前期納会と仮装カラオケ
1997年07月05日(土)


 この日は、初めての稽古納めたる納会の日であった。納会稽古というのは、合宿に次いで過酷な稽古。入部して3ヶ月程度の私など、どのような凄絶な稽古が為されるのか恐れつつも、それに打ち克ってくれるとの気概を露わにして、稽古に望んだものであった。
 身体のフォーマットを変革させんがため行われる、足腰の動きを強化する稽古。突きの稽古。機械的に圧縮がかかった180pもの棒の端を持ち、それを突き出して支える稽古。やった技こそ少ないものの、その本数・時間は例になく過酷であった。稽古場の体育館の床は汗で濡れ、動かなくなりつつある身体を気迫でもって動かす。
 そして最後には、「追い回し」と呼ばれる稽古が全部員を待っている。稽古指導者を部員が突き抜こうとして追い回すのだが、突けば鋼鉄のごとく重い払いで崩され、投げ転がされ、床に叩き付けられる。追い回される方もツラいが、攻撃側もツラい。突きに次ぐ突きを休みなく繰り出し続けたあげく、攻撃側の方が失神しそうになるぐらいだ。
 そんな稽古も、無事終えることが出来た。
 この稽古後の、達成と充実の気持ちこそが、棒術をやっていて何よりの快楽だ。
 そして、稽古後のビールは旨い。


 本来納会とは、稽古でも飲み会でもなく、その期間の反省会のことを指す。だが、このときの反省会は、飲み屋で行われた。例によって納会ダッシュ(用語集参照のこと)を余儀なくされたため、時間がなかったから繰り上げたのか、それとも元々飲み屋で反省会を行うつもりだったのか・・・。
 このときの飲み屋で反省会を行ったという経験を下に、私が納会幹事を拝命したとき(1998年の後期納会)、飲み屋で反省会をやろうとしたら「ふざけるな!」と怒鳴りつけられたものであった。やはり、このときの反省会は異常だったということか。


 まあ、より人数が増えた時代に納会を飲み屋で行ったものならば、予約した2時間程度の飲み屋の時間は瞬く間に過ぎ去り、酒もコース料理も箸を付けぬまま室温に近くなり、殆どなにも飲み食いできぬまま店を出ることになる。さもなければ、反省会を終えた後に急いで酒を飲み、一気に酒が回っておかしくなったり、メシを食い尽くそうとして店に居座ったりし(用語集「残飯マン同盟」参照)、店に多大なる迷惑をかける蓋然性が高い。


 少人数だったこともあり、このときの飲み屋での反省会は滞りなく終わり、そのまま飲みとなる。
 それから、二次会でカラオケに行ったのだが、そこのカラオケが凄絶であった。まさか、衣装が用意してあるとは・・・。その風景は目に悪いので、かなりぼかして掲載しています。

 白雪姫とセーラー服。それでマルボロをふかす光景。

 なんと変態的な・・・。

 セーラー服のスカート、異常に丈が短いような・・・。

 チャイナドレスの変態が寄って来やがった。人生の汚点である。

 各々ますますおかしくなって、互いに痴漢行為などやりだす始末。終末世界。

 もちろん私は、そのような扮装などしませんよ・・・。

 両国予備校の合格体験記でもらった原稿料は、このベレッタM84Fになった。

 狂乱のカラオケ後、某部員宅に収監される。

 そこでは、アホがわざわざ用意したスペシャルテープが放映された・・・。

 翌日には、泊まった某部員宅の近所で、然るべきゲームを・・・。


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