日常の始まり
1996年04月08日(月)


 日記の日付を書いて思ったのだが、曜日の感覚ってどうなるんだろう(注1)。ゴミ収集はあるし、外の人の動きも平日と休日とでは違う。でも、自分は曜日をいつでも思い出せるだろうか。デジタル時計もカレンダーもある。学校が始まれば、曜日ごとに動くようになるか。


 朝は目覚まし時計が鳴る前に起きた。そのままもう一度寝て、目覚ましが鳴ると同時に起きようかとも思ったが、ここは両国。これから活動するのだから、目を覚ましておこう。起き上がり、着がえて、ふとんを上げる。その途中、放送が入る。両国の校歌、寮歌などなど。(0600から)集合の0625まで流れ続ける。これでは朝の6時をすぎても寝ている人も、目を覚ます。起きにゃあならんと思い出す。


 腰にてぬぐい、手にハミガキ一式。洗面所へ行く。途中すれ違った三階の人に「おはよう」と言っておく。あいさつはしておいた方がいい。無言で通り過ぎるのとは、感じられ方が違ってくる。


 朝礼。食堂へ。まず、寮監に「おはようございます」と。食堂に行ってからどうするのかと思っていたが、なんてことはない。テーブルに名前が貼ってあった。となりの部屋の田山とやらの隣。彼は北海道人で、ジャージを着用していた。運動していたのか?
 遅刻者は軽く注意され、出席をとる。30人いないな。寮監は、まずあいさつのわるさ、電灯は部屋を出るときには消すなどと注意。そして「日常の厳守心得」と「禁止事項」を唱和。企業みたいだ(一昔前のか?)。


 さて、両国の校舎に英単テストを受けに行った(注2)。両国までは電車で行くのだが、定期はどうなるのだ。寮の高村という奴と話したが、身分証明書がいるのか。早くくれ、両国。


 寮に戻って勉強する。別に苦痛でも何でもない。他にやることがないからか、勉強をやることに意義を感じているのか(当然だ)。テレビやマンガがないことも、たいしたことではない。テレビを観たい、マンガを読みたいということは、あまり思いつきもしない。ないものはない。ただそれだけだ。エヴァがTVHで入ったときも、プレーヤーがないのにLD買ったときもそうだった(注3)。


 やたらと小便が出る。40分に一回ぐらい便所行っている。水(茶や湯だが)の飲みすぎか。さんざん飲んだからな。飲んだら出るのは当然だ。いつぞや、塩分をとりすぎたために水を無理矢理大量に飲んだら、しばらくしてまれに見る大量の小便が出たしな。しかし今は量はたいしたことはない。この頻度、泌尿器がいかれたか?いくら水飲んだからといって、多すぎじゃあないか?水を飲まなくても、身体の水分を搾り出して小便は出るというし。


 1600。風呂に入ってくださいと、寮監の放送が。廊下を何人もの人々が駆け出している。私も勇んで風呂に向かったが、寮監に風呂はいっぱいだから15分後にと。いっぱい?何人かで入る小浴場か?それとも、個別の風呂がいくつかあるのか?多分前者だな。食堂を通っていく奥らしい。そりゃそうだ、他に行くところはないもの。食堂には大釜の類があった。寮母さんがここでつくってくれるのか。まさに同じ釜のメシ。


 再び風呂に行ってみたら、三階の連中が出るところだった。狭い脱衣所。着替えようと肘をまげればひとに当たる。浴場も狭い。このときは三階の二人がいただけだから自由に動けたが。洗面器にお湯を入れてぶっかぶろうとするが・・・?湯がとまらん。蛇口がいかれとる。「そこのシャワー壊れてるよ」との声が。
 浴槽につかる。何人か入って、何人か出るが、皆無言であった。
 風呂から出て、バスタオルで身体を拭いていると、後ろから声をかけられた。「洗面器あります?」と。丁寧なものごし。「自分で持ってくるんですか?」「貸してもらえます?」と続く。快く貸して、自分の部屋番号を述べて立ち去る(注4)。なんか、私のセリフが横柄で、彼のセリフが丁寧なことの差が気になる。育ちの差というやつか?


