最初から善悪決まっているとでも?
2001年01月XX日(X)

 ある大学の歯学研究者何人かが、歯科医師国家試験の問題を漏洩した。そのことが発覚したため、歯科国試は急遽別の大学の研究者が問題を作り直して試験を実行した。これに対する某所での会話から。登場人物はAとBの二名。私ではない。

この漏洩事件に対する世間話が続いていた。
A「**大の奴らが漏洩すると何でわからなかったんだ」
B「だから試験直前になって漏洩がわかったから作り直したんだろう」
A「問題を作り直したというのなら、何で最初からそっちの人を使わなかったんだ?」
B「いや、だからそれは緊急回避ということで」
A「はっはっはっは!」


 笑い声などという意味不明な文字は書きたくなかったのだが仕方あるまい。実際この笑いで会話が終了したのだから。Aの笑いの意味は何か。Bの「緊急回避」云々の意味を理解せず、ただBがわけのわからんことを言っているから「会話という『勝負』でBが苦しい言い訳をしている」と思い、「勝利」した快感から笑っているのではなかろうか。それとも、単に「緊急回避」というコトバが滑稽に感じられたのか。何にせよ、Aはバカである。
 Aの言いようでは、最初から漏洩事件を起こした**大の教員が悪人で、問題を作成し直した別の研究者がまっとうだと、最初から決まり切っていたかのようではないか。この人は大丈夫だから作成委員にしてもいいだろう、この人は漏洩するに違いないから問題を作らせられない、と最初から決まっていたら、誰も苦労しません。「悪事を働く」とわかりきっている人と、大丈夫な人とに人間が分かれているわけなどなく、またそうした二分論的発想は、不当な差別をも生む。


 漏洩事件を起こした人々が、いつからそうしたことをしていたのかはわからない。だが、最初から漏洩したくて委員になったわけではあるまい。どういう経緯で漏洩を起こしたのかはしらないが、手元に国家試験の問題がある、問題をつくる権限がある・・・そのときになってはじめて「知っていることの優位」を使って悪事を働きたくなるものだ。あるいは悪事を犯すように働きかけてくる人間が現れるものだ。優位性を持ってから実際にそれを悪用する人としない人という区分はあるが、最初から悪事を犯す人とそうでない人とが厳然とわかれているわけではない。
 緊急回避というのは、とりあえず疑わしさを払拭するために別の問題を用意するという程度。別の問題作成者が人格的に優れているから問題作成を依頼したのではない。この意図は、漏洩と漏洩疑惑がある中で試験をするよりも、別の人間が別の問題を作れば、例え他に漏洩があったとしても、その知識を不当に得ている人間の不当な優位性を断てるだろう。その程度のことである。


 事実として漏洩という悪事をやってしまった人は処断されて然るべきだ。他者の口腔を預かる歯科医の国家試験を漏洩するなどというのは、看過できる犯罪ではない。だが、誰が悪事を犯すか犯さないかなど、誰にもわかりませんって。家族や親しい友人だろうとも誰が何をやるかなどわからない。さらに言えば、自分自身だって明日の自分が何をしでかすかはわからない。
 悪事を犯す人間は、もともと「おかしな人格の人間」だから悪事をする場合もないとは言わないが、ある状況ある条件に於いて突然衝動にかられてやってしまう場合、他に選べる選択肢がなくてやってしまう場合というのもある。あるいは無知だったから無自覚のまま悪を為してしまうこともある。
 また、生涯、悪事や犯罪を犯さずに死んでいく人間も「立派な人格者」だったから悪に手を染めない場合もあろうが、悪事の衝動にかられる状況条件に至ることがなかったから、あるいは他に選択肢を見出せない状況に追い込まれなかったから、何もせずに人生を終えられるということもある。
 あんまり簡単に、奴は悪人だから悪事をやった、奴は善人だから悪事をなさない、のように物事を片づけてほしくはない。


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