いつもの飲み会→陸の孤島
2000年09月16日(土)

 15日の午後11時過ぎ、いつものようにネットを徘徊していると、棒術部の後輩・課長(仮名)から携帯に電話があった。今まで部室で飲んでいて、これから課長の家でまた飲むのだがどうか、という飲みへの誘いであった。
 当然、行くに決まっている。


 私の家から課長の家までは、距離的にはそう遠くない。車やバイクならば「ちょっと出かけてくる」という程度の距離である。しかし、免許はあるが乗り物を持たない私は、電車で最低乗り換え2回、ヘタすると乗り換え3回もしなければならない。
 私は頭の中で、各路線の終電の時間と、自宅から駅までの所要時間や乗り換えに要する時間を考える。
 うむ。まあ、大丈夫であろう。
 自分にとって価値のある飲み会ならば、多少の無理を押してでも馳せ参じるのが棒術部だ。


 それはともかくとして、私は16日午前1時前には課長の家にたどり着けた。
 課長宅には、課長自身を含めて5人の後輩がすでに酔って顔を赤くしていた。
 その中の2人は、私がアメリカから帰国してから一度も会っておらず、他の連中とも夏休み期間ということで、棒術部を半ば引退している私は大して彼らの顔を見ていない。アメリカの土産話や、棒術部のここ最近の状況、それにゲームやパソコンのことなどを話して夜を明かした。

似つかわしくない高級酒・レミィマルタン・エクストラ 豆腐に醤油。それを掻き回して喰う。


 そして朝、私は真っ先に目を覚ました。
 アメリカ留学や今月はじめの北陸旅行などの疲れで、昼夜逆転していた私は、ほぼ徹夜明けの朝でも別に眠くはなかった。しかし、ヒマで仕方がない。
 六帖一間で、酒瓶・空き缶・コンビニ弁当のガラ・中身の詰まったゴミ袋・マンガ本・CD・ゲーム機やその周辺機器類などが散乱する課長宅は、6人もの大の男が、身体を伸ばして寝るのには狭すぎる。ここ最近は、乱雑な部屋を許せないHA78(仮名)氏が部屋を掃除して以来、課長の部屋としては片づいてはいたが、それでもまっとうな人間の部屋よりは面積がなかった。
 死体連中とゴミが支配するこの状況では、パソコンやゲーム機で遊ぶことも出来ず、明け方まで飲んでいた連中が寝ている中、電灯をつけて本を読むこともできない。ヒマだ。皆、早く起きないものか。


 目覚めたときから、雷の音は聞こえていた。
 しかし、私が何をしようか思案し、ヒマを持て余している間にその音は急速に激しくなってきた。
 稲妻が光ってから、10秒以上も経っているのにも関わらず、雷の轟音は真上に雷雲の中心があるのではないか、というぐらい凄まじくなってきた。何人かは飛び起き、何人かは幸福にも寝続けた。


 何人かが起きたことで、パソコンの前のスペースが空いた。
 家主の課長も起き出し、パソコンやってもいいですよ、と。雷が鳴っているというのに、気にもしないらしい。ヒマだった私や起きたばかりの後輩は、「タイピング補完計画」なんぞを始めた。「ミサトさん、急いでぇ!」などという碇シンジの絶叫を聞きつつ、カナ入力で問題をクリアしていたところだった。いきなりそれまでの音とは比較にならない轟音と稲光に脳髄をぶっ叩かれ、パソコンの画面も消滅した。あまりに突然だった。落雷か!?
 私は、落雷で電線を駆けめぐった高圧電流がパソコンの中を掻き乱し、それでパソコンが御陀仏になったかと思った。人のパソコンだというのに、ヤバイ。K6・233MHzのaptivaぐらいは弁償できるが、中のデータは永遠に失われる。パソコンを日常的に使っている私には、その恐ろしさが骨身に浸みていた。
 スイッチを入れても、反応ナシ。


 後輩П氏(仮名)が言うには、ブレーカーの落ちる音がしたとのこと。見てみると、緊急遮断のレバー落ちていた。ブレーカーって、メインのレバーではなくて、独立した緊急用のレバーが落ちるんだね。それに気付いてブレーカーを入れ直すと、パソコンが起動。IBMの文字が現れ、スキャンディスクがはじまる。長いことかかってスキャンディスクが終わり、口汚い英語の起動音が聞こえる。
 よかった。パソコンは無事か。


 さすがに課長はパソコン・テレビ・ビデオ・エアコンなどのコンセントを片っ端から抜いて、落雷に備えた。パソコンなどのヒマつぶしツールはなくなったが、人間がいればテキトーに話して盛り上がれるものだ。寝ていた残りの人間もさすがにこの騒ぎで起き出した。
 雷が、もう一度どっかに落ちて、ブレーカーがまた落ちた。