 部屋に戻ると、洗面器を貸した相手が訪ねやすいよう戸を半開きにしておく。
 そういやば、風呂に金のネックレスの人がいたな。リーゼントっぽい髪型して、けっこう年もいっているのかも。進学校から直接浪人したわけではないのかも。


 となりの部屋(310号室)から、電灯のスイッチ音が何回も立て続けにする。故障か?
 部屋の電灯のことで、寮監が来たようだ。電気屋が来るのでみせるとか聞こえた。308号室は、ドアを閉じたら開かなくなるという。私の309号室は恵まれている。
 それにしてもあの寮監、なにかなまりがある。東京人にも生粋の東京人は少ないというし、移動してきたのか。大昔か近年かはわからんが。


 夕食。1800少し前に、食堂についたが、放送がかかるまで待つようにとのこと。部屋に戻る。その途中、別の階の人に声をかけられる。「風呂どこ」と。食堂の奥の方で、1600〜1800と答える。こういう細かいことが、結構わからない。
 放送がかかり、再び食堂へ。並んで盆を取り出す。盆の上に、すでにおかずは載せられている。厨房に繋がるカウンターから「いただきます」と言ってみそ汁をもらい、箸をとって席に。それから今度は米。でっけえ炊飯器から、自分でよそう。二人同時に。


 席について、「いただきます」と言って喰い始める。一斉ではない。喰っている最中はほぼ無言。しかし三階の人々は活発に話す。食べ終えて、みそ汁のおわんで茶を飲んで談笑していた。湯飲みは別にあったが、教えられていなかった。


 食堂で寮監がスリッパをかかげて、誰のだ、と。名乗り出たものはスリッパを履いている。人のを履いて出たとのこと。寮監は、今度は名乗り出た人間が履いていたスリッパを掲げて、誰のだ、と。また名乗り出る奴がでるが、彼もスリッパを履いている。これも人のだという。寮監はそのスリッパを掲げたが、三度目には、誰も出てこなかった。


 1900になって勉強時間となる。放送が入る。「これより自習時間」という類のものかと思ったが、集合という単語が聞こえる。にわかにイスを立つ音が近所でおきる。集会か。食堂に向かう(他に場所はないだろう)。
 入寮オリエンテーションというものをやるらしい。オリエンテーションの冊子と、何枚かの書類が各席らに置いてある。プログラムの最初に、寮生自己紹介なるものがあった。33人(311号室の人がまた来ていないから32人)くらい、全員覚えられるだろう。
 寮監は説明をはじめた。寮生活記録簿とやらは、明日9日の午前までに提出せよと。なんか始動し始めたという感じがするな。寮監寮母の自己紹介があり、これから1年間二人が皆のお父さんお母さんになるとのこと。それはいいけど、寮生自己紹介飛ばしたな(実は楽しみにしていた)。
 両国のきまりの数々を、一人ずついくつか読まされる。ここにいる人々、あまり出来のよろしくないのが結構いるね。私はこの中では、マシな方かもしれない。学力はわからないけど、姿勢態度、生活習慣なんかでは。読んでいる人々、「陶冶」を「とうち」、「推薦」を「すいかく」と読んだり。学力もかなりのものかも。隣の田山は、そうした間違いが出るたびに、肩を震わせて笑いをこらえていた。


 タバコは18歳でも許可する。火事になったら大変だから、とのこと。押入れで吸ったり。三月に退寮した部屋をしらべると、布団カバーから数知れぬ吸殻が出てきたこともあったという。危なくて仕方がない。だから堂々と吸えということ。しかし寮監は、タバコを吸う人間はあまり受からんと付け加える。
 マンガやエロ本も必ず出てくる。特にはダンボールで出てくるそうな。そんなことがあると反省書。これが三枚たまると始末書になり、これが三枚たまると退寮とのこと。これは怖い。それが目的だから厳格な生活も勉強も怖くはないが、退寮は怖い。しっかりやらねばな。外出帰寮時の名札の返しや、外出帳の記入忘れも反省書。そういえば、寮監は退寮になったら360万ムダになると言ったが、全員360万円?30点取った人はいないのか?それとも、点数で寮を振り分けているのか?
 冷蔵庫の持ち込みも許可されるらしいが、わるくなったものを喰って腹壊す奴もいるから過信するなとのこと。
 新聞も取れるが、朝日の朝刊のみ。朝日は入試に強いからだそうな。一月3600円。2〜3人が購読を申し出る。
 今回の入寮者は文系が多いらしい。
 あと、外出時には部屋を点検するとのこと。


