ゲートウェイ退役
2001年10月03日(水)


 先月、自作機2台を組んだため、2年間活躍してくれたゲートウェイは退役。このマシンは後輩П氏(仮名)に譲渡することとした。DVD-ROMドライブ、SD-RAM、FDD、HDD、VGA、LANカード、サウンドカードを引っこ抜き、ほとんどガラのような代物なのだが、それでも440BXとPentiumV600MHzを中核としたまだまだ優れたパーツが残されている。これにП氏が買ったパーツを私が組み込み、動作確認してリカバリCDまで作成して、先日宅急便で発送した。そして今日、届いたパソコンのセットアップをしにП氏宅に伺った。


 パソコンのセットアップは目をつぶっても出来るのだが、慣れない人には配線に悩まされることであろう。電源をぶっさし、マウス・キーボードをつなげ、VGAのテレビ出力から直接テレビのS端子につなげた。しかし、スイッチを入れても反応しない。まさか・・・輸送中にいかれたか?送料をケチって安い保険しかかけていないので、少しあせる。
 ドライバーを借りて筐体をバラす。いったいなにが悪いんだ。電源ユニットのスイッチが115Vから230Vにズレたか?どこか破損部品はないか?内部ケーブルは緩んでいないか?問題が見つからない。最後にスイッチそのものをチェック。なるほど、スイッチを固定していた接着剤が剥離し、押し込んでもスイッチ全体がズレて起動しなくなっていた。MOドライブからミリネジを1本抜き取って、スイッチを固定する。
 これで起動した。まったく焦られてくれる。私は筐体を開けるとき、鋼鉄のケースカバーの切っ先で、壁紙を少し削ってしまった。やっちまった。П氏がアパートを引き払うときに、管理会社に「壁紙を張り替える」とか抜かされてカネとられるのでは・・・。まあ、П氏は快く許してくれたが。私が譲渡したパソコンはまだまだそれなりの値打ちがあるものだが、それと壁紙とは別問題だ。問題は一緒くたにしてはならない。


 さて、起動したパソコンを試運転。問題なし。ディスプレイがないのでテレビ出力しているが、思いの外キレイに映るものだ。文字がちと読みにくいが解像度を640×480にし、フォントを特大になれば問題ない。一息ついたところで夕食を馳走になる。私はここ数日ろくなものを喰っていなかったが、なかなかの夕飯。ビールまで頂く。
 メシの後、П氏は紅茶を淹れてくれた。
「オレンジペコしかないですが・・・」
 さすがはП氏。センスが冴えるわい。
 ヤン・ウェンリーではないが、紅茶にブランデーを注ぐ。ブランデーは蓮沼旅行のときに買ったものだ。たしかに、レミィマルタンあたりと比べると鼻から抜けるおいが弱いが、それでもブランデーはいいですわい。話もはずむ。暴力の話、日本史の話、ナショナリズムの話、米国のテロと戦争についての話・・・内容はネットに書くには少々不適切だが、なかなか盛り上がった。特に我々は2人とも暴力を好む人間なので、当たり障りない話しかしようとしない人々と話すよりも、タブーがないのでより深く物事を扱える。


 そして夜寝るとき、私は寝袋を借りた。П氏宅では寝袋が名物である。身体と外気との熱の移動を最低限に抑えるので、冷え込んできた10月の夜でも快適であった。
 翌朝は、朝メシまで炊いてもらった。なかなか世話になったわい。ま、ギブアンドテイクなのだが、受けた世話はありがたい。
 こうした生活を送れるのも、あと数ヶ月足らずである。   


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