は専ら充電タイムである。以前はこういった朝のひと時にPCを起動して、それまでの画像の落とし込み等の作業を兼ねて「にきにき日記」もリアルタイムにアップしていたのを、正確な日時データを照合してまとめて打ち込むようにしたために、日記を覗いて下さる方には退屈な思いをさせてしまうことになったかもしれない。出発時間の短縮と速報性のマッチングが今後の課題である。

 さて、竜野西SAを出て10時過ぎに赤穂に到着。インターから市街に至るまでは長閑な田園地帯で、目指す赤穂のお城の周辺も文化施設や病院の他はがらんとした田んぼが広がっていた。大石内蔵助を祀った大石神社の駐車場(無料)に車を止め、赤穂城大手門へ。残念ながらここのお城も犬の立ち入りと自転車の乗り入れが禁止で城の外側から遺構を眺めることができるだけである。それにしても犬と文化施設の相性はそんなに悪いのだろうか。姫路城や岡山城のような有名なお城ほど犬の立ち入りにおおらかであるというのは不思議なことである。もっともニッキを連れて細かな調査をしたり資料に当たりに来たわけではないので、周囲に設えられた遊歩道をのんびりと歩いた。城自体には何の罪もない。5万石の領主の城郭としては非常に立派で石垣の積み方も美しかった。これだけの城と家来、領地領民を守るためにはやっぱり堪えなきゃ…


 お城を半周するような形で車を止めてある大石神社に戻り、11時過ぎに赤穂を出て海沿いを走る250号線を東へ。サモ友夢さんの住む室津を目指す。

2005年8月29日 (月)  西へ

西へ


       足柄SAで恒例の結団式

 仕事を終えて家に戻り、シャワーを浴びてから旅装の最終チェック。往々にして家を出て2つ目か3つ目の信号機で「あっ!」と忘れ物を思い出すことがあるので、十分に荷物をチェック。本体だけあってバッテリーや記録媒体を忘れるというミスはなくなったものの、直前まで準備しておいた物を上がり框に置き忘れるといったことは避けたいものだ。そうそう、自宅の鍵を持ち忘れたりしないように…。出掛けが肝心。

 ただならぬ気配を機敏に察知して興奮するニッキを先にケージに載せ、20時少し前に家を出る。行路順調に足柄SA、富士川SA、浜名湖SAにて休憩しつつ西への距離を稼ぐ。静岡県が長いのだ。いつものことだが、高速での食事は簡素だが、結構わくわくする。日付が変わってから多賀SAまで走る。多賀SAには2時30分到着。ここは駐車しやすく施設も使いやすい。ニッキと芝生に出て空を仰ぐと細い三日月が美しかった。いつもの作戦通り、1時間ほど仮眠をとって関西圏を超えたところで大休止しようと思ったが、仕事の疲れが溜まっていたのかそのまま寝入ってしまった。何よりもニッキと安全無事に家に戻ることが旅の第一義だから。

2005年8月28日 (日)  横浜まで

横浜まで


 授業はなかったが午前中横浜で会議。仕事が退けてから普段なかなか会うことのできない親しい先生と昼食を取ってから別れた。近頃仕事のうえで寂しいこと、残念なことが増えたねと話しながらも湿っぽくならないのは、仕事に対するスタンスや考え方が基本的に同じためだろう。そこには受け持った子どもたちにはどうあっても最後は笑わせたい、勝たせたいというお人好しな楽観主義がある。たとえ、我が身はのっぴきならない状況下にあっても…。

 彼とは6年ほど前、同じ教室の同じクラスを担当した。その期間はわずか2年であったが、今思えばとても濃い時間であった。彼は算数、自分は国語と担当教科こそ異なれ、当時としては相当先進的な(二人とも十分に子ども達と話し合い、彼らに本当に必要なことを実践しただけだが…)授業と生徒対応を行い、極力無意味な作業、無駄な勉強をやらせないようにした。仕事が終われば日本酒の美味しいお店で店が閉まるまで飲んで生徒のことを話した。熱かった。当然のことながらそれに見合うだけの成果を残すことができたが、結果以上にそこまでの過程こそ輝かしく楽しいものだった。そういった本当の意味での仕事仲間に会うことで、心に広がりつつある毒叢のようなものが乾くように思える。腹が立つことを思えば腹が立つし、楽しいことを思えば楽しくなる。人生、後者の処し方がやはり得であろう。と同時に自分自身の言動が誰かにとっての不満のタネにならないようにしなければと思う。