 83寮は瞬間湯沸かし器があるからその心配はないが、盗電も取り締まられるらしい。湯沸かし器がある寮は例外だとか。広いロッカーに閑静な住宅地、小石川の公園裏。最高の環境にこの寮はあるそうな。中には、窓を開ければネオン管が光り、音楽が鳴り響くというところもあるとか。脱走(塀を乗り越えての外出)は退寮だが、ここの寮の周囲には何もない、とのこと。
 あと、ゴミは黒い袋では持っていかないとのこと。東京だ。
 

 部屋に戻って、ドアに「他室者の入室厳禁 始末書」というステッカーを貼る。そのとき、となりで貼っている310号室の人に話しかけられた。同じ北海道人とわかって、握手なんぞしたり。彼は苫小牧だそうな。しかも、国語のNを知っているか、と。現国のN教諭か!途中でうちの高校に転勤してきたが、その前は彼の高校に居たとのこと。で、彼は「一応医系」だそうで、私は文系。
 廊下を歩く通りすがりの人々をつかまえ、彼は私を同郷だと紹介する。「偏差値的にはどっちが上」との声に、「こっち(私の方を指して)の方が断然上」と。理数科ならばともかく、私が居た普通科に対しては過大評価な気がするが。
 まあ、話題も出来た。


 そういえば、勉強したくないために知恵を絞る奴が昔からいるらしい。印鑑作って書類を偽造したケースもあったという。なら、わざわざ両国来るな!


 では寝るか。 


この日のカネの動き

フィルム 写るんですACEフラッシュ27 白山下コンビニにて -1112
地下鉄 白山−水道橋往復 -170*2
弁当 カツ弁当
文具 消しゴム
茶 緑茶の粉末
飲料 烏龍茶 白山下コンビニにて -1204

財布残高 37323円


注1・・・
曜日の感覚ってどうなるんだろう

 学校がはじまると、講義や各種テストが過密して配置され、日付や曜日は重要事項となった。

注2・・・
両国の校舎に英単テストを受けに行った

 予備校に入学するまでに、支給される単語帳をすべて暗記し、冊子になっている単語テスト帳を完答することが義務付けられていた。それを実現している者はほとんどおらず、この日もそうしたテストを受けに行ったわけである。
 この両国単語帳は、一般流通している単語帳に比べてやたらと単語数が多く、解説のようなものは一切ないシンプルなもので、「無味乾燥な暗記で、意味がない」と見なす人も少なくなかった。だが、一気に一定の英単語をなんとなくでも詰め込むことは、英文を読む上で役に立ったと実感している。

注3・・・
エヴァがTVHで入ったときも、プレーヤーがないのにLD買ったときもそうだった

 アニメ雑誌で「ガイナックスがテレビシリーズをはじめる」と知ったとき、もしやと思った。案の定テレビ東京系列での放送となり、TVH(テレビ北海道)が入らない釧路では鑑賞することができなかった。結局、プレーヤーがないのにLDを全巻予約したのだが、両国入寮前に1〜2巻だけは入手できた(3巻以降は実家に届くようにしておいた)。もっとも、LDが観られないかわりに、レンタルビデオで1〜2巻は鑑賞したのだが。
 予備校時代は、寮生活を終えてエヴァを観るというのが、遠い目標のひとつであり、すでに放送終了しているこの番組の情報を事前に知ってしまうことを極度に恐れていた。もっとも、予備校を出たときには発売延期で10巻までしか鑑賞できず、大学に入ってもテレビ録画を貸してもらうまでは情報統制の日々が続いた。

注4・・・
「洗面器あります?」と。丁寧なものごし。「自分で持ってくるんですか?」「貸してもらえます?」と続く。快く貸して、自分の部屋番号を述べて立ち去る

 この日私が洗面器を貸した人物は、おそらく83寮初の退寮者であり、1週間程度で姿を消した。寮生の顔を全員覚えてから気づいたのだが、このときの顔に一致する人間が見当たらない。1週間で姿を消した人物と私は断定した。


解説

 まだ講義もはじまっていないし、勉強も「する」と書いていながらろくにしていない。だが、この日から、両国の日常がはじまった。風呂の場所からその体裁、メシのもらい方まで、わからないことだらけであった。


戻る