学生をアホだと思っているのか・・・
2001年09月25日(火)


 私は、後期から始まる半期の講義をいくつか取っているのだが、その一つが今日からはじまった。
 だが、その講義の内容には失笑を禁じ得なかった。
 この講師は我々中央大学政治学科の学生をアホだと思っているのだろうか?
 それとも今日日の学生は、ここまで噛み砕いて説明しないと、何も理解できないほどアホだというのか?

「第3世界というのは聞いたことぐらいはあると思うんですが・・・」

 政治学科をナメとんでしょうか。専攻に関係なく、第3世界とのコトバを聞いたことのない学生などまずいなかろうし、簡単にでも説明できないと学生としてはどうかと。

「第1世界、第2世界というのもあるんです」

 対概念ということぐらいわかりますって。これをまったく説明できない政治学科生は、資質を疑います。

「ここで出てくる発展途上国とか植民地とかナショナリズムとか、聞いたことはあるが、わかったようなわからないような・・・そうお思いのことでしょう」

 確かに厳密に定義・研究すればかなりの難物であるが、この講義を理解するのに支障ない程度の認識は持っていおります。

「はじめて聞く人もいるでしょうけれども、国民国家というコトバがあります」

 ・・・1年生の最初ならばともかく、2年次以降配当のこの講義で、国民国家というコトバを知らない学生はいまい。知らない方がおかしい。社会科学を志す者ならば、このコトバを知らないということはありえまい。

「毛沢東は皆さん高校の授業でご存じかと思いますが、ホーチミン、ガンディー、スカルノという人がいまして・・・」

 ホーチミンやガンディーやスカルノぐらい高校でも扱うし、また、やろうとやるまいとこの程度の基礎知識は常識です。また、政治学科生たるもの、高校社会から一歩進んだ認識をしていてしかるべき。

「こういうコトバ知っていると思います・・・民主化!」

 ここに居る学生で、知らん奴がいるのか!

「こうした国は複雑な社会なので、経済成長することによって軍部や民族指導者が支配しているのです」

 「開発独裁」と簡単に言って欲しい。この講師は明らかに開発独裁を扱っているのに、開発独裁というコトバさえ出さなかった。理解できない高度な概念とでも?


 まったくなんという講義か。一言で説明できることを、長ったらしく前置きし、簡単な言葉を長々と説明する。特殊なコトバの使い方をしたり、解釈や定義に注意が必要なコトバならばともかく、ごくオーソドックスなコトバに時間をかけすぎるのはいかがなものか。時間のムダであるばかりか、聞いていて疲れる。要約すればこの講義、30分もかからないに違いあるまい。
 ま、来週以降も出続けますよ。最終学年、しかも留年生としては、少しでも多くの単位を確保しておきたいので。この程度のレベルの講義、楽勝である。



 さて、この講義の後、ある知人から恐るべき話を聞いた。アホの話である。


 この知人のゼミで発表があった。この手のゼミではこの時期、学生が卒論に向けて、自ら設定した研究のやり方と成果を発表するをする。このときの発表者が掲げた研究テーマは「テロ」。極めてタイムリーである。そして書いてきたレジュメの内容は、ゴミであった。
 書き出しは、
「2001年9月11日、アメリカ合衆国でハイジャックされた旅客機が世界貿易センタービルに突っ込むというテロがあった。このテロに対してブッシュ大統領は『新しい戦争』として報復攻撃を表明し、NATOを始めた西側諸国が同調の姿勢を見せており、これは欧米文明とイスラム文明との衝突に発展する可能性があり、戦争への懸念が強まっている。
 この論文ではテロの本質を考察することによって、これからの時代と世界を考察していきたい」


 だから何だというのが?「2001年9月11日」から「戦争への懸念が強まっている」までは、ただ新聞やテレビを見て書いただけであろう。研究そのものについては、最後の1行だけだ。しかし、曖昧で大きすぎて、何を研究したいんだかよくわからない。「2001年9月11日」から「戦争への懸念が強まっている」までもいくらでも問題を指摘できるが、前置きとしては目をつぶろう。しかし、本題・テーマの導入部分たる部分が、こんなお粗末な一行だけとは。