2005年8月27日 (土)  夏と秋のはざまに

夏と秋のはざまに


 午前中に選択講座があり、町田まで出て授業をして帰る。いつも担当しているメンバーとは違うけれど、みんなとっても熱心。普段は全部のコマが終わるまで食事は取らないのだが、今日は仕事中、教室から見える松屋の看板を見ているうちに急に腹が減ってきて、昼休みにその松屋まで豚生姜焼き定食を食べに行った。ムチャクチャ脂が多そうだったがたまにはいいだろう…。

 仕事が引けて、とくにやらなければならない仕事もなかったので事務に遺漏がないことを確認してから教室を退出。町田で帰りの横浜線を逃すと待ち時間は結構空しいのだが、今日は連絡良く快速に乗車することができた。相模原駅ビル1階のSHOP99でリッター99円のアイスコーヒーを買う。最初のうちは、ペットボトルより処理がしやすいのと、教室のすぐ下のフロアで買い物ができるという理由で買っていたけれど、このコーヒー味砂糖水といった感の味覚が舌に馴染んでお気に入りになってしまった。もともとコーヒーとそば、豆腐、ワインの味の良否がよくわからないので、美味しく感じればそれで良い。でも、考えてみれば今のところガソリンより安いんだよなぁ。なんて安上がりなんだろう。まあありがたいことではある。家に戻ると驚くほど冷えた自室でニッキがヘソ天で寝ていた。

2005年8月26日 (金)  近所をうろつく

近所をうろつく


    我が家も見えているはず(笑)

 エアコンの修理も無事に完了し、電子部品を交換したことにより効きも抜群に良くなった。設定温度26℃でも寒いくらいだ。今までもとくに冷房能力について不満はなかったのだが、機械というのはやっぱりきちんと整備しておかないとダメなものなんだと思った。

 もう少し早く雑務が片付けばニッキを連れて川かドッグランにでも出張ってみようかと思ったが、昨日の大雨で相模川は濁流が渦を巻いているだろうし、ドッグランに行くには時間的に遅い。公園に行くには暑過ぎる…ということで自分だけふらりと外に出てみようということになった(決めた)。もちろん、ニッキのためにはトリーツのお土産を買うことで許してもらうこととして…。

 実は、ちょっと時間ができたら行ってみたいなと思うところがあった。我が家の屋上から望める相模原市役所の展望台である。ここは平日の勤務時間内しかオープンしていないという地味な施設で、何が何でも行きたくなるようなスポットではない。ただ、あそこから丹沢の山々を眺めたらさぞ気持ちいいだろうなとは常々思っていた。そんな気持ちでのんびり自転車を漕いで市役所に向かう。3分ほどで到着。内装工事でホテルのようになったエントランスからエレベーターで6階に上がり、殺風景な廊下と階段を使って展望台へ。

 エアコンもなく蒸し暑かったけれど、そこには自分ひとり。景色を独占しているかのようでちょっとトクした気分である。360度を視野に収めるパノラマは素晴らしかった。台風が通過した割には空気がやや靄っていたのでそれほどの遠望は利かなかったけれど、それでも丹沢はもとより、山梨県の裏丹沢方面までの眺めが確保できた。滅多に利用しない市民会館の食堂で懐かしい味のカツカレーを食べてから碁盤の目の道路を南下。クッキーさん、Foot Stampさんを巡って、家に戻った。良く冷えた寝室のフロアに寝そべっていたニッキはビーフホルバーの臭いに反応したのか、すっ飛んで迎えに来た。徒歩圏の探検も安上がりでいて結構わくわくできる。

2005年8月25日 (木)  来るぞ来るぞ…手強いぞ

来るぞ来るぞ…手強いぞ


      強風にポーズを決めるニッキ

 今日は運良く授業が潰れないで済んだ。かつての自分であれば学校でも塾でも悪天候やストなどで流れるのが嬉しかったものだが、ありがたいことに担当する子ども達は始業時刻より前から教室にやってきて元気な顔を見せてくれる(元気過ぎるくらい)。

