「望郷戦士」の小野俊介はインテリだった
(2005年10日12日のblogより転載)


 昔「少年サンデー」で「望郷戦士(ティアフルソルジャー)」なるマンガが連載されていた。現代の東京の中学生が長野へ宝探しのちょっとした旅行へ出掛けるのだが、旅先でタイムスリップに巻き込まれ、気が付いたら13年後の日本にいた、という話である。


 その未来は第3次大戦によって徹底的に荒廃していた。「北斗の拳」のように砂漠化したわけではなく、日本は緑豊かなままだ。だが政府機能は消滅し、産業は破壊され、人口も著しく減った世界である。そんな中で、自衛隊の部隊や日本へ侵攻・駐留した各国軍の部隊は本国からの連絡を絶たれ、大小の武装勢力として合従連衡や分裂を繰り返しながら割拠する世界。戦う動機は少ない食糧やエネルギーの奪取だけではない。僅かに残されたハイテク工場を奪い合い、シリコンチップを外国へ売って儲けることも戦いのインセンティブになっていた。あたかも希少資源が、アフリカに於いて軍事力の私化を促しているような様相ではないか。


 そんな物騒な日本で主人公の少年達は自衛用に武器を手にして、長野から故郷の東京へ徒歩で帰ろうとする。それが「望郷戦士」だ。これが連載している頃、私は小学校の高学年から中学校の最初の当たり。似たような年格好の少年達が、様々な軍用銃を手にして生き延びようとする様には、結構ハマったものだ。


 その「望郷戦士」で、今でも疑問になっていることがある。設定の些細な不整合や装備・戦闘シーンの不備なんかではなくて。主人公らの中に、メガネで委員長で堅物でガリ勉で精神的に脆いという、少年漫画に於ける優等生へのステレオタイプの典型みたいな少年がいた。名は小野俊介。その俊介少年は仲間になったゲリラのアジトで、ソ連製の対戦車地雷の説明書を読むのだ。ロシア語を!彼が訳したフレーズは「時限地雷を使うに当たって」である。これの元のロシア語は何だったのか。私はずっと気になっていた。そう難しい文ではない。ただ、「〜に当たって」をどう露訳していいのか考えあぐねいていたのだ。


 しかし私は27才になった今、ロシア語の訓練を受け、ロシア語検定試験で2級を保持している。今ならば、露文を考えられるはずだ。おそらく小野俊介少年が読んだ文章は、こんな感じであろう。
 Перед тем как заложить мину замедленного действия,...
 直訳すれば、「遅延地雷を埋設する前に〜」である。動詞や「時限地雷」の表現はいくらか変えられるが、「〜に当たって」はпередを用いて「〜する前に」というロシア語の表現を用いて構わないだろう。私はロシア語で書かれた説明書を読んだことがないのでわからないけれども。


 それにしても、「将来外交官になろうと思って」と言う俊介少年。中学2年にして外交官を志し、その為にロシア語を学んで「時限地雷」なるコトバを訳せるとは、大したインテリだ。これだけ努力していれば真っ先に狂ったのも理解できる。社会が崩壊したことで、今までの努力が水泡になったのだから。だけれどもロシア語は読めて、細菌や抗生物質はおろか、薬草にも通じる俊介少年。社会が崩壊しなければ、きっと一角の人物になったに違いない。惜しいことだ。秩序の破壊は、人々が積み上げてきたあらゆる努力を損ない、自己研鑽を活かす受け皿を破壊する点に於いて、罪深く恐ろしい。


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