授業2日目
1996年04月17日(水)


 2日目の授業。朝テストの最中に意識が飛び、一度叩き起こされたが、その瞬間以外はたいして眠くはならなかった。授業では特に。脳を活動させていたからだろう。英演も現文も優れた授業だった。講師は早大・東大の出という(注1)。世界史もなかなか頭に入った。だが、こんなペースでいいんだろうか。あせるな。向こうはプロだ、スケジュール通りにやれ。
 それはいいとして、どうやって自習するんだ?復習は?とったノートを一通り見ればいいのか。また問題を解き直すのか。わからないところや要点は書きまくって覚えるのか?(注2)
 予習?歯が立たん。なんでもいいからやれっても、さっぱりわからん。手がでねー(注3)。ここは復習中心でいこう。もっともっと気合いを入れよう。強までの生活はたるんでいた。自習義務時間はこなしているが、密度は低い。それに時間ももっと作られる。やることも整理してない。
 とにかくやるぜ!もうこれが最初で最後の(大学の)受験勉強だ! 


この日のカネの動き

缶コーヒー 12号館前自販 -110

財布残高 8118円


注1・・・
講師は早大・東大の出という

 さすが浪人生。他人の学歴が気になるらしい。だけれども、両国の講師の中にも大学を出ていない人もいたし(中退ではなく、最初から行ってない)、そんな一流とされていない大学の出身者もいたし、だからといって彼らをどうこう思ったりはしなかった。ただ身近な大学出身者として、どの大学からはどんな人を輩出しているのか、あるいはたまに雑談で自身の大学時代を語ってくれる先生はどこの大学のことを話しているのか、と憧憬と好奇心を持っていただけである。何々大学卒という肩書きで講師の資質や人格を判断していたわけではないことを強調しておく。

注2・・・
どうやって自習するんだ?復習は?とったノートを一通り見ればいいのか。また問題を解き直すのか。わからないところや要点は書きまくって覚えるのか?

 結局私の勉強スタイルは、まず授業で徹底的にあらゆる情報を書き留る。字が汚いとか羅線に沿わないなんて気にしない。それどころかボールペンで書き殴る。あらゆる情報が糧となる。摂取しない手はない。
 そして復習は、その汚いノートを見て、別のノートに清書することである。マーカーや定規なんかは使わない。ただ読める程度の字で、書き殴った授業ノートの情報をまとめ、わからないところ、情報が足りないところは辞書などで徹底的に叩いて、詳しく書く。どうしてもわからないところは講師に聞く(あまりしなかったが)。
 この「ノートづくり」は労力だけかけてムダだと思われるかもしれないが、そうでもない。このノートは後々何度も読んで復習するためにも使ったが、まずは授業ノートを読んで清書ノートに書くという作業そのものが大きな復習となったのである。
 二度目以降の復習は、わからないところを何度も書いたりということはしなかった。ただ、出来たノートを読んだ。それもただ読むのではなく、要所を隠しながら考え、思い出しながら読んだのである。「隠しながら考える」ための工夫は凝らしていた。

注3・・・
予習?歯が立たん。なんでもいいからやれっても、さっぱりわからん。手がでねー

 当時の私は、本っ当に右も左もわからなかった。よく予習中心の学習をしろ、というような文言を高校や参考書でひたすら耳にし目にしたがの、基礎の基礎も出来ていない人間の場合は話は別だ。まずは、無理矢理でも多少歪な知識になってもいいから、とにかく授業で最大限知識を摂取し、復習で徹底的に覚えることこそが後の理解への近道である。だから私は、復習中心の勉強をしたのである。


解説

 ついに授業がはじまった。私は授業を受けるスタイルと復習について、模索をはじめることとなった。ちなみに私は、復習重視であった。


戻る