 さて、ここで問題なのが、飲料水とメシである。
 課長の家は、電車の路線と路線のエアポケットにあり、商店やコンビニは少ない。周囲にあるのは田んぼと古い民家、ボロいアパートだけである。一番近いコンビニまで往復で40分はかかるというすばらしい立地条件。私は補給の困難を知っているので、水やお茶のペットボトルを買ってきていたが、それも飲み尽くされつつあった。
 普段ならば、面倒でも歩いて遠いコンビニまで買い出しに行くが、外は激しい雷雨。
 最初はユタ州のごとく、雷はなっていても雨は降っていなかった。しかし、雨も一気に降り出していた。傘が意味を為さないほどの激しい雨だ。昼近くなっているというのに、空はドス黒かった。こんな中、傘もないというのに全身濡れながら1時間近く歩くことは、さすがにできなかった。濡れるだけならばまだしも、畑と河川敷の道を歩くことは、落雷の危険さえもあった。


 陸の孤島だな。そんなことを思った。
 悪天候を逃れて、山小屋にいるようなものだ。雨風や雷は防げるが、食糧・飲料水は尽きかけている。いや、厳密には水道水があるんだけれども。少しはこのちょっとした非日常体験を満喫したい。
 П氏が夜食に買って喰わなかったカップラーメンを、課長は売ってくれと懇願する。「1個1万円からだ」などと私が余計なことを言う。いや、この状況下では、カネなど役に立たない!鰹(仮名)なんぞは、無名(仮名)が10時間前に喰ったカップラーメンの残り汁を指して、「この汁ちょうだい」と真顔で言う。課長は冗談だと思ったらしいが、私はその気持ちがわかる。飲み会明けで、塩分が不足しているのだ。
 さすがに課長が1個だけ残っていたイワシの缶詰を取り出し、それを鰹と課長が分け喰ったが、私もハラが減ったぞ・・・。塩分も欲しい。

食料が欠乏する中、あるのは酒だけ


 出前を取ったら来てくれるか。
 ファミリーマートだかampmだかの宅配サービスを使おうか。
 豪雨と凄絶な雷の中、些細な注文のために課長宅に呼びつけられる従業員のことを話してしばし笑った。しかし、笑っても空腹は埋まらなかった。どんな豪雨だろうと、車ならば宅配に大した問題はないのだが、課長宅は田んぼのあぜ道と崖との間に建っており、車で来るのは困難である。いや、それ以前に住所を言ってもわかってもらえないだろう。まともな道路から遠く離れ、目立つ建物の一つもなく、さらに崖にへばりついて密集しているアパートなど・・・。
 結局、米を炊くこととした。


 炊飯器の中身は、私が前に課長宅で飲んだときに炊いて以来、そのまま放置してあった。1週間ぐらい経っているはず。あのときは米を炊いて、炊飯器のカマへ直に箸を入れ、さらにその中に醤油まで垂らしていた。残った米が醤油とともに固まっていた。
 そのカマを洗浄するという困難な任務を鰹が引き受け、骨箱のごとき米箱の底から、ある米すべてをかき集めて炊くことができた。


 こりゃ合宿だな。共同生活になってきた。
 課長の家は駅まで遠く、その駅から自分の家までさらに遠い連中なんぞは、帰れないとハラを決め出した。電車も止まっているかも知れない。
 今はいないがタリン(仮名)という3年生が、「課長、カギ貸してくれない?」などという考えられない申し出をしてきた話なんかで盛り上がった。タリン曰く「『ゼロツー』の練習したいんだ」とのこと。ストイックな空手マンであるタリンならば信用できると課長は部屋のカギを貸し、大学から帰ってみるとタリンが一人でサターンのレバーと格闘していたとか。
 そらにタリンは、課長宅に4泊したこともあるらしい。私は2泊がせいぜいだ。
 タリンが「サクラ大戦」を延々とプレイし、その横で課長がいつも通り生活していたそうな。「課長、オレ寝るわ」とタリンが寝たいときに寝て、課長とタリンは寝る時間・起きる時間までも異なっていたとか。
 不思議な空間だ。


 しばらくして、米が炊けたが、器がない。
 課長はドンブリを真っ先に確保し、大量の米をよそったが、我々客は、器を確保できない。私や残る後輩たちは、使用済みの茶碗やみそ汁に使うお椀を洗って、なんとか米にありついたが、П氏はカマから直接喰うハメになった。もちろん、我々におかずなどという贅沢なものがあるはずなく、醤油を垂らして米を喰った。醤油米がこんなにもうまいとは思わなかったぜ。

最後の生命線・銀シャリ


 腹が満たされたところで、これからどうするかという話になった。
 とにかく情報だということで、テレビをつけようとしたが、一瞬ついて真っ赤な画面を表示した後に消滅した。スイッチをどういじろうと反応ナシ。そして、鼻の奥がマヒするような臭いがしてきた。・・・ハンダが溶けるときの臭いだ。何度かあった落雷で、集積回路がやられたな。このテレビをコンセントに接続していると危険だ。発火するかも知れない。
 満足な水も食い物もなく、外出さえも危険であり、米に醤油を垂らして喰ったこの状況。さらに情報さえも我々は得られないということか。自分のテレビではないこともあって、この危機的状況に笑いがこみ上げてきた。うちのパソコンや電気機器類は大丈夫だろうか。


