田舎論
2001年11月19日(月)


 ある棒術部員、■■が子供時代住んでいた田舎話を久々に聞いた。それについて記述したい。
 因習的な田舎の世相を書くため、差別的な表現・コトバを用いることもあり、■■のコトバを忠実に再現するために、■■が暮らした田舎やそこの住民に対する差別偏見もそのまま記述する。行われたとされる犯罪についても真偽は不明だが記述する。もちろん、この文章の全責任は私にあるが、不当な差別・迫害ましてや犯罪を助長する意図は一切なく、ただ自分とは縁のない土地の話を聞き、それに対して私が物珍しさを覚えたことを表現することのみに、その目的があることを断っておく。
 ■■が住んでいた村のことを××村と呼称したい。


・××村には、1980年代当時、未だに不文律として村八分があった。もちろん、「村八分」などというコトバが使われていたわけではないが、世間が隔離している家は存在した。いわゆる「出戻り」の家庭や、その子供なんかは典型的な村八分で、学校では迫害された。

・××村は人口が非常に少ない村だったので、どうしても血族同士での婚姻の頻度が高くなり、知能に問題のある子供が生まれることも(都市部よりは)多かった。中には祖父に虐待され、小学校に上がるまで家から一歩も出されたことがなく、そのため精神に異常を来した子までいた。そうした子が、小学校の授業参観日に教室を歩き回り、「太陽が見たい!太陽がみたい!」などと意味不明なことを言って暴れても、先生も親も微動だにせず、何事もないかのように振る舞っていた。■■は子供心に社会の理(ことわり)をかいま見た気がしたそうな。

・■■が飼っていた犬が居なくなったので探しに出たら、「こんのクソ犬!」とか言って鎌持ったババアが追いかけていた。

・差別偏見ではなく、本当に××村の子供はIQが低かった。教師の息子である■■は、それを肌で感じるだけではなく、数字で知っていた。■■のような外来者や、外来者とのハーフは、フツーにしても××村では飛び抜けて頭がよかった。ちなみに、■■は親御さんの転勤前は都市部に住んでおり、そこでは中の下の成績だったそうだ。

・頭のおかしい同級生が、ババアまで含めて村中の女の下着をかっぱらい、穴掘って埋めて隠していた。そのバカは、それを掘り返して■■に盗品を自慢した。

・村の建設機械は、管理がいいかげんで鍵を挿したまま置いてあった。そうした鍵を全部引っこ抜いて集めていたガキがいて、夜中にガキを集めて盗品のキーでパワーシャベルを動かし、「おう、どうだ」などと威勢を張っていた。

・××村は、すべての事象を▲▲興業(土建屋)が取り仕切っており、大多数の村人はそこに就職した。村はすべて▲▲興業が牛耳っていた。××村の子供が学校を出て、村外に出ていくことはほとんどなかった。女性は水商売とかで○○市に出てくるのが少しいるぐらい。人の出入りはほとんどなく、教師と銀行員が転勤してきて再び転勤していくぐらいしか、外気が入らなかった。

・高校を出て、○○市で浪人していた■■がテレビをつけていると、××村で同級生だった女が、風俗店の宣伝番組で紹介されていた。

・■■が、小学校に靴下履いて行ったただけで「優等生」と言われ、「ええ格好すんな」と言われた。××村の子供の子供の服装は、つぎやワッペンをあてがったジャージに、裸足にズック靴であった。洋服を着ても怒られ、靴下を履いても怒られた。■■は内心、いつ子供社会で迫害の対象になるかと、おびえていたそうな。

・算数の授業でXとかaとか英字が出てくると、村の子供のほとんど全員は、数式の意味以前に、英字を読めなかった。Xを「エックス」と読んだだけで、■■は英雄であった。

・■■は、前住んでいた都会では中の下の成績だったが、■■村では村一番の秀才。先生の息子=坊ちゃんだったそうな。「将来の夢、宇宙飛行士」と書いただけで、「すげえな」と言われた。地元の子供が作文なんかに書く夢は「漁師」が圧倒的大多数。漁師をどうこう言うつもりは毛頭無いが、宇宙飛行士とか野球選手という「夢」を考えつくだけで偉大な存在だったとは・・・。

