第3次自主WR、その後4限へ
2001年05月15日(火)


 またしても朝っぱら相模湖へ。それから高尾山口まで歩いて、高尾山口から電車で大学に向かう予定であった。
 今日は4限に文学(フランス文学)があり、これには出るつもりである。高尾山口から直接。
 別に私は一般教養を取らなくても卒業できるし、この文学は取っても取らなくてもどうでもいい単位である。だが、フランス文学は教養として多少の知識を付きておきたかったし、この講義がまたなかなかおもしろい。フランス人の気風というものは、研究する価値が十二分にある。政治学者にとってフランスが重要な理由を伺い知れる(もっとも、私は単なる学部生だが)。


 だが、高尾山口に到達した時間が少しばかり遅かった。
 ここからうまく準特急を捕まえられず、さらにタイムロス。結局文学の教室についたときは20分強の遅刻であった。それでも、講義を受けられた甲斐はあったというもの。この講義はおもしろい。フランスに対する認識をある程度まとめることが出来たら、それについても少し書きたいものだ。
 それにしても、家から出て大学から逆方向もいいところの相模湖に行き、そこから高尾山口まであるき、そして大学まで至ったバカは、中大広しと言えども私しかいないであろう。文学の教室にいたあらゆる学生も、教官も、私がそんな蛮行の末に教室まで辿り着いたなどと想像だにしないだろうて。まあ、大遅刻して教室に入ってきた、一般教養の講義のわりにはやたらと年を食った、一介の日に焼けた学生のことなぞ、誰もどういう人間かなんぞ考えないだろうけど。


 これだから山はやめられないぜ。


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