前期納会
2000年07月01日(土)

 本日は、我が中大棒術部の納会であった。
 前期の稽古納めの後、教室を借りて反省会。しかる後に飲み会となる。
 稽古や反省会については、ここでは省く。
 飲み会こそが、納会の真髄である!いや、ホントは逆なんだけど。


 納会の飲み会は、部員一同がほぼ全員集結する数少ない飲み会。私が1年の頃は部員数10人程度。しかし、それでも全員集合する飲み会はそうはなかった。私が4年生である今年は、部員数約50人。納会と学祭の打ち上げを除けば、もはや総員飲み会は不可能であろう。
 そのため、今夜こそは思う存分飲もう、今宵は限界に挑戦だ、酔って壊れて上等!という心持ちの者が続出する。私も昨年までに年2回の納会を6回経験し、その半分で記憶を失い大暴れしたものだ。


 私は、仕事を終えて駆けつけて頂いたOBと、昔話や世間話に没頭し、さほど酔いはしなかった。飲み会が終わるとき、これが大人の飲み方さ、などと思いつつも私は平然と立ち上がって外に出たが、「今宵は飲もう!」と息巻いていた諸君は、なかなか愉快な状態だった。


 歩きながら吐く者、足腰が立たぬ者、叫ぶ者、怒鳴る者。
 まあ、それほどの惨状ではなかった。少人数時代の方が、もっと激しかった・・・と思うのは年寄りの過去の権威化かな。いや、2〜3年前の方がひどかった。よくしょっ引かれなかったと感心するくらいである。自慢にはならないけど。 
 ただ、心配だったのは、この大人数。幹事や正気な人間の目が届かぬところで、誰か消滅していないか、下等なクズどもに絡まれてはいないかが心配だった。人数が多いと、人員の把握と統率が大変だ。
 幹事及び幹事補佐の諸氏は、ほんとお疲れ様であった。


 私は泥酔した3年のタリン(仮名)を引き連れ、同じく3年の課長(仮名)宅に向かうこととした。私はとっとと帰って寝るつもりだったけれども、このときは慢性的な人員不足。タリンを介護・搬送できる人間はほとんど居らず、課長一人にそれを任せるわけにはいかなかった。
 翌日はとある試験だったのだが、どうせ受からないし、受かっても困る(私は今年度卒業しない)代物。模試のつもりで受けようと思ったが、ここは後輩のための一肌脱ごうではないか。


 路傍のブロックに座り込んで嘔吐し、怒号を発するタリン。
 呼んだタクシーは皆、乗車拒否して走り去った。シートを汚される、暴れられるのではないか、という恐怖。深夜のタクシーも危険が伴い、しんどい商売だ。乗車拒否を責める気はない。
 タリンの肩を担ぎつつ、終電・終バスなんぞはとうの昔に終わった道を歩いて、多摩センターから歩いて北上し続けた。これが若者、などとアホなことを話して笑いつつ、坂を上り、坂を下り、夜道を歩いた。そのうちタリンの酔いも醒めはじめ、一人で歩けるようになっていた。
 堰場に至ったころには、タクシーを捕まえることができた。


 課長宅に至ってからは、タリンを寝かせて、私は課長と二人で飲み直した。メキシコ製のコロナとかいうマズい代物だ。しかし、騒乱の飲み会の場よりも、こうした場でサシで飲む酒の方がうまい。


 ひとしきり課長と語り明かし、日も昇った頃、我々も寝ることにした。
 それから1時間も経っていないであろう。
 課長の携帯が鳴り出した。
 寝苦しい中、叩き起こされて、不機嫌そうに出る課長。
「あ゛、何!?うちに来ていいかって?あ゛あ゛、もううちは5人くらい収容しているからムリだよ」
 実際は課長を含めて3人しかいなかったのだが、疲れて寝ぼけていた課長は、ウソ八百を並べて電話を切ろうとした。


 窓の外に、棒を持った影がいくつも浮かんでいるのに私は気付いた。
 こともあろうか、その影は両手で課長宅の窓ガラスを叩きはじめるではないか!どこの蛮族か!野盗の襲撃か!?
 課長も叫んだ、「ショットガンはどこだ!山賊だ!皆殺しにしてやる!」などと。


 無論その山賊は棒術部員だ。
 課長はあきらめたようにドアを開けると、5〜6人ものアホどもが雪崩込んできた。
 何事だ!
 やはり野盗の群だ、コイツら!


 課長のアパートは、6帖+キッチンの一人暮らしの学生としては特別狭くもない部屋である。だが、いつから溜まっているかわからないゴミ袋。散乱している雑誌・マンガ。宅飲みをするたびに蓄積される、テーブル上とその周辺の酒瓶・紙コップ。かつて食い物であった物体とその袋。そんなもので実際に人が存在できるスペースは3帖がいいところだろう。
 さすがに、突入してきた連中全員を収容できない!
 3人は、徹夜明けで3次会から死ぬ気で歩いてきたにもかかわらず、容積オーバーで来た道を引き返した。そして3人は即座にふとんを奪って、うなり声を上げながら眠りについた。


 私の同期のF氏は、彼ら山賊とともに課長宅を目指したらしいが、途中で力尽きて、路傍のベンチで寝たとのこと、新宿でゴミとともに寝ていた前科のある彼のことだ、やりかねん。
 また、課長宅まで至りつつも追い返されたトーマス(仮名)は、河原で寝るとか言っていた・・・やりかねん。


 私は30平方センチもないような狭いスペースでラーメンなんぞを作って喰っていたが、一つのふとんを3人が奪い合って寝て、また一人はイスにもたれ掛かったまま寝ている光景は、まるで死体置き場であった。
 まあまあの納会であった・・・。   


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