・××村のババアは、半分くらいが文盲。村人は、よく新聞を読んで聞かせていたそうな。

・「熊が出た」「猪が出た」との報を聞くと、役人とか地元の名士が、「そうか!」と言いつつ散弾銃のポンプを前後させた。彼らはショットガン抱えて、軽トラで山に喜んで乗り込んでいった。

・畑荒らしは子供の基本。よく、畑で遊び、作物を盗んだ。すると、「百姓なめんなぁ!」とババァが鎌持って追いかけてきた。あたかも百姓一揆。RPGの移動画面みたいに鎌持って、ババァが「このくそわらす!」とか叫んで追いかけてきた。もちろん全力で子供が逃げたら、追いつけなかった。

・当時、××村の人口は2000人。その村人の日常は裸。ふんどし一丁でネコ(一輪車)押しているジジィやとっつぁんが白昼堂々と歩く。ババァも素っ裸で藁を打つ。作業するたびに、萎びた胸の物体が音を立てて気持ち悪かった。

・××村の商店、店主ジジイはいつもは居間に引っ込んでいて、客が来ると立ち上がって出てくる。すぐそこなのに、戸を開けてジジイが出てくるのに1分ぐらいかかる。そのため、戸を開けてから、勝負は1分。1分以内にビックリマンチョコや飲み物を箱でかっぱらってきた。

・■■流の錬金術。××村は小さい村だが、商店は10軒ぐらいあった。商店の裏口に置いてある空き瓶をケースごとかっぱらい、それを同じ商店のババァに渡す。「おばちゃん、持ってきたよ」とか言って。すると、「ぼうや、偉いねえ」とか言って100円200円というカネをくれた。ババァは受け取った空き瓶を再び裏口に置く。それをまたかっぱらい、今度は別の商店に持っていく。これで1ケースの空き瓶で1000円ものカネが手にはいるのである。しかも、元手はタダ。

・田舎と言えども、商店の入り口には赤外線センサー式のチャイムがあり、客の来訪を店主に知らせた。だが、大抵の店では店主のジジイ・ババアは奥に引っ込んで時代劇でも見ている。だから、赤外線に引っかからなければ、万引きし放題であった。身体が小さくすばしっこい奴が、赤外線の角度を覚えて侵入し、エロ本やペットボトルをかっぱらった。

・××村の子供達には基地があった。盗品のペットボトルやエロ本を隠した洞窟である。当時はファミコンの「信長の野望」が流行っていて、六年生に盗品を献上すると「うむ、ごくろうである」「褒美をとらせる」とか時代がかったコトバでしゃべった。ただし、あまり難しいコトバはしゃべれなかったが・・・。

・ペットボトルは陽動作戦で盗んだ。誰かが商店の品をわざと崩すかこぼすかして、店主が「ボク、大丈夫かい?」とか言っている隙に盗んだ。

・××村の家屋の大多数は、トタンにブリキであった。台風が来た次の日、誰それの家の屋根が吹っ飛んだ、と誰かが叫び、海にその家の屋根が浮いていた。

・夏はウニ、あわびの密漁し放題であった。昼飯はいつも密漁して焼いて喰った。大人がやると漁師にぶん殴られたが、子供は大丈夫だった。

・商店には1980年代も半ばをすぎていたのにもかかわらず、黄ばんだ鉄腕アトムの水筒が置いてあり、色あせた王貞治のポスターが貼ってあった。賞味期限が一年過ぎたラムネやパンもたまにあった。

 さて、■■は夏休み、バイクで久々に××村に行ったとのこと。親御さんの転勤で2〜3年しかいなかった村だが、2001年の現在でも、何一つ変わっていなかったとのこと。
 鉄腕アトムの水筒と王貞治のポスターは黄ばみまくり、そのまんま。時が止まっているかのようであった。オロナミンCや蚊取り線香のブリキの看板も、サビ放題でそのまま貼り付けられていた。何一つ変わっていなかったそうな。


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