久方ぶりのキ×ガイの宴
1999年10月21日(木)

 お世話になっている先生の学会の手伝いで、冊子の検品などの作業を行った。汚れ・落丁を探し、頁の付け方の印刷ミスを探す。
 私はマシーンだ。単純労働を長時間やっていると、そんな気分になる。頁が「83」「84」「85」と正しく振られていても、それが正しいかどうかわからなくなってくる。昔やった、検品のバイトを思い出す。
 それにしても、なんてミスの多い印刷か。仕事の現場というものは往々にしていいかげんなものだが、ハネになる冊子が多すぎる。印刷というものはこんなものなのか?後輩がやっていた製本所のバイトの話を聞く限りでは、こんなものらしい。
 「スペランカー」は何故30センチの段差で死ぬのか。「スーパーマリオ」は何故配管工が王女を助けるのか。「ドラクエ」では、姫を助けてから宿屋に泊まりまくった。などというアホな話で作業場は盛り上がった。単純労働をしていると、どうも発想が尖鋭になってくる。思いがけず出される疑問と、それに対する回答を提示するだけで笑いがこみ上げてくる。アホな話で盛り上がるのが我がサークルの伝統である。


 それにしても、「この頁はなんでくっついているのか」との声に「エ*********でも吸ったんだろ」など答えたような、あまりに黒いネタはさすがにここでは書けない。「エ*********」というのは薬剤の一種である。
 私のこの発言を即座に理解し、それで爆笑できるとはさすがは我が棒術部である。正直言って、人権問題を真剣に考える人にぶん殴られても、文句が言えないような受け答えである。そのような黒いネタが飛び交うのも棒術部である。
 棒術部に於いては禁忌はほとんど存在しないのだ。黒いネタほどの悦楽はない。しかし、その内容のほとんどはネット上ではとても書けない。その程度の常識と良識はわきまえております。上記のようなネタを思いついて口にし、それを聞いた笑う段階で良識がないのは承知していますが。
 

 ゼミコンでは飲みを断ったが、この日は帰りに一杯やることとした。単純労働とアホ話で脳内麻薬がふんだんになり、飲みたくなってきたのだ。
 黒いネタが飛び交い、居酒屋で「君が代」「さらば連盟(国際連盟脱退の歌)」「出征兵士を送る歌」を謳歌するなど、棒術部の飲みは凄絶である。2度目の「君が代」を歌うと、近くに座っていた客が席を立って帰ったものである。そりゃヤバイ連中だと思われるわな。どう見ても極道にしか見えないような奴もいたし・・・。
 しかし、勘違いしないで欲しいのだが、我々には思想性などほとんどない。軍歌や「君が代」を歌っているからと言って、右翼や国粋主義者と考えるのは想像力と思考力の貧困というものである(のか?)。


 「侵略戦争を賛美するのか」「お前は軍国ナショナリストか」「考えもなしに遊び半分にあんな歌を歌うな」などと言われた日には、我々は喜び勇んで論戦を試みるだろう。我々棒術部員には思想性がほとんどないと言えども、我々は論を好むのである。棒術部員は、それぞれが政治学や哲学を志す学生である。「国民統合に於けるナショナリズムの役割」から「国家と公共性の関係」、「仮想現実と現実世界との連関」に至るまで、次々と学に根ざした主張が飛び出してくる。特に大学院を目指す先輩の繰り出す論は激烈である。議論の習慣がなく、イメージと情緒のみに根ざしてモノを言うような人間は、もはや何も言い返せまい。
 棒術部の飲みは、しばしば議論の場となる。なんて迷惑な客なんだろうか。


 店を出る頃には先輩は足取りがあやしくなり、「君が代」を放歌しながら駅に歩き出した。後輩(無論、男)に抱きつき、よくわからんことを叫び、終電の中でイスを枕に寝るなど、中の中程度の酔い振りであった。何故中の中かというと、ひどいときはこんなもんじゃないからである。


 先輩を近くに住む同期の一人に預け、私を含めた4人は後輩のアパートへと向かった。
「『サクラ大戦3』に出てくるベトナム人のガキは、しばき甲斐がありそうだ」
「あのメガネは変態に違いない。さすがはサド侯爵の国フランスだ」
「××(後輩の名)も、立派な変態になった。教育の成果があったというものだ」
 などと大声(本人には大声との自覚がない)話しながら夜道を闊歩し、その話は後輩のアパートについてからも午前3時までは続いた。
 九龍城かと見間違えるような後輩のアパートにてフォークソングを流し、「殺せ殺せ殺せ!」「gung−ho gung−ho gung−ho(「闘魂」の意)!」などと奇声を発し、「奴らは蹂躙されるために存在しているのだ」「この世で最下等の生命体め!」などとよくわからんことを叫ぶバカども。近隣住民はうるさくても注意もできなかっただろう。まっとうな人間ならば、誰しもキ×ガイに関わりたくないに決まっている。


 ようするに、我々は手に負えないバカなのである。

■後年記■
 バカをやっても反社会的行動をしてはならない。飲み屋で騒いで他の客が顔をしかめるのまではまだ大目に見られかもしれないが、午前3時までアパートで騒ぐのは非常識どころの騒ぎではない。
 ただフォローすれば通称「九龍城」でなければ、決してこのようなことはしなかった。「九龍城」は三方を崖に囲まれ、残る一方も田んぼで、他の民家等と密接しているわけではなく、さらに、4つしかない部屋はすべてが埋まっている訳ではなく、住んでいるのも(後輩以外も)風変わりな住民ばかりで、夜中にギターを弾きながら謳ったり、喚いたりしていた。だから騒いでも罪悪感がないというか、ここならいいという解放感があったのである。
 しかしだからといって、夜中まで騒いで隣室の安眠を損ねていいという理由にはならない。本当にバカである。

 薬剤云々は、あまりにも不謹慎なネタであるが、それを思いついて口にし、そしてそれを聞いた人間が笑うというのは、単純作業の連続でおかしくなっていたのだろう。


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