 他の電気機器は無事だった。
 ラジオによると、台風が近づいてきているらしい。
 こりゃ帰れねーよ。
 泊まることにはやぶさかではないが、食い物は枯渇した。
 どうするか・・・。
 いや、買いに行くしかないんだけども。
 たかが雨ぐらいはどうでもいいが、雷がな・・・。
 そう考えていると、倉永氏(仮名)が特攻決死兵として買い出しを申し出た。高校時代から大荷物を抱えて山登りをしていた彼は、こういうときに物怖じしない。肉体と根性で解決できることであれば、彼はもっとも活躍してくれる。


 倉永が出ていった後、倉永の携帯から電話があった。
 やはり買い出しを断念してもどってくるのでは、と思った。
 しかし、「今は雨足が弱まっているから、帰るのなら今だ」という内容であった。神奈川や埼玉など、遠方に住む人間に対する配慮であった。最も家が遠く、レポートの都合で帰らなければならない無名は、それを聞くと「いや、もう少しここに居ます」と即答した・・・。
 課長は同じ2年生の鰹に「お前友達だろう。あいつ一人で行って寂しいんだよ。一緒に行ってやれよ」と。すると鰹は「いや、だるいじゃないッスか」とのこと。倉永もいい友達を持ったものだ。まあ、私も課長も他の後輩も、行こうと思えば買い出しに行けたのに行かなかった、という面に於いては一緒であるが。
 少ししてから雨は再び豪雨となり、雷も一層激しさを増した。徒手空拳で出ていった倉永は、生きてるかな・・・。


 もう壊れてもなんでもいいッスよ、と課長が率先してパソコンを起動し、「タイピング補完計画」「既知街2」「北斗でBON!」なんぞをやっていた。一方、倉永は、落雷の危険のある橋や堤防を歩き、沼と化した道を踏破し、さらに手には注文の品々(飲料水・弁当・カップ麺)。コンビニの帰りは傘も差しているであろう。
 豪雨の中、買い物荷物と傘で両手が塞がりつつも、悪路を踏破する倉永。この情景を思い浮かべた課長の言は、「あいつに電話するか」とのこと。課長はほくそ笑んだが、さすがにそれは出来んだろ・・・。
 しばらくして戻ってきた倉永は、全身水浸しであった。
 よくぞ困難な任務を達成した。彼は英雄であった。このときだけ。


 課長の薄汚い家と言えども、濡れた服で室内をうろつくわけにはいかない。それに何よりも、濡れた服を着ていると体温を長時間かけて奪われ続け、カゼを通り越して身体を壊す可能性さえもある。倉永は服を風呂場で脱いで絞り、パンツ一丁の格好で部屋を跳梁跋扈し始めた。「服貸してやる」と課長は言ったのだが・・・。
 そして、その格好で「レイを落としてやる」と「タイピング補完計画」にて綾波をブラインドタッチで落とそうと・・・。なんつー変態的な光景か。人々は「倉永さん、ティッシュティッシュ」とはやし立て、さらにタイピングの課題である「愛のささやき」の言葉すべてに「裸で」を付け加えて笑った。

「君を抱きしめたいよ」→「君を抱きしめたいよ、裸で」
「愛を語り合いたいよ」→「愛を語り合いたいよ、裸で」

と言った感じに。こりゃ一気に18禁ゲームになったのう・・・。


 まともなメシ(と言っても、カップ麺にコンビニ弁当だけれども)も喰ったし、飲料水も確保できた。
 台風は接近し続けており、回復する見込みはなかった。このままもう一泊するつもりだったが、無名がどうしても帰らればならず、鰹も体調が悪いということで帰るとのこと。そうすると、雪崩のように鰹が帰るのならばオレも帰ると倉永も濡れた服を着始め、帰る人間と残りの人間の力学でП氏も帰る側に周り、残る一人の私も潮時と判断して帰ることとした。
 もちろん、雨と雷が弱まったときに出たはずだが、駅にたどり着く前にどちらも激しさを増してきた。
 雨は髪に集まり、それが目に入ってしばしば視界を奪われる。メガネもワイパーが欲しい。服や靴は濡れようと冷たかろうと重かろうとガマンできるが、目に入る雨がかなりのくせ者であった。しかも、タオルやハンカチの一枚も持っていなかったし。
 こんな状態で買い物に行った倉永は偉大だ。
 駅につくと、あとは電車を乗り継ぎ、自分の最寄り駅で傘を買って帰るだけだ。服と髪がそのまま風呂に入ったかのように濡れていたが、電車の入ってしまえばあとは楽だ。人の目などこの際気にならない。


 我が家に帰ったが、電気製品はすべて無事だった。
 念のためすべてのコンセントと電話線を抜いて寝たが、次の日も一日中雷雨であった。
 キ@ガイじみた天気だ。
 東京は大都市だが、実は凄まじい天候の地域である。
 それを改めて実感した。

■後年記■
 暴雨の中、宅配に出かけるコンビニ店員の悲哀という話題で盛り上がったという記載があるが、もちろん職業差別などではなく、ただのジョークである。我々自身、コンビニや運送のバイトの経験者が少なくないので当然なのだが、念のため。


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