 さて、無事に帰宅できたは良いが、0時を回るに連れて次第に風雨が強まってきた。冗談ではなく暴風によってニッキが吹き飛ばされたりしないように、まださほど風の酷くないうちにと先ほど、0時前に排尿を済ませておいた。結構雨も風も強かったのに、やつは数箇所で小用を済ませた後も暢気に道行く車を遠望していた。収容したらすでにびしょ濡れで十分にタオルドライをしなければならなかった。予報によれば26日未明に八王子付近を通過して鹿島沖に抜けるという。ここ相模原も八王子「付近」であることに変わりなく、サモ友のサイトから入れる米海軍の台風情報によれば(気象庁とは異なる独自のソースで作られているようだ。アメリカっていう国は凄いよ…)台風の軌跡が我が家の上辺りを走っている。まずいな、困ったなと言っても家を動かすわけにはいかない。無事に明日が来ますように、と祈るしかないね。

 オマケ:昨日いったん直ってまた運転できなくなったエアコンだが、今日サービスマンの人が来た途端に動き出した。でも、さすがにプロの目は欺けなかったようでモジュールが異常であることを示すエラーコードが発行されていたらしい。また明日部品を持って来てもらい、今度は完全に直してもらう。ただ、不安定ながらも今のところエアコンは動いてくれている。台風で窓を密閉してある状態だけにありがたい。こういう天邪鬼は許そう。

2005年8月24日 (水)  台風接近?

台風接近?


 昨日は雨のため自転車を駅ビルの従業員駐輪場に置いたまま家に戻った。今日は自転車で帰ってこられるだろうかという心配をしていたが、夕方から夜になってもまったく雨の気配もなく昨日から今朝までの雨は台風による前線の影響によるものだったようだ。こんなんで本当に台風が来るのだろうかと思ってネットの気象情報をチェックすると確実にこちらに向かっているのがわかる。学生の頃は悪天候で学校が休みになったり半ドンになったりしるのは嬉しかったけれど、この仕事をしていると休みになった分の取り返しに頭を使わなければならなくなる分、多少濡れたとしても予定通り授業があった方がありがたいのである。とはいえ、子ども達の安全を第一に考えるべきであろう。仮に授業が流れてもその判断にはケチを付けたくはない。安全対策に関しては臆病なくらいがちょうど良いと思う。

2005年8月23日 (火)  必ずうまくいくさ

必ずうまくいくさ


 授業の引けた教室に、6年前に担当した子が遊びに来てくれた。彼女もいよいよ来年受験。早いものである。入試に関連して、自分のできる範囲のアドバイスをさせてもらったが、自分の伝達したいことを的確に理解してくれた。もともと、とてもしっかりした考え方の持ち主だったが、目的意識のしっかりした応答に時の経過以上の成長を感じた。将来教職を目指しているという。まさに適職であろう。不得意科目のあることを気にしていたが、自分は聊かも心配していない。しっかりとした目の輝きが成功を保証している。きっとうまくいくことだろう。合格したらニッキに会いたいと言ってくれた。

2005年8月22日 (月)  エアコン停止!

エアコン停止!


 かなり大型の台風が近付いてきているようで、相模原はすでに風が強い。雨に吹き込めば出窓の内側がびしょびしょになってしまうので、換気ができる程度に窓を細めに開けて仕事に出た。授業後、携帯のメールをチェックしたところ、早く家に戻った母からエアコンが止まって運転ランプが点滅している旨のメッセージが入っていた。ニッキ体調にはとくに問題ないとのことで安心したが、生徒から添削課題を受け取り、念のため急いで戻る。家に着いてすぐに操作をしてみたが、何度スイッチを入れても同一の症状が繰り返されるのみ。これはできるだけ早くサービスの人に来てもらった方がいいなと思ってメーカーの24時間受付フォームに入力して「送信」を押そうとしたところで、念のため、ブレーカーの電源を一度落としてから通電し直してエアコンのスイッチをONにするという方法を試みてみた。メーカーのサイトのFAQにあった復帰方法が頭の片隅に残っていたからだ。これがうまくいった。何で運転ができなくなったのかについては原因はハッキリしないけれど、この夏期中はなんとか凌げそうだ。暑さも峠を越えたとはいえ、まだまだエアコンのお世話にならずばなるまい。壊れて初めて物のありがたみを知る。