 そして研究のプロセスとしては、「IRAの活動に見る、テロの手法」だの「エルサレムの現状」といった具体的すぎるものばかり。「テロの手法」って、「街頭で警備しているSAS兵士を写真にとって、プライベートなときに射殺する」とか「AR180スポーターライフルをフルオートマティックに戻す」とか、そんなことを書くとでも?「エルサレムの現状」とは何か?エルサレムを巡る歴史の道程?年に何人死んで、どういう運動が起こっていると言った統計?まったく要領を得ない記述だ。
 そしていきなり「日本がとる政治的対応は」。それまでもつながっていないが、なんでここでいきなり日本が出てくるんだ。まったく論文の段階的項目になっていない。「IRAの手法」やら「エルサレム」やらと言った細かなテロの事象についての羅列から、いきなり「日本の対応」で終わる。どこに「テロの本質からこれからの時代と世界を考察」があるというのだ?
 テレビを見て目に入ったことをテーマに選んで、テキトーにそれっぽい項目を書き並べただけであろう。まったく全体としての意味を為していない。目的も不明だ。


 このゼミの教授は、このようなアホ学生に容赦しなかった。
「何だこれは、全然繋がってないじゃないか」
「何でいきなり日本が出てくる」
「テロの本質?なんだこりゃ」
「これからの時代と世界を考察するって、その方法が肝心なんだろうが。どうするつもりだ」
「お前、何が『テロ』だ。タイムリーなこと書きやがって、テレビ見てテキトーに書いただけだろう。参考文献も読んでないだろう。このレジュメも昨日ちょっと書いただけなんじゃないか?」


 アホ学生は、しどろもどろ。ろくな回答が出来ない。
「いやぁ・・・その・・・IRAがイギリスでテロを行っていることを見て・・・」
「ええと・・・エルサレムでは・・・その・・・イスラエル兵士とパレスチナ人が日夜衝突している現状が・・・」
 まったく意味不明である。教授が聞いている内容とまったく関係がない。
 教授はますます怒る。
「何言ってんだお前は。エルサレムもIRAも関係ないだろう。どう論文を進めるかと聞いているんだ!」
「余計なことばっかり言いやがって、簡潔に言え簡潔に!一言で言わないと論理じゃねーんだ!」
 発表者は泣き出した。涙を流し、鼻をすすり、狭くなった気道が声を詰まらせる。いい年こいて、なんてザマだ。だが、教授は泣こうと詰まろうと一切の容赦をしない。次々と質問を浴びせる。
 やがて堪えられなくなった発表者は、「し、失礼します!」と言い残し、教室を飛び出してしまった。廊下からは何かをどつく音と、「ちくしょー!」という叫び声が聞こえた。ゼミ生は、大爆笑して一人で笑っていた者もいたが、ほとんどの者が黙りこくって重苦しい空気になったという。私ならば、笑ったかもしれない。人格疑われただろうけど。


 発表者は便所で顔でも洗ったのだろう。少しして教室にもどって来た。
 発表を続ける。
 それに対して、教授はまったく変わらず、質問と叱責を繰り返す。
 発表者は、今度は鼻水を流し始めた。
 手で隠すが、鼻水は手を伝って腕を流れ、やがてズボンを濡らした。
 なんという惨めなザマか。
 いい年こいて泣くのもどうかと思うが、それ以前にこんなゴミレジュメを持ってきて、それで卒論の中間発表とするとは笑えない。この大学にも、こんなクズは存在するのである。前述の講義のこともあり、うちの大学も格が落ちたな、などと感嘆したものであった。昔からクズはいたし、今とレベルがどう変遷しているのかはわからないが、そういうアホ学生の有様を見聞きすると、苛立ってくるものである。
 無論、有能な学生も多数存在し、私もそうした学生に影響を受け、触発しあったことあるのだが、アホ学生を見ると危機意識が募ってきますまい。


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