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武道とは

素手技の投げの一つ


 

 古来より武道とは、武技を用いて生死を賭けた命のやりとりである。しかしながら、現代の日本に於いて、果たして必要とされるのか。ここでは、その問題に答える前に、「武道」とは何かを説明したい。



心・技・身体の充実


 心と体と技が三位一体となって初めて、正しく有効な技を育てられる。


武道とは何か

 武道とは、武術を極める道であり、その上達過程には、自己の内的探求も必要となってくるものである。


武道と型=形

 戦いの歴史が長いのに比例して武術の歴史も長く、古来より相手を倒す技として発展し、蓄積されてきた。その長い歴史の中で、技のエッセンスを集め、昇華させ、凝縮させたものが型である。
 型は先人の残したタイムカプセルであり、それに従って稽古をしていくことで、誰もが歴史の中で培われてきた強い技を身につけることが出来るようになる。


武道と運動神経

 生まれつき武道に向いた人間がいるわけではない。上達の差は、運動神経があるかないか、ということではなく、その武道をどれほどまでに学びたいかという意欲で決まることである。
 従って、武道に運動神経は関係なく、どのような方でも大成することが可能である。特に、当部はほとんどが初心者であり、皆同じスタートラインからはじめられるので、心配は無用である。


武道と試合

 武道に於いての技は、身につけてから使うというのが大原則であった。それ故、技を身につける段階では、つとめて技を崩すような条件は避けるべきである。従って、試合での目先の勝ち負けにこだわって、技を崩してしまうようなことがあってはならない。
 また、本来武道は生死を賭けた戦場で用いられるものである。そして、この戦場とはルールも禁じ手もない世界である。よって、様々なルールによって制約を受ける試合というものは、真の武道とは本質的に相容れないものであると言える。


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