2005年8月21日 (日)  涼しき夜

涼しき夜


 午前中小太郎のワクチンを済ませ、午後は後期の仕事の準備等に充てる。夕方にちょっと横になったら不覚にもそのまま夜まで寝てしまった。今宵も月が美しい。無灯火の自転車に乗って資源ごみを集積所まで出しに行った。秋の訪れを報せるような涼しい風が心地良く、どこまでも道が平らだったらこのまま自転車に乗ってどこまでもこぎ続けたいような気分だった。四季のある国、日本。たおやかな気候にはずっとこのままであって欲しい。長かった夏期講習も、あと町田校に4日、相模原校に2日行けば終わり。時間の調整が付けば月末は関西へ、来月初めは那須へと足を伸ばしたいと思っている。もちろんニッキと共に。

2005年8月20日 (土)  からり!

からり!


 今日も見事に晴れた。早朝の露天風呂で目を覚まし、一仕事片付けてから正午近くに東京に出る。路面の照り返しのため一層暑く感じたが、乾いた空気と人通りの少なさのためか、激辛カレーのような陽射しがむしろ心地良かった。お盆も過ぎ、この暑さももうすぐ終わりなのだと思うと愛しくなってくる。夕方からの授業のために京王線に乗って戻ってくる車窓から見る空は澄明で、ビルの輪郭やタイルのパターンが目にシャープに映り込む。調布を出て間もなく渡る橋から望む多摩川の緑と青のコントラストが力に満ちていた。



 一度家に戻ってシャワーを浴び、汗を引かせるために水(実際はぬる水)を被ってから授業に臨む。担当する二つの教室で、全36回の単元からなるテキストのうち30回分を終えた。もう少しで受験生たちの夏も終わる。

2005年8月18日 (木)  避難訓練

避難訓練


 授業終了後、避難訓練を行う。夜間の激震を想定して教室の電灯を消し、非常階段を利用しての訓練。普段の授業では「入試本番では…」などとその日が確実に訪れることを念頭に心構えなどを生徒達に語りかけるが、巨大地震も期日は明らかではなくともいずれ訪れるものであることに変わりはなかろう。教室のある町田駅周辺は東京都下有数の繁華街である。小新宿と言っても過言ではない。地震は自分や子ども達が教室にいる間に発生するものとは限らない。普段、仕事場までの経路の中で応急的に避難すべき場所くらいは頭にインプットしたいと思う。

2005年8月17日 (水)  休養の効能

休養の効能


 お盆休みの間ゆっくりと体を休めた甲斐あって、今日は70分授業の5連発にそれほど疲れを感じなかった。どのコマでも、子ども達の元気さに負けずに「加速」できるだけの余裕がまだまだあった。万全の状態で授業に臨むことが子ども達に対して責任を果たす当然の前提であることはもちろんだが、それだけでなく、不調なまま「流す」授業は、自身の疲れを増幅させるものである。当方の不備で湿気た感じの終わり方をすることほど後味の悪いことはない。洗濯物を干せば2時間もかからずにパーン!と乾くような真夏の空のような授業をしたいものだ…。

 そんなことを考えながら例のヤクルトカレンダーを見れば、早いもので8月も下旬になろうとしている。夏期の集中講座に全力を投入する一方で、そろそろ後期のことも考えなければならない時期に差し掛かってきた。今日のこと、1週間先のこと、1月先、3ヶ月先…と時間レーダーの縮尺を切り換えながら時の潮目を正確に読み取らなければ、受験生の水先案内人は務まらない。授業をしていればそれでよし、というだけならかなり気楽な職業であろうが、どんな仕事も付随的な部分にこそ重みがあるものだ。一人一人の具体的な「結果」に連なるだけのトレーニングを、自身の経験と現実を摺り合わせながら、時間という軸を勘案しながら課していかなければならないのである。仕事でお金をもらっているから、というのがプロフェッションの定義であるとすればあまりにも淋しい。目の前の子ども達と心を通わせつつ、彼らが強くしなやかに成長していくことを楽しめること、そのための労苦は意に介さないことがこの世界のプロなんだと思う。

2005年8月16日 (火)  また地震

また地震


 仕事に出るちょっと前に地震。宮城沖が震源とのこと。世界、日本を問わず、去年から今年にかけて巨大地震が頻発しているように思う。一過性のものであって欲しいと祈るばかり…。

2005年8月15日 (月)  しごと〜

しごと〜


            バカ殿

 「ねっしゃびょう」では「熱射病」と変換できても「ねっしゃ」では「熱射」と変換できないことに気付く。その、熱射照り付ける中を盆休みで鈍った体を引き摺って講習授業に赴いた。大変なのは自分だけではない。子ども達も気持ちを一挙に切り換えるというのは大変だ。そこで例年のように少しずつ少しずつペースを上げていくようにした。お互いにとっても調整日ということになろうか。完全休養と、全力投球の間にどうしても必要な時間帯だと思う。

 明日、明後日と行って木曜日が休み。出講予定表を見て確認したところ、特別講義を除けば講習日はあと8日。これくらいの残り日数になればいやがうえにも気合いが入る。月末はちょっと時間に余裕ができる。北関東か関西への小旅行を嵌め込めるといいのだが。

2005年8月14日 (日)  月下美人

月下美人


 今日でお盆休みも終わり。添削仕事を片付けてから明日のための準備作業。今日はそれほどの暑さではなかったので、ニッキの様子を見ながら自然換気だけで過ごす。夜に入ってから良い風が入ってくるようになった。

 夜、月下美人が咲いた。いつも人知れず咲き、花が萎れているのを見ては嘆くのだが、今日は8分咲きから満開になるところをじっくりと見守ることができた。それにしても葉っぱの先からいきなり花が付くというのはこの花の器量にしてはあまりにに乱暴ではないか。鳥の頭のような、筆の穂先のような蕾がそんなことには構っていられないというように、ぐぐっと花を開こうとしていた。動物と接するような迫力だった。

2005年8月13日 (土)  HPの手入れ

HPの手入れ


 草ボーボーになってきたサモエド共和国にちょっと手を入れた。背景をアルミパネル風にしてからすぐに梨地メタリックなボタンを作成する予定だったのが中断したままで、統一感が取れていないのがずっと気になっていた。ただ、ほとんど開店休業状態のチャットの整理等メインメニューをもう少しスッキリさせてからボタンを作ればよいと思っているうちに何をどうしたかったのか忘れてしまった。いつも大改造はメモもないままに勢いでやるので、今回はキリのいいところまでと、近頃、出会い系業者の書き込みがうるさいサブ掲示板を裏に引っ込めて移動体の掲示板と共用する変更、トップから分け入らずにそのまま小会話が楽しめるミニチャットの新設等の小修正に止めておいた。忘れたことはもう無理に思い出そうとせずに新しく考え直すことにしよう。その方が楽しいから。

2005年8月12日 (金)  猫を洗い犬と歩く

猫を洗い犬と歩く


 午前中は小太郎を洗う。小太郎はそれほど水を嫌がらない。タオルドライと10分程度のドライヤーだけですぐに自然乾燥するのでネコの洗いは楽だ。夕方になって涼しくなったので、昨日お休みだったよこやまだい動物病院へ。今月分のフィラリアの薬をいただくついでに月例の健康診断を受ける。体重が先月に比べておよそ1kg増え、26kg近くになっていた。夏の暑さに負けないように豆乳とヨーグルトを加えた成果だろう。ただ、秋になったら少し控えないとデブ犬になってしまうので注意しなくてはならない。少し太った分は秋の長期旅行で減量できるからまあいいか。

2005年8月11日 (木)  ニッキの長い1日


        これ全部ください!

 今日はFoot Stampさんで久しぶりのシャンプー。お盆休み前とあって待ち時間も長かったが、その間エアコンの効いた店内に専用待機スペースを作っていただき、ニッキが退屈しないで過ごせるようにしていただいた。


サモ友の間で隠れた人気アイテムとなっている豚

 ピッカピカのニッキを連れてよこやまだい動物病院へ。まだお盆休み前だったが、病院のドアにはブランドが下りていた。そういえば今日は木曜日。休診日だった。足を伸ばしたついでに昨日に引き続きクッキーさんへ。


       マイク君、仲良くしてね〜

 店内には久々に会う看板娘のクッキーちゃんがいたけれど、お互い何となく疲れているのか前のような興奮状態には至らない。ニッキも店内のオモチャで遊ぶだけの精神的余裕があった。大人になったものだ…。横山公園を巡って帰ろうと思ったが、ちょっとお疲れだったみたいなので、そのままゆるゆると家に戻った。昨日と今日、たっぷりとニッキと一緒にいることができた。